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黒川文庫蔵『古活字版源氏物語』桐壺巻解題拾遺 (調査報告13-3)

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(1)

古活字版の時代はおよそ五十年で終息したとされているが、その僅か半世紀の間に源氏物語という大部な作品が、少な ︵注1︶ くとも四度にわたり、それも活字のファミリーを全く異にしたものが刊行されたようである。すなわちそれは伝嵯峨本・ 元和古活字本・寛永古活字本の三種と、川瀬一馬氏が﹁日本書誌学之研究﹂あるいは﹃増補古活字版之研究﹂等で、﹁最 ︵注2︶ 古の源氏物語刊本﹂として紹介された竜門文庫蔵古活字版源氏物語︵以下、竜門文庫本と略︶である。 本学大学図書館黒川文庫蔵の古活字版源氏物語︵以下、黒川本と略︶は、この竜門文庫本と同版とされているもので、 しかも竜門文庫本が五二帖︵﹁桐壺﹂﹁椎本﹂欠。﹁若菜﹂﹁明石﹂﹁澪標﹂﹁柏木﹂﹁宿木﹂﹁東屋﹂補写︶であるのに対して、 ﹁蓬生﹂一冊を欠く五十三帖の資料となっている。 この黒川本について稿者はかつて、書誌と本文的位相について調査結果を報告した。就中後者については、伝嵯峨本や 元和古活字本とともに、この三種の古活字本がいずれもみな青表紙系であること。しかし伝嵯峨本と元和古活字本が青表 紙系のなかでも肖柏本や三条西家本といった室町期の本文に近いのに対して、黒川本の方は肖柏・三条西家本に近い一方 ︵注3︶ で、時折大島本や明融本などにも近接することがあることなどを報告した。 調査報告十三I三

黒川文庫蔵﹁古活字版源氏物語﹄桐壺巻解題拾遺

上野英子

1 −

(2)

黒川本の﹁乙女﹂と イ﹁薄雲﹂前表紙の裏 く (口) 次第である。 版面の特徴などには言及できなかったことなどもあり、今回改めて﹁解題拾遺﹂と題し前稿の訂正と若干の補足を試みる だがその後判明した事実により書誌報告の一部を訂正する必要がでてきたこと、また前稿では古活字版としての黒川本 ﹁薄雲﹂後表紙の裏 ヰチサィワレラニョ イフハ一切我等女 クトク マシマスナリ不可柄不可説不可思議ノ タイク 功徳トイフコトハカスカキリモナキ大功 トク タイクトクヰチ子ムミタ 徳ノコトナリコノ大功徳ヲ一念二弥陥ヲ ワレラシュシヤウエカウ タノミマウス我等衆生二迪向シマシマスュヘニ クワコミラィヶンサィサムセコフシヤウヰチ、ン 過去未来現在ノ三世ノ業障一時ニッミ ・ンヤウチヤウ・ンユ トウシヤウカク キエテ正定聚ノクラヰマタ等正覚ノ クラヰナントニサタマルモノナリコノ ヰチサィワレラニョニンァクニンコト イフハ一切我等女人悪人ノ事ナリサレハ ヰチシヤウサウアクホムフ カ逮ルアサマシキ一生造悪ノ凡夫ナレトモ ﹁薄雲﹂の二冊は、次のような文章が印刷された用紙を、薄い表紙の裏に貼り付けてある。 ︵一︶

(3)

十 三 一 三 黒 川 文 庫 蔵 『 古 活 字 版 源 氏 物 語 』 j ||﹁乙女﹂後表紙の裏 I I ハ﹁乙女﹂前表紙の裏 j クワン ナモアミ・夕フチ ナリコノ願ヲ.蚤ロウルトイフハ南元阿弥陀佛ノ ナモ スヵタヲコ、ロウルナリコノユヘニ南元ト クヰミャウヰチ子ムトコロ木チクワンエコウ 歸命スル一念ノ鹿二發願迦向ノコ猶ロアル タニョライホムフエコウ ヘシコレスナハチ弥陥如来ノ凡夫二迪向シ マサリテカ輯ルフカキッミノアルナリ 夫女人ノ身ハ五障三従トテオトコニ ソレニョニンミコシヤウサムショウ サルモノナリ一 二行あき︶ トモァリトイヘトモタ、一念二弥陀ヲ ・ンユシヤウ ホウトワウシヤウ タノム衆生ハミナコトノ︲、ク報土二往生 スヘキコトユメノ︲∼ウタカフコ魁ロアルヘカラ サルモノナリアナカシコノ!∼ コ、ン牛1ウ 弥陥如来ヲ一心一向ニタノミマイラセテ ミタ’一ヨラィヰチ・ンムヰチカウ タマ 後生タスケ給ヘトマウサンモノヲハカナ ウタカフ ラススクヒマシマスヘキコトサラニ疑ヘカ ミ、杵ぞ/ ラスカヤウニ弥陀ヲタノミマウスモノニハ フ力・ンヤウフカセチフカシキタイクトク 不可稗不可説不可思議ノ大功徳ヲアタヘ コノ − 3 −

(4)

タイキヤウリヤウ・ンヨシュシヤウ マシマスコ、ロナリコレヲ大經ニハ令諸衆生 クトクシヤヴシュ ムシ〃1ライ 功徳成就トトケリサレハ元始巳来ツクリト アクコフホムナウ クワンリキ ックル悪業煩悩ヲノコルトコロモナク願力 ﹁蓮如上人御文﹂五帖目の一文である︵文末の影印参照︶・匡郭無し、漢字片仮名混り文で、片仮名による振り仮名付 ニヨライニョニンアクニン き。片面七行、行一七字前後。版心は綴糸で隠れて不明。﹁如来﹂﹁女人﹂﹁悪人﹂などといった熟語では、﹁来﹂﹁人﹂の 終筆部分が振り仮名の列にかかっており、整版であろう。真宗本願寺十一世顕如の版に一致する。顕如は天文十二年︵一 五四三︶生、文禄元年︵一五九二︶寂。織田信長と十年にわたる石山合戦をかまえた人物である。 版面をみるに、例えばロの四行目﹁マウサンモノヲハ﹂の﹁ヲ﹂が﹁ラ﹂のようにみえるが、龍谷大学蔵の顕如版では 当該箇所は﹁ヲ﹂と鮮明に刷られている。黒川本の裏貼りは、版木自体が少し傷んでいるのではあるまいか。また本文を 1111 読んでみると、順序はニロイハであるが、文章は連続していない。

くくく

前稿ではこれを、何らかの意図に基づいた意匠かと捉えてしまったが、文章が連続していないこと、表紙の表側とは上 下の向きが逆になっていること、表紙自体は非常に薄い紙を用いていることなどから、表紙補強のために用いたかと考え を改めた。 因みに、福井保氏の﹁古活字版の校正係﹂︵書誌学新七号︶によれば、日光天海蔵の寛永二年刊随身紗︵叡山活字版︶ の表紙裏貼りに、校正刷り二葉が用いられており、そのうちの一葉には校正係の墨書識語があるという。また渡辺守邦氏 の﹁古活字版伝説﹂︵日本書誌学大系別昭和六十二年青裳堂書店︶によれば、表紙の芯紙に刷り損じその他の印刷物 の使用された例が幾つか紹介されている。当時はこのようなこともまま行われていたようである。 しかしながら、表紙の裏貼りに使用された印刷物が、校正刷りや刷り損じであったならば、刷版と製本とが同一所で行

(5)

黒川文朧職『11.l.i叶字版源氏物語」 十 三 一 三 ある一定の丁毎に︿活字を組む﹀︿印刷する﹀︿活字を解く﹀という作業を行い、これらの行程を繰り返して一冊の本を 仕上げてゆく古活字版においては、同じ活字が複数回にわたって使用されることも当然起こりうるわけで、黒川本にもそ うした事例がある。比較的分かりやすい例を抽出してみよう。 2同一活字の使用例

1印面の印象

顕如版の冊子を裏貼りに用いただけなのか、さまざまな可能性が考えられるからである。後考を挨ちたい。 か、顕如版蔵版者が古活字版源氏を入手して、独自に表紙を付け替えたのか、全くの第三者が古活字版源氏を入手して、 われたといえようが、黒川本の場合は未だそこまでの断定はできない。顕如版の蔵版者が古活字版源氏の作成も試みたの 黒川本・伝嵯峨本・元和古活字本・寛永古活字本以上四種の﹁桐壺﹂冊を並べてみると、先ず気づくのが、黒川本の丈 が短いということ、印面もゆったりしているという点であろう。表紙丈の寸法が二糎程度短いことは前述のとおりである。 ゆったりした印象を受けるのは、黒川本の活字が他より大きく、活字の組み方もゆったりしているためだろう。因みに他 の三本の片面行数が十一行であるのに対して、黒川本のみ十行であること。一行字数も黒川本十九字、伝嵯峨本二十字、 元和本十三字、寛永本十一字である︵いずれも冒頭対一行目の字数︶。その結果、他の三本がいずれも二十五丁表で終わ っているのに対して、黒川本のみ三十丁裏まで要している。 次に古活字版として黒川本の版面には如何なる特徴があるのか、気づいた点を列挙する。 ︵一一︶ − 5 −

(6)

女御 給ふ 大納言 い よ 活字例

蒙蒙

意意

鍋畜久鋤肩

︵2オ①︶︵吃ウ⑥︶ ︵lオ⑩︶︵躯オ⑥︶ ︵1オ②︶︵過オ⑤︶ ︵1オ①︶︵岨オ⑦︶ 使用箇所 皿丁の間隔。肥オ⑥の﹁大納 言﹂は別の活字 創丁の間隔 皿丁の間隔 肥丁の間隔 備 考

(7)

十 三 一 三 黒川文庫蔵「古活字版源氏物語』

3活字の組み方

次に、活字の組み方という点から見ると、黒川本は稚拙な印象を免れない。原因を推測するに、ひとつには文字に太い 細いのめりはりが乏しく、逆に大きさの方は大小さまざまで、しかもその組み合わせ方に適切さを欠く場合が多いからだ ﹁へき﹂を例にとれば、同一活字が用いられている第六丁目と第一四丁目とは組版の時点を異にしており、その間︵八 丁分︶に印刷と活字の解体と更なる組版とが行われていたということになる。もっと徹底した調査が必要ではあるが、一 応の目安として、黒川本は八丁前後をめどに活字の組み替えを行っていたのではないかという見通しをたてることができ るようである。 たまひ へ圭己 御覧

新薪薪

︵9ウ①︶︵肥オ⑥︶ ︵6ウ④︶︵皿ウ②︶︵妬オ②︶ ︵2オ⑩︶︵妬オ⑥︶ 喝丁の間隔。5ウ①の﹁御覧﹂ は別の活字 9丁の間隔 8丁・皿丁の間隔 − ワ ー ノ

(8)

いつれの御ときにか女御更衣あまたさふらひ給けるなかに︵黒川本1丁オ①∼②行目︶ という場合︵詳しくは文末の桐壺巻頭写真を参照︶。 傍線部aのくだり、黒川本の﹁とき﹂と﹁にか﹂はそれぞれ連綿の活字だが、この二つの活字の間隔が開きすぎている。 おそらくそれは活字を彫る際に、天地のぎりぎりまで文字を彫らなかったために、﹁とき﹂の地辺の余白と﹁にか﹂の天 辺の余白とが隣接して、印面としては間隙が明きすぎた印象を与えたものかと思われる。一方他の三本の場合は、活字と 活字の間に不自然な間隔はなく、間隔をおく場合でも寛永本などは﹁時にか﹂︵﹁時﹂と﹁にか﹂の二箇の活字を組む︶の 後、すなわち読点に相当する位置に置いている︵この場合はあえてスペースを入れたものか︶。 傍線部bのくだりは、﹁女御﹂が連綿で小振りな活字であるのに対して、後続する﹁更衣﹂の方は﹁更﹂と﹁衣﹂いず れも一文字単位の大振りな活字が使用されている。一方他の三本の場合は﹁女御更衣﹂二文字ずつの場合もあれば連綿 の場合もあるものの︶ほぼ同じ大きさで、統一されている。物語本文が﹁女御更衣﹂と並列で挙げられたくだりである以 上、後者のような組み合わせ方の方が読みやすいのは無論であろう。 ろう。例えば すくれて時めき給ふ︵黒川本1オ③行目︶ のくだり。黒川本は﹁すくれ﹂﹁て﹂という二箇の活字を組み合わせているが、両者の間隔が開きすぎ、しかも付属語の ﹁て﹂にいきなり大きな活字を使用している。そのため、副詞﹁すくれて﹂を﹁すぐれ、て⋮⋮﹂と誤読しかねない。 あやしふくにのおやと︵黒川本加ウ⑩行目︶ のくだりも然り。黒川本は﹁あやし﹂﹁ふく﹂﹁に﹂﹁の﹂﹁おや﹂﹁と﹂という六箇の活字を使用している。﹁あやしぶ。く また次のような例もある。

(9)

黒)││文庫蔵『古活字版源氏物語』 十 三 一 三

4誤植

間隔が開いてしまっているのである。 にのおやと﹂と句点を入れて読むべき箇所に連綿体の﹁ふく﹂を使用し、しかもその前後の活字︵﹁あやし﹂と﹁に﹂︶と ﹁去乍えハて﹂︵6︽ どがそうである。 ある。 ことほどさように黒川本は、文意に添った活字の組み方が施され読みやすいという点において、他の三本より少々稚拙 であると判断せざるをえないようである。 3は﹁吹て﹂とありたいところ。黒川本には後代書入れ者によって﹁て﹂の字が加えられた。4は﹁り﹂が正しい。こ のくだりにも書き入れ者の本文訂正が加わっている。 2は﹁ハ﹂が正しい。これを﹁い﹂と読むのは無理なのではないか。尤も黒川本では﹁い﹂と非常に紛らわしい﹁ハ﹂ の活字が用いられることが、ままある。例えば﹁うへ宮っかへしたまふへきゞハ﹂︵2ウ⑧︶﹁かきりあれハ﹂︵5ォ⑩︶ たえハて﹂︵6ウ⑩︶﹁みたまひハてす﹂︵皿ウ④︶﹁ゆきかひ侍らんことハ﹂︵皿ウ⑦︶﹁さふらふかきりハ﹂︵肥ォ⑩︶な 3かせのいとす、しく吹草むらのむしのこゑj、もよほしかほなるも︵皿オ④︶ 4さらは此おもの御うしろみなかめるを︵”才⑥∼⑦︶ 私に施した傍線部分、1は﹁さ﹂が正しい。黒川本には源有長の書き入れが施されてあるが、書き入れにもその指摘が 黒川本の誤植でないかと思われるのは、次の四例である。 1くらつかきおさめとの、 2たえいて給ぬる︵6ウ⑩︶ ︵4ウ④︶ − 9 −

(10)

﹁此みこむまれ給て﹂︵3オ⑥︶ すくす﹂︵Ⅱォ⑥︶などがある。 5他の古活字本諸本との位相 最後に、他の古活字版源氏物語諸本との比較について若干の補足をしよう。 例えば黒川本に﹁見こ﹂とあるくだり︵3ウ①︶、元和本と寛永本では﹁御子﹂という漢字表記になっている。仮名表 記︵しかも草仮名を混じえたもの︶よりは、意味喚起性の強い漢字表記を用いた方が読みやすいのはいうまでもない。そ こで漢字の使用度を調査してみると、版面をみたかぎりにおいては漢字がよく使われているような印象を受けた黒川本が、 逆に四種の古活字本中最も使用度の低いことがわかった。﹁桐壺﹂冊の場合、漢字の使用回数︵熟語も解体し、一文字ず つの計算︶は黒川本が一○一五、伝嵯峨本が一○四六、元和古活字本が一二五一、寛永古活字本が一二○九である。元 和・寛永本になるといきなり増大している。 一桐壺における本文異同一 伝嵯峨本 元和古活字本 寛永古活字本 また黒川本に対する他の古活字版本の本文異同は以下の通り。 恥みこむまれ給て﹂︵3オ⑥︶﹁人よりさきにまいり給て﹂︵3オ⑩︶など、後者では﹁すこしうちまきるる事もやとまち なお、紛らわしい活字という点では﹁さ﹂に似た﹁ま︵万︶﹂、あるいは﹁す﹂に似た﹁ま﹂などもある。前者は例えば、 異同総数 三 三 七 四 七 八 七 八 うち漢字化によ る異同

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仮名遣いによる 異同

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誤植と思われる ,J 私Ld

(11)

十 二 一 三 黒川文庫蔵『古活字版源氏物語』 点を補ったようである。 黒川本に対して最も異同数の少ないのは伝嵯峨本だが、その一方で四種の古活字版中最も誤植が多くなっている。伝嵯 峨本の組版の美しさは定評があるが、少なくとも﹁桐壺﹂の場合、校正は卿か甘かったようである。元和・寛永本になる と異同総数こそ激増するものの、その内訳をみるに、漢字平仮名等表記法による相違︵本稿では黒川本の仮名表記を漢字 表記にしている数を判、その逆のケースを乱として計上した数値を掲示した︶、仮名遣いによる相違などが多い。これら を省くと、異同数は伝嵯峨本のそれとあまり変わらなくなる。版面を見るに、元和本と寛永本は伝嵯峨本によく似ている。 椚字の書体と組み合わせ方に留意し、美しい版面作りを心がけたのだろう。その一方で誤植にも留意して、伝嵯峨本の欠 ︵1︶岩波の﹃国書総目録﹄によれば、源氏物語の古活字版にはく慶長古活字版︵伝嵯峨本︶﹀︿元和古活字版﹀︿寛永古活 字版﹀︿刊年不明の古活字版﹀の四項目が挙げられている。但し黒川本は未紹介、竜門文庫本は伝嵯峨本の項目に含ま れてしまっている。刊年不明古活字版として、竜門文庫本と黒川本をあげ、伝嵯峨本・元和九年本・寛永古活字版と 分類すべきであろう。また﹁国書総目録﹄では︿刊年不明﹀として京大本と東大本が位置づけられている。京大本は 虫損による閲覧禁止で確認できなかったが、東大本は絵入源氏のようである。 ︵2︶﹁最古の源氏物語刊本﹂と判定した理由として、川瀬氏は次のように説いている。﹁⋮本書と同種の活字を以て印刷 せられてゐるものに、徒然草︵一○行雲母摺、安田文庫蔵︶があるのみで、然も該本も亦本言︵稿者注、竜門文庫本︶ 注 − 1 1 −

(12)

︵3︶阿部秋生・︲

和六十年三月︶

上野英子

年三月刊︶ ︶阿部秋生・上野英子﹁調査報告十三古活字版源氏物語五三冊﹂︵実践女子大学文芸資料研究所﹁年報﹂四号・昭 り﹂︵﹁龍門文庫善本書目﹂昭和五十七年︶ たる折、この同類本︵有欠︶を発見し、本書の補写の部分の刊本を見たり。なほ金春流謡本鳥飼道蜥本とも同活字な 嵯峨本よりも古く、最古刻本であって、本文は当時流布の青表紙系統本である:⋮・﹂﹁その後、黒川家旧蔵書を一見し 風は古雅で、光悦流とは著しく異なり、離刻に稚拙な趣きが見える。源氏物語の刊本としては、在来知られている伝 と同じく天下の孤本であるが、その活字の様式を見るに、平仮名活字として最古の一に属するものであると思ふ。書

(13)

十三一三黒川文庫蔵「古活字版源氏物語」 、lノ イ﹁薄雲﹂前表紙の裏貼り I 参考資料

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(14)

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(15)

十 三 一 三 黒川文庫蔵『古活字版源氏物語』

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ハ﹁乙女﹂表紙裏の裏貼り

(16)

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(17)

十 三 三 黒川文庫蔵『古活字版源氏物語』

桐壺﹂表紙

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(18)

一一 ﹁桐壺﹂1丁才 :;も煙繕譲=i 漆、.?。’

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