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DasRaumshiffDesSpielzeugs2003

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Das Raumschiff

des Spielzeugs 2003

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もくじ コーヒー ◇ 舞出 晋一 ・・・・・・・・・・・・・・・007 もやしのしっぽ ◇ 河野 亜希子 ・・・・・・・・・・・013 来訪者との戦い ◇ 秋山 麻衣子 ・・・・・・・・・・・023 マイクロフォンの向こうで ◇ 山田 泰生 ・・・・・・・035 僕らの海 ◇ 佐々木 浩 ・・・・・・・・・・・・・・・077 遺子 ◇ 舞出 晋一 ・・・・・・・・・・・・・・・・・081 幼児警官ヒヨコップ エピソード2 ◇ 英 修 ・・・・・087 手 ◇ 土居 広明 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・125

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コーヒー

舞出

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今 は 昔 犬 と 話 し が 出 来 る 人 が い た 犬 だ け で な く 猿 も 象 も ラ イ オ ン に も 感 情 を 交 わ す 事 が 出 来 た 相 手 の 目 線 で 会 話 を し て い た 人 々 は こ ぞ っ て 距 離 を お い た 共 和 制 を と 揚 げ 足 を 取 っ た 今 は 昔 犬 の 首 輪 を 改 造 出 来 る 人 が い た 犬 の 感 情 が 言 葉 と し て 現 れ る 首 輪 を 作 っ た 人 々 は こ ぞ っ て 欲 し が っ た 愛 犬 の 喉 元 を 見 つ め 出 し た

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そ し て 自 分 の 赤 ん 坊 に も と 、 こ ぞ っ て 新 作 を 欲 し が っ た 今 は 昔 現 場 の 温 度 は 伝 わ ら な い そ の 普 遍 性 に 挑 ん だ 人 が い た 互 い に 首 輪 を は め 合 っ た 互 い に 喉 仏 を 見 つ め 合 っ た 人 々 は 静 か に な る ど こ ろ か 益 々 言 葉 を 増 や し て い っ た 叫 び と 呪 い と 蔑 み 合 い こ ぞ っ て 行 き 違 う 事 を 結 果 と し た 相 手 の 文 字 が 読 め な か っ た

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今 は 昔 話 し を す る 事 と 相 手 の 感 情 と 向 き 合 う 事 と の 違 い が わ か る 人 が い た 人 だ け で は な く 草 に も 花 に も 犬 と で も 心 を 通 わ す 事 が 出 来 た そ の 人 は 相 手 の 土 俵 で コ ー ヒ ー を 入 れ る 事 が 出 来 た 人 々 は こ ぞ っ て ダ バ ダ と 呼 ん だ 皆 が 皆 、 理 解 し な か っ た 今 は 昔 ク ロ ー ン を 作 っ た 人 が い た そ の 人 を 報 道 す る 人 が い た そ の ニ ュ ー ス を 受 け た 人 が い た

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批 判 す る 人 が い た 反 対 の 反 対 を す る 人 が い た 擁 護 す る 人 が い た ア イ デ ン テ ィ テ ィ ー を 保 て な く な っ た 人 が い た し か し そ れ ぞ れ の 現 場 の 温 度 は 伝 わ ら な か っ た 人 々 は こ ぞ っ て 主 張 し た 皆 が 皆 、 自 分 、 自 分 と そ し て ル ー ル を 作 り 本 に し た 経 典 と も 聖 書 と も 労 働 規 約 と も 教 科 書 と も 各 々 が 好 き な 言 葉 で 発 音 し た 人 々 は 自 分 以 上 に 抱 き か か え た こ ぞ っ て 本 に 縛 ら れ て い っ た

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今 は 昔 感 情 棲 む と ひ と に い う

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もやしの

こうの

あきこ

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いちょう 通 り。 住 宅 街 の 中 を な だ ら か に 続 く 坂 道 。 道 沿 いに 等 間 隔 で 植えられた銀杏の木は 、 秋 には道だけで なく空気までも黄色く染める 。 それはなかなかに見応えのある景色になる。 でも 今 は 冬 。 す っ かり 葉 を 落とした木々の姿は寒々しい。 そして、この 道 の 先 には 父 の入院する病院がある。 そう父は今 、 入 院 し て い る 。 三 ヶ 月 ほど 前 に 脳 梗 塞 で 突然倒れたのだ 。 もともと血圧もコ レステロ ール値も高く 、 い わ ゆ る 成 人 病 を 持 病 に 持 っ て い る 人 だ っ た 。 幸 い 病院に運び込まれるのが早か っ た ので、なんとか 一 命 は 取 り 留 め た も の の 後 遺 症 で 右 半 身 麻 痺 と 言 語 麻 痺 が残 っ て し ま っ た 。 現 在 、 病 院 でリハビリ 中だ 。 幸 い 今 のところリハビリが 順調に進んでいるので、近いうちに外泊も許されるら し い 。 ﹁ なぁ ・・・・・・・ もしあのままお父さん死んど っ たら 完 全 犯 罪 . . . . や っ たね﹂ 姉 のやや物騒な発言に 、 私は一瞬手を止めて眉を顰めた。 ﹁ 犯 罪 て ・・・・ 犯罪やないでしょ。脳卒中やん。﹂ ﹁ せやけど 、 あ と 数 分 救 急 車 呼 ぶ の 遅 かったらあかんか っ たわけやし 。 あのままお母さんが見捨てて 買 い 物 に 出 てたら ・・・・・・ さ 。 ﹂

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﹁ お姉ちゃんは、お母さんを犯罪者にしたいん?﹂ ﹁ そうじゃないけど ・・・・・・ ・・ ホンマにお 母さん 、 そ の 、 完 全 犯 罪 . . . . 待 ってたんかな?て 思 っ て さ 。 ﹂ ところで 今 夜 の 晩 ご 飯 は 鍋 。 我 が 家 ではここ 最近お手軽にできるキムチ鍋にはま っ て い る 。 鍋に入 れる具は 、 豚肉と白菜と葱とニラとモヤシ 、そして 締めの中華そばだけ 。 私 と 姉 は 二 人 で鍋の仕度 のため、さっきから 向 か い 合 ってモヤシのシッポを 取 っ て い た 。 ﹁ あ のさ、お姉ちゃん 、 モヤシのシッポって 別 に 取らんでも いいんちゃうん? なんかテレビで、ここの部 分 も 栄 養 あ る っ て 言 っ て た の 聞 いた 事あるよ。﹂ シ ッ ポ、とは 我 が 家 での 呼び名で、モヤシの根っこの少し固い部分 のことである。モヤシのシッポを一 本ずつちぎり取 っていくのは、はっきり 言 っ て 面 倒 臭 い。しかもそれが二 袋 分 あ る 。 私 は つ い 恨 めし気 にまだシッポのついたモヤシの 山を睨んだ。 ﹁ そやけど 、なんか 嫌やん 。 見た目に汚らしいし。お母さんもいつも取ってたし。まあ、適当に取ってお けばいいと 思うけど。﹂ 姉 は 淡々とシ ッポを 取りつづけている。 臨 月 のお 腹 を 抱 え ている 姉 は 、 父 の 事 もあって 二 ヶ 月 ほ ど 前 か ら 里 帰 り し て 家 の 事 を 手 伝 れていた。といっても 現 住 所 は 実 家 から 十分と離れてないから 、 里帰りと言うほど大層な事じゃない けども。

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﹁ そう言えば 、 私らがまだ子供の頃の事 、 覚えてる? お父さんのご飯と私らのご飯、 メ ニ ュ ー 違 っ た やん 。いつもお 父さんだけイイもの食 べてたよね。 私 ら ハ ン バ ーグの 時 でも、お 父さんだけステーキ 、 と かさ。﹂ ﹁ そうそう 、お 父さんだけずるい言うて 、 何 度 も お 母 さ ん に 文 句 言 っ たことあるわ。お 肉もお魚もお 父さんが一番大きいの。お父さんだけ特別なんは何で?って。そのたんびに、 ﹃ お父さんは仕事してる から ﹄ て 言われたなぁ 。でも、ほとんど 家おらんか ったのにね。 何 の 仕 事 や っ たんやら。﹂ ﹁ あ の 頃 、お 父さんかなり遊んでたらしいもんねぇ。浮 気にはお母さんも随分泣かされた っ て 。 あの頃 は私らもまだ子供や っ たからよう 分からんか っ たけど。﹂ 頭 頂 部 が 少 し 薄 く、 立派なビール腹の ﹃ その 辺 の オ ヤジ ﹄ 以 外 の 何 者 でもない、 今 の 父 の 姿 を 思 い 浮 か べ ると、どうしても浮気できるような人には見えないが、それでも若い頃はそれなりにカ ッ コよく、 女 性 に はマメな 人でけ っ こ うモテていたらしい、と 聞 いた 事 があ っ た 。 ﹁ それで、 コレ . . なん?﹂ ﹁コレ . . はお母さんなりの復讐なんかなぁ。仮にもお母さんは栄養士の資格持 ってるからネ。ただ 単 に お父さんが頑固で我儘なだけや ったんかもしれんけど。 ﹂ ﹁ せやけど、ホンマにそうやとしたらお母さんも気の長い話やねぇ ・・・・ 。 ﹂

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﹁ ホ ン マ に 。 ﹂ 姉と話していてふと思い出した記憶。 あまりにも日常の中の一 コ マ 過ぎて忘れていた記憶。 あれは昔 、 私 が ま だ 高 校 生 だ っ た 頃 。 父 と 私たちの食事は別々に作られていた 。 育 ち 盛 り 真 中 の私は部活から帰ると 、 し ょ っ ち ゅ う 夕 食 前 に お か ず のつまみ 食 いをしていた。 ﹁ う わ 、 塩 辛 ∼ い 。 ﹂ ﹁ あ 、なんやの、 帰るなりつまみ食いして行儀悪い。﹂ ﹁ 今日のおかず 、 味 濃 過 ぎ ち ゃ う ? ﹂ ﹁ それはそれでいいんよ。お 父さんのおかずやから。 ﹂ ﹁ 濃 い 味 付 け っ て 体 に 良くないんじゃなか っ た ? ﹂ ﹁ いいんよ。お 父 さ ん 濃 い 味付けじゃないとうるさいから 、 薄 味 は 食 べ た気せんのやて。おかず、あんた らのはちゃんと 別 に 作 っ て る か ら 。 ﹂ ﹁ ふーん。﹂

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﹁ お 腹 空 いてるんやったら、チーズでも 食 べ と き 。 ﹂ ﹁ そうするわ 。 ﹂ その 時 は、そういうもんかと 特 に気に留める事もなく聞き流した。 単 に 子 供 向 け メ ニ ュ ーと父の好みのメニ ュ ーが違うだけなのと 、 父親だから特別に贔屓されてるん だと言うくらいの認識で、別に深く考えた事はなかったけど 、 つ い 最近そうではなか った 事 を知 っ た 。 父 向けの食事は 、 私たちのと比 べ て 格 段 に 味 付 け が 濃 か った。 ︽ 塩 分 ︾ ︽ 糖 分 ︾ ︽ 油 分 ︾ 油 こってりの 甘 辛 い 味 付 け。あんなのを何年も食 べ 続けたら、確かに血圧もコレステロールも高く なり、血はドロドロ、 血 管 ボ ロ ボ ロ の 成 人 病 患 者 になるのは時間の問題だ った。その 上 お 酒 の 制 限 も 無 いときていた。 元 々 濃 い 味が好きだ っ た 父 。 一 匙 づ つ 一 匙 づ つ 塩 も砂糖も増やして 、どんどん濃い味 付 け に 慣 れ させる。そのうち舌は馬 鹿 になる。 主婦ならではの復讐方法か? それにしても、ダンナを成 人 病 にして殺すと い うのは 、 犯 罪 にはならないだろうけど、気の 長 い 話 だ 。 母は本当に父を殺したか っ たんだろうか?

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父 が 倒れてからというもの、母はほぼ毎日、父の看病に出向いていた。 病 院 は 家 か ら バ スで二十分足らずのところにある。私も2∼3日に一度仕事帰りに父の顔を見 に行 っ て い た 。 倒 れ て 一 時 危 篤 状 態 に 陥 っ たものの、すぐに意識を取り戻した父は日に日に元気に な っ て い っ た 。 た だ 、 体 が 思うように動かな い 上 に 、 言 葉 も ﹁ あー ﹂ とか ﹁ う ー ﹂ しか 言 え ず 、 自 分 持ちをうまく伝える事の出来な い 父 は、もどかしさからか、 我 儘 度 がどんどん増していた 。 少しでも 不 満 があると暴れ、ちょっと 母 が 席 を 離れたりするだけでも大声 で 叫 ぶ。 病室の外まで聞こえるよ うな声だからすごく恥ずかしい。ま っ たく大きな赤ん坊で手が焼ける事この上ない 。いっそのことあの 時死んでいてくれた 方 がどれほど楽だ っ たか ・・・・ と つ い 考えてしまう。 それでも、 毎 日 の 父 の 看 護 は 大 変 だろうに、 母 は ﹁ しんどいわ、 疲れたわ 、まったく 世 話 の やける﹂ などと家ではぶちぶちと愚痴をこぼしながらも 、 毎日どこか楽しそうに病院に出かけて行く。 今 日 は 私 も 夕 方 、 仕 事 帰 り に 少 し だ け 病 院 に 寄 ってきた。 病 室 ま で 来 る と 、 カ ーテンが 開 け っ 放 しになっていて、 外 か ら 父 の 背 中 を 拭 いている 母 の 後 姿 えた。 窓 が 少 し 開 いているんだろうか、 少 し 黄 色 味 がかった 白 い カ ーテンが小さく揺れている。 母 の声が 聞 こえた。 父 の 背中に話し掛けている。

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﹁ お父さんも、こんな 体 になってしもて、もう 悪 さ も 出 来 へ んようにな っ たねぇ。まぁ 今 まで 散 々 遊 ん で はったからもういいでしょ。 ・・・ もうお父さんには私しかいて へ んのやから、これからはせいぜい 私 のこと 大事にしてや。﹂ 父 は 背 中 を 向けたまま 。 聞 いているのかいないのか。 ﹁ ん? あぁ、ここかゆいの? は い は い 、 こ れ で い い で すか 。 ﹂ 父 の 背 中 を 拭 いてあげている 母 の 声 は、どこか穏やかで優しい。 私はなぜだか 、 両 親 の 二 人 だ け の 時 間 を 邪 魔 し ち ゃ いけないような気持ちにな っ て 、 声をかけない まま、その 場をそ っと 後にした。 ﹁ そやけど 、なんでお 母さんもお父さんが倒れた時 、 見 捨 て へ んか ったんやろうね? 一 瞬 の 差 であの まま買 い 物 に出かけてたら、完全犯罪成立や っ た の に 。 ﹂ ﹁ さ あ ネ エ ・・・ 何 でやろね? お父さんもお母さんや っ たら 、 殺されても文句は言えんよね 。 夫 婦 なん てものはよう 分からんわ 。 憎 ん でるのか 愛 し 合 ってるのか。せやけど、あんた、お 父さんに死ん で 欲 し かったみたいな 言 い 方してるけど ・・・ 。 ﹂

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と 、 姉 が い じ め っ 子 のような 目 で 私を見て小さく吹き出した。 ﹁ お父さんが危篤にな っ た 時 、 死なんといてー っ て 泣 いたん 誰 よ 。 ﹂ ﹁ 何よ、お 姉 ちゃんも泣いてたやん。孫の 顔も見んと死んだらあかん っ て 叫んでたやん 。 ﹂ ピ コ ン 、 ピ コ ン と モ ヤ シ が テ ー ブルの 上 を 互 い の 顔めがけて飛び交う。 突 然 、 台 所 の 入り口の方から声がした。 ﹁ なんか姉妹して怖い話してるなぁ 。 完 全 犯 罪 や ら な ん や ら 。 ﹂ と 、 い つ の 間 に 帰 ってきたものやら、 姉のダンナが立っていた。 ﹁ あれぇ、いつの 間 に 帰 ってたん? 早 か っ た ね 。 帰 っ たんや っ たら、ただいまぐらい 言うてよ 。 ﹂ ﹁ ちゃんと言うたよ。二人で何の話してたん?﹂ ﹁ 内 緒 。 ﹂ 臨 月 の お 腹 を 重 そ う に 抱 え な が ら 立 ち 上 が る と 、 姉はダンナの 背 広 と 鞄 を 受 け 取 り 、 二 人 隣 の部屋に入 っ て い っ た 。 結婚してまだ一年足らずの新婚さんの二人は仲がいい 。 時 々 喧 嘩 し て 姉 が 愚 痴 を 言 い に 実 帰 ってくることはあるけれども。ちなみに 姉 夫 婦 は同居してるわけではなく 、 近 所 に 住 ん でるので、 うちでご 飯 を 食 べ る 事 が 日 課 になってたりする。 両 親 も 恋 愛 結 婚 だ ったらしい ・・・・ なのに、 父 は 何 度 か 浮 気 を し 、そんな 父 を 母 は 殺 し た いほど憎 んでいた? なのに離婚もせず 、 三 十 年 以 上 も 結 婚 生 活 は 未 だ 現 在 進 行 形 で 続 いている。

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姉 夫 婦 の 後 姿 を見ながら 、 私 は溜息をもらした。 ﹁ 夫 婦 っ て 、 私にはまだまだよう分からんわ 。 ﹂ それでも、いつか 私にも分かる時が来るんだろう。 ぷるるるるる、ぷるるるるる。 ﹃ もしもし、 私 。ウーン、 別 に 用はないんやけど、 何 となく、 声 聞 きたいなぁって。あかん?﹄ 今 夜 、 久 しぶりに彼 氏 と 長 電 話 し た 。 ︽ 完 ︾

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来訪者との戦い

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※ 動物愛護協会、日本野鳥の会等の会員の方は読まないで下さい。 四月 二日 水曜日 ﹁ウチ、今年もまたバカ鳥が出た﹂ ﹁は?﹂ 一緒に昼食を取ってた友人達が顔を見合わせた。 ﹁あっきーが言うバカ鳥って鳩?﹂ ﹁他に何がいんのさ﹂ ﹁話が見えない・・・﹂ 同じ課のすみっちは今年になってから一緒に働く様になったから、去年私がどれだけあのバカ鳥 を追い出すのに苦労したのか知らないのだ。 ﹁ウチは五階建ての団地の最上階で角部屋なんだけどさ﹂ インスタント味噌汁を飲みながら説明する。 ﹁やたら鳩が巣を作りたがる んだよ﹂ ﹁なんで﹂ ﹁知るかいな。去年なんか巣を三回撤去して、卵を二回捨てたのにまだ居座ろうとしとった﹂ ﹁・・・すご・・・﹂

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﹁それがイヤならよそへ行ったらいいねん。招待はしていない。迷惑なんやで、図体がでかいから フンもでかいし、くさいし、風呂釜の室外機めちゃめちゃ に 汚されて、下手すりゃ不完全燃焼起こ すとこやってんから﹂ 次から次へと、去年のロクでもない苦労を思い出してしまった。 ﹁普通の野鳥やったら巣だの卵だのにちょっかい出された時点で一生そこには近づかへんと思うけ ど、あの鳥バカだし。その上、水ぶっ かけられても、つっかけぶつけられても 、 ﹃ウチに来たかった ら五百円玉の一枚もくわえて やって 来んかい!﹄つって蹴りだすまで出ていかへんかったんやで﹂ ﹁そこまでしたんか・・・﹂ ﹁・・・あんた、ひょっとして鳩より私にびびってへん?﹂ ﹁いや、そんな事はちょっとある・・・﹂ ﹁あるんかい! いーけどさ、別に・・・あーでもまた、戦いの日々が始まるのね・・・﹂ ﹁やる気、満々みたいに見えるけど﹂ ﹁当たり前やん、やるからには私は勝つ!﹂ ﹁わかったから、箸を振り回すのはやめるように﹂ 世間の風は冷たい。 でも、負 けない。

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四月三日 木曜日 ﹁昨日、家に帰ったらさ・・・﹂ またもや職場の生き甲斐、昼休み。 ﹁あ、鳩の話? 戦ったん? どうなった?﹂ ﹁・・・バカ鳥がつがいでポピーの種を植えたばかりのプランターの上に、他のプランターからむ しった葉っぱ敷きつめて座ってた﹂ ﹁いきなり負けてますね∼﹂ ﹁そうは言うけどなあ、ゆうこちゃん。エアコンの室外機は注意して後ろのすきまをふさいどいた んやけど、プランターはノーマークやったんや∼﹂ ﹁それで? ベランダの花とか全部ぱあですかあ?﹂ ﹁なんでそんなに、嬉しそう なん・・・全部じゃないけど、あのバカ鳥に一番むしられたのがブラ イダルベール﹂ ﹁ってどんな植物です?﹂ ﹁つゆ草みたいな葉っぱで白い小さい花が咲くんだよ。外国じゃ結婚式のベール 飾るのに使うらし い﹂ ﹁すごい! 新婚家庭向きのナイスチョイス﹂ ﹁ウチのベランダは新婚さん御用達のリゾートホテルちゃうでっ。即効で蹴散らしてプランターは

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玄関先に退避させた﹂ ﹁つくづく鬼畜ですねえ﹂ ﹁私のこと? 鬼畜って・・・何とでもお言い。あのバカ鳥にうちの敷居はまたがせないからね!﹂ ﹁またがせないからねって、あれでも一応鳥な んで勝手に飛んでくると思うんですけど﹂ ゆうこちゃんの指摘はことごとく正鵠をついていたのであった。 四月四日 金曜日 ﹁おはよー﹂ 暗∼い週末の始まりだった。 ﹁あっきー、何か疲れてるみたいやけど?﹂ ﹁今朝、五時に目が覚めた﹂ 斜め向かいに座っているすみっちに返事をしながら目をこする。だめだ、あとでコーヒーいれな いと。 ﹁どうしたん?﹂ ﹁あのバカ鳥が、朝もはよから窓の上のひさしに止まって﹃ででぽぽ﹄鳴くもんだから、一発で目 が覚めたんだよっ!﹂

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すみっちは思い切り笑い転げてから、真面目な 顔で言った。 ﹁これがホントの鳩時計﹂ ﹁人の不幸にオチつけてんじゃないっ! とにかくおかげで夜明けとともに目が覚めた﹂ ﹁まあ健康的﹂ こんな毎日には到底耐えられない。 コーヒーをいれながら私は覚悟を決めた。 ﹁今日、仕事終わったら東急ハ○ズに行く﹂ ﹁何を唐突に﹂ ﹁ハ○ズの鳩よけグッズ売り場に突進する﹂ ﹁そんなもんあるの?﹂ ﹁いろいろあるよ。去年も苦労したから通いつめた﹂ ﹁どういう物があるん? やっぱり目玉風船とか?﹂ ﹁ ああ、 あれはダメ﹂ 答えられる自分が悲しい。 ﹁ 私が通ってた高校も、 鳩が多くていろいろやってたけど、目玉風船なんかすぐ慣れちゃってバカ 鳥の風除けになってた﹂ ﹁カラスの模型を吊るすとか﹂ ﹁そんなもんぶら下がってる家に住むの、ヤなんですけど、私﹂

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﹁じゃあ、CDみたいな何か光るものぶら下げとくとか﹂ ﹁うーん、やった事ないけど、あの鳥、バカで鈍感だから、すぐ慣れちゃうか、気づかない様な気 がして・・・﹂ ﹁じゃあどんなのがいい訳?﹂ ﹁一番確実なのは止まる場所を無くす事かなあ。てすりにフォークみたいな形の針金の棒みたいな のとか、人工芝のでっかいヤツみたいのとか取り付けて﹂ ﹁まあ、頑張りなよ﹂ ﹁うん、頑張るけどね・・・﹂ 不吉な話を思い出してしまった。 ﹁どうしたん、急にテンション下がって﹂ ﹁ベランダのてすりとかはいいんだけど、窓のひさしがね・・・﹂ ﹁?﹂ ﹁足場がないから思いっきり窓から身を乗り出すか、ベランダに脚立を置いて思いっきり身を乗り 出すか、せなあかんのやけど・・・﹂ ﹁あっきーの家、五階やん﹂ ﹁そうだよ。それにね、正月におばあちゃんちで新聞読んでたら、いたんだよ、そういう人﹂ ﹁え、まさか・・・﹂ ﹁二階の屋根の上に鳩よけグッズ取り付けようとしてて、落っ こちて亡くなった人がいたんだよ、

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高松に﹂ ﹁・・・かわいそうすぎて涙で前が見えない﹂ ﹁死んでも死に切れへん。化けて出ようったってどこに出ればいいんだ。あの鳥バカだから枕元に 立っても絶対平気だぞ﹂ ﹁気をつけてな﹂ ﹁命綱もいるかな、やっぱり﹂ 四月七日 月曜日 サワヤカな朝だった。すみっちに挨拶をする。 ﹁はーい、グッドモーニングー﹂ ﹁・・・調子に乗ってる・・・調子に乗ってるよ、この人・・・その様子だと、作戦成功? 今朝 は安眠?﹂ ﹁ いやあ五時に起きたけど﹂ ﹁全然ダメじゃん﹂ ﹁違うって。 週末、命がけで頑張って、鳩よけグッズを取り付けたアルよ﹂ ﹁ベランダから身を乗り出して?﹂

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﹁うん。てすりには針金のフォークみたいなヤツをびっしり取り付けて、窓のひさしには人工芝の 親玉みたいなプラスチックの板を敷きつめて﹂ ﹁ふむふむ﹂ ﹁それだけじゃないのよん。ベランダの下の隙間にはペットボトルとレンガ﹂ ﹁そんなものまで﹂ ﹁近所の日曜大工センターで車もないのにレンガを五つ買って帰るのは重かったわ﹂ ﹁気合入ってるなあ﹂ ﹁それだけやないで。てすりと壁のコンクリートの間にはテグス﹂ ﹁おおっ﹂ ﹁それか らエアコンの室外機の上にはサボテンだあっ﹂ ﹁どんなベランダだよ、それ﹂ ﹁客観的に見て、ベランダって言うより要塞やね﹂ ﹁そこまでやって、どうして今日も五時起きなん?﹂ ﹁はっはっは。あの鳥バカだから、止まる場所も無いのにウチの方にやって来て、方向転換してど っか行くの。その方向転換の羽音で目が覚めて勝利の味を噛みしめてたのよね﹂ ﹁・・・病気やな﹂ ﹁何とでも言ってちょうだい。大事なのは結果だし。私的大嫌い生き物ランキング ではあのバカ鳥 はムカデ以上クモ以下にランキングされてるからなー﹂

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﹁ 何、そのヤなラン キング。それにムカデ以上クモ以下って?﹂ ﹁バカ鳥よりはムカデの方がマシ、クモの方が嫌ってこと﹂ ﹁どう考えてもムカデの方が嫌やけど﹂ ﹁そう? 私はムカデなら殺れる﹂ ﹁鳩はできんかったか・・・﹂ ﹁血が出るものはさすがにね。ちなみに一番嫌な生き物はスズメバチ﹂ ﹁何で?﹂ ﹁スズメバチは組合作っとるからなあ。数の暴力には勝てん﹂ ﹁ 戦ったん?﹂ ﹁お父さんに任せて逃げた﹂ ﹁最低・・・﹂ ﹁バカ鳥には自力で勝ったんだからいーじゃん。昨日、郵便受けに何でも屋のチラシが はいってた んだけどさ、鳩よけネット張る のに二万八千円って書いてあったんだよ﹂ ﹁ちなみにあっきーはどのくらいで頑張った?﹂ ﹁八千円くらいかな﹂ ﹁命張ってるし﹂ ﹁冷静に考えると命がけのライバルが鳩ってめっちゃ嫌やけどなあ・・・﹂

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多少の割り切れなさを覚えつつも、戦いは終わった。 でも常に油断は許されない。こりないヤツらだから、また、いつ、どんな隙を見つけていすわる やら知れたもんではないからだ。 ちなみに鳩にむしられて敷きつめられたブライダルベールはそのままそのプランターに根づいて しまった。本当の勝利者はこいつかもしれない。 ひとまず、終わり

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マイクロフォンの向こうで

山田

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ボリュームを低く絞った ラジオから、地元の 小さなFM局の 深夜 放送が流れている。 ディスクジ ョッキー の男性が軽やかな口調で話している。 深夜、といってもまだ夜の十二時前。 手塚明 は机に向かい、大学受験のために日本史の問題集と 格闘をしていた。 十一月も中ごろに入り、先週 あたり から 急に気温も下がりだしていた 。 机の前の すり ガラスには 細かい水滴が一面に発生し、指でなぞるとひんやりとして気持ちがいい。 彼 は、来年二月に大学受験をひかえた、ごく平凡な高校三年の受験生だった。高校に入って三年 間、 彼 はさして強くもない剣道部 に属し、今年の夏、最後の大会に一回戦負けを 喫して 部活を引退 した。 そして 彼 はまた、多くの高校生がそうであるように、 ロック 音楽 を よく聴いていた。特にその中 でも、 海外の ロック 、とりわけボブ・ディランのようなフォークロック に傾倒していた のである。 ラジオ では 、U2の曲が 終わろうとしていた 。 明 はラジオのボリュームをもう少し絞り、部屋の明かりを消して窓を開けた。 ひんやりとした冷たい空気が静かに入ってきて、部屋の中を満たしていく。冷たい空気は、清ら かで、澄んだ瞳のように凛としているように感じられる。 窓の 向こうにある雑木林はひっそりと静まり返り、まわりの家々の明かりも、今の時間ではもう まばらになっていた。 彼 は目を閉じて、背中を反らして大きく息を吸ってみる。肺の中に十一月の冷気が入り込み、す

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ると、何となく自分の体が透明になり、自由な風の中に溶け込んだかのような錯覚を覚え るのだっ た。 それから 彼は ゆっくりと目を開け、明かりをつけ窓を閉めた。そしてラジオのボリュームをあげ る。 もうそろそろこのラジオ番組も終わりに近 づき 、 ディスクジョッキー がなにやらしゃべった後に 最後のナンバーを紹介した。 明は小さくため 息をついた。 彼はほとんど毎晩このラジオ番組を聴いていた。 それは、この番組が洋楽専門のリクエスト番組 であるということもあったけれ ど ︵最初はそれがきっかけだった ︶ 、 もうひとつ彼がこのラジオを聴 く理由があった。 彼は、このラジオによく投稿をしてくる一人の女の子のことが気になっていたのである・・・と いうよりもほとんど彼女に恋をしてしまっていたのである。 翌日の昼休み、空は快晴、秋の高い青空にはいわし雲が気持ちよさそうに漂っていた。 昼休みのチャイムが鳴り、生徒たちのざわめきが校内にこだまし始める。 明と 野々山宏 は学食で並んだあと、いつものように空いている席についた。暖かいので二人とも 制服の上着は着ずにワイシャツの腕をまくっていた。 隣のテーブルで、林という古文の先生が、やきめしをスプーンでなく箸で食べているのを冷やか

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しながら 、 彼らは向かい合って食べていた 。 明は やきめし カレーで 、 宏はチャーシューメンである。 野々山宏は 手足の長い長身の男で 、明と同じ剣道部で同級生だった。剣道部の稽古のあと、宏と 他何人かでよく明は、ボーリングやビリヤードをやりに行ったりして遊んでいた。そしてビリヤー ドは今でも時々宏たちと放 課後に行っていた。 彼らの通う桜ヶ丘高校は、公立高校で、あまり勉強勉強とうるさくない、 わ りに自由な校風の 学 校 だった。 府内では中の上あたりのレベルの高校であったが 、 通称 、 桜ヶ丘温泉とも呼ばれていた。 つまり、ぬるま湯の温泉に入っているように気持ちよくぼんやりと高校生活を送っていけるという 意味なのだが、その分本当に何もしなければ、どんどん取り残されていってしまうのである。 しかしそういう校風のせいか、校内はいたって平和で、はめを外しすぎるような生徒はほとんど いなかった。 明 は 、中学まではまあまあの成績でやっ てきていたが、この高校に入ってからはほとんど勉強し なくなっていたために、成績は毎回欠点ぎりぎりで、追試の常連だった。 逆に、野々山宏は、いつも特に勉強をしなくてもいい成績をとる生徒であった。 学食での食事も終わり、食堂 脇 の自動販売機の 前でカップコーヒーを飲んでいたとき、宏が言っ た。 ﹁おれ、実はさ、中学のときのつれとバンドやってるんやけどさ・・・﹂ ﹁ほう 。 ﹂ 明は宏を見ながらコーヒーを一口すすった。 手足のひょろっと長い野々山の姿は、何となくロッ

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クっぽいな、と明は思った。 ﹁明、お前一緒にやらへ んか? ロック好きやろ?﹂ あまりにも唐突なことだったので彼は一瞬言葉を失った。 ﹁そやけどおれ、ロックは好きやけど、楽器何もできひんぞ 。 ﹂ ﹁いや 、 大丈夫やねんて 。 ﹂ 宏は脳天気に言った 。 ﹁ベースギターをやって欲しいだけやねん。 三曲 覚えてやってくれるだけでいいから 。 ﹂ 野々山宏の話によると、来月のクリスマスイブの前日の夜に、 何組かのバンドと一緒に、大阪の 梅田で数分間のライブをするとのことだった。 そしてそれに向けてのメンバーが足りないというこ とで、明を誘ってきたのだった。 ﹁ベース言うても難しい やろう?﹂ ﹁大丈夫大丈夫。小学校でたて笛とか木琴とかやったやろ。あれと一緒で、練習したらできるん やから 。 ﹂ ﹁でも受験もあるしなあ・・・﹂ 明は何となく乗り気ではなかった。受験勉強もあるし、それにベースギターも弾けるようになる とは思えないし、何よりも自分が観客の前で演奏するという自信がなかったのである。 ところが、その反面、宏の話には何となく彼の気持ちをくすぐる、何か不思議な甘い魅力を感じ ていたことも事実であった。 彼はこの毒りんごを口にするかどうか、一瞬間考えたが、

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﹁よし、わかった。やるわ 。 ﹂ と答えたのだった。それはほとんど即答に近かった。 宏の方がかえって驚いて目を丸くした。 ﹁えっ、ほんまか?﹂ ﹁ おお、ほんまや。何でもできるうちにやっとかんとな。後悔せんようにさ。受験もあかんかっ たら浪人したらええことやし・・・﹂ 明は晴れ晴れと言った。 ﹁ほんまにええんか? でもおれのせいで大学行かれへんようになったらわるいしなあ・・・﹂ 今度は宏の方が気が引けてきたようだった。 ﹁ええねん。実を言うと、勉強も最近疲れてきとったし 、今回は多分受験もあかんと思っとった んや。一浪してがん ばるし 。 ﹂ 明は、コーヒーを飲み干し、小春日和の暖かい十一月の空気を気持ちよく吸い込んだ。 ﹁浪人もいい経験になるやろうしさ。今を後悔せんように生きんとな。 それにもしかしたら大学 もうまいこと通るかもしれんしな 。 ﹂ そう言って明は空を見上げた。 天高く馬肥ゆる秋。空には爽やかないわし雲が、やはり気持ちよさそうに漂っていた。 ♭ ♭

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その夜明は、また日本史の問題を解きながらラジオを聴いていた。 ボブ・ディランの﹁ミスタータンブリンマン﹂の 曲 が終わった後、 ディスクジョッキー がひとつ のリク エストを紹介した。 ﹁ラジオネーム、 ゆうこ さんです 。 ﹂ と言った。 明は問題を解くのをやめ、 ラジオに耳を澄ませた 。 ﹁ ゆうこ さん﹂ ・・・ 彼女がまさに彼が気にな っている女の子のラジオネームだったからだ。 彼女は彼と同じように、高校三年生で、受験勉強の追い込みだ、と ディスクジョッキーは FAXを紹介した。そして、勉強に疲れたときにはいつも、ヘビーメタルの曲、特にKISSの曲 を聴いてストレスを発散させるのだ、と言った。 そう聴いて明は少し微笑んだ。彼女もまた自分と同じように机に向かいながらラジオを聴いてい るのだ。 そうして彼女は、KISSの曲をリクエストしたのだった。 そもそも彼女のことが気になりだしたのは、ある時ラジオに投稿してきた彼女の話の内容に何と なく共感したことが始まりだった。 それに、引っ込み思案らしい彼女が、ハードロックの曲をリク エストしたというギャップも魅力 に感じた のかもしれない。 ﹁はじめてリクエストします 。 ﹂という前置きから、その時彼女は始めていた。 そして﹁私は今、

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好きな人がいるんです・・・﹂と続けていた。 彼女は好きな人に話しかけることができず、それどころかその人の前だとかえって、 必要以上に 無関心に振舞ってしまうらしい。それが明自身ととてもよく似ていたのである。それを聞いて 、 そ の彼女のことが特に印象に残った という のが始まりであった。 明にも、その頃高校に密かに思いを寄せる 、バレーボール部の背の高い 女の子がいた。しかし彼 は、彼女の前ではいつも知らん顔を決め込み、たとえ同じ話の輪に入っている時にも、 なぜかいつ も別の男友達とばかりしゃべってしまうのだ。 しかしそういう彼にも、普通に話せる女の子が一人いた。彼女は 小柄で ピアノのうまい子で、合 唱コンクールなどではいつもピアノ伴奏を担当してい た。 そして彼女は何か事ある毎に、彼に声を かけてくるのだった。 しかし明は、彼女に関してはどうもそういう気持ちにはなれないのだった。 もしかしたら自分は 彼女のことを好きかも知れない、彼女ともしもデートをしたら楽しいだろうな、と思うこともあっ たけれど、 どういうわけか彼はすぐにそれを否定してしまうのだった。 そして、昔からそうであったが、彼はどういうわけか、いわゆる﹁高嶺の花﹂的な、手の届かな いような存在の人に思いを馳せる傾向にあったのだった。 バレーボール部の彼女も、彼にとってそういった存在であったのである 。 とにかく彼は 、 こうしてはじめて彼女のラジオでの投稿を聞いたのである 。 そしてそののちも時々、 彼女は﹁ゆうこ﹂というラジオネームで投稿をしてきて、いつしか明はラジオを聴きながら、知ら

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ず知らずに彼女のリクエストを待ち焦がれるようになり、彼女のイメージが明の 心の中でどんどん と膨らんでいったのであった。 ♯ ♯ 数日後 の日曜日 、明は宏に連れられてある家のガレージに赴いた。そこは宏のバンドの一人、三 浦という男の家の車庫で、広い庭の奥にあったので、楽器の音を出してもあまり外には迷惑になら ないような場 所 になっていた 。 ガレージでの練習なんか、まるで何かの映画の中のようだな、と明は 少しわくわくした 。 しかし、バンドのメンバーはというと、自分も含めて何と も言えず中途 半端な 、もっさい の集まりといったような感 があった 。 メンバーは明と宏の他にあと二人だったが、その二人とも地味な感じの二人であった。 明がイメージしていたような、 ロックバンドっぽい長髪もいなければ、髪を金髪に染めているも のもなく、 二人とも 真ん中分け にしていて 、いかにも大人しい といった 印象だった。 しかし、それだからこそ明はほっとしたの だった。もしもバリバリのロッカー野郎ばっかりだっ たらどうしようかと、 内 心ひそかに冷や冷やしていたのだ。 そして彼らはみんな案外いい奴だった。 ﹁みんないい奴ばっかりやから、そんな肩肘張らんと気楽にいこうや 。 ﹂

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明の顔が少し緊張していたのか、宏が言った。 そしてメンバーを紹介していった。 ドラム担当が、このガレージを提供している三浦という男で、 小太りで背の低い男だった。そし てもう一人が、ボーカル担当の尾崎という男だった。 彼は、宏の紹介によると、熱い男だそうで、 そのせいか紹介されると右手を差し出し、握手を 求めてきた。そして、握手を交わすと、低い必要 以上の大声で 、 ﹁よろしく!﹂と叫んだ。 あとで尾崎の歌声を聴いて分かったことだが、彼の声は低い声で、かつ声量があった。 そして、 その歌い方は、その彼の名が表すように、明らかに尾崎豊を意識しているようだった。 あと、宏はギター担当だった。そして明をベース担当としてみんなに紹介した。 ﹁まあ、一回演奏するからさ、そこで聴いてみてくれよ 。 ﹂ そういって彼らは演奏を始めた。明は隅のパイプ椅子に腰掛けて 聴いていた。 彼らのスタイルは、ジーパンにジャンパー姿で、ボーカ ルの尾崎は黒い革ジャンを着ていた。そ して、ハードではない けれど 、紛れもなく 彼らは ロックをしていた。 彼らは変に気取ることもなく、 少したどたどしいながらも 真剣で、等身大でなかなかいい感じだ った。 ﹁いや、なかなかよかったわ!﹂ 演奏を聴き終わって明は言った。 正直明が思っていたよりもずっと形になっていた。 ﹁もっと練習せな、まだまだあかんけどな 。 ﹂ 野々山宏がギターを肩から下ろしながら楽しそうに言った。額には汗をかいている。

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﹁まあ、素人なんで、何かと迷惑をかけると思うけど、よろしく!﹂ 明は、ポケ ットに手を突っ込みながら、照れくさそうにそう言ったのだった。 ♭ ♭ それから約 一 ヶ月、明は毎晩ラジオを 聴きながら受験勉強をし、放課後にはバンドの仲間と練習 をした。 十二月にも入り、街行く人は厚手のコートを纏い始める季節。 高校へ行くまでの銀杏の並木も、 ずいぶんと 葉を落とし、時折吹き付ける乾いた冷たい風に身を 尖らせている。 冬に近づくにつれて世界はだんだんと 彩り を失っていくが、なぜかそれにともなって却って なもの の輪郭 が鮮明に浮き彫りにされてもくるようでもあった。 手塚明と野々山宏 は、暖房のあまり利いていない学食で、今日も昼を食べていた。少し離れたと ころでは、林という古文の先生がやはり箸でやきめしを食べていた。 あるとき明と宏は、なぜ彼が箸でやきめしを食べ続けるのかと、色々と想像し合ったことがあっ た。 彼には病気の母親がいて 、 その母親の病気がなおるようにと 、 スプーン断ちをしているのだとか あるいは 古文の先生だけに、箸を使うことで日本の文化を暗に誇示しているのだなど。 もしくは、

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彼は目立たない先生だったので、箸でやきめしを食べ続けることで生徒に注目されようともくろん でいるのだ、などと も想像をふくらました。 しかしながら、いずれにしても事の真相は謎のままで、彼は生徒たちからどんな噂をされている かを知ってか知らずか、毎日箸でやきめしをつつき続けるのだった。おそらくそれは明たちが卒業 しても、彼が学校を移ろうとも変わることがないだろう。 そんなことを話している うち に、二人はなんとなく悲しくなってその話題をやめたのだった。 学食の白いテーブルに明と宏は向かい合って座っていた。宏がパックのジュースをストローで飲 みながら言った。 ﹁もうそろそろ、ライブやな 。 ﹂ ﹁ああ 。 ﹂ そう答えた明の 目には自信のようなものがのぞいていた。 実際明は、この 一 ケ月 ほど の練習でもう大分と上達していたのである。 ﹁ところでさ・・・﹂宏は急に声をひそめて切り出した 。 ﹁ところでさ、お前、好きなやつとか、 おんのんか?﹂ ﹁はあ 。 ﹂明は突然のことに、顔を赤らめながらびっくりした声を出した 。 ﹁何やねん、いきなり 。 ﹂ ﹁いや、だからさ、お前好きなやつがおるんかって 。 ﹂ ﹁そやから何でそんなことを急に訊くんやっちゅうねん 。 ﹂

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宏は少し困ったような顔をしながら、 ﹁いや、もうすぐライブ本番やろ。 それでな、 実はな、 おれ ある子を誘おうと思ってるんや ﹁ほう 。 ﹂ ﹁それがな、うちの高校の子じゃなくて、中学んときの同級生の子なんや。 坂下っていう子で、 お前ほら、帰り道に商店街通るやろ、そこの入ってすぐ右側の漬物屋知ってるやろ、そこの子なん やけどな 。 ﹂ ﹁ほう 。 ﹂ ﹁ほう、とちゃうやろ。おれが言うたんやから、今度はお前が言えよ 。 ﹂ ﹁何でやねん 。 ﹂ 明は、冗談でしょ、というように手を大きく振った。 ﹁なんでって、当然やんけ。おれが言うたんやから、次はお前の番やろが 。 ﹂ 明の頭の中には今 、 あ の ハードロック好き の ラジオネー ム ﹁ゆうこさん ﹂ のことが浮かんでいた。 何となく言いたいような、言いたくないような。すると、宏が、 ﹁まあ、言わんでもお前の場合ほとんど分かってるけどな。 篠原やろ?﹂ ﹁えっ、ちがうわ 。 ﹂ 明は否定した。篠原というのは、あのいつも彼に声をかけてくるという、ピアノの上手な女の子 だった。 ﹁うそつけ。お前いつもあいつと仲良うしゃべってるやんけ。みんなも多分そう思ってるぞ

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﹁ええ、うそやろう 。 ﹂ ﹁ほんま、ほんま 。 ﹂ 明は言おうか言うまいか、思いが頭をぐるぐると回っていたが、迷っている 間に口の方が勝手に 先走ってしまったのである。 ﹁ いや、実は別に気になってる子がおるんやけどさ・・・﹂ そして明はついに、ラジオの女の子のことを宏に告げてしまったのだった。 言ってしまったあと、明は顔が真っ赤になり、なぜか隣のテーブルのカレーライスの匂いが急に 薫ってきたのだった。 窮地に立たされると、人はその危機感から 脱出しようと 、無意識のうちに 五 感を 鋭敏に するのかも しれない 。 今の明は嗅覚が鋭敏になったのだろう。 ﹁なんかおれ、急にカレーパンが食べたなったな 。 ﹂ と明ははぐらかすように言った。 しかし 、 宏は彼の言葉を相手にしなかった 。 そして、 ﹁明、 それはあかんやろ 。 ﹂と言った。 ﹁ラジオの女の子って・・・﹂ ﹁あかんかなあ、やっぱり 。 ﹂ 明は眉をハの字にして照れくさそうに言った。 ﹁なんちゅうかなあ、ほんまの恋愛から逃げてるっちゅうか、そんな感じやな 。 ﹂ ﹁お前に言われたないわ 。 ﹂ 明は言った。しかしほんのわずかに顔が引きつっていた。

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﹁まあええわ。それよりな、おれ はその子を誘おうと 考え てるんやけどさ、お前も篠原を誘って みろよ。 ﹂ ﹁なんでそんなことせなあかんねん 。 ﹂ 明は一笑した。 ﹁いや、なんでって、それは・・・チャンスやからやんけ。好きな女子 をやな、 ライブ を口実に 誘えるんやし、もしかしたらそこでいい格好見せたらその子と付き合えるかもしれへんやろ 。 ﹁そやけどなあ・・・﹂ 明は気が重くなった。しかしその一方で、さっき宏が言った、自分は恋愛から逃げている、とい う言葉を考えていた。 ︱︱︱確かに おれは、今まで告白もしたこともなく、ただ遠くから好きな女 の子のことを見ているだけだった ・・・ ﹁別に付き合ってとかそういう意味で誘うんじゃなくて、ただライブやるから見に来てって、そ れだけや ん。他にも誘ってる内のひとりですよって感じでさ 。 ﹂ ﹁まあ、ちょっと考えとくわ 。 ﹂ とりあえず のところ明は この場ではそう答えるしかなかった のだった。 ♯ ♯ ライブまで残り一週間あまりになった。練習も順調に進み、ある程度まではできるだろうという

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ほのかな自信を、明を含めメンバー全員が持てるまでになっていた。 曲の感じは、ハードロック系ではなくて、ボーカルの歌い方のせいか、どちらかというとやはり 尾崎豊系だった。そしてどうしても地味な感じを払拭できなかったけれど、却って彼らはそれを好 んでい た し、それが格好いいのだと考えていたのだった。彼らには彼らなりの美学というものが多 少なりとも存在していたのである。 明たちは一枚千円のライブのチケットを 、 一人につき二十枚をノルマにさばくことになっていた。 明はそのノルマはほとんどクリアしていて 、 あと残り一枚だけになっていた 。 そしてその一枚は、 はじめから篠原みゆきのためにとっていたのである。 しかし、宏と篠原の話をしたとき以降、明は彼女のことを妙に意識をしてしまう ようになってい た 。 それで、なかなか彼女にチケットのことを切り出せないでいるのだ。 彼女の 横顔、それまでだったら何も思わずに見ていたのだが、あれ以降は、その横顔を、あるい はその瞳をそっと盗み見、彼女 が今 何を考えてい るの かと読み取ろうとするようになっていた。 そ して彼女の方を見ないでおこうと意識すればするほど、なぜか 彼女の方に視線を走らせてしまうの だった。 そして彼女と目が合うと、そんな風に彼女を眺めているのを悟られまいと、慌てて目をそ らせてしまうのだった。 そんなとき、宏が、漬物屋の彼女を誘うから、一緒に付いて来てくれと言ってきた。 まず彼女のところへ電話をして、会う段取りをするという。

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放課 後、明と宏は二人で高校の裏の 小さな児童 公園に行き、その傍の電話ボックスから電話をか けることにした。 ﹁ 明、悪いけど、お前かけてくれへんか?﹂ 宏はよほど緊張しているのだろう、電話ボックスの前でそう言った。 ﹁なんでえな。そんなことできひんって。おれ相手のこと知らんねんし 。 ﹂ ﹁いや、そうやねんけどさ・・・ほんなら電話かけるだけでいいから、ボタン押すだけで。かか ったらすぐに代わるから 。 ﹂ しばらく そのようなあほらしい 押し問答 が続いた 末に、明は、 ﹁ほんなら、電話かけるだけやからな。かけたらすぐに代 われよ 。 ﹂ と言って仕方なく 電話ボックスに入って彼女の家の番号を押した。宏は半分開けた扉から体を半 分だけ入れてその様子を心配そうに見つめていた。 番号を押し終えると、呼び出し音が鳴り始めた。 明は慌てて、 ﹁ほらかかったぞ 。 ﹂ と受話器を宏の方に差し出し、体を入れ替えようとした。しかし、宏は、 ﹁とりあえず明、出てくれ。それから代わって 。 ﹂ と言ってなかなか受話器を取ろうとしない。 ﹁そんなこと言うてもおれ相手の名前知らんし 。 ﹂

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そうこうしている間にも 呼び出し音は鳴り続け、やがて受話器から 誰かが出たような声がした。 明と宏の間に、ちょうど宙に浮いたようになっている受話器から、小さな男性の声がくぐもって聴 こえている 。 ﹁はよ出な 。 ﹂明は声にならない声で宏に促したが、もうどうにも間がもたなくなった ので、仕方なく明は電話に出た。 ﹁もしもし・・・﹂ ﹁もしもし、坂下漬物店ですが・・・﹂ 電話は彼女の父親らしい。商売人 らしい 威勢のいい声だ。 ﹁あ、あの、ちょっと待ってくださいね 。 ﹂ 明はそう言い、宏の胸に受話器を押し付けた。 宏も観念した ように受話器を取ると、少しの間上を向いて何かぶつぶつ言 っていたが、 ﹁あもしもし、私野々山と申しますが・・・﹂ と 、 やけに丁寧な口調で話し出した。 ﹁私野々山と 申しますが、聡子さんはご在宅でしょうか?﹂ 明は、ふうとため息をついて、電話ボックスを離れると、公園のベンチに腰掛けた。 さっきの宏の不安げな表情を目の当たりにして、明はどうにか宏の想いがかなえられたらな、と 思っていた。 公園の中では、小学校低学年位の女の子二人がブランコで遊んでいる。 公園の中央あたりには大きな楠が あり、その青々とした常緑の葉は風に柔らかく揺れている。 空は 、 再び秋が戻ってきた かのように高く青かった。 とんびが一羽 、優雅にその空を舞っている。

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しばらくして、宏は電話ボックスから戻ってきた。 彼は明の横に座り、 ﹁これから、彼女とここで会うことになったわ 。 ﹂ と言った。 ﹁え、ほんまかいな 。 ﹂ ﹁ああ。そやけどまだ何の用事かは言ってへんねん。ただちょっと話があるからきてくれへんか って・・・﹂ 彼の顔にはまだ不安の色は残っていたが、ひとつハードルを乗り越えたという安堵の色も覗いて いた。 彼女はあと十五分位で来るらしい。彼はとりあ えず今日は、ライブに誘うだけにして、告白は れからにしようと言った。 やがて彼女が自転車でやって来た。髪の長い、背のすらっとした可愛い子だった。 宏は彼女の方に歩いて行き、明はベンチに座ったまま彼らを眺めていた。 彼女は自転車を降りて、宏の方を黙って見つめている。 宏は落ちつかなげに足のかかとでアスファルトを蹴りながら何かを言っていた。 しばらくして彼女は、どうしようか困っているような真剣な表情を見せた。 宏はうつむいて、自分のつま先にもう一方のかかとをぶつけていた。 とてもではないが、話が弾んでいるようには見えなかった。

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おそらく 彼は、ライブに誘うだけではなく、彼女に今告白をしたのだろう と、明は思った。 彼らが話している間、明は自分だったら篠原みゆきにどう話すだろうかと考えていた。そしてそ の時、ラジオの女の子のこともふっと頭に浮かんだけれど、それは泡のように浮かんできてはすぐ に消えていったのだった。 明は自分の中で何かがゆっくりと変化していくのを、我知らず感じていたのだった。 宏と彼女との間に風が吹いたあと、 彼女は自転車に乗って、再び来た道を戻っていった。 その夜、明はやはりいつものように日本史の勉強をしながらラジオを聴い ていた。 野々山はやっぱり彼女に告白をし、そして断られたそうだった。そのあと彼はさばさばとした表 情で 、 ﹁ああ、ライブに誘うだけにしてたらなあ・・・﹂と努めて笑顔で言っていたが、それがまた 痛ましかった。 そして明は、今ラジオを聴きながら、いつもと同じように彼女の投稿が読まれるのを待っていた のだけれど、それは何か、単なる習慣でそうしているような、普段とはどこか違った感覚で聴いて いたのであった。 ♭ ♭ 数日が過ぎた。

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明はいつ篠原みゆきに切り出そうか、今日行こう、今日行こうと思っている間に 、もうライブま で間がない時期にまでさしかかっていた。 そして今日こそはと思いながら、学校でも彼女の方をちらちらと見やっていたけれど、なかなか 勇気が出なかった。誘ってみて、できれば彼女が用事で行けないと断ってくれたらなあ、と考えた りもした。 とそんな時、昼休みがすんで教室へ戻ってきた頃、扉のところで篠原みゆきとばったりと出くわ したのである。 明は 、 ﹁おう﹂と短く声をかけ、そのまま一瞬うつむいて去ろうとした。けれど、 次の瞬間 振り 返って思い切って 呼び止めたのだった。 ﹁あ、篠原・・・﹂ 声がうわずっていた。 ﹁え、何?﹂ 篠原みゆきは振り返る。 よく見ると、彼女は、目がくりっとしていて、とてもかわいいことに明は気がついた。そして 張のせいか何となく彼女との距離感がうまくつかめない感じだった 。 ﹁篠原、今度さ、おれ野々山たちとライブやるんやけどさ・・・﹂ そこまで言うと、彼女の大きな瞳がきらきらと輝きが増したように思えた。そして、 ﹁あ、知ってる。野々山君に前に聞いた 。 ﹂

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と言った。 ﹁え、ほんまに?﹂明はどぎまぎしながら 、 ﹁それでさ、見に来てくれへんかなあ?﹂ 心臓の鼓 動は異常に速まり、搾り出した笑顔はゆがんで唇が歯にひっつきそうだった。 昼休みが終わり、クラスのみんなが教室へ入るために二人のそばをすり抜けていくのも、明には 気になっていた。しかし彼女はそんな気にするそぶりもなく、 ﹁え、誘ってくれんの?いいよ。いつやったっけ?﹂ ﹁次の土曜日、クリスマスイブの前の日の夕方なんやけど。いける?﹂ ﹁わかった。じゃあ、またあとでちゃんと時間とか決めよか 。 ﹂ ﹁わかった 。 ﹂ 彼らは分かれて教室に入ってお互いの席についた。 ﹁ほんまかいな?﹂明は彼女のさっきの返事が まだ信じられなかった。前を見ると、一番前の席 で彼女が隣の女子と可笑しそうに何かをしゃべっている。 そして教室を何気なく見回してみる。 なんとなく いつもと同じ教室の 風景が 、いつもと 違って 鮮 明に 見えるような感じがした。 何か今まで閉ざされていた透明な扉が大きく開かれて、その瞬間世 界が一変してしまったかのように感じられたのだった。 ♯ ♯

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ライブ当日、明は駅で篠原みゆきと待ち合わせをしていた。 三時に電車の一番前の車両のあたりで会うことになっていた。 昨夜は明はいつものラジオを聴いてはいなかった 。というのも、ラジオを聴いて﹁ゆうこ﹂さん の投稿を待っていたとしたら、篠原みゆきに悪いという気がしたからだった。 明はベースギターをかつぎ、三時五分前に駅に到着した。 そしてホームの上をうかがいながら歩 いていくと、彼女がホームの先頭の、時計台の脇に立っているのが目に入った。 彼女は 黒 いロングスカートに 白っぽいコートを着てうつむいていた。 訳もなく彼女はジーパンをはいて来るものだと思っていたので、ちょっと意外だった。そして自 分は、ジーパンに着古したダッフルコート姿で、これでいいのだろうかと一瞬不安を覚えた ぐに、まあいいか、と思い直して彼女の方へゆっくりと足を進めていった。 途中まで行くと、彼女が彼に気づいて笑顔で手を振った。明は少し照れくさそうに彼女の方へ小 走りで駈け寄って行った。 ﹁大分待っとったん?﹂ ﹁いや、ちょっと前にきたとこ 。 ﹂ 彼女の方もなんとなく普段とは違った印象だった。 明は時計をチラッと見て、 ﹁三時ってちょっと早すぎたかな?﹂ ライブは夕方六時からだった。

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﹁でもいいんちゃう?余裕のある方がゆっくりできて 。 ﹂ ﹁そうやな 。 ﹂ 電車に乗って三十分足らずで、ライブ 会場のある梅田の駅に到着した。 寒い日だった。 少し時間があったので、彼らはドトールコーヒーでコーヒーを飲むことにした。 椅子に座ると彼女はコートを脱いだ。薄いピンクのセーターをコートの下に着ていた。 普段なら気兼ねせずに話せるのに、どうして今日はこんなに緊張してしまうのだろう、明は思っ た。実際、気を抜くとコーヒーカップを持つ手が小刻みに震えて きそうだった 。 ﹁今日、何時からやったっけ?﹂ 彼女が訊いてきた。 ﹁六時から。でも五時には入っとかなあかんと思う 。 ﹂ ﹁ ふうん。それでさ、どんな感じ の音楽なん?﹂ ﹁そうやなあ 、 まあ 、 ロックやねんけど 、 そんなハードじゃなくて・ ・・尾崎豊的っていうか・・・﹂ ﹁へえ、そうなんかあ。 手塚君自身はどんな曲が好きなん?﹂ ﹁おれ?おれは、ボブ・ディランみたいなフォークロックっぽいやつとか、ヴァン・モリソンと かU2とかかなあ。知ってる?﹂ ﹁知ってる、知ってる。私も洋楽大好きやもん 。 ﹂

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﹁うそ?ピアノやってるからおれクラシックしか聴かへんのかと思ってたわ 。 ﹂ ﹁失礼な 。 ﹂ 彼女は笑った 。 ﹁私な、こう見えても結構ハードロックとか好きなんやで。 KISS なん か最高やわ 。 ﹂ ﹁えっ 。 ﹂ 明は一瞬言葉を失った。篠原が﹁KISS ﹂のファンだなんて 。ラジオの彼女と同じではないか。 ﹁何、おかしい?﹂ 彼女はぼおっとしている明に向かって言った。 ﹁いや、全然おかしないよ。逆になんかミステリアスな魅力がでてきたわ 。 ﹂ 明は言った 。 あさ、毎晩地元のFMでやってる リクエストのラジオ番組とか聴いたりしてんの?﹂ 明は、彼女がラジオの彼女と同一人物であって欲しいのか、そうでないのか分からないまま尋ね てみた。 ﹁ああ、あれね。ときどき聴いてるよ 。 ﹂ 明の胸は熱く なった。やっぱり彼女は彼女なのか・・・ ﹁投稿なんかもしたりすんの?﹂ 彼はどきどきしながら言った。 ﹁とうこう?とうこうって?﹂ ﹁ 投稿って、ほら電話とかFAXとかでリクエストしたり・・・﹂ ﹁ああ、その投稿ね 。 ﹂ 彼女は一瞬考えた︵彼女の作るいろんな間や仕草が意味ありげに彼には映

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っていた ︶ 。そして 、 ﹁投稿はないな。いつも勉強しながら聴いてるだけ 。 ﹂ ﹁ああ、そう 。 ﹂ 彼女のさっきの一瞬の間がわずかに気にはなったけれど、彼はなぜかひとまずほっとしたのだっ た。 ﹁そやけど、あんなラジオ聴いてん の私だけかと思ってたけど、手塚君も聴いっとったなんて、 なんかうれしいわあ 。 ﹂ 彼女は少し赤くなってコーヒーカップに軽く口をつけたのだった。 それからしばらく、彼らはお互いのことや進路のことなどをしゃべりあった。普段学校では時々 話すことはあったけれども、これほど長い時間二人きりで話すことは始めてであった。 そしていつからか、緊張はすっかりなくなっていた。そして、彼女に対して、好意を抱き始めて いるのに気づかずにはいられなかったのである。 もう時間だというときに、彼はまだまだ彼女と話をしていたいと いう、後 ろ髪を引かれる思いで 席を立たなければならなかったのである。 五時前になり、明とみゆきは会場へと赴いた。会場の入り口にはもう何人か人が集まっていた。 狭いロビーで 明 は声をかけられた。 ﹁よう、 明 。今日はがんばれよ。しっかり聴いとくからな 。 ﹂ 同じクラスの牧田義和だった。彼は隣のクラスの石川佳織と一緒に来ていた。彼女は去年 明 と同

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じクラスだったので、 明 とも面識があった。そして石川佳織は篠原みゆきとも仲がよかったので、 彼女たちは彼女たち同士で なにやら楽しそうに会話を交わしていた。 牧田と石川が付き合って いるとはまるで知らなかったため、 明 は少し驚いた。しかし、牧田はな かなかの二枚目だったし、石川佳織は小柄で可愛らしい子だったので、二人は全くのお似合いだっ た。初々しい感じが漂っていて、付き合いがまだ浅いことが感じ取られた。もしかしたら、彼らも 今日が初デートなのかもしれないなと 明 は思った。 牧田は 明 とみゆきのことをどう思ったのかは分からないが、ちらっとみゆきの方を見たあと、 に小さくウインクを送ってきたのだった。 しかし、見渡してみると、案外知っている顔が他にもそこここに見受けられた。 この機会に、いろん なカップルが誕生しているようだった。 その状況はまるでアメリカの青春映画のようだった。 そして、明は知らなかったが、同じクラス の笠松という背の低い 、顔も美男子とはとてもいえな い 男子も今日、他のバンドでドラムをやるらしくて、しかもそいつが、背が高くて綺麗な女の子を 彼女として連れてきていたのである。牧田に聞いてみると、彼女は他の高校の女の子らしいという ことだった。 どうみても、彼女の方が背が高いし、彼らは不釣合いに明には見えた。しかし とても 仲 がよさそうだったし 、彼女の目は確かに笠松を好きだという目をして いたのである。 ただ、以前なら 明は 半分腹を立てるとこだったかもしれなかったが、今日は自分にも篠原みゆき というパートナーがいたので、男と女とは分からないものだな、と納得できないまでも、彼らを暖

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かく受け入れることができたのだった。 明 のところへ、 野々山宏とその他のメンバーがやってきた。 ﹁明、今日の出番は五番目やと 。 ﹂と宏は言った 。 ﹁ これからバックステージで最後の打ち合わせ するから 。 ﹂ ﹁わかった、すぐ行く 。 ﹂ ﹁あと、 今日おれらステージの照明の担当になってるから、 ステージに向かって左側の照明室に おるからな 。 ﹂ ﹁わかった 。 ﹂ 明はステージ裏に行く前にトイレに行った。 ﹁がんばってね 。 ﹂ 後ろからみゆきに声をかけられて、明は右手を挙げて答えたのだった。 明たちは特に衣装も何もなかったので、ジーパンとチェックの厚手のシャツで演奏することにな っていた。ダッフルコートを脱げばそれで準備完了だった。 しかし、トイレに行くと、みんな今日 のライブのために入念にヘアースタイルのセットをしていた。金髪をキンキンにとさかのように突 っ立てている者や、グリースをべとべとに塗ってオールバック にしている者。彼らは細い足に革の パ ンツをはき、鋲のついた革ジャンを身につけ、 ばりばりの ロックンローラーを気取っていた。 彼 らも自分と同じ高校生なのだろうか?何となく彼らが自分たちよりもずっと年上に見えた。 でも、最初こそ彼らに圧倒されたけれども、明は自分たちのスタイルもとても気に入っていたの

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で、 少しすると彼らを 、 単なるステレオタイプ じゃないか、と気遅れすることもなくなったのであ る。それによく見ると、そんな彼らも表情はやっぱり幼かったし、みんないい奴そうだった る 。 六時になり、いよいよライブがはじまった。 ステージに向かって左上に ある照明のブースに明たちは入っていた。 そこからは観客席が一望できるようになっていた。 篠原みゆきは、 石川佳織の隣、客席のちょうど真ん中辺りに座っていた。明はふと入り口辺りを 見てみた。 そこには見覚えのある背の高い女の子が 、 腕を組んで もう一人 の 女友達と並んで立って いた。 ﹁おい、宏!﹂明は野々山に声をかけ、入り口あたりを指差した 。 ﹁ あれ、あそこにおんの、お前 がこないだ誘ってた子とちゃうか?﹂ ﹁え、どれ?﹂ 宏は身を乗り出してきた。 ﹁ほら、あそこのドアの前に・・・﹂ ﹁ あ、ほんまや 。 ﹂宏はちら っと腕時計を見た。もうそろそろはじまる頃だ。ステージには一組目 のバンドがもうセッティングを終えて演奏を開始しようとしている。 宏は一瞬迷ったあげく、

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﹁おれ、ちょっと行ってくるわ 。 ﹂ そう言うが早いかもう駆け出していた。 ﹁ライトちゃんとやっといてくれよ 。 ﹂ 背中でそう 宏 が 言 うのとほぼ同時に、壇上のボーカルが自分たちのバンド名 と、これから演奏す る曲を 紹介し、 ドラムスがスティックを打ち鳴らした。 ﹁ワン・トゥー・スリー・フォー!﹂ 大音量の演奏がはじまった。明は教えられたとおり照明のマシンを操作 した。 基本は簡単で、静 かな曲のときはブルー系統の落ち着いた色のライトをあて 、 逆に激しい曲の場合には赤や青や黄色、 緑など 激しくライトを変えていけばいいのだ。 ﹁まあ、ほとんどはヘビメタっぽいガンガンのやつばっかりやろうけどな 。 ﹂ そう宏は言っていた。 曲がはじまると、明は 忙しく 指を動かしてライトを調節しなければならなかった。 ほとんど全て が激しい曲で 、 赤青黄 、 黄緑赤、とステージの色がライトによってめまぐるしく変わった。 それは、 ほとんどむちゃくちゃだった。やりながら明は、誰かから文句が来ないだろうかと不安に 思い、 他 のバンドの仲間に、 ﹁ほんまにこんなんでええんか?﹂ と訊いてみると、 ﹁いつもこんなもんやで 。 ﹂

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