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法然門流における弥陀法身/報身説の検討

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序論   「阿

弥陀仏」とは如何なる存在か──この問いと共に浄土教の歴史はあり、思索が重ねられてきた。法然門流における阿弥陀仏理解は、法然(一一三三~一二一二)が「偏依善導一師」と仰ぐ善導(六一三~六八一)の強い影響が指摘されてきた。確かにこれは重要な一側面ではあるが、法然門流も従来の枠に止まらず、弥陀の法身/報身、無相/有 相の問題について考究していることが注目される。これを明らかにすることが本論の目的である。  はじめに善導の仏身説について確認すると、それまでの諸師の仏身説に厳しい批判を加え、阿弥陀仏は「報身」であることを種々に論じている。慧遠など善導以前の代表的な諸師は、阿弥陀仏は「応身」、教化する相手に応じて姿・形を現した如来であり、すなわち「有始有終 00」、寿命に限りのある仏だと論じていた。対して善導は、阿弥陀仏は誓願を立て兆載永劫の修行を行い、その報いとしての功 《研究論文》

法然門流における弥陀法身/報身説の検討

──弥陀は三世を貫く如来か──

親鸞仏教センター研究員

          

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徳を具える身であり、それは報身である、すなわち「有始無終 00」の如来であると反駁 ばくするものである。

  こうした善導の議論が注目されてきたが、柴田泰 とおる氏は「弥陀法身説とその展開」の冒頭において、

阿弥陀仏の代表的仏身説が善導によって主張され、日本浄土教に継承された報身説であることはよく知られている。しかしながら、多様な展開を遂げたインド・中国浄土教で、後の報身説を高めて弥陀法身説が主張されたことはあまり知られていない。

とする。続けて柴田氏が指摘するように、諸経論の多くは阿弥陀仏を「西方浄土の現在仏」と教えるものであり、それは具体的な姿・形として現れてくる阿弥陀仏であり、「阿弥陀仏の原型・源流では、無方無相を前提とする法身説はありえない」ということになろう。慧遠、善導等で論じられた応身/報身とは、あくまで有相、有形の仏身であり、形を超えた真理そのものである「無始 00無終」の「法身」ではなかった。しかし、こうした弥陀を有相の仏身と 捉える範疇に止まらず、中国浄土教において「弥陀法身説」が展開されていく過程を柴田泰氏は論究している。  さて、日本浄土教、特に法然とその門流において善導の報身説が継承されたことは確かであるが、法然門流において「弥陀は単なる相対・有相の仏身なのか」という問いが沸き起こっていた。柴田泰氏は、「弥陀法身説」とその展開に関して、「この課題については従来あまり注意されていない。その理由は、善導流を継承し発展した日本浄土教、とりわけ浄土宗、真宗ではあまりにも善導の弥陀報身説の影響が強すぎて、それ以上の展開は望めなかったからである」としているが、法然門流は善導の弥陀報身説を基礎としつつも、それのみに止まらない阿弥陀仏論を主張していると考える。  このことに関して、本論でまず注目したいのが、三世諸仏を成道させた根本的な存在として阿弥陀仏を説く『般 はんじゅ

ざんまいきょう』の経説──とされるもの──である。弥陀が三世諸仏に先行する仏であればそれは単なる有始有相の報身ではあり得ず、弥陀と法身の連関を考究する必要が出てくる。この『般舟三昧経』の経説は法然の門流に広く流布し ()1

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たが、特に西山義の祖となる証空(一一七七~一二四七)がそれに基づく阿弥陀仏論を展開し、それが議論の的となっている。今までの先行研究では、法然の門流で流布した『般舟三昧経』の経説とそれに基づく仏身説の問題について詳しく検討されているとは言い難いため、本論で論究していく。

  また、柴田泰氏も指摘するように、親鸞(一一七三~一

二六二)は曇鸞の二種法身説に依拠しながら独自の阿弥陀理解を示している。そして、親鸞は弥陀が十劫以前の存在たることを示すいわゆる「久遠の弥陀」を説く。本論でもこの親鸞の阿弥陀仏観を押さえつつ、それが後に覚如(一

二七〇~一三五一)や存覚(一二九〇~一三七三)によってどのように三身説上で理解されたかを検討したい。なお、この覚如、存覚の仏身説は上述の『般舟三昧経』を典拠とするものである。

  法然門流の阿弥陀仏論を検討するに当たり、前提として法然の仏身説を確認しておく必要があろう。そこで本論では以下の通り論究を進めていく。 イ、法然における法身と報身の問題ロ、『般舟三昧経』説とされる「念弥陀三昧」文と阿弥陀仏論の展開ハ、親鸞における阿弥陀仏論とその展開

  以上の視座から、法然および法然の教えに生きた者が阿弥陀仏と向き合いながら、無相/有相、絶対/相対の世界について如何なる思索を展開したかについて明らかにしていきたい。

Ⅰ  法然における法身と報身の問題

  法然の主著『選択集』には積極的に仏身を論じるところはないが、法然の遺文である『逆 ぎゃくしゅ説法』四七日目において、法然がどのように法身、報身を理解し、そのうえで阿弥陀仏の存在をどう論じたいのかがよく表れている。ここには後の法然門下と直結する課題も見いだされ、はじめに『逆修説法』四七日目の仏身論について確認していきたい。

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    『逆修説法』における

    阿弥陀仏の別徳について

  『逆修説法』四七日目には、

「次に阿弥陀如来の別徳とは、彼の仏に八万四千の相有り。その中に白 びゃくごうの一相を以て最勝となす」としながら、源信の説示に随って白毫の功徳について解説していく。その中で白毫の「作用」を明かして、

次に白毫の作用とは、謂く白毫より放つ所の光明の中に衆事を現ずるなり。恵心の意に、「その所現の境界、十法界を出でず」と云へり。謂くまさに仏身を以て得度すべきには、すなわち彼の白毫の光を現じて仏身と作る。その仏身について二有り。一は、始終応同の身なり。二は、無 くつの身なり。

としている。これは弥陀の白毫の光が「仏身」、具体的には応化身を現じさせることを説くものである。ここからさ らに、「菩薩身」、「辟 びゃくぶつ身」、「声聞身」、「梵王身」、「帝釈身」、「国王大臣身」、「長者居士身」を現ずるとしている。これについて法然は、

おおよそ比丘比丘尼、優 そく、天龍夜叉、乾 けんだつ

きん、乃至、地獄鬼畜生修羅、かくの如き等の一切の身、宜しきに随いて現ぜざるはなし。これに就いて意を得れば、総じて六道四生一切の凡聖は、併 しかしながら弥陀如来の毫光の所現かと疑わるるものなり。ただこの白毫の一相のみに非ず、惣じて八万四千の相、一々みなかくの如く一切の身を現ずるなり。然れば法界の中にただ弥陀一仏の遍じ給へるなり。

とする。弥陀の白毫光があらゆる身を現じているとすれば、六道等の迷いの世界から聖者まで一切の存在が、弥陀の白毫光の顕現かと疑われる、としている。この「疑われる」という表現であるが、これは肯定の表現(消極的肯定表現と

言えようか)であり、否定的な意味合いはない。それは、この後に白毫光の一相のみならず、弥陀の八万四千の相好 ()3

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すべてが「一切身」を現じているとし、法界中に弥陀一仏が遍満しているという主張を続けていることからも首肯されよう。迷いの世界を含めた一切の存在が弥陀の顕現であることを否定したいのであれば、続けて弥陀の相好は「一切身」を現ずるとし、弥陀一仏のみが法界に遍満するなどという紛らわしい主張はしないであろう。

  ここで法然が言わんとすることは、衆生と弥陀の同一性を主張するものではないと考えられる。『逆修説法』六七日目には『観無量寿経』(以下、『観経』と略記)について、

今此経往生浄土教也。不明即身頓悟之旨、不説歴劫迂廻之行、説娑婆之外有極楽、我身之外有阿弥陀、而明可願厭此界生彼国得無生忍之旨也。

(今この経は、往生浄土の教也。即身頓悟のむねおもあかさ

ず、歴 りゃくこうの行おもとかず、娑婆のほかに極楽あり、わ

が身のほかに阿弥陀仏ましますと説て、この界をいとひて、

かのくにに生て、無生忍おもえむと、願ずべきむねを明也。

※『逆修説法』の異本、『西方指南抄』上末所収『法然聖人

御説法事』) とある。自己のほかに弥陀・浄土のあることを説いており、ここに法然が自心に浄土を見ていく唯心浄土思想を認めないことは明らかである。『和語灯録』所収の「百四十五箇條問答」でも、

一。真言の阿弥陀の供養法は、正行にて候べきか。答。仏体は一つにはにたれども、その心不同なり。真言教の弥陀は、これ己心の如来、ほかをたづぬべからず。この教の弥陀は、これ法藏比丘の成仏也。西方におはしますゆへに、その心おほきにことなり。

とあり、指 ほうりっそうの立場としては弥陀と己心の同一を認めない姿勢は鮮明である。

  法然が源信仮託文献である『真如観』を批判する淵源も、このような阿弥陀仏観にあると考えられる。「百四十五箇條問答」では、

一。この真如観はし候べき事にて候か。答。これは恵心のと申て候へども、わろき物にて候也。 ()6

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おほかた真如観をば、われら衆生は、えせぬ事にて候ぞ。往生のためにもおもはれぬことにて候へば、無益に候。

と『真如観』を批判している。代表的な天台本覚思想の文献である『真如観』冒頭には、「万物、皆是無非中道。異名一にあらず」としながら、その異名として「真如・実相・法界・法身・法性・如来・第一義」を挙げている。そして、

疾く仏に成らんと思ひ、必ず極楽に生んと、思はば、我心即真如の理 0000000也と思べし。

とある。さらにこの後には、

我身を離れて、外に、別の仏を求めむは、我身即真如なりと知ざる時の事也。真如と我と一つ物也と知ぬれば、釈迦・弥陀・薬師等十方諸仏も、普賢・文殊・観音・弥勒等の諸菩薩も、皆我身を、はなれ玉へる物に あらず。

と説いている。このように往生のためには「我心」と「真如の理」の一体性を思うことを勧める『真如観』の思想は、法然の阿弥陀仏観と全く反対なのである。

  法然が「然法界中但弥陀一仏之遍給也」とするのは、弥陀が「一切身」を現ずる存在であるから、六道等の全世界の存在は弥陀が私を化導するために現れた存在たり得る、と受け止めたのだと考えられる。

  2  弥陀一仏遍満と仏身論の問題

  上述の阿弥陀仏と法界遍満に関連して問題になるのは『逆修説法』四七日目における法然の三身説である。法然は「仏有総・別有二功徳」とするが、先の白毫相は弥陀の「別」徳に当たり、「総」(諸仏共通)の功徳は仏の三身に当たる。その三身説を確認すると、

まず法身とは、これ無相甚深の理なり。一切の諸法畢 ひっ ()9

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きょう空寂なるをすなわち法身と名く。次に報身とは、別物に非ず、彼の無相の妙理を解知する智恵を報身とは名くるなり。所知を法身と名け、能知を報身と名くるなり。この法・報の功徳法界に周遍して、菩薩二乗の上、乃至六趣四生の上に周遍せざるはなし。次に応身とは、衆生を済度せんが為に、無際限の中において際限を示し、無功用の中において功用を現じ給へるなり。

とあり、法然は自己の立場としていわゆる「開真合応」の三身説を取っている。ここで注目されるのが、法身、報身の功徳が、菩薩や六趣等の一切凡聖、法界に遍満するという理解である。法然はこのように「総」の功徳を説示した後、弥陀の「別」徳を論じるのであるが、この「法報之功徳周遍法界」という説に対して無自覚に「法界中但弥陀一仏之遍給也」と論じたとは考えられない。法然は諸仏共通の功徳として「法報之功徳周遍法界」と語るのであるが、諸仏の功徳も究極的には「法界中但弥陀一仏之遍給」として弥陀一仏の功徳に収 しゅうれんされていくと考えていたのであ ろう。  さらに注意すべきは、先にも示したように法然は「次阿弥陀如来別徳者、彼仏有八万四千相。其中以白毫一相為最勝」としており、法然が想定する弥陀はあくまで有相の仏身であり、法然の文脈で言えば報身だということになる。「法界中但弥陀一仏之遍給」としても、法然はそれを「無相甚深之理」、すなわち法身の観点から論じたものだとは考えていなかったのである。法然は、結局、報身と「一切身」という関係で弥陀を論じているのであり、弥陀を語るときには法身の側面を表に出して論じないことに徹していると言えよう。

  以上のことは法然の批判する『真如観』における「周遍法界」と比較すると一層明らかである。『真如観』は「周遍法界」ということについて度々言及するのであるが、その中の一つとして「広ク真如ノ理ヲ我ト思ヘバ、生死ノ少身ヲ受ズシテ、周遍法界ノ法身ノ理ヲ顕シテ、化用ヲ法界ニ施ス也」としている。「周遍法界」が、法身の理、すなわち普遍的な真如の世界を表すものだと見ていたことが明らかであるが、これ自体は不自然な解釈ではない。むしろ、 ()11

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有相の報身としての弥陀を強調しつつ、「法界中但弥陀一仏之遍給」として「周遍法界」の意義を論じる法然の独自性が知られるのである。

  さて、上述の弥陀一仏の遍満を考える上で、それがそもそも法然の真意か否かという問題があり、その際に検討が必要となるのが「白毫の体性」に関する記述である。これについて最後に検討しておきたい。

  法然は、白毫の五功徳(白毫の(1)「業因」、(2)「相貌」、

(3)「作用」、(4)「体性」、(5)「利益」)についてあげる中、四番目の「白毫の体性」の記述に、

凡そこの三諦の理においては、凡聖互いに備え、迷悟ともに具す。然れば、阿 の依正はまったく極聖の自心に処し、毘 の身土は凡下の一念を越えず。これは天台宗の意なり。

とある。「是は天台宗の意なり」という表現は、安 ねん

しょう氏の言葉を借りれば、「あくまで天台宗の考えであると但し書きを付することで、自身の教学からは一線を画して いることを明確にしている」と言えよう。ただ、白毫の五功徳全体に対して法然が一線を画していたとは思えない。白毫の五功徳の末尾には、「これ恵心の御意なり、また経説なり」とあり、白毫の功徳が恵心の説示であると共に、仏説であるとしている。これが白毫の功徳の第五番目の「利益」にのみかかるものなのか、五功徳全体にかかるものなのかが判然としないが、いずれにせよ法然が白毫の説示に真実性を感得していた箇所のあることは間違いない。その上で、「恵心御意」という表現を避けて「白毫の体性」のみにあえて「是天台宗意也」と付したのはやはり法然が思想的距離を見ていた証左であると言える。しかし、このような語が見えるのは白毫の五功徳中の「体性」のみであり、しかもその「体性」は五功徳中の四番目である。五功徳中の四番目という全体との関連が見いだせない位置にこのような但し書きを付しているのであり、「体性」のみは但し書きを付す必要があったと考えるのが自然である。

  では、なぜ白毫の功徳として「体性」とは一線を画し、上述の弥陀の遍満を論じる「作用」は問題としなかったのであろうか。「白毫の体性」を論ずる中、結論的に出され ()15

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る「毘盧身土不越凡下一念」(湛 たんねん『金 こんごうべい』の文)が端的に法然の思想との違いを表していると考える。仏身が「凡下の一念」を越えず、という思想は、仏と凡夫との一体性を説く言説であって、「己心の弥陀」とは一線を画する法然がこれを敬遠したというのはよく理解できる。西方極楽浄土に導くために、弥陀が六道の衆生の姿かたちをとって現れる(=「白毫の作用」)ことはあり得ても、弥陀の本願なくして六道の衆生がイコール弥陀の仏身だとはならないのである。

Ⅱ  『般舟三昧経』説とされる

   「念弥陀三昧」文と阿弥陀仏論の展開

  前節で確認したように、報身である弥陀を強調する姿勢は法然の基礎とする所である。しかし、法然以降に新たに見出された経証によって、法然門流中の阿弥陀仏論は新しい展開を迎えることとなる。こうした法然門流の阿弥陀仏論についての検討に移りたい。  

  「念弥陀三昧」文とその問題   法然の門流が阿弥陀仏を論じるに当たり、一経証として大きな役割を果たすのが『般舟三昧経』である。この『般舟三昧経』の引証の仕方には問題もあり、前提として『般舟三昧経』の引証に関する問題について確認しておきたい。

  まず、善導は『観念法門』に「過去諸仏持是念阿弥陀仏三昧、四事助歓喜皆得成仏……」として過去の諸仏が「念阿弥陀仏三昧」によって成仏したとしている。さらに現在、未来の諸仏の成道に関してもこの三昧によるとしている。これは『般舟三昧経』(一巻本)の文を下地にするものであるが、『般舟三昧経』には「過去仏持是三昧、助歓喜自致得阿耨多羅三耶三菩阿惟三仏……」とあり、仏の持す三昧に「阿弥陀」の語は見えない。善導が『般舟三昧経』の文にはない「阿弥陀」の語を加えているのであるが、これが後世法然門下に大きな影響を与えている。

  善導の影響を受けて、法然門下においては『般舟三昧経』中に「阿弥陀」によって三世諸仏が成仏を得ると説か ()19

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れているとの主張がなされてくる。まず、一念義の幸 こう西 さい

(一一六三~一二四七)は『玄義分抄』に、

般舟三昧経ニハ三世諸仏持是阿弥陀仏三昧皆得成仏ト云ヘリ。

と『般舟三昧経』の文を引用している。幸西と同時代である証空『観念法門自筆鈔』巻下にも、

此ノ般舟経ノ心、三世ノ諸仏皆念阿弥陀仏三昧ヨリ仏ニ成リ給フ、ト説ク、是即チ、凡夫出離ノ道只此ノ念仏三昧ナリト定ムル心ナリ。

という語がある。おそらく、先に確認した『般舟三昧経』から『観念法門』への「阿弥陀」の語の付加を受けて、幸西や証空は『般舟三昧経』の文として整文したのであろう

(便宜上、幸西や証空に見られる上記棒線部のような弥陀によっ

て三世諸仏が成仏するとする『般舟三昧経』の文を「念弥陀三

昧」文と呼ぶ)。これらの付加、整文の関係はすでに指摘さ れるところである。

  先行研究においては、『般舟三昧経』説とされる「念弥陀三昧」文を典拠とする最初期の例として幸西や証空が取り上げられているが、東密の学匠であり、法然浄土教にも傾倒した静 じょうへん(一一六六~一二二四)の『続選択』にも、

般舟経意、三世諸仏以念弥陀為成仏行。

とある。幸西の『玄義分抄』、静遍の『続選択』共に奥書に依れば建保六年(一二一八)の著述である。証空の先の『観念法門自筆鈔』の講述時期は承久三年(一二二一)から貞応元年(一二二二)である。三者とも非常に近接した時期に『般舟三昧経』説とされる「念弥陀三昧」文を説いていることが分かる。これは三者互いの活動が影響し合い、思想を共有し得る環境にあったことを物語るものではないかと推察される。 ()22

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  2  証空における「念弥陀三昧」文と

    阿弥陀仏論

  『般

舟三昧経』説とされる「念弥陀三昧」文は、三世諸仏が弥陀によって成道したことを説くものであり、それは必然的に弥陀が十劫正覚の仏に止まるものなのか、それとも三世を貫く真理であるのか、という思索を惹起させるものであり、「弥陀法身説」を検討する上でも要となる経証である。

  この「念弥陀三昧」文から阿弥陀仏論を積極的に論じるのは証空が嚆 こうである。これが後の法然門流の議論の土台となっていると考えられ、はじめに証空の阿弥陀仏論から検討していきたい。

  

  「念弥陀三昧」文と十劫成仏の問題

  証空『観経疏大意』第十五問答には『般舟三昧経』説とされる「念弥陀三昧」文をめぐって以下の問いがある。 問ひて曰く。若し、三世諸仏の成仏は弥陀に依ると云はば、何故ぞ、経に「十劫成仏」と云ふや。故に、十劫以前の衆生は、必ずしも弥陀の力に依らずと聞えたり。況んや、弥陀は即ち、五十三仏に依りて成仏すると見えたり、如何。

「十劫以前」が問題となっているが、これは後に良忠等によっても問題とされるところである(後述参照)。「念弥陀三昧」文は弥陀を三世諸仏の根本とするものであり、その三世には「十劫以前」も含まれるはずである。このように弥陀を三世諸仏の根本の仏とすることは、『大無量寿経』や『阿弥陀経』が弥陀を十劫の昔に成仏したとする説と相反するのではないかと指摘するのである。

  証空はこれに対して、

答へて曰く。此くの如き説相は、併しながら観門の説なり。無始性徳の理の中には、正しく凡夫を度する事、之有りて、阿弥陀と名づく。然るに理性の故に、此の功徳は凡夫・聖人の心中に皆遍満す。此即ち、仏性と ()28

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云ふは是なり。然るに此れ理なる時には、凡夫は知らざるが故に覚らず。此を智を以て覚りて、凡夫の為に事相に顕はす時には阿弥陀と云ひて、指方立相して西方に仏有るぞと云ふなり。故に、生死を離るる事は事に依らずんば、何ぞ然らんや。然るを事に顕はすとは、願に依りて衆生を摂取するなり。故に、願を発す仏と号 づくる故に、必ず始有りと云ふなり。此くの如く、始成正覚の相を機の為に説く故に、十劫とも十八劫とも云ふなり。

としている。まず、最初の一文における「観門」についてであるが、ここにおける「観門」(の説相)とは諸仏菩薩における浄土に導くための教化を指すものであり、教化される側の機根に随って、その教化は種々に展開されるものだと証空は理解している。つまり、十劫成仏説は教化のための説き方の一つであり、弥陀の成道については何も十劫に限定する必要はないと主張したいのであろう。

  次に「無始性徳の理の中には、正しく凡夫を度する事、之有りて、阿弥陀と名づく」とあるのがやや難解であるが、 証空はまず「無始性徳の理」を凡夫が自分自身では覚り得ないと考えていたことを押さえる必要がある。それは、「然るに此れ理なる時には、凡夫は知らざるが故に覚らず」とすることからも明らかであり、『真如観』のように真如の理を覚知することを勧める立場とは違い、凡夫は理の境界を知り得ず、覚り得ないとするものである。

  こうした凡夫に真理を体得させんがために、弥陀は相対、差別の事相を顕すとするのである。その時の弥陀がいわゆる「西方の弥陀」である。「無始性徳の理」の中に、「凡夫を度する事」があるとしているが、これは正確には、その「無始性徳の理」から現れた事相の阿弥陀仏が「凡夫を度する事」ということになる。証空は理(=法身)智(=報

身)が不可分であることが前提であり、「理の体虚空に遍すれば、智も亦、虚空に遍す」ともしており、理に裏付けられた存在である報身の阿弥陀仏の活動は普遍であり、三世を貫いて「凡夫を度する事」があるということになろう。

  証空は、絶対・無差別である理の境界からすれば、仏の功徳は「凡夫・聖人の心中に皆遍満す」として、すべての存在に「仏性」のあることを論じていたが、これ自体は ()30

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『真如観』の思想と差はない。上述したように「周遍法界」を独自の阿弥陀仏論を基に主張した法然との差がむしろ知られよう。しかし、あくまでその理を凡夫の上に顕現させるには事相の阿弥陀仏に依るしかない、というのが証空の明瞭な立場である。

   ②  証空と「理性の弥陀」の問題

  上述からも確認されるように、証空は事相を顕すところに阿弥陀仏とその救済の意義を見ているのであるが、田村芳 よしろう氏は証空の教説を指して、「世界観的には、不二本覚思想の摂取による念仏の高度化を企図した」ものだとし、

かれは、弥陀理性・弥陀仏性を主張し、そこから、『弥陀の体は我等が心中に遍満し給ふて歴然』とて弥陀遍満をとき、すすんでは、一切万法、みな、弥陀のあらわれと開会している。

とする。確かに、証空には「不二本覚思想」と言われるよ うな思想傾向があることは認められよう。しかし、証空が不二思想を受容するだけであったのかは疑問である。これは証空の阿弥陀仏観を確認する上で基礎的な問題であるため、証空と事相について補足しておきたい。  まず、善導『観経疏』定善義に三縁中の「親縁」を明かす中に、「彼此の三業相捨離せざるが故に親縁と名くるなり」とあるのを証空は『述成』で、

親しといへばとて、理性の弥陀と思ひぬべき所を恐れて、不相捨離として而も別なることを顕はさんと、彼此三業とは結ぶなり。

としている。あくまで弥陀と衆生が別であるから、善導は「彼此三業」と言い、あえて「彼此」という弥陀と衆生の区別を前提とする表現を使うのだと考えている。ここに証空が単純には不二の思想を受容していないことが分かる。

  先の『観経疏大意』の所説は仏身論であるが、仏土論でも同種の説示が見られる。証空は『往生礼讃自筆鈔』巻四に、 ()34

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観彼世界相、トイハ、彼ノ報土ノ相ヲ観ズト云フナリ。報土ハ分斉ナク、周円際ナシト雖 いえどモ、別願所成ノ故ニ、衆生界ノ差別ノ相ニ准ジテ、隔 へだツル所ナキヲモテ、九品ノ不同アリテ、然モ三界ノ如クニハアラズ。故ニ、次ノ句ニ、勝過三界道、ト云フナリ。世界ニシテ世界ニ超エタル義、深ク思フベシ。

とする。まず、弥陀の建立する「別願所成」の報土は、衆生世界の「差別の相」に准じたものであり、九品浄土という相対的な世界を示すのであるが、これによって本来交わることのない無限・平等である弥陀の世界と有限・差別である凡夫の世界とが交差可能(「隔ツル所ナキ」)なのである。証空が『観念法門自筆鈔』巻下で弥陀の報身について、「願力ヲモテ境界ヲ隔テタル凡夫ノ為ニ顕ハレ給フ身」とすることも同じことを言い表していると言えよう。

  上述の仏土論も、衆生のために弥陀は事、すなわち「差別の相」を顕現したという理解であり、この背景には理──差別を絶した境界──を衆生は感得できない、という理解が前提であろう。その上で、弥陀の浄土は単なる相対 の世界ではなく、絶対が顕現した相対の世界であり、差別の世界に准じつつも「然モ三界ノ如クニハアラズ」と言われるのであり、「世界ニシテ世界ニ超エタル義」だと主張している。  以上のように証空は、弥陀の顕した 000000事相──絶対の世界に相即した相対の世界──こそ凡夫の出離には必要だということに力点を置いていたことは明らかであろう。「周遍法界」をめぐって法然と証空との理解の差も知られるが、ただ両者ともに弥陀の顕した差別相対の世界こそ凡夫が浄土、真実の世界を感得するために不可欠であると見ていたことは確かなのであり、「不二本覚思想」に容易に与しないことが了解できる。

   ③  弥陀と法身の理解について

  証空は本願成就の阿弥陀仏を事相として強調していたが、一方で阿弥陀仏が形を超えた無相の法身であるとするところも見える。証空は『玄義分自筆鈔』巻一に、善導『観経疏』玄義分の「法性真如海  報化等諸仏」について始めの ()37

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一句を法身としながら、「海」と譬えられることを解説して、

海能ク衆流ヲ入ル。清濁ヲエラブ事ナシ。法身ノ海モ亦此クノ如シ。此ノ法身能ク諸法ヲ収ム。凡聖等シク備ヘタリ。弥陀ハ既ニ顕レテ法身トナリ、我等ハマドヒテ今知ル。此ノ故ニ帰スト云フナリ。

とする。この「弥陀ハ既ニ顕レテ法身トナリ」をどう理解するかであるが、『玄義分自筆鈔』巻三では法・報・化の三身について、

法身ハ理ナレバ、別ノ相ナシ。報身ノ智ニ依リテ顕ル。化身ハ機ニ随フ身ナリ。報身ノ智ヨリ示ス。故ニ、上ノ理ヲ顕シ、下ノ機ニカナフ身ハ唯報身ナリ。故ニ、三身ノ体唯報身ナリ。此ノ三身ノ中ニ、法身ハ平等ノ理ナレバ、能化、所化ノ差別ナシ。只顕レタルト、顕レザルトノ不同ナレバ、凡夫ハ未ダ顕サズシテ顕サント思フべシ。仏ハ既ニ顕シテ度サント思シ召スバカリ ナリ。

としている。証空は、法身は平等の理だとしつつ、凡夫と仏を分けるのはこの法身が顕現しているか否かだとする。未だ法身顕れざるが凡夫であり、法身顕れて衆生済度せんと願うのが仏だという。つまり、先に「弥陀ハ既ニ顕レテ法身トナリ」としていたが、証空の理解としては覚者である以上、法身の顕現していることは当然であり、ことさら弥陀の法身たることに重きを置いているとは言えないのである。証空の阿弥陀仏論は、弥陀が報身であることの意義を明かすところに最大の力点があると言え、証空が弥陀は法身であることを論じるも、それは善導『観経疏』定善義の「諸仏三身同証」として、覚者としての諸仏が法・報・化の三身をともに具えると主張する範疇を越えないものであろう。

  さて、以上からすれば、仏教の究極的な目的は覚者と成ることであり、それはすなわち法身の顕現を意味する。凡夫が法身を如何にして顕現するかについては、『玄義分自筆鈔』巻一に、善導『観経疏』玄義分の「頓教一乗海」の ()40

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「一乗」を解釈しながら、

一乗、トイハ、因ヨリ果ニ至ルマデ、直チニ弥陀ノ願ニ乗ジテ終ニ法身ノ徳ヲ顕ス。中間ニ二ツノ乗ナシ。故ニ一乗ト云フ。タトイ自力行門ニ一乗ノ名アレドモ、今ノ観門ノ一乗ニ依リテ証ヲ取ル。唯其ノ理ヲ談ズレバ、垢 しょうノ凡夫未ダ其ノ証ヲ得ズ。故ニ義ハ一乗ナリト雖モ、心未ダ一乗ニアラズ。唯此ノ観門ノミ凡夫頓ニ悟ヲ開キテ、終ニ仏果ヲ極ム。

と論じている。証空は弥陀の本願に乗託することで、終に法身の徳が顕れるのだとする。また、理の境界を論じるだけでは、「垢障ノ凡夫」は覚り得ないとし、弥陀の本願に依るべきことを主張しているが、これは先の『観経疏大意』において「生死を離るる事は事に依らずんば、何ぞ然らんや。然るを事に顕はすとは、願に依りて衆生を摂取するなり」と論じられたことが背景としてあろう。

  『往

生礼讃自筆鈔』巻一に、善導が「信知自身是具足煩悩凡夫」とするのを釈して、 我等 00一毫ノ煩悩ヲ断ゼズ、此ノ故ニ殊更、具足、ト云フナリ。凡夫、トイハ、煩悩ヲ具シテ生死ノ果ヲ受クル名ナリ。

として自他の凡夫性を自覚する証空であるが、自力による出離が不可能たることも強く自覚されるところである。故に、『玄義分自筆鈔』巻三に「凡夫ノ出離一向ニ他力ニ任スべシ」としており、他力によるしか凡夫は出離する道がないと考えていたのは明らかである。煩悩具足の凡夫が自力において為し得ないものとして、具体的には絶対不二の境界を感得することが一つ想定されていたと言えよう。

 

  「念弥陀三昧」文と阿弥陀仏論の展開

    ――顕意の仏身説を中心として――

  『般

舟三昧経』説とされる「念弥陀三昧」文を通して証空の示した阿弥陀仏論は、十劫以前の弥陀の存在を論じつつも、報身としての弥陀の意義を確かめるものとして浄土教の新しい地平を切り開いたと言えよう。後の西山義にお ()44

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いてはこの証空の投げかけた新しい教説が伝統的な三身説、特に善導の示した仏身説と合致することを示すために苦心している。その最初期が、西山深 ふかくさ義の大成者である道教顕 けん(一二三八~一三〇四)の仏身説である。

  柴田泰氏は、「弥陀法身説」を論じる中、「浄土思想が法身を最高とする他思想に取込まれたとき、あるいは浄土思想が盛んとなって、弥陀の絶対化が主張されたとき、必然的に弥陀法身説が成立するのではないか」としているが、弥陀が報身であることを強調した善導の影響下にあり、かつ弥陀の絶対化を主張しようとするのが顕意の特徴である。顕意の仏身説はむしろ弥陀が報身であることが、弥陀が諸仏の根本的な仏であることの根拠となっている。「弥陀法身説」とは別理論を展開するものとして、この顕意の仏身説について検討しておきたい。

   ①  弥陀本仏論における

     報身の存在について

  はじめに注意したいのは、顕意は主著『楷 かいじょう』にお いて弥陀を本仏、仏における根本的な存在だと論じながら、最後には「これはこれ一義なるも、ほぼ大意を示す。もし広く解せんと欲さば、筆端に記し難し。有餘の異説、またみなこれを略す」としており、顕意は多くの論拠を持っていたことが知られる。事実、著作によって仏身論に若干の違いが見える。ただ、その中でも、『楷定記』の仏身論は厳選されたものであると見るべきであり、本論では『楷定記』を主軸に顕意の仏身論等を論じていきたい。  顕意は『玄義分楷定記』(以下、玄楷と略記)巻八において善導の報身論を追及する中、最後の段において弥陀を本仏とする仏身論の理論化を行っている。まず、前提として重要な教説となるのが善導『観経疏』玄義分の「報身、化を兼てともに来りて手を授ずく」である。これは、弥陀の仏身が報身であることを論証する一節である。善導は、『観経』上輩の来迎において弥陀が化仏とともに来迎するという文を示して、弥陀と化仏は分けて考えるべき仏身であることを説く。そして、化仏を兼ねるのは報身であり、それが弥陀であるとする。この「報身兼化」の教説が顕意の仏身論を知る一つの鍵であるため、「報身兼化」の意義 ()48

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について『楷定記』の論を先に進めながら確認したい。

  『玄

楷』巻八では『観経疏』玄義分の「過現の諸仏三身を弁立す。これを除きて已外にさらに別の体なし。たとい無窮の八相・名号塵沙なるも、体を剋して論ずれば、すべて化に帰して摂す。いま彼の弥陀は現にこれ報なり」の教説に割註をしながら論を進めている。そして、この『観経疏』の教説を受けて、その意義を、

いま彼の弥陀は八相の身に非ざるが故に、「是報非化」と知るなり。然る義の意は、過現の諸仏弥陀に非ざるはなきことを明かさんと欲す。故に上来明かす所の別願の勝報というは、還りて通門諸仏の身土を摂す。これすなわち過現の諸仏の正覚の果は三身の功徳を弁立すると雖も、この弥陀の真の報身を除くほか、更に仏仏各の別の法体無し。

だとしている。弥陀は「是報非化」で純然たる報身であり、過去現在の諸仏で弥陀でないものはない、と主張する。弥陀が根本の仏であることの論理が問題になるが、ここで 「報身兼化」の教説が意味をもつのである。顕意は『玄楷』巻八に『観経疏』の「報身兼化共来授手」の「共来」に二つの意義があることを示し、一つは上述の善導と同じく弥陀が「是報非化」であることを明かすもの、そして二つ目に「所兼の化、真体を離れず」(所兼之化、不離真体)を顕すものだとしている。つまり、「報身兼化」の教説は単に弥陀が報身であることを示すだけではなく、報身の眷属である化仏は、真体である報身を離れえないことを明らかにするものだと見ている。  顕意は弥陀と諸仏の関係について、弥陀が真の報身である「法体」であるとすれば、諸仏は「法体」に対する「化用」だとする。顕意は後に見る割り註において「弥陀報化の三身は法体なり。諸仏八相の三身は化用なり」としている。顕意は『玄楷』巻七には、

故に知んぬ、諸仏の三身は化用にして、みな弥陀本国より流出す。如実名義の功徳に非ざるはなし。

として、「諸仏三身化用」は弥陀の本国から流出するもの ()52

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として、諸仏の三身の根本には弥陀があることを示している。これは諸仏が「化」に収まるものであり、かつ先に示した「報身兼化」の道理を受け入れれば必然的な帰結である。つまり、諸仏は三身を立てるが、諸仏の三身はあくまで「化」に収まるものであり、その「化」を兼ねる、統摂するのが報身であり──「報身兼化」の道理──、その純然たる報身とは弥陀である、との論理である。

  以上の弥陀と諸仏の関係について結論として、

たとい無窮の八相・名号塵沙なるも〈前の如し〉体を剋して論ずれば、楽みなこの浄土の報身に帰す。所兼化摂。一切尽くこれ弥陀の化用なり〈弥陀報化の三身は法体なり。諸仏八相の三身は化用なり。これを思え〉。故にいま彼の土の弥陀は化主なり。現にこれ酬因真報の体にして、その化用の八相身に非ざるなり。

とする。ここで「所兼化摂」とは「所兼の化の摂」と訓じ、浄土の報身(弥陀の報身)は、(報身に)兼ねられる「化」の摂、おさまりどころという意味であろう。また、一切は 弥陀の化用とするのは、諸仏は「化主」である弥陀の「化用」として三身を立てるものであることを示すものである。

  

  「念弥陀三昧」文引証の意義   以上のように弥陀と諸仏の関係を規定するには明証となる典拠があげられなければならないだろう。「報身兼化」の段においては、弥陀を主とする典拠を特に明示していないが、おそらく次の問答に典拠をあげる用意があっての伏線であると思われる。

  その問答の問いは「それ正覚の身土は実に超勝独妙なりと雖も、十劫は日浅し。たれか三世の報体なるや」として、十劫正覚の弥陀を前提とすれば、三世諸仏の根本の仏であることが許されるのか、と問うものである。これ自体は証空においても問題にされていたものである。この答えのはじめに出されるのが、

観念門に般舟経を引きて云わく、「三世の諸仏はみな念弥陀三昧によりて正覚を成る」等と。 ()57

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である。この割り註に「本文はただ念仏三昧と言うも、而して弥陀を以てその主と為す。故に天台の云わく、「専ら弥陀を以て法門の主と為す」と。意またこれに同じ」とあり、鎮西派の影響も考えられる(後述参照)。先に「無窮八相の仏」を「化」の摂としていが、八相の仏身を「化」に配当するのは理解できる範疇ではあるが、諸仏の三身全てを八相に配当し「化」に収まるとするには少々強引のきらいがある。しかし、顕意の念頭においては、『般舟三昧経』説とされる「念弥陀三昧」文に立脚して、弥陀は諸仏の根源である、との典拠上の前提があり、弥陀──根本仏

(法体)──「報」、という図式が完成していたのであろう。根本仏である弥陀以外の諸仏は弥陀の眷属であり、つまりは報身の眷族であれば、諸仏は「化」に収まると考えていたと見える。

  以上、顕意は中国浄土教でも論じられた弥陀の報身/化身の問題から新たな議論を展開して、弥陀を根本仏としての報身と、その報身に兼ねられる「化」としての諸仏という関係を打ち出していた。「弥陀法身説」の立場は取らず、弥陀の絶対化とも言うべき理論を推し進めたものとして注 目されよう。これに関して、善導が典拠として大きな役割を果たしていることは言うまでもないが、西山義で重用された『般舟三昧経』説とされる「念弥陀三昧」文も弥陀を根本の仏として論証する上で重要な位置を占めていたことが知られるのである。

 

  『般舟三昧経』説とされる

    「念弥陀三昧」文の波紋

  

  「念弥陀三昧」文への批判的見解   法然の門流は積極的に『般舟三昧経』説とされる「念弥陀三昧」文を受容して阿弥陀仏論を展開させている。上述の証空、顕意はその代表例である。しかし、この「念弥陀三昧」文とそれに基づく教義に対して文献的、教義的な見地から批判的な見方も提出されている。これはあくまでも阿弥陀仏は十劫成仏の仏だと捉えようとする姿勢でもあり、このことについて検討していきたい。

  まず、すでに指摘はあるが、鎮西派の大家である良忠

(一一九九~一二八九)は証空等とは違い、無批判に「念弥 ()60

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陀三昧」文を受け入れてはいない。良忠『観念法門私記』には、

「念阿弥陀仏三昧」とは、問ふ、十劫已前の衆生何ぞ念阿弥陀仏三昧を行ずるや。答ふ。経には「過去の諸仏この三昧を持す」等と云いて、「阿弥陀」と云わず。いま阿弥陀の三字を般舟経に加うる意は、阿弥陀を以て法門の主となす故なり。総を以て別に従いて、三字を加えるなり。必ずしも一切みな弥陀を念ずるに非ず。

とある。まず、問いにおいて「十劫已前」が問題となっているが、弥陀は『阿弥陀経』などによれば十劫の昔に正覚を成就した仏である。善導は過去の諸仏も弥陀三昧に依って成仏するとしているが、弥陀が十劫成仏の仏だとすれば、「十劫已前」の存在に影響を及ぼし得るかが問題なのである。これに対して良忠は、善導が『般舟三昧経』にはない「阿弥陀」の三字を加えていることを指摘している。ここから、善導が「阿弥陀」の三字を加えた理由について「以 弥陀為法門主」からではないかと考察をめぐらすのである。「以弥陀為法門主」は『摩訶止観』巻二上の語である。このように弥陀を法門の主とすることは認めつつも、結論としては「非必一切皆念弥陀」であり、すべての仏が弥陀を念じるとするのは無理があると考えていたことが分かる。問いの主張をことさら否定していないのであり、「十劫已前」における弥陀の存在は認められないと良忠も考えていたのであろう。  良忠説を相承し、顕意と対峙した望西楼了恵(一二四三

~一三三〇?)にも上述と同様の指摘がある。了恵は『尊問愚答記』第四問答の「十劫正覚以前に念仏往生有るべきか」(十劫正覚以前不可有念仏往生歟)という問いに対して、良忠の教説を踏襲しながら、十劫以前に弥陀の成道はないのであり、往生者もまた存在しない、と主張している。

  先に論じたように証空は「念弥陀三昧」文をもって十劫以前における弥陀の存在を主張している。上述のように良忠等がことさら『般舟三昧経』と『観念法門』の異同を問い、あくまで弥陀は十劫正覚の仏であることを論じる背景として、西山義の存在が十分考えられよう。 ()62

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  さて、以上の鎮西派の指摘に止まらず、同じく顕意と対峙した諸行本願義の証忍(生没年不詳)は西山義の主張と考えられる阿弥陀仏論を批判している。証忍『観経義賢問愚答鈔』に「阿弥陀はこれ始成正覚の仏に非ず……」と主張する者の存在を指摘し、その主張は「過去の諸仏みな弥陀を念ずるが故に無始なり」という論理のもとに支えられていることを示している。「過去諸仏皆念弥陀」の文は『般舟三昧経』説とされる「念弥陀三昧」文を想定したものだと推察される。証忍が顕意と対峙していることも考慮に入れれば、証忍の批判が西山義に向けられたものだと考えるのが妥当であろう(ただ、証空は必ずしも弥陀の無始性を

主張することに力点を置いていなかったことは先に論じた通りで

ある)。証忍は結論的には、

いま謂く、真言・天台等の諸教中には、彼の深奥の義有るを遮るべからず。三部経内・今師の釈中には、その趣未だ見えず。故に疑滞る。

としている。特に「今師釈」として善導の教説中には見え ない説だとすることは強烈な批判である。ただ裏を返せば、それほどに『般舟三昧経』説とされる「念弥陀三昧」文、そしてそれに基づく教説の影響が大きかったことが知られると言えよう。

  

  「念弥陀三昧」文の浸透   以上のように議論された『般舟三昧経』説とされる「念弥陀三昧」文であるが、時代が下るにつれて影響力を増している。まず、今まで指摘されてこなかったが、「念弥陀三昧」文は西山派の代表的な人師においてもその主張がみられる。浄 じょうおん、立 りゅうしん、了 りょうおんについては以下の通りである。

・浄音(一二〇一?~一二七一。西山西谷義祖)「十方三世仏依弥陀成正覚」(『西山三十箇条口決鈔』)・立信(一二一三~一二八四。西山深草義祖)「般舟経に、三世諸仏、依念弥陀三昧、成正覚」(『深草抄』巻一) ()65

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・了音(~一二六五~。西山六角義)「般舟経には、三世の諸仏は皆な念仏三昧に入て成仏すと見たり」(『散善義六角鈔』下)

浄音は証空等と違って特に典拠を示していないが、証空等の『般舟三昧経』説とされる「念弥陀三昧」文が浄音の説の祖型であることは確かであろう。

  さらに、「念弥陀三昧」文の浸透を確認すると、真宗では、存覚『破邪顕正鈔』に「『般舟経』の説のごときは「三世の諸仏念弥陀三昧によりて正覚をなる」ととき……」とし、また『諸神本懐集』にも「『般舟経』には三世の諸仏みな念弥陀三昧によりて正覚をなるとときたれば、弥陀は諸仏の本師なりとみえたり」としている。存覚の父である覚如は『口伝鈔』開出三身章に「真宗所立の報身如来、諸宗通途の三身を開出する事」として仏身論を展開しているが、その中に「『般舟経』にのたまはく、﹁三世諸仏念弥陀三昧成等正覚﹂」とある。

  また、時衆七祖の託 たく(一二八五~一三五四)は『無上大利和讃註』において「般舟三昧経云、三世諸仏依念阿弥陀 仏三昧成等正覚」としている。覚如、存覚共に西山、一念義に連なる修道経緯があり、『般舟三昧経』説とされる「念弥陀三昧」文を受容することは自然であろう。また、時衆の一遍がそもそも西山義の系譜であることを考えれば、託何にとっても『般舟三昧経』説とされる「念弥陀三昧」文は特に不審を持つべきものではなかったとも考えられる。覚如、存覚、託何の「念弥陀三昧」文の受容はある意味では自然であると言えるが、鎮西七祖である聖 しょうげい(一三四一

~一四二〇)も『麗気記拾遺鈔』には、

何況、云三世諸仏依念仏三昧成等正覚。故知、弥陀是諸仏本師也。

としている。ここで「念仏三昧」とあるが、これが弥陀が諸仏の本師である根拠となるのであり、この仏とは阿弥陀仏を意図したものであることは間違いない。また、「三世諸仏依念仏三昧成等正覚」の傍記に「般舟三昧経文」とある。これが、聖冏の記したものか否かは問題もあろうが、鎮西派系統の人師が記したものであることは確かであろう。 ()71

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鈴木英之氏は、この聖冏の文に関連して、『般舟三昧経』の文について「主に浄土系諸派の僧侶の間で「般舟経」として認識され、流布した文句だったと推測される」としているが、鎮西派では「念弥陀三昧」文を『般舟三昧経』の説とすることを無批判には受け入れなかったことは上述の通りである。それが時代が下り、鎮西派の中においても肯定的に受け入れられるようになったと考えられる。

Ⅲ  親鸞における阿弥陀仏論とその展開

  以上、『般舟三昧経』説とされる「念弥陀三昧」文を中心に、弥陀法身/報身についての問題を検討してきたが、これとは別に弥陀法身/報身の問題について論じるのが親鸞である。しかし、上述の通り覚如や存覚になると「念弥陀三昧」文も受容されることとなる。法然門流における弥陀法身/報身の検討として、最後に親鸞における阿弥陀仏論とその展開について明らかにしていきたい。   1  親鸞における弥陀と法身の問題

  親鸞は曇鸞の二種法身説を仏身説の拠り所の一つとしている。『唯信鈔文意』で善導『法事讃』の「極楽無為涅槃界」の「涅槃」を解釈する中、

「涅槃」をば、滅度という、無為という、安楽という、常楽という、実相という、法身という、法性という、真如という、一如という、仏性という。仏性すなわち如来なり。この如来、微塵世界にみちみちたまえり。すなわち、一切群生海の心なり。この心に誓願を信楽するがゆえに、この信心すなわち仏性なり。仏性すなわち法性なり。法性すなわち法身なり。法身は、いろもなし、かたちもましまさず。しかれば、こころもおよばれず。ことばもたえたり。この一如よりかたちをあらわして、方便法身ともうす御すがたをしめして、法蔵比丘となのりたまいて、不可思議の大誓願をおこして、あらわれたまう御かたちをば、世親菩薩は、尽 ()78

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十方無碍光如来となづけたてまつりたまえり。この如来を報身ともうす。

として二種法身説を展開している。親鸞は「法性法身」を三身論中の法身とし、「いろもなし、かたちもましまさず」とし、これを「一如」だとする。この一如より形を現したのが「方便法身」であり、それは我々にとっては法蔵菩薩と名のり、誓願を起こしてそれを成就した阿弥陀仏のことである。そしてこの仏身が報身だと規定される。ここで注意されるのは、親鸞は「阿弥陀仏」を一如だとは語らないことである。『教行信証』証巻でも、

しかれば弥陀如来は如より来生して、報・応・化種種の身を示し現わしたまうなり。

としているが、あくまで「如」より弥陀が来生するとするものであり、「如」=弥陀、とはしない。おそらく、凡夫のために法蔵菩薩の物語として相対・有限の形を現し、阿弥陀仏と成就した仏身はあくまで報身であり、ここに凡夫 にとっての報身の意義を見ていたのではないだろうか。法蔵菩薩、阿弥陀仏という名のりは「一如」そのものではなく、「一如」より凡夫のために発願して現れ出た姿、すなわち報身なのである。  ただ、柴田泰氏が、親鸞の仏身説について「親鸞は弥陀報身説の中に阿弥陀仏の絶対的な働きを内在させた」と指摘するように、親鸞の言う報身とは単なる相対・有限的な如来ではなく、絶対の顕現としての相対・有限な如来である。このような親鸞の思索は証空とも通底するところであり、法然門下が何を課題として阿弥陀仏と向き合い思索をしていったのか、その一端が表れていると言えよう。  さて、親鸞の阿弥陀仏論と言えば、『浄土和讃』に、

弥陀成仏のこのかたは  いまに十劫とときたれど 塵点久遠劫よりも  ひさしき仏とみえたまう  

(大経意)久遠実成阿弥陀仏  五濁の凡愚をあわれみて釈迦牟尼仏としめしてぞ  迦 城には応現する 

(弥陀和讃) ()79

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として、必ずしも阿弥陀仏が『大無量寿経』等で説かれるような「十劫」の昔に成仏した仏だと理解する必要はなく、「十劫」以前より存在するいわゆる「久遠の弥陀」であると説くところも注目される。しかし、親鸞はこの「久遠の弥陀」を法身とも報身とも判じていないのであり、「久遠の弥陀」を伝統的な三身論の中で考えていたか否かは決し難い。

  この「久遠の弥陀」と仏身説は後に問題とされるところであり、この問題を通して覚如、存覚が阿弥陀仏論を展開している。特に存覚は「久遠の弥陀」を法身と見ていたと考えられ、まさに「弥陀法身説」とも言うべき説を主張している。そこで、この覚如、存覚における「久遠の弥陀」説について検討したい。

  2  覚如、存覚における

    「久遠の弥陀」と「念弥陀三昧」文

  弥陀が十劫成仏以前の仏であるとする「久遠の弥陀」の主張自体は親鸞においてすでに論じられるところであるが、 覚如は久遠の弥陀を仏身論上で理論化し、本師本仏である弥陀を報身だと規定したところに新しさがある。覚如の教説を確認すると、先の『口伝鈔』開出三身章の「三世諸仏念弥陀三昧成等正覚」のあとに、

諸仏自利利他の願行、弥陀をもてあるじとして、分身遣化の利生方便をめぐらすこと掲 いちじるし。これによりて久遠実成の弥陀をもて報身如来の本体とさだめて、これより応迹をたるる諸仏通総の法報応等の三身はみな弥陀の化用たりといふことをしるべきものなり。しかれば報身といふ名言は、久遠実成の弥陀に属して常住法身の体たるべし。通総の三身は、かれよりひらきいだすところの浅近の機におもむく所の作用なり。

とある。諸仏の願行の根本に弥陀を見る主張、弥陀を報身として諸仏の三身をその「化用」だとする主張など顕意説の影響ではないかと考えられる。ただ、顕意とは違うのは報身の弥陀を「久遠の弥陀」だとすることである。

  「久

遠の弥陀」という点は顕意と覚如との大きな違いで ()84

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あるが、枠となる仏身論はほぼ同じであると言える。対して、存覚は「久遠の弥陀」を前提としつつ、顕意とも覚如とも違った独自の説を提示している。これについて順を追って確認していきたい。

  まず、存覚は弥陀を「久遠の弥陀」だとする典拠として「念弥陀三昧」文を挙げている。『浄土真要鈔』には、

阿弥陀如来は三世の諸仏に念ぜられたまふ覚体なれば久遠実成の古仏なれども、十劫已来の成道をとなへたまひしは果後の方便なり。

と三世諸仏に念じられ正覚を成じる本となる弥陀は「久遠実成の古仏」だと認識し、「十劫正覚の弥陀」はあくまで「果後の方便」だとする。この存覚の立場は、覚如と同様、「久遠の弥陀」を主張する親鸞の教義を相承する立場としては当然だとも言える。ただ、親鸞の継承だけではなく、日蓮宗と対論する中で存覚は「法華と弥陀とまたく一体異名なり」と法華と弥陀との一致を主張することで日蓮宗の念仏否定を払拭しようとするのであり、『法華経』で主張 される久遠の仏はどうしても弥陀のことでなければならなかったと言える。存覚の「久遠の弥陀」の主張には対日蓮宗の要素も背景にあると考える必要がある。

  3  存覚における「久遠の弥陀」と三身説

  報身中心的な父覚如の仏身論に対して、存覚の説は「久遠の弥陀」を報身中心に見ているとは言えないものであり、ここに存覚の独自性がある。この存覚の「久遠の弥陀」と仏身論について考察を進めていきたい。

  存覚は覚如の『口伝鈔』後の著作であるが『六要鈔』

(一三六〇成立)において「十劫正覚」と「久遠の弥陀」の問題を論じている。これについて確認していくと、『六要鈔』においては、

しばらく因願に依れば、十劫成覚の身たりといえども、諸仏の寿命、平等の果海は闕 けつ減有ること無し。ただこれ本覚弥陀の寿なり。この義辺に約すれば、酬因感果はこれ始覚の智、無為凝 ぎょうねんはこれ本覚の理なり。理 ()86

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智不二にして始本これ一なり。すでに始覚に至れば必ず本覚に冥ず。また釈迦仏の久遠の実寿は、即ち阿弥陀の名義なり。

としている。本願により成就した弥陀を「十劫成覚の身」であるとしながらも、諸仏の寿命が平等たることを論じ、「只是本覚弥陀寿也」としている。理の世界において諸仏の寿命に差があるはずはなく、それはすなわち弥陀も十劫以降に限定されることのないことを論じるものであり、この「本覚弥陀寿」とは十劫以前の弥陀の存在を示唆したものであろう。この次に始覚智とされる「酬因感果」は「報身」の義であり、本覚の理である「無為凝然」とは「法身」に配当できる(後の『選択註解鈔』も参照)。この「本覚の理」と久遠とを存覚は同一視していたと考えられる。それは、存覚の『顕名鈔』には「阿弥陀如来は久遠実成の覚体、無始本有の極理なり」と「久遠実成の覚体」と「無始本有の極理」を並列にしていることからも知られよう。また、「本覚弥陀寿」に対比される「十劫成覚の身」は「報身」ということになる。   以上に関して、存覚『選択註解鈔』巻二に三身を解説する中には、

一には法身、真如法界の妙理、凝然不変の功徳也。二には報身、修因感果の妙智、境智冥合の真身也。

とある。『選択註解鈔』では「法身」が理であり、それを「凝然不変の功徳」(『六要鈔』では「本覚の理」に換言され

る)としている。「報身」は「修因感果の妙智」と言われるが、この智が『六要鈔』で言及される「始覚智」に当たることは明白である。やはり存覚は「十劫正覚の弥陀」を報身と見ていたと考えるのが順当であり、いずれの文脈からも「久遠の弥陀」を報身だと考えていたとは明言できないであろう。存覚は続けて、報身を「境智冥合の真身」だとしているのであるが、境と智について智顗は『摩訶止観』巻六下に「境に就いて法身と為し、智に就いて報身と為し、用を起すを応身と為す」としていることを併せて考えれば、「境智冥合」をもって法身と報身の冥合を示していると推察される。『六要鈔』にも見えるように、存覚の ()88

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仏身説は「理智不二」が基礎であり、十劫/久遠の弥陀は相離れるものではないのである。

  存覚が諸仏の根本だと考える「久遠の弥陀」は明らかに法身であり、報身ではない。諸経論からすれば弥陀は「十劫成覚」であり、それに善導も異を唱えるところはないのであり、弥陀──報身──十劫の昔に成仏、という図式はある意味当然である。故に、存覚が三世諸仏の根本とされる「久遠の弥陀」が報身ではないと論ずるのも自然ではある。この点で、弥陀が報身であることを至上として、その報身こそが三世諸仏の根本だとする顕意や覚如の立場と相違するものである。

  このような存覚における「久遠の弥陀」説は、「理智不二」であり弥陀を単なる法身として主張するものではないが、三世諸仏の根本としての弥陀を法身とするものであり、それまでの証空、顕意、覚如とは違った独自の見解だと言えよう。 小結

  善導が弥陀を「是報非化」と論じ、法然は報身としての弥陀を強調することに腐心していた。これが法然の門流に大きな影響を与えていることは明らかであろう。ただ、証空や親鸞は、報身とは単なる有相の仏身ではなく、凡夫のために絶対・無相の世界が顕現した姿であり、相対にして絶対であることを論じている。しかし、「阿弥陀仏」という名のりはあくまで報身であり、その報身という事相にこそ凡夫が出離する道のあることが強調されるものであった。それは、凡夫が絶対的な真理を覚り得ないという自覚に立って、弥陀を単なる法身と見る立場には与せず、相対/絶対の両面から如来の存在と凡夫の出離を考究するものである。これは従来の阿弥陀仏論に見られなかった思索だと言え、かつ中国浄土教中の一部において、弥陀を法身とする見方が強まるのとはまた別の展開として注目されよう。

  また、こうした法然の門流における阿弥陀仏論に強い影響を与えたのが『般舟三昧経』説とされる「念弥陀三昧」

参照

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