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国際法の法典化と国連国際法委員会(一)

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(1)253. 研究会報告. 国連国際法委員会研究会 萬歳寛之. 国際法の法典化と国連国際法委員会(一) 第一章 国際法の法典化の歴史と国連国際法委員会の設立 第一節 学界における私的法典化の努カー宣言方式による法典化一 (一). 個人による法典化の試み. (二) 非政府学術団体による法典化作業 (三) 宣言方式による法典化の特徴と問題点. 第二節 国際会議における公的法典化作業一条約方式による法典化一 (一) 第1次世界大戦前における公的法典化作業………(以上本号) (二). 国際連盟における法典化作業 (三)条約方式による法典化の特徴と問題点 第三節 国連憲章第13条1項(a)の起草および実施 第二章 国際法委員会の機能と組織 第一節 第2次世界大戦後の国際社会と国際法委員会 第二節. 国際法委員会の機能. 第三節. 国際法委員会の組織. 第四節. 条文草案の最終形式と国際法の法源. 第一章. 国際法の法典化の歴史と国連国際法委員会の設立. 現在国連国際法委員会において行われている法典化事業は、これまでの歴史的 な流れと独立して存在しているのではなく、過去の成功例や失敗例に学んでいる ところが多い。それ故、国際法委員会による法典化作業の国際法典編纂史全体に. おける位置付けを正確に把握するためには、まず国際法の法典化がどのような歴 史的展開をたどってきたのかを検討する必要があるといえる。そこで本章では、. 各時代毎の私的・公的法典化の特徴を検討することで、これまでの国際法の法典 化がどのような理由で成功と失敗を繰り返してきたのか、その要因を探り、これ. が如何なる形で国連憲章第13条1項(a)や国際法委員会規程の起草過程に影響 を及ぼしてきたのかを明らかにしていきたいと思う。.

(2) 254 第一節. 早法78巻4号(2003) 学界における私的法典化の努カー宣言方式による法典化一. (一)個人による法典化の試み. の 現行の規則の再記述(restatement)や新しい規則の定式化(formulation)を通 じて国際法を発展させようとする試みは古くから行われてきた。こうした国際法. の法典化の構想は、ベンタムをもってその嗜矢とするのが一般的である。かくし て法典化を通じて国際法を発展させようとする努力は、主に19世紀の初頭以降に. の. 見られるようになった現象であり、それはまず、学者によって推進されたもので あった。では当時の学者による法典化構想とは如何なるものであったのであろう か。以下この点を検討していく。. ①ベンタムの法典化構想 周知のように「国際法」(intemational. law〉の語はベンタムの造語によるもの. の. であるが、彼はまた、「法典化」(codification)の語の創始者でもある。まず、ベ. ンタムにとって「法典」(code)とは、慣習法や判例法のような不文法のもつ不 (4〉 明確さや複雑さを除去すべきものと観念されていた。このことからも彼は、国際 法の発展とそれによる永続的平和の確立を、慣習法による自然発生的な法形成に 依存するのではなく、法典化という意識的な法定立によってそれを達成すべきと. の. 考えていたことがうかがえるのである。. ベンタムにとって国際法典の目的とは、まさに「諸国家全体にとって最大の共 通功利」を実現すべきものでなければならず、このことは1786〜89年の間に書か. の. れた4つの論文からなる「国際法の諸原則」の中に明記されている。それによれ ば、国際法典は平時法と戦時法の2部構成からなり、前者が実体法、後者が手続 の 法としての地位を与えられるものとされている。つまり、ベンタムは平和こそが ラ 常態で、戦争は異常な事態であると考えていたのであり、平和を維持し、戦争を. ラ. 防止するための手段として以下のような非常に注目すべき提案を行っている。. 1)慣習によって確立されたものと考えられている不文法を確認すること。 (Homologation). 2)新条約一不明確なまま残されている全ての点、すなわち2国の利害が衝突し うるより多くの点についての、あらたな国際法を定立すること。 3)国内法、国際法を問わず、あらゆる種類の法を型式的に完壁にすること。. これらは法典化作業の態様にもかかわるものであり、とりわけ1)と2)について. は、今日の国連憲章や国際法委員会規程で採用されている「法典化」と「漸進的 エの 発達」の区分を先取りしたものと評価することができる。. 次に内容面についてであるが、ベンタムの念頭にあった国際法典は、それ自体 で完全なものであり、いかなる注釈も必要とせず、法の全体系が理論的秩序にの.

(3) 研究会報告(萬歳). 255. っとり、明確な用語法によってあらわされた、できる限り少数の、一般的規則か め. らなるものであった。ベンタムのこのような考え方は、1802年に出版された『民 事および刑事立法論』における「立法大全の概観」の第23章「国際法典の計画」 の に如実にあらわれている。. しかし、より注目すべきは、1827年にベンタムが自ら提案した国際法典の中身 である。「国際法典の計画」において、ベンタムは壮大かつ包括的な法典の作成 の提案を行ったにもかかわらず、1827年の彼自身の手による法典は、僅か8力条 からなるものにすぎなかった。内容的には、①あらゆる国の平等(第1〜2条)、. ②各国毎の統治形態、宗教および慣習の多様性の尊重(第3〜5条)、③国際平和 とその実現のために同意を基礎として、あらかじめ問題となりうる権利・義務を. 明確にしておくこと(第6〜7条)、④功利のもとで自国民の最大幸福を確保する の こと(第8条)、が規定されている。. いずれにせよ、ベンタムの国際法の法典化計画は、既存の国際法に基礎を置い たものではなく、むしろ功利の原則の詳細な適用たるべき法典をつくりあげよう く. の. とするものであった。その際、彼の問題意識のなかに強くあったものは、従来の. 自然法学者の先験的方法や理論的一貫性の欠如であり、また自然発生的な慣習法. 規範のもつ曖昧さであった。それ故、彼は成文の形式による明晰性の故に、国際 ラ 法の法源の中でも、とくに条約に注目することになったのである。とりわけ、ベ ンタムの法典化概念の中に、単なる慣習法規則の確認だけではなく、「国家問の 利害が真向から衝突する状況の中で、国際社会全体の最大共通利益を実現すると の いう、目的論的考慮を優先させた新たな条約の定立」も含まれていたという点は 現在でも非常に示唆に富むものといえるであろう。. ②ベンタム以後の学者による法典化の努力. 自然法学者による法典化でまず注目すべきは、フランス革命の際に、アッベ・ グレゴワールが1793年に起草した「諸国民の法についての宣言」(D6claration du エの Droit des Gens)である。同宣言は、最終的には採択されなかったが、一種の国. ラ. 際法の法典化としての評価を受けている。しかし、その後しばらくは国際法の法. 典化に関する動きで、あまり注目すべきものは見受けられなかったが、19世紀後 半になると再び多くの私的な法典草案が発表されるようになった。. 1861年になってようやく、オーストリアの学者、ドーミンペトルシェヴェッチ によって、真の意味における国際法の法典化の可能性を示そうとする試みがなさ れた。彼の著書、. Pr6cis. d. un. code. du. droit. intemationa1. は、236力条からな. る法典案で、第1部(第1〜175条〉は国際公法、第2部(第176〜236条)が国際. 私法にあてられている。前者はさらに平時法(第1〜105条)と戦時法(第 106〜175条)に分けられ、後者も民事法(第176〜218条)と刑事法(第219〜236条).

(4) 256. 早法78巻4号(2003) (19). に分けられている。彼は、国際社会に超国家的機関が存在していない以上、国際 法典も国家の自由意思に基礎を置く条約類似の形態をとらざるをえないため、国. 際法典の国家による受諾は、既存の条約の内容と当該法典との間に近似性が確保 (20〉 される場合に可能になると考えていた。それ故、彼の法典案は、慣習法の規則を 述べるにとどまらず、当時の一大条約群の中から導き出される共通の原則や規則 (21) をも含むものとなったのである。. 1863年には後の法典化に大きな影響を及ぼすことになった、いわゆる『リーバ の. 一法典』が出版された。同書は南北戦争の際、リンカーン大統領の要請にもとづ (23) いて書かれたもので、北軍の訓令第100号として発布された。そしてまた、本書 はブルンチュリによってドイツ語に翻訳され、今度はリーバーの要請にもとづき (24) ブルンチュリが国際法典を作成することになった。それがかの有名な1868年の (25). 『近代国際法』である。. そして1872年にフィールドが、982力条からなる、. national. Code. Draft. Outlines. ofan. Inter一. (26) を著した。フィールドは、本書の大部分は既存の国家の実行を. 確認することに力を注いでいるが、法が欠敏しているか改善の必要のある場合に (27) は修正や変更を行うこともいとわない、とその序の中で明確に述べている。1890 年にはフィオレが、. 11diritto. intemazionale. codificato. e. la. sua. sanzione. giuridica. を著したが、同書は、それまで提案されてきた法典化構想の中で最も (28) 入念に作成されたものとの評価をえている。そのフィオレも国際法の定式化を行 うにあたって、現行法の確認だけでなく、当時の社会にあらわれていた一般的信. 念や学者・法律家に共通の考え方に見出されるような、将来の国際法の規則とな (29) りうるものをも考慮に入れていた。. 20世紀に入ってもなおいくつかの学者による法典化の試みがみられるが、その 中でも重要な成果は、1906年のデュプレシと1910年のインテルノシャの著作であ る。デュプレシの著作には、国際機構に関する計画案と国際法の法典が含まれて. (30). おり、後者は既存の法の法典化にその対象が限られているといわれている。また. インテルノシャは、個人によるものとしては今までで最も包括的かつ最大の国際 法典といわれる. New. Code. of. Intemational. Law. を著した。これは実に5657. 力条もの条文からなる一大法典である。そしてその第1部(第1〜1518条)が国 際公法、第2部(第1519〜3464条)が国際私法、第3部(第3465〜5657条)が国際 機構について取り扱っている。本法典草案の特徴は、その法典化概念の広さにあ る。すなわち、彼にとって法典化とは、既存の法の体系化やその単なる修正にと どまらず、時代遅れとなってしまった原則、慣行および法を完全に作り直すこと. をも意味するものであった。その反面、本法典案は引用に不備な点が多くあるた. め、どれが著者自身の見解で、何が一般に行われている慣行についての言及にあ.

(5) 研究会報告(萬歳). 257. たり、何が著者による革新と呼びうるものなのかを区別できない部分もあり、批 (32). 判も多いことは確かである。. 以上、ベンタムから20世紀初頭に至るまでの学者達による法典化作業を概観し. てきたが、まず彼らの法典化概念に対する理解の仕方をみてみると、多くは、法. 典化とは単なる慣習法の再記述・再確認にとどまらず、何らかの形で立法的要素 を含むものと考えていたということができる。また、一口に「法典化」といって. も、その方法や内容の面において、論者によって非常に多義的に用いられてお り、これをそのまま現在の国際法委員会規程の法典化概念にあてはめて考えるの. は問題があるといえる。とりわけ、学者による私的な法典化の特徴は、国際法全. 体を単一の法典(a. singlecode)で著そうとするものであり、この点トピック毎. に法典化作業を進めていこうとする現在の方法とは際立った対照をなしていた。. また内容面においても、ベンタムやその後の学者によって唱えられたものは観念 的なものであり、国家実行に基礎を置くというよりも、むしろ、自然法理論にも. (33〉. とづく主要な指導的原理を述べるにとどまっていたといわれている。. とはいえ、こうした学者たちの努力を通じて、国際法においても法典化は十分 可能な作業であることが証明され、同時に国際法の法典化の利点だけではなく、. その作業における困難さも浮き彫りになったという点で、後世に与えた影響は大 (34〉. きい。しかし、学者個人による法典化作業はその後斜陽の一途をたどり、逆に法. 典化作業は組織化の傾向を強めていった。そうした一連の動きの中で、1873年に 国際的学術団体である国際法学会(lnstitut. (lntemational. Law. de. Droit. Intemationa1)と国際法協会. Association)が相次いで設立されるに及び、法典化への関心. が飛躍的に高められることになったのである。 (二). 非政府学術団体による法典化作業. 政府間レベルでの作業にも影響を及ぼし、広範かつ継続的で、組織化された私 的な法典化作業のうち注目すべきは、前述の国際法学会と国際法協会に加えて、 アメリカ国際法学会(American. ロー・スタール(Harvard. Law. Society. of. Intemational. Law)やハーヴァード・. Schoo1)によるものと、国際連盟主催の法典化事. 業に対する我国の国際法学会の貢献である。. ①国際法学会. 国際法学会は、1873年9月10日にベルギーのギュスタフ・ロランの斡旋により. 創設された国際的学術団体である。その発足にあたっては諸国の著名な学者が大 きな役割を果したが、その中には前述のリーバー、ブルンチュリ、フィールドな どの名もみられる。.

(6) 258. 早法78巻4号(2003). 国際法学会は、その規程第1条によれば、公的性格をもたない専ら学術的な団 体として、「国際法の漸進的法典化のためのあらゆる重大な努力に対して協力す. (36) ること」で、国際法の発展に寄与することを目的としている。歴史的にみても、. 同学会の業績は本質的に法典化の分野において現れているといわれており、そこ. での法典化作業は、従来の学者によるものとは違い、もはや体系的な方法で行わ. れるのではなく、むしろカレントな出来事にそくした形でトピック毎に作業が進 (37〉 められていったのである。実際の同学会による法典化作業は、常時いくつかの研 究委員会が設けられ、各委員会はそれぞれの報告者のもとで数年間審議を行い、. その後本会議の審議を経て報告書が作成され、通常は関係委員会による再検討の. (38〉 後に最終的な修正をすませた報告書や決議が採択されることになる。. 国際法学会による多くの決議は様々な形で、政府間レベルでも影響を及ぼして. (39) きた。その初期においては、とくに、1875年の国際仲裁裁判手続に関する決議や. (40) 1880年の陸戦に関する規則についての決議(いわゆる、オッタスフォード・マニュ. アル)が1899年と1907年のハーグ平和会議における作業の促進に寄与し、非常な. 影響力を及ぼしたことは有名である。また国際連盟による国際法典編纂会議開催 の決定をうけて、同学会の側でも委員会を設置し、法典編纂会議で実際に取り扱 (41). (42). (43〉. われた、国家責任、領海、国籍の3つのトピッタについて決議を採択し、あわせ. (44) (45) ば、領海に関する国際法学会の法典化作業は、国際法委員会や1958年の第1次国 の 連海洋法会議において大きな貢献をしたといわれている。現在でも、同学会が採 て法典化に関する一般的宣言も行っている。国際連合の時代になっても、たとえ. 択した決議は、たとえば国際法委員会の条文草案作成過程においてしばしば引 用・言及がなされているなど、高い評価を受けている。. ②国際法協会. 国際法協会は、1873年5月15日に設立された「国際法の改革および法典化のた めの協会」(Association. for. the. Reform. and. Codification. of. the. Law. of. Nations). をその前身としており、1895年に現在の名称に改められた。同協会は、その規程. 第2条によれば、「国際公法および国際私法の研究、解説および進歩、比較法の. 研究、法の衝突の解決のためおよび法の統一のための提案の作成並びに国際的理. (47〉. 解および親善の増進」を目的としている。同協会は、これまで国連経済社会理事. 会や国連教育科学文化機関(UNESCO)、国連貿易開発会議(UNCTAD)、国際 海事機関(IMO)で協議資格を有する、非政府間国際機構(NGO)としての地位 (48). を与えられてきた。. 国際法協会の作業は、特定のトピッタ毎に国際委員会が設けられ、委員長と報 告者を中心に研究および提案の審議が行われ、採択のために総会に報告される。. 同協会は、創設以来、国際法の多くの分野でその発展および法典化に貢献してき.

(7) 研究会報告(萬歳). 259. たが、その業績は既存の法の単なる確認というよりも、むしろ、その改善 ラ. (improvement)や提言といった側面において、貢献があったと評されている。. ③アメリカ国際法協会. アメリカ国際法協会は、1906年に創設された。同協会は of. Intemational. Law. American. Joumal. などの雑誌の刊行を通じて、国際法の発展に大いに寄与. してきたことは疑いない。とりわけ、法典化の分野において注目すべきは、国際. 連盟の事務総長の要請に応える形で、連盟により任命された専門家委員会に協力 するために、「国際法の漸進的法典化のための委員会」(Committee. for. the. Pro−. gressiveCodificationofIntemationalLaw)を設立し、積極的にハーヴァード・ロ. ー・スタールとも協力関係を結び、国際法の法典化に向けられた公式・非公式の. の. 努力と歩調を合わせるべく努力を重ねてきたことである。. ④ハーヴァード・ロー・スクール. 国際連盟によるハーグ国際法典編纂会議の準備作業に平行して、ハーヴァー ド・ロー・スクール主導のもとで作成された、いわゆる『ハーヴァード草案』は. その後の国際法の発展並びに学術研究に大いに貢献してきたと一般にいわれてお り、その評価は高い。. 1927〜8年に、ハドソン教授の主唱により法典草案作成のための研究 (Research. in. Intemational. 法律学会(American. Law. Law)が組織され、それまでの国際法学会やアメリカ. Institute)における作業手続にならう形で、草案作成. 作業が進められていくことになった。同研究は、まず44名(後、60名)の学者や 法律家からなる諮問委員会を組織し、同委員会が各主題に関する報告者を指名、. 報告者の原案を他の諮問委員の参加する会合で討議・修正して法典草案を完成さ. ラ. せる方法で進められた。. ハーヴァード草案は、時期的に4つの段階に分けることができ、平時国際法と 中立法の主要な分野に関する主題について、全部で13の法典草案が作成された。. 第1段階(1927〜9)では、第8回国際連盟総会が、国籍、領海および国家責任 の3つのトピックを法典編纂会議で法典化の対象とすることを決定したのを受け. て、これらのトピッタに関する法典草案が準備された。この法典草案は連盟事務 総長によって、法典編纂会議に招聰された各国政府に配付され、同会議において もしばしば引用・言及された。. 諮問委員会は、その後も1939年まで研究を続けたが、各段階における研究成果 は次頁の《図表1》の通りである。これらの草案は、条文毎に学説、判例、国内. 法、国家実行の引用からなる広範かつ詳細な注釈が付されており、法典編纂会議 ラ を離れても国際法の研究に大いに貢献したといえる。それ故、ハーヴァード草案 は、これまでの私的な法典化作業の中でも、国際法の体系化に最も貢献したもの.

(8) 260. 早法78巻4号(2003). とみなされており、同時に一定の場合には立法的要素を含めた形で条約草案を作 (53). 成している点は注目に値する。同草案の形式は将来の法典化作業に対して一つの 類型を示すことになり、そこで発展させられた法典化技術は後の法典化作業にも (54). 大いに影響を及ぼしてきた。なお、1961年にもハーヴァード・ロー・スクールは. 国際法委員会の要請を受け、新たに「外国人の経済的利益への侵害に対する国家 《図表1=ハーヴァード・ロー・スクールの成果》 報告者. トピッタ. 条文数. フローノイ. 国籍. 22条. 頁数. A.J.1.L。,Vo1.23. SupPlement(1929). PP.1−129. 自国領域内で外国人. 第1段階 (1927−9). 掲載誌. ボーチャード. の身体・財産がこう. むった損害に対する. 18条. 同上. PP,133−239. 同上. pp,243−380. 国家の責任 ウィルソン. 領海. 23条. リーブス. 外交特権と免除. 31条. A.」.1.L.,Vol.26. 第2段階. ライト. 領事の法的地位と機 能. SupPlement(1932). PP.15−187. 34条. 同上. PP,189−449. (1929−32). ジェサップ. 外国に関する裁判所 の権限. 28条. 同上. PP,451−738. ビンガム. 海賊. 19条. 同上. PP,739−1013. バーディッタ. 犯罪人引渡. 28条. A.」.1.L.,Vo1.29. SupPlement(1935). PP.15−434. 第3段階 (1932−5). ディキソン ガーナー. 犯罪に対する裁判管 18条 轄権 条約法. 36条. 同上. PP,435−651. 同上. pp,653−1226. A.J.1.L.,Vo1.33,. ロジャースと. フェラー. 司法共助. 14条. No.1−2,Extra. pp.11−166. Number(1939). 第4段階 (1935−9). ジェサップ. ジェサップ. 海戦と空戦における. 中立国の権利義務 侵略の場合における 国家の権利義務. lM条 16条. A.JJ.L.,Vo1.33. SupPlement(1939). 同上. pp,167−817. PP,819−909.

(9) 研究会報告(萬歳). 261. の責任」に関する条約草案を作成した。. ⑤日本国際法学会 我国の国際法学会も、国際連盟における法典化事業に積極的な協力をするため に、その総力をあげて法典草案の作成に取り組んだ。. まず国際法協会(ILA)日本支部が以下の10の問題につき、法典化を実行すべ きことを決定し、その旨を同協会本部に通報したことを受けて、日本国際法学会 もこの10の問題に対して、独自に法典草案を作成し、これを連盟に提出すること. を決定した。その際同時に、研究立案のために15名の委員を選んで実際の作業に の. あたらせることになった。. ①国籍及帰化二関スル問題 ②外国人ノ身体及財産二関スル損害二対スル国家ノ責任ノ問題. ③国内問題ノ限界ノ問題 ④国外二於ケル犯罪ノ管轄及其ノ犯人引渡ノ問題 ⑤沿岸海ノ限界及沿岸国ノ沿岸海二於テ行フヘキ国権(裁判管轄権ヲ含ム) ノ内容及制限ノ問題. ⑥軍艦及其ノ他ノ公船ノ地位ノ問題 ⑦外交使節及其ノ随員ノ特権拉之ヲ準用スヘキ範囲及場合ノ問題. ⑧領事ノ職務及特権ノ問題 ⑨入国、追放及外国人ノ取扱二関スル問題 ⑩通商上ノ衡平待遇二関スル問題 その後、日本国際法学会と国際法協会日本支部との連合研究委員会が設置さ れ、前記の10の問題にっいて研究を継続し、1926年5月に至るまで41回もの会合. を重ね、③の国内問題に関する主題を除き、9個の法典草案(次頁の《図表2》 参照)を完成させ、これを英訳したうえで連盟の「国際法の漸進的法典化のため の の専門家委員会」に提出した。. これら9個の法典草案は国際的にも高く評価され、1928年の第9回国際連盟総 会でとくにハーヴァード草案とともにその活動に対して謝辞が述べられ、このこ. ラ. とは連盟総会の決議にも明記されることになった。このことからも連盟の法典化 事業に対して日本が果した役割は極めて大きなものであったということができ、. この時期に日本の国際法学がこうした法典化作業への参加を通じて、それまでの. 受動的な国際法の導入の態度から、「国際立法という形で国際法の形成そのもの に対して積極的に貢献していく姿勢」へと転換していったということがうかがえ ラ るのである。. これまで非政府学術団体による法典化作業を概観してきたわけであるが、現行.

(10) 262. 早法78巻4号(2003) 《図表2:日本国際法学会の成果》. 邦文タイトル ① 国籍ノ得喪二関スル原則. ②. ③. ④. ⑤. ⑥. 外国人ノ生命身体又ハ財産二付テ ノ国家ノ責任二関スル規程. 国外二於ケル犯罪ノ管轄及犯罪人 引渡二関スル規程. 沿岸海ノ限界及沿岸国ノ沿岸海二. 於テ行フ国権ノ範囲二関スル規程. Principles and. loss. Rules a. in. of. ceming Rules. responsibility to. the. committed. conceming. and the. −war. the. of. life,person. jurisdiction. abroad. and. 外国人ノ入国及追放拉外国人ノ取 扱二関スル規程. and. ⑨ 通商上ノ衡平待遇二関スル原則. immmities Rules. of. the. extent. powers. littoral. other. of. of. littoral. exercised. public. there−. vessels. diplomatic. Rules. of. by. a. Principles. 7条. the. agents. functions. an(i. 11条. 4条. 8条. consuls. conceming. aliens,their. of. 11条. state. concerning. privileges. sion. 5条. of. con−. 外交使節ノ特権及免除二関スル規 Rules concerning the privileges and 程. 9条. extradition. waters by. acquisition. aliens. concerning. offences. in. the. relation. property. Rules. the. nationality. concerning. state. and. concerning of. 軍艦其ノ他ノ公船ノ地位二関スル Rules conceming the status of men−of 規程. ⑦ 領事官ノ職務及特権二関スル規程. ⑧. 条文数. 英文タイトル. the. admission. treatment and. their. of. expul− 11条. state. for. the. equitable. treatment. 5条. commerce. 法の内容の確認に主眼を置く、国際法学会やハーヴァード大学とは対照的に、国 際法協会は既存の法の改善を目的とするなど、各団体で法典化に対する取り組み 方は様々であったという点には注意が必要である。しかし、非政府学術団体によ. る法典化作業は、学者個人によるものとは異なり、国際法の全体系に及ぶ完全な. 法典を作成しようとするものではなく、現在国際法委員会で行われているよう な、国際法の特定の分野に限った形で行われてきた。それ故、現代的意味におけ. る国際法の法典化は、その適切な意味において、1870年代以降のこれらの非政府. 学術団体によって開始されたということができよう。そして、ハーヴァード草案 に代表されるように、組織化された私的法典化作業を通じて、法典化のための調 査・研究方法に関する技術が大いに発展し、そこでの作業方法(特定のトピッタ.

(11) 研究会報告(萬歳). 263. に関する研究や報告を行うための委員会の設置、そうした委員会で報告者の提出した草. 案を討議・再検討することなど)はどのようにすれば最良の形で法典化が達成され め うるのかを、学界の側から示そうとするものであったということができる。 (三). 宣言方式による法典化の特徴と問題点. 宣言方式による法典化は、それ自体としては諸国に対する拘束力を有すること はない。その法源としての位置付けは、国際司法裁判所規程第38条1項の用語に. 照らしていえば、「法則決定の補助手段」としての地位を有することになる。つ まり、既存の慣習法の有権的な、成文の形式による「証拠」たる位置付けを与え ラ. られることになるのである。. 宣言方式は、科学的な(scientific)性質を強く帯びているため、国家の直接的. 利害関係に左右されることなく、客観的に現行の規則を確認しうるという点に大 きな特徴を有している。それ故、自然発生的成長をとげてきた慣習法規則の内容 を確認し、宣言する方法として、宣言方式による法典化は、非常に有用な手段と みなすことができるといえよう。. しかし注意しなければならないのは、これまでの検討からも明らかなように、. 宣言方式といえども、そこでの作業は多かれ少なかれ立法的要素が入ってくると. いうことである。この立法の部分は、今後の国際法の発展に対する指針となる可. 能性を有しているが、国家による受諾のない場合、それは法源として実際的効力. を有することはない。この点について、デュプレシが自ら法典案を作成した際 に、それまで学者によって試みられてきた法典案が国家によって受け入れられる. ことがなかった理由として、法典化における立法的要素をあげ、法典化は既存の ラ 法の確認や宣言に限るべきであるとの批判を行っていたことは、注目に値する。 まさにこの点に、宣言方式による法典化の限界が存在しているといってよいであ ろう。宣言方式による法典化も、およそ法典化を通じて国際法の発展を目的とし. ている以上、単なる既存の法の証拠にとどまるものではなく、最終的には国家に よる受諾、すなわち条約化を目標としている。つまり、宣言方式は条約の形式に. おける将来の法典化へと至る過程の、必要ではあるが前提的な段階に位置するも ラ のにすぎないのである。. 宣言方式は、現行法の確認として客観的証拠を提供する際には、法典化の有用 な段階と位置付けることができるが、国家間の利害の対立を調整するための手段 としてはあまり有用な方法であるとはいえない。このことはたとえば、後述する. ように、ハーヴァード草案のように極めて体系化された私的条約草案をもってし. ても、1930年のハーグ国際法典編纂会議における、諸国の見解の対立を止揚する. ことができなかったことに照らしてみても、明らかであるといえる。それ故、立.

(12) 264. 早法78巻4号(2003). 法的要素を含んでいたり、国家間の利害の対立を調整しなければならない場合 は、やはり諸国の明示の合意を確保する必要があり、最終的には条約による法典 化に頼らざるをえなくなるのである。以下では、国家自身が、このような利害の 対立をどのように調整しながら法典化を達成しようとしてきたかを、条約による 法典化の歴史的展開をたどりながら、検討する。. 第二節. 国際会議における公的法典化事業一条約方式による法典化一. (一)第1次世界大戦前における公的法典化事業 国際政治あるいは外交のうえで、国際法の法典化の重要性が最初に認識される ようになったのは、おそらく、1899年と1907年の2回にわたるハーグ平和会議に. おいてであったといえよう。しかし、それ以前にも、今日的意味における法典化 の要素を含んだものをみることができ、一般的かっ恒久的な関心を持つ法律問題 の政府間による規制については、ウィーン会議にまで遡ることができる。. 第1次世界大戦前までの公的法典化事業の主な流れをたどると「ウィーン会議 (1814〜15)→パリ平和会議(1856)→ブラッセル会議(1874)→第1回・第2回 ハーグ平和会議(1899、1907)→ロンドン海軍会議(1908〜9)」となる。以下、各. 会議における成果を中心に、この時代における公的な法典化事業の特徴を検討し ていきたいと思う。. ①19世紀における多数国問会議の特質. ナポレオン戦争の終結対策のために開催されたウィーン会議では、国際河川制 度、奴隷貿易の廃止、外交使節の席次に関する諸規定が採択され、国際立法のう. えに顕著な成果を残したという点で、今日的意味における法典化の萌芽を見るこ の. とができる。とくに前2者については、いわゆる立法条約の最初のものとしての. 評価を受けている。次いで、タリミア戦争後の講和会議(パリ平和会議)におい て、「パリ宣言」(正式名称:海上法ノ要義ヲ確定スル宣言)が採択され、従来多数. 国問で一致した合意が結ばれることのなかった海上捕獲に関する国際法上の規整 が安定を示すに至った。それ故、パリ宣言は、「普遍的受諾に似たものを受けた、. 海戦における交戦国と中立国の権利を規律する、最初のかつ最も重要な国際文 ゆ 書」であったと評されている。 その後、こうした立法条約を通じて戦時法の特定の問題を解決するための散発 的な努力が続けられたが、その中でも重要なのは、「赤十字条約」(1864)と締約. 国間の戦争において軽量(400グラム以下)の炸裂弾の使用を禁止した「セント・ ピータースブルグ宣言」(1868)である。そして、1874年のブラッセル会議は、. 少なくとも陸戦に関するより重要な規則を国際的な行動を通じて体系化し、法典.

(13) 研究会報告(萬歳). 265. 化することが望ましく、また実現可能であるとの認識が増大したことに応える形 で開催された。その意味で、国際法の法典化の歴史における一つの画期的な出来 アつ 事ということができる。同会議の宣言は、英独の反対により最終的に批准されな かったが、これは1899年の第1回ハーグ平和会議における「陸戦ノ法規慣例二関 スル条約」の附属規則として採択された「陸戦ノ法規慣例二関スル規則」の基礎. のラ. をなしたともいわれている。. 19世紀においては、ここにあげた以外にも、たとえば国際私法の統一、知的所 有権の保護、郵便・電信にかかわる規制等、国際的関心を有する様々な社会的・ 経済的問題について、相当数の条約が外交会議において採択された。ハドソンに よれば、ウィーン会議、そしてパリ宣言を経た後、1864年から1914年に至るまで. 100以上の国際会議が開かれ、250以上の多数国間の国際文書が採択されたといわ. れる。確かにこれらは、国際法を発展させようとする各国政府の意識的かつ持続 的努力の結果生まれてきたものである。しかし、このことはあまり誇張されては ならない。というのも、これらの国際会議で採択された文書の多くは、当時の緊. 急性を有する事項を扱ったものであり、元々は国際的摩擦の淵源を除去する目的 で作成された契約的な取極(contractual. arrangement)の性質を持つものにすぎ. ラ. なかったからである。つまり、条約という手段を通じて、特定の問題の解決をは かることに主眼が置かれていたのであり、現在国際法委員会で行われているよう. な、法典化を通じた国際法の制度的発展を目的としていたということはできない のである。とはいえ、これらの経験により外交会議の有用性が認識されるように なり、明確な目的を持った行為規律的規則(conduct−regulating. rules)を強力に. 追求するための国際会議をより集中的に利用していこうとする動きにつながって クの. いった。こうした一連の動きの中で、2回にわたるハーグ平和会議が開催される に至ったのである。. ②ハーグ平和会議とロンドン会議における成果と問題点. ハーグ平和会議は、戦争の終結にともなって開かれる通常の講和会議とは異な り、国際紛争の平和的解決、戦争の防止および戦時国際法上の諸問題を取り扱っ. た国際会議で、国際法の法典化、とりわけ戦時法の法典化の最初の本格的な試み てク ラ であるといわれ、多くの成果をあげた。同会議は、はじめて世界の大多数の諸国. が主権平等のもとに条約の採択に成功したという点で、国際法の法典化のその後. ラ. の動きにとって大きな意義を持つものである。. 第1回会議には、ヨーロッパ諸国と日本、清国、メキシコ、ペルシャ、シャ ム、アメリカ合衆国の合計26力国が参加し、会議は総会と3つの委員会、小委員. 会で討議検討のうえ、3条約と3宣言を採択したが、軍備制限に関しては成果を あげることができなかった。第2回会議は、当時のほとんど全部の独立国、44カ.

(14) 266. 早法78巻4号(2003). 国の代表が参加して開催された。そして会議では、総会のほかに6つの委員会と. (80). 小委員会が設けられ、それらで討議検討のうえ、13条約と1宣言が採択された。. (両会議において採択された、条約および宣言は次頁の《図表3》の通りである。)これ. らハーグ平和会議において採択された諸々の条約は、諸国政府の法典化への意識 的努力をともなった結果であり、国際法の法典編纂史において画期的なことであ. った。なかでもこの会議を通じて、「条約」が国際法を法典化し、発展させる最. (8D. も有効な手段の一つとして認識されるようになったことは注目に値する。. ハーグ平和会議は、国際紛争の平和的解決と陸戦法規の分野では多くの成果を あげ、当該分野におけるその後の発展に与えた影響は大きい。このように同会議 は成功裡に終わったということができるが、他方で期待された程の成果をおさめ ることができなかったともいわれている。その大きな理由として、会議の準備・ (82〉 進行等に関する手続的側面の問題があげられており、その中でも準備作業の欠如 と投票手続の問題点が、同会議においてとくに認識されるようになった。. ハーグ平和会議の投票手続は全会一致規則に従って行われていた。しかし会議 が進行していくにつれ、全会一致規則は、政治的取引を目的とする外交会議にお. いては有用な規則としての役割を果しうるが、ハーグ平和会議のように参加国全. 体を拘束しうるような法の定立を目的とする会議においては、参加国それぞれに (83) 絶対的な拒否権を与えてしまうことになり、不必要な障害を構成するという認識. が生まれてきた。それ故、1907年以後、この点について批判が強まることとな り、第3回平和会議においては別の原理・原則に従って会議が進行されるべきで (84). あると主張されるようになった。. また、ハーグ平和会議においては事前の十分な準備作業が欠如していたため、. 委員会は多くの不完全な提案を検討しなければならず、様々な点で時間のロスを. 招いた。それ故、第2回会議において準備作業の必要性がとくに強調され、第3 回平和会議の開催に向け、「会議に付される様々な提案を集め、どの主題が国際 的規制の具体化のために熟したものであるかを確認し、利害関係国による慎重な 検討を可能にするためにも、十分な時間をもって各国政府が決定することのでき るプログラムを準備する任務を持った」準備委員会を、第3回会議の開催予定日 (85) より2年前に、設立すべきことが提案されることになった。しかし、第3回会議. は第1次世界大戦勃発のため、開催されることはなかったが、ここで描かれた筋 道は、第1次世界大戦後の平和条約や国際連盟において受け継がれていくことに なり、法典化作業の手続的側面について、後世に残した影響は大きいといえる。. またさらに、第1次世界大戦前における国際法の法典化技術の発展を考えるう えで、とくに注目すべきはロンドン会議における「ロンドン宣言」(正式名称:海. 戦法規に関する宣言)の作成方法である。この会議は、第2回ハーグ平和会議で.

(15) 研究会報告(萬歳). 267. 《図表3=ハーグ平和会議の成果》. 第1回会議(1899年):3条約3宣言 条約 宣言. ①. 国際紛争平和的処理条約. ②. 陸戦ノ法規慣例二関スル条約. ③. ジュネーブ(赤十字)条約ノ原則ヲ海戦二応用スル条約. ①. 軽気球カラノ投射物爆発物投下禁止宣言. ②. 毒ガス投射物使用禁止宣言. ③. ダムダム弾使用禁止宣言. 第2回会議(1907年):13条約1宣言. 条約. ①. 国際紛争平和的処理条約. ②. 契約上ノ債務回収ノ為ニスル兵力使用ノ制限二関スル条約. ③. 開戦二関スル条約. ④. 陸戦ノ法規慣例二関スル条約. ⑤. 陸戦ノ場合二於ケル中立国及中立人ノ権利義務二関スル条約. ⑥. 開戦ノ際二於ケル敵ノ商船取扱二関スル条約. ⑦. 商船ヲ軍艦二変更スルコトニ関スル条約. 古日妄・. ⑧. 自動触発海底水雷ノ敷設二関スル条約. ⑨. 戦時海軍力ヲ以テスル砲撃二関スル条約. ⑩. ジュネーブ条約ノ原則ヲ海戦二応用スル条約. ⑪. 開戦二於ケル捕獲権行使ノ制限二関スル条約. ⑫. 国際捕獲審検所ノ設置二関スル条約. ⑬. 海戦ノ場合二於ケル中立国ノ権利義務二関スル条約. ①. 軽気球上ヨリ投射物及爆発物ノ投下ヲ禁止スルコトニ関スル条約. 計画された国際捕獲審検所の設置に鑑み、審検所で適用される実体法たる海上捕 (86). 獲法規の確定のために開催された。会議で調印されたロンドン宣言は、会議開催 国のイギリスの議会で批准を得ることができず、最終的に正式の効力を生じるこ とはなかった。しかし会議そのものは、イギリス当局によって国家実行や諸国政 府の見解の体系的確認や編集が行われたことにより、きわめて十分な用意がなさ (87). れていた。それ故、この作業方法は、「外交記録の中でも、これまで決してこれ (88) に勝るもののなかった手本(model)」を示したものとの評価を受け、以後、精練.

(16) 268. 早法78巻4号(2003). され、広範に受け入れられていくことになったのである。. ③第1次世界大戦前における法典化の特徴 以上の検討から、この時代の法典化の特徴としてどのようなことがいえるであ ろうか。まず分野にっいての特徴は、当時の法典化は戦時国際法の分野にほとん. ど限られていたことである。この点、現在の国際法委員会における法典化作業が 平時国際法の分野に限定されていることと際立った対照をなしている。しかし、. そこでの法典化作業は現在と同様、すでに特定のトピック毎に行われるようにな っていた。. そしてこの時代に、とりわけハーグ平和会議を通じて、法典化の実現手段とし. て「条約」の有用性が認識されるようになった。というのも、第1次世界大戦前. の法典化は、緊急性を有する事項を扱ったものが多く、慣習法の曖昧さを除去 し、かつ国家の明示の合意を確保するためには、条約の形式による法典化が望ま しいと考えられていたからである。また他方で、この時代は、国際会議における. 多数国間条約や決議といった外交手段の発展を経験し、これらの手段が法典化の. ラ. 目的のために非常に適したものであるということが証明された時代でもある。そ. の際、ハーグ平和会議のような法の定立を目的とする会議と政治交渉をするため. の通常の外交会議とでは、その性質に大きな相違がみられ、それぞれで別の手続 規則が求められるべきであるとの認識も生まれてきた。このようにこの時代は、. 国際法における法典化の主導的地位が、学界から国家の側へと徐々に移ってい く、まさに移行期にあったといえよう。. しかし、このことは必ずしも学界における私的な法典化作業が国家に対する影. 響力までも失ったということを意味するものではない。たとえば、ハーグ平和会. 議において作成された国際紛争の平和的解決ならびに戦争法規に関する諸条約 は、その内容からいえば、すでに1800年代に学界、とくに国際法学会と国際法協 の 会において法典化の議題として審議されていた問題であった。それ故、この時代. における法典化の特徴の1つとして、学界における法典化作業と政府間の法典化. の努力との間には、ある種の融合(amalgamation)がみられ、双方の結びっき (91) の増大をみて取ることができるのである。そしてこれらの特徴は、次の連盟期に おいても活かされ、さらに発展させられていくことになる。. 第1次世界大戦前までの法典化は、前述のように、緊急性を有する事項にかか わるものが多く、そのため政治的状況に左右され、法典化のために選ばれるトピ の ックも偶然的要素に依存する部分が強かった。この点に当時の法典化の「弱さ」 が内包されていたといえよう。それ故、現在国際法委員会で行われているような. 意味での、国際法全般を制度的に発展させようとする法典化作業の出現は国際連 盟におけるそれを待たなければならな刀・ったのである。.

(17) 研究会報告(萬歳). (1)国際法における法典化の文脈で、. restatement. 269. という用語が用いられる場合、主に次の. 2つの意味を有するものとされる。すなわち、1つは、慣習法や判例法のような不文法の規則 を、成文の形式でそのまま述べ直すことを意昧し、他は、アメリカ対外関係法リステートメン. トのように、それ自体としては直接拘束力を持たないが、現行の不文法等を条文の形式で再表. 現・再構成したものを意味する。本稿でも基本的に、この用語法にならい、前者を指す場合に は「再記述」、後者の場合には「宣言方式」という用語を用いることにする。. (2)国際法の「法典化」とは、成文の形式への移し替え(UmgieBung. in. Schriftform)の過. 程を意味し、この過程を通じて不文の国際法を体系的に定式化・詳細化し、より安定した基盤 に置くことを目的とする。法典化の用語は、慣習法規則の単なる再確認にとどまると考えられ たり、あるべき国際社会を目指した立法過程を意味するとされたり、かなり多義的に用いられ ている。そこで本稿では、従来の国際法の法典化に関する様々な努力を検討することで、どの. 法典化作業が現在国際法委貝会で行われている作業の系譜に連なるものであるのかを考察して いくことにする。A.VerdrossundB.Simma,Un1∂6欝6116s%」舵7760h!」Th60万6%η4P名翻s (3.AufL,1984),pp.372−373.. (3). E. (4). J.Bentham,. Nys,. The. Codification A. General. of. View. Intemational of. a. Law. Complete. ,∠4」五L..VoL5,No.4(1911),p.872.. Code. of. Laws. ,in. J.Bowring(ed.),7. h6. のb娩sげノ〃6彫夕β6%∫hα窺,VoL3,p.206.. (5)村瀬信也「国際立法学の存在証明」浦野起央・牧田幸人編集代表『現代国際社会の法と政 治(深津栄一先生還暦記念)』(北樹出版、1985年)所収、113頁。 (6). J.Bentham,. Principles. of. Intemational. Law. ,in. J.Bowring(ed.),s吻名o. nQte4,VoL. 2,p.538. (7). 1ゐ」4.,p.539.. (8). R.P.Dhokalia,Zh6004舜o召〃o%. ゾPzのあo乃z渉6ηz. (9). Bentham,s吻昭note6,p.540.. (10). 村瀬「前掲論文」(注5)114頁。. (11). Dhokalia,sゆ搬note8,p.40。. (12). J.Bentham,. publi6s corps. en. de. Plan. Frangais. du. par. code. intemationa1. 痂o,z召l. ,in. Lαω(1970),p.40.. T紹彪吻1喀乞sJ観o%6魏16αヵ6照16,. Et.DumonちTome1(1802),Chapitre23de. Vue. g6n6rale. d. un. I6gislation,pp.360−362.;J.ベンダム(E.デュモン編、長谷川正安訳)『民事および. 刑事立法論』(勤草書房、1998年)248−249頁。. (13). この1827年のベンタムの法典については、、4.S,∠L。P名06664初83び. 皿66枷8hε」4磁砺h初g孟oηn (14). Note. on. the. Private. 25,16May1947:reprinted. h64孟h。4πn%41. C(1910),pp.223−224、を参照。 Codification. of. Public. Intemational. Law. ,UN. Doc.A/AC.10/. in、4」五L.,VoL41(1947)Supplement,p.139.. (15). Dhokalia,szφ鵤note8,p.42.. (16). 村瀬「前掲論文」(注5)114頁。. (17). この宣言は21力条からなるものである。条文については、英訳版であるが、!1.S五L.P70−. 606漉㎎&s吻廻note13,pp.226−227、を参照。 (18). 田畑茂二郎『国際法1[新版]』(法律学全集55〉(有斐閣、1973年)115頁。. (19). Alphonse. de. Domin−Petruschevecz,P名顔s4. 観oo464%. !701孟翻8規観o襯Z(1861),pp..

(18) 270. 78. 4. r* (2003). 23‑102. (20) Ibid., pp. 5‑7.. (21) Dhokalia, supra note 8, pp. 48‑49.. (22) F. Lieber, "Instructions for the Government of Armies of the United States in the Field", in The Miscellaneous Writilegs of Fra7ecis Lieber, Vol. 2 (1881) , pp. 245‑274. (23) i EEl L‑. : ,)I. :. [. ]. (; i4 '‑‑"'‑‑'‑'" ;. 1993 p) 13̲ ... (24) UN Doc. A/AC.10/25 : reprinted in A.J.1.L., supra note 14, p. 142.. (25) J. C. Bluntschli, Das moderne Vdlkerrecht der civilisierten Staaten als Rechtsbuch dargestellt (1868) .. (26) ; c := ) :P41.. c̲IE (27). ). i. I t. l F. (7);; 1 l)f. 2. IC. a). i '. 4ft. v・1Cl .. D bI. l. jC. ). I. (7)f: a). ‑.....;. hl. t. ;. ; i. .. Ibid., p. ii.. (28) UN Doc. A/AC.10/25 : reprinted in A.J.1.L., supra note 14, p. 143.. e ii .. ;. D D Freld Outlmes of an Internatronal Code (2nd ed., 1876) .. 1C. ;. it. i ;j l918ip. LICv・; .. (29) P. Fiore (translated by E. M. Borchard) , International Law Codlfied alrd its Legal Sanction or the Legal Organization of the Society of States (1918), pp. 78‑79. (30) E. Dupplessix, La loi des nations : projet d'i sstitution d'une autorite nationale. Ie gisla‑ tive, administrative, judiciaire : projet de code de droit inter7eational public (1906) , pp. 20. ‑23 ; J. W. Garner, Recent Developments in 1leternatioleal Law (1925) , pp. 715‑716.. (31) J. Internoscia, New Code of International Law (1910) , pp. x, xiv. (32) Dhokalia, supra note 8, pp. 59‑60. (33) S. Rosenne, "Codification of International Law", in R. Bernhardt (ed.), E,ecyclopedia of Public 1leternational Law, Vol. I (1992), p. 634.. (34) Dhokalia, supra note 8, p. 61.. (35) UN Doc. A/AC.10/25 : reprinted in A.J.1.L., supra note 14, p. 144. (36) Institut de Droit International, Anleuaire de l'Institut de Droit International, Vol. 26 (1910), p. l.. (37) F. Munch, "Institut de Droit International", in R. Bernhardt (ed.) , supra note 33, Vol. 2 (1995), pp. 997‑998. (38) i. i. ,i. l. [. ]. I. :( i. J#L. ( i. 1995. ) 288. (r I. ,. '. J a)J :. /j.EEI. =.B ). Dhokalia, supra note 8, p. 65.. (39) Institut de Droit International, Aleleuaire de l'Institut de Droit International 1875‑ 1883 ( dition nouvelle abr6g6e, 1928), Vol. 1, pp. 55‑62. (40) Ibid., pp. 707‑727.. (41) Ibid., Vol. 33, Tome 111 (1927), pp. 330‑335. (42) Ibid., Vol. 34 (1928), pp. 755‑759.. (43) Ibid., pp. 760‑761. (44) Ibid., Vol. 35 (1929), pp. 312‑314.. (45) Ibid., Vol. 47, Tome 11 (1957), pp. 485‑488.. (46) Dhokalia, supra note 8, p. 65. (47) I.L.A., Report of the 50th Conference held at Brussels (1963), p. xxxviii..

(19) 研究会報告(萬歳) (48) 2. R.Stδdter,. lntemational. Law. Association. ,in. 271. R。Bemhar(it(ed.),s勿πmote33,VoL. (1995),p.1207.. (49). 国際法学会[編]『前掲書』(注38)288頁(「国際法協会」の項、石本泰雄担当)、Dho−. kalia,s%カηz. (50). (51). UN. note8,P.68.. Doc.A/AC.10/25:reprlnted. in・4/1/1ゐ.,3zφ㎜note14,pp.145−146.. 国際法学会[編]『国際法辞典』(鹿島出版会、1975年)546頁(「ハーヴァード草案」の. 項、安藤仁介担当)。 (52). 同上546頁。. (53)例えば、「領事の法的地位と機能」に関する草案では、「この主題に関する法典はかなりの 程度、立法となるであろう」と述べられている。、4」五L.,Vo1.26,(1932)Supplement,p.214. (54). Dhokalia,5ゆ耀note8,pp.70−71.. (55). L.B.Sohn. Interests. (58). of. and. Aliens. R.R.Baxter,. Responsibility. of. States. for. Injuries. to. the. Economic. ,・4ノヱL.,VoL55,No.3(1961),pp.545−584.. この点に関する日本国際法学会の動きにっいては、『国際法外交雑誌』24巻6号(1925年). 104−105頁、参照。. (57)邦文と英文の法典草案については、「日本国際法学会及国際法協会日本支部議定国際法典 案」『国際法外交雑誌』25巻6号(1926年)1−21、1−29頁、参照。またあわせて、「日本国際法. 学会決議国際法典案(第2)」『国際法外交雑誌』29巻3号(1930年)1−12頁も参照。 (58). 「我が国際法学会に対する連盟総会の賛辞」『国際法外交雑誌』28巻2号(1929年)92−93. 頁。なお、本号の93−98頁に当該連盟総会決議が収録されており、またこの連盟総会に対して. 謝意を表するため山田三郎博士により「国際連盟と国際法典編纂」と題する論文が1−31頁に掲 載されることになった。. (59)村瀬信也「日本の国際法学における法源論の位相」『国際法外交雑誌』96巻4・5号 (1997年)183−184頁。. (60). 中村洗「国際法委員長の構成と機能(1)」『法学研究(慶応義塾大学)』39巻4号(1966. 年)6頁。 (61). Dhokalia,3勿解note8,p.74.. (62). R.Y.Jemings,. tion (63). (64). The. Progressive. of. Intemational. Law. and. its. Co(iifica一. Dupplessix,ε吻名αnote30,pp.20−23.. Survey. tional. Law. of. Intemational. Commission. ,UN. Lauterpacht,動孟67%≠ガo照l. (65). Development. ,B.γB五L.,VoL24(1947),pp.303,308.. S.Roseme,. The. Law. in. Relation. to. theWork. ofCodification. ofthe. Intema−. Doc.A/CN.4/1/Rev.1,10February1949:reprinted. Lαzo. Intemational. Coll6. Law. in. H.. 渉84勲卿欝,Vo1.1(1970),p.467.. Commission,1949−59. ,B。}こBヱL.,VoL36(1960),. p.106.19世紀と20世紀では慣習国際法をめぐる状況は、とりわけその成立要件の点において、. 異なっているといえる。しかし、本稿は慣習法の法典化技術の発展に注目するものであるか ら、この点については以下の文献をあげるにとどめる。島田征夫「19世紀後半の慣習国際法に っいて」『早稲田法学』74巻4号(1999年)59頁以下。 (66). Unite(i. Nations,Th6凧}挽φ孟h61窺ε7nαガo郷l. LαωCo窺窺乞sslo%(5th. ed.,1996),pp.. 1−2.. (67). 国際法学会[編]『前掲書』(注51)40頁(「ウィーン会議」の項、入江啓四郎担当)。.

(20) 272. 早法78巻4号(2003). (68〉. R.Y.Jennings,. The. Progress. of. Intemational. Law. ,E. ylB正L.,VoL34(1958),p.. 342.. (69). 国際法学会[編]『前掲書』(注51)555頁(「パリ宣言」の項、石本泰雄担当)。. (70)H.W.Malkin,. The. Inner. History. of. the. Declaration. of. Paris. シ,BK8五L.,Vo1.8. (1927),P。2. (71). Dhokalia,s吻鵤note8,p.85.. (72). 藤田『前掲書』(注23)15頁。. (73). United. (74). M.0.Hudson,動卿n罐o襯l. (75). Nations,sゆ㎎note66,p.2.. Historical. Intemational. Survey. Conferences. of. L6gゑs伽才o%,VoL1(1931),pp.xix−xxxvi. Development. ,UN. of. Intemational. Law. and. its. Doc.A/AC.10/5,29Apri11947汀eprinted. Codification. by. in・4」五L.,VoL. 41(1947)Supplement,p.33. (76). Rosenne,s吻名αnote65,P.107.. (77). Rosenne,szφ7召note33,P.635.. (78)J.M.Mδssner,. Hague. Peace. Conferences. of1899and1907. ,in. R.Bemhardt(ed.),. s砂昭note37,VoL2(1995),p.671. (79)国際法学会[編]『前掲書』(注38)639頁(「ハーグ平和会議」の項、江藤淳一担当)。. (80)国際法学会[編]『前掲書』(注51)549頁(「ハーグ平和会議」の項、宮崎繁樹担当)。ま. た、ハーグ平和会議の成果の詳細については、関野昭一「ハーグ・レジームの百年(1)一国 際司法制度形成史研究序説(第2部)一」『國學院法学』37巻3号(1999年)12−32頁。 (81). 1.Sinclair,∫%≠θ7多zαあo銘αl. L. zω. Coηz%zゑssガo%. (82). 乃♂4.,P.2.. (83). F.S.Dunn,P鵤o!廊6伽4、P名oo64郷ε. (84). この点については、F.C.Hicks,. (1987),PP.2−3.. ゾ1窺θ7%渉Jo%αl. Co嘘z6鴛66s(1929),p.131.. TheEquahtyofStatesandtheHagueConferences. ,. ・4」五L.,Vo1.2,No。3(1908),pp.530−561、を参照。. (85). The. Final. Act. of. the. Peace. Conference. of1907. ,in. J.B.Scott,7㌃6∬囎%6彪σ06. Co瞬紹多zo6げ1899伽4ヱ907,VQL2(1909),pp.289−291. (86). 国際法学会[編]『前掲書』(注51)718頁(「ロンドン宣言」の項、石本泰雄担当)。. (87). Rosenne,s吻名ζz. (88). League. (89). Rosenne,sz4〉74note33,p.635.. of. note33,p。635.. Nations,C朔ヒ毎1ノδz6. zα45φ66毎l. (90). 中村「前掲論文」(注60)6−7頁。. (91). Rosenne,sz4)昭note33,p.635.. (92). Dhokalia,s勿薙note8,pp.107−108.. [付記. S%ρ汐16. z6多z!,NQ.54(1927),P.204.. 早稲田大学国連国際法委員会研究会は、1997年に、山田中正現国連国際法委員 会委員(当時早稲田大学教授)を中心に発足した。同研究会の他のメンバーは、林司宣 教授、清水章雄教授、島田征夫教授(研究会幹事)および大学院法学研究科博士課程の 院生である。なお、本稿は、早稲田大学特定課題研究助成費(共同)の研究成果の一部 である。].

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参照

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