益向上の視点から
著者 鹿野 嘉昭
雑誌名 經濟學論叢
巻 60
号 1
ページ 55‑79
発行年 2008‑07‑20
権利 同志社大學經濟學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012345
【論 説】
金融システムの進化と市場型間接金融
*―消費者利益向上の視点から―
鹿 野 嘉 昭
は じ め に
金融とは,最終的な借り手が最終的な貸し手に対して借用証書,社債や株 式という本源的証券を発行して資金を調達することをいう.その際,資金融 通にかかわる取引仕法は,最終的な借り手が最終的な貸し手から資金を調達 する直接金融と,両者の間に銀行等の金融仲介機関が介在する間接金融に大 別される.間接金融の場合,金融仲介機関が資産変換を通じて貸し手と借り 手のニーズを満たすよう行動するところに特色があるとされる.
こうした資金の融通に対し政府では,取引の安全性確保などを狙いとして 各種の規制を課している.この政府規制の束や民間部門が策定した取引ルー ルにより規定された金融取引にかかわる枠組みのことを一般に,金融制度と いう.金融制度のありようは,「一国経済の歴史的所産」と称されるように各 国ごとに区々となっているが,政府規制の相違を反映して,間接金融が主体 となっている銀行型制度と直接金融が圧倒的な比重を占める資本市場型制度 に大別される.そして現在,金融制度はグローバル化,情報化に伴う規制緩
* 本論文は2007年9月に同志社大学において開催された日本金融学会2007年度秋季大会での 共通論題報告を討論者等との意見交換を踏まえて加筆・修正したものである.本論文を完成さ せるに際しては,野間敏克,植田宏文両教授のほか,共通論題の司会者となった池尾和人(慶 應義塾大学)教授,報告者である高田創(みずほ証券),小足一寿(住友信託銀行)両氏から貴 重な意見や示唆を頂戴したことを記して感謝したい.いうまでもなく,ありうべき誤解や誤り はすべて筆者の責に帰す.なお,本論文の作成に際しては,平成19年度私立大学等経常費補助 金特別補助高度化推進特別経費大学院重点特別経費(研究科分)からの研究補助を得た.
和の進展を背景として,資本市場型に進化・収斂するという捉え方が定着し ている1).
その一方,日本では近年,市場型間接金融という考え方が注目を集めてい る.この概念はもともと,故蝋山昌一教授により金融取引区分にかかわる一 類型として提唱されたものであり(蝋山(1982)),間接金融のうち「金融機関 がつなぐ片側が市場であるような金融仲介」(池尾(2007))と規定される.典 型的な市場型間接金融取引としては通常,投資信託や年金・保険,証券化,
債権流動化,シンジケートローンなどが挙げられる.最近では,市場型間接 金融こそが日本の金融制度のあるべき姿であるとして規範的に観念されると ともに,その拡大や深化を通じて金融システムの機能回復,金融資本市場お よび金融産業の競争力強化を図るべきと主張されることが多い2).
本論文では,こうした市場型間接金融にかかわる議論を批判的に検討する とともに,消費者利益の向上を最優先目標に掲げて各種の施策を着実に実施 することを提唱したい.規範的な議論にとどまる限り,問題は何ら改善しな いからである.そのためにも,金融取引にかかわる制度基盤の整備について は,資本市場の企業経営監視機能が有効に作用する方向で実施することが求 められる.そうしたかたちで金融取引にかかわる基盤の整備が進むと,金融 制度も資本市場型に向けて進化するなかで市場型間接金融が自ずと深化し,
金融取引において重要な地位を占めると考えられるからである.
なお,市場型間接金融という場合,先に指摘したように,家計による投資 信託や年金・保険による資産運用に加えて,企業の資金調達面で進展してい る証券化,債権流動化,シンジケートローンの動きもこの範疇に含められる ことが多い.しかし,証券化等の取引はリスクの再配分を狙いとして1980年 代後半に始まり,当時は堀内(1996)に代表されるように,金融機能の分解・
括り直しというなかで議論されていた.この捉え方は今でも,時代適合性を
1) 金融進化の観点から日本の金融制度の変遷を論じたものとしては,星=カシャップ(2006)
がある.
2) たとえば,蝋山(2001),池尾・柳川(2006),池尾(2007)などを参照.
喪失していない.実際,証券化などの場合,企業による資金調達手段の多様化,
仲介業者間でのリスク負担の最適化といった枠組みで分析すれば十分と判断 されるため,分析対象については投資信託など家計による資産運用取引に限 定することにした.
以下,第1節では,金融制度の類型化,国際比較という観点から市場型間 接金融の意味するところを再検討する.次いで,第2節では,市場型間接金 融の典型的な商品である投資信託を例に取り上げ,日本における市場型間接 金融の進展状況を振り返るとともに,金融取引規制の撤廃・緩和に際しては 消費者利益の向上という視点が等閑にされてきたことを強調する.第3節で は,投資信託を投資家にやさしい商品とするためにはどういった施策の実施 が今後求められるのかという問題について具体的に議論する.最後に,第4 節では本論文の議論を要約する.
1 金融制度の類型化と市場型間接金融
1. 1 銀行中心型と資本市場型という2類型
金融制度のありようは,「一国経済の歴史的所産」と称されるように,各国 ごとに区々となっている.そうしたなか,一国の金融制度のあり方を類型化 するに際しては通常,①最終的な黒字主体である家計の貯蓄がどのような経 路を通じて最終的な赤字主体である企業に提供されているのか,②それぞれ の経路においてどのような金融機関がどのような役割を果たしているのかと いう視点が分類基準として重視される.そして,前者の観点に立った場合,
金融制度は,銀行部門を経由する資金仲介が圧倒的なウエイトを占める銀行 中心型の金融制度と,資本市場を経由する資金の運用調達が重要な役割を演 じる資本市場型の金融制度に大別される3).
銀行中心型の金融制度となっている国としては通例,日本,ドイツ,フラ ンス,スイスなどが挙げられる一方で,アメリカ,イギリスは資本市場型に
3) 金融制度の類型化をめぐる議論については,鹿野(2006)を参照.
区分される.これら2つの制度を政府規制のあり方を基準として比較すると,
第1には,銀行中心型制度の場合,銀行による規模拡大やポートフォリオ選 択にかかわる規制が比較的緩やかな一方で,資本市場取引に対しては厳しい 規制が課されていることがその特色として指摘される4).第2には,資本市場 型金融制度の国ほど,投資家保護制度が充実している一方,銀行中心型制度 の国々ではそういった制度の整備が十分ではない5).
これらの事実はまた,各国政府が定めた銀行・資本市場取引に対する規制 の強弱が銀行中心型,資本市場型という異なる2つの金融制度を醸成してい ることを示唆している.もっとも,銀行中心型の金融制度となっている国に おいても,第2次世界大戦後の日本の事例が端的に示すように,経済の発展 成長とともに資本市場取引に課された各種の規制が段階的に緩和・撤廃され る傾向が強い.そうしたなか,現在では,グローバル化,情報化の進展を背 景に実施された各種規制の緩和を契機として,金融制度は資本市場型に進化・
収斂するという捉え方が定着している.
1. 2 市場型間接金融の位置づけ
それでは,この金融制度の類型化のなかで,市場型間接金融はどこに位置 づけられるのだろうか.その際のキーワードは,市場型と相対型という金融 取引の区分である.市場型取引とは,不特定多数の経済主体により取引所等 の市場において行われる金融取引のことをいい,比較的競争的な資源配分が 可能となるほか,価格が公平かつ透明性の高いかたちで形成されるところに 特色があるとされる.これに対し,銀行貸出など,特定の取引相手を対象と して比較的長期間にわたって継続的に実施される金融取引は相対型取引と呼 ばれる.相対型取引の場合,金融取引を実行するに際して大きな障害となる 情報の非対称性を解消するうえでの有力な方策となりうるが,取引条件や価 格については公開が義務づけられていないため,そういった情報を第三者が
4) こうした議論については,たとえばBerglof (1989) を参照.
5) こうした議論については,たとえばLa Porta et al. (1998) を参照.
獲得するのは困難となっている.
こうした相違や特色を踏まえて考えると,市場型取引および相対型取引は 金融取引にかかわる類型化であり,銀行中心型,資本市場型という金融制度 の類型化とは異なる次元にあるといえる.加えて,かつて蝋山(1982)が指摘 したように,市場型取引であっても,株式や債券を投資家が直接売買する代わ りに,専門機関が募集する投資信託,年金・保険などの市場型間接金融商品 を購入するという運用手法も広く利用されている.また,相対型の金融取引 でも,シンジケートローンや証券化の形態を取ることにより,相対型取引の 性格が強い銀行貸出を資本市場取引の対象とすることも一般的となっている.
このように,資金の運用・調達にかかわらず,金融仲介機関がつなぐ取引の うち片側が市場である金融取引は現在,市場型間接金融と呼ばれる.したがっ て,資本市場型,銀行中心型金融制度の如何を問わず,投資家や資金調達者の ニーズに応えるべく発展してきた金融取引形態の1つが市場型間接金融である と捉えることができる.加えて,金融制度や金融取引形態のいずれが一国経済 において優勢となるかは,政府が銀行・資本市場取引に対して課した規制の強 弱を前提として,市場のなかで自律的に選択され,顕現することになる.
しかし,日本の場合,ここに1990年代後半に深刻化した不良債権問題と経 済の停滞とが重なり合わされ,問題解決を目指した規範的な議論が付加され る.たとえば,池尾・柳川(2006)は,日本経済の長期停滞の背景には旧来型 の金融が機能不全の状態に陥り,それが不良債権処理と産業調整を妨げる方 向で作用したとして,そういった要因を除去するためにも市場型間接金融へ の移行が喫緊の課題であると主張する.このように日本において市場型間接 金融の確立が主張される場合,往々にして規範色を強く帯び,今後における 金融システムのありうべき形態として提唱される傾向が強い.
そういった主張のとおり,市場型間接金融が確立したとしても,あとで詳 しく述べるように,すべての問題が解決するわけではない.1990年代後半か ら2000年代初頭にかけて日本経済を見舞った不良債権問題や産業調整の遅
れはむしろ,資本市場による企業経営監視機能が十分機能しなかったことに 由来するという事実にも留意する必要がある.それゆえ,われわれとしては,
市場型間接金融への移行よりも,資本市場取引の透明性,公平性をさらに向 上させ,市場を通じた企業経営に対する監視・規律づけ機能を強化するほう が重要と判断している.そういった環境が整備されるなかで市場規律が高ま ると,問題企業は市場を通じて退出あるいはリストラの実施を余儀なくされ るため,産業調整も期待どおりに進捗すると想定されるからである.
1. 3 国際比較からみた金融取引の変貌状況
以上のような金融制度の類型化や市場型間接金融の意味づけを議論する場 合,当然の結果として,国際比較が求められる.しかしながら,市場型間接 金融の拡大を主張する論者からは,どういうわけか,そうした比較論議がほ とんど聞かれない.ちなみに,池尾・財務省財務総合政策研究所編(2006)の 場合,欧米主要国における金融取引の現状を紹介した論文はあるが,国際比 較の観点から市場型間接金融を分析したものは見当たらない.これは問題で あるといわざるを得ない.そうした状況下,ここでは過去20年間のうちに主 要国における金融取引状況はどのように変貌したのかという問題について実 証的な観点から分析検討し,市場型間接金融の意味するところを改めて検証 することにしたい.
第 1 図は,日本,アメリカ,イギリス,ドイツおよびフランスという主要 5か国において企業による資金調達状況が1980年から2000年にかけてどの ように変化したのかを示したものである.この図からも明らかなように,各 国企業の資金調達はここ20年間のうちに大きく変貌し,銀行借入の比重が低 下する一方で株式・社債の発行による資金調達が増大している.たとえば日 本の場合,かつては銀行借入が資金調達の8割を占めていたが,2000年にな るとその比率は50%を割り込むに至っているほか6),ドイツでも同様の事実
6) 日本における資本市場の発展と企業金融との関係については,たとえば井手(2005)を参照.
が読み取れる.これらの事実はまた,取引形態,リスク負担の仕方などは異 なるが,企業の資金調達行動において今や国ごとの顕著な違いは確認されえ ないことを示唆している.
そして,第 2 図は,同じく主要5か国における個人金融資産の運用状況を 示したものである.日本の場合,1990年代後半に日本版ビッグバンと称され る大胆な資本市場改革が実施されたにもかかわらず,20年前と同様に現在も なお,個人金融資産の6割強は現金・預金という法貨および金融機関が元利 金の支払いを保証した金融商品により占められている.これに対し,アメリカ,
イギリスという資本市場型金融制度が支配的な国の場合,保険・年金,投資 第 2 図 家計による資産運用状況の推移
(資料)Bryne and Davis (2003).
第 1 図 企業による資金調達状況の推移
(資料)Bryne and Davis (2003).
信託という市場型間接金融取引が拡大している一方で,現金・預金の比重は さらに低下している.また,ドイツ,フランスという銀行中心型金融制度の国々 でも,現金・預金から保険・年金,投資信託での運用にシフトしていること が読み取れる.
ちなみに,日本と同様に銀行部門が中核を形成していたドイツでは近年,
間接金融から直接金融への移行をうまく行い,リスクキャピタルの増大およ び資本市場の機能強化に成功したとして評価されることが多い.すなわち,
ドイツでは1990年以降,アングロサクソン型の資本市場の育成を狙いとし て3度にわたって金融・資本市場振興法を成立させ,有価証券取引税の廃止,
証券税制の抜本的な見直し,インサイダー取引規制の明文化,投資信託の商 品性改善,高齢者ファンドの育成,ファンド・オブ・ファンズの自由化など,
株式市場や投資信託の改革を進めたのである.
こうした資本市場振興策の実施を受け,個人投資家も資本市場を通じた資 産運用を積極化させた結果,ドイツの家計部門の金融資産に占める現金・預 金の比率は1991年から99年までの8年間で46%から35%へと10%ポイン トほど減少した.その一方で,家計による株式・投資信託での運用比率は
15%から27%へと急上昇するなど,劇的な変化が生じたのである.
これらの事実はまた,欧米主要国においては現在,アメリカおよびイギリ スを典型例としてドイツやフランスでも,静かなかたちではあるにせよ,家 計による資産運用において市場型間接金融が拡大・深化していることを示唆 している.その一方で,日本の場合,家計の資産運用姿勢に変化がみられな いため,銀行や生命保険会社に代表される金融仲介機関が引き続き重要な役 割を果たしている.なぜ,日本だけそういう事態にあるのだろうか.市場型 間接金融への移行が真に重要であるならば,この問題を避けて通ることはで きないはずである.しかしながら,市場型間接金融への移行を提唱する論文 等においては,池尾・財務省財務総合政策研究所編(2006)を典型的な例とし て,そういった分析視角が欠落しているのである.
1. 4 日本の家計による資産運用姿勢が変わらない背景
それでは,なぜ日本の家計だけが預貯金での運用に固執しているのだろう か.この問題に関連して2000年代初頭には,「日本人は国民性として安全志 向が強く,リスクをとりたがらない」とされたことがあるが,そういった捉 え方は誤りであるといわざるを得ない.これまでの間,リスク負担に見合っ たミドルリスク・ミドルリターンの金融商品が銀行・証券会社から家計に対 して提供されて来なかったことに加え,経営が悪化した企業にリストラの実 施を促すという資本市場の企業経営に対する監視機能が十分働かなかったた め,1990年代を通じてほぼ株価が低迷していたことこそ,真の原因と判断さ れるからである7).いうまでもなく,株価が低迷していたのは,借り手企業の 多くが過剰資産,過剰雇用および過剰負債を抱えて収益性が低調裡に推移し ていたからである.
実際,個人投資家からみた場合,2000年代初頭までの間,金融商品といえば,
実質的には預貯金と株式しか存在せず,一歩前に出て少々リスクを負担すれ ばそれなりの高い利回りが得られる金融資産が誰もが信頼できるかたちで幅 広く提供されることはなかった.そうしたなか,株価が1990年代を通じて低 迷基調を持続したこともあって,大半の投資家はリスクと収益との兼ね合い から預貯金を選択せざるをえない環境におかれ,結果として預貯金主体の資 産運用が現出したと考えられる.確かに日本版ビッグバンの結果,個人投資 家による資本市場運用へのアクセスは大きく改善したが,株安に加え,ディ スクロージャーなど投資家保護のための環境整備が後手に回ったため,自己 責任に基づく投資が声高に叫ばれても,消費者としては慎重姿勢を維持せざ るをえなかったのである.
こうした事態を改善するためにも,市場を通じた企業経営に対するチェック 機能の強化策や資本市場取引の透明性,公平性をさらに向上させる施策などの 実施が何に増しても重要である.そういった環境が整備されるなかで,投資家
7) こうした議論については,たとえば鹿野(2002)を参照.
も安心してリスクを負担できるようになり,つれて市場型間接金融も自律的に 確立・深化していくといえよう.このことはまた,日本の場合,資本市場の自 由化に際しては資金の調達者や市場仲介者に課されてきた各種規制の撤廃・緩 和に重点がおかれ,消費者が安心して投資を行いうる環境を整備するという消 費者利益の保護・向上という視点が希薄であったことを示唆している.
このような認識のうえに立って,以下では,代表的な市場型間接金融商品 である投資信託を取り上げ,今後における環境整備のあり方を具体的に検討 する.
2 市場型間接金融商品としての投資信託 2. 1 日本版ビッグバン以前の投資信託は単位型が主流
個人投資家向けの代表的な市場型間接金融商品である投資信託の場合,そ の取り扱い方は日本版ビッグバンのなかで大きく変貌した.それゆえ,日本 版ビッグバン以前における投資信託の取り扱いと資金の流入状況について簡 単に振り返ったあと,現状と今後の課題について指摘することにしたい.
最初は投資信託の商品性である.投資信託は一般に,購入期間を基準として,
募集期間中にのみ購入できる単位型(ユニット型)といつでも購入できる追加 型(オープン型)に区分される.単位型の場合,固定価格で販売される一方で 最終的な利益金額は償還時の株価や債券価格により決まるため,償還時の価 格如何で利益が大きく変動するところに特色がある.これに対し,追加型の 場合,時価で購入し,時価で売却することを原則としているため,投資家の 判断により最終的な利益水準は確定する.こうした商品特性を踏まえて考え ると,株式を運用資産に組み入れた株式投資信託の場合,単位型はきわめて リスキーな商品であり,投資家にやさしい投資信託は当然のこととして追加 型となる.
しかし,1990年代半ばまでの間,日本の投資信託市場においては単位型が 主流となっていた.理由は単純である.固定価格制の単位型のほうが「売り
やすい,買いやすい」として,証券会社の多くは単位型投資信託の開発・販 売に傾注していたからである.監督官庁である大蔵省も単位型を支持し,追 加型の承認には慎重姿勢を堅持していた8).こうした証券会社の販売姿勢およ び大蔵省による証券行政の問題点は,バブル崩壊後,一挙に顕現することに なった.すなわち,株価下落の結果,バブル期に販売された投資信託のほと んどが期日に償還されると元本割れになることが確実視されたため,償還期 間の延長が相次いだのである.しかし,そういった対症療法的な措置では事 態を改善するのは困難であり,結局のところ,個人投資家の多くは株価下落 に伴い莫大な損失負担を余儀なくされるに至ったのである.
2. 2 株高でも儲からなかった投資信託
加えて,日本の株式投資信託の場合,株高でも儲からないという構造的な 問題を抱えていた.実際,Cai, Chan and Yamada (1997)は,1981年から92年 という株高局面を含む標本期間における追加型投資信託800本の平均利回り
は年率1.74%と,株式市場の平均利回り9.28%を大きく下回っていたという
分析結果を報告している.この結果は,1990年代初頭までの間,運用資産と しての投資信託にはほとんど魅力はなかったことを示唆している.一体,な ぜそんな事態に陥ったのだろうか.
アメリカの投資信託会社の多数は独立系の業者であり,大手証券会社との 資本・業務関係は希薄である.加えて,彼らは熾烈な競争を勝ち抜くためにも,
運用成績の向上に日々腐心している.これに対し,日本の場合,投資信託運 用会社(法制上は投資信託委託会社と称される)は証券会社の子会社として設立 されている.そういった経緯もあり,投資信託運用会社の多くは,株式につ いては長期的な視点に立った資産運用が期待されているにもかかわらず,親 会社の株式委託売買手数料の嵩上げを主たる狙いとして株式の短期回転売買
8) 1998年12月以前までの間,投資信託にかかわる信託契約は大蔵省による事前承認を取得す
ることが義務づけられていた.
を繰り返し行っていたからである9).
このほか,第 3 図のとおり,投資信託の新規設定額と解約額とがほぼ拮抗 していたことが示唆するように,1990年代末までは,投資信託を有する顧客 に別の投資信託を勧める「乗り換え」勧誘が広く実施されていたという事情 も指摘できる.顧客の立場に立って運用を推奨するのであれば,組み入れ資 産の長期保有が優先されるが,その際の収入は信託報酬にとどまる.これに 対し,乗り換え推奨に基づき投資信託が新たに購入されると,購入金額の3%
前後という販売手数料が新たに獲得できる.証券会社の助言にしたがって投 資信託を売買していると「手数料貧乏」と化してしまうなど,証券会社にお いては自らの収益拡大が重視される一方で,投資家の利益向上という視点が
9) 投資信託の管理および売買注文の執行は,信託財産の管理を委託された信託銀行が実施する.
その際,当該信託銀行においては株式等の売買注文の大部分を投資信託運用会社の親会社であ る証券会社に発注することが慣行として確立していた.それゆえ,投資信託の運用会社が運用 財産の乗り換え取引を積極的に行えば行うほど,株式の委託売買手数料収入が膨れ上がり,親 証券会社は収益的に潤うことになっていた.
第 3 図 最近における投資信託の新規設定・解約額の推移
(資料)投資信託協会ホームページ.
等閑にされてきたのである10).
こうした証券会社の営業姿勢が許容された背景としては,投資信託をめぐっ ては本来の意味での競争がなかったことが指摘できよう.というのも,日本 の証券界においては免許制による厳しい参入規制や大手証券会社4社が圧倒 的なシェアを占めるという4社体制の下で仲間内主義がはびこっていたほか,
証券行政も業者寄りになっていたからである.
いずれにしても,日本の投資信託の場合,1990年代末までの間,単位型,
追加型の如何を問わず,長年にわたって投資家あるいは消費者の利益向上を 意識した商品にはなっておらず,実現利回りはリスク負担との関連でみても 低水準で推移していたのである.投資家の多くもそういった事情を熟知して おり,それがまた,個人による預貯金の選択を促す方向で作用したといえよ う.このように考えると,先に指摘したとおり,「日本人は国民性として安全 志向が強く,リスクをとりたがらない」という仮説は現実妥当性を欠き,む しろ預貯金を取り巻く制度的枠組みや投資信託運用会社による親証券会社の 利益を優先した資産運用姿勢などが相まって,個人金融資産の預貯金集中を 促したと判断されるのである.
2. 3 日本版ビッグバン後の投資信託
それでは,日本版ビッグバンとともに投資信託のありようはどのように変 わったのだろうか.第 1 表は,投資信託にかかわる主要な規制緩和の推移を 示したものである.この表からも明らかなように,最も大きく変貌したのは 販売窓口の開放であり,銀行,インターネット証券,郵便局による投資信託 の販売業務への新規参入が認められたのである.その結果,消費者は現在,
都市部に集中する証券会社の本支店に直接出向かなくても身近なところに所 在する銀行等の支店や郵便局の窓口で購入可能となるなど,投資信託の金融 商品としての親近性が大きく向上したといえる.実際,銀行の多くが手数料
10) 乗り換え勧誘は,金融庁が2001年8月に公表した「証券市場の構造改革プログラム」に基づき,
同年12月、乗り換えに関する重要事項の説明責任義務が課された.
収入拡大のため,投資信託の販売に積極姿勢で臨んでいることもあって,株 式投資信託販売に占める銀行のシェアは2007年8月には一時的にせよ,5割 を上回るに至った.
日本経済が2003年春以降,景気回復過程を着実に歩み始めるのと軌を一に して,株価も上昇基調に転じた.そういった投資環境の好転を背景に,消費 者も2004年以降,株式投資信託の購入に積極姿勢で臨むようになった.つれ て,株式投資信託の新規設定額は同年を境に拡大に転じ,06年には25兆円 にも達するなど,投資信託の純資産残高は04年末の41兆円から07年6月末 には82兆円へと,ここ3年半でほぼ倍増した(第 4 図参照).そうしたなか,
投資信託の販売窓口としては,先に指摘したように銀行が選択されたが,そ のこと自体,乗り換え勧誘など投資家の利益を軽視する証券会社の営業姿勢 に一般家計の多くが嫌気したことを示唆しているともいえよう.その意味で も,投資信託の販売チャンネルの多様化は消費者利益の向上という観点から も積極的に評価できる.
ただし,投資家の多くは,投資信託のすべてについて満足しているわけで はない.とりわけ,販売手数料,信託報酬に関しては高水準で安定的に推移 しているため,割高感が強い.この事実はまた,投資信託をめぐる競争は期 待されたほど活発化していないことを意味している.確かに,投資信託の販
第1表 投資信託にかかわる主要な規制緩和の推移
年 月 規制緩和措置の内容
1997年12月 銀行等による間貸し方式による窓口販売開始 1998年12月 投資信託業,免許制から許可制に移行
投資信託約款,承認制から届出制に移行 運用の外部委託が解禁される
銀行等の本体による窓口販売開始
2000年12月 投資信託運用者に対する受託者責任に善管注意義務が追加される 不動産,貸付債権等への運用が認められる
2001年12月 投資信託の乗り換え勧誘に説明責任が課される 2005年10月 郵便局による窓口販売の開始
(資料)金融庁ホームページ.
売チャンネルは規制緩和とともに拡大したが,その運用を指図する投資信託 運用会社の大部分は引き続き証券会社の子会社により占められている.また,
新たに投資信託の販売業務に参入した銀行等も,販売手数料の確保を狙いと して料率の引き下げには慎重姿勢を崩していない.
加えて,投資信託に対する行政当局による監督・監視のあり方は旧来の発 想から顕著に変わるまでには至っていない.例えば,投資信託のあり方を規 定する投資信託法の場合,投資信託運用会社に対する行為規制を通じて投資 家保護を図るという伝統的な考え方が維持され,資本市場における公正な価 格形成の維持や各種情報の積極的な開示を通じて投資家を直接保護すること を意図した規定はきわめて少ない.
また,2000年12月施行の投資信託法改正においては,証券投資信託法制 第 4 図 最近における投資信託残高の推移
(資料)投資信託協会ホームページ.
定当初から規定されている忠実義務に加え,善管注意義務が新たに加えられ る(投資信託法第14条第2項)など,受託者責任の強化が図られたが,「仏作っ て魂入れず」といわざるを得ない.受託者責任にかかわるルールが具体的に 定められていないほか,この原則に違反した投資信託運用会社を市場におい て炙り出す措置が設けられていないなど,有名無実化しているからである.
そうした事態を改善するとともに投資家保護を一段と拡充するためにも,あ とで詳しく述べるように,受託者責任にかかわるルールの具体化やディスク ロージャーの充実などを通じて,受託者責任の原則をさらに強化するべきと 考えられる.
2. 4 アメリカにおける受託者責任の考え方
受託者責任という考え方は,アメリカの年金運用に関連して発達した考え 方であり,年金や投資信託といった集団投資スキームの資産運用者に対して はプルーデントマン(プルーデントエキスパート)ルールと称される受託者責任 が課される.この受託者責任の遂行を通じて,彼らの行動を市場のなかで監 視し,規律づけようとしているのである.いうまでもなく,その最終的な狙 いは,投資家が安心して投資できる環境の整備にある.
アメリカの場合,受託者責任は注意義務と忠実義務から構成される11).こ のうち,注意義務は資産運用者に対し,投資にかかわる意思決定に際しては 一般に活用可能かつ広く利用されている分析手法やサービスを用いて広範な 検討を加えることを求めている.忠実義務とは,投資信託や年金といった集 団投資スキームの経済的受益者と受託者との間で生じうる利益相反にかかわ る規定で,そういった事態に直面した際,資産の運用を受託した者は,ある 選択が受託者からみて最上でなかったとしても,委託者の利益を優先しなけ ればならないと定めている.当然のこととして,忠実義務は売買注文の執行 にも適用され,最も割安な価格を提示した証券会社への発注が求められる.
11) アメリカにおける受託者責任をめぐる議論については,たとえばローグ=ラダー(2000)を 参照.
こうした受託者責任にかかわる規定を受け,受託者は他のファンドの資産 運用者が活用する分析手法やサービスを積極的に用いて資産運用に従事する ことが義務づけられている.その意味で,個々の資産運用者は最新の投資理 論に精通のうえ,委託者の利益向上に努めることが求められている.そして,
その行動の良し悪しは不特定多数の委託者や資産運用にかかわる評価サービ ス機関により市場において常に監視・評価されている.そういった市場によ る監視・評価が十分機能することを狙いとして,受託者に対しては年金や投 資信託の運用やコスト構造にかかわる詳細なディスクロージャーが求められ ている.要すれば,先に指摘したとおり,アメリカにおいて近年,市場型間 接金融,すなわち個人が株式や債券で直接運用する代わりに年金,投資信託 といった集団投資スキームでの運用が拡大した背景としては,受託者責任と いう考え方の精緻化およびそういった考え方を基礎とした受託者の資産運用 行動に対する市場での監視・評価の徹底が挙げられる.
このことはまた,市場型間接金融の拡大を図るには,資本市場の受託者に 対する監視・評価機能が十分作用するよう環境を整備することが何にも増し て重要であることを示唆している.残念ながら,蝋山(2001),池尾・財務省 財務総合政策研究所編(2006)など,市場型間接金融の拡大を提唱する議論に おいては,投資信託や証券化など市場型間接金融のあり方やその進捗状況が 取り上げられるにとどまり,資本市場の機能向上が最終的には市場型間接金 融の深化につながるという視点はみられない.
加えて,アメリカやドイツでは,日本とは異なり,年金・投資信託の拡大 が指摘されるにとどまり,市場型間接金融という考え方や市場型間接金融が 拡大・深化したという議論はほとんど聞かれない.これらの事実は,市場型 間接金融は資本市場にかかわる環境整備の進展を受け,投資家の資産運用ニー ズへのきめ細かな対応を目指して資産運用にかかわる業者が知恵を絞るなか で市場において自律的に成長・発展してきた結果であって,そもそも目標と はされていないことを如実に物語っていると考えられないだろうか.仮にそ
うだとした場合,市場型間接金融の拡大を促すためには,資本市場のさらな る整備,集団投資スキーム運用に対する市場からのチェック機能の向上・強 化などが喫緊の課題といえよう.
第3節では,そういった考え方に基づき,資本市場の機能強化策のあり方 について論じることにする.
3 今 何が必要とされているのか 3. 1 奥行きの深い資本市場をつくりあげる
これまでにも指摘したとおり,日本においては日本版ビッグバンなど,資 本市場にかかわる各種規制の緩和・撤廃が大胆に実行に移されてきた.しか し,そういった措置の大部分は有価証券の発行主体としての借り手企業や取 引仲介業者である証券会社の行動を制約してきた規制の撤廃・緩和であり,
投資家あるいは消費者利益の向上という視点から新たな措置が導入されるこ とはきわめて少なかったといっても過言ではない.実際,投資家の利益向上 を阻害するおそれの強い「乗り換え」勧誘規制が実施されたのは2001年に 入ってからのことであった.また,日本版ビッグバンでは,信頼できる公正 で透明な取引の枠組みにとどまらず,新たな環境の下での投資家保護を充実 させるためにも,金融商品の勧誘・販売・説明義務にかかわる規制を商品横 断的に定めた金融サービス法の制定が急務とされたが,法制化作業は遅延し,
2007年9月になって漸く施行された.
確かに,金融サービス法として新たに制定された金融取引法は,個別・縦 割り規制の下で頻発した詐欺的業者による被害から消費者を保護している点 は首肯できる.しかし,その一方で,同法の場合,旧証券取引法上の有価証 券に対する規制を金融商品一般に拡張したという性格が強く,それとともに 投資家保護策が大きく整備・充実したとは必ずしもいえない.そうしたなか で個人投資家に対して自己責任の原則にしたがって資産運用を行うべしと強 調しても,彼らの多くはそこで立ち止まって躊躇せざるを得ない.日本版ビッ
グバンで描かれた「竜の絵」に睛(ヒトミ)を点ずるためにも,資本市場取引 における消費者主権の確立を究極の目標として,投資家が安心して投資でき る環境を整備することが重要な課題となっている.すなわち,そういった観 点のうえに立って資本市場,受託者責任のあり方を再検討し,その実効性を 高めるよう知恵を絞ることが求められているのである.
日本の場合,これまでの間,証券会社や投資信託運用会社が投資家の利益 を損なうおそれの高い取引を行うことを証券会社等に対する行為規制や事前 承認制により禁止するという手法に基づき,投資家の保護が図られてきたか らである.いうまでもなく,こうした投資家保護の枠組みは,日本版ビッグ バン後の投資家の自己責任原則,自己規律により統治されることを究極の狙 いとする新しい金融環境の下では,決して望ましいやり方といえない.それ ゆえ,政府に対しては,各種ディスクロージャーのさらなる充実および虚偽 記載に対する罰則規定の強化,インサイダー取引規制の強化,証券等取引監 視委員会による市場取引監視機能の強化や法令違反を行った証券会社等に対 する行政処分・罰則規定の強化などを通じて,資本市場において公正に価格 が形成される環境をさらに整備することが求められる.
とりわけ,取引所上場企業に対しては,投資家の投資行動に重要な影響を 及ぼす経営財務情報の適時適切な開示が期待される.日本経済が1990年代に 長期停滞に陥った背景には,ディスクロージャー不足を主因として上場企業 の財務実態の把握が困難となっていたことや,経営が悪化した企業の経営者 に対して市場からの退出やリストラの実施を求める声がなかなか届かなかっ たこと,などがあったことを忘れるわけにはいかないからである.そうした 事態に二度と陥らないようにするとともに金融機能を回復させるためにも,
時価会計に基礎をおいたディスクロージャーの一層の充実を通じて資本市場 による経営チェック機能を高めることが求められる次第である.それゆえ,
会社法および金融商品取引法の規定に基づき2008年4月以降に始まる事業年 度からの提出が義務づけられた内部統制報告書は,借り手企業が開示する財
務諸表の信頼性向上に大きく寄与することが期待される.
3. 2 投資信託市場育成のための提言
日本版ビッグバンの究極的な目的は,何度も述べたように,日本の金融市 場を自己責任の原則に基づく自己規律が支配する公平でかつ透明性の高い市 場とするとともに,市場を通じた企業経営に対する監視・規律づけ機能の確 立にある.これらの目標を実現するためには,今後,個人金融資産の中核商 品となることが期待される投資信託を,誰もが信頼できるかたちで幅広く提 供されるよう制度的枠組みを整備・拡充していくことが強く求められる.
日本においても近年,先に指摘したとおり,そうした問題意識に基づき投 資信託や年金資産の運用者に対し忠実義務に加えて善管注意義務が新たに追 加されるなど,受託者責任が強化された.しかしながら,現在のところ,受 託者責任は倫理規定にとどまり,実効性が伴っているとは必ずしもいえな い.実効性を担保する規定が具体的に定められていないからである.その一 方で,市場のあり方も変化するため,ルールなどを詳細に定めれば定めるほ ど,時間の経過とともに適合性を喪失し,逆に取引面での歪みを招来するお それも否定できない.それゆえ,われわれとしては,次に掲げる施策の実行 を通じて受託者責任の実効性向上を図り,投資信託を取り巻く運用環境の一 段の整備を提案することにしたい.
第1の提案は,有価証券の継続開示の手法に倣って,投資家に販売会社を 通じて配布される投資信託の運用報告書についてもその内容を広く開示する ということである.投資信託運用会社が投資家の利益や受託者責任に反する ような行動を取っているか否かを判断するためには,資産運用の実際にかか わる情報の開示が不可欠なのはいうまでもないところである.とりわけ,投 資信託運用会社と親証券会社など利害関係人との間での株や債券の売買取引 状況に関する情報の公開が求められる.しかしながら,現在のところ,そう した情報は当該投資信託の保有者に対してのみ開示され,潜在的な投資家や
投資信託の評価機関への開示は想定されていない.こうした取り扱いは,投 資家への公平な情報の開示という観点からして,問題であるといわざるを得 ない.
そうした事態改善のためにも,投資信託運用会社のホームページ等を通じ て運用報告書を広く公開することを提案したい.投資信託の運用実績が不特 定多数の投資家に公開されることになれば,投資信託運用会社の運用姿勢,
受託者責任原則の遵守状況,利害関係人との取引状況などが他社との比較に おいて具体的にチェック可能となる.その結果,投資家の利益を重視しない 投資信託は市場のなかで炙り出されて淘汰されるなど,運用者も投資家の利 益向上につながる行動をとるよう市場のなかで誘因づけられるからである.
第2の提案は,リスク情報開示制度の充実が挙げられる.投資信託の商品 性の説明に際しては通常,運用方針が示される.投資家からみた場合,そういっ た選択に際し重要となるのは,「いざ」というときの損失予想額というマイナ スの情報である.金融工学が大きく進展した現在においては,バリュー・アッ ト・リスク(VaR),ストレステストといった手法が利用可能となるなど,実 務的,コスト的にみてもリスク=損失予想額の算定は容易となっている.そ れゆえ,投資信託の販売に際しては,そういった手法を用いたリスク情報の 積極的な開示を求めることにしたい.
第3の提案は,監視機能の強化,罰則の強化など,金融取引に対する市場 監視執行体制の充実である.受託者責任等を強化したとしても,それだけで 十分とはいえない.膨大な利益を前にすれば,ルールを犯してまで利益を獲 得したいという誘因が作用することは避けられないからである.
たとえば,アメリカにおいて1990年代後半に生じたITバブルの真只中,
大手証券会社のアナリストは会社の利益を優先し,投資家に対してIT株への 投資を意図して煽った.その結果,証券会社は巨額の利益を獲得した一方で,
バブルに踊った投資家の手許には紙くず同然となった株が残ったのである12).
12) この点については,ガスパリーノ(2005)を参照.
金儲けを否定すれば資本主義は成り立ちえない.証券会社等による不公正行 為から正直な投資家を守るためには,資本市場から不公正な取引を排除する よう努めるのはいうに及ばす,そういった取引が発覚したときには禁止的な 罰則を課す必要がある.そのような体制を整備するためにも,当局による市 場監視機構の強化や不公正取引を実施した違反者に対する罰則規定の強化を 提案したい.
お わ り に 本論文の要旨は概ね,次のとおりである.
第1に,国際比較の観点からすると,市場型間接金融が近年もっとも発達 した国は,アメリカとイギリスである.この事実は,市場型間接金融は資本 市場型金融制度の一類型でもあり,個人投資家の参入増大等に伴う資産運用 ニーズの変貌が投資信託,年金・保険の拡大を促したことを意味している.
第2に,日本の金融にかかわる真の問題は,これまでの改革においては資 金の調達者や市場仲介者に課されてきた各種規制の撤廃・緩和に重点がおか れる一方で,消費者が安心して投資を行いうる環境を整備するという消費者 利益の保護・向上という視点が希薄であったことに尽きる.そういった投資 家保護のための環境が十分に整備されていないなかで自己責任に基づく投資 が声高に叫ばれても,消費者としては慎重姿勢を維持せざるをえなかったの である.
第3に,証券市場における旧来の慣行や寡占的な競争状態も消費者利益の 向上を阻んできたが,そうした状況は近年,証券市場のグローバル化ととも に着実に改善しつつある.この流れを確実なものとするためにも,消費者利 益の向上を究極的な狙いとして金融取引にかかわる枠組みを今一度見直し,
年金・投資信託に対する受託者責任の明確化やディスクロージャーのさらな る推進のほか,市場監視機構の強化や不公正取引を実施した違反者に対する 罰則規定の強化など,投資家保護のための措置をさらに充実させることが喫
緊の課題と考える.
20世紀を代表する経営学者であるピーター・ドラッカー教授はかつて資本 主義のありように関連して,年金資産の拡大を通じて投資家が会社の所有者 となり,会社は被用者の利益向上を意識するようになると主張するとともに,
それを「目に見えない革命(unseen revolution)」(Drucker (1976))と喝破した.
この文脈に即していうと,アメリカ,イギリスでは現在,年金資産や投資信 託の普及を媒介として,「目に見えない革命」が静かに進行しているというこ とができる.この動きを金融取引の形態論あるいは技術論から捉えると,市 場型間接金融取引の拡大・深化となる.
その一方,日本においては市場型間接金融を金融システムの機能回復のた めの手段あるいは今後のありうべき金融取引形態として捉えて規範的に議論 される傾向が強い.しかし,ドラッカー教授が指摘したとおり,市場型間接 金融については金融のあり方にとどまらず,金融システムの進化あるいは資 本主義のあり方という幅広い枠組みのなかで捉えて検討する必要があるので はなかろうか.われわれに対しては今,規範的な議論ではなく,そういった 観点から市場型間接金融の拡大につながる施策の実施が求められているので ある.
【参考文献】
Berg lof, E., (1989)“Capital Structure as a Mechanism of Control: A Comparison of Financial Systems,” in Aoki et al. (eds.) The Firm as a Nexus of Treaties, Sage Publication, pp.237-262.
Bryne, J. P., and E. P. Davis, (2003) Financial Structure, Cambridge University Press.
Cai J un, K. C. Chan, and Takeshi Yamada, (1997)“The Performance of Japanese Mutual Finds,” The Review of Financial Studies, Vol.10 No.2, pp.237-273.
Druc ker, P. F., (1976) The Unseen Revolution : How Pension Fund Socialism Came to America,
Harper and Row. (上田惇生訳『[新訳]見えざる革命―年金が経済を支配する―』
(ドラッカー選書6),ダイヤモンド社,1996年)
La P orta, R. F. Lopez de Silanes, A. Shleifer, and R. Vishny, (1998)“Law and Finance,” Journal of Political Economy, 106, pp.1113-1155.
池尾和人,(2007)「『市場型間接金融』深めよ」日本経済新聞(経済教室),12月20日.
池尾 和人・柳川範之,(2006)「日本の金融システムのどこに問題があるのか」池尾ほか 編『市場型間接金融の経済分析』日本評論社.
池尾 和人・財務省財務総合政策研究所編,(2006)『市場型間接金融の経済分析』日本評 論社.
井出 正介,(2005)『不均衡発展の60年―低収益経営システムの盛衰と新時代の幕開 け―』東洋経済新報社.
ガス パリーノ,C.著・田村勝省訳,(2005)『投資家よ,騙されるな!ウォール街欺瞞 の血筋』東洋経済新報社.
鹿野 嘉昭,(2002)『ハードランディングを求める日本経済―公正で透明な市場メカニ ズムを構築せよ―』東洋経済新報社.
鹿野嘉昭,(2006)『日本の金融制度(第2版)』東洋経済新報社.
ロー グ,D.E=J.S.ラダー著・刈屋武昭監訳,(2000)『年金学入門―戦略的年金 プランマネジメント―』金融財政事情研究会.
星岳 雄=カシャップ,A.著・鯉渕賢訳,(2006)『日本金融システム進化論』日本経済 新聞社.
堀内 昭義編,(1996)『金融の情報通信革命―21世紀の金融機能はこう変わる―』
東洋経済新報社.
蝋山昌一,(1982)『日本の金融システム』東洋経済新報社.
蝋山 昌一,(2001)「『市場型間接金融』序論」財務省財務総合研究所『ファイナンシャル・
レビュー』56号,pp.1-10.
(しかの よしあき・同志社大学経済学部)
The Doshisha University Economic Review Vol.60 No.1 Abstract
Yoshiaki SHIKANO, Evolution of Financial System and Market-Oriented Finance In Japan, it is recently argued that a new market-oriented financial channel, such as investment trusts, pension funds and insurance, and securitization, should be enhanced to restore the Japanese financial system and to strengthen the capital market and financial industries in Japan. This paper critically reviews these arguments in terms of promoting consumer’s interest. We advocate that market- oriented financial channel develops spontaneously in the market as we enhance investor protection measures and strengthen the capital market function that disciplines and monitors borrowing firms.