富山大学 教養部 紀要 く人 文. 社 会科学 削, 1 7 W II‑‑2 3. 1 98 4.
知 覚 と 統 覚 く六
う
岡 村 信 孝
S 5 過去の開示性と継起
前 節に於て我々 は, 過 去の開 示 性の問 題に対し て, 先 を 急 ぎす ぎたようであるo
一 つ に
は, 過 去は 一 つ 一 つの事 実に即 して, そ れとの相 関に於てのみ, 従っ てまた経 験 的にの
く1I
み, 我々 に示 さ れうるの で はないか, という 考 えがなお成り 立 ちうるよ うに見 えるし, ま た過去の開示性 を 認め る としても, それ に対 する 分析が, 上で はまだ不 十分な 仕 方でし か, 行わ れ てい ないか ら であるo
そこで, 過去の事 実の確 定の問膚に返っ て, 論 点 を より 明確にして みよ うo 過 去の事 実 を 確 定 し よ うとする場 合, 我々は さし あた り記 憶に頼るo 記 憶に信 頼が置 け ない場 合に は, 記 録に と ど めようとするo しかし, こ こに本 質 的 な相 違はないo というのは, 過去の 事 実 を 確 定 する た め に, 記 憶 ないし 記 銀が手 掛 りと さ れ ている からであるo こ の場 合, 次
の点が先 ず 重 要であるo 即 ち, 記 憶にしろ, 記 録にしろ, それ は 一 つの蓄 積であっ て, そ
こから過去を 確 定 する た め に は, 我々は何よ りも先 ず, そ れ らを 呼び出さな けれ ばな ら な
■ ■
いが, こ の ときそ れ ら は我々 に, いは ば知 覚さ れ る. これ は記 録の場 合に は 明白であるo
記 録 を 我々 は今 見ているのであるo で は, 記 憶の場 合に は どうであろうかo
例 えば, 先程庭で草 を 取っ ていた, として みようo 今私 は審 斉で机に向っ ているo そこ で, 先程庭で何 を していた かを 想い出 そうとして み るo こ のと き私は, その時の様 子 を 想
い浮べよ うとする であろう. こ の様 子 を 実 際に想い浮べること が できたく換 言 すれ ば, そ
こに 一 定の r表 象J V o r stellu ng, 乃至 r形 象J B ild を もつ こと が できた ときl, 私は先 程 庭で何 を してい た かを 判 断 すること が できるo
ところで, 上に r想い 出 すJ と言い, 更に r想い浮べるJ と言っ たo これ はドイツ語で は, そ れ ぞ れIErin n e r u ng くとIVe rgege n wartigu ng くに相 当 する であろう. こ の 二つ の
言 葉は, 日本 語に於ても, ドイツ語に於ても, 普 通 余り区 別さ れずに使わ れ る が, 我々 は それを次のよ うに区 別 すること が で き るo 何か過去の事 実 を r想い出 すJ くsich e rin n e r nl た めに, その ときの様子を r想い浮べ るJ くsich v e rgege n wartige nlo 即 ち, 後 者は前 者
の手 段であり, 従っ てそれ は, こ のよ う な ものと し て, 前 者か ら区 別さ れ るo では, こ の
区 別は何に基づくであろうかo
r想い浮べ J くV e rgege n w artigu ngl は r今J という 時 間規 定に於て行わ れ る. こ の点 は r想 起J くErin n e r u ngl につ いても 同様であるo 私 は今 何ら かの過去の事 実 を 想い 出 し ているの であるo 従っ て, 我々は相 違 を, 別の点に求めな けれ ばならないo
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上に次のよ うに言われたo 何か過去の事 実 を療い出 すた め に, その ときの様子を 想い浮
べる, とo こ こに r想 軌 と r想い浮べ J との決 定 的 な相 違が示 さ れ ているo 即ち, 相 違 はこれらの作 用と時 間との関 係 くいずれも r今J という 時 間 規 定に於て成立するI にある ので はな く, 作 用の対 象の側にあるo r想 軌 の対 象は過去の 一 定の事 実であるo そ れに 対 して, 憎 い浮べJ の場 合に は, その対 象はその ときの 傾子J 仏nblickう である が,
こ の r様 子J くあるいは上に 犠象J 乃至 r形 象J と言っ たものl は私に今 現 出 して お り,
しかもこ の現 出の r今J を 培いて は,
r様子J の存 在はない. 即 ち,
一 定の r表 象J が私
に今 現 出 してい る ということ に,
r想い浮べ J の 一 切 が懸っ ているo
■
こ の点は, 我々が記 録 を 知 覚 する場 創こは, もっ と解 りやすいo 記 録は今 私に見 られ て
いるo こ の場 合, 私は 一 定の r表 象J を もっ ているo こ の r表 象J が今 私に現 出 してい るo 勿 論こ の場 合, 私 は 私 が今 見てい る記 銀が ‑ つの物として, 今 そこに存 在 しているこ とを 認め て いるo しかしこ の点は当 面の問題 連 関に於て は重 要で はないo というのは, 令 記 藤がど ういう 状 態にある か が, こ こで問 題であるので はなく, その記 録 を 見ることによ
っ て私がそこに一 定の r表 象J を もつ こと, こ の r表 象J を 通 して過 去の事 実が確 定さ れ ること, これらの こと がこ こで問 題である からであるo
r表 象J の こ の所 有 ないし現 出は,
明らか に今という 時 間 規 定に於つ成立しているo これを 我々 は広 く r知乳 乃至 r把軌
として捉 えること が できる であろうo
こ のよ うに, 記 銀の知 覚と r想い浮べJ との間に は, 表 象の現 乱 及 びそれ が今という 時 間 規 定に於て成立する という 点に関 して, 原 理 的に如 何 なる相 違 も 認められないo そ れ
■ ■
に対 して, r想軌 の場 合に は, こ の表 象の現 出 を 内に含み ながら も, しかしそ れを 越 え て, 過 去の事 実が 明示 的に捉 え られ る. こ の点が決 定 的 相 違である. それ は記録 を 手 掛り として過 去の事 実が確 定さ れ る場 合にも 同様であるo いず れの場 合にち, 表 象は r今J と
いう 時 間 規 定に於て現 出する にも 拘 ら ず, こ の現 出 を 越 えて事 実が, しかも 過 去に属 する ものとして, 我々に捉 え ら れるo こ こ に は二重の意 味で r超 軌 くm a n s z e nde n zl 及 び
鳩示JくDe utu ngl
t2 1
が行わ れ ているo
一 つ に は, 表 象の現 出 を 越 えて, 事 実が 示 さ れ る と
いう 点に, そ れは認められ るし, 二つ に は, 表 象の現 出の時である r今J を 越 えて, こ の
■ ■
事 実が過 まに属 するもの として 示 さ れ る点に認められ る. いずれ に せよ, こ の 二重の意味 で, そこで は表 象の現 出からの r超 軌 と事 実の r指示J と が行わ れ てい るo こ こに は 明 らか に, 表 象の現 出と は全 く 次元を 異にする 独自の機 能が働 いて いるo で は, こ の機 能は 如 何にして可 能 なのであろうか.
そこで, 私はその時何 を していた か, と問うて みよう. こ の間に対 して,
‑ 定の表 象が
現 出 し, それを 手 掛り として, 私は私が庭で草 を 取っ ていたことを 認め る.. こ の場 合, 問 題は上の間の成立根 拠にあるo 答に於て は,
一 定の表 象が現 出 している. それ に対 して, 間に於て はこ の表 象は現 出 してい ないo にも 拘 ら ず 我々は, 巳 に rその 軌 くdal と言っ
ているo のみならずこれ は, 答に於て過 去の事 実が指 示さ れ ることの根 拠 をなしているo
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知覚と統覚 く六l 即 ち,
rその 軌 くdal が問に於て予め捉 え られ ているこ とを 制 約として, 上の表 象と退
く3 1
去の事 実との間に指示連 関が認め ら れ ている. r
指示J が 一 定の過 去の事 実へ と向うこと
の根 拠 を, rその 軌 くdal は予め含ん でいるのである.
暮 ■
問題は,
rその軌 くdaj の先 行 的把 握が, 一 層 基 礎 的 な 過 去の事 実に遭元 さ れうる か 否か に懸っ ているo 確か に rその 軌 というとき, そこに予め何 らかの過去の事 実が漠 然 とした形で据 え られ て お り, こ の事 実の把 握 を 基 礎として, rその 軌 ということ が語 ら れ る ということ は, 大いにありうること であるo しかしこ の仮 定は問 題 を 先 送りする だけ であるo というのは, そこ では た とい漠 然とした形で はあれ,
一 定の過 去の事 実が据 え ら れ てい るo こ の事 実の把 握は 一体どこから 釆たのか. そこに は何 らかの表 象の現 出が認め ら れ る であろうo しかしこ の表 象の現 出に は, 過去の事 実の把 握の根 拠はないo 表 象が過 去の事 実 を 指示 くde ute nl する た め に は, 上の場 合と同 様に, 表象の現 出 を 越 えて, 予 めこ の過去を示す rその 軌 くdal が, 何ら かの仕 方で我々 に捉 え られ ていな けれ ばな ら ないo
そ れ故, 我々は 次のよ うに言わ ざ るを え ない. 過去の事 実の確 定の基 礎に は,
一 般に
rその時J くd al という 仕 方で, 過去 が予め捉 え られ ていな けれ ばならない, とo
■ ■ ■
ところ で, こ の過 去の先 行 的 把 捉は次の 二面 を 含ん で いる. くい 過 去が 一 般に事 実の領 域として我々 に開示 さ れ てい る. く21 更に, そ れのみ なら ず, 過去 は何 らかの仕 方で大 な
■ ■ ■ ■ ■
り小 なり特 定さ れ たものとして我々に 示 さ れ てい る. こ の 二面 を rその時J くdal という 言 語 的 表 現は含ん でいる.
こ のうちく1I は我々が前 節で r過去の根 源 的 開示J と名づけた ところのものであるo そ れに対 して, く2J に於て は, 過 去は様々な特 定の時 を 内に含む r綜 合 的 統 一 J として我々 に 示 さ れ るo こ の 二面 を 含むものとして, 我々は r過去の開示性J ということを理解 す る. そ してこ の r過 去の開示性J こそ, カントが r三重の綜 合J に於て,
r構 想 力の超 越 論 的 綜 合J くd ietr a n s z e nde ntaleSynthe sisde r Einbildu ngskr aftl の機 能と看 倣 した とこ
ろのものだ と解 釈 するo で は, こ の綜 合は如 何にして可能であろうかo
こ の綜 合は過 去の根源 自勺開示を 前 提し てい るo とこ ろ で r過去J くv e rga nge nI に は,
次の 二面が含 まれてい る. 即ち,
r存 在し たJ くge w e s e nl という 側 面と,
r最 早 存 在 し な
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い J くnicht m ehr dal という 側 面と がそれ であるo こ のう ち 後 者は更に r今は最 早 存 在 し ない J Uetzt nicht m ehr dal と言い換 えること が できる.
ところ で,
r今は最 早 存 在 し ない J は,
r今J くjetztl の存 在 を 前 提 している. これを 前 提 し ながら, それ との 一 定の対 比 仏bgr e n z u ngl に於て, それ は成り 立っ ている.
r今J の存在 を r現 在J くGege n w a rtl と呼ぶならば, 上のよ うに, 過 去は現 在 を 前 提 し, 現 在 との対比に於て把 握さ れ るo
問 題は従っ て, 現 在と過去 との関 係にあるo こ の点, 上 述の過 去に含 まれ る二つの意 味 を, こ こで再び取 り 上 げる必 要があるo r過 丸 くv e rg an ge nj は通 常 r存 在 したJ くge w e‑
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