91
-小
説
の
珍
訓
﹃花巨卿鶏黍死生交﹄のばあい
\ 菊花の約(ちぎり)。上田秋成﹃雨月物語﹄の第二話。﹃氾巨卿 鶏黍死生交﹄ (﹃古今小説﹄第十六) を原拠とし、これを翻案した 作である -諸家がこの指摘をして久しいが、近ごろ﹃蒋巨卿FBの 原文を掲げ'これを訓読した評釈の書がある。一流の国文学者の手 に成ったもの。この白話小説の訓読を見て'わた-しはその勇気に 敬服する1万'またその奔放な訓法に驚嘆するのである。独創的に して珍なる訓を随処に見て。 その珍なる訓の1端をここに紹介するまえに'都合上﹃泡巨卿﹄ の梗概を先に置く。 二 し よ う 漢の明帝の世。汝州南城の張勧(元伯)は東都洛陽へ選挙(官吏 登用の試験)に赴-。都も近づいた1夜'旅店の隣室に疫病に苦し し よ く む人があった。楚州山陽の蒋式(巨卿)で'これも選挙人。劫の手 厚い看病で式は全快するが'試験の日は過ぎていた。 林 祥 浩 二人は意気投合、義兄弟の契りを結ぶ.しかし'式は散郷に妻子 が'劫は母と弟が待っている。二人は別れの酒を汲み交わすo折し も九月九日'重陽の佳節であった。母のない式はいった。来年のき ょぅ'張劫を尋ね'かれの母を自分の母として拝したいと。劫はい った。何はなくとも'鶏と黍を設けてお待ちすると。二人は固-約 して別れた。 早くも一年.約束の佳節.劫は鶏と黍を撃え'待つこと終日。深 更。月光没して暗い中を'風に随って式が現われたoが'かれは喜 ぶ劫の供応を受けず'あれこれ気を使-劫に「自分はこの世の人で は な い 」 と 告 げ る 。 . そして'劫に答えていう.日々の商いにかまけて'想わずも1年 が過ぎたoけさ近所からグ-宿(去年の別れに飲み交わした)を送 られ'ハッとあなたとの約束を想った。約はたが-べからずt Lか Lt 千里の道のり--・古人のことば 「人不能行千里'魂能日行千 里」を想いついて'自刃。魂'陰風に乗って'鶏黍の約に赴いたo どうか自分の軽忽を許し'願わ-ほ山陽に到り屍を7見してはし- 92-盲か い。わたしも悔いな-死んでゆけると。 忽ち'式はあらず。ただ陰風'面を払-のみ.勘は声を放って泣 き'地に倒れる。驚いて扶け起こした母に、劫は事の始終を話す。 母もついには'これを信じる。 翌日。劫は農事と母親を弟に託し'ねんごろに別れを告げて山陽 へ急ぐ。山陽に着-と'葬いの場に行き当たった。劫が巨卿の枢か と問う。喪服の婦人が旅装を見て張助かと問-。婦人は式の妻。夫 の遺言に従い'劫の到着を待ったが'二七(ふたなのか)も過ぎた ので葬ろ-とした。ところが'枢が墓前で動かなくなった--とい ちノ○ 劫は泣き伏し'やがて悲痛な祭文を捧げたのち、式とともに葬ら れんことをその場の人に頼んで自別した。明帝は二人の信義に感 じへ 「山陽伯」 「汝南伯」の爵位をそれぞれに贈った。また墓前に は店を建て'信義の詞と名づけたと1 。 読を憤れつつも-- 0 A 小説には文言的色彩の濃い部分と'そ-でない部分とが経ってい る。前者は訓読が比較的容易にできる。山は主に文言的な部分を訓 んだもので'この項はその-ち'珍訓が句中の一語ないし二語に止 まっている例を集めた。 △ 乱吾須視之-吾須(ち) ってこれを視ん。 △ 水母須蚤晩勉強飲食'勿以憂愁-母は蚤晩(あさはん) 勉強飲食するを須(ち) って'もって憂愁することなかれ。 ともに張劫の言。乱は旅店の手代が「俗体去」 (Ls.d・A)というの を「死生有命」と撮り切って蒋式を見舞った際の'虹は母に永の別 れを告げる折の、である。当然「すべからく--べし」であろう。 ついでにt I肌の「勉強」は「つとめて」と訓するのが普通. △ △ h吾児1去'音信不問'令我懸望'如飢似渇=我をして望を懸-三 さて珍訓であるが'その二を検すると'次の三類に大別される であろうか。 仙従来の訓読に倣わないもの(1A'B) 惚盗意的な句読にょるもの(1C) 矧白話の語義・語法を無視したもの(1D'Et F) わた-しほ白話小説を訓読する習慣も自信も持たないのである が'本稿ではやむなく我流の訓読を示すところが少な-ない。誤 ること'飢ゑたるがごと-渇(かわ)きたるがごと-せしむ。-く」と'意義のずれがある。音読するのが妥当であろ-0 △ JII冗伯於嚢中取銭'令買祭物香燭紙寓'陳列於前-祭物・香燭・ 「懸望」は「はる ; 一 軒 こ (1) 望む」(諸橋・大漢和)等の意。この「望を懸 紙寓を買ひ'前に陳列し・・・-祭物等を買ったのは龍式の妻'陳列したのが張元伯である。したが って「祭物香燭紙吊を買ほしめて」と読まねばならない。 △ &願鰻重憐不棄都購-廟は-ほ妓憐みて都塵を棄てざらんこと
- 93-を 。 前例における「令」のように'「垂」を読んでいない。しかし、連 詞「而」や語気詞「也」などの不読は許されても'動詞「垂」や施 動動詞「令」の不読ほ許されないはず。「憐みて」は「憐鼻を垂れ て」と読むべきである。 △ q;容請母出与同伏罪=母に請ふて出でて与に同じ-罪に伏すべ し 。 張劫が蒋式の意を迎えることば。「容」は「許容」の容で'したが って「罪に伏すペし」は「罪に伏さんことを容(ゆる)せ」であろ 六ノ○ △ ・∼ '但村落無可為款=但だ村落のみにして款を為すべきものなし。 △ △ L.但以杉袖反掩其面-但だ杉袖をもって反ってその面(かは)を 掩 ふ の み 。 「但」は軽い反転の語気を示す詞で'「ただ-・・・のみ」と読んでほ 響きが強すぎよ-.「のみ」は去るべきである.またL.の「反」は 「樹」と同義。「ひるがへす」もし-は「かへす」と読むのがよろ しかろう。 △ △ bL蒋式億立不語-蒋式層立(ふした)ちて語らず。 「償」には 「たおれる」 (-ふす) の義もある.が'ここの 「億 立」は張劫が「特設此位'専待兄来.見当高座」と勧めたのに対し て、蒋式が座に着かず「直立不動」 (大漢和)なのである.よって 「ふしたつ」 (倒れたり立ったり)は'この場合'正し-ない。音 読が妥当であろ-。 △ h尋恩無計-尋思して計る無きも--「計」は名詞。したがって「尋思するも計無し」と読む。因みに' 曲亭馬琴は 「尋思」に「しあん」の訓を与えている (﹃八犬伝﹄1 0 ( 3 ) 回 他 ) 0 △ △ ・L万望賢弟憐潤愚兄'恕其軽忽之過-万望の賢弟'愚兄を憐潤し て -( 4 ) 「万望」の内容は「賢弟」以下全部である。「万望す」と読むのが 通行で'正しい。 △ ・・L人菓天地而生-人は天地を菓(-)けて生ず. 1 ヽ ( 5 ) 「天地を菓け」るのは無理。「天地に」でなければならない。 △ △ itd.吾去之後'倍加恭敬-恭敬を倍加して・・・-「ますます恭敬を加へて」が通行の読み方。 △ L展昏甘旨'勿使有失=失ふことあらしむるなかれ。 ( 6 ) この句はkの句に後続する.「失あらしむるなかれ」が通行. m飢不択食,a,不田芸=飢ゆるも食を択ばず,寒きも衣を思は ず 。 「飢ゆるも」と動詞で読めば、対して「寒(こご)ゆるも」と動詞 で読むのが通行。 △ △ . m今蚤隣佑送莱英酒至-今蚤(けさほや)-隣佑(おとなり)よ り 莱 英 酒 を 送 り て 至 り -. △ △ が 今 蚤 方 醒 ' 恐負所約-今蚤(けさほや)-方(まき)に醒め・・・・・・ 「蚤」は「早」と通じて用いられ'「今早(蚤)」は「けさ」の義。 「けさほや-」は考えすぎの誤訳か。「明蚤収拾行李俊行」の「明
-94-蚤」を「あすのあさ」と訓んでいるので。またがの「方」は「はじ めて」の方が適訓。 △ 0.魂駕陰風、簡保塵蘭庵ほ約-特(ただ)ちに鶏黍の約に来り赴 けり。 △ 山陰魂千早麿陸卜鹿-特(ただ)ちに来りて一見す。 「特」を「ただちに」.と訓むのほ誤り。﹃氾巨卿﹄の作者が^)の意 ( 7 ) 義で用いている語は「随即」 「使」 「蓬(荏)」 である。音読が妥 当 。 △ △ d.此処莫非拍巨卿霊枢乎-ここに処(を)るほ苑巨欄の霊枢にあ ( 8 ) らざるなきか。 「此処」は「ここ」である。 △ △ 恥誰将金石盟寒-誰か金石を将(ち) って寒を盟へる。 「金石盟」は成語。「寒」は「ひやす」 (大漢和)。ゆえに 「誰か 金石の盟を将って寒さんや」と読むべきか。 △ △ L按歴千古而不磨'期三日之必践-按ずるに千首を歴て磨かず・・・ △ △ L何昔日突如此-何ぞ苦(はなはだ)し-自ら笑することか-の どときぞ。 大漢和に﹃史記﹄蘇布伝の「遥静布目'何苦而反」を引いて'「何 苦」を「何を苦しんで」の訓がある.これに従-べきであろう。な おt y;Lほ連接している. △ sQ此是吾児念念在心'故有此夢警耳=散にこの夢驚あるのみ. 「此夢」は兼語である(「吾児」を補っ.てみればよい)。すなわち' 「 此 夢 」 は
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のよ-に'賓語と主語を兼ねるのである。ゆえに「この夢あって警 せしのみ」あるいは「この夢の警せしあるのみ」と読むのが妥当、 かつ通行である。 △ マ マ 肌倫霊爽之猶存、料冥途之長伴=摘(も)し霊の爽にしてなは存 ■ ● ● 「磨」は「磨滅」の磨。したがって音読するか'あるいは「すりへ る」 (大漢和)と訓読するかである。また「按」は後続の旬との関 連で「磨」までかけるのが通行。ゆえに 「千首を歴るも磨 (すり へ)らざらんことを按じ」と読む。 △ 凱汝兄巨卿不来'ー有甚利害-甚だしき利害あらんや。 す れ ば -「霊」 「爽」は熟して 「霊魂」の義(大漢和).ゆえに「もし霊爽 のなは存すれば」と読まなければなるまい。「霊の爽にして」はひ どい破格である。 AJの「甚」は疑問代詞で「なに」 (大漢和)。ゆえに 「甚(なん) の利害あらんや」と読むべきである。 B 本項は前項の拾遺である。珍訓が句中の二語以上を占める・ある いは三mの珍訓が旬全体に影響している例を主に集めた.-95-△ △ △ 生還篇言語'是結交行' 言結交最難=是れ交を結ぶこと行はるる も'交を結ぶことの最も難きを言ふなり。 ( 9 ) 「行」は詩の1体。よって「是れ結交行にして」と読むべきか. △ .i二人酒韓共飲、兄貴花紅葉粧点秋光'以助別離之興-黄花(き るに、堂上に鶏黍酒果陳列して'張元伯は地に昏倒せり」-と読むべ きであろちノ。 ・ . △ ㍍劫・・・-見1婦人'身披重孝'1子約十七八歳'伏棺而巽-1婦 ぎく)紅葉の秋光(けしき)を粧点(いろど)るを見て'もって 別離の興を助く。 「見」は上位の 「飲」 とともに、主語「二人」 の支配を穿けなが ら'「黄花∼之興」をその賓語に取る。そして「黄花紅葉」は「見」 の賓語でありながら「粧点」以下の主語を兼ねる、兼語。図式化す ると'次のようになる. 二 人 1 見 1 黄花紅葉 黄花紅葉 1粧点秋光 ︹ ( 以 ) 1助別離之興 したがって「黄花紅葉の秋光を粧点して'もって別離の興を助くる を見る」もし-ほ「見るに'貴花紅葉'秋光を粧点して、もって別 離の興を助-」と読むべきであろう。 △ 帆 母 親 並 弟 ・ ・見堂上陳列鶏黍酒果'張元伯昏倒於地-堂上を見 れば鶏黍酒果を陳列(つら)ねて'張元伯は地に昏倒す。 「見」の賓語は 「堂上∼酒果」および「張∼地」。よって「堂上 に鶏黍酒果陳列して'張元伯の地に昏倒せるを見る」もし-ほ「見 人を見る。身に重孝を披(き)'一子は十七八歳にして'棺に伏 して巽す。 「見」の賓語は 「1婦人∼突」。そして「一婦人」 「一子」は兼 諺(賓語・主語)である。
初
-見
-n
h
:
:
:
⋮
棋
丁
伏
棺
而
巽
のよ-に図式化できるoゆえに「1婦人の身に重孝を披たると'1 子の約十七八歳なると'棺に伏して巽せるを見る」もし-ほ「見る に'1婦人の身に重孝を披たると'一子の約十七八歳なると'棺に 伏して巽せり」と読むべきか。 ところでへ訓読はもと漢語の翻訳である。翻訳であるからには' 原文の内容を正し-'しかも手っとりばや-把握することのできる 日本語でありたい。この見地から'わた-しほ「∼を見る」調の-だ-だしさよりも「見るに」調の爽やかさを好む。も.∼附の訓読に おいても'前者よりも後者を採りたいのである。「ヲニト会ったら 返れ」にこだわるのは訓読の悪弊の一つであろ-o △ △ u'看見銀河秋秋'玉宇清澄、漸至三吏時分へ月光都投了=銀河の 耽々たる(玉芋の澄々たるを看見すれば・・・-(cfELi) まず「看見∼澄澄」で一旬。「漸至∼」との間には余韻がある。す-96-なわち「銀河秋秋'玉手澄澄」の下'張劫は門にもたれ'時の経つ のも忘れ'蒋式の到来を待ち焦がれているのである。作者の省筆を 読み取らなければなるまい.それに「看見」は'小説においてほ' 話頭を転ずる常套語である。よって「看見するに'銀河耽々として ( 1 0 ) 玉字澄々たり」と読むべきか。 △ △ TD・但見屯於影中以争縛其気而不食=但だ箔を影中に見るのみ.辛 をもってその気を縛(ゆるや)かにすれども食(-ら)はず。 「但見」も話頭を転ずる常套語。「但だ見る'苑は影中に(於て) ( l l ) -」 と 読 む べ き か 。 △ △ q3屠置け'不見到来=着々するに午に近きも・・・・・・ 「看看」は﹃小説詞語匪釈﹄に「漸漸」の義とい-。これに従って 「看る看る午に近づ-も」と読むべきか。 △ △ △ △ ft因看紅日西沈'現出半輪新月'母出戸-紅日の西に沈むを見る 「将息」 は大漢和に 「将は養'息は生」 とい-.「漸漸(おいお い)に将息して」であろ-o因みに馬琴は、「将息」に「やうじゃ -」 の 訓 を 与 え て い る ( ﹃ 八 犬 伝 ﹄ 7 6 回 他 ) 0 △ △ ・L経書雑則留心'奈為妻子所累-妻子の累はす所をいかんせん。 ( 止 D ・ A ) この訓では 「奈為」 と熟して 「いかんせん」 と読んだようである ( 1 3 ) が'この旬においては誤り。「奈・為妻子所累」である。したがっ て「いかんせん、妻子の累はす所と為る」あるいは「いかんせん' 妻子に累はさる」と読むのが通行である. △ △ ・Jl自与兄弟相別之後'回家為妻子口腹之累'溺身商質中=自ら兄 に因りて'半輪の新月を硯出す. 原因を表わす「因」は「新月」までかかる。また「現出」は述語' ( 1 2 ) 「半輪新月」が意味上の主語である。よって「紅日西に沈み'単輪 の新月現出するを看るに因って」と読むべきであろ-0 △ △ △ bL大草無税'小車無机'其何以行之哉=それ何の故(ゆゑ)にAJ れを行はんや。 この句は ﹃論語﹄為政篇に出る(1u fq t)。「それ何をもってかこ れを行(や)らん」であろ-0 △ △ h漸漸将息 '能起行立-漸々と将に息(や)まんとして・・・-(紘 ( 1 4 ) ( 1 5 ) 弟と相別るるの後へ家に回れば妻子の為に口腹の累となりて・・・・・・ まずを旬「自∼後」 「回∼累」覧1分する。「自∼之後」は介詞構 造で「∼自(よ)りの後」。したがって旬の前半は 「兄弟(おとう との義) と相別れし自りの後」 であろ-。また後半は 「家に回れ ば'妻子が口腹の累の為に」であろ-。・・L訓では「為」を「ために ∼なる」と再読しているよ-だが'甚だしい破格である。 △ △ △ k入門便見所許之物'足見我之待久=門に入りては便ち許す所の 物を見、足りては我の待つこと久しきを見る。 「使」は「ただちに」 (l九o.)の義'「許」は「約」と同義であ る。「門に入りて使ちに許(ちか)ひし所の物を見んには'我が待 つこと久しきを見るに足らん」と読むべきか。「足りては∼見る」 ( 1 6 ) も破格の訓読である。 △ △ △ L如候巨卿来而後事之'不見我倦倦之意-如(ち)し巨卿の来る
- 97-を侯(-かが)ひて後これを宰らば、我が倦々の意をあらはすに あらず。 ( 1 7 ) 「侯」は「まつ」。そして「我が倦々の意を見ざらん」 であろ-。 △ △ △ i小弟自蚤直候至今=蚤(あさほや)-より直ちに侯ひて今に至 ほ'わた-しほ寡聞にして知らない。「張をして後ろに退かしむる の意の似(ごと)し」と読むべきではなかろ-か。 る 。 「蚤」は「あさ」 (J九m)'「直」は「ひたすら」'「侯」は「ま つ」o 「蚤より直(ひたす)ら償って今に至る」と読みたい. . △ m候至吏深'各自歌息-吏深紅至るを侯ひ-・・・-・・・・・・ ま た し て も 「 う か が ふ 」 の で あ る 。 こ の 「 候 」 も 「 ま つ 」 。 「 吏 深 に至るを侯ち」であろ-. △ △ △ m兄意莫不怪-兄の意は怪しからざるなし。 ( 1 8 ) 用意の酒食に手を出そ-ともしない箔式を冴る張劫の言である。 「兄意 (こころ) に怪しまざるなからん」 であろ-。「怪」 は動 詞 。 △ △ △ △ △ 0.風吹草木之声'莫是苑来'皆白鷺冴=風吹きて草木の声する も'これ花の来たるなし。 「風吹きて∼声するも」は甚しい破格。「風草木を吹-の声も」で あろう。「莫是∼」は疑問表現で「これ滝の来たるなからんか」と ( 1 9 ) . 読 む べ き か . ( c f n d . ) △ dl似教張退後之意-張をして後に退かしむるの意あるを教ふるに 似たり。 「教」の訓に窮したのであろ-か、「をして∼しむ」 「をしふ」 と、再読ならぬ'三読をしている。訓読において1字を三読する例 C 本項は闇の'慈恵的な句読である.地の文・会話の文・引用文 に'それぞれ見られる。 乱蚤晩湯水粥食'勧自供給。数日之後-蚤晩(あさはん)湯水・ 粥食せしむ。劫自(みづか)ら供給すること数日の後--こ-い-読み方がど-してできたのであろ-か。不思議。「蚤晩の 湯水粥食は'勧自ら供給す.数日の後」以外'読みよ-がないと思 う の で あ る が -0 も.且説.張元伯到家参見老母-且(しばら)-張元伯を説かんo 家に到りて老母に参見すれば・・・・・・ 「且説」は発端の語。原作では^Jの語の後に百1字が続-o 「且-∼を説かん」式で読むならば'百一字も後ろから返って「説かん」 となる。なんと煩わしい.発端の語であるからには'馬琴のよ-に「まづと-」 (﹃八犬伝﹄ 7 5回他) と訓んではいかがであろ-。 「 張 元 伯 を 説 か ん 」 は も と よ り 誤 読 。 ・ J助日。巨卿信士也.必然今日至央o安肯慎鶏黍之約.入門便見 所許之物'足見我之待久。如侯巨卿来而後宰之'不見我倦倦之 ● 意。(cfBtLt L) 劫の言を「巨卿∼之的」と取っているが'誤認。「巨卿∼之意」で ある。この誤認も不思議。
- 98-▲ ( 2 0 ) ・ 。 ' 聖 人 云 . 大 草 無 税 ' 小 車 無 軌 、 其 何 以 行 之 哉 o ( d c d b L ) 聖人(孔子)の言を「大草には転な-'小事は軌なし」と読み取っ ているが'大きな読みちがい。正し-ほ「大草∼哉」。もっとも' 「惟だ信のみは小可と同じきにあらず」と読むのがよかろう。非同 小可'読み得て珍. △ △ △ 。 '是1個秀才'害時症在此将死-菩時症(ときのさはり)にして を引いて「天子林中を射上して雁を得たり」などと読みたま-人で あるから'この読みちがいも無理からぬ事であろ-か。哨/ この訓者は﹃漢書﹄蘇武伝の 天子射上林中得雁、足有係畠 ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ( 2 1 ) こ^Jに在りて将(まき)に死せんとす。 「害時症」は「時症に害(そこな)ほれて」'「時症を害(わづら) ひて」などと読むべきではないか。「ときのさはりにして」はごま かしの感がある。 昆是酢&,当以看視-既哲,れこの文(とはり)ならば... D この項は矧の-ち'主として白話の語義を取りちがえた例を集め た 。 △ △ 乱少刻弟帰'亦以此事従頭説知=またこの事をもって頭(ほじ め)より説-こと知るごとし。 ( 2 2 ) 「説知」は「説き知らしむ」と読むべきであろ-。 △ △ &.劫乃預先畜養肥鶏1隻'牡馬酒=杜醍(と-ん) の濁酒あ り。 「杜醍」は﹃小説詞語匪釈﹄に﹃警世通言﹄の例を引いて「自家醸 造の酒」だとい-が'ここでは「肥鶏一隻を畜養し」に対して「濁 酒を杜醸す」と'動詞に読むべきであろ-. △ △ △ △ L;惟信非同小可-惟々(ただただ)信のみは同じきに非ざれば小 可なり。 「小可」はこれも﹃詞語匪釈﹄に「軽微」の義だとい-。大漢和は 「非同小可」を「小可と同じきにあらず」と読むo これに従って' 「斯文」は「儒者'学者」 (大漢和)。むの「秀才」に対応する語 ( 2 3 ) である。「既にこれ斯文(ほかせ)なれば」と読むべきであろ-0 △ △ ft贋層応、奈為妻子所累-経書則ち心に留ると難も--( L s . 臥 ・ L ) 「雑則」は「雑然」と同義.よって「経書は心に留むと雑則(いヘ ど)も」と読むべきか。 △ △ bL適間親見巨卿到来=適々間(-かが)ひて親ら巨卿の到来する を見たり。 「適間」は「いましがた」 (﹃小説詞語﹄)の義。よって「適間(い ま)し親ら巨卿の到来せるを見たり」と読むべか。 △ △ L径奔至其家門首-荏(ただ)ちに奔りてその家門の首(まへ) に 至 る 。 「門首」は「かどぐち」 (大漢和)。よって 「径ちに奔りてその家 の門首(かどぐち)に至る」と読むべきかo △ △ △ i.勧随即挽人語医用薬調治=劫随ひ即(つ)きて人に挽めて'医
-99 - に請ひ薬を用ひて調治し--「随即」は 「すぐに、ただちに」の義 (大漢和).また 「挽」 は 「ひく」。この訓者は「すすむ」と読んでいるが、よ-似た「抱」 とまちがえたか。「劫随即(ただち)に人を挽きて医に請ひ'薬を 用ひて調治せしむ」 であろ-。因みに馬琴は 「随即」に 「すなは ち 」 の 訓 を 与 え た ( ﹃ 八 犬 伝 ﹄ 1 -6 回 他 ) 。 △ △ ・L我僧簡自不去看他、履版怯=秀才'称(あなた) は休去 (やすみなさ)れ。 「休去」は「去(ゆ)-を休(や)めよ」と訓むのが通行。「やす みなされ」は「休場去れ」から出た訓であろうか。珍/(1BjA.) k吾安不信而不去哉=吾安んぞ信ならずして去らざらんや. △ 机勤与兄同去'若何-勤と兄と同じく去らば、若何(いかん)。 「去(ゆ)かざらんや」 (k)へ 「去(ゆ)かば」 (臥)と訓むの が 通 行 。 ( d t B ] t t h ) て 「みづから」 と訓む理由は存しない。「向日 (なは) し信を爽 (たが)はば」 (礼)、「向日し末だ回らず」 (れ)と読むべきか。 △ △ △ △ b t 我 僧 尚 自 不 去 看 他 ' 秀才体休去-我僧(ら)なは自ら去らずし て他(かれ)を看ん。 「両日」は右に同じ.きりながら「去らずして他(蒋式のこと)を ( 2 4 ) 看ん」は珍妙。「去(珍)きて他を看ず」あるいは「他を肴に去か ず」と読むのが本来の訓読ではあるまいか(止。 '・;)0 △ △ L;吾自供奉'且自寛心-且(しばら)-自ら心を寛げよ。 IL;今日莫非巨卿不来'且自晩膳-且(まき)に自ら晩の膳せんと す 。 「自」は原義を失なった接尾辞。従って「且自(しばら)-心を寛 げよ」 (U.)'「且自-晩膳せよ」 (-i;)であろう。 △ △ 。 '風吹草木之声--皆白鷺誘-みな自ら驚き冴(いぶか)る. 一 E この項は矧の-ち、接尾辞「自」 「且」'時態助詞「了」 「着」' 介詞「就」を含む旬の誤読を集めた。 △ △ 礼典黍之約'向日爽信'何況大事乎-尚 (ち)し自ら信を爽(辛 ぶ)らば'何ぞ況や大事をや。 △ △
れ
贋
'
愉
自
未
回
送葬の人なは自ら未だ回らず。 「薗自」は実詞の複合化(二音節化)に伴-虚詞の複合化現象の1 例o 「自」は副詞「街」に接して'その原義を失なっている。従っ 右のよ-に「白」は接尾辞。「皆目(みな)し驚き冴らる」と読む べ き か 。 △ △ 43杜醸鶏黍脚且充飢-杜醸と鶏黍とは脚(いささ)か且(まき) に飢を充たさんとすo 「且」は接尾辞。よって「脚且(いささ)か飢を充(しの)がん」 と読むべきか。 △ fO二人飲了数杯 '不忍相拾--二人飲了ること数杯なるも--△ -l 母 恐 怯 了 農 桑 -母 は 農 桑 を 慣 ら ん ^ J と を 恐 れ て ・ ・ ・ ・ ・ ・ ( t = ・ n b t ) △ ∫ C q 月 光 都 投 了 = 月 光 す べ て 投 し 了 り ・ ・ ・ ・ ・ ・ △ ei不覚忽踏了蒼苔=覚えずして忽ち蒼苔を踏了し・・・・・・-100-▲ て ヽ空1 ′ ヽ 1三重26 で) ヽ △ ㌔為商雷用心'失忘了日期-日期を失忘したるも--△ △ tL行了数日到了山陽II行-こと数日にして山陽に到れり。 △ △ △ ㌔劫問了去処'奔至郭外-劫は去る処を問ひ--「了」はもと動詞であったのが'時制を表わす助詞に転成した。 「おわる」の原義が'動作・状態の完成に変容して'生きている。 ( 2 5 ) ところが'通行の訓読は'時制に対する配慮がきわめて乏しい。そ こで'この方法をもって「∼了」を訓みこなすには'かなりの工夫 が必要である。わた-しほここに'1便法として'完了の助動詞 「つ」 「ぬ」 「たり」 「り」および回想の助動詞「き」を利用し て ' 訓 ん で み る 。 こ -も あ ろ -か 。 ヽ ヽ ヽ 「数杯を飲みしかども」 (fO)'「農桑を憤りてんことを恐れ」 ヽ ヽ ヽ ( f 1 ) 、 「 月 光 都 て 没 せ り 」 ( a ) ' 「 忽 ち 蒼 苔 を 踏 み つ れ ば 」 ( 玩 ) ' ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ 「日期を失忘しぬるが」 (・・∼ <)'「数日行きしかば山陽に到りぬ」 ヽ ヽ (tN Ln)へ 「劫去処(珍-へ)を問ひたるが」 (玩)。ただし'和臭が 加 わ る が -0 「将息」1RL。「比及」に馬琴は「ころはひ」の訓を与えている (﹃八犬伝﹄2回他)。「蒋巨卿の将息 (辛-じゃ-) すること得 ( 2 7 ) ヽ て無事なりし比及(ころ)'試期を慎てり」と読むべきか。 △ L門戸鎖着-門戸を見れば鎖着せり。 「着」はもと動詞であったが'事態の持続を表わす助詞に転成し ( 2 8 ) た。これを訓むには'存在を表わす助動詞「たり」 「り」などを借 ヽ りなければなるまい。「門戸は鎖せり」であろ-0 △ △ ・ト不知就此1別'約再相会-この一別を就(な)して'再び相会 するを的するに如(し)かず。 「就」は介詞で「於」 「在」と同義。「就此」は'たとえば﹃水簡 伝﹄の例で' 0 0 0 兄弟'我和祢今日分手'就這里吃三盃相別(32回) の「就這里(ここで)」 に相当する。「此(ここ) に就(お小)て 一別して'再びあひ会ふことを的せんには如かず」と読むべきか. b L 張 劫 与 計 算 房 銭 ' △ △ △ △ 還了店家=店家に還らんとし 「店家」は「番頭」のこと。また「還」は「還銭」の 馬琴は 「わたす」 の訓を与えている (﹃八犬伝﹄用回他)。よって「店家 ヽ (ばんと-)に還(わた)せり」と読みたい。「店家に還らんとし て」は読み得て珍.この後に「二人同行数日'至分路之処」と続-のであるが-- 。 △ △ △ △ h比及蒋巨卿将息得無事了'慎了試期=蒋巨卿の将に息(やす) み得て無事たるに及ぶ比(ころ)に、試期を憤(あやま)りたり。 F 本項は櫛の-ちt dnで拾い遺した例を集めた。 △ 乱在路非只1日'到洛陽不遠-洛陽に到らんとして遠からざると き ︰ ︰ ︰ 「到」は介詞で'「まで」の義。「到洛陽」は介詞構造。「洛陽ま で」と読むべきであろ-0 △ △ h如有人到山陽去'当問其虚実-如し人の山陽より到り去るもの あ れ ば
- -101-「到山陽」は介詞構造。「如し人の山陽まで去(ゆ)-もの有ら ば」と読むべきか。 △ △ △ L;其妻扶霊枢往郭外去下葬=その妻霊枢を扶(まも)りて郭外に 往去(さ)りて下葬す。 「往」は介詞で'「∼へ」の義。「往郭外」は介詞構造。また「扶」 は 「そふ'つ-」(大漢和)であろ-.ゆえに 「その妻霊枢に扶 (つ)きて郭外へ去 (ゆ) き下葬す」 と読むべきか。「往去」を 「さる」と訓むのほ'また1破格。 △ △ △ &小二勧不住 '劫乃推門而入-小二には住まらざらんことを勧め て -( 2 9 ) この訓は「劫∼」の後句を利用した'ごまかしである。原文が「勧 小二不住」でなければ'こ-は読めない。「小二(手代)」は主語。 「我僧蘭自不去看他、秀才体休去」 (-Bib I)と忠告(「勧」)した そらく' ヽ ヽ ヽ ヽ 張劫こそ来たれ。 ヽ ヽ ヽ ヽ 張勤してぞ田の頭に去きて収劃せしむる。 などであろう。次に訓読を離れて'原文から「自」を取り去ってみ る。何はどの差異が生じるか?語調が変わるだけである。してみる と'この「白」は同じ副詞「又」 「復」などのよ-に'語調を強め るか・整えるために用いられたのではないか。もし'そうであれ ば、訓読においてほ読まない方が賢明であろ-。ぜひとも読むとい ぅのであれば'右にも挙げた係助詞あるいは間投助詞「し」などを 充当してはいかがであろう。 △ ff汝農労兵。可自歌息=自ら飲息すべし. が'張劫は蒋式を見舞-のをやめなかったのである。 さ)むれども住まらず」であろう。 △ 43張劫自来=張劫自ら来るなり. △ △ Ld;母恐慎了農桑'令張勤自去田頭収割-張勤をし 「 小 二 勧 ( い ヽ ヽ この「自」は語調を整える副詞と見て'「歌息をぞすべき」と読ん でほいかが? △ △ 臥丈夫白是生軽=丈夫これより生軽し。 ( 3 0 ) 「白」は副詞。強調と見て「丈夫こそこれ生掻けれ」と読むはいか が ? て自ら田の頭 (ほとり)に去りて収割せしむ。 副詞「自」は'通行の訓読では「みづから」 「おのづから」の二訓 しか持たないのだがt cjeー.のばあい「みづから」と訓んで正しいで あろうか?けっして正しいとはいえまい.なぜなら'1つには「み づから」の響きが強すぎて'訓読の句中に何か違和感めいたものを 生じる。が'それよりも'和文でq) ltd;の内容を表現するならば'お 読 以下「大漢和」と略称。 すなわち「望を懸-」は「望みをかける'願いをかける」意 の日文である。 櫛 以下に引く馬琴の訓例はすべて﹃南総里見八犬伝﹄ (日本名 著全集)によったもの.
-102-i 4 「賢弟」は臥hのよ-に'賓語と主語を兼ねる'兼語。 愉 構造論的にい-ならば' 0 0 0 0 人実生於天地1人裏天地而生 と「生」を動詞として後置することによって成った句型であ る 。 ㈲ 句意は「農昏甘旨(朝晩の食事) に粗相があってほならな い」。「失ふ」ならばへ 母親が 「食事にも事欠-ようなさまに はしないように」'の日文になる.漢文ではAJのはあい 「勿使 0 有失之」であろ-0 仰 たとえばCJ'cjh・しの例を見よ. ㈲ 「莫非」は軽い肯定を表わす (「∼ではないか」等) 副詞で あるが'訓読においてほ「あらざるなきか」も'やむを得ま い。語調が強すぎるきらいはあるが--0 ㈲ 判断動詞(紫帝) 「是」を「これ」と訓むには抵抗を覚える が'やむを得ないか。 個 粛 ■ t J n l 川 u ㈹ 師 もちろん「銀河耽々として玉宇澄々たるを看見す」も可能で あるが'この場面の緊迫感を伝えるには劣る. AJQ句も「但だ∼食はざるを見る」とも読めるが'㈹と同 断 。 佃 帆 物 ㈹ 出現・消失などの現象を述べる時'白話ではt AJのよ-に主 体となるもの(半輪新月)を補語とすることが多い。たとえば 前面来了一個和尚(﹃紅楼夢﹄1回) では'主体〓個和尚」を補語としている。 漢文ではこのはあい「奈妻子所累」であろ-0 この訓は「自家従与兄弟相別之後」などの句において、はじ めて可能である。 この訓(日文)では'蒋巨卿が妻子にとって'口腹の累とな ったことになる。原作を曲げた暴訓といわねはなるまい. 日文としても'論理性を欠-0 あるいは「我が倦々の意の見(あら)ほれざらん」と読むも 可であろ-0 この訓(日文)によれば'張劫が義兄屯巨卿の意中を怪しん でいることになり'原作を曲げることになる。この旬に継いで 「老母並弟不曽遠接'不肯食之」を見ても「怪」の内容は把握 できるはず。 0.訓のよ-に「来たるなし」と否定表現にとると'後旬との 承接に破綻を来たすのである(1E・d)0 岩波文庫本﹃論語﹄為政篇を参看。 いうまでもな-「天子・上林中に射て--」である。 「説くこと知るごとし」は「知っているとおりを話した」と いう当て推量に出た訓か?珍。 「このとはり」は43句の前後を見比べてのこじつけであろ-か ? 蒋式の病室へ行かないで、離れて病状を見守っていよ-'と 解したのであろ-か。 これは、訓読自体が'時制の表現の不充分な文言文を翻訳す
-103-るために創られたものであるから、当然の事であるが。 幽 つまり「還房銭」である. 抑 訓読においてほ' 得 + 動 詞 1 -ス ル コ ト ヲ 得 ( タ リ ) 動 詞 + 得 1 -ス ル コ ト 得 ( タ リ ) が通行のよ-である。,C.旬においては O o 得)'無事になった(無事了)」ので, 幽 ただし「∼着」が状況語(修飾語) 「将息した結果(将息 このよ-に読んだ。 であるはあいは'接続助 詞「つつ」などの方がよかろう。 佃 これは「去らずして他を看ん」 (nA ・)と対応させた訓でも あろう。「住まらざらん」は「1緒に見舞え」のパラフレーズ のつもりか。 鋤 1側。また「これより」の漢語は「白此」 「従此」などであ ろちノ。 たって比較する学者が増えているとい-。が'国文学者にして白話 に通じている人は稀である。この事を考え合わせると,珍訓の影響 は軽視できない。 本稿において誤読を訂正するための資料に借りた文献のうち,大 修館の﹃大漢和辞典﹄および﹃小説詞語匪釈﹄は,﹃評釈﹄の訓者 も利用したであろ-と推定されるもの。曲亭馬琴﹃南総里見八犬 伝﹄の訓例は'訓者に無視されたとおぼしいものである。 わたくしは﹃評釈﹄の誤訓を検証する手続として,至極あたりま えの方法であるが'﹃蒋巨卿﹄の原文を中国語で読んだ。そして誤 訓を客観的かつ合理的に説明する手段として、中国語文法の用語を 利用した。代名詞を「代詞Lt 目的語を「賓語」とした。「連詞」 は接続詞に当たり'「介詞」は英文法などの前置詞に相当するoな お'漢字はすべて通行の字体を用いた。 ( 本 学 講 師 ) 後 記 本稿に紹介した珍訓の資料は、すべて﹃雨月物語評釈﹄ (角川書 店)から得た。編著者のお名はわざと明かさない。 この書は従来の﹃雨月物語﹄研究を集大成した好著で,後生に益 するところ'今後ますます大きいであろ-。ただ、わた-しが危倶 するのほ'その精査を傾けた註釈・典拠に付随して,珍訓までが国 文学界に影響を及ぼすのではないかという事である。 聞くと'近来'近世小説の研究においてほ'白話小説の原典に当