194 シンポジウム 論 考 投稿原稿 会務報告 大会報告 ソナル・ファイナンスが正規科目として設置されてい ないために,その内容が教えられていないこと,②高 校でも,マクロ的な金融制度や金融政策は教えられて はいるが,ミクロ的なパーソナル・ファイナンスに関 しては,家庭科で若干取り扱われているだけであるた めに,日本の高校生や大学生は金融に関する知識が乏 しいこと─の 2 点が挙げられ,結果として,金融に 関する経済リテラシーを高めるための教育が喫緊の課 題であることが報告された。 第 2 報告は,北海道教育大学旭川校の佐々木謙一会 員による「フィリピン・スタディーツアーと経済教 育」であった。佐々木会員は,この報告時点(2012 年 9 月)では,北海道教育大学旭川校へ転任していた が,報告内容であるフィリピン・スタディーツアーを 実施した時は,大阪商業大学総合経営学部公共経営学 科の教員であった。 本報告は,2010 年と 2011 年の 2 回にわたり実施し た,ゼミ生中心のスタディーツアーにおける経済教育 の有効性と課題について,参加者の感想文等に基づい て検証したものである。事前学習として,航空券価格 や為替レートの変動を扱うことや,現地における貧困 地域での聞き取り調査や市場視察をすることで,経済 学の知識を体験できる機会(学習意欲の向上)を提供 できたとする一方で,参加者の間で,学生生活や人と の関わりを見つめなおす機会(他者理解力の向上)も 提供できた。その結果,スタディーツアーの持つ教育 力は非常に高いことが明らかになったが,しかし同時 に,その教育効果の持続性は,参加者間で異なること も明らかになったと報告された。 (文責:山岡道男,淺野忠克) 第 3 分科会 第 3 分科会は「中学校・高等学校における経済教 育」のテーマで 3 本の報告があった。 第 1 報告は,箕輪京四郎会員による「国際通貨制度 の歩みを高校生に教える」の報告である。箕輪会員は, 国際通貨の歩みを高校生に実感をもって教えるための 3 つの提言をされた。1 つは,実感をもって興味を深 めるために金貨の写真や,金本位制が導入された当時 の新聞記事などを生徒に提示する,2 つ目は,金本位 制のもとでの金平価の意味と計算を,日米を事例に実 際に計算させる,3 つ目は,様々なデータを用いて作 成されたグラフをもとに金本位制度とその崩壊,第 2 次世界大戦後のブレトンウッズ体制時代の変化などを 理解させることである。これらの工夫をとおして国際 通貨をしっかり理解させ,マネーをコントロールでき なくなってきている世界経済の現状を認識させたいと まとめられた。報告後,配当時間はどのくらいなのか, データの出所はどこか,また先生が作成されたグラフ を生徒自身がつくるような学習指導は考えないかなど の質問が出され,このようなテーマの場合は生徒が理 解できるまで時間をかけたい,データは日銀統計など からとった,グラフはエクセルで加工したが生徒がで きる環境ならそれにこしたことはない,という回答が あった。すでに現場を離れている先生であるが,リア ルな経済を生徒に理解させたいという情熱がにじみ出 た報告であった。 第 2 報告は,高橋勝也会員による「中高生を経済好 きにさせる授業実践」の報告である。高橋会員は,中 高一貫の勤務校で中学 3 年生向けの公民の授業での実 践をもとにして,授業の開始時のアンケートでは経済 が好きという生徒はわずか 1 名でスタートした経済の 授業を討論やシミュレーションを通して経済好きにし てゆく 2 つの授業例を介された。その 1 つは,国民の 半分が年収 900 万円と残りの半分が 100 万円の A 国と, 半分が 400 万円,のこりの半分も 400 万円の B 国とど ちらを選ぶかと言う問いかけから始まる授業である。 受験で勝ち抜いてきた生徒は A 国を良しとする生徒 が多いが,討論のなかで揺さぶることで経世済民が経 済であることを納得させる興味深い事例であった。も う 1 つは,川の用水整備の費用をだすかださないかと いう囚人のディレンマを下敷きにしたシミュレーショ ンゲームで,そのなかで経済における競争や対立と合 意,効率と公正を考えさせる授業実践である。これを 通して生徒は,利己的個人の行動をいかに社会全体の 利益に調和をさせるかに気づき,政府などの第三者が 調整の役割を果たすことにも気づくようになった事例 を紹介された。質疑では,試験問題はどうするか,第 2 の事例での農村の設定は無理ではないか,共有地の ような事例がよいのではないか,しっぺ返し戦略など も視野にいれた振り返りはできなかったかなどの質問 がだされた。それに対して,テストはこの授業ではや らない,モデルの背景に関しては環境問題を最初に扱 うことに新指導要領ではなっているので検討したいと の回答があった。経世済民の思想,概念を生徒に理解 させたい,学習指導要領にも反映させたいという報告 者の熱い思いが感じられる報告であった。 第 3 報告は,河原和之会員の「対話と討論による経 済学習」である。河原報告では,授業において生徒と The Japan Society for Economic Education
195 生徒,生徒と教師の対話を成立させるための授業事例 が 3 つ紹介された。1 つは,プールは欲望なのか必要 なのかという問いかけから経済的な見方を培うという 実践例である。ここから財政の問題に発展させ,財政 がした方が良いサービスをあげさせ,それを生徒同士 の討論やクイズで絞り込んでゆくと言う授業である。 2 つ目は,マンダラとマトリックスを使った少子高齢 化対策の授業である。マンダラとは,ブレストをさせ たものをマンダラ式に最低 8 つ書かせるやり方である。 そこででてきたものを 2 つの価値軸によって作られた 4 つの立場に分けさせ,グループで少子化対策の提案 をさせる。それを踏まえて定期考査のなかで,その対 策の問題点を根拠と共に書かせると言う授業である。 3 つ目は,消費税アップと TPP の是非を問うという授 業実践である。KJ 法で作成させた作品をプレゼンし た後で,様々な立場に割り振ってグループで意見を書 かせ,それをさらに個人ではどうなのかを問いただす と言う重層的に仕掛けられた授業である。この授業で は,生徒が政党に手紙を出すまでの指導を行い,授業 の結果を社会的に確認し発信した実践である。質疑で は,全体のバランスと時間配分はどのくらいか,定型 的に考える方法を教えるような授業は構想しないか, 宿題などは出すかなどが出された。それに対して,中 学校ではきっちり知識を与える部分も確保して,思考 方法を育てる授業と,ゲーム的なもの,討論をバラン スよく配置するようにしている,課外の宿題なしに毎 回驚きや発見をもとに授業に引き入れるようにしてい るとの回答があった。追究したい,一言言いたい,早 く知りたいという「3 たい」を実現させるすぐれた実 践家の報告であった。 今回の 3 本の報告は,大会テーマの「経済教育の新 しい地平」を教室における授業から作ってゆこうとす る試みの提示であり,参加者に強いインパクトを与え たものであったと言えよう。 (文責:新井明,あんびるえつこ) 第 4 分科会 第 4 分科会のテーマは「キャリア教育」である。座 長は泉美智子(鳥取環境大学)と加納正雄(滋賀大 学)が務めた。3 件の報告が行われたが,いずれも 30 分の報告と 10 分の質疑応答を行った。 第 1 報告は田中淳会員(東京都立産業技術高等専門 学校)の「就職力育成を目指した科目の授業設計」で ある。内容は,「キャリアデザイン」の授業実践につ いての報告である。 報告後の質疑応答に関しては以下のとおりである。 教育効果をどのように測るか,という質問に対して は,自己 PR の文章,キャリア理論の筆記テストなど で測る。成績は,これらと出席率で評価する,という ことであった。 就職に関して学校推薦の基準は何か,という質問に 対しては,第 1 希望から第 3 希望まで書かせる。成績 順に 1 人 1 社推薦する,ということであった。 第 2 報告は横田数弘会員(富山高等専門学校)の 「学生の企業研究発表を中心に位置づけた経営学の授 業実践」である。内容は,「経営学概論」の授業実践 についての報告である。この実践の成果と問題点が報 告された。 報告後の質疑応答に関しては以下のとおりである。 グループ分けはどのようにしたか,という質問に対 しては,グループ分けは生徒に任せたということで あった。 商業高校の教員から,経営アドミニストレーション やマネージメントが重要だと考えている,という発言 があった。 女子の割合はどうなっているか,という質問に対し ては,国際ビジネス科の場合,40 人中の 4-5 人が男子 である,ということであった。 富山大学への編入が多いということだが,富山大学 との関係は何か,という質問に対しては,関係がある わけではない。他の国立大学への編入(転入)もある, ということであった。 第 3 報告は中嶌剛会員(千葉経済大学)の「女性公 務員の継続就業意思の決定要因」である。内容は, 2011 年に行った「若手公務員の就業意識調査」から わかったことの報告である。入職時のどのような要因 がキャリア形成にどんな影響を与えているかという観 点から,女性の地方公務員の場合,入職時の状況が固 定化しがちな職業はリスクが高いということが報告さ れた。 報告後の質疑応答に関しては以下のとおりである。 男性公務員の入職前の就業継続意思が,女性よりも 低いのはなぜか,という質問に対しては,理由はわか らないということであった。 女性の地方公務員の場合,入職時の状況が固定化し がちな職業はリスクが高いという場合の,リスクとは 何か,という質問に対しては,継続の障害や離職のこ とであるが,リスクという言葉は言い過ぎかもしれな い,ということであった。
The Japan Society for Economic Education