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裁判批判の論理と思想 (七)

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Academic year: 2021

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(1)裁判批判の論理と 思想 英夫. 木下. 庶W け sein. Ⅱま kundDen ). (七 ). de て GeHch. 尽 kri 廿 k (7). Hi eo゜INoSITA. 前稿. ( 「裁判批判の. 見て い こ. 論理と思想、 ( 六 ). 」. に続いて、 本稿では、 広津和郎の昭和 10 年代の創作を. ). う. 1. 一時期㎝中央公論』 S10 年 2 月号 ) る. 作品集『一時期』あ とがき. (510 年 10. 。 くこの集には 気軽なスト一. リ. で広津はこの 作品について 次のように述べてい. 月 ). 一風のものを 大分集めた。 少し面白さを 狙い過ぎたと 云われる. かもしれない。 ノく 併し自分は小説を 書き出した初期には、 自分というものにふん 掴まって 、 ジ. タバタしているような 陰気なものばかりを 書いていたので、 こんなに気軽な 短編が書けるように なったのは、 自分では面白い 事だと思っている。 これからはいろいろな 方面、 いろいろな種類の ものを書こうと 思っている。 ノ. ( 『広津和郎全集』第二巻四百六十一頁、. 以下 n-461p のように記. す 几 これまで何度となく 言及してきたことであ るが、 広津はく自分というものにふん 掴まって -ジタバタしているような. ノ 状況からの脱出を 試みては、 一時的に成功しても 又いつのまにかもと. の木阿弥といったことを 繰り返してきた。 この作品でもそのような 時期のことを 取り上げてい る。. 一個所だけ拾っておこう。. 友人の門野からくそんな 風に小莫迦にしたように、. いる事をからかわれると、 なるほど本気で「創作」をしようというのには. あ くせく働いて. 彼のように一切のこの. 世俗的な責任は 逃げてしまって、 その「創作」の 出来るようになるまでを、 我侭 いっぱいに振舞 っていなければならないものなのかと、. 彼の生活態度が 非常に覚悟の 決まった、 徹底したものの. ように思われて 来るのであ った。. 一所懸命働いて、 病める父に送金するなどという. これは世俗的な 人の好さに過ぎないのだろうかと。. ノ くけれども、 私は又それが 世俗的でも何で. も一向差支えない、 と自分自身で 思い直すのであ った。 ノ. ( Ⅱ -341p). と、 開き直って見せるの. であ る。 このようなことを 繰り返しながら、 広津は自己との 闘いを続けていつたのであ 稿の 5. 「流るる時代」、 および 6. 「歴史と歴史との 間 」を参照のこと 2. 青麦 広津は. ( 『中覚商業新報』 [ 作者の言葉 ]. 511 年 2. (2 月 10. 日). 月. 15. 日. 事は 、. 一9 月. る。 [ 本. ]. 21 日、 『満州日々新聞』に 一日遅れ ). でく私は此処に 現代の若い人々の 希望、 絶望、 喜び、 悲し. み、 苦しみの種々相を 書いてみようと 思う。 ノ (VI-473p) と述べている。. この「青麦」は、 登場人物の一人であ る稲本一馬が 福本和夫 モデルにしたものだとして 評判になったが こと、 「青麦一本紙小説モデル 供養 一. 」. (上 ). ( 広津によれば、. .. n下 L 、. ( 一時期の日本共産党の. 指導者 ). を. 参考にはしたがモデルではないとの. s12 年 12. 月. 24. 日・. 25 日『中覚商業新報』、.

(2) 木下. 2. 英夫. VI-476p)、 広津の狙いは、 その稲本一馬でも 主人公の尾形 貞蔵 一つの典型. ). とであ った. ( その年代のインテリ. 転向青年の. でもなく、 フ 3 ョというまったくの 空想の産物とされる 若い女性の姿を 描き切るこ ( 同上、. W.476. 8p) 。 広津は次のように 言う。 くこの一九三 0 年代のインテリ 青年. ∼. の大部分は、 時代の波にもまれて、 ひしゃげてしまった。 尾形 貞蔵 型の青年や、 小泉型の青年は 、 左翼に希望を 失ったインテリの 間にいくらも 見かける。 一 ところが、 女性の間には、 時として、. 今の社会的重圧にめげない、 為 めかも知れない。. ノく. 希望の萌芽が 見える。 これは男性ほど 重圧をまともに 感じなかった. 実際現実生活においては、 女性の仕事というものは、 制限されているし、. 会社や銀行では、 女 ,性は「社員」にもなれなければ「行員」にもなれない。 唯 「雇員」にしかなれない。 一 この社会情勢の 中で、 それに少しもめげずに、. 自分の思うままに、 どしどし現実にぶっつかっ. て道を切り 妬 いて行き、 如何なる事にぶっつかっても、. 失望も絶望もしない、 青麦のようにすく. すくと伸びて 行く行動の女,性を、 私はあ の フ 3 ョに表現したかったのであ る。 私はそこに新しい 典型を創造したかったのであ. る。 ノ (V1-478∼ 9p). つまり、 前稿でみた「風雨強かるべし」では、 なお転向インテリ 青年の駿一に 重点が置かれ、 ヒサョやハル 子は従の位置にあ ったとみられるが、 この「青麦」ではその 位置関係が逆転してい るとみることが 出来る。 貞蔵 の 妹. ・. フ 3 ョ、 恋人のヒナ 子 、 後の愛人・奉征のいずれもが、. ざまな状況を 打開して行くエネルギッシュな. さま. 存在として、 描写の中心に 踊り出してきている。 広. 津が バンタリズムの 支配という絶望的な 時代に、 なおもしぶとく、 これらの女性達の 姿に希望を 話 そうとしていた 事は 、 極めて重要であ ろ. 、おな. 「風雨強かるべし」は 1931 . 2 年頃 、 「青麦」は 1934. .. 5 年頃 を描いたものであ. り. さ ら. に 「歴史と歴史との 間 」は 1935 . 6 年頃 を舞台にして 描いたもので、 また、 出版はされなかったら しいが、 「めげない人達」という 1937 . 8 年頃 を描いたものもプランとしてあ ったようであ る。. (VI-474p). さらに 194 Ⅰ 年. ( 昭和. 16 年 ) には「若 い 人達」という 作品口も発表されており、. こ. の作品も一連の 意図を持ったもので、 一つぼまとめる 計画があ ったようであ る。 では以下、 (1). 貞 茂一. 春江一 稲本一馬 (2) 貞蔵 一 ヒナ 子 (3). 貞 茂一フミョー. 小泉の関係を 軸. に 展開を追いながら、 この作品にみられる 広津の考えを 摘出して行こ. Ⅰ). 貞 茂一斉正一稲本一馬. この物語の主人公・ 尾形 貞蔵 は、 胸に情熱の燃えている 青年達が、 われもわれもと 社会運動に 関心を持って 行ったあ の時代、 左翼の外郭運動の 一つであ ったプロレタリア 美術団体の中に 突入 して行った。 そして、 その左翼頽勢の 末期に近く、 たくさんの犠牲者の 救援に動いたモップル 方 面で多少働いたため、 半年近くも警察を. タ. ライ廻しされたが、 結局不起訴になった。 脚気を患い、. 心臓衰弱の状態で 社会復帰してみると、 想像していたと. うり. 、 運動の情勢は 落日のように 佗 しい. ものであ り、 取調べの度に 警部から聞かされていた 26 に、 あ らゆる左翼の 分野は壊滅していた。 数ケ 月は絶望の間をさまよったが、. 少しづつ変化がやってきた。. ポスタ一の工房を 始めた。 そして心境にも 変化が現われた。 く彼. 貞 蔵 は画家仲間と 図案・漫画・ [ 貞蔵 ]. は最近何か近代派の 絵. が 鼻について来ていた。 一種の反動かと 自分でひそかに 思うのであ るが、 併し、 留置場を出て 来 てから、 絵 というものについての 考え方が少しずつ 変化して行くのを 感ずるのであ った。 地味に. こつこつと目立たぬところに 骨を折ったような 絵に、 次第に心を惹かれて 来た。 一時はクラシッ クなどは現在のわれわれに 何の関係があ るのだ、 などと 力味 返って見たが、 併しいつか 何 世紀も.

(3) 裁判批判の論理と 思想. (セ ). 3. 前から続いている 絵画の伝統を 忽せに出来ない 気がして来ていたのであ る。 貞茂 にとって更に. (VI-28p). ノ. 大きな変化は、 かって稲本イズムで 一世を風擁した 稲本一馬をめぐる 恋愛 闘. 手 に勝利した 春江一 酒場ハル エ のマダム 一 との付き合いが 始まったことであ った。 奉征 は 一馬の. 息子・純一を 必死で育てていた。 ああ. く. わたしはこの 世で何も信じられないのよ。. している意味も、. して刑務所で 坤吟. な事はみんな 空の空だと思. う. あ. ね、 何も。 稲本が. なたが留置場を 引きまおされたという. のよ。 ほんとうにそ. う. 思. う. 意味も。 一 そん. のよ。 わたしそんな 事は余り見過ぎて 来. たんですもの。 だけど、 わたしが信じられるのは 親が子を思. う. 事だけ。 そう云ったら. 貞蔵. さんな. んかは、 そんな動物的感情とお 笑いになるでしょう。 だけれどわたしはそれだけはほんとうだと 思うの。 ノ (VI-30p) 貞蔵 は春江 にずんずん惹かれて 行く。 それはくコムミュニスト 稲本一馬の昔の 妻という事が 、 彼の好奇心を 異常にそそったのと、 それに更に彼を 惹きつけたのは、 彼女の身体の 弱々しい、. な. った。 くずれかかった 廃頽 美 と一気に云い 切ってしまえそうに 思えて、 何処かに 文 一脈の清楚一清純とは 云えなくとも 一なものをもっている。 ノ (VI-36p)のであ り、 く 何処かに知識の 悲しみと云ったような 哀愁を漂わせている ノ くその眼は妖しげな 悪魔の嚥 よなよした柔らかな 線であ. きを. 瞬 いているかと 思うと、 何か高いものを ,憧れてそれにとどかない悲しみを現しているように. も見える ル. ノ. (VI-36p) からであ った。 春江 はといえば、 稲本やその一派の 人間たちを極めてリア. にみていた。 自分はどんなにじたばたしたってプチ・ブル. たという奉征. は、. その点では稲本も 同じだという。. く. 根 ,性が抜けやしないんだと気がつい. 自分が階級問題について 真心を持っている. からだなどと 思えていた間は い いのよ。ふとそんな夢から 醒めて冷静になって 考えて御覧なさい。 一 結局、 唯強い雄のまわりに 群がる雌に過ぎないという. 39p). く. わたしはブルジョ. 特権 面では同じだと. ワ. 事が解ってくるじゃあ ないの。. ノ. (W-. が金で女をどうかするのも 稲本が人気で 女を手 馴 づけるのも、 その. 云ってやったのよ。 ねえ、 そうじゃあ. りません ? ノ. (VI-39p) 確かに、 貞. 蔵 の動いていたのは 外郭の方なので、 運動の深い内部の 事は解らなかったけれども. ハウス・. キ. 一パ 一の問題などでは、 最高幹部の連中が 相当横暴な事をやっていたという 事は聞いていた。 くその 癖 、 時々査問 会 が開かれるような 場合には、 佳道徳が高調され、 い. そ. う云. 6. 点で詰問されて. る男女を見る 事があ ったが、 併しそれは表向きになった 問題ばかりで、 裏 面では男女の 関係は. 相当放縦に流れていた。. ノ. (VI-4ゆ ). さて、 貞蔵 は春 江の頼みで、 純一を連れて 刑務所まで稲本に 面会に いく 。 貞蔵 は 、 国際社会主. 義から国家社会主義への 転向、 最左翼と最右翼との 接近、 コミンターンの 作戦工作の変更など く 今これ等の問題がよく て 見る以外に信用する だ 印象的だったのは、. 解らなかった。. ノ くそこで彼は. 事も排撃する 事も出来ないような. 何でも自分の 眼で見、 自分の感じで 感じ. 心持になっていた。. ノ. (W-73p). た. 稲本だけが転向に 反対の声明を 出したことであ った。 ところがその 稲本は、. 一見して英雄的なものは. 少しもなく、 く唯 長い獄屋の不自由の 中から娑婆に 残してあ る一人子の. 事 を一所懸命案じている 平凡な父親に 過ぎなかった。. ノ. それは物足りない 位であ った。 が 、. く. その平凡な印象の 中に 、 一つの真実 一 飾り気のない 真実があ る。 その真実がこうして 別れた後に なって心に快いものを 拡げて来るのだろう ノ 本に対して感じたのであ. る。 しかし、. (VI-79p)と、 貞蔵 は 一種の好意のようなものを. 春 江は厳しかった。. 稲. 稲本から、 純一を自分の 後継者として. 育てたい、 君は純一を教育する 資格のない女だという 手紙を受け取り、 悔し涙にくれながら く「誰があ の人の空想の 後継者などにして 堪 るものですか。. あ の人の空想がどんなにみじめに. 破.

(4) 木下. 4. 壊されたか、. あ の人にはまだ. 解らないの。. 英夫. あ の人の空想のためにどんなに. 多くの人がその 一生を. 棒に振ったか。 どんなに多くの 青年がみじめな 目にあ ったか。 ノ (VI-107p) く 」. が 社会問題なの. ?. 何が階級闘争なの. ?. 」. 「あ んな頭で何. ノ (VI-108p) 、 と叫ぶ。 そして 春 江は稲本への 返事の手. 紙で、 くいえ、 封建的な男の 横暴そのままです。 口でこそいろいろの 理屈をこねていらっしゃっ たけれども、. あ. なたの日常の 生活気分そのものは 思い上った、 御自分を英雄と 自惚れた、 自己陶 りませんでした。 ノ (VI-108∼ 9p) 、 と非難するのであ った。 一方貞 蔵 は. 酔の外の何ものでもあ. く一 刑務所に這入っているだけ、. 今の自分達みんなが 感じているような 絶望感が 、 却って稲本に. は感じられないのかも 知れない。 ノ (VI-1lop) と考え、 その自信をもって 飽くまでそうと 信じ て 、 自分の考えている 事に失望も疑惑ももっていない. 一途さに、 妙に心を打たれるのであ. った。. そして話は次のように 展開する。 純一が稲本の 手の者によって 誘拐され、 京都に匿われている ことが分かると、 春 江から一緒に 行ってほしいと 懇願される。 貞蔵 は、 心の上での潔癖でこの 春 江 との平行線を 望み、 それを押し通して 来たけれども、 人知れぬ感覚の 上では、 やっぱりこの 女 の 魅惑的な肉体に 或 吸引力を感じていた。 貞 蔵 は独りで京都へいき、 無事純一を取り 戻す事に成 功する。 彼は、 春江 のために復讐をしてやったと. 云った 痛 , 決な 気持ち、 何か 爽 , 決な スポーツに 優. 勝 したような朗らかさ 感ずるのであ った。 (W-22Op) ヒナ 子 と夢のような. 1. 週間を過ごす。. ( 後述 ). それから 貞 蔵 は奈良へむかう。 そして. そのヒナ子に 去られた後、 貞蔵 は春 江の待つ三保. へ 行く。 ヒナ子の初々しい 清純さと比べると、 春 江の姿態には 何とも い えぬ 燗 熟した柔らかみが あ. り、 く長 い間 避けていたこの 姿態に 、 ど う したわけか今は 何の嫌悪も覚えなかった。 ノ (VI-. 256p) のであ る。 (2) 貞 茂一ヒナ 子 貞蔵 が 初めてヒナ子を 見たのは、 前ムム局長の 父親が二度目の 脳溢血の発作で 倒れたという 知 らせを受けて、 実家に向かう 中央線の電車の 中でであ った。 ヒナ子には、 くこの世の泥淳の 中を のたうち廻って 来たような 春 江などには到底な い 新鮮な美、 ほがらかで、 明るくて、 きらきらと 輝いたような 美が、 その頬立全体にも 体つきにも感ぜられた。 整っていないが 出来合でない 美一 何か名工が心を 篭めて作った 顔立ちででもあ るような通俗的 美 とは違って芸術 美と 云ったような 特色的なものが 感ぜられた。 ノ (VI-17p) のであ る。 父の臨終の床へ 急ぐ自分が不謹慎だとは 思 っ たが、 く 「此処が人間生活の 面白さなのかも 知れない。 滅び行くものが 滅びても、 それとは関. 係なく、 生きている者の 心には絶えず 次々と何か新たなものが 湧いて来るというところ が ・…・」. ノ (VI-17p) 、 と考える 貞蔵 であ った。 しかし、 ヒナ 子 と何度となく 会うようになってみ. ると、 く 藤原期を思わせる 純 日本式の顔立なのでその 表 ,清は一見単純な朗らかさに見えながら、 併しその眼にはちょっと 理解出来ないような 複雑な陰影が 閃いた。 唯 無邪気な朗らかさだけにも 取れるし、 又 何か誘いかけて 来る開けっ放しとも 見えるような、 そういった見当のつかない 微笑 であ った。 ノ (VI-113p) 、 と思うようになり、 一分の スキ もないブルジョ ワ 娘の白狐のようにも. 見える彼女にふりまわされているといった. 感じを覚えるようになる。 会う 度 毎に違った面を 一つ. 一つ見せて来るような 少女、 その境遇にふさわしい 開放のされ方に 貞蔵 は 、 自分が飛んだ 道化者 の役まわりをさせられているように. 感じるのであ る。 そのようなヒナ 子 との交際について 貞蔵 は. 次のように考えた。 …‥一二年双だったらブルジョ ない。 く 女に心を惹かれるにしても、. ワ の 娘 というだけで 面をそむけていたに 違い. イディオロギーからの 批判がはっきりしていた。 そうだ、.

(5) 裁判批判の論理と 思想. あ. の時分は心にはっきりした 遣穏 があ. (セ ). ったのだ。 そして周囲にも、. た 一つの意識があ ったのだ。 ノ (W-146p). それをもり立てるはっきりし. ところがく 一 このヒナ子の 何処に、 はっきりし. た 思想があ るのであ ろう。 何処に階級的イディオロギーから あ. 5. 見て、 是認すべきところがあ るので. ろう。 ノ くそんなものは 凡そ何もない。 それだのに、 自分はこの女に 惹きつけられているのだ。. この女の美、 若さ、 朗らかさ、 苦労を知らない 無邪気さ、 もって生まれたかのように 見える機智、 自然に備わっ だ媚態二 そんなものは、 実際イディオロギ 一の上から云えば 唾棄していたものであ った 。 それだのに、 それに自分は 惹きつけられているのだ。. ノ くそして而も、 自分でそう気がつ. いても、 一二年前なら 厳しく胸に来たに 違いない自己批判が 、 殆ど胸にやって 来ない。 一 その事 は. 自分の物の感じ 方に変化が来たためばかりではない。. いる。. ノ ( ⅥⅠ 46p) .…・そして、. 周囲の意識にも 変化が来た事を 意味して. く 何もかもに目をつぶり、. 何もかもから 逃げて、 自然の中にひ. たり込んでかく。 留置場から出て 娑婆の空気を 吸って以来、 ど う にもならないこの 目の前の現実、. どうにもならないのにそれだのに 始終良心を刺激し、 一時も心の休まる 時のな い 苛立たしい毎日。 それから逃げて 休息する。 一 そういう空想は 気持ちのよくないものではない。 ノ (VI-147p). と. も思うのであ った。 さて場面は一転し、 奈良木テルの 方が見渡せる 小さな 藁葺 屋根の亭で、 貞蔵 と ヒナ子の目くる めくような一週間が 展開される。 く 青春のさびしさから 人に話せないような 屑のような享楽をそ つ. と低級な魔窟で 拾ったり、 レポの女と明日も 解らないような 一夜の寂しさを 慰め合ったりした. 以外に、 本当の恋愛などした 事のなかった 自分が、 とうとう、 恋人をかち得たのであ る。 一実際 何という新鮮な、 そして何という 勿体ないくらいな 感激であ ろう。. ノ. (W-234p). 二人は口. を利き合う暇もないようなく 若い命と命との 火花 ノ であ った。 現実ばなれのした 伝説の恋のよう であ った。 貞 蔵 は思う。 く 元来これが人間の 生活であ るべき筈で、 あ んな運動に狂奔するなどは、 ほんとうは生活ではないのであ しまっているのであ る。 ノ. る。 人間はつまり 本来の生活なるものを、 すっかりスポイルして. しかし、 ふと小泉の憂 穆 な顔が浮かんでくる。. あ の妹の愛人が、. 左. 翼の壊滅後いまだに 苦悶しているのを 思うと、 自分の幸福への 理論づけが一寸恥ずかしいような 気 もしたが、 併し 恥 ずかしがる事は 何もな い のだ、. 237p) そして 貞蔵 は、 から思い. く. ら 寄らずに見せる. と貞. 蔵 は自分に云 い 聞かせるのであ る。 (W-. ヒナ子の初々しさと 共に、 天性とも云えるような. 恋愛技巧、 差配の 陰. 大胆不敵、 そして感情の 屈 m,性 とこまやかさ. 日毎日毎に新しい 魅. ノく. 力 め 加わって行くような 味の深さ ノ (VI-239p) にすっかり充ち 足りた幸福を 感ずるのであ った。 しかし、 ヒナ子は手紙を 残して去る。 婚約者の道雄と 結婚するためであ った。. (3) 貞 成一フミヨー 小泉 社会運動に走った 自分のために、 妹 フ. 3. ョ と 二人になるとその. ・. フ. 3 ョの縁談がこわれたと 考える 貞蔵 は、 父の死の晩 、. 事を詫びた。 すると. フ. 3 ョは く 「わたしだってそうよ。 自分がこうと. 思った事をやろうと 思ったら、 お兄さんの事は 考えないわよ。 わたし入ってお 互いにそ. う. じゃな. くつちゃならないと 思うのよ。 そうならなくつちゃお 互いに尊敬し 合 う 事にならないと 思 うの よ. 。. 」. ノ (VI-26p) などと、 しっかりした 理屈を言う。 貞蔵 は、 く 父が死んだといっていつまで. も泣いている 子より、 直ぐ何か新しく 生きて行こうと 考える子の方がどんなに 頼もしいか知れな レ. )0 ノ (W-28p). と ,思、. う. 。. は、 友一人のアパート 住まいを始め、 働いて食べて 行く決意を. している。 そしてく「わたしそれより 浮世の波風に 真向からもまれたいのよ。 そして自分がどん.

(6) 木下. 6. な 力を持っているか. 試してみたいのよ。. 英夫. ノ (VI-69p) と言う。. 」. フ 2. ョは雑誌社の 社長に直談判. して、 広告取りの仕事を 始める。 その大胆不敵な 猪突,性は兄を 驚かすほどであ る。. く. 「わたしそ. ノ (VI-84p) と言って先輩のアドバイスを. んな型にはまった 事やる気になれないものですから」. 断り、 歩き回る前に 他の雑誌を研究し、 広告主の名簿を 作成し、 く 失望すべからず。. あ. きらめる. べからず。 怒るべからず。 投げ出すべからず。 何処までも根気。 一 、 押し、 ニ 、 押し、 三、 押し。. 唯 押しの一手. (VI-89p) と手帳 に書きつけ、 どしどし仕事を 進めて行く。 彼女の家の近くの 畑. ノ. にはく青麦がも うセ 八寸にのび、 朝のそょ風にさわやかな 波を打たせていた。 ところどころに 桜 と桃 とが同時に咲き、 その間に白木蓮が 眼のさめるような 白さで朝陽を 照り返していた。 こんな 風景の間を彼女は 停車場の方へ 歩きながら、 何にもめげない 若さの幸福感でその 豊かな胸を溢ら せていた。 ノ (V1-89∼ 9%) フ. 3 ョは次々と成果を 挙げて行くが、 あ る時、 同僚の小泉の 開拓していたところを 横取りする. 田. 結果になってしまった。 それに気づいた は小泉へ手紙を 書き、 電話をかけて 謝ったが、 く. 自分の心持が 相手に素直に 受け取られない、 もどかしいような、 じれづたいような 悲しさ一何. と 云っても相手の. 誤解がとけない 悲しさ. ノ が残り、. く 彼女は誤解されても 小泉に対して 腹 を立て. 切れない何かが 胸に残るのが 悲しいのであ った。 ノ (W,103p). それでも フ 3 ヨは 、 く 一つ. 一つ努力が効果を 現して行く楽しさ、 征服の喜び一 彼女の胸は幸福と 得意にいっぱいになった。. 無 経験で六. ケ 敷い職場に飛び. 出して行って 、 一つ一つ自分の 道を切 拓 いて行くという 事は 、 何と. いう,愉快な生き甲斐のあ る事であ ろう。. ノ. (VI-12lp) と思うのであ る。. 一方。 小泉は会社を 辞めることになる。 小泉はく今から 四年双一その 時彼は全人関係で 一丁度 交通の方で働いていたが、 会ム が 党と同じにムム 制 破壊のスローガンをその 機関紙 XX 新聞に掲 げようとした 時、 彼はそれに反対した 一人であ った。 それでなくともインテリ 化し、 焦燥に駆ら. れ、 おちつきを失い、. 神経質になり 過ぎた党の指令のままに 会ム が 動く事の危険を. 感じ、. 全ム は. 全ム で 飽くまで労働者中心に 地味に進むべきものであ ると考えていた 彼は 、 党と同じスローガン を掲げるなどはもっての 外であ る。 そんな事をすれば 労働者の信望を 失ってしまう、 とその スロ 一. ガンを掲げるかどうかの 決議の席上で 極力反対を主張した。 ノ (W-132 ∼ 3p). の結果はどうであ ったか。 全 八の幹部が一遍に 持って行かれてしまったのであ. しかしくそ. る。 誰も彼もが 治. 安 維持法に触れてしまったのであ る。 一つまり 根 こそぎやられてしまったのであ る。. 133p) 彼は、. 二年の未決にⅡ 申吟 したあ. く 捕らわれる前には、. しと批判する. げく、. この社会も、 時代も、. 事が出来、. ノ. (VI-. 到底想像のつかないような 時代の波の移り 変わりに あ. らゆる現実の 現象は 、 総てこっちの 主観でびしび. 自分の持っているイディオロギ 一で割切れるように. 思われていた。. とこ. ろが思いも設けぬ 現実現象の後から 後からと生起して 来るその有様 一 それは手のつけられない、 荘然 と洪 手 傍観するより 仕方がないようなものであ った。 ノ くつまり一口に 云うと、 現実を批判 していたのが、 今や逆に現実から 批判されるような 立場に立ったのであ る。 ノ (VI-133p) と考. えるようになっていた。 さて. 貞蔵 は、. フ. 3 ョが左翼青年と 恋をしていることを 知り、 老婆心から,i 、 配するものの、 く 生. きている事が 嬉しくって嬉しくって 堪らない ノと 言 う. 妹の言葉を聞き、. く生きている 事が幸福. 一 そしてその言葉は 何という物珍しさで 耳に響くのであ ろう。 本来はあ った筈の言葉、 自然であ り、 当然であ り、 そして実に平凡であ った筈の言葉. !. あ. !. るのが. 一 それが何という 珍しさで聞こえ. るのであ ろう。 この当り前過ぎるほど 当り前の言葉を、 自分達はいつから 失ってしまったのであ.

(7) 裁判批判の論理と 思想、 (七 ). ろう。. ノと. 思う。 そして 貞 蔵 は自分の心持を 省みる。 く 心の中にはその 言葉を押殺した 観念の幽. 霊が群がっている。 この社会の機構、 政治、 搾木で 搾 められて行くような 民衆の苦悶.….ノく併 しィ可処. までが実感で 何処までが観念なのだ. ?. …‥空の青さを 青さと感じなくなり、 花の美しさを. 美しさと感じなくなり、 健康の快感さえも 快感と感じなくなった、 この 夏麓 さは何処から 来たの だ. ?. 一 それが社会の 機構のためか. あ れ、. 政治のためか. ?. ?. ノく 併し社会の機構がどうあ れ、 政治がど. う. 空の青さは空の 青さではないか。 花の美しさは 花の美しさではないか。 それさえも素直に. 感じられないのは、 観念の幽霊の 仕業ではないか。 ノ (W-160p). 貞蔵. も、. このような現実. や実感と観念の 関係という点では、 小泉と同じような 考えに到っていたのであ る。 フ. 3 ョは悩める小泉に、 自分が一人の 生活を始めてから、 く 何か無限の大空を 飛びまわる事も. 出来るような 軽快なものに 自分の身体が 思われてきた。. ノと. 話す。 小泉は、 男は別だと言い、 く. 「男は君のような 域を既に通過して、 その次のものに ぶ 打っつかっているからさ。 構というものに、 直接に打っつかっているからさ。. この社会の機. そして 今 その現実に正直に 云えば負けた 形 を. んだ。 その問題は君なんかもやがて 打つからなければならない 問題だよ。 女がほんとうに 解放さ れ、 特殊待遇から 脱せられたと 思った時、 次に来る問題だよ。 ノ (VI-172p) と話す。 フ 2 ョ. 達が. 」. は、 くいっそ文学をおやりになったら. ノと. すすめる。 く一 併し左翼に飛び 込んで行ったインテリ. 、 その最初その 多感性、 敏感性から文学に 関心を持ちながら、 実際運動に携わり 始める と. 一種のインテリ 性に対する反発から 文学に反発を 感ずるようになって 行ったように、 小泉もひと 頃 そうした反発を. 文学に感じていた。 その心持が今でも 何処かに残っていた。. であ る。 そして、. フ 2. ノ (VI-173p) の. ヨの愛の告白に 対しても消極的な 態度しかとらない 小泉であ ったが、 その. ような彼にむかって、 彼女は飛び上がるようにしてその しかし小泉は 、 昔の同志との 連絡を取ろ. う. 唇を捉えるのであ る。. として果たせず、 かといって 、 フ 3 ョが薦めるよ. う. に 文学に取り組む 決心もつかず、 方向のない事、 思想の拠り所のない 事に苛立っていた。 彼は、. 最近のコミンターンの 指令が懐疑・ 混乱のもとであ り、 右翼や民主主義者と 協力せよとか、 仏教 団体、 つまり民衆を 麻 痩 させる阿片であ ると云ってあ れ程までに敵視していた 既成宗教を今更利 用. せよとはどういう 魂胆なのかと 憤ってすらいた。 (W-178). くそればかりではない。. 日本. の 現実というものについて 何か迂遠で、 いつも観念的にしか 見ていないコミンターンというもの についての今更ながらの 懐疑 一 それが小泉の 心を一層 憂麓 にしていた。 観念的にしか 見ていない. から、 時々その観念が. 現実に・ 津. っているという 事を認めては 指令をかえる。 併し次に掴むものも. やっぱり観念であ る。 一 この観念から 観念への飛躍や 更変の間に 、 彩 しい犠牲者があ のように 現 れたわけなのであ る。 ノ (W-178p). タ ンが無感覚、 傲慢で、 何とも. 一体何がほんとうなのか。. 何が正しいのか。. コミン. い えず冷たいものに 思えた。. 二人の同棲生活が 始まっても、 小泉は相変わらず、 自己の内部に 向かって解決を 求めようとし ていた。 世の中では、 二十年前のようにトルストイが 復活して来ていた。 小泉の解釈によれば、. 二十年前の自由主義時代には「人生とはなんぞや. ?. 」という抽象的な 探求が、 生活の真理を 求め. るもっとも重要な 問題であ った。そこでこのトルストイの 苦悶や煩悶が 人の心を打ったのであ る。 ところが、 まもなく社会情勢の 逼迫が階級問題を 惹起した。 「人生とはなんぞや 問題よりも、 「如何にして 生きるか. ?. ?. 」という抽象. 」という現実問題が 切実になって 来た (VI-180p). という. 事. になる。 くけれどもその 方向は今やすっかり 阻止されてしまった。 そこで青年達の 悶々の情は、 せめて抽象的にも 人生問題の解決を 求めなければならないというところまで. 逆戻りしなければな.

(8) 木下. 8. 英夫. らなくなった。 トルストイの 復活もそうした 現象の一つと 見る事が出来る。 ノ (VI-180P) しかし小泉はノートに、 トルストイの「無為 説 」二苦労知らずの. 4目 爵. トルストイ・ お坊 ちやん的. 空想、 ・驚くばかり 空疎なる教訓等と 書きつけるのであ る。 彼は、 コミンターンに 腹 を立て、 トル ストイにも腹 を立てた未に、 疲労から来る 佗 びしい反省のうちに 沈んで行くのであ った。 くこの 自分が早くも. 絶望の末に無為のどん 底に落ちて行った 敗北者ではないか ノ (VI-181p) と考える. のであ る。 さて 貞蔵 は、 くこの数年青年の 情熱のままに 絵を捨てて、 自分に適してもいなかった 実行運動. の渦巻に巻き 込まれたという 事が 、 何という無駄な 精力の浪費であ ったか ノと 考え、 く 而もその 運動の行きづまりから 自分の心にかち 得たものは、 えたいの知れない 懐疑と虚無であ ったし、 こ の消極的な絶望から 立直るだけでも、 並大抵なものではない。 ノ (VI-206p) と考えていた。 彼 はフ. 2. ョ. に端書を書き、 く 東京はインテリの 苦闘の巷だ。 東京の町そのものがインテリの. だ。 一 汽車に乗 って近江の琵琶湖あ たりにインテリ 的良心を捨ててしまって、. 足掻き. この歴史に柔めら. れた古都の自然の 中に這入って 来ると、 兎に 角 一時的にも頭の 休養になる。 ノ (VI-216p) とし、 いずれ小泉をも 誘って 、 旅に出ようと 述べた。. しかし フ 3 ョからの手紙には、 F とだけ署名が. り、 近所に背広の 男が現われ、 小泉が熱のあ る身体で夕方よく 外出するようになり 大変心配し ているとあ った。 貞蔵 はくこのム人総退却の 中にも、 何処かにやはり 人知れず地下工事をやって. あ. いる連中がひそんでいるのであ ろうか. り一種の自糞ではないか。 なくなって、. ?. ノ. ( Ⅵ -252p). と考え、 苦い自 潮 とともに、 く 「やっぱ. 無謀を無謀と 解っているのやるのはやけ. 自 糞ではないか」. ノく. 気力が. 唯 休息したいと 思っている自分の 心持が絶望なら、 無謀でも何でも 構わないから 何. かやらずにいられない 小泉の心持も、 やっぱりもう 一つ違った絶望なのではないだろうか ? ノ. (VI-254p). と思. う. のであ った。. 以上が「青麦」の 要約であ る。 広津の意図にもかかわらず、. 作品としては、. フ. 2 ョよりも主人. 公の貞蔵 や小泉の方が、 また 春江や ヒナ子の方が 印象深く描かれている。 そして、 最後の場面を 「風雨強かるべし」と 比較してみると、 時代背景の違いからなのか、. いわゆる非合法活動に 対す. る広津の距離感にも、 多少の変化が 見られる。 しかしここで 重要だと思われるのは、 左翼運動に 関. わった青年達がその 挫折を乗り越えて、 自らの人間,性を 回復して行くプロセスを、 広津が繰り. 返し、 手をかえ 品口をかえて、 提示しょうとしている 点であ る。 この点も含め、 この作品口の 意味を いずれ詳しく 検討する事にしよ. 3. 真理の朝. ( 『日本評論』. 512 年 1 月号∼. 「青麦」の後編とされている 作品. ( 未完 ). 5. 月号および 12 月号 ). であ るが、 かなりの部分が 重複している。. 新し. い 展開を示すところは、 第二回の初め、 第四回の終り、 第五回の全部、 第六回の最終篇の 大部分. であ る。 但し、 新展開とはいえないものの、 例えば、 貞蔵 が イデオロギー 的には寧ろ左翼運動な どとは背馳しなければならない 超現実派の画家から、 どうしてあ の外郭運動に 這入って行ったか、 という問題に 対して、 く 結局何かによって 点火されれば 動き出す情熱が 既に先にあ る ノ のだとい 説明の仕方をしている 心に見ておこう。 う. ( 第一回の. 一、. V1-402p) のは興味深い。 以下、 簡単に 貞 蔵 の心境を中. さて、 三保でのハル エ (春江 ) との愛欲生活から 東京へもどった. ( 第五回、. W-448p). 貞. 蔵 を迎えた 妹フ 2 ョは、 小泉がカルモチンを 大量に飲んだことを 告げる。 妹への心配や 疲労、 億.

(9) 裁判批判の論理と ,思想 (七 ). 助 な用事の引き 受けなどで苛々しながら、 「俺の知った 事かい」と云ってしまえば、. 貞蔵. 9. 分析して行く。 く 一切の事を、. は自分の心境を. 云ってしまったって 差支えないような 気がする。. こんな気持ちは、 二三年前までは、 いやに三年前どころではなく、 軽蔑すべきニヒリズムとして、. 排撃したものであ った。. こ 3 いう. つ い 半年ほど前までは、 最も. 消極的な敗北的な 気持ちは、. 分子でも、 心に忍び込んで 来る事を警戒したものであ った。 それは唯もう. のほんの僅かな. 寄せつけてはならない 心の堕落であ った。. ノ. (W-457p). そ. 無暗と. しかしく一切を 自分の責任と 考え. るからこそ、 そうした反省で 自分の心を ぃ じめなければならないのだけれども、 持が自分の胸に 喰 い 込んできた事は、 自分の責任であ ろうか. ノく. ?. 一体こうした 心. 一 自分の責任と 思っていたのは、. 自分の自,惚れで、それを自分の 責任としなければならない 程の強さも. え. らさも、 自分にはな い の. ではないか。 ノく又 こうも考えられる。 一 自分という人間は、 そんなに不真実に 生きていたろう か. ?. 自分は自分を 偽って生きてきたろうか. ?. 一 いや、 自分に緊張が 足りなかったとか、 自分が聡. 明が足りなかったとかは 云えるだろうが、 自分で自分を 不真実に生きてきたと、 そう思い込む 必 要 はないであ ろう。 他人の真実がどの 程度のものであ るかは知らないけれども、 自分だとて、 人 並の真実の生き 方はして来たと 云っていいであ ろう。 一 それだのに、 こんな風な考えが、 いや、 感じ方が自分の 肉体をも心をも 食いつくし始めて 来ているのであ る。. ノ. (W-457 ∼ 8p). 貞蔵. るが、 何処までが自分の 責任で、 何処からが自分の 責任ではないか、 そのけ じめがはっきりしないのが、 苛立たしい。 しかし、 そのけじめをはっきりつけるために 考えるの. はこう考えるのであ. は 、 億劫なことに 思えるのであ る。 (W-458p). そして、 ものぐさ太郎とでも 云. モフ気質を思い 浮かべ、 「オブロモフィズ ム を克服しなければならない」という. 言葉とともに、 と 思い、. う. べきオブロ. 左翼陣営の合い. く貞 蔵 などもやはり 自分の心内にあ るオブロモフィズ ムと 闘わなければならない. 始終自分で自分をいじめっけた. ノ 事を想起するのであ. る。. く 併し、 今一寸した視点の. 相. 違から、 何と物事は違った 風貌を現して 来るものなのであ ろう。 一 この排撃されたオブロモフが 、 世にも親しみを 持って感ぜられて. そのものと云っていいような ような. 温か味を以って 感ぜられて来るではないか。. 貞 蔵 の独白をみるとき、. と 考えるべきであ. 来るではないか。 これこそ一番自然な、 人間らしい、 寧ろ謙遜 (VI-459p). この. 広津自身のニヒリズムとの 闘いは、 どのような段階に 達していた. ろうか。 前進なのか、 停滞なのか、 後退なのか。. 悪化し、 まもなく死去する。. 小泉の肺病が. ノ. 貞 蔵 は威圧に感じられていたものが. 除去され、. また. 自分と妹との 間にはさまっていたいた 余計なものが 消え、 なにかほっとしたものを 感ずる。 ハ ルエ. も帰京し、 純一も含めた 三人の新しい 生活を始めようとする 貞茂 に対して、 ハル. エ はく. 「. あ. なたのは、 そうね、 生意気な事を 云うと、 観念と闘っているのね。 ですから、 失望も希望も 観念 的ね」 ノ (VI-470P) と手厳しく批判する。 「生活」のまわりを 空回りしている、 というのであ る。 謙遜な 、 小さな生活の 積み重ねなんていうものに 我 ,漫がならないというハル エ は、 一人で生きて. 行くとつっぱ. ぬ. るのであ る。. 4. 心臓の問題. 512 年 1 月号 ). 文章は、 創作というよりは 随筆といった 方がよさそうだが、 中期短編小説の 中にまとめられているので、 ここに入れた。 かなり反権 力的な発言. 「私」という. 『全集』では. ( 『文芸春秋』. 一人称で書かれたこの. が 見られるせ いか 、 広津に. よ. れ ばく 「心臓の問題」は 支那事変が始まって 間もない頃 書いたもの. で、 当時の雑誌には 発表出来たが、 単行本の中には 今日まで入れる 事が出来なかった。. ノ ( 大 『.

(10) Ⅰ. 木下. 0. 和路 Ⅰの「あ これは、. とがき」. あ. s22 年から、. Ⅱ -462p). 英夫. との事であ る。. の ニ ・二六事件の 2 ケ月 ほど後、 「私」は長男と 一緒に新宿を 歩いている時、 その 長. 男が一人の巡査から「おいこら」と 警視総監に手紙を 書こ. 呼び止められ、 無茶なことを 言われた。 そのことについて、. とした、 という話であ る。 「私」はその 出来事の半年ほど 前、 狭心症で. う. 倒れた。 その時、 死、 特に突然の死という 考えが閃く。 く -Ⅱ弄 し大体生涯の 終りに 掩 いて考える のは、 結局こんな事なのか. ?. 何かもう少し. 閃レ 、 た 事でも考えそうなものなのに、. こんな現実的な. その場限りの 事しか浮かんで 来ないものなのか。 それにしても、 何か予定や目的がこの 人生にあ った筈であ ったのに、 此処でいきなり 中断されるというのは 一体何事であ ろうか. ?. ノ (n-358p). そして、 それからしばらくの 間はく感じ易く 、 激し易く、 そして物事に 忍耐がなくなって 来た。 そうした精神の 苛立ちは確かに 生理が原因に 違いなかった。 もうこの辺で 怒るまいと頭の 方では 考えているのに、 心臓が波立ってしまうので、 怒りの感,清が消えないのであ る。 ノ (n-359p) しかし「私」はくその 姿勢がすでに 物に負けた姿勢であ る。 物にぶつかるのには 身体をのばし、 大手を拡げて 真正面からぶつかりたい。 背中を丸め、 内臓を庇いながら、 老人のようにち ぢ こま ってはぶつかりたくない。 ノ. ( Ⅱ -359p). とも考えている。. そこで二・二六事件であ る。 その理不尽さについて「私」は 激しく弾劾する。 くそんな莫迦な 事はなり、 不合理な事はないと 考えたとしても、 ズブリとやられたら、 それで「そんな 莫迦な 事 はない、 不合理な事はない」と 考えた 事 さえも、 そのまま何も 後に残さずに 消えていってしまう のか。 ノく 恐ろしい事であ る。 私は身体中がぞくぞくする 程、 その恐怖を肉体的に 感じた。 ノ く一体どういう 観念 一 その暗殺という 行動に導く観俳 一 から他人の生命を、 その意思に反して 中. 断 してしまって 差支えないという 思想が湧くのであ ろうか。 一体それは何という 暴慢な思想であ ろう。 人間が持つ、 それ以上の悪しき 暴慢はないと 云えるほどの 暴慢ではないか。 他人の生命を その意思に反して 絶つ事によって、 一方的な正義感を 誇る感情が人間にあ るなんて. !. く 私は. ノ. その暴慢を敢えてした 若い人々の動機や 心理を調べて 見るために、 その当時手に 這入り得る文書 一 秘密文書を集めて 読んでみた。 政治的ないろいろないきさつも 了解出来た。 それが偏狭な 認識の上に立ったものであ. 解り、 彼等の,憤 礒の原因もほぼ. るとは云え、 彼等並の憂国の 情には人を打. つものがない 事もなかった。 併しそれだからと 云って、 他人の生命をこっちの 意思で、 その生命 の所有者の意思を 踏みにじって、 中断してさしつかえないという かった。 ノ. ( Ⅱ -360P). 理由は、 依然として見出し 得な. くおお、 それにしても、 その人々の意思、の源泉であ る生命を絶たなけ. れば、 自分達の意思が 逆に圧迫されなければならないというような、. そういう感じ 方 一 互いに 他. 人の意思を否定し 合わなければ 成り立たないような 権 力の争奪という 事は 、 何という野蛮なもの であ ろう。. ノ ( 同上 ). そして、 くわれわれには 解らさずに、 知らさずに、 すっかり目隠しをし. て 置いて、 それで何かを 企てたり謀らんだりしている の結果は 、 ひしひしとわれわれの. 代. !. 指導 層一 それでいて、 それで企てや 謀らみ. 日常生活に大きな 影響を持ってくるというこの 政治的 恐 , 柿時. ノく 実際、 われわれは生命を 絶たれずして、 その意思を絶たれているのであ. る。 ノく 事毎に 、. 刻々に加わって 来て、 このわれわれの 意思の上に蔽いかぶさって 来る他の者の 意思. 361p). という よ. !. ノ (n-. うに、 この時代そのものの 批判にまで進んでいる。. 見られる よう に 、 実に痛烈な告発であ る。 しかしこの弾劾・ 告発の特徴はいわば 生理的・肉体. 的なものでもあ ったというところにあ ろう。 く 私はこの誰にでも 解り切っている、 今更云うのが 馴れっこになっている 人がおかしいと 思うであ ろうようなこんな 事を 、 弱まった感じ 易い神経の.

(11) 裁判批判の論理と 思想. お. 陰で. ( お除 か、. わらぬものは、. lp). それとも災 いか ) 苦しいほど感じたり 考えたり、 それで結局われわれ 政治に携. どう. に 肉体的に痛みを. 11. (七 ). 感じたり考えたりしたところで、. どう. する事も出来ない 事なのに、 それだの. 覚える 程 感じたり考えたりしなければいられなかったのであ. く 心臓のお陰で. (或はその災いで ). 六 以後のいろいろな 現象を感じていた。. る。. ノ. (D-360 ∼. どうとも他に 誤魔化しようのない 迫り方で、 私は ニ ノ. ・. 二. (D-361p). そして、 新宿の事件が 起る。 く 私は暫くあ きれて巡査の 顔を見成った。 何 は 何でもそんな 事は 云うまいと信じられない 種の事を、 この巡査は威 丈 高になって私に 向かって云ったのであ る。. ノく. 的に云. う. 警察というものを 知るまい。 訊問、 検束みな自由なのだ ぞ 。 それを人民に 向かって威嚇 のであ る。. ノ. (n-362p) それに対して「私」は 、. く 訊問はまだよろしい。. 併し人民を. 検束する事が 警察の自由であ るとは。 一 これは一つの 恐怖であ る。 われわれは警察が 人民を保護 している事を 信じるからこそ 安心していられるのであ. る。 家族が外出して、 帰りが遅くなっても、. 警察の保護があ るから、 と思って安心していられるのであ. る。 ところが、 検束が警察の 自由と 傲. 話 されると、 われわれの家族がいつ 検束されるかわからない。 帰りがおそくなると、 これは何の 罪もないのに 警察に検束されているのではないかという. 不安が胸に来る。 警察があ るが故に 、 善. 良 な国民がそうした 不安と恐怖とに 駆られなければならない。. ノ. (n-362 一 3p) と考え、 そこで. 警視総監への 手紙を書きかけたが、 疲れて根気がなくなって 止めてしまったというのであ. る。. さてこのような 問題は 、 決して警察官の 問題だけではない。 「私」は防空演習の 時の体験か らく私は若し 何かの規則を. 作って、その規則で何かを 民衆に云っても 好いという権 限を与えたら、. 日本人はみな 警官になり得る 素質を持っているかも 知れないと考え. と うとう苦笑して、 鷹人 を. 消してしまって、 ベッドの上に 仰向けに転がった。 一人をとがめていいという 権 限を与えたら、 日本人はみなその 人をとがめる 権 限を享楽しそうであ る。 規則の内容は 問題にせずに、 その規則 の 適用範囲を拡げるだけ 拡げて、. 人をとがめる 事に喜びを感じそうであ る。. ノ ( Ⅱ -364p). と思. う。 そしてさらに、 それは日本人だけの 問題でもない、 もっと深い根を 持ったものだと 考える。 例えば、. く 時代が狂気じみた. 戦乱の渦巻にまき 込まれると、 良識ハウプトマンでさえもこんな. 法な放言をするに 至るのであ る。 秋 になって健康が. ノ. 無. (D-365p) というように。. 快復し、 田園コートでのテニスの 試合を見に行くと、 例の日本人の 規則適用. 拡大性に出会う。 しかしく私は 別段腹 は立たなかった。. ……が. 、 腹 が立たなかったのは、 恐らく. 私の心臓が快方へ 向かった事もその 一因には違いないであ ろう。. ノ. (D-367p) くそうだ、 確か. に私は近頃 はひと頃 のようには腹 が立たなくなって 来たと共に、 今まで腹 の立ついろいろの 原因 に 数えたものの. 中に、 田園都市のカーキ 一服の青年のような、 腹 を立てるよりも、 そこからとぼ. けたユーモアを 感じさせるようなものも 大分まじっている 事に気がつき 始めたのであ る。. (n-367p). ノ. くこれからどんな 現象にわれわれはぶっつかるか 解らない。 それを一々忍耐して 見. るから、 実際一々腹 を立てていたら 生きつづけられるもので はない。 ノく 心臓が恢復して 来た事は何と 云っても私にはあ りがたい。 ノ (n-367p). 成って行かなければならないのであ. 以上が「心臓の 問題」の概要であ る。 広津の面目躍如といったところ か 。 いずれにしても. 広津の自己との. 闘 いは. 、 横暴な権 力との闘いと 絡んで展開されているのだが、. 身体問題も微妙に 関係しているのが. それと健康問題・. 明らかにされており、 広津を知る上で 興味深い文章といえ. ょ.

(12) 12. 木下. 英夫. 5. 流るる時代印改造』 sW6 年 3 月号 ) 五十オを過ぎた 作家・牛島五郎は、 作家としても 家庭火としても、 一応体裁は保っているもの の 、 異母 弟. ・. 十 吉の金銭問題、 恋愛関係にあ る作家志望の ミキ子 との不調和、 妻カネ 子 との形だ. けの夫婦関係、 それに加えて 女優志望のミスズとの 関係から生ずるトラブルを、. その場しのぎで. 何とかこなしている。 作家としても、 なかなか自分が 書きたいものが 書けず、 金を作る必要に 迫 られて書かされているというのが. 実情であ る。 そのような生活に 苛つきながら、 五郎は 、 く 何処. か 自分で自分を 弁解したいと 見える。 自分を責める 心持と弁解する 心持とはいつでも 同時に動い ているものと 見える。. ノ. う 言葉を思い浮かべては、. (n-392p) と自己を分析し、 古来の人倫の 道とか、 ヘドニズムとかい 自 潮している。. 例えばこんな 風に。 く 明治末期から 大正初期にかけて. 青年時代を過ごして 来た彼は、 偶像破壊とか、 新道徳の追求とか、 何よりも 己 自身の納得する 生 活 とか、 そういう合言葉の 中から巣立って 来たのであ るが、 それ等が全部破産したかのように、 古来の人倫の. 前に、 こうして手もなく 降参しそうな 自分に向かって、 ちくりと皮肉をいってやり. たいような心持も、 まだ胸の何処かには 持っていた。 それが「それも 一種のへドニズム う. 苦笑いになって 現われてくるのであ る。 ノ. (. Ⅱ. -393p). また、 く. 「. さ 」とい. 俺 ぐらいの イ ゴイスト. はないかも知れない」と 彼は自分のそうした 内心を省みながら 心に眩く。 この世の負担はみなや り切れない。 一 併し事態をリードしている 間は人間は い。 ノ. (n-400. ∼. イ. ゴイストにならずに 済むのかも知れな. lp) く併し自分の 心の奥底は、 自分には解っているけれども、. せる必要はな い だろう。 やっぱりやれるところまでは、. みんなに解ら. 良き良人、 良き父親、 良き恋人の仮面を. かぶり通うす 20 仕方あ るまい。 それが生活を 背負う男の痩我慢というものだ。. 一便我慢、 かく. なる上からは、 痩 我慢でもそれはこの 消極的な気持ちを 暴露するよりは 道徳的であ ろう。 ノ. (D-401p) という具合であ る。 さて、 総ては自分の 生活のだらしなさ・ 怠惰から生じていると 考える五郎にとって、 二三 ケ月 前に開かれた 老大家・島村繁樹の 出版祝賀会での 島村のスピーチはショックであ 先輩の作物の 一つ一つぼ感心しているわけではなかった。. った。 彼はこの. 併しこの作家がほんとうに. 書きたいも. のしか書かなかったというその 厳しい態度には、 日頃 から一種の威圧を 受けていた。 そして、 島村はそのスピーチで、. (. Ⅱ. -407p). 書きたいものは 心残りなく総て 書き切ってしまった、 と述べ. たのであ る。 くい や、 それは言葉の 立派さではない。 生活の立派さなのだ。 その生活の一歩一歩 踏みしめた確実さなのだ。 一 牛島五郎はその 時その言葉を 聞きながら、 びしびし面を 叩かれた う. な痛さを感じた 程 感動した。 ノ (n-408p). ょ. 五郎は 、 何か自他を慰め 合えるような 甘やか. しの仮定を立てていた 自分に気づき、 く 自分の立っている 地盤が急に揺れてきたような 気がした。 やった男があ るのだ。 人がやれないと 思っているから 自分を慰めていられたものの、 現に目の前にいるのだ。 一 自分にはどうしてやれないのだ。. やった男が. それは生活があ やふやだからだ。 生. 活 が一歩一歩確かさをもって 踏みしめられていないからだ。 ノ (n-408p) と思う。 純粋の創作 生活をするような 生活の整理が 足りなかったのだと。 その話を五郎は、 自分よりも一時代後の 四十双後の作家であ る瀬川克彦にしたのであ るが、 瀬 川は 、 あ の島村の生活整理には 明治の匂 い がすると言い、 仝の現実の中で 生きて行くには、 現象 の 変化について 行くしかないと 言 う 。 そして、 なお、 われわれの生活・ 時代がこれで 好いのかと. 問わざるをえないのではないか、. と言う五郎に 対して、 く 僕は寧ろそういう 自問自答を止めるこ.

(13) 裁判批判の論理と 思想. とだと思いますよ。. あ. 13. (七 ). なた方はあ なた方の時代が 求めたヒューマニズムが、 時代の霞の中に 消え. てしまったので、 戸 まどいしているように、 僕には見えますね。 殊に牛島さんなんぞはそれにふ ん個. り. 過ぎていると 思いますね。 一 その ネゑ,悔 という奴を止めるんですよ。. fゑ, 海なんか全然不必要. ですよ。 一 その代わり忍耐という 奴を持ち出すんです。 何が来って忍耐していてやるぞ、. んですよ。 もちろん忍耐なんて. いう. それな. ものは真理じゃあ りませんま。 併しそれが現われるまで 先ず. 忍耐するんですよ」 ノ (n-409 一 10). そうこうしているうちに 五郎は、 流 4〒,性感冒による 高熱が一週間も 続き、 「余儀ない休息」を 強いられる。 その折の五郎はく 仝どうしようもない 自分の生活については 暫く考えまいと 思った。 一 肉体の責任停止をやっても、 頭の責任停止をやらなければ 何にもならない。 一彼は文学 書 でな い書籍、 現代の世界の 政治の事を書いた 書籍を枕許に 並べて見た。. ノく. 彼は世界の瞠目の 的にな. っているナチスの 事なども調べて 見た。 この最近接頭した 独 逸の恐るべき 強力政治は 、 い わゆる. 世界の文化人というものをひどく て 所謂人民戦線風の. 恐怖させも 嫌 いさせたが、 そして現に日本でも、 それに対抗し. 文化団体が生まれ、 ナチスのユダヤ 人排撃などに 対してはるばる 抗議書を送. ったりしたが、 併しやがてその 文化団体は、 当局からの穏やかな 忠告によって 自由解消した。 一 牛島五郎もその 団体に名を連ねた 一人であ った。 一だが、 欧州戦争に敗北した 後の独 逸 政界の混 乱の状態を調べるにつれ、. そして聯合国 派 の 独逸に 対する過酷な 圧迫を調べるにつれ、 やっぱり. 何か強力政治が 起って来なければならなかった 気がする。 ノ (D-415p). 事情が、 おぼろげながら 解らない事はないような. そして、 五郎はまたく. ソ. ヴィエットの 粛正工作の真相も 知りたい. と、 いろいろの書籍をあ さった。 到底文士の神経では、 そうした現代の 世界政治のなまぐささに はついて行けないけれども、 それかといって、 アンドレ・ジッドのあ の肉体のない 精神苦悶では、 もう解り過ぎていて、 今何か大きく 溢れて来るように 感ぜられる世界の 波濤は割切れないように 思われる。 ノく 五郎は日本の 事をも知りたいと 思った。 併し日本の政界の 内幕はとざされていて、 それを探るよ す がもない。. …‥. ノ (n-416p). 恐らく広津は、 五郎 と瀬 Jllの間のところで 悩んでいたのであ ろう。 しかし、 次に取り上げる 「歴史と歴史との 間 」では、 その両者とも 否定された格好に. 6. 歴史と歴史との. 間. ( 『改造』. 見える。. 516 年 5 月号 ). 「流るる時代」と 同一の人物設定であ. り、 連作的な意図あ るいは長編小説としての 完成を意図. していたようであ るが、思想統制の激しかった 戦時の険悪な 空気と出版界の 困難な事情もあ って 、. その意図は果たせなかった。. この作品では、 前作「流るる 時 ィ土」を受けながら、 新しい展開の. 中. に、 前作とは若干異なった 考えも示されている。 そのような点を 以下に幾つか 拾ってみよう。 まず愛人・ミキ 子 との関係であ るが、 ミキ子の方から 別れ話が持ち 出される。 牛島五郎は 、 く 「仝日は君から 言い出したからいうが、 僕も始終その 事を考えていたんだよ。 一僕では君を幸. 福 に出来ない、 と。 何故といって、 僕の人生観は 暗過ぎる。 僕は双にはそうも 思っていなかった んだけれども、 近頃 はそれを自分でつくづく 感ずる。 そして自分でもどうしようがないんだ。 際の事をいって、 僕自身自分を 持余しているんだ。. 」. ノ. (DP428p) と言う。. ミキ. 実. 子は自分で言い. 出しながら、 五郎のそうした 言葉を聞くと、 興奮したり、 泣いたりするが、 結局は五郎の 老いを 実感し、 別れを決断するのであ る。 五郎は 、. く 感情や精力の. 分散する生活 一 それは自分の 老衰を. 早め、 自分の活力を 眼に見えて消耗させる。 何かそういう 余力はすっかり 自分にはなくなって 行.

(14) 14. 木下. ってしまったような 気がする。. ノと. 英夫. 考え、 その僅かに余っている 自分の活力を 一つ事に凝集させ. たいという心持にあ せっている自分、 仝まで無駄使いした 活力をすっかり 惜しんでいる 自分を思 うのであ る。 (n-429p) このように、 悲劇のない恋愛解消の 見込みが立ってきた 五郎は、 「仕事」に専俳しようと 張り 切る。 ところが、 妻 ・カネ子はそれに 水を掛けるような 冷淡な態度をとる。 五郎は 、 俺は金取り. 機械ではない、 いままでの俺の 良心の犠牲をどうしてくれる、 を 知っているのはこの. と苛立つ。 自分という人間の 限度. 女 だ、 妻の眼の底にあ る自分に対する 不信用を見て 取り、 痛 痛を起こしそ. うになる。 しかし、 そのような五郎を 、 妻は意外にも 優しく心配する。 五郎はく俺が 何も書けな くなり、 俺が時代から 落伍し、 俺が疲れ衰えて 廃人のようになっても、 俺について来、 俺を守り、 俺を心配して 呉れるのはカネ 子 かも知れない・…・ た、 負けた人間のセンチメンタリズム、 や 「. 0. ノ. (Ⅱ. -439p) と思ってしまうのであ る。 年取っ. 切れない真実」等の 言葉をめぐって 、 堂々巡りを. する五郎であ った。 しかし、 「ほんとうの 仕事」と焦ってみても、 「ほんとうの 仕事」の中身も、 「ほんとうの. 事」. もはっきりして 来ない。 く いや、 それどころか 何か、 始めて ぺン を持ちでもしたように、 考えの 纏め方も、 それの表現 怯 も一かつてはそれによって 物のかけた構想のコ ソ も、 技巧も、 そんなも のは今は何の 役にも立たない 事がだんだん 解って来るのであ った。 大概の事が小説になった 時代 一人生で触れ、 見、 聞きしたものが 片っ端から小説に 書けた時代が、 十年前にはあ ったが、 どう してそんな器用な 事が出来たか、 今は不思議であ った。 併し 又 そういう時代が 恥ずかしくもあ り、 堰 きつぼいような 反発を感じてくる ノ (n-445p) 五郎であ った。 自分のそのような 時期にあ. る. のが瀬川で、 瀬川のいう「強さ」や「 還 しさ」は実業家や 政治家にとっては 陳腐な野心であ り、 く 一文学をやる 連中が代々排除して 来たあ の「強さ」だ。 一 弱さの強さ、 それがどんなに 強. いものであ るかという事が 瀬川には解らないのだ 一ノ. (. Ⅱ. -445p)、 と瀬川を批判する。 また、 島. 村繁樹についても 疑問を呈する。 彼の言葉は解ったようで 解らないところがあ る。 歴史家ならば それで良いかもしれないが、 作家はそれとは 違う。 く 決勝点のないトラックを 死ぬまで走りつづ けているのが 作家生活だ。 倒れるまで走っているのが 作家生活だ。 ノ. (Ⅱ. -445p). こ う 考え. ているところに、 ニ ・二六事件の 一報が入る。 五郎は理由が 分からないままに、 何かむらむらとした 憤激が胸に来た。 その憤激は、 高橋蔵 相 の 襲撃にあ ったと言っても 好かった。 高橋のフランクな 性格に作家らしい 親しみを感じていたか. らであ る。 五郎は政治評論を 書いている知人の 三浦から渡された 謄写版刷の文書を 読み、 総ては ロンドン会議から 糸を引いている 事が解った。 彼は高橋の死についても、 く 誠心誠意 成 時期の国 家の進みに貢献した 忠臣も 、 次の時期の国家の 進みには反動的な 役割しか演じなくなる 歴史的 悲 劇一瀧 げながらそんな 感じが 呑 込めて来た。 ノ (D-450P). そして、 謄写版 刷の 「ムム改造. 法案」を姉浦から 借りて読み、 英米に依存する 日本資本主義の 真相を書いた 本はないか、 と探し て見るが、 くここ何年かの 綜合雑誌に現われた 諸論文は、 国際的な見地に 立った抽象的な 資本主 義攻撃が多く、 この日本の内部に 仝起って来ている 特殊な現象を 解釈して呉れるのに 役立つもの は 殆どなかった。. 一考えて見るとこれは 驚くべき現象だとかえる。 併し五郎自身も 仝までにそれ. を怪しんで見た 事は一度もなく、 国内的のいろいろなそういう 動きを、 ひたすら反動的という 言 葉 で総括する、 所謂進歩主義者のいう 事を是認していたのであ った。 ノ. ( Ⅱ -45%). 二日ほどあ ちこち動き回って 知識を集めている 間に、 五郎は身体の 不調を感ずる。 帰宅と同時.

(15) 裁判批判の論理と 思想. に 脳溢血で倒れる。 「これで終りか」と. 15. (七 ). 落ち着いている 自分を感じ、 これも一種のニヒリズムの. せいかと五郎は 苦笑する。 ふと一つの光景が 頭に浮かぶ。 それは二十数年前の 大帝崩御の際の 二 重橋 前の広場一五郎が 生涯で出会った 最も悲壮な厳粛なそして 無限に美しい 光景であ る。 夢. うつ. つの中で五郎は「兵に 告ぐ」を聞く。 そしてく上御一人に 対して、 日本人はみな 自分を相対だと 思っている。 自分が絶対だとは 日本人は決して 思っていない。 反逆の名に放いて 呼ばれれば日本 人はいつでも 上御一人の御双に. 畏伏する・…・ ノ ( Ⅱ. れで 臆ち 得たものは虚無だけだったのだ。. -454p) と考えた。 く 五郎は眼をつむった。. そ. そしてそれが 当然だったのだ。 そうだ、 最初から考え. 直して見なければならない、 と彼は眩いて、 一所懸命意識を 集中しようとして 見たが、 頭が 檬瀧 となって来た。 何か長い間無駄な 遠道を迂廻して、 すっかり疲れ 切ってしまったのだといった 感 覚だけがその 檬瀧 とした中に残っていた。. ノ. (n-454p). 五郎はその二日後に 死んでしまった。. この作品の終り 方は少し気になる。 二重橋双の光景の 事、 最後に残ったのは 虚無だけだったと. いう事、 そして五郎の 死。 内外の政治情勢を 必死に掴もうとしていた 広津は一体どのような. 思い. でい たのだろうか。. 7. 若 い 人達. 516 年 6 月号 ). ( 『中央公論』. 広津によれば、 この作品は「時局を. れ. きまえない」ものとして 当局から非難されたものであ. が 、 指導階級から 非難されても 別に何とも思わなかったが、. る. 文学者の中にも 同じ理由で非難した. ものがあ ったのには、 少なからず腹 が立った、 という。 (全集第三巻あ とがき、 m-535p). 王. 大公 は堀 J@ 真三。 木挽町の裏 道・駄菓子屋の 二階の四畳半に 下宿している。 順三は故郷の 助川で 発電所の電気技手をしていたのだが、 ンパ 自勺 ィ受割 る ?寅 じたという廉で. まだ 余臆 のくすぶっていた 階級運動に関心を 持ち、 少々 、ン. 職を逐われ、 上京したもののブラック・リストに. 載せられている. らしく、 電気技士の仕事には 就けなかった。 順三は 、 く. 「. 赤 」で 賊 首になってから 暫くは、 一度あ あ いう思想にふん 掴まると多くの 青年が. そうなるように、 物の考え方がその 方向以外になかなか 出られなかった。 つまり眼の前に 立ちふ さがつている 階級の障壁を 突破するのでなければ、 あ らゆる幸福も 希望もあ りうべきものではな い、 たといあ ったところでそんなものは 個人的逃避以覚の 何ものでもない、 といったような 観念. から離れることが 出来ず、 それ以外に考える 余地が絶対にあ り得ないように 思われていた。 それ だから、 彼がシンパ的関係を 持っていた 或 大きな組合の 壊滅を眼の前に 見た時には、 全くこの世 が、. 思わないわけに 行かなかった。 ノ (fmm-l1∼ 2p). 「お 先真 暗になった」と. くけれどもどうや. らその暗い気持ちが 近頃 は少しずつ消えてきた。 兎に 角 働かなければならない。 そして母を安心. させなければならない。 この事の重要さは 観念の重要さよりももっと 重要な現実当面の 身につい た問題であ るということが、 少しずつ解りかけて 来たのであ る。 ノ (ID-l2p) あ. る日、 街中で順三は、 助川時代のオルグ・ 倉沢と再会する。 倉沢は 、 見るからに胸の 病気が. 相当に進んでいるようであ. り、 各 だというのに 夏服を着ていた。. 党 と同じ天皇制打倒のスローガンをその 一人であ った。. ノ. (T-37p). く 倉沢は彼が属している. 組合が. 機関紙に掲げようとした 時、 飽造反対意見を 持っていた. そんなことをすれば、 労働者の支持を 失うばかりでなく 治安維. 時法にひっかかって 組合そのものが 潰滅してしまうと、 彼は危,呉 したのだが、 現実はその危惧 う. ど. りになってしまった。 しかし順三はくあ の頃 のこの倉沢の 意気組や熱のあ る言葉を見聞きして. いた時分は 、 間もなくそうした 運動の 力 がこの世の中に 大きな形の仕事を 成し遂げるように 思い、.

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