ロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘術の有用性
─腹腔鏡下前立腺全摘術・開腹前立腺全摘術との比較─
はじめに
ロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘術(robot associated
laparoscopic radical prostatectomy:RARP)は本邦では
2012年より保険収載となり,急速に普及した。しかし,
新しい技術にて,腹腔鏡下前立腺全摘術(laparoscopic
radical prostatectomy:LRP)や開腹前立腺全摘術(open
radical prostatectomy:ORP)と比べて腫瘍制御,周術期
アウトカムの評価や患者の生活の質(Quality of life:
QOL)に関わる尿禁制,勃起機能温存の評価が十分でない。
これまでの文献からの考察,さらに我々のこれまでの知見,
データーよりロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘術の腫瘍制
御,周術期アウトカム,尿禁制,勃起機能温存について考
察する。
Ⅰ.腫瘍制御
腫 瘍 制 御 に お い て 前 立 腺 全 摘 術 後 の 生 化 学 的 再 発
(biochemical recurrence:BCR)を認めないことが重要
で あ る。BCR の 重 要 な 因 子 が, 術 前 前 立 腺 特 異 抗 原
(prostate specific antigen:PSA),Gleason score, 病 理
学的病期,切除断端である。2012年に術式比較における2
つのメタアナリシスの報告がある
1,2)。RARP は LRP や
ORPと比較した場合での癌婚コントロールについて有用
性を見いだせなかった。その後,多くの経験を積んだ施設
より,ORP と比較して RARP の切除断端陽性率および
BCR無再発生存率の改善が報告された(表1)
3-7)。断端陽
性率を低下させる因子として,尖部,膀胱測などの処理方
法などが報告された
8,9)。
我々の尖部処理は,広い範囲で直視下に行うため,神経
温存有無にかかわらず内骨盤筋膜を切開し前立腺側方を展
開する。肛門挙筋膜を温存するラインを守りつつ尖部に向
けて剥離を進め,恥骨前立腺靭帯の内側方向より尖部に近
づき,恥骨尾骨筋の附着を外す。3rd.アーム(ProGraspTM)
を用いることで,前立腺を牽引し恥骨直腸筋と尿道側面が
見えてくる。10 から 15mmHg に気腹圧をあげ,DVC を
coldで切開し,DVC遠位端を縫合止血している。前立腺
を左右に回転しながら尖部の形態を確認しながら,DVC
を切開し肛門括約筋がみえたらシザーズをへらのように用
いて,尖部から筋繊維をはぎ取るように操作し,前立腺尿
道移行部を確認する。横紋括約筋および輪状平滑筋性括約
特 集
桶 川 隆 嗣 福 原 浩
杏林大学医学部泌尿器科学教室
要 旨 ロボット手術(de Vinc サージカルシステム®)(図1)は,10倍の拡大視野や遠近感を有した3次 元画像により,従来手術と比較して,微細な膜構造を観察できること,高い自由度を持つエンドリス トを有する手振れのない鉗子で,正確にかつ微細な手術操作を行うことができる。前立腺全摘術では 剥離操作や吻合操作を人の手で行うより格段に正確に行えるし,今までの腹腔鏡手術での鉗子操作と 比較にならないほど巧みに操作できることを考えれば,今後,ロボット手術は外科領域で汎用技術と なり得ると考えられる。ロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘術(robot associated laparoscopic radical prostatectomy:RARP)では,尖部処理により断端陽性率の低下にて腫瘍制御においては有利となる。 さらに,出血量,輸血率において有意に少なく,入院期間も有意に短期間となる利点がある。RARP のlearning curveは他の術式より短縮が認められるため,合併症発生率が低下すると考えられる。正 確にかつ微細な手術操作を行えるロボット手術は早期に尿禁制を獲得でき,勃起機能においても良好 な成績であるとの多くの報告がある。しかし,手術が簡単になったのではなく,さらなる術式の工夫 が,治療成績の向上につながると期待している。筋をシザーズで鋭的に切離する。縦走平滑筋性括約筋がみ
えるので後壁を残して切離する(図2)。
我々は2007-2012年に杏林大学で施行したLRP:250例,
2012-2018 年に施行した RALP:450 例を対象とし,術後
PSA再発を比較した。D’Amicoの低リスク,中リスク,
高リスクにおいては,LRP は 34%,54%,12%,RALP
群は29%,56%,15%であった。断端陽性率はLRP群:
78/250(31.1 %) で pT2:41/189(21.7 %),pT3:36/59
(61.0%)で,RALP 群:93/450 (20.7%)で pT2:39/311
(12.5%),pT3:67/311(21.5%)であった。尖部での断
端 陽 性 率 で は 有 意 に LRP 群(28.0 %) よ り も RALP 群
(10.0%)で有意に低かった。BCRのKaplan-Meier曲線で
は,LRP群よりもRALP群で有意に再発率が低かった。D’
Amicoの低リスクと中リスクでは両群差を認めなかった
が,高リスクで明らかに有意な差を認めた(図3)。RARP
での手術での尖部処理により断端陽性率の低下によるもの
と考えられた。
Ⅱ.周術期成績
2012 年,Novara らは RARP と OPR に比較を 12 論文で
メタアナリシス,RARPとLRPの比較を7論文でメタアナ
リシスを行った
1)。RARPとOPRとの比較では,出血量と
輸血率でRARPが有意に良好でであったが,手術時間と
合併症発生率は同等であった。RARPとLRPの比較では,
輸血率でRARPが有意に低かったが,出血量,手術時間,
合併症発生率は同等であった。同年,Tewariは400論文
でRARP,LRP,OPRを比較検討した
2)。出血量,輸血率
は RARP,LRP,OPR の順に有意に少なく,さらに入院
期間もRARP,LRP,OPRの順に有意に短期間であった。
我々のLRP 250例,RALP 450例を比較しても出血量,輸
図1 第四世代のダヴィンチ Xiシステム 表1 LRPとRALPにおける断端陽性率と生化学的再発血率では,RARPはLRPより有意に少なく,さらに入院
期間もRARPはLRPより有意に短期間であった(表2)。
Ⅲ.合併症
2012 年,Tewari は RARP,LRP,OPR を比較検討し,
RARPの合併症発生率が最も低かったが,術式間に有意な
差を認めなかったと報告している
2)。Novara らは RARP
の合併症を15論文で解析した
10)。全合併症の発生率は平
均 9(3〜26)%であった。合併症には直腸尊書 0.2(0〜
1.5)%,尿漏 1.8(0.1〜6.7)%,尿閉 0.7(0.4〜4)%,リン
図2 尿道切断 DVCをcoldで切開し,DVC遠位端を縫合止血する。前立腺尖部の形態を確認しながら,DVCを切開し肛門括約筋がみえたら シザーズをへらのように用いて,尖部から筋繊維をはぎ取るように操作し,前立腺尿道移行部を確認する。横紋括約筋および輪 状平滑筋性括約筋をシザーズで鋭的に切離する。縦走平滑筋性括約筋がみえるので後壁を残して切離する。 図3 D’Amico分類における生化学的再発率のKaplan-Meier曲線D’Amicoリスク分類に基づき低リスク群(PSA<10 and GS ≦6 and T1-T2a),中リスク群(PSA 10.1-20.0 and/or GS 7 and/or T2b),高リスク群(PSA >20 or GS ≧8 or T2c)の3群に分類。
パ嚢胞・リンパ漏3.1(1.2〜29)%,血腫0.3(0.1〜0.5)%,
創部合併症(術後鼠径ヘルニア)0.5(0.1〜2)%,深部静
脈血栓症0.2(0〜0.7)%,神経麻痺0.2(0〜1.5)%,再手術
1.6(0.5〜7)%であった。RARP の learning curve は LRP
より短縮が認められるため,手術経験の積み重ねにより合
併症発生率が低下するとの報告がある
11)。
Ⅳ.尿禁制
前立腺全摘術後に発生する尿失禁は,患者のQOLを著
しく低下させる深刻な合併症である。これまで,尿禁制改
善をめざして様々な工夫がなされてきた。尿禁制に関与す
る最も重要な構造は外尿道括約筋であるが,膀胱頸部,前
立腺尖部・尿道の支持構造,神経血管束が関与しており,
できるだけ構造の温存あるいは再建が重要である。尿禁制
に関わる構造の温存は断端陽性のリスクとなることも念頭
に入れてなくてはいけない。
膀胱機能障害と尿道括約筋不全が原因で術後に尿失禁が
発生する。前者の膀胱機能障害は,加齢や下部尿路閉塞に
よる排尿過活動が術後顕在化することや外科的操作による
部分除神経によって引き起こされている。後者の尿道括約
筋不全は不十分な尿道長,外尿道括約筋の欠損,膀胱頸部
後面指示機構の脆弱化,膀胱頸部前面および後面の支持組
織の欠損によるものである。
膀胱頸部:膀胱頸部は3層の平滑筋で括約筋機構を担っ
て い る。 膀 胱 頸 部 温 存 は RCT や シ ス テ マ テ ィ ッ ク レ
ビュー・メタアナリシスにおいても有用性が報告されてい
る
12,13)。膀胱頸部温存はRARPで難しい行程である。特に
図4 術後尿禁制 図5 神経温存術式:Grade I 〜 IVの剥離位置Grade I:intrafascial dissection,前立腺被膜に沿った剥離 Grade II:interfascial dissection,側方骨盤筋膜内における剥 離
Grade III:extrafascial dissection,前立腺後外側縁に沿った剥 離
Grade IV:wide dissection,前立腺後外側縁から5〜10mm程 度外側に沿った剥離
経尿道的前立腺切除既往や中葉肥大を有する症例では難易
度がさらに高くなる。我々は前立腺の湾曲を確認しながら
はがす感覚で膀胱頸部を離断しており,この場合も電気凝
固を最小限の使用としている。
外尿道括約筋・尿道長の温存:尖部処理で重要なのは,
外尿道括約筋や周囲組織損傷しないことであり,可及的に
長い尿道長の確保である。LeiらはRARPでの深陰茎背静
脈(deep dorsal vein complex:DVC)結紮群と無結紮群
との尿禁制の比較では,術後5 ヶ月での尿禁制率は無結紮
群で有意に高かったことを報告している
14)。このことから,
DVC深部の横紋性括約筋や神経血管損傷が尿禁制に関与
していることが推察できる。我々は気腹圧をあげ(10か
ら 15mmHg),DVC を cold で切開し,DVC 遠位端を縫合
止血している。尿道長の確保においては,前立腺を左右に
回転しながら尖部の形態を確認し,下可及的に長い尿道長
を確保することを心掛けている。
尿道周囲組織の再建:後方再建としてはRoccoにより報
告された途絶した尿道後面のrhabdosphincterと膀胱頸部
のDenonvilliers筋膜断端,膀胱背側を再建する,2層法に
よる後方再建が一般的であり,早期尿禁制獲得に有用であ
る
15)。このメカニズムは,尿道が尾側方向へ強く牽引され
ることを軽減,尿道の短縮軽減防止による尿道長の確保,
尿道後面の支持強化である。前方再建には,膀胱頸部前方
の筋層と恥骨前立腺靭帯間の縫合,DVC縫合糸の恥骨へ
の縫合による尿道の腹側への挙上,膀胱壁と内骨盤筋膜の
縫合など様々な方法があるが,尿禁制に有用であるかどう
かは明らかでない
16-19)。後方再建&前方再建の併用につい
ても短期的に有用との報告があるが,長期的には明らかで
ない
10)。
勃起機能温存:勃起機能温存に行う神経温存が術後尿禁
制向上につながるとの報告が多い
20-23)。神経温存は有意に
尿道長の残存させることができることから,尿禁制に関与
していると考えられる。
骨盤筋膜弓への膀胱頸部の固定:恥骨前立腺靭帯および
周囲組織,恥骨会陰筋あるいは骨盤筋膜弓を加えた複合体
が,尿禁制に関与している。骨盤筋膜弓と膀胱頸部への固
定は,肛門挙筋および内閉鎖筋と膀胱頸部との連続性を保
つことができるため効率的な腹圧の吸収が可能となり尿禁
制に寄与していると考えられる
24)。Tewariらは,RARP
に お け る 骨 盤 筋 膜 弓 と 膀 胱 頸 部 へ の 固 定 を 含 む total
reconstructionを行い,術後6週間で83%,12週間で91%
と早期に高い率で尿禁制が獲得できたことを報告した
25)。
PorpigliaらはRARPにおける優れた尿禁制獲得を報告し
ているが,RCTでは優劣生の程度は低下する
26,27)。
他の術式との比較:Fierraらは,メタアナリシスにおい
て,RARP 術後尿失禁に関連する因子は,年齢,BMI,
comorbidity index,下部尿路症状の有無,前立腺重量,
術者の経験であると報告した。前後壁補強を行ったRARP
施行12 ヶ月後における尿禁制率はLRP,ORPに比べて有
意に良好であったことを報告した
28)。我々の RARP と
LRPの尿禁制率の比較では,RARPは早期に尿禁制を獲得
していたが,術後12 ヶ月での尿禁制率は有意な差を認め
なかった(図4)。
Ⅴ.勃起機能温存
勃起機能温存の適応については各施設様々である。患者
の術前機能の有無,患者の希望,さらに腫瘍部位などが重
要となるが一定の見解はない。我々は,術前の性機能,
PSA,病理,臨床病期,MRIなどを考慮して,患者の希
望にて決定している。また,神経温存は術後尿禁制に影響
していると考えられる。神経温存は括約筋を含めた尿道周
囲の構造の温存に役立っている。
勃起機能温存の方法:勃起機能温存には,Tewariらの
方針と同様な基準で4段階の神経温存術式を参考にしてい
る(図5)
29)。温存術式で大切な点は,陰茎海綿体神経の走
行を意識することである。デノビエ筋膜の切開から温存手
術は始まっており,前立腺後面で選択した剥離層を側方へ
展開しておくことが大切である。グレードⅠ,Ⅱの神経温
存では前立腺側に剥離面を取り直して展開する。グレード
ⅠとⅡの違いは,前立腺尖部ではほとんどわからなくなる
が,グレードⅠ精嚢起始部からデノビエ筋膜をすべて前立
腺から外し,グレードⅡは一部薄くデノビエ筋膜を残すイ
メージである。グレードⅢでは直腸間膜の脂肪組織内で直
腸を直接見ないラインで展開,グレードⅣでは直接直腸筋
膜を露出するラインで展開する。図に各神経温存グレード
別の前立腺血管茎の切離ラインを示す。尖部では,神経血
管束より前立腺内に流入する細い血管をしばしば認める。
尖部への神経血管束は尖部に従って薄くなって腹側へ立ち
あがっており,尖部から尿道にかけて,剥離ラインを腹側
に移動するように意識する。
他の術式との比較:Asimakopoulos らが RALP と LRP
とのランダム化比較試験を行った結果,術前にIIEF6score
が17以上の正常〜軽度のED患者において,術後の勃起能
はRALPがLRPより有意に良好であった
3)。術後1年での
勃起能についてもRALPがLRPより有意に良好であった。
RALP,LRP,OPRの術後の勃起能に関するメタアナリシ
スについて,Steineckらが報告している
30)。術後1年での
勃起能についてもRALPがOPRより有意に良好であった
がLRPと比較して良好の傾向があるが有意な差は認めな
かった。
神経温存の必要性については個人差があるが,RALPは
LRP,OPRより良好な成績を認めている
31)。剥離操作や
牽引による神経損傷を最小限におさえることができるのは
RALPがすぐれている。
Ⅵ.まとめ
1.腫瘍制御においては3術式間では同等である報告が
あるが,RARPでの尖部処理により断端陽性率の低下が見
込まれるため長期的にはRARPが有利となる可能性があ
る。2.周術期アウトカムではRARPは出血量,輸血率に
おいて有意に少なく,入院期間も有意に短期間である。3.
RARP の learning curve は LRP より短縮が認められるた
め,合併症発生率が低下すると考えられる。4.尿禁制で
はRARPはLRPより早期に尿禁制を獲得できる。5.勃起
機能において,RALP は LRP,OPR より良好な成績を認
めている。以上より,RARPによる治療成績は他手術より
有意であると考えられる。今後,さらなる術式の工夫が,
治療成績の向上に期待できる。
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