1.はじめに
近年の戦略論における競争優位性の研究は,
「組織固有の資源が,企業の持続的優位をもた らす」という,特異で交換困難な資産やコンピ タンス(「資源」)から成る資源ベース論(RBV)
を中心に展開されている1)。これらのプログラ ムは,ポーター(Porter, M. E)を中心とする ポジショニングの戦略に対する批判的吟味を通 じて形成されたのであるが,その背景には,市 場主義化の進展度合いが速くなる中で「魅力あ る業界のポジション」を分析的に選択して参入 するという旧来の経営戦略ツールが,変化の激 しい経営環境の中では有効に働かなくなった2)
ことがあげられる。
そもそもこの市場志向的な戦略論は,ポー ターが産業組織論の S-C-P(産業構造 - 産業行 動 - 産業成果)分析を戦略の課題へと昇華した ことに起因する。ポーターは,産業組織論の成 果を応用しながら,企業レベルの市場での競争 優位性へと視点を移すことで,そのポジショニ ングから,「(競争優位は)当該企業を巡る市場 構造とその独占力によって決定される」(Porter, 1980)としたのである。
このポーターの市場志向的な戦略に反発し た の が, バ ー ニ ー(Barny, J. B.), ル メ ル ト
(Rumelt, R. P.),ワーナーフェルト(Wernerfelt, B.)等の資源ベース論の研究者たちである。彼
らの反論は「産業内で発展する資源は同質では ないし,それぞれの企業も同質でない(Rumelt, 1984)」「市場における構造要因とコンフリクト 関係から得られる競争優位性は,一時的である
(Wernerfelt, 1984)」「それぞれの企業は,経路 依存的で移転困難な特異な資産を有する,多 様性に富んだ存在である(Barney, 1986)」と いうものである。これらを「資源の異質性と移 転(模倣)困難性が,企業の持続的な収益性と 競争優位性を生じさせる」(Wernerfelt, 1984;
Barny, 1986)として,打ち出したのである。
この資源ベース論を発展させた概念としてコ ンピタンスという内面的なものに着目するよう になった。中心的な理論は,「競争優位を生む コア・コンピタンスは,組織内における集団 的学習であり,種々の生産技術を調整する方 法,複数の技術的な流れを統合する」(Prahalad and Hamel, 1990)というものである。彼らは,
企業内の資源・ケイパビリティ3)を新しく生 成する学習能力が高いほど,企業内の競争優位 性が高いということを定性的な事例で証明した のである。
このケイパビリティ論も,ダイナミズムの概 念を含意しながら発展した議論になる。すなわ ち「企業が独自の知識を構築して競争優位を獲 得し,コア・ケイパビリティを強化すると,環 境に不適合となり硬直化してその優位性をやが て失っていく」(Leonard ‑ Barton, 1995)とい
ダイナミック・ケイパビリティ論と企業進化の関連性
―進化理論の動学的解釈―
宮 下 篤 志
The dynamic capability theory and corporate change theory:
Dynamic explanation of evolutionary theory
MIYASHITA, Atsushi
う進化論の理論と融合するのである。この解決 の理論として出てきたのが,ダイナミック・
ケイパビリティの観点である(Teece, 1997;
Teece, Pisano and Shuen, 1997)。
そのアプローチの論点は「企業内部のケイパ ビリティを外部の環境にいかに適応させるか,
そのためにどのように従来のコア・ケイパビ リティを変化させる学習をするのか」(Teece, 2007)というものである。外部環境の中で組織 自らを変化させ,生き残るためのケイパビリ ティの生成に関わる観点に中心を置いた,ケイ パビリティをより動的に捉えていく視点であ る。
これに続き,ダイナミック・ケイパビリティ を更に明確にする理論が示された。この定義と して,組織は資源ベースを意図的に「創造,拡 大,修正する能力」である(Helfat, 2007)とし,
「内部・外部のコンピタンスの統合・構築・再 配置を実行し,急速な環境変化に対する企業能 力」(Teece, Pisano and Shuen, 1997, p.156)で あると,企業の能力と動的な観点の相互作用を 明らかにしたのである。
その後,ダイナミック・ケイパビリティの存 在については,資源,ルーティン,コンピタン スを変化させる潜在能力にあり,資源そのも のにはなく,プロセスにある(Easterby-Smith and Prieto, 2008)として,定着したのである。
この存在を明らかにするには,基本的な組織 プロセス,経営プロセスの吟味が必要であり,
環境の変化に適応しようとする組織は, 何を 行うか いかに実行するのか という行為(プ ロセス)に対して進化の観点を加味して,検討 する必要があると捉えられるのである。この場 合,アカデミズムで重要な点は,各企業におけ る進化の処方をケース・バイ・ケースで記述 し,体系化することである。
本稿は,ダイナミック・ケイパビリティの理 論と現在の日本企業の組織の進化的要素を繋ぐ 位置づけを試みている。その存在を認識するた めには,時間的,空間的にも壮大な検討が必要
な理論であり,実務のビジネスと適合するのは 並大抵のことではない。こうした観点から本稿 は,ダイナミック・ケイパビリティの生成過程 の研究の序論に相当する。
新制度派経済学は,企業を組織とみなし,企 業も市場もあくまで制度という側面から捉え,
大きく契約論的パースペクティブとケイパビリ ティ・パースペクティブの二つに分かれる。前 者はコース,ウイリアムソン,ノース等による 取引コスト論が代表的である。これらの分野は この 3 名がそろってノーベル経済学賞を受賞し ていることから明確なように,既に確立され ているアプローチである。それに対して後者 は,資源ベース論,ダイナミック・ケイパビリ ティ論,組織の経済学の系譜に属するケイパビ リティ論といったものを含むが,契約論的パー スペクティブに比較すると,理論的洗練性とい う点では未だ羽が生えそろっていない段階であ る4)。
本稿は,こうした背景も踏まえつつ,実証的 検証よりも,問題提起に主眼をおいた論考と なっている。
2.進化経済学から見るケイパビリティ 2.1 進化経済学の論点
ケイパビリティ論を特徴づけるものとして,
進化理論(ダーウィニズム)があげられる。「進 化」の概念は,まず,生物学において定式化さ れた。マルサスの経済学がダーウィンの進化論 に影響を与えたことは有名であるが,進化経済 学がその主要概念である「進化」の概念を進化 生物学から受容したことも事実である5)。
進化経済学は,生物学における 自然淘汰 の理論を経済学のメカニズムに援用しているも のである。進化とは,環境の長期的,連続的な 変化の結果生じるものであり,観察される現実 の規則性は,ある一時期を切り取った静学的な ものとして解釈されるものではない。動学的な プロセスによって,過去からの連続性の上で解 釈されるものである。つまり,環境には淘汰の
メカニズムがあり,「再生生産率の異なる遺伝 子型の自然淘汰に類似している」6)のである。
このような系譜の中で,ネルソン(Nelson, R. R.) と ウ ィ ン タ ー(Winter, S. G.) が 1982 年 に 発 表 し た『 経 済 変 化 の 進 化 理 論(An Evolutionary Theory of Economic Change)』
は,現在においても最も有力な研究の一つであ る。
彼らは,日常の経済状況の中で「市場条件が 外生的に変化するとき,企業,そして産業はい かに変化するのか」「企業のイノベーションの 源泉と帰結はいかに説明できるか」という問題 を解くことで明らかになるとしている(Nelson and Winter, 1982, = 2007, 471-472 頁)。
そして,企業でルーティン化されている行 動,すなわち規則的で予測可能な行動のパター ンのすべてを ルーティン と定義した。更 に,個人にとってのスキルと組織にとっての ルーティンはほぼ同義であり,予測可能性の 高いルーティンの集合がレパートリーである
(Nelson and Winter, 1982 = 2007, 121 頁)。組 織の能力は組織的記憶としてのルーティンの束 に依存するとした。
彼らは更に,ルーティンの範囲について,組 織の記憶と定義しながら,ルーティン化された 行動とイノベーティブな行動との間のつながり を検討し,これらの二つの考え方の間には通常 考えられているほどには大きな対立点がないこ とを示している。その範囲は,「それを変化さ せるルーティンとしての学習ないし探索までも が含まれる」としている。
しかし,個人のスキルを単に総合しただけで は組織のルーティンにはならないのであって,
組織全体の仕事を達成するためには,専門的な スキルと同時に,全体を調整していくことまで もが含まれることを示したのである。「組織の 生産作業にとっての核心は,調整である。そし て調整の核心は,自らの仕事を知り,受け取っ たメッセージを正しく解釈し,それに対して反 応する,個々のメンバーなのである」(Nelson
and Winter, 1982 = 2007, 128-129 頁)。これら 一連の行為を経て,個人のスキルと組織のルー ティンが同義となるのである。
現在の我々の一般的な日常業務を振り返って みると,反復的な業務が多いことに改めて気づ く。しかし,この反復の意味は単純な状況下だ けではない。複雑な状況の中で,組織的に仕事 を行っており,この状況は働くメンバーのレ パートリーの一覧表と一致する非常にたくさん の可能性の中から,「組織全体としての生産的 活動は,実際に構成する個々のメンバーの活動 の組み合わせを選び出すメカニズムなのであ る」(Nelson and Winter, 1982 = 2007, 129 頁)
ということになる。
組織のメンバーは,外部環境からのメッセー ジを受け,それを調整するシステムを学習する 必要がある。これが組織におけるレパートリー に新しいスキルを加えることに繋がり,ここに 進化経済学の中心概念である「進化」という絶 え間ないダイナミズムを見出すのである。
例えば,日本の製造拠点において確立した製 造のルーティンが,ムンバイの新製造拠点にお けるルーティンに完全移行できる可能性は少な い。しかし,日本で確立されたルーティンを完 全に払しょくすることも出来ない。ここに「組 織は永久運動機関ではない」7)ことを我々に想 起させる。それは,オープンなシステムであり,
環境との何らかの形での交換を通じて存続する のである。ムンバイの新たな生産拠点では,日 本で長く使い続けた機械を移転しても,あるい はベテランの日本人技術者であっても,時間経 緯と組織的プロセス自体によって変化を受け入 れなければならず,最終的には,新たなルー ティンに置き換えられていくのである。
ネルソンとウィンターは,進化に対して「進 化とは,継続的に変化し続ける特定の資源の組 み合わせに対して課せられる場合のみに,存続 できる秩序」と定義する。そして,ルーティン との関係を「新しい資源にこのルーティンの秩 序を課すという仕事のある部分は,それ自体
ルーティン的に処理されるが,その他の部分 は,その都度の問題解決の努力によって対処さ れるのである8)」としている。
組織の資源と環境が適合的でない場合,ある いは環境が組織に対して,資源を提供できない 場合は,存続が難しくなるのであり,それを避 けるためには,「既存のルーティンが,新しい ルーティンのための鋳型としての役割を果た すことができるのである9)」と,漸進的なルー ティンの進化の必要性を明らかにしている。
2.2 進化経済学とダイナミック・ケイパビリティ ネルソンとウィンターの進化理論は,資源 ベース論のコア・ケイパビリティのジレンマ の課題に繋がる。すなわち,コア・ケイパビ リティが環境の変化によって,コア・リジディ ティ(硬直化)に変わる10)という点が,ケイ パビリティの論者から大きな関心を持たれるこ とになった。
この課題には,ケイパビリティを高度のルー ティンと位置づけし,経営プロセス,組織プロ セスとの関係を深め,戦略論の入る余地を与 え,モデル化したのである(Helfat , 2007 = 2010, 193 頁)。これにより,企業の持続的な発 展という命題に対する企業家や経営者の戦略 的,意識的行動をケイパビリティによる説明が 可能となったのである。企業の発展のために,
ケイパビリティの進化モデルをいかに構築する のか,という課題に収斂し,静的ではなく,動 的な経済進化による環境の変化に当てはめられ ながら理論を発展させた11)。
そして,企業のダイナミック・ケイパビリ ティの本質は,企業のプロセスの中に内在し ている(Teece, Pisano, and Shuen, 1997, p.54)
と明確にし,その存在を明らかにした。
さらに,Dosi, Nelson and Winter(2000)は,
従来進化論とケイパビリティ論を繋ぐ観点を次 のように説明をしている。①これまでのルー ティン理論のみならず,ケイパビリティの概念 を加えることで,企業の継続性と異質性につい
ての課題を明らかにする ②ルーティンに従っ て環境の変化に適応するためにある選択をする が,その結果が他者による決定を待つという
「運命論的アプローチ」を修正する ③故意,
意識的熟慮,計画と専門的知識といった行動に 関わるケイパビリティと,自動的な低レベルの オペレーション・ルーティンとを区別する と いう,組織の変化への動的な状況としてのケイ パビリティを明確にしたのである。
更に彼らは,ダイナミック・ケイパビリティ の生成プロセスとして,組織学習の重要性を明 確にし,「有効性の改善を求めて組織が,シス テマティックにオペレーティング・ルーティ ンを生み出し,修正することを通じた,集団 的活動の安定した学習パターン」(Zollo and Winter, 2002)と組織学習を概念化した。
これらの一連の理論により,組織のコア・
ケイパビリティを強化することが競争優位に 繋がるといった当初の資源ベース論の中心概 念から,ダイナミック・ケイパビリティ論に次 第に移行されるようになったのである。組織 が環境に適応するために変化することで,競 争優位を得ることであり,Helfat and Pteraf
(2003)は,こうした視点から「動学的資源ベー ス(dynamic resource-based view)」と表現を して定義した。
2.3 ダイナミック・ケイパビリティと組織の 関係
組織の内部では慣性の法則が働き,現状を維 持していく力が強力に働くことは日常経験して いることである。慣性とは,環境の変化にかか わらず組織内に「旧式の資本設備や慣行(プラ クティス)が維持されること」(Langlois and Robertson, 1995 = 2004, 179 頁)である。換言 すれば,資源と慣性は,コア・ケイパビリティ とコア・リジディティ(Core rigidities)に対 応する(Collis and Montgomery, 1998 = 2004, 113 頁)と言うことができる。レオナード・
バートン(1995 = 2001, 53 頁)は,この転換
を印象的な言葉で表現している。すなわち,か つての「クラフトマン・シップ」を持った会社 が今は「へぼ職人」の会社に転換し,攻撃的な 成長戦略で成功した「功労者」が今は無責任な 拡大に走る「帝国主義者」に転換し,天才的な マーケティングで成功した「セールスマン」企 業が今は「風来坊」に転換すると論じている。
これらは,既存のケイパビリティが育成・維 持や環境の変化に対応できない現象を捉えてい る。しかし,環境は変わるにもかかわらず,変 化に対して,私たちはなぜこうも臆病なのであ ろうか? あるいは,変化と現状維持のコスト を勘案すると前者の方にリスクがあるのだろう か?
Teece(2007)は,組織の変化に対しての 適応の順番に関して,次のように定義してい る。第一段階は,環境の変化や機会をどう知 るか(sensing),第二段階は,環境の変化や 機会に合わせた配置,組み合わせを組織のプ ロセスとしてどう進めるか(seizing),第三 段階は,適合性を維持するために,配置や 組み合わせ,組織をどのように変化させるか
(reconfiguration)。
そして,その生成の過程は,学習プロセスに あり,「学習とは反復や経験によって,諸々の タスクをより速く行えるようにするプロセス」
であり,新結合を実現するための新しい知識 を手に入れる作用がある(Teece, Pisano and Shuen, 1997, p.520)と定義したのである。
しかし,「組織は過去の成功を強化するよう なシステムを発展させるので,失敗した戦略が 持続することになる」(Hannan and Freeman, 1977)ことを私たちは多くの事例から知ってい る。例えば,19 世紀末にエジソンが発明した 電灯に対して,当時のガス灯会社が選択した行 動は,ガス灯の品質強化であった(Utterback, 1994 = 1998)。あるいは,20 世紀の中ごろに,
アメリカン・ロコモティブが蒸気機関車の時代 が過ぎ去り,ディーゼル機関車に移行している のに,蒸気機関車の技術に対する投資をやめよ
うとはしなかった(Helfat , 2007 = 2010,
95 頁)。最近では,デジカメにより淘汰された コダックの例など枚挙に暇がない。
これらの事例は,環境の変化に適応すること が並大抵のことではないことを私たちに示唆す るのである。これがマーチとサイモンが表現す る「Daily routine drives out planning(日常の ルーティンがプラニングを押しのける)」であ る。つまり,高度にプログラム化された課業 と,高度にプログラム化されていない課業の二 つに直面している個人は,強い全体的な時間の 切迫がないときですら,後者より前者を優先し てしまうのである(March and Simon, 1958 = 1977;鈴木,2008)。
企業は,外部環境の変化に対して,その変化 や機会を全く無視した訳ではない。またその環 境の中で技術を磨き,その組織特有の組織学習 を継続していたことであろう。今は環境に不適 合な組織であっても,かつてはそれに適合し て,隆盛を極めたのである。
この進化と維持というトレードオフの課題に 対して,ダイナミック・ケイパビリティの理 論は,「進化的適合度」という概念を打ち出す
(Helfat , 2007 = 2010, 11 頁)。進化的適合 度とは,ダイナミック・ケイパビリティがどの 程度うまく働いて,資源ベースの創造・拡大・
修正によって組織に収益をもたらすかを示すも のである。変化に適合して,それが最終的には 収益を得るかどうかが,ダイナミック・ケイパ ビリティ生成の分かれ目を顕在化しているので ある。生成後の価値は,組織の特定の機能が価 値を創造するかどうかや,どの程度の価値を創 造するかに依存するのであり,機能の価値とは その環境(文脈)に現れるのである(Helfat
, 2007 = 2010, 22 頁)。つまり,生成の主要 因となるのは,環境の変化であり,それは,ダ イナミック・ケイパビリティの価値を増やすに も,減らすにも変化への適応度合いによるもの であり,環境の変化が組織に及ぼす要因はコン トロールはできないのである。
例えば,2013 年 11 月に成立した「タクシー 減車法案」は,新たな需要創造を求めて努力し てきた企業にとっては,減車によってその努力 の結果が薄まることになった。横並びのサービ スから脱却して,品質とコストを差別化要因と していた企業は,ダイナミック・ケイパビリ ティを生成していたであろう。しかし,政府の 規制によって,そのケイパビリティの価値は低 下してしまうだろう。
現在までに,ダイナミック・ケイパビリティ によって競争優位をもたらす要因については,
理論的にまだ確立されていない12)。しかし,
途中段階としてのいくつかの条件は,明示され ている。第一は,同じタイプのダイナミック・
ケイパビリティであっても,その結果は組織に よって違うこと 第二は,利用されなければ価 値はない 第三は,需要に対する希少性がある
(Peteraf and Barney, 2003)。
要するに,プロセスとしてのケイパビリティ が環境に適応し,それが希少性であることが求 められ,ここに進化の過程が含まれることが,
進化的適合度を維持することに成功しているこ とになる(Helfat , 2007 = 2010, 26 頁)。
しかし,どのような要素が成長持続性に寄与 するのか,しかも企業,産業がどのような状況 にある時に寄与するのかについては未だわから ない(Helfat , 2007 = 2010, 190 頁)ので ある。
したがって,何が進化適合度に結びつくのか は未だ判然としておらず,それは環境との適合 の結果が決めることが明らかにされているのみ である。このことに関して,Helfat らは,戦略 論の実証研究を通じて,企業の成長パフォーマ ンスとダイナミック・ケイパビリティとの結び つきを吟味する機会は豊富に残されていると指 摘している13)。
3.ルーティンと組織変革活動 3.1 組織変革活動とルーティンの仮説
組織は探索と選択を繰り返しながら意思決定
を行い,結果として変化をする。これは何らか の意図的な行動である。しかし,意図しない行 動も存在する。パソコン製造における部品の据 え付け,物流センターにおける貨物の方面別の 仕分け,あるいはオフィスにおけるパソコンの 入力作業などである。これらは,その仕事の活 動目的が明確である場合,組織のメンバーはこ れまでやってきた活動(マニュアル的活動)に 専念し,集中する傾向がある。これがマーチと サイモンがいう「プラニングのグレシャムの法 則」である(March and Simon, 1958 = 1977)。
全く新しい組織でない限り,この活動の中心 はルーティンであり,それがプロセスとなる。
そして次第に環境が変化していくと組織は環 境に適応するためにルーティンを進化させる。
その場合,ルーティンは組織に「予測可能性
(Predictability)」(March and Simon, 1958 = 1977)の増大というメリットをもたらす。つま り,不確実な環境の変化であっても,適合しよ うとする圧力がルーティンを変化させるのであ り,変化後のルーティンであっても,仕事に予 測可能性をもたらすのである。この意味でルー ティン化された業務の状態は「自己維持的」で ある。
一方で,環境の変化に適応できない場合,企 業は売上の減少など「不連続的な環境」の変化 に陥る。それが恒常的になれば市場からの退出 を余儀なくされる。これらに対峙しながら再び 組織を成長軌道に乗せることが必要不可欠であ り,そのためには何らかの意図的な適応が必要 となる。これが戦略転換の意思決定である。
こうした,不連続な変化への対応にはイノ ベーションが必要であり,シュンペーターは これを「新結合を行うこと」として特定した
(Schumpeter, 1934)。ある意味,経営者は不連 続に対しての意思決定とその強い実践を組織に 促していく役割を担う。
組織は外部環境に適応するために,経営者の 意思決定を受けて,ルーティンを変化させるこ とで変革を実践する。この変革度合いの強弱に
よって組織変革の時間的,空間的な移行は違 う。しかし,それらは,不連続な環境の変化に 適応するための既存のルーティンの新結合であ る。「新しいルーティンのための鋳型としての 役割を果たすのである」(Nelson and Winter, 1982 = 2007)。
環境の不連続的な変化が起きれば,かつて適 合的であったルーティンが不適合を起こす。そ の場合,組織は確立したルーティンのレパート リーの中から新しい環境に適応するルーティン を検索し適応する。これがダイナミック・ケイ パビリティの概念と適合する。
しかし,ルーティンは,プロセスであるが はっきりと視えないため,新しい環境に適応 しているかどうかは明確には解らない。そこ で,実践行動の源は「時間」と置き換えること ができる。ここでいう時間とは労働力のことで あり,「労働力とは時間の関数」であり(亀川,
2013)。経済的価値に応じた労働資源の配分と なる。
不連続的な変化も目に視えては明確ではな い。多くは後世から捉えてその現象を証明して いるのであり,渦中の時は明確でない。しかし,
売上の減少は,外部環境に対する不適合の要因 であり財務諸表に現れる。これは組織が変化に 不適合なのか,市場の変化が激しいかのどちら かである。いずれも,過去の連続性が途切れ始 めているのである。
組織が環境の変化に適合していくためには,
日常の労働時間を巡る資源配分と売上の関係を みることによって,ルーティンのイノベーティ ブな進化の一部を捉えることができると考え る。
それゆえ,以下のような仮説となる。
仮説(1)
「 環境の変化に適応するための変革活動は,
日常の労働時間にそのための資源配分を含 ませている」
この仮説を証明する代替的仮説は以下のよう
になる。
仮説(1-1)
「 変革活動が必要な組織は,業務時間の一定 の割合をそれに充当させている」
仮説(1-2)
「 変革活動が必要な組織は,売上が減少して いる」
ルーティンを実行することは,数多くの下部 ルーティンの構成要素を効果的に統合すること を必要とする。これらは,単純業務ではないが,
経営の意思決定が逐一必要ではなく,その認識 がなくとも,つまり経営層の関心を必要とせ ずに達成されるのである(Nelson and Winter, 1982 = 2007)。この状態が,ネルソンとウィン ターがいう,組織学習の観点である。組織学習 の場は,一般的にはボトムやミドルが主導と なって行う。不連続的な環境の変化に適応する 組織は,探索,選択といった行為を行いながら,
組織を変革させていく。
特 に, 伝 統 的 な 日 本 企 業 の 組 織 は, ミ ド ルアップの組織行動を重視する傾向にある
(Nonaka, 1988)。これは,ミドルやボトムに位 置する人たちが環境の変化に適応しながら働き かけ,最終的にトップの意思決定を誘引してい くというプロセスである。
不連続的な環境変化に適応するために組織は その変革においても,このミドル・ボトムアッ プ型のスタイルを踏襲しながら探索,探査を行 い,トップダウンである戦略プロセスを受け て,ミドル・ボトムアップの組織プロセスで計 画と実践を融合する。
それゆえ,以下のような仮説となる。
仮説(2)
「 変革活動を行っている組織は,ミドル・ボ トムアップ型の傾向が強い」
この仮説を証明する代替的仮説は以下のよう になる。
仮説(2-1)
「 ミドル・ボトムアップでの変革が強い組織 は,トップダウンのそれに比較して変革活 動が浸透している」
仮説(2-2)
「 ミドル・ボトムアップの傾向が強い変革活 動は,ルーティンの組み替えだけでなく,
顧客や事業領域拡大に向けた組織改革活動 を行っている」
組織変革活動におけるイノベーションは既 存ルーティンの新結合(Nelson and Winter, 1982)である。組織変革活動の主役である組織 を構成する行動を変数として扱う可能性は無限 に拡がっている(Helfat , 2007)。
ティース等の 1997 年の論文では,学習プロ セスの重要性を指摘している。そこでは「学習 とは反復や経験によって,諸タスクを速く行 えるようにするプロセス」(Teece, Pisano and Shuen, 1997)である。ダイナミック・ケイパ ビリティの理論では,学習を通して,ルーティ ンを結合しながら,企業が資源移転コストを低 下させることができるということであった。学 習を行うためには,組織に属する自律性が不可 欠としている。ルーティンを変更していくに も,逐一トップの承認を得るには,あまりにも 経営課題としては,細部すぎるのである。自律 性は,組織に対するモティベーションが必要と なり,内発動機づけとなり,組織変革活動にお いては必要不可欠である。モティベーションは 時に強い帰属意識を生み出す。
そこで仮説(3)は次のようになる。
仮説(3)
「 組織変革活動を行っている組織は,メン バーのモティベーションが高く,それを自 律的に行っている」
この仮説を証明する代替的仮説は以下のよう になる。
仮説(3-1)
「 組織変革活動が必要な組織は転職志向が弱 い」
仮説(3-2)
「 組織変革活動が必要な組織は,内部的業務 処理を削減して集中している」
改革活動と転職志向の関係,そして改革活動 と内部業務処理削減の関係が,それぞれ正の関 係を有しているかを検証する。
3.2 仮説の検証
ルーティンと改革活動に関係する要因を検証 するために,2013 年 6 月に実施したインター ネットによるアンケート調査を用いる。この調 査は,実務経験を有する正社員および役員の男 女,更には自社経営状況を把握しているか否か の点を考え,勤続年数が 5 年以上の者を対象に している。有効回答者数は 365 名14)。アルバ イト,派遣社員は対象にしていない。検証方法 としては,
χ
2検定を行う。基本的な仮説(1)「改革活動を行っている組 織は,ルーティンと意図的な資源の配分を企業 活動の中に含ませている」を検証するために,
企業における改革活動の必要性,改革活動に割 く時間の割合および 3 年前との売上比較につい て相関係数をみると,改革必要性と改革活動割 合では正の相関(5%有意),改革必要性と売上 3 年前比では負の相関(1%有意)を示した。
表 1 相関係数「改革必要性×改革割合×売上 3 年前比」
改革 必要性
改革 割合
売上 3年前比 Pearson の 相 関 係 数 1 .131* ‑.219**
有 意 確 率 (両 側 ) .012 .000
Pearson の 相 関 係 数 .131* 1 ‑.086
有 意 確 率 (両 側 ) .012 .099
Pearson の 相 関 係 数 ‑.219** ‑.086 1 有 意 確 率 (両 側 ) .000 .099 改革必要性
改革割合
売上3年前比
*. 相関係数は 5% 水準で有意 (両側) です。
**. 相関係数は 1% 水準で有意 (両側) です。
次に仮説(1-1)を検証するために,改革の 必要性と改革活動に割く時間の割合で
χ
2検定 を行った。表 2 クロス集計「改革必要性×改革割合」
現状のま まで良い
改革・変 革が急務
度数 64 84 148
残差 3.1 ‑3.1
度数 49 128 177
残差 ‑2.5 2.5
度数 11 29 40
残差 ‑.9 .9
124 241 365
合計
改革必要性
合計
改革 割合
0%
1~30%
31%以上
結果は p = 0.008,
χ
2値= 9.539,自由度=2 で有意差が認められた。つまり改革活動に割 く時間は,改革・変革の必要性の有無に関係が ある。残差を見ると「現状のままで良い組織」
は「改革・変革活動に割く時間の割合」が 0%
の場合プラス傾向,「改革・変革が必要な組織」
は,それに割く時間が 0%の場合マイナス傾向,
1-30%の場合はプラス傾向であった。以上の結 果から改革・変革活動が必要な組織は,現状の ままで良い組織と比較して,改革に多くの時間 を割いていることが明らかとなった
(1-2)の仮説についても売上 3 年前比と改革 の必要性で
χ
2検定を行う。表 3 クロス集計「売上 3 年前比×改革必要性」
増加 変わらない 減少
度数 43 63 18 124
残差 1.4 2.4 ‑4.0
度数 67 91 83 241
残差 ‑1.4 ‑2.4 4.0
110 154 101 365
合計
売上3年前比
合計
改革 必要性
現状のま まで良い
改革・変 革が急務
結果は p = 0.000,
χ
2値= 16.333,自由度=2 で有意差が認められた。つまり改革・変革の 必要性と売上の増減は関係がある。残差をみる と,「現状のままで良い組織」では売上減少と
答えた人の割合がマイナス傾向,「改革・変革 が必要な組織」では売上減少と答えた人はプラ ス傾向であった。以上の結果から,「改革・変 革が必要」な組織は「現状のまま」の組織と比 較して,売上減少の傾向が強いことが示され た。
次に,仮説(2)「改革活動を行っている組織 は,ミドル・ボトムアップ型である」の検証は,
仮説(2-1)「ミドル・ボトムアップ型は,トッ プダウン型に比較して改革活動を行っている」
と,仮説(2-2) 「ミドル・ボトムアップ型は,
ルーティンだけでなく,顧客や事業領域拡大に 向けた改革活動を行っている」の二つの仮説の 検証をする。
表 4 相関係数「戦略思考×改革必要性」
戦略思考 Pearson の 相 関 係 数 0.007 有 意 確 率 (両 側 ) .895 改革必要性
注)戦略思考とは,トップダウン型かミドルアップ型を ここでは指す
この相関分析の結果,改革の必要性と戦略思 考(トップダウンかミドルアップ)では,0.007 と非常に相関係数が小さく,ほとんど相関がみ られない。
仮説(2-1)を戦略思考と改革活動に割く時 間の割合で
χ
2検定を行う。表 5 クロス集計「戦略思考×改革割合」
ト ッ プ ダ ウ ン 型
ボ ト ム ・ ミ ド ル ア ッ プ 型
116 32 148
残差 2.4 ‑2.4
122 55 177
残差 ‑1.1 1.1
23 17 40
残差 ‑2.1 2.1
261 104 365
合計
戦略思考
合計
改革 割合
0%
1~30%
31%以上
結果は p = 0.020,
χ
2値= 7.860,自由度=2 と有意差が認められた。残差を見ると「トッ
プダウン型」の組織は改革・変革に割く時間が 0%の場合にプラス傾向,改革・変革に割く時 間が 31%以上の場合はマイナス傾向であった。
「ボトム・ミドルアップ」型の組織は,改革・
変革に割く時間が 0%の場合は,マイナス傾向 であり,改革・変革に割く時間が 31%以上の 場合はプラスの結果となった。このことから,
ボトム・ミドル型の組織が改革に比較的力を入 れている結果となった。
仮説(2-2)の戦略思考別に改革活動に割く 時間の割合と改革内容で
χ
2検定を行う。表 6 クロス集計「改革割合×改革内容」
0% 1~30% 31% 以上 合計
度数 77 95 14 186
残差 ‑1.6 2.2 ‑1.2
度数 17 26 7 50
残差 ‑1.7 .8 1.4
度数 22 1 2 25
残差 4.6 ‑4.5 ‑.2
計 度数 116 122 23 261
度数 16 39 9 64
残差 ‑1.6 2.1 ‑0.8
度数 14 15 8 37
残差 1.2 ‑1.9 1.1
度数 2 1 0 3
残差 1.4 ‑0.7 ‑0.8
計 度数 32 55 17 104
改革活動割合
トップ ダウン型
や り 方
( プ ロ セ ス ) 改 革
顧 客 ・ 事 業 領 域 の 拡 大
そ の 他
ボトム・
ミドル アップ型
や り 方
( プ ロ セ ス ) 改 革
顧 客 ・ 事 業 領 域 の 拡 大
そ の 他
結果は「トップダウン型」の組織で p = 0.000,
χ
2値= 24.995,自由度= 4 と有意差が認められ たが期待値が 5 未満のセルが 22%となり仮説を 検証することはできなかった。また「ミドル・ボトムアップ型」の組織では 有意差が認められなかった。
仮説(3)「改革活動を行っている組織は,メ ンバーのモティベーションが高い」を検証す る。仮説(3-1)および仮説(3-2)を検証する ために,まず相関係数を示す。
表 7 相関係数「改革必要性×転職意向×内部 書類の削減」
改革 必要性
転職 意向
内部書類の 削減 Pearson の 相 関 係 数 1 ‑.370** ‑.178**
有 意 確 率 (両 側 ) .000 .001
Pearson の 相 関 係 数 ‑.370** 1 .222**
有 意 確 率 (両 側 ) .000 .000
Pearson の 相 関 係 数 ‑.178** .222** 1 有 意 確 率 (両 側 ) .001 .000 改革必要性
転職意向
内部書類の削減
**. 相 関 係 数 は 1% 水 準 で 有 意 (両 側 ) で す 。
改革の必要性と転職志向は負の相関(1%有 意),改革の必要性と内部書類の削減も負の相 関(1%有意)がみられる。
仮説(3-1)の改革の必要性と転職意向で
χ
2 検定を行う。表 8 クロス集計「改革必要性×転職意向」
現状のま まで良い
改革・変 革が急務
度数 26 112 138
残差 ‑4.8 4.8
度数 98 129 227
残差 4.8 ‑4.8
改革必要性
合計
転職 意向
あり
なし
結果は p = 0.000,
χ
2値= 22.651,自由度=1 と有意差が認められた。残差をみると,「現 状のままで良い」組織は,転職志向がある人の 場合はマイナスであり,「改革・変革が必要」
な組織は,転職願望はプラス傾向となった。こ の結果は仮説とは逆で,「改革・変革が必要」
な組織は,転職願望が強いことが証明された。
仮説(3-2)の社内調整・書類作成の作業割 合と改革の必要性で
χ
2検定を行う。表 9 クロス集計「調整・書類作業割合×改革 必要性」
増加 変わら
ない 減少
度数 26 93 5 124
残差 ‑2.8 3.3 ‑1.1
度数 85 139 17 241
残差 2.8 ‑3.3 1.1
度数 111 232 22 365
合計
社内調整・書類作成の作業割合 合計
改革 必要性
現状のま まで良い
改革・変 革が急務
結果は p = 0.005,
χ
2値= 10.613,自由度=2 と有意差が認められた。残差をみると,「現 状のままで良い組織」は,「内部文書などの増 加」はマイナス,「改革・変革が必要な組織」
は「内部文書などの増加」がプラスであった。
この結果からは仮説とは逆の「改革・変革が必 要な組織」は「現状のままで良い組織」に比較 して,内部文書などの処理も増加していること が証明された。
以上の内容から,仮説 3「改革活動を行って いる組織はメンバーのモティベーションが高 い」に対しては,改革活動が必要な組織では,
転職願望が高く,しかも内部的な社内業務処理 も増していて,変革・改革活動に専念できる状 態ではないことが明らかとなった。
4.考 察
日本企業の特徴として,終身雇用・年功序列 型賃金・企業別組合の「三種の神器」が労働者 の高いコミットメントを生み出し,日本の高い 生産を支えてきたという労使関係の側面が強調 されていた(Abegglen, 1958;加護野,1983)。
近年では,自動車やエレクトロニクス産業の研 究から,強力なプロジェクト・リーダーが置か れ,顧客ニーズにフィットした製品とその製造 工程における低コスト生産を生むことが強調さ れたり,部品・材料メーカーとの長期的取引や 社内の横断的な相互作用により,品質,納期,
コストのすべての面で,日本企業の生産活動 を競争力あるものへと創りあげてきた(Clark and Fujimoto, 1991;武石,2003;延岡,1996)
側面が強い。
組織論の視点からは,日本企業の強みの源泉 として,企業内に発達した横のネットワークを 基盤として,ミドル・マネジメントたちが自由 闊達に論戦を戦わせ,緊密なコミュニケーショ ンをとりながら戦略を生成し,その実行にコ ミットメントしていくという行為が高い生産性 を生んでいた(沼上,2006b)ことを強調する。
これらの行為の過程は,その組織が意図する かしないかにかかわらず,外部環境の変化に適 応するために,その資源の探索と選択を繰り返 しながら,組織におけるケイパビリティを再配 置し,調整のプロセスを行ってきたといえる。
この象徴的な例としては,高度成長期の自動車 産業における,多能工を中心とした現場でのカ イゼン活動であろう。その現場は 猫の手も借 りたい程の多忙 であり,機械等の設備も貧弱 なものであったという(藤本,2003)。この中 で需要増加という絶え間ない環境の変化に,現 場主導で適応してきたという史実が物語る。
しかし,自動車およびエレクトロニクスを中 心とした製造で日本企業は世界をリードしてき たが,近年アジアを中心とした新興国での製造 が隆盛となり,昔日の勢いは残念ながら失せ てきている。これらの状況に対応するかの如 く,組織に関する近年の日本企業の研究におい ても,日本企業の組織・人材に何らかの問題が あり,それによって日本企業の強みと考えられ てきた創発戦略とそれを支える組織調整プロセ スに関して問題を示唆している(三品,2002;
延岡,2002;沼上,2006b)状況である。この 視点は,日本企業が組織的に複雑になってしま い,従来の日本企業の強みであった,ミドル を中心とした創発戦略の創出と実行が阻害され ているという。一方,これまで支えてきたトッ プ経営者にも問題を呈し,取締役会における意 思決定が遅いか若しくはなされていないことが あげられ,トップ経営者の問題を指摘している
(三品,2002;延岡,2002)。
今 日 の 私 た ち は, レ オ ナ ー ド・ バ ー ト ン
(1995 = 2001, 53 頁)が指摘する,環境の変化 に適応できず,これまでのコア・ケイパビリ ティがコア・リジディティに転換してしまい,
ある時には隆盛を極めた企業が市場から退出し ていった事例に接することが多い。これらが物 語っているのは,環境の変化に対して不適合と なり,次第に力が衰えていった姿なのである。
ダイナミック・ケイパビリティの理論では,
環境への適応について専門的適合度,進化的適 合度という概念を強調する。前者は, その時 の環境に適合して利潤を得るケイパビリティで あり,後者は,進化を含んだそれである。
本稿の調査結果から,いくつかの重要な示唆 の一つとして得られたのは,売上の減少に見舞 われている組織は,労働時間内において変革活 動を行っていたことである。しかし,売上が減 少していない組織は,それが証明されなかった。
売上の減少は何らかの要因による環境への不適 合であるから,組織が変革活動を行うことは当 然ともいえる。しかし,ダイナミック・ケイパ ビリティの概念である進化的適合度は,環境が 変化することへの適応のみならず,常に進化を 促すものであり,環境が変化してから対応する のでは遅いのかもしれない。調査サンプルの組 織では,進化的適合度を生成するケイパビリ ティの存在が希薄であったことも推察される。
進化とは絶え間ないプロセスの変化の連続で ある。環境が変わってから対応しては遅いので ある。進化を促すことは,机上の計画ではな い。漸進的な組織活動であり,その中心的な観 点は,ルーティンの生成である。
日々の仕事におけるルーティンは,複雑な方 法で環境からの信号に合うように調整されてお り(Nelson and Winter, 1982 = 2007,168 頁),
それほど多くの機会があると考えるような幅広 い選択肢のメニューは存在しないのかもしれな い。つまり,組織活動の多くは,ルーティンに 組み込まれ,ほとんどの選択もルーティンに よって自動的に行われるとすると,その成果
(成功や失敗)は,環境の変化に依存している
ともいえる。
ゾロとウィンター(2002)は,ルーティンや ケイパビリティは,企業によって主観的に変更 され(内的淘汰),その後,環境によっても淘 汰されるとしている。つまり,進化プロセスに は内的淘汰と環境による淘汰という二つのメカ ニズムが存在するが,その決定的なメカニズム は環境による淘汰であるとしている。そして,
学習や経験は必要であるが,企業の成功とは,
結果として顧客,社会,産業といった環境の持 つ価値・選好を満たしていることを表している のである。
環境による外部淘汰の前に,絶えず内部淘汰 圧力が組織内部で必要となる。そのためには,
ミドル・ボトムアップ型の傾向を強め,環境に 対する硬直性を柔軟に変化させることが必要で ある。この事例は,DRAM からマイクロプロ セッサーへ転換したインテル社の例が物語る
(Burgelman, 2002 = 2006)。
組織の持続的成長は,全てのこれまでの学習 の経験や知をゼロに戻すことではない。それで は,あまりにもコストが多大になる。これまで 培ってきたルーティンというプロセスを変えな がら進化することこそが求められているのであ る。
しかし,企業にとって,全ての偶発的な出来 事を避ける方法はなく,富に関する一般的な ルールは存在しない(Winter, 2003)。だから こそ,経営者を含めて組織は,現実的で厳しい 状況を理解した上で,コヒーレントな戦略が必 要であり,それらは継続的な学習メカニズム と,それによって生み出されるダイナミック・
ケイパビリティに投資していくことが重要なの である。
今後においても,グローバルなハイパーコン ペティションによる競争の激しさは増すことが あっても減じることはない。環境の淘汰圧力は 強まり,組織にとって持続的な成長が危ぶまれ る事例に多く遭遇するであろう。企業における 淘汰の有無は一律ではない。