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クワン川の水環境問題から見えてくるもの : 日本の三つの関わりを通して

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滋賀大学経済学部研究年報Vol.11  2004 一29一

クワン川の水環境問題から見えてくるもの

一日本の三つの関わりを通して一

寸 澤 直 樹

1.はじめに  クワン川は,タイ北部の古都であり,現在 も同地方の中心都市をなすチェンマイ市の近 郊を流れている。そして,チェンマイ市の少 し南に位置する,より古の都であった小都市 ラングーンを流下したのち,その南西郊外で 北部タイの主要河川のひとつであるピン川に 合流する。さらに,ピン川はやがてナン川な ど他の主要4河川と合流し,タイを代表する 河川であるチャオプラや川を形づくるにいた っている。  こうしたクワン川のチェンマイ市から少し 北西部にメー・クワン・ダムが建設されてい るのだが,このダムとラングーン市との間, 直線距離にして50キロに満たない短い区間 に,クワン川の利水や治水あるいは水質管理 と結びついた,三つの異なるタイプの日本の 関わりを見出すことができる。すなわち,ま ず,メー・クワン・ダム自体日本の技術的, 財政的援助を得て建設されたものである。さ らに,その運用効果改善のため,タイからの 要請を受けてJICAがシニア海外ボランティ ア制度による技術顧問を派遣した。かつ,そ の日本人技術者は,シニア海外ボランティア としての任期満了後も自主的に残留して,ダ ムの運用効果改善のための地域システム構築 に協力を行った。  第二に,タイ北部の工業化を促進するべく ラングーン市の北西方に設けられた北部地域 工業団地(Northem Region Industrial Estate NRIE)は,工業用水をクワン川から 取水し,また工場排水をクワン川に放流して いるのだが,この工業団地において日系企業 は雇用労働者数にすると6割以上という大き な比重を占めている。 図1 クワン川流域

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”  第三に,近年ラングーン市では,行政当局 の主導の下に,生活の足もとからクワン川の 水質浄化を図る住民運動が展開された。この 運動を,国連環境計画国際環境技術センター (UNEP−IETC)を支援するため大阪に設置 された財団法人地球環境センター(GEC)1) が,日本の市民運動団体と提携しながら援助 していた。  こうして,クワン川沿いのごく小さな地域 に,公的援助,多国籍企業の進出,さらに市 民レベルでの連携という,日本が発展途上諸 国の環境問題に現地において直接的に関わり 合うさいの三つの代表的な類型を見出すこと ができる。しかも,これら三つの事例には, 市民参加や説明責任あるいは技術の質といっ た環境問題への取り組みの現代的キーワード に関わる要素が内包されている。また,三つ の事例すべてを貫く前二者の観点に照らして の比較も興味深い。のみならず,第三の事例 からは,地域に根ざした環境NGOを育てて いくうえであらためて省みるべき論点も浮か び上がってくる。  そこで,以下,次の手川留で考察を進めるこ ととしたい。まず次節において,上述の三つ の事例の背景をなすところの,タイにおける 水環境問題をめぐる一般的状況について確認 する。ついで第三節において,三つの事例に 立ち入った考察を加えよう。最後に,第三節 での考察からどのような事柄が見えてくるの かを総括するとともに,第三の事例は地域に 根ざした環境NGOの生成・発展に関わって どのような論点を投げかけているのかについ て,ラングーン市での取り組みのタイ側アド 1)1990年に開催された「国際花と緑の博覧会」 を記念して大阪市が地球環境保全に関わる国際 機関の誘致を働きかけ,政府の支援により UNEP−IETCの大阪への設置が決定された。この UNEP−IETCを支援するため,大阪府,大阪市が 基本財産を拠出して設立されたのがGECである。 バイザーであったP.タングシカブート氏と日 本のNGOを訪れたさいの知見を交えながら 若干検討してみる。 ll.水環境問題をめぐる一般的状況 1.水質問題  タイの環境問題に関わっては,交通警官の 服装に象徴されるようなバンコクにおける大 気汚染がよく知られてきたが,バンコクにつ いて言えば水環境問題にも深刻なものがあ る。巨大都市バンコクを流れるチャオプラや 川は,とりわけ家庭からの生活排水によって 汚染され,下流域ではとても生活用水として 用いられる状況にないというわけである。タ イ全体についても,公害管理局(Pollution Control Department PCD)が実施した1997 年の全国48河川等の363箇所にわたる水質調 査では,調査対象の14%が水質良好と判定さ れる一方で,37%は水質劣悪でそのままでは 生活用水にも農業用水にも不適と評価されて いる。  汚染源としては,うえにも触れたように生 活排水が大きな比重を占めているが,バンコ ク以南のチャオプラや川下流域でもBODの 2割は工場排水に由来するとみなされてい る。また,ターチン川やクロン川では工場排 水由来のものが4割前後を占めて3割前後の 生活排水由来のものをしのぐ。と同時に,両 河川では農業排水由来のものがやはり3割前 後を占めていることも注目される。ちなみに, ターチン川下流域はチャオプラや川下流域と 並んでもっとも汚染が深刻な地域である。  ピン川をはじめ北部主要4河川の水質は良 好と判定されている。とはいえ,水質の悪化 傾向に一定の懸念が呈されている。のみなら ず,チェンマイ市など人口密集地周辺におい て生活排水が水質悪化を引き起こしているこ

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クワン川の水環境問題から見えてくるもの一日本の三つの関わりを通して (梅澤 直樹) 一31一 とに対して注意が喚起されている2)。じっ さい,2001年に筆者も同行した,チェンマイ 市中心部を貫流する運河メー・カについての 川嶋聖賢氏らによる水質調査において,チェ ンマイ市内を下るにつれての水質悪化にはき わめて顕著なものがあった。  こうした状況のもとでタイにおける環境行 政はいかなるものであったのかに目を移そ う。まず,1961年以降積み重ねられていった 経済社会開発5ヵ年計画のもと,外資に依拠 しながらも,そして国内に大きな地域的歪み を伴いつつも,経済発展は進んでいった3)。 そうしたなかいくつかの公害問題も表面化 し,1972年には国家環境質法が制定されると ともに,1974年憲法には自然の保全や汚染防 止の規定が置かれるようになった。ただ,そ うした取り組みにどこまで実効性が伴ってい たかには疑問があり,経済社会開発5ヵ年計 画において環境対策に本腰が入れられるよう になったのは第6次計画(1986年一1991年) 以降だと言われる。とりわけ,第7次計画 (1991年一1996年)のもとで目標とする環境 質の水準が明確に掲げられ,1992年には国家 環境質法が全面改正されて規制違反に対して 2) M.Kaosa−ard/P.Wijukprasert ed. The State of Envtronment in Thazland:A Decade of Change, Natural Resorces and Environment Program Thailand Deveiopment Research lnstitute, 2000, p.p.149− 152,154−57,161−162.なお,日本環境会議/「アジ ア環境白書」編集委員会編『アジア環境白書 1997/98』東洋経済新報社,1997年置第3章(ス  ンニ・マリカマル,磯野弥生執筆)152−161ペー ジをも参照。 3)第1次計画においては経済開発5比年計画で あり,経済社会開発計画となったのは第2次計 画以降である。また,最初は輸入代替型で軽工 業中心であったが,貿易赤字の拡大や日本商品 の氾濫などを生み,1971年に始まる第3次計画 の頃より重化学工業の比重を高め,輸出志向に 向かった。とともに,外国資本への規制も強め た。小野澤正喜編「暮らしがわかるアジア読本 タイ』河出書房新社,1994年,19,34ページ参照。 刑罰規定が置かれるなど,環境行政は大きな 転換点を経過した4>。  水質問題への取り組みも,こうした環境行 政全般の動向に即応している。すなわち,1978 年に土壌中への排水に際しての技術基準等に 関する工業省通達(Ministerial Instruction) が示されて取り組みは開始されているが,そ の後の特筆されるべき動きは1986年における

地表水の水質基準に関する工業省布告

(Ministerial Declaration)をまたねばならな かったようである。ついで,国家環境委員会 (The National Environment Board)により, 1989年に下水に関して,また1991年には海水 に関して,さらに同年工業団地及び住宅団地 からの排水に関して規制基準が定められた。  さらに,1992年に国家環境質増進保護法が 制定されて,都市下水問題の解決は現実味を 増した。同法のもとで,1994年には建造物の 類型や規模ごとに排水規制基準が定められ, そうした規制は翌年にかけてさらなる工業省 布告やその改定を通じて具体化,強化されて いった。くわえて,1996年には工場や工業団 地からの排水に関する基準が制定され,それ に従うべき工場や工業団地の類型も工業省布 告により定められた。  また,水質のモニターについては,1983年 以来PCDがすべての国内の河川,湖沼,海岸 等について責任をもつこととなった。1997年 には,55の河川等に対する403箇所の測定所 を含む,全国で597箇所の測定所が設置され るにいたっている。  のみならず,PCDなどにより水質問題解決 のための包括的政策,すなわちプロジェクト のフィージビリティ調査から排水処理施設の デザイン,土地取得,低利融資などにいたる までの諸政策が実施されてきた。だが,それ 4)『アジア環境白書1997/98』,140−142,144,162 ページ参照。

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らがさしあたり緊急対策の求められる地域に 留まってきたことも事実である。  この点,予算規模でみると,1997年財政年 度で環境保護費は130億バーツ弱に達するよ うになったが,予算全体に対する比率では 1.3%に留まっていた。また,環境保護費の うちの35%が水質汚染対策に向けられ,予算 規模では9億バーツ強(1992年度)から44億 バーツ(1997年)へと拡大してきているので あるが,対策を要する水質問悪の広がりに比 すればいわば雀の涙と評されることとなって いる5)。  最後に,次節との関わりにおいて工場排水 』に絞ってもう少し状況を確認しておくと,工 業地帯に立地する工場はまずまず責任ある対 処を行っているとみなされている。但し,排 水処理施設が導入されている地域,たとえば プーケットやバンコクにおいて処理費用の負 担関係をみると,汚染者負担原則が貫かれて はいない。最大の理由は,排水処理施設をい っそう増設するといった工学的手法に頼るほ うが政治的問題を惹起しなくてよいという判 断である。この手法だと誰の利益も侵害しな い,但しその負担が自らの肩にのしかかって いることに気がつくことのない納税者を除け ば,というわけである。  また,BODという基準でみれば食品産業とり わけ小麦粉を扱うそれや,皮革産業,繊維産 業などからの負荷の大きいことが確認されて いる。と同時に,深刻な水質汚染を惹起する おそれのある産業分野として化学工業や薬品 工業に目が向けられている。そのさい,電子 工業が生産過程においてさまざまな化学物質 を扱う急成長産業であることに論及されてい ることも,留目しておいてよいであろう6)。 2.水量問題  タイにおける水環境問題に関しては,もう 一点,水量という論点が忘れられてはならな い。タイはその属する気候帯からすれば地表 水に恵まれている国と思われようが,下表の 示すように東南アジア諸国の中では年々再生 される一人当たり水量がきわだって乏しい。 そうしたなかで,経済発展及び人ロ増ととも に,たとえばチャオプラや川上流域と下流域 との問で,あるいは農業用水と工業用水の配 分をめぐって衝突が生起してきている。また, 1993年には,政府による節水キャンペーンの 実施という事態にも発展した。雨期における 洪水のみならず,乾期における水不足聞題も また,現代のタイにおける重要な水量問題な のである7)。  さらに,農業用水需要という点から見れば, 1990年代後半からの10年間にピン川,ナン川, ワン川,ヨム川といった北部主要河川にはタイ 全体の平均を大きく上回る速度での需要の伸 長が見込まれていることも注目しておこう8)。 表1 年々再生産される水資源量

Region/Country Total Resources(k㎡) 1995(㎡/person)

World 30,712 22,544 Asia 13207 3,680 Thailand llO 1,845 Cambodia 88 8ユ95 Lao PDR 270 50β92 Indonesia 2,530 12,251 Malaysia 456 21259 Myanmar 1,082 22719 Philippines 323 4,476 Vietnam 376 4,827 Note, The WRI estimate of Thailand’ s total water   resources is lower than a local estimte   M.Kaosa−and et aL ed The State ofEnvironment in   Thatland, 2000 5 ) M.Kaosa−ard et aL ed op.cit. p.p.165−67. 6) ibid. p.p.51−52, 163−164. 7)ibid., P.P.37−38. Tアジア環境白書1997/98j 153ページをも参照。 8) ibid. p.48.

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クワン川の水環境問題から見えてくるもの一日本の≡:つの関わりを通して一(梅澤 直樹) 一33一  しかも,この水不足問題に関して,政府は 従来の政策の根本的転換を迫られることとな ってきている。すなわち,この問題に関して も政府はダムや堰,貯水池の増設による供給 力の強化という工学的手法で対処しようとし てきた。しかしながら,そうした手法には, 高い経済的費用に対してのみならず,ダム建 設による村民の移転が内包する社会的費用や 森林,生態系の破壊といった環境的費用に対 する関心が高まって,もはや安易にそれを継 続し得なくなっている。むしろ,水の配分に 際してのルールづくりやそれを運用するシス テムづくりといったソフトの面での対策こそ が求められることとなっているのである。  そもそも,水不足自身すべての人々に同等 に生じているわけではない。水不足に悩む地 域がある一方で,同じ流域でありながら潤沢 に水を消費している地域もまた見出されると いうのが実状である。農業用水需要のみが問 題であり,かつ人口もさほど大きくなかった 時代のルール,すなわち水は誰もが無料で入 手しうる公共的資源であるというルールは, 現代ではもはや成り立ちがたい。むしろ,現 状は,水資源へのアクセスに規制がなく,誰 もが欲するだけ入手してよいということにな ってしまって,より多くの労働力や富や技術 や政治権力を有した者がより多くの水資源に アクセスしうるという状況を生んでいる。水 不足問題は,水の供給力の問題である以前に 水の配分問題なのであり,課金をも含むルー ルをどのように設定していくか,また市場経 済的ルールの導入のみでは招来することとな る歪みに対してどのような対応策を講ずるか がなにより問われている。しかも,単に農民 間のみではなく,村々の問で,都市と農村と の問で,あるいは政府と国民の問で,また諸 経済セクターの問で,さらに政府諸機関の問 でというように,さまざまに国民が直面して いる摩擦に関わるすべての国民自身にとって の課題としてというわけである9)。  この点,チェンマイ県やラングーン県を含 む北部山間地帯の農村には,ムアンファイ (Muang−Fai,小さな堰Faiと水路のネットワ ークMuangの組み合わせ)と呼ばれる,地 域農民による共同体平常概用水管理システム が維持されてきたという興味深い伝統が見出 される。野饗のように河川の屈曲部に小さな 堰をつくり,河川水を用水路のネットワーク に導水する仕組みであるが,堰を二重構造に して雨期の激流の圧力を緩和するとともに, 必ずしも堅固ではない資材を用いることによ って,大きな洪水被害を回避するべく豪雨の さいには破壊されるようにも工夫されてい る。したがってまた,破壊にはいたらずとも 部分的に損壊するといったことはしばしばで あり,建設のみならず維持管理にも多大な労 力が求められることとなっている。かなりの 長さに及ぶ用水路の建設・維持管理をも含め て,共同体的対応が必要とされる所以である。 とともに,水利権及びそれに伴う義務を取り 決めた共同体的ルールが形成され,運用され てもきた。  たとえば,ムァンファイは成員の共有資産 であるという明確な認識のもと,取水口の数 や大きさを厳密に取り決めて耕作面積に比例 した水の配分を保障する一方で,毎年の堰の 修理や幹線水路の型深iに際しての各成員の負 担はやはり凡そ耕作面積に比例するように取 り決められていた。また,そうした取り決め に違反した成員には,幹線水路からの盗水か 個人聞の争いか,あるいは労役提供義務の怠 りか,用具や杭などの提供不足かなど,違反 類型を区分したうえでそれぞれに照応した罰 金が取り決められていた。さらに,そうした 取り決めの遵守を司り,あるいは争いを裁定 9)ibid., p.38, p.p.50−53。『アジア環境白書 1997/98』153−154ページをも参照。

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e 醗羅劉木杭で作られた堰の基礎 匿翻洪水防止の竹やぶ ①主要堰 ②補助堰 ③水門 ④堰の後背地 ⑤取水ロ ⑥堰の精霊の社 ⑦水の逃げ口 ⑧ヘッドレギュレーター S.Tanabe Ecology ana Practical Technology, lgg4 図2 ムアンファイの仕組み するとともに,天候や川の状況などを判断し つつ堰及び水路を的確に運用し,また毎年の 補修をはじめとした維持管理を統率するため の長が選挙によって選ばれ,大きな権限と権 威を与えられていた。のみならず,長を補助 し,また堰の精霊に対する祭儀を執り行う人 物も存在した。そして,それら両者に対して 各成員が支払うべき報酬も細かく規定されて いたといったぐあいであるユ。)。  こうして,ムアンファイは利用者自身が地 域共同体的に水資源管理を行う興味深い先例 と解される。換言すれば,北部タイは,現代 において求められている水資源管理のルール やその運用システムづくりの参照枠となりう る伝統を保有してきたというわけである。但 し,こうした伝統も,とりわけ都市部近郊で は解体しつつある。一方で,工業部門やサー ビス部門が若者を吸引し,ムアンファイの維 10) S.Tanabe Ecology and Practica/ Technology 一 Peuszant Farmzng Systems in Thaz/and一, White Lotus, Bangkok,1994, pp.125−156.なお,より詳細には,  雨期に耕作する成員と乾期に耕作する副次的成  員(両方に所属する成員もかなり存在する)と  で,水利権のあり方やそれに照応した義務の内  容が大きく異なる。また,違反に対する制裁と  しては,罰金よりメンツを失うことのほうが大  きな意味をもっていた。 持に必要な労働力が入手しがたくなってき た。他方で,都市部から進出してきた水利用 者が必ずしもムアンファイに加わらず,した がってそのルールや慣行を遵守しないという 状況が生み出されているのである11)。 lll.三つの事例について 1.メー・クワン・ダムの運用効率改善プロ   ジエクト  メー・クワン・ダムは,同地を訪れた国王 より助言を受け,1976年にタイ王室灌概局 (Royal Irrigation Department RID)が調査 を開始し,RID主管で計画・建設され,1993 年より運用が開始されたダムである。主ダム, 左岸ダム,右岸ダムの三つのダムを有し,そ れぞれがクワン川,左岸幹線水路,右岸幹線 水路及びそれらと結ぶ水路ネットワークを形 成している。乾期における水不足を解消して 地域農民の所得水準を向上させるとともに洪 水被害を防止するという主目的に加え,チェ 11)MKaosa−ard et al. ed. op.cit., p.54なお,小野  澤正喜編,両掲書,69−70ページ(川野美砂子執  筆)をも参照。

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クワン川の水環境聞題から見えてくるもの一日本の三つの関わりを通して一(梅澤 直樹) 一35一 ンマイ市などへの生活用水の供給,さらには NRIEへの工業用水供給も目的の一部に織り 込まれていた12)。  先に触れたように,このダムの建設には調 査段階からJICAが技術援助を行った。また, 円借款も供与された。四つの借款を総計する と約70億円に達し,費用総額の過半を占める 規模であった13>。のみならず,運用開始後 にRIDの要請でJICAから技術顧問が派遣さ れることとなった。すなわち,このダムは灌 四域に比べて集水域が小さく,ダム建設後も 乾季の水不足を十分に解消し得ない状況が続 いた。たとえば,筆者が訪れた2002年におい ても,とりたてて幣制の年ではなかったが, 雨季に貯めこまれた水量では乾季の灌配水の 供給を賄いきれず,次表のように1週間ない し数日の断続的な給水を挟みつつ基本的に給 水を停止した期間が2ヶ月近くあった。  そこで,運用開始後数年を経てOECFは援 助効果促進調査(Special Assistant for Project Sustainability)を実施して,事業効 果の発現を促し,さらにその効果を持続させ るための改善策の検討を行った。その結果は タイにも報告されている。他方で,RIDによ っても事業効果を改善するための問題点の発 掘e調査が実施された。それを踏まえて, RIDから日本に対してダムの運用効果改善を 助ける技術顧問の派遣が要請され,1999年 JICAがシニア海外ボランティア制度を通じ てN氏を派遣したというわけである14)。  シニア海外ボランティア制度とは,近年ボ ランティア活動が大きな注目を集め,また長 12)RID発行のパンフレットMae Kuang, p.p2−5. 13) ibid. p.2, p.4. 14)以下,本項の叙述は2002年夏,2003年夏に実  施したN氏への訪問聞き取り調査に主として基  づいている。二度にわたる訪問にもかかわらず  懇切に対応くださったN氏及びK水利課長に厚  く感謝する。 寿命化とともに人生をより有意義なものにし たいとボランティア活動に関心を寄せるシニ ア世代が急増しているという認識を背景に, 培った経験,ノウハウを開発途上国のために 役立てたいという強い意欲を持った中高年者 を対象に設けられた制度である15)。つまり, JICAとして市民参加という現代的動向に着 目し,それを取り込もうとしたと言える。  また,N氏は,大学卒業後,1950年代前半 に農林省に入省,農地局灌概排水課,農水省 構造改善局設計課などに勤務ののち,1980年 代前半に民問コンサルタント会社へと転じた 技術者である。農林省時代に愛知用水公団に 出向しアメリカ人技術者と協働したことをひ とつの契機に,農水省時代にはJICAに協力し てフィリピンへ3年余海外赴任,また民間コ ンサルタント会社時代にも数ヶ月単位でなん どかフィリピンへ,さらにトルコへも赴くと いった豊かな海外協力経験を有する。メー・ クワン・ダムでの技術顧問の仕事は,そうしたキ ャリアの締め括りとして海外での仕事を望ん だ同氏の意向にちょうど合致したものであっ た。任期終了後も自発的に残留して協力する という決断は,仕事のパートナーであるメー・ クワン・ダムのK水利課長(ChieL Operation and Maintenance Engineer)への信頼感か ら,この人となら企画を実現できると見込め たからゆえとのことであったが,氏の物静か な口調のうちにキャリアの最後をきちんと締 め括りたいという技術者魂もまた感じとれる ように思われた。  N氏とK課長が企図していたのは,灌溜i地 域の水利組合を統合し,地域農民による自主 的用水管理を導入することを通じて,節水や 農業用水の循環的利用を促そうということで あった。筆者が二度目に訪問した2003年夏に 15)JICAのホームページ参照。

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は,クワン川沿いの旧来からの灌概地区16) でK課長らの働きかけの下18水利組合が前年 に自主的に統合したことを承け,主として同 地区南端に沿いながら新旧灌概地域全体を東 から西へと横断してクワン川に流入している オン川の流域で水利組合を統合することに努 力が傾注されていた。たとえば,K課長は多 忙ななか水曜ごとに地区の水利組合を順次訪 れ,精力的に対話集会を繰り返していたわけ である。  と同時に,旧来からの灌概地区内で,地域 農民による自主的用水管理を促すための装置 として,水路の分岐点に旧来の堰に代えて鋼 製起伏ゲートを設置するパイロット事業が開 始されようとしていた。ゲートは幅2メート ル,高さ1メートル弱で,油圧を利用してゲ ート上部部分の傾斜,したがって高さを容易 に調節しうるようになっており,かっては日 本でも利用されていたタイプのものである。 高さを調節することで,そのゲートが設置さ れている側の分水路に配分される流量を調整 することができるし,しかも水位を見ること で誰もが配分量を直観的に把握できる。N氏 らは,そのように灌概用水の配分状況に関す る情報の透明性を高めることで,分岐する二 つの水路の下流の水利組合が相互に話し合 い,灌概用水をやりくりしあう契機を提供し, ひいてはそれら水利組合の統合を促進しよう と企図していたわけである。ちなみに,パイ ロット事業に使用されるゲートは1kg当た 16)クワン川への灌1既施設の建設はユ929年よりい  くどか試みられている。1950年代後半には洪水  により大きく破損した堰を強化し,長さ120メー  トル,灌概面積74.750ライを有する堰が建設され  た。旧置目区域とはこの区域を意味する。ちな  みに,ダムにより新しく編入された馬匹区域は,  旧灌概区域の南を中心に広がっている。前掲パ  ンフレット参照。 り10バーツ・(1バーツ=3円)の屑鉄を購i難 してK課長自らが制作したもので,仲間内で は10バーツプロジェクトなどとも呼ばれてい た。  こうしたN氏らの努力の背景には,一方で, かっては機能していた水利組合が今はともす ると眠り込みがちという認識があった。毎年 総会を開いて役員を選出してはいるが,実質 的には特定の一人物に任せきりになっていた りするというわけである。兼業化が進んで用 水路の維持管理作業にさいしてもはや組合長 の一声では組合員を動かせなくなっていると いった事例も,近代化へのステップであると ともに,組織の弱体化を示すものと言えよう。 他方で,ダム建設に伴う新規灌概地域に新し い用水路が敷設されるなかで,古い施設が必 ずしも有効に利用されなくなって,旧来から の水利組合が壊れてしまうといった事例も生 じた。  のみならず,水は誰もが無料でアクセスで きる公共的資源であるという認識は,約束事 を破って手前勝手に取水するというような状 況をも,ときとして生みだしていた。  したがって,N氏らの企図は結局,次のよ うな諸点にあったこととなる。まず,灌概用 水の配分に関する情報の透明性を高めてもう いちどひとりひとりの組合員の用水管理に硬 鋼性起伏ゲートのミニチュア

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一37一 直樹) クワン川の水環境問題から見えてくるもの一日本の三つの関わりを通して一(梅澤 溢黙餅く転・八bへ・ース Oα。O.①O①、OH OOO、①霧、自 O。。。q㎡。っ。っ.。 OOO.Nお、一

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(10)

する関心を呼び起こし,水利組合を活性化さ せる。と同時に,鋼製起伏ゲートの管理を関 係水利組合に委ねることを通じて,関係者の 話し合いの場を創出し,水利組合統合を誘導 するとともに,みんなの施設だからみんなで 管理しなければならないという考え方を浸透 させ,約束事は守ってゆく習慣を強化する。 そしてこれらを通じて,かっては存在してい た,地域における灌概用水の融通ないしゃり くりの組織,機能を取り戻す。メー・クワ ン・ダムは,このような地域における当事者 たちの自主的努力と補完しあってこそ十分な 意味を有しうる存在となるというわけであ る。  最後に,前節で言及した,ダム建設に伴う 住民移転問題にも若干触れておくと,メー・ クワン・ダムについてはこの点で大きなトラ ブルは生じなかった。その要因として,灌概 用水の供給及び洪水防止は下流域農民の大き な要望であったとともに,補償金及び移住農 地がともかくも手当てされ,さらに国王より 助言を受けてのプロジェクトであったことな どが指摘されている17)。  但し,フライ(1ライ=O.16ha)という移 住地(住居用1ライを含む)の規模はそもそ も兼業農家を想定したものでしかなく,移住 時に40戸が他出したほか,移住した269戸の うち100戸以上は再び転出していったことも 同じく指摘されている18)。移転前後に11年 にわたり村長を務めたというB氏に対する 我々の聞き取り調査においても,収穫される 作物の大きさが如実に物語るようにかっての 村の土地のほうがはるかに肥沃であり,広く 静かで豊かであった昔の土地を今も夢見るこ とがあると氏は述懐していた。なお,移住の 17)吉沢四郎「日本のODAとアジアの環境問題一  タイ国を事例に」飯島伸子編『講座環境社会学』  第5巻,有斐閣,2001年,所収,7!ページ。 必要性はその5年前に知らされたとのことで あった。 2.北部地域工業団地(NRIE)における排   水処理  前節でも触れたように,経済社会開発5平 年計画のもとでタイは工業発展を遂げたが, 工業化の第一段階において工業活動や大規模 投資はバンコクとその近郊にのみ集中し,国 土全体として不均衡な発展とインフラストラ クチャーのボトルネックを生みだした。その 結果,こうした弊害を是正すべく,地方の工 業発展を促す拠点としての工業団地が設置さ 18)同上書,72−73ページ。2002年に実施した森晶  寿氏と私の元村長への訪問聞き取り調査では,  村の約200戸のうち2−3割は転出していったと  いうことであったから残存戸数はほぼ合致して  いる。元村長の記憶が正しいとすれば,吉沢氏  の指摘にある269戸の少なからずの世帯はかなり  早期に転出したということになる。ちなみに,  彼自身も村長でなかったら転出したかったそう  である。   また,補償費によってチェンライ方面へ約  70km離れたところに20ライの土地を購入し,息  子がマッシュルーム栽培を経営しているという  ことであった。したがって,移転前には48ライ  を所有していたのに対し,現在は彼自身の所有  する土地と合わせて2フライを所有していること  となる。なお,吉沢氏の指摘通り庭には大きな  瓶が据え付けられていたが,水不足は前年に他  のプロジェクトからコネクションで導水できて  解決していた。   さらに,吉沢氏によって指摘されているメ  一・クワン・ダムに関わる問題点のうち,ODA  のフォローアップ調査及びダムが供給する用水  の管理への農民参加については,本文で紹介し  たように前進がみられる。それに対して,ダム  計画と都市計画がばらばらに遂行され,当初の  計画時より地域の都市化,工業化が進んでいる  にもかかわらず柔軟な対処がなされていないで  問題を生じているという状況は依然として指摘  の通りであった。じっさい,N氏によれば,  NRIEに対する乾期の水の供給も,周辺の既に農  業を放棄した地区の水利権を調整することで,  ある程度解決する可能性があるとのことであっ  た。

(11)

クワン川の水環境問題から見えてくるもの一日本の三つの関わりを通して一(梅澤 直樹) 一39一 れることとなった。NRIEもそうした工業団 地のひとつであって,1983年に建設に着手さ れ,/985年半完成している。  NRIEは主に一般工業ゾーンと輸出加工ゾ ーンで構成され,面積比では後者が前者の2 倍強をなしている。また,企業数では,操業 中のものが前者24社,後者44社の計68社を数 える。分野別では,電子工業23社のほか,機 械部品等14社,食品11社,宝飾6社が目立つ。 前節で水質汚染に関連して論及した分野で は,皮革製品4社の進出も注目されてよいで あろう。さらに,労働者数は商業ゾーンなど を含めて37,000人,輸出額は400億バーツに 達している。  日系企業は,電子工業関連のLTEC, KSS E}ectronics, Tokyo Try, Murata Electronics, Electro Ceramics, Lamphun Shindengenなど やレンズのHoya Optics,精密宝石のNamiki Precisionをはじめとして,合弁企業を含めると 約30社が操業を行っている。また,労働者数 では約22,000人である。日本以外からも,アメ リカ合衆国,スイス,中国(香港),台湾,韓 国,フランス,オランダ,オーストラリアな ど,16力国・地域が進出しているが,国別の 進出企業数では多くても数社どまりであって, 日系企業のそれは際立っている19)。  ところで,NRIEの工場排水処理は,工業 団地公社(The Industrial Estate Authority of Thailand, IEAT)が課した基準に従って 19)数字は,日系企業の労働者数を除き,2001年  夏に公社から得た資料に基づいていて,主に  2000年のもの。またジ企業数は建設中ないし準  備中のものを加えると,一般工業ゾーン25社,  輸出加工ゾーン54社となる。ちなみに,商業ゾ  ーンの企業数は6社である。なお,代表的日系  企業名と日系企業の労働者数はMurata  Electronicsから得た資料に基づく。同資料は  NRIE全体の労働者数を3QOOO入と記しており,  NRIEにおける日系企業の比重をこれに従って評  価すると7割を超えることとなる。 団地内の排水路に放流された各企業からの排 水を,公社が浄化したのちクワン川に放流す る仕組みになっている。すなわち,公社は NRIE内に排水処理施設として4つの池を備 えている。20基のエアレーション装置を備え

た面積9.3ライ,深さ4mの池(Aerated

Lagoon),微生物を用いる25.8ライ,2.5mの 池 (Facutative Pond), さらにやはりフレッ シュエアーが送り込まれる11ライ,1.5mと. 10.4ライ,L51nのふたつの池(Oxidation Pond)である。これらの池に,順に10日間, 18日間,5日間,4日間工場排水を滞留させ て処理したのち,放流用の貯水池に送り込む わけである。また,一日の処理能力は6000− 7000トンということであった20)。  公社は,広い道路を挟んで大きく2区域に 分かれている工業団地のそれぞれの幹線排水 路及び上記の排水処理池の入り口の計3カ所 にチェックポイントを設けて,各企業から放 流されてくる排水に異常がないかモニターす るとともに,月2回全社の排水からサンプル を採取しチェックを行っている。また,公社 に対しては,年に2回政府機関がクワン川へ の放流水のチェックなど排水処理状況の調査 を実施している。  こうしたチェック体制のもとで,基準を遵 守しえなかった企業に対しては2段階で罰金 が課されることがある。罰金は通常の排水料 金の2−5倍にあたり,改善が認められるま で連日課されるので効果は小さくないと認識 されていた。また,悪質な企業には操業停止 命令を発することも可能だが,未だそこまで 踏み込んだことはないということであった。  さらに,公社によれば,日系企業は成績良 好であるが,電子工業関連分野一般をみると 20)以下の記述は,200ユ年収に森氏と実施した  NRIEよりの聞き取り調査に基づく。応対者はウ  ボン・ワン氏(scientistの肩書き)であった。

(12)

排水管理が必ずしも良好ではない企業も含ま れているということであった。とともに,近 年,団地内で地下水汚染21)があったことに も言及された。  ともあれ,上記のような排水処理施設を通 すことによって,クワン川に放流される排水 にはなんの問題もないというのが公社の見解 であった。私たちの質問に対して,たしかに 近年,下流住民によってNRIEからの排水に よるクワン川の汚染が疑われた事件もあった が,調査の結果それはNRIEとラングーン市 との問にある地元企業に責任があることがわ かったとも付言された。  次表は,こうした公社の見解を裏付けるも のとして提示された,クワン川への排水の水 質モニター記録である。対比のため,工場用 水として取水されるさいにモニターされてい るクワン川の水質と合わせて掲げよう。また, 公社が工業団地内の企業に求めている排水の 水質基準は表5の通りである。  こうした公社側の見解に対して,下流に位 置するラングーン市民の見解はかなり異な る。たとえば,GECのプロジェクトに関わっ てラングーン市役所で聞き取り調査を行った さいに面談したコミュニティ代表たちは, NRIE操業開始後ほどなくの時期のクワン川 の水質汚染がきわめて深刻であったことを異 口同音に訴えていた。  すなわち,クワン川はもともと澄んでいた。 また,直接に水が飲めたし,水遊びや水浴び もできた。さらに,魚や貝もたくさん獲iれた。 しかし,NRIEの操業開始で水質は大きく変 わってしまった。とくに,1992年,93年頃は 21)2002年秋の来日時にGECのワーキンググルー  プ会議に参加した折,ラングーン市助役も三期  寿氏の質問に答え,ある工場が危険な薬品を大  量に輸入したうえ保管がずさんであったので,  雨水の影響で地下水を汚染したという情報を個  人的に得ていると語った。 悪臭がひどくて頭痛がするなどがまんの限界 であった。また,1995年には重金属汚染で魚 が大量に浮く事件22)も起こった。現在では クワン川の水質もだいぶ回復してきている が,それもこの事件を契機に公社が少し態度 を変えたからではないかとさえ思える。さら に,回復してきたとはいえ,水遊びなどやれ ば皮膚病に罹患するであろう。じっさい,水 かけ祭りにはクワン川の水を使用するが,あ とでかゆくなるといったぐあいである。  こうした下流住民の意見のすべてが必ずし も正しいとは思われない。たとえば,クワン 川の透明度が現在ひじょうに落ちていること は事実だが,水の色は少し離れた地域をクワ ン川と並行して流れているピン川ともそんな に変わるように思われないのであって,上流 での土壌流出の影響が顧慮されなければなら ないであろう。また,川嶋氏らと実施したク ワン川の水質調査によっても,NRIEの上流 と下流とでそれほど水質に変化は認められな かった。さらに,1992年頃からひどい悪臭に 悩まされたことについては,住民たち自身も 認めていたように,同じ年にラングーン市の 下流に設置された堰がもたらした悪影響が看 過されてはならないであろう。この堰が障害 となって汚染を含んだクワン川の流れを停滞 させてしまったからである。  とはいえ,堰に改良が施されてこなかった にもかかわらずクワン川の水質がある程度回 復してきたとすれば,堰は被害を拡大した要 因ではあっても水質悪化をもたらしたそもそ 22)別の機会であったが,同じ話題に関してラン  プーン市の公衆衛生環境部長(chief of health  executive,邦訳職名はGECに従った)も,バン  コクから政府機関が来て調査した結果,魚の体  内から重金属が検出され,クワン川の水を飲用  しないよう周辺住民に警告したと同調した。但  し,重金属が何であったかの記憶は曖昧で,ま  た重金属がNRIE内の工場からのものか否かも明  白にならなかったようである。

(13)

一41一 (梅澤 直樹) 日本の三つの関わりを通して クワン川の水環境問題から見えてくるもの U習︽翼囹報︺[餐週唱殴襯﹄﹃ NO.O> cq n. n> NgO> σq n. n> 1 一 1 1 一 1 1 1 1 一 目\bの日 お占Qっ ①eq 卜H.O H.

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(14)

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(15)

      クワン川の水環境問題から見えてくるもの一日本の三つの関わりを通して一一(梅澤 直樹) 表5 工業団地公社基準値と工業省基準値 一43一 項      目 IEAT基準値 工業省基準値

BOD

500 20∼60

COD

750 120 SS (Suspended Solid) 200 50∼150 TDS(Total Dissolved Solid) 3ρ00 3,000 TKN(Total Keldar Nitrogen) 100 100 pH(pH Value) 5.5∼9.0 5.0∼9.0 排水温度(Temp) 45℃ 40℃ 過マンガン酸値(Permanganate Value) 一 60 H2S as S (Hydrogen Sulfide) 5.0 0.2 HCN as CN(Cyanide as HCN) 0.2 0.2 タール(Tar) 10 None 油・グリース (Oil&Grease) 10 5.0 ホルムアルデヒド(Formaldehyde)      ’ 2.0 1.0 フェノール・クレゾール(Pheno1&Cresols) 1.0 1.0 遊離塩素(Free Chloride) 1.0 1.0

殺虫剤(lnsecticlde) None None

放射能(Radloactlve Colnpound) None None

重金属 6価クロム (Cr) 0.25 0.25 3価クロム α75 0.75 ひ素(As> 0.25 0.25 銅(Cu) 2.0 2.0 銀(Ag) 1.0 鉛(Pb) 0.2 02 カドミウム (Cd) 0.03 0.03 バリウム(Ba) 1.0 1.0 セレン(Se) 0.02 0.02 ニッケル(Ni) 1.0 1 水銀(Hg) 0,005 0,005 亜鉛(Zn) 5.0 5.0 マンガン(Mn) 5.0 5.0 フツ素(F) 5.0 溶解鉄と溶解マンガン(Soluble lron&manganese) 10 カルシウムカーバイド沈殿物(Calcium Carbide Sludge) None 一 洗剤 (Detergent) 30 一 塩化物(Cl換算)Chloride 2,000 一 粘度(L[igh Viscosity) None

(16)

もの原因ではないこととなる。やはり, NRIEの操業開始が一定の影響を及ぼしたと 考えるのが妥当であろう。じっさい,この地 域の住民運動に関わっての文脈においてでは あったが,次のようにラングーン市助役も述 べていた。すなわち,クワン川の水質汚染が 著しかった1996年にシャンホンというコミュ ニティがまず立ち上がって「クワン川を愛す る会」が設立されたが,市がNRIEに働きか け,工場排水の処理能力がアップされて水質 が改善された結果,この会も沈滞した,23) と。現在のNRIEの排水管理には大きな問題 はないとしても,操業開始後かなりの期間 NRIEは必ずしも十分な排水処理能力を持た なかったということである。となると,ある 程度ずさんな排水管理がなされていたのでは ないかと疑われる余地も決して否定しえない であろう。  のみならず,NRIEが下流住民の抱いた疑 惑に積極的に対応せず,住民たちのNRIEに 対する根深い不信を招いたことも指摘してお かなければならない。すなわち,住民が直接 にNRIEに赴いても相手にしてもらえず,そ こでラングーン市を通して抗議を申し入れて も,工業団地は国の管轄であってラングーン 市には工場に介入する権限がなく,NRIE側 が問題ないと言えばそれで終わっていたとい った記憶が住民にはある。じっさい,その後 地方分権化が進展して自治体が工業団地に介 入可能となり,また住民が司法的手続きに訴 えることができるようにもなったが,住民が NRIE内に立ち入って排水処理施設などを見 学しえたのはそれらの改革時期と合致する 2000年になって初めてということであった。 こうして,住民のなかには,1995年以降 NRIEの管理者との問でときとして成立した 23)注21)で触れたワーキンググループ会議での  発言。 排水量などに関する合意も,必ずしも現場の オペレーターには徹底していないのではない か,降雨時にまぎれて合意量を超えた放流が 行われているのではないかといった不信を拭 えない人が存在しているのである。  こうしたなか,工場排水処理問題に関する 日系企業の基本姿勢は,NRIEの外界との関 係は公社に任せて自らは公社が各企業に課し ている基準を遵守すればよいとするものであ る24)。たしかに,有力日系企業は積極的に ISO14000シリーズの認証を受けており25), さらに本社が日本国内において地下に燃料や 有機溶剤等の新液や廃液の貯蔵タンクを設け ることを廃止すればタイでもその措置を踏襲 するというように,多国籍企業による発展途 上国の環境破壊に対する批判を意識した経団 連地球環境憲章中の「海外事業展開に際して の環境配慮事項」を実践しようとしている企 業も認められる。しかしながら,次表に見ら れるように,そうした企業でも排水処理に関 して日本国内におけるほどには厳しい管理を 行っていないようである。たとえば,公社が 各企業に課す基準値のなかで工業省基準値と の乖離が大きいBODとCODについて実績値 を見ると,公社の課す基準を遵守してはいる が工業省基準値(表5参照)はかなり上回る 数値となっている。こうした項目は既述の公 社施設で処理されることを見越して基準値が 設定されているのであろうし、当該工場も6 24)以下の記述は,Murata Electronicsを訪問し  ての聞き取り調査,Hoya Opticsよりの書面で  の回答,かってNRIE内の日系企業で働いていた  チェンマイ市民よりの聞き取り等に基づいてい  る。2001年,2002年の二度にわたり多忙にもか  かわらず快く対応してくださったMurata  Electronics及び回答をくださったHoya Optics  の関係者に厚く感謝する。 25)Murata Electronicsによる1998年の取得は,  NRIE内の企業の中で最初のものであった。また,  Hoya Opticsも2001年に取得している。

(17)

クワン川の水環境問題から見えてくるもの一日本の三つの関わりを通して  (梅澤 直樹) 一45一 表6 Murata Electronics(Thailand), Ltd.    の排水の水質データ 水質データ: 規制値を満足しうる管理水準となっています。 項 目 規制値 平均値 最大値 pH 55−9.0 7.5 69−8.0*1 SS 200 70 183

COD

750 242 488

BOD

500 123 269 TDS 3000 297 427

TKN

100 39.0 51.8 フェノール 1 0.02 0.04 銅 2 0.04 0.17 亜鉛 5 O15 0.19 全鉄 10 0.12 0ユ5 三価クロム 0.75 NJ). ND. 六軒クロム 0.25 N.D, N.D, 鉛 02 001 0.05 フツ化物 5 032 0.35 硫化物 1 006 α28 カドミウム 0.03 ND. N.D. セL/ン 002 N,D, N.D. バリウム ユ ND. N.D. ニッケル 1 N.D. N.D. ホルムアルデヒド 1 0.04 006 塩化物 2000 65 80 遊離塩素 1 ND.

ND

油脂分 10 0.3 1.4 表面活性剤 30 0.07 0.08 臭気 不感知 適合 一 色度 不感知 適合 一 温度 45 適合 一 ※単位 pH・なし 温度・t℃,その他…mg昭 ※pH:水素イオン濃度 ※COD:化学的酸素要求量 ※BOD:生物化学的酸素要求量 ※TDS:全溶解固形物 ※TKN:全ケルダール窒素 ※N.D.定量下限値以下(検出されない) ※*ユ:pHについては最小値∼最大値 『2002環境報告書村田製作所グループ』

つの工場建屋のうちのひとつは食堂

(canteen)とともに企業内排水処理施設を経 て団地内水路に放水するという配慮を行って いるが、前述のクワン川下流の状況を顧慮す ればやはり懸念を残す26)。もっとも,上述 の「環境配慮事項」も,「有害物質の管理に ついては日本国内並の基準を適用すべきであ る」と定めているが,一般的には「わが国の 法令や対策実態をも考慮し,進出先国関係者 とも協議の上で進出先鋭の地域の状況に応じ て,適切な環境保全に努めること」27)と規 定しているだけではあるが。  ちなみに,公社は,乾期に水の少なくなっ たクワン川の水質が劣化することへの対策と して,一方でメー・クワン・ダムに左岸幹線 水路を通じたダム水の直接供給の可能性を打 診するとともに,他方でNRIE内の排水のリ サイクル利用を検討していた28)。だが,リ サイクル案に対して日系企業には,公社が供 給する水を工場内に取り入れるさいに用いて いるフィルターの目詰まりが増加することへ の懸念がかなり強くうかがわれた。そこには, 団地内の工場排水の水質水準についての日系 企業の認識が垣問見えたようにも思われる。 3.ラングーン市における地球環境センター   (GEC)のプロジェクト  PCDよりの提案で1998年から生活排水処理 等の技術指導・支援を行ってきたことを踏ま え,200i年より3年間, GECは「環境保全に 向けた住民参加型実践活動モデル事業」をラ 26)たとえば,西金沢工場,鯖江村田製作所では  BODの規制値がそれぞれ600mg/1及び300mg/1で  あるのに対して,排出平均値は16mg/1及び  14mg/1となっているし,規制値が100mg/1を超  える他の5つの事業所ないしグループ企業のう  ち4っでは、もっとも高い平均値でも!0mg/1を  超えない。但し,登米村田製作所のみは規制値  600rng/1,平均値194mg/1となっている。ちなみ  に,近隣のシンガポール及びマレーシアの事業  所では,規制値がそれぞれ400mg/1及び50mg/1  であるのに対して排出平均値は41mg/1及び  23mg/1となっている。 SSでみても,基準値と一  桁異なるのが通例の国内工場と対比したとき,  少し様相が異なるように見える。村田製作所グ  ループ『環境報告書2002』34ページ以下参照。 27)日本経済団体連合会ホームページ参照。 28)既述の公社よりの聞き取り調査での発言。

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