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アメリカ移民法の破綻と改革への課題

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Academic year: 2022

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(1)

 アメリカは「移民の国」と呼ばれている。しかしながら2001年のニューヨー クでの同時多発テロ事件や2008年のリーマンショックによる経済危機などを経 て,現在包括的な移民法改革に対する国民の意見は割れている。特に1140万人 と推定される不法滞在移民をどう扱うかについては激しい議論が政治家の間で 行われている。また,つい最近のパリやベイルートでのテロ事件,エジプト上 空でのロシア旅客機の爆破なども国民のナショナリズムをあおり,難民の受け 入れ,特にシリア難民の受け入れに関して反対する声が強くなっている。2016 年11月に大統領選を迎えるアメリカだが,このある意味ヒステリックな国民感 情に便乗して,シリア難民を受け入れない,もしくは難民全員を収容するなど といった,第2次世界大戦時の日系アメリカ人の大量収容を思わせる非人道的 なアイデアを掲げる大統領候補者も存在する。これに加え,アメリカ合衆国の 約半分に上る州知事がオバマ大統領に対してシリア難民の各州への受け入れを 拒否する意向を伝達している状況である。

 このような現状を踏まえ,今日はアメリカ移民法改革の歴史,特に2013年度 にあと一歩というところで失敗した包括的な移民法改革案,その後の連邦政府 の行政措置,そして2016年に大統領選を迎えるアメリカの移民法改正の今後に ついて私個人の見解を述べたいと思う。

アメリカ移民法の歴史

 すでに述べたが,アメリカは移民の国とよく言われる。現在の移民法の土台 と な っ た の は1952年 に 成 立 し た ア メ リ カ 移 民 国 籍 法(Immigration and

*  ロヨラ大学ニューオーリンズ校ロースクール臨床法学教授。本稿は,2015 年12月3日に開催された早稲田大学比較法研究所公開講演会の講演原稿を,

出版用に補訂したものである。

講  演

アメリカ移民法の破綻と改革への課題

楠 田 弘 子

(2)

Nationality Act of 1952)(通称INA)である(1)。INAには,アメリカ国籍の取 得方法から,外国人留学生,短期就労者および観光客の受け入れ方,永住権の 取得方法,さらに政治亡命者や難民の受け入れ方まで,ありとあらゆる様々な 法律規定が含まれている。またINAはアメリカが受け入れる移民の全体数を 毎年制限しており,さらに移民の数が多いメキシコ,インド,フィリピンや中 国などから受け入れる移民の数を制限している。一方でINAは不法入国・滞 在者が,人道的な理由や家族の結合,あるいは社会への貢献度などを理由にア メリカ国内に残るための救済方法を定めている。

アメリカ移民法の改革(改悪)を促す要素

 これまでのアメリカ移民法の歴史を振り返ってみると,移民法改革または改 悪はアメリカで起こった大きな社会的変革に政治が少し遅れて反応して実行さ れてきたように思われる。たとえば1965年にはアメリカの南部を中心にマーテ ィン・ルーサー・キング・ジュニア牧師などの黒人の活動家が中心に起こした 公民権運動を背景に,ヨーロッパからの移民を優遇する条項がINAから削除 された(2)。1980年にはベトナム戦争の結果起こった難民危機に対応し,アメリ カ連邦議会はアメリカの法律を国際基準に準ずるべく連邦法としての難民法を 成立させた(3)

 1980年代にはカナダやメキシコからの不法入国者が急増し,移民法の執行強 化と整備の必要性が政治の場で議題に上るようになった。まさにその問題を解 決するべく可決されたのが1986年の「移民改革規制法」Immigration Reform and Control Act of 1986(通称IRCA)である。IRCAにより1982年1月1日前 よりアメリカに在住し,犯罪歴などのバックグラウンド審査を受けたおよそ

300万人に上る不法滞在者に永住権が与えられた(4)。そして就労資格なくして

就労する行為が移民法に違反すると定められ,就労資格を持たないことを知り ながら外国人を雇用したことを認めた雇用主には罰金を含む罰則が科され

(1) McCarran Walter Act (Immigration and Nationality Act of 1952), PL 82─414, 66 Stat. 163, S. Rep. No. 81─1515.

(2) 1965 Amendments, PL 89─236, 79 Stat. 911.

(3) Refugee Act of 1980, PL 96─212, 94 Stat. 102 (Mar. 17, 1980), 1980 S. 643.

(4) Immigration Reform and Control Act of 1986, PL 99─603, 100 Stat. 3359

(Nov. 6, 1986), 1986 S. 1200.

(3)

(5)。しかしながらIRCAによって不法滞在者の増加を抑えることはできず,

その数は増加の一途を辿る。そこでその数年後にアメリカ連邦議会はさらに大 規模な移民法改正を行うこととなる。

 1990年の移民法(Immigration Act of 1990)(通称IMMACT 1990)は,アメ リカ移民法史上有数の包括的な移民法改正法として知られる(6)。IMMACT 1990の特記すべきポジティブな点としては1965年の移民法で決められた移民ビ ザの発給数が53万から段階的に70万に増えたことである(7)。また興味深いのは

Diversity Visaという抽選で移民ビザを発給するプログラムを実施したことで

ある(8)。1991年に始まった,アメリカ移民の国籍の多様性を促すことを目的と したこのプログラムにおいては,世界は6つの地域に分割され,司法省長官が 過去5年間のデータに基づきアメリカへの永住権を取得する人口が5万人以上 の国とそれ未満の国を定め,移民が5万人以下の国の国籍保持者からのみこの プログラムに参加できるとした(9)。またこの抽選移民ビザの申請者に対して は,高校卒業あるいは同等の教育を修了していること,またはアメリカ労働省 の定める基準に準じ最低2年の研修か実務経験を必要とする職業に過去5年以 内に2年以上従事していることを証明することが申請条件となった(10)。また 抽選移民ビザの許可を受けた申請者の家族にも同様のビザが与えられた。一方 非移民ビザに関しては,専門職に従事する労働者に発給される就労ビザ(H─

1Bビザ)の発給数が6万5000に制限され,雇用主は移民局へビザ申請書を提 出する以前に,アメリカ人労働者の雇用機会を奪う意図はないことを証明する 書類を労働省に提出し許可を得ることが条件となった(11)。また人道的救済法 に関して特記すべきものは,Temporary Protected Status(一時的な保護ステ ータス)(通称TPS)の誕生である。このTPSは内戦や自然災害などが起こる

(5) IRCA section

(6) Immigration Act of 1990, PL 101─649, 104 Stat. 4978 (Nov. 29, 1990), 1990 S.

358.

(7) 1992年から1994年の間は年間70万人,その後は毎年年間67万5千人とされ た。

(8) INA §203 (c)(July 31, 2001).

(9) 6つの地域はアフリカ,アジア,ヨーロッパ,北アメリカ,オセアニア,

それに加えメキシコ,中南米,カリブ海諸国をふくむラテンアメリカであ る。

(10) 22 C.F.R. § 42. 33.

(11) INA §§ 214 (g)(1)(A), 212 (n)(1).

(4)

国の国籍を有する不法滞在者や短期滞在者に対して一時的な避難場所としてア メリカ国内に残ることを許可し,最長18ヶ月間は退去強制執行を行わないとい うものである(12)。ただTPSはあくまでも人道的考慮に基づいた一時的な執行 猶予期間であり,母国での問題が解決次第,退去強制が執行されることが条件 である。IMMACT 1990は帰化申請書の裁定権を裁判所から司法省に移した。

退去強制執行制度に関しても既存の法律に大きなメスが入れられた。たとえ ば,武器を持つことが許されるなど移民局の執行官の執行権限が大幅に拡大さ れ,退去強制審判にかけられる犯罪行為の種類が新たに追加され,連邦裁判所 が退去強制命令の執行を停止する権限を失った(13)

 1980年代の好況も終わり経済不況が訪れた1990年代初頭には,移民に対する 悪感情がアメリカ国内に蔓延した。そして1996年には増え続ける不法滞在者の 数に強い不満を覚えたテキサス州の共和党下院議員が率いる移民法小委員会が リーダーシップをとり,上院下院に共和党が多数を占めた議会がINAに大き なメスを入れた。1996年の不法移民改革及び移民責任法」(Illegal Immigration Reform and Immigrant Responsibility Act of 1996)(通称IIRIRA)により,1952 年成立のINAに規定されていた移民への法的救済が大幅に削除され,多くの 移民の収容が可能となり,また移民法違反を犯した移民への罰則が以前よりも さらに厳しくなった。また国外追放された移民に関しては,過去にある種の犯 罪歴があれば一生涯アメリカへ戻れないという罰則も新たにに追加された。こ の法律により家族内にアメリカ国籍を持つ者と持たない者が存在する多くの

mix─status familyが生まれ,家族が国境を越えて離散し,長年もしくは一生離

れて暮らさなければならないという悲劇が生まれた。この年は我々移民法に携 わる弁護士にとってもアメリカ移民法の大改悪の年として知られている。

 それから5年間程社会の反移民の風潮はアメリカ経済が改善したこともあり 比較的治まっていた。例えば2001年の9月6日には,ジョージ・W・ブッシュ 大統領とメキシコのフォックス大統領がアメリカとメキシコ間での短期就労者 プログラムを想定した移民法改革案について話し合いを進めていた(14)。しか

(12) INA § 244. IMMACT 1990においては司法省長官にTPS授与国の決定権が 与えられたが,2002年の国土安全保障法によりその責務は国土安全保障省長 官へと移った。Homeland Security Act, Pub. L. No. 107─296, 116 Stat. 2135

(2002).

(13) IMMACT 1990 § 602 (b) により退去強制に反対する司法勧告権(Judicial Recommendation Against Deportation)が廃止された。

(5)

しながら,9月11日にアメリカを襲った同時多発テロ事件の結果この案は暗礁 に乗り上げ,それに代わって国家安全保障やテロ対策に関する法律が可決さ れ,国は移民法執行強化の一路を辿った(15)

 しかし2004年ころから超党派の上院議員たちが移民法改正に向けて積極的に 動き出した。これに反して下院では逆の動きが見られ,2006年には不法滞在行 為を犯罪行為とする法案が可決された。上院では2007年には不法滞在行為を犯 罪行為とする法案が可決されたが,推進派と反対派の間での合意がまとまらず 法案は成り立たなかった(16)

2013年の移民法改正法案(上院法案 S. 744)

 2012年の秋に再選されたオバマ大統領は大統領選挙のスローガンの一つに大 幅な移民法改正を挙げていた。それを支持した多くのラテン系やアジア系アメ リカ人,また新しくアメリカ国籍をとった有権者が熱狂的に彼を支持した。こ のエネルギーが連邦議会にも伝わったのか,2013年には「Gang of Eight」と呼 ばれた8人の超党派上院議員が移民法改革法案を作成し,上院が可決した。以

下がS. 744という法案の内容の概要である。

 1. 国境警備強化 ─ 国土安全保障省は法案成立後6ヶ月以内に2つの国境 警備計画書を議会に提出することを義務付けた。計画書にはメキシコと の国境に700マイルのフェンスを建築すること,国境警備員を2017年ま でに3500人増員すること,国民防衛軍(National Guard)を国境派遣す ること,1万9200人の国境警備員をメキシコとの国境地帯に配属するこ となどが含まれる。また450億ドルが予算として組み込まれる。

(14) ホ ワ イ ト ハ ウ ス 広 報 部http://georgewbush─whitehouse.archives.gov/

news/releases/2001/09/20010906─12.html

(15) USA Patriot Act, PL 107─56, 115 Stat. 272 (Oct. 26, 2001); Enhanced Border Security and Visa Entry Reform Act of 2001, PL 107─173, 116 Stat. 543 (May 14, 2002); Homeland Security Act of 2002, PL 107─296, title IV, subtitle C─F, 116 Stat. 2135. 2177─2212 (Nov. 25, 2002); Intelligence Reform and Terrorism Prevention Act of 2004, PL 108─458, title V, 118 Stat. 3638, 3732─42 (Dec. 17, 2004); REAL ID Act of 2005, PL 109─13, 119 Stat. 231, 302─23 (May 11, 2005).

(16) S. 1348─Comprehensive Immigration Reform Act of 2007, 110th Congress

(2007─2008).

(6)

 2. 国内法執行強化 ─ メキシコ国境近辺のアリゾナ州ツーソン市において 不法入国者の訴追件数を1日210件に増やし,ツーソン市地方検事,州 選弁護人,連邦裁判所執行官の予算を増加,また不法入国者訴追に関す る連邦政府と州や市の連携を強める。

 3. 雇用資格の検証と職場における法執行の強化 ─ 1986年の移民改革規制 法(IRCA)により,就労資格の無い労働者と知って雇用した雇用主に は罰金を含む罰則が科されると規定されたが,この条項の執行に政府は 長年あまり力を入れていないことが指摘されていた。そこで既存する

「E─verifyシステム」という,現在はオプショナルとなっているオンラ イン就労資格検証システムの使用を義務付けることが法案に書き込ま れ,この規則に違反した雇用主には行政罰だけではなく刑事罰も課され ることとなる。またこのシステム拡大のために国土安全保障省に7億 5000万ドルの予算が与えられる。

 4. 不法滞在者の合法化 ─ 現在1100万人を超えると考えられる不法滞在者 の合法化プログラムを展開。その一例として,犯罪歴などのバックグラ ウンドチェックに合格した申請者には,一定の条件付き永住権を与え,

その後その条件を満たせば正式な永住権が与えられるという条項が含ま れる。また子供や農業従事者には特別な永住権獲得の方法が与えられる。

 5. 移民ビザ ─ 既存の法律の下では,移民ビザを申請できる移民の全体数 は年間制限があり,かつ永住権申請者の国籍によっても制限されてい る。この法案では永住権所持者の妻や夫や子供たちの永住権申請をこの 枠から外し,ビザの待ち時間をなくす。また一定の分野の高等技能を持 つ移民,とくにSTEM(科学,テクノロジー,エンジニアリング,数 学)分野での技術を有する移民に関するビザ数の制限をなくす。さらに

「Diversity Visa」(抽選による永住権)とアメリカ市民の成人の兄弟姉妹 に関する移民ビザを削除する。

 6. 非移民ビザ(期限付きビザ)─ H─1Bビザの発給数を現在の学士号所 持者に対して6万5000,STEM分野の修士号所持者に2万から増加,H

─2Bビザの増加と外国人労働者の権利を拡大し保護を強化する,H─2A は段階的になくしていくこととする。

 7. 人道的救済手段の拡大 ─ 入国から1年間という庇護申請書提出期限を 削除し,大統領による移民の難民認定を認め,労働虐待被害者へもU ビザ申請の資格を与え,年間1万のビザ数を1万8000に増やす。また人

(7)

身売買の防止,犠牲者の保護,虐待を受けた女性や子供へ滞在許可を与 えるプログラムなどを規定する。

 8. トリガー(引き金)制度 ─ 但し,上記の移民合法化プログラムは,国 境・国内警備強化プログラムが90%程度成功したことを国土安全保障省 が証明できた場合にのみ実施されるという条件を付ける。そのため国 境・国内警備強化プログラムに52億ドル近い予算が組まれる。

 法案S. 744は上記のような内容だったが,共和党が多数派を占める下院では

賛同を得られず,包括的な移民法改革への道はまたも断たれた。これは移民法 改革推進派の民主党議員が多数派を占める上院と,移民数制限を推し進める共 和党議員が多数派を占める下院のいわゆる「ねじれ連邦議会」が引き起こした 残念な結果といえる。

行政手段による移民法改革の試み

 連邦議会での移民法改正の行き詰まりに対する市民や,移民そしてサポート グループからの不満の声が増す中でオバマ大統領は移民法問題を一時的にでも 解決しようと大規模な行政手段に踏み切った。

1 .DACA(Deferred Action for Childhood Arrivals)

 DACAは子供の時にアメリカに不法入国した若い移民に対して2年間の退 強制執行猶予期間を与え,その間雇用資格を与えるというプログラムである。

DACAの猶予を受けた者は2年の有効期間が終了後にもこれを更新すること ができる。DACAの猶予を受けるには下記の条件を満たしていることが必要 である。

 a)  DACAの申請書提出時に15歳以上であること(ただし,DACA申請時に 送還の審判にかけられている者,すでに送還命令を受けている者,また は任意出国命令を受けている者は15歳未満でも申請できる。)

 b)  2012年6月15日時点で31歳未満であること  c)  アメリカ入国時に16歳未満であったこと

 d)  アメリカに2007年の6月15日から現在まで継続的に居住していること を証明できる;かつ

 e)  2012年6月15日,及び,DACA申請書提出時にアメリカ国内に存在す

(8)

ることを証明できる

 f)  2012年6月15日前にアメリカへ不法入国した者,もしくは2012年6月15 日時点でビザの有効期間を超えて滞在する者,申請書提出時に学校に在 学している,もしくは高校卒業資格を持つ者,またアメリカ軍隊から名 誉除隊した者;かつ

 g)  重罪判決,重大な軽罪,3回以上軽罪の有罪判決を受けていない者,も しくは国家安全保障や公共の安全に脅威を及ぼさない者

 このプラグラムが実施されたのは2012年6月15日で,移民局のデータによる と2012年から2014年までの2年間で64万2685件の申請書が受理され,そのうち 86%に上る55万3197件が承認された。申請者の国籍は,メキシコが77%,エル サルバドル3.7%,グアテマラが2.4%,ホンデュラスが2.3%となっている。

2 .国土安全保障省による訴追者の裁量権行使に関する覚書

 2014年の中間選挙で共和党は連邦議会の議席を大幅に増やし,上院も下院も 過半数の議席を勝ち取った。そこで2013年のような大幅な移民法改革の道が閉 ざされたと判断したオバマ大統領は,国土安全保障省にProsecutorial Discretion

Memo(訴追者の裁量権に関する覚書)(通称PDメモ)を作成するべく指示

を与えた。その内容には,アメリカ市民権又は永住権を持つ子供の親の身柄拘 束,収容,送還という移民法執行を猶予することや,先順位で身柄拘束,収 容,送還の対象となる移民のグループ分けをすることが含まれている。まず法 執行の第1優先グループは,国家安全保障,公共の安全,および国境警備に脅 威を及ぼす移民として,テロリスト,スパイ行為者,アメリカに不法入国時に 逮捕された者,凶悪な犯罪グループに所属する者,重罪判決を受けた者が含ま れる。第2優先グループには,交通違反の罪を除く軽罪判決を3回以上受けた 者,またDVや性犯罪,銃器所持法違反,麻薬違法取引や酒酔い運転など「重 大な軽罪」として国土安全保障省が指定した犯罪の有罪判決を受けた者,アメ リカに不法入国後国内で身柄拘束された際,2014年1月1日前から継続してア メリカ国内に住んでいることを立証できない者,及びビザやビザ免除プログラ ムの悪用者などが含まれる。第3優先グループは2014年1月1日以降に送還命 令を受けた者である。

 このPD覚書により,アメリカ全土の移民法執行官に対して上記の優先グル ープから外れる外国人は不法滞在者であっても身柄拘束,収容,及び送還審判

(9)

への訴追をしないようにという指示が出された。本講演者自身,現在まで移民 局の訴追官が移民審判所でこのPDメモに従って事件の審判停止・終了を審判 官に申し立てる事例を多く見ている。

行政手段の行き詰まり

 DACAプログラムの成功を土台に,2014年11月20日にオバマ大統領はDACA プログラムの拡大(申請時の年齢制限をなくす;アメリカ入国を2010年1月1 日前とする;猶予期間を3年に延長)と,新たにDAPA(Deferred Action for Parents of Americans and Lawful Permanent Residents)プログラムの導入を宣 言した。DAPAプログラムはアメリカ市民権または永住権を持つ子供の親に対 する移民法執行を3年間猶予するもので,申請の承認後は雇用資格が与えられ るというものである。DAPAプログラムに申請するためには下記の条件を満た さなければならない。

 1)  2010年1月1日から現在までアメリカ国内に継続的に居住していること  2)  2014年11月20日とDAPA申請書提出日にアメリカ国内に滞在している

こと

 3)  2014年11月20日時点で不法滞在者であること

 4)  2014年11月20日時点でアメリカ市民権または永住権を持つ子供の親で あること

 5)  重罪,重大な軽罪,3つ以上の軽罪につき有罪判決を受けていないこ と,またその他の理由で国家安全保障や公共の安全に脅威を及ぼさな いこと,および移民法執行の優先的対象ではないこと

 しかし,2014年12月にはこのプログラムは違憲かつ違法だとして,テキサス 州をはじめとした25州の州知事(すべて共和党)が連邦政府に対してこのプロ グラムの執行差し止めを請求する訴訟を,テキサス州の連邦地方裁判所に提出 し,2015年の2月に裁判所はプログラムの執行を差し止めする判決を下した(17)。 政府側はニューオーリンズの連邦第5巡回控訴裁判所へ控訴したが,ここでも 一審の判決を支持する判決が下った(18)。その後連邦政府の提出した事件移送

(17) Texas v. United States, 86 F. Supp. 3d 591, 677 (S.D. Tex. 2015).

(18) Texas v. United States, 809 F. 3d 134 (5th Cir. 2015).

(10)

令状の申請がアメリカ最高裁により承認された(19)。最高裁は2016年夏までに 判決を下す見込みである。

 ワシントンのシンクタンクMigration Policy Institute(移住政策研究所)の 調査によればこの2つのプログラムの承認を受ける移民の数は520万人に上る という(20)。これは現在約1140万人と推定される不法滞在者の半数近くに上る 驚くべき数である。

2016年の包括的移民法改革への課題

 アメリカでは2016年11月に大統領選挙を迎える。移民法改革は次期大統領の 方針とアメリカ連邦議会の意思により大きく変わることは確実である。現在の 大統領候補者のコメントをまとめると,共和党から大統領が選出されればオバ マ大統領が現在まで推進してきた方針の大幅修正,かつ既存プログラムの停 止・終了が考えられ,さらには包括的な移民法改革への道はこの先4年間は閉 ざされる可能性が大と思われる。一方,それに比べ民主党候補が大統領に選出 された暁には,オバマ大統領の移民法改革に向けた政治的遺産の継承はもちろ ん,包括的移民法改革へのエネルギーが新たに連邦議会に吹き込まれる可能性 が大と考えられる。

むすび

 冒頭に述べたように,アメリカ国内でもIS(過激派組織「イスラム国」)な どによる最近のテロ活動が大きく報道され,オバマ大統領がシリア難民の受け 入れを来年は1万人に増やす方針を打ち出したことに対してアメリカの半分以 上の州知事が反対の意思を表明している。そしてアメリカの不法滞在者をすべ て国外追放するという方針を打ち出した大統領候補は現在共和党候補の中で最

(19) Texas v. United States, _S. Ct. _, 2016 WL 207257 (Jan. 19, 2016)(Mem), 84 USLW 3306. (※2016年6月23日にアメリカ最高裁が4対4で出した判決 は,州側の主張を認める連邦第5巡回控訴裁判所の判決を名目的に認める結 果となった。これによりオバマ大統領のプログラムは実質的に実施不可能と なった。)

(20) http://www.migrationpolicy.org/news/mpi─releases─detailed─county─

profiles─unauthorized─immigrants─and─estimates─deferred─action

(11)

も人気を得ている。

 移民法はアメリカの歴史の中で常に世界情勢と国内政治の間で揺れ動いてき た。したがって他の法律よりも政治からの干渉が大きく影響する分野であるこ とはある程度仕方がないといえる。しかしながら,移民・難民対策はテロリズ ムとは切り離して考える必要があると思う。アメリカの難民法は難民の人種,

宗教,国籍,特定の社会集団の構成員であること,または政治的意見に関わら ず救済することを義務付けている(21)。しかし最近のテロ事件を理由にテロリ ストが難民に紛れてアメリカに入国する危険が高いから難民受け入れをストッ プするべきだという意見を述べる政治家や一般市民が見られる。これは難民申 請から認定までのプロセスに関する知識が欠けているために出てくる意見だと 思う。実際にアメリカ史上テロ行為を起こした難民は一人もいない。これはど ういうことかというと,難民申請者は国連難民高等弁務官事務所に何度も面接 を受け,指紋や写真を何度も取られ,出生地や過去の犯罪歴を調べられ,最終 的に難民認定が下りるまで約1年半から2年の月日を難民キャンプで待たなけ ればならず,さらに当然のことながら,このプロセスにはアメリカ国内の国土 安全保障関係の各省庁も関与しているからである。私がテロリストであれば難 民としてアメリカに入国するなどという考えは非現実的だと思う。それよりも ビザを取って合法的にアメリカに入国する方がずっと簡単である。その典型的 な例として2001年の同時多発テロ事件がある。あのテロ事件を引き起こした犯 人たちのほとんどが学生ビザを持ち合法的にアメリカに入国した外国人であっ た。

 アメリカは移民が築き上げた国である。ヨーロッパとは違って新しい移民の 受け入れ方針も社会統合も進んでいる。しかし残念ながら1986年の移民法改正 以降,増え続ける不法滞在者対策を包括的に解決しようという政治的な意思に 欠ける状態が続いている。1千万人を超える人々の存在が合法化される日ま で,家族が一生離れ離れに暮らすという悲劇が繰り返されるであろう現実を残 念だと思わざるを得ない。

(21) 8 U.S.C. §1522 (a)(5).

参照

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