高校スポーツにおける教育とビジネスの葛藤 : 組 織と指導者に着目して
その他のタイトル Conflict between Education and Business in High School Sports : Focusing on organization and the leader
著者 久保 賢志
発行年 2020‑03‑31
学位授与機関 関西大学
学位授与番号 34416甲第794号
URL http://doi.org/10.32286/00021341
高校スポーツにおける教育とビジネスの葛藤
―組織と指導者に着目して―
Conflict between Education and Business in High School Sports
― Focusing on organization and the leader —
関西大学大学院
人間健康研究科 人間健康専攻 17D2502 久保 賢志
2020年 3月期
関西大学審査学位論文
高校スポーツにおける教育とビジネスの葛藤
―組織と指導者に着目して―
Conflict between Education and Business in High School Sports
― Focusing on organization and the leader —
関西大学大学院 人間健康研究科 人間健康専攻 17D2502 久保 賢志
<要旨>
1.問題の所在及び研究目的
伝統的にアマチュアリズムの理念を体現するスポーツによって,教育的価値を標榜して きた高校スポーツが,それを統括する全国高体連の主催するインターハイを中心として,
資金不足の理由から,公的機関及び公共性の高い企業からの援助以外に人的・資金援助を 受け,ある面ビジネスに取り込まれる恐れがある.そこには,スポーツにおける教育的価 値を貶価するビジネスという対立的な捉え方が見て取れる.それゆえ,高校スポーツにお いて教育とビジネスに葛藤が生じるわけであるが,一方で,社会的相互依存によって,そ の葛藤を回避しようとする働きも同時に起きてくる.
そこで,本論は,高校スポーツにおける教育とビジネスの葛藤とその解決の諸相につい て,組織と指導者の面から明らかにし,葛藤理論によってそのメカニズムを読み解き,こ れからの教育とビジネスの在り方について新しい視座を提供することを目的とした.
2.結果及び考察
1)高校スポーツにおける教育とビジネスの葛藤の要因の日米比較
高校スポーツにおける教育とビジネスの葛藤がどのような要因によって生起するのかを 検証するために,日米の運動部活動と統括組織における教育に関する捉え方を比較した.
その結果,日本の高校スポーツ活動は学校教育との線引きが不明確であり,課外活動とし て位置付けられているが,実質的には学校教育に取り込まれ,しかも全国高体連という教
員組織で管理運営されているゆえに,ビジネスという外部からの力が働くことによって,
それを拒否あるいは回避する機能が働き,対立関係を生み出すことによって集団間葛藤に おける規範葛藤が生じると考えられる.
2)新聞記事にみる高校スポーツにおける教育とビジネスの葛藤
高校スポーツにおける教育とビジネスの葛藤が,どのような状況において生起している かという社会的認識の経緯について,関連する新聞記事を分析した.その結果,新聞記事 内でビジネスに関する用語の頻度が増えれば,教育に関する用語の頻度が増える傾向にあ ることから,教育とビジネスが対立関係にあることが明らかになった.つまり,高校スポ ーツにおける教育とビジネスの関係には,社会的な認知レベルで対立的な構造が見られ,
まさに認知葛藤の状況にあるといえる.
3)高校スポーツイベントにおける教育とビジネスの葛藤解決に向けた組織の対応 高校スポーツの統括団体である全国高体連組織は,企業から資金の支援を受けてビジネ スを取り入れていく歴史的経緯の中で,どのような対応をし,その対応にはどのような社 会的要因が働いていたのかについて検討した.その結果,全国高体連が主導する高校スポ ーツイベントであるインターハイがビジネスを取り入れていく過程で,協賛金の導入,財 団法人化,ゼッケンスポンサーの導入といった組織の対応が行われ,葛藤解決していたこ とが明らかになった.
4)指導現場における教育とビジネスの葛藤とその捉え方
高校スポーツの指導者でかつ高体連の関係者に教育とビジネスの捉え方についてインタ ビュー調査をしたところ,インターハイへの協賛金の導入では,協賛金の教育的意義を選 手に伝えることで,指導者が葛藤を乗り越えようとしていると推察した.また,全国高体 連の財団法人化では,支援を全国高体連ではなく,競技団体へ移行し葛藤を回避しようと 考えている.さらに,インターハイでのゼッケンスポンサーの導入では,選手がスポンサ ーの規制による不自由さを感じた時,教育という予防線を張ることで,ビジネス的志向を 和らげ,回避することが可能だと捉えており,その解決には,教育目標を共有したパート ナーシップを構築することが必要だと考えている.
4.結論
全国高体連は,教育的観点から出場種目や選手を増やしたい一方で,規模の拡大は運営 費の増大につながり,外部資金を導入というビジネス的要素を取り込んだ.そこには行動
基準の相違があり,社会的葛藤の原因として規範葛藤が発生し,さらに教育とビジネスの 役割期待が関与して葛藤過程に特別な様相が生じて組織内葛藤が存在するといえる.した がって,その社会的葛藤の建設的解決には,要求の背後にある事情を勘案し,協力して解 決策を練り上げることで,この葛藤の解決を示すことが出来るのではないか.
全国高体連は外部資金の流れをスムーズにして,企業や団体などに対し社会的信頼を得 るために財団法人化という組織強化をおこなった.しかし,組織が成熟していけばいくほ ど,ビジネス的要素の強い中央競技団体との二重構造が鮮明になり,利害葛藤が発生し,
組織の中に集団間葛藤が存在するといえる.その葛藤解決はフレーミング理論からすれば,
負のフレーミングが強まると消極的・防衛的になり自己利益を守ることを最優先にした方 略選択をしがちになることから,これをいかに正のフレーミングに転換させることが葛藤 解決につながる.つまり,全国高体連には教育の逸脱(損失)を提案せず,教育とビジネ スをいかに共存させるかという働きかけが解決につながると期待したい.
全国高体連組織はゼッケンスポンサーの導入で財源的な問題の解決に向かおうとするが,
肝心の選手に本来的な還元ができておらず,そこに組織と選手・指導者間での葛藤が生じ ている.ここには認知葛藤が発生し,集団間葛藤が存在するといえる.したがって,その 葛藤解決はフレーミング理論からすれば,選手・指導者に支援の損失がないことを提示し,
資金的援助といった獲得利益を与えることで,正のフレーミングに転換させる働きかけが 解決につながると考えられる.
目 次
序章 研究目的と研究方法・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 第 1 節 問題の所在・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 第 1 項 高校スポーツが外部資金を導入するまでの
歴史的経緯・・ 1 第 2 項 高校スポーツの教育的意義・・・・・・・・・・ 3 第 2 節 先行研究の検討・・・・・・・・・・・・・・・・ 5 第 1 項 葛藤概念に関する検討・・・・・・・・・・・・ 5 第 2 項 学生スポーツにおける教育とビジネスに
関する研究・・ 7 第 3 節 研究目的及び研究方法・・・・・・・・・・・・・ 8 注記・文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10
第 1 章 高校スポーツにおける教育とビジネスの
葛藤の要因の日米比較・・・・・ 12 第 1 節 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12 第 2 節 日本の高校スポーツの発展と全国高体連に
おけるスポーツ活動の教育的意味・・ 12 第 3 節 アメリカの高校スポーツの発展と NFHS に
おけるスポーツ活動の教育的意味・・ 15 第 4 節 日米の運動部活動の特徴と全国高体連と NFHS
にみる教育とビジネスの捉え方の差異・・ 18 第 5 節 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 20 注釈・文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 21
第 2 章 新聞記事にみる高校スポーツにおける
教育とビジネスの葛藤・・・・ 23
第 1 節 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 23
第 2 節 研究目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 23 第 3 節 研究方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 24 第 1 項 分析対象と分析期間・・・・・・・・・・・・・ 24 第 2 項 分析の方法・・・・・・・・・・・・・・・・・ 25 第 4 節 結果および考察・・・・・・・・・・・・・・・・ 26
第 1 項 各紙の「高校スポーツ」記事数から
見る経時的変化・・・・・ 26 第 2 項 各紙の「高校スポーツ」記事に
おける頻出語の特徴・・・ 28 第 3 項 メディア・フレームの設定・・・・・・・・・・ 30
第 4 項 教育関連用語とビジネス関連用語に
おける経時的変化・・・・ 32 第 5 節 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 33 注記・文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 34
第 3 章 高校スポーツイベントにおける教育と
ビジネスの葛藤解決に向けた組織の対応・・・・・・ 37
第 1 節 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 37 第 2 節 研究目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・ 37 第 3 節 研究方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・ 40 第 4 節 結果及び考察・・・・・・・・・・・・・・・・ ・ 41 第 1 項 協賛金の導入(1990 年~) ・・・・・・・・・・ 41 第 2 項 財団法人化(1995 年~) ・・・・・・・・・・・ 44 第 3 項 ゼッケンスポンサーの導入(2009 年~)・・・・ 46 第 5 節 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 48 注記・文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・ 51
第 4 章 指導現場におけるビジネスと教育の葛藤とその捉え方・ 54
第 1 節 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 54
第 2 節 研究方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・ 54 第 1 項 調査の方法・・・・・・・・・・・・・・・・ ・ 54 第 2 項 インタビュー調査の対象・・・・・・・・・・ ・ 55 第 3 項 インタビュー調査の内容・・・・・・・・・・ ・ 56 第 4 項 倫理的な配慮・・・・・・・・・・・・・・・ ・ 57 第 3 節 結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・ 58 第 1 項 A 氏の教育とビジネスの捉え方・・・・・・・ ・ 58 第 2 項 B 氏の教育とビジネスの捉え方・・・・・・・ ・ 66 第 3 項 C 氏の教育とビジネスの捉え方・・・・・・・ ・ 74 第 4 節 考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・ 84 文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 85
結論 高校スポーツにおける教育とビジネスの
葛藤とその解決・・・・・ ・・ 86 第 1 節 葛藤理論による高校スポーツにおける教育と
ビジネスの葛藤とその解決の解読・・・ 86
第 2 節 高校スポーツにおける教育とビジネスの
在り方についての新たな視座・・・・・ 90
第 3 節 今後の研究課題について・・・・・・・・・・・・ 92
文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 92
初出一覧・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 93
序章 研究目的と研究方法 第1節 問題の所在
第1項 高校スポーツが外部資金を導入するまでの歴史的経緯
日本の近代スポーツの普及について松尾(2015:35)は,「明治維新以降,近代スポーツ は,欧米先進資本主義諸国から主に高等教育機関を通じて移入され,その高等教育機関の 課外活動として普及してきた」と述べている.さらに,なかでも重要な役割を果たしてき たのが校友会運動部と述べ,「上級学校がない場合には中学校が先んじて創設することもあ ったが,基本的には上級学校から中学校などの下級学校へ,中央から地方へという流れで 校友会運動部が全国に普及・発展した」と論じている.
さらに松尾(2015:35)は,「明治期に移入された近代スポーツは,近代学校教育制度の 整備に伴って,学校の校友会運動部の活動を中心に急速に普及した」とし,「大正期になる と学生競技会が日本の競技会を代表するようになり,その傾向は昭和期に入っても同様」
で,「学校運動部は,学校教育の一環として展開されながら,競技力向上を狙う機関として も重要な役割を演じてきた」と言及している.
また「戦後,文部省は,全国中体連とともに学校運動部の教育としてのスポーツ,大会 規模の拡大防止,学校期制のスポーツを推進していたが,東京オリンピックの開催が近づ くにつれて水泳競技などの競技団体を中心に,競技としてのスポーツ,大会規模の拡大推 進,エイジグループ制のスポーツによる国際的な競技力向上求める声が高まった」(松尾,
2015:229)と東京オリンピックへの競技力向上を目的に,競技としてのスポーツや大会規
模の拡大や全国大会の容認が進んだとしている.
実際に1961年に全国高等学校体育連盟(以下,全国高体連)で主催していた全国大会全 競技が文部省の後援となった.そして,1963年にこれまでの全国高校選手権が全国高等学 校総合体育大会(以下,「インターハイ」と略す)として発足.翌年の1964年には全国高 校総合体育大会開催基準要項が制定され,高校スポーツにおいても大会規模の拡大が進ん だ.さらに1965年からは,同一のブロック内での開催となり,規模・内容においても高校 スポーツ最大級の祭典に発展した.
一方で,日本のスポーツの全国組織の創設について中村(2010:39)は「日本のスポー ツで最初の全国組織は,1911年(明治四十四年)に設立された体協だ.二〇年代には大日 本水上競技連盟(一九二四年),日本陸上競技連盟(一九二九年)など各競技団体の全国組 織が設立された」と述べたうえで,その理由については,競技大会の運営やオリンピック
への選手派遣を政府と連絡・調整するためだったとしている.
中村(2010)によると,既に1920年代から,野球の大会やリーグ戦にはメディアの支援 や潤沢な入場料収入があった.同時に,野球人気の高騰により新聞社主催の大会が乱立し,
学校間で選手の引き抜き競争が過熱して,アマチュアリズムに反する選手への金銭授受す ら頻発するようになっていた.1930年代に入ると,政府は,こうした商業的な過熱現象を 抑制することと,同時期に左傾化する学生たちを「思想善導」するスポーツ政策を進めよ うとしていたことから,文部省主導の野球協会設立を計画した.しかし,日本の学生野球
は選手やOB,マスメディアなど民間の人々による自治で運営されていたことから,文部省
主導の組織化に警戒感があった.そこで野球関係者の自治による組織化が目指されたが,
学校間の利害の相反から挫折してしまった.その結果,1932年4月に文部省主導による野 球統制令が施行された.ただし,政府主導のスポーツ政策を貫徹するには文部省に十分な 予算がなく,資金力を持つスポーツ団体や組織からの協力が必要不可欠だったため,最も 人気競技で資金力のあった野球については,大会開催の抑制はできても乱立を止めること はできず,その運営に関してもメディアを含めた野球関係者の意向を排除することはでき なかった.
こうして野球を始めとする日本のアマチュアスポーツは,選手と教員(顧問)とOB・OG が大会運営し,それを学校や自治体が資金面でサポートすることで発展した.しかし,大 会が大きくなるにつれて,それだけでは資金が足らなくなり,外部資金の導入を進めるこ とになった.
高校スポーツ(注 1)の中心的大会であるインターハイでは,開催費用の負担が年々増 えたことで,運営費用の調達に苦慮してきた.その理由に,インターハイの出場選手数の 増があげられる.1963年の夏季インターハイ開始時には20,204名(男子12,120名,女子
8,084名)だった参加者数が,初めて大口協賛を導入した1993年インターハイ栃木大会時
には25,558名(男子15,253,女子10,305名)と大幅に増加している.
このような出場選手数の増加に伴い,開催場所の確保や競技役員,審判といった関係者 の派遣数の増加,さらに施設使用料や人件費の高騰が開催地費用負担増につながり,高校 スポーツは外部資金の導入を余儀なくされた.また1990年以降,日本はバブル崩壊へと進 み日本経済が大きく冷え込んだことも影響したと考えられる.
そして,当時を知る元全国高体連理事長X氏が「このころもう一つの問題となっていた のが,全国総体そのものに経費がかかりすぎるということです.開催地の負担は当時の金
額で10億円を越えるものでした.さりとて生徒の加盟費という浄財で組織されている高体 連の費用だけでは賄えるはずがありません.このため全国総体の規模適正化を図り,一方 このことは,全国総体に出場できる生徒を増やしたい.その思いからアマチュアリズムが 強かった高体連も,民間活力を導入し本当に高体連の活動を理解し支援してくれる民間団 体から経済的援助を受け入れ,それにより開催地の経費負担を少しでも軽減していくとい うことになりました」(全国高体連50年史,1999:34)と当時のインターハイ経費が膨ら むことによって,外部資金の導入を開始したことを証言している.
このように外部資金の導入に対して,これまでアマチュアリズムを体現してきた高校ス ポーツの教育的意義が揺らぐのではないかという懸念が社会的に広がっていった.
第2項 高校スポーツの教育的意義
現在の高校スポーツの教育的意義を検討するにあたり,欠かせないのがスポーツ基本法 や学習指導要領といった法的な解釈である.
スポーツ基本法(2011,online)では,基本理念の中で青少年に対して「スポーツは,
とりわけ心身の成長の過程にある青少年のスポーツが,体力を向上させ,公正さと規律を 尊ぶ態度や克己心を培う等人格の形成に大きな影響を及ぼすものであり,国民の生涯にわ たる健全な心と身体を培い,豊かな人間性を育む基礎となるものであるとの認識の下に,
学校,スポーツ団体,家庭及び地域における活動の相互の連携を図りながら推進されなけ ればならない」とスポーツを行うことで,青少年期は特に人格の形成につながるとし,そ のためには学校やスポーツ団体,家庭,地域などとの連携の重要性について明文化してい る.
また同法第17条では,学校における体育の充実に関して「国及び地方公共団体は,学校 における体育が青少年の心身の健全な発達に資するものであり,かつ,スポーツに関する 技能及び生涯にわたってスポーツに親しむ態度を養う上で重要な役割を果たすものである ことに鑑み,体育に関する指導の充実,体育館,運動場,水泳プール,武道場その他のス ポーツ施設の整備,体育に関する教員の資質の向上,地域におけるスポーツの指導者等の 活用その他の必要な施策を講ずるよう努めなければならない」としたうえで,第7条の関 係者相互の連携及び協働では「国,独立行政法人,地方公共団体,学校,スポーツ団体及 び民間事業者その他の関係者は,基本理念の実現を図るため,相互に連携を図りながら協 働するよう努めなければならない」と,学校体育の充実は,青少年の心身の健全な発達や
スポーツの技能取得につながるとしているが,そのためには公的機関や学校だけではなく,
スポーツ団体や民間事業者との協働も必要だとしている.
さらに,国民の権利義務に関係する法規としての性質を有する,高等学校学習指導要領
(文部科学省,2009:8)では,教育課程の実施等に当たって配慮すべき事項として運動部 活動について「生徒の自主的,自発的な参加により行われる部活動については,スポーツ や文化及び科学等に親しませ,学習意欲の向上や責任感,連帯感の涵養等に資するもので あり,学校教育の一環として,教育課程との関連が図られるよう留意すること.その際,
地域や学校の実態に応じ地域の人々の協力,社会教育施設や社会教育関係団体等の各種団 体との連携などの運営上の工夫を行うようにすること」と運動部活動の教育的意義につい て述べている.
このように,スポーツ基本法や高等学校学習指導要領では,高校スポーツの教育的意義 として,学校体育を中心としたスポーツ活動での教育や人格形成についての指針を打ち出 している.さらに,学校以外の場においてスポーツ団体や地域社会,民間事業者などと協 働することにも教育的意義のあることだとしている.
また高校スポーツと教育を結びつけるうえで,組織構造にも特徴がみられる.全国高体 連の組織図(図1)では,下部組織に4つが属している.その中の都道府県高等学校体育 連盟(以下「都道府県高体連」と略す)は,各都道府県の高校内や,教育庁(教育委員会)
の保健体育課内などに所在地を持ち,各行政機関と連携(注 2)をしている.さらに,各 高体連事務局の専属職員の賃金は,全国高体連から支払われているものではなく,各都道 府県庁からの支給となっていることも特筆すべき点である.
【図1】(公財)全国高等学校体育連盟について/組織図
出典:全国高等学校体育連盟HPより抜粋(https://www.zen-koutairen.com/f_organiz.html)
このように表面的な形態では全国高体連の傘下に属しているものの,実情では各都道府 県の行政組織に属し,教育庁(委員会)の傘下にも入っていると捉えることができる.よ って,高体連組織は教育に関連する行政機関との密接なつながりで成立しており,ここで も高校スポーツがいかに教育の範疇に収まっているかが見えてくる.
以上のように,わが国では,スポーツ政策を主に教育政策の一環としてとらえてきた土 壌があり,高校スポーツをはじめとする学生スポーツを通して,スポーツと教育を結びつ けることに成功したということができる.一方で近年は,インターハイにみられるように 資金調達を目的とした高校スポーツのビジネス(注 3)が顕著となっていることも事実で ある.しかし,そこには長きにわたってアマチュアリズムを標榜し,その教育的価値を掲 げてきた高校スポーツに,資金不足という理由だけで,公的資金以外の民間団体からの経 済的援助を受け入れることによって,その教育的価値が貶価するとして,相当の抵抗があ ることは想像に難くない.つまり,日本のスポーツ界で経済的な垣根となっていたアマチ ュアリズムが後退し,いわゆるスポーツがビジネスとしての経済的な活動として認められ た時以上に,高校スポーツが経済的な活動に取り込まれるビジネスに対する教育との葛藤 はより強く生起すると考えられる.
そこで,本論では,高校スポーツにおけるビジネスの問題を考える時に,この葛藤状況 とその解決のプロセスを解明する必要があると考え,高校スポーツにおける教育とビジネ スの葛藤の問題に焦点を当てることとした.
第2節 先行研究の検討 第1項 葛藤概念に関する検討
広辞苑(2018:580)によると葛藤は「葛や藤のつるがもつれからむことから,もつれ,
いざこざ,悶着,争い」,「心の中に,それぞれ違った方向あるいは相反する方向の欲求や 考えがあって,その選択に迷う状態」,「禅宗で文字言語のこと.また公案のこと」と記さ れ,その意味は広義に捉えることができる.
紛争と葛藤について心理学からアプローチしている大渕(2015:15-18)は,「社会的葛 藤とは,個人間あるいは集団間に,またある場合には個人と集団の間に対立が生じている 状態」と述べ,葛藤の基本的性質を理解するうえでは,そのタイプを分類することが有益 としている.
タイプの分類には,トーマス(1992)によって提示されている利害葛藤,認知葛藤,規
範葛藤の三タイプを引用している(表1).さらに大渕は,これら三タイプに分類している ものの,多くの葛藤は複数の性質を併せ持つとし,どの面が強いかによってタイプ分けを することが可能とも述べている.また大渕(2015:20-22)は,社会的葛藤には事象が起こ る社会的関係の文脈に焦点を当てることによって,対人葛藤,集団間葛藤,組織内葛藤の 三タイプに分けることも可能と述べ,その性質については,表2に示す通りである.
表1 社会的葛藤の基本的性質の分類分け(トーマス1992・大渕2015を参考に筆者が作成)
葛藤タイプ 特 徴
利害葛藤 当事者間の願望が異なる状態のことを指す.
認知葛藤 意見や認識の不一致を指す.
規範葛藤 個々人の価値観や行動基準の違いによって生じる対立を指す.
表2 社会的状況による葛藤の分類(大渕2015を参考に筆者が作成)
葛藤タイプ 特 徴
対人葛藤 個人間に起こるもので,夫婦,親子,友人など近隣間に起こる対立や確執.
人間関係の中で発生し,関係の質やこれまでの経緯などを抜きに理解できない.
集団間葛藤 国家間,地域間,企業間,あるいは企業内の部署間など,集団と集団の間に起こる対立.
集団アイデンティティ,集団同一化,集団意思決定など集団過程に根差す心理要因が特徴.
組織内葛藤 企業など組織化された集団内で発生する葛藤は,役割期待,地位関係,組織文化など組織特有の要因が関 与して,葛藤過程に特別な様相が生じること.社会的葛藤研究の中でも最も数が多いのが組織内葛藤.
一方,葛藤を解決する方法について大渕(2015:85)は,フレーム(frame)とは「問題 をどの角度から見るか」と述べたうえで,フレーミング(枠組み作り)は「選択肢の幅を 狭め,意思決定を一定方向に絞るはたらきをする」としている.福野・大渕(1998:119-141)
らは,葛藤状況に関わる代表的なフレーミングを「正のフレーミングと負のフレーミング」
に分類し,正のフレーミングは葛藤解決にあたって自分が得られる利益に注目するもの,
負のフレーミングはコストや損失に注目する見方としている.さらにカーネマンら(1979: 263-291)のプロスペクト理論によると「損失の大きさのほうが利益の大きさよりも人間の 行動に強い影響を与える」とされている.
これらを踏まえて大渕は(2015:86-87)は,「葛藤場面においても,損失回避の負のフ レーミングは利益追求の正のフレーミングよりも優勢になりがち」とし,「一般に,葛藤解 決において損失の観点からだけ問題を構成すると,態度が硬化し合意が難しくなる」と述 べている.また,「正のフレーミングは,楽観的で柔軟な思考を促すので,総合的解決に向 かう可能性が高まる.葛藤時には誰でも負のフレーミングを抱きやすいことから,これを いかに弱め,正のフレーミングに転換させることができるかが建設的解決に向かう鍵とな
る」と葛藤解決においての一例を示している.
前述したように,高校スポーツにおいては,民間団体による経済的援助が教育的価値を 貶価するという捉え方があり,基本的には教育とビジネスが社会的に対立傾向にあると考 えられる.しかし,高校スポーツは資金的解決をするためにビジネスを取り入れていく過 程で,過度なスポンサーシップや外部資金を提供するメディアなどに対し,教育への依存 度が高いことを示すことで,その介入を和らげる役割も果たしている.また一方で,外部 資金導入するために,教育の干渉を抑制することによって,ビジネスという商業的システ ムに依存するという相互依存の現象が生じていると考えられる.
よって,本論の葛藤における概念定義では,高校スポーツにおける教育とビジネスには,
基本的に対立構造ではあるものの,葛藤理論で言うところの社会的相互依存によって対立 を回避しようとする力が働くものと捉える.さらに,高校スポーツにおける教育とビジネ スの葛藤の解決については,フレーミング理論に従って検討することが可能であると考え ている.
第2項 学生スポーツにおける教育とビジネスに関する研究
大学スポーツ協会(Japan Association for University Athletics and Sport:以下「UNIVAS」
と略す)を設立するにあたり,教育とビジネスの葛藤からくる問題について検討が行われ た.
友添(2017:9)は,「ビジネスの帰結として,本家のNCAAでは,上述した学生アスリー トの低学力問題,大学スポーツに起こる絶え間のないセクハラやハラスメント,過剰な商 業主義による悪しき勝利至上主義の蔓延,強豪大学とそれ以外の大学の二極化現象が指摘 され,本音のところではスポーツによる人格形成機能の後退なども深刻であるという」と 指摘し,ビジネスからくる教育的機能の低下への懸念について述べている.もちろん,こ の論文の主旨ではないが,スポーツによる人間形成機能がいかなるものであるのか,なぜ 後退するのかについては言及されていない.さらに,このような現状に対して,どのよう な教育とビジネスの葛藤が生起しているのかも,その解決方法についても言及されていな い.
宮田(2017:50)も,「日本でも大学スポーツの利益に過度な期待をすることは学業軽視 の弊害を悪化させるにもかかわらず直接・間接の利益目標を達成できないということにな るであろう」と,学業という面でビジネスの影響をとらえている.しかし,ある面このこ
とは,学生アスリートにとって,大学にとって,相互にステークホルダーの関係を維持す る上で,建前としての文武両道は合意済みであると考える.したがって,そこには懸念す るような教育とビジネスとの葛藤は生起しない可能性が高いと考えられる.
当時の日本版NCAA(現在のUNIVAS)に対して学生野球の観点から,中村(2017:58)は,
「日本版NCAA構想はビジネスを優先するあまりに,学生スポーツが学生という立場だから こそ遵守されなければならない基本的な原則についての理解や,そのために必要なビジネ スの規制を欠いているといわざるを得ない.むしろ,日本版NCAAの設立を契機として,全 ての競技において学生スポーツの理念を明示し,そのために必要な規制や原則,容認しう る選手・指導者への待遇・報酬の限度についての規則を制定することこそ必要なのではな いだろうか」と述べ,日本の文化を考えた上での規則の必要性について言及している.た だ,「遵守されなければならない基本的な原則」の解釈をめぐる議論もされていないし,教 育としてのスポーツが自明視されている中で,原則や学生スポーツの理念自体が曖昧さを 含んでおり,ある程度の方向性は示せても,そのことを規制することは困難だと言わざる を得ない.それよりも,どのような規制を制定しようとも生じる葛藤の実態とそれを解決 するための方法について検討した方が生産的であると考える.
また川井(2017:92)は,「学校スポーツをめぐる教学上(教育面で)の成功とビジネス 上(興行として)の成功は二律背反の関係にある」と述べ,教育とビジネスに葛藤が生じ ていることに言及したうえで,「学校スポーツに内在するこの二律背反にどのように向き合 い,自立的規制が困難なこの軍拡競争をどのように制御していくのか」と本場のNCAAの状 況を踏まえたうえで,その葛藤の解決について提案している.しかし,ここにおいても,
教育とビジネスの葛藤が何によって,誰によって生起するのか,その葛藤の解決は,何に よって,誰によってなされるのかについては検討されていない.しかも,基本的に,教育 とビジネスを単なる二律背反として捉え,自主的規制が困難であるとしているところに問 題解決放棄の疑問を感じる.
このように,日本版NCAAを展開するにあたり,大学スポーツでは,教育とビジネスに関 しての議論はなされてはいるが,そこでの問題点を葛藤理論から分析した研究は見られな い.ましてや高校スポーツの教育とビジネスに関する研究となると皆無に等しい.
第3節 研究目的及び研究方法
以上のように,伝統的にアマチュアリズムの理念を体現するスポーツによって,教育的
価値を標榜してきた高校スポーツが,それを統括する全国高体連の主催するインターハイ を中心として,資金不足の理由から,公的機関及び公共性の高い企業からの援助以外に人 的・資金援助を受け,ビジネスを取り入れる傾向にある.そこには,スポーツにおける教 育的価値を貶価するようなビジネスという対立的な構図が見て取れる.それゆえ,高校ス ポーツにおいて教育とビジネスに葛藤が生じるわけであるが,一方で,社会的相互依存に よって,その葛藤を回避しようとする働きも同時に起きてくる.
そこで,本論は,高校スポーツにおける教育とビジネスの葛藤とその解決の諸相につい て,組織と指導者の面から明らかにし,葛藤理論によってそのメカニズムについて読み解 き,これからの教育とビジネスの在り方について新しい視座を提供することを目的とする.
その方法としては,まず第1章では,高校スポーツにおける教育とビジネスの葛藤がど のような要因によって生起するのかを検証するために,日本の運動部活動と全国高体連の 組織における教育に関する捉え方を,ある程度ビジネスとして成立しているアメリカの高 校スポーツにおける教育の意味と比較することで,要因分析する.
第2章では,第1章で明らかになった高校スポーツにおける教育とビジネスの葛藤が,
どのような状況において生起しているかという社会的認識の経緯について,関連する新聞 記事を分析することによって明らかにする.
続いて,第3章では,第2章の結果を踏まえ,高校スポーツの統括団体である全国高体 連組織は,企業から資金の支援を受けてビジネスを取り入れていく歴史的経緯の中で,ど のような対応をし,その対応にはどのような社会的要因が働いていたのかについて明らか にしたうえで,高校スポーツイベントのビジネスにおける全国高体連組織の葛藤解決につ いて分析する.
そして第4章では,第3章で明らかになった全国高体連の教育とビジネスの葛藤とその 解決について,高体連組織に所属する指導者がどのように受け止め,どのように捉えてき たか,ライフヒストリー法を用いたインタビュー調査により明らかにすると同時に,これ からの高校スポーツにおける教育とビジネスの在り方について示唆を得る.
以上のような展開によって,高校スポーツにおける教育とビジネスの葛藤とその解決の 諸相について明らかにし,葛藤理論によってそのメカニズムを分析し,今後の高校スポー ツの教育とビジネスの在り方について提案をしたいと考えている.
注
(注 1)本論において高校運動部ではなく,高校スポーツと表現するのは,現代では,地
域スポーツに所属する高校生や外部指導者の導入など,かつての学校運動部の概念では とらえきれない現象が起きているからである.
(注2)2019年9月10日現在,各都道府県高体連事務局で所在地を高校以外の各都道府県 関連の施設に設置しているところは15件.大阪府や京都府などでは,教育庁(教育委員 会)組織の保健体育課の中に高体連事務局を置いて密接な連携を図り,高体連事務局の 業務を行っている.
文献
松尾哲矢(2015)アスリートを育てる場の社会学.青弓社,35-229.
中村哲也(2010)学生野球憲章とはなにか.青弓社,37-41.
全国高体連五十年史(1999)全国高等学校体育連盟創立50周年記念事業実行委員会:34.
文部科学省(2011)スポーツ基本法.
http://www.mext.go.jp/a_menu/sports/kihonhou/attach/1307658.htm 09(参照日2019 年9月15日)
文部科学省(2009)高等学校学習指導要領:8.
広辞苑第七版(2018)岩波書店,580.
大渕憲一(2015)紛争と葛藤の心理学,サイエンス社,15-87.
Thomas,K.W.(1992).Conflict and negotiation processes in organizations.
In M.D.Dunnette(Ed.),Handbook of industrial and organizational psychology.
Chicago,Rnad McNally:651-717.
福野光輝,大渕憲一(1998)交渉における認知のゆがみ,現代応用心理学講座 3 紛争の 社会心理学.ナカニシヤ出版,119-141.
Kahneman,D.,& Tversky,A.(1979).Prospect theory:An analysis of decision Under risk.Econometrica,47:263-291.
永田靖(2014)スポーツビジネスにおけるCMRの重要性-顧客リレーションシップによる 満足度の向上-.広島経済大学経済研究論集, 第37巻,第3号:47.
友添秀則(2017)大学スポーツの価値をめぐって. 現代スポーツ評論, 36, 9.
宮田由紀夫(2017)アメリカの大学スポーツNCAAから何を学ぶか.現代スポーツ評論, 36:
50.
中村哲也(2017)日本版NCAA構想の問題点の課題.現代スポーツ評論,36:58.
川井圭司(2017)アメリカ大学スポーツのアマチュア規定はなぜ違法とされたのか.現代 スポーツ評論,36:92.
第1章 高校スポーツにおける教育とビジネスの葛藤の要因の日米比較 第1節 はじめに
まず,高校スポーツにおける教育とビジネスの葛藤が生起する可能性について見ていく ために,日本における高校スポーツと教育との関係を学校運動部を中心に検討する.その 時,日本の高校スポーツの統括団体である全国高体連がどのように教育として学校運動部 活動を捉えているかをその規定から分析する.そのうえで,ある程度,ビジネスが成立し ているアメリカの高校スポーツにおける教育の意味と比較することで,日本の高校スポー ツにおけるその葛藤の要因について明らかにする.その場合,アメリカの高校スポーツの 統括団体である NFHS(National Federation of State High School Associations)の設 立目的や組織体制等を比較する.なぜなら,アメリカにおける統括団体であるNFHSは,非 常に厳しい規定とともに,ビジネスに対応できる組織として存在しているからである.
このような手続きによって,日本の高校スポーツにおける教育とビジネスの葛藤の要因 について特定化することが本章の目的である.
第2節 日本の高校スポーツの発展と全国高体連におけるスポーツ活動の教育的意味 運動部活動の起源について中澤(2014:49)は,「18世紀末から19世紀前半のイギリス のパブリックスクールにあり,それが大きく広がりを見せたのが,19世紀末から 20世紀 初頭にかけてのアメリカだった」と論じ,「両国の運動部活動は,日本の運動部活動にとっ て,明治導入期や戦後教育改革期のモデルでもあった」とイギリスとアメリカの運動部活 動が日本の運動部活動のモデルになったと述べている.
その後,日本の運動部活動は独自発展し,中澤(2014:47)は「青少年のスポーツの中 心が運動部活動にあり,かつ,それが大規模に成立している日本は,国際的に特殊である ことがわかる」と論じたうえで,日本では地域社会のスポーツが未発達であることにも触 れている.
しかし,日本でも運動部活動以外でスポーツを捉える動きは生じている.その始まりと して,1965 年(昭和40 年)に水泳,サッカー,体操競技にて民間スポーツクラブが誕生 した.
このことについて,松尾(2015:65)は「東京オリンピックでわが国の国際的な競技力 の不足が明らかになった時点で,誰が競技スポーツを担うのかという課題が顕在化された.
この時点で,従来の学校運動部を中心とした競技システムでは競技としてのスポーツを担
いきれないのではないかといった動きが生じることになる」と,民間スポーツクラブの設 立には,学校運動部だけでの競技力の向上に限界が訪れたことが,背景にあると述べてい る.
さらに民間スポーツクラブの動向として,水泳が1968年に日本スイミングクラブ協議会,
サッカーが1978年に全国クラブユースサッカー連合,体操が1975年に全日本ジュニア体 操クラブ協議会を設立した.そうすることで,高校生や中学生といったジュニア世代の全 国大会の開催も増加した.また同時期に,全国高体連(1948年6月創設)も第1回全国高 校総体(1963年)を開催している.
このように民間スポーツクラブが設立し活発になった背景として「民間スポーツクラブ は,学校運動部を中心としたアスリート養成場との断裂によって誕生したものではなく,
アスリート養成場の内部から湧出した新たな需要によって必然的に誕生してきたとみるこ とができるだろう」と松尾(2015:66)は論じている.
つまり日本では,大規模に成立している学校運動部活動の存在は大きいものの,昭和後 期にかけて水泳やサッカー,体操を中心とした民間スポーツクラブの誕生で,既存の運動 部活動と混ざり合い,活性化され日本の高校スポーツは大きく発展してきたと考えられる.
そして現代において,高校スポーツの中心組織である全国高体連が主催するインターハ イでは,実質的に民間スポーツクラブで活動している選手も出場している.しかし一方で,
課外活動ではあるものの学校教育の範疇にある運動部活動への依存度はまだ高く,教育の 中でのスポーツ活動が日本では中心的であることも事実である.
この学校運動部活動を統括している全国高体連では,教育や育成といった言葉を中心に 設立目的が策定されている.
全国高体連概要(全国高体連,online)に掲載されている設立の目的では,「この法人は 高等学校生徒の健全な発達を促すために,体育・スポーツ活動の普及と発達を図ることを 目的とする」とし,さらに目的の趣旨に関わる内容として,下記の3つを掲げている.
一つ目は,「高校生の健全育成を目指す」とし,「高校生一人ひとりが生き生きと夢をも って生活することが大切です.また,望ましい人間関係のもとで自分の個性をさらに伸ば し,自己を鍛え,たくましく生きる力を養うことが重要なことです.これらのことは,た ゆまぬ日々のスポーツ実践を通して確実に身につけることができるものと確信しています」
と,スポーツを通じた人格形成によって健全な育成が生まれるとしている.
二つ目には,「競技力の向上」を掲げ,「高校生が持っている力は無限の可能性を秘めて
おり,磨き,鍛えていけばどこまでも伸ばしていくことができます.すでに高校生が日本 のトップレベルで活躍している競技種目もありますが,全国の高校生同士がスポーツの力 と技を競い合い,高め合うことができれば,競技力の向上はもとより人間性を高めその育 成を図る上で大きな意義があると考えています」と述べている.ここではスポーツを通じ て競い合い,競技力を向上させ,さらに人間性を高めることが高校スポーツの意義として いる.この人間性を高めるという中に,勝つことだけに専念する勝利至上主義に陥らない という活動の制御の意味が込められていると考えられる.
三つ目では,「生涯スポーツ実践の基礎づくり」を掲げ,「健康で明るく豊かに生きるこ とは,人々の共通の願いです.スポーツを生活の中に取り入れ,生涯を通してスポーツを 友として実践することにより,それらの願いを叶えることができます.高校生の時期に,
自分の好きなスポーツの技術や精神を身につけることがとても大切なことです」とし,単 なるエリートアスリートの養成だけではなく,全ての学生にとって学校運動部が教育的意 義を有していることを謳っている.この生涯スポーツ実践という理念は,高等学校学習指 導要領保健体育編(文部科学省,2018:10)であげられている「生涯にわたって継続して 運動に親しむとともに健康の保持増進と体力の向上を目指し,明るく豊かで活力ある生活 を営む態度を養う」という教育目標と一致しており,課外活動であるにもかかわらず,教 科体育の教育的意味が表明されている.
このような設立目的のもと,全国高体連加盟登録状況(2018)では2018年8月時点で全 日制と定時制を合わせて,1,225,401人と36競技が加盟している.そして,この加盟状況 からも日本の高校スポーツの特徴が見える.中澤(2014:15)は,「日本では,生徒は,関 心のない場合や運動が苦手な場合も含めて,運動部活動に加入しスポーツに触れる.学校 は教科教育だけではなく,教育課程に含まれない活動でありながら,運動部活動としてス ポーツの機会を用意する」と述べ,生徒は誰でも運動部活動の機会を与えられると論じて いる.
また,全国高体連が策定している競技者及び指導者規程(2002)における目的では「高 等学校における体育・スポーツ活動は,学校教育の一環として行われるものであり,その 活動はアマチュア・スポーツマン精神に則り実施されなければならない」としている.
さらに競技者のあり方では,「スポーツ活動を行うことによって,物質的な利益を自ら受 けない」や「スポーツ活動によって得た名声を,自ら利用しない」といった規定に加え,
禁止事項として「大会参加により授与される賞金,高価な商品を受領すること」,「企業等
から入社契約もしくはこれに準ずるものの前渡しや,金品の支給,貸与等の物質的利益を 受けること」,「各種大会に参加するための旅費その他の経費を,当該校関係又は大会主催 者以外から受領すること」,「自分の氏名,写真,競技実績を広告等に使用すること.ただ し,本連盟が認めた場合を除く」と明記し,学校教育の一環やアマチュアスポーツの範疇 を逸脱しないよう制限し,ビジネスを回避しようとしている.
さらに組織的な観点から捉えると,全国高体連は高校競技スポーツ団体を縦割りに統括 している.しかし組織形態とは裏腹に,各競技専門部とパワーバランスの逆転や,野球や ゴルフのように全国高体連へ非加盟の競技もあり組織が脆弱となっている.また,米国の ように複数の競技をシーズンごとにプレー出来るシステムや,Student Athlete のような シンボルアスリートを作ることも教育的観点から敬遠している.
これらのことから,全国高体連におけるスポーツ活動は,人格形成や健全な育成に目的 をおいたうえで,選手や指導者には教育やアマチュアリズムの中での活動厳守をしている ことが分かる.また得手不得手ではなく,誰にでもスポーツ活動の機会を与えられること も日本の高校スポーツの特徴だと言える.
第3節 アメリカの高校スポーツの発展とNFHSにおけるスポーツ活動の教育的意味 ヨーロッパや北米が青少年に提供するスポーツについて,中澤(2014:15-16)は「課外 スポーツに関して,ヨーロッパや北米では,学校ではなく地域社会のクラブが青少年のス ポーツを提供するのが一般的であり,学校に運動部活動がある場合も,日本に比べてその 規模は小さく,教師のかかわりもきわめて弱い.そこでは,スポーツが学校教育と切り離 されてきた」と述べ,アメリカでは運動部活動はあるものの,スポーツを青少年に提供す る活動は,地域社会のクラブが一般的だとしている.
アメリカにおいて,スポーツが社会現象となったのは19世紀中ごろとされている.この ことについて小田切(1982:86)は「スポーツは,むしろ植民地以来の上流の人びとの生 活に先導されてきたイギリス思考を基調にして,それをアメリカ流に受容・再構成するこ とによって,とりわけ1830年代以降に明確な社会現象となった」と述べ,さらに「巨視的 に展望すれば,上流社会のイギリス・スポーツ志向は,19世紀前半を通してますますきわ だったものになっていった.実際彼等が行っていたスポーツ活動で,イギリスとの関連の ないものはないと言っても過言ではなかった」と述べている.小塩(2011:3)も同様に「一 般にアメリカの大学スポーツは,はっきりとイギリスからの直接的影響を受けて発展して
きた」とその歴史について説明している.
さらに小塩(2011:5)は「1905 年に全米大学体育協会(NCAA)が組織されるまでの約 半世紀,アメリカの大学スポーツは,大西洋をはさんだイギリスからの文化移植のプロセ スを経ながら,徐々に拡大していくのである」とし,アメリカにおける大学スポーツの中 心組織であるNCAA(National Collegiate Athletic Association:以下,NCAAと略す)も イギリスからの影響を受けていると述べている.
NCAAは,フットボールの試合中に起こる負傷や死亡事故から青少年を保護するため設立 され,競技水準別でデビジョンⅠからⅢの区分を設けている.各競技種目の競技奨学金や リクルートの規制等とともに競技選手として活動するための学業成績基準を設けているの が特徴とされている(文科省委託調査,2011).この学業成績基準を設けることで,学生ス ポーツとしての教育を担保するようになっている.
そして,NCAAの設立から15年遅れで全米の高校スポーツの中心的組織であるNFHSが設 立された.NFHSは,アメリカ国内の高校スポーツを統括する組織で,17のスポーツ競技や 文化活動(音楽や演劇など)のルール策定や安全対策などを行っている.またNFHSの傘下 に各州の高校スポーツ協会が組織され,州ごとに自治されている.
この背景は,アメリカが地方分権の進んだ連邦国家であり,行政的権限が州や公共地方 団体に委ねられているからである.それにより,NFHS やNCAA といったアマチュアの複合 スポーツ団体は,アメリカオリンピック委員会(United States Olympic Committee:以下,
USOCと略す)が統括している.USOCは,国レベルでスポーツ振興する独立の民間団体で,
非政治,非営利団体でもある.そして,アマチュアスポーツ法 (注1)を用いアマチュア スポーツ活動の推進と競技組織間の調整機関としてアマチュアスポーツを統括する中央組 織として認定されている.USOCと加盟競技団体は国税庁が認定している非営利団体でもあ り,団体への寄付金に対する免税処置が適用されている(文科省委託調査,2011).
それでは,USOCの傘下にあるNFHSはどのような目的や規定を策定しているのだろうか.
NFHSの便覧(HAND BOOK 2017-18)によると,高校スポーツの目標(Vision Statement)
について「NFHSは,教育を基本とした高校スポーツのための全国組織であり,革新的なプ ログラムを通して,健全な関与,良好な学業成績,正常な人間関係の改善を目指して,よ り豊かな人生を送るために,未来のリーダーを養成することにある」としている.このよ うに「教育を基本とした高校スポーツ(education-based high school athletics and
activities)」と表現し,高校スポーツが教育の一環であることを強調する.そして,良好
な学業成績を謳って,いわゆる文武両道を目標に掲げる.
また,その使命(Mission Statement)においては「NFHS は,健康と安全を重視する競 技規則の作成,指導者を育成する教育プログラム,スポーツをする機会を増やし,スポー ツマンシップを促進するための支援を通じて,教育を基本とした高校スポーツの在り方に 関してリーダーシップを発揮することで,加盟学校に貢献している」とあり,生徒の健康 安全とスポーツマンシップの促進を上げると同時に,指導者養成についても言及している.
教育については「教育の経験を積むこと」(Enriches the educational experience),「学 業を奨励すること」(Encourages academic achievement),「敬意,誠実さ,スポーツマン シップを促進すること」(Promotes respect, integrity and sportsmanship),「良好な学 校,コミュニティ文化を奨励すること」(Encourages positive school/community culture)
といった理念を複数あげている.
そして,これらの理念を果たすための役割として「州の協会と協力して,教育を基本と した高校スポーツの明確な価値を促進および保護する全国機関として機能する」や「フェ アプレーを促進し,高校スポーツの参加者の怪我によるリスクを最小化することを目指し た競技ルールを定めている」とある.
このように,NFHSでは,スポーツにおける教育の価値を謳いながら,高校スポーツが学 校教育を侵さないように,学業成績の担保を主張し,いわゆる文武両道を目指している.
その一方で,「1978年に制定されたアマチュアスポーツ法は,USOCに広く国民のスポー ツ参加を促進するよう義務付け,USOCプログラムズと題し,青少年や地域のための活動も 行っているが,主としてエリートスポーツに焦点が当てられているのが現状である」(文科 省委託調査,2011)とされていることから,NFHS も上部団体であるUSOC に準じてエリー トスポーツに焦点が当てられている.
また組織的な観点からもその特徴が見られる.井上ら(2001:193)は「学生スポーツが プロスポーツに近いビジネスとなっている米国では,NCAAや NFHSといった団体が総括的 に各競技運営を管理している」と述べている.さらに,NFHSはアメリカ全州を8分割に管 理し,それぞれ担当のBOARD OF DIRECTORSを配置.さらにマーケティングや財務,情報,
通信等,法律,医学など,様々な分野の専門職員を雇用している.このように,プロフェ ッショナルな体制で組織運営を行っていることも,放映権料やスポンサーシップといった 莫大な資金が動くエリートスポーツ特有の要素に対応するためだと考えられる.
以上のことからNFHSは,全国高体連と同様に教育をベースにしているものの,アマチュ
アスポーツでもビジネスを導入することに抵抗感がなく,エリートスポーツ志向が高い組 織であることが明らかになった.
第4節 日米の運動部活動の特徴と全国高体連とNFHSにみる教育とビジネスの捉え方の 差異
表3では,日米における中学校・高校運動部活動の特徴を示した.
表3 日米における中学・高校運動部活動の諸特徴
出典:運動部活動の戦後と現在(2014:中澤篤史).日本とアメリカの部分のみを抜粋
運動部活動の設置学校の割合は,日米共にほぼ全ての学校で設置されているが,部数に 関しては,トライアウト制の影響で,アメリカは少数となっている.活動状況についても,
アメリカではシーズン制がとられていることから,日本の運動部活動のように年中行われ ていない.さらに,日本では,課外活動でありながらも運動部活動は運動が苦手な生徒で も加入し触れることが出来るシステムが成立しているが,アメリカでは地域社会のクラブ がスポーツを提供し,スポーツと学校教育は別枠となっている.
そして,特筆点が全国大会の有無と指導目的である.日本では全国高体育連によりイン ターハイといった全国大会が行われていることに対し,アメリカでは,NHHSによる全国規 模の大会が行われていない.これは,前節で述べたようにアメリカが連邦国家であり,州 ごとに管理・運営されているという特有の仕組みからくる影響だといえる.
また,指導目的においても日米では大きな差が生じている.競争社会であるアメリカで は,トライアウト制を取り入れることで,教育とスポーツを明確に分けている.そして,
運動部活動の目的も競技力向上や,競争意識を高めるためのものとしている.アメリカの 子どものスポーツに詳しい谷口(2018)は,「米国の指導者や保護者は,トライアウトによ る選抜過程と試合で勝つための過程そのものが,人格形成に役立つと考えている」と述べ
日本 アメリカ
設置学校の割合 ほぼすべての学校 ほぼすべての学校
各学校の部数 多数 少数(トライアウト制)
生徒の加入率 約50~70% 約30~50%
活動状況 活発 活発(シーズン制)
全国大会 有 無
指導者 教師(関心や経験のない教師を含む) 教師とコーチ
指導目的 人間形成 競技力向上
総括的特長 一般生徒の教育活動 少数エリートの競技活動
ている.
一方で,日本の指導目的は教育活動であることから,運動部活動を教育活動の補完材料 としてきた.さらに谷口(2018)は日本の運動部活動を「生徒が民主主義や自主性を学ぶ ために役立つものと考えられたり,生徒の非行を防ぐためのものと捉えられたりしてきた.
それに,教育的に意義のあることだから,より多くの生徒がその恩恵を受けるべきだと広 がってきたのだろう」とし,本来自主的な活動であるはずの運動部活動が活動量過多に陥 っていると解説している.
つまり,アメリカではトライアウト制度を通して,競争社会で生き抜くための力を醸成 する活動として学生スポーツの教育的意義を捉えているのに対して,日本では,人間形成 という非常にあいまいな教育理念によって,学生スポーツの教育的意味をとらえていると ころが大きく異なっている点であるといえる.
また,日米の高校スポーツ統括組織である全国高体連とNFHSは,共に理念が教育をベー スに考えられ類似しているよう見えるが,組織形態では大きな差異があると考えられる.
NFHSを統括する組織であるUSOCは,「連邦の中央行政機関の下部組織ではなく,連邦法 を設置根拠とした非営利団体であり,スタッフは非公務員である.また,連邦政府予算に 一切頼ることなく自己収入によって運営されており,連邦政府が限られた監督権限を行使 することはあっても政策的に関与する余地がなく,連邦法にもそのような定めはない」(文 部科学省,2014:193)とされ,行政機関とのつながりはあるが,非営利団体して独自資金 で活動している.この運営をNFHSも踏襲し,自己財源での活動を行っている.
一方で,全国高体連は公的機関であるスポーツ庁から補助金や名義支援を受けるなど,
組織は違うものの,学校体育との密接な関わりもあり,そのつながりは強固なものといえ る.また高体連組織は,ほぼ高校教員で構成され,そのうちの多くは公立の高校教員で占 められ公務員となる.
これらのことから,日本の高校スポーツ組織は,行政管理下のもと補助金や名義使用と いった公的補助に加え,高校教員といった身分の保障がされている公務員によって運営さ れ成立している.そのことに対し,アメリカの高校スポーツ組織は,専門職員を雇用し自 己財源で体制を維持している.体制の維持や,最低でも約40名(NFHS,online)にも及ぶ 職員の雇用を生み出すために,スポーツビジネスを拡大化し,利益を追求する必要がある と考えられる.ここに日米における高校スポーツ組織の大きな差が生じている.
第5節 まとめ
以上のように,アメリカでは,スポーツにおける教育的意義は認めながらも,学校教育 とは一線を画しており,スポーツ活動が学校教育に影響を及ぼさないという観点から,高 校生が出場するスポーツ大会を授業期間中に開催することが少ない.一方,日本の高校ス ポーツでは,学校教育の範疇である課外活動として教育の一環であると捉えられるため,
スポーツ活動が教育と混然一体となって存在しており,したがって,授業期間中にスポー ツ大会に出場する時はその教育的効果からいわゆる「公欠」として扱われことになる.こ のようなスポーツ活動と教育の線引きの不明確さが,教育とビジネスの葛藤を生み出す要 因になっていると考えられる.
また,組織的にアメリカのNFHSは,国あるいは自治体から独立した団体であり,自己財 源と専門職員によって自主運営しているが,日本の全国高体連は,補助金等の資金の面で 教育行政に依存し,人的にも学校教員で運営されており,自立した組織になっていない.
この点でも,ビジネスに対して葛藤を生み出す要因となっていると捉えることができる.