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恋とは我心に咲出し花 : 樋口一葉「闇桜」論(その二)

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Academic year: 2021

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   一  明治期 の 朝顔 たち

「 「 闇桜 」 論 (その 一 ) 」 補遺

  「 月 に 村 くも 花 に 風 物 には 総 て 障 りのありが ち なれば」

『 読売新聞 』は 、 明治十三 ( 一八八 〇) 年十月三十一日 から 、 転々堂主人 ( 高畠藍泉 )の 筆 にな る 「 新朝顔物語 」と 題 する 記事 を 全六回 に 亘 って 連載 した )1 ( 。 長崎県 の 豪家 の 一人娘 お 仙 の、 思 いを 寄 せた 男 と 結婚 する 迄 の 苦難 の 物語 を「 朝顔日記 」の 深雪 にこ と よ せて 綴 ったもの で あ る 。 冒 頭 に 引 いたのは、 連載第二回 ( 十一月二日 、 朝刊三面 ) にある 文言 で ある。   「 闇桜 」 ( 『 武蔵野   第一編 』 〔 明治二五 ・ 三 ・ 二三   今古堂 〕 ) ( 上 )の 末尾 で 引 かれ る「 朝顔日記 」の 物語展開 は 、 「 「 闇桜 」 論 (その 一 )2 ( ) 」 ( 以下 、 前論 と 略記 する ) で 詳 しく 見 たように、 思 いを 通 わせた 男 との 恋 を 一筋 に 貫 こう と す る 女主人公 が、 次々出来 する 事件 に 翻弄 され な が ら も 、 変節 しな い 心 の 強 さを 持 って 家 を 出奔 する な ど の 行動 を 起 こし 、 数々降 り 掛 女子大國 お   第百六十五号   令和元年九月三十日

恋とは我心に咲出し花

樋口一葉

闇桜

(その

峯 

村 

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かる 苦難 の 中 、 諸国流浪 の 果 てに 恋 しい 男 と 結 ば れ る、 と い う も の で あ る 。 冒頭 に 引用 した 一節 で「 花 に 風 」が 付 き 物 と さ れて いるように 、 こ の 「 新朝顔物語 」で も、 お 仙 の 恋路 には 障害 が 立 ちは だ か る 。 下女 の 手引 きに 促 され な が ら、 心惹 かれ た 相手 に 対 して 積極的 に 行動 する お 仙 は、 自分 の 方 から 恋文 を 送 り、 祭 の 日 に 或 る 休息所 で 恋慕 う 男 と 契 りを 結 ぶ。 し か し、 浮 き 名 が 立 った ことで 両家 の 親 の 怒 りを 買 い、 男 は 勘当 、お 仙 は 親類 に 預 けられ 、 手引 きし た 下女 は 暇 を 出 さ れ る。 お 仙 は 下女 と 二人 、 家出 をし て 上京 、 働 きなが ら 男 を 捜 す。 下女 が 病 に 罹 り、 金銭 を 得 るため にお 仙 が 三味線 を 弾 く と いったいかにも 「 朝顔日記 」を 思 わせる 展開 など も 経 て、 最終的 に 男 は 父親 の 病 をき っかけ に 勘当 を 許 され 、 お 仙 を 郷里 に 呼 び 戻 して 祝言 をあ げる 。   「 朝顔日記 」と 「 新朝顔物語 」には 明 らか な 共通点 が 見 られ る。 女主人公 の 方 から の 働 きか け も あ っ て 思 いは 早 い 段 階 で 通 じ 合 い 恋仲 になる こ と 、その 後外 から 加 わる 苦難 の 中 で 男女 の 心 が 変節 しな い こ と 、 最終的 には 結婚 とい う 大 団円 で 幕 となる こ と、 こ の よ う に 、 物語 の 重要 な 要素 が 両者 はぴったり と 符合 する 。 こ れは 、 「 朝顔日記 」と 言 えば こ うした 物語 の 型 、と いう のが 流通 ・ 浸透 して い た 故 であ ろ う 。   「 闇桜 」 ( 上 ) 末尾 で「 朝顔日記 」が 引用 さ れ て いるのは 、 こ の 時代 に 於 いて 同作品 が 人口 に 膾炙 し て いたからにほ かならな い。 前論 では 、 明治十年代 から「 闇桜 」 発表 の 明治二十五年三月迄 に 出版 され た 各種 の「 朝顔日記 」 ( 浄瑠璃 台本 ・ 草双紙 ・ 読本 など )を 挙 げた が 、 そ れ 以外 にも 当時 の 新聞 を 見 てい く と )3 ( 、 「 朝顔日記 」の 上演 ( 歌舞伎 ・ 人形浄 瑠璃 ・ 素浄瑠璃 )につい て も 多 くの 記事 を 拾 うこ と が で き る )4 ( 。 広告欄 にも 「 朝顔日記 」に 関 わる 物 が 見 られ る )5 ( ほか 、 本章冒頭 に 引 いた 「 新朝顔物語 」 以外 にも 、 当世 の 人物 の 記事 を「 朝顔日記 」に 擬 えて 語 るも のも ある )6 ( 。 注 ( 6)に 引 いたもののほか 、 次 のような 記事 もある 。 『 読売新聞 』 明治二十一年二月十四日朝刊二面 には 、 「 今朝顔 」の 見出 し で、 山形県米沢 の 豪家 の 娘 おさん ( 十七歳 )が、 米沢興業中 の 或 る 歌舞伎俳優 に 懸想 し、 後 を 追 って 単身上京 する が 、

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恋 とは 我心 に 咲出 し 花 どこをど う 探 し て よいか 途方 に 暮 れ、 身投 げしよ う とする と ころ を 救 わ れ る、 と い う 記事 があり 、 同二月二十八日朝 刊二面 には 「 今朝顔 の 後談 」と して、 恋心 や み がたいおさんが 人力車 で 諸方 を 尋 ね 回 るさま と 警察 より 説諭 の 上姉 に 引 き 渡 され ると いう 顛末 が 掲載 さ れ て いる。   こうし て 見 てく る と 、 「 闇桜 」 発表 の 時代 に 於 いて 、 「 朝顔日記 」と は 、 一筋 に 思 い 込 み、 そ れ を 遂 げよ う と する 、 一途 な 女性 の 恋物語 の 象徴 で あった と 言 える だ ろ う 。 注 ( 3)に 挙 げた 共同研究報告書 に 於 いて 、 内山美樹子氏 は、 「 深窓 の 令嬢 が、 恋故 に 盲目 の 袖乞 い と なり 、しかも 優雅 な 琴 を 弾 じて 「 夫 を 慕 した ふ 音 をん 律 りつ 」に 、 恋人 はもと よ り 敵役 まで 心酔 させ 、さまざまの 辛苦 の 末 に、 周囲 の 献身 もあっ て 、ついに 理想 の 恋人 との 恋 を 成就 させ る

メ ロドラ マ で あっ て も 、じめじめした 卑小 なとこ ろ がな く 、 可憐 で 新鮮 な 浄瑠璃 「 朝顔日記 」 は 、 」 「 読本以上 に、 女主人公深雪 に 焦点 を 合 わせた 、 波乱万丈 の、 理想 の 恋物語 で あ り 、 ここ ま で ロマンティッ クな 構想 は、 十八世紀以来 の 浄瑠璃 には なかった」 と 述 べて い る )7 ( 。 以上 、 「 朝顔日記 」は 女主人公 の 恋 に 焦点 を 当 てた 特徴的 な 作品 であ り 、 「 闇桜 」 発表時 に も 広 く 知 られて い た こ と か ら 、 女主人公 の 恋 の 妄執 を 描 く 本作 に 於 いて 引 き 合 いに 出 さ れ るのに 妥当 な 作品 であ る こ とが 、 前論以上 に 明確 に 提示 できた と 言 える だ ろ う 。 前論 では 当時刊行 されて い た 浄瑠璃正本 を 用 いて 比較 したが 、 読本 や 歌舞伎 と 比較 して も 、 浄瑠璃 が 最 も 女主人公 の 恋物語 とし ての 要素 が 濃 いこ と 、 「 宿屋 」の 段 で 深雪 が 弾 くのが 読本 では 三味線 だが 浄瑠璃 では 琴 であ る こ と な ど ( 注 ( 7) 及 び 前論注 ( 16) 参照 ) から、 「 闇桜 」の 内容 や( 上 ) 末尾 で 「 朝顔日記 」が 引用 され る 際 に「 琴 」が 出 てく る こ と な ど と 併 せ 見 ると 、 一葉 も 浄瑠璃 に 拠 って い る と 見 るのが 妥当 で あろうと 考 えられ る )8 ( 。   朝顔 ( 深雪 ) 及 びそ れに 擬 せられ る 女性 たち は 、 自 らの 思 いを 遂 げよ う と 積極的 に、 闇雲 に 激 しい 行動 に 出 る )9 ( 。 「 闇 桜 」 ( 上 ) 末尾 、 物語 が 核心 に 向 けて 動 き 出 す 直前 で「 朝顔日記 」が 引 か れ るため 、 読者 は 一旦 、そういう 女性 たち の

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系譜 に 千代 を 位置 づけて 読 もうと 意識 する であ ろ う 。 確 かに 、 「 闇桜 」は、 千代 の 良之助 に 対 する 一途 な 恋心 を 描 いた 作品 で あ る。 ただ し、 彼女 は、 朝顔 ( 深雪 )た ち の ようには、そ れを 行動 に 表 さな い。 ( 上 )の 末尾 で 良之助 への 恋心 を 意識 する に 至 った 千代 は、 続 く( 中 )で 何 も 表 だった 行動 を 起 こす ことなく 、 ひ た す ら 心 の 中 で 妄想 を 繰 り 広 げる こと になるの で ある。    二  朝顔 からの 逸脱

「 闇桜 」 ( 中 ) ・ ( 下 )を 読 む

  屋木瑞穂氏 は、 「 闇桜 」は 千代 の 心 に 焦点 を 絞 り、 「 生身 の 他者 との 対話 を 欠 いたままに 、 少女 の 中 で 一方的 に 増幅 し て いった 「 思 ひの 数々 」 を 、その 主観的意識 に 即 して 描 き 出 すこと 」 に 主眼 が 置 かれて い ると 指摘 した ) 10 ( 。こ の 見解 は 前論 でも 紹介 して お り 、 同意 できる も の で ある が 、 た だ 、より 注意 し て お き たいのは 、 千代 の 物思 いが 根拠 を 欠 く 妄想 で あ る こ と 、その 妄想 が 現実 を 支配 する 力 を 持 つこ と、 そ し て そ の 妄想 を 紡 ぐ 女主人公 の 心 のありようを 、 先行 作品 との 差異 を 見 せながらドラ マティッ ク に 語 ろ う とし てい る こ と、 であ る 。 本章 でそ の 点 を 見 て い き たい。     ①  恋路 の 闇 、 空転 する 妄想 、 成就 への 努力 の 欠落   「は かな く 動 き 初 めて は 中々 にえ も 止 まら ず あ や し や 迷 ふぬ ば 玉 の 闇 ) 11 ( 」 ( 五頁 )

「 闇桜 」 ( 中 )で は、 恋 の 闇 に 迷 う 千代 の 心 が 語 り 手 によっ て 語 られて ゆく。   千代 は、 「 其人恋 しくなる と 共 に 耻 かしくつ ゝ ましく 恐 ろしくかく 云 はゞ 笑 はれ んかく 振舞 はゞ 厭 はれ んと 仮初 の 返 いらへ 答 さへはか 〴〵 しくは 云 ひも 得 せ ず 」 、 「 逢 ひた し 見 たしなど 陽 あら はに 云 ひし 昨日 の 心 は 浅 かりける 我 が 心我 と 咎 むれ ばお 隣 とも 云 はず 良様 とも 云 はず 云 はねば こ そくるしけれ 」 ( 以上五 ~ 六頁 、 論述 の 便宜上 、 右 の 箇所 を 引用部 Aと す る ) な どと 、 破線部 のように 根拠 のな い 思 い 込 みを 重 ねて ゆ く 。 そ も そ も ( 上 )で、 千代 と 良之助 の 関係 は「 此 こなた 方 に 隔 てな

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恋 とは 我心 に 咲出 し 花 けれ ば 彼 あちら 方 に 遠慮 もなくく れ 竹 のよのうきと 云 ふ 事二人 が 中 には 葉末 におく 露 ほど も 知 らず」 と 紹介 さ れ て いたし ( 三 頁 ) 、 ( 中 )の 末尾 でも 、 「 良之助 が 目 に 映 るも の 何 の 色 もあ らず 愛 らし と 思 ふ 外一点 のにごりなければ」 と 語 られて い て ( 八頁 ) 、 良之助 の 心持 ちに は こ の 時点 で 一向 に 変化 は 見 られ ず 、 千代 のこ と を 相変 わらず 可愛 く 思 っ て いるの で 、 破線部 のような 判断 は、 千代 の 一方的 な 妄想 と 言 うほか は ない 。た だし 、その 実体 のな い 妄想 はそ れだけ で は 終 わら ず、 引用 の 二重傍線部 のように 、 千代 の 実際 の 行動 を 制限 し て ゆく 。つまりは 、 妄想 が 現実 を 動 か し て ゆ く、 と い う 事態 が 生 じ て しまうの で ある。   この 後 、 前論 でも 引用 したように 、 千代 が 自分 と 良之助 の 結婚 が 不可能 であ る こ と を 思 い 悩 む 述懐 がある ) 12 ( 。 「 云 ひ 出 して 爪 はじき さ れなん 恥 かしさには 再 び 合 す 顔 もあ らじ」 ( 七頁 ) と 決 めつけ 、 自分 のような 人間 は 良之助 の 結婚相手 に 相応 しくなく 、 良之助 にはも っ と 優 れた 人 が 似合 うし 、 良之助自身 もそ う 思 って い る だ ろ う、 恋 の 成就 はあり 得 な いのだから 現在 の 関係 を 保 つためにも 恋心 を 打 ち 明 け て は い け な い、 と 畳 みかけるように 思 いが 巡 らさ れる が 、 しか し、 こ の ように 悩 むの も、 作品全体 を 通 して 見 た 場合 に 違和感 を 拭 えないものがある。   詳 しくは 前論 を 参照 し て いただき たいが、 「 闇桜 」で は 、 千代 の 恋 に 於 ける 外的障害 を 排除 しようとす る 意図 が 随所 に 見 られ る 。 前論 では 、 従来 の 定説 で あった 、 当時 の 法 に 照 らし て 二人 の 結婚 が 不可能 であ る と い う 見方 を、 当時 の 法 や 判例 の 検討 によっ て 見直 す 必要 がある こ と ( 即 ち 彼 らの 結婚 が 可能 な 状態 にある こと ) を 論 じた 。また 、 作品内 での 描 かれ 方 ( 作品冒頭 に 両家 の 親密 さと 一体化 を 示 す 表現 が 置 かれて い るこ と、 ( 下 )で 語 られ る 良之助 の 意識 が、 二人 の 結婚 を 可能 なもの と 意識 し て いるように 読 める こと 、そ れ に 加 え、 千代 と 良之助 の 仲睦 まじ い 交際 に 対 して の 両家 の 親 たち の 反対 が 一切見 られ な い こ と など )も 、 二人 の 結婚 の 可能性 を 示唆 し て いるように 捉 えられ る 、 と いう ことも 指摘 した 。そ れらを 踏 まえて 見 ると、 先 の 述懐 もまた 千代 の 勝手 な 思 い 込 みな の で あり 、 千代 が 積極的 に 意思

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表示 すれば、 「 朝顔日記 」の 二人 のように す ぐ に 思 いが 成就 し、 さら には 結婚 できる 可能性 もある と 言 える ) 13 ( 。しかし 千 代 は、 勝手 な 思 い 込 みによっ て 「 今 は 何事 も 思 はじ」 ( 七頁 ) 「よそながらも 優 しき お 詞 きく ばか り が せめ ても ぞ と い さ ぎよく 断 あきら 念 めながら 」 ( 七 ~ 八頁 ) などと 断 じ て しまう 。またそ れが 実体 ある 根拠 を 伴 わない 臆断 で あるからこ そ 、 納 得 できる 解決 には 至 りようがなく、 「 聞 かず 顔 の 涙頬 につた ひて 思案 のより 糸 あと に 戻 ど りぬ」 ( 八頁 ) と 物思 いは 繰 り 返 さ れ るしかない。   こうし て 千代 の 物思 いは 遂 に 「さり とて は 其 のお や さ し き が 恨 みぞ かし 一 ひた 向 すら につらからばさ て もや まん を 忘 られ ぬ は 我身 の 罪 か 人 の 咎 か 思 へば 憎 きは 君様 なりお 声聞 くも いや 御姿見 るも いや ( 中略 ) 願 ふもつ ら け れ ど 火水 ほど 中 わろ くならばな か 〳〵 に 心安 かるべし」 と いった 極端 な 発想 に 行 き 着 く。 そ れ を 基 に「 よ し 今日 よりはお 目 にも か ゝ ら じ もの もい はじお 気 に 障 らばそ れ が 本望 ぞ」 と 究極 の 断案 を 下 す の だが 、そのそばから 「 隣 の 声 を 其 の 人 と 聞 けば 決心 ゆら 〳〵 とし て 今 まで は 何 を 思 ひつ る 身 ぞ 逢 ひ たしの 心一途 になりぬ」 と 揺 らい で し ま う の で ある ( 以上八頁 ) 。   こ の よ う に、 「 闇桜 」 ( 中 )す べて を 費 やし て 、 千代 の 逡巡 する 物思 いが 綴 られ る 。 三章構成 の 短編 に 於 いて、 丸々 一章分 が 充 て ら れて いる こと から、 こ の 千代 の 妄想 を 描 くこ と に 重点 が 置 かれて い るこ と は 間違 いな い。   例 えば 従来 「 闇桜 」と 比較 されて き た ) 14 ( 同時代小説 、 饗庭篁村 の「 窓 の 月 」 ( 『 む ら 竹 』 第一巻 〔 明治二二 ・ 七 ・ 五  春陽堂 〕 所載 、 一葉日記 「わ か 艸 」 〔 明治二四 ・ 八 ・ 一 〕より 、 一葉 が 読 んで い る 可能性 が 高 い) は、 幼 い 頃 から 親 しん でき た 隣家 の 梅二郎 を 恋慕 うお 仲 の 結婚 に 至 るま で の 話 だが 、お 仲 が 梅二郎 への 思 い を なか なか 口 に 出 せずにいる ところは 「 闇桜 」と 共 通 す るにし て も 、その 心中 が 分量 を 割 いて 語 られ る こ と は な く 、 む しろ 本作 は、 結婚相手 が 学校教育 を 受 けて い る こ とを 重要視 する 梅二郎 の 結婚観 に 焦点 が 当 てら れ 、 全六回中 、 第三 ~ 四回 、 六回 の 三章分 を 割 いて 叙述 されて い る ) 15 ( 。 一方 お 仲 は、 煩悶 にのみ 日 を 暮 らすことなく 、 梅二郎 の 両親 に 嫁 とし て 気 に 入 られ るべく 、 日々家 に 出入 りし て 様々

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恋 とは 我心 に 咲出 し 花 な 孝行 を 尽 くす ( 第二回 、 四 ~ 五頁 ) とい うよ うに、 極 めて 現実的 な 努力 を 怠 らない。 千代 による 成就 に 向 けて の 現実的 な 努力 が 一切見 られ な い 「 闇桜 」と の 差異 は 明白 で ある。   また 、 同 じく 「 闇桜 」と の 関連 が 指摘 されて き た ) 16 ( 幸田露伴 の「 対髑髏 」 ( 『 日本之文華 』 第一号 ~ 第三号 〔 明治二三 ・ 一 ~ 二  博文館 〕 、 初出時 のタ イト ルは 「 縁外縁 」 ) は、 女主人公 お 妙 を 見初 め、 求婚 して 拒否 され た 若殿 が、 片恋 に 苦 しんだ 末 肺病 に 罹 って 死 ぬと いう 展開 であ る が 、 そ の 恋 に 苦悩 する 心 のありようが 詳 しく 綴 られ る こ と は な い ) 17 ( 。そし て 、 こ こ でも 若殿 は 結婚 に 向 けて 使者 を 立 てて 求婚 す る と いった 現実的 な 試 み を し て いるの で あ り 、 そ れ がうまく 運 ばなかっ た 結果 、 病 に 倒 れる の で あ っ て、 彼 の〈 恋 い 死 に〉には、そ れだけの 現実的根拠 がある と 言 える。   「 闇桜 」 ( 中 )で は、 最終的 には 「 心 は 心 の 外 ほか に 友 もなく て 」 ( 八頁 ) と、 孤立 する 千代 の 心 が 示 され、 そ れ が 、 良之 助 の「 我 わが 恋 ふ 人 ) 18 ( 世 にあり とも 知 らず 知 らねば 憂 きを 分 わか ち も せず」 と いった「 淡泊 なる」 心 と 対比 され ( 八 ~ 九頁 ) 、 千代 の 心 が 周囲 の 現実 から 隔絶 して い る こ と が 強調 されて い る 。 こ の 後 ( 下 )に 於 いて、 千代 の 妄想 は 身体 の 病 とい う 目 に 見 えるかた ち を と っ て 現実 を 侵蝕 して い く 。こ こ で 注目 すべ きは 、 「 闇桜 」で は 、 こ れ 以外 に 何 も 特別 な 事件 は 出来 しない、 と い う こ とで ある。 ( 中 )に 入 る 直前 に 思 わ せ ぶりに「 朝顔日記 」が 引 かれ るが 、 外 から 降 り 掛 かる 苦難 の 中 、 一定不変 の 心 が 強調 され る「 朝顔日記 」と 、 千代 が 心中 で 繰 り 広 げる 妄想以外 に 何 も 事件 が 起 こらない 「 闇桜 」と は、 実 は 大 きな 隔 たりがあるの で あ る ) 19 ( 。こ う し て 見 ると 、 ( 上 )の 末尾 で「 朝顔日記 」 を わざ わざ 持 ち 出 したのは、そ れ と の 距離 を 示 す た めだったのはないか と 推定 され る 。 前論 では 、 「 朝顔日記 」の 、 〈 風 〉に 象徴 さ れ るような 偶然出来 す る 事件 によっ て 主人公 たち が 翻弄 され る 物語内容 を 見 ると と も に、 「 闇桜 」に 於 ける 冒頭部 と 結末部 での 「 風 」と いう 語 を 用 いて の 対照的 な 表現 に 着目 した 。 作品末尾 で〈 風 もなく 散 る 桜 〉に 千代 を 擬 して い る と こ ろ か ら 、 ( 上 ) 冒頭部 で〈 風 〉によっ て 散 るこ と を 恐 れて いた 周囲 の 心配 を よそに 、 彼女 が 外 から 加 わる 力 によっ て 散 るの で は ない ことを

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強調 す る こと によっ て 、 千代 の 内面 を 前景化 しようとす る 意図 が 見 て 取 れた が 、 そ れ が 明確 に 描 かれ る の が ( 中 )の 役割 と 言 える だ ろ う 。 成就 に 向 けて の 行動 を 何 も 起 こ さ ないまま 、 む しろ 行動 を 起 こし さ え す れ ば 成就 は 可能 であ る にも 拘 わらず、つまりはそ こ に 至 るべき 明確 な 根拠 もないままに 、 千代 は 自 らの 心一 つに 身 を 委 ね、 〈 恋 い 死 に〉に 向 かうの で ある。     ②  独自性 の 主張

「 闇桜 」 ( 中 )で 引 かれ る 古歌 の 効果

  前節冒頭 で 述 べ た よう に、 ( 中 )で は 恋 の 闇 に 迷 う 女主人公 の 心 を 語 り 手 が 語 って い る と 一応 は 捉 えられ る (ただし ( 中 )で は 、 千代 の 身体感覚 や 千代 の 見 る 夢 まで を も 詳細 に 語 るため、 千代 と 語 り 手 が 極 めて 密着 して い る 感 が 強 い) 。 ( 中 ) 冒頭 の「あ や し や 迷 ふぬ ば 玉 の 闇 4 色 なき 0 0 0 声 さへ 身 にしみ て 」 と い う 箇所 を 見 ても、 枕詞 ( 傍線部 ) や 縁語 ( 圏点部 ) など 、 伝統的修辞 が 用 いられて おり 、 迷 って い る 本人 の 冷静 さを 欠 いた 意識 を そのままなぞっ て いる 言葉 とは 考 えに くいため 、 千代 の 内面 を 語 り 手 が 再構成 して 語 って い る と 考 えるの が 適当 だと 思 われる 。 こ の 後 も、 ( 中 )で は 千代 の 心 を 語 る 際 に、 複数 の 古歌 が 引用 さ れ る。 た だ し、 古歌 に 詠 まれて い る 内容 と 千代 の 状況 をた だ 重 ね 合 わせる の では なく、 古歌 に 擬 えた だ け では 語 り 尽 くせな い 千代 の 心 の 動 きが 語 られて ゆ くとこ ろ に 特徴 がある と 言 える。   順番 に 見 てい く と 、 前節冒頭近 くで 引 いた 引用部 Aの 後 で、 「 涙 しな くばと 云 ひけん か ら 衣胸 のあたりの 燃 ゆべ く 覚 えて 」 ( 六頁 ) と、 『 古今和歌集 』 恋二所収 の 紀貫之 の 和歌 「 君 こふる 涙 しな くば 唐衣 むねのあたりはいろ 燃 えなまし ) 20 ( 」 が 引 き 合 いに 出 されて お り 、 こ の こ と 自体 は 従来 から 指摘 されて い る ) 21 ( 。しかし 、 踏 まえて い る 和歌 を 単 に 挙 げる だけ で は なく 、その 踏 まえ 方 を 少 し 詳 しく 見 てみ る 必要 があるの で は ないか 。 あなたが 恋 しく て 流 すこ の 涙 がなければ 、 衣 の 胸 の 辺 りは 「 思 ひ」 の 火 で 赤 く 燃 え あ が っ て し まうで し ょう 、と いう 意味 のこ の 歌 は、 〈 涙 の 水 〉が 〈 思 いの 火 〉 を 消 すと いう 趣向 であ り 、 助動詞 「まし」が 用 いられて いるように 、 実際 に 胸 のあたりが 燃 えて い る わ け で は な い 。

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恋 とは 我心 に 咲出 し 花 「 闇桜 」は 、 こ の 古歌 を 踏 まえ ながら も 若干 のひ ね り を 加 えて い る 。 千代 も「 闇桜 」 ( 中 )で 涙 を 流 す 箇所 がある が 、 涙 の 水 を も って して も 思 いの 火 は 消 せず 、 先 の 引用 の 波線部 にあるように 、ほん と うに 胸 の 辺 りが 燃 えるよ う に 思 わ れる 、 と い う の で あ る 。 傍線部 では 、 過去 の 推量 ・ 伝聞 の 助動詞 「け ん(けむ ) 」 を 用 いて 古歌 を 踏 まえて い るこ とを 明示 しつつ 、そ こで は 反実仮想 で 歌 われ て い た こ とを 千代 が 現実 に 体感 し て いる 、と いう よう に 内容 に 変化 を 加 えて いる と 言 える。 こ こか らは、 古歌 に 詠 まれ た 以上 の 強 い 思 いを 提示 しようとす る 意図 が 見 て 取 れ る の で はないか。   「 闇桜 」で は、 先 の 引用部 の 後 、 「 夜 よる はす がら に 眠 られ ず 思 おもひ に 疲 れて と ろ 〳〵 とすれば 夢 にも 見 ゆる 其人 の 面影 」 ( 六 頁 ) と 続 く。 先 の 部分 ほど 明確 に 特定 の 歌 を 踏 まえて い ると は 言 えないか もし れない が 、 例 えば 岩波新大系脚注 ( 七頁 一三 ) に 挙 げられて いる 「 恋死 ねとす る 業 なら しぬば 玉 の 夜 はす がら に 夢 に 見 えつ ゝ 」 ( 『 古今集 』 恋一 、 読人知 らず) は、 「 闇桜 」と 内容 が 重 なる 部分 がある と 言 える だ ろ う 。 た だ し こ の 歌 は、 恋 しい 人 が 一晩中夢 に 現 れる とい う こ とか ら 、 その 人 が 自分 に〈 恋 い 死 ね〉 と 思 っ て いるからなのか 、 と 推量 し て いるの で 、 恋 しい 相手 が 歌 の 詠 み 手 の 思 いを 知 っ て い る、 と い う 意識 があるからこ その 発想 であ る と 言 え、 良之助 が 千代 の 思 いに 無頓着 であ る 「 闇桜 」と は 設定 に 違 いが 見 られ る。 「 闇桜 」で は 一方的 に 燃 えあ がる 千代 の 思 いが 強調 され 、 一方通行 の 恋 であ る が 、 古歌 の 中 で 仮想 され て いた〈 恋 い 死 に〉 と い う こ とが、 作品内世界 で 現実 のも のと な る 。   右 の 箇所 の 後 、 「 闇桜 」で は 、 千代 の 夢 の 中 での 良之助 との 応酬 が 生々 しく 描 かれ る ) 22 ( 。 隠 し 給 ふは 隔 てがま し 大方 は 見 て 知 りぬ 誰 れゆ ゑの 恋 ぞうら 山 しと 憎 くや 知 らず 顔 のか こち 言 ごと 余 よ の 人恋 ふる ほ ど ならば 思 ひに 身 の 痩 せもせじ 御覧 ぜよ やとさし 出 す 手 を 軽 かろ く 押 へ て に こ や かにさらば 誰 をと 問 はる ゝ に 答 へん と すれば 暁 の 鐘枕 にひ び き て 覚 むる 外 なき 思 ひ 寐 の 夢鳥 がねつらきはき ぬ 〴〵 の 空 のみかは ( 六 ~ 七頁 ) ここで は 『 古今和歌六帖 』 第五 、 閑院 の 大臣 の「 恋々 て 稀 にあ ふ 夜 の 暁 は 鳥 の 音 つらき 物 にざ りけ る」を 踏 まえて い

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る ( 新大系八頁脚注二三参照 ) 。 恋 しく て た まらなく て 、 稀 にあなたに 逢 う 夜 の 明 け 方 は、 鳥 の 声 が 辛 いもの で あったの だ な あ と 、 「 に ざ り け る 」 ( 「 に ぞ あ り け る 」 ) に 初 めて の 気 づき による 詠嘆 が 込 められ、 後朝 の 別 れの 実感 が 歌 われ て いる 歌 で あ る。 そ し て こ こで も、 「 闇桜 」は 古歌 を 踏 まえ ながら も ひ ね りを 加 えて いると 言 えるの で はないか 。 傍線部 は 鳥 の 鳴 き 声 ( 夜明 け) が 辛 いのは 後朝 だけで は ない 、の 意 で、こ れ は 新大系脚注 でも 述 べられて いる 。 千代 の 場合 は、 思 いは 成就 して お ら ず 、 後朝 の 夜明 けなど 体験 できる は ずもない 。 せ め て 夢 の 中 で 思 いを 伝 えようと したのに 、 それ す ら 許 され な い 。こ こ に は 、 古歌 より 遙 かに 辛 い 状況 が 提示 されて い ると 読 めるだろう。   この 箇所 には 、 妄想 によっ て 現実 の 行動 を 制限 し て しまっ て い る 千代 にと って は 夢 の 方 がリ アル で、 自 らの 思 いを 放出 する ことが で きて いる 、 と い う ことが 表 されて い る 。 夢 の 中 では 引用 の 波線部 のように 自分 の 思 いを 良之助 に 対 して 打 ち 明 けようと し て いるし 、 夢 の 中 の 良之助 も、 「 優 しき 手 に 背 そびら を 撫 でつ ゝ 何 を 思 ひ 給 ふぞ」 と 千代 の 顔 を「さし のぞ 」く ( 六頁 ) とい うよ うに 、 千代 の 物思 いに 気付 いて 、 破線部 のように 思 わせ ぶり な 言動 を 見 せ、 千代 から の 告白 を 引 き 出 そうと 働 きか ける ) 23 ( 。 前論 では 、 千代 が、 良之助 の 結婚相手 とし て 自分 が 釣 り 合 うか 否 かを 考 える とい う こ と 自体 が、 裏 を 返 すと 、 千代 の 中 で 二人 の 結婚 が、 状況 が 許 せばあり 得 るも のと し て 想定 されて い るこ と を 意味 する と 論 じた が 、 こ の 夢 の 内容 も、 も し 自分 が 告白 したら 良之助 もそ れに 応 える であ ろう ことを 、 千代 が 深層 では 知 って い るこ と が 窺 われ るような 描 き 方 にな っ て いる 。 暁 の 鐘 に 夢 を 破 られ た 後 の 千代 が、 「 惜 しかりし 名残 に 心地常 ならず」 ( 七頁 ) と 語 られ るよう に 、 こ の 夢 での 自己解放 は、 現実 ( 千代 の 体調 )に 影響 を 及 ぼす 。 後朝 の 実感 が 歌 われ て い る 歌 を 引 きなが ら 、 現実 よりも 夢 の 方 がリ アル で、 現実 が 夢 の 影響下 にある と いった 、より 複雑 で 皮肉 な 状況 が 示 され てい る こ とに な る 。   こ の よ う に、 「 闇桜 」 ( 中 )で は 有名 な 古歌 が 複数踏 まえられて い るが 、 古歌 の 内容 と 千代 とを 完全 に 重 ね 合 わせよ

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恋 とは 我心 に 咲出 し 花 うと は し て お ら ず 、む しろ 古歌 を 踏 まえ ただけで は 語 り 尽 くせな い 、 古歌 の 内容 に 収 まり きらない 独自 の 感覚 が 語 ら れて いると 言 える 。 例 えば 古歌 の 中 で 仮想 されて い たこ と が 現実 に 体感 され た り 、 よ り 過酷 な 状況 や 複雑 な 状況 が 提 示 され た り 、と いう よう に 、 古歌 を 引 き、 それ と の 差異 を 演出 す る こと によっ て 、よりドラ マティッ ク に 千代 の 心 を 語 ろうとす る 意図 が 看取 され る の で あ る 。 前論 に 於 いて、 山田有策氏 の「 古歌 を 下敷 き にした 表現 を 前面 に 押 し 出 し て いるため 、 王朝文学 の 単純 な 模倣 に 終 わ っ て いる」 「 空疎 な 作品 ) 24 ( 」と の 評言 を 引 いたが、 こ の ように 見 てく る と 、 和 歌 をはじめ とする 古典文学 の 素養 にただ 徒 に 寄 りかかっ て い る 「 単純 な 模倣 」と ば か りも 言 えない 、 作品 の 中 での 必 要 な 効果 を 狙 った 一葉 なりの 工夫 の 跡 が 見 て 取 れる の で は な い だ ろ う か 。 例 えば 先 に 検討 した 『 古今和歌六帖 』 所載 の 歌 につい て は 、 一葉 の『 恋百首 』 ( 明治二一年四月 ) 歌番号六番 に、 「 恨短夜恋 」の 題 で、 それ を 踏 まえ た 「 こ と 更 に 鳥 が 音 はやき 心地 して まれ に 逢 よのあけ 安 きか な」 とい う 歌 がある ) 25 ( 。 古歌 を そのまま 踏 まえ るだけで あれ ば 、 一葉 に はもともと 小説以前 に 和歌 とい う 媒体 があった 。 和歌 に 盛 り 込 みき れ な い 内容 を 描 くために 小説 が 必要 とさ れた と 言 えるの で はない だ ろうか ) 26 ( 。     ③  自 ら 散 る 桜

女主人公 の 心 に 潜 む エネルギー

  妄想 によっ て 暴走 する 千代 の 心 に 焦点 を 当 てた ( 中 )は 、 「 春 はい づ こ ぞ 花 とも 云 はで 垣根 の 若草 おもひ に もえ ぬ」 ( 九頁 ) とい う、 萌 えい づる 若草 と 思 いに 燃 える 千代 を 重 ねる 文言 で 結 ばれて いる。 千代 が 良之助 への 恋心 に 気付 くき っ かけと な った 摩利支天 の 縁日 は「 春 の 日 もま だ 風寒 き 二月半 ば」 ( ( 上 ) 三頁 ) であ り 、 作品内現在 は、 爛漫 たる 春 を 待 つ 時節 に 設定 さ れ て い た。 こ こ で は 「 春 はい づ こ ぞ 花 とも 云 は で 」 と あるの で 、 未 だそ うした 〈 春 たけ なわ 〉の 時節 は 訪 れて いな い、と さ れて いる。 「 闇桜 」は、そも そ も( 上 )の 冒頭部 で「ほ こ ろび 初 めしつぼみに 眺 めそはり て 盛 り はいつ と まつ… 」 ( 一頁 ) と、 千代 とい う 「 花 」 ( 桜 )の 盛 りを 待 つ、 と い う こ と が 基調 とし て 提示 さ れ て い た。 ( 中 )

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の 千代 は、 未 だ 咲 き 誇 る 花 には 擬 えられて いない 。 千代 とい う 花 は 、いつ 盛 りを 迎 えるのか 。 花 は、 恋 の 物思 いが 高 じ て そ れ によっ て 千代 が 衰弱死 する 、 ( 下 )に 於 いて 咲 いたの で ある。   ( 下 )で は 、 そ の 冒頭 から 物思 いによっ て 衰弱 した 千代 と、そ れ を 見舞 う 良之助 のや り 取 りが 描 かれて お り、こ の 時 点 では 既 に 千代 の 思 いは 良之助 の 知 るとこ ろ と な って い る ( 前論七九頁引用部参照 ) 。 千代 は、 「 今度 は 所詮癒 なほ るまい と 思 ひま す」 「 で も 癒 よ くな る 筈 がありま せん もの と 果敢 なげに 云 ひて 打 ちま も る 睫 まぶた に 涙 は 溢 れた り 」 ( 一 〇 頁 ) などと、 恋 の 物思 いによっ て 身体 を 蝕 まれ たこ の 状態 に 身 を 委 ねようと し て いる。 「 むづかしかるべし とは 十指 のさ す 処 」 ( 同右 ) と いう ほど 衰弱 し て しまった 千代 に 対 し、 「 我 なら ぬ 人見 るとて も 誰 かは 膓 はらわた 断 えざらん」 ( 同右 ) と 述懐 する 良之助 をは じめ 、 両親 や 使用人 など 、なすす べな い 周囲 の 者 たち は 狼狽 する ばか り で あ る ( 一一 ~ 一三頁 ) 。 千代 と 良之助 の 恋愛 の 成就 を 阻 む 外的要因 を 排除 して 女主人公 の 心一 つに 焦点 を 絞 っ て いるのが 「 闇桜 」の 眼目 であ る と こ れ ま で 述 べて き たが 、 暴走 する 恋 の 妄想 は 千代 の 身 を 蝕 み 死 に 至 らしめるほ ど の 強 いエネルギーを 持 つも のと し て 描 かれて い る 。 そ し て 、そ れ によっ て 周囲 の 人々 が 翻弄 され る よ う に 描 かれ る 本作 では 、 女主人公 の 心 に 物語 を 動 かし て ゆ く 強 い 力 が 与 えられて いる と 言 えるの で あり 、 「 朝顔日記 」に 代表 さ れ るような 外 から 加 わる 障害 や 事件 によっ て 女性 が 翻弄 され る 作品 とは、 異 なる と こ ろ を 目指 し て いた と 見 られ るの で ある。   ( 下 )は、 作品 のタ イト ルの 通 りに 〈 闇 の 中 で 風 もなく 散 る 桜 〉によっ て 閉 じられ る 。 前田愛氏 はこ の 結末 を「 忍 ぶ 恋 の 苦 しさに 悩 むこ の 少女 が 軒端 にこ ぼれ る 夕桜 にあ わ せ て は かなく 命 を 終 る」 と 要約 して お り ) 27 ( 、 山田有策氏 による 小学館版全集 ( 注 ( 27) 参照 ) 「 闇桜 」 扉裏解説 に 於 いて も 、 恋路 の「 闇 」に 自作 の 和歌 「 風 もなき 軒 ばの 桜 ほろ 〳〵 と 散 かと 見 れば 暮 そめにけり ) 28 ( 」の 「はかないイメージが 結 びついた 時 、 「 闇桜 」と いう 題名 が 決定 され た 」 と 、 落花 から 儚 いイメージ を 読 み 取 っ て いる 。しかし 、 少 なく とも 小説 「 闇桜 」に 於 いて は、 女主人公 と 桜 が 重 ね 合 わさ れ 、 風 も

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恋 とは 我心 に 咲出 し 花 なく 散 る 桜 は、 風 によっ て 散 らさ れるの で はなく 、 自身 の 内 にある 力 によっ て 自力 で 散 る( 自 らの 心 に 身 を 任 せ、 そ れに 殉 じて 死 ぬ) と い う 意味 が 付与 されて 、 〈 儚 さ〉 と い う 類型的 なイ メージ と は 一線 を 画 し、 一見儚 い 美 しさの 中 に ある 熱量 を 表現 しう るも のにな っ て い ると 言 える。   そし て、 一葉 が、 恋 の 妄執 の 中 で、 常識 では 捉 え 難 い 自 らの 心 の 動 きに 殉 じて 命 を 散 らす 千代 を〈 花 〉 ( 桜 )と いう 美 しいものに 喩 えて いる ところに 、そういう 女主人公 を 賛美 する 作者 の 意識 が 看取 され るが 、こ の 描 き 方 の 意味 につ いて は 、 章 を 改 めて 考察 する 。    三  恋 とは 我心 に 咲出 し 花

「 随感録一 」に 見 られる 恋愛観

  これま で 見 てきたよ うに 、 「 闇桜 」に 於 いて 千代 の 恋愛 の 成就 を 阻 む 外的要素 は 描 かれて お ら ず 、む しろ 彼女 が 強 く 望 めば 成就 は 十分可能 なもの と し て 描 かれて い たと 言 える 。に も 拘 わらず 、 千代 は、 成就 を 強 く 望 んで 働 きか ける こ とをせず 、 恋 の 闇 = 物思 いの 中 に 閉 じこ も り 、 そ れ に 身 を 委 ねて 死 に 至 る。 そ し て そ う し た 千代 を、 一葉 は 闇 の 中 で 散 る 桜 に 喩 えて 描 いたのだった。   ( 下 )で の 千代 は、 良之助 を 見 つめ て 涙 を 流 し、 自分 のは め て いた 指輪 を 形見 と 称 して 良之助 に 渡 し、 「 良 さん 今朝 の 指輪 はめ て 下 さいましたか」 と 問 いかけ、 「 答 へは 胸 にせ まり て 口 にのぼらず 無言 にさし 出 す 左 の 手 を 引 き 寄 せて じ つと ば か り 眺 めしが 。 妾 と 思 つて 下 さい と 云 ひもあ へ ずほ ろ 〳〵 とこ ぼす 涙其 まゝ 枕 に 俯 うつ 伏 ぶ しぬ」 ( 一一頁 ) などと 、 先行研究 でも 指摘 さ れ て いるように 、 こ の 時点 では 自 らの 思 いを 良之助 に 対 して 目 に 見 える 行為 によっ て 示 すこと が できて い る と 言 える ) 29 ( 。 「 闇桜 」の ( 中 )から( 下 )にかけて、 千代 が 恋 の 成就 に 向 けて 現実的 な 努力 をす る 様子 は 一切 描 かれて い な い が 、 自分 の 命 が 終 わ ろ うと し て いる= 現実的 な 恋 の 成就 が 不可能 であ る こ と が 明 らか で あ る 状況 に 至 っ

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て 初 めて、 自 らの 思 いを 露 わ に す る こ と がで き る よう にな った 様子 が 描 かれ る の は 何故 なのか 。 一葉 が 恋愛 の 問題 を 〈 対人間 〉 或 いは〈 対社会 〉と の 関係 の 中 で 追究 し て ゆくの で は なく、 女主人公 の 心一 つに 焦点 を 絞 って 、 一人 で 恋愛 と 対峙 させ るよう に 描 く、その 背景 にあるものは 何 か。それを 考 えるために、 「 闇桜 」と 同時期 の 一葉自身 の 恋愛観 を 見 て みる。   「 闇桜 」と 同年 に 書 かれ た 日記 「 随感録一 」 ( 表書 より 明治二十五年八月起筆 と 知 られ る) の 次 の 一節 は、 半井桃水 との 恋 愛 ( 桃水 への 一葉 の 一方向的 な 思 い) を 背景 に 持 つ 文章 であ り 、 早 くに 鈴木二三雄氏 によっ て 「 闇桜 」と の 関連 が 示 唆 されて い る ) 30 ( 。 恋 とは 我心 に 咲出 し 花 のおのづからうるはしくたのしく 清 らけきものなる を 物 にうつし て み ればその 一 ひらの 色 も 香 もなく 成 ぬ 是 をあ やし と 見 て 其 もとを 窮 めん とす るに 茫 とし てし る べ か ら ず 夢魂身 を くるしめ て 心緒 とく る の 時 なし これを 迷 ひとい ふ され ばこ そ つ れ な き 人 に 身 をか こ ち し の ぶ 思 ひに 世 をう ら む めり 詮 ずる 処我 がうつ し 出 たるもと の 形 をお も は ざ れ ば な り 恋 はもと 一 ッのみ 何 んぞ 我 と 人 とあ らん や 二 ッな しと しれ ばなど 我思 ふ まゝ な ら ぬ さる を 猶 まゝ な ら ず と す る は 我心 より 憂 ふる 也 我 なく 人 なく 一道 に 帰 して 思 へば 恋 はたのしくうるは しくの ど か に 清 らかにま こと 円満完了 のも のなら ず や ) 31 ( 右 の 傍線部 から は 、 我対人 ( 相手 )と いう 関係 の 中 で 恋愛 を 追求 して ゆ く こ と を 拒否 する 、 逃避 とも 言 える 消極的 な 姿勢 が 看取 さ れ る。こ れ が 小説執筆 に 反映 され た 時 、 一葉 の 初期小説 の 中 でも 「 闇桜 」 「 た ま 襷 」 ( 『 武蔵野 』 第二編 〔 明 治二五 ・ 四 ・ 一七 〕 ) 「 経 つくえ」 ( 『 甲陽新報 』 明治二五 ・ 一 〇 ・ 一八 ~ 二二 、 二四 、 二五 ) 等 に 特 に 顕著 な、 恋愛 の 成就 への 模索 を 欠落 させ 、 相手 を 思 う 気持 ちの み を 重 んじて 女主人公 がそ れと 孤独 に 対峙 す る と いった 、 女主人公 の 心一 つに 焦点 を 絞 らせる と いう 特徴 を 生 んだと 言 える だ ろ う。

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恋 とは 我心 に 咲出 し 花   思 いを 成就 させ 、 我 と 人 との 関係 の 中 で 恋愛 を 育 む 、 と いった ことを 排除 して、 我 が 心 に 生 まれ た 恋 の 思 いそ れだ けを 取 って みれ ば 、 波線部 に 見 られ る 如 くそ れは「 円満完了 」 の も の と な る。 「 闇桜 」や 「 た ま 襷 」に 於 いて は 、 右 の 引用部 に 見 られ るような 考 え 方 、 即 ち〈 恋愛 の 相手 や 周囲 の 人々 の 思惑 などを 考 え、 成就 を 望 めばこ そ 苦悩 が 生 ずる〉 、 〈 恋 の 思 いそのものは、そ れ だけで 美 しく 清 く、 円満完了 のもの〉 と いった 考 え 方 に 則 ろうと し て 描 かれて い ると 言 え る。 こ の 一葉 の 恋愛観 が 、 これらの 小説 に 見 られ る 〈 成就 に 向 けて の 女主人公 の 努力 の 欠如 〉 、 〈 恋愛 の 非成就 〉 、 〈 女 主人公 が 一人 で 恋 の 思 いと 向 き 合 い、そ れ に 殉 じる 展開 〉などと いった 共通項 を 生 む 土壌 となった と 推察 され る 。   「 随感録一 」の 執筆 は、 「 闇桜 」 「たま 襷 」よりも 五 、 六 ヵ 月後 で あ り、 それ が、 「 闇桜 」の 先行研究 の 中 で、 この 文章 との 結 びつ きに 言及 して い る も の が 注 ( 30)に 挙 げた 鈴木氏 の 論以外 ほと んど 見 られ な い 理由 であ ろ う と 推察 され る ) 32 ( 。 しかし 、 日記 に 記 され る 以前 にそ こ に 見 られ る 考 え 方 が 一葉 の 中 に 生 じ て いなかった と い う 保証 はない 。 内容 を 見比 べる と、 「 闇桜 」の 執筆時 にも 、 「 随感録一 」に 見 られ るような 恋愛観 が 既 に 一葉 の 中 に 存在 し て いた ことが 窺 える。   しかし 、 小説 は、 す べ て 「 随感録一 」の 主張通 りに 展開 して い る わ け で は な い 。 鈴木氏 の 論 では 「 随感録 」と「 闇 桜 」の 違 いには 言及 されて い な い が 、 日記 に 見 られ な い 要素 も 小説 には ある 。それ は 、 恋 の 思 いに 女主人公 が 殉 じて 命 をも 抛 つと いう 部分 で ある。   ただし 、 「たま 襷 」に 於 いて 、 糸子 が 松野 の 自分 への 思 いを 知 った 時 、 竹村 を 含 む 三角関係 の 中 で 自身 の 竹村 への 恋 を 叶 えよ う と 努 めるの で は なく 、 面倒 が 起 きないよ う 身 を 引 きつ つ 自 らの 身 の 潔白 を 証 し、 竹村 への 思 いを 貫 くため に 自決 に 向 かう、と いう 彼女 の 清々 しい 心 の 有 り 様 は、 「 随感録 」に 限 りな く 近 いと は 言 える 。 一葉 が 桃水 との 関 わり の 中 で 何 とか 捻 り 出 したのは、 〈 恋 は 自 らの 思 う 心 だけで 円満完了 のも の〉と 悟 るこ と が で き る 自分 で あった 。そ こ に 向 かう 過程 に 於 いて 、 一葉 にと って の あ るべき 自分 、ありた き 自分 が、 「たま 襷 」の 女主人公 の 造形 に 於 いて は 、 恋心

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に 殉 じて 死 を 選 ぶ 究極 の 形 を 取 って 表 れた と 言 える だ ろ う。   だが 「 闇桜 」の 方 では 、 千代 は 恋 の 物思 いによっ て 心身 が 衰弱 し て いくように 、 自分一人 の 思 う 心 だけで「 円満完 了 」と 悟 る 境地 には 至 って い な い。 良之助 に 向 かっ て 自 らの 病 を「 癒 よ くな る 筈 がありません」 と 言 う 時 、 「 形見 」と し て 渡 した 指輪 をはめ て いる 良之助 の 手 を 見 た 時 、 千代 は 涙 を 溢 れさ せた り 「 其 まゝ 枕 に 俯伏 し」たりし て い る 。 「 我 な く 人 なく 一道 に 帰 して 思 へば 恋 はたのしくうるはしくの ど か に 清 らかに」 と いった 境地 に 至 って い な い の は 明 らか で あり 、だからこ そ 、 夢 の 中 や、 病 によっ て 現実的 な 成就 の 道 が 断 たれ た 時 に 自分 の 思 いを 解放 して 良之助 に 伝 えよ う とす る 千代 が 描 かれ る の だ ろ う。 「 闇桜 」と いう タ イ ト ル も、 恋 の 闇 の 中 で(そ こ か ら 抜 け 出 せないまま) 散 る 千代 を 象徴 して い る 。 「 闇桜 」に 於 いて は 、 後 に「 随感録 」に 記 さ れ たような 一葉 の 〈 ありた き 姿 〉に 反 した 千代 のあり 方 が 描 かれて い ると いうこ と にな る 。 だ が 、 恋 の 迷 いに 蝕 まれて、 恋 の 闇 の 中 で 散 る 女主人公 を 桜 とい う 美 しいもの と し て 描 いて い る と こ ろ に 、 日記 に 書 き 尽 くさ れなかった 、 日記 の 表 には 表 れずに 深層 に 押 し 込 められ た 一葉 の 秘 められ た 願望 、 憧 れが 表 れて いる と 見 る こ とも できるの ではない だろうか。   自分一人 の 思 いを 貫 いて 潔 く 死 ぬ こ と( 「たま 襷 」 ) 、 恋 の 闇 から 抜 け 出 せないまま 、そ れ に 身 を 任 せて 死 に 至 るこ と ( 「 闇桜 」 ) 、 い ず れ に せ よ 自 らの 恋心 に 身 を 委 ねる 女主人公 の 生 き 方 を 繰 り 返 し 描 いて い る と こ ろ に 、 樋口夏子 その 人 とし て 日記 に 記 せず 現実 には 選 べなかった 生 き 方 ( 死 に 方 )が 表現 されて い ると 言 える 。 日記 に 記 すの は 〈 私自身 の こと 〉 で あり 、そ れが 心 の 枷 に な る こ ともあるの ではない だろうか 。 千代 が 夢 の 中 や 病 で 死 を 目前 にした 時 に 初 めて 正直 になれ る よう に、 自 らを 捕 らえ て いる、 こ う 生 きねばならない と いった 制約 から 解 き 放 たれ る に は 、 虚構 の 設定 ・ 登場人物 を 通 して で な け れ ば 描 き にくい こともあったの で は ないか と 思 われる。   また 、 「 随感録一 」で 主張 さ れ て いるような 悟 りの 境地 に 至 るこ と が で き な い 心 の 動 きは 、 「たま 襷 」の 松野雪三 の

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恋 とは 我心 に 咲出 し 花 ような、 女主人公 に 対置 され る 男性 を 通 して も 表現 されて い る。 主家 の 娘糸子 に 思 いを 寄 せる 松野 は、 「 道 に 背 かば 背 け 世 の 嗤 ものわらひ 笑 にならばなれ 、 君故捨 つる 名真 ぞ 惜 しからず 、 今日 は 思 ふ 心 もらさんか 明日 は 胸 の 中 うち うち 明 けんか」 ( ( 中 の 二 ) 一九 ~ 二 〇 頁 ) と 成就 を 願 い、 「 此心更 に 追 へど も 去 らず 、 澄 まさん と 思 ふほ ど 搔 きに ごり て 、 真如 の 月 の 影 は 何 いづく 処 」 ( 同右 、 一八頁 ) とい うよ うに 迷 いの 中 に 取 り 残 され る。こ う し た 男性 の 描 き 方 が、 後期 の 「 にごりえ」のような 作品 にも 受 け 継 がれて い るこ とを 考 える と 、 恋 の 闇 から 抜 け 出 せない 主人公 を 描 いた 「 闇桜 」は 、 桃水 への 恋心 に 悩 むそ の 当時 の 一葉 を 反映 した 一時 の 徒花 に 終 わらず 、 その 後 も 長 く 一葉 の 中 に 留 まり 続 ける ものに な った と 言 えるの ではない だろうか 。 登場人物 の 心 の 動 き 方 に 焦点 を 絞 るこ と、 女主人公 の 心 に 端 を 発 して 引 き 起 こさ れる こ と が 周囲 の 人々 を 翻弄 する とい う 展開 、 これらは 「 や み 夜 」 以降 の 後期 の 諸作 にも 顕著 な 特色 であ る ) 33 ( 。 一葉 の 作家人生 の 中 で 特 に 明治二十八年初頭 から の 一年 あまりは、 研究史 に 於 いて 〈 奇蹟 の 期間 〉と 称 され るが、 奇蹟 は 一日 にし て 成 らず、 一葉後期 の 作品 に 繫 がるよ う な 要素 が、 先行作 を 踏 まえ ながら そ れと の 距離 を 見 せて ゆ く 手法 など も 含 め 、デビュー 作 「 闇桜 」の 時点 で 既 に 生 ま れ て いたの で ある。   「 闇桜 」には 『 源氏物語 』 宇治十帖 など 平安朝 の 物語 との 関係 を 指摘 した 鈴木氏 の 論 ( 注 ( 30) や 後藤幸良氏 の 論 ) 34 ( も ある 。また 、 一葉 の 恋愛観 と 透谷 や 露伴 のそ れを 比較 した 、 鈴木氏 ( 同右 ) や 塚本氏 の 論 ( 注 ( 13) もある 。 が 、 今回 検討 す る ことが で きなかった 。 本論文 に 於 いて 見 た 古典和歌 を 小説 に 取 り 込 む 際 の 手法 の 他作品 での 様相 も 含 め、 今 後 の 課題 と したい。 * 本稿 は、 二 〇 一三年度以降 の 京都女子大学 での 「 講読近代 」の 授業内容 の 一部 を 基 にし て いる。

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注 ( 1) 『 読売新聞 』 朝刊 、 明治十三年十月三十一日 、 十一月二日 、 同六日 、 七日 、 九日 、 十日 。 本論文 では 、 引用全般 に 亘 り、 漢字 の 旧字体 や 変体仮名 を 通行 の 字体 に 改 め 、ルビ を 適宜省略 した 。 読 みや す さ を 考慮 して 濁点 を 補 い、 空白 を 設 けた 箇所 がある 。 また、 特 に 断 らない 限 り 傍線 ・ 傍点等 は 論者 による。 ( 2) 拙稿 「 心 に 吹 く 風

樋口一葉 「 闇桜 」 論 (その 一 )

」 『 女子大国文 』 第一六四号 ( 二 〇 一九 ・ 一 ・ 三一   京都女子大学国 文学会 ) 。 ( 3) 文部科学省学術 フロンティア 事業 「アジア 地域文化 に 関 する 共同研究 」 『 「 朝顔日記 」の 演劇史的研究

「 桃花扇 」から 「 生 写朝顔話 」ま で

』 ( 二 〇〇 三 ・ 一 ・ 九  「 朝顔日記 」の 会 ) 第五章 「 演博蔵歌舞伎台帳 『け いせ い 筑紫 䚸 』 小考 」 冒頭 で、 児玉竜一氏 による 、 明治期 の『 読売新聞 』に 「 「 朝顔日記 」を 想起 させ る 数奇 な 女性 の 体験 を めぐる」 「 三面記事 」が 見 られ る との 指摘 があり ( 六六頁 ) 、 示唆 を 得 た。 児玉氏 は、 「 近代 にま で 至 る「 朝顔日記 」の 強靱 な 浸透力 をま ざま ざ と 思 い 知 らせる 事例 」 ( 同右 )と 述 べ て いる。なお、 こ の 共同研究 につい て は 、 正木 ゆみ 氏 よりご 教示 いただいた。 ( 4) 『 読売新聞 』で は 、 以下 のような 記事 が 見 える 。 明治八年九月二十五日朝刊一面 ( 歌舞伎役者 の 河原崎国太郎 の 眼病 につい て の 記事 、 日本橋 の 中島座 で「 朝顔日記 」を 上演 した 際 、 朝顔 を 演 じた 国太郎 が、その 後眼 が 悪 くな った 逸話 を 載 せる) 、 同十年四 月二十三日朝刊三面 ( 四 ッ 谷 の 桐座 での 中村寿三郎 らによる 「 朝顔日記 」 上演予告 ) 、 同十四年七月三十一日朝刊二面 ( 久松座 の 次回演目予告 に「 中幕 は 増補朝顔日記 」 、 朝顔 を 尾上多賀之丞 が、 阿曽次郎 を 片岡我童 が 演 じる と ある) 、 同十七年八月三日 朝刊三面 ( 市村座 の 夜芝居 での 「 朝顔日記 」 上演予告 、 朝顔役 は 中村福助 ) 、 同十八年九月二十二日朝刊三面 ( 猿若町 の 文楽座 の 落成記事 、 上演演目 の 一 つに 「 朝顔日記 の 通 し」 と ある) 。 『 朝日新聞 』 ( 東京 )で は 以下 の 通 り。 明治二十三年四月六日朝刊 四面 ( 浅草 「 東橋亭 の 語 り 物 」の 七日 の 予告演目 とし て 「 朝顔日記笑茸 の 段 」 「 同宿屋 より 大井川迄 」が 挙 げられて いる) 、 同 年五月十一日朝刊四面 ( 本郷 「 若竹 の 語 り 物 」 、 「 朝顔日記笑薬 の 段 」 「 同宿屋 より 大井川 ま で 」 ) 、 同年七月十三日朝刊四面 ( 十五 ・ 十六日 の 日本橋友楽館 での 演芸改良会 の 演目 の 一 つに 「 朝顔日記宿屋 の 段 」 ) 、 明治二十四年六月二十三日朝刊四面 ( 開

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恋 とは 我心 に 咲出 し 花 盛座 の 七月狂言予告 、 「 「 朝顔日記 」の 宿屋 より 大井川 ま で 」 ) 。 ( 5) 『 読売新聞 』 明治十七年四月二十日朝刊四面 、 春陽堂 の 広告 に「 義太夫 丸  本 生写朝顔日記 全一冊三十銭 」と あ る 。 『 朝日新聞 』 明治 二十四年十二月八日 の 東京朝刊五面 には 、 金子春夢著 『 今深雪 』 ( 春陽堂 )の 広告 が あ り、 「 盲目 の 恋 」 「 狂女 の 朝顔 」 「 月琴 を 弾 く」など の 煽 り 文句 が 見 える 。 参考 まで に、 『 今深雪 』 ( 『 文学世界 』 第九巻 とし て 発行 、 明治二四 ・ 一一 ・ 三 〇)の 梗概 は 以 下 の 通 り。 眼病 により 盲目 となったお 清 は、 両親 の 尽力 によっ て 婿養子 を 迎 える が 、 唱歌 を 彼女 に 教 えるために 家 に 出入 りし てい た 別 の 男 を 恋 す るあまり 夫 と 睦 まず 、 怒 った 夫 は 家 を 出 る 。その 後 、こ の 一件 が 噂 となり 再 び 婿 に 来 る 者 もなく 、 恋慕 っ てい た 男 も 別 の 娘 と 結婚 した ことを 知 って 「 半狂乱 」の 状態 となったお 清 を、 世 の 人 は「 恋 に 身 を 窶 す 今深雪 の 果 」 ( 十三丁裏 ) と 噂 する 。 こ の 時代 に、 恋 に 執着 する 人 の 代名詞 とし て「 朝顔日記 」の「 深雪 」が 意識 されて い たこ と を 窺 わせる 例 で ある。 ( 6) 『 読売新聞 』 明治二十四年六月二十二日朝刊三面 には「 新編朝顔日記 」と 題 する 記事 があり 、 蛍狩 に 毎夜出掛 ける 美 しい 女 を 深 雪 に、 そ れ を 聞 き 伝 えて そ の 女 の 後 をつ ける 男 たち を 阿曽次郎 に 擬 えて い る 。こ の 記事 では 「 朝顔日記 」の 物語展開 は 全 く 説 明 さ れ ないし、 記事 の 内容 にも 「 朝顔日記 」と の 共通点 は 殆 ど 見出 せない。 深雪 に 擬 され るこ の 女 の 正体 は 実 は「 白鬼 」 ( 私娼 ) で、 団扇 で 蛍 を 打 つ 拍子 にわ ざ と 転 んで 肩 につかまる と い った 手管 で 若 い 男 を 取 り 込 もうと 物色 して い る 、と い う 落 ちで ある 。 「 蛍狩 」 ( 「 袂涼 しき 宇治 ならで 江戸川 の 夕暮 には」 と いった 文言 も 出 てく る ) とい う キ ー ワ ー ド か ら 、 深雪 と 阿曽次郎 が 宇治川 の 蛍狩 で 出会 う「 朝顔日記 」を 思 い 起 こさ せ て お き な が ら 、 相手 を 一途 に 思 う 恋物語 であ る 同作品 とは 著 しい 落差 を 見 せる 記 事 を 提示 する 。 こ こか らは 、 「 宇治 」 「 蛍狩 」と いう 文言 と「 深雪 」 「 阿曽次郎 」と いう 登場人物名 のみ で 、 読者 に「 朝顔日記 」 の 内容 を 想起 させ る こ と が で き ると 踏 ん で いる 、 と いう ことが わ かるし 、 こ の 記事 の 内容 とは 対極 にある 誠実 な 恋物語 の 象徴 とし て「 朝顔日記 」が 意識 されて い る 様子 が 窺 える。 ( 7) 第一章 「 中国戯曲 から「 生写朝顔話 」への 流 れと 周縁 」 二 〇 頁 。 内山氏 は、 同論文 に 於 い て 、 「 そも そも 浄瑠璃 の 時代物 は、 天 下国家 の 安危 に 関 わる 壮大 な 物語 の 展開 に、 恋愛 が 織 り 込 まれ る の で あ って 、 恋愛 を 中心 に 物語 が 成 り 立 つ 訳 では ない 」 が 、 「 「 生写朝顔話 」は「 大内物 」 ( 近石泰秋氏 )で 、 刊行正本 では 一応時代物五段 の 形 をと っ て いるが 全段 を 貫流 する の は 、 女主人

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公深雪 の 恋 の 情熱 であ り 、 正本 に 掲 げる 場割全十四場中 、 十場 に 深雪 は 登場 す る 」 、 「 浄瑠璃 に 先行 する 歌舞伎 の「 け い せ い 筑 紫 䚸 」で は、 「 生写朝顔話 」ほ ど 深雪 の 出番 がな」く 、 浄瑠璃 は「 量質 ともに 、 女主人公深雪 の 恋物語 とし て 作 られ 、 」 対 する 阿曽次郎 ( 駒沢 )も、 例 えば 「 妹背山 」の 久我之助 と 比較 して 、 「 天下国家 の 大事 に 関 わる 浄瑠璃 の 男子 とし ては 異例 な、 恋 へ の 真剣 さを 見 せる」 な どと、 恋 を 主軸 に 置 いた 特徴 ある 浄瑠璃 とし て、 本作 を 捉 えて い る ( 一九頁 ) 。 さ ら に 、 読本 や 歌舞伎 と 比較 して の 浄瑠璃作品 の 特徴 とし て、 「 読本 『 朝顔日記 』は 宮城阿蘇次郎 を、 誕生 から 退身 まで 、 一代記的 に 丁寧 に 描 き、 当然 、 恋以外 の 話 に 多 くの 紙数 が 充 てら れる 」 「 一方浄瑠璃 では 、 十四場中駒沢 が 登場 する の は 七場 、 深雪 の 十場 に 対 し、や や 薄 い 扱 い で ある」 こと 、また 、 「 「 宿屋 」で 深雪 が 駒沢 の 前 で 弾 くのが 、 読本 は 三味線 であ る が 、 浄瑠璃 は 琴 で、 哀 れに 美 しい 女主人 公 の 貴種流離譚 に、 一層 の 演出効果 を 挙 げ て いる」 こと 、 同場 で「 深雪 が 駒沢 の 前 とは 知 らずに 、 恋人 への 思 いの 丈 を 述 べる くど き も 、 読本 にはな く 、 歌舞伎 に 原型 がある と はい え 、 抒情味豊 かな 詞章 は 浄瑠璃 の 独擅場 であ る 」 こ と な ど が 指摘 されて いる( 以上 、 二 〇 頁 ) 。 ( 8) なお 、 「 浄瑠璃 は 読本 の 大筋 に 添 いつつ 、 事実上 の 劇的 な 最後 の 場面 であ る 「 大井川 」に 、 悲劇的幕切 れを 用意 すべく 、 強引 に 徳右衛門 の 忠死 を 挿入 し た 」と され る ( 注 ( 3)に 挙 げた 共同研究第八章 、 内山美樹子氏 「 二十世紀中 ・ 後期 ( 一九五七 ~ 九五 )の 文楽 「 生写朝顔話 」 」 二一八頁 ) 。 前論 で「 闇桜 」と 比較 した 、 浄瑠璃 『 増 補 生写朝顔日記 』 ( 明治二四 ・ 一 ・ 二一   金桜 堂 )の 当該箇所 の 本文 につい て は 、 前論注 ( 27) 参照 。たしかに 前論注 ( 16)に 紹介 した 明治二十三年発行 の 読本 『 人情 美談 朝顔日 記 』の 本文 では 、 深雪 の 目 の 回復 は、 「 産神 を 祈 り 朝々冷 ひや けき 水 にて こ り を と り し 故 に 自 おのづか ら 送 の ぼ せ 上 も 下 さが りしか 心地 爽 さはやか に 御神 の 恵 めぐみ にて 両眼明 き 侍 りぬ」 ( 八 〇 頁 )と いう よう に 描 かれ る 。 だ が 、 明治期 に 於 いて 明 らかに 浄瑠璃 の 本文 に 依拠 した 「 朝顔日 記 」を 踏 まえて の 発言 が 見 られ る。 注 ( 4)に 挙 げた 『 読売新聞 』 明治八年九月二十五日 の 国太郎 の 眼病 につい て の 記事 では 、 「 甲子 どし の 男 の 子 の 生血 でも 取 ツ て や りたいねエ と 浮気娘 など が 心配 して 居 りま すが」 と あり 、 注 ( 5)に 挙 げた 明治二十四 年発行 の 小説 『 今深雪 』で は 、 女主人公 の 眼病 につい て「 大明渡来 の 目薬 に、 甲 きのえ 子 ね 男子 の 生血 を 濺 ぐや う な 即座 の 平癒 も 覚束 なし」 ( 七丁表 ) と いった 文言 が 見 える 。 これらの 例 から 、 明治期 、 「 闇桜 」 発表時 まで の 期間 に 於 いて、 浄瑠璃 の 詞章 が 一般

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恋 とは 我心 に 咲出 し 花 に 浸透 し て いた ことが 窺 えるの で ある。 ( 9) これは 必 ずし も 「 朝顔日記 」に 限定 さ れ ない 。かつ て 拙稿 「 一葉小説 と 同時代環境 」 ( 『 論集樋口一葉 Ⅱ 』 〔 平成一 〇・ 一一 ・ 二五   おうふ う 〕 注 ( 21) 一四九 ~ 一五 〇 頁 )に 於 いて、 「 闇桜 」 ( 下 ) 末尾 の 部分 の 出典 とし て 指摘 されて き た 『 新古今和歌 集 』 所載 の 能因法師 の 歌 につい て 、 恋 の 妄執 をうた う 道成寺 ものの 歌謡 の 中 に 取 り 込 まれて 流布 して い た こ と を 指摘 した 。 「 朝 顔日記 」のように 「 闇桜 」で 直接作品 の 文言 が 引用 されて い るわ けで は な く、 ま た 、 大団円 で 幕 となるか 否 かの 違 いも あるが、 こうし た 道成寺 もの や 「 闇桜 」 ( 上 )で 良之助 が 千代 をか らか う 際 に 口 にのぼせ て い る 八百屋 お 七 など 、 「 闇桜 」の 背景 に 潜 ま されて い る 作品 に 於 いて も 、 恋 に 執着 する 女性 の 積極性 が 見 て 取 れる と 言 える だ ろ う。 ( 10) 屋木瑞穂 「 樋口一葉 「 闇桜 」の 位相 ―〈 筒井筒 〉 変奏 ―」 『 近代文学試論 』 第三八号 ( 二 〇〇〇 ・ 一二 ・ 二五   広島大学近代文 学研究会 ) 六頁 。 ( 11) 闇桜 」 及 び 後出 の「 た ま 襷 」の 引用 は、 前論同様初出 により 、 以下頁数 のみ 示 す。 初出誌 『 武蔵野 』は 、 『 複刻版 武蔵野 』 ( 二 〇〇 四 ・ 九 ・ 一  雄松堂出版 )によった。 ( 12) 注 ( 2)の 拙稿 、 七七頁参照 。 ( 13) 塚本章子氏 は、 千代 が、 自分 が 良之助 に 相応 しくない と 思 い 悩 む 「その 意識 の 背後 には 、 互 いに 尊敬 し 合 い、 相談相手 にな る 「 学識 」のある 女性 ( 中略 )を 求 め、 「 自由 な 恋愛 」を 夢見 る、 知識人男性 たち の 描 く「 理想 」が 、 渦巻 いて い た 」と し 、 それ が 、 「 「 恋 」を 阻 むもの と し て 彼女 を 脅 かし て いる」 と 言 うが 、 良之助 は〈 先進的知識人 〉で あ る と 強調 して 描 かれて い るわ け では なく 、 彼 の「 理想 」が 作品内 で 語 られ る こ と も 一切無 い。 塚本氏 は 、 「 「 学問 」の 匂 い 、あるいは 「 英語 」の 匂 いが 、 千代 から は 全 く 感 じ 取 れない」 ことか ら 、 千代 の 通 う 学校 が「 当時 の 中心的存在 で あったミッション 系 の 高等女学校 とは 思 えない」 と 言 うが、 作品内 では「 今 の 世 の 0 0 0 0 教育 うけ た 身 」 ( 三頁 )と あ っ て 、 近代的教育 を 受 け て いる ことが 明言 さ れ て いる。また 一方 、 良之助 の 通 う「 何某学校 」 ( 一頁 )も 帝国大学 であ る と い う 明記 が な いとこ ろ から、 彼 をそ こま での エ リ ー ト とし て 設定 しよう とし てい ない 作者 の 意図 が 見 えるし 、 英語 の 匂 いが しな いのは 良之助 も 同様 で あ る 。 そも そもここ は 千代 の 妄想 が 展開 されて

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いる 箇所 なの で 、 千代自身 が 冷静 でも ない 。 平常時 に 彼女 がそういった 問題 で 悩 ん で いるの で な い 以上 、 塚本氏 の 指摘 のよう には 読 めな いの で は な い か 。 塚本氏 の 論 は、 『 樋口一葉 と 斎藤緑雨

共振 す る ふ たつの 世界 』 ( 二 〇 一一 ・ 六 ・ 三 〇   笠間書 院 ) 第二章第一節 「 「 闇桜 」 考

同時代 の「 恋 」 を めぐる 言説 の 中 で

」 一一九 ~ 一二一頁 。 初出 は『 国文学攷 』 第 一六二号 ( 一九九九 ・ 六  広島大学国語国文学会 ) 。 以下 、 塚本論文 と 略記 する 。 ( 14) 藤井公明 「 一葉小説 の 文章 」 『 一葉全集 』 第七巻 ( 一九五六 ・ 六 ・ 二 〇   筑摩書房 ) 八 〇~ 八三頁 、 山根賢吉 「 一葉初期小説覚 え 書 」 『 学大国文 』 ( 一九六八 ・ 一二   大阪教育大学国語国文学研究室 ) 初出 、 『 樋口一葉 の 文学 』 ( 一九七六 ・ 九 ・ 一五   桜楓社 ) 所収 、 九七 ~ 九九頁 など 。ただし、 本論文 で 指摘 する よ う な「 闇桜 」と の 違 いについ て は 言及 されて い な い 。 ( 15) 塚本論文 では 、 「 男 が 出世 の 途上 にある こ と 」 と 女主人公 の 学歴 の 落差 を「 闇桜 」と の 共通点 とし て 挙 げて い る ( 一一六 ~ 一二一頁 )が、 良之助 の 出世 は 千代 の 見 る 夢 とし て 描 か れ て いるに 過 ぎず、 梅二郎 のように 「 英学 を 修 め」 「 往 ゆく 々 は 国会議員 と なり 馬車 で 国会議事堂 へ 出 かけや う と い ふ 下心 」 ( 第一回 、 一頁 )を 持 って い る わ け で も な い 。 何 より 良之助 は 毎日 のように 千 代 と 親 しく 遊 んで お り 、 塚本氏 が 指摘 する 同時代小説 の 男性 たち ( 梅二郎 や 逍遙 の「 可憐嬢 」 〔 明治二 〇・ 一二   吟松堂 〕の 登 場人物新作 など )のような、 相手 にも 相応 の 学問 を 求 める 確固 たる 結婚観 を 持 っ て いる わけ で も ない。 ( 16) 注 ( 14)に 挙 げた 山根氏 の 論文 ( 九九頁 )など 。 ( 17) 塚本論文 に、 「 対髑髏 」には 「 恋心 を 主体化 し、 そ の 心 の 変化 をつ ぶさ に 辿 ろうとす る 言葉 はない」 と の 指摘 がある ( 一一一 頁 ) 。 塚本氏 は、 「 対髑髏 」を「 さ ら に 膨 らま す かのように 、 恋 する 者 の 心 の 葛藤 を 描 こう とし た 「 闇桜 」に 、 こ のテ ク ス トの 命 とい っ て もよ い も の を 吹 き 込 んだ 」 作品 とし て 、 露伴 の「 風流悟 」 ( 『 国民之友 』 第一二七号付録 「 藻塩草 」 〔 明二四 ・ 八 ・ 一三   民友社 〕 ) を 挙 げて い る ( 同右 )が 、 女性側 では なく 男性側 の 言説 であ る こ と 、 「 闇桜 」に 見 られ るような 恋 による 煩悶 が 現実 に 影響 を 及 ぼし 、 果 ては 周囲 を 翻弄 す る 、 と いった 展開 が 見 られ な い こと、 「 風流悟 」に 於 いて 男女 の 間 に 設定 されて い るほ ど に は 、 現実社会 に 於 ける 地位 や 財産 など の 懸隔 が 千代 と 良之助 には 見 られ な い こと 、など か ら 、 単純 に 比較 する の が 難 しい 作品 で ある。

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恋 とは 我心 に 咲出 し 花 ( 18) この 箇所 、 「 闇桜 」 未定稿 B( 注 ( 2)の 拙稿参照 )で は 、 「 我 れ 恋 ふ 人 」と あ る 。 『 樋口一葉全集   第一巻 』 ( 一九七四 ・ 三 ・ 二 〇   筑摩書房 ) 一三頁 。 以下 、 同全集 を『 全集一 』と いう よう に 略記 する 。 ( 19) 同様 に、 「 闇桜 」と の 関連 が 指摘 さ れ て いる( 注 ( 14)の 山根氏論文 〔 九七 ~ 九九頁 〕など ) 紅葉 の「 恋 の ぬ け が ら 」 ( 『 都 の 花 』 第五 〇~ 五八号 〔 明治二三 ・ 一一 ・ 二 ~ 二四 ・ 三 ・ 一  金港堂 〕 ) と の 差異 も 明確 と 言 える 。 同作品 は、 隣同士 の 幼馴染 みで 将 来 の 結婚 も 想定 されて い た 恋仲 の 主人公 たち ( お 初 と 千之助 )が 、 千之助 の 突然 の 奉公 、そ の 後 の 父親 の 死 と 破産 、 出家 とい っ た 次々降 り 掛 かる 苦難 の 中 、 手紙 を 届 けたり 寺 に 会 いに 行 ったり と い うお 初 から の 働 きか け も あ り 二人 は 成就 を 願 い 続 ける も のの、 最後 はそ うした 交際 が 寺 で 問題視 され 、 千之助 が 信州 の 山寺 に 学問修業 に 出 され るこ とで 最終的 に 二人 は 引 き 裂 かれ る 。 ( 20) 本論文 に 於 ける 『 古今集 』の 引用 は、 す べ て 『 国歌大観 』により ( 恋二所収五七二番 、 恋一所収五二六番 ) 、 『 古今和歌六帖 』 から の 引用 は、 『 続国歌大観 』による( 第五 、 七六番 。 『 新編国歌大観 』で は 二七三 〇 番 ) 。 ( 21) 例 えば 菅聡子氏校注 、 新日本古典文学大系明治編 『 樋口一葉集 』 ( 二 〇〇 一 ・ 一 〇・ 一五   岩波書店 )で は 、 七頁脚注一二 。 ( 22) 関礼子氏 は、こ の 夢 の 中 での 千代 と 良之助 のや り 取 りについ て、 「 夢 のな かの 出来事 とはい え 、 十六歳 の 少女 の 欲望 のな まの 姿 を 率直 に 表出 し て いる」 「 当時 におい て は かなりの セク シュアルな 描写 」と 述 べ て い る 。 「 「 縫 ひと ゞめ」る 心

『 闇桜 』 」 『 語 る 女 たち の 時代   一葉 と 明治女性表現 』 ( 一九九七 ・ 四 ・ 一  新曜社 ) 二二四頁 。 右引用箇所 の 後者 の 指摘 につい て は 、 現時点 で 検討 できる 材料 を 持 たな いの で 、 今後 の 課題 と したい。 ( 23) 満谷 マー ガレ ット 氏 は、 千代 の 夢 につい て 「 何 も 気 づか ない 彼 は 依然 とし て 千代 を 妹 とし て 眺 めて 」 お り 、 誰故 の 恋 かと「 問 う 良之助 は 千代 の 愛 を 拒否 して 、 〈 兄 〉と して 〈 妹 〉の 彼女 をもう 一人 の 男 に 渡 そうと し て いる」 と 言 うが、 背 を 撫 で、 顔 をの ぞき 込 み、 手 を 取 るなど の 身体 の 接触 を 良之助 の 方 から も し て い るこ と、 千代 の 様子 を 見 てい れ ば 恋 し て いるのは わ かる と い う 発言 から の 「 誰 れゆ ゑの 恋 ぞうら 山 し 0 0 0 0 」と いう 言葉 などを 見 ると、 千代 の 物思 いに 一切気 づか ない 現実 の 良之助 とは 明 らか に 異 なっ て い る 。 だか ら こ そ 、 千代 もそ れに 触発 されて 本心 を 打 ち 明 ける 寸前 にま で 至 っ て いるの で あ り 、 満谷氏 の 読 み 方 に は 疑問 が 残 る 。 「 〈 狂気 〉と 青春不在

『 闇桜 』を 中心 に」 『 国文学 』 第三九巻一一号 ( 一九九四 ・ 一 〇・ 一 〇   學燈社 ) 八 〇

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