過冷却促進物質
1. はじめに
過冷却促進物質とは非束一的に水の 凍結温度を低下させる物質の総称であ り,束一的現象である濃度依存のモル 凝固点降下に比べ,100 分の 1 から 1 000 分の 1 の低濃度で同等以上の凍 結温度の低下をもたらす.このように 低濃度で水を凍りづらくする過冷却促 進物質はさまざまな応用の可能性を持 つが(図 1),実際の応用には今後さ らなる研究を待たねばならない.ここ では過冷却促進物質の研究の現状を述 べる.
2. 過冷却促進物質の多様性
われわれは寒冷地の樹木において,-40℃まで過冷却して越冬する細胞に 過冷却を促進させる 4 種類のフラボノ イド配糖体および 4 種類の加水分解型 タンニンが存在することを明らかにし た.さらに,これらポリフェノールの 類似物質として,26 種類のフラボノ イド配糖体(1)および 25 種類のタンニ ン関連化合物(2)が過冷却促進物質であ ることを明らかにした.これらに加え,
これまでに,不凍たんぱく質,不凍糖 たんぱく質,バクテリア由来の分泌た んぱく質と多糖,テルぺノイド類,フェ ニールプロパノイド類,ポリビニール アルコール,ポリグリセロール(リス トは文献(3)参照),エチレングリコー ルおよび多数の界面活性剤(4)が過冷却 促進物質として同定されている.この ように非常に多様な化合物が過冷却活 性を示すことがわかってきた.
3. 氷核の違いによる活性の変化
上述の過冷却促進物質が示す過冷却 活性は最大で 10℃前後(過冷却促進 物質の有無による凍結温度の違い)で あるが,この活性は過冷却促進物質の 種類と,水溶液中に含まれる氷核の種 類の違いにより大きく変動する.われ われの実験では,氷核形成物質として,2 種類の氷核形成細菌,ヨウ化銀,フ ロログルシノールあるいは意図せずに 水溶液中に含まれる夾きょう雑物のみを含む 水溶液に過冷却促進物質を添加して活 性を測るが,過冷却活性の度合いの違 いとともに,ある種の氷核には活性を 示すが,ほかには示さない物質が多く
見られ,これら用いたすべての氷核に 対して活性を示す過冷却促進物質は少 数であった.また,これら過冷却促進 物質単独では,水分子自体が氷核にな る(均質核形成による)凍結には作用 せず,溶液中に含まれるなんらかの異 物が氷核になる(不均質核形成による)
凍結にのみ作用することが明らかに なった.過冷却促進物質の構造的多様 性とともに,氷核の種類による過冷却 活性の変動は,過冷却促進物質による 過冷却促進のメカニズムの解明を難し くしている.
4. 水量・振動による影響
上述の過冷却促進物質による過冷却 活性はいずれも,エマルジョン凍結法
(オイルに分散した直径 10
μm 以下の
小液滴),またはドロップレット凍結 法(銅板上の液量約 2μL の小水滴=
直径 2~3mm)による,いずれも非常 に少量の水について得られた結果であ る.しかし,実際の応用においては,
なんらかの容器に入れた,大容量の水 を,これも過冷却の破れの重要な要素 として考えられている振動のある状態 で過冷却させる必要がある.このよう な実験はほとんどなされてこなかった が,われわれはポリエチレン容器に入 れた,1mL の水溶液を,強振動させ た状態で過冷却活性を測定している.
その結果,過冷却促進物質は他の溶質
(糖や塩など)との相互作用により,
過冷却活性の上昇と安定性が得られる ことを明らかにした.現在,複数の過 冷却促進物質と低濃度の溶質を加える ことにより 1mL の水溶液を振動下で も -20℃まで安定的に過冷却できるよ うになっている.
5. おわりに
水の凍結をコントロールする物質と して,これまでに氷核形成物質と不凍
(糖)たんぱく質が知られており多く の研究がなされてきた.しかし,過冷 却促進物質はようやくその存在が明ら かになったばかりであり,今後,多く の基礎的および応用的研究が行われる ことにより,過冷却促進物質の広範な 応用が期待される.
(原稿受付 2016 年 1 月 6 日)
〔藤川清三 北海道大学名誉教授〕
●文 献
( 1 )Kuwabara, C., ほ か,Freezing Activities of Flavonoids in Solutions Containing Dif- ferent Ice Nucleators, Cryobiology, 64
(2012),279-285.
( 2 )Kuwabara, C.,ほか,Analysis of Super- cooling Activity of Tannin-related Polyphe- nols, Cryobiology, 67(2013),40-49.
( 3 )Kasuga, J.,ほか,Deep Supercooling Xy- lem Parenchyma Cells of Katsura Tree Contain Flavonol Glycosides Exhibiting High Anti-ice Nucleation Activity, Plant Cell Env., 31(2008),1335-1348.
( 4 )Kuwabara, C.,ほか, Analysis of Super- cooling Activities of Surfactants, Cryobiol- ogy, 69(2014),10-16.
図1 過冷却促進物質の応用の可能性 凍結保存から過冷却保存への転換
凍結制御剤
過冷却水の作成
植物への低温耐性の付与 降雪量調節 材料表面の塗装による結氷防止
冷却剤
・臟器保存 ・生鮮食品の保存 ・食品原料(ジュースなど)
原料の輸入
・凍結しないと 80 cal/g の エネルギー削減
・大型コンピューター,車の エンジン冷却剤など,石油 系に代わる冷却剤としての 応用
・凍結保存への応用
・過冷却機
予熱器
・冷凍庫着霜防止 ・車窓ガラス曇り防止 ・トンネル結露防止
過冷却 解消器 氷スラリー
貯氷糟 水
需要端
・氷点下温度で 凍結しないで生 長する植物の作出
・雲への散布により氷晶 化を抑制することで,
降雪量を調整
・氷蓄熱・輸送システムによる電力利用の平準化
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日本機械学会誌 2016. 3 Vol. 119 No.1168 161
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