第一章 情報家電の現状と今後の展望 森川 毅
デジタル家電が電気店の店頭に並び、消費者の心を掴み、「新三種の神器」として、TV
や雑誌の紙面を賑わすようになり、昨年の日本の経済成長を牽引し、多くの家庭の中での使
われる会話のなかにもデジタル家電を指す単語が生活に溶け込んできている。
しかし、現在のデジタル家電「新三種の神器」は情報家電の製品というよりも、既存のアナ
ログ製品の機能の置き換えに留まり、ブロードバンドや携帯電話等の通信インフラとの融合
を生かした消費者のライフスタイルのイノベーションをもたらす情報家電への成熟は残念なが
ら道半ばといえる。
それらを踏まえ、デジタル技術の持つ可能性、消費者の生活で起こっている変化などの事
実から今後の情報家電への成熟の道筋を考察していきたい。そして、産業立国の観点から
政府としてなにをしていかなければならないのか検討していきたい。
1. デジタル家電「新三種の神器」
記録データの永続性と汎用性を高めたデジタルカメラ
現在のマスメディアで一般的に使われる「新三種の神器」とはデジタルカメラ、薄型 TV、
DVD-HD レコーダの三種類のデジタル 家電を指す。これらに共通するものはすべてが既
存の電化製品(アナログ製品)が持つ利用シーンを完全に踏襲した製品であることであ
る。その観点から、これらのデジタル家電が共通に持っている機能のデジタル化の意味
を考えると分かり易くなる。
例を挙げると、デジタルカメラに対する既存のアナログ製品は「光学式カメラ」である。
この2種類の機器を比較すると、両方が持ち得ている機能は撮影対象物を写像し、一枚
の写真を作り出す装置としての機能である。しかしながら、その機器が持つ写真を生み
出す仕掛けの部分に大きな違いがある。
その違いとは既存の「光学式カメラ」が写像の「
光の光量」をレンズと通して写真機内
に取り込み、フィルムの化学反応特性を利用して、ネガを作り、そのネガから、同じく印画
紙の持つ化学反応性を利用して、写真を作り出していたものであったが、デジタルカメラ
となってはレンズを通して写像の光の光量を抽出する部分までは同じであるが、フィルム
に当たる部分が存在せず、新たにCCD センサが光量を感知した上で、光の波長とデジタ
ル信号の置き換えを行い、写像の「光の光量」をデジタル信号化したデジタルデータをメ
モリーに書き込む。メモリーに書き込まれたデジタルデータは データとして汎用性を持ち、
デジタルカメラが持つ小型液晶モニタ部に映し出されたり、TV 画面に出力されたり、パソ
コンに取り込まれたり、プリンタによって紙に印刷されたり、現像所へ持ち込めば、「光学
式カメラ」のプリントと同様に印画紙に印刷されることも可能となっている。そして、記録に
用いたデジタルデータはネガのように自然劣化することなく保存することが可能となって
いる。さらに現在のブロードバンド回線を利用すれば瞬時に世界中に写真のデジタルデ
ータを送付することも可能となっている。この多くの機器間でデジタルデータを融通する
仕組みはデジタル家電ならではの記録方法といえるだろう。
逆にこの記録方法の汎用性の部分が「光学式カメラ」が持ち得なかった機能である。
実際には既存のアナログカメラにおいても写真撮影に関わる諸設定の手作業を自動化
する手段として、デジタルセンサ技術の応用は行われていた。オートフォーカス機能、シ
ャッタースピード優先、自動撮影距離計算機能等はデジタルセンサ技術であった。だが、
最後の記録方法においては19世紀からの フィルムの化学反応を利用した ものであり、こ
れがデジタル化され克服されたのがデジタルカメラである。
ビデオデッキのデジタル化を進めた DVD-HD レコーダ
このような機能実現のためのデジタル 技術の応用の観点から、DVD-HD レコーダを捉
えても同様のことがいえる。デジタルカメラが「光学式カメラ」の技術進歩であるとすれば、
DVD-HD レコーダも既存のアナログビデオレコーダの技術進歩である。利用シーンもTV
録画とレンタルビデオ店から借りる映画ソフト等の再生である点は変わらない。しかしな
がら、DVD-HD レコーダもデジタルカメラと同様に記録方式がデジタル化されているため、
記録した映像データには汎用性がある。また、現行のアナログ映像を記録するビデオテ
ープが経年の自然劣化に弱い点についても、より自然劣化に堅牢である光ディスクにデ
ジタル記録されているため、自然劣化することなく保存することが可能となっている点も
デジタル化により持ち得た能力である。これは MPEG-2 方式と呼ばれるデジタル放送に
用いる映像のデジタル化技術を用いて、現行のアナログTV放送の受信時にTV番組を
アナログ信号からデジタル信号に変換を行う技術を実装していることで実現されている。
さらにこのアナログ信号からデジタル信号に変換を行う際にデータ圧縮技術を用いて、
デジタルデータのデータ量を削減し、記録すべきデータの量を減らす工夫を行うことで長
時間の映像の蓄積を実現している。これらの技術はもともとコンピュータで映像を取り扱
うための技術であったが、いまではデジタル映像の標準化を踏まえて、コンピュータだけ
でなく、TV電話、DVD、デジタル放送でも一般的に用いられている。映像をデジタル化し
て、様々な機器での汎用性を持つという点を実現している点で、DVD-HD レコーダも、単
なるビデオデッキの置き換えのデジタル家電には留まらない可能性を秘めていると考え
られる。
さらなるデジタル化による利便性の向上は記録メディアのデジタル化によるランダムア
クセス処理
1の実現にある。先にデジタル化していたCDプレイヤーやMDではデジタル化
の強みを生かし、「好きな曲へ瞬時に移動し、再生ができる。」という点を実現し、アナロ
グ製品であったレコードプレイヤーやカセットテープレコーダを置き換えていったが、
DVD-HD レコーダについても同様の機能を実現している。これはアナログビデオデッキに
1 データベースにおいて使われる用語。ここでは「取り出したいものを、即座に取り出す仕組み」として用いる
見られたビデオテープの記録方式の読み取りが時間軸によるシーケンシャル処理
2であ
ったため、テープの巻き上げの早送り、巻き戻しという行為がテープの物理的な長さに比
例して時間が掛かってしまうという制約があった。しかし、デジタル化によって、記録する
媒体がCDと同じ光ディスクや、パソコンのデータを記録するのに使うハードディスクであ
るため、記録された映像に対してのランダムアクセス処理が可能となっている。ちょうどD
VDの映画ソフトの冒頭メニューにある映画の名場面から、好きな名場面を選んですぐに
視聴できることが可能になったことは、このデジタル化によるランダムアクセス処理機能
の実現の恩恵を被った機能である。
また、ブロードバンドの普及により、DVD-HD レコーダにもインターネットへ接続できる
通信インターフェーイスを備えた機器も発売されている。この機能を用いて、TV録画の
設定の簡略化のために用いられるGコード
3のような簡単な番組予約の仕組みである
EPG
4をインターネットより提供するサービスを用意し、TV番組ガイドをTV画面に出して、
ボタンひとつで録画設定を可能する機能を有した商品作りも行われている。これは製品
としてのハードの魅力のほかに、購入後の製品に対してのサービスをバンドルして販売
しているやり方でデジタル 化併せて通信機能を生かした製品を開発し実現できた商品作
りの一つであると言える。
容積率と伝送路の効率化を進めた薄型 TV
つぎに薄型TV に同様の機能実現のためのデジタル化の観点を当てはめると、既存の
アナログT V に比べて、画面表示のデジタル化がT V 本体に占める画面表示部の容積率
を下げ、結 果、薄く、小さな機器のサイズで大画面を楽しめることになった。従来のブラウ
ン管方式であれば、ブラウン管の中心軸から、画面に対して電子ビームの投射を行うた
め、この電子ビームの伸びる距離が結果的に大画面を実現することとなる。必然的に大
画面化にはブラウン管の大型化が必要であった。しかし、液晶方式は画面のガラス面に
細密化した トランジスタを埋め込み、液晶特性を利用して、色信号を直接ガラス面から発
色させる技術を使うことにより、TV 画面の薄型化を実現している。ちょうどデスクトップパ
ソコンの CRT とノート型パソコンの液晶画面のサイズの比較を見ていただければお分か
りになるだろう。また、プラズマ T V においても、TV 画面の裏面に対して細密な画素数分
に区分けしたセル単位で電磁放電を行い、その放電の際に発色する色において画面表
示を行うことにより、映像の発色を行っている。これらの発色のコントロールをデジタル技
2 機械の自動化や MIDI音楽の作成に用いられる用語。ここでは「取り出すためには一定の手順によって行う段取りが必要」とい う意味に使う 3 新聞の TV 欄に予約番号を記載し、ビデオデッキに入力することによって録画時間を設定する仕組み アナログビデオデッキ にはほぼ標準で搭載されている。
4 EPG とは、「E lectric Program G uide」の略で、電子番組表とも呼ばれる。インターネット接続することによって、最新のテレビ番
組情報を入手することが可能で、番組タイトル検索も可能。予約操作は番組表をクリックするだけでDVD レコーダ等と連動でき る。
術で行い、ブラウン管が電子ビーム投射に必要であった距離を無くしたことで画面の薄
型化が進んでいる。
併せて、地上波 TV 放送の伝送方式もデジタル化が進んでいる。現行のアナログ放送
の1chあたりの周波数帯において、伝送できる映像信号量が地上波アナログ放送時に
比べ、デジタル化によって伝送できる映像データ量をほぼ3倍にすることが可能となり、1
chの周波数帯の中でアナログ放送品質の3番組を同時に伝送することや、ハイディフィ
エショナル映像放送
5(高品位映像放送、日本ではハイビジョン放送と言われる)を伝送
することも可能となり、TV 画面の大型化に対して、魅力あるコンテンツを供給することが
可能となっている。このため、TV放送局のデジタル放送対応とは、今後、TVの映像コン
テンツもまたすべてフルデジタルで制作されていくことを意味しており、それを実現するた
めの放送局の局舎設備のデジタル化も平行して進んでいる。
デジタル家電「新三種の神器」
はデバイスのイノベーションに留まる
これらの「新三種の神器」に共通に言えることは、アナログの機器の弱点であった記録
の永続性と伝送性にデジタル化技術がイノベーションをもたらし、製品の魅力を増してい
ることに気づくであろう。また、従来のアナログ製品の持つ煩雑さや、化学反応、自然劣
化等の不安定要素についても技術的な克服がされており、これらの利便性は消費者の
生活でも役に立つことがわかる。
さらにデジタル化という意味で言えることは、デジタル化技術はすでにデジタル家電に
留まらない技術であるため、デジタル家電もまた、製品の成熟の方向性によっては、既
存のアナログの家電の利用シーンを超えた製品になり得るとも言える。そのためには既
存のアナログの家電製品の技術的な発展と延長上にデジタル家電を位置づけるのでは
なくて、まったく新しい利用スタイルを考え、消費者に対して魅力ある製品として市場創造
していかねばならないと考える。
2. デジタル家電「新三種の神器」以外の情報家電
すでに普及しているデジタルビデオカメラ
「新三種の神器」であるデジタルカメラと並び、デジタル家電にはデジタルビデオカメラ
の存在もあ る。ビデオカメラについては 80 年代、90 年代と世界市場を日本製品が支配し
た製品領域であり、緻密な光学レンズの連動と精密機器による安定したテープ駆動制御
は日本メーカーしか製品を作り得ないものであった。しかしながら、ビデオカメラのデジタ
ル化については、1995 年のDVビデオカメラ(日本ビクター製 GR-DV1)の登場により、現
在の「デジタル家電 新三種の神器」より早い段階からアナログからデジタル への移行は
進んでいた。実際のところ、デジタルビデオカメラをデジタル家電とは意識せずに購入さ
5 HD(ハイディフェニション )放送は 1080i/p と規定されている。
れているのではないだろうか?
デジタルビデオカメラがデジタル家電の「新三種の神器」に入らずに認識されている理
由はデジタルビデオカメラの登場した 95 年頃は、まだDVD-HD レコーダや薄型 TV が登
場していなかったため、必然的にデジタルビデオカメラで撮影した映像を既存のアナログ
TV やアナログビデオに出力するためにアナログ変換機能を搭載していた。そのためアナ
ログ TV に対して、デジタルビデオカメラからデジタルデータをアナログ信号に直して出力
していた。よって、デジタル化されたビデオデータを利用するメリットを画質の向上以外に
感じることは難しく、編集などのデジタル化された映像信号についての取り扱いの利便性
に触れられる機器は事実上パソコンのみであった。
98 年にSONYがパソコンVAI
Oシリーズを投入した際には世界ではじめての「デジタル
でのビデオ編集を実現する廉価なパソコン」として登場し、パソコンのハードウエア設計
をデジタルビデオ編集用途に集中させた点が功を奏し、パソコン市場を席巻したことは記
憶に新しい。デジタル化による異種機器間連携の実現とパソコンの新たな実用シーンの
創造として SONY が世界に先駆けたものであった。
だが、この日本メーカーが得意であったデジタルビデオカメラの分野も、デジタル化を
境に次第に市場の変化が現れつつある。日本企業から半導体やCCDカメラなどのキー
デバイスの部品供給を受けた韓国メーカー(サムスン電子等)が製品開発を行い、韓国
国内では製品が市場投入され ている。また、北米や日本のオンラインショップでも取り扱
われており、日本メーカーの製品に比べて安価に販売されている。また、「デジタルビデ
オカメラとパソコンの融合」を目的としたSONYの VAIO シリーズによく似たコンセプトの
パソコンが事実上のコンシューマー向けパソコンのデファクトとなったため、パソコンのO
Sを提供しているマイクロソフトが 「Windows XP」の新バージョン「
Windows XP
Media CenterEdition
」において、多くの AV 機能を実装し始めたため、次第にパソコンメーカーの商品企画
戦略であり、海外 PC との競争優位点であった「デジタルビデオカメラとパソコンの融合」に
ついても、その優位点が次第にOSの領域で吸収され、メーカーの商品開発能力が均一
化されつつある。(現時点では米国デルコンピュータでも、Windows XP
Media CenterEdition を実装し、