剣道の動作開始の二者間距離とタイミングは打突と防御の頻度を決定す
る:鍔ぜり合いからの分かれ方の問題に対する実証データの呈示
鍋 山 隆 弘
1)碓 氷 典 諒
2)奥 村 基 生
3)The effects of interpersonal distance and timing of movement initiations on
decision-making and actions for striking and defense in kendo: Presentation of
experimental data on problem of how to separate from tsubazeriai situations
Takahiro NABEYAMA1),
Noriaki USUI2), Motoki OKUMURA3)
Abstract
This study investigates how spatiotemporal conditions of interpersonal distance and timing in movement initiations influenced decision-making and actions for offence and defense in kendo. We also intend to present verifiable data on the problem of how two players separate from tsubazeriai in matches. Participants were top level players in Japanese university kendo clubs. In the experiment, participants were either given the role of “the first player”, who initiates movements, or “the second player”, who initiates movements after the first. The participants performed each trial as if in a real match from distances of 150, 175, 200, 225, 250, and 275 cm. We analyzed two trends in their decision-making and actions, one of which was the “ease of active striking,” meaning that they were able to initiate movements from a strike rather than defense in each trial. The other trend was the “ease of striking”, meaning participants could strike in each trial and were not only confined to defense. The results showed that it was easier for the first players than the second players with regards to “ease of active striking” and “ease of striking”. In both results, the differences between the first and the second players were extremely clear at a distance of 150 cm and were very clear at 175 to 250 cm distances and almost disappeared at 275 cm. In total, the first players also had a greater frequency of striking success (ippon) than the second players. These results indicated that movement initiation distance and timing changed reaction and movement times in both offence and defense, and also changed the degree to which the first and the second players’ decision-making and actions gave them an advantage. This is because the reaction and movement times required for offence and defense became shorter if the two players were closer to each other. In addition, the first players’ active movements caused the second players to react passively making it easier for the first
1)筑波大学体育系
〒 305-8574 茨城県つくば市天王台 1-1-1 E-mail:[email protected] 2)山梨大学大学院医工農学総合教育部
3)東京学芸大学教育学部
1) Faculty of Health and Sport Sciences, University of Tsukuba
1-1-1 Tennodai, Tsukuba, Ibaraki 305-8574, Japan 2) Integrated Graduate School of Medicine, Engineering,
and Agricultural Sciences, University of Yamanashi 3) Faculty of Education, Tokyo Gakugei University
players to initiate an attack.. Therefore, at close distances, offence became easier while defense became more difficult, and the first players gained a advantage while the second players were placed at a disadvantage. It can be concluded that the first players gain an advantage and the second players become disadvantaged in terms of offence when they are at close distances of 150 to 250 cm. These findings should be useful in combat sports such as kendo for the coaching of decision-making and actions, as well as for making the rules fairer on offense and defense.
Key words : Reaction time, Movement time, The first player, The second player, Change of distance
キーワード:反応時間,運動時間,先手,後手,距離の変化 Ⅰ 序論 巧みなオープンスキルが重要になる競技スポー ツでは,課題特性や状況の変化に応じて「選択し て動作する(以下,「選択―動作」と略す)」こと が重要になる2)14)15).特に,ここでは一対一で攻 撃し防御し合う剣道のような攻防一体型の競技を 対象にする.選手は状況の変化の中で,相手との 「近い」あるいは「遠い」二者間距離(どこから) で,「先手」として先に動くか「後手」として相 手の動きに対応するかのようなタイミング(いつ) を見定めて,攻撃のために「打突」するか相手の 打突を「防御」するかのような内容(何)につい て選択―動作する.もちろん,選択―動作には情 報収集が重要であり6)12)中断なども含まれるよう に13)様々な情報処理や動作の方法が含まれるが, 多くの場合は最終的に「近い・遠い距離」におい て「先手・後手」で「打突・防御」するかの選択 ―動作をすると考えられる(以下,先手・後手な どの間の「・」は「あるいは」を意味する). 試合を観察すると,選手は単に打突や防御を繰 り返すだけではなく,その前に二者間距離や動作 の調整や切替などをしている4)5).言い換えると, 主要動作の前に準備動作をする.この準備動作で は「近い・遠い距離」から「先手・後手」のタイ ミングで効果的に「打突・防御」をするため,つ まり,主要動作のために距離やタイミングの条件 を整えようとする.すなわち,攻撃的・防御的な 準備動作によって良い条件を作り出すことが打 突・防御の主要動作の成功のために重要であり, それが準備動作の重要な技能の一つであると考え られる.しかし,主要動作のために準備動作で作 り出すべき「時空間的な条件」,たとえば,どの ような距離とタイミングで主要動作を開始すれば 有利にはたらくかは不明である. ここで選手の選択―動作について動作を開始す る「近い・遠い二者間距離(距離)」と「先手・ 後手(タイミング)」という条件が「打突・防御(内 容)」の「反応時間と運動時間(以下,「反応―運 動時間」と略す)」に及ぼす影響を考慮すると, 主要動作に有利にはたらく時空間的な条件の仮説 が立てられる.この「近い・遠い二者間距離」か ら「先手・後手」で「打突・防御」するときの「反 応―運動時間」の変化や関係性が本研究の論点の ひとつになる.以下では,A 選手が「打突」を 仕かける「先手」,B 選手がその打突に反応して「防 御」する「後手」の例をとりあげて説明する. 1.打突・防御の反応―運動時間による仮説 まずは,選手の打突の「運動時間の長短」が防 御の「反応―運動時間」に与える影響を考える. A 選手と B 選手がすぐに打突できる近い距離で 構え合っているとする(たとえば,図 1-①の 150~175 cm).そこから A 選手が跳び込み面に よって打突し,B 選手が防御したとする.A 選手 が先手で能動的に打突し,B 選手が後手で受動的 に防御したとすると,B 選手は A 選手よりも反 応時間分だけ防御開始のタイミングが遅れる.視 覚刺激への全身の反応時間は刺激―反応の関係を
学習しても約 0.2 秒以下になることはない10)11). この反応時間の影響は,打突や防御の反応―運動 時間が短くなればなるほど大きくなる.たとえば, 剣道の初心者 A 選手の動作が遅く,移動開始か ら竹刀が打突部位に接触するまでの打突時間が 1.0 秒であると,B 選手の防御にも 1.0 秒の反応 ―運動時間が許される.しかし,上級者 A 選手 の動作が速く,打突時間が 0.5 秒であると,B 選 手の防御には 0.5 秒の時間しか許されない.つま り,防御に 1.0 秒の時間があるときには少々の反 応―運動時間の遅れは許されるが,0.5 秒しか時 間がないときには反応・運動のわずかの遅れが防 御の失敗を導く可能性が高くなる.先行研究にお いても,剣道の打突の運動時間が短いことや防御 の反応の開始のわずかな遅れが防御の失敗につな がることが示されている8)9).これは,たとえば, ボールゲームで飛球が高速であると捕球や打球が 難しくなる現象と類似している10)11).したがって, A 選手の打突の運動時間が短いと B 選手の防御 に許容される反応―運動時間も短くなるので,A 選手の打突の成功率が高くなり,B 選手の防御の 成功率が低くなるはずである.また,打突時間が 長いときには逆の現象が生じるはずである. 次に,選手間の「二者間距離の長短」が打突や 防御の「反応―運動時間」に与える影響を考える. ここでは,すぐに打突できる近い距離から(図 1 -①の 150~175 cm),打突できるがやや遠い距 離までを想定してもらいたい(図 1-①の 175~ 200 cm).それぞれの距離から A 選手が同じよう に跳び込み面で打突し,B 選手が同じように防御 したとする.先手で先に動いて打突する A 選手 と後手で防御する B 選手との距離が近くなると, A 選手の打突の移動距離が短くなるとともに運 動時間が短くなり,B 選手の防御に許される反応 ―運動時間も短くなるはずである.なぜなら,当 然であるが,同じ選手が同じ動作で遠い距離を移 動するよりも近い距離を移動する方が運動時間が 短くなる.また,先行研究では,打突の終了時点 から測定したときに,防御の反応の開始が遅くな り(打突の終了時点に近づき)防御に成功するた めに残された運動時間が短くなると,防御の失敗 が多くなることが示されている8)9).そして,反 応時間は生理的限界を超えて早くなることはな い10)11).つまり,打突の開始距離が近くなり運動 時間が短くなると,防御の反応の開始が打突の終 了時点に近づいて許容される運動時間も短くな る.したがって,打突を開始する距離が近くなる と,A 選手の打突の成功率が高くなり,B 選手の 防御の成功率が低くなるはずである.また,距離 が遠くなると逆の現象が生じるはずである.これ は距離による説明であるが,上述の打突の運動時 間による説明と関係が深いことがわかる. これらの事実や先行研究から,近い二者間距離 で先手が打突し後手が防御すると,打突の成功率 が高くなり,防御の成功率が低くなり,遠い距離 では逆の現象が生じるという仮説が成り立つ.ま た,この仮説が正しければ,競技レベルが高い選 手は,近い二者間距離から先手で動作を開始する 利点を経験的に理解し,たとえ打突と防御を自由 に選択―動作できる状況であっても,動作を開始 する距離が近いときには,先手であれば打突する 頻度が高くなり,後手であれば防御する頻度が高 くなると考えられる.この仮説は,様々な競技で 技能レベルの高い選手が課題特性や状況の変化に 応じた選択―動作ができることを示した先行研究 からも理解できるだろう2)14)15). 2.先手・後手による仮説 一方で,選択―動作の「先手・後手(タイミン グ)」だけを考えても,「攻撃・防御(内容)」の 有利・不利に影響すると予想できる.この「先手・ 後手」による動作開始のタイミングの相違も本研 究の論点のひとつとなる.なお,この「攻撃・防 御」には,「二者間距離を近く・遠くする」よう な攻撃的・防御的な準備動作と,打突と防御の主 要動作の両方を含む.ここでは,すぐに打突でき る近い距離から,それよりも 50 cm ほど遠い距離 までを想定する(図 1-①の 150~225 cm). 先手と後手の動作の相違を考えると,先手はは じめに能動的な準備動作や打突によって後手の操 作が可能なので攻撃のために展開を有利にできる 可能性が高い.一方で,後手ははじめに受動的に
先手に対応する必要があるので準備動作や防御の 自由度が限定されるうえに,不適切な対応をする と展開が不利になり一本を取得される可能性が高 くなる.そのため,準備・主要動作の両方で先手 は攻撃を仕かけやすく,後手は攻撃を仕かけにく く,結果的に先手は打突,後手は防御する頻度が 高くなると考えられる.実は,先手が展開の有利 性をもっていることは,ボードゲームの結果でも 実証されている.驚くべきことに,投了までの平 均手数が 50 手以上(3 手は白→黒→白)のチェ スにおいても先手の勝率が高く攻撃において有利 であり1),一手先行することの重要性を示してい る.さらに,剣道で予測可能な展開は 3~7 手と いわれており7),サッカーのようなボールゲーム で連続する展開は長くても約 30 秒といわれ3), 競技スポーツの展開の系列はボードゲームと比べ て短い.したがって,ボードゲーム以上に,剣道 では先手が後手よりも攻撃に関して展開を有利に 運ぶことが実証される可能性が高い.また,この ボードゲームの結果は,打突のような主要動作だ けではなく,先手で「距離を近くする」「竹刀を おさえる」「フェイント動作をする」などの攻撃 的な準備動作をすることも,打突の頻度や成功率 を高めるように展開を有利に導く可能性があるこ とを示している. なお,「攻撃」「防御」の選択―動作を逆にして, A 選手が「防御」を仕かける「先手」,B 選手が 反応して「攻撃」する「後手」であっても,先述 した打突と防御の反応―動作時間や先手の有利性 のような理由で,距離が近くなればなるほど A 選手の防御の成功率が高くなると考えられる.た とえば,すぐに打突できる距離や,それよりも 50 cm ほ ど 遠 い 距 離 か ら( 図 1- ① の 150~ 200 cm)A 選手が先手で前進して防御すれば,B 選手は時間と距離の両方の理由で攻撃が難しくな る.しかし,技能レベルが高い選手であれば,近 い距離で先手のときの攻撃の有利性を理解して, 打突の頻度を高くすると考えられる.また,近い 距離で後手のときには攻撃の不利性を理解して, 防御の頻度を高くすると考えられる.そのため, 先に一本を取得しているように明らかに有利で防 御することが重要な状況でない限り,近い距離か ら先手で動作を開始することが可能で,攻撃と防 御を自由に選択―動作できる状況であれば,あえ て防御を仕かける頻度は少なくなるだろう. ここまで選択―動作について動作開始の二者間 距離(距離)と先手・後手(タイミング)が攻撃・ 防御(内容)の反応―運動時間に及ぼす影響や, それらの関係から生じる攻撃・防御の有利性と不 利性を説明してきた.先行研究では,選択―動作 に関与する知覚,反応,予測,そして選択―運動 を競技特性に応じて素早く正確にすることの重要 性が示されている2)14)15).しかし,「近い・遠い 距離」や「先手・後手」という時空間的な条件に 応じて打突と防御の頻度のような選択―運動の内 容やその成功率のような結果が変化するかどうか は,競技スポーツの技能の改善や指導のために理 解すべき現象であるが検証されていない.もし, 本研究の仮説が立証されれば,剣道だけではなく 競技スポーツの選択―動作の優劣を決定する時空 間的な条件を明らかにする意義の深い希少な研究 になる. 3. 試合における鍔ぜり合いからの分かれ方の 問題 しかしながら,剣道の競技現場に目を向けると, 指導者や選手にとって我々の仮説は自明であるか もしれない.実は,剣道では動作開始の「二者間 距離」と「先手・後手」が「攻撃・防御」の有利 性や不利性に与える影響について問題視されてい る場面がある.それは,鍔ぜり合いから分かれる 場面である.たとえば,鍔ぜり合いの近い距離か ら 2 人の剣先が離れる遠い距離に分かれる間に, A 選手がすぐに打突できる近い距離から先手で 攻撃すると,B 選手は防御する傾向が高くなる. あるいは,A 選手が先手で前進して防御すると, B 選手は後手で反応するので防御の頻度が高くな り攻撃の頻度や成功率が低くなる.このような現 象は試合で多く観察できるが,剣道には鍔ぜり合 いからの分かれ方を具体的に定める規則はな い17).そのため,ある選手は鍔ぜり合いから分 かれる間に,近い距離から攻撃や防御を先に開始
して試合を有利に展開しようとする.事実,この 公正とはいえない選択―動作は,高等学校や警察 の剣道の試合規則の一部改定をもたらした.たと えば,全国高等学校体育連盟剣道専門部は申し合 わせ事項によって鍔ぜり合いから「明らかに剣先 が触れない位置まで右足前の中段の構えを基準と して潔く間合いを切らない行為は反則とする」と 定め,試合が公正に展開されるように工夫してい る16).この規則の改定後,高等学校の大会での 試合の展開が公正になり見苦しさが低減したと感 じる剣道実践者は多いだろう.しかし,このよう な規則の改定は一部の大会で適用されるのみであ り,いまだに多くの大会で鍔ぜり合いからの分か れ方の問題によって試合の展開の不公平性を感じ ることが多い.我々はこの感覚を剣道実践者の共 通の感覚と信じているが,あくまでも「感覚」と して切り捨てられてしまう危険性がある.試合の 展開の公平性,規則の正当性を示すためには,客 観的な実証データが必要である. 本研究の目的は,剣道において動作を開始する 近い・遠い二者間距離と先手・後手のタイミング が攻撃・防御のような選択―動作の内容や結果へ 及ぼす影響を検討することである.特に,打突と 防御の反応―運動時間に大きく影響する動作を開 始する二者間距離の遠近による,先手・後手の打 突と防御の頻度や成功率の高低を検討し,有利性・ 不利性がどのように変化するのかを実験的に検証 する.そして,選択―動作の成否を決定する時空 間的な条件を明確にすると同時に,剣道の試合の 展開の公平性・不公平性,規則の正当性を表すデー タを示す. Ⅱ 方法 1.参加者 研究の目的からは,動作を開始する近い・遠い 二者間距離や先手・後手に応じて適切に攻撃や防 御のような選択―動作ができる経験値や技能レベ ルの高い参加者を選定する必要があった.言い換 えると,経験値や技能レベルなどが低い参加者で は競技や条件の特性に応じて適切な選択―動作が できないと考えた. 参加者は筑波大学体育会剣道部に所属する男性 6 選手であった.参加者の特徴の平均(標準偏差) は, 年 齢 20.50(0.76) 歳, 身 長 174.65(5.80) cm,体重 76.50(5.28)kg,競技経験年数 14.83(2.41) 年,段位 3.50(0.50)段であった.参加者は大学 生として非常に高い戦績がある選手が多かった (全日本学生剣道優勝大会 2 位など).中には関東 や全日本の大学公式戦に出場していない選手も含 まれていたが,参加者 6 名に「他の 5 名と試合を した場合の勝利の確信度」を質問した結果,回答 の平均(標準偏差)が 56.50(16.39)%であり, 大きな競技レベルの相違はないと考えられた.つ まり,大学生として高く一定の技能レベルの参加 者であり,研究の目的に合致していた. なお,ヘルシンキ宣言に則り参加者は実験の内 容などの説明を受け参加に同意した.また,実験 については実験者の所属機関の研究倫理委員会で の承認を受けていた. 2.課題 課題は試合と類似した形式で実施されたが,以 下のように動作開始の二者間距離と先手・後手の 役割を設定した. (1)動作開始の距離の設定 研究目的は,動作開始の距離によって攻撃・防 御の選択―動作の内容や結果がどのように変わる のかを検討することであった.しかし,実験前に 競技としてあまり意味がない距離があると予想で きた.たとえば,剣道ではお互いの竹刀の剣先が 体幹に触れ合うような近い距離から前進しながら 打突しても一本になることが少ない.そのため, まずは「試合で跳び込み面で打撃して,相手が無 反応で打撃された場合,一本になる最短の動作開 始の二者間距離はどこか」を調査した.この質問 は試合において技では仕かけ技,部位では面の一 本が最頻であること,相手の防御などの反応の仕 方の指定が難しいことから無反応と設定した.調 査の対象者は八段(範士 1 名,教士 6 名)の 7 名 であり,年間審判大会数も平均 6.86(3.64)回あり, 実践と審判の両方に高い技能や経験があると考え られた.質問は実験者 2 名が剣道場で距離を変え
て打撃を実演しながら実施し,対象者の回答に基 づいて 2 名の右足のつま先間の距離を測定した. 回答の平均距離は 146.43(26.01)cm であった. そのため,実験では最短の動作開始の距離を 150 cm と設定した. 次に,どの程度の距離ごとに,どの程度の遠い 距離まで動作開始の距離を設定するかを決定する 必要があった.そのために,実験者の所属機関の 剣道部の男女 10 名を無作為に抽出し「試合のつ もりで 150 cm の二者間距離から慎重に分かれる」 ように求め,左足から右足の順でゆっくりと後退 させ,右足が一歩後退したときのつま先の移動距 離を測定した.その結果の平均は 26.80(9.17) cm であり,大学生が一歩後退して分かれるとき の歩幅を表していると考え,25 cm ごとに動作開 始の距離を設定することにした. 最後に,剣道の試合の開始線の距離が 280 cm であるので,それ以上の距離を動作開始の距離と して設定することは実験として意味がないと判断 した.そのため,実験では右足のつま先間の二者 間距離 150,175,200,225,250,275 cm の 6 つ の動作開始の距離を設定した(図 1-①参照). (2)先手と後手の設定 研究目的の一つは,先手・後手によって攻撃・ 防御の選択―動作の内容と結果がどのように変わ るのかを検討することであった.ここでは,先手 は「先に動作を開始する参加者」,後手は「先手 が動作を開始した後に動作を開始する参加者」と 定義した.この定義は対戦する 2 人の動作開始の タイミングだけを規定していた.すなわち,「間 合いに入る」「竹刀をおさえる」「打突する」「防 御する」など準備・主要動作の内容は問わず,先 手は単に先に動作を開始し,後手は単に先手より も後に動作を開始することだけを意味した. (3)教示 まず,実験設定の説明のために, ① 動 作 開 始 の 距 離 に は 150,175,200,225, 250,275 cm の 6 つの距離があること ②先手と後手の 2 つの役割があることを教示し た.一方で,試合と類似した状況であることの説 明として ③鍔ぜり合いから分かれる状況を想定している. 試行を開始するときの姿勢は自由である.ただし, 竹刀を表裏どちらで交差するかは先手が指定でき る ④攻撃するのか防御するのか,どのように攻撃す るのか防御するのかなどに制限はない.試合のつ もりで試行を実施すること ⑤攻撃や防御の一連の動作が終了した時点で試行 を終了する.たとえば,先手が面を打突して,後 手が防御や打突をして,鍔ぜり合いで動作や流れ がとまった場合には,そこで 1 試行が終了となる と教示した. 参加者から「何をしてもよいのか」「とまって から打ってもよいのか」などの質問があったので 「試合で本当に実行することであれば何をしても よい」「一連の動作や流れで打突するのであれば よい」などの返答をした.参加者全員が教示に納 得してから実験を開始し,実験の観察では教示に 関する参加者の混乱や解釈の違いはなく,試合と 同様に選択―動作をしているように見えた. (4)手順 実験は剣道場の 11 m 四方の試合場の中央で実 施した.図 1-②は参加者の周囲の可動空間を取 り除いた実験の模式図である.実際は実験者やビ デオカメラの位置は試合場の外にあった.ビデオ カメラは実験状況を記録するために設置した. 具体的な実験手順の説明のために動作開始の二 者間距離が 175 cm,最初に A 選手が先手で B 選 手が後手の試行を例示する.まず,実験者が動作 開始の距離 175 cm を呈示した.A 選手は 175 cm のライン,B 選手は 0 cm のラインに右足のつま 先を合わせた.A 選手,B 選手ともに試行を開始 する準備ができた時点で構えた.A 選手は,B 選 手に動作開始のタイミングや内容がわからないよ うに先手で動作を開始した.先手の A 選手が動 き出した後は,A 選手にも B 選手にも動作の制 限はなく試合のつもりで試行を行い,攻撃や防御 などの一連の動作が終了した時点で 1 試行を終了 した. 次の試行では役割を交代して B 選手が先手,A 選手が後手となった.実験者が動作開始の距離
225 cm を 呈 示 し,B 選 手 は 225 cm,A 選 手 は 0 cm のラインに右足のつま先を合わせ,同じよ うに準備して構えて,B 選手が先手で試行を開始 した. その後も先手と後手を交代し,動作開始の距離 はランダムな順序で実施した.6 距離で先手と後 手を 5 試行ずつ実施したので,1 人の相手に対し て先手が 30 回,後手が 30 回であった.これを参 加者 6 名の総当たり形式(15 組)で実施した. つまり,参加者 1 人あたり 6 距離×先手・後手× 図 1 実験状況の概要 実際の動作開始の距離を表した(①).実験では各試行前に実験者(実)が先手に動作開始の距離を指示した(②).先手(A) は指示された距離,後手(B)は 0 cm に右足のつま先を合わせた.先手が動作を開始した後に後手もすぐに動作を開 始した.先手の動作開始の距離はランダムな順序であり,先手と後手は 1 試行ずつ交代した.他に選択―動作などへ の制限はなかった.ビデオカメラは実験状況の記録用であった.実際の実験の記録動画を観察すると,先手が動作を 開始してから(③左列)後手が動作を開始するまで(③右列)のタイミングの相違は極めて短かかった.③右列の写 真は後手の竹刀の動作開始が動画上で確認できた時点であり,実際の反応は遅くともその前には開始されているはず である.全ての距離からの試行において先手の足が少し動いたときには,後手が動作を開始したことがわかる.
5 試行×対戦 5 名=計 300 試行を実施した. なお,ここで初めて実験設定が明確になったの で確認しておくが,先手と後手の動作開始のタイ ミングの相違は極めて短かった(図 1-③).そ の相違は単純反応時間の約 0.2 秒を大きく超える ことはないと考えられた.しかし,序論で述べた ように,本研究ではこの動作開始のタイミングの 僅かな相違が攻撃や防御の選択―動作の頻度に影 響し,そしてまた,その影響は動作開始の二者間 距離の遠近によって変化すると仮説を立てたので ある. 実験では,ごく稀に後手が先に動作を開始する ことがあったが,その場合は試行をすぐに中断し てやり直した.その他に試行をやり直すことなど はなく,全ての試行を問題なく終了した. 3.データ収集 (1)選択―動作の内容 1)質問内容 研究の目的の一つは,動作開始の距離によって 先手・後手の攻撃・防御の選択―動作の「内容」 がどのように変わるのかを検討することであっ た.剣道では,たとえば,「間合いを詰める」「竹 刀を押さえる」ような二者間距離や竹刀の操作な どの準備動作が攻撃や防御の選択―動作を意味す ることもある.しかし,単純には,「相手への打突」 が攻撃,「相手の打突の防御」が防御という解釈 がわかりやすく,研究の目的にも合致していた. そこで,「打突」と「防御」の頻度を検討するこ とにした.そのために,参加者に「相手を打突し た」あるいは「相手の打突を防御した」かを各試 行で回答するように求めた. 以下のような回答の選択肢を設定し,参加者は 各試行の直後に自らの選択―動作を選択肢の中か ら回答した. ①打突した ②打突してから防御した ③防御した ④防御してから打突した ⑤その他 なお,実験前から参加者が打突や防御を中断す ることが予想できた.たとえば,「打突を中断し て防御した」のような選択―動作である.参加者 が中断した動作を報告しない可能性があったた め,実験前に参加者に「打突や防御を中断した場 合には選択肢⑤その他として『打突を中断した』 『防御を中断して打突した』のように回答してく ださい」と教示し,中断した選択―動作も回答で きるように配慮した. 2)回答分類 回答の件数は参加者 1 名 300 試行を実施したの で 6 名で 1,800 件あった(表 1). まず,参加者の選択肢①~④の回答は 78.78% であった(1,418 件). そして,選択肢⑤の回答には選択肢①~④に分 類すべき回答があった.まず,上述の打突や防御 「能動的な打突の仕かけやすさ」の分析では,分類 1 に示すように「①打突で開始」と「②防御で開始」に回答を分類し, 選択―動作なしの回答を「③除外」した.「打突のしやすさ」の分析では,分類 2 に示すように選択―動作の「①打突」 「④防御→打突」のように打突を含む回答を「①打突あり」,「③防御」「⑤防御→防御」のように防御だけの回答と「⑤ 選択―動作なし」の回答を「②打突なし」に分類した. 表 1 先手・後手の選択―動作の頻度
の中断を含む回答があった.中断は打突や防御を 選択して途中まで動作しているので打突や防御の 一種と考えることができた.そのため,「打突を 中断した」は選択肢①,「防御を中断して打突した」 は④などと分類した.このような中断を含む回答 は 12.17%であった(219 件).その他にも選択肢 ②と④に分類できる回答があった.それは,「打 突しながら防御した」のように 1 つの動作に打突 と防御が含まれる回答であった.「打突しながら 防御した」は打突を先に回答しているので選択肢 ②,「防御しながら打突した」は同じく④と分類 した.このような回答は全体の 0.50%であった(9 件). その他の選択肢⑤の回答は選択肢①~④に分類 できなかった.まず,「打突して防御して打突した」 のように 3 つ以上の打突と防御を組み合わせた回 答があった.このような回答は全体の 3.33%で あった(60 件). それ以外は,「何もしませんでした」「迷いまし た」「動けませんでした」のような回答のみで, これらは打突や防御の選択―動作に至っていない ため「選択―動作なし」と分類した.このような 回答は全体の 8.56%であった(94 件).この方法 で分類できない回答はなかった. (2)選択―動作の結果 1)質問内容 研究の目的の一つは,動作開始の距離によって 先手・後手の攻撃・防御の選択―動作の「結果」 がどのように変わるのかを検討することであっ た.ここでも参加者が「相手を打突した」あるい は「相手の打突を防御した」ときの成功・失敗の 頻度を検討することが研究の目的に合致すると考 えた.そこで,参加者に相手が打突してきた試行 での自らの防御の成功(打突の失敗)の程度につ いて回答するように求めた. 以下のような回答の選択肢を設定し,各試行の 直後に参加者は自らの防御の成功の程度を選択肢 の中から回答した. ①一本を取得されていない ②選択肢①と③の間 ③一本を取得された 選択肢①か②あるいは選択肢②か③のように防 御の成功の程度が曖昧な場合には参加者同士の合 意の下で回答した.つまり,防御の成功について は試行で打突・防御した本人であり経験豊富な参 加者同士が最も正確に判断できると考えて,自己 判定を信頼する方法をとった.しかしながら,自 己判定が困難な場合や,無理に選択肢①や③とし て回答する可能性もあると考えて選択肢②を設定 した.参加者がこの方法で回答できない試行はな かった. 2)回答分類 全 て の 試 行 の 中 で 相 手 が 打 突 し た 試 行 は 79.61%であった(1,433/1,800 件;表 2).参加者 の回答を分類した結果,選択肢①が 84.73%(1214 件),②が 4.95%(71 件),③が 10.32%(148 件) であった. 4.データ分析 (1)選択―動作の内容 1)能動的な打突の仕かけやすさ それぞれの動作開始の距離において先手・後手 の選択―動作の「内容」の「能動的な打突の仕か けやすさ」を検討するために,打突あるいは防御 「打突・防御の成功・失敗」の分析では,分類に示すように「①防御の成功(打突の失敗)」と「②防御の失敗(打 突の成功)」に回答を分類した. 表 2 先手・後手の防御の成功・失敗の頻度
で開始するかどうかに分析の焦点を当てた.「① 打突で開始(打突した,打突してから防御したな ど)」の回答が多い場合は「能動的に打突が仕か けやすい」,「②防御で開始(防御した,防御して から打突したなど)」の回答が多い場合は「能動 的に打突を仕かけにくい」状況を表していると考 えた.分析のためにまずはデータの傾向を調べた. 表 1 の「分類 1」に示すようにデータを分けると, 先手は「①打突で開始」が計 613 回(68.11%) で「②防御で開始」が計 248 回(27.56%),後手 は「①打突で開始」が計 310 回(34.44%)で「② 防御で開始」が計 535 回(59.44%)であり,先 手と後手で頻度が交互する傾向にあった.また, 「選択―動作なし」は全体のデータの 10%以下で あった.そのため「①打突で開始」か「②防御で 開始」の分類に基づいてデータをまとめ,「選択 ―動作なし」を「③除外」した.そして,「150, 175,200,225,250,275 cm」の 6 つの動作開始 の距離において先手・後手の「①打突で開始」「② 防御で開始」の選択―動作の頻度がどのように変 化するのかを分析した. まず,動作開始の距離ごとに選択―動作の内容 の相違を分析するために,「6 距離別」に先手と 後手の「①打突で開始」「②防御で開始」の頻度 についてχ2検定をした.また,全ての動作開始 の距離での選択―動作の変化を分析するために, 「6 距離すべて」の先手と後手の「①打突で開始」 「②防御で開始」の頻度についてχ2検定をした. 各検定で有意差があった場合には残差分析をし た. 2)打突のしやすさ それぞれの動作開始の距離で先手・後手のとき にそもそも「打突できたかどうか」も選択―動作 の「内容」として分析すべきと考えた.これは「打 突のしやすさ」の指標であり,「①打突あり(打 突した,防御してから打突したなど)」の回答が 多い場合には「打突しやすい」,「②打突なし(防 御した,防御してから防御した,何もしていない など)」の回答が多い場合には「打突しにくい」 状況を表しているはずであった.分析のためにま ずはデータの傾向を調べた.表 1 の「分類 2」に 示すようにデータを分けると,先手は「①打突あ り」が計 792 回(88.00%)で「②打突なし」が 計 108 回(12.00%),後手は「①打突あり」が計 641 回(71.22%)で「②打突なし」が計 259 回 (28.78%)であり,先手と後手で全体として頻度 が異なる傾向にあった.そのため「①打突あり」 か「②打突なし」の分類に基づいてデータをまと めた.そして,6 つの動作開始の距離において先 手・後手の「①打突あり」「②打突なし」の選択 ―動作の頻度がどのように変化するのかを分析し た. まず,動作開始の距離ごとに選択―動作の内容 の相違を分析するために,「6 距離別」に先手と 後手の「①打突あり」「②打突なし」の頻度につ いてχ2検定をした.また,全ての動作開始の距 離での選択―動作の変化を分析するために,「6 距離すべて」の先手と後手の「①打突あり」「② 打突なし」の頻度についてχ2検定をした.各検 定で有意差があった場合には残差分析をした. (2)選択―動作の結果 それぞれの動作開始の距離で先手・後手のとき の「打突・防御の成功・失敗」は選択―動作の「結 果」の成功率として分析すべき重要点であった. 表 2 に回答の頻度の全体傾向を示した.選択肢「② 選択肢①と③の間」と「③一本を取得された」の データは傾向が同じであったので統合した.相手 が打突してきた試行で選択肢「①一本を取得され ていない」は「①防御の成功(打突の失敗)」,選 択肢「②選択肢①と③の間」と「③一本を取得さ れた」は「②防御の失敗(打突の成功)」と考え ることができた.そのため表 2 の「分類」のよう に「①防御の成功」か「②防御の失敗」に基づい てデータをまとめた.先手は「①防御の成功」が 計 549 回(85.65%)で「②防御の失敗」が計 92 回(14.35%),後手は「①防御の成功」が計 665 回(83.96 %) で「 ② 防 御 の 失 敗 」 が 計 127 回 (16.04%)であった.そして,6 つの動作開始の 距離において先手・後手の「①防御の成功」「② 防御の失敗」の頻度がどのように変化するのかを 分析した. まず,動作開始の距離ごとに選択―動作の成功
率の相違を分析するために,「6 距離別」に先手 と後手の「①防御の成功」「②防御の失敗」の頻 度についてχ2検定をした.また,全ての動作開 始の距離での選択―動作の変化を分析するため に,「6 距離すべて」の先手と後手の「①防御の 成功」「②防御の失敗」の頻度についてχ2検定を した.各検定で有意差があった場合には残差分析 をした. Ⅲ 結果 1.選択―動作の内容 (1)能動的な打突の仕かけやすさ 実験の試行での「打突で開始」の高い頻度は能 動的な打突の仕かけやすさを,「防御で開始」の 高い頻度は打突の仕かけにくさを示していた.図 2 に動作開始の距離で先手・後手が打突・防御で 開始した割合を示した. 動作開始の距離ごとのχ2検定において 150 cm (χ2 (1)=124.63,p<.001,φ=0.67),175 cm(χ2 (1)=52.85,p<.001,φ=0.43),200 cm(χ2 (1)=19.23, p<.001,φ=0.26),225 cm(χ2 (1)=27.34, p<.001,φ=0.31),250 cm(χ2 (1)=33.38, p<.001,φ=0.34)に有意差があった.残差分析 の結果,150~250 cm のすべての距離で先手の打 突で開始と後手の防御で開始の頻度が高く,先手 の防御で開始と後手の打突で開始の頻度が低かっ た(p<.01).275 cm のみに有意差がなかった. 全ての動作開始の距離のχ2検定において有意 差 が あ っ た(χ2 (15)=64.60,p<.001,Cramer’s V=0.11).残差分析の結果,150 cm で先手は打突 で開始,後手は防御で開始する頻度が高く,先手 は防御で開始,後手は打突で開始する頻度が低 かった.275 cm で先手は防御で開始,後手は打 突で開始する頻度が高く,先手は打突で開始,後 手は防御で開始する頻度が低かった(p<.01).他 に有意差はなかった. これらの結果は,全て距離にわたって先手が打 突で開始,後手が防御で開始する頻度が高いが, その傾向が 150 cm で特に顕著で,175~250 cm でも顕著であり,275 cm でのみ消失しそうにな ることを示していた. (2)打突のしやすさ 試行での「打突あり」の高い頻度は打突のしや すさを,「打突なし」の高い頻度は打突のしにく さを示していた.図 3 に動作開始の距離での先手 と後手の打突ありと打突なしの割合を示した. 動作開始の距離ごとのχ2検定において 150 cm (χ2 (1)=39.92,p<.001,φ=0.37),175 cm(χ2 (1)=17.74,p<.001,φ=0.24),200 cm(χ2 (1)=13.92, p<.001,φ=0.22),225 cm(χ2 (1)=10.89, p<.001,φ=0.19),250 cm(χ2 (1)=8.78,p<.001, φ=0.17)に有意差があった.残差分析の結果, 150~250 cm のすべての距離で先手の打突ありと 後手の打突なしの頻度が高く,先手の打突なしと 後 手 の 打 突 あ り の 頻 度 が 低 か っ た(p<.01). 275 cm のみに有意差がなかった. 全ての動作開始の距離のχ2検定において有意 傾向があった(χ2 (15)=23.92,p=.066,Cramer’s V=0.07).残差分析の結果,150 cm で後手は打突 なしの頻度が高く,打突ありの頻度が低かった (p<.01).275 cm で先手は打突なしの頻度が高く, 後手は打突なしの頻度が低かった(p<.05).他に 有意差はなかった. 特に,動作開始の距離は後手の打突あり・なし の頻度に影響しているように見えた(図 3●▲). そこで,後手だけの打突あり・なしの頻度を分析 し た と こ ろ 有 意 差 が あ っ た(χ2 (5)=18.11, p=.003,Cramer’s V=0.14).後手は 150 cm で打 突なしの頻度が高く,打突ありの頻度が低かった (p<.01).また,後手は 275 cm で打突ありの頻度 が高く,打突なしの頻度が低かった(p<.05).一 方で,先手だけの打突あり・なしの頻度(図 3 ● ▲)を分析したところ有意差はなかった(χ2 (5)=5.81,p=.33).つまり,動作開始の距離は後 手の打突あり・なしの頻度の増減に大きく影響し ていた. これらの結果は,すべての距離にわたって先手 が打突ありの頻度が高く,つまり,打突しやすく, 後手が打突なしの頻度が高く,打突しにくい傾向 にあり,その傾向が 150 cm で特に顕著で,175~ 250 cm でも顕著であり,275 cm でのみ消失する ことを示していた.
2.選択―動作の結果 相手が打突してきた試行で一本を取得されてい なければ「防御の成功(打突の失敗)」,一本を取 得されれば「防御の失敗(打突の成功)」を示し ていた.図 4-①に動作開始の距離ごとの先手・ 後手の防御の成功・失敗の割合を示した. 動作開始の距離ごとのχ2検定において 150 cm (χ2 (1)=0.01,p=.93),175 cm(χ2 (1)=1.27, p=.26),200 cm(χ2 (1)=0.03,p=.62),225 cm (χ2 (1)=1.70,p=.19),250 cm(χ2 (1)=1.09, p=.30),275 cm(χ2 (1)=0.04,p=.51) の 全 て に 有意差がなかった. 全ての動作開始の距離のχ2検定においても有 意差はなかった(χ2 (15)=10.254,p=.80).また, 各距離の防御の成功・失敗の割合を平均(標準偏 差)すると,先手の防御成功 85.60(1.86)%・ 失敗14.40(1.89)%,後手の防御成功83.95(2.54)%・ 失敗 16.05(2.54)%であり,先手と後手の防御 の成功と失敗には差異がなくデータの変動が小さ いように見えた. しかしながら,相手が打突してきた試行での防 御の失敗の「頻度」を先手と後手の順で示すと, 150 cm で 13 回と 22 回,175 cm で 18 回と 15 回, 200 cm で 18 回と 22 回,225 cm で 13 回と 25 回, 250 cm で 14 回と 24 回,275 cm で 16 回と 19 回 であり,合計で先手 92 回と後手 127 回で 1.38 倍 の相違があり,この値には有意差があった(χ2 (1)=5.59,p=.018;図 4-②).また,ほとんどの 距離で後手の防御の失敗の頻度が高かった.これ は他の分析が示すように,先手の打突と後手の防 御が多くなった結果,後手の防御の失敗の実数が 多くなることを示していた.事実,後手と比較す ると先手は打突で開始する頻度が 1.98 倍,打突 の頻度が 1.27 倍あり,先手と比較すると後手は 防御で開始する頻度が 2.16 倍,防御の頻度が 1.57 倍あった. 次に,どのような選択―動作のときに防御の失 敗の頻度が高いかを検討した.先手はほとんどす べての距離で,後手は 200 cm 以上の距離で試行 を打突で開始したときに防御に失敗する頻度が高 く,また,後手は 175 cm 以下の距離で試行を防 御で開始したときか選択―動作なしのときに防御 図 2 動作開始の距離における先手・後手の打突・防御で開始の割合 動作開始の距離ごとの分析では 150~250 cm のそれぞれで先手の打突で開始●と後手の防御で開始 ▲の頻度が高く,先手の防御で開始▲と後手の打突で開始●の頻度が低かった(中央①*).全ての 動作開始の距離の分析では,150 cm で先手は打突で開始●,後手は防御で開始▲の頻度が高く,先 手は防御で開始▲,後手は打突で開始●の頻度が低かった.275 cm で先手は防御で開始▲,後手は 打突で開始●の頻度が高く,先手は打突で開始●,後手は防御で開始▲の頻度が低かった(下②*). **: p<.01.
に失敗する頻度が高いようであった.しかしなが ら,防御の失敗のデータの頻度が低く,明確な結 果とはいえなかった. Ⅳ 考察 1.選択―動作の内容 (1)能動的な打突の仕かけやすさ 動作開始の距離による先手と後手の選択―動作 の内容,特に「能動的な打突の仕かけやすさ」「能 動的な打突の仕かけにくさ」を検討するために「打 突で開始」あるいは「防御で開始」した試行の頻 度を分析した.その結果,いずれの距離でも先手 が打突で開始する頻度が高くなっていた(図 2). そして,150~250 cm の距離では,先手が打突で 開始する頻度,後手が防御で開始する頻度がかな り高く,特に 150 cm でその傾向が顕著であった. 275 cm でのみ先手と後手が打突と防御で開始す る頻度が同程度になった.つまり,先手は能動的 図 3 動作開始の距離における先手・後手の打突あり・なしの割合 動作開始の距離ごとの分析では 150~250 cm のそれぞれで先手の打突あり●と後手の打突なし▲ の頻度が高く,先手の打突なし▲と後手の打突あり●の頻度が低かった(中央①*).全ての動作 開始の距離の分析では,150 cm で後手は打突なし▲の頻度が高く,打突あり●の頻度が低かった. 275 cm で先手は打突なし▲の頻度が高く,後手は打突なし▲の頻度が低かった(下②*).動作開始 の距離は後手の打突あり・なしの頻度の増減に大きく影響していた.**: p<.01, *: p<.05. 図 4 動作開始の距離における先手・後手の防御の成功率と頻度 動作開始の距離ごとの分析,全ての動作開始の距離の分析の両方で有意差はなかった(①).全ての 距離の頻度を合計すると先手は後手よりも防御失敗の頻度が低かった(②).*: p<.05.
に打突を仕かけやすく,250 cm 以下の近い動作 開始の距離ではその傾向が顕著になっていた.一 方で,後手は能動的に打突を仕かけにくく,最初 に防御を強いられることが多く,250 cm 以下の 近い動作開始の距離でその傾向が顕著になったの である.言い換えると,先手で近い動作開始の距 離のときは能動的に打突を仕かけるために圧倒的 に有利であり,後手は圧倒的に不利になる.そし て,この有利性と不利性は 275 cm 以上の遠い動 作開始の距離でほぼ消失する. (2)打突のしやすさ 動作開始の距離による先手と後手の選択―動作 の内容,特に「打突のしやすさ」「打突のしにくさ」 を検討するために「打突あり」と「打突なし」の 試行の頻度を分析した.その結果,いずれの距離 でも先手の打突ありの頻度が高くなっていた(図 3).そして,150~250 cm の距離では,先手の打 突ありの頻度,後手の打突なしの頻度がかなり高 く, 特 に 150 cm で そ の 傾 向 が 顕 著 で あ っ た. 275 cm でのみ先手と後手の打突あり・なしの頻 度が同程度になった.このような動作開始の距離 による打突あり・なしの頻度への影響は,先手よ りも後手で強くなり,後手は近い距離で打突のし にくさが増していた.先手は 250 cm 以下の近い 動作開始の距離で打突のしやすさを維持して圧倒 的に有利であり,後手は近い距離で打突のしにく さが増大して圧倒的に不利になる.そして,この 有利性と不利性は 275 cm 以上の遠い動作開始の 距離で消失する. 能動的な打突の仕かけやすさ,打突のしやすさ の両方において動作開始の距離による先手と後手 の選択―動作の内容に相違があったのは,序論で 述べたように,打突と防御に必要な反応―運動時 間,能動的・受動的に動作・反応をするときの有 利性・不利性がかかわっていると考えられる.剣 道は 1 回の打突・防御の反応―運動時間が 1 秒以 内と短く,反応―運動時間のわずかな差が重大な 意味を持つ8)9).特に,150~175 cm のように近 い動作開始の距離からは(図 1-①),先手はそ の場から打突できるうえに運動時間が短くなる. 一方で,後手は先手の打突に対して反応時間分だ け遅れて打突しはじめると,先手に一本を取得さ れる可能性が高くなる.したがって,近い距離か らは,先手は打突で開始することが多くなり,後 手は防御で開始することが多くなると考えられ る.また,先手の打突での開始や回数が増えると 後手は防御だけになることもあり,先手の防御が 減り後手の防御が増えることにもなる.特に, 150 cm のように非常に近い距離ではその傾向が 高くなる. さらに,200~250 cm のように一見するとその 場から打突を開始できない距離でさえも,2 つの 分析結果において先手と後手の相違は同様であり 明確であった.これは,「一歩入ってから打つ」「竹 刀を押さえてから打つ」ときのように,準備動作 から主要動作までを短く強い関連のある一連の動 作で実行できる距離では,先手で能動的に準備動 作をすることが主要動作である打突の機会の増加 につながり,後手が受動的に準備動作をすること が打突の機会の減少と防御の機会の増加につなが ることを示している.つまり,主要動作だけでは なく,一連の準備から主要動作において先手が圧 倒的に有利になることを示している.これは,チェ スで観察されるような準備動作を含めた先手の有 利性が剣道でも確認されたことを意味する1). 一方で,275 cm では先手と後手の相違が曖昧 になり始めていた.実際のところ,275 cm 以上 の遠い距離では,先手が能動的に準備動作をした としても,移動に時間がかかりすぐに打突できる 状況にならないため,準備から主要動作を簡単に 強く関連づけることが難しくなる.また,後手は 距離を遠くするなどの対応ができるため,先手か ら後手への影響力が小さくなる.そのため,遠い 距離では先手と後手の有利性と不利性がほぼ消失 したと考えられる. 先行研究において様々な競技で技能レベルの高 い選手が競技特性に応じて適切に選択―動作がで きることが示されている2)14)15).つまり,本研究 において対象とした技能レベルの高い参加者は, 近い距離で先手が先に動作を開始する利点,後手 が後で反応を開始する不利点を経験的に理解して いたはずである.参加者が距離の遠近と先手と後
手の関係を理解して選択―動作をした結果とし て,近い動作開始の距離での先手の能動的な打突 の仕かけやすさや,打突自体のしやすさ,つまり, 攻撃における有利性が顕著に表れたと考えられ る. 2.選択―動作の結果 それぞれの動作開始の距離における先手と後手 の防御の成功・失敗の頻度に相違はなかった.ま た,全ての距離において防御の成功・失敗の割合 にも先手と後手に差異がなく変動も小さかった (図 4-①).しかしながら,防御の失敗の総数に 差異があり,ほとんどの距離で後手の失敗の頻度 が高く,後手は先手の 1.38 倍も防御に失敗して いた(図 4-②).これは先手の能動的な打突の 仕かけやすさ,打突のしやすさ,その結果的とし ての打突の頻度の高さ,後手の能動的な打突の仕 かけにくさ,打突のしにくさ,その結果的として の打突の頻度の低さと防御の頻度の高さなどが影 響し合った結果と考えられる.すなわち,動作開 始の距離による先手と後手の攻撃と防御の選択― 動作の内容や有利性と不利性の違いが,その結果 の打突・防御の成功率の違いにも表れたと考えら れる. 3.競技実践への提言 剣道のような競技スポーツの選択―動作は複雑 で高速で,状況も多様であり,いつどのように選 択―動作をしてよいのかがわかりにくい.本研究 は,距離にして 25 cm 間隔,時間にして 0.2 秒程 度のように動作開始の二者間距離とタイミング (先手・後手)のわずかな相違が,攻撃・防御(打 突・防御)のような選択―動作の内容や結果に大 きく影響することを明らかにした.この発見は, 特に相手を打突する攻防一体型の剣道,空手,フェ ンシング,ボクシングのような競技スポーツの教 育や規則づくりに役立てることができるはずであ る. まず,そのような競技スポーツの指導において, 動作開始の距離とタイミングが攻撃や防御の選択 ―動作の有利・不利に影響すること教えれば,学 習を促進することができるであろう.何が良くて 悪いのかがわかりにくい選択―動作において一定 の基準があることは,指導者にとっても学習者に とっても有益なはずである. また,この発見は競技スポーツの規則づくりに 役立てられる.ある選手やチームは,近い動作開 始の距離から相手よりも早いタイミングで攻撃す ることの有利性を理解したうえで,相手が距離を とる動作を逆手に取り,遠い距離になる前に前進 して攻撃を開始して試合を有利に展開しようとす る.経験豊富な選手がこの利点や不利点を理解し ていることは我々のデータが示している.実際に, 剣道ではそのような選手やチームそして現象が多 いために,高等学校や警察の大会では独自の規則 を定めて,選手を遠い距離まで分かれさせ,円滑 かつ公正な試合の展開を促している.本研究の結 果は,その規則の正当性を示している.学術団体 や研究誌の一つの役割は,よりよい世界を創造す るために科学的データや新たな知識を提供し役立 てることである.本研究の発見が,誰もが公平に 参加しプレイできる規則づくりに役立つことを期 待したい. 試合の展開の公平性について分析結果に基づい て具体的に言及すると,攻撃を仕かけることや攻 撃することにおいて,動作開始の距離 250 cm ま では先手が有利であった.275 cm でも先手がや や有利のように見えるが,これは距離ではなく先 手と後手の動作開始のタイミングが影響している 可能性がある.したがって,鍔ぜり合いから分か れる場面では,開始線間の距離である「280 cm 以上の距離から選手は同期して試合を再開する」 などが公正に試合を再開できる条件なのかもしれ ない.また,「275 cm 以内の距離から先に動作を 開始すると反則になる」などの規則の明文化も必 要かもしれない.しかし,これは推測であり実験 などで証明する必要がある. また,動作開始の距離ごとの防御の失敗(打突 の成功)に相違はなかった.これは経験値と技能 レベルの高い参加者が,実験設定(動作開始の距 離とタイミング)に合わせて適切に攻撃と防御の 選択―動作をした結果である.したがって,たと
えば近い動作開始の距離で後手が必ず打突で試行 を開始しなければならないような実験をすること で,動作開始の距離とタイミング,選択―動作の 内容と結果の関係がより明らかになるはずであ る.今後もこのような研究を継続してスポーツ科 学や剣道の発展に役立てたい. Ⅴ 結論 本研究では,剣道の動作開始の二者間距離によ る先手・後手の選択―動作の内容と結果の変化を 分析した.「能動的な打突の仕かけやすさ」では, 250 cm 以下の近い距離で明らかに先手は打突を 仕かけやすく,後手は打突を仕かけにくく,特に 最も近い距離 150 cm でその傾向が顕著になって いた.「打突のしやすさ」でも,250 cm 以下の近 い距離で明らかに先手が打突しやすく,後手は打 突しにくく,特に最も近い距離 150 cm でその傾 向が顕著であり,後手は距離の影響を強く受けて い た. そ し て, 両 方 の 分 析 で 最 も 遠 い 距 離 275 cm で先手と後手の相違が消失していた.こ れらの結果は,攻撃と防御の反応―運動時間の長 短や,能動的・受動的な準備から主要動作までの 有利性と不利性が,動作開始の距離の遠近とタイ ミングによって変化するためと考えられた.結論 は「動作を開始する二者間距離が 250 cm よりも 近くなると先手の攻撃と後手の防御の頻度が高く なる」,言い換えると,「距離が近いと先手の攻撃 が有利な状況になり後手の攻撃が不利な状況にな る」ということである.この発見は,攻防一体型 の剣道のような競技スポーツの選択―動作の教 育,そして公正な規則づくりに役立てることがで きるはずである. 文献
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