膝靭帯損傷患者の 3 次元動作解析-より高いパフォーマンス獲得を目指して 慶應義塾大学医学部整形外科 名倉 武雄 緒言 膝前十字靭帯(以下 ACL)は膝関節の安定性に最も重要な靭帯であり、ACL 損傷による膝の不安 定性は日常生活やスポーツ活動に大きな支障を生じる。特にアスリートがACLを切ってしまうと、 その 2/3 は同じレベルでスポーツを続けることが出来なくなると言われている。また、一般的に、 ACL 損傷患者に対する治療は再建術が行われるが、この再建術は侵襲が高く、患者は復帰まで に長期のリハビリを要するなど、多大な負担がかかる。ACL 損傷患者の膝の不安定性における臨 床的評価には主として徒手的検査が用いられるが、計測される不安定性と患者が日常経験する不 安定感(Giving way)とは必ずしも相関しない。これは不安定性の評価が荷重や下肢筋力のない状 態での評価であるため、実際の動作における膝関節の挙動を反映していないからであると考えら れる。我々のアンケートでは、対象としたACL損傷患者の70%が横方向への動作中、つまりサイ ドステップに不安定感を感じていた。サイドステップはサッカー、バスケットボールなどのスポーツ における基本的な動作であり、かつ重要な動作であると言える。しかしながら、ACL 損傷患者のサ イドステップに関する研究は筋電図による筋活動の解析が多く 2)7)8)、膝関節の動態や負荷を調べ ているものは少ない2)4)。さらに、サイドステップ時における膝関節の動態や負荷を詳細に解析した 研究は見られない。本研究では ACL 損傷患者の前方、後方からのサイドステップ時の動作を解析 し、その動作中の膝屈曲角度と膝負荷、さらに toe out angle (Fig.1) を健常者と比較することにより、 ACL 不全患者においてどのような特徴的動作が見られているかを検討した。靭帯損傷患者の動 作中の特徴を明らかにすることで、損傷後のリハビリやスポーツ復帰においてどのような点に注意 すれば良いか、いかにしてパフォーマンスを保つことができるかを知ることが可能となると考えられ る。 対象及び方法 ACL 損傷患者 16 名(年齢 17 歳~35 歳、平均 23.9 歳)を対象とした。受傷からの期間は 3~55 ヶ 月、平均 10.9 ヶ月であり、全例、徒手検査と MRI にて診断し、疼痛腫脹の強いものは除外した。半 月板損傷は Grade2(MINK 分類)までとした。Lysholm スコアは 70~95 点平均 82.6 点であった。 健常者は膝に愁訴のない 24 名(年齢 18 歳から 35 歳、平均 21.6 歳)を対照群とした。 被験者の腸骨稜、大腿骨大転子、膝関節外側関節裂隙、足関節外果、踵骨外側部、第 5 中足骨 の 6 ヶ所に反射マーカーを貼り、前方・後方よりサイドステップ(Fig.2)を行い、動作解析装置 (Qualysis 社製カメラ 3 台)を用いて 120Hzで計測した。前方および後方へのサイドステップでは共 に助走を 2 歩に統一し、3 歩目に踏み切る足と逆側に 90 度のサイドステップを行うものとした。また、 踏み切る時にかかる床反力を Bertec 社製床反力計 1 台で測定し、膝関節屈曲角度および膝関節 に加わる力を Inverse Dynamics 法を用いて算出した。膝屈曲角度変化、脛骨にかかる力の前後方 向と垂直方向の成分、膝屈曲モーメント、踏切におけるつま先の向き(toe-out angle)をACL不全 膝と健常膝で比較した。統計学的検討には Unpaired T test を用い、有意水準はα=0.05 とした。 結果
1.膝屈曲角度
前方カット時に ACL 損傷群で健常群に比べて全 Phase にわたり屈曲角度が減少する傾向を示し、 20~90%Stance では、ACL で有意に減少していた(Figure3)。後方カット時では ACL 損傷群は健 常群に比べて、全 Phase にわたり屈曲角度が減少する傾向を示し、立脚期では有意差はなかった が、離床後に有意差を認めた(Figure3)。 2. 脛骨にかかる垂直方向の力 前方カット時に立脚期中期に健常群と ACL 損傷群に差はなかった(Figure4)。後方カット時にも立 脚期中期に健常群と ACL 損傷群に差はなかった(Figure4)。 3. 脛骨にかかる前後方向の力 前方カット時には立脚期中期に ACL 損傷群で健常群に比べて有意に減少していた(Figure5)。後 方カット時では ACL 損傷群が健常群に比べて減少する傾向を示した(Figure5)。 4.膝屈曲モーメント 前方カット時には健常群に比べて、ACL 損傷群で立脚期中期に有意に減少していた(Figure6)。 後方カット時では健常群に比べて、ACL 損傷群で立脚期中期に減少する傾向を示した (Figure6)。
5.Toe out angle
前方カット時には、立脚期初期に、toe out angle に有意な差が見られた(Figure7左)。すなわち ACL 損傷群では健常群に比べ、踏み切る際により toe out となっていた。後方カット時には健常群 と ACL 損傷群に有意な差は見られなかった(Figure8左)。 6. 膝にかかる内旋モーメント 前方カット時に健常群と ACL 損傷群に有意な差はなかったが、後方カット時には、立脚期初期に 健常群と ACL 損傷群に有意な差が見られた(Figure7右、Figure8 右)。 考察 ACL 損傷膝は膝屈曲角度変化については前方カット、後方カット共にパターンに健常群と差が なかった。また、前方カットでは ACL 損傷群が、立脚期のほとんどの Phase で膝をより伸展して運 動していることが明らかとなった。前方カットでは膝屈曲角度に加え、脛骨にかかる前後方向の力、 膝屈曲モーメントがいずれも減少していたことから、ACL 損傷患者は膝を伸展して接地する事によ り、膝にかかる負荷を調節しようとする代償的な運動を行っている可能性が示唆された。一方、後 方カットでも、膝屈曲角度は ACL 損傷群で減少傾向を示し、遊脚期では有意に膝を伸展していた。 これは前方カットと同様、動作中により膝を伸展して、膝負荷を調節しようとしていた結果と考えら れる。膝を伸展して着地することは、大腿骨と脛骨のコンタクトエリアを増加させ、より膝を安定化さ せる作用があると考えられる。加えて膝を屈曲しない事により、大腿四頭筋にかかる負荷を減じる こと、脛骨をより地面に対し垂直に保つ事で、膝にかかる前後方向の床反力を減じようとしている、 などのメカニズムも考えられる。
Toe out angle について、前方カット、後方カットを比較すると、健常者も含めて明らかに、後方カッ トで大きかった。これは、後方カットは後ろに向かう力を横向きに変えなくてはならないため、つま さきを外旋位で接地することにより、後方へ行く力を受け止めていたと考えられる。後方カットの2 群の比較に関しては、2群とも toe out angle が大きかったために有意な差が出なかったと考えられ る。
ACL は脛骨の内旋により緊張し、外旋することにより緩む。前方カットでは、ACL 損傷患者は脛 骨が内旋するのが怖いために、より外旋位で接地すると考えられる。この、代償的なメカニズムは、 今本ら 6)からも同じような結果が出ている。後方カットにおいては、膝にかかる内旋モーメントを toe
out angle によってコントロールすることができないので、立脚期初期に、健常郡では脛骨が外旋し、 ACL群では脛骨が内旋する。後方カットでは、膝にかかる内旋モーメントを、toe out angleによって 制御することができないことから、後方カットを反映する動作(コンタクトスポーツにおける相手に添 って移動するような動作)は ACL 損傷によって、強く影響を受けると考えられる。
本研究では健常者で ACL 不全群より膝屈曲モーメントが大きかった。Houck ら5)によると、ACL
患者は活動性の高い High function 群では cross leg cut 中の膝屈曲モーメントが大きく、低い Low function 群では膝屈曲モーメントが小さいという結果を示している。膝屈曲モーメントは大腿四頭筋 機能の指標となるが、サイドカット中は通常歩行時の 3~4 倍のモーメントがかかり 1)3)、モーメント の差は筋力の差をより大きく反映している可能性がある。今後、屈曲モーメントとパフォーマンスの 関係や、筋力と屈曲モーメントの関係を検討することは有意義であると考えられる。 なお今回の検討はすべて矢状面の検討にとどまったが、ACL 不全膝においては下腿の回旋が重 要であると指摘されている 6)9)。今本ら 6)は、ACL 損傷患者はブロードジャンプの着地時に膝を内 旋させ、外側ハムストリングスをより活動させていると報告している。今後回旋および筋活動につい ての検討も行う予定である。 結語 1.動作解析装置にて、ACL損傷患者 16 名と健常者 24 名の前方カットと後方カットを計測し、膝屈 曲角度および脛骨にかかる力を算出した。 2.膝屈曲角度と脛骨にかかる前後方向の外力は、前方カット、後方カット共に健常群に比べて ACL 損傷群で減少もしくは減少する傾向を示した。このことから、ACL 損傷患者は運動時に膝をよ り伸展し、代償的に動くことによって、膝への力学的負荷を軽減していると考えられた。 3.前方カットにおいては、接地の際に、膝にかかる内旋モーメントをへらすために、つま先を外側 に向けて接地する。後方カットにおいては、toe out angle を制御することができないので、ACL 損 傷患者では、立脚期初期に脛骨が内旋し、健常者では脛骨が外旋する。このことから、ACL損傷 患者は、後方カット時においてより特徴的な動作をすることが示唆された。 4.ACL 損傷患者ではスポーツ動作中の膝屈曲モーメント(大腿四頭筋モーメント)の低下を認め た。患者におけるパフォーマンスには、動作中の大腿四頭筋活動が重要な指標となること考えら れた。 謝辞 稿を終えるにあたり、研究に協力いただいた慶應義塾大学医学部博士課程鈴木亨君、同医学部 5 年宇田川和彦君、橘田祐樹君に感謝いたします。また、本研究を助成いただきましたミズノスポー ツ振興会に深謝いたします。
文献
1) Andriacchi T.P., Birac D.: Functional testing in the anterior cruciate ligament-deficient knee. Clin Orthop. 40–47: 288 , 1993.
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9) Zhang LQ, Shiavi RG, et al.: Six degrees-of-freedom kinematics of ACL deficient knees during locomotion-compensatory mechanism. Gait Posture 17(1): 34-42, 2003.
A-P Direction
Toe out angle
Figure 1 Toe out angle
A-P Direction
Toe out angle
A-P Direction
Toe out angle
Figure 1 Toe out angle
Figure 2 反射マーカーの位置およびサイドステップの動き Figure 2 反射マーカーの位置およびサイドステップの動き
0 100 ( (( (Deg.)))) 0 100 ( (( (Deg.))))
(%%%%Stance Phase) (%%%Stance Phase)%
Forward Cut Backward Cut
Figure3 Comparison of knee flexion angles during forward cut (left)and backward cut (right). Deg.=degree *P<0.05 ACL Normal 10 20 30 40 50 0 60 * * ** * * * * 10 20 30 40 50 0 60 * * * * 0 100 ( (( (Deg.)))) 0 100 ( (( (Deg.))))
(%%%%Stance Phase) (%%%Stance Phase)%
Forward Cut Backward Cut
Figure3 Comparison of knee flexion angles during forward cut (left)and backward cut (right). Deg.=degree *P<0.05 ACL Normal 10 20 30 40 50 0 60 10 20 30 40 50 0 60 * * ** * * * * 10 20 30 40 50 0 60 10 20 30 40 50 0 60 * * * * (%%%BW)% 20 40 60 80 100 0 (%%%%Stance Phase) 0 100 (%%%%BW) 0 (%%%%Stance Phase)
Forward Cut Backward Cut
Figure4 Comparison of inter-segmental vertical forces during forward cut (left)and backward cut (right). %BW=%body weight *P<0.05
ACL Normal * * * ** * * NP 20 40 60 80 100 0 100 (%%%BW)% 20 40 60 80 100 0 20 40 60 80 100 0 (%%%%Stance Phase) 0 100 (%%%%BW) 0 (%%%%Stance Phase)
Forward Cut Backward Cut
Figure4 Comparison of inter-segmental vertical forces during forward cut (left)and backward cut (right). %BW=%body weight *P<0.05
ACL Normal * * * ** * * NP 20 40 60 80 100 0 20 40 60 80 100 0 100
(%%%BW)% 50 0 -50 -100 -150 -200 -250 (%%%%BW) (%%%%Stance Phase) 0 100 (%%%%Stance Phase) 0 100
Forward Cut Backward Cut
ACL Normal 50 0 -50 -100 -150 -200 -250 NP NP
Figure5 Comparison of inter-segmental posterior forces during forward cut (left)and backward cut (right). %BW=%body weight
(%%%BW)% 50 0 -50 -100 -150 -200 -250 (%%%%BW) (%%%%Stance Phase) 0 100 (%%%%Stance Phase) 0 100
Forward Cut Backward Cut
ACL Normal 50 0 -50 -100 -150 -200 -250 NP NP
Figure5 Comparison of inter-segmental posterior forces during forward cut (left)and backward cut (right). %BW=%body weight
0 2 4 -2 6 8 10 (%%%Stance Phase)% 0 100 (%%%Stance Phase)% 0 100
Forward Cut Backward Cut
(%%%%BW***Htttt)* (%%%BW*% ***Htttt)
Figure6 Comparison of inter-segmental knee flexion moments during forward cut (left)and backward cut (right). %BW*Ht=%body weight*hight *P<0.05 ACL Normal -4 14 12 0 2 4 -2 6 8 10 -4 14 12 * ** ** * * * NP 0 2 4 -2 6 8 10 (%%%Stance Phase)% 0 100 (%%%Stance Phase)% 0 100
Forward Cut Backward Cut
(%%%%BW***Htttt)* (%%%BW*% ***Htttt)
Figure6 Comparison of inter-segmental knee flexion moments during forward cut (left)and backward cut (right). %BW*Ht=%body weight*hight *P<0.05 ACL Normal -4 14 12 0 2 4 -2 6 8 10 -4 14 12 * ** ** * * * NP
( (( (Deg.)))) 40 30 20 10 0 -10 (%%%Stance Phase)% 0 100 * ** * * *
Toe out angle Knee inter-segmental rotation moment
2.5 2 1.5 1 0.5 0 -0.5 ACL Normal (%%%%BW****Htttt) Int./Ext. (%%%%Stance Phase) 0 100 P<0.05 *
Figure7 Comparison of toe out angle and knee inter-segment rotation moment during forward cut. %BW*Ht=%body weight*hight *P<0.05
( (( (Deg.)))) 40 30 20 10 0 -10 (%%%Stance Phase)% 0 100 * ** * * *
Toe out angle Knee inter-segmental rotation moment
2.5 2 1.5 1 0.5 0 -0.5 ACL Normal ACL Normal (%%%%BW****Htttt) Int./Ext. (%%%%BW****Htttt) Int./Ext. (%%%%Stance Phase) 0 100 P<0.05 *
Figure7 Comparison of toe out angle and knee inter-segment rotation moment during forward cut. %BW*Ht=%body weight*hight *P<0.05
50 40 30 20 10 0 (%%%%Stance Phase) 0 100
Toe out angle (
(( (Deg.))))
Knee inter-segmental rotation moment 2.5 2 1.5 1 0.5 0 -0.5 (%%%Stance Phase)% 0 100 (%%%%BW***Htttt)* Int./Ext. ACL Normal
Figure8 Comparison of toe out angle and knee inter-segment rotation moment during backward cut. %BW*Ht=%body weight*hight *P<0.05 50 40 30 20 10 0 (%%%%Stance Phase) 0 100
Toe out angle (
(( (Deg.))))
Knee inter-segmental rotation moment 2.5 2 1.5 1 0.5 0 -0.5 (%%%Stance Phase)% 0 100 (%%%%BW***Htttt)* Int./Ext. (%%%%BW***Htttt)* Int./Ext. ACL Normal ACL Normal
Figure8 Comparison of toe out angle and knee inter-segment rotation moment during backward cut. %BW*Ht=%body weight*hight *P<0.05