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「差異化」?それとも「解体」?(続)

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Academic year: 2021

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「差異化」?

それとも「解体」? (続)

鈴  木  正  仁

承前  今田氏の指摘をまつまでもなく,豊かになりきった社会・日本の現在に特徴 的な潮流のひとつは,「個性化」「多様化」といった現象であろう。これを,今 田氏のように「ゆらぎ」と呼ぶか否かは別として,とりわけ生活世界において, 人びとは消費,余暇,娯楽などのさまざまなライフスタイルを「個性化」「多様 化」してきているのは,疑いえない。たとえば,つぎのような言辞である。 一仕事で何に一番気をつかいますか?  「営業ですから着る物には気をつけています」  一ほう。どんな風に?  「背広は,僕たちの場合,消耗品だし,目立っちゃいけないのでデパートの  バーゲン物ばっかり三着持っています。替えズボンつきというやつで,気分  悪いですけど,この仕事,自分を殺さなくっちゃいけないのでガマンしてま  す。自分を殺して殺して,その中から個性が出てくるっていう話です。先輩  が教えてくれたんです。」  「でも,そういう個性って偽物だと僕は思うんです。偽物っていうのは言い  すぎかな…きっと言いすぎですね。でも,結局は先輩たちみたいになるんじ  ゃ浮かばれませんよ。それでね,オフの時はバーンとアルマーニです。残念  ながらエンポリオの方です。でも,彼女が身分相応が一番って言うので,僕  はエンポリオで満足してます。」  「僕自身,学生の時から結構ファッションには凝ってましたけど,やっぱり  彼女の影響が大きいです。僕の彼女,高校の同級生ですけど,親爺さんが商

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46  彦根論叢 第275号 社の部長で結構お嬢さんしてますから…。  つまりね,彼女がビブロスなのに,いくら凝ったって言っても僕がポッシ ュボーイじゃ合わないって言うんですよ,彼女が。まあ,学生の時はそれで いいかってこともありましたけど,社会人になったらね。スーツはアルマー ニでしょ。靴はコール・ハーン。ネクタイはニコル。時計はずっとホイヤー一 一個だったけど,ボーナスで頑張ってオメガを買いました。バッグは,仕事 用はエースのアタッシュ,オフの時はハンティング・ワールドとかヨシダ。」  「買う時ですか?雑誌で見て,うんこれは,っていうのがあるとマルしとく んです。彼女も結構読んでますからね。あ一でもない,こ一でもないってよ  く話をします。デートの時はそんな話が多いかな…。」  「でも,僕たち,雑誌うのみにしませんよ。トータル・コーディネイトの仕 方とか,そりゃ勉強になりますけど,そっくりまねしたら個性がありません  からね。」  「いい物をじっくり選んで買う。そこに個性が出ると思うんですよ。他人が  同じものを持っていても気にしませんよ。そりゃ,中には流行で買うやつも  いるかも知れませんけど,僕の場合,自分のポリシーがありますからね。ま あ,安月給なわけで…。そうですよ,僕たち働いた分の半分ももらってない 感じですからね。自分を殺して殺して安月給。なさけないですよ,っていう のはマア冗談で,本当は全然気にしてませんけど。とにかく,安月給はたい  てけっこう高いやつ買うんだから,ポリシーがなくっちゃ駄目なんです。」  「僕のポリシーですか。都会風ってことかな…。でも,昔風のシティ・ボー  イっていうんじゃなくて,都会のヤング・アダルトですね。」        (25歳 電気メーカー勤務)  1)  すこし長い引用になってしまったが,この発言をストレートに「個性化」の あらわれと断じうるかどうか,多少の躊躇は残るものの,すくなくとも,かつ てのミニ・スカートの大流行のように,全女性が右へならえしたような状況と は,おおきく違っているのはまちがいない。問題は,こうした現象をどう評価 1)大平健『豊かさの精神病理』岩波書店,1990年,27∼3頂。

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するか,肯定的にみることが可能か,それとも否定的にしかみることができな いか,にある。  すでにみたとおり,今田氏のように,これを肯定的にみる立場がある。すな わち,こうした「クォリティ・ライフ」の追求に,いまひとつの「異議申し立 て」運動をくわえて,生活世界の「ゆらぎ」ととらえ,これをコントロール中 心のモダン社会からの「差異化」として積極的に評価するのである。こうした プロセスに,「リフレクション」の機構を接続し,「ゆらぎ」を支援・増幅して やれば,そのさきに,豊かさを前提とするあらたなポスト・モダンの社会が立 ち上がる,と楽観卜するわけである。しかし,ことはそう簡単ではなく,この 立場には,いくつかの陥穽や限界があることはすでにみたところである。われ われとしては,これに与することはできない。むしろ,こうした「個性化」「多 様化」の原動力となっているのは,依然として「競争」の原理であり,さきの 青年の例なども,さらなる豊かさをもとめる競争の,より個別的かつ多相的な 深化の過程のあらわれだともかんがえられるのである。そして,その根底には, 現代の宿痢ともいうべき「ミーイズム」が巣くっているのであって,一見「個 性化」「多様化」とみえるものも,しょせんはその現出にすぎないのである。そ してさらにいうならば,今佃氏がポスト・モダンの原蓄過程と称揚したこうし た動きのさきに待ちうけるのは,社会の解体過程の進行でしかないのではない か。ともあれ,ここではこうした疑念を,われわれ自身の現代日本社会論,と りわけ文化レベルの分析を,産業社会とその文明の燗熟というかたちで展開す るなかで,ときあかしてゆきたい。   ③ 産業社会と産業文明の燭熟  われわれ自身の現代日本社会の分析というとき,まず問題となるのは,そこ でいかなる趨勢が,いかなる様相のもとに展開されているのか,ということで あろう。つまり,時の流れのなかで社会はどのような方向に動いており,それ が現時点ではどのような姿をとって立ちあらわれているのか,である。われわ れはそうした趨勢としては,さらなる豊かさをめざす競争の深化と,その根底

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48  彦根論叢 第275号 を貫徹するミーイズムに注目するわけだが,とりあえずは,出発点としての共 同体の崩壊とその文化の衰退状況から分析を始めよう。そしてそのうえで,さ きの趨勢が現時点でもっとも特徴的なかたちをとるにいたった,生産・情報流 通・消費の三つの局面に分析の駒をすすめることにしよう。 1.共同体の崩壊と「文化の空白」 ∼ 二宮金次郎像の消滅  ①共同体の崩壊  日本の社会は,1960年代から70年代にかけての高度経済成長を境にして,経 済・社会・文化にわたっておおきく変貌をとげた。その変化の凄まじさは,第 二の明治維新にもたとえられよう。端的にいって,この時期に,明治以来の最 大の国家目標であった「脱亜入欧」の過程を完了し,日本はきわめて短期間の うちに,先進国の仲間入りをとげたばかりか,そのなかでもトップに躍りでた のである。  経済の変動 まず経済についていえば,この間に日本経済はおおきく成長を とげ,国民総生産,国民所得,あるいは各種産業,個別企業どのレベルにおい ても世界のトップレベルに達した。高度成長の始まってまもない1960年当時に くらべ,1987年時点で実質GNPは12.27倍と飛躍的に増大し,1989年でアメリ カにつぐ世界第二位の2兆8337億ドル,世界全体の一割を占めるにいたった。 その結果,一人当り国民所得も同じ時期に9.37倍に増大し,1988年で2万3300 ドルとスイスについで世界第二位の所得水準を誇るにいたった。あるいは,各 産業レベルでいえば,戦後,農業・軽工業から出発した日本の産業は,高度成 長の時代に重化学工業化をおしすすめ,70年代にすでに鉄鋼・造船・自動車の 各分野において世界のトップクラスに立ち,自動車をとれば1989年には生産台 数が1302万台,世界全体の四分目一を占めるにいたった。そして,高度成長以 降は,半導体・エレクトロニクスなどより高付加価値で技術集約度の高い分野 や,情報・サービスの分野などに活動の中心を移し,こちらの分野でもいずれ も世界の超一流国となった。また,こうした産業構造の変化のなかで,各企業 もおおきく成長をとげ,1989年『フォーチューン』誌の世界大企業ランキング

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によれば,6位のトヨタ自動車,9位の日立製作所,12位の松下電器産業,17 位の日産自動車など,100位以内の企業がアメリカについで多い17社をかぞえる にいたり,ここでも,日本の優位は不動のものとなった。以上,要するにわれ われは世界で一,二をあらそう高い経済力をもつ,豊かな国民になったのであ る。  こうした驚異的な,しかもきわめて短期間での経済成長は,基本的に1955∼ 73年の高度成長期,∼1985年G5におけるプラザ合意までの中成長期,∼現在 にいたる内需主導型成長期に三区分して,その成長要因をかんがえることがで きる。これら三期をとおして,技術革新がもっとも安定的な成長要因として機 能したのはいうまでもないが,その他の成長要因については,それぞれの期に 特有のはたらきをしめした。まず,高度成長期であるが,この時期は世界的な 技術革新期にあるとともに,戦争により立ち遅れていた日本の技術が世界水準 をキャッチ・アップする過程であり,「革新につぐ革新」と表現される急速な技 術革新が進行した時代である。そのため,需要面からいえば,設備投資の伸び がきわめて高く,これが基本的に成長を支え,やがて国際競争力がつよまると ともに,輸出の伸びがしだいに高まって成長を支えるというパターンをとった。 これを供給面からいうと,労働力についてはまだ人口構造が若く,しかも良質 な労働力が過剰の状態にあって,自然成長率はきわめて高かった。他方,資本 ストックについては,競争的市場のもとでの急速な技術革新の進行や,企業の つよい成長期待と市場の急拡大に支えられて投資率の伸びがいちじるしく,ま た,それを支える貯蓄率も国民のつよい貯蓄意欲によってきわめて高かった。 そして,資本係数も,新技術の導入や当時の労働集約型産業構造のゆえに低く 安定し,資本効率がよかった。したがって,資本ストック増加率,つまりは保 証成長率もきわめて高かったのである。こうして,技術,労働,資本いずれの 成長要因もきわめて貢献度がたかく,あのような世界にも類をみない急成長が 実現したのである。しかし,こうした高度成長も1973年忌1978年の二次にわた る石油危機を境として減速し,つぎの中成長の時代へと移行した。短期的には, エネルギー価格の高騰による資減制約がこの減速の原因として前面にでたが,

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50  彦根論叢 第275号 他の要素との代替効果を考慮すれば,中・長期的には,つぎのようにかんがえ られる。すなわち,技術革新の進展がひきつづき安定的な成長要因として成長 を下ざさえしたのは言をまたないが,需要面からいえば,高度成長期の急速な 耐久消費財普及の一巡や,おなじく住宅ストック増加の一巡による消費性向の 低下が,成長減速の要因としてはおおきい。こうした内需の成長率低下は,当 然のことながら企業の輸出インセンチィヴをつよめ,当時のドル高円安のもと でのアメリカの景気拡大もあって相対的に輸出の比重をたかめて,この期の成 長を輸出主導型のものとした。これを供給面からいうと,労働力については, すでに高度成長期の半ばにして「労働力の壁」につきあたり,生産性上昇率の 寄与をくわえても自然成長率の低下は否めなかった。他方,資本ストックにつ いては,設備投資率そのものは,石油危機後のストック調整により一時的には 低下したがそのご回復し既往のピークをもうわまわるようになった。しかし, これにたいして資本係数のほうは高度成長期後半から公害防止投資や労働代替 投資によってじりじり上昇し,さらに石油危機後の省エネ投資の進展などによ っていちじるしい上昇をみた。その結果,保証成長率はおおきく低下し,これ が成長率低下の最大の要因となった。以上,技術をのぞき,労働,資本の両成 長要因の貢献度はおおきく低下し,この期の成長を中程度のものにとどめたの である。さて,こうした外需の寄与に依存する中成長も,日本の経常収支の黒 字幅が拡大して対外摩擦が激化し,その結果,1985年のG5での円安ドル高の 修正をめざすプラザ合意が成立するにおよんで,終わりをつげた。そして,そ れ以降現在にいたるまで,外需におおきく依存してきた日本経済の体質の転換 がはかられ,じょじょに内需主導型の経済成長が定着してきている。すなわち, 情報通信技術を中心とするきわめて高度な技術革新の進展にともなって,生産 性の向上はいちじるしく,そのことが需要・供給両面から,内需が主導する安 定した成長をささえたのである。需要面からいえば,こうした生産性のいちじ るしい向上は,所得水準の上昇・自由時間の増大をもたらし,生活の質的向上 をもとめる国民の消費性向をたかめた。また,日本の経済力の高まりをつうじ て為替レートに反映されるなかで,企業の内需指向をつよめることとなり,海

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外現地生産化・水平的国際分業化の進展とあいまって,内需主導型の成長へみ ちびいた。他方,供給面からは,ひきつづき労働需要が逼迫するなかで自然成 長率の維持は省力化投資による生産性上昇にたよらざるをえなかった。また, 資本ストックについても,ひきつづき設備投資率はたかいにもかかわらず,必 要資本係数はコンピュータの導入による資本装備率の上昇や研究開発投資の増 大などによっておおきく上昇しており,やはり資本ストックの増加率はたいし た上昇をみていない。このようにして,貿易摩擦に端をはっした内需主導型経 済成長は,それほど高くはないものの息のながい成長を実現してきたのである (未完)。      2) 2)鈴木英之「日本経済の成長と循環」金森久雄・香西手編『日本経読本第11版』東洋経済 新報社,1989年,を参照。

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