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頚髄損傷者の自動車運転自立の支援に関する研究 : 自動車への移乗動作における運動学的特徴の分析

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頚髄損傷者の自動車運転自立の支援に関する研究 :

自動車への移乗動作における運動学的特徴の分析

著者

片岡 正教

内容記述

学位授与大学: Osaka Prefecture University(大阪

府立大学), 学位の種類: 博士(保健学), 学位記番

号: 論保第2号, 学位授与年月日: 2012-03-31, 指

導教員: 奥田邦晴.

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博士学位論文

頚髄損傷者の自動車運転自立の支援に関する研究

-自動車への移乗動作における運動学的特徴の分析-

大阪府立大学大学院

総合リハビリテーション学研究科

博士後期課程

片 岡 正 教

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目次 要約 ……… 1 緒言 ……… 4 障がい者の自動車運転に関する環境を取り巻く現状 ……… 4 研究の背景・目的 ……… 7 第1章 頚髄損傷者の自動車運転に関する実態調査 ……… 10 Ⅰ.対象および方法 ……… 10 1.聞き取り調査 ……… 10 2.自動車への移乗動作,車椅子の積み込み動作の分析 ……… 11 Ⅱ.結果 ……… 12 1.聞き取り調査 ……… 12 2.移乗動作,車椅子の積み込み動作の分析 ……… 15 Ⅲ.考察 ……… 17 第2章 頚髄損傷者の自動車への移乗動作における運動学的特徴の分析 … 20 Ⅰ.対象および方法 ……… 21 1.被験者 ……… 21 2.車椅子・運転席間の移乗 ……… 21 3.運動学的分析 ……… 23 4.データ処理 ……… 24 Ⅱ.結果 ……… 25 1.自動車への移乗動作の所要時間と各相の運動学的特徴 ……… 25 2.頭部と殿部の側方移動の関係 ……… 26 3.頚部屈曲と体幹前傾の角度変化の関係 ……… 27 Ⅲ.考察 ……… 28

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第3章 頚髄損傷者の自動車への移乗動作と座位バランスとの関連性の検討 ……… 31 Ⅰ.対象および方法 ……… 32 1.対象 ……… 32 2.座位バランスの評価 ……… 33 3.脊柱の可動性の評価 ……… 33 4.車椅子から自動車への移乗動作 ……… 34 5.運動学的評価およびデータ分析 ……… 35 Ⅱ.結果 ……… 36 1.損傷レベルによる自動車,移乗動作の違い ……… 36

2.Modified Functional Reach Test (MFRT)と体幹後弯度 ……… 36

3.所要時間と Modified Functional Reach Test (MFRT) ……… 36

4.体幹前傾角度および殿部拳上高 ……… 37

Ⅲ.考察 ……… 38

総括 ……… 41

文献 ……… 47

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1 要約 自動車は利便性の高い移動手段であり,日常生活の主な移動手段が車椅子と なる脊髄損傷(以下,脊損)者において,自動車運転が自立することは,行動 範囲を拡大し,就業率や生活満足度を向上させ,社会参加を促進する。しかし, 上下肢・体幹の機能障害がある頚髄損傷(以下,頚損)者における実態は明ら かになっておらず,他の日常生活場面での移乗動作にも関連性があると考えら れる運転席への移乗動作においては,運動学的特徴について明らかにした報告 は見受けられない。そのため理学療法場面で頚損者に自動車への移乗動作を指 導する際に難渋するケースも多い。そこで本研究では,頚損者の自動車運転自 立を支援するための一助として,頚損者の自動車運転に関する実態を明らかに するとともに,その中でも重要な動作であると考えられる運転席への移乗動作 について,運動学的に分析し,動作方法を分類することを目的とした。また, 移乗動作において重要であると考えられる座位バランス能力との関連性につい ても検討した。 まず,自動車運転が自立している完全頚損者 20 名(C6頚損:14 名,第7髄 節以下の頚損(以下,C7以下):6名)に対し聞き取り調査を,そのうち 14 名 (C6:10 名,C7以下:4名)に対し,移乗動作ならびに車椅子の積み込み動 作の分析を実施した。さらに移乗動作を詳細に分析するため,C6頚損者 (Zancolli の分類;C6B1)4名に対し,三次元動作解析を実施した。その後, 7名の C6頚損者(Zancolli の分類;C6B1, C6B2, C6B3)に対する三次 元動作解析の結果と,動的な座位バランス能力との関連性についても検討した。 これらの結果,スポーツや仕事がきっかけで自動車を利用する者が多く,自 動車は頚損者の社会参加のために欠かせない移動手段であることが確認された。 また,C6頚損者は自動車を選択する際に,座面の高さに注意していることが明 らかとなり,特に移乗動作に要する時間が長いことが確認された。車椅子の積 み込み動作においては全被験者で同様の pattern を示したが,移乗動作中にお ける push up strategy については,殿部の拳上方向から,垂直型,混合型,回 転型の3種類に分類でき,C6頚損者では垂直型を用いている者が多かった。ま た,自動車への移乗動作中に C6頚損者は殿部の移動方向と反対に頭部を移動さ せる rotatory pattern を示すことが確認され,これはより高位の損傷者が移乗

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動作中に用いる strategy であるという先行研究の報告と一致した。一方で,頚 部と体幹の運動に関しては全ての被験者で異なる strategy が用いられているこ とが明らかとなった。一つは頚部屈曲と体幹前傾を同時に行うものであり,こ の strategy を用いていた被験者は座位バランスの指標として用いた Modified Functional Reach Test(MFRT)の結果も高値を示していた。もう一つは頚部を 伸展させながら体幹を前傾させる strategy であった。この strategy を用いた 被験者は MFRT の数値も低値を示していた。さらに,殿部移動速度が速い被験者 は頚部の伸展と体幹前傾,頚部屈曲と体幹伸展の2つの動作を複合的に用いて いた。これは,移動速度が速い中で体幹をコントロールするために,複雑な頚 部の運動が生じていたためと考えられた。 また,頚損者の自動車のシート高は損傷レベルが高位であるほど低くなる傾 向にあり,自動車への移乗動作においては,殿部の移動する相(dynamic phase) と静止する相(static phase)の2種類で構成され,C6頚損者では,これらは それぞれの長さ,回数が異なることが確認された。殿部の移動回数を複数回に 分けることや,それに伴いトランスファーボード,クッションといった補助具 を使用すること,また,運転席のドアに頭部を当て支持点を増やすことなどの 工夫により,体幹前傾のコントロールが困難な例でも移乗動作を獲得できるこ とが示唆された。 さらに自動車とベッド・トイレでの移乗動作との難易度について調査したと ころ,トイレへの移乗動作のほうが困難であるとの回答が大半を占め,自動車 よりも容易であると思われるベッドへの移乗動作についても,自動車での移乗 動作より困難であるという回答がみられた。早期の座位バランスに特化したト レーニングでは大きな効果が得られないとの報告もあり,他の日常生活動作の 練習で座位バランス能力は向上するとされる。一般的に理学療法場面では,ベ ッド・トイレ・自動車という順で移乗動作の指導を行うことが多い。しかしこ の調査の結果,必ずしもベッド,トイレ,自動車という順序で移乗の指導を行 うのではなく,早期から自動車への移乗動作等の関連動作を指導していくこと で,対象者の社会参加に対する意欲を高めていく可能性が示唆された。 本研究の結果から,頚損者の自動車への移乗動作における運動学的特徴とし て,頭部と殿部の側方移動については共通した strategy を用いていることが明

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3 らかとなり,頚部・体幹の運動についてはそれぞれが異なる strategy を用いて いることが明らかとなった。実際の自動車への移乗動作について分析した報告 はないことから,これらの結果を提示していくことで,頚損者のリハビリテー ション分野における有用な情報の一助となることが考えられた。 Key word: 頚髄損傷,移乗,自動車,動作解析,座位バランス

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4 緒言 障がい者の自動車運転に関する環境を取り巻く現状 我々にとって,自由な時間に目的地まで door-to-door で移動することができ る自動車は非常に利便性の高い移動手段である。一方で,公共交通機関におい ても,平成 12 年に国土交通省が施行した交通バリアフリー法,平成 18 年に施 行したバリアフリー新法によりバリアフリー化が大きく発展し,国土交通省の 報告1(平成 23 年3月 31 日現在)では一日あたり利用者が 5,000 人以上で高低 差が5m以上ある駅においては全国で 94%の駅でエレベーターが設置されてい る。しかし,車椅子利用者にとっては,公共交通機関を利用する際の乗継の煩 わしさや人混みでの移動といった問題を考えると,まだまだ便利な移動手段で あるとは言い難い。そのため,車椅子を利用する身体障がい者にとって,自動 車は我々以上に利便性が高い移動手段であると言える2 我が国では,身体障がい者の自動車運転に関して,車の購入や改造にかかる 費用に対し,助成や割引,減免措置,優遇措置が設けられている3。これらは都 道府県,各市区町村などの自治体で同一とは限らず,住民票がある福祉課で確 認する必要がある。身体障害者手帳の交付を受け,法に定める障害の級別に該 当する障害がある場合,自動車税の全額が減免される。ただし,これは一人に つき一台とされている。自動車の改造に対する助成事業としては,改造に直接 要した費用のうち,10 万円を限度に助成される場合が多い4 川口の報告5によると,ヨーロッパ諸国の場合,例えば公共交通機関の利用が 困難な人が約 100 万人と推定されるスウェーデンでは,障がい者の自家用車の 保有と利用についての助成が行われており,特に自動車の改造に関しては国か ら全額の補助金が交付される。また,イギリスでは 1985 年から運輸省障害者交 通対策室が,障害の種類に応じた 20 台の自動車を用意して,障がい者の運転能 力の判定(有料),自動車の選択と改造に関するアドバイス(有料),運転と交 通一般に関する質問への回答(無料)を実施している。フランスでは,障害者 基本法(1975 年)の第5章 52 条で,障がい者の移動を容易にするため,自家用 車の利用を促進することが明記されている。このように,福祉の先進国である ヨーロッパ諸国では,障がい者の自動車運転に関して,国家が支援している国 も多い。欧米諸国における高齢者・身体障がい者の交通政策の原点となってい

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5 るのは,「すべての人々にとって,年齢や障害などを理由にした差別があっては ならない。そのための諸政策は,法律によって保障される」というノーマライ ゼーションの理念に基づいており,交通政策はもちろんのこと,生活全般にわ たる諸政策が実施されている6 我が国では,昭和 35 年の道路交通法確立により,身体障がい者の自動車運転 の道が開かれた。身体機能に応じて付された条件によって限定された車両であ れば運転が可能となった(第 91 条)。平成 23 年の警察庁の報告7によると,平 成 22 年の時点で,我が国では,補聴器や義手・義足の使用,車両の改造等の条 件付運転免許の保有者数は全国で 252,257 名とされ,そのうち「身体障害者用 車両に限定」という免許については 208,362 名(82.6%)とされている。平成 14 年以降,我が国の身体障害者用車両の条件付免許保有者は 20 万人を超過して いる。 一方で,社団法人日本自動車工業会の調査8 によると,我が国の平成 22 年度 における福祉車両の販売台数は 34,601 台であり,平成 11 年度の 24,311 台と比 較すると約1万台増加している。しかし,これは市販されている全自動車の1% に過ぎない。販売されている福祉車両のほとんどは車椅子のまま車内に乗り込 み,移送してもらう車両や,シートが昇降または回転することで乗り降りやそ の介助を補助する介護目的の車両である。運転補助装置などの改造が施された, 身体障がい者が自ら運転するための福祉車両は販売台数の3%程度である。こ れは,高齢化が進む中,介護目的の車両については需要が期待できるが,身体 障がい者自ら運転する自動車に関しては需要があまり期待できないなどの制約 から各社の車両開発が遅れていることが理由として考えられる9。また,個人の 身体機能に合わせた改造を施すためには,オーダーメイドでないと利用者の要 望に沿えないことが多く,既製品としての販売が困難となることも理由の一つ として考えられる。 身体障がい者が自動車運転免許を取得する場合,中途障がい者と新規取得者 で方法が異なる。中途障がい者においてよくみられるケースは,入院中に免許 更新を迎え,更新に出向くことができず免許を失う(失効する)場合である3 これには「うっかり失効」と「やむをえず失効」の 2 種類がある。「うっかり失 効」の場合,効力を失った日から6ヶ月以内であれば,適正試験を受けて合格

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6 することによって免許証が交付される。その際,技能と学科試験は免除される。 「やむをえず失効」は,6ヶ月を経過した場合で,怪我・疾病による入院でや むをえない場合であり,その理由が失効した1ヶ月以内に,それを証明できる 診断書を添えて申請することで,うっかり失効と同様の扱いとなり,適正試験 を受けることができる。 新規取得者の場合,まずは都道府県の免許試験場または運転免許センターで 適正試験を受ける必要がある。その際に,運転が可能な最小限度の運動能力が あるかどうかを検査される。車椅子使用者の場合,本人が運転するものと同種 の車両を使って,自力で乗り降りが可能かどうかチェックされる。運転能力の 検査には判定機が使用され,コンピューターの画面の文字と音声による指示で 運転に関する動作がチェックされる。しかし,身体障がい者の障害の内容や程 度は一人ひとり異なり,障害の程度と運転能力は必ずしも比例しない。川口は 障害は重くても,適切な指導を受ければ自分の症状をある程度コントロールで きるようになるなど,運転への適応能力が高いケースもあるため,判定にあた る担当者が身体障がい者の状態を把握していないと,正しい判断ができないこ とを問題点として挙げている5 重度障がい者の自動車運転に関して,欧米では,車椅子のままジョイスティ ックで運転することを可能とした例があり,日本でも過去に研究開発や,輸入 車を導入した例10,11もあるものの,ジョイスティックによる運転は本質的に難し いこと,車椅子のまま乗り込めて運転ができる車両構造を実現しようとすると 車両が大型化すること,車両価格が膨大で容易に入手できないことなどから, 容易に入手可能な機器とは言えない12 このような我が国の現状を踏まえると,身体障がい者が自ら運転するために は,市販されている自動車を用い,自ら自動車へ移り,車椅子を積み込んで運 転をする必要性が高い。特に,日常生活活動(Activities of Daily Living: ADL)の獲得が容易ではない重度障がい者が自動車運転を自立するためには,自 身の身体機能に適した自動車を探し,運転が可能となるように改造を施し,車 椅子利用者であれば,運転操作のみならず,運転席へ移乗する,車椅子を積み 込むといった動作についても自立する必要があり,これらは決して容易なこと ではないと言える。しかし,これらの問題をクリアすることができれば,身体

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7 障がい者の社会参加の拡大が大いに期待でき,ノーマライゼーション社会の確 立へと結びつくと考える。 研究の背景・目的 身体障がい者にとって自動車運転が自立することが,社会参加を促進させ, 生活の質(Quality of Life:QOL)を向上させることは言うまでもない。下肢 障害のために日常生活の主な移動手段が車椅子となる脊髄損傷(以下,脊損) 者においても,自動車運転の自立はリハビリテーション(以下,リハ)の重要 なゴールの一つであり,就業率,社会参加や生活の満足度に大きく関係がある と報告されている13-16 脊損者の場合,80%以上が移動に車椅子を必要としているが17,その多くは上 肢に疼痛を有しており18-21,脊損者の上肢に発生する疼痛と車椅子駆動や移乗動 作との関連性が多く研究されている19,22-24 。中でも,上肢機能の障害を有する頚 髄損傷(以下,頚損)者における上肢の疼痛の発生率は胸腰髄損傷者と比較し ても多いことが明らかとなっている18,21,25。損傷髄節レベル以下の筋機能の麻痺 がある脊損者は持久性も低く,特に上下肢・体幹の運動麻痺がある頚損者にと って,車椅子駆動は身体的負荷が大きい26,27。このような,車椅子での移動に関 する問題は頚損者の社会参加の制約につながると考えられることから,頚損者 にとって自動車運転が自立することの意義は非常に大きいと言える。 我が国では,1990~1992 年に新宮によって行われた全国規模の調査28-30が最 も大きい脊損者の疫学調査であり,その報告によると,外傷性脊損者の人口は 推定 10 万人以上で,毎年およそ 5,000 人(人口 100 万人あたり 40.7 人)が新 規に発生しているとされている。その中でも,頚損者の割合は高く,第4から 第6髄節レベルの頚損者が多いという疫学上の特徴がみられる31。頚損では第7 髄節レベル以下の損傷で,肘の伸筋である上腕三頭筋が作用するようになるた め,我が国で発生した頚損の多くは,肘の伸筋が作用しないケースであると言 える。特に第6頚損(以下,C6頚損)者はその程度により様々な機能障害を呈 し,同一麻痺レベルでも達成される ADL は個人差が大きいとされる31,32 頚損者の自動車運転に関して,一般的に自立の上限レベルは Zancolli の分類 で C6B1とされ,上肢機能が十分でない頚損者にとっては,車椅子と自動車座

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8 席間の移動,車椅子の積み下ろし,運転操作能力が3大困難ポイントであると 言われている3,4,33-35。中でも車椅子と自動車座席間の移動,つまり運転席への移 乗動作の基本となるのは,車椅子とベッド間の側方移乗である33ため,あらゆ る日常生活場面における移乗動作との関連性が強い重要な動作であると考える。 頚損者の自動車への移乗動作を運動学的に解析した研究はみられないが,頚 損者を対象に実験環境で移乗動作について分析した研究は,我が国だけでなく, 国外にもいくつか存在する36-40。Allison らは脊髄損傷者(四肢麻痺:8名,対 麻痺:2名,損傷レベル:C5-T10)の長座位での移乗動作の pattern を調査し た36。彼らの研究では,より高位の損傷者(C7以上)は長座位での側方移乗の 際に頭部と骨盤が反対方向に動く rotatory pattern を選択することが示唆され た。さらに,脊損者における長座位での後方への移乗動作と端座位での側方移 乗の運動学的特徴がいくつか報告されている36-42。これらの研究では頭部と体幹 の協調的な屈曲動作が殿部拳上を補助することが示されている。西村は,上腕 三頭筋が機能しない C6頚損者の側方移乗について,肘伸筋の代償が関与してい ると述べ,移乗対象物との高低差が影響し合い各々の移乗動作の pattern が変 化することを報告している43 また移乗動作中の殿部拳上に関して,push up 動作能力が重要な因子となる 33,44とされ,水上らは脊損者の push up 最大高が移乗動作可能群と有意に相関が あったことを報告している45。また,push up 動作が殿部の挙上方向から,垂直 型・混合型・回転型の3型の strategy に分類されるとし,C6レベルの損傷者 では垂直型の strategy を最も多く利用して push up を行うことが示されている 46。これら移乗動作や push up 動作における pattern の違いについて,動的な座 位保持能力,麻痺した体幹のコントロール能力等が影響を及ぼしていると考え られる36-42 頚損者の社会参加において,自動車への移乗動作獲得の意義は大きいにも関 わらず,理学療法士の関与や頚損者の自動車に関連した研究はまだまだ少ない のが現状であり,実態は明らかになっていない。実際の理学療法場面で頚損者 に自動車への移乗動作をはじめ,関連動作について動作指導をする際に,書籍 を参考にして指導にあたるだけでは,その動作獲得に難渋することも多く,身 体機能に適した移乗方法,多様な動作方法の提示の必要性を感じる。

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そこで本研究の目的は,頚損者の自動車運転自立の支援に有益な情報の一助 とするため,1)頚損者の自動車運転に関する実態を明らかにすること,2) 特に運転席への移乗動作について運動学的な特徴を明らかにすること,3)移 乗動作と座位バランスとの関連性を検討すること,とした。

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10 第1章 頚髄損傷者の自動車運転に関する実態調査 我が国では,脊損の中でも,第4から第6髄節レベルの頚損者が多いという, 疫学的な特徴がある31。特に第6頚損者はその程度により様々な機能障害を呈し, 同一麻痺レベルでも達成される ADL は個人差が大きい32 頚損者が自動車を運転するためには,「車椅子から運転席への移乗」と「車椅 子の積み込み」を合わせた「乗車」が必要とされ,この部分に理学療法士が対 応することが重要となる。脊損者の自動車運転については,その方法が紹介さ れている4,33,47が,実際には損傷レベルはもちろん,身体機能や運転歴・車種と いった様々な要因で個人によってその方法は異なる。しかし,頚損者の自動車 運転に関しては,まだまだ実態が明らかになっておらず,自動車運転に関する 多種多様な動作について,詳細に提示されたものがなく,臨床場面で頚損者の 自動車運転自立のための動作指導を行う際に難渋することが多い。そこで,本 章では頚損者の自動車運転に関する実態を明らかにするとともに,その動作方 法について,特に移乗動作,車椅子の積み込み動作について明らかにすること を目的とした。 Ⅰ.対象および方法 自動車運転に関する聞き取り調査と移乗動作の撮影を行った。対象者には事前 に口頭または紙面にて研究の趣旨を伝え,聞き取り調査の回答および画像は本 研究のみで使用し,実験後であっても本人の意思で研究への参加を拒否できる ことを伝えた。以下に対象者および方法を述べる。 1.聞き取り調査 運転操作が自立し,日常的に自動車を使用している頚損者男性 20 名(C6損 傷者 14 名,C7以下の損傷者6名)に対し自動車運転に関して聞き取り調査を 行った。調査内容は,①年齢・身長・体重,②受傷後年数,③受傷後の自動車 運転年数,④受傷後の自動車運転に至った動機,⑤自動車の利用場面・利用頻 度,⑥自動車選びの注意点,⑦自動車に乗る際に困難な点,⑧ベッド・トイレ の移乗との比較,である。対象者の損傷レベル別の分類を表1に示す。なお,

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11 損傷レベルについては Zancolli の分類48を用いて評価した。その際,判定は左 右別に行い,どちらか上位に判定されるレベルを各自の損傷レベルとした。 表1 聞き取り調査対象者の損傷レベル別分類 損傷レベル 人数 年齢 (歳) 受傷後年数 (年) 受傷後の運転歴 (年) C6A C6B1 C6B2 C6B3 C7 C8 2 2 9 1 5 1 31.0±2.8 33.5±0.7 38.1±9.3 22 49.6±12.6 21 12.5±2.1 15.5±3.5 14.4±3.9 7 25.4±13.1 2 5.5±3.5 12.0±2.8 11.2±4.2 3 22.8±13.2 1 合計 20 38.1±12.0 16.1±9.1 12.7±9.5 2.自動車への移乗動作,車椅子の積み込み動作の分析 対象は聞き取り調査を行った頚損者のうち,14 名(C6損傷者 10 名,C7 以下 の損傷者4名)とし,2台のデジタルビデオカメラで被験者の上方,後側方か ら撮影した(図1)。 図1 カメラの位置(A)・上方カメラ(B)・後側方カメラ(C)の画像 被験者にはあらかじめ,時間を計測するため普段行っているように自動車へ の移乗と車椅子の積み込みを行うように伝え,所要時間を計測した。撮影後に 2台のカメラで録画した画像から,ドアを開け,運転席に移乗し,車椅子を積 み込んでドアを閉めるまでの一連の動作を準備相,移乗相,片付け相,積み込 み相に分類し各相に要した時間を計測した。さらに,移乗相における殿部移動 時の push up strategy について水上ら46の報告をもとに分類した。

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12 1)相分けの定義 各相の定義は以下に示す通りである。 ⅰ)準備相 ドアを開けてから移乗動作が開始するまで(車椅子上で移乗しやすい位置に 移動させるようなポジションの設定を含む)。 ⅱ)移乗相 準備相の終了後,殿部が運転席のシート上まで十分に移動し終わり,移乗の ための上肢の支持がなくなるまで。 ⅲ)片付け相 移乗相の終了後,車外に残った下肢,使用したトランスファーボード(以下, TB)やクッションを車内に入れ終えるまで。 ⅳ)積み込み相 車椅子を後部座席に積み込み,ドアを閉めるまで。 Ⅱ.結果 1.聞き取り調査 1)受傷後の自動車運転に至った動機 回答者 20 名中,「行動範囲が広がるため」「自由に出かけられるため」と答え た者がともに6名,「スポーツがきっかけ」と答えた者が4名,「通学・通勤な どの移動手段」と答えた者が5名,「車が好きだから」と答えた者が2名,その 他が2名であった(図2)。 図2 受傷後の自動車運転に至った動機(自由回答)

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13 2)自動車の利用場面・利用頻度 自動車の利用場面について頻度の高いものを図3に示される5項目から調査 した。最も利用頻度が高い場面として,通勤・通学が 10 名,スポーツが6名で あった。また,1週間のうちに自動車を週4日以上利用すると回答した者は 17 名であり,C6損傷者で 11 名,C7以下の損傷者で6名であった。 図3 自動車の利用頻度の多い場面 3)自動車選びの注意点 自動車選びで注意する点の優先順位について回答を得た。選択項目は図4に 示す5項目で,上位2項目以内に選択されたものを図4に示した。1項目のみ の回答であった者が1名いたため回答数は 39 で,「座面の高さ」という項目が 回答数 13 で最も多かった。 図4 自動車選びの注意点(上位2項目)

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14 4)自動車に乗る際に困難な動作 乗車して車椅子を積み込み,運転操作を行い,車椅子を下ろして降車すると いう自動車運転の一連の動作の中で困難と感じる動作について調査した。回答 結果を図5に示す。最も多かったのは,「車椅子を積み込む」という動作で6名 であった。次に多かったのは「運転席に乗り移る」という動作で6名であり, うち C6レベルの回答は3名であった。また,運転席から車椅子への移乗を含め ると,移乗動作を最も困難と感じる者が8名と,最も高値を示した。 図5 自動車運転における困難なポイント 5)自動車とベッド・トイレでの移乗との比較 自動車の移乗とベッド・トイレでの移乗の難易度の違いについて調査した結 果を表2-1,2-2に示す。 ベッドへの移乗に関してはリフターを使用している者が C6A で1名,C6B2 で2名の計3名いた。トイレに関してはリフターや便座チェアーを使用してい る者が8名おり,C6A が2名,C6B2が5名,C7レベル以下1名であった。 自動車への移乗とベッドへの移乗を比較し,自動車への移乗の方が困難であ ると回答した者は 11 名,同程度であると回答した者は3名,ベッドの方が移乗 動作が困難であると回答した者は6名であった。ベッドの方が移乗動作が困難 であると回答した6名は全て C6であった。自動車への移乗とトイレへの移乗を 比較し,自動車への移乗の方が困難であると回答した者は3名,同程度と回答 した者は3名,トイレへの移乗の方が困難であると回答した者は 14 名であった。

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15 表2 自動車の移乗と他の移乗動作の難易度の比較 2-1 ベッドの移乗との比較 2-2 トイレの移乗との比較 レベル 車が困難 同程度 ベッドが困難 レベル 車が困難 同程度 トイレが困難 C6A 1 ― 1 C6A ― ― 2 C6B1 1 ― 1 C6B1 ― 1 1 C6B2 3 2 4 C6B2 ― ― 9 C6B3 1 ― ― C6B3 ― ― 1 C7以下 5 1 ― C7以下 3 2 1 計 11 3 6 計 3 3 14 2.移乗動作,車椅子の積み込み動作の分析 1)乗車に要した時間 図6はドアを開けてから自動車に移乗し,車椅子を積み込み,ドアを閉める という一連の動作(乗車)に要した時間及び各相の割合を,損傷レベル別に示 したものである。所要時間の平均は C6レベルで 267.7 秒,C7以下のレベルで 71.7 秒という結果であった。各相の平均時間の割合は,C6レベルでは準備相が, C7レベル以下では積み込み相が最も長いという結果を示した。 図6 所要時間と各相の平均時間の損傷レベル別比較 2)乗車方法 移乗相における殿部拳上方法について,水上 46 の報告に基づき,矢状面上の 動作として観察される push up strategy の分類を行った。また,積み込み相で の車椅子の積み込み方法についても画像から動作観察を行った。

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16 (1)移乗相 矢状面上の動作として観察される push up strategy(図7)について,水上 46は体幹の前傾が少なくほぼ垂直に殿部を挙上する方法(垂直型),体幹を大き く前傾させながら肩関節を軸に体全体が前方に回転するようにして殿部を後方 に引き上げる方法(回転型),両者の要素が混合した方法(混合型)の3つに分 類できるとしている。被験者別で主観的分類を行ったものを表3に示す。また, 頭部や膝をドアに当てて push up を行う(3点支持での push up)という方法(図

8)も観察された(C6A,C6B2で各2名)。 図7 Push up strategy 表3 Push up strategy の損傷レベル別分類 C6A C6B1 C6B2 C7 C8 計 垂直型(人) 2 1 4 1 ― 8 回転型(人) ― ― ― 1 1 3 混合型(人) ― 1 2 1 ― 4 図8 3点支持の push up (2)積み込み相 車椅子の積み込みについては全被験者で類似した方法が観察された。まず, 車椅子を畳む際にはクッションを取り除いた車椅子のシートに前腕または手指 垂直型 混合型 回転型

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17 を引っ掛けてシートを引っ張ることで畳むという方法で行っていた。右上肢で 畳む場合は左上肢でハンドルなど車内の物を支持し,左上肢で畳む場合は体幹 を右に回旋させた状態でシートとセンターピラーに体幹をもたれさせていた (図9-①)。次に車椅子のブレーキを外し,フロントパイプに前腕を引っ掛け て車椅子を動かしてキャスターを車体に引っ掛ける。そして,車椅子のブレー キを外したまま右前腕をフロントパイプに引っ掛けて肘屈曲と肩の水平内転に より大腿の上まで持ち上げ,体幹を倒してその上を通過させて後部座席に車椅 子を片付けるという方法であった(図9-②,③,④)。 図9 車椅子の積み込み動作 Ⅲ.考察 頚損者における自動車運転に関する実態を知ることを目的として,聞き取り 調査及び移乗動作と車椅子の積み込み動作の分析を行った。そして頚損者にと って自動車は利便性が高く,日常生活で欠かすことのできない移動手段である ことがわかった。また,脊損者にとって自動車運転が自立することは,就業率 の向上やその他の社会活動への参加を促すとともに,生活の満足度を向上させ ることが報告されている13-16が,本研究の聞き取り調査からも,自動車は利便性 の高さだけでなく,頚損者の社会参加のために必要なものであることが確認さ れた。さらに,Zancolli の分類で C6A に分類される頚損者も自動車運転が自立 していたことから,一般に自動車運転自立の上限と言われている C6B1以上の 損傷者でも自動車運転が自立する可能性があることを確認した。 聞き取り調査の中で,特に C6損傷者は,自動車運転の自立に関して,車椅子・ 運転席間の移乗動作を一つの大きなポイントと考えていることが確認された。 移乗動作は日常生活の他の場面でも遂行される,非常に重要な動作である。先 行研究では自動車運転の自立はトイレの移乗動作との関係が大きい16,49とされ ① ② ③ ④

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18 ている。聞き取り調査において,ベッド・トイレへの移乗と自動車への移乗と の難易度の違いについて,トイレの移乗の方が自動車よりも困難であると回答 した者が大半を占め,移乗が自立していない者もいた。トイレへの移乗は,自 動車の場合と比較し殿部の移動先が小さく,ハンドルやドアといった自動車の 場合に支えとなっている物がないということや,周囲が狭い場合は車椅子を十 分に近づけられないことが原因であると考えられた。また,頚損者の場合,ト イレでの移乗は行わずに,ベッド上で摘便を行う者も多い。移乗をする場合も, 自宅で行うことが多くリフターや便座チェアーの使用といった,ある程度自分 に合った環境で移乗が可能であるが,外出先等ではそれが容易ではない。この ことから,トイレへの移乗は動作の遂行頻度が多い自動車の場合よりも困難で ある可能性が高いと考えられた。また,移乗先が広く車椅子を近づけやすいこ とから簡単であると考えられがちなベッドの移乗の方が自動車に比べて困難で あるという回答がみられたことも興味深い結果であった。この理由として,支 持物がないため,移乗後に端座位姿勢を保持できずに倒れてしまうという回答 がみられた。さらに,ベッドの場合,座面が柔らかいため,端座位を保持する ためには安定性が低いことも考えられた。Chen50らは対麻痺者 30 名を対象に座 位バランスと課題動作との関連性を検討している。その中で,移乗動作の遂行 時間と座位バランスとの関連性は低かったものの,更衣動作や移乗動作のよう に,上肢の運動を必要とする動作には動的な座位バランス能力が関係すると述 べている。対麻痺者だけでなく,四肢麻痺である頚損者の場合も特に移乗動作 においては,動的な座位バランスが関連していることが予想され,移乗先の支 持物がないことや座面の柔らかさ等の環境が移乗動作を困難に感じさせている ことが考えられた。 車椅子・運転席間の移乗動作の方法については TB の使用・未使用だけでなく, push up strategy に違いが認められた。C6損傷者に関しては,垂直型の strategy を用いている者が多く,回転型の strategy を用いている者はいなかった。垂直 型の strategy を用いるのは体幹前屈の遠心性コントロールが困難な例とされて おり45,46,本研究の自動車への移乗動作においても類似した結果が得られた。ま

た,混合型の strategy を用いていた C6B1の1名に関しては,左下肢を膝屈曲 位で車内に入れ,左大腿の上に自分の体幹を乗せるようにして体幹の前傾を大

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19 きくしながら遠心性のコントロールを行っていた。他にも,頭部や膝をドアに 当てた状態で push up を行っている例もみられた。このことからより高位の損 傷者では下肢の位置を工夫することや,上肢以外での支持を増やすことで,体 幹前傾の遠心性コントロールを保つことを可能にしていることが示唆された。 一般的に,理学療法場面では,頚損者の移乗動作について,ベッド・トイレ・ 自動車という順で動作指導を行うことが多い。日常生活での必要性を考慮する と,優先的にベッドやトイレへの移乗動作が指導されることは当然であるかも しれない。しかし調査の結果から,自動車への移乗動作の方が容易であると感 じている者も多く,必ずしもベッド,トイレ,自動車という順序で移乗の指導 を行うのではなく,早期から自動車への移乗動作等の関連動作を指導していく ことで,対象者の社会参加に対する意欲を高めていく可能性が示唆された。ま た,周囲の環境を利用した移乗方法や,代償を活用した動作を習得する練習に もなり得るとともに,自動車の環境を参考にベッドやトイレの環境を整えるこ とでも移乗動作がより円滑に行うことができるようになる可能性も示唆された。

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20 第2章 頚髄損傷者の自動車への移乗動作における運動学的特徴の分析 移乗動作は頚損者にとって非常に重要で,獲得する意義の大きい動作である。 移乗動作は日常生活場面で,ベッドやトイレへの移動など幅広く用いられるた め,頚損者が日常生活を営む上で必要不可欠であり,社会参加の拡大を促進す る。この点については,第 1 章においても報告した。特に自動車への移乗動作 の獲得は,自動車運転の自立に関係するため,行動範囲を拡大し,就業率にも 影響する等,彼らの社会参加拡大に直結する 4,5,7。平成 18 年4月に実施された 医療制度改革により,医療保険によるリハでは診療報酬を算定できる日数が制 限された。そのため,いかに効率的に ADL を獲得するかということを考慮して リハを実施する必要があり,社会参加拡大に直結する自動車への移乗動作につ いて,その運動学的な特徴を理解しておくことは非常に重要であると考える。 頚損者の移乗動作について,自動車という特別な環境下で運動学的な研究を 行ったものはないが,胸腰髄損傷者も含め,移乗動作について実験環境で運動 学的に分析した研究はいくつかみられる36-42。Allison ら36は脊損者の長座位で の移乗動作について前額面上の運動を観察しており,特に C7以上の高位損傷者 は,殿部の移動方向に対し頭部が反対に移動する rotatory pattern という strategy を用いることを示している 36,37。また,その他の脊損者の移乗動作に ついての研究では,矢状面上の運動について観察しており,頭部と体幹の協調 的な屈曲動作によって殿部を拳上することが効率的であることが示されている 36-41 このような先行研究の結果から,頚損者は自動車への移乗動作において,効 率的に動作を遂行するために前額面上での動作として観察される strategy であ る rotatory pattern だけでなく,矢状面上の動作としても頭部と体幹の協調的 な運動による strategy を用いていることが考えられる。しかし,前述したよう に,頚損者の自動車への移乗動作についての研究はない。頚損者の自動車への 移乗動作では,特に肘関節の伸筋である上腕三頭筋が十分に作用しない C6頚損 者は,それぞれ自身の身体機能に応じた自動車や車椅子を選択しており,その 仕様は個々により異なるため,実験環境を統一した上で自動車への移乗動作を 実施することは容易でない。つまり,頚損者の自動車への移乗動作においては,

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21 日常的な条件下での動作を評価することが,彼らの能力向上にとって有益な知 見を得ることにつながると考えられる。そこで本研究の目的は,C6頚損者の自 身の自動車と車椅子を用いた,日常的な自動車への移乗動作の運動学的な特徴 を分析することとした。 Ⅰ.対象および方法 1.被験者 本研究では,車椅子や自動車のシートの高さ,身体機能など可能な限り条件 を統一するため,4名の C6頚損者を対象とした(表4)。全被験者が American

Spinal Injury Association(ASIA)の神経学的分類51,52で grade A(完全損傷)

であり,ASIA の上肢機能スコアは 18 から 22 の範囲であった。研究の参加条件 は,(1)TB 等の自助具を使用して,自動車への移乗動作が可能である,(2) 肘関節に拘縮や変形を認めない,(3)肩関節に疼痛を有していない,(4)受 傷後の年数には制限を設けないというものであった。 本研究は,大阪府立大学大学院総合リハビリテーション学研究科研究倫理委 員会によって承認を得た後(承認番号;09-102),被験者に口頭及び紙面にて本 研究の主旨を説明し,同意を得た上で実施した。 表4 被験者の基本情報 被験者 年齢 (歳) 身長 (cm) 体重 (kg) Body Mass Index (kg/m2) 受傷後年数 (年) 損傷 レベル ASIA 神経学的分類 ASIA 上肢運動スコア (/50) A 49 169.0 65.0 22.8 12 C6 A 18 B 40 176.0 60.0 19.4 18 C6 A 18 C 36 173.0 52.0 17.4 20 C6 A 18 D 35 182.0 70.0 21.1 15 C6 A 22 2.車椅子・運転席間の移乗 頚損者の日常的な自動車への移乗動作を評価するため,被験者には自身の車 椅子と自動車を使用した移乗動作を行わせた。車椅子は全て手動型であり,シ ートは後傾していた。また,被験者の使用した自動車は全てステーションワゴ

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22 ンタイプのものであり,車椅子と運転席のシート高の差は全被験者で5cm 以下 であった。移乗を行う際,車椅子を自動車に近づける角度については規定しな かったが,運転席と車椅子とのなす角度は全被験者で 40°以下であった(表5)。 表5 車椅子,自動車の設定 被験者 車椅子シート高 (cm) 運転席シート高 (cm) 車椅子シート 角度 (°) 車椅子・自動車間 角度 (°) A 50.0 52.0 13.1 35.2 B 52.0 53.0 12.8 27.7 C 52.0 57.0 14.1 23.6 D 50.0 54.0 14.1 30.5 平均 51.0 54.0 13.5 29.3 SD 1.2 2.2 0.7 4.9 自動車への移乗動作のデータ採取には本学の駐車場を使用した。被験者は車 椅子を運転席側から接近させ,運転席のドアを最大に開扉させて,移乗動作を 実施した(図 10-A,B)。車椅子上での開始肢位は,(1)体幹をバックレストに もたれさせ伸展した状態で,(2)両手を大腿の上に置き,(3)両足部は車椅 子のフットレスト上に乗せた姿勢とした。移乗動作は運転席に移った時点で終 了とした。被験者は殿部を十分に拳上させることが困難であるため,TB のよう な自助具を用いることを許可した。それぞれ,2回の移乗動作を実施させ,時 間の制限は設けなかった。移乗動作開始前に,被験者には普段通りに移乗動作 を実施するよう伝え,さらに開始時の手や殿部の位置については被験者の各試 行間で統一させた。 図 10 ビデオカメラの設定 A B

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23 3.運動学的分析 主に頚部,体幹の運動学的特徴を分析するため,被験者の身体ランドマーク 上には蛍光マーカーを貼付した。マーカーの貼付部位は,頭頂,両側肩峰,両 側大転子,両側膝関節裂隙外側の7か所とした。そして,自動車への移乗動作 について,周囲に設置した6台のデジタルビデオカメラ(図 10-A,B)で撮影し, ビデオ式三次元動作解析装置 ToMoCo VM(東総システム社製)にて解析・処理を 行った。取り込み周波数は 60Hz とした。自動車の左右及び前方にそれぞれ2台 ずつのカメラを設置し,撮影した画像からマーカーを確認できるように,5台 (図 10-A,実線の円で示したもの)は高い位置に,もう1台(図 10-A,破線の 円で示したもの)は助手席側のドアを最大に開扉させて,助手席側に設置した。 データの解析には所要時間の短いものを採用した。 本研究では,カメラの設置方法が特殊であり,撮影した映像をケーブルによ って直接コンピューターに取り込むことができなかったため,データ処理の過 程で,各カメラの映像を同期させる必要があった。そのため,各カメラから撮 影できる場所で風船を割り,取り込んだ 60Hz の映像から,その風船が割れる瞬 間を確認することで各カメラの映像を同期させた。 移乗動作の開始点は,殿部の側方移動のために体幹の動作が開始した点と定 義し,運転席に移乗した後,体幹の動作が静止した点を動作の終了とした。な お,空間座標は移乗動作を行う空間にあらかじめ設置したキャリブレーション フレームによって校正し,三次元化処理を加えた。座標系は,空間の前後方向 を X 軸,左右方向を Y 軸,垂直方向を Z 軸と定義した。そして,解析を行った データから,所要時間,頭部と殿部の側方移動距離,頚部屈曲角度と体幹前傾 角度の変位について算出した。Allison らの研究36に基づき殿部の側方移動は Y 軸方向への変位と定義し,本研究では両側大転子の中点から殿部の側方移動距 離を算出した。同様に,頭部の側方移動は頭頂の Y 軸歩行への変位と定義した。 頚部の屈曲角度と体幹の前傾角度の算出方法については図 11 に示す。頚部屈 曲角度は,頭頂から両側肩峰の中点を結んだ直線と,両側大転子の中点から両 側肩峰の中点を結んだ直線のなす角度(A)と定義し,体幹前傾角度は,両側肩 峰の中点から両側大転子の中点を結んだ直線と垂線(Z 軸)とのなす角度(B) と定義した。

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24

図 11 マーカー貼付部位と座標軸

4.データ処理

一般的に移乗動作は,運動学的及び動力学的なパラメーターを基に,pre-lift phase, lift phase, post-lift phase の3相で構成される36-42。しかし,本研

究の被験者は,車椅子のシートから殿部を十分に拳上させることが困難であっ たため,このような相分類はできなかった。そこで,本研究では殿部の側方移 動に着目して相分類を行った。図 12 に殿部側方移動の一例を示す。このよう な殿部側方移動のデータから,運転席への移乗動作(第1章「相分けの定義」 での「移乗相」)を static phase(殿部が静止している相)と dynamic phase (殿部が側方へ移動している相)の2種類の相に分類した。被験者は複数回殿 部を移動させることで運転席に移乗していたため,これらの相は各被験者で複 数回観察された。そこで,それぞれの相に対し,static phaseⅠ,dynamic phase Ⅰ,static phaseⅡ,dynamic phaseⅡというように,順に番号を付けた。さ らに,運動学的特徴を明らかにするため,この新たな方法で分類した相におけ る殿部の移動距離,移動速度についても算出した。そして,映像から dynamic phase の中で殿部が TB を離れる相を確認し,lift off phase と定義した。

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Lift off phase における運動学的なデータは時間を 100%に正規化して分析 した。そして,Allison らの先行研究36と類似した方法によって,lift off phase

の頭部と殿部の側方移動の関係について相関係数を求め, 前額面上の動作 strategy を分析した。相関係数が 0.70 より大きい場合,つまり強い正の相関を 示したものを translatory pattern,逆に強い負の相関を示したものを rotatory pattern と定義した。そして,弱いあるいは中等度の正の相関を示したものを mixed pattern とした。さらに,lift off phase における頚部屈曲角度と体幹 前傾角度の変位についても相関係数を求め,これらの運動についての strategy も分析した。統計ソフトは SPSS ver.18 を使用し,有意水準は P<0.05 とした。 Ⅱ.結果 1.自動車への移乗動作の所要時間と各相の運動学的特徴 自動車への移乗動作の所要時間と各相の割合について表6に示す。平均所要 時間は 26.5±9.1 秒(14.0~35.0 秒)であり,被験者 A が最も長く,被験者 C が最も短いという結果を示した。また,全被験者において TB またはクッション を自助具として使用していた。 表6 自動車への移乗動作の所要時間と各相の割合 A B C D 各相割合 (%) Static phase I N.D. N.D. 17.0 30.0 Dynamic phase I 18.0 37.0 9.0 8.0 Static phase Ⅱ 20.0 14.0 58.0 7.0 Dynamic phase Ⅱ 21.0 12.0 16.0 10.0 Static phase Ⅲ 27.0 16.0 N.D. 28.0 Dynamic phase Ⅲ 14.0 21.0 N.D. 17.0 dynamic phases の合計 53.0 70.0 25.0 35.0 所要時間(秒) 35.0 31.0 14.0 26.0 N.D.: No Data.

さらに,各被験者の static phase と dynamic phase の構成は異なっており, 被験者 D は static phase が3相あったのに対し,他の被験者は2相であった。

(30)

26 また,dynamic phase については,被験者 C が2相,他の被験者は3相であった。 つまり,それぞれの移乗動作について,被験者 C は4相,被験者 A と B は5相, 被験者 D は6相で構成されていた。dynamic phase に費やす時間の割合は被験者 A と B が他の2名より大きいという結果を示した。 殿部の側方移動距離及び移動速度について表7に示す。被験者 A と B は C,D と比較し,殿部の側方移動距離が短かった。また,被験者 C は dynamic phase Ⅰで殿部の移動速度が最も高値を示した。dynamic phaseⅡにおいて,被験者 A, B の殿部移動速度は他の被験者よりも遅かった。さらに,dynamic phaseⅢでの 殿部移動速度は,被験者 D が最も遅かった。

TB から殿部が離れる相を確認し,lift off phase とした結果,被験者 A,C は最後の相(dynamic phaseⅡまたはⅢ),被験者 B,D は dynamic phaseⅡが lift off phase であることが確認できた。 表7 殿部側方移動距離と dynamic phase の殿部移動速度 被験者 A B C D 側方移動距離 (cm) 46.8 53.3 60.8 58.2 殿部移動速度 (cm/sec) Dynamic phase I 2.4 4.0 12.5 6.8 Dynamic phase Ⅱ 0.8 1.3 15.6 8.7 Dynamic phase Ⅲ 5.0 1.4 N.D. 5.1 N.D.: No Data. 2.頭部と殿部の側方移動の関係

図 14 に lift off phase における頭部と殿部の側方移動の相関関係について 示す。全被験者の lift off phase で強い負の相関がみられた。つまり,全被験 者が殿部の移動方向と反対に頭部を移動させる rotatory pattern を用いて殿部 を移動させていた。

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27

図 13 lift off phase における頭部と殿部の側方移動の関係

3.頚部屈曲と体幹前傾の角度変化の関係

Lift off phase における頚部屈曲と体幹前傾の角度について,変化の関係を 分析した結果,被験者 B と C は負の相関を示した(それぞれ r=-0.98 と r=-0.77)

が,一方で,被験者 D は正の相関を示した(r=0.75)。被験者 A では相関がみら

れなかった(r=-0.36)。

図 14 に lift off phase における頚部屈曲と体幹前傾の角度変化を示す。被 験者 D はこの相で頚部の屈曲と体幹の前傾を同時に行っており,その角度変化 はそれぞれ 30.4°~47.2°,35.2°~43.8°であった。被験者 B では頚部の伸 展に伴う体幹の前傾が観察され,頚部の屈曲角度の範囲は 22.7°~46.7°,体 幹前傾角度は 37.6°~45.2°であった。また,同じように負の相関を示した被 験者 C では,lift off phase の前半には頚部伸展に伴う体幹前傾が,後半には 頚部屈曲に伴う体幹の伸展が観察された。頚部屈曲角度及び体幹前傾角度の範 囲はそれぞれ,32.9°~62.6°,18.1°~26.7°であった。頚部,体幹の運動 に相関がみられなかった被験者 A は頚部屈曲角度が 34.1°~58.5°,体幹前傾 角度は 10.1°~23.6°の範囲を示した。

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図 14 Lift off phase における頚部屈曲角度と体幹前傾角度の変位

Ⅲ.考察 C6頚損者は体幹機能の障害だけでなく,上肢にも麻痺があるため,移乗動作 の獲得が容易ではない 36,37,53。さらに,自動車への移乗動作では,C6頚損者は TB のような自助具の使用や周囲の環境設定が必要とされ,自身に適した設定や, 自動車の選択,そして多様な代償動作を用いることで,この動作を獲得してい る。これらの実態や運動学的特徴について明らかにしていくことが,頚損者の 社会参加を拡大するための有用な情報となることが考えられるが,C6頚損者の 自動車の移乗動作について運動学的に分析した研究はない。そのため,本研究 では C6頚損者の日常的な環境下での自動車への移乗動作を分析すること,さら に頭頚部・体幹の運動に焦点を当てた。 移乗動作中の殿部拳上が容易でない C6頚損者が対象であったが,殿部の側方 移動を基に,自動車への移乗動作を複数の static phase と dynamic phase に分 類することができた。最初または2回目の dynamic phase では,全被験者が車 椅子上での殿部移動を行っていた。つまりこれらの相は lift off phase の準備 段階である,pre-lift off phase と考えられる。この pre-lift off phase の割

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29 合は各被験者で異なっており,この相が長かった被験者 A,B は,他の被験者よ りも移乗動作能力が低い可能性があった。これは,2名の車椅子・運転席間の 距離が他の被験者よりも短かったことや,殿部の側方移動速度が遅かったこと からも予測できる(表7)。つまり,被験者 A,B には長い準備期間が必要であ り,これが移乗動作を安全に遂行することや,疲労を防ぐための代償的な相で あることが考えられた。 頭部と殿部の側方移動の関係については,上肢機能にわずかな差があったに も関わらず,全被験者で rotatory pattern を示した(図 13)。本研究で分析し た動作方法は Allison らの研究36,37での方法とは異なるが,頚損者は自動車への 移乗動作における殿部を拳上し側方へ移動させるための strategy として, rotatory pattern を用いやすいことが示唆された。しかし,矢状面上での頚部 と体幹の動作については全被験者で異なる strategy が観察された。胸腰髄損傷 者は殿部を拳上するために,頭部と体幹の協調的な屈曲動作を用いて効率的に 行うという報告がいくつかみられるが38-41,本研究では被験者 D のみ,協調的に 屈曲させることで殿部を移動させていた。被験者 D のみ他の被験者よりもわず かに上肢機能が高いため(表4),座位での動的バランス能力が他の被験者より も高く,このような結果になったと考えられた。被験者 B と C においては,頭 部と体幹が協調的に反対の方向へ動いていた。一般的に頚損者は胸腰髄損傷者 よりも動的なバランス能力が低い 36,37,39,54。さらに,被験者 B,C は上肢機能が 低かった(表4)。そのため,身体重心を前方へ移動させるために体幹を前傾す ることが困難であり,体幹前傾による重心の過剰な前方変位を避けるため,代 償的に頚部を伸展させていたことが考えられる。また,被験者 B においては, ドアに頭部を当てて体幹の前傾角度を保持していたため,被験者 B の体幹前傾 角度は被験者 C よりも高値を示した。この代償的な動作が,C6頚損者の動的バ ランス能力をコントロールするための strategy の一つであることが考えられた。 被験者 C は被験者 B とはまた異なる strategy を用いていた。被験者 C は lift off phase の前半では被験者 B と同様,頚部の伸展と体幹の前傾を同時に行って いたが,後半は頚部の屈曲に伴い,体幹を伸展させていた。被験者 C は殿部の 側方移動速度が最も速かったことが動的なバランス能力に影響し,lift off phase でそれを保持するために,より複雑な頚部でのコントロールが要求された

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30 可能性がある。その結果,被験者 C は頚部と体幹の運動が 2 段階生じていたと 考えられる。 被験者 A では頚部と体幹の角度変化の間に相関はみられなかったことから, 頚部と体幹の協調的な動作が十分に生じていないことが示された(図 14)。受傷 時の年齢が高いほど運動機能の改善が乏しく,獲得できる ADL にも影響を及ぼ すという結果がいくつか報告されている55-57。被験者 A においては,受傷時の年 齢(表4)が 37 歳と,他の被験者と比較し高かったことが影響している可能性 が考えられた。 本研究の結果から,C6頚損者が自動車への移乗動作で殿部を移動する際に rotatory pattern を用いやすいことが明らかとなった。しかし,頚部と体幹の 動作については各被験者で異なる strategy を用いていた。これらの strategy の違いには,主に肩周囲筋,特に肩関節屈筋や外転筋といった上肢機能の影響 を受ける動的なバランス能力が関与していると予想されるが,本研究ではこれ らの筋力について十分な評価を行っていなかった。 本研究の限界点は,結果の再現性が使用された車椅子や自動車に大きく依存 することである。実験環境を整えて自動車への移乗動作を行わず,自身の自動 車や車椅子を用いたことで,それぞれ異なった strategy を選択した可能性が考 えられる。 さらに,本研究は Allison らの研究方法に基づいて殿部の側方移動を算出し たが,移乗動作中の殿部の移動方向は変化していくため,殿部の水平面上での 移動が厳密に側方への移動を反映していたわけではなかった。しかし,側方移 乗動作中の頭部と殿部の運動方向の関係性について,少なくとも全被験者で同 じ傾向を示していたことには違いない。また,頚損者の移乗動作において,脊 柱の可動性を考慮することは非常に重要なことであるが,本研究で使用したマ ーカーセットは複数の椎体で構成される脊柱の複雑な可動性については測定で きなかった。今回の結果からは,C6頚損者の自動車への移乗動作の特徴を十分 に明らかにできたわけではないが,日常的な自動車への移乗動作について,運 動学的に分析した研究はないため,本研究の結果は頚損者に関わる医療従事者 等にとって有益な情報を提供するものであると考える。

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31 第3章 頚髄損傷者の自動車への移乗動作と座位バランスとの関連性の検討 第2章で頚損者の自動車への移乗動作における運動学的な特徴を明らかにす るため,三次元動作解析を行い,主に頭頚部及び体幹の運動について分析を行 った。その結果,頚損者の自動車への移乗動作では,殿部の移動方向と反対に 頭部が移動する rotatory pattern を示しやすいことが明らかとなった。また, 頭頚部と体幹の協調的な屈曲動作は,殿部拳上を効率的に行うために重要であ るとされているが,本研究で対象とした C6頚損者においてはそれらを行うこと は容易でないため,体幹の前傾動作を頚部でコントロールしながら殿部を移動 させていることが確認された。 頚損者は完全麻痺であれば,体幹・骨盤・下肢筋の麻痺のため,筋活動によ る座位姿勢保持は期待できない。頚損者の座位姿勢の特徴は,①骨盤後傾位で の座面支持が両坐骨と尾骨による三点支持であること,②胸腰椎後弯・頚椎伸 展位での円背姿勢,③脊椎の各椎間関節の可動性限界による骨性ロック及び各 靭帯の緊張による屈曲限界位の利用,④頭部・頚部・肩甲帯・上肢の位置の移 動による重心コントロール及び立ち直りの利用,とされる58-60 座位保持能力の獲得が頚損者の日常生活に欠かせないことは言うまでもない が,単に座位保持をするだけでなく,車椅子上やベッド上で座位を保持しなが ら,上肢の活動を行う必要があり,髄節レベルより下位の知覚・運動の麻痺が ある頚損者にとっては,動的な座位バランス能力が影響することが予想される。 脊損者の動的な座位バランス能力と移乗動作を含む日常生活動作との関連性 を検討した報告はいくらかみられる50,61,62。Jorgensen は2つの座位バランス評

価バッテリーを用い,機能的自立度評価表(Functional Independence Measure;

FIM)の小項目のスコアとの関連性を検討している62。そこでは,ベッドへの移 乗動作と座位バランスには中等度の相関がみられたが,トイレへの移乗動作と は相関がみられなかったことを報告している。また,Chen らも様々な ADL や身 辺動作との関連性を検証し,上肢の運動が必要な更衣動作や,移乗動作の遂行 時間には座位バランス能力が関係していることを述べている50。しかし,脊損者 の社会参加拡大に直結する自動車への移乗動作においては,座位バランスとの 関連性を検討した報告がない。特に頚損者の場合,下肢だけでなく,上肢,体

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32 幹の麻痺もあるため,体幹のコントロールを他の部分でいかに代償するかが重 要であり,他の日常生活場面の移乗動作と同様に動的な座位バランス能力との 関連性は強いことが予想される。また,理学療法場面において,急性期の褥瘡 発生などによる長期臥床により,脊柱の可動性が低下すると,座位時の脊柱後 弯が阻害され,座位獲得に難渋することを経験する。しかし,第2章では頭頚 部・体幹の運動学的な分析を中心に行ったにも関わらず,頚損者の座位バラン ス保持に重要と考えられる脊柱の可動性までは評価できなかった。そこで本章 での目的は,頚損者の自動車への移乗動作と,座位バランス,脊柱の可動性と の関連性について明らかにすることとした。 Ⅰ.対象および方法 1.対象 対象は自動車運転が自立している7名の男性頚髄損傷者とした(平均年齢: 35.3±8.2 歳)。被験者は全て American Spinal Injury Association51-52の神経

機能学的分類で grade A の完全損傷であった。なお,損傷レベルは Zancolli の 分類48では C6B1から C6B3であった。被験者の基本情報は表8に示す。 表8 被験者の基本情報 被験者 年齢 (歳) Zancolli の 分類 受傷後年数 (年) 身長 (cm) 体重 (kg) A 49 C6B1 12 169 65.0 B 40 C6B1 18 176 60.0 C 36 C6B1 20 173 52.0 D 35 C6B1 15 182 70.0 E 22 C6B2 7 164 60.0 F 34 C6B3 17 173 75.0 G 31 C6B3 11 170 54.5 Mean 35.3 ― 14.3 172.4 62.4 SD 8.2 ― 4.5 5.7 8.2 本研究参加の条件として,(1)移乗動作が自立していること,(2)肘関節 の屈曲拘縮がないこと,(3)上肢に疼痛を有していないこととした。また,受

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傷後の年数には制限を設けなかった。被験者には研究の目的について口頭およ び書面にて説明を行い,同意を得た上で実施した。

2.座位バランスの評価

座位バランスは Modified Functional Reach Test(MFRT)63を用いて評価し

た。全被験者はプラットフォーム上端座位となり,膝関節・足関節は 90°屈曲 位,足底が接地するような姿勢を取った。全被験者に対し,80°の背もたれを 使用した。各被験者の左右の上肢で測定を行い,数値の大きい方をデータとし て採用した。リーチ動作はバックレストにもたれた状態で,上肢を地面と平行 に拳上させた状態から開始し,そのまま可能な限り前方へのリーチ動作を実施 させた。なお,第3指尖を測定のランドマークとし,開始位置から最大リーチ 時までの移動距離を測定した。測定中は被験者の手関節は掌背屈中間位とし, 非測定側の上肢はカウンターバランスのためだけに使うことは許可したが,座 面の支持やプラットフォーム端の把持は許可しなかった(図 15)。なお,各試行 においてバックレストにもたれ,安静座位を取ることを認めた。

図 15 Modified Functional Reach Test

3.脊柱の可動性の評価 水上は,脊損者の脊柱の可動性について,X 線画像や傾斜計,画像解析等を用 いず,理学療法の臨床場面でも測定が可能な脊柱後弯率と,さらに簡易的に測 定が可能な体幹後弯度の算出を考案した64。体幹屈曲の柔軟性を評価する体幹後 弯度は,脊柱後弯率との有意な相関関係が確認され,脊柱後弯率を近似的に表 す指標となることが示唆されている65 。本研究では,水上の先行研究を基に,

図 11  マーカー貼付部位と座標軸
図 13  lift off phase における頭部と殿部の側方移動の関係
図 14  Lift off phase における頚部屈曲角度と体幹前傾角度の変位
図 15  Modified Functional Reach Test

参照

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