企業における無体財産権の担保化
著者名(日) 小林 秀年
雑誌名 東洋法学
巻 54
号 3
ページ 131‑155
発行年 2011‑03‑29
URL http://id.nii.ac.jp/1060/00000804/
Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止
一 はじめに二 無体財産権の担保⑴ 一般の先取特権、質権、譲渡担保三 無体財産権の担保⑵ 財団抵当法、企業担保法四 おわりに
一 はじめに
企業を構成する財産としては、企業の種類により異なるが一般的には、(a)不動産たる土地・建物、機械・器
具・什器・商品その他の動産という物的要素、(b)顧客との継続的債権関係、従業員との雇用関係、地主や家主
との賃貸借関係などの法律関係、(c)特許、商号、商標などの無体財産権に基づく利益、そして(d)企業特有
の技能・技術あるいは熟練に基づく事実関係、さらには得意先、暖簾のような顧客間の名声などというような諸要
素が考えられる。これらの諸要素は、一定の目的のために統一せられた有機的組織体(Organization)であり、こ 《論 説》
企業における無体財産権の担保化
小 林 秀 年
のことは、各構成要素が個々的に有する価値の集計以上に大なる特殊の独立的な価値を有するのであ (
る。 1)
民法における担保物権の規定は、企業資金の獲得および金銭資本の投下を媒介する物的担保制度に関するもので
あり、これは資本主義の発達に伴ってその重要性は高まるものであったにも拘わらず十分にその機能を発揮できな
かったのであ (
る。そこで、これらの要請に応えるために民法典の改正(根抵当に関する制定〈附従性緩和の方向〉) 2)
や、特別法の制定がなされてきたのである。後者は、抵当権の目的物の範囲の拡大を図る内容であり、その法的構
造としては、従物理論の進展(例えば、工場抵当法の工場抵当 (
権)、集合物理論の進展(例えば、各種財団抵当法や企 3)
業担保法)、そして動産の不動産化(例えば、農業動産信用法や自動車抵当法)という三つの方向を指摘することがで
きよ (
う。 4)
わが国企業の資金調達方法としては「借入れ」が重要な役割を果たしており、伝統的に金融機関は不動産を担保
とする融資を中心として与信を行ってきている。しかし、バブル経済の崩壊により不動産担保にウェイトを置いた
融資は頭打ちの状況となり、企業は担保に提供することができる資産不足から資金調達が困難になるという問題が
顕在化してきたのである。このような状況の下、平成一四(二〇〇二)年に企業による新たな資金調達手法の発展
に資する担保制度の見直しに関する報告書(案)(以下、「報告書」という)が公表されるに及んだのであ (
る。そこで 5)
は、わが国もアメリカと同様に多様な資金調達手法がバランスよく発達することが強く望まれるとし、そのための
コンセプトとして、①不動産以外の保有財産を有効活用すること、②事業または資産の収益性に着目すること、③
資金提供者による経営状況の監視をあげている。これにより新たな資金調達手段を考えると、①在庫担保・債権担
保ローン、②流動化・証券化、③プロジェクト・ファイナンスの三類型が考えられるとしている。「報告書」は、
不動産担保から事業収益重視への転換の必要性を説いたものであった。この「報告書」は、近江幸治教授が指摘さ
れるように『プロジェクト・ファイナンスの実行力を担保するための手法としての担保制度の改革提言』であり、
従来の民法上の「担保」概念とは異なる担保制度であるといえるものであ (
る。「事業設備財団(仮称)」の法的構造 6)
としては、「従物理論の進展」により認められる工場抵当権の延長線上にある制度であるが、現行財団抵当制度が
「集合物理論の進展」により認められる企業の担保制度であることから、プロジェクト・ファイナンスを念頭に置
いた新担保制度を考究するならば、企業担保法ないしはイギリス法のFloating chargeの制度を活用することが必
要であると思われ (
る。 7)
企業財産とその担保制度を考察するに際しては、いかなる場合においても問題の中心となるのは担保の客体の範
囲すなわち目的物についてであろう。たとえば、担保の客体が現存する財産以外のものを含むのか否か、そして法
律上の権利でないものまでも含むのであろうか。将来の取得財産(after-acquired property)、未払込資本金(uncalled
capital)、そして資本準備金(reserve capital)についてはすでに検討したことがあ (
る。 8)
企業に対する融資は、前述のごとく一般的には土地・建物や機械器具などという不動産や動産という有体物を担
保目的物として行われるのである。いわゆるハイテクやバイオ関連、マルチメディアという先端技術分野のベン
チャー企業での起業時においては、とりわけ従来型の担保資産を有しないことが予測されることから、一九九〇年
代半ば頃からそのような企業に対する融資方法として、企業が有している知的財産権を担保の目的物にする方法が
検討されるようになったのであ (
る。しかし、知的財産権担保は未だ一般的に利用されているとは言い難いと指摘さ 9)
れるに及んでい (
る。 10)
そこで本稿においては、企業による新たな資金調達手法の担保制度の見直しに関する「報告書」にいう①不動産
以外の保有財産を有効活用することに触発されて、企業を構成する財産のうち(c)特許、商号、商標などの無体
財産権に基づく利益の担保、すなわち企業における有体財産ではなく無体財産の担保について考察するものとす
る。知的財産権の担保化の方法としては、例えば特許権に質権を設定することは規定されており(特許九五条)、そ
のほか仮登記担保や譲渡担保なども考えられる。そこで、知的財産権の担保化に関する研究のプロローグとして、
特許権、実用新案権、意匠権、商標権、および著作権を考察の対象に、実定法を中心として考察するものとする。
(1) 水島廣雄「イギリス浮動担保の素描(企業担保の理論)」中央大学七〇周年記念論文集(昭和三〇年)五頁以下、同・増補特
殊担保法要義(企業担保法制理論)(八千代出版 平成三年)三九頁以下所収。水島廣雄「各国における企業担保制度の概観」法
律時報二六巻一〇号三五頁、同・増補特殊担保法要義二頁以下所収。
(2) 我妻栄・新訂担保物権法 民法講義Ⅲ(岩波書店 昭和四三年)七頁。
(3) 拙稿「抵当権と工場抵当法三条目録との関係について」東洋法学四四巻一号(平成一二年)一頁以下、同「工場抵当法三条目
録の効力について」現代民法学の理論と課題(遠藤浩先生傘寿記念)(第一法規出版 平成一四年)二九三頁以下。
(4) 拙稿・前掲注(3)「抵当権と工場抵当法三条目録との関係について」三頁以下。日本における担保法の二類型化および新し
い担保法の方向性について言及する、道垣内弘人「講演録 担保法改革元年」旬刊金融法務事情(創刊五〇周年記念特大号)
一六八二号一七頁以下。
(5) 西田章「企業法制研究会(担保制度研究会)報告書の概要
―
「不動産担保」から「事業の収益性」に着目した資金調達へ―
」金融法務事情一六六六号一三頁。経済産業省経済産業政策局長の私的研究会である企業法制研究会(担保制度研究会)からの報告書、新しい担保法の動き 別冊NBL八六号一八五頁以下。
(6) 近江幸治「財団抵当制度拡張・改善のための立法課題」ジュリスト一二三八号五九頁。この制度は、従来のいわゆる「狭義の
工場抵当権」規定の改正であると指摘されている。
(7) 拙稿「企業担保制度とその法的構造
―
新財団抵当制度の立法的課題に関する検討―
」東洋法学五〇巻一・二合併号(平成一九年)二三頁。企業の資金調達手段として企業担保法の利便性を考究するものとして、吉田光碩「企業担保法の改正
―
企業の資金調達手段として使えるものにするために
―
」社会の変容と民法典(円谷峻編著)(成文堂 平成二二年)一六八頁以下。(8) 拙稿「企業担保制度の客体」東洋法学二七巻二号(昭和五九年)六一頁以下。
(9) 渋谷達紀・知的財産法講義Ⅰ〔第二版〕(有斐閣 平成一八年)三六六頁。
(
10 ) 青山紘一・特許法(一一版)(法学書院平成二一年)四八頁、小川幸士「知的財産権の担保化―特許権を中心に―」判例タ
イムズ一二〇八号六四頁以下。
二 無体財産権の担保⑴ 一般の先取特権、質権、譲渡担保 (ア)概説 知的財産権はIntellectual Propertyの邦訳であり、無体財産権も同じ意味で使用されていたが、平成一四年七月
政府の知的財産戦略会議が策定した知的財産戦略大綱では、知的所有権の用語は可能な限り、知的財産、知的財産
権に統一して使用することが提案されている。他方、パリ条約のpropri été industrielleを工業所有権と邦訳して いたが、アメリカ合衆国やイギリスではIndustrial Propertyと称しているのである。日本では、工業所有権は権
利が特許庁により取り扱われてきた特許権、実用新案権、意匠権そして商標権を指称する意味で使用されてきて
い (
る。 11)
人間の精神的創作活動の結果生じた発明・意匠そして著作物などの創作物は、財産的価値を有することから模倣
されやすいのである。知的財産権は、財産的価値を有するばかりでなく創作活動の意欲増進や競業秩序の維持など
を図るためにも、保護の必要性があ (
る。 12)
知的財産権の法的性質につき盛岡一夫名誉教授は、排他的独占権、権利の不安定性そして権利の存続期間につい
て指摘してい (
る。そこでこの三点を概観すると、 13)
(a)
排他的独占権 知的財産権は、発明、著作物等の独占的に利用することができる排他的権利である。知
的財産権の客体は、発明や著作物等の無体物で物理的には存在しない観念的なものであることから事実上の支配が
不可能であるので、その利用は権利者および他人も同時に同じ知的財産を利用することができる。知的財産権は、
無体物を客体とすることから知的財産権の排他性はその性質に基づくものではなく、有体物を客体とする所有権の
法理を借用するものである。知的財産権の排他的独占権は、他人が独自に創作などしたような場合にもその利用を
排除する絶対的なもの(絶対的な排他的独占権)と、他人の模倣に対して排除する相対的なもの(相対的な排他的独
占権)があり、特許権、実用新案権、意匠権そして商標権は前者に、著作権は後者に属している。前者の効力は、
他人が模倣した場合のみならず、他人が独自に創作した場合にも及んでいるのである。特許権は、他人が独自に創
作した場合でもその実施を排除し(消極的効力)、自己が独占的に実施すること(積極的効力)ができる権利である
(特許法六八条)。
(b)
権利の不安定性 知的財産権については、審査主義あるいは登録主義を採用する例が多いのである。特
許権、意匠権そして商標権は、それぞれ審査(特許四七条、意匠一六条、商標一四条)そして登録されるための法定
要件が具備されている場合に権利を付与する決定が行われ、登録されて権利が発生するのである(特許六六条、意
匠二〇条、商標一八条)。実用新案権は無審査主義を採用しており、基礎的要件のみを審査して登録されると権利が
発生する(実用新案一四条)。このような知的財産権であっても無効審判の請求により特許権、実用新案権、意匠権
そして商標権は、はじめから権利が発生しなかったものとされる場合がある(特許一二三条・一二五条、実用新案
三七条・四一条、意匠四八条・五〇条、商標四六条・四六条の二)。知的財産権は、権利が消滅したり、急激な技術進
歩や時代の変化により、その財産的価値が希薄化する虞がある不安定な権利であるともいえる。
(c)権利の存続期間
知的財産権には、それぞれの権利によって存続期間が設けられている。
特許権の存続期間は、特許出願の日から二〇年をもって終了する(特許六七条一項)。その理由としては、特許権
は絶対的な排他的独占権であり、第三者の競業的利用を制限すること、そして、特許権者の利益と長期にわたる保
護は産業の阻害になるという産業政策的な配慮、および、技術は時の経過とともに陳腐化することなどを考慮した
からである。
実用新案権の存続期間は、実用新案登録出願の日から一〇年をもって終了する(実用新案一五条)。意匠権の存続
期間は、設定の登録の日から二〇年をもって終了する(意匠二一条一項)。商標権の存続期間は、設定の登録の日か
ら一〇年をもって終了するが、更新登録の申請により更新することができるのである(商標一九条)。この商標登録
制度は、商標に化体された信用を保護することおよび市場の秩序を維持することを目的としているから、存続期間
を制限する必要がないからである。
著作権の存続期間は、著作物の創作の時に始まり、著作者の死後五〇年を経過するまでの間、存続する(著作
五一条)。なお、映画の著作物の著作権は、その著作物の公表後七〇年を経過するまでの間、存続する(同五四条)。
これは、著作権が相対的な排他的独占権であること、そして、保護機関が長くても第三者に及ぼす影響が特許権な
どと比べて弱いことに因っている。
本稿にいう無体財産権は工業所有権および著作権を対象とし民法八五条の「有体物」に対する「無体物」であ
り、無体財産権とは特許権、実用新案権、意匠権、商標権、著作権、著作隣接権、等を指称するものとす (
る。工業 14)
所有権とは、特許権、実用新案権、意匠権、そして商標権を総称する概念である。特許権は技術的思想の創作のう
ち高度のものである発明を客体とし、実用新案権は技術的な考案を客体とし、意匠権は物品の外形の美的創作(デ
ザイン)を客体とし、商標権は商品の標識(トレードマーク)を客体としている。換言すれば、特許権は外部に表白
された思想そのものに対する無体物であり、実用新案や意匠のような物品(有体物)に内在する考案や外在する外
観美のように有体物と切り離しがたいもの、商標のように商品に付着する標章のように有体物と切り離しえないも
のもある。これらが無体物といえるのは有体物に化体した無形の財産という点に重要な要素があるからであって、
各権利の特殊性は異なっている。すなわち、無体財産権は無体物ではあるが一種の財産権であり、譲渡性を有し、
換価が可能であることからすれば、担保の目的となると考えることができるのであ (
る。 15)
(イ)一般の先取特権
先取特権に関する規定については、特許法、実用新案法、意匠法そして商標法の各法が規定を設けていないこと
から、民法の規定によることになる。そこで、工業所有権(特許権、実用新案権、意匠権、そして商標権)は、一般
の先取特権の目的物となり、債務者の総財産を構成する(民法三〇六条)。この場合、一般の先取特権として成立し
た工業所有権は、特許原簿などに登録をしなくても第三者に対抗することができる(特許九八条一項三号)。なお、
工業所有権は動産の先取特権や不動産の先取特権の目的にはならない(民法三一一条、三二五条)。
著作権は、人の精神的労作の所産を客体とする知能的権利であるところから、無体財産権の一種であるが工業所
有権に比べると、さらに無形的そして人格的側面が濃厚であるといえ (
る。著作権も譲渡性のある財産権であり(著 16)
作六一条一項)、担保の目的となる。そこで、著作権が一般の先取特権の目的物となることについては、論を俟たな
い。 (ウ)質権
工業所有権には、質権を設定することができる。質権の設定は、当事者間における質権設定の合意および質権の
設定を特許庁に備える特許原簿(実用新案原簿、意匠原簿、商標原簿)に登録することにより効力を生ずる(特許
九八条一項三号、実用新案二五条三項、意匠三五条三項、商標三四条三項)。質権は、債権者と債務者あるいは第三者と
の間の質権設定契約により成立する約定担保物権である。工業所有権も財産権であることから言えば質権の目的物
となり、民法上の権利質に該当することになるが、工業所有権の客体は無形であることから質権者による目的物の
占有は成立しないことになる。民法上の質権の効力は、質物の留置的効力と質物からの優先弁済的効力であるが
(民法三四二条)、工業所有権を対象とする質権には留置的効力はなく、担保目的物の価値に対する優先弁済的効力
のみとなる。そのことから、工業所有権を目的とする質権の実質は、抵当権に近い性質を有するもの(抵当権類似
説)と言われてい (
る。したがって、工業所有権法では、民法上の質権とは異なった規定を種々に設けているのであ 17)
る。 (a)
質権の目的は、特許権(以下、特筆しない限り実用新案権、意匠権、そして商標権を含む。実用新案法、意匠法
そして商標法の各法が特許法の規定を準用していることから。)、そして専用実施権と通常実施権であり(商標では実施
権といわず使用権という)(特許九五条、七七条四項、九四条二項)、特許を受ける権利には、質権を設定することはで
きない(特許三三条二 (
項)。①工業所有権の専用実施権者(使用権者)は、工業所有権者の承諾を得た場合に限り、 18)
その専用実施権(使用権)を目的とする質権を設定することができる(特許七七条四項・五項、実用新案一八条三項、
意匠二七条三項、商標三〇条四項)。②通常実施権者(使用権者)は、特定の通常実施権以外は工業所有権者およびそ
の専用実施権者(使用権者)の承諾を得た場合に限り、その通常実施権(使用権)を目的とする質権を設定するこ
とができる(特許九四条二項・五項、実用新案一九条三項・二四条二項、意匠二八条三項・三四条二項、商標三一条四
項)。③工業所有権が共有に係るときは、各共有者は他の共有者の同意を得なければ、その持分を目的とする質権
を設定することができない(特許七三条、実用新案一九条三項・二六条、意匠二八条三項・三六条、商標三一条四項・
三五条)。
(b)
工業所有権を目的とした質権を設定したときは、質権者は契約で別段の定めをした場合を除き、当該工業
所有権の客体の実施(使用)をすることができない(特許九五条、実用新案二五条、意匠三五条、商標三四条)。その
理由としては、特許発明の実施においては相当な設備と技術などが必要であること、そして質権の存続は一時的な
ことであることから、質権者に実施を認めたとしてもその効率は十分でないことが予測されるからである。そこ
で、質権設定者が継続して実施することにより、そこから得られる金銭から優先弁済を受けることが望まれること
になるのであ (
る。質権者が工業所有権の客体の実施(使用)能力者以外の場合には、質権の目的である工業所有権 19)
の客体の実施(使用)を質権設定者(工業所有権者)に委ねて債権の弁済を容易なこととし、質権設定者(工業所有
権者など)が質権の目的である工業所有権などを放棄する場合または質権の目的である特許権(実用新案権)の客
体である内容を訂正する場合は、質権者の承諾をも必要としてい (
る。 20)
(c)
工業所有権、専用実施権(使用権)または通常実施権(使用権)を目的とする質権は、特許庁に備える特許
原簿などに登録し、それらを公示する(特許二七条、実用新案四九条、意匠六一条、商標七一条)。なお、工業所有権
または専用実施権(使用権)を目的とする質権は、特許原簿などへの登録が効力発生要件である(特許九八条一項三
号、実用新案二五条三項、意匠三五条三項、商標三四条三項)。 (d)
工業所有権、専用実施権(使用権)または通常実施権(使用権)を目的とする質権には、物上代位性が認め
られている。その効力は、工業所有権などの対価または工業所有権の客体の実施(使用)に対してその工業所有権
者あるいは専用実施権者(使用権者)が受けるべき金銭その他の物に及ぶのである。そして、質権者が物上代位権
を行使するには、金銭の払渡しまたは物の引渡し前に差押えることが必要である(特許九六条、実用新案二五条二
項、意匠三五条二項、商標三四条二項)。物上代位権行使における差押えの意義についての主な学説・判例としては、
第三債務者保護説・特定性維持説そして優先権保全説(物上代位権保全説)がある。判例の動向としては、古くは
特定性維持説を採っていたが(大判大正四年六月三〇日民録二一輯一一五七頁)、連合部判決(大連判大正一二年四月七
日民集二巻五号二〇九頁)により優先権保全説(物上代位権保全説)に見解を改めたが(最判昭和五九年二月二日民集
三八巻三号四三一頁、最判昭和六〇年七月一九日民集三九巻五号一三二六頁)、平成一〇年に民法三〇四条一項但書の文
言そして目的債権に抵当権の効力が及ぶことは抵当権の登記によって公示がなされていることなどを理由に、第三
債務者保護説を採ることを明らかにしたのであ (
る(最判平成一〇年一月三〇日民集五二巻一号一頁)。中山信弘名誉教 21)
授は、債務者の一般財産の中に混入したものに対して質権の実行を認めると、他の債権者の利益を害する虞が大き
いとして特定性維持説を採られてい (
る。 22)
質権が設定されているときは、工業所有権者は専用実施権者(使用権者)または通常実施権者(使用権者)ある
いは質権者の承諾を得なければ、工業所有権を放棄することはできないのである(特許九七条一項、実用新案二六
条、意匠三六条、商標三五条)。
著作権法は大別すると、第二章「著作者の権利」と第四章「著作隣接権」について規定している。そして第二章
「著作者の権利」には、著作者人格権(著作一八条~二〇条)と著作権に含まれる権利の種類(著作二一条~二八条)
が含まれている。後者の著作権に含まれる権利の種類は、前者の著作者人格権に対するという意味で著作者財産権
とも呼ばれ、権利の財産的価値、譲渡性そして第三者によるこの財産権の行使の可能性からみて、質権の目的とな
ることができる。
著作権者は、質権を設定することができ (
る。著作権を目的とする質権の設定は、当事者の合意によって成立す 23)
る。そして、この質権を第三者に対抗するためには、文化庁長官が著作権登録原簿に記載して行う登録(著作七八
条一項)をしなければならない(著作七七条二号)。
著作権者は、著作権を目的として質権を設定した場合においても、設定行為に別段の定めがない限り、自ら著作
権を行使することができる(著作六六条一 (
項)。質権者は、著作権の譲渡または著作権に係る著作物の利用について 24)
著作権者が受けるべき金銭その他の物に対しても、質権を行使することができるのである。そして、質権者が物上
代位権を行使するには、金銭の払渡しまたは物の引渡し前にこれらを受ける権利を差押えることが必要である(著
作六六条二項)。なお、他者に利用の許諾を与える場合、質権者の許諾を得る必要はないとする見解もあ (
る。 25)
共同著作物の共有持分を目的とする質権の設定は、各共有者は他の共有者の同意を得なければ設定することがで
きず、他の共有者は正当な理由がなければこの同意を拒むことができない(著作六五条一項・三 (
項)。 26)
(エ)譲渡担保
債権を担保する方法としては、物の所有権を債務者(第三者)の手元に留め、物の占有のみを債権者に移転する
という制限物権型と、物の所有権を債権者に移転するが、その占有は債務者(第三者)の手元に留めるという権利
移転型の二類型があ (
fiduciauseる。後者は、ローマ法のとして発達した後にイギリスに承継されて信託制度(から 27)
use upon use, trust (
mortgageへ)と相まって、として現代イギリスの担保制度の主要なものとなってい 28)(
る。この担 29)
保制度は、ヨーロッパ大陸の国々では立法化をみることはなかったが、ドイツを初めわが国においても金融担保と
して活発に利用されるに及んでいるのであ (
る。このような譲渡担保が、なにゆえ取引界で利用されているのであろ 30)
うか。その理由としては、①債権者に動産を引き渡すことなく、担保化することができること ②いわゆる形成途
上にある財産権で、これを担保化するための法律上の根拠がないものについて、その担保化の手段となること ③
優先弁済を得る換価方法として、質権や抵当権は競売手続きに拠るが譲渡担保では当事者が任意に定めることがで
きること、などであ (
る。 31)
なお、譲渡担保の目的となることができる財産権には特に制限があることはなく、財産的価値がある権利で譲渡
することができるものは、すべて譲渡担保の目的とすることができるのであ (
る 32)
工業所有権あるいは専用実施権(使用権)に対する譲渡担保権の設定については、譲渡担保目的の譲渡である旨
の登録はできないことから、債権者への譲渡の登録をすることにより行うことになる。すなわち、譲渡担保の目的
物である権利の移転が特許原簿などに登録されることを、担保権の効力発生要件としていることから(特許二七
条、実用新案四九条、意匠六一条、商標七一条)、その権利移転の登録が譲渡担保成立の要件となるのである。なお、
専用実施権(使用権)を目的とする場合は、工業所有権者の承諾が必要である(特許七七条、実用新案一八条、意匠
二七条、商標三〇条)。
通常実施権(使用権)を目的とする譲渡担保は、担保の目的物である権利の移転が特許原簿などに登録されるこ
とを効力発生要件とせずに、第三者への対抗要件としている(特許九九条、実用新案一九条、意匠二八条、商標三一
条)。このことから、担保権者と被担保権者との合意のみで、契約は成立することになる。この場合、通常実施権
者(使用権者)は、工業所有権者および専用実施権者(使用権者)の承諾が必要である(特許九四条、実用新案二四
条、意匠三四条、商標三一条)。
なお、特許を受ける権利は質権の目的とすることはできないが(特許三三条二項)、譲渡担保の目的とすることに
ついては特に禁止規定がないことから、譲渡担保の目的とすることはできると解されてい (
る。 33)
譲渡担保設定後における工業所有権等の客体の実施(使用)は、工業所有権等を目的とする質権の場合と同様で
あると考えられ (
る。 34)
著作者財産権は、その譲渡性が規定されており(著作六一条一項)、譲渡担保の目的とすることができる。著作権
の譲渡担保は、質権設定の場合と基本的には同じであるが、第三者対抗要件は譲渡担保のための移転の登録である
(著作七七条一項)。
(
11 ) 半田、盛岡他・知的財産権事典―第二版―(丸善平成一七年)三頁、盛岡一夫・知的財産権法概説〔第四版〕(法学書院 平成一九年)三頁、青山・前掲注(
10 )一頁、中山信弘・特許法(弘文堂平成二二年)二頁以下。特許庁編・工業所有権法
(産業財産権法)逐条解説〔第一七版〕(発明協会 平成二〇年)序説。
(
12) 盛岡・前掲注(
( 11 )四頁以下。
13) 盛岡・前掲注(
11)六頁以下。
(
14 ) 我妻栄・新版新法律学辞典(有斐閣昭和四二年)一一六五頁では、無体財産権とは、有体物に対する排他的支配権である物
権に対して、非有体的利益に対する排他的支配権の総称で、著作権を含む点で工業所有権(特許権・実用新案権・意匠権・商標
権)より広い概念をいう。
(
15) 播磨良承「無体財産権の担保」日本私法学会民法部会シンポジウム(現代における担保法の諸問題)資料(昭和五七年)
一二二頁。
(
16 ) 松本嵩「著作権」石井眞司=西尾信一編・特殊担保―その理論と実務―(経済法令研究会昭和六一年)五七八頁。
(
17) 中山・前掲注(
11)四一五頁、渋谷・前掲注(
9)三六五頁、後藤晴男「工業所有権」石井眞司=西尾信一編・特殊担保―そ の理論と実務―(経済法令研究会 昭和六一年)五五六頁。登録質説を採るものとしては、豊崎光衛・工業所有権法〔新版〕(有 斐閣 昭和五五年)三二一頁、兼子一=染野義信・新特許 商標(青林書院新社 昭和三七年)一四〇頁がある。
(
18) 特許を受ける権利を担保の目的とするには、現行法上では譲渡担保によらざるを得ないのである。中山・前掲注(
11)一五八
頁では、少なくとも、特許出願後の特許を受ける権利については質権を認める方向で検討すべきであると指摘する。渋谷・前掲注
(
9)三六五頁では、特許を受ける権利に質権を設定できない理由については、技術的、法理的に克服できない問題ではないと指
摘する。両者ともに、立法的解決を望まれている。
(
19) 中山・前掲注(
11)四一五頁。
(
20) 後藤・前掲注(
17)五五七頁以下。
(
21) 拙稿「物上代位権行使における「差押え」の意義」東洋三七巻一二月号(平成一二年)一四頁以下。
(
22) 中山・前掲注(
17)四一五頁。
(
23 ) 相澤英孝=西村あさひ法律事務所編著・知的財産法概説〔第四版〕(弘文堂平成二二年)三九五頁。松本・前掲注(
16)
五八〇頁では、著作権法は、著作権の質入れを許す直接の規定はないが、質権設定を前提とする著作権法六六条があることから、
その可能性については疑問の余地がないとする。
(
24) 松本・前掲注(
16)五八一頁では、著作権質は質権とは言っても、著作権の行使が原則として設定者である著作権者に留保さ
れていることから、実質的には抵当権に近い性質を持つに至ったことを示すものであると、指摘している。
(
25 ) 田村善之・著作権法概説〔第二版〕(有斐閣平成一三年)五一一頁。
( 26 ) 加戸守行・著作権法逐条講義(四訂新版)(著作権情報センター平成一五年)三八四頁では、本規定は著作権共有者間の連
帯性を確保する観点から、民法上の準共有に関する規定の一部の適用を排除したとする。
(
27) 水島・前掲注(1)増補特殊担保法要義二九三頁。
(
28 use upon use) 水島廣雄・信託法史論(学陽書房昭和四九年)二三四頁以下、同・二重信託〈〉(学陽書房昭和五四年)
一九頁以下。
(
29) 水島廣雄「イギリス譲渡抵当の変遷とその内容」法律時報二八巻一一号三〇頁以下・二九巻三号一一一頁以下。
(
30) 水島・前掲注(
1)増補特殊担保法要義二九四頁。
(
31) 柚木馨=福地俊雄・注釈民法(
9)(有斐閣昭和四〇年)三一九頁以下。
(
32) 我妻・前掲注(2)六〇九頁。
(
33) 中山・前掲注(
11)一五八頁、青山・前掲注(
10)四七頁、渋谷・前掲注(
9)三六五頁、盛岡・前掲注(
11)三三頁、相澤
=西村あさひ法律事務所・前掲注(
23)三九一頁など。
(
34 ) 元木伸・特許民法(発明協会昭和五一年)二七一頁。
三 無体財産権の担保⑵ 財団抵当法、企業担保法 (ア)財団抵当法
財団抵当制度の制定には、次のような産業界からの要望が存した。その一つとしては、民法典施行後、日清・日
露の戦争を契機にわが国の経済はにわかに発展したことにより金融資本が欠乏したことであった。そこで、鉄道や
紡績業を中心に産業界は、低金利で豊富な外国資本の導入の必要性に迫られたことから、綿紡工業の事業家たちは
「抵当の機械にも相当の価格を附し評価されること」など、抵当制度に関する建議要望は多くを数え、工業分野に
おける生産信用への要望は十分に高まっていたのであ (
る。 35)
これに対してわが国の法律は、どのようになっていたのであろうか。民法は約定担保物権として質権と抵当権を
規定しているが、物権には独立する物の集合体には一つの独立した所有権は成立しないという原則が存在してい
る。そして、工場に属する土地または建物に抵当権を設定した場合に、従物理論から工場に属する土地または建物
に備え付けられた機械・器具などの動産に抵当権の効力が及ぶのかという問題(民法三七〇条との関連)が存す (
る。 36)
さらに、工場に属する土地または建物に備え付けられた機械・器具などの動産に質権を設定する場合には、担保の
目的物である機械・器具などの動産を債権者に引渡す必要性から(民法三四四条)、このことは企業の生産手段を奪
うことになるので、動産質権は企業にとっては利用することができない担保制度となるのである。
そこで、工場の設備を担保化する方法としては、工場に属する土地または建物については抵当権を、機械・器具
などの動産には譲渡担保権を設定する方法が採られることになった。しかしながら、このような担保方法では担保
権の設定に多額の費用がかかるばかりでなく、担保権が個々に実行された場合には企業が崩壊する虞があるので
あった。また、企業を構成する物的設備は互いに有機的に結合されて一体をなしていることから、これらを単一体
として担保の目的とすることが望まれたのであった。このような状況下において、外債の担保としてドイツ法系の
財団抵当制度を導入すべきか、イギリス法系の浮動担保制度を採用すべきかが論争されたのである。その結果、立
法策としてドイツ・プロイセンの鉄道抵当法(Gesetz über die Bahneinheiten 1895)などを参考にして鉄道抵当法・
工場抵当法および鉱業抵当法ならびに担保附社債信託法が、明治三八年に制定・施行されたのである。
財団抵当とは、企業を構成する土地・建物、機械・器具などの物的施設はもちろん、地上権・賃借権・無体財産
権などの権利をも含めてこれらを有機的単一体として把握し、企業独自の担保価値を各業種の財団抵当法により、
財団目録を作成して財団登記簿に記載して抵当の目的とする制度であ (
る。しかし、財団抵当法における財団は、企 37)
業財産のすべてを以て構成されるのではなく、各種財団の組成物件の範囲をどのように定めるかは財団抵当法に於
いて重要な問題であり、併せて担保権実行の関係などから組成物件は法定せざるを得ないのであ (
る。 38)
工業所有権は、工場財団・鉱業財団・漁業財団の組成物件とすることができる(工場抵当法一一条五号、鉱業抵当
法二条六号、漁業財団抵当法二条八号)。ここにいう工業所有権とは、特許権・実用新案権・意匠権そして商標 (
権と 39)
これら本権と経済上同一の作用をなすその実施権あるいは使用権をい (
う。この工業所有権そして実施権(使用権) 40)
は、近代的な工場の生産設備と密接な関係と重要な価値を有するものであることから工場財団の組成物件となる
が、特許権、実用新案権、意匠権および商標権は登録によって発生する権利であることから、組成物件とするため
には、その設定の登録を受けていることが必要である(特許六六条一項、実用新案一四条一項、意匠二〇条一項、商標
一八条一項)。工業所有権そして実施権(使用権)が共有の対象となっているときの各共有者がその共有持分を譲渡
するには、他の共有者の同意を得なければならない(特許七三条一項・七七条五項・九四条五項、実用新案二六条・
一八条三項・一九条三項、意匠三六条・二七条三項・二八条三項、商標三五条・三〇条四項・三一条四項)。そこで、これ
らの共有持分を財団の組成物件とするためには、あらかじめ他の共有者全員の同意を得ていることが必要となる。
そして、これらの工業所有権そして実施権(使用権)の共有持分を財団の組成物件とするためには、その共有持分
の登録(特許登三三条、実用新案登七条、意匠登七条、商標登八条)がなされていることを要すると解されてい (
る。 41)
なお、工業所有権を受ける権利は財産権であり移転性を有するものではあるが、担保に供することはできないも
のとされていることから(特許三三条一項・二項、実用新案九条二項、意匠一五条二項、商標一三条二項)、工場抵当法
一一条も工業所有権を受ける権利を工場財団の組成物件とすることは認めていな (
い。 42)
(イ)企業担保法
わが国において企業を担保化して金融を図る制度としては、前述の各種財団抵当法と企業担保法がある。財団抵
当制度では、①担保の客体である財団の組成物件が法定されていることから、企業の全体を把握することが不十
分な点 ②各種財団は各種財団抵当法により成立することから、財団組成については業種的に制約されている点
③財団の組成ならびに管理のために煩瑣な手続きと高額な費用を要する点、という欠陥を払拭するためにイギリ
スのFloating chargeを範として企業担保法が成立したのであ (
る。 43)
イギリスのFloating charge とは、「従来わが国に行われている財団抵当と異なり、担保物を固定せしめない特
殊な謂わば企業そのものを担保とする制度である。この制度によれば担保設定会社に債務の不履行、事業の停止、
解散等のことがあればその時に会社の総財産が担保物として特定するが、それまでは従来の財団抵当と異なり担保
設定会社は自由にその財産を処分し得ると同時に新たに取得した財産が自動的に担保の目的物に繰入れられること
となるので浮動担保と称せられている。要するに担保物件を固定せしめる財団抵当に比しはるかに機動的であり、
且つ企業が順調に行われている限り、担保権の設定によってその経営に何らの制約を受けない所がこの制度の特徴
で英法系に発達した制度であ (
る。」 44)
企業担保法は、株式会社の発行する社債を担保するために、その会社の総財産を一体として企業担保権の目的と
することができると規定し、この企業担保権を物権としている(企業担保一条)。企業担保権の目的物(客体)とな
るものは、株式会社の一体としての総財産であり、企業の運営過程でその内容は変動する状態における総財産であ
る(企業担保二条一項)。ここにいう「総財産」とは、企業を構成する総財産という意味ではなく、民法が規定して
いる一般の先取特権の対象となっている総財産(民法三〇六条)と同様に解釈されている。具体的には、不動産・
動産・債権・用益権・工業所有権・鉱業権・漁業権・電話加入権などが該当する。商号・企業特有の技術あるいは
熟練または暖簾などは、「総財産」の対象には含まれない。営業権は、直接には「総財産」には含まれないが、実
質的には担保価値に含まれると解されるであろ (
う。 45)
企業担保権の目的物である「総財産」が企業の運営過程において浮游すること、すなわち担保目的物の流出そし
て流入は自由であり(企業担保二条)、このことは企業を生きたままの状態で担保化するうえで重要なことであり、
この担保制度の特異性を示すことでもあ (
る。 46)
企業担保権の設定あるいは変更を目的とする契約は、公正証書によることを要し(企業担保三条)、その得喪およ
び変更は株式会社登記簿への登記を効力発生要件としている(企業担保四条)。企業担保権は、総財産に含まれる
個々の財産に対して設定されるのではなく、一体としての一個の総財産上に一個の企業担保権が設定されるのであ
る。そこで、個々の財産について企業担保権が公示されないことから、企業担保権の登記後に対抗要件を備えた
個々の財産上の権利である一般の先取特権や質権そして抵当権などは、企業担保権に優先することになる。
(
35) 水島・前掲注(
1)増補特殊担保法要義八八頁、福島正夫=清水誠「日本資本主義と抵当制度の発達」法律時報二八巻一一号
四頁。
(
36) 我妻・前掲注(2)二五九頁、於保不二雄「附加物及び従物と抵当権」民商法雑誌二九巻五号一頁以下、湯浅道男「抵当権の 効力の及ぶ範囲」星野英一編 民法講座3(有斐閣 昭和五九年)四七頁以下などがあり、最近の研究論文としては、たとえば拙
稿・前掲注(3)「工場抵当法三条目録の効力について」三一一頁参照。
(
37) 財団抵当に関する詳細な文献としては、水島・前掲注(
1)増補特殊担保法要義八七頁以下、清水誠「財団抵当法」講座日
本近代法発達史4(勁草書房 昭和三三年)九五頁以下、香川保一・特殊担保(金融財政事情研究会 昭和三八年)、栗栖赳夫・
信託法=財団抵当法の研究(有斐閣 昭和四三年)、島津一雄・工場抵当、財団抵当の実務(商事法務研究会昭和四六年)、酒井栄 治・工場抵当法〈特別法コンメンタール〉(第一法規出版 昭和六三年)など。 ( 38) 拙稿・前掲注(7)八頁以下。
(
39 ) 香川保一・工場及び鉱業抵当法(港出版合作社昭和二八年)一二三頁では、工場財団の組成物件の一つである工業所有権の
うち商標権を含むか否かについて二説を紹介し、消極説を支持している。香川・前掲注(
37)二二二頁では、昭和三五年三月三一
日付民事甲第七八五号民事局長通達により、従来は、商標権は含まないと解されてきたが、昭和三四年の商標法全面改正により商
標権およびその専用使用権、通常使用権なども工場財団の組成物件となった、と指摘している。
(
40) 香川・前掲注(
37)二二〇頁、津島・前掲注(
37)一四四頁は、本条にいう工業所有権とは狭義の意味であって、独立して譲 渡性を有しないものは工場財団の組成物件には該当しない。平野忠昭・鉱業抵当法〈特別法コンメンタール〉(第一法規出版 昭
和五一年)一七頁。
(
41) 酒井・前掲注(
37)一一五頁。
(
42) 香川・前掲注(
37)二二二頁。
(
43) 水島・前掲注(
1)増補特殊担保法要義一二九頁以下。
(
44) 昭和二八年一〇月二六日毎日新聞朝刊。
(
45) 香川・前掲注(
37)七六六頁。
(
46) 財団抵当制度では、財団組成時における組成物件についての登記・登録ならびに新陳代謝に伴う登記・登録の変更が必要であ
るが、これに関する手続きの煩雑さも企業担保法は払拭している。すなわち、企業財産の流失・流入にあたっては民法一三七条・
一七六条・一七七条の適用がないのである。
四 おわりに
わが国における担保物権制度の発達の契機は、近代経済取引の発展が必然的に信用の拡大を伴い、素朴な一物一
権主義の原則を崩壊させたことである。このことは、民法の担保物権の規定が近代資本主義においてその役割を十
分に発揮することについて甚だしく不十分であったことを物語っていることでもあ (
る。近代経済取引の発展は、周 47)
知のごとく財団抵当制度をはじめとして抵当証券や動産抵当など幾多の新制度を創設させて、担保物権法が民法の
中で最も多くの特別法を擁することになったのである。しかし、これらの目覚ましい立法をもってしても、経済的
要請は満足せず根抵当や譲渡担保の制度を確立させてきたのである。財団抵当制度は、企業を担保する制度として
活用されてきたが、企業担保としての本質そして近代的経営形態の企業の担保としては、批判を免れないのであっ
た。このような財団抵当制度の欠陥を払拭し、更に醇化された企業の担保制度として企業担保法の創設を見たので
あった。
無体財産権を担保の目的とするこ (
とについて、本稿では実定法を中心に考察してきたが、銀行取引でこの無体財 48)
産権を担保の目的とする例は、担保評価が困難なこともありほとんど無いとされる。その理由としては、次のよう
な指摘がなされている。
石井・杉山の両氏は、無体財産権を担保に取ったとしても債権保全のための担保というよりは、むしろ債務者に
対して心理的圧迫を加えて弁済を促すという点に重点が置かれると指摘してい (
る。 49)
金井高志氏は、知的財産権の担保目的物としての問題点として、不動産と異なり存続期間が限られていること、
知的財産権の価値の下落や同一性および価値維持の必要性、そして担保対象の流通市場の整備を指摘してい (
る。 50)
土生哲也氏は、知的財産権担保融資を行うための主要課題を時系列で区分し、融資実行前(担保評価)では法
的・技術的・市場性の各側面を考慮すること、融資実行後(担保管理)では年金納付状況の確認など知的財産権に
固有の課題が生ずること、そして債権回収時(担保処分)では処分先の確保を指摘す (
る。 51)
小川幸士教授は、特許権の担保価値評価と担保権実行に伴う担保特許の困難さが、特許権の担保化を阻害してい
る主要因であり、知的財産権の流通市場が存在しないことも要因として指摘され、主要因についての解決方法を提
案してい (
る。 52)
田代泰久氏は、知的財産担保のリスクが高いことを指摘し、あわせて財団抵当制度におけるソフトウェアが財団
組成物件となっていないことに対する知的財産の財団組成物件化と新しい財団の創設について論究してい (
る。 53)
相澤英孝=西村あさひ法律事務所編著によれば、知的財産権の取引の特色を指摘し、とくにファイナンス取引と
の関係においては取引対象の寿命の問題・利用者にとって取引の対象となる権利の価値が変化すること・担保価値
の予測が困難であることをあげてい (
る。 54)
渋谷達紀名誉教授は、質権あるいは譲渡担保により知的財産権を担保化するにしても、一個の知的財産権のみを
目的として担保権を設定することは、通常は意味をなさないことであり、特許権であれば周辺の特許権やそれらを
実施するためのノウハウも含めなければ、担保価値は生じないことを指摘する。工場抵当法では、ノウハウなどの
権利化されていない財産権を財団組成物件とすることはできず(工場抵当一一条)、企業担保法によれば株式会社が
有する総財産を担保化することはできるが、被担保債権が社債であることが法定されており(企業担保一条一項)、
それ以外では利用できないところに限界があると指摘してい (
る。 55)
企業における無体財産権の担保化を指向するためには、まず渋谷名誉教授が説かれるごとく、一個の知的財産権
のみを担保権の客体とすることは企業においては通常あまり意味がないということから出発して、当該無体財産権
およびその周辺の無体財産権や実施するためのノウハウを含めて担保として評価すること、あるいは企業の総財産
としてそれらの担保価値を評価の対象とすることが考えられよう。
この場合、個別担保である民法上の担保物権では担保価値の把握について問題が残り、集合物担保である財団抵
当制度では担保物権(目的物)が法定されていることや利用における財団に業種的な制約があること、そして企業
担保法では被担保債権が社債に限られていることから、企業における無体財産権の担保化は、現行実定法の解釈論
では困難な問題であるといえよう。
(
47) 我妻・前掲注(2)七頁。
(
48 )田代泰久・知的財産権担保融資の理論と実務(清文社平成八年)三頁以下では、「知的財産権担保化論の背景と位置づけ」
として、①歴史的視点からみた知的財産の担保化 ②金融構造からみた知的財産の担保化 ③社会構造からみた知的財産の担保化 ④事業資産担保としての知的財産 という視点から知的財産の担保化について論究している。
(
49 ) 石井真司=杉山清次「企業担保、その他の無体財産権担保」金融取引法大系五巻担保・保証(有斐閣昭和五九年)二〇二
頁。
(
50 ) 金井高志・民法でみる知的財産法(日本評論社平成二〇年)一三二頁。
(
51 ) 土生哲也・よくわかる知的財産権担保融資(社団法人金融財政事情研究会平成二〇年)一三二頁以下。
(
52) 小川・前掲注(
10)六五頁、六九頁では、特定の特許権を中心とする「事業」の担保化(延長型特許権譲渡担保)を指向する。
(
53) 田代・前掲注(
48)五五頁以下、六三頁以下。
( 54) 相澤=西村あさひ法律事務所・前掲注(
23)三八四頁以下。
(
55) 渋谷・前掲注(
9)三六六頁以下。
―こばやし ひでとし・法学部教授―