1.企業文化の層
1-1.ハイブリッド・モデル 日本「的」経営という言葉は,アベグレンに よる終身雇用制,年功序列制,企業内労働組合 という三種の神器の時代にはじまり(岡本他, 2012,2 頁),日経連による「新時代の『日本的 経営』」(八代他編,2015)を経て,今日に至る までさまざまな研究において用いられてきた。 本稿では,高度成長期の日本の企業文化とそれ に適合的な三種の神器に代表される経営諸制度 のセットの事を,狭い意味で日本「的」経営と 呼び,一般に日本の文化とこれに適合的な経営 諸制度のセットの事を,より広い意味で日本 「型」経営と呼んで,両者を区別して論じてい きたい。そうして考えると,昭和の時代に主流 であった従来の日本「的」経営は変質した,あ るいは崩壊したとさえ言われているが,現在の日本型経営とその変化
企業文化の層から考える
慶應義塾大学 佐 藤 和【キーワード】企業文化(Corporate Culture),ハイブリッド・モデル(Hybrid Model),日本型経営
(Japanese-Style Management),水平的集団主義(Horizontal Collectivism),信頼(Trust)
【要約】企業文化を層として考えるハイブリッド・モデルで見ると,日本型経営とその変化は,国の文 化とその変化に伴う問題として考えることができる。最も変わりにくい基層文化は宗教的,歴史的に 定着している集団主義であり,これにより終身雇用制度の考えや実態が根強く残っている。一方,権 力格差の次元である垂直的な側面は,戦後教育の変化と世代交代により,水平的に変化しつつある。 そこでは従来のピラミッド構造ではなく,価値観の共有による組織統合がより有効となり,また年功 序列制から能力主義評価への変化がもたらされている。表層的な文化である会社を共同体と考える信 頼メカニズムは,いわゆるタコツボ型の問題を引き起こすが,ダイバーシティを進めるためにも,従 業員に会社以外の共同体への参加を促すと同時に,経営理念の浸透による価値共有を進める事が必要 である。また垂直的な組織ほどコンプライアンスに問題がある傾向が見られ,価値共有型の企業倫理 の制度化が不十分であると不祥事が起こるのであり,そこでは企業文化変革が必要とされよう。 日本「型」経営の実像について,定まった議論 は存在しないように思う。 日本型の経営が変化してゆくのかどうかを考 えるときには,その基となっている日本の文化 がどのように変化してゆくのかを併せて考えな ければならない。そこでまず,社会学,宗教学, 心理学等の分野における日本論,日本人論のサ ーベイを通じて,日本文化と経営について考え た(佐藤,2009)。そこでは単に欧米的な文化に 向けて発展段階的に,あるいは欧米の自文化中 心主義(エスノセントリズム)的に「発展して」 ゆくのではなく,日本型経営における企業文化 を層として捉え,形式知的な文明の移転に伴い 文化の表層的な部分は変化するかもしれない が,基層的な部分はなかなか変わらないという ハイブリッド・モデルを使って,文化相対主義 的にその進化を考えてゆく必要がある。例えば 和魂洋才のように,新しい制度と変わりにくい 文化の融合によって,それまでとは異なった雑
種,すなわちハイブリッドが創出されるのであ る(藤森他,1997)。そこで本稿では,日本型経 営とその変化を,基層文化としての国の文化と その変化に伴う問題として考えてみたい。 1-2.企業文化の分類軸 従来の日本「的」経営論でよく見られた研究 スタイルは,欧米と日本を比較してその違いに ついて考えたり,日本的経営の海外移転の可能 性を議論したりすることが多かった。しかしこ うした二項対立による比較は,どちらか一方を 正しい,あるいは進んでいる,そしてもう一方 を間違っている,あるいは遅れているとするよ うな自文化中心主義,あるいは逆に日本の場合 は,何でも欧米の方が進んでいるとする欧米文 化中心主義の考え方に陥りがちであった。言葉 を変えていえば,そうした見方は国対国の比較 という意味で国際的,インターナショナルでは あるが,多国間で考えるグローバルな見方であ るとは言えない。すなわち文化を相対的に捉え ていないのである。 こうした中で広く知られている多文化論的な 研究は,今や古典的ともいえるがホフステッド (1980;2010)のものであろう。しかしそこでの 集団主義・個人主義,垂直的・水平的(権力格差) といった次元は,それぞれいくつかの国の特徴 を表してはいるものの,基本的に欧米間,そし て欧米とアジアを区別するために考え出された 次元であり,例えば日本が垂直的な集団主義で あるというだけでは,アジアの他の国と十分に 区別することができないのである。そこで中国 本土,台湾,韓国,タイにおける企業文化の特 性について,日本と欧米の代表としての米国を 比 較 対 象 と し て 文 献 研 究 を 行 っ た( 佐 藤, 2015)。そして誰を信頼するかという信頼メカ ニズム,そして文化の多様性の 2 つが,アジア 文化間の違いを考えるための追加的な分類軸と して仮説的に導出された。そこで本稿では,こ れらを含めた企業文化の層についての分析を通 じて,日本型経営とその変化について考えてみ たい。
2.集団主義・個人主義
2-1.日本人の基層文化 従来の日本「的」経営をハイブリッド・モデ ルとして見ると,いわゆる三種の神器は最も変 化しやすい形式文明としての経営諸制度であ り,それを支えている表層文化が運営方式とし ての企業を信頼するメカニズム,そして最も深 いところにあり変わりにくい日本的価値観が垂 直 的 集 団 主 義 で あ る と 考 え ら れ る( 佐 藤, 2009)。この垂直的集団主義は,ホフステッド で言う垂直的および集団主義に関する社会文化 の側面であるが,今日の日本においてこれらは 変化しつつあるのであろうか。垂直的な側面に ついては後で議論することとし,まずは集団主 義について考えてみたい。 それではそもそも,この集団主義をもたらし た日本人の基層文化とはいかなるものであろう か。一神教とは唯一神を信仰する宗教であり, 多神教とは複数の神を信じる宗教であるが,日 本の基層文化を,日本の歴史が生み出した多神 教 的 意 識 か ら 説 明 す る 議 論 が あ る( 下 出, 1997,190 頁)。その背景にあるより古典的な研 究の 1 つとして,和辻(1979)は自然の類型的 な特徴が,それを人々が受けとめる姿勢,した がって,文化の形成の仕方にも類型的な特徴を もたらすとして,東洋と西洋の差は,夏のあい だ湿潤なモンスーン的風土と,夏には乾燥する 砂漠的風土の違いに由来すると考えた。こうし た東西の自然風土の起源は,ホモ・エレクトス の前期旧石器時代にまでさかのぼり,アジアモ ンスーンの誕生は,ちょうど日本列島の誕生の 時期にあたるという。そして地球的な大規模気 候変動の時期において,森の中で仏教が,砂漠 でキリスト教が誕生し,それらが今日の世界宗 教になったというのである。2-2.集団主義のルーツ 一方,宗教の現代的な傾向として,宗教的な るものの拡散が言われている。これは教団組織 や儀礼といった宗教の構成要素が後退し,宗教 的な主題が個々人に内面化されて見えない形で 機能するようになりつつなる事,そして宗教が 文化一般の中に拡散されてゆく現象である(弓 山,1996,266 頁)。宗教を,宗教団体の形でみ えている見える宗教 Cultic religion と,筋書そ のものとして働く見えない宗教 Civil religion とに分けると,後者は,ベラー(1975,29 頁) の言う社会秩序の調和を維持するための聖なる 正当化の体系としての市民宗教に対応する。現 代において日本人は無宗教,というイメージが あるかもしれないが,歴史的に構成された基層 文化としての日本の市民宗教は,目には見えな くても,意味の枠組みを与えると同時に特定の 地域と結び付いているため特定の地域の指標と もなり,さらに文化的アイデンティティの源に なっているのである。 こうした日本人の基層文化を基に,歴史的に 集団主義が定着していくことになる。間(1971) は集団主義を,個人と集団との関連で,集団の 利害を個人のそれに優先させる集団中心の考え 方と定義したが,清水(1991)はそうした集団 主義は,平和が続いた江戸時代に朱子学を通じ て儒教思想が浸透した後に定着したのだとい う。そしてこの朱子学によってはめられた文化 の枠は,①垂直的,すなわち上下の序列と公私 の価値,②水平的,すなわち集団へのコミット メントによる集団主義,そして③時間的連続, すなわち先祖に対して神に順ずる地位を与える という信頼メカニズムという 3 つの価値観に分 けられる(ヒルシュマイヤー他,1977)。 そしてこうした日本人の基層文化に基づく集 団主義は,企業文化の中で最も変わりにくい次 元であり,例えば 1990 年代以降,終身雇用制 は大きな変貌を遂げ,かつてのような当たり前, という時代でなくなったことは確かであるが, かといって崩壊・終焉というのは言い過ぎであ り,日本には終身雇用制の考え方や実態が根強 く残っているのである(岡本他,2012,6-8 頁)。
3.垂直的・水平的
3-1.これからの日本人 それでは垂直的集団主義を構成するもう一方 の垂直的,すなわち権力格差の次元はどうであ ろう。NHK 放送文化研究所が 1973 年から 5 年 毎に行っている「『日本人の意識』に関する調査」 では,仕事より余暇を優先する「余暇志向」と, 余暇より仕事を優先する「仕事志向」について 見ると,従来男性は女性に比べ「仕事志向」が 強く 1983 年の調査まで圧倒的であったが,そ の後減少し,1990 年代に入ると男女とも「余 暇志向」が多数派になっている。そしてこれは 基本的には生まれ育った時代によってほぼ決ま っており,「仕事志向」は若い世代で少なく, 世代交代が「余暇志向」派を増やす変化の原因 の 1 つとなっているのである。そして津田 (1994,259-270 頁)は,戦後の日本的経営とい う経営文化をつくったのは,「戦前・戦中派連合」 であるが,この「戦前・戦中派連合」は 1985 年ごろから企業経営の最前線から姿を消しつつ あるという。 一方,濱口の対人関係観尺度を使って金児が 大学生を対象に行ったアンケートによって若者 の意識の変化を見ると(金児,1993,241-245 頁), 昨今の大学生は他者への配慮と主体性,とりわ け「配慮」が非常に強いのに比べて,他者への 「依存」がそれほど強くないという。すなわち 他者を信頼して依存する,甘えるというより, 山崎(1984)のいうような「柔らかい個人主義」 が現代の若者に浸透しているのである。そして 若者の中に伝統的な上下関係に基づく「和」の 関係を尊重する意識が薄れ,代わって横のみの つながりによる「連帯」を大切にし,なごやか に事なかれに面白く過ごしたいとする意識が指 摘できるというのである。 私は,今日の日本において垂直的集団主義が変容したとすれば,集団主義から個人主義への 方向というよりも,儒教的な意識に基づいた垂 直的集団主義から,より共同体的な水平的集団 主 義 へ の 方 向 で あ る と 考 え て い る( 佐 藤, 2009)。個人の価値観は,生まれ育った環境に よって大きく規定されるのであり,革命や戦争 でも起こらない限り大人になってから基層的な 価値観が大きく変化することは少ない。そうし た意味で水平的集団主義への変化は,単にグロ ーバル化や情報化などに伴って進展したのはな く,戦後の平等主義的な教育への変化と世代交 代によってもたらされたものであると考える。 トリアンディス(1995)は垂直的集団主義がま だ 50%あり,水平的集団主義は 25%ではない かとしているが,今日の世代交代の様子からす れば,水平的集団主義への移行はさらに進んで いるのではないだろうか。そしてこれは前述の 朱子学によってはめられた,①垂直的,すなわ ち上下の序列と公私の価値の後退として考える 事ができる。 3-2.組織の支配メカニズム それでは今日の水平的集団主義の企業文化に おいては,どのような組織統合が望まれている のであろうか。オーウチ(1980)による組織の 支配メカニズムとしてのクラン Clan(「一族」 と訳す場合がある)という議論がある。これに よれば,組織の支配メカニズムには,①市場, ②官僚主義,③クランの 3 つが存在し,それぞ れが異なった条件の下で最も効率的になるとい う。①市場価格による競争原理,②官僚主義に よる契約関係と異なり,③クランの場合には労 働者は企業目標を共有する形で社会化されてお り,厳しい監督を行わなくとも自然と会社に最 善を尽くす事になる。これを先ほどの水平的集 団主義の議論と合わせると,垂直的な組織では ピラミッド構造による②官僚主義的な支配が有 効であり,欧米のような水平的な個人主義の組 織では,①マーケットメカニズムによって市場 原理を持ち込むことが有効となる。そして今日 の日本のような水平的集団主義の組織では,強 い企業文化すなわち価値共有を通じての③クラ ンによる組織統合が有効な手段となるのである。 こうして見て来た様に,日本型経営を支えて いる基層文化は,日本「的」経営の時代の垂直 的集団主義から,水平的集団主義へと変化して きている。そして終身雇用制が維持される一方 で,年功序列制から能力主義評価へと変わって 来ているといった経営諸制度の変化は,これに よって説明できると考えられる。それではやや 変わりやすい表層文化である,企業を信頼する という信頼メカニズムは,変化してきているの であろうか。
4.信頼メカニズム
4-1.中間組織 フクヤマ(1995,26-48 頁,151 頁)は,アメ リカ,ドイツおよび日本が,近代の合理的に組 織された専門経営者によって経営される巨大企 業を発展させた最初の国々であるのは決して偶 然ではないという。ビジネス組織がかなり急速 に家族の枠を超え,親族関係に基づかないさま ざまな新しい「中間組織」を創り出すために, そもそもこれらの国々における文化には,親族 関係のない個人間に高度の信頼があり,これが 社会資本 Social capital という堅固な土台とし て既に存在していたというのである。すなわち アメリカにおいては宗派心の強いプロテスタン トの宗教的遺産があった事,ドイツにおいては ギルドやマイスター制のような伝統的で共同社 会的な組織が 20 世紀まで残された事,そして 日本の場合には封建制度の本質的な特質と家族 構造が存在した事によって,それぞれ血縁以外 の者も信頼するという社会資本が培われ,これ によって家族の枠を超えて中間組織としてのビ ジネス組織が近代的大企業として急速に発展す る事が可能となったというのである。そしてこ うした社会資本が存在しない国々では自力では こうした中間組織が育たないため,国営や国が育てた財閥といった巨大企業と,ファミリービ ジネスによる零細企業という二極分化した産業 構造となるのである。 日本においては経済発展における比較的初期 の段階で家族による経営から専門経営者による 経営へと交替したが,これは「番頭」の役割が, 明治維新のかなり前の産業化が始まったころか ら確立されていたからであり,その基本的な原 因は,日本の家族構造にあると考えられる(フ クヤマ,1995,166-172 頁)。ここで家とは一般 には血のつながった家族を指すが,日本のイエ は必ずしもそうとは限らない。これはむしろ家 の財産を信託するようなものであり,財産を家 族構成員が共同で使い,家長はその主要受託者 の役割を担う。重要な事は家が何世代も存続す る事であり,管理人の役割を果たしている現行 の家族は,仮にその場を占めているような構造 である。そしてこうした管理人の役割は必ずし も血縁者によって演じられる必要はないのであ る。 ナカネ(1967)によると,家族の規模と「養 子縁組み」の広がりの間には関連性があるとい う。例えば中国では家族の規模が大きいため, 父親と直接血のつながった息子が役に立たない 場合でも,日本とは異なり血縁による大家族や 親族のネットワークによって相続人の予備があ ったのである。またシュー(1975)によると, 日本の家族内の状況と類似点がある「家元」の ような集団は,ビジネス組織を含む日本のほと んどすべての組織構造を形づくっているとい う。そして三戸(1991,1,312-313 頁)は日本 的経営の特徴を「家の論理」から説明している が,その中で儒教を家の論理に立つ思想体系と 捉えている。そして中国や韓国と異なった日本 の家の特徴を,血縁を超え非血縁をどこまでも 家族の一員として迎えることである,としてい るのである。 4-2.企業経営の社会的性格 一方津田(1977)は,日本的経営の特徴は共 同生活体を求めるという人間の本源的な行動 が,企業に表れたところにあると考えた。欧米 における企業経営の社会的性格は,人は「家庭」 と共に社会生活の場としての共同生活体を持 ち,それに対する「企業」との雇用労働を通じ て生活手段を売り報酬を得ている所にある。一 方,日本における企業経営の社会的性格は,人 は「企業」と共に社会生活の場としての共同生 活体を持ち,それに対する「家庭」との間で雇 用労働を通じて生活手段と報酬の交換を行う所 にあり,これが日本的経営の基本である考えた。 こうした考えは,ドイツの社会学者テンニエ ス(1957)によるゲゼルシャフト,ゲマインシ ャフトの議論を拡張したものと考えられる。テ ンニエスは人間社会が近代化すると共に,地縁 や血縁,友情で深く結びつき,人間関係が重視 される自然発生的なゲマインシャフト(共同体 組織)とは別に,利益や機能を第一に追究する ために人為的なゲゼルシャフト(機能体組織, 利益社会)が形成されると考えた。津田の言う 「欧米」における家庭の周りに存在する社会生 活の場としての共同生活体がゲマインシャフト であり,企業組織はゲゼルシャフトということ になる。一方「日本」では,本来ゲゼルシャフ トである企業組織そのものが社会生活の場とな っており,ゲマインシャフト的な性格を持って いると考えられるのである。
5.文化の多様性
5-1.タコツボ型文化 このように会社を共同体と捉えることは,個 人にとってアイデンティティの源泉となる一方 で,その信頼メカニズムは,行き過ぎたナショ ナリズムが持つような,いわゆる「会社人間」 によるタコツボ型文化の問題を引き起こす。山 岸(1998,46-47 頁)は,相手の意図に対する 期待には「安心」と「信頼」とがあり,これら を区別する必要性があると述べている。ここで 言う「信頼」とは,他者一般も含めての相手の内面にある人間性や自分に対する感情などの判 断によってなされる相手の意図に対する期待で あるのに対し,「安心」とは,自分を搾取する 行動をとる誘引が相手に存在していない,相手 と自分の関係には社会的不確実性が存在してい ない,と判断する事である。そして日本社会の ような集団社会主義では「安心」が生み出され るが,本当の意味での「信頼」が崩壊するとい うのである。 さらに日本社会における集団主義と強い企業 文化という特徴は,ウチとソトという二重基準 を生み出すことになる。清水(2000,4 頁)に よると本来宗教は,利己主義の対極にある考え である利他主義の立場に立つが,この利他主義 は同一共同体,同一システム内でのみ作用して 境界の外の世界では作用せず,むしろ境界の外 に対しては利己主義が強化されるという。そし て石坂(1999,575 頁)は,日本人の場合,個 人の周りに会社あるいは学校といった集団が存 在しているが,その他はすべて赤の他人になっ ているという問題を指摘している。 清水(1993,44-45 頁)は,日本人は集団意 識が強く信頼取引の商慣習が定着しており,こ れをベースにした日本の資本主義体制は,現在 の変化の激しい時代の集団競争に強い力を発揮 しているという。これは信頼取引には細かいル ールが決められていないので社会に柔軟性が保 たれるからであり,これが日本における信頼取 引社会のメリットとなるというのである。しか し同時にその信頼取引の社会にいったん「強者」 が現れると,ルールがないためにその横暴を抑 えられないという大きなデメリットもある。そ してこうした状況がハラスメントや下請け叩き といった問題を引き起こすのというのである。 5-2.健全な依存 信頼とは相手の行動に対する期待であり,文 化の共有を前提としている。今日のように組織 の中で多様性すなわちダイバーシティが高まる と多様な価値観がもたらされるが,その一方で この文化の共有という前提が崩れることにな る。小田(2000,198 頁)は人間関係において, 個人的な結び付きあるいは社会的な結び付きと いうのは,そもそも「健全な依存」が前提にな っており,依存性を全く持たずには人間同士が 結び付く事はできないとしている。そして集団 主義の日本において自立するという事は,誰に も依存しなくなるという事ではなく,依存の対 象が親から他人へと社会的に広がってゆくとと もに,強い依存性から適度な依存性に移り,他 人の依存を受容する包容力を持つ事により「健 全な依存」性を持つという事なのである。 こうして考えると,タコツボ型文化の問題を 克服するためには,まず長期雇用の従業員に対 しては,家庭や地域,趣味といった他の共同体 への参加を促し,会社人間になるのではなく「健 全な依存」ができるようにすることが重要であ る。また短期雇用の従業員や文化を共有しない プロジェクトチームにおいては,共通の経験を 通して信頼を醸成し,単に同じ組織にいるとい う「安心」ではなく,本当の「信頼」関係を育 んでゆくことが必要である。 今日の日本型経営において,高度成長期の日 本「的」経営で言われていた企業が共同体的な 側面を持つという側面は,少なくとも大企業, 正規従業員といった枠組みの中では維持されて いる。すなわち企業組織がウチなのである。そ してこの枠の外であっても,「健全な依存」を 通して家族以外にも職場,地域,趣味といった さまざまな中間組織に所属することで個人がア イデンティティを保つ,すなわち中間組織がウ チとなる構造は,単なる個人主義とは異なると いう点で,大きくは変化していないと思われる。 5-3.ダイバーシティに向けて このように,表層文化である会社人間のよう な企業を盲目的に信頼するメカニズムは,個人 が複数の中間組織に所属するようなダイバーシ ティを容認する方向へと変化しつつある。それ では最も変わりやすい経営諸制度は,これらを
通じてどのように変化していくのであろうか。 単一の強い文化を特徴としていた日本「的」 経営がダイバーシティを受け入れていくために は,まず受け入れる側がダイバーシティに備え る必要がある。そのためには正規社員であって も社外の複数の共同体に所属し「健全な依存」 をすることで,複数の価値観を持ち,異なった 価値観を受け入れる素地を作っておく必要があ る。これは組織として国際化を進展させるとき に,まずは日本で内なる国際化を進めることが 海外での国際化を推進する事と似ている。そし て多様な価値観を持っている人が集まり,新た な価値観を共有していくためには,例えば「稲 森流コンパ」のようなインフォーマルなコミュ ニケーションが欠かせない。そして水平的な組 織では昇進は価値を持たないのであり,価値観 に沿った行動をとった人を,相互に明示的にほ めたり表彰したりするような地道な活動を積み 重ねていくことも必要となろう。 また日本人が苦手とする議論をする練習も必 要である。日本「的」経営の時代の阿吽の呼吸 は通じないのであり,異なる文化の間でのコミ ュニケーションの訓練を行う必要がある。そこ では語学力や単なるプレゼンテーション能力と いった情報発信力だけではなく,互いの価値観 を理解し尊重することができるようになるため に,まず歴史や文化,宗教などの教養を身に付 け,感情を抑え傾聴する事が必要となる。すな わち相手の立場に立ってものを考える事のでき る,高い人間力が求められるのである。
6.経営理念と価値共有
6-1.実証分析 それではこうして見て来たような日本型経営 のそれぞれの層において,近年変化の見られる 垂直的・水平的と,信頼メカニズムという側面 は,具体的な経営諸制度にどのような影響を与 えているのであろうか。これを確かめるために ダイバーシティとコンプライアンスに関するア ンケート調査を行った(佐藤,2018)。ネットリ サーチ会社に登録しているモニター会員のう ち,一般の会社員を対象とした Web 調査を 2017 年 11 月 1 日 か ら 8 日 の 間 行 い,1,565 人 の有効回答を得ることができた。そして探索的 な因子分析と信頼性分析の結果をもとに尺度を 作成し,分散分析と一対比較により企業文化に よる違いを見た。その結果,信頼が高い企業文 化では,ダイバーシティの受け入れが進み,ま たイノベーションの程度も高いことが分かっ た。一方垂直的な企業文化ではコンプライアン スに問題がある傾向が見られた。 ここで大切になるのが,トップマネジメント が持つ価値観と,歴史的な企業文化の交わる部 分,すなわち集合論でいうところの積集合とな る「経営理念」である(清水,1995,124-126 頁)。 組織のダイバーシティが進むと強い企業文化に よる統合が弱まってしまう。前述のオーウチ (1980)に従えば,代わりに① 市場原理を導入 したり,② 官僚制機構を導入したりすること もできるが,③ クランすなわち強い企業文化 という側面から言えば,トップマネジメントが 持つ価値観と企業文化の交わる部分である経営 理念が組織に浸透していれば,それ以外の価値 観や行動パターンに多様性があっても,組織を 統治するうえでは問題とはならない。すなわち 経営理念を共有する多様な人材が相互交流して こそ,ダイバーシティを進めていくことができ るのである。そして今日,イノベーションとは 情報の新結合の事であり,ダイバーシティ経営 を行って多様な人材の相互交流を進めることが さまざまな新結合を生み,結果としてイノベー ションが生まれる可能性を高める事になるので ある。 6-2.価値共有型のコンプライアンス 一方,垂直的ということは,そこにおいて上 司の命令を断れない雰囲気があると,コンプラ イアンス的な問題を引き起こすことになる。今 日,企業倫理の制度化においては,従来から言われている上からのコンプライアンス型に加 え,下からの価値共有型が注目されている(岡 本,梅津,2006,150-153 頁)。企業文化の観点 からすれば,トップが倫理的価値観を持ってお り強い企業文化が存在する事を前提とすると, もし経営理念が十分に浸透し企業文化とトップ の価値観が重なっている部分が大きければ,組 織もまた倫理性を持ち価値共有化型の企業倫理 が十分制度化されている状態であると考えるこ とができる。しかし,経営理念が浸透していな い,あるいは現場での行動の基となっている企 業文化と,実際にトップが持っている価値観と が,例えば時間とともにずれてしまい,結果と して積集合である経営理念が小さくなってしま っていると,価値共有型の制度化が不十分な状 態であることになる。 この価値共有型の企業倫理の制度化が不十分 であると,例えば組織の中でトップマネジメン トに対して誤った「忖度」が行われてしまうこ とになる。また組織が企業文化の慣性にそのま ま従って従来通り繰り返してきた行動が,トッ プマネジメント,あるいは経営環境から見て誤 った成果をもたらし,結果として不祥事となっ て世の中に発覚してしまうのである。こうした 状態は企業文化が環境との不適合を起こしてい る成熟期(佐藤,2009)に入ってしまっている 状態なのであり,経営者はあらゆる方法を駆使 して企業文化変革を試みなければならない。 すなわち組織の中に多様性を取り込むと,そ のままでは企業文化は弱くなってしまい,価値 共有型のコンプライアンスもうまく機能しなく なる。経営者が持つ倫理的価値観を含めた経営 理念を組織に浸透していくことで,はじめて多 様性を取り込みながらもコンプライアンスを高 めていくことが可能となるのである。
7.結論に代えて
企業文化を層として考えるハイブリッド・モ デルで見ると,日本型経営とその変化は,国の 文化とその変化に伴う問題として考えることが できる。最も変わりにくい基層文化は宗教的, 歴史的に定着している集団主義であり,これに より終身雇用制度の考えや実態が根強く残って いる。一方,権力格差の次元である垂直的な側 面は,戦後教育の変化と世代交代により,水平 的に変化しつつある。そこでは従来のピラミッ ド構造ではなく,価値観の共有による組織統合 がより有効となり,また年功序列制から能力主 義評価への変化がもたらされている。 表層的な文化である会社を共同体と考える信 頼メカニズムは,いわゆるタコツボ型の問題を 引き起こすが,ダイバーシティを進めるために も,従業員に会社以外の共同体への参加を促す と同時に,経営理念の浸透による価値共有を進 める事が必要である。また垂直的な組織ほどコ ンプライアンスに問題がある傾向が見られ,価 値共有型の企業倫理の制度化が不十分であると 不祥事が起こるのであり,そこでは企業文化変 革が必要とされよう。 これからもこうした社会文化の変化とその方 向から企業文化の層を捉え,日本型経営の将来 の姿についての考察を深めるとともに,実証的 な分析を積み重ねていきたい。 〈参考文献〉Bellah, Robert N.(1975)The Broken Covenant, The Seabury Press.(松本滋,中川徹子訳『破られた契 約』未來社,1983 年)
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