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法律学とレトリック・序説

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(1)

法律学とレトリック・序説

その他のタイトル Recht und Rhetorik

著者 福瀧 博之

雑誌名 關西大學法學論集

55

4‑5

ページ 1329‑1367

発行年 2006‑02‑28

URL http://hdl.handle.net/10112/5217

(2)

レトリック法理論︵マインツ学派︶の主張

ー•

Vi eh we gのトピクとレトリック法理論 2・ Ba ll we gのレトリック法理論とその特徴

(J ur is pr u denz)

﹂の﹁科学

(W is se ns ch af t)

﹂からの峻別

(M ei nu ng sd en ke n)

の強調

③分析的理論としてのレトリック法理論 二法律学と経済学のレトリック

①経済学のレトリックと法のレトリック

②社会的理由付けと虚偽︵誤謬︶

③経済学の威信とその背景としてのベーコン

④経済学の理由付けと経済学者のレトリック

⑤経済学または﹁法と経済学﹂とレトリック

まとめに代えて

H

法律学とレトリ

.  序説

(B ac on

) およびデカルト

(D es ca rt es ) 

三七五

(3)

第五五巻四•五号

︵ 三 一 三

0 )

一、法的な決定•主張は、法規範を解釈・適用して行なわれる。法の解釈·適用に当たって行なわれる法的推論•議 論は、どのような構造を有するものなのか。法的に正しい決定•主張の基礎付けやそれをめぐる推論•議論はどのよ ここで問題とされている法的推論•議論は、典型的には、裁判官・弁護士・検察官などの法律家が裁判過程のなか

︵法律家の裁判実務︶に用いる推論・議論において見られるものである︒したがって︑

右の問いは︑裁判官の法発見と理由付けを典型とする法実務を対象とするものであり︑そのような意味における法実 務における法律家の営為の構造を問うものである︒法実務はどのように行なわれているのか︒法実務における思考方

(1 ) 

ところで︑伝統的には︑法律学︵法解釈学︶も︑法実務における法的な思考方法︵法的思考︶

なかに含んでいると考えられている︒このように考える場合︑法的思考に関して論ずるときには︑法律学︵法解釈 学︶もそこにいう法的思考のなかに含めて理解されることになる︒そのような前提のもとでは︑右の問いは︑法律学

(2 ) 

の学問的性格はどのように理解すべきであろうか︑という問題にも繋がるものである︒

私は︑かつて︑手形法解釈学の具体的問題に即して︑この問題を取り上げて検討を加えようと試みたこと がある︒もっとも︑独自の見解を主張したのではなく︑ドイツにおいて︑レトリック法理論と呼ばれている法理論の

うち︑いわゆるマインツ学派のレトリック法理論を取り上げてこれを紹介・検討したものであった︒ 法はどのような特徴を有するのか︒ で判決の正当化や法廷弁論など うに行なわれているのか︒

関法

の特徴をその活動の

(4)

Mc Cl os k e y の見解を検討することにしたい

隆盛であり︑法学教育や法実務にも決定的な影響を与えている︒とりわけ会社法の領域では︑会社法学の研究業績の 圧倒的多数が﹁法と経済学﹂の手法によるものであるとすらいわれている︒このような学問的な潮流は︑国際的な広 がりを見せており︑最近では︑わが国の会社法学も同様の傾向のもとにあるといってよいであろう︒

私は︑この新しい流れに的確な判断を下すための知的準備に欠けるが︑そのような新しい潮流は︑右に述べた法実 務または法的思考の分析との関係においても︑きわめて注目すべきものであると考えている︒

アメリカにおいては︑近時︑﹁法と経済学

(L aw an d  E c o n o m i c s )

﹂と呼ばれる学問領域がきわめて レトリック法理論︵マインツ学派︶

は︑法実務または法的思考を分析して︑その特徴の一を科学的思考との 相違に見ているのである︒﹁法と経済学﹂または﹁法の経済分析

( E c o n o m i c A n a l y s i s f     o L aw

)﹂と呼ばれる手法の

採用は︑このことと如何なる関係に立つのか︒両者は︑真っ向から矛盾対立するものではないのか︒

( 6) 

三︑私は︑最近︑このような問題意識からすれば︑きわめて興味深い︑

Mc Cl os ke

y論文のあることを知ることがで

きた︒そこで︑本稿においては︑法実務または法的思考の構造という視点から見て︑﹁法と経済学﹂の影響を受けた 法律学または法実務をどう捉えるべきかという一点に紋って︑右の

Mc Cl o s ke

論文の説くところを紹介・検討したy

もっとも︑﹁法と経済学﹂とは違い︑

は︑必ずしも広く知られているとはいえないので︑以下においては︑

Mc Cl os ke

y論文の紹介・検討に取りかか

る前に︑先ず︑簡単に︑

レトリック法理論は︑わが国では︑とくに法実務家または法解釈学者に レトリック法理論︵マインツ学派︶

の説くところを紹介し

稿

稿

Mc Cl o s ke y の見解を検討することによっ

稿

(5)

説﹂と題する所以である︒ て ︑

稿

(1)

田中成明・法的思考とはどのようなものか(有斐閣•一九八九年)五六頁は、「法的思考とは、法的に正しい決定•主張 の基礎づけやそれをめぐる推論•議論に関わる実践

(practice,

P r a x i s )

のことである﹂とする︒さらに︑﹁このような法的

思考の核心は︑その規範的言明の法的正当性の正当化

( j u s t i f i c a t i o n )

ということにあり︑この正当化は︑実定法的な規

準•手続に拘束される”制度化“された言語行為によって遂行されることを特徴としている」とされている。

(2) 田中成明•前掲書五八頁以下参照。 (3) 福瀧博之「手形法学における法的思考•序説

i~

いわゆる新たな二段階行為論の背景」関西大学法学論集三七巻ニ・

三号三五九頁以下︵福瀧博之・教材現代手形法学︵法律文化社・一九八八年︶三頁以下所収︶︑福瀧博之﹁レトリック法理 論・序説手形法解釈学︵法律学︶における法的思考の背景ー﹂関西大学法学論集三九巻三号一頁以下︒さらに︑福瀧 博之「法的紛争処理のメカニズム|—心ル析的レトリックを中心にー」紛争処理のメカニズム(関西大学経済・政治研究 所・研究叢書︑第七九冊︶︵一九九二年︶三一五頁以下所収参照︒

( 4 )

柳川範之

1 1 藤田友敬﹁会社法の経済分析﹂三輪芳朗

1 1 神田秀樹"柳川範之編・会社法の経済学︵東京大学出版会・一九九 八年︶一頁以下所収︑二七頁註二三︒

( 5 )

三輪芳朗

1 1 神田秀樹

I I 柳川範之編・前掲書︑はしがき参照︒そこには︑日本では︑従来︑そのような研究は︑まだ必ずし も一般的でない︑との指摘が見られるが︑前掲書そのものに見るように︑わが国においても︑会社法学においては︑﹁法と

経済学」は、急速に普及•発展しているといってよいようである。

( 6 )  

Do na ld  N .   M

cC lo sk ey ,  T he   Rh e t o r i c   o f   La w  a nd   E co no mi cs , 

0 0  

Mi ch . 

L .  

Re v.

 752  (

19 88 ).  

関法第五五巻四•五号

三七八

﹁法律学とレトリック・序

(6)

マインツ学派の見解は︑その後︑その批判者によっても︑

三七九

マインツ学派の側からも︑レトリック法理論と呼 周知のように︑﹁トピク﹂は﹁レトリック

( R h e t o r i k )

の重要な一部門︵構成要素︶

﹁法律学﹂という﹁こと

同様の構造を有するものであり︑

したがって﹁秩序付ける﹂ことはでき

Vi eh we g は ︑

の見解は、当初、その創始者ともいうべきく

iehweg

教授

(Prof•

D r .   Th eo do r 

(2 ) 

の古典的著作﹁トピクと法律学

( T o p i k un d  J u r i s p r u d e n z ,  

1 .   A u f l .   1

95 3, .  5

A u  

f l .  

19 74

﹂に由)

来する﹁トピク﹂という名称のもとに知られていたものである︒

( J u r i s p r u d e n z )

﹁法律学﹂は︑これを諸問題の連関によって

(3 ) 

るとしても︑﹁演繹体系﹂化することはできない︑と説いている︒

マインツ学派においては︑

, , J u r i s p r u d e n z "

という﹁ことば﹂は︑日本語の ば﹂の一般の慣用よりも広く︑裁判官による法の解釈・適用を典型例とする﹁法実務﹂を意味するものとして用いら

(4 ) 

れることが多いことである︒右に﹁法律学﹂というのもこのような意味において理解すべきであろう︒

(6 ) 

である︒そのこともあってか︑

ばれることも少なくないようである︒

Vi eh we

g自らも︑後には︑

(7 )  

M o r r i s

などの

( S e m i o t i k )

( 9 )  

における﹁語用論﹂の重要性が説かれており︑また︑

, , R e d e s i t u a t i o n "

または

, , s i t u a t i v ' ^

﹁レトリック法理論﹂の名のもとに︑

C h a r l e s

W .  

の概念を用いて︑新たな視角から分析を進めている︒そこでは︑法律学の領域

ということが強調

︵ ︱ ‑ ︱

‑ 三 一 ︱

‑ ︶

V i e h w e g ,   1 90 7‑ 19 88 ) 

レトリック法理論︵マインツ学派︶

V ie hw eg

のトピクとレトリック法理論

( P r o b l e m d e n k e n

)

(1 ) 

の主張

の技術である﹁トピク

( T o p i k

) ﹂と

(7)

( 1 ) 本稿におけるレトリック法理論︵マインツ学派︶の説明は︑基本的に︑福瀧博之﹁法的紛争処理のメカニズム分析的 レトリックを中心に﹂紛争処理のメカニズム︵関西大学経済・政治研究所・研究叢書︑第七九冊︶︵一九九二年︶三一 五頁以下所収において述べたところと同じである︒

( 2 )   Th eo do r  V ie hw eg ,  T op ik n  u d  J u r i s p r u d e n z   ( 1 .   A u f l

.   1

95 3, .  5  A u f l .  

19 74 ).  

テオドール・フィーヴェク著

I I 植松秀雄訳・トピクと法律学︵木鐸社・一九八

0

年︑改装版︑一九九三年︶は︑その翻訳

であり︑広く知られている︒

植松秀雄教授は︑わが国におけるレトリック法理論の権威であり︑多数の研究がある︒たとえば︑植松秀雄﹁法律学の教

義学性」加藤新平教授退官記念論文集編集委員会編・法理学の諸問題(加藤新平教授退官記念)(有斐閣•一九七六年)四

八三頁以下所収︑植松秀雄﹁レトリック法理論﹂長尾龍一

11 1 田中成明編・現代法哲学

︵東京大学出版会・一九八三年︶一

0

三頁以下所収︑植松秀雄﹁法律学の学問性とレトリック﹂法哲学と社会哲学︵法哲学年報・一九八五年度︶一頁︑植松秀

雄「法的弁証理論の「非』存在論主義的地平について」岡山大学法学会雑誌四

0

巻三•四号九一頁などである。さらには、

フリチョフ・ハフト著"植松秀雄訳・法律家のレトリック︵木鐸社・一九九二年︶︵これは︑

F r i t j o f H a f t ,   J u r i s t i s c h e   R eh   ,  t o r i k ,  

4.  A u f l .  

1990

の翻訳である︶︑植松秀雄編・埋もれていた術・レトリック︵木鐸社・一九九八年︶︑植松秀雄編・掘り 出された術・レトリック︵木鐸社・一九九九年︶など参照︒

(3)

福瀧博之「手形法学における法的思考•序説いわゆる新たな二段階行為論の背景|||」福瀧博之・教材現代手形法学

(法律文化社・一九八八年)三頁以下所収、三六頁。なお、

Viehweg

のトピクに関しては、福瀧博之•前掲書(教材現代手

形法学︶一七頁以下︑二五頁以下参照︒

( 4 )   Ba ll we g

"

"

Ge ge ns ta nd e   d   R r ec ht sw is se ns ch af t  i s t   d i e   J i s u r p r u d e n z "

と言っている︒

Ot tm ar B a l l w e g , e   R ch ts wi ss en

  , 

s c a h f t   un d  J u r i s p r u d e n

z   (

19 70 )  S .   7.  V g l .   T he od or   Vi eh we g,   a .  a .  

0 .   (

To pi k  u nd   Ju r i s p r u d e n z ) S .  

  14 

F n .  

3.  

福瀧博之•前掲書(教材現代手形法学)一七頁参照。

たとえば︑佐藤信夫・レトリックの消息︵白水社・一九八七年︶ぷ唱貝以ド︑二八頁など参照︒

Rh et or ik

または

r h e t o r i c

は︑﹁修辞学﹂とか﹁レトリック﹂と訳出されることが多い︒ここで取り上げているドイツ語圏

5 ( )   ( 6 )  

第五五巻四•五号

( 1 0 )  

されているのである︒

関法

三八〇

(8)

旦将:,~竺「丑V囲且t-(a{j~Q忠姦」刈:,0

以抽屯紅』溢ゃ*~:,

t‑(aFや埒t‑(a{‑'. 迂ゞざ仕妥刈Q

,,W  ahrig  Deutsches  Worterbuch  (1997)"

ゃ竺

Rhetorik Q

西

e

器苔竺

Redekunst :  Lehre  von  der  Redekunst 

〔く

grh. rhetorike  (techne) 

,,Redekunst"

〕心終0

¥J:, 

t‑(a 

(c‑‑)  Morris,  ,,Foundations  of  the  Theory  of  Signs"  in:  International  Encyclopedia  of  Unified  Science,  vol.  1,  1938,  No.  2,  S.  1,  1959. 

怜語

Q

涵掛旦将:,

¥J

International Encyclopedia  of  Unified  Science,  Volume  I,  Nos.  1‑5  (Combined  edition  pub‑

lished  1955)  S. 

77如~\臣戸心°

(oo)  V  gl.  Viehweg,  a.  a.  0.  (Topik  und  J  urisprudenz)  S.  111 

ff. 

(o‑,) 

Viehweg旦兵:,\J竺「翠択閤唇(Syntax)」'「如遠縁唇(Semantik)」兵廿る「罹旦m::~

(Pragmatik)

Al:,'"')

J刈迎竺-~

兵即菜¾Q知で終憮苓ゃm:::,ふ兵~:,t‑(a 

,,Syntax  soll  also  heiBen  :  der  Zusammenhang  von  Zeichen  mit  anderen  Zeichen,  Semantik  :  der  Zusammenhang  von  Zeichen  mit  Gegenstanden,  deren  Bezeichnung  behauptet  wird,  und  Pragmatik  :  der  situative 

Zusammenhang, 

in  dem  die 

Zeichen  von  den  Beteiligten  jeweils  benutzt  werden."  Viehweg,  a.  a.  0.  (Topik  und  Jurisprudenz)  S.  lll. 

(S) 

Vgl.  Viehweg,  Schritte  zu  einer  rhetorischen  Rechtstheorie,  in:  Festschrift  fi.ir  Th.  Wiirtenberger  z.  70.  Geb.  (1977)  S.  3. 

Ballweg

Q~...L

=‑

0~

mi~

~~Q淀赳

r-,-~,

ヽ汲侶砦冊心竺

Viehweg

Q玉薬Q~器抑...\J~::,'I'''.〈枷Ballweg~

翠 (Prof. Dr.  Ottmar  Ballweg,  1928‑)

悩心, 1"'

ゃ旦~Q

「~~ 窯淀益芝悧唇 ‑J::,<

(Habilitationsschrift)

」や母心「迅粧刈迅茫牲

(Rechtswissenschaft

und 

J  urisprudenz) 」旦将年'「

...L

凶ヽ」終:.:, ,._j 「 ~...L:::::"'0~

迅囲縄」か疇如苔公全旦⇒匹¥茶,~

旦 'Viehweg

~Q

,,Festschrift"

以将二以凩梨⇒心謡唇択旦兵::,

¥..J 竺 Viehweg  Q~

堂如硲心憮迎砂竺ゃふ旦据⇒要袋化

Morris 

Q

淫曲縄竺「坦恙牲」

0

お已吟い占知砂麟砂

,.̲j

¥..J, 

リ#砂ふ旦要茶和吟蔀麟心

J 刈

坦恙麦$刈~..L=--0~・吐岩

111<  1 

(I 

1111111‑R) 

(9)

び法律学

( J u r i s p r u d e n z )  

的な思考

( s o p h i a )

の科学的な思考

( e p i e m s t e )

および賢慮の思考

( p h r i m e s i s )

からの分離•独立が強調されている

Ba ll we g は ︑

( 1 )  

( J u r i s p r u d n e z )

の特徴としては︑次の諸点

Ba ll we g

は ︑

を説くに至った︒

Ba ll we gは︑記号論を補充する︵あるいは︑記号論を発展させ︑拡大する︶ものとして︑記号論と

(3 ) 

, , P h r o n e t i k "

という考え方の必要性を強調する︒

Ba

w

ge

は ︑

学理論としては︑依然として部分的理論であるとしても︑いわば︑より完成度の高い独自のレトリック法理論を

(4 ) 

主張するに至ったのである︒

関法

第五五巻四•五号

さらにその後︑意図的に﹁レトリック法理論﹂

( 5 )  

R h e t o r i k

) ﹂という名称を用いるようになった︒また︑

, , P h r o n e t i

^k

, , H o l i s t i k "

という考え方をも

( 6 ) ( 7 )  

取り入れて︑ますます﹁記号論﹂の補充・拡大を推し進めている︒

(8 ) 

ここでは︑右の

Vi eh we gのための

, , F t s e s c h r i

f t   ^

Ba ll we

gが展開した見解に依拠して︑

(9 ) 

に注目すべきであろう︒

の特徴を概観しておきたい︒

Ba ll we

g

アリストテレスによる﹁思考方法

( D e n k w e i s e

)

え︑それは︑﹁科学﹂や﹁哲学﹂

, , P h r o n e t i k "

の思考方法とは峻別されるべきことを強調する︒

の思考方法に検討を加

アリストテレスにおいては︑哲学

これを﹁法律学﹂との関係でいえば︑それは︑法哲学

( R e c h t s p h i l o s o p h i e

) ︑法学

( R e c h t s w i s s e n s c h a f t )

の区別に対応するものであるというのである︒

( W i s s e n s c h a f t )

からの峻別 ではなくて︑﹁分析的レトリック

( a

n a l y t i s c h e  

(10)

Ba ll we

gは︑右と同じことを言語分析の視点から表現して︑﹁賢慮のことば

こに﹁賢慮のことば﹂とは︑宗教のことば︑倫理のことば︑政治のことば︑法的なことば︑すなわち実践的なことば

(U mg an gs sp ra ch e)

と同一の構造を示すのであり︑﹁科学のことば (Wissenschaftssprache)

」とは、たとえば、物理学とか化学で用いられるようなことばとは‘|—何ら共通のも

のを有していない︑

レトリック的•分析的関心は、そのような「賢慮のことば

( 1 1 )  

( p h r o n e t i s c h e n )   S p r a c h e n )

﹂に赴くというのである︒

Ba ll we

g によれば︑このような峻別は︑実際には︑必ずしも行なわれていない︒

レトリック的関心から自 己の論拠を強めるために他の権威を借りることが行なわれているのである︒たとえば︑﹁賢慮の論拠がしたがっ て︑意見の性質を有する論拠が問題とされているときに︑それを科学的論拠であると称すること︑

D o k t r i n a

r

Do gm at i k er

として話しているときに︑

T h e o r e t i k e

r と表示すること﹂などが見られるというのである︒これ

は︑﹁科学者﹂として語り︑そのマスクの後ろでは︑自己の意見を問いかけの外に出し︑まさに

Do gm at ik er

として

行為することによって︑科学的言明の通俗的理解を利用しようとするものである︒このように見てくると︑

Ba ll we

gによれば︑科学文明の下では︑﹁その法的または政治的あるいは道徳的意見を科学的認識として表示す

( 1 2 )  

る﹂ことは︑理解できることなのである︒

前述の意味における法実務において︑すなわち︑

,, Ju r i s p r u d e n z

  ^;あるいは﹁法律学﹂において︑問題とさ

(M e i nu ng sd en ke n)

( p r a k t i s c h e   S p r a c h e n )  

の強調

( d i e s e   p r u d e n t i e l l e n  

( p r u d e n t i e l l e   S p r a c h e n )

(11)

た意見に他ならない︶

の数は限られているから︑多くの場合には︑

で表

ドグマ化され 如何にしてこの

第五五巻四•五号

能にするのが︑

( M e i u n n g ¥  o p i n i o n )

﹂に他ならないが︑これは︑﹁真理﹂か

( M e i n u n g m a B i g e   Au ss ag en e i   s e n   n i c h t   w a h r h e i t s f a h i g . )

( 1 3 )  

の問題には関係のないことも強調されている︒

ところで︑現実の法実務においては︑たとえば︑その典型例としての裁判においては︑ある法的な問題に︑

究極的には一定の決定︵たとえば︑判決︶を必ず下さなければならない

われわれの社会においては︑この決定には︑理由を付さなければならない

の支配する﹁法実務﹂

三八四

E n t s c h e i d u n g s z w a n g )

の領域において︑われわれは︑

﹁決定強制﹂と﹁理由付け強制﹂に応えることができるのであろうか︒

B a l l w e

によれば︑これを可g

いわゆる教義学

( D o g m a t i k )

︵ここでは︑法教義学

( R e c h t s d o g m a t i k ) )

に他ならない︒意見的思考

の領域において決定を下すためには︑何らかの形で︑ある﹁意見

( M e i n u n g

) ﹂をドグマ化し

れに権威を与え︑これについてはもはや争わないこととする しかしながら︑真理かどうかが問題とならない

( a u . B e r   F r a g e   s t e l l e n )

B a l l w e

g は︑この理由付け強制との関係において︑﹁法律学﹂

( D o g m a t i s i e r u n g )

( 1 4 )  

の用いる﹁ことば﹂に関する注目すべき言

及を行なっている︒﹁科学﹂において使用される﹁ことば﹂が﹁解釈の余地のない﹂人工言語を目指していると解さ れるのに対して︑﹁法律学のことば﹂の場合には︑日常言語︵自然言語︶と同様に﹁解釈可能なことば﹂が必要とさ

( 1 5 )  

れている︒決定を下し︑それを理由付けるために用いることのできるドグマ

の解釈を認めることによって初めて︑理由付け︵延いては︑決定そのもの︶が可能になるというので

B e g r t i n d u n g s z w a n g )

どうかを問題にすることのできないものである

B a l l w e

g によれば︑人々の 関法

(12)

( 3 )   B

a l l w e g

は︑このようにして︑

M o r r i s

の自然言語の分析が﹁法律学のことば﹂

M o r r i s

の行なった分析が不充分であるとして︑その補充・拡大を主張し︑独自の

, , P h r o n e t i k  

^/という考え方を取り入れるに至っていることは︑すでに指摘した通りである︒

分析的理論としてのレトリック法理論

B a l l w e g

めるとともに

( 1 6 )  

レトリック法理論にいう﹁レトリック﹂は︑分析の道具としてのそれであって︑法実務のため の内容にわたる助言をするものではない︒トピクやレトリックは︑﹁法律学の構造

( d i e S t r u k t u r   d e r  

u

r i s p r u d e n z )

﹂を分析するものであって︑実務家にあれこれの解決

R e c h t s g e w i n n u n g

(

値評価を推奨するものではない︒

このようなマインツ学派の主張との関係で言及すべきは︑

マインツ学派︵トピクやレトリック法理論︶

( 1 8 )  

それは﹁法発見に役立たない﹂との批判が加えられていることである︒しかし︑

は︑むしろ当然のことである︒

レトリック法理論は︑そのいう﹁法律学﹂

マインツ学派の側からすれば︑これ

にも原則として妥当することを認

﹁科学のことば﹂とは異なり︑解釈可能な

︵レトリック法理論の理解する意味におけ

( 1 9 )  

る﹁法律学﹂︶そのものとは異なるのである︒法律学は︑法学の対象なのである︒

( 1 )

O t t m a r B a l l w e g , h   T e o d o r   V i e h w e g   z u m  

75 . 

G e b u r t s t a g ,

n     i :  R h e t o r i

s c h e   R e c h t s

  , 

t h e o r i e ,   h r s g .   v o n   B a l l w e g S e   ¥  i b e r

t  

(

19 82 ) 

S .  

7,

S .

 

 

$ 昭 唸

三八五

︵ ︱ ‑ ︱

‑ 三 九 ︶

のための価

(13)

巨坦踪

l‑R l-R~ 巨・ l‑R

n]!> 

111<~ く (I 111 巨

0)

(N)  Ottmar  Ballweg,  Rechtswissenschaft  und  J  urisprudenz  (1970). 

(M) 

Ottmar  Ballweg,  Phronetik,  Semiotik  und  Rhetorik,  in:  Rhetorische  Rechtstheorie,  hrsg.  van  Ballweg/Seibert  (1982)  S. 

27,  S.  60. 

げ) 終将 '>J Q  ,,Phronetik" 刈::,'"芯淀竺ヤギ宕,, Phronese (phr6nesis,  prudentia)" 如芸絲刈 1"'l{,1‑‑,.P

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Ballweg,  a.  a.  0.  (Phronetik,  Semiotik  und  Rhetorik)  S.  60  f. 

(L0)  1"' ゃ U'Ballweg, a.  a. 

0. 

(Phronetik,  Semiotik  und  Rhetorik)  S. 

69終勾旦「令年忌~..L

=‑‑ 0~(analytische Rhetorik) 」

刈::,'"喘窓茶訳ふ~l{<l茶’愉唇区e"'""..L~旦リQ如淀茶王二ふ#心Q'~i-\JV'Ballweg,

Analytical  Rhetoric,  Semiotic  and  Law,  in:  Law  and  Semiotics,  Volume  1,  ed.  by  Roberta  Kevelson  (1987)  S.  25

'71°6

Ballweg,  Entwurf  einer 

analytischen  Rhetorik,  in:  Rhetorik  und  Philosophie,  hrsg.  von  Schanze/Kopperschmidt  (1989)  S.  229 全ふや埒心臼

(~)

~(L0)志翠Q淑奴Q建択ゃ迂,,Holistic"'毎奴〇礼層メや竺',,Holotaktik"刈::,'吋祗惑全王二ふ菜ド将.s;;s'やふU'

Ballweg,  Rhetorik  und  Vertrauen,  in:  Kritik  und  Vertrauen‑Festschrift  for  Peter  Schneider  zum  70.  Geburtstag  (1990)  S. 

34,  S. 

40~~\J',,Holistik"Al~, 吋将窓茶IH:~ふ菜~

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111 

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(oo)  Ballweg,  a.  a. 

0. 

(Fn.  3). 

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V  gl.  Ballweg,  a.  a. 

0. 

(Phronetik,  Semiotik  und  Rhetorik)  S.  37  f.  V  gl.  Ballweg,  E"・  m  w1ssenschaf  tstheoretlsches  Lehr‑

schema  for  den  juristischen  Unterricht,  in:  Armbruster‑Festschrift  (1976)  S.  253. 

(:::;)  V  gl.  Ballweg,  a.  a.  0.  (Phronetik,  Semiotik  und  Rhetorik)  S.  38. 

各兵

'Ballweg 旦将::,

\J竺'「[Il舘1]110理」'「迄笹Q>JA!z±」'「珈担宰」終‘刃Q~

窓竺互鞣忌以王今ふ辛心 J 刈茶感二゜ ,,Die  Ausdriicke  umgangssprachlich,  meinungsmaBig,  prudentiell,  praxisorientiert  und  phronetisch  konnen  hier  synonym 

(14)

verwendet 

werden". 

Ballweg, 

a.  a.  0. 

(Phronetik, 

Semiotik 

und 

Rhetorik) 

S.  69  Fn.  99,  S.  37  f. 

心)

V  gl. 

Ballweg, 

a.  a.  0. 

(Phronetik, 

Semiotik 

und 

Rhetorik) 

S.  38 

ff. 

ぼ)

Ballweg 

Uヨ菜迂「憮担宰瞬柑」竺「同雑眉挺器

(Erkenntnisfunktion)

」如

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Q

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縣器〕

(Verstandigungsfunktion)

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¥J :,, 

l‑0°V 

gl. 

Ballweg, 

a.  a.  0. 

(Phronetik,  Semiotik 

und 

Rhetorik) 

S.  32. 

ほ) V  gl. 

Ballweg, 

a.  a.  0. 

(Phronetik, 

Semiotik 

und 

Rhetorik) 

S.  40  f. 

ぼ)

V  gl. 

Ballweg, 

a.  a.  0. 

(Phronetik, 

Semiotik 

und 

Rhetorik) 

S.  57  f. 

ぼ)

眠毎笹村・写壬'~

舌坦 (t‑‑)

II 

111~~-~$

産゜

(~) V  gl. 

Ballweg, 

a.  a.  0. 

(Phronetik, 

Semiotik 

und 

Rhetorik) 

S.  30. 

,,Es 

handelt 

sich  aber  heute  um  ein 

analytisches 

Verstandnis 

der 

Rhetorik, 

wahrend 

auf  der  Seite  ihrer 

Gegner 

das 

Misver‑

standnis, 

in  ihr  eine 

inhaltliche 

Empfehlung 

fur  die 

Praxis 

zu 

sehen,  vorherrscht". 

(竺)

¥斗ゞ

'zi'Claus‑Wilhelm

Canaris, 

Systemdenken 

und 

Systembegriff 

in  der 

Jurisprudenz 

(1.  Aufl.  1969,  2.  Aufl.  1983)  S. 

135 

ff. 

~\芦足将

'>J

Q

羊写旦巨,...)

\J竺’ゃふ旦’廻奉登刊「

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因~-由芍瞑翁淫゜

(~)

Ballweg

竺 ',,Gegenstand

der 

Rechtswissenschaft 

ist  die 

Jurisprudenz". 

1]110

¥J  :,, 

l‑0°Ottmar 

Ballweg, 

Rechtswissen‑

schaft 

und 

Jurisprudenz 

(1970) 

S.  7.  Vgl. 

Theodor 

Viehweg, 

a.  a.  0. 

(Topik 

und 

Jurisprudenz) 

S.  14  Fn.  3. 

終将姿語

I ,  ...‑ . 

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(Law and 

Economics)

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坦赳牲刈

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吐窒

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(1111

1)

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