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角 直
「天草の渚浅海ベントスの生態学
J
菊池泰二編東海大学出版会,
2006年 (5 8 0 0
円)
私が九州大 学天草 臨海実験所に私学派遣研究
員として所属したのは
1993
年の
4
月から翌年の
3
月までの1 年間である. しかし,実際に滞在を開
始したのは東邦大学で
ct
春学期の実習を終えた8
月からであ った.
天草臨海実験所に赴いた目 的は, 当時の所長で
あった菊池泰二先生の指導のもとでの学位論文の
完成のためである . このとき私は東京湾における
イッカククモガニの個体群維持機構に関する約10
年間の現場調査を終えていた. 先生の指導を受け
ると同時に,サンプル処理と論文執筆のための時
間確保を目的としての内地留学であった. 菊池先
生は私の所属するベントス学会の会長でもあり,
この研究分野でもまさに第一人者であった. そし
て本書に登場する先生の門下生は,我が国のベン
トス学の中心的なメンバーとして活躍しており,
ここ で研究活動できる ことは私の 長年 の夢でも
あった.
本書の筆者の多くは私が訪問した時すでに研究
所を去り,博物館や大学で第一線の研究者として
活躍していた. しかし菊池先生を始め,田中雅生
氏 , 野 島 哲 氏,森 敬 介 氏 , 高 田 宜 武 氏 , 西 漬
士郎氏,山平寿智氏は実験所で研究をしており,
先生とともに彼らの研究現場のなかで夜ごと語ら
いながら仕事ができたのは,私の人生において代
え難い時間となった. その意味で本蓄を読むこと
は,私にと ってそのかけがえの ない時間の再現で
もあった .
本書に紹介されている研究のほとんどは実験所
周辺でのベントスの個体群生態学である 実験所
近隣の砂質干潟で、は玉置氏はスナモグリ (後 にハ
ルマンスナモグリと同定),鈴木氏はコメツキガ,
朝倉氏はテナガツノヤドカリの研究成果を,ま
た近隣入り江の泥質干潟で、は,大森氏が微地形と
生物分布との関係,実験所の前の養殖で汚染され
た巴湾では田 中氏がシズ夕方イ,堤氏は巴湾と泥
質干潟双方でのイトゴカイを,さらに巴湾を形成
している曲崎の転石海岸では高 田氏がタ マキピ,
山平氏がアオガイ類の研究成果を紹介している.
さらに研究フィールドは近隣の岩礁海岸にもおよ
び,森氏がクロフジツボ,西j賓氏がヒザラガイを
研究した. 沖合のガラモ場 では青木氏がワラカラ
類を,野島氏は周辺のみならず島の広域さらには
沖縄まで足を伸ばしサンゴ研究を続けた これら
の研究は,独自の研究手法を開発しながらなかに
は10年を越える長年の調査結果をもとに各種の生
活史や個体群維持機構を探 る内容である . わが国
のベントス 学創生期に,現場主義に徹し た研究者
の残した足跡をたどることができる 。 またほとん
どの研究がベントスのプランクトン幼生期の分散
と回帰を常に視野に入れており,ベントス研究者
の中で幼生分散を通したメタ個体群の視点の重要
性がこれらの研究をとおして定着してきたことが
理解できる. これらの研究が結果的には現在大会
の合同開催,英文誌の合同編集にみられるプラン
クトン学会とベントス学会の協力関係確立の原動
力とな ったと 筆者は考えている.
私が天草臨海実験所に滞在中に菊 池先生からう
かが った 忘れられない 言葉がある. ["モデルにた
よる理論的な群集や個体群に関する生態学も ある
が, 目の前にいる生物各種について,それを捕ま
えサイズ変化の季節的変化を長年かけてコツコツ
と計る現場での観察を基盤にした 生活史の研究も
やはり大事だよJ . 菊 池先生が最後の章でとりあ
げているように, 天草 はもとより日本各地の海岸
環境が急変するなかで身近な生物種が次々に地域
的な絶滅あるいは絶滅が危ぶまれている現在,本
書に紹介されているフィールドワークを中心とし
た生物各種の生活史研究は,海のナチュラリスト
から離れることのできない私の研究スタイルの普
遍的原点となっている .
(風日田利夫,東邦大学理学部)