『とはずがたり』における「聞こゆ」の意味・用法 : 「言ふ」「聞こゆ」「申す」「奏す」
著者 入江 さやか
雑誌名 同志社日本語研究
号 18
ページ 18‑31
発行年 2015‑03‑31
権利 同志社大学大学院日本語学研究会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014238
『とはずがたり』における「聞こゆ」の意味・用法
―「言ふ」「聞こゆ」「申す」「奏す」―
入江い り え さやか 同志社大学文学部
キーワード
聞こゆ,申す,奏す,言ふ 要旨
本稿は,『とはずがたり』における「聞こゆ」の全用例について,意味・用法ごとに分類,
記述する。『とはずがたり』において,「聞こゆ」は本動詞で55例見られるが,最も多い意 味・用法は,「自然と耳に入ってくる,聞こえる」という意味で21例である。また,「言ふ」
「申す」「聞こゆ」「奏す」において,共通してみられる「言葉を発する」という意味・用法 について,それらの用例数を比較する。
1.はじめに
本稿では,鎌倉時代末期成立の『とはずがたり』における「聞こゆ」の意味・用法につい て,記述,分類をする。以前,調査した,入江(2013)(2014)の「言ふ」「申す」との比較を 通して,『とはずがたり』における「聞こゆ」の意味・用法についてその特徴を明らかにし たい。
2.研究方法
本文は,久保田淳校注・訳(1999)『新編日本古典文学全集47 建礼門院右京大夫集 と はずがたり』による。辻村敏樹編(1992)『とはずがたり総索引』【自立語篇】も適宜,参照 する。
『とはずがたり』に用いられている「聞こゆ」の用例をすべて抜き出し,意味・用法の記 述,分類を行う。用例を記す際は,久保田(1999)の本文で「申す」が用いられている箇所を 抜き出し,(巻,頁数,行)の順で記す。(Ⅴ502.03)は巻五502 頁,3行目ということであ る。
本稿では,本動詞の「聞こゆ」55例を中心に述べる。「聞こゆ」が補助動詞として用いら れるのは(1)の1例のみである。これは,作者二条が仕える後深草院の弟院である亀山院が,
二条を誘惑した後,兄院である後深草院を起こす場面である。具体的な内容は,朧化されて いるため知り得ないが,作者が意味深に描写した場面であることは確かである。そこのみ に,弟院を主語にして,「聞こゆ」が補助動詞として使われていることが興味深い。
(1)明け方近くなれば,御そばへ帰り入らせたまひて,おどろかし聞こえたまふにぞ,
初めておどろきたまひぬる。(Ⅲ.378.07)
また,「聞こゆ」を前項にもつ「聞こえさす」1例,「聞こえなす」1例,名詞「聞こえ」
5例についても触れる。
3.『とはずがたり』における「聞こゆ」の意味・用法 3.1 意味・用法による分類
『とはずがたり』における「聞こゆ」の意味・用法を,次の5つに分類する。用例数も示 す。「聞こえさす」1例,「聞こえなす」1例,名詞「聞こえ」5例についても後で述べる。
① 音や声が自然に耳に入る。聞こえる。 21例
② 聞いて,わけがわかる。思われる。 8例
③ 間接的に他人から聞く。伝聞する。うわさで聞く。 18例
④ 言う…㋑申し上げる。 3例
…㋺お願いを申し上げる。 1例
…㋩人や立場・呼び名について,~と申し上げる。 2例
⑤ 連語(世に聞こゆ) 2例
「聞こえさす」「聞こえなす」「聞こえ」 7例
3.1.1 ①自然に耳に入る。聞こえる。
「聞こゆ」の原義である「自然に耳に入る」の意味が,全用例55例のうち,21例で最も 多く,全体の38.2%を占める。以下は,その用例である。
(2) いと弱げに泣かるるほどに,更けゆく鐘の声,ただ今聞こゆるほどに,「御幸」と
言ふ。(Ⅰ223.05)
(3) これや教への限りならむと悲しきに,明けゆく鐘の声聞こゆるに,例の下に敷くお ほばこの蒸したるを,仲光持ちてまゐりて,「敷き替へむ」と言ふに(Ⅰ227.15) (4) 泣きみ笑ひみ,夜もすがら言ふほどに,明けゆく鐘の声聞こゆるこそ,げに逢ふ人
からの秋の夜は,言葉残りて鳥鳴きにけり。(Ⅰ234.03)
(5) なま賢しく,女子をば近くをにや言ひならはして,常の居所も庭続きなるに,さま ざまのことども聞こゆる有様は,夕顔の宿りに踏みとどろかしけむ唐臼の音をこそ 聞かめとおぼえて,いと口惜し。(Ⅰ240.15)
(6) また御姆,「あなまがまがし。誰か参りさぶらはむ。御幸ならば,また何ゆゑか忍 びたまはむ」など言ふも,ここもとに聞こゆ。(Ⅰ242.05)
(7) 向ひの山に薪樵る斧の音の聞こゆるも,昔物語の心地してあはれなるに(Ⅰ247.13) (8) 人に隠して懐に入れぬと夢に見て,うちおどろきたれば,暁の鐘聞こゆ。(Ⅰ
253.16)
(9) ただ衣の下ばかりにてひとり悲しみ居たるに,深き鐘の聞こゆるほどにや,余り堪
へがたくや,起き上がるに(Ⅰ258.09)
(10) 鳥の音ももよほしがほに聞こゆるも(Ⅱ309.07)
(11) ここは三昧堂つづきたる廊なれば,これにも初夜の念仏,近きほどに聞こゆ。(Ⅱ 326.14)
(12) 人召す音の聞こゆれば,何事にかと思ひて参りたるに,御前には人もなし。(Ⅲ 351.12)
(13) ほどなく還御なりけるも知らず,同じさまなるくどきごと,御障子のあなたにも 聞こえけるにや,(Ⅲ353.02)
(14) 嵐の山の松風,雲居に響く音すごきに,浄金剛院の鐘ここもとに聞こゆるをりふ し,(Ⅲ375.07)
(15) 誦経の鐘の響きもことさらに聞こえき。(Ⅲ409.05)
(16) 後ろの山にや,猿の声の聞こゆるも腸を断つ心地して,(Ⅳ432.04)
(17) 御鼻かみたまふ,いと忍びたるものから,たびたび聞こゆるにぞ,御袖の涙も推 しはかられはべりし。(Ⅳ438.08)
(18) 音羽の山の鹿の音は涙をすすめがほに聞こえ,即成院の暁の鐘は明けゆく空を知 らせがほなり。(Ⅳ476.09)
(19) 霜枯れの草むらに,鳴き尽くしたる虫の声絶え絶え聞こえて,(Ⅴ485.10) (20) 「また立ち帰らせおはしましぬるにや」と聞こゆ。(Ⅴ500.10)
(21) 双林寺の峰にただ一人行ひ居たる聖の念仏の声すごく聞こえて(Ⅴ514.11) (22) 峰の鹿の音もことさら折知りがほに聞こえはべりて,(Ⅴ515.10)
何が聞こえてきたかに着目すると,(2)(3)(4)(8)(9)(14)(15)は,すべて「鐘の音」で,
巻3までに見られる。巻4以降の旅に出た後では,「鐘の音」は出てこない。
(7)(10)(16)(17)(18)(19)(22)は,「鳥」や「猿」,「虫」,「鹿」など動物の鳴き声,「斧の 音」,「鼻をかむ音」が耳に入っている。 (16)以降は,旅に出た後なので,動物の鳴き声が 聞こえるという描写が増えている。『とはずがたり』は巻3までの宮廷編と,巻4,5の出 家後の紀行編で,内容や表現が大きく異なることが知られているが,「聞こゆ」の対象を調 べるだけでもこのような違いが出る。
①「自然に耳に入る」の意味・用法21例のうち,ここまでの14例は,「音」が聞こえて くるというものであった。
(5)(6)(11)(12)(13)(20)(21)の7例は,聞こえてきたものは,「人の声(同時に発せられ た,その他の音も含まれる)」である。(11)(21)は念仏で,(5)(12)(13)は,「さまざまのこ とども」「人の召す音」「くどきごと」とあり,話している内容まではわからない。会話を受 けていると考えられるのは,(6)(20)の2例のみである。(6)は,会話文を受けて,そのよう に言っているのが聞こえるという意味である。本稿では,(20)も(6)と同様に,「と(言ふ も)聞こゆ」という意味であるとする。次田(1987)のように,「ご様子である」と訳し,次
の②で解釈することも可能である。
3.1.2 ②聞いて,わけがわかる。思われる。
この意味・用法は全55例中,8例で,全体の14.5%である。聞いてそれとわかる,聞い てわけがわかる,という意味である。以下は,その用例である。
(23) 今様を歌はせおはします。いとおもしろく聞こゆるに,(Ⅰ272.10)
(24) 見し夜の夢の後かき絶えたる御日数の御恨みなども,ことわりに聞こえしほどに,
(Ⅰ278.16)
(25) 今日の出御には御座を下ろさるる,ことやうにはべり」と申されしこそ,「優に聞こ ゆ」など,人々申しはべりしか。(Ⅱ295.05)
(26) 泣きみ笑ひみ語らひたまふほどに,明けぬるにやと聞こゆれば,起き別れつつ出づ るに,(Ⅲ368.05)
(27) 大臣の,『わが宿々の千代のかざしに』と詠まれたりしは,ことわりにおもしろく聞 こえしに劣らず」など,沙汰ありしにや。(Ⅲ416.08)
(28) 一院詠ぜさせおはしましたるに,新院・春宮御声加へたるは,なべてにやは聞こえ む。(Ⅲ417.16)
(29) 山内といふ相模殿の山荘へ御入などとて,めでたく聞こゆることどもを見聞くにも,
雲居の昔の御事も思ひ出でられて,あはれなり。(Ⅳ443.13)
(30) 峰の嵐の烈しきにも,煩悩の眠りをおどろかすかと聞こえ,麓に流るる水の音,生 死の垢をすすがるらむなど思ひつづけられて,(Ⅳ454.05)
これらの用例はすべて,何かを聞いて,それについて,どのように思ったかということを 述べている。(23)は,二条が後深草院の今様を聞いて,「おもしろく」思い,(24)は,後深 草院の訪れがないことについて,前斎宮が恨み言を言うのを聞いて,それは道理だと二条 が思った例である。(25)は,後深草院が弟の新院を引き立てようとしたことを聞いた人々 が,それは「優雅だ」と思った例で,(26)は,何を聞いたかは書かれていないが,「夜が明 けたか」と二条が思った例である。(27)は,大臣(藤原実氏)が歌を詠んで,それを聞いて,
人々が道理でおもしろいと思ったという意味で,(28)は,一院(後深草院)の朗詠に,新院
(弟院・亀山院)と春宮が声を加えて,それを聞いた人々が,並一通りではなかったと思っ た例である。(29)は,後深草院の皇子が将軍となり,その儀式の様子を聞いて,「すばらし い」と二条が思ったのである①。(30)は,激しい峰の嵐の音を聞いて,煩悩無明の眠りを覚 ますかと二条が思った例である。
3.1.3 ③間接的に他人から聞く。伝聞する。うわさで聞く。
この意味・用法は,多く,助詞「と」で受けて,世間で人々が言っていることを伝聞した,
あるいは,間接的に他人から聞いたこととして,ある事柄を取り上げることを示す。全用例
55例のうち,18例で,全体の32.7%を占める。現代語訳では,「~ということだ」で多く 訳される。
(31) さきざきの御産もわづらはしき御事なれば,みな肝をつぶして,大法秘法残りなく 行はる。七仏薬師,五壇の御修法,普賢延命,金剛童子,如法愛染王などぞ聞こえし。
(Ⅰ210.13)
(32) 善勝寺の大納言隆顕の卿が姪と申すやらむ。また随分養子と聞こゆれば,御女と申 すべきにや,(Ⅱ287.03)〈会話文〉
(33) 両院御中,快からぬこと,悪しく東ざまに思ひまゐらせたるといふこと聞こえて,
この御所へ,新院御幸あるべしと申さる。(Ⅱ294.05) (34) 御願文,草茂範,清書関白殿と聞えしやらむ(Ⅲ407.10)
(35) 公卿,関白・左右大臣・(中略)・花山院中納言・左衛門督・四条宰相・右兵衛督・
九条侍従三位とぞ聞こえし(Ⅲ413.14)
(36) 飽かずおぼしめさるる御度なれども,春の司召しあるべしとて急がるるとぞ聞こえ はべりし。(Ⅲ416.14)
(37) 妙音堂の御声なごり悲しきままに,御鞠など聞こゆれども,さしも出でぬに,隆良 し,「文」とて持ちて来たり。(Ⅲ418.05)
(38) 内裏よりは頭の大蔵卿忠世参りたりとぞ聞こえし。(Ⅲ422.05)
(39) この度御贈り物は,内の御方へ御琵琶,春宮へ和琴と聞こえしやらむ。(Ⅲ422.06) (40) 春宮大夫の琵琶の賞は為道に譲りて,四位の従上など,あまた聞こえはべりしかど
も,さのみは記すに及ばず。(Ⅲ422.09)
(41) 御道のほども,さこそ露けき御事にてはべらめとと推しはかられたてまつりしに,
御歌などいふことの一つも聞こえざりしぞ,前将軍の,「北野の雪のあさぼらけ」などあ そばされたりし御跡にと,いと口惜しかりし。(Ⅳ439.10)
(42) 足柄山とかやいふ所へ越え行くと聞こえしをぞ,皆人,「余りなること」とは申しは べりし。(Ⅳ440.03)
(43) 照月といふ得選は伊勢の祭主がゆかりあるに,何としてこの浦にあるとは聞こえけ るにか,「院の御所にゆかりある女房のもとより」とて,文あり。(Ⅳ472.04)
(44) 召されて後も,例なき御心まどひ,よその袂も所せきほどに聞こえさせおはしませ ば,心あるも心なきも,袂を絞らぬ人なし。(Ⅴ500.11)
(45) 同じ年,水無月のころにや,法皇御悩みと聞こゆ。(Ⅴ501.11)
(46) 次に,遊義門院の御布施とて,憲基法印の弟,御導師にて,それも御手の裏にと聞 こえし御経こそ,あまたの御事の中に耳に立ちはべりしか。(Ⅴ519.16)
(47) 御悩は常のことなれば,これを限りと思ひまゐらすべきにもあらぬに,かなふまじ き御事にはべりとて,すでに嵯峨殿の御幸と聞こゆ。(Ⅴ521.02)
(48) 御所の御事はいまだ同じさまにうけたまはるも,つひにいかが聞こえさせおはしま さむなどは思ひまゐらせしかども,(Ⅴ521.08)
(44)は,比喩表現を受けているので,解釈が難しい。久保田(1999)は,母(東二条院)の 死が迫った遊義門院の「普通ではないお心まどいのご様子は,他人の袂も涙でいっぱいに なるくらいにお噂申しあげたので,心ある者も心ない者も袂を絞らぬ人はいない」と訳し ており,本稿では,③に分類したが,福田(1978)は,同じ箇所を「傍の(私の)袂も(涙に 濡れて)どうしようもない程に(泣いていらっしゃるのが)聞こえたので,の意」と頭注に 挙げ,①「自然に聞こえる」の意味である。次田(1987)は,「よそながらも堪えがたいほど にお見えになった」とややわかりにくい訳であるが,意味としては②「聞いて思われる」で あると思われる。
この用法については,「言ふ」や「聞く」との関連についても考慮しなければならない。
磯部(2012)には,『とはずがたり』において,「聞く」は全103 例見られ,作者自身が「き く」の動作主体である用例が75例とある。「耳にする」「聞いて知る」意が多く用いられて いるようだが,数値は示されていない②。「聞く」の用例と比較する必要があるが,詳細は 次稿に譲る。
3.1.4 ④言う(㋑申し上げる,㋺お願いを申し上げる,㋩人や立場,呼び名について,~
と申し上げる)
ここでは,「聞こえる」「思われる」「聞く」という意味ではなく,㋑「言ふ」,㋺「願ふ」,
という行為,あるいは,㋩形式化した用法について述べる。
まず,㋑「言ふ」の謙譲語,「申し上げる」の意味・用法である例を挙げる。
(49) 鈍色の几帳取り出だされ,小几帳など立てられたり。「御対面あり」と聞こえしほど に,女房を御使にて,「前斎宮の御渡り,余りにあいなく寂しきやうにはべるに,入らせ たまひて,御物語さぶらへかし」と申されたりしかば,やがて入らせたまひぬ 。(Ⅰ 267.10)
(50) 御物語ありて,神路の山の御物語など,絶え絶え聞こえたまひて,「今宵はいたう更 けはべりぬ。のどかに,明日は嵐の山の禿なる梢どもも御覧じて,御帰りあれ」など申 させたまひて,(Ⅰ268.08)
(51)「これの御隙はいつも,何の蘆分けかあらむ」など聞こゆるよしを伝へ申せば,「端
山繁山の中を分けむなどならば,さもあやにくなる心いられもあるべきに,越え過ぎた る心地して」と仰せありて,(Ⅰ278.07)
(49)は,福田(1978),次田(1987)では,「伺って」,「聞いたが」という現代語訳で,③の意 味・用法である。本稿は,久保田(1999)に従って,二条が後深草院に「申し上げた」意とし ているが,二条が聞いたとする③の意味・用法のほうが適当かもしれない。(50)は,前斎宮 が「神路の山の御物語」を後深草院に申し上げているという例である。(51)は,「暇があれ ば,会いましょう」という後深草院の伝言に対して,「いつも暇だから支障はない」と申し た由を,二条が後深草院に伝えるという意味である。実際に前斎宮(あるいは尼御前)が二
条に「申した」のだが,あとの「よし」の内容を具体的に説明する形式的な用法と解釈でき ないこともない。(50)以外は,別の解釈もありえるので,『とはずがたり』においては,「申 し上げる」の意味ではほとんど使用されないと言ってよい。
次に,㋺「願ふ」の謙譲語,「お願い申し上げる」の例である。
(52) 子さへ今一人添ひてひしめくほどに,寝ぬべきほどもなきに,聞こゆる物ども出で
来たりとおぼしくて,(Ⅰ242.08)
「言っておいた」物,すなわち「白酒」が出てきたのであるが,白酒を出すように言って おいたということは,すなわち,お願いした,望んだという意味となる。
最後に,人や立場,呼び名について,「~と申し上げる」という形式化した用法について 述べる。
(53)「いかなる隙にても,おぼしめし立て」など申されたりしを,御養ひ母と聞こえし
尼御前,やがて聞かれたりけるとて,参りたれば,(Ⅰ278.02)
(54) 彼の准后と聞こゆるは,西園寺の太政大臣実氏公の家,大宮院・東二条院御母,一
院・新院御祖母,内・春宮御曾祖母なれば,(Ⅲ408.03)
岡崎(1964)では,『栄花物語』正篇・続篇を資料として,官位・身分・人名を承ける場合 の「申す」「聞こえさす」「聞こゆ」について,調査し,次のように述べている。
『栄花物語』正篇・続篇における「謙遜語『申す』『聞えさす』『聞ゆ』の本質的差異は 謙遜意の強弱にある。但し,謙遜意は,『申す』が最も強く,『聞えさす』がこれに次ぎ,
『聞ゆ』が最も弱い③。」
『とはずがたり』において,この意味・用法は2例しかないため,待遇性については触れ ないが,用例数が少ないながらも,この意味・用法を使用していることは着目すべきであ る。
3.1.5 ⑤連語(世に聞こゆ)
これまでに挙げた意味・用法に分類するならば,③「間接的に他人から聞く。伝聞する。
うわさで聞く」である。「世に聞こゆ」で世間に知られる,世間に洩れるという意味になる。
(55)「あらぬさまなる朝帰りとや,世に聞こえむ」など言ひて帰るさの,なごりも多き心 地して,(Ⅰ234.05)
(56)待つ宵には更けゆく鐘に音を添へて,待ちつけて後は,また世にや聞こえむと苦し み,(Ⅰ261.01)
3.1.6 「聞こえさす」「聞こえなす」「聞こえ」
「聞こえさす」1例,「聞こえなす」1例,「聞こえ」5例について述べる。(57)「聞こえ さす」は,「申し上げる」の意味である。(58)の「聞こえなす」は,「(ありのままでなく,
あれこれと)うわさ申し上げる」の意味,(59)から(63)の「聞こえ」5例はすべて,「世間 の評判・うわさ」の意味で,(62)以外の4例は「世の」が前につく。
(57)「思ひ消えなむ夕煙,一方にいつしかなびきぬと知られむも,あまり色なくや」など
思ひわづらひて,つゆの御答へも聞こえさせぬほどに,今宵はうたて情けなくのみあた りたまひて,薄き衣はいたくほころびてけるにや,残る方なくなりゆくにも,(Ⅰ204.12) (58) 心知る稚児一人よりほかは知らぬを,わが宿所にてもいかが聞こえなすらむと思ふ
も,胸騒がしけれども,(Ⅲ385.09)
(59) 夜な夜なは隔てなくといふばかり通ひたまふも,いつとなく世の聞こえやとのみ,
我も人も思ひたるも,心の隙なし。(Ⅰ260.04)
(60) いとあさましければ,行きても訪ひたけれども,世の聞こえむつかしくて ,(Ⅱ 326.03)
(61) 供なる侍が乗りたる馬を取りて,これより神馬に参らせて,わが身は昼は世の聞こ えむつかしくて,上の醍醐に知るゆかりある僧房へぞ立ち入りける。(Ⅱ330.01) (62) 能説の聞こえある聖なればにや,ことさら聞く所ありしも,(Ⅲ392.14)
(63) 家に伝へたる宝,世に聞こえある名馬まで,霊社,霊仏にたてまつる,(Ⅳ435.01) (57)は,作者二条が御深草院に迫られて,思い悩んで少しの返事も申し上げないうちに,
院に従うことになる場面である。
3.2 「言ふ」「申す」「聞こゆ」「奏す」
3.2.1 「言ふ」「申す」「聞こゆ」
『とはずがたり』における本動詞「言ふ」「申す」「聞こゆ」の用例数は,「言ふ」464例,
「申す」354例,「聞こゆ」55例である。「言ふ」は,基本動詞であるため,使用例が最も多 い。「申す」と「聞こゆ」の出現頻度は,6.4対1で,「申す」の方が高い。
これらの用例のうち,「言葉を発する」の意味で用いられているのは,「言ふ」217例,「申 す」214例,「聞こゆ」は最大3例,「聞こえさす」1例であり,『とはずがたり』において,
「言葉を発する」の意味・用法では,「聞こゆ」はほとんど用いられず,「言ふ」「申す」が その役割を担っていると言ってよい。
穐田(1965)は,「申す」と「聞こゆ」について,次のように述べている。
敬語「聞ゆ」「聞えさす」は,中世に及んでその地位を「申す」に譲ったと言われる。
(中略)中世,それも鎌倉時代とよばれる頃の,これらの敬語の使用状況は,たしか に,「申す」主・専用の文献が,きわめて広い範囲にわたっているのに対して,「聞ゆ」
主用のそれは,ごく狭い範囲に限られている。「聞えさす」にいたっては,さらにその 範囲が狭い。(中略)。「申す」に対する「聞ゆ」の度数の多いのは,主として,〈かな文 体〉系の作り物語や日記の類に限られている。そうして,(A)〈記録体〉〈候文体〉系の 日記,公文書,書札の類をはじめとして,〈かな文体〉系のものでも(B)歌論歌話の類,
(C)説話集,(D)軍記物語,(E)法然・親鸞・日蓮ら,宗教家の文章や書簡など,いずれ も「申す」専用ないしは主用である。この状況からすれば,たしかに,「聞ゆ」「聞えさ す」に対する「申す」の優勢は,もはや決定的な段階に達している,と見える。
しかし,『源氏物語』においても,両語の使い分けの諸要素④があることから,ただちに
結論づけることはできないとし,両者の度数分布の一部を示している〈表A〉。その上で,
鎌倉期の「聞ゆ」の〈かな文体〉系の物語・日記類への偏向は,『源氏物語』の頃の特徴と 同じでないことを指摘し,『源氏物語』においては,「当時代的なかたより」であるのに対し て,鎌倉期の偏向は,「作品としても言語としても『擬古的』とされている文献に,より多 くかたよっている」ことを指摘している。つまり,「聞ゆ」は「前時代語的,文語的な性質」
「雅語的な性質」をもつということである。ここで,穐田(1965)の表を見てみる。表には,
前時代のも併示してある。以下,穐田(1965)の引用である。(引)は筆者挿入。
(引1)前記の文献(D)(E)をはじめとする,この期の多数の「申す」専用文献は掲げない。
(引2)「表」中の太字の数字は,両者の百分率による相対度数で,細字の数字が実際の使 用度数。ただし,〈ニ格〉の用法(~ニ言ウの意の用法)と〈補助(動詞)〉用法のみ。
(引3)「申す」が専用される対「神仏」の例・「被支配待遇」の例や,表現主体の定まり
にくい「心」「二重会話」の例は除いた。相互の対比を端的にする為であり,かつ,
論旨を左右する事がなかったからである。なお,これは,特に言及しない限り,本稿 全体を通しての処置である。
(引4)資料の名称のうち略称は次の通り。
右京(建礼門院右京大夫集)・阿仏尼(十六夜日記・うたたね)・栄花正(栄花物語正 篇)・栄花続(同続篇)・古説話(古本説話集)・今昔(今昔物語)・宇治拾(宇治拾遺 物語)。(以下,略)
穐田(1965)の調査方法と本稿のそれが異なるため,「申す」については,参考程度に見る しかできないが,「申す」は,地の文に163例,対話(手紙含む)に51例見られる。ただ し, (引3)を考慮していないのと,補助動詞を含んでいないので,あくまでも参考値であ る。「聞こゆ」については,〈ニ格〉の用法(~ニ言ウの意の用法)と〈補助(動詞)〉用法 のみは,それぞれ最大3例と補助動詞1例,合計4例のみで,すべて地の文に見られる。
つまり,「聞こゆ」は,「申す」に〈ニ格〉の用法(~ニ言ウの意の用法)と〈補助(動詞)〉 用法の座を渡し,ほとんど使用されていないと言ってよい。
〈表A〉を見ると,『源氏物語』において,「聞こゆ」が地の文でも対話でも,「申す」と 比較すると,約9対1の大きさで使用されていることがわかる。『とはずがたり』の作者二 条は,『源氏物語』を敬愛し,その影響は随所に見られるが,〈ニ格〉の用法(~ニ言ウの意 の用法)と〈補助(動詞)〉用法における「聞こゆ」の使用頻度は非常に低く,『源氏物語』
における「聞こゆ」の使用頻度とは随分異なる。
『とはずがたり』は,鎌倉時代末期成立で,文学のジャンルとしては,日記文学に位置づ けられるが,「申す」と「聞こゆ」の用例数から見るとどのようなことが言えるだろうか。
なお,本稿では,『とはずがたり』が日記か物語かという問題には触れない。
『とはずがたり』では,〈ニ格〉の用法(~ニ言ウの意の用法)と〈補助(動詞)〉用法で ある「聞こゆ」は,ほとんど使用されないが,『夜の寝覚』『小夜衣』といった物語,阿仏尼 の日記(十六夜日記・うたたね)では,「聞こゆ」を使用している。阿仏尼の日記は,「申す」
「聞こゆ」の使用例が少ないので,参考にとどめる。
「聞こゆ」を使用していないのは,『今昔物語集』や『宇治拾遺物語』といった説話であ る。『とはずがたり』における「聞こゆ」の使用状況は,物語よりも説話に近いと言える。
標(2008)は,『とはずがたり』の文学史的位置づけを,(1)専攻文学の受容と後代への影 響,(2)同時代文学の中での位置,(3)女流日記文学の中での位置と3つに分けて,これ までの研究史をまとめている。
(1)『源氏物語』『伊勢物語』『狭衣物語』,『夜の寝覚⑤』から,影響を受け,『増鏡』
に影響を与えた。
(2)当時の物語群とも密接な関係を持ち,作者がその手法や表現を意識的に模倣し た⑥。
(3)記録に戻り文学性を失ってしまった中世日記文学であったが,自照を獲得して 文学的創造性を取り戻す姿を『とはずがたり』の中に見る⑦。
〈表A〉穐田(1965)による
作品間の影響関係を述べ ることは非常に難しく,語一 つの観点からは,述べること はできないが,調査結果とし て,「聞こゆ」(〈ニ格〉の用 法(~ニ言ウの意の用法)と
〈補助(動詞)〉用法)に関 しては,『とはずがたり』に おいて,ほとんど用いられず,
影響を受けたとされる文学 とは異なる結果が得られた。
穐田(1965)でも,〈かな文体〉
系の作り物語や日記の類に 限り,「聞こゆ」の使用頻度 が高いと述べられているこ とを既に書いたが,『とはず がたり』は,それらに属する 作品であるにも関わらず,
「聞こゆ」の使用頻度は低い。
しかし,全く使用されていないわけではない。『とはずがたり』は日記文学であるが,全体 的に「擬古的」な文献ではない。「聞こゆ」を要所要所に使用することによって,出来事,
場面を,穐田(1965)の言う,「前時代語的,文語的」「雅語的」に描写することに成功してい るのではないかと思われる⑧。
地 対話
申す 聞ゆ 申す 聞ゆ 源氏 7 161 9 3 2082 9 66 9 1 670 寝覚 2 1 62 7 9 230 2 8 33 7 2 86 小夜衣 4 1 60 5 9 86 3 3 27 6 7 56
右京 7 6 26 2 4 8 8 9 8 1 1 1
阿仏尼 1 6 3 8 4 16
無名抄 1 00 5 0 0 8 0 12 2 0 3 栄花正 3 0 268 7 0 618 5 0 26 5 0 26 栄花続 6 2 117 3 8 72
大鏡 8 1 192 1 9 44 7 8 36 2 2 10 今鏡 8 7 212 1 3 31 9 4 33 6 2
古説話 9 4 34 6 2 100 9 0 0
今昔 1 00 252 0 1 8 9 204 1 1 38 宇治拾 1 00 137 0 0 9 5 110 5 6 十訓抄 9 3 172 7 13 9 0 45 1 0 5 発心集 5 3 25 4 7 22 8 0 47 2 0 12 閑居友 5 0 4 5 0 4 5 3 10 4 7 9
3.2.2 「奏す」
参考に,『とはずがたり』において,「奏す」は14例見られる。(「啓す」は使用例がない。) そのうち,「申し上げる」の意味で使用されているのは,7例,「音楽を演奏する。舞楽をす る。」の意味で使用されているのも7例である。以下,「申し上げる」の意味で用いられてい る用例のみを挙げる。
(64) やがて御占あり,法皇の御方の御魂のよし,奏し申す。(Ⅰ213.14)
(65) 「今は狩の衣を引き掛くるほどの力もはべらねば,見えたてまつるまでは思ひより はべらず。かく入りおはしましたるとうけたまはるなむ,今はこの世の思ひ出でなる」
よしを,奏し申さるるほどなく,やがて引き開けて入らせたまふほどに,(Ⅰ224.04) (66)「(略)悲しさもあはれさも,言はむ方なくはべる」よし,泣く泣く奏せらるれば,
「ほどなき袖を,我のみこそ。真の道の障りなく」など,こまやかに仰せありて,(Ⅰ 224.15)
(67) 「余りに心地わびしくて,この暁はやおろしたまひぬ。女にてなどは見え分くほど にはべりつるを」など奏しける。(Ⅰ259.14)
(68) 御主も小几帳引き寄せて,御殿籠りたるなりけり。近く参りて,事のやう奏すれば,
御顔うち赤めて,いと物ものたまはず,(Ⅰ269.06)
(69) 「はや参りぬ」と奏せしかば,御所は菊を織りたる薄色の御直衣に御大口にて,入 らせたまふ。(Ⅱ304.15)
(70)「(略)常に局がちなるは,いづれの方ざまに引く心にか」など仰せらるるも,例の とむつかしきに,有明の月御参りのよし奏す。(Ⅲ352.01)
(64)は,人魂が出たので,陰陽師が占い,後嵯峨法皇の魂が抜け出たものと報告したと いう意味である。のち,このことが原因で御嵯峨法皇の発病につながると考えら れる。
(65)(66)は二条の父大納言の死が近づいている際,後深草院を大納言を見舞った場面であ る。大納言は後深草院に感謝や二条の不憫さを申し上げるのである。(68)は二条が前斎宮 に,(69)は二条が後深草院に申し上げる意味である。(68)は前斎宮,(69)は「玉川の里」と 言われる女性に後深草院が興味を示したため,二条が恋の手引きをさせられる場面である。
(70)は,「最近,局にこもりがちなのは,どこの男に心ひかれているからか」と後深草院に
嫌味を言われた二条が,いつもの癖が始まったと煩わしいと思っていたときに,「有明の月」
が参上されたと奏聞があるという意味である。「御嵯峨法皇」に1例,「前斎宮」に1例,「後 深草院」に5例,「申し上げる」の意味であるが,いずれも「死」「恋愛沙汰」が関係してい る。『とはずがたり』においては,「申し上げる」の意味では,主に「申す」が使用される。
また,敬語を用いるべき相手であっても,無敬語表現である「言ふ」を使用することもあ る⑨。その中で,「奏す」を限られた相手,限られた場面において,使用することによって,
「聞こゆ」と同じく「前時代語的,文語的」「雅語的」な効果をあげているのかもしれない。
3.2.3 伝聞用法
最後に,「言ふ」「申す」「聞こゆ」において,多く助詞「と」で受けて,世間で人々が言
っていることを伝聞した,あるいは,間接的に他人から聞いたこととして,ある事柄を取り 上げることを示す意味・用法について簡単に述べる。本稿では,待遇性については,考察し なかったが,同じ意味・用法でも対象の人物によって,用いる語が異なることについて触れ ておきたい。伝聞用法は「言ふ」10例,「申す」11例,「聞こゆ」18例である。すべての用 例を見ることはせず,「~が病気である」ということをうわさで聞くという場面の用例のみ を以下に挙げる。
(71)かくて,長月のころにや,法皇御悩みと言ふ。腫るる御事にて,御灸いしいしとひし めきけれども,さしたる御験もなく,日々に重る御気色のみありとて,年も暮れぬ。(Ⅰ 213.16)
(72)都の方のことなど聞くほどに,睦月の初めつ方にや,東二条院御悩みと言ふ 。(Ⅴ
499.02)
(73)同じ年,水無月のころにや,法皇御悩みと聞こゆ。(Ⅴ501.11)
(74)御瘧心地など申せば,人知れず,今や落ちさせおはしましぬとうけたまはると思ふ ほどに,(Ⅴ501.11)
(75)このほどよりや,また法皇御悩みといふことあり。さのみうちつづかせおはします べきにもあらず,御悩は常のことなれば,これを限りと思ひまゐらすべきにもあらぬに,
かなふまじき御事にはべりとて,すでに嵯峨殿の御幸と聞こゆ。(Ⅴ521.02)
(71)は,後深草院,亀山院の父である後嵯峨法皇,(72)は二条の恋敵であった中宮・東
二条院が病気であると知った場面であるが,ともに,「言ふ」を用いている。それに対し,
(73)は後深草院の発病を知る場面であるが,ここでは「聞こゆ」を用いている。さらに,
(74)は(73)に続く文であるが,病が「瘧の病気」だと聞いたのでという意味で,「申す」
を用いている。(75)は,亀山院が病気であると知った場面であるが,「御悩みといふこと あり」とあり,「ご病気という噂があった」という意味で,客観的な事実のみを述べた描 写となっている。続く文では,「嵯峨殿の御幸と聞こゆ」とあり,病気ではなく,嵯峨殿 に御幸したという噂を聞いたことは,「聞こゆ」を用いている。
御嵯峨法皇以外の東二条院,後深草院,亀山院の発病の話は,すべて巻5に見られる が,後深草院の発病に際してのみ,「聞こゆ」「申す」を用いているのが興味深い。後深草 院に対しては,畏敬・敬愛の念が強かったからこそ,「聞こゆ」「申す」を用いたのだろう。
待遇性については,さらに検討すべきことが多いので,本稿では,人物によって,病気で あることを知ったときの語を二条が使い分けていることを指摘するにとどめる。
4.おわりに
以下,本稿で明らかになったことをまとめる。
① 補助動詞「聞こゆ」は1例のみである。二条と何かあったと思われる亀山院が,後深草
院を起こす場面で使用されている。
② 本動詞「聞こゆ」は55例見られる。最も多く用いられる意味・用法は,「自然に耳に入 る」で21例(38.2%)である。
③ 「聞いて,わけがわかる。思われる」の意味・用法は,8例(14.5%)である。
④ 「間接的に他人から聞く。伝聞する。うわさで聞く」の意味・用法は,18例(32.7%)
である。現代語訳では,「~ということだ」で多く訳される。
⑤ ㋑「言ふ」,㋺「願ふ」,という行為,あるいは,㋩形式化した用法は,それぞれ3例,
1例,2例である。
⑥ 連語「世に聞こゆ」が2例見られる。
⑦ 「聞こえさす」は「申し上げる」の意味で1例,「聞こえなす」は,「(ありのままでな く,あれこれと)うわさ申し上げる」の意味で1例見られる。「聞こえ」5例はすべて,
「世間の評判・うわさ」の意味で,「聞こえ」の前に「世の」の付く例が4例見られる。
⑧ 「奏す」は全14例のうち,「申し上げる」の意味が7例,「音楽を演奏する。舞楽をす る。」の意味で使用されているのが7例である。
⑨ 『とはずがたり』において,「聞こゆ」の使用例は,「申す」に比して,1対6.4で少な い。「申し上げる」の意味では3例しか用いられず,補助動詞としては1例のみである。
「聞こゆ」は待遇性も有しているが,それよりもむしろ,「前時代語的,文語的な性質」
「雅語的な性質」といった面のほうが強いと思われる。「聞こゆ」を限定的に使用する ことによって,出来事,場面を「前時代的」「文語的」「雅語的」に描写することに成功 しているのではないだろうか。
今後,「聞く」「うけたまはる」「見る」「見ゆ」など,類語の調査をして,意味の重なり,
またその使い分けについて,明らかにしなければならない。また,本稿でも待遇性につい て,考察を深めることができなかった。今後の課題である。
【参考辞書】
大野晋編(2011)『古典基礎語辞典』角川学芸出版
中村幸彦,岡見正雄,阪倉篤義編(1982)『角川古語大辞典』角川書店 日本国語大辞典第二版編集委員会『日本国語大辞典』第2版(2000) 小学館 室町時代語辞典編修委員会(2000)『時代別国語大辞典』室町時代編 三省堂
【参考文献】
穐田定樹(1962)「『申す』と『聞ゆ』―源氏物語・枕草子を資料として―」『国語国文』31(11) 穐田定樹(1965)「続『申す』と『聞ゆ』―源氏物語以後―」『国語国文』34(9)
磯部佳宏(2012)「『とはずがたり』における動詞「聞く」の意味用法」『山口大学文学会誌』62 入江さやか(2013)「『とはずがたり』における「言ふ」の意味・用法」『同志社国文学』第78号 入江さやか(2014)「『とはずがたり』における「申す」の意味・用法」『同志社国文学』第81号
岡崎正継(1964)「『申す』『聞えさす』『聞ゆ』―官位・身分・人名を承ける場合について―」『季刊文学・
語学』(32)
久保田淳校注・訳(1999)『新編日本古典文学全集47 建礼門院右京大夫集 とはずがたり』小学館 標 宮子(2008)『とはずがたりの表現と心―「問ふにつらさ」から「問はず語り」へ』聖学院大学出版
会
次田香澄(1987)『とはずがたり(上)(下)全訳注』講談社学術文庫
鈴木裕史(1991)「『とはずがたり』の尊敬表現―構文要素別敬語使用率の観点から―」『国学院雑誌』92
(9)
辻村敏樹編(1992)『とはずがたり総索引』【自立語篇】笠間索引叢刊99 笠間書院 辻本裕成(1989)「同時代文学の中の『とはずがたり』」『国語国文』58(1) 福田秀一校注(1978)『とはずがたり』新潮日本古典集成 新潮社 松本寧至(1983)『中世女流日記文学の研究』明治書院
① 久保田(1999)では,「すばらしいことと噂しているのを」と訳しているが,次田(1987)では,「めで たく聞こえることを」と訳している。本稿では,「うわさしている」ではなく,二条が聞いたことを
「めでたく」思ったと解釈する。引用の直前箇所に「御馬引かれなどする儀式,めでたく見ゆ。」と あるので,それと対応していると考える。
② 論点は,「きく」が単独で,「訊く。質問する」の意味を持つかどうかで,そのように考えられそう
な例が4例のみとし,「たづぬ」「とふ」との比較を通して,「きく」単独では,「訊く。質問する」の 意味を「十分には持ち得ていなかったのではないか」と結論づけている。
③ 岡崎(1964)に,正篇において,「聞こゆ」は,「上位の帝~后の用例がなく,使用範囲は下位者に偏
してゐる。」と指摘する。続篇においても同様の傾向を見せる。
④ 穐田(1962)で,使い分けの諸要素を(一)為手受手の立場〔Ⅰ〕「身分差」〔Ⅱ〕「公と私・親と
疎」(二)行為(三)行為の場面(四)話手聞手の立場に分けて説明している。
⑤松本(1983) 「とはずがたりの研究 源泉と影響『夜の寝覚』と『とはずがたり』」『中世女流日記文 学の研究』で,『夜の寝覚』の心理描写が『とはずがたり』の構想に影響を与えていることが指摘さ れている。
⑥ 辻本(1989)
⑦ 松本(1983)
⑧唯一の補助動詞として使用される「聞こゆ」は(1)のみであることは既に述べた。ここに再掲する。
(1)明け方近くなれば,御そばへ帰り入らせたまひて,おどろかし聞こえたまふにぞ,初めておど ろきたまひぬる。(Ⅲ.378.07)
これは,亀山院に誘惑された後の描写である。この場面で,唯一,補助動詞として「聞こゆ」を用い ることによって,「前時代語的,文語的な性質」「雅語的な性質」である雅な雰囲気を出そうとしたの か,あるいは,それによって却って滑稽味が加わり,自虐的な表現になっているのか,どちらかであろ う。
⑨ 鈴木(1991)
【付記】本稿は2010~12年度科学研究費補助金による基盤研究(C)「とはずがたり全用語全事例辞典 の作成にかかる基礎的研究」(研究代表者 石井久雄,研究課題番号 JSPS 22520478)の成果の一部であ る。