英詩とモダニズム/ポストモダニズム
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(2) 後. 30. 藤. 明. 生. イギリスにはポストモダニズムの詩などというものは存在しないのか,と疑ってみたくな るのである。. 近年,アメリカとイギリスで出版された二つの現代詩のアンソロジーを比較してみると, このことについて興味深いことが分かる。 Poetry:A. Norton. Anthology. (ed.. Paul. American. 1994年にアメリカでPostmodem Hoover;W.. W.. &. Norton. Company)という現代. 米詩選が出版された。これは1950年,チャールズ・オルソンから始まり,ビート詩人,ニュー 「ディープ・イメージ」詩人,,70年後半以後のラン. ヨ-ク派,プロジュクティゲィスト,. ゲージ・アンド・パーフォーマンス詩,アフリカ系アメリカ人,ゲイ,レスビアンなどの 詩を含んでいる。 これに対応するかのように, Crozier. and. とThe. New. Tim. Longville. British. and. Eric. Mottram). The. New. British. Poetry. 1987年と88年にイギリスでA. 1968-88. (Paladin. 1990年にPaladin. (eds. Gilliam. Grafton. Allnutt,. Art. Grafton. Booksから再版). Fred. I)'Aguiar,. Ken. Andrew. Edwards,. Books)という現代英詩選が出版された。後者の Van-ous. Poetyyは,前者A. が,前者と異なるのは,. Pr.;. ;Carcanet. (eds.. Van'ous. Artに選ばれた16人の詩人のうち7人を含む. 「黒人の英詩」と「『フェミニスト』詩」というセクションがある 「油断のなら. こと,これは明らかにイギリス詩の新しい傾向といえる。それともうーつ, ない英詩への攻撃」というセクションに集められた26人の詩人(A. Van'ousArtで選ばれ. た詩人の大部分が再び顔を出すのはこのセクションであるが)これらの詩人のすべてが現 代英詩の反主流派であること.いいかえれば,彼らはPostmodem. American. Poetryに出. てくるアメリカ詩人と共通する面を持っていることで,これも新しい傾向と呼べる。 Postmodern. Amen'can. poetryの「ポストモダン」とは,第二次大戦後の実験的な詩を総. 称したもので,いいかえれば「戦後アヴァンギャルド詩」といってよい。このアンソロジー は1960年に出版されたThe 発展させたもので,. New. American. Poetry. (ed. Donald. Allen;Grove. "New''から"Postmodern"へのタイトルの変化に. New. の展開が反映されている。同時にこのThe. The. Poetryのタイトルに明らかに反響している。. Amm'can. New. British. Pr.)を継承・ 60年以後の米詩. PoetryはThe. New. Poetryは戦後の実験的な詩. を集めたもので,これより数年前に出版された,伝統主義的な現代英詩選The Book. of Contemporary. British. Poetry. (eds.. Blake. Morrison. British. and. Andrew. Penguin Motion,. 1982). に対抗するものである。それなのにアメリカの詩のように「ポストモダニズム」の名を用 いていない。戟後のアヴァンギャルド詩をアメリカではポストモダン詩と呼んでいるのに, イギリスにはそうした呼称は存在しないかのようである。. 3. ここでポストモダン詩はひとまず置いて,それならイギリスの「モダニズム詩」はどう なのか。こうした言い方は確かにある。例えばフィリップ・ホブスボームのTraditionand Experiment. in English. Poetry2)の"The. Growth. of English. Modernism. "という章に見. られるようなものであるoただここでいう「イギリスのモダニズム」とは,本来モダニス ト詩人という時に意味される(T.S.エリオット,ユズラ・パウンド,ウィリアム・カー.
(3) 英詩とモダニズム/ポストモダニズム. 31. ロス・ウィリアムズ,マリアン・ムアー,ウォレス・ステイ-ゲンス,ハート・クレイン. らに代表される)アメリカ詩との関連を断ち切ったところに存在する。 ホブスボームはウォルト・ホイットマンの流れを汲んだェズラ・パウンド,. T.. S.エリ. オット,ウォレス・ステイ-ゲンス,ハート・クレイン,ウィリアム・カーロス・ウィリ. アムズ,ロバート・ロウエルらが米詩の伝統を形成していると見る(p.288)。簡単にいう とこの種の詩は(1)自由詩である, 情緒的な意味を喚起する,. (2)イメージ群,カタログ,またはコラージュによって. (3)叙述しない,という特色を持っている(p.265)0. これに対して英詩に不可欠の要素は「形式への関心」であって,これがないと詩は散文 になってしまう。そしてこれこそがエリオット,パウンド,ステイーゲンス,ロウエルら のモダニズムとは異なる"English. modernism"である,とホブスボームはいう(p.298)。. 結局,ホイットマン,パウンド,エリオットは"Amm'can. poets"であって,イギリス詩. 人への彼らの影響は非常に限られたものである。こうホブスボームは主張してから,次の ように断言する-. 「確かにエリオットとパウンドの英詩に対する影響は,これまで. のところ有害だったというのが真実である」. (p.291)0. ホブスボームが伝統的な米詩に見た特色を裏返すと,叙述的な定型詩が浮かび上がって くるが,こうした性格を備えた詩が「イギリスのモダニスト詩」ということになる。彼は その代表としてエドワード・トマス,ウィルフレッド・オウエン,アイザック・ローゼン バーグを挙げている(p.299)。第…次大戦で戦死した戦争詩人である。これはイギリスの モダニズムはここで絶えることを意味する。が,それだけでは済まなかったのだとホブス ボームはいう。アメリカのモダニストたちはアメリカではなく,イギリスで詩の技法上の 改革を行った。その間に彼らは戦争詩人の残した空白を埋めようとした。これがかえって 英詩に悪影響を及ぼすことになった(p.304)0. (例えばW.H.オーデンの世代の詩人たち. は,エリオットやパウンドよりむしろ,エドワード・トマスやウィルフレッド・オウエン,. とりわけローゼンバーグから学ぶべきであった,とホブスボームはいう。) ここにイギリス詩の排他性がいかにアメリカの詩を拒んできたかの一例を見ることがで きるが,こうした排他性を裏付ける一節を次に引用する。これは2年前に出版された若手 批評家・研究家による現代英米文学比較論Forked. Tongues?の中にある,文字通り「イギ. リスにはモダニズムがあるのか」と題した一章からのものである。. アメリカの読者がモダニストとして特定するようになった詩人-パウンド,エ リオット,それにH.D.,ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ,ガ-トルード・スタ. イン,マリアン・ムア-,ラングストン・ヒューズなど-に関連するか影響され るかして書いてきたイギリス詩人は,今世紀にははとんどいない。この点については, アメリカではほとんど議論の余地がない。3). モダニスト詩と呼ばれるものはイギリスにはない。これはアメリカでは常識だというの である。パウンドやエリオットがなぜイギリスの詩の伝統に食い込めなかったのか。筆者 によると,それはモダニスト詩がイギリスでは詩の主流から取り残されてしまったからだ.
(4) 後. 32. というo. 藤. 明. 生. この背景にはイギリスのコモン・リーダー(一般読者)がいる。彼らは文学の職. 業化を嫌った。これはいわば文学のアマチュア主義であるが,彼らにとって詩で重要なの は主題と形式と明噺なシンタクスであり,明白な主題と把握しやすい形式と明噺なシンタ クスを欠いたモダニスト詩は彼らには「エリート的」で「難解」と映った(pp.247-8)0 こうした状況にあって,パウンドやエリオットのモダニスト詩はすでに30年代において W.H.. 反動を引き起こしていたという。モダニスト詩人の難解さと実験主義に代わって, オ-デンとその一派の伝統的叙情詩が主流になる。その後ディラン・トマスによるオ-デ ンへの反動が起こり,. 50年代になって今度はトマスへの反動からフィリップ・ラーキンら. のムーヴメント派が主流を占めるようになる。それ以後「公的な」英詩の流れはこの線に 沿って展開している。 筆者によると,コモン・リーダーの存在と関連してもう一つ無視できない事実がある。 モダニスト研究に関する批評産業の不在である。アメリカでは70年代中頃までに多くの学 術雑誌が出て,モダニズムとポストモダニズム詩の理論化をめぐって議論が盛んになって いた。それに対してイギリスではこうした議論が行われなかったために,モダニスト詩の 理解が充分になされなかった(p.248)というのである。そうするとイギリスのモダニス ト詩人バジル・バンティングが本国では全く不遇であったこと。アメリカでは50年代から 60年代にかけて,エリオットに代わってW.C.ウィリアムズがモダニスト詩の代表として 再評価され,またジョージ・オッペンやルイス・ズコフスキーが脚光を浴びるように吃つ たのに,こうした変化はイギリスの詩にほとんど影響を及ばさなかったこと。これがなぜ なのかが分かる。. 1982年に出たThe. Penguin. Book. of Contemporary. British. Poetryは70. 年代の英詩の主流を紹介したアンソロジ-であるが,これがいまいったコモン・リーダー 向けのものである。そして巻頭に付せられた短い序文には伝統主義がモダニズム/ポスト モダニズムに手を焼いているさまが垣間見えて,興味深い。 編者のブレイク・モリソンとアンドルー・モーションは,この詩選を作るに当たって先 行のThe. New. Poetry. (ed.. A.AIvarez,. 1962,. Penguin)を意識したとのべている。アルヴァ. レスのアンソロジーは英詩の"gentility''を激しく攻撃するところに,そのメッセージ性 を発揮した。披は「お上品ぶり」に代わって「破壊の力」を表現する新しい詩を確立しよ うとしたのである。アルバレスは50年代の英詩人に加えて,ジョン・ペリマンとロバート・ ロウエル及び(再版で追加された)シルゲィア・プラスとアン・セクストンら4人の米詩 人を選んでいる。これは一見,ホブスボーンの「排米主義」に背いた新しい運動であるか のように見える。しかしこれらの米詩人はいわゆる「告白派」の詩人であって,パウンド, エリオット,ウィリアムズ,オルソンらの流れを組んだモダニスト/ポストモダニスト詩 には直接結びつかない。彼らの詩は50年代のイギリス詩にとって,異質というよりはむし ろ同質なのである。だからこそ,. 60年代から70年代は英詩の低迷期であったとモリソンと. モーションは見る。アルバレスの期待した新しい詩は起こらなかったわけである。 ところがその後決定的な感性の転換が生じた,と編者たちはいう。これはまがいもので はない本物の,そして重要な変化でありt "new. British. これによってもたらされた新しい詩を彼らは. poetry"と呼んでいる。4)新しい詩とはどな詩なのか。. 「彼ら(新しい詩人.
(5) 33. 英詩とモダニズム/ポストモダニズム. (p.. たち)はモダニストたちを思わせる,遊戯的・文学的自意識をある程度発展させた」 12)と編者たちはいう。つまりここで(それがどんなものであれ)モダニズムとのつなが りを認めているのである。ところがこの詩選の中核を成すアイルランド詩人(シュイマス・ ヒーニー,デレック・マホン,マイケル・ロングリー)についての解説を読むと,奇妙な 記述に出会う。例えばと-ニーの場合,彼は「1960年代初頭にべルファストで教え,その 信奉するところはおおむね1950年代のムーヴメント派の作家たちのそれであったフィリッ プ・ホブスボ-ムのもとで修業した」とある。そして「ムーヴメント派の美質である常識. (p.16)と. 性,技巧,及び解釈は,これらの詩人たちの初期の作品に明らかである--」 いう。新しい詩人たちとは少なくとも出発点においてはラーキンー族なのである.しかも その代表であるヒ-ニーがそのもとで修業した人というのが,. 「エリオットとパウンドの. 英詩に対する影響は,これまでのところ有害だったというのが真実である」と公言した, あのホブスボームだったというのである。 こうして見ると,編者たちのいうモダニストというのは,ホブスボームのいうモダニス. トかそれに近いものではないか。新しい詩とはアルバレスが攻撃した伝統的英詩に根差し ものでないか,と思われてくる。序文の最後で新しい詩とそれ以前の詩との関連を説いた ところを読むと,その感は強まるのである。編者たちはと-ニーとロウエル,ヒューズあ るいわダグラス・ダンとラーキンとの関連を指摘しながら,新しい詩と過去の詩との間に 「絶対的な断絶」はないとのべている(p.20)。そしてその後に「しかしここに選ばれた詩 人たちは確かにある出発点を示唆している。それはポストモダニズム精神の何物かを示し ているといえるであろう」. (p.20)という結論がくる。. ここにポストモダニズムという語が唐突に出てくるが,この意味が実際のところはっき りしないのである。新しい詩の特徴としてあげた「多様な解釈が可能で,描写しようとし たもののモラルを示したり,整然と締めくくるのを好まない」. (p.17)傾向がおそらくこ. れに相当するらしい。ただしホブスボームのいう叙述的な定型詩という「イギリスのモダ ニスト詩」の原理はここでも不変であり,その限りでは"new. British. poetry"と呼ばれ. たものは,要するにムーヴメント派の詩を一歩進めたものに他ならないことが分かる。. 4. この頃からイギリスの反モダニズムに異を. ペンギン版現代英詩選が出たのが1982年t. 唱える動きが現われ始める。同じペンギン文庫から翌年に新英文学案内が出版されたが, この中にフィリップ・ラーキンとチャールズ・トムリンソンを対照させた"Philip Larkin. and. Charles. Tomlinson:Realism. and. Art''という一文がある。5)リアリズムに. 根差した人生派のラーキンと,欧米の詩歌・芸術を自らの世界に取り入れたトムリンソン 60年代を通してラーキンの詩風が英詩の …二人はほとんど水と油の関係にある。 読者を捉え,ラ-キンは英詩壇の中JL、に置かれるようになった。一方のトムl)ンソンは永 50,. い間不遇に甘んじていた。それがここでようやくラ-キンとの対照において論じられるよ うになったのである。これは失われたバランスの回復に向けての象徴的な出来事と見える が,こうした印象はトムリンソン自身がこの論集に寄せた"Some. Aspects. of. Poetry.
(6) 後. 34. since. the. 藤. 明. 生. War"という一文によって裏付けられる。ここではムーヴメント派中心の詩鶴. から外れたもう一つの詩の流れに焦点が当てられるからである。それはユズラ・パウンド ら本来のモダニスト詩の流れである。 トムリンソンは1950年代-アメリカではポストモダン詩が善かれていた時代-の英詩を省みてこうのべている-. 「あらゆる意味において,イギリスはヨーロッ. パと過去から離れて,島国になっているように思われた」. (p.451)。しかしこの頃から. (実際 は多くはすでに2,30年代から書き始めていたのであるが)デイゲイッド・ジョンズ,ヒュー・マクディアミッド,バジル・バンティングらの詩人がいた,とトムリンソ ンは指摘する。 50年代の英詩にもパウンドの流れを汲む詩は存在していたというのである。 トムリンソンはさらに40年代から60年代に至る晩年のパウンド自身の詩業についても触 れている。. (例えばClassic. Anthologyは,. 50年代の最も印象的な詩を含んでいると論じて. いる-p.456)こうした反ムーヴメント的な態度は「ラーキンの狭さは完全にイギリス的 なものに合致している」(p.457)というトムリンソンの言葉に表明されているとともに, その. モダニスト的姿勢は,やはりイギリスでは不遇であったロイ・フィッシャーを紹介. したところによく表われている。. これに加えて,従来の詩史で正当に扱われなかったものに主としてヨ-ロッパの翻訳詩 があるoトムリンソンはマイケル・ハンバーガー,イレイン・ファインスタイン,クリス トファー・ロウグ,. C.H.シッソン,それにテッド・ヒューズらの翻訳詩に触れて,ここ. に英詩とヨーロッパ詩との関連を見いだそうとしている。これはヨーロッパの伝統との連 続を求めたモダニスト詩人の実践を,戦後の詩の中にたどろうとする試みといえる。 1983年にはもうーつ,ムーヴメント派主流の詩観に異を唱える評論がアメリカで出版 されている。. A.キングズリー・ウェザーヘッドのThe. Contempollary. Poets. British. Dissonance:Essays. on. Ten. 6)である。ウェザーヘッドはここで伝統的な英詩の申に不協和音を聞. く。これは従来の閉じた詩に対する不安の表われと見ることができる。著者は,本書で取 り上げた10人の英詩人はすべて「アメリカの詩の影響を示している」. (p.206)とのべてい. る。具体的にいうと,デイゲイッド・ジョーンズの場合はパウンドから,. ′ヾジル・バンティ. ングはパウンドとL.ズコフスキーから,チャールズ・トムリンソンはW.C.ウィリアム ズとW.ステイ-ゲンスとM.ムア-から,ジェフ))-・ヒルはアレン・ティトから,テッ ド・ヒューズはJ.C.ランサムとリチャード・ウィルバ-とM.ムア-から,ロイ・フィッ シャーはW.C.ウィリアムズから,マシュー・ミードはパウンドから,アンセルム・ホロー はW.C.ウィリアムズから,リー・ハーウッドはF.オハラ,. J.アシェベリー,. K.コッチ. らのニューヨーク詩人から,そしてトム・ロワースはチャールズ・オルソンから,といっ た具合である。. (米詩からの影響を有害としか見なかったホブスボームはこのリストを見. て何と言うであろうか。)これらの詩人の詩風を一括して要約するのはほとんど不可能で あるが,ウェザーヘッドがあげている特徴をまとめると,米詩の影響を受けた英詩は, 「総合的な構成力に欠け,断片的で"open・ended"であり,論述よりはモザイクないしコ ラージュから成るプロセスとしての詩」ということになる。「多くの現代イギリス詩は, 多くの現代アメリカ詩と同様に,開いた詩である」. (p.206)と結論にある。.
(7) 英詩とモダニズム/ポストモダニズム. 英詩と米詩との関係はこのようにかなり密接であるのにもかかわらず,ウェザーヘッド が取り上げた10人の英詩人のうち,本国で認められたのはおそらくG.ヒルとT.ヒューズ の二人に過ぎない。しかもこの二人はアメリカ詩との関連はほとんど言及されることがな い。. 5. 20世紀の英詩で異端とされてきた詩人のほとんどすべてが,何らかの形でパウンドらの モダニスト詩との関係を持っている。ところでニール・コ-コランによると7),このいわ ゆる``Pound. tradition''と呼ばれるものには二つの流れがあるというo一つはパウンド/. エリオットの流れで,これはイギリスではパウンドらと同時代の詩人,ディザイッド・ ジョーンズとバジル・バンティングによって受け継がれている。もう一つはパウンド/ウ ィリアムズ/オルソンの流れで,これは上の二人よりは3,40年若いトム・ロワース,リー・. ハ-ウッド,ダグラス・オリバーなどの詩人たちによって引き継がれている。前者はハイ・ モダニズムに学び,後者はアメリカのプロジュクティヴ詩に学んだ。ラーキンはモダニス トの文学・芸術を嫌ったが,後者に属すモダニストの兼帯たちは,それに対してラーキン. らム■-ヴメント派の「経験主義的叙情詩」に真っ向から対立する。 これら二つの流れのうち前者に属す詩人はイギリスのモダニスト詩人と呼ばれるべきは ずのものである。バジル・バンティングの場合パウンドやズコフスキーら米詩人と知己で あった。また10年代から70年代にかけて時々渡米し,カーロス・ウィリアムズ,ケネス・ パッチェン,チャールズ・レズニコフらとの接触を深めた。しかしイギリスではほとんど 読まれることがなかった。. 1951年にT.S.エリオットに作品の掲載を拒否されたこと,請. 集がオクスフォード出版局から出版されたのが1978年になってからであったこと,この 二点を見ればバンティングのイギリスでの受容がどの程度のものであったか,容易に見当 がつく。. なぜパンティンはかくも不評であったか。ドナルド・デイヴィ8)はこれを次のように分 析している。バンティングの感情は「深くイギリス的(ノーサンプリア的)」であるのに 対し,その技法は先輩・同輩のアメリカ詩人のそれを受け継いでいる。彼の詩の調子や地 理的言及は,アメリカの読者には理解し難い反面,並置(juxtaposition)や分離(disjunction)の技法は,英詩にとって前例がないため,イギリスの読者にはかなり気まぐれに見 える-デイゲィはこうのべている(p.157)。こうした特色を踏まえて,ディザィはバ ンティングの代表作"Briggflatts"を``Anglo-American. poetry"と呼んでいる。結局,. 内容面からいえば英国的であるのに,技法面で受け入れられなかったことになるが,デイ ゲィはバンティングの作詞法はアメリカのオブジェクティゲイズムの詩に近いという。(ち なみにデイヴィも指摘しているが,アメリカでもジョージ・オッペン,ルイス・ズコフス キー,ロリーン・ニーデッカ-などのオブジェクティゲィストたちは永い間無名であった.) バンティングは60年代の中頃まで,イギリスでは無名であった。彼の技法を受け継いだ ・ヾリー・マクスウィ-ニー,トム・ピカードなどの詩人が輩出するのは60年代になってか らであるが,. g)こうした新しい動きも米詩からのインパクトなしには考えられない。. 35.
(8) 後. 36. 藤. 明. 生. パウンド/エリオットのモダニズムに対して,パウンド/ウィリアムズ/オルソンの流 れを受け継いだ英詩を,ニール・コ-コランは「ネオ・モダニズム」と名付けているo. こ. (1)イ. れは60年代以後の英詩の特徴的な傾向を指しているが,それはコ-コランによると, ギリス土着のヒューマニスト的,経験主義的伝統に対立する, 品に負うところが大きい,. (2)パウンドとオルソンの作. (3)戦後の英詩に見られない,探究的,実験的な形式上の創意工. 夫に積極的である,の三点にまとめられる(p.164)。これを特に米詩と関係から見ると, コ-コランがあげている詩人のうちクリストファー・ミドルトンはエリオット,パウンド に,ロイ・フィッシャーはウィ1)アムズ,オルソン,エドワード・ド-ンに,そしてJ.H.. プリンはオルソン,ドーンにつながるという。この「ネオ・モダニズム」の詩人の幾人か はTheNew. Poetryに選ばれた詩人と重なる。つまり「新しい英詩」とは「ネオ・. British. モダニズム」とも呼ばれ,これがアメリカのポストモダニズム詩に対応することになるの である。 Various. 「新しい英詩」が一般に紹介されるようになったのは,すでに触れたThe (1987)とThe. New. (1988)よってであるが,これを追いかけるかのよう. Poetry. British. British. に,新しい詩を弁護・解説する批評・研究がNew and. Peter. American. 1993)及びダorked. Barry,. LiterlatWe. (eds. Ann. Art. Massa. Tongues?.A and. Comparing. Alistair. Poetries. (eds.. Robert. Twentieth-Century. Stead,. Hampson Bn'tish. and. 1994)において提出された。. これによっていままで点在ないし潜在していてよく見えなかった60年代以後の英詩の姿 が,かなり明らかになってきた。特に際立っているのは,新しい詩が米詩(特にポストモ ダニズム詩)と深く係わっている点である。 The. Penguin. Book. of Contempwary. British. Poetryの序文に「(とにかく英国においては) (p.ll)とある。編者たち. ほとんど何も起こっていないように見えた1960年代と70年代」. はこの時期を「噂眠の時期」と呼んでいる。一方New 期は「戦時中と戦後の・-・.休止期の後,. British. poetn'esによれば,この時. 50年代後半のモダニスト復興の地域に敷かれた. 土台が,きわめて豊富に花をつけ始めた時期--」(p.81)に当たるという。ムーヴメン ト派から見れば不作と思われた時期は,英詩の復興の時期だったというのである。この運 動の背景には,ヒュ-・マクディアミッド,バジル・バンティング,ウィンダム・ルイス,. ユズラ・パウンドらの復活,並びに英詩における超現実主義実践家の台頭があるという (p.81)0 エリック・モトラムはt. 1960・74の時期を「英詩復興」の時期と呼んでいるが(p.83),. これを支えてきたのは50年代の後半に始まった一群の同人雑誌(リトルマガジン)と小出 版社であった。R,∫.エリスによると10),. 50,60年代の同人雑誌はパウンド,バンティング,. ウィリアムズ,ブラックマウンテン詩人,ビート,それにヨーロッパの詩を積極的に取り 上げたという。これはモダニズム詩の回復に貢献した反面,その実験主義は伝統主義との 対立を深めることになる。 ここでリトルマガジンとアメリカ詩との関係について, あげて見ると-ビート派はNeu). R.∫.エリスから少し具体例を. Departures及びPalantirに,ブラックマウンテン詩. 人と初期のオブジェクティゲィストはGr10SSeteS. Review及びSpectacular. Diseaseに影響.
(9) 英詩とモダニズム/ポストモダニズム. 37. を与え,ニューヨーク詩人(特にアシェベリーとオハラ)は常に判断の拠り所とされ,ラPrleSS. ン-ゲニー-ジ派はLobby. Newsletter,. Reality. Alembic. Studiosと係わり,. 7はリチャ-. ド・コステラネッツの「アサンブラ-ジュ」の技法を借りた-など,米詩との接触 はかなり多面的であったのが分かる。そしてエリスがつけ加えているように,ビートやブ ラックマウンテン派,ニュ-ヨーク派,そしてラ-ン-ゲニー-ジ詩人は,バンティング, マクディアミッド,デイゲイッド・ジョーンズらイギリスのモダニストの実践と関連する のである(pp.88-9)0 「米詩の. 1960年から70年に至る英詩の復興について記述したエリック・モトラム11)は, 刺激は[イギリスの]新しい詩において不断の要素である」とのべ,また「至るところに ユズラ・パウンド--とチャ-ルズ・オルソンの変わらぬ教訓」を見る。これをThe New. Poetry. British. 1968-88に収められた幾人かの詩人について具体的に見ると,リ-. ・. --ウッドはジョン・アシェベリー,フランク・オハラらのニューヨーク派,さらにオル ソン,クリ-リーらのブラックマウンテン派,トム・ロワースはビート派とニューヨーク. 派,トム・ピカードはズコフスキーとカーロス・ウィリアムズ,ジャック・ケルアックに, アレン・フィッシャーはオルソンに,バリー・マクスウィ-ニ-は,アレン・ギンズバー. グ,ローレンス・ファーリンゲティ,ウィリアムズ,ズコフスキー,オルソンに,ゲイル・ ターンブルはロバート・ダンカン,ロバート・クリ-リー,オルソン,デニス・レザァト. フに,それぞれ学んでいる。米詩からの影響例ははとんど枚挙にいとまがないのである。 問題はこれら米詩の影響を受けた詩人たちが,英詩の主流をどれだけ変えることができ るか,である。それは結局,イギリスの詩人と読者が「ダンカンとオルソンのオープンフィー ルドの形式,ズコフスキーにおける音楽の使用,ジョン・アシェベリーにおける構成の論 哩,ウィリアム・カーロス・ウィリアムズとパウンドの多様な形式,ジョージ・オッペン の集中力に富む政治的・ヒューマニスト的精密さ,そしてジェローム・ローゼンバーグの 詩と翻訳とアンソロジーにおいて提出された民族詩学の可能性」12)をどれだけ理解し受容 するかにかかっている。これらが英詩の一部で肉化されたとき,イギリスのモダニズム/ ポストモダニズムという呼び名も現代詩史の中で定着するであろう。. 注 1). David. Miller:. "Heart. of. saying. scope of the possible, eds.. Robert. :. the. poetry. Hampson. of. Gael Peter. and. Turnbull'';New. British. 1993,. Barry,. Manchester. Poetries.'The U.P.,. pp.185-. 6.. 2). philip. Hobsbawm. 3). Keith. Tuna. Century. The. Michael. `Is. Trladition there. a. British. Modernism?". American. Literlature,. of Contemporary. British. and. in. Experiment. and. English. Poetry,. Tongues?:. ;Forked eds.. Ann. 1979,. Massa. and. Macmillan. Pr., UK. Twentieth-. Comparing Alistair. 1994,. Stead,. p.234.. Penguin. 1982,. 5). :. British. Longman,. 4). :. Book. Penguin Kirkham:. Books,. Poetry,. eds.. Blake. Morrison. and. Andrew. Motion,. p.12. "philip. Larkin. and. Charles. Tomiinson:Realism. and. Art";. The. New.
(10) 後. 38. Pelican. 6). A.. Guide. Kingsley. 1983,. 7). Neil. of. Corcoran Davie. :. Tongues?,. J. Ellis. Missouri. British. 生. PrleSent,. ed.. Dissonance. :. Boris. Essays. Ford, on. 1983, Ten. Penguin. R.. "Mapping. Since. Jones. 1940,. American. and. ll). Erie. Mottram. :. 12). Erie. Mottram. ;New. "The. the. and. UK. British Bnltish. Books. Poets,. Contemporwy. 1993,. in. Michael. Longman,. pp.164-5.. `Briggflatts‥';. Schmidt,. 1980,. BTitish Carcanet. Poetry. since. 1970. Pr.. pp.162-3.. 10). :. 8. The. 明. Pr.. Poetry. "English Peter. eds.. The. :. : English. cal survey, Forked. Literature. Weatherhead. University. 8) Donald. 9). to English. 藤. little magazine Poetry. Revival,. poetries, p.42.. field" 1960-75". ;New ;New. British poetries, p.82. British poetries, p.39.. :a. criti-.
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