チャットコミュニケーションの葛藤解決における感情宥和行動の効果 [ PDF
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(2) り統合的に解決できるのではないか,と考えた.. き下げる効果がある,と考えられる.. 「感情宥和行動」とは, 「ある社会的相互作用場面におい. また,仮説1,および2が実証された場合,更にそれぞ. て,相手に怒りの喚起を予測したときに生じる行動で,服. れの動機帰属から和解志向に至る効果が得られるのか否か. 従的・萎縮したやりかたで表現され,相手に和解を目的と. を実証することも今回の研究の目的の一つとした.. した動機や感情を引き起こす行動( Keltner. 1997)」と定義 されている.言うなれば, 「感情宥和行動」は,相手の感情 面に訴えかける一つの方略と考えられる.. 2. 方法 被験者は,九州大学の学生 44 名(男性 10 名,女性 34. 感情宥和行動は,その機能から更に次の2つに分類され. 名) .被験者は,前述された 2 種類の宥和行動(先行宥和行. ている(Keltner , 1997).一つは相手の否定的感情が生起. 動・反応宥和行動)について,それぞれあり・なしの4つ. しないように抑制する目的で用いられる予備的な「先行宥. の組み合わせのうちから一つを実験条件として割り当てら. 和行動(anticipatory appeasement) 」であり,もう一つは. れた.. すでに喚起してしまった相手の否定的感情を緩和する目的. 各条件ごとの被験者数は,宥和行動なし条件,先行宥和. でフォローとして用いられる「反応宥和行動(reactive. 行動のみ条件,反応宥和行動のみ条件,2 種宥和行動条件各. appeasement)」である.. 11 名であった.. この「感情宥和行動」のサブカテゴリーである「反応宥. 被験者は,個別に隔離された部屋において,別室の女性. 和行動」と「先行宥和行動」の 2 種類の宥和行動にはその. 被験者を名乗る相手と,チャットの形式で会話をすること. 機能についてそれぞれ性質的に違いがあるため,使用の組. を実験者から求められた.一回の会話セッションは 20 分間. み合わせによって会話者の意図帰属・解釈に与える影響も. で,全部で 3 回の会話セッションを設けた.最初の 2 回の. 異なる可能性がある.そこで,以下のような仮説を考えた.. セッションはチャットのシステムや雰囲気,会話相手のお. <仮説1>:チャットルーム上で発言者(実験者)が先. およその印象を被験者に把握してもらうための練習のセッ. 行宥和行動を用いた場合には,用いなかった場合と比較し. ションであり,その後の 3 回目の会話セッションが実際の. て,発言者の発言に対する被験者からの「好意」の意図帰. 実験のセッションであった.. 属傾向がより増加する.. より現実のチャットルームの状況に近づけるため,1∼. 先行宥和行動は,相手の否定的感情が生起しないように. 2セッション目において,実験者・被験者とも比較的自由. 抑制する目的で用いられる行動である(Keltner , 1997).. に会話を進めたが,3セッション目において実験者は,そ. 具体的には,丁寧語やあいづちと言った,相手に対して. れまでのセッションの会話内容から得られた被験者の嗜好. より直接的に敬意や配慮を示す行動(発言)を示す. これらの行動は,相手に対して配慮を示すことによって. や趣味,志望などを真っ向から否定するメッセージを発言 し,被験者に対し対立者として葛藤状況を作り出した.. 好意的印象を与え,相互作用を円滑に行なうことを目標と. 第 3 セッションの会話中において,対立者である実験者. している行動である.つまり,会話相手に好意を喚起させ. の発するメッセージに含まれる宥和言語に関しては,. ることを意図していると言える.. Keltner (1997) による宥和行動の分類に基づいて,小林. 従って,この先行的宥和行動を会話内容として使用した. (2001)が作成したものをほぼそのままの形式で使用した.. 場合には,そうではない場合に比べて,発話者(実験者). また,実験条件に対する従属変数として, 「動機帰属」 , 「感. の発言に対する「好意」帰属・解釈のレベルをより増加さ. 情の知覚」, 「対処方略の方向性の選択」, 「親和性」の4種. せる効果がある,と考えた.. 類の変数を設け,セッション終了後,質問紙に回答させた.. <仮説2>:チャットルーム上で発言者(実験者)が反. この従属変数については,被験者が受容した宥和行動の背. 応宥和行動を用いた場合には,用いなかった場合と比較し. 後に対立者からの何らかの動機を帰属し,更にその後,そ. て,発言者の発言に対する被験者からの「悪意」の意図帰. の帰属に関して何らかの感情を知覚し,そしてその後自ら. 属傾向がより減少する.. の対処行動の方向性を態度として定めるであろう,という. 反応宥和行動は,特定の規範逸脱行動(他者への無礼な. 一連の因果関係の存在を考慮してそれぞれ設定した.また,. 振る舞いなど)の後で謝意や後悔の表明として反応的に生. 対処行動の方向性として和解志向などのポジティブな目標. じ,相手からの攻撃や追及を緩和する効果を持つ( Keltner,. 志向が選択された結果,最終的に対立者に対する親和性が. 1997)と定義されている.従って,この反応的宥和行動を. 高まると考えられるため,親和性を最終的な従属変数とし. 会話内容として使用した場合には,そうではない場合に比. て設定した.. べて,すでに知覚してしまった「悪意」のレベルをより引. 実験終了後,実際は実験者が今回の実験の会話相手であ.
(3) った旨を被験者に対してデブリーフィングし,同時に今回 の実験の概要についても解説を加えた.. また,先行宥和行動については,実験条件ごとの分散分 析においても,宥和言語得点ごとの相関係数の算出におい ても特に有意傾向を表すデータは得られなかった.. 3.結果と考察. これは,先行宥和行動に含まれる「です・ます」といっ. <1>感情宥和行動による動機帰属への影響:まず,動. た丁寧表現や「そうだね」といった相づち表現がCMC上. 機帰属に関する各カテゴリーを構成する下位項目(好意,. では一種のネチケットとして捉えられており,使用が常識. 敵意,利己心,自律的同一性,協調的同一性,経済的利益,. となっているため,被験者に対してポジティブなインパク. 罪悪感,情緒的共感の各帰属)の評定値の合計点をそれぞ. トを与える情報となり得なかった可能性が考えられる.. れ動機帰属得点とし,各々について先行宥和,反応宥和を. <3>感情宥和行動による対処方略の方向性の選択へ. 独立変数とする分散分析を実行した.先行宥和と反応宥和. の 影 響 :更に,対処方略の方向性の選択を構成する下位項. は被験者間要因,動機帰属得点は被験者内要因である.. 目(関係重視,パワー・敵意,公正,個人資源,経済資源,. その結果,罪悪感帰属においてのみ,有意な差が見出さ. 協調的同一性,自律的同一性の各志向)の評定値の合計を. れた(F(1,40)=12.34,p<.01) .罪悪感帰属に関する分散分析. それぞれの方向性選択の志向得点とし,各々について,先. において,反応宥和の主効果が有意であり反応宥和あり条. 行宥和,反応宥和を独立変数とする分散分析を実行した.. 件の被験者は,反応宥和なし条件の被験者に比べて,実験. その結果,各志向カテゴリー総てにおいて,先行宥和・. 者(対立者)の発言に罪悪感の帰属を強く行っていた.. 反応宥和条件による有意な差は見られなかった.. これに関しては, 「特定の規範逸脱行動の後で謝意や後悔. しかし,自律的同一性志向において,反応宥和の主効果. の表明として反応的に生じ,相手からの攻撃や追及を緩和. が有意傾向であった(F(1,40)=1.74,p>.10) .つまり,対立. する効果を持つ」という Keltner(1997)による反応宥和. 者が反応宥和行動を用いた場合,被験者は「自分の考えを. 行動の定義が動機帰属の段階に関して部分的に実証された,. 主張すること」や「相手の言いなりになろうとしないこと」. と言える.つまり,反応宥和行動が持つとされる謝罪・弁. と言ったいわゆる「我を張る」行動を控える効果があると. 明的機能が被験者の動機帰属の段階に関して効果を実証し. 考えられる.これは,反応宥和行動に含まれる謝罪の機能. たと考えられる.また,相関係数の算出によって,反応宥. が,被験者側の応報的戦略の発現を抑制したと推測できる.. 和言語得点と敵意帰属の間に負の相関が見られる傾向にあ. そして更に,志対処方略の方向性の選択の下位項目に関. ることが明らかになった.これらの結果,仮説2は部分的. して因子分析を実行した結果得られた5因子のうち,自己. に支持されたと考えられる.. 優先志向において,先行宥和の主効果が有意傾向を示し. <2 >感情宥和行動による感情知覚への影響:次に,感情 知覚に関する 11 項目(怒り,不愉快,反発,楽しさ,嬉し. (F(1,40)=1.85,p>.10),また先行宥和と反応宥和の交互作 用が有意傾向であった(F(1,40)=2.18,p>.10). さ,好意,安心,脅威,惨めさ,恐怖,緊張)の被験者の. これは,先行宥和行動に含まれる「相手に対する配慮」. 評定値について,主成分分析とバリマックス回転による因. や「相手に対する理解や受容を示す態度」が被験者の行動. 子分析を行った結果,固有値1以上の基準で「ポジティブ. 選択の段階で鏡に映したように作用した可能性が考えられ. 感情」と「ネガティブ感情」の2因子を得た.. る.つまり, 「対立者(実験者)が自分(被験者)に対して. 2つの因子に高負荷の項目の因子得点を各感情得点とし,. 配慮や理解を示しているのであるから,自分も同じように. それぞれについて,先行宥和(あり―なし) ,反応宥和(あ. 行動するべきだ」という思考の下, 「少なくとも自分の都合. り―なし)を独立変数とする分散分析を行なった.. を最優先するような行動はできるだけ慎むべき」という志. その結果,ネガティブ感情の分散分析において,反応宥. 向性の選択が為された,と考えられる.. 和の主効果が有意傾向を示し(F(1,40)=2.42,p>.10) ,また. <4>感情宥和行動による親和性への影響:実験プロセ. 反応宥和と先行宥和の交互作用が有意傾向を示した. スの最終段階として,被験者が対立者に対して最終的に抱. (F(1,40)=2.42,p>.10).反応宥和条件の被験者,及び2種. いた親和性(百分率で表現)を先行宥和,反応宥和を独立. 宥和条件の被験者は,その他の条件の被験者よりも,ネガ. 変数とする分散分析を実行した.その結果,各条件による. ティブ感情(特に怒りや脅威,緊張)を弱く知覚する傾向. 有意な差は見られなかった.しかし,後の感情宥和プロセ. にあった.これも,反応宥和行動が内包する謝罪や弁明の. スの検討においてポジティブ感情知覚からの強い正の影響. 機能が,被験者に対してネガティブ次元の感情の知覚を抑. が見られることが明らかになった.. える効果を発揮したと考えられる.これは仮説②を間接的 に支持し得る結果であるといえるであろう.. <5>感情宥和プロセスの検討:最後に,感情宥和プロ セスの因果連鎖を検討するため,回帰分析を4段階に分け.
(4) て行なった.一連のステップワイズ重回帰分析の結果を図. また,反応宥和行動により敵意の動機帰属が減少した結. 1にパス図として示す(最終的に先行・反応宥和行動と因. 果,自己優先志向の選択が低くなることが明らかになった.. 果関係の見られる各カテゴリー変数のみを図1に示す).. これは,対立者(実験者)が反応宥和行動によって表現し た謝罪・弁明の背後に敵意がないことを帰属した結果, 「自. <宥和行動>. <動機帰属>. <感情知覚>. <対処行動の. -.28*. 方向性の選択>. 分の利益や都合を最優先する」という自己中心的な行動の 選択を慎んだという因果関係が考えられる. 同様に,反応宥和行動により敵意の動機帰属が減少した. 先行宥和 自己優先志向. なった.これも,対立者(実験者)が反応宥和行動によっ. .53***. て表現した謝罪・弁明の背後に敵意がないことを帰属した. ネガティブ感情. 結果,「相手の言うことを何でも聞く人間と思われたくな. .81*** パワー志向 -.42** 反応宥和. 結果,自律的同一性志向の選択が低くなることが明らかに. 考えられるであろう.. .39** 敵意帰属. 親和性. -.51***. い」という我を張る行動の選択を慎んだという因果関係が. 少した結果,パワー・敵意志向の選択が低くなることが明. .68*** .48***. らかになった.これも,対立者(実験者)が反応宥和行動. 関係重視志向. によって表現した謝罪・弁明の背後に敵意がないことを帰. ポジティブ感情. .44**. そして同様に,反応宥和行動により敵意の動機帰属が減. .51***. 属した結果, 「とにかく相手を苦しめたい・罰したい」とい う攻撃的行動の選択を慎んだという因果が考えられる.. .38** 和解志向. また,反応宥和行動によって敵意の動機帰属が低くなっ た結果,ポジティブ感情の知覚が高くなり,さらにその結. 自律同一性志向. 果,関係重視志向,和解志向,親和性が高くなることが明 らかになった.これは,対立者(実験者)が反応宥和行動. 図1 感情宥和行動プロセスにおける各変数間のパス図. によって表現した謝罪・弁明の背後に敵意がないことを推 測した結果,対立者に対して好意や安心といったポジティ. 図1に示される因果関係について概観すると,まず,先. ブな感情を知覚し,さらにその結果,対立者との人間関係. 行宥和行動は,自己優先志向を直に弱くする作用があるこ. を大切にすることや目の前の葛藤を解決することを重要視. とが推測される.これは,先行宥和行動に含まれる「相手. した結果であると考えられる.これらの結果により,反応. への配慮を示す」機能が,先に述べた鏡返しの効果を自動. 宥和行動は,個人の内面に存在する親和性欲求を引き出す. 的にもたらしたと考察されるであろう.. 効果を有すると考えられる.. また,全体を通して,先行宥和行動の効果が反応宥和行 動に打ち消される傾向が見られたが,これは「チャット」. 主要参考文献. という文字だけで互いの意思疎通を図るチャンネルにおい. Bartle, R.(1996). Hearts, clubs, diamonds, spades:. ては,葛藤状況に置かれた場合,より直接的な謝罪表現に. Players who suit MUDs. Journal of MUD Reserch 1(1),. 対して注意が向きやすく,また相づちや賛同のような表現. Keltner, D., Young, R. C., & Buswell, B. N. (1997).. の使用がネチケットとして日常化しているため,ポジティ. Appeasement in Human Emotion, Social Practice, and. ブな情報としてより捕らえにくくなる可能性が考慮される.. Personality. Aggressive Behavior, 23, 359-374.. 次に,反応宥和行動は,まず動機帰属の段階で敵意の動 機帰属を引き下げる効果があることが実証された.これは 仮説2を指示する結果である. そして,反応宥和行動によって敵意の動機帰属が低くな. 小林宏美(2001).対人葛藤解決における感情宥和の効果. 平成 12 年度東北大学文学研究科修士論文. Rice, R. E., & Love, G. (1987). Electronic emotion: Socioemotional content. in a computer -mediated. った結果,ネガティブ感情の知覚が低くなり,逆にポジテ. communication network. Communication Reserch, 14,. ィブ感情の知覚が高くなった.これは,対立者の謝罪・弁. 85-108. 明的行動(反応宥和)の背後に敵意を低く見積もった結果 引き出されたと考えられる.. Wallace, P.(1999). The Psychology of The Internet. Cambridge University Press..
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