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地域共同体を基盤とした渇水管理システムの持続可能性

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(1)

1)具体的には、年間を通じて355日間はそれを下回らない河

I

はじめに

 本稿は、讃岐平野における自治的なため池水 利システムの渇水管理に焦点を当て、

1994

年の 異常渇水を契機として生じた制度変化の内容を明 らかにするとともに、地域共同体を基盤とした渇 水管理システムの持続可能性を評価する。  平六渇水とも呼ばれる

1994

年の異常渇水は、 北海道や青森、東京、宮崎を除いた全国の府県に 甚大な被害をもたらし、最大

1,176

万人の市民が 水道の断水・減圧の影響を受け、総額

1,377

億円 の農作物被害が発生した(池淵

1995, p.21;

中桐 ほか

1999

)。このような渇水危機に対処するため の方法には、ダム・河口堰の建設によって水資源 量を物理的に増加させる供給管理アプローチと、 水の利用や資源配分を効率化する需要管理アプ ローチがある。しかし、前者の供給管理アプロー チは短期的な降水量の変動によって発生する渇 水には対応することができない。それに加えて、水 資源開発計画は

10

年に

1

回程度の確率で生じる 河川流量の低下に対処できるだけの利水安全度 を確保することを目指しており1)、計画で想定され ている以上に河川流量が低下(降水量が減少)す る状況が起きれば、すぐに渇水が発生する。この ように、供給管理アプローチだけでは、渇水を本 質的に解決することは難しい。そこで登場した考え 方が、需要管理アプローチである。渇水への需要 管理アプローチには、例えば米国カリフォルニア 州 で

1991

年 か ら 行 わ れてきた「 渇水 時 銀 行 (

drought water bank

)」(遠藤

2013

)がある。こ

地域共同体

基盤

とした

渇水管理

システムの

持続可能性

1994年渇水時の讃岐平野を事例として

論文 篭橋一輝 Kazuki Kagohashi 南山大学社会倫理研究所 / 研究員

(2)

3)讃岐平野におけるため池の数は14,619個(兵庫、広島に 次いで全国第3位)、総貯水量は14,605.4万m3ため池密度 は7.79個/km2(全国第1位)となっている(香川県農林水産 部 2000)。 4)例えば、満濃池には多くの渇水時の農業水利慣行が存在 していた。“線香水”と“水ブニ”はその代表的なものであり、圃 場ごとの配水時間を線香の長さで決めておき、線香が燃える 時間だけ各圃場に水を配水するというのが、線香水慣行であ る(満濃池土地改良区, 2001, p. 309)。このとき、線香の長さ が農家の一種の財産のように取り扱われ、讃岐地方の方言 で持ち分を表す“ブニ”という言葉が充てられて、“水ブニ”と 呼ばれるようになった。この水ブニは各農家の間で売買の対 象となっていたこともあり、水ブニが地主に独占されたり、分 配が不平等になったりすることもあった(香川用水土地改良 区, 1998, p. 17; 満濃池土地改良区, 2001, p. 309)。しかし、 この水ブニ慣行は、香川用水の建設と共に消滅した。他にも、 徹夜でため池の水を配水する“夜水”、分水工の監視・管理 を行う“股守り”、厳しい統制の下で配水の指揮をとる“水配”、 “水引き”、“鍬肩ぎ”などの農業水利慣行があったが、香川用 水の建設後、徐々に衰退していった。 れは、市場取引を通じて水資源配分の社会的効 率性を高め、需要面から渇水危機を克服するもの である2)  本稿で取り上げる讃岐平野の渇水管理の事例 は、需要管理アプローチの

1

つとして位置づけられ るが、市場ではなく、共同体の制度変化を通じて 渇水へ の 適応 が図られたという特徴を持 つ。

1994

年の異常渇水時、讃岐平野では、共同体が 伝統的に培ってきた水利制度である農業水利慣 行に基づいた配水管理が行われたことで、全国平 均を上回る水準で水稲が生産され、農作物被害 の軽減効果も確認されている(香川用水土地改良 区

1995, p.3;

篭橋・植田

2011

)。本稿では、地域 共同体による自律的な渇水管理の内容と持続可 能性を明らかにする作業を通じて、国家と市場だ けでなく、共同体を基盤とした渇水管理のあり方 の可能性を示す。

II

讃岐平野の水事情と

1994

年の異常渇水

2.1. 讃岐平野の水文・地理的条件  香川県は瀬戸内寡雨圏に属し、讃岐平野の年 平均降水量は、瀬戸内海側で

1,100mm

、内陸部 で

1,200mm

と全国平均(

1,714mm

)の

64

70

% 程度である。また、讃岐平野の地質は花崗岩を主 体としており、保水力に乏しいこと、そして県内の 河川の水源となっている阿讃山脈から瀬戸内海ま での流路延長が短く急勾配であることから、安定 的な取水を行うことが難しい地理条件下にある (長町

2008, pp.222–223

)。安定的に利用できる 地下水流出量を規定する渇水比流量を見ると、

1m

3/秒・

100km

2ときわめて小さい値となってい る(中村ほか

1995, pp.131–132

)。また、讃岐平 野の山地の高度は低く急傾斜であり、山地面積に 比べて平野面積の割合が大きい。  このような自然地理的条件によって、讃岐平野 では古来からため池水利が顕著に発達してきた (長町

1991b, p.80

)3)。讃岐平野は、渇水が発生し やすい水文・地質学的条件にあるが、そのような 制約が讃岐平野におけるため池の築造と、渇水へ の適応を図る農業水利慣行の形成を促進した側 面がある4)  不安定な水事情を抜本的に改善するために、香 川用水の建設が吉野川総合開発事業の一環とし て実施され、

1978

年から全線通水が開始された。 現在、吉野川上流にある早明浦ダムの年間開発 容量

8

6,300

万トンのうち、池田ダムを通じて年 間開発容量の

29%

に相当する

2

4,700

万トンが 香川県に導水されている。香川用水の年間導水量 の内 訳 は、農 業 用 水 が

1

500

万トン( 最 大

11.3m

3

/s

)、 上 水 道 用 水 が

1

2,210

万トン

3.87m

3

/s

)、工業用水が

2,000

万トン(

0.63m

3

/s

である。香川用水 の 受益地域 は、農業用水 が

30,700ha

( う ち 水 田 が

25,100ha

、樹 園 地 が

5,600ha

)、上水道用水が香川県の

8

5

町(給水 人口

94

万人)、工業用水は坂出・丸亀の中讃地域 臨海工業地帯を受益地域としている。香川用水は 共用区間と農業専用区間とに分けられ、共用区間

(3)

を水資源開発公団が維持管理し、農業専用区間 を香川用水土地改良区が維持管理している。  香川用水幹線は、讃岐平野の主要水系(金倉 川・土器川・綾川・香東川・新川等)を東西に貫く ように敷設されており、県下のため池に早明浦ダム を水源とする農業用水を新たに補給することがで きるようになっただけでなく、

179

ヶ所の分水工の 流量を調整することで、水系間での配水調整も行 うことができるようになった(長町

1991a, p.6;

長 町

1995;

長町

2003, p.118

)。 2.2. 1994年の異常渇水とその対応5)  香川用水の建設によって飛躍的に利用可能水 資源量が増え、讃岐平野は長年悩まされてきた渇 水から解放されるかに思われた。しかし、その希 望に反して、

1994

年に日本全国が異常少雨に見舞 われ、讃岐平野でも深刻な渇水が発生した。  

1994

年、讃岐平野では、

6

月から

8

月にかけての 降水量が西讃の多度津測候所では

124.0mm

(平 年 比

32.0%

)、東 讃 の 高 松 地 方 気 象台 で は

173.0mm

(平年比

44.6%

)であり、讃岐平野内で の降水量が非常に少ない状況となっていた。  

1994

年 の

6

29

日に早明浦ダムの貯水率 が

50%

を切ったことを受けて、第

1

次取水制限が実 施され、香川用水の取水率は一律

30%

カットと なった。その後もまとまった降水は得られず、早明 浦ダムの貯水率が

30%

となる見通しが濃厚となっ た

7

4

日、吉野川水系水利用連絡協議会6)幹事 会が開催され、早明浦ダムの貯水率が

30%

になっ た時点で第

2

次取水制限を実施すること(取水制 限率

60%

)が決定された。同日、香川県渇水対策 本部から香川県土地改良区に対して、取水制限 率の用水間傾斜配分への協力要請がなされ、農 業用水と工業用水の取水制限率をそれぞれ

65%

70%

とし、上水道用水の取水制限率を軽減する 旨の意向が伝えられた7)。翌

7

5

日に緊急開催さ れた香川用水土地改良区第

12

回配水管理委員 会において、この用水間傾斜配分について慎重な 協議がなされた。このとき、香川用水土地改良区 の構成員の土地改良区・水利組合は、農業用水 の取水制限率が

30

%であったことに加え、ため池 の平均貯水率も

70

%を割り込み、平年よりも

15

% 程度低い貯水状況であったことと、各土地改良区・ 水利組合は既に自主的に干害応急対策工事を自 己負担で実施していたことから、農業用水と上水 道用水の間で取水制限率を傾斜配分することに 対して大きな難色を示した。しかし、

6

月に開催さ れた香川県議会において、「農作物干害応急対策 事業」が全国に先駆けて制度化され、干害応急対 策工事に関する農家負担が軽減された(香川用水 土地改良区

1995, p.39

)ことと、「水源供給力の 弱い地域への優先配水」を配水方針として、香川 用水土地改良区が責任を持って農作物の枯死に 瀕した農家の救済を行うことが確約されたことで、 上水道用水に香川用水の水を優先的に配水する ことが了承された。これにより、

7

8

日から始まっ た第

2

次取水制限では、取水制限率は上水道が

51

%、農業用水が

65

%、工業用水が

70

%とされた。  

7

12

日、吉野川水系水利用連絡協議会委員 会は早明浦ダムの貯水率が

15%

となった時点で、 第

3

次取水制限に入り、香川用水の取水制限率を

75%

とする方針を決定した。これは香川用水が全 線通水された昭和

53

年以降、初めて実施される 措置であった。これを受けて香川県渇水対策本 部は、県民生活への影響の大きさを考慮し、第

2

次取水制限と同様、取水制限率の傾斜配分を要

(4)

香川県水道局は工業用水の水量確保に苦労したようである。 へのヒアリング調査より)。工業用水は香川用水だけでなく、 工業用水専用ダムである府中ダムからも取水することが可能 なので、70%や80%という取 水制限率( 水量で言えば 0.063m3/s設定することが、直ちに致命的影響 すことにはならないという判断が下されたと予想される。ただ し、平六渇水時には府中ダムの貯水率も低かったようなので、 請し、上水道用水の取水制限率を緩和する方針 を決定し、香川用水土地改良区に対して、再び取 水制限率を用水間で傾斜配分する要請を行った。 香川用水土地改良区はこの要請を協議するため、 翌

7

13

日に第

13

回配水管理委員会を開催した。 県内のため池の平均貯水量は

6

割を切る状態で あり、農業用水もきわめて厳しい状態であったが、 断水を目前とした上水道の窮状を前に、上水道へ の優先配水を強化する案が了承された。第

3

次取 水制限では、制限率は上水道用水が

56

%、農業 用水が

80%

、工業用水が

85%

であった。

7

月中旬 から

7

月下旬にかけて、貯水率が

50%

を割り込む ため池が増え、農業水利慣行に基づく配水管理 が行われるようになった。  

7

24

日には早明浦ダムの貯水率がゼロになり、

7

24

日午後

18

時から

25

日午後

15

20

分まで、延 べ

21

時間

20

分の間、香川用水が取水停止という 事態(第

4

次取水制限)に陥ったが、吉野川水系 水利用連絡協議会で決定されていた発電用水の 一時転用の措置により、取水停止後も、香川用水 の上 水道用水 は 計画 の

56%

に相当 する 毎 秒

1.74m

3取水を行うことができた。上水道に関し ては、発電用水の一時転用の措置により、

7

24

日以降も

30

日間は全面断水の危機を回避するこ とが可能であったが、農業用水と工業用水につい ては香川用水の水を全く利用できない事態が続く ことが予想された。  しかし、幸いなことに、取水停止の翌日の

25

日か ら、台風

7

号の接近により、早明浦ダム上流域で降 水があり、ダムの貯水率が回復し始めた。それに 伴い、香川用水の取水管理を行う水資源開発公 団香川用水管理所は四国地方建設局(当時)の許 可を得て、上水道用水と農業用水に限って香川用 水の緊急取水を行った。これにより、

7

25

日から

28

日にかけて、香川用水の上水道用水は計画を

2

割程度上回る量を取水し、農業用水も計画の

7

割 程度の取水を行うことができた。

7

29

日からは再 び取水制限に入ったが、

8

13

日には台風

14

号、

9

28

日には台風

26

号、

10

12

日には台風

29

号が 接近し、その度に緊急取水が行われた。取水制限 が全面的に解除されたのは

11

14

日であり、取水 制限日数は

141

日間に及んだ。 2.3. 1994年の異常渇水を契機とした制度 変化

1994

年の異常渇水は、讃岐平野の水利用制度 に様々な変化をもたらした(表

1

)。  まず第

1

に、香川用水(農業用水)の取水制限率 が

65

%に設定され、ため池の平均貯水率も

50

% を切った

7

月中旬から下旬にかけて、多くのため池 掛かりで香川用水の建設を境として、一度は衰退 した農業水利慣行が一時的に復活した(香川用 水土地改良区

1998, p.303

)。香川用水の建設以 降、衰退した“池守り”や“水配”、“股守り”、“水引 き”、“鍬肩ぎ”、“走り”などの農業水利慣行が積 極的に実施され、厳格な配水管理や分水工の管 理・監視が昼夜を問わず行われた。  第

2

に、香川用水(農業用水)の管理を引き受け る香川用水土地改良区が第

2

次・

3

次取水制限時 に、上水道用水の取水制限率の肩代わりをすると ともに、香川用水幹線の水利調整機能を活用して、 農業用水内で渇水被害を回避・軽減する水融通 が実施された。農業用水を管理する香川用水土 地改良区は、香川用水の取水制限率の傾斜配分 の要請を受諾する一方で、農業用水の末端水利 の土地改良区や水利組合が保有する田畑の作物

(5)

が枯死しないよう、ため池の貯水率や農作物の生 育状況が深刻な地域に対して優先的に香川用水 の水を配水していた。これは、香川用水の受益地 域内で、農業における水不足の状態の平準化を図 るものであった。

III

讃岐平野における渇水管理の

持続可能性

3.1. オストロムの設計原理  オストロムは世界の様々な地域で古くから存続 してきた共同利用資源(

CPRs

)の利用・管理制度 についてのケーススタディを渉猟し、

CPRs

の利用・ 管理が持続的に行われるための条件を、「設計原 理」(

design principles

)として以下のようにまとめ ている(

Ostrom 199, pp.9–99; Ostrom ,

pp.9–;

井上

2009, pp.4–7

)。

1.

資源と利用者の明確な境界 資源の利用権を持っている主体と、

CPRs

の 境界が明確に定義されていること(

CPRs

の正 当な利用権を持つ者以外の利用を排除でき る条件が整っていること)

2.

便益と費用負担のバランス

CPRs

の利用者が得る便益に関連する“資源 フローの配分ルール”(

appropriation rule

)と、 利用者が負担する費用(労働・材料・資金) に関連する“ 資源ストックの管理ルール” (

provision rule

)が、釣り合っていること

3.

利害関係者の参加 資源運営のルール作りに

CPRs

の利用者自身 が参加できること

4.

モニタリング 監視を行う主体は利用者に対して

CPRs

の利 用状態に関する説明責任を負っているか、利 用者自身が監視を行っていること

5.

段階的な制裁 ルールを破った占用者に対して、他の利用者 や管理者から段階的な制裁が与えられる こと

6.

コンフリクトの解決

CPRs

の利用者同士、あるいは利用者と外部 内容 特徴 利害関係者 農業水利慣行の復活 ・農作物被害の回避・軽減 ・節水灌漑の強化 ・ため池掛かり(土地改良区・水利組合) 取水制限率の傾斜配分 ・上水道用水の取水制限の緩和 ・水利用の区分を超えた水融通 ・香川県渇水対策本部・香川県水道局 ・香川用水土地改良区 ・ため池掛かり(土地改良区・水利組合) ・水道の利用者 利水状況の悪い地域への 優先配水 ・農作物被害の回避・軽減・水系を超えた水融通 ・香川用水土地改良区・ため池掛かり(土地改良区、水利組合) 出典:筆者作成 11994年の異常渇水を契機とする制度変化

(6)

の役人との間の対立を解決する場があること

7.

自治的な資源利用を行う正当性

CPRs

の利 用 者 に 資 源 利 用 の 正 当 性 (

legitimacy

)が認められていること

8.

入れ子状の組織形態 資源利用、管理、監視、コンフリクトの解決、 ガバナンス活動が入れ子状の組織形態で行 われていること  オストロムのコモンズ論は、

CPRs

が枯渇するこ となく利用され続けることを目的として構築されて いる。

CPRs

が枯渇することが非持続可能な状態 であり、

CPRs

が存続することが持続可能な状態と して考えられている。そして、両者を分ける制度的 条件が、上記の「設計原理」である。「設計原理」 は

CPRs

の占用者がただ乗り(

free ride

)行動をと らないように動機づけるための制度的措置を多く の事例から帰納的に導き出したものである。 3.2. 讃岐平野の渇水管理の持続可能性

1994

年の異常渇水を契機として生じた制度変 化以降の、讃岐平野の渇水管理の持続可能性は どのように評価されるだろうか。以下、オストロム の設計原理と比較しながら、検討する。 3.2.1. 資源と利用者の明確な境界  讃岐平野の利水制度の大きな特長は、香川用 水とため池が統合的に運用されていることにある。 香川用水幹線を通じて配水される水は、

179

ヶ所 の分水工を通じて、その大部分が県下のため池に 導水され、末端の圃場へは、各ため池ごとに歴史 的に形成されてきた農業水利慣行に従って配水 されている。  香川用水を通じて供給される農業用水は、香川 用水土地改良区に所属しているかどうかによって、 受益地域が明確に規定されている。また、讃岐平 野におけるため池の利用に関しても、資源や利用 者の境界は明確である。例えば、三郎池は貯水量

177

m

3

419ha

の受益面積を持ち、香川県内で 満濃池と並び称されるため池である。三郎池は

25

の水利組合によって構成される三郎池土地改良 区によって維持管理が行われている(香川用水管 理体制整備推進協議会

2000

)。三郎池には「ユ ル」と呼ばれる三郎池から取水を行う樋管が

4

つ あり、それぞれ本ユル、西ユル、東ユル、石ユルと 呼ばれ、本ユル掛りが受益面積(灌漑面積)・所 属水利組合数ともに最大の組織を形成している (受益面積

338.5ha

20

水利組合)。三郎池の水 の利用者の範囲は歴史的に拡大・変化してきてい るものの、三郎池の水はあくまで三郎池土地改良 区の組合員のみに提供されるものであり、組合員 でない者には三郎池の水を利用する権利は与えら れない。  三郎池だけでなく、讃岐平野の他のため池でも 例外なく、土地改良区や水利組合の境界は各た め池の流域に応じて明確に定められている。また、 香川用水の配水管理を行う香川用水土地改良区 に関しても、香川用水土地改良区に所属していな い土地改良区や水利組合は香川用水幹線に接続 されていないので、香川用水の水を取水すること は物理的に不可能である。このように、讃岐平野 においては、ため池や水資源と利用者の境界はき わめて明確なものとなっている。 3.2.2. 利害関係者の参加、自治的な資源利用を行 う正当性、コンフリクトの解決  香川用水土地改良区の組合員数は

59,358

名で、

(7)

香川県の

5

30

町が受益地域となっている。香川 用水土地改良区は“総代会”、“理事会”、“監事会”、 “顧問”、“相談役”によって組織されている(香川 用水土地改良区

1998, p.56

)。“総代会”は香川用 水の運営方針を議決する機関であり、合計

41

選 挙区から合計

150

名の総代が選出される(表

2

を 参照)。“理事会”は香川用水の利用・管理の運営 に携わる機関である。理事会は、総務委員会、財 務委員会、配水管理委員会、施設管理委員会とい う

4

つの委員会によって構成される。香川用水の 受益地域である各市町の被選挙区(

35

区)と全県 を対象とする被選挙区(

1

区)から成る合計

36

の 被選挙区から、合計

50

人の理事が選出され、上記 の

4

つの委員会のいずれかに所属する。香川用水 の利用は、

12

名の理事から成る配水管理委員会 によって方針が決定され、その配水計画に従って 香川用水の水が利用される。また、香川用水幹線 の維持・管理については、

12

名の理事から成る施 設管理委員会によって方針が決定される。監査機 関としての“監事会”は定数

3

名であり、香川用水 土地改良区の組合員でない者も

1

名含まれる。ま た、“顧問”には香川県知事、県議会議長、香川県 被選挙区域 受益面積 定数(人) 被選挙区域 受益面積 定数(人) (ha) 理事 総代 (ha) 理事 総代 1 高松市 5,980 5 26 20 綾歌町 950 1 4 2 丸亀市 1,730 2 9 21 飯山町 800 1 3 3 坂出市 1,760 2 11 22 宇多津町 170 1 1 4 善通寺市 1,480 2 7 23 満濃町 950 1 4 5 観音寺市 2,020 2 9 24 琴平町 330 1 2 6 引田町 300 1 2 25 多度津町 860 1 3 7 白鳥町 200 1 1 26 仲南町 80 1 1 8 大内町 500 1 3 27 高瀬町 1,120 2 6 9 津田町 140 1 1 28 山本町 980 1 4 10 大川町 140 1 1 29 三野町 540 1 3 11 志度町 420 1 3 30 大野原町 1,320 2 5 12 寒川町 440 1 2 31 豊中町 790 1 5 13 長尾町 940 1 4 32 詫間町 30 1 1 14 三木町 1,290 2 7 33 仁尾町 360 1 2 15 香川町 700 1 4 34 豊浜町 570 1 2 16 香南町 590 1 3 35 財田村 180 1 2 17 綾上町 430 1 3 小計 30,500 46 150 18 綾南町 900 1 5 全 県区 土地改良区全域 4 -19 国分寺町 510 1 1 合 計 30,500 50 150 出典:香川用水土地改良区(1998), p.49 2 香川用水土地改良区の選挙区と定員

(8)

8)香川用水土地改良区元事務局長、長町博氏への聞き取 り調査より。 土地改良事業団体連合会会長が就いており、相 談役には理事・監事ではない市町長と学識経験 者が就いている。  

1994

年の異常渇水時には、

7

5

日と

13

日に配 水管理委員会が招集され、香川用水の利用や配 水の方針について重要な決定が行われた。  

7

5

日の配水管理委員会では、「水源供給力の 弱い地域への優先配水」(“水融通”)を香川用水 の配水方針とすることと、上水道の利水を考慮し て香川用水の取水制限率を多く負担する方針の

2

点が決定された。

1

つ目の“水融通”とは、「専用溜 池をもたない畑地干害地区や河川・出水掛の外、 溜池規模が小さく溜池依存度の低い地域、さらに は灌漑期までに貯水が充分できず、貯水率が異常 に低くなっている地区」(長町

1995, p.61

)に対し て重点的に配水を行い、香川用水農業用水の受 益地域内で、特定の地域に渇水被害が集中しない ように配慮することを意味する(香川用水土地改 良区

1998, p.315

)。

2

つ目の取水制限率の用水間 傾斜配分については、香川用水の議決機関である “総代会”において慎重に協議がなされた。

1994

年の

7

5

日時点では、県下の土地改良区・水利組 合は農業用水の取水制限率が

30%

であったこと に加え、ため池の平均貯水率も

70%

を割り込み、 平年よりも

15%

低い貯水状況であったことと、各土 地改良区・水利組合は既に費用を自己負担して干 害応急対策工事を実施していたことから、農業用 水と上水道用水の間で取水制限率を傾斜配分す ることに対して、香川用水の総代から反対意見が 寄せられた8)。しかし、

6

月に開催された香川県議 会において、「農作物干害応急対策事業」が全国 に先駆けて制度化され、干害応急対策工事に関す る農家負担が軽減されることが決定していた(香 川用水土地改良区、

1995

p.39

)ことと、「水源供 給力の弱い地域への優先配水」を配水方針として、 香川用水土地改良区が責任を持って農作物の枯 死に瀕した農家に水を融通することが確約された ことで、上水道用水に香川用水の水を優先的に配 水することが了承された。これにより、

7

8

日から 始まった第

2

次取水制限では、取水制限率は上水 道が

51%

、農業用水が

65%

、工業用水が

70%

とさ れた。  香川用水の取水制限率が

75%

となることを目前 として開催された

7

13

日の配水管理委員会では、 取水制限率の傾斜配分の強化について上水道用 水を

56%

、農業用水を

80%

とする方針が了承され、 総代会において協議が行われた。県内のため池 の平均貯水量は

6

割を切る状態であり、農業用水 もきわめて厳しい状態であったが、断水を目前とし た上水道の窮状を前に、上水道への優先配水を 強化する案が了承された。  ここで重要な点は、渇水時の香川用水の配水 方針の決定と議決は、選挙によって選出された理 事

12

名と、総代

150

名によって行われるということ である。このことは、①香川用水土地改良区の組 合員は香川用水の水を自治的に利用することの正 当性が認められているということ、②香川用水幹 線を通じた水融通や、渇水時の取水制限率の傾 斜配分のルール作りのプロセスに、香川用水の利 用者(

appropriators

)自身が参加できること、③渇 水時の香川用水の水利用に関する利害対立を解 決する場があるということを意味する。  同様のことが、ため池の利水についても当ては まる。讃岐平野で最大の貯水量を誇る満濃池で は、

113

名の“総代会”、

16

名の“理事会”、

4

名の “幹事会”によって満濃池土地改良区が組織され

(9)

ており、“理事会”は配水統制委員会、施設管理委 員会、工事委員会、総務委員会に分けられる。総 代は

16

の選挙区から選出され、満濃池土地改良 区の運営や利水の方針に関する意思決定を行う 機関として機能している。また、三郎池の貯水・配 水の計画は

6

名の理事によって構成される配水委 員会において協議され、配水委員会に三郎池土 地改良区傘下の

25

の水利組合から選出された“水 配”と呼ばれる地区配水委員

65

名と、導水路管理 者

1

名、樋管(ユル)管理者

2

名を加えて組織される “配水協議会”への諮問を経て決定される。讃岐 平野におけるため池掛かりは、それぞれが満濃池 土地改良区や三郎池土地改良区のような組織と 意思決定機関を有している。従って、ため池の利 用に関しても、①各土地改良区は、ため池の水を 自治的に利用することの正当性が認められている こと(設計原理

7

)、②渇水時の利水のルール作り のプロセスに、ため池の利用者自身が参加できる こと(設計原理

3

)、③渇水時のため池の水利用に 関する利害対立を解決する場があること(設計原 理

6

)、という設計原理の項目が当てはまる。 3.2.3. モニタリング、段階的な制裁  香川用水の水は香川用水幹線の分水工から受 益地域のため池に配水され、末端圃場への配水 管理は各ため池掛かりごとに行われる。このこと から、香川用水土地改良区が監視の対象とする範 囲は、通常は水源の早明浦ダム(実質的には池田 ダム)から各分水工までであり、県下の各ため池か ら末端圃場への配水過程では、各ため池掛かり (ため池ごとに組織されている土地改良区や水利 組合)が監視の責任を負う。

1994

年の異常渇水 時には、「水源供給力の弱い地域への優先配水」 (水融通)が配水方針とされたことから、香川用水 土地改良区は水源から分水工までの監視に加え て、末端圃場の利水状況も包括的に監視する必 要に迫られた。  具体的には、香川用水土地改良区事務局は次 の

3

点に関する情報を収集していた。

1

点目は、た め池の貯水量、降水量に関する情報である。末端 圃場が利用するため池の貯水率や、局所的な降 水の状況から、刻一刻と変化する利水状況を監視 しなければならなかった。

2

点目は、末端農家によ る渇水対策の実施状況である。渇水対策には、干 害応急対策工事や節水灌漑、井戸水の汲み上げ、 水位の低下したため池からの水のポンプアップ等 の実施状況が含まれる。

3

点目は、渇水による農作 物被害の状況である。具体的には、圃場の稲穂の 穂先が巻いて先が茶色くなっているかどうか、田畑 に地割れが生じているか、稲の草丈が短くなって いるかどうかを基準として、農作物被害の状況が 監視された。以上の

3

点に関する情報は、香川用 水土地改良区事務局長の指揮の下で、職員が県 内各地の土地改良区や水利組合の水配(配水の 責任を負う者)への聞き取り調査を通じて把握さ れた。こうして収集された情報は、利水状況に比 較的余裕のある土地改良区・水利組合に対して、 水融通を実施するための救援水の捻出を依頼・ 交渉するための資料として活用された。  

1994

年の異常渇水時、讃岐平野の全域で番 水制に基づいて、ため池から末端圃場への配水 が行われていた。番水制はため池の放水量と配水 のロスを徹底的に抑える管理体制であるが、“盗 水”の監視も厳格に行われていた。“盗水”とは分 水工で不正な操作を行って、番組(配水計画表)で 定められていない期間に、本来取水することが許 されていない主体が水を得ることを意味する。異

(10)

常渇水時には末端圃場の利水が極度に制限され るため、農家は分水工の不正な操作を行って、た め池の水を少しでも多く利用するインセンティブに 囚われる。“盗水”が行われれば、計画通りの水量 が最下流部の水利組合まで配水されなくなってし まうため、このような行為を厳しく取り締まる必要 があった。例えば、三郎池土地改良区傘下の水利 組合では、“切り昇り”と呼ばれる見回り役を構成 員である農家の中から協議を経て選出し、分水工 の不正な操作や幹線水路上に障害物がないかど うかを監視している。とりわけ、三郎池の幹線水 路の最末端に位置する水利組合(木太亀池水利 組合)では、

1994

年の異常渇水時、通常

2

1

組の “切り昇り”で

1

日に

1

回見回りを行っているところ を

3

6

人に増員し、見回りの回数も

1

日に

2

3

回 に増やしていたという(香川用水管理体制整備推 進協議会

2000

)。  香川用水土地改良区事務局が末端圃場の利 水状況を監視した理由は、水融通を実施する上で、 傘下の組合員に対する説明責任を果たすためで あった。また、三郎池土地改良区における“盗水” の監視・取り締まりは、ため池の利用者自身によっ て実施されていた。これらは、オストロムの設計原 理(

4.

モニタリングの項目)を満たしている。  なお、飯野土地改良区では、

1994

年の異常渇 水時には、香川用水の配水方針は理事長に一任 し、理事

2

名と合議を行って配水を行っていたが、 “盗水”があった場合には、盗水をした者の氏名を 公表し、配水を停止するという厳しい措置が取ら れていた(香川用水土地改良区

1998, p.304

)。 3.2.4. 便益と費用負担のバランス  既に述べたように、

1994

年の異常渇水時、香川 用水土地改良区は、利水状況が特に悪く、農作物 被害の発生が不可避となったため池掛かりに対し て水融通を行った。このとき、香川用水土地改良 区が各ため池掛かりに水融通の交換条件として 提示していたのが、節水灌漑と干害応急対策工事 の実施であった。  節水灌漑には、番水、時計水、走り水、切り落と しなどの農業水利慣行がある。“番水”は、ため池 の水を配水する順番の組み合わせを定めた“番 組”と呼ばれる配水計画表に従って、いくつかのブ ロックに分けられた区域ごとに配水を行う慣行で ある。例えば、前出の三郎池では、三郎池の幹線 水路(主に本ユル掛り)の上流部に位置する

6

つの 水利組合の地区と、中流部に位置する

4

つの水利 組合の地区、下流部に位置する

4

つの水利組合の 地区という

3

つのブロックに分けて、

3

日配水のうち

1

日目は上流ブロック、

2

日目は中流ブロック、

3

日目 は下流ブロックに配水が行われる(香川用水管理 体制整備推進協議会

2000

)。配水協議会にそれ ぞれの水利組合を代表して参加している地区配 水委員(水配)は、配水番組に記載されている自ら の地区の受水日には、三郎池幹線用水路の最上 流に位置する池尻分水工や、自らの水利組合と上 流に位置する水利組合の間の分水工まで出向くな どして、責任を持って自らの水利組合が管轄する 分水工の入り口まで水を引き入れる。いったん自 らの水利組合のエリアまで水が引き入れられると、 地区配水委員(水配)と「走り」と呼ばれる水配の 補佐員の指揮の下で、地区内の上流側から順次農 家(「田子」と呼ばれる)が自らの圃場を灌漑してい く。このように、配水協議会において事前に了承さ れた配水計画に則って、ため池の水を計画的かつ 組織的に行う水利制度が、番水制である。

(11)

 “時計水”は、各々の圃場に配水される時間を 事前に厳格に定め、決められた時間しか圃場に配 水を行わない慣行である。古くは配水の時間を、 燃やす線香の長さによって測っていたため、“線香 水”と呼ばれていた。“走り水”とは、田に水を溜め るのではなく、田の表面を湿らせる程度にしか水 を使用しない灌漑方法である。“切り落とし”は、圃 場の水の入り口(水口)から水を入れて、排水口(水 ため池掛かり名称 出役人員(人/ha) 出役人員の平年比(倍) 干害応急対策費(千円/ha) ①平年 ②1994年 ②/① 平年 1994年 北山新池 2.8 4.0 1.6 0.00 100.80 北山中池 1.4 5.0 3.6 0.00 0.00 大谷池 0.0 13.4 13.4 0.00 295.00 菅池 0.0 6.3 6.3 0.00 65.00 満濃池直接掛 0.0 3.8 3.8 0.00 260.60 大窪池 1.1 2.5 2.5 4.88 262.44 為久池 3.4 2.9 2.9 0.00 0.00 上池 0.7 5.9 5.9 0.00 0.00 買田池 0.1 3.0 3.0 0.00 0.00 地蔵池 0.3 15.7 15.7 0.00 15.93 竜社池 0.5 4.6 4.6 0.00 0.00 宝憧寺池 1.3 2.0 2.0 0.60 2.59 枡池 0.4 1.3 1.3 0.00 28.31 宮池 0.7 4.4 4.4 0.00 18.06 田村池 1.5 2.1 2.1 0.00 0.00 柳池 0.8 8.6 8.6 0.00 559.07 先代池 0.2 3.0 3.0 0.00 0.00 瓢池 1.3 3.2 3.2 4.64 1433.72 千代池 0.9 4.4 4.4 0.00 0.00 要池 0.2 5.0 5.0 0.00 3.58 大池 1.0 1.6 1.6 0.00 6.44 弘階池 0.8 5.3 5.3 0.00 0.00 豊稔池 - - - 0.00 0.00 井関池 0.2 1.5 1.5 0.00 0.00 段の池 0.6 7.3 7.3 0.00 1551.88 阿弥陀池 1.7 2.1 2.1 0.00 18.00 高丸池 1.0 4.1 4.1 0.00 23.00 土井の池 0.4 8.3 8.3 0.00 96.70 大谷池 0.4 19.5 19.5 1.13 172.63 今井田池 2.1 3.6 3.6 8.28 297.20 野々池 2.4 2.7 2.7 0.00 44.95 姥ヶ懐池 0.1 7.6 7.6 0.00 121.17 合計 28.3 164.7 - 19.53 5377.07 3 土器川水系と柞田川水系のため池掛かりの渇水対策状況 出典:香川用水土地改良区(1998, p.314)および宮本・堀川(1996)より筆者作成

(12)

落)まで水が届いた時点で水口を締め、それと同 時に水落を開けて、圃場の水を落として次の圃場 の灌漑に移るものである。どの節水灌漑も、徹底 した配水管理を前提としていることから、盗水や不 正操作を監視したり、配水を仕切る人員を強化す る必要がある。このような労働量の増加と引き替 えに、水資源の投入量を徹底的に切りつめるのが、 節水灌漑の特色である。

1994

年の異常渇水時、 土器川水系と柞田川水系のため池掛かり全体で は、末端圃場の配水管理を行うための配水管理 人の従事者数は、例年と比べて

5.8

倍に増加して いる(表

3

を参照)。  干害応急対策工事は、貯水率が低下したため 池の水を引き上げるためのポンプや揚水機の設 置、井戸の掘削、水路の建設などを行うものであ る。

1994

年の異常渇水時には、香川県議会が「農 作物干害応急対策事業」を制度化し、干害応急 対策工事への出費を香川県が補助することが確 約されていた。干ばつ防止を目的とした工事費

10

万円以上のものに対し、県費

60

%の補助を行い、 さらに各市町が

10

30%

の上乗せ補助を行った ため、末端水利の費用負担は大きく軽減され、積 極的に干害応急対策工事が実施されることとなっ た(香川用水土地改良区

1998, p.309

)。最終的 には、讃岐平野全体 で、

591

ヶ所 の水 路建設、

5,429

ヶ所のポンプ・揚水機の設置、

1,147

ヶ所の 井戸掘削が行われ、総事業費は

29

5,523

万円に 上った(香川用水土地改良区

1998, p.310

)。  表

3

から明らかなように、

1994

年には節水灌漑 や干害応急対策工事が積極的に実施されていた ことが分かる。これらの渇水対策のうち、香川用 水幹線を通じた水融通を受けることを目的として 実施された節水灌漑や干害応急対策工事がどの 程度であったかを示すデータは全く存在しておら ず、水融通の便益(農作物被害の回避・軽減)と 水融通を受けるための費用負担とのバランスの公 正性をここで詳細に検討することはできない。ただ し、水融通が次の条件を満たしていたならば、便 益と費用の負担のバランスが公正なものとして認 識されていたと考えることができる。  第

1

に、ため池掛かりが水融通を受けるために 利水状況を意図的に悪く見せかけるような行動を 取らないことである。節水灌漑と干害応急対策工 事の実施状況を偽りなく申告し、香川用水土地 改良区の職員が監視に来る直前にため池の水を 抜いたりするような機会主義的行動が横行すると き、本来水融通を受けるべきでないため池掛かり が不正に水融通を受けることになってしまう。この ような状況では、便益と費用負担のバランスが公 正なものとなり得ない。  第

2

に、香川用水土地改良区が水融通を実施す るために、救援水の融通元であるため池掛かりに おいて、農作物被害が発生していないことである。 農作物被害が発生する見込みが高いため池掛か りに水融通を実施してそのため池掛かりを救済す ることができたとしても、救援水を捻出したため池 掛かりにおいて農作物被害が発生したとすれば、 救援水を融通したため池掛かりからは、水融通は 不公正なものとして認識されるだろう。  第

3

に、香川用水土地改良区は各ため池掛かり の費用負担の度合いに応じて、水融通量を決定す ることである。水融通が渇水対策への労力に応じ た水量でなければ、融通を受けるため池掛かりの 間で不公平が生じるからである。  以上の条件が満たされれば、水融通の便益と 費用負担の公正性が担保される。

(13)

3.2.5. 入れ子状の組織形態  以上の議論から、香川用水土地改良区の配水 管理と傘下の各ため池掛かり(土地改良区・水利 組合)の配水管理が入れ子状に行われていたこと が明らかである。

1994

年の異常渇水時には、各た め池掛かりのレベルでは節水灌漑や干害応急対 策工事、番水制、合議による配水方針の決定等が 行われていたのに対して、香川用水土地改良区で も水融通と末端圃場の監視、合議による配水方 針の決定が行われていた。配水管理が入れ子状 に行われることによって、香川用水と各ため池の統 合的な運用が可能となっていたのである。 3.3. 讃岐平野の渇水管理の持続可能性の評価  表

4

は、以上の分析結果をまとめたものである。 表中の“○”印は、設計原理と整合している場合を 表し、“△”印はデータが不十分であるものの、一 部に設計原理と非整合的な部分が見られる場合 を表す。“―”印は十分なデータが存在しないため、 現時点で検証することができない場合を表してい る。設計原理②や⑤に関する詳細なデータが得ら れないため、ここで讃岐平野における渇水時の水 利用・管理制度の持続可能性に関して、最終的な 判断を下すことはできない。オストロムは設計原理 と

CPRs

の制度の失敗とを結びつける

1

つの仮説 的基準として、設計原理の

8

項目のうち、整合する 項目(○印)が

3

つ未満であることを指摘している (

Ostrom 199, pp.19-1

)。オストロムの設計 原理に従えば、讃岐平野における渇水管理の持 続可能性は高いと言える。

IV

考察

 オストロムの設計原理に従えば、

1994

年以降 の讃岐平野における渇水管理の持続可能性は比 較的高いものと判断される。その理由として、讃岐 平野ではローカルレベルのため池の水利用・管 理の自律性がきわめて高いことに加え、地域レベ ルでは各ため池へ香川用水の水が補給されるこ と、そして香川用水幹線が渇水時には水系間で水 資源配分を調整できることが挙げられる。香川用 水から補給される水は、いったん親池(貯水量が 比較的大きく、ローカルの水利ネットワークの水 源になっているようなため池)に入り、そこから先 の末端のため池までの配水は、個々の水利ネット ワークが持っている水利慣行に従って行われる。 また、いかに渇水時であっても、香川用水土地改 良区はローカルレベルの土地改良区の意向を無 4 讃岐平野における渇水管理と設計原理の比較 ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ 資源と利用 者の明確な 境界 便益と費用 負担のバラ ンス 利害関係者 の参加 モニタリング 段階的な制裁 コンフリクトの解決 自治的な資源利用を行 う正当性 入れ子状の 組織形態 ○ ― ○ ○ △ ○ ○ ○ 出典:筆者作成

(14)

視して配水調整を行うことはできず、

1994

年の異 常渇水時もあくまで香川用水土地改良区は水融 通の調停を行う役割に徹していた。これらのこと は、いかにローカルレベルでのため池の水利用・ 管理の自律性が高いかを物語っている。  讃岐平野の

1994

年の異常渇水時の渇水管理 の特徴は、ローカルレベルのため池水利の自律 性が尊重され、土地改良区や水利組合は農業水 利慣行に基づいた節水灌漑を最大限実施する一 方で、リージョナルレベルでは、各土地改良区・ 水利組合が自力では渇水被害を回避できない状 況になった時に、香川用水土地改良区が水融通 を行って救済するようなシステムとなっていたこと にある。ローカルレベルで発揮される自律性と、 香川用水幹線を通じたリージョナルレベルでの 連携が、渇水への効果的な適応をもたらしたと考 えられる。ローカルレベルでできる渇水管理(=節 水灌漑、干害応急対策工事)は各土地改良区や 水利組合の自主性を尊重し、リージョナルレベル で活動する香川用水土地改良区は、ローカルレ ベルではできない水系間の配水調整(水融通)を 行うという、いわば補完性原理に基づいたシステ ムとなっている。このことが、讃岐平野における渇 水管理の効果を高めているように思われる。  さて、ここまでオストロムの設計原理に依拠して 讃岐平野の渇水管理の持続可能性を検討してき たが、ここで、讃岐平野の事例から浮かび上がって くるオストロムの制度評価の枠組みの理論的課 題について検討しておきたい。  第

1

に、オストロムの設計原理は、共同利用資源 (

CPRs

)が通時的に減少しないことを持続的な利 用・管理の評価基準としているが、讃岐平野の渇 水管理の事例では、ため池の利用・管理は、農家 の人々の福祉水準の維持を目的としている。農家 の人々が最も忌避するのは農作物被害であり、作 物を枯死させることは、農家としてのアイデンティ ティを著しく損なうものであった。だからこそ、ロー カルレベルの土地改良区や水利組合の農家の 人々は必死に節水灌漑を行い、香川用水土地改 良区も水融通を実施して、讃岐平野で農作物被害 ができるだけ発生しないよう懸命の自助努力を 行ったのである。これはため池の水が枯渇するか しないかという判断基準では捉えることはできな い。

CPRs

の持続可能性を評価する際には、

CPRs

の物理的ストックだけでなく、人々の福祉水準を 目的関数として評価する必要がある。  

CPRs

の物理的なストック量の変化が福祉水 準の変化の正しい測度たりえるのは、生産関数に おける

CPRs

フローと人工資本・人的資本が完全 に代替不可能である時のみである。現実には、讃 岐平野ではため池の水資源フローが減少した時 に、干害応急対策工事を実施したり(人工資本の 増加)、番水・節水灌漑(労働投入量の増加)や、 水融通(水資源量の増加)を実施することによって その影響を相殺し、農作物の生産量が維持され た。このことから、少なくとも

CPRs

のフローに関し てはある程度の代替可能性があり、

CPRs

ストッ クの物理的な変化が、福祉水準の変化に直結す るとは限らない。福祉水準の変化を適切に評価す るためには、

CPRs

だけでなく、人工資本・人的資 本・自然資本・知識ストックと制度によって構成さ れる“生産的基盤”(

Dasgupta 4

)に目を向け る必要がある。  第

2

に、オストロムの制度評価の枠組みでは、

1994

年の異常渇水のような、事前に予想できない 事象に対応するための制度が持続するための条

(15)

件が十分に捉えられていない。オストロムの枠組 みでは

CPRs

の制度変化の合理性は、それによっ てもたらされる期待便益が期待費用を上回ること で与えられる。讃岐平野では、香川用水の導水以 降、それまでの渇水管理を担ってきた数々の農業 水利慣行が衰退したが、

1994

年の異常渇水時に はそれらの農業水利慣行が復活し、渇水管理を 効果的に行うことが可能となった。この事例が示し ているのは、確かに制度変化はそれがもたらす期 待便益と期待費用のバランスによって生じるもの の、

1994

年の異常渇水のような、発生する確率は 非常に小さいがいったん起きると甚大な影響をも たらすような事象に対応するための制度の重要性 は過小評価され、衰退させることが合理的と判断 される可能性が高いことである。

1994

年には農業 水利慣行の内容を記憶している人々が讃岐平野 にはまだ多数存在していたため、それを復活させ て異常渇水を乗り切ることができたが、もしあと

10

年、

20

年先に同じような異常渇水が起きていた としたら、農業水利慣行は完全に衰退し、復活さ せることはできなかっただろう。異常渇水への備え として、いかに農業水利慣行の持続可能性を担保 するか、その条件を問い直さねばならない。  第

3

に、

CPRs

の利用・管理の担い手に関する問 題である。

CPRs

の制度が持続可能であるために は、

CPRs

の利用・管理に関連する文化・技術を 継承していく人材と教育システムが必要である。 しかし、この点はオストロムの設計原理の中で全 く考慮されていない。讃岐平野の文脈で言えば、 番水や節水灌漑等の農業水利慣行を実施する際 に必要な技術や知識、讃岐の人々の水利規範を 決定づけている伝統・文化を、現在世代から将来 世代に伝えていくための仕組みが必要である。し かし、現状ではそのような仕組みは存在しておらず、 ため池の水利用・管理の担い手は減少の一途を 辿っている。これは

CPRs

の制度の持続可能性の 観点からは大きな問題であり、この問題を設計原 理の中に正しく位置づける必要がある。

V

結論

 本稿は、讃岐平野の渇水管理を事例として、

1994

年の異常渇水を契機とした制度変化の内容 に焦点を当て、

Ostrom

1990

)の設計原理を参 照点としながら、変化後の渇水管理の制度システ ムの持続可能性を検討した。設計原理と対照させ た結果、ため池や香川用水から得られる水資源と 利用者に明確な境界が存在すること(設計原理 ①)、土地改良区の役員は選挙によって選出され ており、各総代が地元の意向を代表して伝えたり、 合議によって意思決定を行う機会が担保されてい ること(設計原理③、⑥)、ため池や香川用水の利 用状況が常にモニタリングされていること、(設計 原理④)、ローカルレベルのため池は自治的な資 源利用を行う正当性が認められていること(設計 原理⑦)、香川用水とため池の水利ネットワークが 入れ子状となっていること(設計原理⑧)が明らか となった。この結果を踏まえると、讃岐平野の渇水 管理の持続可能性は高いと考えられる。  オストロムの設計原理は、自治的な資源管理が 持続するための制度的条件を提示している点で有 用であるが、讃岐平野の渇水管理の事例への適 用を通じて、理論的に検討すべき課題も明らかと なった。第

1

に、オストロムの設計原理では、制度 評価の基準は

CPRs

のストック量の維持に置かれ ており、

CPRs

の利用者の福祉水準が評価基準と

(16)

はなっていない。オストロムの設計原理を基礎とし つつ、人々の福祉水準が維持されるための

CPRs

の利用・管理の制度的条件を明らかにしていくこ とが今後求められる。第

2

に、非常に低い確率で はあるが莫大な損害をもたらすような事象に対処 するための制度―異常渇水時に活用される農業 水利慣行―は、

CPRs

の持続的な利用・管理に とって重要であり、そのような制度を維持するため に必要な諸条件を検討していく必要がある。第

3

に、

CPRs

の利用・管理の担い手を育成するシス テムという視点も、

CPRs

の持続的な利用・管理 の重要な条件として検討される必要がある。今後 の讃岐平野の渇水管理の持続可能性を担保する ためには、現在世代から将来世代に向けて、

CPRs

をめぐって歴史的に形成されてきた伝統や文化、 技術・知恵など伝えていく仕組みをどう構想する かが問われている。 参考文献

⦿Dasgupta, P., 4. Human Well-Being and the Natu-ral Environment, Oxford University Press.

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(17)

Institutional Analysis of the Sustainability of a

Com-munity-based Drought Management System

The Case of the Sanuki Plain in the 1994 Drought

Kazuki Kagohashi

This paper focuses on the institutional

chang-es made in drought management in the Sanuki

Plain that were triggered by the serious drought

of 1994, and uses this to evaluate the

sustain-abilit y of communit y-ba se d droug ht

management. I adopt Elinor Ostrom’s “design

principles (DPs)” as a framework to assess the

sustainability of the drought management

sys-tem in the Sanuki Plain. These DPs have come

to be accepted as institutional conditions for

achieving autonomous and sustainable

com-mon-pool resources (CPRs) management.

The results show that the drought

manage-ment in the Sanuki Plain can be judged as

sustainable, for it has been confirmed that six

out of eight principles were matched, namely,

clear group boundaries were defined; those

af-fected by the rules had an opportunity to

participate in modifying the rules; rule-making

rights of community members were respected

by outside authorities; community members

monitored the members’ behavior; members

had access to dispute resolution; and CPRs

were governed in multiple layers of nested

en-terprises.

This paper also examines some theoretical

is-sues involved in applying the DPs to the case of

Sanuki plain. These are the following. Firstly,

institutional conditions that ensure the

sustain-ability of local knowledge or customs that

enable people to adapt to unpredictable

disas-ters such as the 1994 drought. Thirdly, in

implementing the DPs, importance should be

placed on the younger generations who will

learn and take over the practical knowledge of

governing CPRs. To assure sustainable drought

management in the Sanuki Plain, there needs

to be more discussion on how to hand over the

traditions, culture and technologies related to

drought management to younger generations.

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参照

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