SOFTIC 16-1
コンピューター・ソフトウェアの ライセンス契約の保護に関する
調査研究報告書
平成17年3月
財団法人 ソフトウェア情報センター
KEIRIN この事業は、競輪の補助金を受けて実施したものです。
はじめに
平成
16
年に破産法が改正され、ライセンス契約についてライセンサー破産の場合 に、ライセンス対象の知的財産権が対抗要件を備える場合は破産管財人の解除権は 制限されることとなった。しかし、コンピューター・ソフトウェアの著作権については、既に対抗要件とし ての通常実施権の登録が存在する特許の場合と異なり、現行著作権法では利用権設 定についての対抗要件制度を備えていないため、現行法のままではライセンサー破 産時の管財人の契約解除及び通常時に権利が移転された場合に、ライセンシーは利 用権を確保できないことになる。
この問題について、破産法改正の方向を受け文化審議会著作権分科会において検 討がなされ、その報告書において、利用者の保護については破産法との関係等から 対抗要件制度によるべきとし、現行の著作権登録制度とは別の簡易な登録制度創設 を視野に入れた検討を行うと共に、他の知的財産権との整合性のある制度とすべき との提言がなされている。
また、産業構造審議会知的財産部会流通・流動化小委員会においても、主に産業 財産権に関するライセンシー保護のための検討が行われ、特許については複雑なラ イセンス形態であることから既存の通常実施権の登録が殆ど利用されていない等の 実態に照らし、新たなライセンシー保護策を継続して検討していくとされている。
このような背景の下、本委員会においてコンピューター・ソフトウェアのライセ ンス契約におけるライセンシー保護に関する著作権法上の問題について、どのよう な課題があり、そのためにどのような方策が考えられるかの検討を行い報告書とし てまとめた。
本報告書がわが国におけるこの問題の検討に参考となることができれば幸いであ る。また、ご多忙の中、本調査研究にご協力をいただいた委員の皆様に深く感謝申 し上げる次第である。
平成17年3月
財団法人 ソフトウェア情報センター 専務理事 山 地 克 郎
ソフトウェア・ライセンス契約とライセンシー保護に関する調査研究委員会
(敬称略、五十音順)
委 員 長
小川 憲久 弁護士(紀尾井坂法律特許事務所)
委 員
飯島 歩 弁護士(弁護士法人北浜パートナーズ)
大澤 恒夫 弁護士(大澤法律事務所)
小倉 秀夫 弁護士(東京平河法律事務所)
金子 宏直 東京工業大学 大学院社会理工学研究科助教授 亀井 正博 富士通㈱ 知的財産権本部知的財産戦略室長 小松 陽一郎 弁護士(小松法律特許事務所)
駒田 泰士 上智大学 法学部国際関係法学科助教授 椙山 敬士 弁護士(虎ノ門南法律事務所)
曽野 裕夫 北海道大学 大学院法学研究科教授
平野 高志
マイクロソフト㈱ 法務・政策企画統括本部長 松田 俊治 弁護士(長島・大野・常松法律事務所)
水谷 直樹 弁護士(水谷法律特許事務所)
宮下 佳之 弁護士(あさひ・狛法律事務所)
宮田 高宏 ㈱野村総合研究所 法務部契約課長 吉田 正夫 弁護士(三木・吉田法律特許事務所)
オブザーバー
三木 茂 弁護士(三木・吉田法律特許事務所)
山中 弘美 文化庁長官官房著作権課課長補佐
河野 太志 経済産業省商務情報政策局 情報処理振興課課長補佐 山田 和伸 経済産業省商務情報政策局 情報処理振興課係長 鳥丸 忠彦 経済産業省商務情報政策局 情報経済課課長補佐 坂本 聡生 経済産業省商務情報政策局 情報経済課権利保護係長 飯田 聡 経済産業省経済産業政策局知的財産政策室
茂木 智美 社団法人情報サービス産業協会 調査企画部
事務局
山地 克郎 財団法人ソフトウェア情報センター 専務理事 柳沢 茂樹 財団法人ソフトウェア情報センター 調査研究部長 平澤 高美 財団法人ソフトウェア情報センター 調査研究部課長
目 次
1.ソフトウェア関連取引におけるライセンシー保護の現状と問題点〔宮下佳之〕
1-1 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3
1-2 ソフトウェア関連取引の類型毎の実情と問題点について・・・・・・・3
1-2-1 パッケージソフトの販売に伴う問題・・・・・・・・・・・・・3
1-2-2 自社内の業務システムの開発に伴う問題・・・・・・・・・・・8
1-3 ライセンス契約に基づいて許諾されたプログラムが譲渡された場合の問題点と想定される解決策について・・・・・・・ 10
2.著作権ライセンス契約におけるライセンシーの地位の保護のあり方
〔曽野裕夫〕
2-1 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 14 2-1-1 議論の経緯・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
14
2-1-2 本稿の課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15
2-1-3 本稿の検討順序・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 16 2-2 ライセンシーにとっての問題状況・・・・・・・・・・・・・・・・・ 16 2-2-1 著作権が譲渡された場合(いわゆる「平時」の問題)・・・・・16 2-2-2 ライセンサーの倒産時・・・・・・・・・・・・・・・・・・19
2-2-3 小活・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22 2-3 法政策的検討・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22 2-3-1 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22 2-3-2 ライセンシーの地位を保護した場合に生ずる弊害・・・・・・ 23 2-3-3 利益調整の試み・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 24 2-4 法技術的検討・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 26 2-4-1 登録制度の可能性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 26 2-4-2 契約書をもって対抗要件とする制度の可能性について・・・・ 28 2-4-3 目的適合的な制度案・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 29 2-5 残された問題―「第三者に対して効力を生ずる」ことの意味・・・・ 323.ドイツ著作権法におけるライセンシーの保護〔駒田泰士〕
3-1 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 35 3-2 ドイツ法における著作権取引―総論・・・・・・・・・・・・・・・
36
3-3 ドイツ著作権法33
条・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 37 3-3-1 旧33
条について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 38 3-3-2 現行33
条について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 403-3-3 ドイツ倒産法
103
条について・・・・・・・・・・・・・・・41
3-4 考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 42 3-5 おわりに―残された課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・45
4.プログラム著作物の登録手続の現状〔
SOFTIC
事務局〕4-1 登録の種類、登録申請件数・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
45
4-2 申請手続・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・55
4-3 登録の方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・49
4-4 プログラム登録原簿の調整、閲覧・・・・・・・・・・・・・・・・ 50 4-5 料金・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・51
5.おわりに〔小川憲久〕・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・53
〔添付資料〕
資料―1 改正破産法関連条文(抜粋)
資料―2 文化庁文化審議会著作権分科会報告書(抜粋)
第2章 契約・流通小委員会 検討事項(2004年
1
月14
日)資料―3 プログラム著作物の登録申請状況 資料―4 創作年月日登録申請書記載例
資料―5 著作権登録申請書記載例(前登録がない場合/ある場合)
資料―6 著作物の明細書記載例
資料―7 プログラム登録原簿の例(質権/譲渡担保の各例)
1.ソフトウェア関連取引におけるライセンシー保護の現状と問題点 1-1
はじめに
ソフトウェア関連取引には、様々な類型のものが存在し、それぞれ異なる視点か らの分析、考慮が必要となる。そこで、本項においては、ソフトウェア関連取引の 類型毎に、具体例を挙げて、ライセンシー保護の現状と問題点を検討し、当該検討 結果に基づいて、想定し得る保護の在り方について考察する。
1-2 ソフトウェア関連取引の類型毎の実情と問題点について
1-2-1 パッケージソフトの販売に伴う問題
<事例 ①>
X 社は、Y 社とのライセンス契約に基づき、Y 社が開発した A ソフトウェ アの独占的な複製及び頒布の許諾を受けて、X社のブランドで、パッケージ ソフトとして販売していた。X社は、販売本数に応じて、所定のロイヤリテ ィを約定に従って Y 社に支払っていたが、Y 社の財務状況が悪化し、倒産 の危機にあることが判明した。
(留意点)
上記事例①において留意すべき問題点は、概ね以下の通りである。
(1)
ライセンス契約の第三者対抗力の不存在Y
社の窮状に乗じて、Y
社の債権者等が、A
ソフトウェアの著作権を譲り 受けた場合、X
社は、Y
社との契約上A
ソフトウェアの複製及び頒布の許 諾を受けていたにすぎないのであるから、Y
社との契約上の地位を、第三 者たる著作権の譲受人に対して主張できなくなる。(2)
破産管財人の第三者性Y
社が破産宣告を受ければ、A ソフトウェアの著作権は、Y 社の破産財団 に属することになり、A
ソフトウェアの著作権は、Y
社の破産管財人の管 理処分権に服することになる。そして、破産管財人の第三者性を考慮する と、X社は、Y 社の破産管財人に対して、Y社との契約に基づくA
ソフト ウェアの利用権限を主張できなくなる。(3)
双方未履行の双務契約についての破産管財人の解除権A
ソフトウェアの複製及び頒布の許諾を内容とするX
社とY
社との契約は、双方未履行の双務契約であるので、
Y
社の破産管財人は、破産法第59
条1
項の規定に従い、双方未履行の双務契約の解除ができることになる。(現状における実務的対応策と限界)
上記の各問題点に対処するために、以下の対応策を講ずることが考えられるが、
当該対応策には、それぞれ、下記のような問題点が存在する。
(1)
ライセンス契約に第三者対抗力が認められていないことを考慮した対応策<対応策
a
>ライセンス契約の形では第三者対抗力を具備することができないため、信 託的な著作権譲渡の形態で取引を構成する方法が考えられる。具体的には、
A
ソフトウェアの著作権の譲受人に対抗できるようにするために、X 社が、A ソフトウェアを信託的に譲り受けて、著作権譲渡登録を行っておくことにな る。<対応策
a
の問題点>(i) Y
社とすれば、X社が約定に反してA
ソフトウェアの著作権を第三者に譲渡し、当該第三者が著作権譲渡登録を行ってしまえば、A ソフトウェ アの著作権を失ってしまうことになるので、信託的な譲渡に同意しない 可能性が高い。
(ii)
ソフトウェアの著作権譲渡登録を行うためには、ソースコード又はオブジェクトコードのダンプリスト等が記録されたマイクロフィッシュを作 成する必要がある等、手続きが相当に煩瑣である。
(iii)
ソフトウェア製品は、頻繁にバージョンアップ、アップデート等が行われると共に、コアのコードを共通とする複数の異なるバージョンが併存 する場合があるので、個別のライセンス取引毎に相互に矛盾する著作権 譲渡登録が行われた場合には、権利関係が錯綜する可能性がある。
<対応策
b>
X
社がA
ソフトウェアのパッケージソフトを販売していることをパッケー ジや販促資材に明記すること等により、A ソフトウェアの著作権の譲受人が登録の欠缺を主張する正当な利益を有しない背信的悪意者である等と主張し やすくする。
<対応策
b
の問題点>(i)
そもそも背信的悪意者理論は、実体的な権利変動が為されたことを前提 にし、対抗要件が具備されていない場合であっても、背信的悪意者に対 して実体的な権利変動を対抗できるようにすることを目的とするもので ある。一方、ライセンス契約は、そもそも実体的な権利変動を前提とす るものではないので、対抗要件が問題となる余地がなく、背信的悪意者 理論が適用される余地はないのではないかと思われる。(ii)
背信的悪意者理論が適用されないとすると、権利濫用を問題とせざるを得ないが、権利濫用に該当するか否かの判断は、容易ではなく、取引の 安定性を損なうおそれがある。
<対応策
c
>ライセンス契約を締結する際に、一定の事由が生じた場合に、X 社が
A
ソ フトウェアの著作権を譲り受けることができる旨の譲渡予約又は停止条件付 き譲渡の合意を行い、著作権譲渡登録手続きに備えて、単独申請承諾書、マ イクロフィッシュその他の必要書類の引き渡しを受ける。<対応策
c
の問題点>(i)
著作権譲渡登録手続きを行うタイミングが遅れた場合には、対抗力を具 備する機会を失う可能性がある。(ii)
譲受人(ライセンシー)が単独で著作権譲渡登録手続きを行えるようにしておかないと、譲渡人(ライセンサー)の協力が得られない限り、著 作権譲渡登録ができないことになり、権利の保全の意味が失われること になってしまうが、一方で、譲渡人(ライセンサー)側とすれば、譲受 人(ライセンシー)が単独で著作権譲渡登録手続きが行われることに懸 念を持たざるを得ないことになる。
(iii)
頻繁にバージョンアップ、アップデート等が行われることを考慮すると、その度毎に、マイクロフィッシュの提出が必要となるのは、あまりに煩 雑である。
(2)
破産管財人の第三者性を考慮した対応策上記
(1)
と同様。(3)
双方未履行の双務契約を破産管財人が解除できることを考慮した対応策<対応策
a
>上記
(1)
に記述した対応策の他、双方未履行でないと主張できるようにする ために、一定の場合に、一括して将来の使用許諾に対するロイヤリティを支 払える選択権を取得しておく。<対応策
a
の問題点>(i)
上記の選択権を行使するタイミングが遅れてしまえば、権利を保全でき ない。(ii)
ロイヤリティの算定が困難であり、対価が不相当であることを理由とする否認のおそれもある。
(立法的な解決の方向性について)
上記の問題点を勘案すると、現行法上行い得る対応策には、限界があり、今後 立法的な解決を検討する必要があるものと思われる。そして、その際には、以 下の点に留意する必要がある。
a.
ライセンス契約上の地位を一定の条件の下で、著作権の譲受人及び管財 人等を含む第三者に対して主張できるようにすることも考えられるが、特許権や商標権などと異なり、著作権は、登録が権利保護の要件となっ ていないこともあり、第三者に対抗できる許諾範囲を適切に画定するこ とは困難である。
b.
現行の著作権登録制度上、仮登録の手続きは認められていないが、譲渡 予約又は停止条件付き譲渡の合意の効力を保全するために、仮登録が可 能となれば、ライセンシー側である程度の対応策を講ずることが可能と なる。c.
著作権譲渡登録手続きを行うために必要となる書類を保管するエスクロ ー制度を考案することも考えられる。(事例②)
X社は、Y社とのライセンス契約に基づき、Y社が開発した汎用的なツー ルであるB プログラムを組み込んだ C ソフトウェアを開発し、X 社のブ ランドで、パッケージソフトとして販売していた。X社は、販売本数に応 じて、所定のロイヤリティを約定に従ってY社に支払っていたが、Y社の 財務状況が悪化し、倒産の危機にあることが判明した。
(留意点)
上記事例②において留意すべき問題点は、概ね事例①の場合と同様であるが、
事例①の場合には、パッケージソフトを構成する全てのソフトウェアに対する 著作権を
Y
社が保有し、これを独占的にX
社に許諾しているために、著作権の 譲渡(譲渡予約又は停止条件付き譲渡を含む。)の方法により、一定の対応策を 講ずることが可能であった。しかし、事例②においては、そのような方策を講 ずることは困難である。(現状における実務的対応策と限界)
著作権譲渡の方法を使えない場合には、一定の条件の下で、一括してロイヤリ ティを支払えるようにする程度の対応策しか講ずることができない。
(立法的な解決の方向性について)
著作権が権利の束であって、支分権毎に譲渡が可能であることを考慮すれば、
一定の使用形態による利用権限のみを譲渡するという考え方があり得るのでは ないか。そうであれば、
X
社が開発した特定のソフトウェアの一部として組み 込む権利の譲渡を受けるという形での著作権譲渡登録を行うことにより、問題 を解決できる余地があると思われる。1-2-2 自社内の業務システムの開発に伴う問題
(事例③)
X社は、自社の業務システムの開発を進めており、Y社とのライセンス契 約に基づき、Y 社が開発した D プログラムをX 社の業務システムに組み 込むことを検討している。しかし、Y社は、ベンチャー企業であり、将来 第三者によってDプログラムが買収される可能性があるし、Y社が倒産す るリスクも否定できない。
(留意点)
上記事例③において留意すべき問題点は、概ね事例①の場合と同様であるが、
事例③の場合には、D プログラムが自社内で自己使用されるにすぎないので、
著作権法第
47
条の2
を適用することによって、リスクが軽減できる可能性があ る。(現状における実務的対応策と限界)
著作権法第
47
条の2
によれば、「プログラムの著作物の複製物の所有者」は、「自 ら当該著作物を電子計算機において利用するために必要と認められる限度にお いて」、当該著作物の複製又は翻案」をすることができる、と規定されているの で、D
プログラムを格納した媒体の所有権を譲り受けることによって、D
プロ グラムの著作権が譲渡された場合や、Y
社が倒産した場合であっても、引き続 きD
プログラムの利用ができる可能性がある。もっとも、大型のソフトウェア の導入の場合には、リースの方式が用いられる場合も多いが、リースの場合に は、複製物の所有権は、リース会社に帰属することになり、著作権法第47
条の2
が適用されない可能性がある。また、連結納税制度の導入等に伴い、企業が単 独でなく、グループ会社として、相互に連携して事業活動を行うことも多くな ってきており、業務システムをグループ会社間で連携して使用する場合も想定 される。そうした場合に、「自ら」との規定が、自社のみを意味するとすれば、業務システムの利用価値が半減する可能性もある。
(立法的な解決の方向性について)
著作権法第
47
条の2
の規定を見直し、「プログラムの著作物の複製物の所有者」との文言を修正することが考えられる。また、グループ企業での利用が許諾さ
れていた場合において、ライセンサーが倒産した場合などに限定して、一定の 条件の下でグループ企業が許諾を受けたプログラムを引き続き利用できるよう にすること等も検討の余地がある。
(事例④)
X社は、Y社に対して、X社が開発中のパッケージソフトに組み込むプロ グラムの開発を委託していた。成果物に対する権利は、開発業務が終了し、
業務委託料全額が支払われた場合に、Y社からX社に譲渡されるものと規 定されていた。X社は、業務委託料の相当部分をY社に支払ったが、開発 業務の完成前に、Y社は倒産した。
(留意点)
上記事例④において、
X
社としては、開発途上のプログラムに対する権利をど のようにして保全するかが問題となる。X 社が詳細な仕様をY
社に指定してい た場合には、法人著作の規定によって、原始的にX
社が著作者であると主張す る余地もあるが、通常の開発委託においては、受託者が著作者であると判断さ れる可能性が高い。予め著作権譲渡登録を行うことは、譲渡対象となる著作物 が存在しない以上、困難であると思われる。(現状における実務的対応策と限界)
開発プロジェクトをある程度のフェーズに分けて、各フェーズが完了した際に、
著作権の譲渡を受け、当該フェーズに関する対価を完済すること等が考えられ る。
(立法的な解決の方向性について)
著作権関連ビジネスにおいては、実際の著作物が創作される前から、創作され た場合を条件とする様々な取引が行われている。そうした現状に鑑みれば、一 定の条件の下で、将来創作される著作物の譲渡登録又は仮登録が可能となるよ うにすることも考えられる。
1-3 ライセンス契約に基づいて許諾されたプログラムが譲渡された場合の問題 点と想定される解決策について
ライセンス契約におけるライセンシーの保護の必要性やその保護の在り方を検討 する際には、ライセンス契約の対象となっている権利の譲受人の利益についても十 分な配慮が必要であり、過剰にライセンシーを保護しようとすれば、取引の安全を 不当に害する結果になりかねない。そこで、取引類型毎にライセンシーと譲受人そ れぞれに及ぼす影響を分析して、その利害を適切に調和させる方策を講ずる必要が あると考えられる。その観点から、許諾プログラムの性格及び許諾された利用形態 に応じて、譲受人及びライセンシーそれぞれの立場や影響を分析して、想定される 解決策の枠組みを考察したが、その概要は、別紙
1
に記載の通りである。外販目的 でライセンスを受けた場合には、原則として取引の安全に配慮して、譲渡登録を行 った譲受人にライセンス契約を対抗できないと解することが適当と思われるが、具 体的な利益状況によっては、権利濫用論に基づいて、譲受人の権利主張が認められ ない場合もあると考えられる。また、ライセンス契約に基づいて新たな著作物等が 創作された場合には、許諾を受けた原著作物の利用に関するライセンス条件が遵守 される限り、新たに創作された著作物等の利用に伴う原著作物の利用が、原著作物 の譲受人の権利を侵害しないものと解することによって、ライセンシーと譲受人と の利害を調整することを検討する余地があるものと思われる。法的には、著作権法28
条に基づく原著作者の権利を譲り受けた者の権利主張が一部制限されることを意 味する。一方、内部利用目的でライセンスを受けた者の場合には、当該ライセンス 条件に従って引き続き許諾プログラムを使用できると解することが適当であろうと 思われる。法的には、著作権法第47
条の2
の類推適用等により、譲受人による権利 主張を制限することになるものと考えられる。(弁護士 宮下佳之)
別紙 ライセンス契約に基づいて許諾されたプログラムが譲渡された場合の問題点について
許諾された利用形態 許諾プログラムの性格
許諾プログラムの利用形態 ライセンシーによる創作活動の 有無及び程度
譲受人及びライセンシーに対する影響
想定される解決策
許諾プログラム自体をそのま ま複製して、単体で第三者に 提供
無
許諾プログラムをローカライ ズ す る 等 の 改 変 を 加 え た 上 で、単体で第三者に提供
有(創作活動の程度は、比較的 高くない。)
外 販 目 的
小売用アプリケーション
許諾プログラムをカスタマイ ズして、ライセンシーの製品 とバンドルして、第三者に提 供
有(創作活動の程度は、比較的 高くない。但し、ライセンシー の製品開発の成果の保護の必要 性有り。)
(譲受人)
許諾プログラムを自ら販売することが 困難となる。但し、ライセンシーの製品 とバンドルされる場合には、許諾プログ ラム単体と差別化する余地はある。
(ライセンシー)
許諾プログラムの販売ができなくなる が、原則として、自らの創作物が利用で きなくなるわけではない。もっとも、ロ ーカライズ等の改変を加えたことに伴 う労力及び投資は無駄になるし、バンド ルされたライセンシーの製品の内容如 何によっては、バンドルができなくなっ たことによって、ライセンシーの製品の 販売が困難となる可能性もある。
取引の安全を考慮すれば、何らの公示方 法がとられていないライセンスを無条件 で保護することには躊躇を感じざるを得 ない。個別の状況に応じて、権利濫用の 法理等に基づいて、柔軟に対応するのが 適当であろうと思われる。但し、登録制 度を拡充して、ライセンスの登録ができ るようにすることも検討の必要あり。
許諾された利用形態 許諾プログラムの性格
許諾プログラムの利用形態 ライセンシーによる創作活動の 有無及び程度
譲受人及びライセンシーに対する影響
想定される解決策
モ ジ ュ ー ル を そ の ま ま ラ イ セ ン シ ー の 製 品に組み込む場合 モ ジ ュ ー ル を 改 変 し て 改 変 さ れ た モ ジ ュ ー ル を ラ イ セ ン シ ー の 製 品 に 組 み 込 む 場 合
小 売 用 ア プ リ ケ ー シ ョ ン に 組 み 込 ま れ る モ ジ ュ ー ル
ライセンシーがモジュールを 組み込んだアプリケーション を開発して利用
有
SDK のような開発ツ ー ル の ラ イ セ ン ス を 受ける場合であって、
当 該 ツ ー ル の 使 用 に 伴って、モジュールが ラ イ セ ン シ ー の 製 品 に取り込まれる場合
(譲受人)
許諾プログラムを自ら販売することが 困難となるわけではない。但し、ライセ ンシーのアプリケーションからモジュ ールを容易に抽出できる場合には、ライ センシーのアプリケーションとモジュ ールとが競業関係に立つ場合もあり得 る。
(ライセンシー)
ライセンシーが開発したアプリケーシ ョン自体の販売が困難となるおそれが ある。もっとも、当該モジュールに代替 性があれば、アプリケーションの販売を 継続する余地はある。しかし、この場合 でも、許諾プログラム用にカスタマイズ したアプリケーションをさらに変更す る必要が生ずる等、ライセンシーに及ぼ す影響が甚大となるおそれがある。
従来のライセンス契約の条件を遵守して いる限りライセンスを維持できる、と解 することが考えられる。譲渡を受けた著 作権の権利行使が一定の条件の下で制限 される、というような構成で法改正する ことも検討の余地があると思われる。
許諾された利用形態 許諾プログラムの性格
許諾プログラムの利用形態 ライセンシーによる創作活動の 有無及び程度
譲受人及びライセンシーに対する影響
想定される解決策
エ ン ド ユ ー ザ ー 向 け ア プ リケーション
許諾プログラム自体をインス トールして、エンドユーザー が使用
無 内
部 利 用 目 的
エ ン ド ユ ー ザ ー の 開 発 業 務向けのモジュール
エンドユーザーが業務上使用 するアプリケーションに組み 込んで使用
有
(譲受人)
新たなエンドユーザー等との取引が制 限されるわけではないので、影響は比較 的限定されている。
(ライセンシー)
許諾プログラムが基幹システムに組み 込まれ、分離困難な状況に置かれている 場合や許諾プログラムが代替性の低い ものであった場合等には、ライセンシー に対する影響が甚大なものとなる可能 性もある。
複製物の所有権がエンドユーザーに譲渡 された場合には、著作権法第47条の2の 規定に従って、自己使用目的で複製、翻 案ができると解される。しかし、グルー プ会社のユーザーが利用するコラボレー ションを指向するアプリケーション等の 場合には、公衆送信も行われることにな ると解され、その場合には、著作権法第 47条の2の適用によってライセンシーの 継続的な使用を認めることはできない。
また、ソフトウェアのリース等によって 利用が可能とされている場合等も、著作 権法第47条の2が適用されないと解され る可能性がある。
2.著作権ライセンス契約におけるライセンシーの地位の保護のあり方 2-1 はじめに
2-1-1議論の経緯
知的財産権のライセンス契約(使用許諾契約・実施許諾契約)において、ライセ ンサーが使用許諾をする権原を失った場合(知的財産権の譲渡・差押、破産手続の 開始などが考えられる)、ライセンシーの契約上の地位は無に帰すのだろうか(「売 買は賃貸借を破る」)。また、ライセンサーが倒産した場合、ライセンス契約が双方 未履行契約であるとして管財人による解除が認められるとライセンシーの契約上の 地位はあまりにも不安定のものにならないだろうか。このような問題意識に基づく、
ライセンシーの契約上の地位の保護のあり方についての議論は、1990 年代初めに始 まり、
2000
年代に入ってにわかに活況を呈している。これらの議論は、主として「特許権」のライセンス契約について「ライセンサー 倒産時」の問題を扱うものである1。これには次のような背景があるものと思われる。
すなわち、①これらの議論の発端がライセンサー倒産時の管財人による特許ライセ ンス契約の解除を認めた衝撃的な米国判例(ルブリゾール事件)とその後の連邦破 産法改正にあったこと2、②日本の倒産法改正論議のなかで、旧破産法
59
条に基づ く賃貸人倒産時の賃貸借契約解除の可否(賃借人保護の問題)という古くからあっ た論点の派生問題としてライセンシー保護の問題が広く認知されたこと、③上記① の事情に加えて産業界の事実上の問題関心も「特許権」のライセンスに集中したと ころ、特許の実施許諾権については第三者対抗要件としての登録制度が既に存在し たために、「特許権譲渡時」の問題は処置済みとして議論の対象とならなかったこと、などである。
2-1-2 本稿の課題
1 知的財産研究所編『知的財産ライセンス契約の保護―ライセンサーの破産の場合を中心に―』
(雄松堂、2004年)〔知的財産研究所『知的財産に関するライセンス契約の適切な保護の調査研 究報告書』(2004年)をもとにまとめられたもの〕はその議論のひとつの到達点である。また、
議論の経緯等も含め、小宮義則「ライセンス契約の保護に関する現状と問題点」NBL787号6頁
(2004年)、中田裕康「知的財産権のライセンシーの立場」NBL801号11頁(2005年)を参照さ れたい。
2 最初期の文献である、金子宏直「ライセンス契約の倒産手続における処理(1)(2・完)」民商 106巻1号83頁、同2号208頁(1992年)参照。その後の米国の状況については、山田勇毅「ラ イセンス契約における当事者の破産」知財管理52巻8号1161頁(2002年)、松田俊治「倒産法 改正によるライセンス契約の保護―『破産法等の見直しに関する中間試案』に対する知的財産実 務の観点からの問題提起」NBL765号50頁(2003年)、同「米国倒産法アプローチを踏まえたラ イセンス契約の保護策の検討」知的財産研究所・前掲注(1)91頁、我妻学「ライセンス契約と 倒産手続」都法44巻2号91頁(2004年)など参照。
これに対して、本稿では「著作権ライセンス契約」――そのなかでもソフトウェ アのライセンス契約を主に想定する――における、「ライセンサー倒産時」のみなら ず「著作権譲渡時」の、ライセンシーの地位の保護のあり方について、特にライセ ンシーの地位の第三者対抗要件の制度設計―立法論―3に焦点を絞って検討を加え る。
(1) 第三者対抗要件の制度設計に焦点を絞る理由
第三者対抗要件の制度設計に焦点を絞るのは、この点こそが、現行法の枠組みの なかでは、「著作権譲渡時」と「ライセンサー倒産時」の問題を同時に解決する鍵と なっているからである。すなわち、特許権と異なり、著作権についてはライセンス 契約の登録制度が存在せず(例外として出版権設定契約)、「著作権譲渡時」の問題 の処理には対抗要件のあり方を検討する必要がある。また、平成
16
年の倒産法改正 では、ライセンス契約が「対抗要件」を備えている場合には双方未履行契約につい ての管財人の解除を認めないという趣旨の規定が置かれ、「ライセンサー倒産時」の 問題の解決も、実体法が「対抗要件」をいかに設計するかに委ねられたからである(実体法にボールが投げられている)。
(2)著作権ライセンス契約について検討する理由
「著作権ライセンス契約」におけるライセンシーの地位の保護について検討する ことには
2
つの理由がある。第1
は、この問題について文化審議会著作権分科会に おける本格的な検討4が始まったところであるというタイミングの問題もあるが、第2
に、次のような理論的な意義もある。特許ライセンスについては、平成16
年の倒 産法改正によって、「特許権譲渡時」のみならず「倒産時」についても実施権を「登 録」することでライセンシーは保護されることとなったが、産業界からは登録制度 については不満が強く5、「登録」以外の対抗要件制度(例、契約書あるいは公証制 度の利用案)の模索が続いている。しかし、まがりなりにも登録制度の存在する特 許ライセンス6――その他、著作権以外の知的財産権については特許権の規定が準用3 解釈論のレベルで対応することももちろん考えられる。たとえば、野澤正充『契約譲渡の研究』
(弘文堂、2002年)が、賃貸目的物の譲渡を主に念頭に置いて展開する「特定の財産の譲渡に伴 う契約当事者の地位の移転」に関する解釈論は、ライセンス契約における知的財産権の譲渡にも 応用できる考え方である。しかし、本稿は直裁に立法政策を論じる。
4 『文化審議会著作権分科会報告書(平成16年1月)』
<http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/010/04011501/008.htm>(ただし、このURLは
「案」の段階のもの)、文化審議会著作権分科会「著作権法に関する今後の検討課題(平成17年 1月24日)」<http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/toushin/05012501.htm>など参照。
5 後注(23)とその本文参照。
6 通常実施権について特許法99条(専用実施権は物権的効力を有するから対抗要件は問題にな
されるなどしており7、以下では対抗要件としての登録制度の存在する知的財産権ラ イセンスを特許ライセンスに代表させる――についての対抗要件の議論と、登録制 度の存在しない著作権ライセンス契約の対抗要件の議論は、区別して論ずる必要が ある8。その意味でも、著作権ライセンスに特化した検討をすることには意味がある ものと思われる。
2-1-3 本稿の検討順序
以下、2-2において現在の問題状況――それはライセンシーにとっての問題状 況ということになる――を確認し、その問題を解決するためにいかなる法政策が望 ましいかを2-3で検討する。その法政策を法技術的に具現化する試みが2-4の 課題である。最後に、2-5で残された問題を確認して本稿を閉じる。
2-2 ライセンシーにとっての問題状況
2-2-1 著作権が譲渡された場合(いわゆる「平時」の問題)
(1) 法状況
ライセンス契約上のライセンシーの権利は債権的なものであるから、ライセンシー は、ライセンサーに対してしかその権利を行使できない(債権の相対効)。また、そ の権利を第三者に対抗するための制度も設けられていないため、ライセンサーが著
7 実用新案法18条3項、意匠法27条4項、商標法30条4項で準用されている。また、回路配 置利用権の通常利用権(半導体回路配置法21条2項)、育成者権の通常利用権(種苗法32条3 項~5項)も登録を対抗要件としている。したがって、知的財産権のうち第三者対抗要件が設け られていないのは著作権のみである(ただし、著作権でも「出版権」については登録制度が設け られている。著作権法88条)。
また、いうまでもないが、著作権法77条の定める登録は著作権譲渡についての登録であるし、
75条~76条の2およびプログラム登録特例法は保護期間の始期を明確にするための登録であり、
ライセンシーの第三者対抗要件とは関係がない。
なお、ノウハウ・営業秘密等、物権的な保護を受けない情報財のライセンス契約においては、
「ノウハウ・営業秘密の譲渡」がありえないため「譲渡時」の問題は生じないが、ライセンサー 倒産時に破産法53条によりライセンス契約が解除される可能性はある。ライセンスの対象であ るノウハウそのものが一つの財として単位化されていない(物権的保護を受けない)以上、その ライセンス契約の対抗要件を認めることは難しいと思われる。しかし、ライセンシー保護の必要 性という観点からは他のライセンス契約と変わらないため、このような帰結を受け入れざるを得 ないかどうかについては留保したい。
8 たとえば、破産法56条にいう特許ライセンスの対抗要件として、最も重装備である登録より も軽い対抗要件(例、契約書)を認めた場合、平時においては対抗要件として登録が必要である のに、倒産時においてはより簡易な対抗要件ですむという逆転現象が生じるという問題がある
(島並良「登録制度の活用」知財研・前掲注(1)208頁が鋭く説くところである)。これに対し て、著作権ライセンスではそのような問題は生じない。
作権を譲渡すると9、ライセンシーは譲受人に対して、ライセンス契約の存在を主張 できない(「売買は賃貸借を破る」)。そのため、譲受人からの著作権に基づく使用差 止請求や損害賠償請求に対する有効の防御策を失う。
同様の状況は、著作権が任意に譲渡された場合に限らず、強制的な譲渡の場合(著 作権に対する強制執行(民事執行法
167
条1
項・161
条)、著作権に設定されている 担保権の実行(民事執行法193
条))の場合にも生じうる。このように、ライセンシーは、自らのコントロールの及ばない領域での出来事に よってその地位を奪われる可能性があり、その地位は不安定である。このことは、
具体的には次のような問題を生じさせている。
(2) 産業政策・社会政策としての問題点 (a) 事業用のライセンスの場合
ライセンシーが、ライセンス契約の存在を基礎とした事業を展開していた場合が まず考えられる。たとえば、①ソフトウェアについてライセンス供与を受けたライ センシーが
(i)
そのプログラムを自社製品(ソフト、ハードのどちらもありうる)、(ii)
自社ブランドで販売(ライセンス)している場合、②音楽のCD
化のためのライセ ンス、③小説の映画化のライセンス、④小説の(出版権を設定しない)出版のライ センスなどである。このような場合、著作権譲渡がなされると、代替ソフトウェア が容易に調達できないロックイン状況下ではライセンシーは事業の基盤を失い、事 業の中止や縮小等を余儀なくされる(①②④は、完成品を売却したあとであれば問 題はないが、③は、映画完成後であっても自由な公開ができなくなるので深刻であ る)。そうなると、投下資本が回収できなくなるばかりか、従業員の解雇等を伴うこ ともありうる。しかも、このような事態は唐突にライセンシーに降りかかってくる のであり、猶予期間はない。これを避けようとすれば、「足元を見られている」状況で新たなライセンス契約の 締結を譲受人(新しい著作権者)との間で交渉せざるを得なくなる。
ライセンシーがこのような不安定な地位におかれていることは、著作権のライセ ンスを受けた事業展開を萎縮させるという「産業政策」(「知財立国政策」10)的観点 から問題が生じるし(これはひいては中小ベンチャー企業の育成も阻害することに なる)、問題が現実化したときには失業等の「社会政策」的観点からの問題も生じる ことになる。
9 ライセンサーがライセンシーのための手当て(例、著作権譲渡とともにライセンス契約上の地 位の譲渡についても合意する)をすることなく著作権を譲渡することは、ノーマルな場合にはあ まりないかもしれないが、経営悪化時に債権者から迫られて数少ない資産である著作権を譲渡す るような場面を考えればよいであろうか。
10 「知的財産戦略大綱」(平成14年7月)、「知的財産基本法」(平成14年11月)、「知的財産推
(b) ライセンシーがエンドユーザーの場合 (b-1) 一般的な理解
これに対して、ライセンシーがエンドユーザーである場合――現実にはソフトウ ェア・ライセンス契約に限られるであろう――には、ライセンス契約に基づくメン テナンスやサポート等を受けることができなくなるという実害はあるものの、著作 権が譲渡されたとしても、著作権法
47
条の2
により、使用そのものは妨げられない ことがある。オンラインでプログラムをダウンロードしたような場合も、ライセン シーがハードディスク等の所有権者であれば、同条の適用があると一般には解され ている11。それでも、ライセンス契約において、プログラムを記録した
CD-ROM
等の所有権 はライセンサーに帰属することと定められているような場合には、同条の適用はな いし(使用に必要な複製はライセンス契約に基づくことになる)、ダウンロードした プログラムを記録したハードディスクの所有者でなければ(例、HD
のリースを受け ている場合、譲渡担保を設定している場合)、同条の適用はなく、著作権が譲渡され るとエンドユーザーによるソフトウェアの使用が認められないことになりそうであ る。(b-2) 「所有者」を拡張解釈をする説
このような事態を避けるために、同条における「複製物の所有者」を「複製物を 使用する権原を取得した者」と読むべきだとする考え方もありうる12。この考えをと
11 もっとも、オンラインでプログラムを自己所有のハーデディスクにダウンロードするような 場合が、本来47条の2が想定していた場面であるかどうかは慎重に検討する必要があるように 思われる(作花文雄『詳解著作権法〔第3版〕』(ぎょうせい、2004年)377頁は、CD-ROMに固 定されたプログラムをハーデディスクにインストールして使用する行為でさえ同条の想定外で あったとするので、まして、オンライン・ダウンロードは想定外であろう)。複製物の貸与の場 合について、加戸守行『著作権法逐条講義〔四訂新版〕』(著作権情報センター、2003年)305頁 は、「貸与を受けただけの場合については、汎用コンピュータ用、パソコン用などプログラムの 種類、用途等により貸与の実態が異なるため、一律に複製・翻案について権利を制限することは 問題であり、また、使用契約等により必要な利用を認めれば足りるところから、本項では所有者 の行う場合のみを対象としております」としており、だとすれば、本条は、最も単純な、複製物 の所有権をライセンサーから譲り受けた場合についての規定として限定的な読み方をすべきこ とになると思われる。
それでも、本文で述べたような解釈に異論がでないのは、その結論の妥当性ゆえであろうと思 われるが、それが妥当なのは、ライセンシーがハードディスクの所有権者であることによるので はなくて、ライセンシーが契約上の権原に基づく使用をしているからというべきではなかろうか
(HDへのインストールは、47条の2によって認められるのではなくて、契約に基づいて許諾さ れている)。なお、ソフトウェア研究会編『ソフトウェア法務の上手な対処法』(民事法研究会・
平成7年)15頁〔松村信夫・久保田裕・古谷栄男執筆部分〕が「ライセンス契約により使用ライ センスを受けてプログラムを使用している者」が47条の2の保護を受けられないとしているの はこの意味か。
12 田村善之『著作権法概説〔第2版〕』(有斐閣、2001年)224頁。未見だが、藤原宏高=平出晋 一『プログラマのための最新著作権法入門』(技術評論社、1991年)128頁も同旨の模様。なお、
中山信弘『ソフトウェアの法的保護〔新版〕』(有斐閣、1988年)77頁は「所有者と同視しうる 立場にある者」に拡張解釈する可能性を示唆するが、文言上無理があるとして、結論的には否定
れば、たしかに、媒体の所有権がライセンサーに留保されている場合や、媒体のリ ースを受けているような場合も、ライセンシーは
47
条の2
により保護される。しかし、この考え方では、使用権原を失えば
47
条の2
の保護を受けられなくなる ため、媒体の「所有者」でさえ、著作権が譲渡されて「使用権原」を失った場合に は同条の保護を受けられないという問題が生じるように思われる。(ただし、「所有 者」については同条を直接適用して、所有者以外の者についてだけ拡張適用すると すれば、所有者についてはこの問題が及ぶことを防ぐことができ、問題を限定でき る。あるいは、使用開始時に使用権原があればよいとの解釈論を展開することも考 えられるが、ここでは問題の指摘にとどめる。)(b-3) いずれの考え方をとるにせよ、エンドユーザーであっても
47
条の2
の保護を受けない場合があるか、保護が確実でない場合があるということになる。
(3) 契約法秩序上の問題点
ライセンス契約の対価的均衡が崩れるという「契約法」上の問題もある。ソフト ウェア使用の期間や回数に応じて課金される場合には対価的均衡の問題は生じない が、ライセンス料を一括前払いしているような場合には、ライセンシーは既払いの ライセンス料の反対給付を受けられないという不利益を被る。これは、ライセンス 契約の債務不履行にあたるから(ライセンサーに帰責事由ある履行不能)、理屈のう えでは、ライセンシーは契約を解除して対価的均衡を回復することはできるし、損 害賠償請求も認められるが、現実にはこのような場面のライセンサーに、過払い分 の返還をしたり、損害賠償を支払う資力があるとは考えにくい。
(4) まとめ
このように、「産業政策」「社会政策」「契約法秩序」の視点から、ライセンシーの 契約上の地位を保護する必要性が導かれる。
2-2-2 ライセンサーの倒産時
(1) 双方未履行契約の解除権 (a) 破産法53条
ライセンサーが倒産した場合には、 双方未履行契約の解除がなされる可能性があ る(破産法
53
条〔旧59
条〕;同様の規定は会社更正法61
条、民事再生法49
条にも あるが、以下、破産法で代表させる)。ライセンサーの義務(禁止権不行使義務)は 常に未履行であるから13、ライセンス料の全額が支払われていないかぎり、ライセンする。
ス契約は双方未履行契約にあたるからである。
ライセンス契約が解除されると14、ライセンシーは使用権原を失うことになり、ラ イセンシーに与えられる損害賠償請求権も破産債権として扱われるにすぎない(破 産法
54
条;会社更生法61
条5
項、民事再生法49
条5
項で準用)。「譲渡時」と同様 の「産業政策」「社会政策」上の問題点が生じているのである。他方、「契約法秩序」の問題については、倒産の場面では、「契約法秩序」が「倒 産法秩序」に劣後するのは仕方がないと一応はいえる。しかし、ライセンシーと、
他の一般債権者を平等に扱う必要があるのかどうかは疑問である。ライセンシーは 不作為債権を有するにすぎず、契約が解除されても破産財団が増えるわけでもない。
他方で、ライセンシーは大きな打撃を受けることを考える。これがあるべき「倒産 法秩序」であるかどうかは疑問である。
なお、以上は、ライセンシーがエンドユーザーである場合も変わらないものと思 われる。解除によって媒体の所有権が破産財団に復帰したり、ライセンシーが使用 権原を喪失するため、ライセンシーは
47
条の2
の保護を受けることができなくなる からである。(b) 破産法53条の制約①:破産法56条
しかし、以上のような解除権の行使は、破産法
56
条(会社更正法63
条、民事再 生法51
条で準用)によって阻止することができる。すなわち、ライセンシーがライ センス契約上の地位を「登記、登録その他の第三者に対抗することができる要件を 備えている場合」には破産法53
条が適用されない。しかし、問題は、著作権ライセ ンス契約についてそのような第三者対抗要件は現行法上、存在しないということで ある15。したがって、56 条による解除阻止をするためには、著作権ライセンス契約につい ても、このような対抗要件を創設する必要がある。
ンス契約』におけるライセンサー倒産に対する対処(上)(下)―その②・理論上の問題」NBL540 号6頁、542号32頁(1994年)参照。賃貸借契約では賃貸人は使用収益させる義務を負いつづ けると解されるのとバランスがとれない。少なくとも現時点でライセンス契約が双方未履行契約 でないことを前提とした議論は現実的ではないであろう。
14 ライセンス契約は(破産財団または著作権譲受人にとって)収入源であるから、管財人が解 除を選択する場合はあまりないかもしれない。また、実務上は、ライセンシーに買取りを要請す ることが多いともいわれる。しかし、解除権の存在自体が、ライセンシーとの交渉においてライ センサーのレバレッジとなる。また、ライセンス契約の負担なしで買い受けたい第三者が現れた 場合には、いったん解除をして著作権を洗浄することもありえよう。片山英二=服部誠「倒産時 におけるライセンス契約の保護」NBL798号50頁(2004年)、53頁参照。
15 しかも、平成16年の破産法改正前には、現56条に相当する条文は存在せず、学説上は賃貸 借契約には旧59条が適用されないとの説が有力であった。賃貸借契約とライセンス契約をパラ レルに考えると、この有力説の下ではライセンス契約の解除が否定されるので、この有力説と比 較すると、法改正によりライセンシーの保護は後退したことになる。松田・前掲注(2)「米国 倒産法アプローチを踏まえたライセンス契約の保護策の検討」92頁は、新破産法が「寝た子を起 す」ことを懸念する。
(c) 破産法53条の制約②:最高裁平成12年判決
破産法
53
条には、もう1
つ内在的制約が存在する。破産法改正以前の判例である が、最判平成12
年2
月29
日(民集54
巻2
号55
頁)は「契約を解除することによ って相手方に著しく不公平な状況が生じるような場合には、破産管財人は本条〔旧59
条、現53
条〕1
項に基づく解除権を行使することはできない」としており、調査 官解説によるとこの法理は「権利濫用や信義則等の一般法理ではなく、破産法59
条1
項〔現53
条1
項〕の立法趣旨(契約当事者双方の公平を図りつつ、破産手続の迅 速な終結を図ること)から導き、規定に内在するもの」16とされる。また、改正破産 法の立法担当官の解説によれば、同判決は「第53
条に固有の解除権の制約の法理」の一例として適用が妨げられることはないとされており、改正後も維持されている17。 したがって、契約を解除することによってライセンシーに著しく不公平な状況が生 じるような場合には、この法理によるライセンシー保護がありうる18。
しかし、ライセンシーとしては、当該事案にこの法理の適用が確実にあることを 前提にして行動することにはリスクが伴うといわざるを得ず、この法理は最後のセ ーフティネットとして機能すべきものといえよう。
(2) 破産管財人が解除しなかった場合 (a) 換価のための譲渡
仮に、破産管財人が
53
条に基づく解除を選択しなかったり、上で述べたような方 法で53
条の適用を阻止できたとしても、管財人が第三者に著作権を譲渡することは 阻止できない。管財人としても破産財団を増すために換価のための譲渡することは 十分に考えられ、そうなれば上記1で検討した「譲渡時」と同じ問題状況が生じる。つまり、第三者対抗要件を備えないライセンス契約は、譲受人に対抗できない。
(b) 破産管財人の「第三者」性
換価のための譲渡がなされなかったとしても、そもそも破産管財人に対して、ラ イセンシーがライセンス契約上の地位を対抗できないことにもなりそうである。破 産宣告前に破産者が行った法律行為について、物権変動等の第三者対抗要件が問題 となる場面では、差押債権者と同じ地位にある管財人も「第三者」だと解されてい るからである19。
破産管財人が換価もせずに、収入源であるライセンシーに対して単純に禁止権を 行使することは考えにくいが、これをレバレッジとして、財団に有利な契約条件を
16 尾島明・法曹時報55巻4号997頁。
17 小川秀樹ほか「新破産法の解説(3)」NBL790号19頁(2004)24頁。
18 金子宏直「ライセンサー倒産における破産管財人による解除権制限」知的財産研究所・前掲 注(1)159頁はこの方向をさぐる文献である。なお、国谷史朗「倒産とライセンス契約の保護―
双務契約解除の基準」北川善太郎『知的財産法制』(東京布井出版、1996年)290頁以下も、事 案ごとの個別処理を志向する。
ライセンシーに迫ることが考えられる。
ライセンシーがこれを避けるためには、第三者たる破産管財人に対する対抗要件 を備える必要がある。
(3) まとめ
このように、現行法の下では、著作権ライセンス契約の対抗要件制度が存在しな いため、ライセンシーは破産法
53
条に基づく解除を防ぎえず(56
条)、また、管財 人が解除しなかったとしても、ライセンシーは管財人にも、譲受人にも対抗できな いことになる。ライセンシーを保護すべく、何らかの方策が必要とされるゆえんで ある。2-3-3 小活
①「譲渡時」の問題、および、「倒産時」に破産管財人が解除権を行使しない場合 の問題は、著作権ライセンス契約の「対抗要件」を設けることにより解決される。
他方、②「倒産時」に破産管財人が解除を選択しようとする場合には、破産法
56
条 の適用を受けるための「対抗要件」を設けることにより解決される。このように、ライセンシーの契約上の地位を保護すべきだという政策判断に立脚 すると、結局、問題は、ライセンシーの地位の第三者対抗力をいかに確保するかと いう
1
点に帰着する。(もちろん、①と②の両方が「対抗要件」の設定により解決さ れるのは、たまたま破産法53
条がそのような規定になっているから――対抗要件を 流用しているから――であり、本質的には①②は別の問題である。)2-3 法政策的検討
2-3-1 はじめに
2-2でみた現行法の問題状況からは、ライセンシーにとって不利益が生じるこ とを確認した。2-3では、対抗要件制度を設けてライセンシーの地位の保護を図 るべきか、また、図るべきだとしてライセンシー以外の利害関係人(著作権譲渡契 約の当事者・破産管財人ひいては他の破産債権者)との利益調整をいかに図るべき か、という法政策目標を設定するための検討を行う。
なお、現行法の下でのライセンシーの不利益については2-2で述べたとおりで あり、以下では、ライセンシーの地位を保護することによって生じる弊害からみて いくことにする。