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杉田・大槻•宇田川•桂川家関係資料に見られる

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(1)

鎌 倉

杉田・大槻•宇田川•桂川家関係資料に見られる 蕗款•蔵書印譜「洋学文庫」より

わが国ではじめて太陽暦の新年を祝った﹁芝蘭堂新元会﹂が開かれてから︑本年︵平成七年

二百年目にあたるため︑さまざまな記念の行事が行われている︒早稲田大学図書館でも︑三月二十五日から二

週間

一九九五︶がちょうど

所蔵資料による﹁洋学資料展﹂が開催された︒

本館所蔵の洋学資料は︑その殆どが﹁洋学文庫﹂︵請求記号・文庫

8)

として整理されている︒﹁洋学文庫﹂は︑杉田

玄白の高弟である大槻玄沢のご子孫や︑幕府医官桂川家などの家伝の資料を︑縁あってその折々に譲りうけたものを

はじ

め︑

岡村千曳元館長や勝俣詮吉郎元教授など︑先学諸氏の収集にかかる資料の集積によって成っている︒その中

には︑自箪資料類など一級資料が多く含まれ︑斯界の研究者に神益するところが大きい︒

さきごろ︑現在刊行中

の﹃早稲田大学蔵資料影印叢書洋学篇﹄の一巻として図録﹃蘭学者肖像

・ 遺

墨・

書簡

集﹄

を上梓した︒その編集のため︑原本の写真撮影を行い︑解題のための準備作業を行うなかで︑洋学者の自筆資料類の

落款や蔵書印にふれる機会を得た︒

久 恵

‑20 7 ‑

(2)

*  *  *  *  * 

資料名のないものは︑本館で印顆を所蔵しているものである︒

‑ ,  

﹂内は︑印を採集した資料名である︒ 必要と思われるものには︑印文の読みを付した︒ 全所蔵資料を網羅するには︑

きくえ特別資料担当

同図録の編集にあたられた杉本つとむ教授から︑洋学関係の書画幅類はいままであまり公開されておらず その機会はすくないであろうから

︑これを機に︑今後の資料考証等の参考のため︑落款の類を集めておいてはどうか︑

まだ相当数を残している憾みはあるが︑紙数の都合もあり︑今回は﹁洋学文庫

﹂が所 蔵する資料のうち︑大槻家

・宇田川

家・桂

家の人々︑および杉田玄白に関する自箪資料と若干の書

冊のなかから︑

また︑本館には︑宇田川

家代々の

や蔵版

などが蔵されているので︑あわせてその

影も収録した︒さらに︑桂

家資料のなかには︑桂

川家の印を一面に捺した半紙一葉が含まれているが︑

こ ︒

本稿でとりあげた人々については︑すでに多くの論考が存在するので簡単な解説を付すにとどめた︒

印影は実物大とし︑色は各々の原色を出すことは困難なため︑墨一色とした︒

おもに落款を採集し

一部蔵書印︑蔵版印もあわせて収録した︒ とのご助言を受け︑筆者がその収録にあたった︒

︵か

まく

Jれは

そのままの容で縮小して収め

今後も

‑208 ― 

(3)

杉田 玄 白

( ‑ 七

三 三

l八一七︶

名 災 号 子 鳳

・部齋

書斎名小詩仙堂・天呉楼

若狭小浜藩医︒オランダ流外科を学び︑涸

書の入手につとめた︒明和八年︑女囚の腑

分にクルムスの﹁解剖図譜﹂を持参し︑

検分︑その精密な記述に驚き同志とともに

翻訳をはじめる︒安永三年

﹁解

体新

書﹂

巻として完成︒

その辛苦は著書﹁蘭学事始﹂

に詳しい︒

﹁ 杉 田 玄 白 先 生 自 画

肖像

田奥

﹁杉

田玄白肖

像﹂

小詩

倦堂主人 子鳳

‑ 2 0 9 ‑

(4)

天真楼記 杉田

粟印

願四  

﹁近古史諜﹂

盃 翼

子鳳小詩仙

﹁杉田玄白七十二歳七言詩﹂

子鳳 ﹁杉田翼一行書﹂

鶴齋

210‑

(5)

杉田成卿 (-

八一七—一八五九

名 信 号 梅 里 玄白の孫

坪井信道の下でオランダ語文 法を学ぶ

天文台訳員

蕃書調所教授職を

勤める

﹁医戒﹂﹁海上砲術全書﹂など医学・

砲術のほか︑理科︑歴史関係の訳書も多い

杉田

ィ 成卿

﹁杉田成卿書冬樹坪井先生之詩﹂

‑211‑

(6)

芝蘭堂所 蔵

﹁焉

録﹂

大槻玄沢

( ‑ 七 五 七ー 一 八 二

七︶

名 茂 質

︵ し げ か た

︶ 字 子 換 号 磐 水 建部清庵·杉田玄白•前野蘭に学ぶ。

家塾芝蘭堂を開き蘭学教育にあたる︒

門弟を記した﹁載書﹂によれば︑稲村三

伯など︑その数九四名にのぱる︒蕃書和

解御用開設と同時に訳員となり﹁厚生新

編﹂の翻訳にあたったのをはじめ︑﹁重訂

解体新書﹂など著訳書も多い︒

医員 倦台

墨 号

﹁大槻玄沢考席獣図﹂ 芝蘭堂記

沢 号

﹁ 昆

﹁芝蘭堂新元会図﹂

‑ 2 1 2 ‑

(7)

皇和

小民 茂質字

子換 磐水字曰子燦

﹁瓢々亭嘘風筆記﹂

﹁毘陽漫録蘭説弁正﹂

茂 平

質 印

  '

﹁ 磐

水先生

著 述 書

目﹂

鶯が停人顧

l

﹁宇

田 川明卿二十三回忌追悼文﹂

2 1 3 ‑

(8)

大槻玄幹

( ‑ 七 八五 ー

一八三七︶

名 茂 梢

︵しげえだ︶

号 子 節 磐 里 玄沢の長子

天文台訳員

父の業績をまとめた

﹁ 磐

水遺

稿﹂

﹁先考行実﹂を編集

はかに自らも﹁

蘭学凡

﹂﹁ 外科収功﹂などの語学書︑医学書の 著訳を手がけた

大槻磐渓

( ‑ 八

0

︱ 八七 八

名 崇 清 崇 字 士 広 号 磐 渓 玄沢次男

昌平坂学

問所に松崎廉

堂の教をうけ

のち西洋砲術を修める

イギリス艦隊渡来の噂

に接し﹁献芹微衷﹂を著し︑ロシアとの提携を論

じ︑開国論を幕府に上書した

哀 i f

令 柑 祁 投

﹁加官進禄図﹂

﹁芝蘭堂新元会図﹂ 茂禎

ざ吋・ご ,(

l

;̲し[山

- 214 —

(9)

清崇

士広 ﹁金海奇観﹂

士広 崇口

磐渓

﹁万国輿

地全図

硲 磐

平印 清崇

珍蔵 磐渓

大槻 清崇

﹁近古史諜﹂

﹁林子平肖像﹂

伝不必 得其人

子孫

‑215‑

(10)

如電

槻 修 二(

‑八 四五 一ー 九三 一︶

名 清 修 号 念 卿

電 白 念 坊

磐渓の次男

文部省で﹁新撰字書﹂や

教科書の編集に携る

著書﹁新撰洋学

年表﹂は大槻家に伝わる諸本を用い

のちの研究者にとって必読の文献とな

﹁青木昆陽肖像並墓碑拓本﹂

利印

﹁大槻如電海上随鴎墓前詩﹂

森 渚 唸 胃

﹁流風余韻﹂

閂 急 霞

- 216 —

(11)

文彦

大 槻 文 彦 ( ‑ 八 七四 ー一 九 二 八 ︶

名 清 復

︵ き よ ま た

︶ 号 復

磐渓の三男︒大学南校などで英学を学んだ のち︑文部省出仕︑英和対訳辞書・教科書 の編集にあたる︒のちの国語辞書の模範と いえる﹁言海﹂の編集に一生をささげる

﹁大槻文彦詩箋﹂

﹁伊波比倍考証﹂

ー 217‑

(12)

大槻家

﹁字

学小 成﹂

﹁碗 港漫 録﹂

‑ 2 1 8

(13)

大鵡氏蔵書印

「親録」

槻 家

‑ ,  

蔵 大

鄭 戸

し—

2 1 9 ―

(14)

宇 田 川 玄 随

︵ 一 七五 五ー

一七

九七

名 晋 号 椀 園 津山藩侍医

大槻玄沢のすすめで蘭学を学び︑

その訳書︑

西説内科撰要﹂はわが国最初の 内科書

津山

医貝 宇晋之印

﹁松平康哉画並宇田川玄随賛﹂ 椀園 ﹁松平康哉画並宇田川玄随賛﹂

‑22 0 ― 

(15)

宇晋之印

晋 題

全 千

靡 恨 図L

芯 ‑ ‑ ,  

J ¥ J  

皿日

, ‑ ' ‑

l戸lUII~ 玄 随 草 稿

221‑

(16)

菩薩楼 ﹁舎密開宗﹂

宇田

棺 庵

(

七九 八ー 一八

四六

津山藩医

宇田川玄真の養子

馬場貞由

に蘭学を学び︑蕃書和解御用の訳員とな

り﹁厚生新編﹂の編纂にかかわる

学 ︑ 植物学などに造詣が深く︑﹁舎密開宗﹂︑

﹁植学啓原﹂ほか著訳書も多い

﹁新増鷹鶴方﹂

⑯ 

﹁熔庵雑録﹂ ﹁点類通考﹂

‑22 2 ― 

(17)

﹁ヒポクラテス像﹂

J o o a n  

‑ ,  

西

_—,

薩楼

西

洋 説

ロ日

̲

椿 麿

‑223 ― 

(18)

圏 闘

宇棺

椿

棺庵

裕庵

ー 224 —

(19)

宇田

川興齋

( ‑ 八

ニ ︱

I

︱ 八 八 七

号 紅 梅 楼 格庵の養子

幕府天文台で蕃書翻訳

に従事

︒ ﹁

震予 防説

﹂﹁万宝新書﹂

などの訳書の

他︑著

・文

稿

多数

~~- 像   . .

澁 田

)  J J  

病舟氏

刊 毬

﹁飯沼慾齋翁略博﹂

旦〗

‑225‑

(20)

図書 風雲宇田川

図書

西洋医言﹂

‑ ,   川 宇田

家印

﹁西説内科撰要﹂

﹁履 鶴方

宇田川

n

L

I JI I

‑226‑

(21)

i  , , ,  

風雲書屋

宇氏 ﹁飲膳摘要﹂

﹁地学初歩和解﹂

~~ ク~1

﹁西語漢訳原稿﹂

x 鍛橋城門内

作州第宇田川

氏家蔵之記

ー 227‑

(22)

冒 言 ニ

予 覆

偉 闘 四 麗

i

鱈 翫

‑228‑

(23)

桂川

甫 菜 ( ‑ 七 五四 ー

一八一〇︶

名 中 良 号 桂 林

桂川

氏の本姓である森島を名乗る

︒の

ち桂川

甫斎とも称した

︒﹁

蛮語箋﹂﹁紅

毛雑

話﹂

﹁琉球談﹂などの著書がある

さらに ︑

森羅亭万象と称し洒落本︑狂 歌なども作

った︒

﹁森羅亭狂歌﹂

中良

﹁芝閑堂新元会図﹂

‑ 2 2 9

(24)

國寧 家在東武月池 桂川 甫 賢

( ‑

七 九七 ー一 四八 四

名 国 寧

︵くにやす︶

号 清 遠 桂川家第六代の将軍家侍医︒玄沢︑玄真ら

に蘭学を学

ぶ ︒

本草︑物産︑地質などを研

究︑シーボルトと会談し︑小野蘭山の﹁花

粟﹂の蘭訳に自作の序をそえて提出︒それ によりバタビア芸術科学協会の会員となる︒

﹁酷烈疎弁

﹂﹁

山猫図説﹂などの著書の他︑

訳書も多い︒

﹁ヒポクラテス像並賛﹂ 桂印國寧

﹁桂川甫賢書﹂

‑230 ― 

(25)

梅街桂印

「 桂 川 甫 賢 鶉 梅 図 並 賛

』 ;

, , ● 紐乞   . ・ '   .

O

1

JI 

‑ ,  

J J J  

忌 甫

""' 

ー '

=

悼 花

寧 國

池 月 印 印 遠 清

‑23 1 ‑

(26)

y︑

﹁庶

獣図

内月刷統 桂 川

甫周

( l

七五︱│︱八

0

名 国 瑞

︵くにあきら︶

通 称 甫 周 号 月 池

︑ 公 鑑 父国訓に蘭学を学ぴ︑﹁解体新書﹂翻訳に参加

地理学に関心を寄せ︑﹁新製地球万国図説﹂﹁地 球全図﹂の訳述などがある︒寛政四年︑大黒屋光

太夫の口述にもとづき︑﹁北棧聞略﹂を編纂する︒ 国瑞公鑑

﹁桂川甫周百合図並賛﹂

2 3 2

(27)

「砕蒋馘」

泄 三 條 呂

「裂袈翌舟」

ー乳ー

「地苓寮緊」

冒 三鬱

9

歯三出図編

(28)

│  234

ヽ~~4r~

(29)

贋 置

露 入

‑ .  ,,̲,. 

‑ c ‑ ・ ‑ ‑‑ ' 

匹~.

桂川家印譜

235‑

(30)

岡村氏図

書記 岡村氏珍蔵記

岡 村 千 曳 ( ‑

八八ニー一

九六四

本学教授

一九四七年から一九五

三年の

七年間図書館長

夙に洋学資料の必要性を 唱え収集に努めた

在職中に大槻家旧蔵衰

料の一

部を始めとする貨重資料を購入

︒自

身の蔵

も併せて図書館に納め︑洋学文庫 の基礎をつく

った

巨 図

勝 俣 詮 吉 郎

(‑八七ニー一九五九︶

本学教授

︒ ﹁ 英語青年﹂の創刊に参加

︒旧蔵

書の中には︑﹁蘭仏辞典﹂︵ハルマ撰︶︑﹁江戸 ハルマ和解﹂︑刊本﹁英和対訳袖珍辞書﹂など

がある︒

没後︑その

蔵書は散侠することな

<︑本館に収蔵された

‑236‑

参照

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