印度學佛敎學硏究第66巻第1号 平成29年12月 (145)
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アティシャに帰せられる
byang chub lam gyi rim pa
の構成について
更 藏 切 主
1.
はじめに
2016年に刊行された『カダム全集』第4集91巻に収められているbyang chub
lam gyi rim pa1)は,コロフォンによると,アティシャがドムトン (brom ston pa,
1005–1064) のために書いたものと言われる2).しかし,アティシャの著作目録で
は,『菩提道灯論』以外の「道次第」関係の著作は見られない.一方,チベット 仏教史の『カダム明灯史』と『青冊』などでは,アティシャが弟子のドムトンや ナクツォ翻訳師 (nag tsho lo tsa ba, 1011–1064),サンプパ (gsang phu ba) などに対して, 「三士の道次第」という教誨を授けたことが記されている.「菩提道次第論」は, 小士,中士,大士という修行段階に基づいており,各士における修行の次第の区
切りもはっきりとまとめられている.本稿では,まず,byang chub lam gyi rim pa
の全体構成を紹介し,特に科段に見られる特徴を指摘し,また歴史的な問題にも 言及したい.
2.
byang chub lam gyi rim pa
の構成
アティシャが「お作りになった」byang chub lam gyi rim paに含まれている内容
1.「菩提道次第論 (byang chub lam gyi rim pa)」21 fols.(韻文形式) 2.「菩提道次第論の要約 (lam rim mdor bsdus)」3行(韻文形式)
3.「菩提道次第論の摂義 (byang chub lam gyi rim pa i bsdus don)」3 fols.(科段) 4.「菩提道次第論の全般的な意味 (byang chub lam rim gyi spyi don)」14 fols. 5.「秘密法 (lkog chos)」14 fols3).
6.「自己意識を考察する五つの指摘 (ngo sprod lnga tshoms)」12 fols.
7. 「菩提道次第論の口訣の一般意義 (byang chub lam gyi rim pa i man ngag gi spyi don)」11 fols.
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アティシャに帰せられるbyang chub lam gyi rim paの構成について(更藏切主) ces pa la dgag pa)」12行
9. 「菩提へ発心する儀軌 (byang chub mchog tu sems bskyed pa i cho ga)」9 fols4). 10. 「帰依の一般儀軌 (skyabs gro thun mong ba i cho ga)」8行
11. 「八斎戒の儀軌 (bsnyen gnas kyi cho ga)」11行
12. 「優婆塞の儀軌 (dge bsnyen nye bar sgrub pa i cho ga)」9行
13. 「菩 戒の真髄 (byang chub sems dpa i sdom pa i snying po)」3 fols5). 14. 「菩 戒の真髄の摂義 (sdom pa i snying po i bsdus don)」5行
15. 「菩 戒を損なった時の回復する仕方 (ltung ba phyir bcos thabs)」7行
以上はbyang chub lam gyi rim paに含まれている内容である.上記の1–15は,
(ア) 原典とその解釈,(イ) 原典を体験的に直伝する実践,(ウ)〔「菩提道次第論」 を修習する際必要とする〕障害の除去と実践を強化し改良する教え,(エ) 儀軌の 実践の4つに分けられる6).以下,1–15を簡単にまとめると以下の通りである. ①1は原典である「菩提道次第論」そのもの(ア).②2と3, 4はそれぞれ「菩 提道次第論」の摂義と科段,難しい箇所の解説(ア).③5と6はそれぞれ「菩提 道次第論」を体験的に直伝する実践(イ).④7は「菩提道次第論」を修習する 際,必要とされる障害の除去と実践を強化し改善する教え(ウ).⑤8は勝義の発 心の解説がないという非難の否定.⑥9–13は「菩提道次第論」における儀軌 (エ).そのうち,10と11は小士が実践すべき帰依と八斎戒の儀軌,12は小士と 中士が共に実践すべき優婆塞戒の儀軌.9と13は大士が実践すべき発心と菩 戒.⑦14と15はそれぞれ13の「菩 戒の真髄」の科段と菩 戒を損なった時, とりもどす方法.
以上は,アティシャが「お作りになった」と書かれているbyang chub lam gyi rim
paの全体構成であり,「菩提道次第論」そのものとそれに対する全体的な解説と 部分的な解説という構成であると言える.また,1と5, 8, 9, 13の後書にはアティ シャが「お作りになった」と書かれ,〔カダム派の法として二種類が知られている うち〕カダム・シュン派の行を主として説く教誨と実践であると記されているの で,教誨として伝わったものを後代の者達が文字で記録したものと考えられる. 3.
「菩提道次第論」の科段の特徴
ここで上記の3に見られる本著作の科段の特徴をまとめると次のようになる. 本文における道の階梯は従来知られているラムリム文献と同様に三士に基づい ている.しかし,各士を,実践と修習の対象,意識の転換,その結果の四節に分(147)
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アティシャに帰せられるbyang chub lam gyi rim paの構成について(更藏切主) け,それぞれの下にさらに三つずつの科段を設けている点に,この著作の構成の 特徴が窺える.道の階梯は帰依することから始まる.帰依などを実践した後,修 習に入り,それによって転換する意識が示され,最後に,この修行の段階ではど のような結果を得るかを述べている.このことから各士の修行の道の階梯は一つ のまとまった階梯と考えられていたことが分かる.一方,各士における実践と修 習の対象の箇所について見れば,ツォンカパの『菩提道次第大論』などの科段と はほとんど変わりがなく一致している.もう一つの特徴としては,三士それぞれ の区切りについては,『菩提道次第大論』で記されている「小士と共通した道」, 「中士と共通した道」と異なり,「前〔小士〕の上に中〔士〕の道を結びつける. …小〔士〕・中〔士〕の道の上に最上〔大士の道〕を結びつける7)」と書かれて いる.従って,「菩提道次第論」における菩提への道の階梯は,『菩提道次第大論』 が説く大士の道の階梯ではなく,小士から中士,大士への順に修行を進めるべき ものとして説かれていると考えられる.大士の修習の段階においては,最後に密 教について触れられていないため,「菩提道次第論」が説いているのは顕教のみ における道次第である. 4.
カダム派時代における「道次第」の教え
チベット仏教史の『カダム明灯史』と『青冊』では,アティシャが弟子のドム トンなどに対して『菩提道灯論』以外に「三士の道次第」という教誨を授けたこ とが記述されている.『カダム明灯史』第1章のカダム法の分類を説明する箇所では,カダム派の法を,原典 (gzhung) と教誨 (gdams ngag)に口伝 (man ngag) を加 えて,三つに分類する.原典と教誨をさらに見解を主として説くものと,行を主 として説くもの,見解と行の双修を主として説くものの三つに分ける8).そのう ち,教誨の見解と行を合わせて説いたものが「三士の道次第」自体である.その 原典は『菩提道灯論』であり,『現観荘厳論』の口訣に基づくとされる.そのよ うな「三士の道次第」はアティシャがドムトンに秘密の法として教えたが,その 時,ドムトンがアティシャに対して,「他の者に密教の教誨を下さったことに対 し,なぜ私にこの「道次第」の教誨を下さるのか」と尋ねると,アティシャは 「あなた以外にこれの器になれる者が見つからなかったからである」と話し,「道 次第」の教誨をドムトンに授けた,と記されている9).『青冊』の第5章には,「ド ムトンに三士の教えの諸々の教誨もニェタン (snye thang)において授けた10)」と 記述されている.
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アティシャに帰せられるbyang chub lam gyi rim paの構成について(更藏切主)
5.
おわりに
本稿では,アティシャが「お作りになった」と伝えられるbyang chub lam gyi
rim paの全体構成を紹介し,その科段に基づいて「菩提道次第論」における菩提 への道の階梯を見てきた.師事作法を除き小士と中士の修行の階梯は,従来知ら れているラムリム関係の文献とほとんど一致しているものの,大士の修行の階梯 は,中観帰 派の思想を解明する『菩提道次第大論』とは大きく異なる.本文に は詳細な奥書はないため,いつ誰によって編纂されたかは不明であるが,もとに なるものはアティシャからドムトンに伝わった「三士の道次第」の伝承であろう と推測される.
1)書名と本文ともbyang chub lam gyi rim paと書かれている.以下本文を「菩提道次第論」 と呼び,書名をbyang chub lam gyi rim paと呼ぶ.
2)「菩提道次第論」の後書:22a6: byang chub lam gyi rim pa zhes bya ba dpal mar me mdzad ye shes kyis (brom ston pa i don du) mdzad pa rdzogs so.
3)後書:byang chub lam gyi rim pa i gdams ngag dmar khrid yi ge bris pa paṇḍi ta di paṃ ka ra shri dznya na i (Dīpaṃkaraśrījñāna) zhal gyi gdams ngag rdzogs so. bka gdams gzhung ba i spyod phyogs kyi gdams ngag.
4)後書:byang chub mchog tu sems bskyed pa i cho ga rdzogs so. jo bo rje i lugs yin no. bka gdams gzhung ba i spyod phyogs kyi lag len yin no.
5)後書:byangs chub sems dba i sdom pa i snying po lnga bcu pa dpal mar me mdzad ye shes kyis mdzad pa. 6)3の「菩提道次第論の摂義」の文頭22b3–4参照. 7)「菩提道次第論」8b2. 13a2参照. 8)KDC pp. 9–14参照. 9)KDC pp. 14–15参照. 10)DN p. 316参照. 〈略号〉
ALG『菩提道灯論』byang chub lam gyi sgron ma. P no. 5343.
ALR『菩提道次第論』byang chub lam gyi rim pa.『カダム全集』91巻,四川民族出版社,
2016.
LR『菩提道次第大論』mnyam med tsong kha ba chen pos mdzad pa i byang chub lam rim che ba, tsong kha pa blo bzang grags pa. bkar shis lhun po i par ma, vol. 13 (pa).
DN『青冊』deb ther sngon po, gos lo gzhon nu dbal. 四川民族出版社,1984.
KDC 『カダム明灯史』bka gdams chos byung gsal ba i sgron me, las chen kun dga rgyal mtshan. 西 藏民族出版社,2003.
〈キーワード〉 アティシャ,カダム派,ラムリム,ドムトン