グの一考察
著者 鈴木 順子, 坂田 すみれ, 清水 千恵, 佐伯 美和
雑誌名 東京家政大学教員養成教育推進室年報
巻 4
ページ 91‑100
発行年 2017‑11‑01
出版者 東京家政大学教員養成教育推進室
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00010133/
ピアノ初心者のための弾き歌いに有効な トレーニングの一考察
A study of effective trainings for piano beginners in singing to one’ s own piano accompaniment
児童学科非常勤講師
鈴木 順子 坂田 すみれ 清水 千恵 佐伯 美和
1.はじめに
本学では、将来保育士や幼稚園教諭を目指す学生に、ピアノ伴奏による「子どもの歌の弾き歌い」の実 技演習授業を行っている。授業では、「子どもに歌う楽しさを伝える」ということに重点を置き、子ども たちの前で表情豊かに歌うための必要な方法を習得させる。
使用テキスト『かんたんメソッド コードで弾きうたい』1)に基づき、前期授業「音楽Ⅰ」ではメジャー コード、マイナーコード、及び様々な伴奏パターンを理解させ、それらをピアノの伴奏に取り入れている。
後期授業「幼児音楽A」では、弾き歌いの実践という形で、曲のレパートリーを増やすことを目標に指導 を行っている。少人数授業であるため、ピアノ学習経験のある学生に対しては、経験年数や弾き歌いの経 験の有無などによって各々の進度に合わせ、弾き歌いから得られる表現の楽しさを実感させるよう対応し ている。一方、ピアノ学習経験の無い学生に対しては、前期授業のみ初心者クラスを設け、弾き歌いを行 う上で必要な音楽知識とピアノの技術習得に向けて、丁寧な指導を行っている。
昨今、初心者クラスを希望する学生数は年々増加傾向にあり、簡易な伴奏による表現の工夫は欠かせな いものとなっている。教員は、受講期間内で学生の能力が一定のレベルまで到達するよう、指導方針の統 一と工夫を行い、その過程で表現する楽しさを実感できるような授業を心がけている。
本論では、保育士や幼稚園教諭を目指す学生のうち、ピアノ初心者に対する指導に注目し、1年間とい う短期間でどのような指導が行われているのかを取り上げる。更に、4つの視点から必要なトレーニング 法を具体的に提案し、それぞれの期間を考察していく。
2.初心者クラスにおける実践事例
授業は、①発声 ②読譜とリズム ③理論 ④弾き歌い実技 に分けて組み立てられている。①はいわ ゆる発声練習、②はテキストを使用したリズム練習、③はコードの説明、④は予め2~3曲指定し、1週 間練習してきたものを聴いて助言、提案をするレッスン形式で、①②④は毎回、③は必要に応じて扱う。
実技の授業というものは限りなく個人レッスンに近くなるが、歌詞を読む、知識を共有する、演奏の仕方 を考えるなど、必ず学習して欲しい内容は共通であるため、全員に同じ課題曲も与えている。全員が同じ 曲を理解し、注意点を確認し合えることは、クラス授業を成立させるだけではなく、各自の好みや得手不 得手による選曲の偏りを少なくするというメリットもある。
弾き歌いの指導においては「楽譜を読む力」「ピアノを弾くための技術」「正しい音程とリズムで歌う力」
「豊かな表現力」を習得させることが特に重要と考える。「音楽Ⅰ」の授業で開設されたピアノ初心者クラ スにおいて、重要と考える以上の4点がどのように扱われているか<読譜><ピアノ演奏技術><歌唱>
<表現>の項目に分けて考察する。
(1)事例1
<読譜>
初心者は鍵盤楽器に限らず音楽的な経験自体乏しいことが多く、音符を殆ど読めない学生も少なくな い。基本となる「音符と休符」、「拍と拍子」について理解させるため、まずテキストの図などをもとに意 味や種類の説明をする。次に、テキストの音符の計算問題を解かせ、更に教員作成のプリントを2種与え ている。1つは、様々な拍子で書かれたリズム譜の、抜けている箇所に適切な長さの音符や休符を1つ書 き入れる例題、もう1つはリズム譜を見て拍子を判断する例題と、拍子を見て小節線を書き入れる例題で ある。
音符と休符、拍と拍子を理解させた後は、実際に楽譜を見ながら弾く練習に進ませる。まず、楽譜に書 かれた音符の鍵盤上での位置や、線の音符と間の音符があることを説明し、音の高さを素速く読み取りな がら弾く練習をさせる。図形として捉えさせることもポイントになる。一点を凝視せず、常に先の音符や 小節を見通す習慣をつけると速い読譜に繋がるため、音価の長い音符から順に慣れるよう指導している。
拍と拍子については、身体に感覚として刻み付けられるよう、実際にリズムを叩かせている。
また、コード伴奏による弾き歌いは高音部譜表(ト音記号)が中心なので、前期から低音部譜表(ヘ音 記号)や大譜表に触れる機会を与えている。初心者向けのピアノ教本から抜粋したプリントを用い、まず
「右手の練習」(ト音記号)から始める。親指から中指までの3本のみで弾ける、全音符、二分音符、四分 音符で書かれた4/4拍子、4小節の単純なパッセージである。同じく3本の指で「左手の練習」(ヘ音 記号)を行い、更にこの2つが合体して8小節となった「両手の練習」(大譜表)へと進む。続けて「4 指の練習」「5指の練習」を経て、最後は左手が1オクターブ下のドを弾く「両手のオクターブ」までを行っ た。その間には反復記号やタイ、4/4以外の拍子や八分音符、付点四分音符なども含まれる。また、各 項目の後には学んだ内容が活かされた8~ 24小節のメロディー譜があり、指導者用の伴奏譜が付いてい る。学生は『月の光に』『峠の我が家』『聖者の行進』などを弾きながら各項目で学んだ内容を確認すると 共に、連弾の形をとると自分の出す音だけでなく相手(他の声部)を聴くということも同時に習得出来て いく様子が見受けられた。全員がへ音記号の音符と大譜表をスムーズに読めるようになっており、導入と して大変手応えを感じている。
<ピアノ演奏技術>
読 譜の次に初心者が突き当たる壁がピアノを弾く技術である。基礎的な技術としては、5本の指を独立 させて動かす、左右の手に異なる動きをさせる、拡げる・縮める・くぐらせる・かぶせるなどの複雑な動 きがあり、更に、表現に繋がる技術として音が切れないよう、なめらかに弾く奏法(レガート)、音を切っ て弾く奏法(スタッカート)も必要となる。基本的には弾き歌いをする曲の中で徐々に様々な技術を習得 させるが、必要に応じて練習方法を紹介して自主練習を促している。
5本の指の独立と左右の手の独立については運動能力や器用さにも関わる部分で、同じ初心者でも簡単 に出来てしまう学生、なかなか出来ない学生と様々である。例えば、指の独立はトレーニング的要素のあ る単純な反復運動などが、手の独立は膝の上を使って左右の手で異なるリズムを叩いたり、左右異なった 動作をさせるなどが有効である。
問題はレガートとスタッカートである。弾き歌いをする時、概して歌は指の動きにつられるもので、指 が音を切って跳ねて弾けば歌詞も連動し、例えば「おもしろい」という1つの単語を「お・も・し・ろ・
い」と一文字ずつポツポツ切って歌ってしまう。レガートで弾くには鍵盤が上がりきる直前に次の音の鍵
盤を押し始めなければならないが、そのタイミングは難しい。早過ぎれば2つの音は重なってしまうし、
遅過ぎれば音が切れてしまうため、指先の繊細なコントロールが必要となる。特に、連続する同音のレ ガートは初心者でなくても難しい技術である。学生には、切れた場合となめらかに繋げた場合の違いにつ いて、音をよく聴いて理解させると共に、歌詞をよく読み、どのように弾くと歌が自然に聴き取れるかを 考えさせて、歌に相応しい弾き方を促すことが大切である。以上のような技術をより早く習得する手助け となるものの1つに指使い(指番号)がある。指番号は親指から小指に向かって1、2、3、4、5であ るが、数字を見た瞬間にその指を動かすことは速い読譜にも繋がる。任意の鍵盤に手を置き、言われた番 号を瞬時に動かす練習などは有効であろう。また、手の大きさ、指の長さや開き方には個人差があるため、
時には自分の手指に合わせて工夫することも必要である。手指の都合に合い、かつ単語やフレーズが途切 れないような指番号を自ら見つける力を養うには、実際の曲の中で気づかせることが望ましい。
<歌唱>
弾き歌いは、文字通り「弾く」と「歌う」を同時に行う。ほとんどの学生にとっては初めての経験であ るため、弾き歌いに慣れること、間違えないように弾くことに精一杯で、歌にまで気が回らずに声が小さ くなってしまう傾向が見られる。ようやく弾き歌いに慣れて声も出るようになった後、伴奏パターンなど 左手を動かすアレンジ方法を知ると、それに集中するあまり、再び声量が低下し易い。これらに対しては 発声練習時や実際の弾き歌い実技の指導において、様々なアプローチや声かけを繰り返して行うことが必 要である。
授業の始めに行う発声練習では、呼吸、音程、発音・発語、抑揚とフレーズなど毎回テーマを1つに絞 り、主にそれに関する練習を行っている。テーマは7回で完結し、半期で2サイクル行う。呼吸という テーマは、更にタイミング、響き、強弱に分かれる。タイミングは、息を均等な分量で出来るだけ長く吐 く練習や定められた時間で計画的に息を使って全て吐き切った後、一瞬で息を吸う練習。響きは、吸った 息を何の力も加えずに鼻から音として出す練習。強弱は、量やスピード、圧力を変えながら息を吐く練習 である。
音程は、基点となる音から2度、3度…と拡げて(ド→レ、ド→ミ…)ピアノの音をよく聴きながら音 を取って歌う練習で、1サイクル目は5度まで、2サイクル目は7度まで、ア・カペラも取り入れ、難易 度に変化を付けている。
発音・発語については、口の開け方、母音の響かせ方、子音の発音の仕方を体感させることが主な内容 である。口の開け方は、普段の会話時との違いを意識させ、響きが大きく変わらないように母音を歌う練 習(う~あ、い~え~など)をする。次に子音を付けると舌、唇はどのように動き、口内がどのような状 態になるかを体感させるための練習(あえいおあえいおう~、かけきこかけきこく~…)を行う。このよ うな一文字ずつの半機械的な訓練だけではなく、実際の曲の母音唱を取り入れるのも効果的である。母音 唱は子音から受ける影響を排して母音だけで歌うため、口を開け易く、響きを作ったり言葉の文字間の繋 がりを感じ取り易い歌唱法である。母音唱をした後に子音を戻して普通に歌うと、それ以前よりも響いて 歌詞がはっきり聞こえ、言葉がなめらかに繋がり、文字を追っているような歌い方ではなくなっているの に学生も気づく。
抑揚とフレーズは、まず歌詞を音読させ、自然に重みがかかる位置やイントネーションの高低を確認さ せる。その際、助詞や語尾を取り除いて「うみ、ひろい、おおきい」のように読ませると棒読みになりに くい。次に助詞や語尾を戻して、重みをかける箇所、抜く箇所を意識しながら歌わせる。重みは常に1拍 目にかかるとは限らないし、1番と2番では歌詞が異なるので、同じ小節でも重みのかかる箇所が変わる 時もある。
以上はどのようなレベルの学生にも通用する方法であり、初心者に関しては、歌詞を覚えることと、左
手の伴奏と歌、右手のメロディーと歌、のように常に歌を意識した練習を積み重ねることを薦めている。
また、伴奏パターンなどのアレンジは出来るだけ半期の後半、もしくは後期に扱うのも1つのコツかと考 えている。
<表現>
初心者に限らないが、弾いて歌って、その上で更に心を込め、表情豊かに歌うのは非常に難しいようで ある。そもそも豊かな表情とはどういうことか、どのように表現したら良いか、皆目見当もつかないとい う学生も多い。表情の付け方にも様々あるが、初心者でも比較的取り組み易いのは強弱や緩急を付けるこ とである。作曲者の指示が無い場合でも、最も盛り上がる箇所や起承転結を考えると強弱、緩急を付け易 い。その前提として、歌詞を深く読んで味わうことをさせている。喜怒哀楽を表す言葉があれば手がかり となるし、この詩はどのような情景から生まれたのか、この言葉にはどのような気持ちが込められている のかなどを想像し、何度も音読する。すると、大切な言葉とそれほどでもないものとが自ずと見え、その 上で歌えば感情を込め易くなる。
また、楽譜にはフレーズを表すマークやブレスマークは書かれていないことが多いため、自分で考えて 書かせるようにしている。それにより、音符の下にある歌詞がひらがな一文字一文字の羅列では無く、単 語として、更には文章のまとまりとして見えてくる。小節線を越えていたり、指の都合とも相容れないか もしれないが、各自楽譜に書き込むことでフレーズに対する意識を高められる。
子どもを対象とした弾き歌いには、曲の表情だけでなく顔の表情も同時に大切である。緊張するといつ の間にか目が釣り上がり、一点を凝視して怖い顔になり易い。それらを防ぐ方法として、口角と表情筋を 上げ、目はパッチリ生き生きと。リラックスして座り、ピアノに映る自分の笑顔を意識して穏やかなまな ざしで歌うよう指導している。
(2)事例2
<読譜>
学生は、五線・音部記号・音符の種類など、楽譜の仕組みについてすぐに理解する。しかし、楽譜の読 み方は解っても読みこなすまでには至らない。特に、音の高低については基点を中央のドとし、ド、レ、
ミ…と上行して目的の音を読む方法から脱することが出来ず、一音読むことに時間がかかる。時間がかか ると面倒になり、練習意欲まで失う学生も少なくないため、何とか短時間で読譜力を身につける方法を 探った。問題は基点になる音が中央のドしか持たないこと、ハ長調音階を上行形でしか覚えていないこと
ではないかと感じ、次の2点について初回授業から取り組ませるようにした。
① 中央のド(一点ド)を挟むように高いド(二点ド)と低いドが位置していることを大譜表で確認させ、
実際の楽譜中に3種類のドを素速く見つける作業を繰り返す。その際、符頭の輪郭を色ペンで縁取る などして視覚的に区別し易くした。
② 発声練習に、音名で歌うことを取り入れた。音階を記した楽譜を指でなぞりながら声を出すことも繰 り返した。音の上下をどの音からでもスムーズに読み、歌えるように意識させた。
①の作業は素速さを意識させることで、楽譜を横に見てフレーズを感じる訓練も可能である。ドの位置 をマスターしたら次はソというように「基点となる音」を増やしていく。保育を学ぶ学生の多くは色を塗 る作業を好み、ドに赤、ソに青など、音ごとに鮮やかに色分けをしていた。気楽に楽しんで出来る作業の ためか、短時間で効果を上げていた。
②は、3度の上下順次進行(ドレミレド~、レミファミレ~…)から始め、5度(ドレミファソファミ レド~…)、オクターブ(ド~レミファソラシド~シラソファミレド~…)と段階的に進めた方がスムー
ズであった。また音階の一部を板書し、学生の一人が指さしながらピアノに合わせ皆で歌うということも 繰り返した。学生は、脳トレーニングのようなゲーム感覚で取り組めていた。順次進行に慣れたら一音飛 ばしと称し、メジャーコード(ドミソミド、レファ♯ラファ♯レ…)、更にセブンス(ドミソシソミド、
レファ♯ラドラファ♯レ…)、ナインス (ドミソシレシソミド、レファ♯ラドミドラファ♯レ…)と難易度 を上げる。つまずく学生もいるが、毎回続けることで読む力がつき、更にグループで声を合わせて行うた め刺激を受けながら楽しんで取り組めていた。個人差はあるが、音符の高低を読み取る力は確実に上がっ たと思われる。
<ピアノ演奏技術>
楽譜を再現するのは身体である。ここでは、主に弾き歌いの伴奏を担当する「手の動作」について考察 する。ピアノ初心者にとって、各指をコントロールするのは容易ではない。苦手意識も手伝って筋肉が強 張り、目的の鍵盤へ思うように指を運ぶことが出来ない。そこで、まず学生に意識させたことは指のポジ ションである。ピアノの正面を向いて正しい姿勢で右手1の指をドに置いた時、2の指はレ、3の指はミ、
4の指はファ、5の指はソに無理なく収まること、この一指一鍵盤の形を「自然なポジション」とし、ど のような時も心がけさせた。
方法としては、腕を脱力した状態でストンと鍵盤に振り落とした時、一つ一つの鍵盤に指が収まってい るかどうか確認させる。また、なるべく手を見ないように、指定された音を口ずさみながら鍵盤を押さえ る作業も行わせた。更に発展させて、一人が口ずさんだ短いフレーズを、その他の学生が歌いながら、な るべく手を見ないように指で探って再現するということも行った。このような行為は、鍵盤に慣れ親しむ という点で非常に有効であった。手を見ないで弾くという感覚を早い段階で経験することは、その後の弾 き歌いの実践で、子どもの顔を見ながら演奏しようとする意識や、上半身を自由に使った表情豊かな歌唱 への意識に繋がり、演奏表現の幅を広げることに役立つと考える。
指の自然なポジション取りが出来れば、広い音域を弾く上で必要な「指くぐり」や「指縮め」、「指拡げ」
などの習得もスムーズになる。さらに楽譜に指番号が記載されていない場合において、適切な指番号を決 める判断にも役立つと考える。左手でコードを弾く場合も、自然なポジション取りが出来ていないと、
「ド・ミ・ソ」を「5・2・1」といった不自然な手の形で弾くケースが見られたが、自然なポジション の習得によってそのようなことは見られなくなった。
<歌唱>
子どもにとって魅力的な歌唱をするために必要な要素を、以下のように考える。
① 正しい音程と発音で歌う
② 歌詞の内容と曲のイメージを解り易く伝える
③ 子どもの興味、感性に寄り添い、「音」への気づきを大切にする
①の音程については、日々の訓練で習得するものが大きい。しかし、無意識に音程がずれている場合は 注意が必要である。その場合、旋律音を弾きながらハミングで音程がずれていないか確認することが望ま しい。言葉を乗せると意識が言葉の方へ移ってしまい、ピアノの音と自分の発する声の一致が味わいにく い。高音が出ないと訴える学生は、実際の音より低い音程になるケースが殆どである。苦手意識も手伝っ て高音部分になると緊張し、ますます声を詰まらせる。ハミングの練習は、高音を出す上でも有効と考え る。まず、目的の音をピアノで鳴らし、細い小さな声でハミングする。学生には、「針の穴に糸を通すよ うなイメージで」という言葉がけをよくするが、それは、喉に力が入らないように慎重に自身の鼻腔で響 くポイントを探ってほしいためである。難しい場合は音程を2度ほど下げてから、徐々に音程を上げ実音 に近づけていく。ピアノ音とハミングの音程が一致したら、「ン~ナ~」というようにNaの言葉をのせて
いる。子音がNであればハミングから繋げ易いため、ナ行が行い易い。その中でも明るい響きのNaを選 んだ。「ン~」のハミング時、舌が上あごに付くことを確認出来れば、「ナ~」と変化する瞬間に舌が上あ ごから離れて、響きが鼻腔から口腔へ解放されるのが分かる。この時肝心なのは、口の形を変えず、舌の 動きだけで行い、声の質を変えずに一息で行うということである。身体のどの部分で声が響いているのか 理解することは、無理なく声を出し、音色の変化を敏感に感じコントロールしていく鍛錬に繋がる、重要 なポイントである。
発音に関しては、口の動きに注目させる。マ行は上唇と下唇が一度付き、ラ行は歯の裏に舌が付く等、
発音時の口の状態を明確に理解し、自身がどのように口を動かしているか細かな動作を意識させる。する と、発音に時間がかかったり口が回らなかったりと、日頃何気なく発音していた言葉が不正確であった事 実に気づく。これこそ、「子どもの歌」を歌う上で大切な気づきではないかと考える。なぜならば、実際 の子どもはもっと口が回らず、発音が不正確だからである。そのような発達段階を念頭に置き子どもの視 点で言葉を発音するには、普段とは違う、より大袈裟な口の動きが必要である。口を動かすことにより顔 の表情も自然に変化し、子どもの興味を引く。先生が表情を変えて歌えば、子どもは「何だろう、楽しそ う、面白そう」と注目し、先生の口の形や表情、声色の真似をするだろう。それは、子どもが自発的に歌 うことへ自然と繋がっていくと考える。
②③は、子どもの身体や心の発達段階に合わせ、感覚に寄り添う配慮が欠かせない。たっぷりとブレス を取り、ゆったりと歌い上げるような曲は、喉の奥を開け朗々と響かせて歌うのも良いであろう。しかし、
いつも声を張るだけでは面白くないため、時には息をひそめたり、音を切って弾むような歌い方も必要で ある。大事なことは、どのような声でどう歌うべきかというイメージを明確に持つことである。学生には
「一曲を演出するような気持ちで」と伝え、曲中で一番大切で素敵だと思う部分を見つけることを手始め に、どう表現するか緩急や強弱を工夫させている。子どもの視点で試行錯誤することが、「子どもの歌」
の豊かな歌唱には欠かせないのである。
子どもと触れ合う経験が少ない学生は、子どもの感性や興味とはどのようなものかを想像し、様々な手 段を探ることになる。そのような場合、「おおきい・ちいさい」の発音にメリハリをつけることで、大き さを感じさせられるのではないか。擬音語・擬態語を魅力的に面白く発音するにはどうしたら良いか、子 どもが大好きな単語「おかあさん」「サンタクロース」「ちょうちょう」等を愛情込めて発音するには何を すれば良いのか、よく登場する歌詞に注目し、考察することから始めるよう薦めている。学生には、様々 なアイデアを試し、子どもの感性と興味に訴える表現が出来るよう、積極的に多くの曲に取り組み試行錯 誤して欲しい。
<表現>
「表現」とは、非常に主観的で曖昧な言葉である。音楽経験の乏しい学生が「豊かな表現」を目指し、
どのようなことに注意すれば良いか。演奏を聴き、実際に提案した具体例を述べたい。
① 1フレーズの中で、抑揚をつける
② 旋律の上行時は明るく盛り上げ、下行時は落ち着き、語尾の音は控えめにする
③ ブレスも歌の一部と考える。「明るいブレス音」を心がける
④ 子音は丁寧に時間をかけて発音する
⑤ 同じ言葉が繰り返される場合、2回目をどのように歌うか考え工夫する
⑥ 同じ母音が続く時、後の母音の響きを変化させる。口の開け方を工夫する
①②は、伴奏においても留意すべきである。殆どの楽曲は1フレーズ4小節であろうが、そのフレーズ 中で頂点を作りクレッシェンドし、フレーズ終わりにかけデクレッシェンドする。また、旋律が上ってい く時は、やや気持ちも盛り上げクレッシェンドし、下行時はホッとするようにデクレッシェンドする。こ
の強弱は抑揚といえる範囲で行い、大袈裟にならないようバランスを取るべきで、歌詞の切れ目や語尾に アクセントが付かないよう注意しなければならない。勿論例外はあるが、これだけの変化で音楽に心地よ い揺らぎが生まれ、興味を引く演奏になる場合も多かった。
③も、表現においては非常に重要と考える。息づかいを全く感じさせない平坦な演奏は、聴いていて息 苦しく感じる。子どもが一緒に歌うことを考えて、ブレスは分かりやすく、たっぷり取る方が良い。学生 には「明るいブレスを!」と伝えているが、さりげなく分からないようにするブレスよりも、何か楽しい ことが始まる!と期待させるような息づかい、笑顔で大袈裟なブレスの方が子どもの歌には相応しい。ブ レス音は、子どもを誘う合図、指揮のようなものと考えて良いだろう。そして、気持ち良くブレスするた めには、伴奏のタイミングが合わなくてはならない。ピアノ初心者は、指の打鍵におけるコントロールが 難しいので、ブレス後の歌い始めの声とピアノ音がきちんと合うよう、注意と練習は欠かせない。
④は強調したい言葉を選ぶと良い。母音は声を響かせるが、子音は言葉をはっきりさせる。〈歌唱〉の 項目で述べた口の動きを意識出来たら、なるべく子音を丁寧に時間をかけて大袈裟に発音することで言葉 に説得力が生まれ、情感がこもって聴こえる。
⑤⑥についても、子音を大袈裟に発音することは有効である。また、発音だけではなく、音量を変化さ せることも重要である。同じ言葉が続く時、2回目の方に、情感をより一層を込めた場合、音量の変化を 検討してみるのも良い。同じ母音が続く言葉は、口の開け方を変えると響きが変化し印象的な歌い方にな る。「大きい」の「おお」は、「oO」のように、2つ目の母音Oをやや口を縦に開け奥行きのある響きに すると、よりダイナミックな印象を与える歌い方になる。「ゆうやけ」の「ゆう」も、「yuU」のように、
Uを奥行きのある響きで歌うと情感がこもって聴こえる。
ここに挙げた例は、学生の反応を見ながら行ったものであり、ピアノ初心者に、無理なく受け入れられ たことは実証出来る。
3.トレーニング方法の分類
〈2.初心者クラスにおける実践事例〉において2クラスの学生の行動をトレーニング法とし、表にま とめた。
4名の指導者が「特にピアノ初心者クラスに有効なトレーニング」か、もしくは「ピアノ経験者も含む 全クラスに有効なトレーニング」であるかを分類し、前者を「初」、後者を「全」と表記した。
更に4名の指導経験から、前期15回の中で、初心者が成果を出すまでの時間について検討し、半期で 習得出来るものを「短期トレーニング = 〇」、半期で習得出来ないものを「長期トレーニング=■」、半 期での習得に個人差があるものを「中期トレーニング=△」というように3つに分けて記した。
表1 トレーニング方法とそれぞれの対象者および成果
項目 トレーニング方法 対象 成果
読譜 音符と休符、拍と拍子に関する問題を解く 初 ○
リズム譜を見て叩く 全 △
大譜表の曲を弾く 初 △
すぐに読める「基点となる音」を増やす 初 △
上下順次進行を、どの音からもスムーズに歌う 初 ■ メジャーコード、セブンスコードなどを素速く読む 初 ■ ピアノ演奏技術 5本の指を独立させて単純な反復運動をする 初 △
左右の手で異なるリズムを叩く 初 ■
複雑な動き(拡げる、縮める、くぐらせる、かぶせる)を練習する 全 ■ 歌詞に合わせてレガートとスタッカートを弾く 全 ■ 指番号を理解し、言われた番号を素速く動かす 初 ○ 一指一鍵盤で手を見ずに音名やフレーズを口ずさみながら弾く 初 △
歌唱 自分の呼吸をコントロールする 全 △
母音唱をする 全 ○
言葉の重みやイントネーションを感じて歌う 全 ○
正しい音程をハミングで取る 全 △
ハミングから歌声にする 全 △
子音は大袈裟に口を動かす 全 ○
イメージを明確に持って緩急や強弱を付ける 全 △
表現 歌詞を何度も音読する 全 ○
歌詞を深く読み込み、起承転結を決める 全 ○
強弱や緩急を付ける 全 ○
フレーズやブレスを自分で考え、書き込む 全 ○
明るい笑顔、穏やかなまなざしで歌う 全 ○
旋律の上行下行時に抑揚を付け、語尾は控えめにする 全 ○
歌の一部と考えブレスをする 全 △
ブレス後の歌い始めとピアノの音を合わせる 初 ■
子音は丁寧に時間をかけて発音する 全 ○
同じ言葉が続く時は2回目を工夫する 全 ○
同じ母音が続く時は、口の開け方を工夫し響きを変える 全 △ 4.トレーニング方法の対象者と成果について
上の表から、まずトレーニング対象者に注目すると、全30種類のトレーニングのうち、初心者クラス を対象としているものは10種類、その他は全クラス対象のトレーニングとして挙げられている。初心者 クラスで実施されているトレーニングは、主に読譜とピアノ演奏技術に関する内容であった。歌唱や表現 に関するトレーニングは「ブレス後の歌い始めとピアノの音を合わせる」以外、全クラスを対象に実施さ れている。ピアノ経験者の中には、伴奏の完成度を上げることに多くの意識を向け、歌うことに注意を欠 く者も少なくない。魅力的な弾き歌いをするために、ピアノ演奏技術のレベルに関係なく、歌唱と表現の 項目においても着実にトレーニングを積み上げていくことが必要と言える。
次は成果について見ていく。読譜は6種類中「上下順次進行を、どの音からもスムーズに歌う」、「メ ジャーコード、メジャーセブンスコード等を素速く読む」の2種類においてトレーニングが長期間に及ん でいた。
特に、順次進行をスムーズに歌ったり、音を飛ばしながら読むことは、初心者にとって練習を重ねなけ れば習得出来ないトレーニングであるようだ。
ピアノ演奏技術の項目で短期間に成果の現れるトレーニングは「指番号を理解し、言われた番号を素速 く動かす」のみである。長期、中期トレーニングが多いことから、理解をしたとしても身体が自然に対応 出来るまで、そして、それを本人や教員が実感するまでには、時間を要するということが見て取れる。ま た、一度身に付けた技術でもトレーニングを継続していなければ、元の状態に戻ってしまう恐れがある。
歌唱の項目では、短期、中期トレーニングがほぼ同数存在するが、長期的なトレーニングは含まれてい ない。学生は日常的に声に出して歌う経験を多く持っているので、比較的コントロールし易いのではない か。音程について不安を抱えている学生も見られるが、本学の授業では右手で旋律を弾きながら歌うよう になっているため、音程が取り易いと考える。
表現の項目は 11 種類のうち、8つが短期間で成果の出易いトレーニングとされている。具体的には、
ブレスや発音の工夫から歌詞の理解や顔の表情まで、実に幅広い視点でのアプローチが行われていること が読み取れる。音への僅かな気づきが、曲全体の印象に変化を与えることもある。ピアノを弾く技術が必 ずしも十分でなかったとしても、以上に述べたような内容に配慮して取り組むことにより、豊かな表現が 可能になる。
5.まとめ
大学入学までピアノに触れたことの無い学生が、半年から1年という短期間の授業で、確実に習得出来 る成果は非常に限定される。初心者の読譜力や指の技術の向上には、最低限の訓練期間が必要なためであ る。表に示した様々なトレーニング方法は、どれも初心者クラスで行われているものであるが、成果や手 応えを実感出来るかという観点から、短期トレーニング、長期トレーニング、中期トレーニングに分ける ことが出来た。尚、ここでの「表現」とは、強弱の付け方や口の開け方などによって、音の聴こえ方の変 化に気づかせるという点に特化している。つまり保育現場において、より魅力的な弾き歌いをするための 工夫であり、長年ピアノを習い音楽に携わってきた者が芸術的観点から感じる「表現」というニュアンス とは異なる。それ故にその言葉を当てはめて良いかという疑問もあったが、子どもを対象とした「表現」
を学ぶ初心者にとっての「表現の入り口」という意味合いで、そのまま用いた。
「歌唱」「表現」には初心者へのトレーニング方法の数が多く、短期トレーニングの要素が強いことが判っ た。一方「読譜」「ピアノ演奏技術」には長期トレーニングの要素が強く、限られた授業数の中では成果 が出しにくい。このことから、初心者にとって、成果が出易く手応えを感じ易いトレーニングとは、「歌唱」
「表現」においての項目ではないかと考えられる。
ピアノ初心者は「練習する」ということに関しても不慣れであり、「1週間でここまで出来るようにし てきなさい」と指示されても、どこから手を付ければ良いのか、どのように練習すれば良いのか、そもそ も「出来る」というレベルとはどの程度のものなのかさえ、解らない学生も少なくない。更に「解らない・
難しい」という感情は「つまらない・やりたくない」という意欲の低下に繋がり、悪循環に陥り易い。
弾き歌いの指導において、我々教員が気を付けなければならないのは、ピアノでの表現を重視するあまり、
初心者にとって難しい伴奏を求めてしまうことである。まず、ピアノ伴奏を弾けた上で後から歌を乗せて いく…という指導は、弾き歌いにおいては向いていない。ピアノ教室のような5年、10 年先を見据えた 指導であれば良いかもしれないが、保育士養成校の授業のように限られた期間で行う場合には適さない指
導である。殆どの学生はピアノを弾くことだけに一生懸命になり、歌うことまで気が回らないまま授業を 終えてしまうだろう。歌う楽しさを味わう前に、ピアノ伴奏という高いハードルを越えねばならない負担 は避けるべきである。そもそも、ピアノ教室のような5年、10 年先を見据えた指導と、半年から1年先 を見据えた、いわば限られた時間の中での指導とでは、質が異なるのは当然である。そこで、保育士養成 校で「初心者」を指導する場合、ある程度速い成果と達成感を学生が味わうことに重点を置き、「半年か ら1年先を見据えた実践に必要な最低限の能力の習得」を優先することも必要と考える。そして、学生が 授業期間を終えて得られるであろう達成感、満足感こそが、5年、10 年先の成長へと繋がる契機になる のではないか。
今回、これまで意識せずにいた「時間」という観点から考察することで、初心者にとってより効果的な トレーニング方法が見えてきた。今後は、ピアノ初心者が前期で習得した弾き歌いの基本を後期に活か し、どのように発展させていくのか、研究を重ねていきたい。
注
1)『かんたんメソッド コードで弾きうたい』改訂版
細田淳子、笹井邦彦、西海聡子、悠木昭宏、小田切舞美著(カワイ出版)