の中間管理職』
著者 中川 学
出版者 法政大学史学会
雑誌名 法政史学
巻 63
ページ 51‑54
発行年 2005‑03‑24
URL http://hdl.handle.net/10114/10826
本書は、法政大学大学院博士後期過程を修了され、現在も通信教育部で教鞭をとっておられる著者が、これまでの研究をもとに上梓した一冊である。著者は、卒業論文の執筆に始まり、以後一貫して江戸幕府代官や幕領支配に関する研究を続けている。そして近年では、その成果も、「幕領陣屋と代官支配」(岩田書院、一九九八年)、「江戸幕府代官履歴辞典」(岩田書院、二○○一年)として連続的にまとめられ、このたび出版された本書で第三作を数える。さて、代官といえば、われわれ日本人の多くは、|定のイメージを共有している。貧欲でずる賢く、弱い者いじめをするというイメージ、それがもっとも一般化した代官イメージであろう。著者が言うように、かの著名な時代劇「水戸黄門」の影響力は絶大で、一定の代官イメージの形成とその共有という今日の状況は、このテレビ番組によって生み出されたといっても過言ではないかもしれない。ところで、お茶の間にとって馴じみ深い存在になりながら、わ 西沢淳男著
『代官の日常生活 I江戸の中間管理職l』
〈書評と紹介〉書評と紹介 中山学 れわれは、代官というものについてどこまで理解しているだろうか。実は、代官その人や幕領支配の実態を探ろうとすれば、不明な点が意外に多いことに気づかされ、その実像を描き出すことの容易ならざることを知る。その意味で、著者の研究の多くは、非常に貴重なものであり、日ごろから学ばされることが多い。本書は、広く一般読者層をも対象として上梓された一冊であるだけに、専門の研究書とは趣を異にし、楽しみながら気軽に読みすすめることができる。ただし、その一文一文は、著者の努力のひだ一枚一枚の中から紡ぎだされたものであり、深く様々な形で思考を刺激してくれる好著に仕上がっている。本書の目的は、メディアを通して現代のわれわれが広く共有することになった一定のイメージを取り払い、代官たちの真の姿を明らかにすることに置かれている。実像を明らかにするl歴史研究において実は最も努力を要するそのお仕事について、拙文ながらここに紹介させていただこうと思う。本書の構成は、次のとおりである。序章代官の虚像と実像第一章代官という仕事1地方と公事方l代官の基本業務2幕府官僚世界のなかの代官3布衣をめざす代官4代官に就職するということ5ノンキャリアから勘定奉行へ6世襲をする代官
五
一
第二章代官から見た幕政改革1江戸幕府成立と代官2将軍綱吉期の「賞罰厳明」策3享保の改革4寛政の改革5天保の改革6代官たちの明治維新第三章代官の転勤人生1奉職と赴任2赴任の旅3陣屋での暮らし第四章江戸の代官1江戸の勤務形態2交遊する代官たち3代官の経済第五章代官たちの危機管理1下僚に悩まされる代官2大地震が発生したとき3転勤拒否終章したたかな百姓と代官以下、章立てに従い内容を紹介させて頂くことにしたい。序章は、著者の執筆目的が明確に述べられた箇所で、「イメージとして形づけられた「悪代官像臣の見直しが企図されていることを知る。 法政史学第六十三号
第一章は、六節に分けられており、総じて代官とはいったいいかなる役職なのかについて詳しく説明されている。ここでは、代官の基本業務内容についての紹介に始まり、幕府官僚世界におけるその位置が、詳細な出世コースの分析ともども確認されているわけだが、今日の官僚制におきかえながら代官の位置づけを説明する手法などはl江戸時代と現代における官僚観権力観の相違などについて特に問題にすれば別だろうが1.うまく理解を助けてくれる。代官が、幕府官僚世界における最低位の役職として、立場的にも経済的にも、実は非常に厳しい位置に置かれていたことを明らかにしている。第二章は、第一章同様に六節から成り、幕府政治の展開過程との関連で代官理解を深めようとしている。特に江戸時代の政治的画期として理解される場合の多い三大改革との絡みを中心に考察しており、代官の性格の時代的変化、幕府官僚体系の形成過程との関係などについては非常につかみやすい。また、江戸幕府の末端支配を担う存在であるだけに、代官の性格変化などに関する叙述は.江戸幕府の支配様式l支配の仕方Iの大きなうねりについて考える上で示唆的である。第三章は、第一章・第二章とは趣を変え、代官の日常の風景をその具体相にそって明らかにする試みである。具体的には、奉職し赴任するまでの過程と、着陣後の消費生活や年貢収納任務などについて、代官を受け入れる側Ⅱ地域との関わりを視野に入れつつ明らかにしている。私自身、これまであまり意識せずにいたが、代官の転勤回数が
非常に多く、遠隔地へさへ赴任するという事実には改めて注目したい。指令に基づく異動により、気候も風土も、そして社会慣行の面でも相違する任地間を異動することに注視するならば、そうした不案内者を配置しても支配が成立しうる社会的・政治的な仕組みについての関心はおのずと高まる。著者自身、本書の中で何度も繰り返し述べるように、有能な下僚の存在は、代官の幕領支配を補完する意味で重要であったが、意味づけは、その点にのみ集約されるものではなさそうである。封建制末期の国家Ⅱ絶対主義国家の支配体制を理解する上で、下僚の存在とその機能は、研究上無視しえぬ位置にある。代官の実像を描き出すという本書の目的からすればかなりズレた感想になるが、具体相を明らかにする本書の試みは、例えばこうした形のものを含めて、強く読者の思考にはたらきかけを寄せてくれると言いたい。物事の具体相から組み上げてくる歴史は、臨場感があり、その分、想像力を刺激してくれる。第四章も、前章にひき続き代官の日常を明らかにする試みである。ただし、本章では、前章と異なり江戸居住の代官たちが問題にされている。ここでは、贈答儀礼、代官相互の交流状況、「代官の経済」Ⅱ財政状況と副業としての町屋経営などについて詳しく明かされ、いわば官僚社会の内奥を覗かせてくれるといった内容である。著者は直接ふれることはしないが、本章は、徳川の城下町Ⅱ江戸が、権力の都市として生々しくあったことをも教えてくれ興味深い。第五章は、官僚機構の末端に位置する代官ならではの立場から
書評と紹介 する危機管理について述べられている。幕領支配を安定的に行うために、代官たちがいかなる配慮をもって代官業務をこなしていたかが忠実に描き出されている。総じて儀礼行為の反復に日を明かすイメージの強い代官らも、下僚の人事や災害という現実を前に常にその対応力が問われていたし、時代の流れにあわせて身を処すことのできる鋭敏な政治感覚をもたねばならなかったことなど、個人としての代官像を明らかにしている。終章では、著者の代官理解がまとめられている。それによれば、代官は、幕府の政策に呼応する形で、江戸時代中期までの技術官僚的性格から次第に事務官的性格へと移行し、彼らに対する評価もそうした性格変容に基づいて変化した。また、代官に対する社会の側の評価は様々で一様ではないこと、百姓との関わりの中で評価決定される場面も多々あったことが理解される。さて、本書の構成は右に記したとおりである。内容に基づき、私なりの評を述べることにしたい。本書は、現存の代官の日記をはじめとする様々な史料から、数々のエピソードをありのまま豊富に紹介することで代官の実態に迫ろうとするものである。著者は、史料に対して常に忠実であり、そこに余計な解釈を加えようとはしない。その分、史料の書き手自身が直接実態を語るにひとしく、「イメージとして形づけられた「悪代官像」」を修正するに十分な歴史像が提示されているといえる。ただし、本書に対し、意見がないわけでもない。著者は、代官の漸次的な性格変容についてふれ、代官が、中世以来の既得権益をもつ在地固定型の土豪的存在から、将軍権力の
五
意志を直接反映する派遣型の封建官僚へと移行したとする。この代官の性格変容に関する著者の見解は確かに首肯できる。しかし一方で、そうした性格変容をもたらした本質的原因を、幕府財政の問題にのみ一元化して説明するきらいがある。これでは、勘定所機構の構造改革という幕政の一局面を捉える上で十分ではあっても、幕府の行政指向全体との連関が見えてこない。実際、幕府の職制は、天文方の創出や儒官・医官の分化などにもみられるように、財政問題と直接に関わらない職域での変化も同時代的に確認しえ、代官の性格変容についても、こうした専門分化の波の中で捉えなおす必要がある。「地方巧者Ⅱテクノクラート」という性格から事務官的性格へと移行したという、単線的な変化の把握法は、今や有効でないだろう。むしろ複数の役割を混然と内在化させている初期的段階からの変容過程を、幕府職制全体の動きと関わらせながら把握するほうがより実態的ではなかろうか。さて最後に、もう一つだけ感想を加えて終わりとしたい。本書は、先にも紹介したとおり、代官Ⅱ「悪代官」という固定したイメージの修正を一つの目的としている。だが、そうしたイメージがどのような経過をたどって形成・定着した6のかについては詳しい説明がない。歴史的な対象に対する一定のイメージの形成・共有が、どのような社会状況のなかでいかに生み出され、そして、その力を強めるのはどのような状況下においてなのかという問題は、本書の趣旨とするところでないからである。しかし、人々の歴史認識またはイメージ形成のメカニズムや、その一般化を支えるテクノロジーのありようが具体的に理解ざ 法政史学第六十三号
れ、かつ歴史認識と歴史の実態との距離感を自覚することで、改めて読者は、自らの歴史認識のありようを振り返る地点に立とうとするのではなかろうか。歴史的な対象に対する誤ったイメージを修正することも必要だが、同時に、自らの歴史認識のありようを客観視できるような工夫があればより効果的であったろう。繰り返しになるが、これは、本書の目的からすればかなりはずれた意見である。ただ、様々なメディアを通して毎日のように何かを「見させられている」自分がここにあり、少し突っ込んで考えさせられた次第である。今後の著者の見解を、心待ちにしている。以上、本書の内容を、感想を交えながらまとめてみた。本来ならば、各章の内容を整理・要約し、そこで何が言及されているかなどを紹介した上で私評へと移るのが筋だったが、本書は、多くの興味深いエピソードを編み合わせる形で構成されており、紙数の都合上それらをすべて一括するのは困難であった。言い訳がましいようだが、専門書を対象とする書評形式を採用しなかった理由である。本書に編み込まれた数々のエピソードは、これから読まれる読者の楽しみとしてとっておきたい。さて、もとより門外漢の発言であった。著者の思いをどこまで汲み取ることができたかどうか少々不安でもある。様々な工夫をもって代官の実像に迫ろうとする本書に刺激された者の勝手な発言としてご容赦いただければ幸いである。〔A5判、二四六頁、’六八○円、講談社、二○○四年十一月刊〕