85 最終講義
私の歩んだ皮膚科学
〔東女医大誌 第59巻 第9号頁1209∼1211平成元年9月〕 東京女子医科大学 ヒラ ノ平 野
第二病院皮膚科 キヨウ コ京 子
(受付 平成元年2月23日) お話のはじめとして,先生方がよく御承知のイ ボ(尋常性疵贅)と,当科で作製したハトムギの 果皮軟膏を用いて,治療した例を示します. イボ(尋常性疵贅)は,Human Papilloma Virus の感染により起こり,現在もいろいろな治療が試 みられていますが,決定的治療はなく,私が皮膚 科に入った頃は,PVL(矢追抗原と呼ばれる精製 痘苗)の雨注を試みておりました.ある時,注射 後の発赤腫脹が強いため,中止しようと思ったと ころ,そぼに居た先輩の先生が,「炎症が強い時に は効果があり,他の部位のイボも同時になくなる ことが多い。」と助言されました.「何故ですか.」 という私の質問に「経験だ.」との答でした.今, 振り返りますと私の行ってきたいろいろな臨床研 究は,その何故(ナゼ)を私なりの:方法で解明し たかったことにあると思います. 今から約30年前,1955年頃に,“アレルギー性皮 膚疾患の際の補体の消長について”という実験 テーマに取り組みました.当時は末だ補体に関し ての文献すらほとんどなく,動物小屋に行って自 ら羊の赤血球を採取し,2年がかりで,ある結果 を出しました.それはSLEや,ある種の葺麻疹で は,急性期で補体価は減少し,回復期で正常値近 くまで上昇するということでした.しかしこの時 も“何故”という疑問がずっと頭をはなれません でした. 1972年(今から15年前),東京女子医科大学第二 病院に,帰って参りました頃は丁度,免疫学の夜 明け時代で,リンパ球には,T細胞とB細胞の2 種類があり各々違った働きがあることがわかって きた頃でした.当時は(現在でもそうですが),ア レルギー性疾患の診断の一助として,即時型 (IgE−dependent type)でをよ,ブリックテスト,ス クラッチテスト,皮内反応が使用され,遅延型 (lymphocyte−dependent type)では,ツ反(PPD) や,カンジダ皮内反応,DNCB貼布試験が用いら れますが,いずれも広い意味では,皮膚を用いた 反応であり,私共皮膚科医が最:も知識をもってい なけれぽならない分野でありますが,これらの testを主に用いていたのは,内科の喘息,小児科の 先天性免疫不全症,外科の移植,癌などを扱う先 生方がほとんどでした.そこで私はこれら皮膚反 応の本態である炎症反応と免疫系について考えな おしてみたいと思いました.そこで,当時,皮膚 testの中で注目されはじめたskin window testを用いて皮膚に遊出してくる細胞を経時的に検討 することとしました.
Skin window testは, Rebuckらにより開発さ れた方法で,前腕屈側の皮膚にナイフなどを用い て軽く出血する程度に表皮を剥離し,直径5mm 位の小窓を作り,その上にカバーグラスを置いて 取り替えながら経時的に遊出してくる細胞を調べ る方法です. その応用としては,好中球の数の異常や,ran dom mobilityの異常,抗原負荷後の好酸球や好 塩基球の出現率をみることにより,アレルギー疾
Kyoko HIRANO〔Department of Dermatology, Tokyo Women’s Medical College Dain田ospita1〕:My life and work in dermatology
86 患の際の抗原の検索等に使用されていました.私 も,はじめは皮膚アレルギー疾患各typeの遊出細 胞などを調べているうちに,一つの大きな問題に 気がつぎました.それは,“遊出してくる単核球が リンパ球でもなく流血中の単球とも少し異なる” ということでした.そこで私は,この細胞が皮膚 を場とする炎症反応,免疫反応の解明の手がかり をもっているのではないかと考え,この細胞の起 源やその働きを調べてみることにしました.先ず この遊出してくる単核球の組織化学的染色を各種 行い,その起源を調べてみました. 単核球の組織化学染色 ①Giemsa染色では,大きさが好中球の2倍で 大型偏在性の核をもち,多数のアズール好性頼粒 と明るい空胞を有し,不規則な鋸歯状,偽足様突 起があります.これはおそらく細胞の活発な運動 能を反映しているものと考えられます. ②PAS染色と,③Sudan−Black染色でぱ,細 胞質縁が粗大顯粒状に染色されます. ④Feulgen−Rosenbeck染色で核は,淡赤色. ⑤Unna−Pappenheim染色で核は,灰青色,細 胞質は,赤色. ⑥Phosphorylase染色で細胞質辺縁が淡褐色. ⑦Peroxidase染色で細胞質は,陰性または淡 染. ⑧Acid−phosphatase染色で細胞質には,多数 の境界鮮明な円形穎粒がみられます, ⑨Alkarine−phosphatase染色は,陰性. ⑩β一glucuronidase染色でも,大部分陰性. ⑪Acridine−orange染色では,空胞は散在性に 染色されました. 以上のことは,皮膚遊出単核球が,形態的には 少し異なりますが,組織化学的には,末梢血の単 球とほぼ同じ染色態度をとるということでした. 次にskin vesicule testにより,この単核球の働
きを調べてみました.即ち,皮膚にカンタリジン 発泡膏を24時間貼回して形成された水庖液を採取 し,ラテックス粒子の取り込み能を調べてみまし た.その結果,これらの単核球がほとんどすべて ラテックス粒子を取り込みました. 丁度私共の実験をしている頃,オランダのVan Furthという人が,マウスの実験で,3H thimidin
を1ave1したbone marrow ceUを他の同系マウ
スに移入して,遊出してくる単核球を調べた結果, 起源がbone marrowでありexsudate Mφとし ました.私共の実験した単核球もこのVan Furth のいうexsudate Mφに一致するものでした. 永い皮膚科での生活の中で,いろいろな臨床実 験をやって参りましたが,私の目的は,臨床実験 というものが,マウスなどの動物実験ではなく, 患者さん自身から,いかに多くの情報を得るかで あるということに主眼をおいてまいりました. 時間の関係上,最後に一つの例を示したいと思 います. 5年程前に,小さな女の子が来院し,その母が 訴えるには,「この子は魚を食べると全身に葺麻疹 が出ます.また,金魚鉢に手を入れたり,魚を焼 いている時の煙にあたると,あたった場所に葬麻 疹が出ます.」ということでした.この患者さんを いろいろ調べているうちに,たくさんのことがわ かってまいりました.現在“アレルギー性葺麻疹” の定義としては,次のことがあげられます.(1)抗 原抗体反応により起こり,抗原特異抗体を証明で きること,(2)同一抗原の微量投与により再現性 があること,(3)抗体はIgE, IgG4であることで す.しかし魚によるアレルギー性轟麻疹の定義を 満たす症例には,来だ遭遇したことがありません でした.しかも魚による薄麻疹の教科書的知識と しては,魚の中でサバなどのヒカリものが原因と なることが多いとされていました.この女の子の open patch testを,18目82種の魚など脊椎動物に つき調べた結果は,サンマ,ヒラメ,ウナギ,イ ワシ,マグロ,タイ,サケ,シマヘビ,食用ガエ ル,などが陽性でした.すなおち,脊椎動物綱の うち,爬虫類,両生類,硬骨魚類,板鰐類,無顎 類が陽性で,鳥類と哺乳類は陰性でした. また,別の実験で,白身魚と赤身魚心には共通 抗原性があり,白身魚は赤身魚より約1,000倍強い 抗原活性があることがわかりました. 最も活性の強かったイサキを用いて,その抗原 の分離精製を高速液体クロマトグラフィーにて 行ったところ,抗原の分子量は約3万.抗原物質 一1210一
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写真1
写真3
のアミノ酸と糖の分析で,アミノ酸が99%以上を しめ,主な構成アミノ酸は,aspartic acid,
alanine, lysine, phenyl alanine, glutamic acid, leucineなどでした. 本日は,2つの主な臨床研究をお話しさせて頂 写真2 きましたが,私は,皮膚科の臨床医であり,患者 さんを治すことが本職で,また現在でも最も好き なごとです. 紅斑をみれぽ バラの花(写真1) 紫斑をみれぽ スミレの花(写真2) 黄色腫をみれぽ 小菊の花(写真3) を想像してしまい,ファンタスティックな思いに かられると同時に,“どうして”,“何故”このよう な皮疹が発症するのだろうと常に自問自答してお ります. 皮疹は私にとって,神秘的であり,永遠の夢の 表現に思われます. 一1211一