映画を用いた授業における協働的学び
—学習者同士のインターアクションの分析から—
清水美帆・岩下智彦・篠崎佳恵・高橋敦・臼井直也
キーワード
映画,協働,インターアクション,授業実践
はじめに
近年,映画やアニメなどの映像作品を教室内活動のリソースとして活用した実践が多数報 告され,討論や語彙学習など様々な活用方法が検討されている。しかし,これまでの実践報 告では,授業の目標は提示されても,教室内で学習者が実際にどのようなやり取りを行い,
どのような学びを経験しているかについては,十分に明らかにされているとは言えない。そ こで本研究では,映画『バブルへ GO!!』を用いてクラス授業を行い,グループ活動として設 計した内容理解タスク時における学習者同士のインターアクション(以下,IA)を分析した。
本研究の目的は,映画を用いた実践において,学習者同士の IA がどのような特徴を有し,
いかなる学習機会を創出しているのかを明らかにすることである。
1. 先行研究
本研究に関連する先行研究として,映像の教育的効果および利点に関する研究,映像を用 いた実践報告,教室内談話と協働学習に関する研究の 3 点を以下に挙げ,本研究の位置づけ を述べる。
1.1 映像の教育的効果と利点
先行研究で挙げられている映像の教育的効果と利点は様々であるが,大別すると,「学習者 の情意に関わる特性」(池田 2002 など),「伝達に関わる特性」(佐藤 1986 など),「授業運営 に関わる特性」(佐久間・海野 2002 など)の 3 点に分けることができる。「学習者の情意に関 わる特性」とは,学習者に楽しさを感じさせ,動機や集中力を高めるというものである。「伝 達に関わる特性」とは,言語行動・非言語行動を意味のある文脈の中で提示できるという特 性であり,先行研究でも最も多く指摘されている。「授業運営に関わる特性」とは,一度に多 くの学習者に見せることが可能である点,同じ映像を何度でも再現できたり,映像を静止で きる点など,授業運営上の利点である。また,学習者に共通の体験を与えることにより,そ の後のディスカッション等の活動の運営を容易にする点等も含まれる。このように,これま での研究により,授業に映像を取り入れることには,学習者・教師双方にとっての利点が多 いことが明らかになっている。
1.2 映像を用いた実践報告
映像教材・ドラマ・ドキュメンタリー番組などの映像作品を用いた実践の報告は,日本語 教育の分野においては 1980 年代から行われ始めており,2000 年代からはアニメや映画を用 いた実践の報告も増えている。対象となる学習者の年齢やレベルは多様であり,また,その 実践で何を学ばせたいかという授業目標も多岐にわたる。初級レベルでは,映像作品の中で 使われていた日本語表現を取り出して確認したり(村野 1984,佐藤 1987),シャドーイング や発音練習などのタスクを課すもの(早瀬 2010)など,狭義の言語能力の向上を目指した活 動が主である。中級・上級レベルでは,これに加え,日本事情の理解(岡崎 1993),メディア・
リテラシーの向上(中河ほか 2003)など,狭義の言語能力の枠を越えた幅広い目標が設定され,
またディスカッションやプレゼンテーション(尹 2008)など,映像作品の視聴から派生して 行われるタスクも多彩であり,各現場で応用できるヒントにあふれている。
しかしながら,これらの研究では,授業における学びの質について評価はなされておらず,
更なる研究が求められていると言えよう。一部,授業後のアンケートを行っている研究もあ るが(藤森ほか 2002,矢崎 2011,2012,川崎 2012 など),学習者に直接尋ねる方法では,学 習者自身に高度なメタ認知能力や知識が求められると考えられ,結果的には学びの質そのも のというよりも授業自体の評価にとどまる傾向が強い。学習者が何を学んだかを明らかにす るには,教室内での学習者の動きを,きめ細かく観察・分析し,その結果を学習者自身の内 省と統合し検討することが必要であろう。
1.3 教室内談話と協働学習
教室における学習者同士の IA の分析から協働学習の可能性を明らかにしようとした研究 として,Donato(1994)がある。この研究では,フランス語の授業でグループタスクを遂行 する 3 人の学習者の IA を,ある問題の発生から解決までの過程に着目して microgenetic(微 視発生的)な手法で分析している。その結果,学習者同士の IA においても相互に援助が行 われ(collective scaffolding),L1 における親と子,L2 における教師と学習者の IA と同様に,
言語発達に効果を持つことが明らかになった。この結果から,映画を用いた実践においても,
学習者同士の IA を促すタスクを取り入れることで相互に援助が行われ,より効果的な学び につながる可能性があると考えられる。また,その IA を分析することで,映画を用いた場 合の学びの質を明らかにすることも可能になると考えられる。
以上の先行研究を踏まえ,本研究では映画を用いた授業における学習者同士の IA の特徴 を記述・分析し,そこで起きた学びの実態を明らかにすることを試みる。
2. 実践概要 2.1 学習者
実践授業は,2013 年 3 月中国 A 大学にて実施した。本実践の対象となる学習者は,A 大 学に在籍する 3 年生 28 名(男性 3 名,女性 25 名)である。日本語学習歴は 2 年半,学習時
間は 1200 時間程度であった。母語は中国語である。
2.2 授業の実施手順
A 大学にはメディアを用いた日本語の授業があり,本実践はその授業の一環として行った。
映画 2 作品を用いて,それらにつき後述の方法で 3 回ずつ授業を実施した(表 1)。1 回の授 業は 90 分である。映画は教室前方のスクリーンに映し,日本語音声と日本語字幕付きで視聴 させた。活動は予めくじ引きで決めた 4 人グループで行い,活動ごとにリーダー役を交替し て司会進行するように指示した。
表 1 授業の手順
映画
『バブルへ GO!!』(1)
第 1 回目 映画の冒頭を視聴,内容理解に関する正誤問題タスク 第 2 回目 映画を最後まで視聴
第 3 回目 感想の話し合い,振り返りシート記入
まず,1 回目の授業で映画の冒頭部分を視聴し,内容理解に関する正誤問題タスク(以下,
内容理解タスク)を行った。2 回目の授業で映画を最後まで視聴し,3 回目の授業でグループ ごとに感想を話し合う活動を行った。本研究で分析対象とするのは,映画『バブルヘ GO!!』
を用いた第 1 回目の授業の内容理解タスク(表 1 網掛け部分)である。この活動の目的は,
JFL 環境で学習し,日本語の発話機会の限られた学習者に本活動でその機会を創出しながら,
各学習者の映画の内容に関する理解不足を補い合い,映画全体の理解の助けとすることであ る。内容理解タスクについて,具体的な手順は以下の通りである。映画の冒頭を 10 分視聴し た後,1)内容理解を確認する正誤問題タスクシートに解答および根拠を個人で記入,2)グルー プで解答とその根拠について 10 分程度話し合い,解答を絞る,3)クラス全体で解答を確認 する。本研究では,このうち 2)における IA を各グループごとに録音・文字化(2)し,5 組のデー タを分析に用いた。
冒頭部分を取り出した理由は,この部分に内容理解に重要なシーンがあったことによる。
本実践で使用した 2 つの映画は,どちらも主人公が過去にタイムスリップする話であったが,
過去に戻る前のシーンに登場人物の基本情報をはじめ,過去に戻らなければならない理由の 説明,後のあらすじ理解に重要な伏線が描かれていた。また,舘岡(2007)では,ピア・リー ディングの場合,個人の理解度が低いと話し合いが十分に行われないことが述べられている。
このことから映画を用いた授業においても,理解度が低い学習者が後の感想を話し合う活動 で話し合いに対等に参加できない可能性があると考えた。この部分を取り出して話し合うこ とは,後の内容理解の助けになると思われる。
3. 分析方法
IAの特徴を可視化するため,文字化したデータを1発話ごとに区切り,コード付けを行った。
コードは一二三(2002)の「発話カテゴリー」を参考に新たに設定した(表 2)。表 2 に従いコー ド付けを行った上で,IA の特徴を質的に記述・解釈した。
表 2 発話カテゴリー
上位カテゴリー 下位カテゴリー 定義
情報の共有 情報要求 情報を共有するために,他者から情報を引き出そうとする発話 情報提供 自己の持つ情報を他者と共有するための発話
情報の合成・加工 精緻化要求 共有された情報について,さらに詳細な情報を付け加えさせよう として,質問等をする発話
精緻化 共有された情報について,さらに詳細な情報を付け加える発話 同意・承認 他者の意見に賛意を表明したり,肯定的に反応をする発話 意味交渉 意味交渉 言語の意味に関してやり取りする発話
進行調整 進行調整 タスク進行のためにグループ内での意思を整理・調整するための 発話
4. 結果
発話カテゴリーに基づき,発話データのコード付けを行い,分析した結果,「学習者同士の IA の特徴」,「映画を使用したことによる特徴」,「映画を使用した学習者同士の IA の特徴」
を見ることができた。
4.1 学習者同士の IA の特徴
学習者同士の IA に関しては,「情報共有→情報の合成・加工→進行調整」というプロセス を持つという特徴が明らかになった。このプロセスは,最初にそれぞれのメンバーの解答を 共有し,解答が一致しなかった場合は精緻化要求,精緻化を繰り返し,グループとしての意 見をまとめ,進行調整を行うものであり,情報を加工・合成することを通して,情報を整理し,
内容に関する理解を深めていく過程と言える。ここでは例として,タスクの第 3 問について のやりとりを挙げる。第 3 問の内容は「主人公真弓には借金がある」で,正解はマルであった。
しかし,借金は元々真弓自身が作ったものではないことから,正答を得るには複雑なストー リーの正確な理解が求められる設問であり,メンバー間の解答が分かれる傾向が顕著であっ た。
【会話例 1】に C グループのやりとりを示す。第 2 問の話し合いが終わり,メンバーに第 3 問の解答を求める CF1 の情報要求(行 :1)をきっかけに,情報共有(行 :2-5)が行われた結 果,解答が一致しなかったため,CF1 は意見の異なる CM1 に,解答の根拠を求めた(行 :6)。
それぞれが根拠を述べていく中で,元々借金は誰の物だったのかという新たな争点が発生し,
「もともとの借金は誰のですか」と精緻化要求がなされ(行 :15),より細かい内容に話し合い が進んだ。その後も,精緻化要求と精緻化が繰り返し行われ,最終的に「真弓に借金がある」
という点ではグループ内の見解が一致した(行 :35)。その上で,誰が借金を作ったかについ ては,後に再度作品を見る際に確認するということでグループの意見を統一させ,進行調整
を行った(行 :36-40)。このような「情報共有」に始まり,「精緻化要求」・「精緻化」の反復 から「同意・承認」へ至り,「進行調整」の発話によってタスクを進めていくという過程は,
解答が分かれた他のグループでも観察されており,このタスクにおける典型的なパターンと 言える。
さらに,その過程には次のような特徴も挙げられる。映画の内容確認が中心となる IA で は,精緻化要求と精緻化の繰り返しの中で,設定されていた各質問の答えにたどり着くため に,更なる内容の質問が行われていた。例として,会話例 1 では「主人公真弓には借金がある」
という問いに対する答えを導く過程で,「もともとの借金は誰のですか」(行 :15)という背景 情報についてさらなる IA が行われていることがわかる。
会話例 1
行 発話者 発話内容 発話カテゴリー
1 CF1 じゃ,3 番。 情報要求 情報共有
2 CM1 バツ。 情報提供
3 CF1 私がマル。 情報提供
4 CF2 私がマル。 情報提供
5 CF3 私はマル。 情報提供
6 CF1 理由は,バツの理由は何ですか ?。 精緻化要求 情報の合成・加工
7 CM1 彼女の母には借金がある。 精緻化
8 CF3 でも母は今死んでしまった。 精緻化
9 CM1 そうか。 同意承認
10 CF3 今は借金…。 精緻化
11 CF1 私はマルをつけたけど,でも私が彼氏の借金だったと思いま
したので。 精緻化
12 CF2 私の理由は,んー借金があるだからたしまさんは。 精緻化
13 CF3 たじまさん。 意味交渉
14 CF2 たじまさんは時々まゆさんに借金をかえさせに行った。かえ
させに行った。 精緻化
情報の合成・加工
15 CF1 んーあのもともとの借金は誰のですか ?。 精緻化要求
16 CF3 お母さん。 精緻化
17 CF1 お母さんですか。 精緻化要求
18 CF3 うん,真理子さん。 精緻化
19 CF2 お母さんか,彼氏さんか。 精緻化要求
20 CF1 彼氏でしょう。 精緻化
21 CF3 彼氏。 精緻化
22 CF1 あのー,さっき間違えちゃったのですか ?< 笑い >。 精緻化要求
23 CF3 あーあーたぶんね。 同意承認
24 CF2 たぶんまゆさんが自分の借金ではない。 精緻化
25 CF3 いえ,彼女が借金がないと思います。 精緻化
26 CF1 借金がないと思います。 精緻化
27 CF1 けどでも私たち借金。 精緻化
28 CF3 今は借金があるのは彼女です。 精緻化
29 CF2 今は彼女です。 精緻化
30 CF1 はい,そうです。 同意承認
行 発話者 発話内容 発話カテゴリー
31 CF3 まみう,まみうですか。 意味交渉
32 CF3 まみうには借金があるという事実でしょ ?。 精緻化要求 加工 情報の合成・
33 CF2 はい。 同意承認
34 CF1 はい。 同意承認
35 CF2 それは事実。マルです。 同意承認
36 CF1 じゃ,あとでまた映画を見るとき。 進行調整 進行調整
37 CF2 はい。 進行調整
38 CF3 確認。 進行調整
39 CF1 一体誰の借金をよく確認して。 進行調整
40 CF3 確認しておこう。 進行調整
4.2 映画を使用したことによる特徴
タスクを遂行する中での IA には,映画を使用したことによる特徴も見られた。前節で挙 げた精緻化要求と精緻化の繰り返しの中では,解答の根拠を述べる際に,映像,セリフ,文 字情報という複数のソースが用いられていた。これは読解等では起こらない,映画を使った 活動ならではの IA である。
【会話例 2】は「映像の言語化」の例である。グループ F では,第 4 問の「田島は真弓の母 の死を悲しんで,葬式に参加している」という問いに対し,FF1 が,「彼は少し葬式を参加し て時,少し悲しい表情もありません」(行 :20)と発話しており,解答の根拠が映像からの情 報であることがわかる。
会話例 2
行 発話者 発話内容
1 FF4 4 番はバツです。
2 FF1 バツです。
3 FF3 その理由は何ですか ?。
4 FF2 でもお金のためにでしょう。
5 FF1 はい,お金のためです。
(中略)
19 FF2 あの時,田島さんは,あーたぶん香典のために来ましたね。
→ 20 FF1 彼は少し葬式を参加して時,少し悲しい表情もありません。
21 FF2 はいはい,そうです。
22 FF1 お金のために葬式を参加して。
23 FF4 全然悲しんでない。
【会話例 3】は根拠を述べる際にセリフを引用している例である。グループ C では,第 5 問 の「そのお店は以前よりも今の方がもっと繁盛している」という問いに対し,CF2 が,セリ フをもとに根拠を述べている(行 :10)。さらに,ここではセリフを学習者が自分の言葉で言 い換えている点に注目したい。映画ではキャバクラのママのセリフは「毎年大きくしてかな きゃいけないんだけど,ここ 10 年小さくなる一方」であるが,CF2 は根拠を述べる際,「店 長さんは今はますます小さくなったと言った」と言い換えている。映像のセリフをそのまま
引用せず,自分の表現に変換することが多い点も映画を使用したことによる IA の特徴である。
会話例 3
行 発話者 発話内容
1 CF3 〈笑いながら〉はいはいそうです。7 番は ?。
2 CM1 マル。
3 CF1 わかりません。
4 CF3 バツ。
5 CF1 バツです。
6 CF2 バツです。
7 CF1 言いましたか ?。
8 CF3 はい。
9 CF1 ああ , そうですか。
→ 10 CF2 店長さんは今はますます小さくなったと言った。
11 CF1 あーあーわかりました。
12 CF3 お客さんも言った。
13 CF1 あーそうですね。
次の【会話例 4】は根拠を提示する際に字幕などの文字情報を用いている例である。グルー プ C では,第 1 問の「真弓の母の葬式がおこなわれたのは,2007 年 3 月だ」という問いに対 し,3 人がシーンに登場した字幕を引用し解答の根拠としている(行 :5-7)。
会話例 4
行 発話者 発話内容
1 CF3 1 番。私の答えはマルです。
2 CF1 マル。
3 CF2 マル。
4 CM1 ふふふふふ〈笑い〉。
→ 5 CF3 私の根拠は,葬式のシーンが出る前に,2007 年 3 月と言う字が出てきたからマ ルです。
→ 6 CF2 私の根拠はそのー映画の字幕で出る情報が表す 2007 年 3 月という字幕が出る。
→ 7 CF1 はい,私もあの字幕を見ましたので,マルをつけました。
8 CF1 じゃ,CM1 さんは ?。
これらの「映像の言語化」「セリフの引用」「文字情報の利用」は,映像や音声が含まれる 映画に特有の IA である。さらに,この 3 つの根拠を述べる際のソースは,問いによっては 一つに限定されず,複数用いられる場合も見られた。以下の【会話例 5】では,「下川路は以 前から真弓と知り合いだった」という問いに対して,CF3 はセリフを引用することで根拠を 提示しているが(行 :13),CF1 は「でもあの目から見ると,もう知っていたみたいです」と「映 像の言語化」を行い根拠を述べている(行 :32)。このように,各学習者が解答の根拠を述べる際,
映像情報,音声情報,文字情報が含まれている映画からソースを選択しているという特徴が 見られた。
会話例 5
行 発話者 発話内容
1 CF3 はい,5 番。
2 CF2 5 番。バツ。
3 CF3 バツ〈笑い〉。CM1 さんはまた違う。
4 CF1 マル ?。
5 CM1 バツ,5 番はバツだと思います。
6 CF2 たぶん。
(中略)[ 登場人物の名前を確認している ]
→ 13 CF3 葬式に,お娘がいるかと不思議に言った。
14 CF1 没听到【聞こえなかった】もう一度。
15 CF2 下川路さんは葬式にお娘さんがいるかと言った。
16 CF2 とても不思議な感じがしました。
17 CF1 そうですね。
18 CF3 でも彼は人にあの人は真理子さんの娘ですかと聞いたことがわかると,以前 真弓と知り合いだったという,認めないと思います。
19 CF1 私も知り合いだと思います。
20 CM1 え。え。マル ?。
21 CF3 以前から。
22 CF2 以前から。
23 CM1 え。
24 CF3 真弓。真理子じゃない。
25 CM1 5 番。そうそう。
26 CF1 でもさっきです。
27 CM1 そうそう。
28 CF1 さっき,10 分のところ。
29 CF3 あー,最後。
30 CF1 さっき,最後 10 分のところ。
31 CF3 彼女が彼を見た。
→ 32 CF1 はい,下川路に会った。でもあの目から見ると,もう知っていたみたいです。
4.3 映画を使用した学習者同士の IA の特徴
ここまで,学習者同士の IA の特徴と映画を使ったことによる特徴に注目して述べてきたが,
本タスクにおいてはその両方の特徴を併せ持つ IA も見られた。映画が学習者に共通体験を 与え,協働的学びを支えるという相乗効果が見て取れる。以下にその例を示す。
【会話例 6】では,CF3 が「もてない」と言うべきところで「てれない」という語を用いるが,
CF1 が「もてない」と訂正している。これは,セリフによって情報を共有していたことによ り協働的やりとりの中で言語形式の訂正がスムーズに行われている例である。
会話例 6
行 発話者 発話内容
1 CF3 でも途中で,まみゆさんはこう言いました。彼は,女にてれないと言いました。
→ 2 CF1 もてない。
また,上記の例は言語形式の例だが,同様のやり取りは映画の内容面に関する IA 中でも 確認できた。【会話例 7】は,グループ E の第 2 問についての IA である。この IA では EF4
の「原因は何ですか」という問い(行 :5)に対し,EF3 が「海で…」と不完全な形で根拠を 提示し(行 :6),それを受けて,第三者である EF2 が「海に自殺した」という情報を補って 根拠を完成させている(行 :7)。さらに,EF2 によって補足された根拠は「海に自殺した」と 言語形式に誤りがあるものであったが,次の EF4 によって「海で自殺しました」(行 :8)と 形式も修正され,根拠が完成していることが分かる。こうした IA は,学習者同士で協働し ているという点,映画を用いている点が組み合わさった結果起きたものであり,本タスクに おける特徴的な IA である。
会話例 7
行 発話者 発話内容
1 EF4 2 番はバツ。
2 EF1 バツ。
3 EF3 バツ。
4 EF2 はい,賛成です。
5 EF4 はい,原因は何ですか ?。
→ 6 EF3 海で…。
→ 7 EF2 海に自殺した。
→ 8 EF4 はい,海で自殺しました。
以上のように,本実践における内容理解に関する内容理解タスクにおいては,「学習者同士 の IA の特徴」,「映画を用いたことによる IA の特徴」,「映画を使用した学習者同士の IA の 特徴」という 3 つの特徴があることが明らかとなった。
5. 考察
5.1 学習者同士の IA の特徴と学び
本研究では,映画を用いて行った授業の教室談話データを収集し,以下 2 点を明らかにす ることを目的とした分析を行った。1)内容理解タスク時における学習者同士の IA は,どの ような特徴を有しているのか。2)内容理解タスク時における学習者同士の IA は,いかなる 学習機会を創出しているのか。
分析の結果,本研究で対象とした学習者同士の IA の特徴として,内容理解タスクの解答 をグループ内で調整する際,大別すると「情報共有」,「情報の合成・加工」,「進行調整」の 3 種のやりとりが進められていることが明らかになった。まず「情報共有」の過程においては,
「情報要求」・「情報提供」によって各学習者の個人作業段階での解答がグループの全員に共有 されていた。続く「情報の合成・加工」の過程においては,学習者同士が解答の根拠につい て質問し合う「精緻化要求」,「精緻化」が繰り返し発生し,その後,グループ内で解答を統 一する「同意・承認」が行なわれていた。
個人作業として独力で解答を終えた後,互いに解答の根拠を確認し合うことによって生 じた学習者同士の IA は,主に上述のような特徴的なパターンによって進行し,映画の内容 理解を深める機会の創出に繋がっていたことが示された。また,内容理解の点に留まらず,
Donato(1994) によって報告された言語形式に対する学びの機会も確認された。
グループ内で解答について一定の同意が得られた後は,会話の進行を調整する「進行調整」
の発話が見られた。これは,本タスク参加時に,学習者自身がメタ的な会話の流れを意識し,
グループ全体の会話を調整していることの表れだと考える。
上述の「情報共有」,「情報の合成・加工」,「進行調整」の 3 つの過程は,視点を変えると,
学習者が自分の解答とその根拠について互いに意見やその根拠を伝えあう,議論の過程とも 言える。
Baker(2004) は,効果的な学習を目的とした論争と関係があるメカニズムとして,1)知識 の明確化,2)新しい知識の協働的な精緻化,3)概念の変化,4)明確な発言の増加,の 4 つ を挙げている。本研究で分析を行った IA においても,上述の 4 点が確認されており,本実 践で行った内容理解タスクの背景にも,Baker(2004) が示した 4 つの学習メカニズムと同質の メカニズムが存在し,これが効果的な学習機会の創出に寄与していたと考えられる。以下の 表 3 は,Baker(2004) が示した 4 つの学習メカニズムの特徴の定義をまとめたものである。
表 3 Baker(2004)4 つの学習メカニズム
学習メカニズムの名称 定義
1)知識の明確化 自己の考えを言語化し説明することで学習効果が現れる 2)新しい知識の協働的な精緻化 論争時の相互作用が各学習者を議論に参加させる強制力となる 3)概念の変化 問題について議論することが,思い違いをしていたのではないか
という疑念を生み,学習者の考えが変化する
4)明確な発言の増加 学習者が的確に発言することが不可避であるため,論争が進むに つれて発言がより明確になる
(Baker 2004:100-102 稿者訳)
1)知識の明確化は,議論において自己の考えを言語化することで現れるメカニズムを意味 している。本実践においては,特に自分の解答の根拠を述べる「精緻化」の発話中や,その 中でも,ある場面や状況を言語化する「映像の言語化」,「セリフの引用」の際に,自分の考 えを述べる発話が見られ,知識の明確化が行なわれていると考えられる。2)新しい知識の協 働的な精緻化は,議論そのものが各学習者の発話を促す強制力となるという特徴を表してい る。これは本実践においては,情報要求に対する情報提供,精緻化要求に対する精緻化とい う連続した発話に作用しているメカニズムと重なることが考えられる。3)概念の変化は,あ る問題についての議論が自分の考えの振り返りを促し,ひいては考えの変化をもたらすとい う点を指している。本実践においても「情報共有」,「情報の合成・加工」の過程において,
学習者は他の学習者からの発言を機に様々な点について考えを変化させている。その対象は 正誤問題の解答の正否に留まらず,解答の根拠となる出来事の意味や登場人物の心情の解釈 から,映画に登場する文化的側面や考え方まで,多岐にわたっている。4)明確な発言の増加は,
議論が進むにつれ学習者により的確な発言が求められることによって,発言がより明確にな
るという点を指している。これは本実践においては,「精緻化要求」,「精緻化」という一連の 発話が反復されることによって,学習者同士で話し合われる内容が解答の根拠となる場面や 登場人物の心情に焦点化され,その結果,最終的にグループ内の「承認・同意」に至るパター ンが存在することからも,明確な発言の増加を促すメカニズムが働いていたことが示唆され る。
実際に,実践後に行ったインタビューでは,「根拠のために映画の中のセリフを直接引用し たりした(DF1)」「グループのみんなの具体的な証拠を聞いて,答えを変えた。自分一人で 映画を見るとだいたいの内容はわかるが,具体的な情報,内容は覚えてない,そんなに正し くない。タスクをすることによってわかった(DF1)」「タスクシートがあるから,必ず話さ ないといけない(DF2)」と話しており,上述のメカニズムが学習者自身にも捉えられている ことがわかる。
このように,本実践における内容理解タスク時の IA からは,効果的な学習を目的とした 議論において得られる学びと同様のメカニズムが働いていたことが示唆される。正誤問題の 解答について個人で考えた後に,グループで話し合うという本タスクの主たる目的は,JFL 環境において発話機会の限られた学習者に一定の発話機会を創出しながら,後続する活動に 必要な一定以上の内容理解を促すことであった。しかし,その背景では,この主たる目的の 達成と同時に,他者と議論し,相互的に考えを深め,知識を明確にしていくという議論を通 した,より創造的な学びの機会が創出されていたといえよう。Donato(1994:43) は,協働的な 活動設計の結果,学習者が自発的に言語形式等に関する副次的な問題設定を行い,協働的に 解決していくという現象について報告しているが,本実践においても,議論を通したタスクが,
与えられた目標以上の目標を達成する場として機能していたことを示している。
5.2 映画を使用したことによる IA の特徴と学び
本研究では,解答の根拠を確認し合う「情報の合成・加工」における一連の IA に焦点を 当て,学習者が映画中のどのような情報に基づき「精緻化」,「精緻化要求」を行っているの かについて分析した。その結果,「映像の言語化」,「文字情報の利用」,「セリフの引用」とい う 3 種の発話が行なわれていることを示した。映画は,映像によって表現される場面設定や 表情,看板の文字や字幕といった文字情報,音声によって伝達されるセリフといったように,
多様な伝達様式によって伝えられる情報を含み,これらを統合して内容が伝達される作品と 言える。上述の 3 種の発話は伝達様式の観点から見ると「映像の言語化」は映像,「文字情報 の利用」は文字,「セリフの引用」は音声と,異なる伝達様式によって得た情報を日本語で伝 えていると言える。
先行研究において「伝達情報の特性」として挙げられるこうした映画の特徴は,セリフに よるやり取りがすべて理解できなくても,映像から得た情報で一定の内容理解が可能になる という利点も生み出していることは想像に難くない。
加えて,上述の「映像の言語化」や「文字情報の活用」などの過程そのものが,言語学習
を促進しているとも考えられる。Nation & Newton(2008)は,教室活動において目標言語 の音声や文字によってインプットした情報を話したり,書いたりという方法でアウトプット する活動の際に介在する過程を「Information Transfer」と呼び,意味に焦点が当たる点や深 い処理を促す点などを理由として言語習得に有効な教室活動としている。内容理解タスク時 の IA においては,「映像の言語化」,「文字情報の活用」などの例(会話例 2 ~ 4)として示 したとおり,映画中の映像や文字,音声から得た情報を必要に応じて日本語で表現し,他の 学習者に伝達する過程が生起している。これは,「Information Transfer」の過程そのものと 言え,内容理解タスクを通じて,言語習得に有効な教室活動が行われた可能性を示している。
本実践では,内容理解タスクに後続する活動として,映画の感想を話すまとめの時間も取っ ているが,実践後に行ったインタビューでは,まとめの時間よりも内容理解タスク時におい て新しい言葉を学んだという声が多数聞かれた。以下は,「新しい言葉を知ったり,わからな い日本語を確認できたか」という質問についての学習者の回答である。
DF1「新しい言葉を覚えられたのは活動①②(3)の方。根拠のために映画の中のセリフを直 接引用したりした。でも,友達から新しい言葉を勉強することはあまりない。まとめの活動 は自分のしゃべれることだけしゃべる。」
FF2「活動①②の方。グループの中でみんなのレベルの差はあまりないので,まとめの活 動の時には新しい語彙があまり出ない。活動①②は,映画からもっと勉強した。」
学習者が内容理解タスクを新しい語彙の学習機会として捉えている理由は,視聴した映画 に新しい語彙が多数使用されているからということは当然のようにも思える。しかし,仮に その新しい語彙の意味が理解できないままであったならば,内容理解タスクを新しい語彙学 習の機会と捉えるとは考えにくい。そうではなく,グループ内での協働的なやり取りにおい て「Information Transfer」が繰り返し起きたことが,IA を通じた効果的な言語学習の機会 となっていたのではないだろうか。こうした過程が学習者にとって新しい語彙の学習に繋がっ た実感となり,学習者のインタビュー結果として現れたことが考えられる。
おわりに
本研究では,映画を用いた実践における学習者同士の IA の特徴と学びを示した。その結果,
IA の特徴として「情報の共有」・「情報の合成・加工」・「進行調整」に代表される IA のパター ンを明らかにし,そうした IA の過程で,議論を通した学習に通じる学びが発生している可 能性について考察した。さらに,映画というメディアの特性から多様な伝達様式を通したイ ンプットが可能になり,そうした情報を言語化して伝えることによって言語学習が促進され ている可能性について言及した。
上述の内容から,先行研究において協働学習および映像の効果として個別に明らかにされ ていた特徴が本実践においても現れていたと言える。さらに本実践においては,この両者の
特性が組み合わされることによって,更なる相乗効果が起きていたと見られる。本タスクで は,映画を用いたことによって,参加した学習者たちが日本語習熟度を問わず,視覚的に理 解可能な映像をソースとして映画の内容について一定の理解をしている。これによって学習 者は自分なりに判断基準を持って個人で正誤に取り組み,自分なりの根拠をもって「情報共有」
のやりとりに参加することができる。その後「情報の加工・合成」に進むことで,すべての 学習者が「精緻化要求」「精緻化」を通して自分の理解を必要に応じて修正することが可能と なり,議論を通じてそれぞれの理解を深めていたと言える。ヴィゴツキー(2001)は,最も 効果的な学習は「発達の最近接領域(以下,ZPD)」において起きると述べたが,本実践にお いては,映像からの情報が学習者間で共有されていることが学習者間の ZPD 内での IA をよ り活性化させる仕掛けになっていたことが考えられる。
映像を用いた教室活動の種類は多々あり,今後もより工夫を凝らした活動設計が提案され ることと思われる。本研究は,そうした活動内の IA を分析することによって,学習者の発 話の特徴を明らかにすることの可能性を示した。教師の計画した活動によって学習者の発話 がどのような特徴を持つものになり,どのような学びの場を創出することに繋がるのかを検 討する一助になれば幸いである。
最後に本研究の限界について述べる。第一に,本研究では学習者同士のやりとりを主たる 分析に用いたことにより IA の特徴を明らかにすることはできたが,インタビューは授業全 体に対するものであり,タスクに焦点を当てたものではなかった。よって,本タスクで学習 機会が創出されていたのか,また学習者の言語学習を促したのか,さらにこれらが映像の特 性によるものなのかという裏付けが十分にできなかった。今後は,研究目的に焦点化した研 究手法を用いるとともに,それらのデータを用いた多角的な分析をしていきたい。また,本 研究は,日本語学習を目的として行われた教室活動を題材としているが,具体的にどの程度 習得が進んだかについては検討できなかった。さらに,本研究で扱った IA は,1 つの映画を 用いた授業実践から得たデータであることから,映画の種類や作成する設問によって IA の 質は大きく変化することが予測される。そのため,異なる映画を用いた場合の検証,また発 話データの数量的な分析等を通して,映画を用いた実践における IA の特徴のさらなる精緻 化を進めるとともに,言語学習において具体的にどのような効果を得ることができるのか検 証したい。
注
(1) DVD『バブルへ GO!!』2007 年発売。販売元 : ポニーキャニオン,監督 : 馬場康夫,主演 : 阿部寛,
広末涼子。
(2) 本研究で用いる文字化データの記号は,宇佐美(2007)を基に稿者が一部修正し,以下のように 設定した。
記号 意味
。 1 発話文の終わりにつける。
, 1 発話文および 1 ライン中で,日本語表記の慣例通りに読点を付ける。
記号 意味
? 疑問文につける。疑問の終助詞がついた質問形式になっていなくても,語尾を上げる などして,疑問の機能を持つ発話には,その部分が文末(発話文末)なら「?。」をつける。
倒置質問の機能を持つものには,発話中に「?,」をつける。
『 』 視覚上,区別したほうが分かりやすいと思われるもの,例えば,本や映画の題名のよ うな固有名詞や,発話者がその発話の中で漢字の読み方を説明したような部分等は,
『 』でくくる。
[ ] 文脈情報。その発話がなされた状況ができるだけわかりやすくなるように,音声上の 特徴(アクセント,声の高さ,大小,速さ等)のうち,特記の必要があるものなどを そのラインの一番最後に記しておく。
( ) 短く,特別な意味を持たない「あいづち」は,相手の発話中のもっとも近い部分に ( ) にくくって入れる。
< > 笑いながら発話したものや笑い等は,< > の中に,< 笑いながら >,<2 人で笑い >
などのように説明を記す。
(< >) 相手の発話の途中に,相手の発話と重なって笑いが入っている場合は短いあいづちと 同様に扱って,(< 笑い >) とする。
… 文中,文末に関係なく,音声的に言いよどんだように聞こえるものにつける。
【 】 中国語による発話は斜体で表し,直後に【 】をつけ日本語訳を記述する。
(3) 「活動①②」は内容理解タスクを表している。
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