要旨 本稿は,①お金とは何か,②お金は,いつごろ,どのように生まれ,どう変わってきたか,③お金は,ど ういう働きをしているか,プラス面とマイナス面を高校生に教えようとする教案である。 「経済」を暗記科目でなく,生徒の心に響き,社会観・世界観を広げ,豊かにするような科目に改造する 一助になれば,と願う。 キーワード:マネタリーベース,マネーストック,信用創造,マネー暴走,地域通貨
Ⅰ.本論に入る前に(授業・教材研究の姿
勢)
1.授業の姿勢…生徒に寄り添うことを目指す 私は現役のとき,生徒と教師の間のフィードバック とシェアを心がけた。生徒は教師からも,級友からも 学び,また教師も生徒から学ぶ。そこで,授業の感 想・批判・希望・質問(公表 OK のもの)を各学期 1 〜 2 回,記名で書かせ,それを記名のまま編集したプ リントを配り,10 分ほど話し合った。生徒に問題を 投げかけ,席の近い者どうし 1 分ほど話し合った後, 挙手させたり,答えさせたりもした。 テストの答案を返す時間も,貴重な授業だった。最 高点の生徒の答案か,各問ごとに,最良の答えを書い た生徒のものを貼りつけ,それをコピーして渡す。生 徒は自分の答案と比べ,隣と話し合う。最後に私が説 明した。それでも質問があれば,全員に聞こえるよう に質問させ,それへの回答も全員に聞かせた。文の構 成や句読点の誤りなども減点した。 こういう姿勢は,佐藤学『学校の挑戦 学びの共同 体を創る』(小学館,2006 年),大瀬敏昭『学校を創 る』(小学館,2000 年)から学んだ。その前に,国分 一太郎『君 ひとの子の師であれば』(新評論,初版 1956 年,新版 1983 年),吉野源三郎『君たちはどう生 きるか』(岩波文庫,1999 年),無着成恭『山びこ学 校』(岩波文庫,1995 年)などの影響も受けていた。 また最近,木原雅子『あの学校が生まれ変わった驚き の授業』(ミネルヴァ書房,2017 年)にも出会った。 2.教材研究の姿勢…リアリズム 経済を教えるためには当然,経済の勉強をする。ま ずは教科書を,実態・推移・原因・背景が書かれてい るかチェックしながら精読し,ノートをつくり,次の 3 つの情報源から教材を探した。①現場・現物を見る。 電話取材もした。②新聞記事を探す。自分の切り抜き のほか縮刷版も。今は聞蔵・日経テレコンでの検索も 併用する。③統計を探す(最新統計を教科書に追記さ せる)。新聞記事も統計も精選・編集する。そのヴィ ジョンを磨くべく本を読み,講演を聞いた。 教員になったのが 20 歳。生徒の質問に答えられず, 見学に乗り出し,学びながら教え,教えながら学んだ。Ⅱ.現金
1.日銀券 さて本論であるが,「お札は日銀の借用書であるか 否か,どちらかに手を挙げて下さい。お札を見てもい いです。まわりの人と相談して。1 分」などと問いか けて授業を始める。おカネを高校生に教える
Economic EducationThe Journal of No.37, September, 2018Teaching high school students about money MINOWA, Kyoshiro 箕輪 京四郎(元横浜商業高校)
そして兌換紙幣のコピーを生徒に配るか,パワーポ イントを映す。「此券引換ニ金貨拾圓相あいわたし渡もうすべく可申 候そうろう也なり」 と書いてある。日銀総裁の印も押してある。つまり金 貨または金の地じ金がねを預かった,という預かり証,借用 書である。日銀がお札を発行すると,発行銀行券とい う負債が増え,金という資産が増える(表 1 の 1 行目, 左右の勘定)。逆に,このお札を持って来た人には, 券面の約束どおり金貨を返す。両勘定が減る。以下, 統計は特記なき限り『日本銀行統計 2017 年』による。 表 1 日銀の貸借対照表(2016 年末) 兆円 (資産) (負債・資本) 金地金 0.4 発行銀行券 102.5 現金 0.2 当座預金 330.2 国債 410.5 政府預金 21.9 貸出金 39.8 資本金 0.0 外国為替 6.8 準備金 3.2 その他とも計 476.5 その他とも計 476.5 註: 資本金は 1 億円,つまり 0.0001 兆円。生徒との話題にし たい。 貸借対照表(Balance Sheet:B/S)は商業高校で なくても教えておきたい。右側(負債・資本)は,ど のように資金を調達したかを示し,左側(資産)は, その資金を,どのような資産に運用したかを示す。調 達した資金は,何らかの資産にして運用するから,左 右の金額は常に balance する。金本位制でない現在は, お札の相手勘定は,金地金はわずかで,ほとんどが国 債や貸出金である(表 1)。 お札は,郵便切手・はがき・収入印紙・官報なども 印刷する独立行政法人・印刷局の小田原や東京・王子 の工場で印刷される。日銀本支店の金庫に運ばれた段 階では,単なる印刷物に過ぎず,日銀が,たとえば 1 万円札に支払うコストは 20 円などと言われている。 これがお札として世に出るのは,市中銀行が,我々が 銀行預金をおろすのと同じように,日銀への当座預金 から引き出したときである。日銀当座預金は,日銀に とっては負債であるから,表 1 では右側にある。その 負債が 1 万円減り,発行銀行券という負債が 1 万円増 える。当座預金という負債が発行銀行券という負債に 置き換わるのである。コスト20円のものを1万円で発 行し,日銀にとっては負債である当座預金が 1 万円減 る か ら, 日 銀 に は 9,980 円 の 通 貨 発 行 益 (Sシ ニ ョ リ ッ ジeignorage:君主の特権)が生じる。 逆に,市中銀行が当面必要でないお札を日銀本支店 に預けると,表 1 の右側で当座預金が増え,発行銀行 券が減る(日銀券の還流)。発行の時とは逆に,発行 銀行券という負債が,当座預金という負債に置き換わ る。 そして傷んだお札は各本支店からリサイクル業者経 由で廃棄したり再生紙に加工し,それ以外は新しいお 札とともに,再び発行される。 なお,お札が還流してくると,発行時に減った日銀 当座預金という債務が再び増え,一度得たシニョリッ ジが帳消しになる。したがってシニョリッジは,発行 額―還流額,つまり発行残高について生じるわけであ る。 日銀は,このほかにも信用創造をしており,これに ついてもシニョリッジが生じる。つまり無利子の日銀 当座預金(2008 年 11 月から超過準備額に 0.1%の利子 がつくことになった,などの変更あり)を創造し,貸 し出したり,債券・株式を買い入れて,利子・配当を 得るわけで,その金利差もシニョリッジを構成する。 信用創造については後に詳しく述べる。 2.コイン 生徒に改めてコインを眺めさせ,日本国という刻印 を確認させる。つまりコインは,日銀でなく国(財務 省)の発行である(日銀は特殊な株式会社であり,国 とは別組織)。独立行政法人・造幣局の大阪市・天満 や,広島市内の工場が製造し,国は製造費を払う。コ インの現物は日銀本支店に運ばれ,日銀は国へ額面金 額を払う。日銀のB/Sは,左側の「現金」が増え,右 側の「政府預金」も増える。政府からの預金を増やす 形で国へ支払うのである。 B/S 左側の「現金」勘定の中身はコインであり,お 札は含まない。勘定名を「コイン」か「硬貨」に改め るべし,と生徒に言う。生徒の賛否を問うのも一興で ある。 奇妙なことに,コインは左側に記帳されるのに,日 銀券は右側に記帳される。我々には両方とも現金であ るが,日銀にとっては,コインは国から買った資産で あり,日銀券は自らが発行した借用書なのである。 コインは,発行は国であるが,実際に世に出るのは, お札と同じく,日銀からである。市中銀行が日銀当座 預金から引き出すのである。B/S は,資産の現金が減 り,負債の当座預金も減る(表 1 の 2 行目,右と左)。 逆に,市中銀行が当面必要ないコインを日銀本支店 に返すと,日銀のB/Sは,負債の「当座預金」が増え, 資産の「現金」が増える。コインの還流である。 還流してきたコインのうち,古いもの,破損したも のは国(財務省)に額面で返す。日銀B/Sは,借方の
「現金」が減り,貸方の政府預金も減る。現物は日銀 のいくつかの支店ごとに集められ,造幣局へ行き,金 属の合成はそのまま,新しいコインに鋳造される。
Ⅲ.マネタリーベースとマネーストック
1.マネタリーベース(MonetaryBase) 日銀が供給するお金には,上記の現金(お札とコイ ン)のほかに,下表のとおり日銀当座預金がある。こ れらをまとめてマネタリーベース(またはベースマ ネー)という。お金全体の土台・基礎である。その内 訳と推移を 2015 年末〜 2016 年末で見てみよう。なお, マネタリーというのはマネーの形容詞である。 表 2 マネタリーベースの内訳 兆円 2015 年末 2016年中の純増 2016年末 日銀券発行高 98.43 4.03 102.46 コイン流通高 4.69 0.05 4.74 日銀当座預金 253.01 77.21 330.23 マネタリーベース 計 356.13 81.30 437.43 まず日銀券は 2016 年中の発行が還流より 4.03 兆円 多く,2016 年末の発行残高は 102.46 兆円になった。 これは表 1 の発行銀行券である。 コインは,2015 年末までに 4.69 兆円が日銀から出 て市中に流通しており,翌年中の払い出しが受け入れ より 0.05 兆円多く,それを加えて 2016 年末の流通高 は 4.74 兆円になった。なお日銀 B/S(表 1)の現金は, 日銀の保有分であって,日銀から出て市中に流通して いるものではない。 日銀当座預金は,我々や企業が市中銀行に預けるよ うに,市中銀行が日銀に預ける預金であり,いつでも お札やコインを引き出せる,いわば潜在日銀券・潜在 コインである。この金額は昔は日銀券の数%〜 1 割前 後であったが,2013 年から発行銀行券より多くなっ た。異常であるが,理由は後に述べる(図 1 の解説)。 2.マネーストック(MoneyStock) 上記お金の土台(表 3 のマネタリーベース)と,そ の土台の上に金融部門が経済全体に供給するお金との 合計をマネーストックという。ただし金融機関(中央 銀行を含む)と中央政府が所有するものを除く。した がって,マネタリーベースに含まれる日銀当座預金は 除き,また表 3 で網掛けした現金通貨 97.3 兆円が,そ の左の,お札 102.5 兆円+コイン 4.7 兆円より少ないの は,その差額を金融機関・中央政府が持っているから である。 註:M2= M3-(ゆうちょ銀行・農漁協などの預金) マネーストックの定義には,M1,M2,M3のほかに,金銭 の信託・投資信託・各種債券を含む広義のものもある。 表 3 マネタリーベースとマネーストック 2016 年末 兆円 (マネーストック) CD(譲渡性預金) 29.8 準通貨(定期性預金) 559.8 (マネタリーベース) 預金通貨(普通・当座) 606.0 日銀券発行高 102.5 現金通貨 (日銀券とコイン) 97.3 コイン流通高 4.7 日銀当座預金 330.2 合計(M3) 1,292.8 合計 437.4 M1 お金とは何か,と問われれば,「お札とコイン」と 答えるのが普通であるが,表 3 を見ると,その現金通 貨は,あまりにも少ない。マネーストックの 8%以下 である。改めて考えてみると,われわれの生活の中で 現金を使っていることが,昔に比べて意外に少ない。 現金に対して,預金通貨が 6 倍以上であることにも驚 く。 また普通預金・当座預金がなぜ通貨なのか。それは 預金ではあるが,その預金を振り替えて支払いにあて ることができるからである。預金の姿をした通貨なの である。それとの対比で,現金と呼べばよいものを現 金通貨なんて呼んでいることも理解できる。 定期預金の金額も大きい。それが通貨に準ずるもの としてマネーストックに含まれているのは,期間中で も定期預金の金利を諦めればおろせるからである。 もう一つ,CD というのがある。預金は,預金者本 人でなければおろせないのであるが,大口預金で,他 者に譲渡し,譲渡された人がおろせるものが 1979 年 に新設された。Negotiable Certificate of Deposit とい う。Negotiate を辞書で引かせるのもよい。 現金通貨は目に見え,持つことができるが,それ以 外の通貨は見えないし,持てない。それがお金の 92%に及ぶ。お金の歴史は後に述べるが,見えないお 金のうち預金通貨が大きな働きをしている。同時に, 大きな弊害も生んでいるが,これについてはⅥ(マ ネー暴走)で述べる。 預金通貨の第 1 の働きは決済システムでの働きであ る。たとえば 1990 年ぐらいまで,横浜市立高校の教 員は,給料は現金が給料袋に入っていた。だから給料日に飲んで帰るのは禁物であった。学校の男子職員が 女子職員に付き添って市役所から現金を運び,事務職 員全員で教員ごとに,小銭まで袋に入れたのである。 生徒も,月謝を月謝袋に入れて学校に持って来た。と きどき盗難や紛失があった。今は給料も月謝も,銀行 の預金勘定で受け払いをするから,現金通貨にまつわ る搬送・保管のコストや紛失・盗難のリスクが無い。 こうした給与・年金・税金・月謝,企業や個人間の 無数の送金,株や国債,外国との取引なども,日銀当 座預金を通じて効率的に決済されている。その素晴ら しさを生徒に実感させる説明を工夫したい。表 4 があ るが,かなり総括的である。 コール取引 48 国債決済 56 大口内国為替取引 9 外国為替円取引 16 手形交換 1 その他とも計 137 6.7 万件 表 4 日銀当座預金決済 兆円 出所:日銀『決済動向』 註:2016 年,1 営業日平均! 預金通貨の第 2 の働きは次章の信用創造において見 られる。
Ⅳ.信用創造
日銀が供給するマネタリーベースを土台にして,民 間金融機関は経済全体にお金を供給する。それが表 3 のマネーストックであり,そのマネーストックを供給 する仕組みが信用創造(預金創造ともいう)である。 まず市中銀行に現金通貨が 100 預金されたとする (表 5 の A)。預金者が預金を引き出しに来た時のため 10%は準備金として取っておき,銀行は 100 のうち 90 を貸し出す(表 5 の B)─という形で,普通の教科 書は説明を始める。 ところが実際は,100 全額を金庫に入れて,(最高) 900 まで貸し出す。お札はないけれど,そのおカネを 作っちゃうのである。見えないおカネ,預金通貨なら 作れる。銀行は,借方に貸出,貸方に普通預金(また は当座預金)と記帳する(表 5 の C または D)だけで ある。つまり借入企業の預金を増やしてやる形をとる。 教科書の説明は,現金通貨を渡す貸出であるが,そ ういう貸出は,いまは稀であろう。 表 5 信用創造の仕組み A B 現金 100 預金 100 現金 100 預金 100 貸出 90 現金 90 C D(C を整理) 現金 100 預金 100 現金 100 預金 1,000 貸出 900 預金 900 貸出 900 表 5 については,次の 2 点を納得させながら説明す る。①貸出 900 というのは,多数の企業・個人への貸 出であること。1 人や 2 人であれば,その人が借入れ たときに現金で,即時に,全額を引き出してしまうか もしれない。大勢への貸出であれば,即時・全額が引 き出される可能性はないし,預金を引き出すにしても, 現金でなく,小切手を振り出したり,預金口座からの 送金も多い。②各銀行は,経験による適正な支払準備 率を割らない範囲で信用創造をする。この例では, 900 を超える信用創造はしない。 さらに,上記の例示で済まさず,統計や新聞記事を 使ってリアルな説明をしたい。いろいろな案がある。 まず第 1 案。国内銀行の B/S(表 6)を見る。これ は都市銀行(みずほ,三菱東京 UFJ,三井住友,り そな,埼玉りそな),地方銀行,地方銀行Ⅱ,信託銀 行の銀行勘定,その他(新生,あおぞら,ソニーな ど)を合計したものである。 表 6 国内銀行の貸借対照表 2016 年末 兆円 (資産) (負債・資本) 現金 8 預金 735 預け金 198 うち当座預金 53 コールローン 8 うち普通預金 394 有価証券 212 うち定期預金 248 うち国債 81 コールマネー 12 貸出金 492 借用金 52 有形固定資産 7 うち日銀借入金 35 純資産 52 うち資本金 11 その他とも計 1,079 その他とも計 1,079 創造分を含めた預金総額 735 兆円に対して,支払準 備金1)は,上表の薄い網掛け部分 8 + 198 + 8 の 214 兆円(厳密には現金のうち小切手・手形 0.7 兆円は除 く)である。表 5 の D では貸方の預金 1,000 に対して 借方の現金 100,つまり 10%であったが,表 6 では 29%である。この比率は年によって違う。たとえば 1996 年末は 11%であり,表 5 の仮説例に近い。その預金 735 兆円に対して 492 兆円しか貸し出され ていないが,有価証券も一種の信用供与であり,これ を加えると 704 兆円になる。両金額が近いことも表 5 の D の仮説例に近い。 信用創造の説明をリアルにする第 2 案。『日本銀行 統計』からの統計表のコピーを生徒に配り,図 1 のよ うなグラフを描かせる。マネーストックをマネタリー ベースで割ったものが信用乗数(点の折れ線)であり, かつては 10 倍前後の信用創造をしていたが,バブル が破裂してからは信用乗数が下がり続け,いざなぎ景 気超えで反転し,リーマン・ショックで再び下がり, 今は 2.4 倍に落ちた。 マネタリーベース(一番下の折れ線)をたどると, 2005 年ごろから景気が好転したので日銀マネーの供 給を抑え始めたが,リーマン・ショックで世界金融危 機になり,再び金融を緩め(折れ線の上昇),さらに 2013 年からはアベノミクスで異常な緩和をした(日 銀当座預金の急増)。にもかかわらず信用創造は低調 で,マネーストックは相応には伸びていない。 第 3 案。関連の新聞記事は多くないが,聞蔵や日経 テレコンなどで検索し,たとえば「日銀マネー,中小 に届かず」(2009.4.6 日経新聞)などが使える。 なお日銀がマネタリーベースを供給してシニョリッ ジを得ているように,国内銀行も,一般の企業や個人 には不可能な預金創造によりマネーストックを供給で きるから,やはりシニョリッジ(貸出金利―預金金 利)を得ているわけである。
Ⅴ.おカネの発生と進化
貨幣が生まれたのは,ごく最近のことである(表 7 の網掛け時期)。 表 7 貨幣の発生と進化 年前から 自給自足経済 人類最初の経済 20 万年 交 換 経 済 物々交換経済 求め合う品質も,品種さえ なかなか一致しない 異文化を知り,世界が広がる 売り≡買い 2 万年 貨 幣 経 済 物品貨幣 貨幣の姿は物 貨幣であり 商品(米・絹布) 売りと買いの分離… 「売」「買」のコトバ誕生 1 万年 金 属 貨 幣 秤量 貨幣 貨幣の姿は金属(品質を鑑定 し,量をはかる) 砂金・切り銀・豆板銀 3 千年 鋳造 貨幣 貨幣の姿は金属(枚数だけ数 える) 大判・小判・一分金 2 千年 紙幣 貨幣の姿は紙手形・藩札・政府紙幣 ・兌換銀行券・不換紙幣 1 千年 預金通貨 貨幣の姿は無し(記帳のみ)当座・普通 200 地域通貨 貨幣の姿は紙 or 通帳イサカアワー,LETS, WIR 90 電子マネー 貨幣の姿は無し(電子)Suica, Pasmo, WAON 20 仮想通貨? 貨幣の姿は無し(デジタル)ビットコイン,イーサリアム 10市いちが発生・発展する過程で,貨幣が生まれた。生産
註:平残とは年平均残高。
マネーストックの 2003 年までは旧統計(マネーサプライ M2+CD)。
から商業が分かれ,分業が細かくなっていく。 やがて信用取引(現金なしで売買し,後で支払う) が生まれる。 信用取引は,売り掛け(買い掛け)から,借用書や 手形を使うようになる。 両替・金融業が生まれ,利子が生まれる。そうする と,お金は売買だけでなく金融にも使われるようにな る。つまりお金は交換手段だけでなく,蓄蔵手段・増 殖手段として働く。 お金というとわれわれは法定通貨を考えてしまうが, もともと,人が集えばお金は作れるのである。かつて は文具店で手形や借用書の用紙が売られていた。それ は手書きであってもかまわない。「雪下ろし,ありが とうございました。春になったらこの紙をお持ちくだ さい。多少の野菜を差し上げます」と書けば,それは 立派な地域通貨である。 事実,1931 年,ドイツ東南部の鉱山が,労働者の 給料のうち,3 分の 2 を「ヴェーラ」という地域通貨 で払った。経営者は従業員用の店をつくり,生活用品 をヴェーラで売った。周辺の町も関心を示すようにな り,ヴェーラの流通が大幅に増えた。中央銀行は黙視 できず,同年 11 月に禁止した。 こういう話は,河邑厚徳ほか『エンデの遺言』(講 談社,2011 年)などに数多く載っているが,日本で も,1999 年に「エンデの遺言」が NHK で放送されて から,あちこちで地域通貨が生まれた。2001 〜 2010 年現在で休止中のものも含めて 600 件を超す(廣田裕 之『改訂新版 地域通貨入門 持続可能な社会を目指 して』アルテ,2011 年)。しかし思うような成果が上 がらず,やめる例が多い。たとえば横浜市栄区の「イ タッチ」は 2005 年に生まれ,17 年に事務局担当者の 高齢化のため休止したが,機運により姿・形を変えて の再生も考えている。 地域通貨は,もともと温かい気持ち(お礼・お返 し・助け合い)を表現したり,地産地消・コミュニ ティーづくりのために生まれるものであり,消えるこ とはない。人間社会は,本来こういう助け合いの関係 にあるべきものである。身近な例を生徒とともに取材 するのも楽しいと思う。 仮想通貨は,送金手数料の高さなどに対抗して, 2009 年 1 月にビットコインが生まれた。表 7 からも想 像できるように,技術革新により通貨はデジタル化し ていくであろう。世界の銀行・中央銀行・国家も,戸 惑いながら研究を進めている。しかし現状では通貨と いうより,投機商品化し,相場が乱高下し,仮想通貨 業者が次々に問題を起こしている。日本は,資金決済 法を改正して通貨に準ずる扱いにした。しかし金融庁 は姿勢を変え,規制を強めている(朝日「仮想通貨業 者,撤退相次ぐ」2018.5.12)。朝日新聞 2018.1.18 の 「デジタル通貨の行方」で岩井克人氏は「ひょっとし たら貨幣になるかもしれないと考えてきました。しか し,この 1 年で考えが変わりました。もはや,貨幣に なる可能性は極めて小さくなってしまった」と述べて いる。
Ⅵ.マネー暴走
「マネー暴走」というコトバがよく使われる。資本 は,望ましい事業・地域に向かいもするが,利潤第一 という資本主義経済のもとでは,国内・世界を暴れ回 る。信用創造も,過剰になり,弊害を生む。 その例を,新聞の縮刷版や本・雑誌などからコピー して生徒に示す(以下,新聞は朝日)。 ①マネーは,どっと押し寄せ,どっと引き上げるなど して通貨危機を生む─「英,金利 5%引き上げ 異例,日に 2 度改定」「ポンド危機 英に敗北感」 1992.9.17. 「国際投機 国家も揺さぶる 海外資 金へ過剰に依存」1998.3.12. ②政党・政府を歪める─「経団連,政治献金呼びか け 自民との蜜月続く」2016.10.21. ③地域を壊す─「原発選択 後悔の念 双葉町議 ら」「出稼ぎの町だった双葉町にとって金の卵を産 むニワトリだった」2011.3.29. ④政府の規制に抵抗する─「米の金融規制 難航 ルールづくりに遅れ」2012.3.3. ⑤株価を乱高下させる 政府も実態がつかめない─ 「株の超高速取引 1 秒間に 1 千回以上も売買 金融 庁,実態把握狙う」2016.10.20. ⑥国を壊す─「市民はこの実態を知らなくてよいの か」「税金は誰のためのものか」志賀櫻『タック ス・ヘイブン』岩波新書,2013 年。 ⑦途上国の環境と人を壊す─「象牙海岸のカカオ農 園で奴隷にされたマリ出身の若者」ケビン・ベイル ズ『環境破壊と現代奴隷制度』凱風社,2017 年。 「むしばまれる生活の森,ボルネオ・サラワク 熱 帯林乱伐 村民,中止求め提訴 賄賂横行 許可を 乱発」2018.1.29. やや大胆に言えば,マネーの暴走は新航海時代に 始まった。現地住民を奴隷化し,虐殺し,資源を奪い,自然を破壊した。バブルと恐慌を生み,社会主義経済 が崩壊すると,その横暴は,さらに露骨になってきた。 これに対して北欧などの情勢に注目する必要がある と思う。この問題については 2008 年の本誌で南北問 題を論じたときに多少ふれ,また 2011 年の本誌で GDP を論じたときに,シューマッハー『スモール イ ズ ビューティフル』を挙げるなどして多少ふれた。