九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
カード配置法によるデザインの類似の可視化・定量 化に関する研究 : デザイン保護法制の「類似」に関わ る問題への適用
中辻, 七朗
https://doi.org/10.15017/1931922
出版情報:Kyushu University, 2017, 博士(工学), 課程博士 バージョン:
権利関係:
(様式6-2)
氏 名 なかつじ なお 中辻 七朗
論 文 名 カード配置法によるデザインの類似の可視化・定量化に関する研究
―デザイン保護法制の「類似」に関わる問題への適用―
論文調査委員 主 査 九州大学 教授 伊原 久裕 副 査 九州大学 准教授 須長 正治 副 査 九州大学 准教授 田村 良一 副 査 九州芸術工科大学 元教授 糸井 久明
論 文 審 査 の 結 果 の 要 旨
博士(工学)学位申請のために提出された本論文は,デザイン保護法制における「類似」に係わ る諸問題への寄与を目的として,デザインの類似の可視化・定量化を可能にする手法を開発し,実 験的アプローチの有用性を提言したものである。
デザイン保護法制のなかで,代表的なものである意匠法や著作権法では,「類似」が主要な概念とな っている。すなわち意匠法では,公知意匠と同一または「類似しない」意匠であることが登録要件 の1つとして規定されており,また著作権法においても,著作物との類似の程度が著作権の及ぶ範 囲の判断基準となっている。本論文は,こうした「類似」概念のデザイン保護法制における重要性 に着目し,3つのケーススタディを通して,実験的アプローチにより,その可視化と定量化を試み ている。
論文は全体で6章から構成されている。第1章の序言では,論文の背景,目的,方法,構成が論 じられる。その中で,本研究の主要概念である「類似」のデザイン保護法制における重要性が簡潔 に論じられている。従来,「類似」はデザイン保護法制のなかで,特に意匠法において明示的に扱わ れているが,著作権法など他の法制においても,同様の問題講制として捉えることが可能であると 述べる。にもかかわらず類似それ自体の判断の根拠については,これまで客観的に示されたことが ないことから,類似を可視化し定量化する方法の検討が有効であり,こうした現状に一石を投じる 点において意義があるとする。こうした背景から,本論文では第2章において,まず類似を可視化 し,計量するための簡便な方法として,「カード配置法」を提案し,その有効性を検証している。類 似を扱う方法としてよく用いられる多元尺度法(MDS:Multidimensionla scaling)との比較実験 において,MDS と同等の有効性を持ち,なおかつ被験者に負担をかけない実験方法であることを 実証した。第3章では,カード配置法を用いて,欧文タイプフェイスを対象に,タイプフェイスに 関する専門的経験と知識を有する専門家と,非専門家のタイプフェイスの類似に係わる認知構造の 違いを考察した。タイプフェイスを取り上げた理由は,著作権法においてタイプフェイスの保護が 弱いことである。本来,タイプフェイスのデザインの差異は繊細であり,その作り手や専門的な使 い手は,その差異を認識したうえで使用している。にもかかわらず,著作権保護においては,そう した差異は蔑ろにされる傾向にある。そこで,本論文では,専門家と非専門家の類似の違いを実験 的に確かめた。その結果,両者は実際に異なる傾向にあり,特に非専門家の判断がフォントの形状 よりも,その線の太さに大きく影響を受けやすいことをあきらかにしている。第4章および第5章 では,意匠を問題とする2つのケーススタディを取り上げ,意匠権侵害訴訟で用いられた登録意匠、
被告意匠、公知意匠の関係を問題としている。第4章では,カード配置法に基づき, 2つの手法を 用いて各意匠間の類似度を計量し,登録意匠と被告意匠が類似するか否かを検討している。その結 果,意匠権侵害訴訟の結論を7から8割程度の確率で予測できるとする知見を得ている。第5章で は,認知科学分野で知られている「文脈効果」に着目し,登録意匠と公知意匠との関係に,この文 脈効果が関与する可能性を仮説として提起した。カード配置法を用いた実験によって,公知意匠の 存在によって,登録意匠の類似の範囲が拡大する現象をあきらかにしている。
以上のように,本論文は,デザイン保護法制への適用という主として法学分野への貢献を目指し た研究であるが,認知科学の知見の援用に基づいた実験的アプローチにおいて独創的であり,カー ド配置法という方法自体についても,デザイン学分野における応用の可能性が期待できる。こうし た学際的性格が,本論文の大きな特色である。そのため,本論文の審査においては,デザイン学専 門家のみならず,デザイン保護法制関連専門家,認知科学関連専門家によって論文調査委員会を構 成し,審査にあたった。その結果,本論文は,法学分野のデザイン保護法制に向けて,類似に係わ る諸問題に対する実験的アプローチの有効性を実証研究によって提起した論文として,意義と独創 性が認められた。また緻密な実験と考察に基づいて論述されている点においても,その学術的価値 が高く評価できた。よって,論文調査委員会の審査員全員一致で,本論文は,博士(工学)の学位 に値すると認めた。