卒業論文
電子・陽電子対消滅ガンマ線の角度揺動の測定
平成 24 年度
信州大学理学部物理科学科
高エネルギー研究室
赤澤健
目次
第1章 陽電子放射断層撮影法(
Positron Emission Tomography
:PET
)1-1.
概要(a)PET
検査の流れ(b)PET
検査の特徴1-2.PET
の原理(a)
陽電子崩壊(β
+崩壊)(b)
陽電子飛程(C)
電子陽電子対消滅(d)PET
装置の原理1-3.PET
の解像度向上における物理的な問題(a)
陽電子飛程(b)
角度揺動 第2
章 陽電子飛程、対消滅ガンマ線の角度揺動の測定の準備2-1.
研究内容2-2.
放射線源22Na
2-3.
ガンマ線検出器(a)
シンチレーター「LYSO
」(b)
光検出器「MPPC
」2-4.
測定機器の接続(a)
シンチレーター「LYSO
3×3×15 mm
3」(b)
光検出器「MPPC
1600
ピクセル、Serial No.:9024
、他」(c)ADC
「REPEC RPC-022
」(d)
読み出し回路
(e)
アンプ「CXA 3183 ASD BUFFER KEK N0641-016
」(f)
信号の分岐
(g)
ディスクネーター「DISCRIMINATOR N-TM716
」(h)
コインシデンス「COINCIDENCE N-TM 103
」
(i)
ゲートジェネレーター「DUAL GATE GENERATOR N-014 HOSHIN
」(j)
クロックジェネレーター「CLOCK GENERATOR N010 HOSHIN
」2-5.
ノイズ対策 第3
章 陽電子飛程、対消滅ガンマ線の角度揺動の測定3-1.
バックグラウンドの測定(a)
方法(b)
結果3-2.
陽電子飛程の測定(a)
方法
(b)
結果3-3.
ガンマ線の角度揺動の測定(a)
方法(b)
結果 第4
章 考察4-1.
コリメーターでのガンマ線の散乱の有無4-2.
最大飛程の定義4-3.
角度揺動の最大値4-4.
ディスクリミネーターのスレッショルド電圧以下の信号が測定された理由 第5
章 まとめ5-1.
陽電子飛程、対消滅ガンマ線角度揺動のPET
の解像度への影響5-2.
今後の課題 付録 付録1.
シンチレーターLYSO
の自己放射線 付録2.
放射線のエネルギーとADCcount
の線形性 付録3.
22Na
のADC
分布で1.275 MeV
ガンマ線の光電効果のピークが確認できなかった理由 謝辞 <参考文献>第1章 陽電子放射断層撮影法
(Positron Emission Tomography:PET)
1-1.
概要陽電子放射断層撮影法(
Positron Emission Tomography
:PET
)は、生体機能を3次元画像として測定する技術で、特にがんの発見に有効な手法である。
(a)PET検査の流れ
まず薬剤を作成する。代表的な薬剤にフルオロ・デオキ シ・グルコース
(Fluoro Deoxy Glucose
:FDG)
(図1.1
)がある。これは、 グルコース(ブドウ糖)の
-OH
基の一つ を陽電子放出核種である18F
に置き換えたもので、がんの診 断に用いられる。18F
は半減期が110
分と短いため、病院内 に設置されたサイクロトロンで作成する。 図1.1
FDG
作成した薬剤を被験者の体内に注射し、しばらく安静にしてFDG
を体内に行き渡らせる。がん細胞 は活動が活発なため正常な細胞に比べて3
〜8
倍のグルコースを取り込む性質があり、グルコースと同 じ構造のFDG
も正常な細胞と比べてたくさん取り込む。体内から出てくる放射線を測定・解析し、FDG
の分布を調べると、がんが疑われる場所、悪性の度合いなどが推測できるのである。[PET検査ネット] 図1.2a
はFDG
を使用したときのPET
検査の画像である。FDG
が特定の臓器に集積しているようす がわかる。脳は生理的にブドウ糖の代謝が活発なため、FDG
が集積している。 図1.2a PET
検査の画像[ウィキペディア] 図1.2b X
線検査の写真 [東海大学医学部附属病院](b)PET
検査の特徴
比較のために図1.2b
にX
線検査の写真を載せた。X
線検査は被験者にX
線を当てて、透過するX
線 をイメージング・プレート(有機フィルム状の片面に蛍光体粉末を塗布した板。写真フィルムの代わ りに用いられる[メディカルウェア])でとらえて画像化し、内部の様子を調べる方法である。診断は人が 目で見て、異常箇所がないか調べる。これに対してPET
は放射性物質を体内に入れて、体内からの放 射線を検出器でとらえて画像化し内部の様子を調べる。診断は、薬剤がある意味で能動的に患部に集 積するので、薬剤が異常箇所を知らせてくれるようにもみえる。このようにPET
検査は体の内部から の放射線を利用しているという点で、従来のX
線検査と異なる特徴がある。1-2.PET
の原理
体内に注射された薬剤FDG
の18F
から陽電子が放出され、その陽電子が体内中の電子と対消滅して、 対消滅ガンマ線が放射される。このガンマ線を測定・解析して、体内中のFDG
の集積を見つける。 (a)陽電子崩壊(β+崩壊) あらゆる元素は、原子核内の陽子数と中性子数とが特定の比率で存在しているとき、エネルギー的 に安定であり、中性子数に過不足を生じた原子核は不安定である。そこで、中性子不足核では核内の 陽子が中性子に壊変し、その際、陽電子(positron
)e
+と電子ニュートリノνe
が放出される。これ を陽電子崩壊(またはβ
+崩壊)といい、陽電子崩壊によって放出された陽電子をβ
+粒子という(式1.1
)。式1.2
は薬剤FDG
の18F
の崩壊式である。18F
は陽電子を放出して、18O
に崩壊する。[大塚、 西谷 2007 60-61項]p → ne
+
e(1.1)
F
18→ O
18e
+
e(1.2)
(b)陽電子飛程 陽電子崩壊によって放出された陽電子が物質中を通る際には、周囲の原子を次々と電離して進み、 しだいにエネルギーを失う。陽電子がエネルギーを失うまでに進んだ距離のことを陽電子飛程という。 陽電子崩壊は3
体崩壊のため、陽電子の初期運動量の大きさにはばらつきが生じる。さらに陽電子は 周囲の原子を電離するたびに運動方向が変化するため、陽電子飛程にはばらつきが生じる。図2.2
は 陽電子飛程のイメージである。 (c)電子陽電子対消滅 粒子と反粒子が衝突すると、互いに消滅して、粒子と反粒子の静止質量に相当したエネルギーに変 換される。電子と陽電子は互いに粒子、反粒子の関係にあり、陽電子放出核種から放出された陽電子 は、電離能力を失うと、付近の電子と対消滅し、電子と陽電子の静止質量2×m
0c
2(=2×0.511
MeV)
に相当したエネルギーの2
本ガンマ線に変換される。これを電子陽電子対消滅という。対消滅時 の電子と陽電子の運動エネルギーは電子と陽電子の静止エネルギーにくらべて十分小さいので電子と 陽電子の運動量を0
とみなせば、エネルギー保存則と運動量保存則を満たすために、エネルギーが0.511MeV
の2
本のガンマ線が互いに反対方向(180°
)に放射される(式1.3
)。エネルギーが等し いガンマ線が互いに反対方向に放射されれば、運動量0
が保存されるというわけである。対消滅によって生じるガンマ線のことを対消滅ガンマ線とよぶ。[ 大塚、西谷 2007 119-120項]
e
+e
-=2
(1.3)
(d)PET装置の原理 薬剤FDG
の18F
から陽電子が放出され、その 陽電子が付近の体内中の電子と対消滅して、対 消滅ガンマ線を放出する。PET
装置ではガンマ 線検出器が被験者を取り囲むように配置され、 反対方向に放出された2
本の対消滅ガンマ線を 同時に検出することにより、その直線上にFDG
があることが分かる。この対消滅ガンマ線はあ らゆる方向に放出されるため、それぞれの対消 滅ガンマ線の交点を求めれば、FDG
の位置を特 定することができる(
図1.3)
。つまり、PET
検 査では、18F
から放出される陽電子をとらえる のではなく、電子陽電子対消滅で生じるガンマ 線をとらえるのである。 図1.3 PET
装置の原理1-3.PET
の解像度向上における物理的な問題
PET
の解像度は年々向上し、市販の全身用では4
〜5 mm
、研究用では3 mm
以下の精度が得られてい る[山下 2011 632項]。PET
の解像度向上に困難を与える物理的な要因として、陽電子放出核種から放出 された陽電子が電子と対消滅するまでに移動する現象(陽電子飛程)と対消滅ガンマ線が反対方向 (180°
)からずれる現象(角度揺動)がある。(a)
陽電子飛程 陽電子飛程のため、「薬剤FDG
の位置」と「陽電子が電子と対消滅を起こし、対消滅ガンマ線が発 生する位置」にはずれが生じる。陽電子飛程の大きさは、陽電子が陽電子放出核種から放出されると きの陽電子のエネルギーの大きさによる。陽電子崩壊は3
体崩壊であり、陽電子はさまざまな値のエ ネルギーをとるため、ここでは陽電子のエネルギーが最大Emax[MeV]
のときの陽電子飛程を考える。 これを最大陽電子飛程Rmax[g/cm
2]
といい、実験式は次のようになる[大塚、西谷 2007 113項]。R
max=0.470 E
max1.38 0.15 E
max 0.8 MeV
R
max=0.542 E
max−0.133
0.8 E
max 3 MeV
(1.4)
たとえば、放射性同位体である22
Na
は、陽電子崩壊により最大エネルギー0.54 MeV
の陽電子を放出する。このとき、最大陽電子飛程は
0.20 g/cm
2となる。これは水中(密度1.0 g/cm
3)ならば、(b)
角度揺動 電子陽電子対消滅で生じるガンマ線は、対消滅時の電子と陽電子の運動量を0
と仮定すると、運動 量保存則により、反対方向(180°
)に放出される。しかし、実際には電子は原子の軌道電子であるか ら、運動量があり、また陽電子は電離能力を失っていても、静止しているわけではなく、運動量があ るはずである。これらの運動量のため対消滅ガンマ線が反対方向(180°
)からずれることがある。こ の現象を角度揺動という。角度揺動の大きさは最大で10 mrad
程度となる。 図2.2
陽電子飛程と角度揺動 図2.3
角度揺動の見積り ここでは、図2.3
のように、水素原子の軌道電子が、電離能力を失って静止している陽電子に衝突 したと仮定して、対消滅ガンマ線の角度揺動を見積もった。 水素原子において、軌道電子がクーロン力を向心力として、原子核の周りを円運動していると仮定 すると、1
4
0q
1q
2r
2=m
ev
e 2r
(1.5)
ここに、ε0
は真空の誘電率で8.85×10
-12Fm
-1、q1
、q2
はそれぞれ陽子、電子の電荷の大きさでq1=q2=1.60×10
-19C
、r
は軌道電子の円運動の半径で3.0×10
-11m
、me
は電子の質量で9.109×10
-31kg
である。よって、軌道電子の速さはve=2.90×10
6m/sec
と求まる。 エネルギー保存則より、1
2
m
eV
e 22⋅m
ec
2=2 E
(1.6)
ここに、1
2
m
eV
e 2 は電子の運動エネルギー、2⋅m
ec
2 は電子と陽電子の静止エネルギー、2
E
は2
本のガンマ線のエネルギーである。また、運動量保存則より、m
ev
e=2⋅P
cos '
(1.7)
ここに、m
ev
e は電子の運動量、P
はガンマ線の運動量である。式(1.6)
、式(1.7)
を解くと、θ'=89.7°
と求まるので、角度揺動はθ=0.6°(=10 mrad)
と見積もることができる。第 2 章 陽電子飛程、対消滅ガンマ線の角度揺動の測定の準備
2-1.
研究内容
本研究の目的は実際のPET
に用いられるガンマ線検出器に準じた検出器を作成し、それを用いて陽 電子飛程、対消滅ガンマ線の角度揺動を測定することである。第2
章では検出器の作成について、第3
章では作成した検出器を使用しての陽電子飛程、対消滅ガンマ線の角度揺動の測定について述べる。2-2.
放射線源
22Na
本実験では陽電子放出核種として、22Na
線源を用いた。Na
22→ Ne
22
e
+
e(2.1)
全体の形状(図2.1a
)は直径25.10 mm
、厚さ3.07 mm
の円盤状で、質量1.75142 g
、密度は1.15 g/cm
3である。放射能自体は直径0.85 mm
の球状に密封されている(図2.1b
)。なお、放射能 の回りに見える霧のような部分は放射線ダメージによるもので、放射能はない。 図2.1a
放射線源Na-22
図2.1b
球状に密封された放射能2-3.
ガンマ線検出器
本研究では、シンチレーター「LYSO
」と光検出器「MPPC
」を組み合わせて、ガンマ線検出器を作成 した。(a)
シンチレーター「LYSO
」 シンチレーターとは放射線の入射により発光する物質のことである。この発光のことをシンチレー ションという。発光量は放射線がシンチレーター内で落したエネルギーの大きさに比例するといわれ ている。放射線がシンチレーターに入射し、光電効果を起こした場合は、放射線は全エネルギーを失 うので発光量は入射した放射線のエネルギーの大きさに比例する。一方、放射線がシンチレーターに 入射し、コンプトン散乱を起こした場合は、放射線はエネルギーの一部を落して、シンチレーターを 通過する。シンチレーター内で複数回のコンプトン散乱を起こすことも考えられるが、コンプトン散 乱の時間間隔(光が1cm
のシンチレーターを進むのにかかる時間は3×10
-2nsec)
がシンチレーショ ン光の減衰時間(LYSO
のシンチレーション光の減衰時間は44 nsec
)に比べて小さいため、1
回のシ ンチレーションとして観測される。いずれにしても1
個の放射線により1
回のシンチレーションが起き、発光量は放射線がシンチレーター内で落したエネルギーの大きさに比例するとみなせる。 本実験ではシンチレーターとして無機シンチレーター「
LYSO
3×3×15 mm
3」を用いた。シンチ レーターには反射フィルムを巻き、セロハンテープでMPPC
の受光面に取り付けた。(b)
光検出器「MPPC
」 シンチレーションで生じた光は光検出器で検出する。従来は光電子倍増管(フォトマル)が用いら れてきたが、本実験ではMPPC
という光検出器を用いた。MPPC
は浜松ホトニクス社の製品である。さ まざまなピクセル数のものがあるが、本実験では1600
ピクセルのMPPC
を用いた。2-4.測定機器の接続
図2.2
の接続図上側の2
組のLYSO
とMPPC
はガンマ線の検出を行うもので、ガンマ線検出器、下側 のMPPC
はノイズの検出行うもので、ノイズ検出器とよぶことにする。ここでは、ガンマ線がLYSO
に 入射して発光し、その光を信号として読み出すまでの流れを順を追ってを説明する。ノイズ検出器に ついては2-5.
ノイズ対策で説明する。 図2.2
測定機器の接続図(a)
シンチレーター「LYSO
3×3×15mm
3」ガンマ線がシンチレーター
LYSO
に入射すると、シンチレーションが起き、発光する。(b)
光検出器「MPPC
1600
ピクセル、Serial No.:9024
、他」
MPPC
がシンチレーション光を検出すると、検出した光の量に対応した電流(信号)を出力する。(c)ADC
「REPEC RPC-022
」
ADC
はゲートが開いている間(Gate
端子にNIM
パルスが入力されている間、NIM
パルスとは、図2.3
のGate
信号のような矩形波である)、Signal
端子に入力されたアナログ信号の電荷量を数値と して出力する装置である。ここでいうアナログ信号とはMPPC
からの信号のことで、MPPC
からの信号 の電荷量を求めることで、MPPC
が検出した光量を知ることができる。 ゲート用信号もMPPC
からの信号を利用する。図2.3
はそのイメージ図である。濃い緑色の部分と明 るい緑色の部分がADC
に出力される電荷量(ADCcount
)である。ただし、濃い緑色の部分はペデスタ ルといって、正の電圧の信号を考慮して常に底上げされているものである。ADCcount
から光量を求め る場合には、ペデスタルを差し引く必要がある。 図2.3 ADC
のイメージ図(d)
読み出し回路MPPC
からの信号を読み出すためには、読み出し回路が必要である。読み出し回路には、電圧をかけ る必要があり、この電圧の大きさはMPPC
が動作し始める電圧(ブレークダウン電圧)より、1
〜3 V
程度、絶対値で上に設定する。この電圧をバイアス電圧という。MPPC
からの信号の大きさはバイアス 電圧の大きさにほぼ比例するので、測定したい光の強さによって、バイアス電圧を決める。信号は大 きいほうが見やすいが、大きすぎるとADC
で読みきれなくなってしまう(
オーバーフローしてしまう)
ので、適当なバイアス電圧を決める必要がある。本実験ではバイアス電圧を1.5 V
に設定した。(e)
アンプ「CXA 3183 ASD BUFFER KEK N0641-016
」の増幅率は
596.4
倍である。図2.4
はアンプを通した後のMPPC
の信号のオシロスコープの画像であ る。対消滅ガンマ線を2
つのMPPC
で同時に検出しているようすがわかる。 図2.4
ASD
アンプを通したMPPC
の信号(f)
信号の分岐 アンプを通した後、下側のガンマ線検出器からの信号をゲート用信号、シグナル用信号の2
つに分 ける。信号を2
つに分けると電圧が半分になる。上側のガンマ線検出器からはシグナル用信号は取ら ずに、ゲート用信号のみを取るが、電圧を下側と同じく半分にするために、信号を2
つに分けている。 このうち、不要な信号の先には50 Ω
の抵抗を付けておく。(g)
ディスクネーター「DISCRIMINATOR N-TM 716
」 次に、ゲート用信号をディスクリミネーターに入れる。ディスクリミネーターは、入力されたアナ ログ信号の電圧が設定した電圧(スレッショルド電圧)を越えたとき、NIM
パルスを出力する装置で ある。MPPC
は受光面に光が入らなくも信号(ダークノイズ)を出してしまうことがあるが、ダークノ イズによる信号の電圧は実際に見たい信号の電圧より小さいので、スレッショルド電圧を適切な値に することによって、実際の信号をそれほどカットせずに、ダークノイズのみをカットすることができ る。MPPC
は他にもアフターパルスなどのノイズも出してしまうが、これも同じ理由でカットすること ができる。スレッショルド電圧が小さすぎるとノイズをカットできず、また大きすぎると見たいの信 号もカットしてしまうので、調整が必要である。本実験ではディスクリミネーターのスレッショルド電圧を
100 mV
、出力するNIM
パルスの幅を100 nsec
に設定した。図2.5
の緑色の波形は50 Ω
の 抵抗を外してオシロスコープに繋いだもの(つまりディスクリミネーターに入力される前のアナログ 信号)で、黄色の波形はディスクリミネーターから出力されたNIM
パルスである。NIM
パルスの大き さは本来0.8 V
であるが、本実験では終端処理をしなかったため、1.2 V
になっている。 図2.5
ディスクリミネーターに入力された信号(緑色)と出力された信号(黄色)(h)
コインシデンス「COINCIDENCE N-TM 103
」 ディスクリミネーターから出力されたNIM
パルスをコインシデンスに入れる。コインシデンスは各 チャンネルに入力端子が4
つ(A,B,C,D
)あり、指定した入力端子に同時に信号がくるとNIM
パルス を出力する装置である。本実験では、2
つのディスクリミネーターからの信号(100 nsec
のNIM
パル ス)をコインデンスのA
端子、B
端子に入れた。2
つのディスクリミネーターからのNIM
パルスが重な ると同時とみなされ、コインシデンスからNIM
パルスが出力される。(i)
ゲートジェネレーター「DUAL GATE GENERATOR N-014 HOSHIN
」コインシデンスから出力された信号をゲートジェネレーターに入れる。ゲートジェネレーターは
NIM
パルスが入力されると、NIM
パルスを任意の幅に変換し(WIDTH
の調整)、任意の遅延をかけて(
DELAY
の調整)出力する装置である。DELAY
の調整をしてゲート用信号とシグナル用信号のタイミングを合わせる。まず、アンプを通した後の
MPPC
のシグナル用信号をADC
のSignal
端子に入れるが、ターの
DELAY
の調整によりゲート用信号を遅らせて、ゲート用信号とシグナル用信号が同時に来るようにする。ゲート用信号の
NIM
パルスの幅はシグナル用信号が収まるように、広く設定する。本実験では
400 nsec
に設定した(図2.6
)。図
2.6 ADC
のシグナル用信号(緑色)とゲート用信号(黄色)(j)
クロックジェネレーター「CLOCK GENERATOR N010 HOSHIN
」クロックジェネレーターから
1Hz
の信号をADC
のClear
端子に入力する。ADC
の測定が途中で止まってしまうことを防ぐためである。 以上の接続により、
2
つのシンチレーターに同時にガンマ線が入射したときのみADC
のゲートが開 き、そのときのシンチレーターの発光量を調べることができる。2-5.
ノイズ対策
測定は実験室で行ったが、実験室周辺の蛍光灯のスイッチの切り替えやコンセントの使用により、 ノイズが入ってしまった。図2.7
はノイズの一例である。検出するイベントの頻度が高ければノイズ の影響は無視できるが、本実験では検出するイベントの頻度が低い場合で1
時間に数イベント程度で あるため、ノイズ対策が必要となった。測定器をコンパクトにしたり、アースを各所に繋ぐなどして みたが、このノイズをなくすことはできなかった。そこで、ガンマ線の測定と同時にノイズも測定し て、ガンマ線検出器の測定データからノイズを差し引くことにした。図
2.7
ノイズの例 ノイズの原因は測定器周辺の電子機器から発せられる電磁波と考えられた。これが、読出回路や ケーブルに乗り、ASD
アンプで増幅されると、MPPC
からの信号と区別できなくなってしまう。本実験 ではコインシデンスを取っていているが、2
つの読み出し回路、2
つのケーブルに同じノイズが乗って しまうのでコインシデンスでカットすることはできなかった。そこで逆にこの性質を利用して、MPPC
をもう一つ用意してノイズを測定することにした。このMPPC
をノイズ検出器とよぶ。ガンマ線検出器 とノイズ検出器が同時に反応すれば、その信号はガンマ線由来のものではなく、ノイズによるものだ とわかる。 ノイズ検出器のからの信号は2
つに分けていないので、ディスクリミネーターのスレッショルドは200 mV
とした。ゲートジェネレーターで、幅を十分大きい10μsec
とし、遅延はかけなかった。図2.8
で、緑色の波形はノイズによりガンマ線検出器から信号が出て、ゲートが開いている様子である。 ゲートが開いている間、ノイズ検出器からの信号(黄色)が出つづけていることがわかる。これに よって、ノイズによりADC
のゲートが開いているときは、ノイズ検出器からの信号はかならずオー バーフローする。図
2.8
ガンマ線検出器からのゲート用信号(緑色)とノイズ検出器からの信号(黄色)また、ガンマ線検出器のディスクリミネーターのスレッショルド電圧は
100 mV
に設定したが、これは
ADCcount
で600 ADCcount
に相当する。さらにコインシデンスを取っているので、MPPC
自体のノイズでは
ADC
のゲートは開かないはずだが、図2.9a
をみると、600 ADCcount
より小さい信号や、ペデスタルのようなものも測定されていた(図
2.9a
は角度揺動の測定でθ=0 mrad
としたときの測 定結果である)。そのため、599 ADCcount
以下の信号もノイズとして扱うことにした。 表2.1
は実際の測定データである。着色部分のように、ノイズ検出器からの信号がオーバーフロー している、またはガンマ線検出器からの信号が599 ADCcount
以下の場合をノイズとした。このよう にして、ノイズを除去してADC
分布を書き直すと図2.9b
のようになる。対消滅ガンマ線の光電効果の ピークが2300 ADCcount
付近に確認できる。表
2.1
信号とノイズの区別方法 ガンマ線検出器 ノイズ検出器 ガンマ線検出器 ノイズ検出器 1 2317 118 21 2260 117 2 2141 118 22 2431 118 3 2312 117 23 1608 118 4 2014 116 24 1425 118 5 1404 119 25 2217 117 6 1393 118 26 844 4095 7 2048 118 27 29 4095 8 1163 118 28 1535 117 9 2273 119 29 2029 117 10 1941 118 30 2108 116 11 2600 117 31 961 4095 12 2037 118 32 1667 118 13 2449 118 33 1288 118 14 1571 117 34 2533 119 15 2120 119 35 1368 118 16 2108 117 36 1779 118 17 1867 117 37 1388 116 18 455 115 38 1961 118 19 239 115 39 2145 118 20 1626 120 40 1242 119図
2.9a
ノイズを除去する前のADC
分布(
縦軸は対数をとっている)
第 3 章 陽電子飛程、対消滅ガンマ線の角度揺動の測定
第3
章では、第2
章で作成した検出器を使い、陽電子飛程、対消滅ガンマ線の角度揺動を測定する。 以下では 2-5.ノイズ対策で述べた方法でノイズを除去した結果を示す。3-1.
バックグラウンドの測定
(a)
方法 検出器をガンマ線の角度揺動の測定と同じように配置し、放射線源を置かず測定した。(b)
結果7
時間59
分測定した結果、16
イベント検出された。よってバックグラウンドは60
分あたり2
とす る。図3.1
はこの時のADC
分布である。以下、実験結果はこのバックグラウンドを引いた結果を示す。 図3.1
バックグラウンドのADC
分布3-2.
陽電子飛程の測定
(a)
方法 図3.2a
のように、長さ20 cm
の鉄ブロックの間に厚さ1.06 mm
のプラスチック板を挟み、コリ メーターを作った。このコリメーター2
つ用意し、向かい合わせて互いに4 cm
離して置き、さらにコ リメーターから1 cm
離したところにシンチレーターを置いた。2
つの検出器間の距離は46 cm
となる。 次に、2
つのコリメーターの間に自動ステージをコリメーターに対して垂直に動くように置いた。ス テージはパソコンで制御し、位置分解能は0.0001 mm
である。図3.2b
のようにステージを動かして 線源をだんだんとコリメーターから遠ざけていき、どこまでガンマ線を検出できるか調べることに よって陽電子飛程を求める。図
3.2a
陽電子飛程の測定 図3.2b
陽電子飛程の測定(b)
結果 測定は各点で70
分程度行い、60
分あたりのイベント数を求めた。図3.3
はその結果である。横軸 の誤差棒はコリメーターの幅によるもので、片側0.5 mm
とした。まず、放射線源の中心を求めた。図3.3
のようにカウント数の大きい7
点が入るようにガウス関数でフィッティングすると、中間値は0.754 mm
となった。よって、この点を放射線源の中心とする。なお、カウント数が最大の点はx =
0.750 mm
の点であり、中心ではない。 図3.3
放射線源の中心の決定一般的に、放射線源からの距離
r
と、そこまで到達した陽電子の個数の関係は、指数関数で近似で きることが実験的に確かめられているので[大塚、西谷 2007 112項]、式3.1
のように書くことができる。N r= N
0e
−r(3.1)
実験で用いた放射線源は半径0.45 mm
の大きさがあるので、その外側を考える。放射線源の左側(図3.3
のx < 0.754
側)を(式3.1
)でフィッティングすると、図3.4a
のようになり(放射線源の 中心を0 mm
として、横軸を取り直した)、NO=901±28
、μ
=4.5±3.2 mm
-1と求まった。 同様に、放射線源の右側(図3.3
の0.754 < x
側)でフィッティングすると、図3.4b
のように なりNO=378±7.1
、μ
=3.1±1.5 mm
-1と求まった。 図3.4a
線源の左側 図3.4b
線源の右側両者の平均をとると
NO=644±29
、μ
=3.8±0.7 mm
-1と決まる。よって、式3.1
は次のようになる。N r=644 e
−3.8r(3.2)
最大飛程については、第4
章 考察で述べる。3-3.
ガンマ線の角度揺動の測定
(a)
方法 鉄ブロックなどの配置は陽電子飛程の測定と同様である。角度揺動の測定では自動ステージは用い ずに、図3.5
のように2
つのコリメーターの角度を変化させていき、対消滅ガンマ線の検出数の角度 依存性を調べた。 図3.5
ガンマ線の角度揺動の測定(b)
結果 測定は中心軸の角度θ
を0
〜26 mrad
の範囲で変化させ、それぞれの角度で70
分程度行い、60
分 あたりのイベント数を求めた。 図3.6
の結果を見ると、横軸の誤差棒が大きいが、これはコリメーターの幅によるものである。図3.7
のように、たとえばコリメーターの中心軸の角度をθ
=2.2 mrad
にしたとき、実際には、-6.9 mrad < 11 mrad
の角度のずれをもったガンマ線を検出することになり、0 mrad
、つまり角度のずれがない
180°
逆向きのガンマ線も入ってしまう。しかしコリメーターの中心軸の角度をどんどん大きくしていくと、
θ=13 mrad
になったとき、検出するガンマ線は3.9 mrad < 22 mrad
のずれをもったものとなり、つまり最低でも
3.9mrad
のずれをもっていることになる。このときのカウント数は
60
分あたり11
であった。さらに角度を大きくして、中心軸θ
=18 mrad
(9.2 mrad < 27
mrad
)を測定すると、カウント数はほぼ0
だった。よってガンマ線の角度揺動は最大で、13 mrad
程度以下図
3.6
対消滅ガンマ線角度揺動の結果第 4 章 考察
4-1.
コリメーターでのガンマ線の散乱の有無
本実験ではガンマ線の角度分布を見るために鉄のコリメーターを用いたが、シュミレーションによ れば、ガンマ線がシンチレーターに直接入射せずに、いったんコリメーターに入射し、コンプトン散 乱を繰り返してシンチレーターに入ることが考えられた。しかし、角度揺動の測定結果の図4.1a
と4.1b
をみるとθ
=3.0 mrad
の場合も、エネルギー0.511 MeV
ガンマ線の光電効果のピークが確認 できた。よって、散乱ではなく、シンチレーターに直接入射したガンマ線があることが確かめられた。図
4.1a θ=0.0 mrad
のADC
分布 図4.1b θ
=3.0 mrad
のADC
分布4-2.
最大飛程の定義
第 1 章では式 1.4 を用いて
22Na
から放出される陽電子の最大飛程を 0.20 g/cm
2と求めた。 これは、線源を密封しているプラスチック中では1.7 mm
に相当する。この値を、本実験で得た、式3.2
に当てはめると、N(1.7 mm)=1.0
なる。これはN0
の0.15%
である。つまり、最大飛程とは、陽 電子の強度が0.15%
になる距離ということができる。過去の実験を調べると、陽電子飛程を測定する とき、制動放射を測定できる実験の場合には、制動放射のバックグラウンドと交わる点を最大飛程と 定義し、また制動放射を測定できない実験の場合には、その他(大気中の放射線の影響など)のバッ クグラウンドとの交点を最大飛程と定義することがある。前者の方法は、制動放射が放射線源の強度 に比例するので、放射線源の強度が強くなると、バックグラウンドも大きくなり、最大飛程は放射線 源の強度に依らない。しかし、後者の方法では、その他のバックグラウンドは放射線源の強度に依ら ないため、最大飛程は放射線源の強度に依ってしまう。このように、最大飛程には明確な定義がなく、 また最大の意味もあいまいなので、次のように「陽電子の強度が、ある値以下に減少する距離」を最 大飛程と定義してはどうだろうか。このように定義し、飛程の分布が式3.1
に従うことが確かめられ れば、μ
を求めるだけで最大飛程を求めることができる。もちろんこの方法ならば、最大飛程は線源 の強度によらない。4-3.
角度揺動の最大値
実験の結果から角度揺動は最大で 13 mrad 程度以下と結論した。θ=13 mrad までガンマ線が検出さ れたのでこのように結論したが、先に述べたとおり、 θ=13 mrad とした場合、実際には 3.9 mrad < 22 mrad のずれをもったものが検出される可能性がある。さらに θ=18 mrad(9.2 mrad < 27
mrad)を測定すると、カウント数がほぼ 0 だった。そのため、角度のずれは最大で 3.9 mrad から 9.2 mradの範囲であるとも考えられる。しかし、図 3.7 からわかるように、たとえば θ=13 mrad の場合、 3.9 mrad や 22 mrad などの角度のずれをもったガンマ線は線源の端で発生したもので、その数は線源 の中心付近で発生したものに比べて非常に少ない。そのため、ガンマ線の角度分布は実際は図 4.2 (上)のようになると考えられるが、この実験で は同図(下)のようになると考えられる。このよ うに考えれば、θ=18 mrad(9.2 mrad < 27 mrad)では、ずれが 13 mrad 程度のガンマ線は線 源の端から発生するため、数が少なく有意な数が 検出されなかったと考えられる。よって、ガンマ 線の角度揺動は最大で
13 mrad
程度以下と結論で きる。 図4.2
角度揺動の分布のイメージ。実際(上)と実験(下)4-4.
ディスクリミネーターのスレッショルド電圧以下の信号が測定された理由
測定はディスクリミネーターのスレッショルド電圧を100 mV
に設定して行った。これはADCcount
で600 ADCcount
に相当するので、図4.3a
のような小さな信号は測定されないはずである。しかし 図2.9a
を見ると600 ADCcount
より小さい信号、またペデスタルのようなもの測定されていた。こ れはノイズの電圧がスレッショルド電圧を越えたためだと考えられる。図4.3b
のようなノイズの場合、 スレッショルド電圧をこえて、ADC
のゲートが開くが、電荷量は正側と負側が打ち消し合って0
に近 くなる。そのため、ペデスタルで底上げされた部分の電荷量が測定されてしまったと考えられる。 図4.3a
スレッショルド電圧に達しない信号第 5 章 まとめ
5-1.
陽電子飛程、対消滅ガンマ線角度揺動の PET の解像度への影響
陽電子飛程の影響は最大で2 mm
である。ガンマ線の角度揺動の影響は、角度揺動を10 mrad
とす ると、PET
装置のドーム径が直径70 cm
の場合、3 mm
である。よって、本実験で用いたの装置では、 薬剤FDG
の集積は実際よりも5 mm
程度大きくゆらいで見えると考えられる。5-2.
今後の課題
本実験はコリメーターの幅を1 mm
としたため、特に角度揺動の実験で角度の誤差が大きくなった。 また線源と検出器の距離を23 cm
としたため、角度分布は4 mrad
刻みで調べるのが限界だった。測 定の精度を向上させるためには、線源を強度の強いものにして、線源と検出器の距離を遠くする必要 がある。 陽電子の飛程、対消滅ガンマ線の角度揺動の分布をさらに詳しく調べることによって、解像度を向 上させることができると考えられる。もともとFDG
の集積は中心部から遠ざかるほど密度が薄くなる ので周辺部は薄く見えるはずであるが、それとは別に、陽電子飛程と角度揺動の影響で、実際にはFDG
が存在しないところまで、揺らいで見えてしまう。そのため陽電子飛程、対消滅ガンマ線の角度 揺動はPET
の解像力に限界を与える[山下 2011 632項]とされている。しかし、陽電子飛程、角度揺動の 分布が詳しく分かれば、FDG
集積周辺の揺らぎのうち、どの程度陽電子飛程と角度揺動に依るものな のかが分かり、この影響を取り除いて、FDG
の分布をより正確に調べることができる。付録
付録 1.シンチレーター LYSO の自己放射線
シンチレーターLYSO
は自身に放射性物質を含んでおり、自らが出した放射線でシンチレーションを 起し、発光する。その放射線の強度は、 測定値:38.5±2.8 Bq
理論値:38.0 Bq
となった。測定方法と理論値の計算方法を示す。測定
図1
測定機器の接続図 図2
測定のパターン(A,B,C,D,E
)パターン
A
:MPPC
のみ パターンB
:MPPC
の受光面にLYSO
を取り付けた パターンC
:MPPC
の受光面にLYSO
を取り付け、全体を鉛で遮蔽した パターンD
:MPPC
の受光面にLYSO
を取り付け、全体を鉛で遮蔽して、近くに放射線源22Na
を置いた パターンE
:MPPC
の受光面にLYSO
を取り付け、近くに放射線源22Na
を置いた 測定機器を図1
のように接続した。青色の点線の囲いの中に図2
の5
つのパターンの設定をつくり、 データを比較する。MPPC
のバイアス電圧は2.0 V
に設定した。それぞれのパターンでディスクリミネーターのスレッ ショルド電圧を20mV→50mV→100mV→150mV
と変化させ、それぞれのスレッショルド電圧で10
sec
の測定を3
回行い平均値を求めた。 図3
はその結果である。パターンA
はスレッショルド電圧150 mV
で信号が検出されなくなる。これ より、MPPC
自体のノイズはスレッショルド電圧150 mV
でカットされることが分かる。 スレッショルド電圧150 mV
でB
とE
を比べるとE
のほうがイベント数が多い。これにより線源 22Na
からは確かに放射線が出ていて、検出器で検出できていることが分かる。次にC
とD
を比べると、 ほとんど同じであるから、鉛ブロックで放射線を遮蔽できていることが確認できる。よって、パター ンC
とD
でスレッショルド電圧150 mV
のときのイベントはMPPC
のノイズでも、外からの放射線でも ないので、LYSO
の自己放射線によるものだと結論できる。B
はC
とD
にくらべて若干イベント数が多 いので、鉛で遮蔽しないと、大気中の放射能や宇宙線の影響があるかもしれない。なお、日本の屋内 ラドン濃度の算術平均は15.5 Bq/m
3で、鉛ブロック中の容積は3×3×5 cm
3であるので、鉛ブロッ クで遮蔽すると大気中のラドンの影響は3.5×10
-3Bq
と小さいので無視できる。 次にその強度を求める。スレッショルド電圧150 mV
でMPPC
自体のノイズがカットできると述べた が、スレッショルド電圧をここまで高くするとLYSO
の自己放射線による信号もいくらかカットしてし まうので、パターンC
でスレッショルド電圧 が50 mV
の場合を考える。図4a
がそのADC
分布である。また図4b
はパターンA
でス レッショルド電圧が50mV
の場合である。こ れを見ると、MPPC
のノイズは420
ADCcount
以下に収まっていることが分かる。 よって、パターンC
でスレッショルド電圧が50mV
のデータから、420 ADCcount
以下の イベントを差し引くと、LYSO
からの自己放 射線の強度が求まり、結果は38.5±2.8 Bq
となった。LYSO
の放射線のエネルギーにつ いては付録2
で考える。 図3
結果図図
4a
パターンC(
スレッショルド電圧50mV)
理論
シンチレーター
LYSO
は2
種類のシンチレーター(LSO
:Lu2SiO5
とYSO
:Y2SiO5
)の混成結晶であ る。実験で使用したLYSO
の形状を測定すると、3.030×3.041×15.039 mm
3、質量は0.99956 g
で あった。それぞれの密度は次のとおりである。 LYSO : 7.2134 g/cm3 (実測値) LSO : 7.40 g/cm3 YSO : 4.45 g/cm3 よって、今回使用したLYSO
は、 の比率の混合である。 自己放射の原因は176Lu
である。176Lu
は天然放射性核種で、存在比2.59
%、壊変形式はβ
-、半 減期は3.36×10
10年である。 存在比 175Lu : 97.41%
176Lu : 2.59%
つぎに、LSO
中のLu
の割合を求める。原子量は、Lu:174.9668
O:15.9994
Si:28.0885
であるから、LSO
中のLu
の割合(
質量比)
はLu ×2
Lu ×2SiO×5
=0.7640
となる。よってLYSO 0.99956 g
中の176Lu
の質量は、0.99956
×0.960 ×0.764 ×0.0259 = 0.01899 g
と求まる。これを原子数に変換すると、N=6.022×10
23×
0.01899
175.9
=6.501×10
19 となる。 時刻t=0
における放射性核種の存在量をN0
とすると、時刻t
における存在量は次のように表せる。N=N
0×2
− t Tよって、放射線源の強度
Bq
は核種の半減期T
と存在量N
で一意に決まる。−
dN
dt
= −
d
dt
N
0×2
−t T
= log2
T
N
= λN
ここでλ
を壊変定数といい、176Lu
の壊変定数は半減期が分かっているから、λ
=5.84×10
-19と決 まる。 よって、シンチレーターLYSO
の自己放射の強度の理論値は、λN
=5.84×10
-19×6.501×10
19=38.0 Bq
と求まる。付録 2.放射線のエネルギーと ADCcount の線形性
22Na
は陽電子を放出し、さらにその陽電子が電子と対消滅して0.511 MeV
のガンマ線を放出する。 137Cs
は崩壊により0.6617 MeV
のガンマ線を放出する。これらを、シンチレーターLYSO
と1600
ピ クセルMPPC
を用いて測定したときの、放射線のエネルギーとADCcount
の線形性を調べた。 図1
と同じように測定機器を接続し、青い点線の囲いの中に図2
のパターンE
を作った。ただし、MPPC
はSerial No.:9027
を使用し、バイアス電圧、スレッショルド電圧は、付録1
の実験とは異な る。ここで、図
5
はMPPC
(Serial No.:9027
)のゲインを測定した際の、ADC
分布である。バイアス電圧を変化させてペデスタルと
1 p.e
のADCcount
を測定すると、図6a
、図6b
のようになった。これによりバイアス電圧の大きさが
1.0 V
のときは、ペデスタルは119 ADCcount
、1p.e
は43.2
ADCcount
である。よって、次の式によってADCcount
から光子数を求めることができる。A[p.e]=(B[ADCcount]-119)/43.2
(MPPC9027
、バイアス電圧1.0V
)(※)
なお、
MPPC
には個体差があるため、素子ごとに測定する必要がある。図
6a
バイアス電圧とペデスタルの関係 図6b
バイアス電圧と1p.e
の関係図
7a
と図7b
は、バイアス電圧1.0 V
での、22Na
と137Cs
のADC
分布である。これにより、0.511
MeV
ガンマ線の光電効果ピークは1545±3 ADCcount
、0.6617 MeV
ガンマ線の光電効果のピークは1842±5 ADCcount
となった。また、ペデスタル(つまりエネルギー0 MeV
)は119±1 ADCcount
なので、ガンマ線のエネルギーと
ADCcount
の関係は図8
のようになる。 図7a 22Na
のADC
分布 図7b 137Cs
の分布 図8
放射線のエネルギーとADCcount
の関係 0 1 2 3 4 5 6 85 90 95 100 105 110 115 120 125 バイアス電圧 [V] ペ デ ス タ ル [A DC co un t] 0 1 2 3 4 5 6 0 50 100 150 200 250 f(x) = 43.2x + 0.1 バイアス電圧 [V] 1p .e の 大 き さ [A DC co un t] 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1 0 500 1000 1500 2000 2500 3000 f(x) = 2652x + 132 放射線のエネルギー [MeV] AD Cc ou nt次に、式(※)を用いて、
0.511 MeV
のガンマ線がLYSO
に入射し光電効果を起こしたときに生じ る光子数を求める。ゲインの測定の際にはゲート用信号はクロックジェネレーターからとったので、MPPC
の信号を分岐していないが、今回の実験ではMPPC
からの信号をシグナル用信号とゲート用信号 に分岐したため、式(1
)を使うためには、得られたADCcount
を2
倍してやる必要がある。そのよう にして求めると、0.511 MeV
のガンマ線がLYSO
に入射し光電効果を起こしたときに生じる光子数は69
程度となる。 同様の設定でLYSO
の自己放射線を測定し、図8
の結果によってADCcount
をエネルギーに変換する と図9
のようになる。なお、ペデスタルは取り除いてある。176Lu
はベータ崩壊によって176Hu
に崩壊 する。β
崩壊は3
体崩壊なので、ベータ粒子のエネルギーは連続スペクトルになる。176Lu
の崩壊エ ネルギーは1.193 MeV
なので、ベータ粒子の最大エネルギーは1.193 MeV
となるはずであるが、今 回の実験では最大エネルギーは1.0 MeV
程度と測定された。ベータ線のスペクトルの形は核種によっ て多少異なるが、その平均エネルギーは最大値のおよそ1/3
になる[大塚、西谷 2007 63項]という。最大エネルギー
1.193 MeV
の1/3
は0.4MeV
であり、実験で平均エネルギーは0.42MeV
となったので、確かにおよそ
1/3
になっている。エネルギー[MeV]
付録 3.
22Na
の ADC 分布で 1.275 MeV ガンマ線の光電効果のピークが確認できな
かった理由
22Na
は陽電子の他に、軌道電子捕獲によって、1.275 MeV
のガンマ線(特性X
線)を放出する。し かし、図10
をみるとピークに見えるのは2564 ADCcount
であり、これは0.92MeV
に相当する。1.275 MeV
は3513 ADCcount
に相当するが、ここにピークは確認できなかった。この理由を考える。 図10
22Na
のADC
分布(縦軸は対数) 量子論によると、原子1
個あたりのK
殻電子の光電効果の発生確率を表す光電吸収断面積σphoto(K)
と、入射光子のエネルギーが比較的高いときの原子1
個あたりのコンプトン散乱の断面積σcomp
は、 次のように表せる[大塚、西谷 2007 123-131項]。
photo
K
=
4
2
137
4
TZ
5
m
0c
2h −I
k
comp=
3
8
Tm
0c
2h
ln
2h
m
oc
2
1
2
T=8
e
2m
0c
2
2=6.65×10
−29m
2 ここに、hν
は電磁放射線のエネルギー、Z
は物質構成原子の原子番号、IK
はK
殻電子の電離エネル ギー、σT
はトムソン散乱の断面積(定数)である。LYSO
中の各元素の割合(原子数比)は、Lu:24%
Si:13%
O:63%
Y:1%
である。また、
0.511 MeV
と1.275 MeV
のガンマ線の割合は 、なので、それぞれの反応断面積の割合は表
1
のようになる。0.51MeV
1.275MeV
photo
compton
photo
comptpn
29.4
65.3
0.04
5.2
表1
反応断面積の割合 ガンマ線のエネルギーが1.275 MeV
と高くなると、光電効果の割合はコンプトン効果の1%
ほどに なる。このため、1.275 MeV
ガンマ線の光電効果のピークはコンプトン効果に埋もれてしまい見えな くなった。これを見るためには、検出器のエネルギー分解能を上げて、ピークが鋭くなるようにする 必要がある。また、
2564 ADCcount
(0.92MeV
)に見えたピークであるが、これは1.275 MeV
ガンマ線のコンプトン散乱によるものである。散乱された光子のエネルギー