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主体、アイデンティティ、身体の政治学 : 内面化 する権力をめぐって

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主体、アイデンティティ、身体の政治学 : 内面化 する権力をめぐって

その他のタイトル Politics of Subject, Identity and Body

著者 若田 恭二

雑誌名 關西大學法學論集

巻 49

号 6

ページ 843‑886

発行年 2000‑02‑29

URL http://hdl.handle.net/10112/00024454

(2)

主 体

アイデンティティ︑

一権力論のフーコー以後

二自己を監視する人

三キリスト教の伝統

四禁欲という﹁自己のテクノロジー﹂

五理性的人間という規格

六超自我と抑圧

七われらヴィクトリア朝の人間

八分裂した自己

九アイデンティティ︑または自我の幻想

1 0

他者という鏡

︱︱プロジェクトとしての自己

ーニ嗜癖的社会

一三共依存のシステム

主体︑アイデンティティ︑身体の政治学

ー内面化する権力をめぐって

1

身体の政治学

(3)

権力論のフーコー以後

︵ 八

四 四

ミシェル・フーコーによれば︑近代になって権力は︑誰かが握っていて︑他の誰かに対して行使するもの︑という

ような従来から考えられていた姿をとらずに︑まったく別の姿でも存在するようになった︑とされる︒権力を握って

いる者はどこにもいない︑にもかかわらず権力は存在し︑働いている︑というのがこんにちのわれわれにとってもっ

とも重要な権力の姿であり︑われわれが分析しなければならない権力のあり方なのだ︑というわけである︒

︱つの制度でもなく︑構造でもない︑ある種の人々が持っているある種の力で

( 1 )  

もない︒それは︑特定の社会において︑錯綜した戦略的状況に与えられる名称なのである︒﹂﹁戦略﹂という軍事用語

で呼ばれるからには︑それはたしかに特定の目標︑特定の意図を持っているに違いない︒フーコーも︑そのようなも

のとして﹁戦略﹂ということばを用いた︒とするなら︑そうした意図や目標の背後には︑誰か具体的な人間がいるは

ずではないか︑とわれわれは考えてしまう︒しかし︑フーコーによれば︑特定の意図︑特定の目標をそなえた戦略が

存在しているとしても︑その背後には誰もいない︑ということになる︒

彼の言う﹁戦略﹂は︑誰かが︑あるいは何らかの集団が︑意図的に考案し︑実行するものではない︒それはやはり︑

誰も意図していないにもかかわらず︑存在している何かなのだ︒ある状況が生みだされており︑その状況について

﹁論理はなお完全に明晰であり︑目標もはっきり読み取れるが︑しかしそれにもかかわらず︑それを構想した人物は

いず︑それを言葉に表わした者もほとんどいない︑ということが生ずる﹂︑そういう状況のことを彼は﹁戦略﹂と呼

( 2 )  

んでいるのである︒だから︑権力がどこから発しているか︵誰が権力を握っているか︶を問うのは無駄であり︑ただ 彼はこう言っている︒﹁権力とは︑

(4)

権力の態様︵どのように働いているか︶だけが問題となる︒

われわれ人間はたいてい何かの意図をもって行為する︒けれどもそこから生まれてくるものは︑われわれが当初意

図したものとはまったく違ったものになってしまっていることがしばしばあるのだ︒﹁人びとは自分が何をしようと

しているのか知っている︒自分がいましていることをなぜしているか知っていることもまれではない︒人びとが知ら

( 3 )  

ないのは自分がしていること︑それが何をしているのかである﹂︒

意図してもいないし︑意識さえしていないようなものを︑われわれはいつのまにかつくりだしてしまうし︑しかも

そのようにつくりだされたものがわれわれ自身を拘束するようになる︑という考えは︑古典ギリシアの悲劇のなかに

人間の命運を見ようとしたニーチェ以来広く知られるようになった考えかもしれない︒マックス・ウェーバーも︑ル

ターやカルヴァンの説いたプロテスタンティズムの世俗内禁欲という教えが︑彼ら宗教改革者たちの意図したところ

をはるかに離れて︑利潤とその蓄積をもとめてやまない資本主義の精神と行動をもたらした︑と言ったが︑このよう

な宿命︵あるいは歴史のいたずら︶を認めようとするウェーバーの姿勢も同類だろう︒あるいはフロイトも︑エディ

エデイプス自身︑自分のしたことが何をもたらすか知らなかったといプス王の悲劇を彼の理論の中心に据えたのは︑

う点に心うたれたからだ︑と述懐したが︑この点ではフロイトも同類である︒歴史の偶然という見方では︑

はニーチェに連なっているだけでなく︑ウェーバーやフロイトにも連なっている︒

フーコーの言う権力が︑いったい﹁権力﹂と呼ぶにふさわしいものかどうかについては︑たしかに議論の余地が残

る︒われわれが束縛的だと感じるようなシステムや状況のことを︑﹁権力﹂ということばで言い換えているだけだ︑

( 4 )  

と言えるかもしれない︒たしかにフーコーの権力は︑従来の権力概念から大きくはみだしている︒権力とは誰かの手

︵ 八

四 五

(5)

に握られているものだとするかぎり︑フーコーの言う権力は権力ではない︒しかし︑フーコーの見るところ︑誰かの

手に握られている権力︑誰かによって他の人びとに行使されるような権力は︑こんにちではもはやそれほど重要では

( 5)  

ないのだ︒﹁権力とは支配者にも被支配者にも行使される﹂と彼は言うが︑こんにちの社会で注目されなければなら

ないのは︑そのようにわれわれを包括的に拘束する力であり︑そうした姿なき権力のあり方なのだ︑というわけであ

る︒このようなフーコーの議論には︑

本主義社会では︑われわれを支配し隷属化しているのはもはや人間ではない︑それは非人格的な組織と管理とテクノ

( 6)  

ロジーの網の目だ︑というマルクーゼの議論とも響き合うところがある︒

ヘルベルト・マルクーゼの﹁一次元的人間﹂という主張︑すなわち成熟した資

フーコーが分析しようとする権力︑こんにちの社会に生きるわれわれにとってもっとも重要な権力とは︑

その背後に誰もいないような権力であり︑姿の見えない権力であり︑そして姿の見えぬままにわれわれを拘束し︑わ

れわれを従わせるような権力なのだ︑と言わなければならない︒それは外からわれわれに迫ってくる力ではない︒そ

れはむしろ︑いつのまにかわれわれの内側に入りこみ︑知らず知らずのうちにわれわれをあやつる力である︒わたし

自身がいつのまにかわたしに対する支配者になってしまっている︑そんなわたしをつくりあげる力のことだ︑と言っ

てもいいだろう︒それは︑意識︵または主体︶に対する外的強制の力ではなくて︑意識︵主体︶そのものをつくりあ

げる力なのである︒

このようなフーコーの議論の前提になっているのは︑人間の意識︵主体︶が自立的に存在するという近代啓蒙の基

本的な考え方の否定である︒自立的主体などというものは幻想にすぎない︑近代的主体と考えられてきたものは︑

けっして人間の自立的な姿などではなく︑権力によってつくりだされたもの︑権力によって型にはめられた人間の姿

関 法 第 四 九 巻 第 六 号

四 ︵ 八 四 六 ︶

(6)

なのだ︑ということである︒もちろんここで言う権力とは︑誰かが握っている権力ではなく︑姿のない権力︑実体の

これまでアメリカ政治学を中心とした近代政治学は︑自立的な主体としての人間を前提としてその議論を積み上げ

てきた︒だから︑権力とは誰かの手に握られたもの︑というのは自明だったのだ︒アメリカ政治学における権力論の

代表的著作がロバート・ダールによって﹁誰が統治するのか?﹂と名づけられているのは︑このことをよくあらわし

ている︒あるいはダールとライト・ミルズの権カエリート論争も︑誰が権力を握っているかをめぐるものだった︒し

フーコーの権力論は︑そのような従来の政治学に根底からゆさぶりをかける︒こうしてフーコー以後︑これま

でとはまったく異なった政治学︑新しい政治心理学がはじまる︑と言えるだろう︒

わたしを支配するわたし︑そこに権力を見るならば︑そしてそれをフーコーがきりひらいた新しい権力論だとする

フロイトをはじめとする精神病理学者・心理学者たちによってこれまでなされてきた近代的自我︑近代的主

体︑あるいはアイデンティティをめぐるさまざまな議論を︑もう一度権力作用という観点から見なおし︑たどりなお

すことが必要になる︒この小論でわたしがやろうとしているのは︑そのような作業である︒

一八世紀にジェレミー・ベンサムが考案した﹁パノプティコン﹂と呼ばれる一望監視施設を︑彼の言

う権力が作動する仕方をもっともわかりやすく示す事例として提示する︒それは︑中庭のある円環状の建物で︑中庭

の中央に監視塔を配し︑周囲の建物はいくつもの独房に仕切られている︒それぞれの独房には中央の監視塔に向かっ

ない権力なのだが⁝⁝︒

︵ 八

四 七

(7)

格への服従は無意識のレベルにまで沈殿する︒ というのがフーコーの主張だった︒

︵ 八

四 八

て開けられた窓と外に向かって開けられた窓があるから︑房の住人の一挙手一投足はすべて中央の監視人によって見

張ることができる︒しかしそれぞれの房からは逆に監視塔の内部は見えないようにくふうされている︒このきわめて

効率的な監視の施設は︑もちろん監獄をおもに念頭において考えられたものだろうが︑それ以外にも︑病院︑工場︑

( 7)  

兵舎︑学校などの近代施設にも適用されうる︒

ここで重要な点は︑それぞれの房の住人からは︑監視人の姿を見ることができない︑ということだ︒だからじっさ

い監視人が見ていなくても︑いや監視塔に誰もいなくても︑住人たちは自分の挙動がいつも監視されているという前

提のもとに行動してしまう︒ここでの権力の特徴はその匿名性にあるが︑住人たちは︑この顔もなく名前もない︑存

在すらはっきりしない匿名の権力を前にして︑それぞれの心の中に自分自身を監視する眼を持つようになる︒権力は

内面化されるわけである︒パノプティコンは︑自分自身を監視し︑みずからを管理して︑姿のない監視人の意に沿う

ように行動する人間をつくりあげる︒こうして生まれてくるのが自己管理する人間︑つまり近代的な﹁主体﹂なのだ︑

姿の見えない監視人によって︑自己規制する﹁主体﹂が生まれてくるには︑かなりの期間にわたる規律訓練が必要

一定の規格に自分をはめこむということを日常的にくりかえし︑それを習慣づけることによって︑規格その

ものがいつのまにか内面化され︑また身体化され︑ついにはその人の一部分をなすようになる︒庭木を矯めるのと同

様に︑人を矯めてゆくディシプリンには︑日常的なくりかえしが不可欠であり︑そのようなプロセスを通じてのみ規

こうした規律訓練は︑生活のさまざまな場で作動しているが︑なかでも重要なのは︑近代的制度としての学校とエ

関 法 第 四 九 巻 第 六 号

(8)

より良い社会へ︑理想の社会へ向かって︑われわれは進歩し︑発展しているのだという﹁近代化﹂の夢が与えられ

ているかぎり︑そうした成長をささえる人間︑すなわち近代的主体を生みだすためのディシプリンは有効に働きつづ

けるだろう。けれども、進歩•発展という未来への夢がうしなわれたこんにちのポストモダン的状況で、学校がこど

もにとってそうした夢の実現のための手段なのだという近代的神話は消えさり︑こどもの眼には学校はわずらわしい

規格を押しつける権力作用という姿をますます浮きあがらせる︑ということは言えるだろう︒

言われる登校拒否︵不登校︶︑あるいは学級崩壊︑さらに素直でまじめな努力家のこどもが突如としてキレるという

ニニ万人にものぼると

( 8 )  

場だろう︒もちろん学校や工場は︑ディシプリンが作動する場としてのみつくられているわけではない︒学校はこど

もたちに知識を与えるために︑工場はモノの生産のためにつくられてもいる︒だが学校や工場は︑設立者たちの意図

とはかかわりなく︑じっさいにはこどもや労働者たちを規律訓練することによって︑彼らを規格に合った人間へと型

にはめこんでゆくという役目をもになった︒ヨーロッパでは一九世紀以後︑そして日本では明治以来︑学校と工場が︑

近代社会における規格に合うようにと人間を矯めるディシプリンの主要な場を提供したのはまちがいない︒

厳密な時間割り︑空間における秩序だった配置と規制︵決められた机︑持ち場を離れてはいけない︶︑序列化とそ

れによる達成志向への駆りたて︵成績やノルマにもとづく序列︑表彰・処罰︶︑性的行動の監視︑身体や服装に関す

るさまざまな規制︵頭髪︑つめ︑カバン.︑記章︑持ち物についての校則︶など︑学校や工場・会社における具体的実

( 9 )  

践が︑規格に服従する人間をもとめていることはあきらかである︒こうして素直で︑まじめな︑努力家の生徒がつく

られる︒あるいはまた︑まじめで︑規律にしたがい︑組織を重んじ︑効率をめざし︑達成をめざして努力する会社人

︵ 八

四 九

(9)

現象は︑そうした事情を物語っているにちがいない︒

キリスト教の伝統

︵ 八

0)

一望監視施設における権力は︑キリスト教︑とりわけプロテスタンティズムの宗教的な力と同じように作動してい

ることがわかる︒どちらも姿の見えぬ監視人によって︑自分で自分を監視し︑統制する人間をつくりだすからだ︒神

は姿の見えぬ監視人である︒つねにどこかからわたしの行動を見ておられる︒全能の神の前では︑われわれのなすこ

とはすぺてお見通しなのだ︒だからわれわれはいつも神の御心にかなった行いをしようとする︒こうして倫理観や道

徳心が人びとの内面に入りこんで︑自己を抑制︑統御する力となるのである︒

あきらかにフーコーは︑彼の言う権力の範型を︑キリスト教の伝統のなかに探ろうとした︒ユダヤ・キリスト教的

伝統のなかに見いだされる権力のあり方を︑彼は﹁牧人

1 1司祭権力﹂と呼ぶ︒それは羊の群れに対する羊飼いの権力

である︒それは︑君臨する権力であるよりも︑介入する権力であるという点に特徴を持つ︑とフーコーは見る︒羊飼

いは︑群れ全体の面倒を見ると同時に︑個々の羊をそれぞれ個別に世話するような権力であり︑群れからはぐれた一

頭の羊を探しに行き︑群れにつれもどすような役割をもはたさなければならない︒︵とすれば︑それはこんにちの近

代的福祉国家にまで引きつがれた権力のあり方だと言える︒︶牧人

11

司祭権力は︑個人それぞれを個人として面倒を

見るとともに︑個人の生活の全面にわたってこれを導き︑個人生活のすべてに立ち入ってこれを正そうとするような

( 1 0 )  

権力のあり方である︒そのためには︑この権力は個人の内面にまで立ち入らなければならない︒

牧人

1 1司祭権力は︑生活の全般にわたって︑人びとがみずからの生を一定の規準にしたがって自己点検し︑自己統

第 四 九 巻 第 六 号

(10)

御することを強いるような権力である︒それは︑人びとを内面から規律し︑調教し︑

カであり︑われわれの魂を規制する力だという点で独特である︒それは︑﹁救済﹂という名のもとに︑魂に介入する

牧人

1 1司祭権力は︑個人の生活のすべて︑彼の魂と肉体のすみずみまでを把握し︑これを管理しようとするものだ

が︑そうした権力のあり方は︑中世の教会において形づくられた懺悔という手法に典型的にあらわれている︑とフー

コーは言う︒秩序に沿った存在へと自分自身をつくり変える︵自己浄化する︶ためには︑まずわたしは自分のうちに

ある罪︵つまり欲望︶を認めなければならず︑そのためには︑わたしは告白を通じて︑権力のまなざしの前にみずか

らのすべてを赤裸々にさし出し︑わたし自身の目からもかくされているわたしの欲望を掘りかえして点検し︑みずか

らそれを認識しなければならない︒プロテスタントたちにあっては︑そのような自己点検と反省は︑日記という形式

( 1 1 )  

のなかで︑日常的に︑ほとんど不断に行なわれるようになった︑とされる︒牧人

1 1司祭権力の前では︑わたしのすべ

一望監視施設においても︑独房の住人にとっては︑身をかくす場所はなかったということ

を思い出さねばならない︒︵さらに告白の手法は︑こんにちでは精神分析というもっと近代科学風の衣裳をまとって︑

いまも人びとに自己点検を迫っている︑とフーコーは見る︒︶

パノプティコンにおける独房︵つまりひとりひとりは仕切られているということ︶は︑またプロテスタンティズム

の教えから導かれた﹁個の自立︵孤立︶﹂という観念の視覚化でもあるだろう︒宗教改革以後︑個人はしだいに共同

体の仲間との絆をうしない︑神との垂直的な関係のなかにのみみずからを置くようになる︒共同体的他者︵仲間のま

なざし︶はしだいに消えてゆき︑匿名の権力︵神のまなざし︶が人びとを掟に結びつける︒プロテスタンティズムの

てはさらけ出されている︒

︵ 八

五 一

一定の規格にはめようとする権

(11)

ろ世俗世界の修道院化だったのだ︒ キリスト教的禁欲から近代的主体まで︑

禁欲という﹁自己のテクノロジー﹂

透するにいたった︑と言えるだろう︒

関 法 第 四 九 巻 第 六 号

10

 

八 五

二 ︶

倫理をへて︑そしてさらにそれを受けついだ啓蒙の自立的主体という教えをへて︑人はますます自立的︑自主的に規

律に服するようになった︒権力の内面化はそれだけ徹底したわけだ︒人びとを内面から規律し︑調教してゆくような

権力のあり方は︑キリスト教の伝統のなかで育ち︑その伝統を受けついだ近代になって徹底し︑社会のすみずみに浸

禁欲︑すなわち身体に巣くう欲望をみずからの意志によって圧服し︑削ぎ落としてしまおうという考え︑そのよう

な実践は︑キリスト教にはじまったわけではないにしても︑キリスト教的伝統のなかでおおいに発展したことはうた

がいない︒自己を監視し︑統制する近代的主体の源流が︑キリスト教の禁欲にあったということはあきらかだろう︒

一貫しているのは自己点検・自己統御ということであり︑それはまたフー

コーが﹁自己のテクノロジー﹂と呼んだものである︒﹁自己のテクノロジー﹂とは︑人があるべき姿へとみずからを

( 1 2 )  

つくり変えること︑そのための手段・方法をさしている︒

ローマから中世にかけての修道院における僧たちは︑思慮分別と固い意志の力によって︑欲望という悪徳大食︑

姦淫︑貪欲︑安逸︑虚栄︑傲慢などという欲望の諸悪ーを打ち負かし︑消しさって︑清らかなる自己を達成する方

法を学び︑実践していた︒そして彼らの禁欲は︑宗教改革以後︑修道院の外の世俗世界の人びと︑プロテスタント的

市民の間にも浸透してゆく︒ウェーバーが言うように︑宗教改革がもたらしたのは︑修道院の世俗化ではなく︑むし

(12)

中世の修道僧からピューリタンヘとつづく禁欲の根底にあったのは︑原罪という名の自己否定であり︑﹁あるがま

まの自己は悪なのだ﹂という認識だったと言えるだろう︒わたしはこのままの姿であってはならず︑絶えざる禁欲の

努力によって修正され︑改変されなければならない存在なのだ︒禁欲をささえていたのは︑﹁わたしの最大の敵はわ

たし自身だ﹂という認識であり︑そうした考えのうえに︑不断の自己改革が追求されたわけである︒

あるがままのわたしを否定し︑身体︵欲望︶を否定し︑あるべき姿へとわたしをつくり変えてゆこうという形での

﹁自己のテクノロジー﹂は︑近代的主体においても同様に実践されている︒ただし︑近代的主体にとってのあるべき

姿は︑修道僧やピューリタンたちにとってのあるべき姿のような︑清らかなものではもはやなくなってはいるが⁝⁝︒

近代人にとってのあるべき姿とは︑たんに理性的人間という規準によって示されていた︑と言えるだろう︒

フーコーの言う近代の権力が︑規格に合う人間をつくりあげようと規律訓練する力であるとするならば︑それはま

た規格そのものをつくりあげる力でもなければならない︒近代以前にはなかったような﹁普遍的規格﹂が︑こうして

つくりだされた︑とフーコーは主張する︒正常と異常︑健康と病気︵または不健康︶︑社会性と逸脱︵または反社会

性︶︑健全な市民と犯罪人︵あるいは倒錯者︑生活破綻者︶︑というような区別がなされ︑はっきりさせられる︒

こうした規格の形成とそれを人びとに浸透させる役目をになったのは︑人間に関する近代科学︑すなわち近代医学︑

精神医学︑犯罪学︑社会学など︑近代とともに発達してきた学問諸領域だった︑とフーコーは言う︒何が正常で︑何

が正常でないのか︑どこが異常なのか︑こうしたことは︑科学的知識とそこから派生する種々の言説︵科学的知識を

︵ 八

五 三

(13)

︵ 八

五 四

受け売りするメディアを含めて︶なしには考えられなかった︒知識と言説は︑何が規格であるかを人びとに知らしめ

るとともに︑人びとに規格に合うように︑正常であるように︑とうながす︒ここに彼の主張する知と権力の連動︑す

なわち近代科学の生みだす知識が権力の作動に貢献するという議論︑さらには︑知識と言説は権力の作動にとって不

規格に合わない人間の排除と矯正に関して︑フーコーがとりあげるのは狂気と犯罪である︒狂気に関して彼はこう

言っている︒﹁一七世紀の半ばごろまでは︑西欧は狂人に対して︑また狂気というものに対して︑まさに注目に値す

るほど寛容であった︒⁝⁝狂人と狂気は社会の周縁に追いやられてはいたが︑それでも社会の内部に広く分布し︑か

つ動きまわっていた︒ところが一七世紀以降というもの︑

( 1 3 )  

排除された存在へと変えてしまいました︒﹂ 一大断絶が起こり︑⁝⁝周縁的存在としての狂人を完全に

たとえば︑ヨーロッパ中世からルネッサンス期の演劇においては︑狂気はしばしば﹁真実をもたらす者﹂として

( 1 4 )  

︵あるいは日本の中世演劇の能においては︑﹁聖なるものの代弁者﹂として︶あらわれてくる︒﹁シェイクスピアが理

解していたように︑︵近代以前には︶狂人は人間の言説の薄い皮膜から逃れているがゆえに︑他の人間にははっきり

( 1 5 )  

と聴きとることのできない深遠な真理を啓示していた﹂︑とウィリアム・コノリーは言う︒しかし近代以後︑狂気は

理性という規格にはずれた者︑したがって治療や矯正によって正常にひきもどすか︑さもなければ隔離され︑排除さ

れるべき者とされてしまった︒

異常︑または非正常というカテゴリー︵ウィリアム・コノリーの用語法では﹁他者性﹂︑﹁差異﹂︒それは﹁多数者﹂

という名の﹁匿名の権力﹂から見て︑自分たちと同類ではないものとの意︶の設定は︑このカテゴリーに含まれる人 可欠だった︑という主張がでてくる︒

(14)

理性や合理性の規準のもとに︑規格に合った人間︵正常なる市民︑理性を持った社会構成員︶

びとをひとまとめにして隔離し︑正常な社会から排除しようとする具体的実践と結びつく︒フーコーが描きだしたよ

うに︑近代初期に出現してきた監獄や隔離病棟がそれだ︒異常なるものを確定し︑それらを隔離するということは︑

のみからなる社会をつ

くろうという考え︑社会の均質性を保とうとする近代の志向のあらわれにほかならない︒︵コノリーの用語法では︑

社会の規格に合うということは﹁同一性﹂︑﹁アイデンティティ﹂と呼ばれる︒それは﹁多数者﹂がそこにみずからを

重ねようとするもの︑同類だと認めるものとの意︒︶近代という時代は同質性をもとめる︒それは︑﹁実存の豊饒な多

喜﹂を許容しようとしない時代だと言えるだろう︒

合理的人間という規格の設定と︑それに合わない人びとの排除・矯正は︑近代産業社会︵資本主義的産業社会︶の

成立とともに︑そうした社会の要請としてあらわれてくるのであり︑産業社会では︑正常なる市民は健全な労働力で

もなければならない︑という規準がつらぬかれる︑とフーコーは考える︒﹁個人が社会において︑放浪し︑流動し︑

何にも適応しがたい浮遊状態でいることを禁ずるような力が︱つの権力的様態として姿を見せて来ます︒要するに社

( 1 7 )  

会を固定化し︑その構成要素を有効に機能せしめんとする力が作用しはじめる﹂︑と彼は言う︒ここでは︑人びとに

合理的人間という規準を押しつけ︑それにはずれる人間の排除がめざされたわけだが︑それは︑ある特定の支配階級

の意図的な権力行使として行なわれたわけではない︒しかしそれが︑ある特定の社会システム

つ明瞭な目標に沿って︑その実現のための戦略としてあらわれてきたことはまちがいない︒

フーコーがとくに注目するのは︑規格にはずれた者を規格に合うように︑正常になるように矯正し︑治療し︑教育

するという近代社会の実践である︒近代の進展とともに︑隔離から矯正へと実践の重点は移ってゆく︒治療をほどこ

︵ 八

五 五

(15)

むしろ後者において徹底してきたのである︒

︵あるいは治療︶の実践によって︑人間をつくり変 す精神病院︑更生のための刑務所・少年院などが︑その実践の場としてあらわれてくる︒

一八世紀半ばの身体刑︑公開の場で行なわれる見せしめとしての︑あるいは

見せ物としての処刑を描き︑そしてそれにすぐつづいて︑

( 1 8 )  

課のこまかい規則を描写している︒この二つの処罰の対比は︑残虐さの消滅︵ヒューマニズム的改革︶を示すためで

はなく︑権力がむしろ徹底してゆくようすを示すためである︒それは︑君臨する権力︵死なせる権力︶から介入する

への移行を物語っている︒つまり︑見せしめとしての身体刑では︑権威者の権威を広く知らし

めるために︵恐怖とともに知らしめるために︶︑たんに違背者の身体を傷つけることがめざされるのに対して︑感化

院︵あるいは刑務所︶では︑違背者の人格そのものをつくり変えることがめざされているという点で︑権力の作用は

刑務所や精神病院での実践の背後にあるのは︑合理性という唯一の正しい規準が存在するということ︑この規準は

すべての者に適用されねばならないということ︑そして矯正や治療によって逸脱者︵正常ならざる者︶も︑この規準

に合うように内面からつくり変えてゆけるということ︑そのような近代の信念である︒こうした信念は︑また学校や

工場における規律訓練の背後にあるものとまったく同じだ︒パトリック・ハットンが言うように︑﹁収容施設は︑支

( 1 9 )  

配の技術が課される媒介であるいっそう大きな制度的装置の一部だった﹂のである︒このように近代の権力は︑徹底

的であると同時に︑自信と楽観に満ちていたと言わなければならない︒

しかし︑刑務所や精神病院︑学校や工場におけるディシプリン

えることができるというのは︑あまりにも楽観的な幻想にすぎなかった︑ということが今しだいにあきらかになりつ

フーコーは﹃監獄の誕生﹄の冒頭で︑

関 法 第 四 九 巻 第 六 号

一九世紀はじめにつくられた少年感化院における一日の日

一 四

︵ 八 五 六

(16)

つある︒近代の権力作用の多くが︑この幻想にもとづいて作動してきたわけだが︑幻想の崩壊とともに︑学校をはじ

めとする規律訓練の実践もあちこちで軋みはじめているように思われる︒

超自我と抑圧

フロイトの言う超自我︵または自我理想︶を内的権威︑つまり内にとりいれられた拘束力だとするならば︑彼のエ

デイプス・コンプレックスと超自我の議論は︑われわれがこの論文で考えようとしている権力論の一っとして読みな

おすことができる︒フロイトの議論は︑外からやってきた掟がいかにして内面化され︑自我の一部をなすようになる

か︑そしてそれが︑いかなる内的葛藤のうちにその人を支配しようとするか︑をめぐるものである︒こうして超自我

が形成されたとき︑外的権威にしたがってみずからの欲望を統御する人間︑つまり社会という匿名の権力に適応した

人間ができあがる︒それがフーコーの言う﹁主体﹂︑自立的主体にほかならない︒

じっさいマルクーゼも︑フロイトの議論を一っの権力論︑内面化された権力についての議論として読んでいた︒彼

はこう言っている︒﹁権力は内面のものであります︒自律性という形態で現われる事ができます︒⁝⁝超自我は権威

のある模範ー│父とその代理人ーを受け入れます︒そしてそれ等の人間の命令と禁止を自分の掟とします︒衝動の

( 2 0 )  

支配は個々人の制作物となるのです︒自律性となるのです︒﹂

とくにここで考えたいのは︑

一 五

フロイトの議論における権力の内面化が︑近代の問題︵あるいはキリスト教の伝統と

それを受けついだ近代西欧の問題︶だと言えるかどうか︑という点である︒すでに見たように︑

フーコーの言う権力

︵内面化された権力︶は︑あきらかにキリスト教的伝統と啓蒙的近代の産物として分析されていたわけだが︑

︵ 八

五 七

(17)

トの議論はどこまでフーコーの議論に重なっているだろうか︑それをここでは考えてみたい︒

超自我とは︑社会において形成され︑受けつがれてきた掟が︑また多数者に受けいれられてきたしきたりが︑個々

人の内面にとりいれられ︑知らず知らずに彼の自我の一部をなすようになり︵自我の大部分は無意識的なものであり︑

超自我の大部分も無意識のなかにとりいれられる︶︑自我そのものを︵部分的にではあれ︶支配するようになる︑そ

のようなものである︒それは彼の良心となり︑罪悪感となり︑あるいは良識となって︑彼の自然な︵したがって動物

エネルギーである本能的衝動に対立し︑無意識のうちにこれを抑制しようとする︒

︵ 八

五 八

フロイトの主たる研究テーマであった神経症︵ヒステリー︶は︑超自我が衝動を抑圧しようとするところに生ずる

ものである︒内面化された掟にとって不快な︑したがって認めたくないような本能的衝動は︑その存在すら否定され︑

意識できないところに押しこめられるが︑そのように否認され︑抑圧されたものは︑無意識のなかに潜在して︑別の

形で顕在化しようとするだろう︒この別の形をとって顕在化するものがヒステリーである︒すなわち本能を統御する

ものに対する本能からの抵抗として︑その潜在的な抵抗の形として︑フロイトの言う﹁抑圧﹂は存続する︒超自我を

形成した人間は︑みずからすすんで権威に服従しようとし︑多数の他者の期待に沿おうとし︑世間に同調しようとす

権力が内面化され︑超自我が形成されるメカニズムを︑フロイトはエデイプス・コンプレックスによって説明した︒

それは︑父︑母︑こどもの三角関係のなかで︑こどもの心の奥底にめばえる情念であり︑母親への近親相姦願望と︑

それを妨害し︑禁止する存在としての父親に対する敵意と殺害の願望︑父親へのおそれ︵とくに去勢されるのではな

いかという不安︶︑さらには殺害願望に由来する罪悪感などを内容とする︒権威の代弁者たる父親︑外部社会の権威 るが︑彼の深層には﹁抑圧﹂がひそんだままなのである︒

関 法 第 四 九 巻 第 六 号

一 六

(18)

を一身に体現する者としてたちあらわれる父親に対して︑こどもはこうしてあこがれとおそれ︑敵意と罪悪感のいり まじった両義的で複合的な感情をいだくわけだが︑このような父親へのコンプレックスをのりこえるため︑そして父 親そのものをのりこえるために︑こどもはじっさいには父親と同じになろうとし︑父親が体現していたいっさいの社 会的権威を自分のなかにもとりいれ︑社会的掟を自分の一部にしようとする︒これが︑エディプス・コンプレックス

( 2 1 )  

を契機としておこる権力の内面化である︒それは︑学校や工場︑その他の諸制度すべてにさきがけて︑家族という もっとも身近な制度のなかでまずおこなわれる︑という点に特色があるだろう︒

エディプス・コンプレックスの議論における主要なポイントは︑権力の内面化が憎悪を引き金にしておこるという

点︑したがって権力への服従と敵意という対立する二物が︑

フロイトの議論の核には︑父殺しのモティーフ︑すなわち父親殺害の願望が潜在的に存在するという主張があり︑こ の父親殺害願望こそが︑掟を内面化した社会的存在たる人間を生みだす最大の契機をなしているのだ︑という主張が ある︒︵フロイトによれば︑太古の昔に原始ホルドにおいて権力を握り︑女性たちをひとり占めしていた父親を︑息 子たちは殺害して食べてしまったのであり︑その罪の意識と反省の結果︑息子たちは掟にしたがう文明人となった︑

つまりそれは︑父親への同化・服従はつねに父親への敵意と憎悪から生まれてきたのであり︑父親に同 化しようとする人は︑父親への反発を潜在的にかかえこんだままなのだ︑ということを意味する︒

それは︑外的権威を自己の一部とするとしても︑外的権威へのうらみと反発は潜在的に残っているということであ る︒さらに言うなら︑それは︑外的権力を内面化してわたし自身を束縛しようとするわたしに対して︑束縛され︑服 従するわたしが感じるうらみと反発である︒︵それは︑みずからすすんで服従する人間のルサンチマン︑奴隷的人間

一 七

一人の人間の内面にかかえこまれる︑という点にある︒

︵ 八

五 九

(19)

のルサンチマン︑とニーチェが呼んだものにほかならない︒︶こうして︑権力の内面化とともに︑束縛するわたしと

束縛されるわたし︑権力者たるわたしと服従者たるわたしの対立が生まれる︒分裂した自己の発生である︒

このようにフロイトのエデイプス・コンプレックスの議論は︑内在化した権力の形成によって︑自己の内部に対立

と葛藤が生まれるさまを︑分裂した自己が発生するようすを描いていた︑と読むことができる︒じっさいフーコーも︑

フロイトの議論の中核にあるものが︑超自我︵すなわち内面化された権力︶による本能の抑圧︑そしてそこに生じる

自己の分裂と葛藤の問題である︑と見ていた︒彼はこう言っている︒﹁︿ヒステリー﹀とは︑主体が自己の過去あるい

はその身体を一塊りに忘却する︑あるいは認識しないという現象です︒この主体による自己の忘却ないし否認を︑フ

ロイトは︑自己の一般的な忘却ないし否認ではなく︑主体による自己の︿欲望﹀の忘却ないし否認だと考えた︒まさ

( 2 2 )  

にこれが精神分析の出発点だったわけです︒﹂ヒステリーとは︑統御するものとしての主体に対して統御されるもの

としての身体がうったえるうらみと抵抗のしるしであり︑そのような形での自己の分裂のあらわれにほかならない︒

われらヴィクトリア朝の人間

フロイトの理論は︑掟への服従のメカニズムを描いたものである︒もちろん掟への服従はいつの時代︑どの社会に

も存在していたにちがいない︒共同体が存在するかぎり︑権力とそれへの服従は存在するからだ︒いつの時代にも人

びとは掟に従っていたし︑また従わねばならないと思ってもいた︒問題はそれがどこまで内面化されていたか︑であ

る︒掟はどこまで彼自身の一部となり︑彼自身の内から湧きだす良心や罪悪感として感じられていたか︑そしてそれ

によって︑彼自身のなかにどれほどの葛藤と分裂が生じていたか︑である︒

関 法 第 四 九 巻 第 六 号

一九世紀後半から二0世紀初頭のヨー 一八︵八六〇

(20)

一九︵八六

ロッパを生きたフロイトが観察し︑分析したのは︑徹底して掟を内面化した人間であり︑それによって主体と身体

のあいだにひき裂かれた人びとの姿だった︒その姿は︑今でも基本的にはそれほど変わっていると

は思われない︒それは︑

フーコーが﹁われらヴィクトリア朝の人間﹂と呼んだものである︒

エデイプス・コンプレックスの普遍性を主張した︒つまり︑エディプス・コンプレックスから生まれ

てくるのは文明人である︵近代人には限られない︶︑というのである︒その主張は︑たとえば当時の文化人類学的資

料にもとづいて書かれた﹁トーテムとタプー﹂などにあきらかだ︒しかし︑こんにちわれわれは︑エディプス・コン

プレックスを生みだすような権威が父性的権威であり︑家父長制的権威であって︑それはユダヤ・キリスト教的伝統

のなかに色濃く見いだされるし︑またキリスト教的伝統を通じて近代社会に受けつがれたもの︑すなわちフロイトが

観察していたヴィクトリア朝的ヨーロッパ社会の特徴であった︑という点でフロイトの主張に留保をつけなければな

らない︒たとえば︑キリスト教的伝統を知らず︑近代西欧社会の外にあった南太平洋諸島のような母系性の伝統社会

エデイプス・コンプレックスは存在しないということが︑プロニスラウ・マリノウスキーやマーガレット・

( 2 3 )  

ミードなどの文化人類学者たちによってしだいにあきらかにされたからである︒

フロイトの分析の対象であったヴィクトリア朝的ヨーロッパを支配していたのは︑あきらかにプロテスタンティズ

ム︑わけてもカルヴァンに発するピューリタニズムであり︑この独特の宗教倫理のもとで権力の内面化は︑きわめて

徹底した形をとるようになった︒ウェーバーが指摘したように︑

カルヴァンの説いた予定説の教えを受けいれた

ピューリタンたちは︑神に罰せられるのをおそれて罪をおかすまいとするのではなく︑自分が救いの運命に選ばれた

る者であることを︑そのあかしを示そうとして善き行いにはげむのであって︑彼らの規範に対する姿勢はきわめて自

(21)

J¥ 

発的︑自律的なものだった︒権力への自発的服従︑権威の内面化は︑ピューリタニズムにおいて深められ︑徹底され

しかも近代啓蒙は︑このプロテスタンティズムを受けついで︑主体たる個人が自由で自立した存在であって︑どの

︵少なくとも精神的には屈することはない︶ということを自明の前提とし

て確立した︒だから近代人は︑たとえ彼が何かに服従しているとしても︑それは彼が自分の自由意志で︑自発的な選

択としてそうしているのだと思いこまざるをえない︒わたしはわたしに服従しているにすぎないのだから︑それに抵

抗することは不可能である︒けれども︑それは表層における適応にすぎない︒わたしが外部の権力に対して敵意や反

発を感じることは少なくなるとしても︑それだけわたしは︑わたし自身に対する潜在的うらみをかかえこんでいる︑

ということだ︒わたしに服従するわたしは﹁抑圧﹂となり︑わたし自身に対する潜在的うらみがわたしをひき裂く︒

フロイトのエディプス・コンプレックスが描きだしたのは︑たんに掟にしたがう人間ではなく︑掟を内面化する人

間である︒さらに言うなら︑徹底した掟の内面化によって︑みずからにうらみを感じる人間であり︑ひき裂かれた自

己を経験する人間である︒そしてそれは︑

R•D

・レインは、分裂病質状態として、「身体化されない自己」

unembodied

s e l f

というものを描いている︒そ

れは︑自分の身体を﹁自己﹂の外部にある︿モノ﹀と感じているような人における自己のあり方をさしている︒彼/

彼女にとっては︑身体はたんに表向きの仮面にすぎず︑行動は他者に向けての演技にすぎないのであって︑真の自己 ような外部の権威にも屈するものではない る ︒

関 法 第 四 九 巻 第 六 号

ユダヤ・キリスト教的伝統の継受者たる近代人の姿だったと言えるだろう︒

0

( 八

六 二

(22)

のあらわれにすぎない︑と感じられている︒ここに見られるのは︑

じっさい︑近代人の存在論的不安定︑

︵ 八

はその奥にひそんでいる︑というわけだ︒身体とその行動は︑真の自己によって操作されている偽りの自己の姿︑そ

コントロールするわたし︵ほんとうのわたし︶と

コントロールされるわたし︵演技する者としてのわたし︑ニセのわたし︶という︑二つに分離したわたしを経験する

( 2 4 )  

人間にほかならない︒あるいはそれは︑自己と身体の断裂と言ってもいいかもしれない︒

禁欲という﹁自己のテクノロジー﹂をキリスト教から受けついだ近代は︑わたしを監視するわたし︑わたしを点検

するわたし︑わたしを統御するわたし︑わたしを操作するわたし︑というような形で二つのわたしというあり方を強

化し︑つねに自己の分裂をうながすように働いてきた︒デカルトのコギト以後︑近代人の自己意識が︑身体から分離

されてある自己︑レインの言うところの﹁身体化されない自己﹂へと傾きがちであったということはあきらかである︒

分裂病が近代のやまいであると断ずることはできないとしても︑レインによって分裂病質者の特徴とされた﹁身体化

されない自己﹂というものが︑近代人一般における自己のあり方と深くかかわりあっているということは︑否定しが

つまり自分が存在していることに確信が持てず︑何かに頼って自己の存在を

確認しないではいられないという不安は︑近代人の自己のあり方が︑身体から遊離した主体という形︑すなわち分裂

した自己という形をとっているからだ︑というのがレインの主張であるように思える︒いわゆる存在論的安定︑つま

り自分が存在していることに対するしっかりした確信︑安定的な感覚は︑近代とともにうしなわれていったのだ︑と

いうわけである︒レインは文芸の世界に例を引きながら︑こう言っている︒﹁シェイクスピアが描いた登場人物は︑

場合によっては疑惑にさいなまれ葛藤に苦しめられたにしても︑明らかにリアルで︑生きている︑また完全なるもの

たいと言っべきだろう︒

(23)

として自己を体験していたことがわかる︒カフカにおいては事態は同じではない︒じっさい︑このような確信を欠い

たままで生きるとはいかなることかを伝達しようとする努力が︑現代の作家や画家たちの作品を特徴づけているよう

に思われる︒生きているということを実感できないでいる生である︒たとえば︑サミュエル・ベケットの作品では︑

存在にともなう絶望や恐怖︑倦怠などをやわらげてくれる︿健康な︑ほんとうのわたし﹀という感覚の全く欠如した

( 2 5 )  

世界へと人は入ってゆくのである︒﹂﹃完全自殺マニュアル﹄というような本がベストセラーとなり︑インターネット

の自殺に関するホームページに自殺願望の若者たちがむらがるという状況は︑こんにち人びとがかかえている存在論

( 2 6 )  

的不安定を切実に物語っているのではないか︒

レインの議論をわれわれの文脈で読みとるならば︑近代人における権力の内面化︑すなわち自己を統御すべしとい

う主体のあり方が︑ひき裂かれた自己と存在論的不安定を生みだしている︑と言うことができるだろう︒

アイデンティティという概念の提案者であるエリク・エリクソンによれば︑アイデンティティとは︑社会のなかに

位置づけられた自己の姿︑すなわち社会において自分がどのような位置を占めているか︑社会のなかで自分はどう評

価されていると思えるか︑自分で自分自身をどう評価できるか︑そのような自己についての認識をさす︒エリクソン

によれば︑このようなアイデンティティを通じて︑人は社会との結びつきを見いだし︑社会的存在となりうる︒

フロイトの超自我︵または自我理想︶は︑内にとりこまれた掟であり︑社会の定める﹁あるべき姿﹂を内面化した

ものであって︑それは禁止と命令という否定的で厳しい仕方によって人を社会に結びつけるのだが︑それに比べてア

関 法 第 四 九 巻 第 六 号

︵ 八

六 四

(24)

とする︑その作業を指している 姿

︵ 八

六 五

イデンティティは︑人がもっと積極的で肯定的な形で自分を社会の一員だと感じ︑社会との結びつきを見いだす手段

( 2 7 )  

となる︑とエリクソンは言う︒たしかに社会的存在としての自己を考えるとき︑﹁社会の掟に従うわたし﹂というよ

うなフロイト的自己の姿の受動性︑観念性に対し︑﹁社会の一角をになっているわたし﹂というエリクソン的自己の

一見したところはるかに積極性と現実味を持っているように見えるのはたしかだろう︒しかも近代社会に

おいて掟やしきたり︑規範や道徳が︑しだいに個人を社会につなぎとめる力をうしなうにしたがって︑人びとを社会

的存在たらしめるものとしてアイデンティティが重みを増してきたのは自然ななりゆきだった︒デヴィッド・リース

マンの言う前期近代の﹁内部志向型人間﹂を規定しているものが超自我だとするならば︑その後に出現してきた﹁他

人志向型人間﹂を動かしているのはアイデンティティだと言えるだろう︒しかし︑こうしたアイデンティティもやは

り︑社会に適応した個人をつくりだすという役目をになっていることにかわりはない︒

アイデンティティという概念は︑人がみずからをかえりみて︑自分自身の姿を探しもとめ︑自分の姿を確認しよう

︵自己確認︑または自己の存在確認︶とともに︑そこに彼/彼女が見いだす︑あるい

は見いだそうとする自身の姿︵自己像︶を指している︒エリクソンは﹁自我アイデンティティ﹂ということばを用い

たが︑自我という概念が︑自己の内にあって自己に︱つのまとまりと整合性を与える能力として語られてきたことを

エリクソンはこの﹁自我アイデンティティ﹂ということばで︑人がみずからのなかに︱つの統一性と整合

性を見いだそうとしている︑ということを言いたかったのにちがいない︒

しかし後期近代にいたって︑自我︵または主体︶を持った合理的人間という考え︑個人の内部に整合的で統一のと

れた自我というものが存在しているという考えはしだいに力をうしない︑そんなものは幻想ではないかという意見が

(25)

強くなってくるとともに︑﹁自我﹂︵または﹁主体﹂︶という用語は没落し︑かわってすぺての混沌と矛盾︑葛藤を含

んだ︵あるいは客体︑または身体をも含んだ︶存在としての﹁自己﹂ということばがより広く使われるようになった︒

エリクソンの﹁自我アイデンティティ﹂︵エゴ・アイデンティティ︶よりも︑今では﹁自己ァイデンティティ﹂︵セル

( 2 8 )  

フ・アイデンティティ︶という用語が一般的に用いられている︒後期近代に生きるわれわれは︑自分のなかに統一性

と整合性を見いだすよりも︑混沌と矛盾を感じることの方が多いとするならば︑われわれがみずからの﹁自我﹂につ

いて語るよりも︑﹁自己﹂について語ろうとしがちであるのはやむをえない︒

近代的自我や主体という概念は力をうしなってしまったけれども︑むしろァイデンティティ

ティ︶という概念はこんにちわれわれの生にとって欠くことのできないものとして浮かびあがってきている︒たとえ

自我が幻想だということがわかったとしても︑また自己の中身が混沌か空虚だということがわかったとしても︑人が

自己の存在をどのように意味づけようとしているのか︑みずからの存在にどのような同一性︵統一ある個別性︶を認

めようとしているのか︑

つまりアイデンティティについては語ることができるからだ︒アイデンティティとは︑われ

われのなかに存在する何かをめぐる議論ではない︒それは何かがあると思い︑その何かを確かめようとする人びとの

﹁わたしさがし﹂ということぱが︑あちこちで聞かれることからもわかるように︑自己ァイデンティティは︑後期

近代に生きる人間にとって緊要なテーマとなった︒それは︑こんにちの後期近代的︵あるいはポストモダン的︶状況

において︑自己の存在に確固とした意味を見いだすことがむずかしく︑自分のなかにはっきりした固有性を認めるこ

と︑ゆれ動くことのない鮮明な自己像を見いだすことがむずかしくなっているということを示しているだろう︒みず 努力︑彼らの眼に映った何かについての議論なのである︒

関 法 第 四 九 巻 第 六 号

ニ四︵八六六︶

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