• 検索結果がありません。

抑止杭工 142 本 (φ508 ミリメートル鋼管 1 本で約 100 トンの力に抵抗 ) 27 本 t=14 ミリメートル L=12~23 メートル ΣL=507.5 メートル 52 本 t=15 ミリメートル L=9~18.5 メートル ΣL=826.5 メートル 63 本 t=18 ミリメート

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "抑止杭工 142 本 (φ508 ミリメートル鋼管 1 本で約 100 トンの力に抵抗 ) 27 本 t=14 ミリメートル L=12~23 メートル ΣL=507.5 メートル 52 本 t=15 ミリメートル L=9~18.5 メートル ΣL=826.5 メートル 63 本 t=18 ミリメート"

Copied!
5
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

平成28年度 第2回見学会を開催しました 平成 29年3月10日(金)午後 1 時 30 分、阪急今津線「仁川」駅西改札口に 15 名が集合し、「仁川百 合野町地区地すべり資料館」と「宝塚市立手塚治虫記念館」の見学会を開催しました。 仁川沿いに住宅地に広がる一戸建ての大きな邸宅を横に見ながら緩やかな坂道を上がっていくと約 20 分で 「仁川百合野町地区地すべり資料館」に着きました。 1階のガイダンスシアターで、西宮市シルバー人材センターから派遣されている森村信義様から、仁川百合 野町地区地すべり、資料館の概要について説明をいただきました。  仁川百合野町地区地すべり資料館 ○地すべり資料館の概要 平成 7 年(1995)1 月 17 日 に発生した兵庫県南部地震に伴い、 西宮市仁川百合野町にて大規模な 地すべりが発生しました。地すべり の規模は幅約 100 メートル、長さ 約 100 メートル、最大深 15 メー トル、移動土塊は約 10 万立方メー トルに達しました。崩壊土砂は二級 河川仁川を埋塞すると共に家屋 13 戸を倒壊させ、34 名(うち9 名は関西学院大学生)の人命を奪う 甚大な災害をもたらしました。 地すべり抑止工の完成に伴い平 成 9 年(1997)11 月に開館した この地すべり資料館は、兵庫県阪神 南県民センター西宮土木事務所河川砂防課の所管施設です。被害当時の状況やその後の対策工事、地盤安定確 認のためのデータ観測(観測は平成 24 年(2012)で終了)、また土砂災害のしくみ等について伝えてきまし たが、震災 20 年を迎えた平成 27 年(2015)1 月 17 日、土砂災害の教訓や最新の知見を基に、展示物や ガイダンスシアターなど展示内容を更新・改装しリニューアルオープンしました。 1階は、『学ぼう!自然の恐ろしさ!』をテーマに、約 200 インチのパノラマスクリーンでは仁川百合野町地 区で発生した土砂災害(地すべり)の概要と対策を紹介しています。 2 階は、『土砂災害について知ろう!』をテーマに、「土砂災害(地すべり・がけ崩れ・土石流)のメカ ニズム」を映像と模型で解説しているエリア。「土砂災害の対策」のエリアでは、仁川百合野町地区におけ る対策工事の模型。「土砂災害に備えて」のエリアでは、土砂災害発生の前ぶれや避難方法について学べる ほか、仁川百合野町地区の対策工施工後、平成 24 年(2012)まで地すべり観測された計測機器(伸縮計、 孔内傾斜計、水位計、地震計、地盤傾斜計、挿入傾斜計、自記水位計)が紹介されています。 ○地すべり対策工の概要 兵庫県施工によって平成9年に完成した地すべり対策工の概要は以下のとおりです。 全体事業費:28 億円 ・集水井 4 基(φ3500 ミリメートル、L=10.5~17.0 メートル) ・集水ボーリング(内径 40 ミリメートル塩ビストレーナ管)82 本、L=15~55 メートル、ΣL=2,813 メートル ・横ボーリング(内径 40 ミリメートル塩ビストレーナ管)95 本、L=20~70 メートル、ΣL=3,530 メートル

全建大阪府支会会報

NO.40 平成29年3月17日

(2)

・抑止杭工 142 本(φ508 ミリメートル鋼管、1 本で約 100 トンの力に抵抗) 27 本、t=14 ミリメートル、L=12~23 メートル、ΣL=507.5 メートル 52 本、t=15 ミリメートル、L=9~18.5 メートル、ΣL=826.5 メートル 63 本、t=18 ミリメートル、L=16~21 メートル、ΣL=1,046.5 メートル ・法枠工 10,300 平方メートル ・井桁擁壁工 1,229 平方メートル、H=4.5 メートル、ΣL=136.7 メートル ・護岸工 918 平方メートル (擬岩を用いた改修も実施されている) 等 ○仁川百合野町地区地すべりからの教訓 兵庫県県土整備部土木局砂防課のホームページには「地すべりの発生した斜面は平均傾斜 20 度の緩傾斜で したが、緩い締まりの悪い盛土層が構成していたことが素因であり、地震動が誘因となったと考えられていま す。」の記述や「昭和28年頃始まった甲山浄水場の建設工事。その際に出た土を、東側の斜面に盛土した。地 滑りは、その盛土した部分のみで発生しました。」と いう地元の話もあるほか、多くの学者の研究におい ても古い地形図との比較、崩壊土質の評価と実験な どから、「盛り土斜面の液状化による地震時の崩壊で ある」と発表されています。 阪神水道企業団(阪神間 4 市(神戸・尼崎・西宮・ 芦屋)で構成する用水供給事業を行う一部事務組合) の前身であった「阪神上水道市町村組合」が甲山浄 水場建設を始めた昭和28年頃当時は、盛土造成の 設計・施工に対する安全性の問題は今ほど確立され ていない時代のものであったことが被害の拡大につ ながったかもしれません。 我々技術者としては、事実をできるだけ正確に把 握し、土砂災害の崩壊メカニズムを理解し今後の教 訓にすることが大切であると考えます。とりわけ、 古い時代に施工された「人工法面」の点検は怠りな く継続的に実施する必要がります。特定非営利活動 法人大阪府砂防ボランティア協会でも『古い時代の 「人工法面」の点検』について一度検討してもらい たいテーマのように感じました。 「仁川百合野町地区地すべり」は、我々長く公共 事業に携わってきたものとして考えさせられるもの でした。 なお、地すべり対策工が施工された斜面を含む百 合野町一帯は、現在「土砂災害警戒区域」に指定されています。 災害直後の状況(兵庫県県土整備部土木局砂防課のHPより)

(3)

【参考文献】

上記の論文(1995.1.17 大地震と六甲山地 写真によるその変形・変状の記録(20 年間の経年変 化)2016.1 奈良大学名誉教授 池田 碩/国土交通省近畿整備局六甲砂防事務所)の 36 ページに記 載されている「西宮市仁川百合野町の斜面崩壊模式図」には、『崩壊した盛土部』と明確に示されています。

(4)

平成 16 年(2006)神戸新聞記事からの抜粋から 『濾過池を掘った土を傾斜地の上に押し固めたのが、当時 の写真からうかがえる。ニセアカシアが植樹され、やがて斜 面はやぶになった。』(白黒写真は、「阪神上水道市町村組合創 設二十周年記念誌」昭和 30 年(1955)発行のもので、完 成直後の盛土斜面ということです。) <追記> 平成16年(2004)1 月 10 日から 1 月 24 日まで 15 回の連載「埋もれた記憶 西宮・仁川の地滑り」が神戸新聞 のホームページで見られます。1 月 21 日の 「(12)盛 土」の記事は興味深いものです。 -記事の抜粋- 『大阪市立大学の三田村宗樹助教授(地質学)は、花こう 岩が風化したマサに、粘土が混在する土砂を見て、自然の堆 積(たいせき)層ではないと判断した。過去の地図を調べる と、渓流のある谷が埋められていた。「盛り土と元の地表との 境界付近に水がたまっていたのではないか」』 『京都大学防災研究所の佐々恭二教授(地滑り学)は、現 地の土を用い、地滑り再現試験機で分析した。マサのように もろい地盤が水を含むと、地震で液状化が起こり、滑り出す と分かった。』 また、国土地理院などの明治 42 年(1909)、昭和 22 年(1947)、昭和 42 年(1967)、平成2年(1990) の地形図も掲載されています。 (参照)神戸新聞 ホーム>連載・特集>阪神・淡路大震災>震災9年目> 1995・1・17 から1 埋もれた記憶 西宮・仁川の地滑り 2階のアーカイブ室に掲示されている平成16年 (2004)1 月 11 日「(2)戦後」の切抜き記事です。 新聞記事 「仁川百合野町地区地すべり資料館」の玄関前で参加者集合写真。後方に地すべり対策工の井桁擁壁工、法枠工が見える。 ( )内に平成 24 年まで地すべり観測していた「自動観測システム監視棟」の表記が残っている。

(5)

 宝塚市立手塚治虫記念館 「仁川百合野町地区地すべり資料館」に 2 時から 3 時 10 分過ぎまでの見学を終え、阪急今津線「仁川」駅 から北へ 3 駅「宝塚南口」駅で降り、武庫川に架かる「宝塚大橋」を渡ると特徴ある「手塚治虫記念館」が見 えてきました。「宝塚南口」駅からは徒歩約 5 分で着きました。入場料の大人団体(10 人以上)割引 560 円 は会負担で手塚治虫記念館に入りました。 ○手塚治虫記念館の概要 手塚治虫は、5 歳から 24 歳までの約 20 年を宝塚で過ごしました。兵庫県宝塚市で約 20 年間を過ごした 手塚治虫の生涯を称えて(出生は大阪府豊中市)、没後 5 年にあたる 1994 年に青少年への夢を育ませる場と して、「自然への愛と生命の尊さ」を基本テーマに宝塚市が建設し運営も宝塚市が行っています。地上 2 階、地 下1階の特徴あるアニメ・マンガミュージアムで、手塚マンガを再現した館内で、マンガやアニメ、アニメ制作 体験などができます。2 階にあるパソコン端末では、手塚治虫の生涯や作品年鑑を閲覧できるほか、2000 年 までに製作された手塚関連のテレビアニメ・劇場版アニメ・オリジナルアニメの一部作品が全編全話視聴でき るようになっています。 ○「マンガの神様」手塚治虫の偉業 大阪帝国大学附属医学専門部在学中の 1946 年 1 月 1 日に 4 コマ漫画『マアチャンの日記帳』(『少国民新 聞』連載)で漫画家としてデビュー。1947 年、酒井七 馬原案の描き下ろし単行本『新寶島』がベストセラーと なり、大阪に赤本ブームを引き起こす。1950 年より漫 画雑誌に登場、『鉄腕アトム』『ジャングル大帝』『リボン の騎士』といったヒット作を次々と手がけました。 1963 年、自作をもとに日本初となる 30 分枠のテレ ビアニメシリーズ『鉄腕アトム』を制作し、今の日本の テレビアニメ制作に大きな影響を及ぼしました。1970 年代には『ブラック・ジャック』『三つ目がとおる』『ブ ッダ』などのヒット作を発表し、また晩年は『陽だまり の樹』『アドルフに告ぐ』など青年漫画においても傑作を 生み出しています。昭和 21 年(1946)デビューから 平成元年(1989)の 60 歳で亡くなるまで、第一線で 作品を発表し続け、存命中から「マンガの神様」と評さ れていました。 終わりに 4時30分まで「手塚治虫記念館」の見学を終え、「宝 塚大劇場」を左手に見ながら震災から見事に復旧した 「花のみち」を歩き宝塚駅前に到着しました。駅前のビ ルで参加者13名が集い楽しく歓談して、午後6時にお開 きとなりました。 平成28年度の全建大阪府支会の見学会は、第1回が平成28年11月28日、「うめきたプロジェクト」と「阪 急電鉄京都線・千里線連続立体交差事業」といった大阪市北部で進められている事業地の見学会でした。今回 の第2回見学会は、兵庫県西宮市にある「仁川百合野町地区地すべり資料館」と「宝塚市立手塚治虫記念館」の 二つの施設見学でした。 今後の見学会につきましても会員のご意見を伺いながら面白い興味を引く企画で開催したいと考えています。 会員多数のご参加をいただきますようよろしくお願いします。 全建特別会員大阪府支会事務局:大阪府土曜会事務所内 会長 西村増雄 副会長 青島行男 事務局員 上畑憲光 窪田 誠 佐伯敏明 中井二郎 堀田憲一 若菜邦雄 会員各位のご協力を得て引続き本会の円滑な運営に取り組んでまいりますので、よろしくお願いいたします。 宝塚市立手塚治虫記念館と玄関前の「火の鳥(不死鳥)」像

参照

関連したドキュメント

本プライバシーポリシーは、日本国 〒130-8602

80本 100本 100本 120本 96本 120本 120本

本番前日、師匠と今回で卒業するリーダーにみん なで手紙を書き、 自分の思いを伝えた。

7208.37--厚さが 4.75 ミリメートル以上 10 ミリメートル以下のもの 7208.38--厚さが3ミリメートル以上 4.75 ミリメートル未満のもの

政治エリートの戦略的判断とそれを促す女性票の 存在,国際圧力,政治文化・規範との親和性がほ ぼ通説となっている (Krook

• 使用済燃料プール壁 ※1 は、非常に厚いうえに、プール全体は、非常に厚い壁 ※2

り、高さ3m以上の高木 1 本、高さ1m以上の中木2 本、低木 15

[r]