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論文題目「世紀転換期のロシアにおける「個」の表象

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Academic year: 2022

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(1)上野理恵氏. 博士(文学)学位請求論文. 論文題目「世紀転換期のロシアにおける「個」の表象 ――M.ヴルーベリのデーモン像をめぐって」 審査報告要旨 上野理恵氏の学位請求論文の基礎になったのは、日本ロシア文学会誌「ロシア語ロシア 文学研究」に採られた論文「M.. ヴルーベリの創作における主人公像」(1997年)をはじ. め、「ロシア美術研究の動向――ヴルーベリとモダニズム研究の視点から」(1994年)、 「M.. ヴルーベリ論――デーモン像における自己イメージの神話化」(1997年)、「世紀. 末芸術とヴルーベリ――デーモン像のセクシュアリティをめぐって」(1998年)、「M. ヴルーベリと世紀末芸術――〈西欧〉と〈ロシア〉における女性性の表象をめぐって」 (1998年)、「世紀末芸術におけるヒステリーの表象」(2000年)の6編の論文であり、 本論文はこれらを改訂しつつ、より総合的な視点で発展させ、まとめたものである。 論文は4つの章と文献目録、121点に上る図版から成っている。 第1章は「デーモン像における自我の問題」と名づけられ、ミハイル・ヴルーベリ (1856年−1910年)の全創作過程を見渡す形で、特に文学の主人公を描いた像を取り上げ、 その変遷を検討する。ヴルーベリは1880年代のハムレット像においてロマン主義の典型的 主人公としての「宿命の男」に自己投影し、そこに理想的自我を見出していた。しかし90 年代に描かれるようになったデーモン像には反逆者としての英雄性と同時に、メランコリ ーやペシミズムが漂っている。上野氏はここに19世紀末の問題である個人主義の危機とセ クシュアリティという問題を読み取る。デーモン像には、近代的主体の言説の外部に排除 されていた身体や情念が回帰しており、むしろ自我の不在が露呈していると指摘する。 「ヴルーベリとシンボリズム」と名づけられた第2章では上野氏の論文の、美術と文学 を一つの視点に立って論ずるという特色がはっきりと打ち出される。すなわちヴルーベリ の影響を強く受けたロシア・シンボリストの詩人アレクサンドル・ブローク(1880年− 1921年)の作品に特に注目し、ブロークがヴルーベリの死を偉大な芸術家の「個」の世界 の死にたとえ、個人主義の終焉とシンボリズムの危機を見ていたとし、さらにブロークは ヴルーベリの作品「転落せるデーモン」(1902年)を受難のキリストのイメージと重ね合 わせ、ここに自我の死滅と新たな「人間」の復活を見ていた、と指摘する。 第3章は「移動展派とヴルーベリ」と題されている。ロシア美術のグループである移動 展派とヴルーベリの作品を結び付ける問題設定は従来の研究にはなかった斬新なものであ る。上野氏は両者に共通する「個の宿命」という視点から、「受難の主人公」を創造した という点でヴルーベリやブロークが移動展派の継承者である、と指摘する。 第4章ではここまでの3つの章で展開された「個」の問題を、ヴルーベリのデーモン像の 「女性性」に焦点を当て、世紀転換期におけるヨーロッパ美術におけるセクシュアリティ という問題から解いてゆく。西欧の世紀末の悪魔像が性的欲望の対象であるのに対し、ロ.

(2) シアでは女性性は魂としての自然や宇宙的生命力と同一化されることが多い点から、ヴル ーベリの両性具有のデーモン像が「父親的なもの」を否定することによって共同体社会の ユートピアを実現しようとした、この時代のロシアの欲望を反映している、と指摘する。 本論文に対して、審査委員会において主として三つの点が指摘された。それは第一に、 ロマン主義以前のロシア美術、とくに東方正教会のイコンとヴルーベリとの関わりに触れ られてはいるが、このテーマは、より精密に扱われるべきであること。第二に、ヴルーベ リ以後の美術史について、ヴルーベリの影響を強く受けた「芸術世界」誌の人々、また20 世紀美術との関わりについて視野を深めるべきであること。第三に、使用する術語の概念 規定をさらに厳密なものとし、より高次の、自己固有の統合概念を獲得するべきこと、で ある。これらが今後、上野氏の課題であると指摘された。 最終的に本論文については以下の諸点が高く評価された。第一点として、ヴルーベリを ここまで詳しく研究したものは日本にはこれまで存在せず、本論文は間違いなくロシア美 術研究、世紀転換期の文化研究の領域において参照される、必須の基本的文献となるであ ろうこと。第二点として、画家ヴルーベリの美術的研究を中心としつつ、それと同じほど の深さをもって文学研究を導入しており、これによって世紀転換期の文化全体に視野を広 げ、その時代のテーマを「個」の表象とその変容という問題設定で有機的に解読し得たこ と。第三点として、ロシア文化研究は1980年代から読み替えが進行中であるが、本論文は そうした最新の論点をよく踏まえ、これを自己の論の構成に生かしていること。第四点と して、本論文は「西欧とロシア」という大きな問題に触れ、これをセクシュアリティとい う視点から読み直そうとしており、今後展開されるべき問題を含んでいること。最後に、 文学研究中心の学会の中で美術研究を強く推し進める果敢なパイオニア的姿勢を持つ上野 氏は、今後この分野で多大の貢献をすると期待されること。これらが確認された。 よって、本論文は、博士(文学)早稲田大学の学位を授与するに価するものと判断する。 2004年1月10日 主任審査委員. 早稲田大学教授. 井桁貞義. 早稲田大学教授. 丹尾安典. 早稲田大学教授. 大石雅彦.

(3)

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