1.はじめに
通勤鉄道の毎朝のラッシュは、東京大都市圏の都市問題 を象徴してきたが、近年混雑率が大幅に緩和している。「数 字でみる鉄道」1)によると、主要31路線の最混雑区間混雑 率の平均値は、1990年まで200%(体が触れ合い身動きがで きない水準)を上回っていたものが2010年には166%(新聞 を折りたためば楽に読める程度)にまで緩和した。
通勤ラッシュの根源は、職場や学校の都心部集中と住宅 の郊外立地という都市構造に求められる。朝混雑する電車 は一方向だけで、郊外から都心に向かう車両はぎゅうぎゅ う詰めだが、反対方向の車両は楽に座れる程すいている。
つまり原因が都市構造にあることは容易に理解できる。
混雑の緩和には、鉄道インフラの輸送力増強が重要だが、
空間構造を工学的に考えると土地利用の偏った配置を是正 するという方法も考えられる。図1は、旧国土庁の首都改 造計画(1985)に掲載された概念図2)だが、業務機能の郊 外移転再配置によって大都市圏を空間構造的に改編しよう とする方法のイメージがよく表れされている。
一方、東京都心部とその周辺では再開発が盛んに行われ、
通勤者の行き先となるオフィスビルが大量に建設された。
さて、東京大都市圏のこのような近年の変化は、大局的 にどう理解すればよいだろうか。
2.本稿の目的と構成
本稿の目的は、東京大都市圏を対象に、鉄道の通勤ラッ シュの緩和という現象を手掛かりにして、就業者の量的分 布、鉄道の輸送力、事務所床供給などの変化と通勤ラッシ ュの緩和との関係を考察することを通じて、都市構造の大 局的な変化の一端を解明することである。
本稿の構成は、次のとおりである。最初に東京60km圏 の同心円状の区分により、従業地による就業人口分布の大 局的な変化について、都心部ほど就業者の量が減り、減少
分が20-30km圏の顕著な増加へと重心がシフトしたことを
示す。次いで、これがもたらした広域的な通勤移動の変化 について、郊外から特別区部へ流入する通勤者の減少量等 を把握する。次に、通勤鉄道の混雑緩和の原因について、
乗客数の減少、輸送力の増強、時差通勤のどれが主要因な のかを追求する。さらに、都心部とその周辺部の再開発に よる近年の膨大な事務所床供給について、それが意味する ところを考察する。
研究の方法は、大局的な構造変化を俯瞰的に捉える観点 から、国勢調査、都市交通年報、パーソントリップ調査(以 下「PT調査」)、東京都土地関係資料といった主要統計の公 表データによる分析とした。特に、2010年国勢調査の従業 地・通学地による就業者の統計表は2012年6月と2013年 2月に公開されたばかりなので、本稿はこれを用いた最新 の分析結果となっている。
既往研究について本稿の主題に関連するものを挙げると、
学術研究では、島田ら(1985)、広瀬(1988)が首都圏の通勤通 学交通の分布変化を分析したが、1960-80 年という古い時 代のものである3)。吉川ら(2000)は通勤通学流動から業務核 都市の自立性向上を指摘し4)、小宮山(2007)らは従業者人口 と鉄道網の密な地域が中心部から郊外への拡大を示した5)。 また、東京大都市圏の通勤交通をモデル化する試みに阿部 (1995)、秋元ら(1993)があり6) 7)、特に鈴木(1992)は職場と住 居の分布構造を無駄な通勤時間を指標にモデル化し、都心 から業務核都市への就業者の分散が1割程度ならば通勤時 間短縮効果は薄いと予測した8)が、いずれの研究も2000年 以前のデータによっており、近年の状況を分析したもので はない。学術以外では、政府の首都圏白書があるが、2010 年版に業務核都市の就業者数の2005年までの変動のグラ フ、2004年版に1990年と2000年の通勤通学者数の変化の 図が掲載されている程度に止まる。
通勤ラッシュの緩和をめぐる東京大都市圏の都市構造の変化
Structural Changes of Tokyo Metropolitan Region in terms of Recent Relaxation of Commuter Train Rush
明石達生* Tatsuo AKASHI*
This paper aims at clarifying recent structural change of Tokyo Metropolitan Region by pursuit of the factors of recent obvious decrease of commuter train crowding rate, as well as revealing the fact that recent tremendous amount of office floor supply in mid area of Tokyo does not link to increase of commuter traffic load at all but simply result in enlarge floor space per worker, which means approximately reduction by half of traffic generation unit. The paper also indicates that regional allocation of workers sifted from central Tokyo to around 30km away suburbs, which is a factor of commuter train rush relaxation, but remarkable increase of carrying capacity of railroads contributes more.
Keywords: Tokyo Metropolitan Region, Commuter Train, Crowding Rate, Office Floor Supply, Floor Area Ratio, Work Place Allocation
東京大都市圏、通勤鉄道、混雑率、事務所床供給、容積率、従業地分布
*国土技術政策総合研究所、National Institute for Land and Infrastructure Management
62.
[現 状] [将来像]
図1 首都改造計画(1985)が示す現状と将来像の概念図
表1 東京大都市圏の距離帯別従業者分布の推移
(国勢調査、単位:千人)
距離帯 2010 2005 2000 1995 1990 1985 1980 1975 1970
0-10km 4,691 4,802 5,099 5,293 5,329 4,854 4,461 4,356 4,152 10-20km 3,264 3,232 3,445 3,530 3,407 3,023 3,011 2,875 2,876 20-30km 3,065 3,011 2,873 2,804 2,442 2,127 1,874 1,657 1,440 30-40km 2,745 2,722 2,488 2,474 2,387 2,101 1,837 1,599 1,403 40-50km 1,649 1,703 1,903 1,869 1,694 1,509 1,299 1,116 1,042
50-60km 948 950 919 910 842 721 651 595 581
計 16,363 16,422 16,728 16,882 16,103 14,338 13,134 12,200 11,495 [1990年との倍率]
0-10km 0.88 0.90 0.96 0.99 1.00 0.91 0.84 0.82 0.78
10-20km 0.96 0.95 1.01 1.04 1.00 0.89 0.88 0.84 0.84
20-30km 1.26 1.23 1.18 1.15 1.00 0.87 0.77 0.68 0.59
30-40km 1.15 1.14 1.04 1.04 1.00 0.88 0.77 0.67 0.59
40-50km 0.97 1.01 1.12 1.10 1.00 0.89 0.77 0.66 0.61
50-60km 1.13 1.13 1.09 1.08 1.00 0.86 0.77 0.71 0.69
計 1.02 1.02 1.04 1.05 1.00 0.89 0.82 0.76 0.71
[1990年との差分]
0-10km -639 -527 -230 -36 0 -475 -869 -973 -1,177
10-20km -143 -176 38 123 0 -384 -397 -532 -531
20-30km 623 569 431 362 0 -315 -568 -785 -1,002
30-40km 358 335 101 87 0 -286 -550 -788 -984
40-50km -45 9 209 175 0 -185 -395 -578 -652
50-60km 106 108 76 68 0 -121 -191 -247 -261
計 260 318 624 779 0 -1,766 -2,970 -3,903 -4,608
従業地による就業者数
表2 東京都区部の従業者分布の推移
(国勢調査、単位:千人)
都心3区 2,026 (0.85) 2,092 (0.88) 2,381 (1.00) 中間11区 2,664 (0.95) 2,859 (1.02) 2,799 (1.00) 外周9区 1,951 (0.94) 2,042 (0.99) 2,069 (1.00) 特別区部計 6,641 (0.92) 6,993 (0.96) 7,249 (1.00)
2010 2000 1990
表3 20-40km 圏の業務核都市従業者の推移
(国勢調査、単位:千人)
2010 2000 1990 1985 2010-85 距離帯トータル 3,065 2,873 2,442 2,127 938 業務核都市 2,661 2,594 2,313 2,018 643
(比率) 87% 90% 95% 95% 69%
距離帯トータル 2744 2488 2387 2101 643 業務核都市 759 738 660 567 192
(比率) 28% 30% 28% 27% 30%
20- 30km
30- 40km
このように、本稿は2010年国勢調査結果の公表から間も ないタイミングで、通勤ラッシュの緩和現象など既往研究 では示されていない最近の変化を考察する点に特徴がある。
3.従業地による就業者数の分布の変化
最初に、東京大都市圏の就業人口の量と分布がどう変遷 してきたのかを、大局的に把握する。
(1)広域構造
表1は、従業地による就業人口を、東京駅を中心とする 同心円状の距離帯別区分により、40年間の分布の推移を示
したものである。データは国勢調査(1)である。
職場の分布構造の変化を概括すると、まず、東京60km 圏域全体の就業者数の総量は、1990年頃まで顕著に増え続 け、その後ほぼ横ばいで推移してきた。しかしその内訳を みると、1990年以降の20年間において地域によって顕著 な増減が見られる。
最も特徴的な変化は、都心近辺の0-10km圏内である。
ここでは、1990 年に就業者数がピークに達した後、2000 年以降急速に減少し、2010年までにピーク時から総量で約 64万人、比率で約12%減少した。10-20km圏も同様に約14 万人減少している。これに対して、20-30km圏では約62万 人増と顕著な増加となり、次いで30-40km圏も約38万人 増加した。その結果、2010年と1990年を比べると、0-20km
圏内から20-40km圏内へと、就業の場所が大まかに約80
~100万人分という大きな量がシフトしたことになる。
(2)特別区部
次に、特別区部における変化を見てみたい。国勢調査の 同心円では、23 区のうち区部外周に位置する 9 区が
10-20km圏、その他14区が0-10km圏である。そこで、特
別区部をいわゆる「都心3区」(千代田、中央、港)、「外周
9区」(大田、世田谷、杉並、練馬、板橋、北、足立、葛飾、
江戸川)、両者の中間に位置する「中間11区」に3区分し て就業者の分布構造の変化を俯瞰したところ、表2のよう になった。この表によると、区部トータルが減少しており、
減少量は1990年以降の20年間に約61万人の減である。と ころが、減少分の内訳では約6割が都心3区であり、この ことから大都市圏の中心に行くほど就業者の減少が強くな る傾向が認められる。都心3区は面積では特別区部の7%
に満たない狭い区域であることを考えると、一極集中型と 言われた空間的分布の緩和が窺える。
(3)業務核都市
ところで、就業者の量が顕著に増加した圏域は、20-30km
圏と30-40km圏であった。この圏域における働く場の育成
は、首都改造計画(1985)や続く首都圏基本計画による業 務核都市の指定(1988,1999)という形で、政策にもなって きた。これらの政策は、都心部から業務核都市へと業務機 能をシフトし、周辺圏域の拠点を形成することで、東京大 都市圏の都市構造を東京都心一極集中型から多核多圏域型 へと改造を図るビジョンに支えられている。そこで、その ようなビジョンに合致した変化が起きたのかどうかを従業 地の移動という側面から検証してみたい。
20-30km圏に位置する業務核都市は、さいたま市、越谷
市、千葉市、柏市、多摩市、横浜市、30-40kmに位置する 業務核都市は、川越市、春日部市、木更津市、町田市、立 川市、相模原市である。表3は、これらの都市を従業地と する就業者数の合計の変化(2)と、圏域に占める比率の変化 をまとめたものである。
上記政策のビフォー・アフターとして1985年と2010年 を比較すると、この間に増加した就業者数は、10-30km圏 で94万人、30-40km圏で64万人と計158万人に達するが、
この増加数に対して業務核都市が 20-30km 圏で 69%、
30-40km圏で30%を占めており、絶対数としても大量の職
表4 就業者の従業地・常住地の変化
(国勢調査、単位:千人)
特別区部 東京多摩 埼玉県 千葉県 神奈川県 茨城県 2010 3 , 7 8 8 4 8 1 7 7 2 6 6 7 8 1 6 5 9 2 , 7 9 5 1990 4 , 1 1 6 5 7 0 8 6 6 7 5 0 8 3 2 6 4 3 , 0 8 2 増減 - 3 2 8 - 8 9 - 9 4 - 8 3 - 1 6 - 6 - 2 8 6
2010 7 2 4 8 1 6 9 8 1 0 6 1
1990 7 4 1 , 1 4 4 6 4 7 7 9 1
増減 - 2 - 6 6 2 5 1 2 7 0
2010 7 9 4 0 2 , 2 9 6 3 3 1 0 1 4
1990 8 5 3 4 2 , 2 3 3 2 3 6 1 0
増減 - 6 6 6 3 1 0 4 4
2010 6 1 5 3 3 1 , 9 7 4 1 2 3 5
1990 6 1 5 2 3 1 , 9 5 0 8 2 9
増減 - 1 1 1 0 2 4 3 5
2010 9 6 9 9 2 0 2 0 3 , 0 0 1 2
1990 9 7 8 0 1 2 1 3 3 , 0 9 4 2
増減 - 1 1 9 9 6 - 9 3 1
2010 5 1 1 2 2 9 2 1 , 2 2 8
1990 5 1 9 2 4 1 1 , 3 0 7
増減 0 0 3 5 0 - 7 8
2010 3 1 2 1990 3 2 2 増減 - 9 特別
区部
東京 多摩
埼玉県
千葉県
神奈川
茨城県
常住地
従 業 地
区部流入
区部流出
表5 特別区部と業務核都市の通勤者出入収支の変化
(国勢調査、単位:千人)
2010 1990 増減 2010 1990 増減
さいたま市 161 159 2 16 13 3
越谷市 44 57 -13 3 4 -0
川越市 26 36 -9 3 3 -1
春日部市 24 36 -12 1 1 -0
255 288 -33 23 21 2
千葉市 90 103 -13 10 9 1
柏市 56 66 -10 4 4 0
40km 木更津市 3 2 1 0 0 0
149 171 -22 15 13 2
30km 多摩市 17 26 -9 3 2 1
町田市 41 48 -8 4 4 -0
立川市 14 16 -2 5 4 1
72 91 -18 12 10 2
30km 横浜市 400 405 -5 48 43 4
40km 相模原市 39 40 -1 3 3 -0
439 444 -5 50 46 4
業務核都市から区部 区部から業務核都市
30km 40km
埼玉方面小計 30km
千葉方面小計
40km
多摩方面小計
神奈川方面小計
表6 通勤鉄道の最混雑1時間における 乗客数、郵送力、混雑率の変化
(都市交通年報、単位:人、%)
乗客数 輸送力 混雑率 乗客数 輸送力 混雑率 乗客数 輸送力
中央線(快速) 86,720 44,400 1 9 5 % 99,960 39,200 2 5 5 % 0 . 8 7 1 . 1 3 西武新宿線 53,996 33,600 1 6 1 % 62,462 32,480 1 9 2 % 0 . 8 6 1 . 0 3 西武池袋線 53,456 30,240 1 7 7 % 77,392 36,960 2 0 9 % 0 . 6 9 0 . 8 2 京王線 70,949 42,000 1 6 9 % 70,012 36,460 1 9 2 % 1 . 0 1 1 . 1 5 小田急線 73,608 38,494 1 9 1 % 77,230 38,396 2 0 1 % 0 . 9 5 1 . 0 0 京浜東北線 76,070 36,400 2 0 9 % 93,210 33,600 2 7 7 % 0 . 8 2 1 . 0 8 埼京線 55,970 28,000 2 0 0 % 51,871 23,800 2 1 8 % 1 . 0 8 1 . 1 8 東武東上線 48,261 33,120 1 4 6 % 61,228 33,396 1 8 3 % 0 . 7 9 0 . 9 9 東武伊勢崎線 71,531 50,712 1 4 1 % 84,663 43,356 1 9 5 % 0 . 8 4 1 . 1 7 武蔵野線 29,860 15,680 1 9 0 % 21,000 8,400 2 5 0 % 1 . 4 2 1 . 8 7 常磐線(快速) 34,990 19,980 1 7 5 % 46,450 21,000 2 2 1 % 0 . 7 5 0 . 9 5 総武線(快速) 64,030 35,340 1 8 1 % 60,900 24,790 2 4 6 % 1 . 0 5 1 . 4 3 京成線 22,770 15,246 1 4 9 % 32,310 18,288 1 7 7 % 0 . 7 0 0 . 8 3 京葉線 50,890 27,720 1 8 4 % 35,200 19,320 1 8 2 % 1 . 4 5 1 . 4 3 東海道線 65,700 34,412 1 9 1 % 72,570 30,230 2 4 0 % 0 . 9 1 1 . 1 4 横須賀線 30,700 16,776 1 8 3 % 38,470 16,210 2 3 7 % 0 . 8 0 1 . 0 3 京浜急行線 49,390 32,256 1 5 3 % 54,850 32,768 1 6 7 % 0 . 9 0 0 . 9 8 東急東横線 55,397 31,044 1 7 8 % 60,874 29,776 2 0 4 % 0 . 9 1 1 . 0 4 田園都市線 82,438 42,746 1 9 3 % 70,274 35,600 1 9 7 % 1 . 1 7 1 . 2 0 銀座線 30,219 18,240 1 6 6 % 35,758 18,240 1 9 6 % 0 . 8 5 1 . 0 0 丸ノ内線 37,250 23,731 1 5 7 % 49,722 22,990 2 1 6 % 0 . 7 5 1 . 0 3 日比谷線 44,865 28,224 1 5 9 % 59,417 28,224 2 1 1 % 0 . 7 6 1 . 0 0 東西線 76,622 38,448 1 9 9 % 75,256 38,448 1 9 6 % 1 . 0 2 1 . 0 0 千代田線 74,143 41,296 1 8 0 % 88,620 38,448 2 3 0 % 0 . 8 4 1 . 0 7 有楽町線 57,590 34,176 1 6 9 % 59,544 28,480 2 0 9 % 0 . 9 7 1 . 2 0 半蔵門線 69,223 39,872 1 7 4 % 57,253 34,176 1 6 8 % 1 . 2 1 1 . 1 7 浅草線 29,877 22,080 1 3 5 % 29,211 20,880 1 4 0 % 1 . 0 2 1 . 0 6 三田線 22,199 15,120 1 4 7 % 24,730 14,280 1 7 3 % 0 . 9 0 1 . 0 6 新宿線 34,084 19,040 1 7 9 % 30,080 18,200 1 6 5 % 1 . 1 3 1 . 0 5 特
別 区 部 地 下 鉄
1990
2008 比率
多 摩 方 面 埼 玉 方 面 千 葉 方 面 神 奈 川 方 面
場が業務核都市において供給されたということができる。
しかしながら、圏域の就業者数全体に占める業務核都市の 比率をみると、20-30km圏内では若干の減少傾向、30-40km 圏内では概ね横ばいで推移してきた。このことから、業務 核都市は東京大都市圏における働く場の分布構造をシフト することには貢献したが、圏域内の拠点性については相対 的な意味で必ずしも高まったとは言えないと見られる。
4.通勤移動の変化
次に、広域的な通勤移動の変化を見る。
表4は、国勢調査による15歳以上就業者の従業地と常住 地によるマトリックスにより1990年と2010年の変化をま とめたものであり(3)、通勤移動の変化を表わしている。
特別区部で働く就業者のうち周辺地域から通う者(区部 への流入通勤者)は、1990年の約308万人から2010年の 約280万人へと約28万人(9.3%)減少した。この分は、
概ね鉄道の通勤混雑の緩和に寄与しているものと推察され る。一方、特別区部から周辺地域に通う就業者(区部から の流出通勤者)は、流入に比して元々量が一桁小さく1990 年の32万人から2010年の31万人へとほぼ横ばいである。
また、特別区部を含まない都県間の通勤移動は、1990年 の約43万人から2010年の約55万人へと12万人増加した。
このうち、直接接しない都県間の通勤移動は、約7万人か ら約11万人となっており、増加の絶対量は小さいがこれら の移動の中には特別区部を鉄道で通過するものも含まれる。
このように、大都市圏郊外部間における広域的な通勤移動 は、量的には大きくないものの、比率では大幅に伸びた。
表5は、20-40km圏内の業務核都市について、特別区部 との間における通勤者数の出入収支の変化をみたものであ る。全体的に特別区部への通勤者が減少し、逆に特別区部 からの通勤者が増加した傾向が読み取れ、政策の意図と合 致した方向に進んでいるが、増加量は少ないと言わざるを 得ない。
5.通勤鉄道の混雑緩和の状況と要因
(1)通勤混雑の近年の推移
朝の通勤混雑は、大都市では避けることのできない都市 問題である。東京大都市圏は、通勤交通を自動車に頼らず、
鉄道網を高度に発達させ、運行間隔を限界まで縮めること で対処してきた。例えば、PT調査(2008)によれば都心3区 着の「自宅-勤務」トリップの実に93%が「鉄道・地下鉄」
であり、鉄道網は東京大都市圏の動脈であり生命線と言っ てよい。
朝の通勤混雑は、近年どのように推移したのであろうか。
表6は、特別区部の境界を通過する主な放射鉄道路線と特 別区部における主な地下鉄路線について、最混雑1時間に おける乗客数と輸送力、及びそれの比の平均混雑率を、1990 年と2008年(公表最新データ)を比較したものである。資料 は、都市交通年報を用いた。傾向は、路線によって多少の ばらつきがあるが、平均混雑率が全体的に緩和している。
1990年時点では200%を超える路線が挙げたうち半数を占 めていたが、2008年には大部分が200%を下回った。その 原因は、比率欄に示すように、多くの路線において乗客数
の減少と輸送力の増強の両者に求められる。
なお、武蔵野線が乗客数・輸送力ともに伸びており、
20-30km圏の昼・夜間人口の増加の影響が窺える。
(2)混雑緩和の原因
乗客数の全体的な動向はどうだろうか。
表7に、都市交通年報のデータから鉄道輸送総人員と定期 券利用客総数の推移を見た。首都交通圏全体では、鉄道輸 送総人員が増加し、定期券利用者数は横ばいである。これ を東京都区部でみると、鉄道輸送総人員は増加だが、定期 券利用客は減少傾向にある。定期券利用客は基本的に通 勤・通学者であるので、国勢調査の特別区部を従業地・通 学地とする人口の減少と傾向が符合する。鉄道利用者の総 量は増えているが、都心への通勤者の量は減少したのだと
表7 鉄道輸送人員の推移
(都市交通年報、単位:千人) 2008 2000 1990 1985 総人数 13,957 12,940 12,754 10,918
1.09 1.01 1.00 0.86 定期券 8,329 8,078 8,342 7,117
1.00 0.97 1.00 0.85 総人数 9,382 8,910 8,875 7,661
1.06 1.00 1.00 0.86 定期券 5,525 5,538 5,784 4,994
0.96 0.96 1.00 0.86 従業・通学 7,303 7,769 8,309 7,726
(国勢調査) 0.88 0.94 1.00 0.93
総人数 4,575 4,030 3,880 3,258 1.18 1.04 1.00 0.84 定期券 2,804 2,540 2,558 2,123
1.10 0.99 1.00 0.83 (注) 従業・通学の2008は2010年国勢調査。
首 都 交 通 圏
東 京 都 区 部 都 区 部 外
表8 東京都区部の地下鉄の輸送力と輸送人員の推移
(都市交通年報)
2008 2000 1990 1985
車両走行キロ 392,006 329,580 274,323 234,872
(千キロ) 1.43 1.20 1.00 0.86 輸送人数合計 3,950,590 3,251,124 3,258,463 2,839,238
(千人) 1.21 1.00 1.00 0.87 最混雑時輸送力 308,337 307,733 262,366 237,100
(人) 1.18 1.17 1.00 0.90 最混雑時乗客数 518,956 506,649 509,591 479,220
(人) 1.02 0.99 1.00 0.94 平均混雑率 168% 165% 194% 202%
表9 時差通勤の推移
(PT調査、単位:千人、%)
集中量 割合 集中量 割合 集中量 割合
6時台 114 1.8% 65 1.2% 42 0.8%
7時台 754 12.0% 536 10.2% 478 9.4%
8時台 2,818 44.9% 2,452 46.6% 2,557 50.4%
9時台 1,554 24.8% 1,318 25.1% 1,212 23.9%
10時台 626 10.0% 552 10.5% 483 9.5%
11時台 405 6.5% 339 6.4% 305 6.0%
東京都区部、着トリップ、鉄道・地下鉄
2008 1998 1988
考えてよいだろう。
一方、東京都区部に関連しない輸送人員は、2008 年と 1990年の比が総数で1.18倍、定期券利用客で1.10倍と伸 びている。これは、大都市圏郊外部における鉄道通勤量が 増大していることを意味し、ここを従業地とする就業者数 の増加と符合する。
通勤鉄道の輸送力はどうだろうか。都心部の主要ネット ワークである地下鉄を例にとると、1990年以降において南 北線、半蔵門線、大江戸線、副都心線が開通又は延伸した とともに、既設の路線でも一部が輸送頻度の増強を行って きた。表8は、都市交通年報により、東京都区部の地下鉄 全12路線の合計について、輸送力と輸送人員の推移を見た ものである。総輸送力を表わす年間車両走行キロは2008 年に1990年比で1.43倍と大幅に増大し、年間輸送人員の 顕著な増大1.21倍を十分に上回っている。一方、最混雑時 の輸送力も地下鉄線トータルでは2割近く増大した。最混 雑時の乗客数がほぼ横ばいなのに対して平均混雑率が大き く下がり、混雑緩和は実感できるレベルと言ってよい。
時差通勤の影響は、どうだろうか。表9は、PT調査を用 いて、6時~12時の6時間につき、目的が自宅-勤務、手 段が鉄道・地下鉄で、東京区部着となる集中交通量につい て、時間ごとのシェアの推移を見たものである(4)。時差通 勤は出社時刻を前後にシフトさせる対応であることから、
データは着トリップを用いた。通勤着トリップのピークと なる8時台のシェアが2008年と1988年の比較で5.5%下が っており、重心が早朝側にシフトしている。時差通勤によ るシフトは大きなものではないようだが、最混雑時の混雑 緩和に相応の寄与があるものと推察される。
以上のように、都心部における朝の通勤ラッシュが近年 緩和していることは確実であり、過去から継続的な通勤客 が実感できるレベルに達していると言える。主要因の寄与 度の大小を検討すると、最近20年間の比較において、就業 者数は東京10km圏内で12%減(表1)、特別区部で8%減(表
2)、特別区部への流入通勤者が9%減(表4)、鉄道輸送力は
表6に掲げた放射鉄道の平均が13%増、特別区部の地下鉄
が18%増(表8)、時差通勤はピーク8時台シェアが11%減
(表9より44.9%/50.4%)となる。これらのことから、鉄道輸 送力の増強の寄与が比較的大きいと結論付けてよいだろう。
6.都心部の事務所供給に関する考察
ところで、東京都心部では、近年、高層オフィスビルの 供給が盛んに行われてきた。この結果、東京都の土地関係 資料によれば、特別区部の事務所床面積は 1985 年の約 3,900haから2010年の約9,000haへとわずか25年間に約2.3 倍と爆発的に拡大した。さて、従来、容積率規制に代表さ れるように、事務所ビルの床面積の増大は発生交通量の増 大を招くと考えられてきた。しかし、ここまで統計値で見 てきたように、特別区部では、就業者数が減る一方、事務 所床面積は大幅に増えている。この事実を、どう考えれば よいのだろうか。
表10は、2010年と1990年の比較により、事務所の床面 積と働く者が特別区部のどこでどのように変化したかを見 たものである。データは、事務所の床面積には東京都の土
地関係資料(課税台帳ベースの床面積)を、事務所で働く 人数には国勢調査の職業12分類のうち(A)管理的職業従業 者、(B)専門的・技術的職業従事者、(C)事務就業者の3分 類の合計を「事務・管理系従業者」として用いている(5)。 地域分けは、前出と同様に都心3区、区部外周の9区、そ の中間の11区に区分した。
事務所の床供給は、表10から特別区部のいずれの地域で も大量に行われたが、特に中間11区(都心に隣接するゾー ン)で大きい。これは、江東区・品川区等の臨海部・大規 模跡地等で繰り広げられた大規模プロジェクトや、渋谷区、
豊島区等副都心地域での再開発が寄与しており、さらに中 野区、墨田区といった従来事務所の集積が少なかった地域 にも再開発が拡がるなど、オフィス立地が都心集中から周 辺へと拡散したことを示している。ただし、都心3区は、
面積が小さいにもかかわらず中間 11区に匹敵する床増加 量を示しており、都心部の利用容積率が大きく拡大したこ とも窺える。
これに対して、オフィスで働く事務・管理系従業者数は、
特別区部全体的に減少しており、顕著な増加を示したのは 江東区、品川区という大規模プロジェクトのある2区に過 ぎない。事務所の床面積は大幅に拡大されたにもかかわら
表 10 特別区部の事務所床面積と管理・事務系従業者数
(東京都土地関係資料・国勢調査)
2010 1990 2010 1990 2010 1990 都心3区 45,881 29,177 1,262 1,434 36.4 20.3 1.57 1.00 0.88 1.00 1.79 1.00 中間11区 33,907 15,641 1,305 1,331 26.0 11.8 2.17 1.00 0.98 1.00 2.21 1.00 外周9区 10,269 5,895 647 746 15.9 7.9 1.74 1.00 0.87 1.00 2.01 1.00 事務所床面積 事務・管理系従業者 (A)/(B)
(A) (千㎡) (B) (千人) (㎡/人)
港 文京 墨田
江東 品川
大田 渋谷 中野
豊島
y = 2.15x R² = 0.727
1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0
0.5 1.0 1.5
床 面 積 の 倍 率
y従業者数の倍率
x図 2 東京 23 区の事務所床面積と管理・事務系従業者数の 2010 年/1990 年倍率各区比較
ず、事務所で働く従業者数は、オフィスビルの新規大量供 給地となった中間11区を含めて、一様に減少したのである。
これは何を意味しているのだろうか。
図2は、事務所床面積と事務・管理系従業者数の変動関 係を見るため、各々2010年の対1990年倍率を両軸にとり、
23の区をプロットしたグラフである。この場合、従業者数 が減っているが、倍率同士の比較にすれば負の値をとらな いで変化を比較することができる。試みに相関をとってみ ると、相関係数R=0.905と極めて高い値となり、従業者数 が減っていても、床面積と従業者数の両者の変化の間には 強い関連が認められる。さらに、この20年間における各区 のオフィス従業者数の倍率(x)とオフィス床面積の倍率(y) の関係を原点を通る回帰式を求めるとy=2.15xとなった(式
のR2=0.727)。オフィスの空室率にも大幅な変化がないこ
とを併せて考えると、このことから、従業者1人当たりが 占める事務所床面積は、この20年間におよそ2倍に拡大し たことになる。
以上から、東京の都心部とその隣接地域で近年盛んに行 われた再開発によるオフィスの大量供給は、結果として従 業者の量的増大にはつながらず、従って通勤ラッシュの悪 化につながることなく、大局的には1人当たり床面積の大 幅な拡大という形でもっぱら執務環境の質的改善に寄与し たと結論付けていいだろう。
また、事務所従業者の分布については、減少幅の相対的 な違いにより都心3区と中間9区の大小がわずかに逆転し た。これは、オフィス立地の拡散に併せて従業者の分布も シフトしたことを示している。鉄道路線網の発達した都心 隣接地域における従業地の分散化は、大江戸線、南北線、
副都心線、りんかい線、ゆりかもめ線といった新線開業も あいまって、混雑率の低下に寄与したものと推察できる。
7.まとめ
本稿が明らかにした主な点は、次のとおりである。
東京大都市圏の従業者の分布は、1990年~2010年の20 年間において、0-20km圏で約80万人減少し、20-40km圏 で約100万人増加するという量で、都心部から郊外部へ シフトした。
この結果、特別区部へ周辺地域から流入する通勤人口 が約30万人減少し、これが鉄道の通勤ラッシュ緩和の一 因となっている。
通勤鉄道の最混雑1時間における平均混雑率は、2008 年には大部分の路線で200%を十分に下回った。その原因 には、都心部等の従業者数の減少、鉄道輸送力の増強、
時差通勤の進展があるが、最も寄与したのは鉄道輸送力 の増強である。
一方、東京の都心部及びその周辺部では、再開発によ り膨大な面積の事務所床供給が行われたが、事務所で働 く従業者の人数は逆に減少した。従来、事務所床の増大 は通勤交通の負荷を増大させると解釈されてきたが、こ の事実から、近年における事務所床の大量供給は、通勤 ラッシュの悪化にはつながらず、大局的には従業者1人 当たり床面積の大幅な拡大を意味する結果となった。
補注:
(1) 距離帯別集計は、2000年以前は国勢調査の印刷冊子の表か ら、2005年以降は就業者についてこの集計公表がなくなっ たため、従前と同じ区分の市区町村リストにより筆者が集計 した。
(2) 市町村合併が1985年~2010年の間にさいたま市、春日部市、
柏市、相模原市で行われたが、就業者数はいずれも2010年 の行政区域と同じ区域で整理している。
(3) 国勢調査の統計表は、2010年に限り、特別区部を従業地と する就業者の総数と内訳の計が約60万人一致しない。これ は、総務省への問合せから推察すると、就業しているが従業 地の記載のない調査票について、従来は常住地を従業地とみ なす処理をしていたが、2010年は内訳に含めないこととし たためと思われる。本稿では、経年変化を主題とするため推 移の連続性を重視し、2005年以前と同様に総数と内訳合計 の差分を常住地での従業に組み入れた。
(4) パーソントリップ調査のデータは、下表のように自宅-勤務 目的の集中量が2008年に大幅に増大しており、国勢調査と 相反する結果が出ている。これは、計量計画研究所への問合 せから推察すると、調査票の回収方法を訪問から郵送に切り 替えた影響で、これまで不在が多くて回収率が低かった通勤 者の調査票の回収率が上がったために、サンプル数から総数 への割戻しの過程でバイアスがかかったものと推察される。
このため、PT調査を絶対量の経年比較に用いるのは不適切 と言わざるを得ないが、調査年ごとの同種サンプルの内訳割 合(この場合は勤務着トリップの着時間帯別の割合)につい ては連続性が見込まれると考えて、表9を示した。
特別区部が従業地の就業者 2010 2000 1990
総数 6,641 6,993 7,249
0.92 0.96 1.00 東京区部の集中量(自宅-勤務) 2008 1998 1988
全手段 6,126 5,390 5,100
1.20 1.06 1.00 鉄道・地下鉄 4,825 3,981 3,700 1.30 1.08 1.00 国勢調査
PT調査
(5) 表10のデータは、事務所床面積の東京都土地関係資料が固 定資産税台帳のため官庁を含まないこと、従業者数の国勢調 査が管理・事務系の職業分類であり従業地が事務所ビルかど うかを示すものでないことから、床面積と従業者数が直接的 な対比関係にあるものではない。従って、(A)/(B)欄に原単位 の絶対値としての精度を要求するのは困難であるが、どちら も網羅的な調査統計であるため、床面積と従業者数それぞれ の増減及び原単位の変化の倍率については、変動の程度の把 握に用いることが可能と考えられる。
参考文献:
1) 「数字でみる鉄道2011」、p36, 運輸政策研究機構
2) 「三大都市圏政策形成史」(2000)、p99-102,三大都市圏政策形 成史編集委員会、ぎょうせい
3) 広瀬盛行(1985) 「首都交通圏における通勤通学交通分布パタ
ーンの変化に関する分析」、都市計画論文集N0.20, p259-264、
広瀬盛行(1988)「東京大都市圏の地域構造と通勤交通」、土木
計画学研究・講演集No.11,p311-316
4) 吉川仁教・東真央・宮下清栄・高橋賢一(2000) 「通勤・通学 流動にみる業務核都市と周辺都市間の連携に関する研究」、土 木計画学研究・講演集No.23,Pt.1 Page.115-118
5) 小宮山直久・PELIN Alpkokin・竹下博之・加藤博和・林良嗣
(2007) 「業務立地および通勤特性からみた東京大都市圏の発
展過程分析」、土木計画学研究・講演集Vol.36, N..283
6) 阿部成治(1995) 「首都圏における東京23区への通勤・通学
構造のモデル化 -1990 年国勢調査の通勤・通学データによ る分析」、都市計画論文集No.30, p679-684
7) 秋元伸裕・原田昇・太田勝敏(1993) 「通勤密度関数を用いた 交通政策のマクロ評価に関する基礎的研究 -東京大都市圏 を対象として」、都市計画論文集No.28, p301-306、「国勢調査 データを用いた東京大都市圏における通勤交通の分析」、土木 計画学研究・講演集No.16,p319-326
8) 鈴木勉(1992) 「東京大都市圏における職住割当の最適化に関
する実証的研究」、都市計画論文集N0. 27, p337-342