外国語学習における目的意識性の必要
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(2) . 第 21 巻 第 2 号. 北海道教育大学紀要 (第一部C). 昭和46年2月. 外国語学習における目的意識性の必要 小. 名. 褐. 郎. 北海道教育大学函館分校英語科教育研究室. Shi ro ONA :. The Necessity of self‐consciousness. in Learning a Foreign Language. は. じ. め. に. 「とにかく学習 内容と学習者の知的発達との関係を教授学上的確に把握することは緊急に 必 要 である. そうでないと教育方法論が科学的 にうちたてられてこないだ ろう……どのように学習内 容のレヴェルを総合的に生徒の知力にマッチさせていくかが問題であろう」 1 )4ヵ月前 私 は 拙 稿 『英語教育の要件』 の結論部分で, こう書いた i をさく っ . 英語教育において, 教授の 「方法学- て行くこと, 少なくともそれを追求する方向で英語教育を考えて行くこと , これが私の己れに課 した課題 である. すなわち, 単なるあれこれの言語学上の理論ないしは仮説の 英語教育への思 , いつき的応用とか, または, そういった言語理論に基づく体系化された応用 「言語学」 としての 教授法でさえもないところの, それ自体が独立した, 英語教授の 「方法学」 という科学を志向し て行きたいと思っている. その端緒として, 学習内容と学習 者の知的発達との関係の把握という こ と に, 4 ヵ月 前, 拙 稿 で 触 れ た わ け で あ る.. が, こ のこ と は, そ うは い っ て も, 一 朝 一 夕 に 究. 明できるような, しかく生易しい問題ではない. わ が国の英語 の初学者の段階で, その学習内容 と学習者の知的発達との関係は, ことに過程的に見れば, はなはだ複雑だと思う, 英語学習につ いて, 学習者におけるこの外的刺激たる学習内容と内部条件たる知的到達段階との関係, その相 互作用の意義などは, すみやかに考察の対象となるべきものであるが, 今回はその前に, まず, 広く 子どもの成長と言語習 得との関連から見て行こう. 1 . よく多くのひとが, 一口に 「幼児が母国語を習得する方法」 と言う. 例えば, フリーズ教 授はその名著 『外国語としての英語の教 授と学習』 の第1章で, 「われわれの発声器官の筋肉は幼 いときに, 母語の伝統的音声を生みだすのに必要な特種な調節および調節方式に, もっ ぱら慣れ )こ れは母 国 語 の音声 に つい て 言 わ れた こ と であ て しま う」 と い う E. サ ピ ア の 言 を 引 い て い る.2. るが, もちろんフリーズはこれに続けて, 母語の文型・文構造の基本についても同様, 幼児はこ れを無意識裡に, 自動的習慣と化す ることを指摘している, また, スミルノ フ主監の 「ソ ビエ ト の教科書, 心理学」 によれば, 「7歳になり, 子どもが学校へ行くころには, 母語の体系はすで )という に 十分 に習 得 さ れ て い る」3 .. このように, 結果から見れば, 幼児の母国語習得の仕方は, もっ とも自然で無理のない 典型 , 的言語習得法であろう, 外国語の効果的教授と学習に関心を抱く者が, まず一度はこれを念頭に -1 45一.
(3) . VO1 ,21 No .2. f Bduca ion (Sec i ido Uni l of Hokka i t t Journa t on 工C) vers yo. おく の は, も っ と も な こ と で あ る,. Feb . ,1971. し か し, こ の 「幼 児 の 言 語 習 得」 と い う こ と は, そ の 言 葉 の. 印象のように, そんなに簡単なことであろうか. その得られた結果だけに心をぅばわれず, そこ に至る過程そのものに目を向ければ, すなわち, 子どもの言葉の発達をつぶさにたどれば, 結果 だけが何の苦もなく 生じたとは, 一概に言えないことが分かる. 例えば, いまわれわれ自身の周囲の言語状況を考えて, 「学習者も教授者も日常慣れ親しんでい る母国語である日本語は, われわれの生活にとって, いわば空気のような存在であ っ て,われわれ 4 ) の言語行為のなかに, 何の抵抗もなく, 完全に溶けこんでいる」 (前出拙稿 『英語教育の要件』) と い う 事 情 が あ る.. こ う い う 事 情 は, こ れ を 日 本 か ら ソ ビエ トロ シア に 移 し て も, そ の ま ま 同 じ. 言 語状 況 と して 当 て は ま る で あ ろ う.. ロ シア 人 に と っ て ロ シ ア 語 は 「空 気 の よ う な 存 在」 で あ る. だろう. そういう言語社会にあうても, 子どもの言語習得の過程は, 実に長い, 変化に富んだ, すなわち必ず しも容易でない道程なのである. これを, またスミルノ フの 「心理学」 に見てみよ う.. 子どもの音声的反応は, 誕生の日からみられる……新生児の喉頭は, きわめて繊細な軟骨よ りなり, おとなのばあいよりも首の椎骨3つだけ上にある. 喉頭蓋, それに横隔膜も上の方に 位置し, 横隔膜の筋肉部は, まだごくわずかしか発達していない. このようにして新生児の発 5 ) 音器官は, いまだ言語を発するに必要 な状態におかれていない. 1 歳 の 終 り な い し2 歳 の は じめ ご ろ か ら,ル)子 ど も は, 個 々 の 単 語 を 区 別 しは じめ, あ る 単 語. にたいして, それを誰が発音するかにかかわりなく 一定の運動反応を示すようになる…… こ の頃 に, 子 ど も の片 言 も,. じ ょ じ ょ に コ ト バ に 似 た 音 集 合 体 の 発 音 に か わ る よ う に な る.. ここでは, 大人の模倣 が重要な意味をもつ. 子どもに, 「ダー」(イ エス) と言うと, 彼もまた ) 「ダー」 と 言 う. 「ダー ・ ダ ー」 (そうですそうです) と 言 う と き に は, 「ダ ー」 を 2 回 言 う.6 1 歳 半 ご ろ か ら, 子 ど も は, コ トバ の 発 達 の 新 しい 段 階 に は い る.. 単 語 は, こ れ ま で に も あ. る一定の事物の信号となっていたが, ここではさらに, その事物と幾つかの一般的特徴によっ て類似する他の事物をも信号するようになる……子どもは, さまざま の対象に共通な特徴を, コ トバ で そ れ を 指 示 し な が ら, 分 離 す る こ と が で き る よ う に な る.. こ う し て, 子 ど も は 第 2 信. )をその基礎とする新しい原理の活動へとじょ じょに移行しはじめる. 言語を通じて行な 号系b わ れ る 知 識習 得 (そのなかには, 新 しい単語の習得もふくまれるが) のた め の 条 件 が あ ら わ れ る よ う ) に な る. こ の と き か ら, 子 ど も の 単 語 の 貯 蔵 は 急 速 に な る.7 … … 子 ども は, は じ め は, も っ と も い ち じ る しい 音 響 の 差 (母音と子音の差) を 区 別 す る に す. ぎない. その後, 子音の分化がはじまるが, これもはじめは, もっとも差のある特徴が分化さ れる, まず, 操音的子音と流音・鼻音的子音とが区別され……最後に, 喋音内の分化がおこな )とに同時におこなわれ, 一方での われる. これらの過程はすべて, 聴覚分析器と運動分析器o 8 ) 停滞は, 他方での停滞をもたらす. 単語の音韻の分化とともに, 文法的仕上 げがなされる. 格語尾, 動詞の時制が正しく使いわ けられ, 単語は, 性, 数, 格, 等で一致するようになる. しかし, この頃には形の類推にもと ) ・そ れ と と も に, 間 違 っ た い い 回 し も 見 られ る.9 ‐…・ づく さま ざま の 造 語 が あ らわオ1. 大人との言語的コミ ュニケ ーショ ンは, 子どもの認識活動の発 達にきわめて強い影響をおよ l ) o ぼ す.. 7歳になり, 子どもが学校へ行く ころには, 母語の体系はすでに十分に習得されている. 自 分がもつ単 語 の貯えによっ て, 彼は, 自主的に, そして, 大ていは正しく, 自分の思考を表現 -1 4 6一.
(4) . 北海道教育大学紀要 (第一部C). 第 21 巻 第 2 号. 昭和46年2月. する女を作ることができる, しかし, 子どもは, まだ, 首尾一貫し, 幾つかの部分に分割され 1 1 ) た 話 を, 自分 一 人 で 組 立 て る こ と は で き な い.. 学校教育の過程において, 子どものコ トバ の目的志向的な改造がおこなわれる. 語音の知覚 からはじま って, 筋の通った話に使用されるあらゆる言語材の調整が, 改造の対象となる. 子 どもが以前には自覚しなかったようなコ トバ の諸要素が, 自覚されはじめる, こうしてだんだ 2 ) ん と, コ ト バ の 意 識 的習 得 が お こ な わ れ る よ う に な る.1. 引用 が長くなったが, これで, 人が. i f early i i nl e (E r ) .Sap. 的習 得 に た どり つく こ と が, 一 応 分 か る の で な い か と 思 う.. に曲折を経ながらも言語の意識. だ が, ま だ や っ と 「コ トバ の 目 的 志. 向的な改造」 「意識的習得」 に向かいはじめたに過 ぎない. 彼の母語習得の道のりのこれから先 はどうであろうか. 1つ1つの単語を, 個人的経験の範囲をこえて的確に操作できるようになる こと, 表現の正確さや類義語も マスターすること等 々, 学校に通いはじめた子どもには, まだ母 国語 (外国語でないまさに自国のことば) 習得の平坦ならざる道が横たわっ ている, われわれ関係者が, すこしでも易しくて効果ある方法をと思って追求している英語の教授と学 習との関係から, 言語習得法としては一典型と目される子どもの母語習 得 が, 案外に困難を伴っ たものであるということ, いや, それが一定 の困難を伴うものなのに, 一般には自然で無理ない 方法と受け入れられている点に, 私は見逃すことのできないポイ ントが あると思う. すなわち, 平均的にいっ て, われわれの経験のな かで, 年少のころの母語習得が, 困難性の意識と結びつい ては記憶されていないのは何故か, 理由は, それが自然に 身についた社会習慣の一形態である か らなのか, それもあろう. また母語が空気のような存在で, われわれは日常生活の中でそれをす っ かり血肉化しており, こういう環 境で子どもたちも知らず知らずにある程度の困難は克服でき るというのか, それもないとはいえまい. だが, 母語習得に困難性の意識が結びつかない最も重 要で本質的理由はそうではない. 先のスミルノ フ 「心理学」 の不十分な引用からでも分 かるが, 子 ども の こ とを の習得の進展は, 大脳皮質機能の活発化, すなわち子どもの知能の発達に照応し ている, というより, 子どもの知的成長は, 皮質の機能の発達を通して次々とことばのより高度 の習得となってあらわれる. すなわち, ことばの習得の進展は子どもの知能が伸びて行く証しな のである. 子どもの正当な知能の発達は当然彼の母語習得の高度化を伴うのである. かくて, 母 語習得に困難性の意識が残らないのは, その過程での無意識性・無意図性のためであろうという のは表面のことであって, 真の原因は, それが子どもの知的成長と分ち難く結びついているため で あ る こ と が 分 か ろ う.. 育で 2 . 一般に, 語学は幼いときから習いはじめるほ どよいとか, 理想的な語学教育は幼児教 あるとか, 幼児の特定言 語の習熟の早さ, その習得の無抵抗な容易さが説かれることが多い. こ の こ と に関 連 し て,. 私 は, モ ンテ ー ニ ュ の エ ピ ソ ー ド を 引 い た こ と が あ る (拙 稿 『幼 児 期 の 言 語. 1 3 )) 幼 い モ ンテ ー ニ ュ が, 父 の 教 育 熱 心 か ら, 習 得 と 英 語 教 育』 .. フ ラ ンス 語 の 代 り に ラ テ ン語 が. 母語であるような家庭環境が作られたなかで, ラテン語の徹底的な幼児教育・家庭教育を受け, Z誌のめ7 s ”s z dgs e“形“f 大 い に 成 果 が あ が っ た と い う, モ ンテ ー ニ ュ 自 身 が そ の エ ッ セイ Pe rZ. 『子どもの教育について』) に書いていることなのだが, 実は私のそのときの引用意図は, むし ( ろ, い っ た ん大 い に あ が っ た こ の 成 果 が, あ る 原 因 で, た ち ま ち も と の も く あ み に な っ て しま っ 4 )の ほ う に あ っ た, と い う よ り, こ の た と い う, や は り 同 じエ ッ セ イ に 書 き 加 え て あ る 後 日 物 語1 後日 物 語 が加 え られ て い な か っ た な ら ば,. こ の エ ピ ソ ー ドの 意 味 は 私 に と っ て薄 れ て しま う と い -1 47-.
(5) . Vo l .21 No ,2. l of Hokka do Uni Journa i i i i ty of Educat r s ve on (Secヒ on IC). ●1971 Feb , ,. うべきかもしれない. それはともかく, その 「ある原因」 とは簡単なことで, その教育熱 心な天 才児の父が迷っ たすえ, 途中で教育方針を変えたのである. 6歳く らいのとき, 乳呑み児のとき からはじめたラテ ン語教育をやめて, 彼モンテーニ ュ は当時フラ ンスで最優秀な中学校に飛び級 で入学した. 「私のラテ ン語はたちまち退化しました. その 後, 練習不足からすっ かり使えなく 5 ) とい うわけである な っ て しま い ま し た」1 .. こ れ は16世 紀 フ ラ ンス で の 話 だ が, い ま で も, あ る. 年月在外生活をして帰国した幼児について, 似た話を聞かされるであろう. ただし, その際は大 てい, 幼児が両親に比べて, 外国のことばを話せるようになるの がずっと早かったし, また話す の が よ り上 手 で あ っ た と い う こ と に ウ エ イ トを お い て 語 られ る こ と が 多 い.. そ し て, 大 人 に 比 べ. て幼児の特定言語習熟の早さの反面, 環 境が変わった場合のそれの忘失の早さについては, 大方 案外にうかつである. 大人たちもやはりその外国語を忘れてしまうから, そのことをあ まり気に 留めないのであろう. しかし幼児の忘れ方と成人の忘れ方とでは質がちがう. そのことの意味を 考えてみたいと思う. ところで, モ ンテーニ ュのエピソー ドを紹介した私の前の論稿で, 私はすでに, 幼児の特定言 語習熟の早さ・容易さと, 反面その忘失のあっ けなさとの間の振幅 が, 同じ言語環境の変化とい う条件の下での成人のそれよりはるかに大きいこと から, (また, 成人の特定言語習得は多分に内 的外的目的志向性によって果たされるということ から)「幼児の言 語習得過程は成人のそれにとっ )を引きだしている. 私はこの結論を訂正しよう 1 6 て合 理的にあてはまるものではないという結論」 とはすこしも思わないが, この結論にいたる前稿での論証過程の不十分さは補いたいと思う. そ のことによって, .いまあらためて, 前記した世人のうかつだっ た点 (既習得言語の幼児の忘失の 質について) の言語教育における意 義をさぐっ て行こう. ……赤子から幼児期に入って, 言語を通じての対象把握, 対象の観念化・一般化の能力は身に つけたけれども, まだその観念をより高度の抽象観念にまで高めて把握できない段階, こうい った知的発達段階を, 子どもたちは経験するにち がいない. この段階の子どもの言語像は, 成 人の言語像とは大分ちがうのではないか. この段階の子どもの大脳皮質に刻まれた言語像は, いわばまだ虚像なのではないか. 知力がこの事物の抽象化の能力に達していない子どもの成長 時期に習得された言語は, いわばまだ複雑な心理作用には堪えない, また高度の精神活動の要 7 1 ) 因 と は な り 得 な い 言 語 像 な の で は な い か.. すでにお分かりのように, 私の用語・造語はかなり勝手なもので, 従ってそれらによる説明も, ) レトリカルな臆断と決めつけられても文句のいえないとこ ろ で 1 8 大脳生理学の基盤は持たない. あ る. が, 私 が い わ ん と し た こ と を 見 極 め る 意 味 で, い ま す こ し つ き あ っ て い た だ き た い.. この時期 (具体的には就学年令の前後まで) の子どもにと っては, その習得した言語は, さ らに継続的育成保護を加えて行かねば, 以後の知的膨張をそれに盛り, 思考活動をそれによっ てますます活発化して行くにふさわしい真の言語像に強まり広がっ て行かないものであり, も し突然の言語環 境の変化という風雪に会えば, そのきびしさに堪えて生きのびることはま だ非 1 9 ) 常 に 困 難 な も の な の で あ る.. 科学的論拠を持たない弱味が, 私に, 擬人法のような説明手段を採ることを余儀なくさせたが, 私は前出したスミルノフ 「心理学」 に 再度頼って, 私の真意を補強して行きたい. この教科書に, 人間の高次神経活動に関して, 次のような説明がある, コ トバは, 各種の事物を表示するものとして子どものときから何度も繰返されるために, し れらの事物の信号になる. パ ヴロフはこれを信号の信号とよんだ が, それは, コ トバ が, 現実 -148一.
(6) . 第 21 巻 第 2 号. 北海道教育大学紀要 (第一部C). 昭和46年2月. の重要な作用 の信号となる直接刺激そのものを表示することができるからである …… 強力な条 件刺激としてのコトバ の作用は, コ トバ のもつ基本的な特徴であり, 人間社会においてこの独 自な形の信号がいかに大きな意味をもっているかを示している, 人間においては, 事物だけでなく, コ トバも条件信号になりうるという事実は, 人間の行動 の発達, きわめて複雑な形の心理活動の形成に決定的な役割を演ずる. コ トバ は人に, 直接知 覚できる事物を信号するだけではない. コ トバによって人間は, 自分では一度も見たこともな い も の を も 含 め て, あ ら ゆ る 事 物 に つ い て の 知 識 を う け と る.. コ トバ に よ っ て 人 間 は 全 人 類 の. 経験をうけとる, コ トパ, 言語は新しい経験の獲得を測りがたいほど拡大し, 客観的現実の深 い認識を促進する. そ れ と 同 時 に, と く に 重 要 な こ と は, コ トノミは, た ん に あ る 事 物 を表 わ す だ け で なく,. その. 事物の本質的な特徴を分離 (抽象, 抽出) することを可能にし, この特徴をもったものを一般 化するということである……事物の本質的な特徴の抽象あるいは分離ならびにそれの一般化は, 新しい形の条件信号としてのコ トバの重要な特徴であっ て, コ トバ と直接的刺激との相異もこ こ に あ る.. それゆえ, 人間に作用する多種多様な条件刺激は, 2 つの信号系にわけられる. その1つは, 人間に直接に作用する すべての条件刺激 (環境の事物とその特徴) あり, これが人間と 動 物 に 共 通な第1信号系である. コ トバ とコトパ の組合せ, およびこれらを基礎として生ずる結合は, 第2信号系 を構成する. これは人間だけにあるものである, 第2信号系は, 人間の高次神経活動, 信号の分析と総合, 新しい一時的結合の連絡にいちじ 2 0 ) る しい 変 化 を も た らす.. 人間の高次神経活動 -- 大脳皮質部に集っている複雑・精妙な脳神経細胞群の分析・総合活動 一一は, 第2信号系との結合によっ て, さらに精級なものへと進化発達する. 「 ‐一時的結合の形 2 1 )の 成にコ トバ が参加することは, 人間の高次神経活動にとって非常に重要な意味をもっ ている」 である. そして, 大脳皮質の諸領野のうちで, 視覚領, 聴覚領, 運動領などのほかに, 第2信号 系と結合して高次神経活動をま さに人間的なものに特徴 づける言語領が形成された. ミの発生の自然的前提となったものは, 人間の祖先のうちに本能的な音声的コミ ュニケ コトノ ミは, 生物進化の過程におい ー ショ ンが比較的高度に発達していたことである……人間のコ トノ てすで に十分に準備された解剖学的生理学的基礎の上に生まれたのである. )の発達は 発声器官をさらに次第に完全なものにしていった これとともに, 有節語d , , 語音 の発音の発達は, 人間の祖先における下顎の形態および下顎の動き易さの度合の変化, 舌の一 層自由な運動を可能にする口腔の拡大, 発声器官をより動き易くする2, 3の顔面筋の変化等 々 と 関 連 して い る.. 有節語の発達はまた聴覚をもより完全なものにした. この有節語の影響によっ て人間の聴覚 は, 語 音 の 分 析 を い ち じる しく 正 確 に お こ な い う る よ う に な っ た.. 柔軟で高度に分化し, たがいに精細に区別される多様な発声運動が形成され, 語音を耳によ っ ていっそう正確に分析できるようになったことが, 大脳皮質をさらに発達させ, その全構造. 全活動を複雑にした. とくにこのことによって, 言語信号の分析を専門におこなう皮質領野が 発生するにいたった. すなわち, 発声器官の運動から生まれる信号を分析す る 中 枢 (ブローカ 中枢) と聴覚性の言語信号を分析する中枢 (ウェルニッヶ中枢) とである, 有節語の発生はこ のようにして, 労働と並んで, 皮質がその解剖学的な構造においても, その機能においても, -1 49一.
(7) . VO I .21 No .2. l of Hokka i do Uni i i i Journa ty of Educat t ver s on (Sec on IC). Feb , ,1971. 2 ) 2 とくに人間的な特質をうるにいたった第2の主要な要因であった, さて, 人類がその歴史の全期間を経て, 現段階の生物進化上の地点にまで達したように, 個々 人もその正常な言語・思考活動が可能になるまでには, それぞれ成長発達過程の一定の時間的経 過を必要としよう. そして, 個々人の言語・思考活動の成長は, そのな かに, その背景的支えと して 人類進化の全歴史を圧縮した形で具現しながらも, その成長過程 がそれぞれに個別的である. それぞれに具体的である. この個別的であり具体的であるそれぞれの 「成長発達過程の一定の時 間的経過」 の中身を, 個々の活動がそれによっ て導かれ貫かれるところの一般的法則性をさぐる 意味で, 検討 してみよう. 例えを , その 「経過」 の中身の一例として, 概念習得の過程というも の を 考 え てみ よ う.. ス ミ ル ノ フ 「心 理 学」 教 科 書 は そ れ に つ い て, こ う 述 べ て い る.. 人類の歴史的発達の過程で行なわれるところの概念形成とは異なり, 人間の個人的発達の過 程で行なわれるところの概念の習得は, 人々の経験によ っ てすでに作りだされ, 集積されたも のを獲得することである. 子どもは, 人類が概念を作りだすさいに歩んだような複雑な, 長 い 道を歩む必要はない. 子どもが獲得する概念のなかには, 何世紀にもわたる人類の経験が, 結 晶 化 さ れた 形 で ふ く ま れ て い る.. ま わ り の 人 々 は, 言 語 を 通 じ て 彼 と 行 な う コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ. ンの過程において子どもに概念を知らせる. 言語のなかには, 人間の認識活動の総計が定着し 2 3 ) ている. 言語は, 人類の集積した知識を子どもに伝達するための基本的道具である. 概括的にいえばこの通りである. しかし, 子どもがその言語領の分析活動にもと づく思考活動 のあらわれとして概念習得にいたる過程は決して直線コースではない, それは複雑な過程であり, 何より子どもの過去の生活経験に大きく依存する. 知識の体系を子 どもに伝える道具としての言 語も, それが子どもの感性的認識の個別的・具体的資料と結びつかないで, ただ一般的な表示と して止っていては, その概念習得はあまり意味がない. 確たる概念習得とは, その概 念によ って 一般化されている特殊的・具体的なものを知った上で, その概念の関係する事物や現象について の知識総体を把握することであろう. 言語表象に依拠する概念把握の過程には, 生徒・子どもの. 皮質領野 (とくに言語領) の機能の活発化と内面関係を結びあう彼の全生活経験の介在が大きく かかわるであろう. しかし, 概念把握の過程に対するこの生活経験介在の度合は, 概念習得の量 と質とに見合うべきものであ る, つまり反比 例的に相関するものである. そして 先を急いだいい 方をすれば, この介在度の低下消失までにやはり 「(成長発達過程の) 一定の時間的経過」 を必要 とするのであろう. 同時に, この介在度低下は子どもの知能度伸長のあらわれでもあろう. ところで, 生徒・子どもがその皮質領野 (とくに言語領) の機能化の, すなわち知力向上にお ける, ある時点で, その機能化・向上を促 してきたある体系の第2信号系が, 何らかの理由で彼 の生活環 境から突然失われ, 引き続く皮質機能の活発化・知力の向上を, やむなく新しい別の体 系の第2信号系によっ て果たして行くことを余儀なくされたら, そのとき, 彼にどのようなこと が起きるであろうか. すでにこの2の項のは じめで見たとおり, それは, 前の環 境における第2 信号系の体系の急速な忘失ということであった, そして, この忘失はただ急速だというにとどま らず, また徹底したものでもある. 同じ条件の下での成人にももちろん似たようなことは起きる だろうが, 事態はこれほどではあるまい. 別れた前の第2信号系に対して, これほど無心につれ な い 仕 打 ち は と れ な い だ ろ う.. 私 が, す で に 自 分 か ら示 した よ う に, 「こ の 時 期 … … の 子 ども に. とっては, その習得した言語は, さらに継続的育成保護を加えて行かねば……思考活動をそれに よっ てますます活発化して行くにふさわしい言語像に強まり広 がっ て 行かないものであり 云々」 -1 50-.
(8) . 第 21 巻 第 2 号. 北海道教育大学紀要 (第一部C). 昭和46年2月. (注1 9参照)と, かつて書いたのは, 言語領の言語信号分析活動 を, 「言語像」 (またその前の注 ) のところでは 「大脳皮質に刻まれた言語像」 とか 「虚像」 とか) などと誤っ て固定 したイメ 1 7 ー ジに代え てしまっ てでは あったが, この皮質領野の言語領の機能を (この場合はその機能遂行 の不全を) 私な 狭′ こ想定したからであった, この 「不全」 とさきの 「忘失」 とは因果関係にある のではないか. 言語領の機能遂行の度合ないし性質が既習得特定言語 の記憶の問題とも関係して くるであろう. (その機能の性質に関しては後述) 4 )「学校の教育は, 目的志 2 「学校へ入学すると, 子どもの思考の発達はいちじるしく前進する」 )私は この目的志向的な思考活動 2 5 向的な思考活動, 一定の課題への思考活動の従属を要求する」 , への前進が, 子どもの知能伸長, 従って言語習得の進歩を質的に変える1つの契機になるのでは ないかと推察する. 少なくともこの前進がはじま った段階では, 皮質の反射活動にあらわれるこ とばと行動の相互関係は, 従来の具体的形象によっ てなされた直観的性格から, 大きく変 っ て来 ているのではないか. もちろんその変化は学校教育で一挙に得られるものではない. 教師の側の 絶えざる課題追求が, その意味からも必要である. 学校教育の過程のなかで, 子どもは抽象的概念をだんだんと多く知るようになり, じょ じょ に そ れ ら を意 の ま ま に 使 う こ と が で き る よ う に な る.. し か し, こ こ で も, し ば し ば, き わ め て. 大きな困難がともなう. 低学年の生徒は, かれらが習得せねばならない抽象的理論や概念が一 般化しているところの具体的事物から離れて考えるということはなかなかできなし-…・ 低学年においては, 子どもは長くかかっ て, 漸進的にのみ抽象的思考に熟達するのである. かれらの思考活動は, まだ感性的認識, 具体的事物や現象の知覚, あるいはそれらの生き生き とした直観的表象と大きく結びついている. 言語教材の習得, 抽象的概念の獲得にはかなりの成果をあげていても, 低学年の生徒の思考 6 ) は, やは り ま だ, い ち じる しく 直 観 的 な 性 格 を 保 持 し て い る.2. しかし, とにかく, 抽象的思考活動ははじまった. 目的志向的思考活動もすでに行なわれてい る. これは知能発達の, 従って言語習得の, 質の変化である,.従来の思考の直観的性格にもとづ く無意識・無意図な言語習得に, はっ きりと意図的な目的意識的な言語習得とことばの操作の要 素が加わっ てくる. そして, 知能の発達が進み, 具体的対象の分析と総合という過程を通してそ の対象のなかの主要な, 本質的な性質を把握するという, 抽象的思考・抽象的概念操作 に, ます ます習熟して行けば (もちろんその習熟は一挙 には来ないし, 人によ っ てずっと先まで, そこへ の到達は困難かもしれないが) , その習熟の度合に比例して, 言語習得の目的意識が高ま るであろ う. この節の前の前 (この節および前節はそれぞれスミルノ フ 「心理学」 の引用ではじまっ てい る) の 一 節 の 終 り で 断 っ た こ と と 関 連 して, 1つの推定を許していただければ, 皮質言語領の機 能の複雑精妙化・その機能の向上獲得の証左でもあるこの 「習熟」 この 「目的意識」 が, 環境変 化によって働きかけを停止した第2信号系の前体系, すなわちこの際は 子どものときに習得した. 外国語を, 記憶している度合と関係をもつのではないかということである. 大ていの場合子ども たちのこの記憶の見事な喪失は, 否 (記憶の喪失や稀薄化そのものは成人にも起きるのだから) , この記憶喪失の早さ・徹底さは (といいなおさねばなるまいが) 抽象的思考の能力と結び つく言 , 語習得の目的意識性の高まりの未熟によるのではなかろうか. このことの示唆する言語学習上の意味は何であろうか. 繰り返していうが, 思考活動の活発化 , その質的変化と結びついた言語習得・ことばの操作の目的意識性の確立は, それまで主として無 意識に無意図的に行なっ てきた言語活動の急速な拡大発達を保証するものである. (そ してそれは 一1 51-.
(9) . VO . ・21 NO .2. i ミに七 i i i ido Un ty of Educat 1of Hnkka on IC) on ( s めurna ver. Feb . ,1971. 上述のように既習得外国 語の忘失をはばむ保証 でもある.) とすれば, 問題の所在は明白であ ろ う. 言語学習上の目的意識性の確立確保, このことが前面 に引きすえられなければならない, そ れをしないで, 例えば, 外国語の音声や基本構造を身につけるのに, その自動習慣化のための教 授・学習上の技術のみに走れば, その外国語駆使の自動習慣化には至らないで, も しくは至る以 前に, その学習法の自動習慣化のほうに至るという結果を招来しかねない, すでに生徒学生の自 己 パロ ッ ト化の傾向が広くおこっ ている. 言語学習における, 無意識的習熟 への意識的努力が必 要な所以である. 「外国語 (英語) 科」 について, 3 . 昭和44年第3回目の改訂が行なわれた中学校 学習指導要領 文部省初中局視 学官宍戸良平氏が, 改訂にいたる事情について述べたなかに次の個所が ある. また, 第2回の改訂に続く 内容のきびしい精選集約については, すでに教育課程審議会から, 1 )外国語を聞き, 話し, 読み, 書くことにい っそう習熟させる ことができるように, 内容を精 ( )語の 総 3 1文型および文法事項の学年配当をいっ そうなだらかにすること, ( 2 選集約すること,( こらし その徹底 話すことの指導にくふうを 数を減じ, 必修語の数を増すこと, 雑聞くこと, , 7 ) を 図 る こ と な ど が 答 申 さ れ た の で あ っ た.2. こういっ た教育課程審議会の答申内容を, 第3回改訂はどのように具 体化したか. 例えば上の 答申の陽)にある語数はどうなったか. この点について, 同じく 宍戸氏は改訂された内容を解説し た な か で, こ う い っ て い る. こ れ ま で の よ う に, 新 語 の 数 を,. 第 1 学 年 に つ い て は 「お よ そ 300 語 程 度」 と い う 定 め 方 を. すると, 教科書によっ ては, 350語, 380語, 400語, 400語以上と増して, 生徒に大きな 学習負 担 に な る こ と か ら, 第 1 学 年 お よ び 第 2 学 年 に つ い て は 「300語 な い し350語」, 第 3 学 年 に つ い て は 「350語 な い し400語」 と, 数 の 範 囲 を 明 確 に した こ と で あ る. を 減 ら して, そ れ らに 習 熟 さ せ る こ と を ね ら っ た も の で あ る.. こ の よ う に し て, 新 語 の 数. 0語から重複ま 次に, 別表1の語については, その数をふやせという意見が強かったので, 52 たは類似するものな ど8語を削除し, 新たに基本的なものとして98語を追加し, 計610語とし 8 ) た … …2. 別表1の語とはいうまでもなく 必修語のことだから, この解説で分かる通り, 答申の圏は改訂 指導要領のなかに, 忠実に採り入れられているわけである. 、また‘因に限らず, 所謂内容の精選集 約 (この 「集約」 が曲者だが) といい, 文型 」文法事項の学年配当の調整といい, 答申の趣旨は ・ 殊に わが国産業界の外国語教育に対する強い要望の反映で 今回の改訂にみな生かされている. , 4 1は, 指導要領のなかで 「さらに, このたびの改訂におい ては, 生徒の能力や適性 もある答申の( 2 9 )というぐあいに, 現実の生徒の所謂能力差に応じ に応じた教育をできるようにした (宍戸氏)」 適性のない者をも 配慮する (すなわち, そういう生徒には無理強いをしないという形で) こ とを 0 )そのことによっ て逆に所謂能力が高く適性のあると考えられる生徒に対する, 中学校段 指示し,9 階では差し当っ てプラクティ カルな面の, 効率的指導を可能にしよ うという姿勢に, その趣旨が ものの見事に貫 かれている. ところが私には, 今回の改訂は, 外国語 (英語) 科に関する限り, 内容の精選 集約も女・文型 ,文法事項の 学年配当をなだらかにしたことも, また語数に関しても, 結果的には, 全体として の レ ヴ ェ ル ・ ダウ ンに 終 っ た き らい が あ る の で は な い か と 思 わ れ る.. い ま そ の 個々 の 例証 は 省 略. するが, 前述した語い総数の減少とその中での必修語の増加 に関して, いますこし触れてみる. -1 52・一.
(10) . 第 21 巻 第 2 号. 北海道教育大学紀要 (第一部C). 昭和46年2月. (昭和33年) 学習指導要領による 1,100~1,300 語という語 い総数が今回の 従来の第2回改訂・. 改訂で 950~1,100 語に減り, 必修語はそのなかで反対に520語から610語にふえた. 私にはす 2 0鷲雌〃 ” “粥”βα りoGの“” “)」 と い う あ の フ リ ー ズ の 主 張 が 思 ぐ, 「限られた語いの範囲で ( この 「限られた語いの範囲 い浮ぶ. 」 はしかし, 別に数的に明示されているわけではない. (また tern practicぎ で pattern の数をきめてしま そ れ を 数 的 に 明 示 す る な ど で き る こ と で も な い, pat ”t t うなどできないのと同じく) . しかし何れにしろ o opera e the structures and represent the. 1 ) と い う 表 現 は は な は だ 融 通 の きく い い 方 で tem in actual use“3 sound sys ,. そのため の a. l imi ted vocabul ary は 数 が 少 な い ほ ど, そ の 本 来 の 意 に か な う と い う こ と に も な る. 今 回 の 改 訂. で語い数に関し, oral approach の考え方を採り入れたのかどうかは私に断じ得ないが, とにか く 結 果 か ら見 れば, フ リ ー ズ ・メ ソ ッ ドの 語 い の 考 え 方 に 改 訂 は ぴ た り と 添 っ て い る.. ここで注7)の補足部分を見ていただきたい. 中学1年および2年での新語の数各々 3 00~350 は, ふつう1歳の終り ごろの (つまり2歳近い) 幼児が習 得している母語の数とほぼ同じであり, また中学3年間の単語数合計も, 3歳ごろの幼児の習得母語数 (ほぼ 1 ,000) とさして変 わらな いのである. 学習内容の精選集約といい, 学習負担の軽減というが, 上の比較からは, 皮肉の感 を禁じ得ない. 人類進化の全歴史をふまえて人間は現代の言語活動を獲得している. 言語が本来 複雑多岐でかつ融通無凝なものであり. それを ますなわち人知の精級微妙な働きの反映であるとい う面から, 外国語 (英語) 学習をとらえる観点がもっとあっ ていいのではないか, 改訂学習指導 要領に外国語学習の可能性追求の姿勢が弱いことは, 応能教育の採用を打ちだ したこととともに, 特徴的なことに思われる. それが, 世の批判のように, 教育の効率化・特殊英才教育をねらった ものでなければ幸いである, 4 .. す で に 見 て き た よ う に,. ①子どもの母国語の習得 (または母国語と同じ条件での特定言語習得) は, それが, 子ども の生活実態のなかで, 子どもの知能の獲得と切り離しがたく結びついて果たされて行くが故に, ほんとうは容易でないのだが, 自然な無理のない形で進展するものであり, ②生活環境等の急変による-言語習得の結果上の挫折, すなわち新言語環境における既習得 言語の完全忘失は, 子どもの知能の一定の発達と内面関係が あり, 子どもに抽象的思考力が確 保される以前に起こりやすい. 従っ て, 既習得言語の維持にもまたおしなべて言語習得とその 維持拡大には, 目的志向的思考と結びついている言語学習の目的意識性の確立が必要である. 2 ) 宍戸良平氏がいうように, 種々の調査 資料から判断される現在の全国中学校生徒の学力では3 あれも無理これも無理と,も っぱら言語材料の局限化につとめるのはいかがなものであろう. 人類 の知識の宝庫を開く べき外国語の学習である. いま何も中学校1年で英語につい て, 学習目的を ことばの上で理解させねばならないなどというのでは決してない, が, 学習の過程で生徒に, 学 習についての目的意識は確立させて行かねを ならない. 指導する側にこの姿勢が弱いことは問題 とすべきだと思う. そういう教育上の姿勢においてははなはだ弱く消極的であるまま, 世にいう l icy からの教育効率化の追求が行なわれて行くとしたなら man power po ,. 置き去られる生徒の. 学習権はどうなるかというような, 問題の対決的出し方以前のこととしても, 外国語の教授と学 習 の 方 法 を, ことを の真の意味で科学的に正しくうちたてる道ではない .. 外国語学習を目的意識的に追求させるような, その追求を科学的に導くような, 教授法がうち たてられねばならないことを私は痛感する. 第2の言語と しての外国語習得には,その 技能獲得に -1 53- -.
(11) . Vo l .2 .21 No. ion I C) i i f Bducat ido Univer l of Hokka t t Journa on (艶c s yo. Feb . ,1971. ic t t oma は,たしかに無意識的反応力を養う必要 がある. いまその無意識の反応をフリーズ流に au habi ts と い っ て も よ い こ と に し よ う (厳 密 に い え ば, 日 常 の 言 語 活 動 の な か で, 社 会 的 習 慣 と し. て人がそれに従っ ており, ま たそれによって思惟をも行なうところのものでなければ 言 語 上 の. . ik 養 て 所 謂 無意 識的.自 habi ts でないわけだが) , し か しこ の 反 応 力, quc response の 力 を っ ,. 動的といえるところまでもっ て行くには, 学習者の側の意識的努力が必須条件となる. すでに母 国語の強い支配を受けて社会生活を営んでいる中学生の 学習者に, 安易な形でこの反応力を得さ せよ う と して も, そ れ は 無 理 で あ る. そ れ が で き る と 思 う の は 間 違 い で あ る,. 2 の 項 の 終 り で,. 私が 「無意識的習熟への意識的努力」 といっ たのはここのと ころである. この意識的努力の必要で, 所謂丸暗記ということが思い浮ぶ、 それは1つの方 法である, 日本 人中学生にとってこの言語習得には母語習得におけるような生活実践上 の 支えが ないのだから, 理屈ぬきの丸暗記は, ときに どうしても必要である. ひとむかし前は, 英語は謂うところの暗記 ものに属する科目であった. だが, 意識的努力の必要が, いつも生徒の側への丸 暗記の強制とい う形であらわれていいはずはない. それは習うより慣れろの寺小屋方式への逆もどりに通じる. 丸暗記で事足れりとするのは, 教授と学習の科学的方法を探求する道を閉ざすことである. 「無意識的習熟への意識的努力」 は, 常に学習の目的意識性の統御の下に操作されねばならな い, というのは, 教授者と学習者における共 通の目的意識性による統御ということである. これ がなければ生徒のロ ボッ ト化の危険は目に見えている. 学習内容と生徒の知的発 達との関係把握 がこの 「統御」 の保証である, この保証のない統御は単なる精神 主 義にす ぎない. 学習 の過程に おける外的学習事項と内的知力 との相互関係の, その相互作用の, 内面的合法則性によって, 外 国語学習の学習効果が生まれる のである. 外的要因 (学習事項) と内部条件 (知能到達度) との 相互触発の法則の把握, これが外国語教育の科学的基盤である. 内面的合法則性によっ て科学的 に保証された目的意識が効果的で可能な 学習法を生かすのである, われわれは, 「人間と直接に 感覚的に知覚せられる現実との相互作用であるのみでなく, 人間 と, 歴史的発展の進行中に形成され・ 個々人の発達の進行中において人間に習得される ところの 3 )活動の, まさに 3 言葉のなかに客観化されている 知識体系との, 相互作用 である」「人間的思考」 一形態として, そしてその人間的思考とま ったく同様の活動過程をたどる作用として, 外国語の 学習と習得が条件 づけられてあるという事実を, 深く心に留めたいと思うものである. 1) 北海道教育大学紀要 (第1部C) 第21巻第1号, p .66 .. ′zg E7 〆 i chi z乙q”翌“αge z sた 餌 α Foγe省’ gan 2) See C. C. Fr .2 es . ,P gZ ,1945) , (Mi , r如c粥”g α”〆 上伽γ”’. 3) スミルノフ主監, 柴田義松・島至・牧山啓訳, 「ソビエトの教科書, 心理学 (新版) 下」 . , 明治図書, p 53 .. 5 1巻1号, p 4) 前掲北海道教育大学紀要1部C2 ,6 . 5) 前掲書, 「ソ ビエトの教科書, 心理学, 下」 .48 ,p . 6) 同 書, pp .49-50 .. a) この個所は, 前後関係から, 次のように月数になおして言える. 「生後11~12カ月 (1歳の終り) ない し13~1 4カ月 (2歳のはじめ) ごろから」 と. 5の 7) 同書, p .50 , なおこのあと, 子どもの単語習得数増加が 「1歳半ごろまでには, 子どもは10ないし1 00になり, 3歳になる頃には, ほぼ 1 00 単語を習得しているが, 1歳の終りごろには, それが約3 , 4歳 ,0 になる頃には約 2,000, 5 歳 に な る 頃 には 2,500 語 に な る」 (p.51,) と でて い る. b) 第2信号系とは, 人間に直接作用する刺激に対して, その直接刺激を信号する言語信号のこと. 後出の 注2 0)を参照のこと, 8) 同書, P .51 . c) 大脳皮質の言語領に聴覚性の言語信号を分析する中枢と発声器官の運動から生まれる信号を分析する中 -154-.
(12) . 第 21 巻 第 2 号. 北海道教育大学紀要 (第一部C). 昭和46年2月. 枢とがある. 聴覚分析器, 運動分析器とはこのこと. 後出の注2 2)参照. 9) 必然 1 0) 同書, p .53 . 1 1) 肪劫. なお, ここのはじめの女は注3)に前出. 12) 同 書, pp.53-4 . 13) 「函館英文学区」 所載. なお, エ ピソー ド部分は同書の pp.10-11 . 1 4) 同書, p 1 参照. .1 1 5) 原二郎訳, 「モンテーニュ1」 30 .1 , 筑摩書房, p . 1 6) 前掲 「函館英女学区」 .15 ,p . 1 7) 同書, P .14 . 1 8) 注1 7)のような説明のあとに私は 「……あるいは大脳皮質そのものがまだその刺激にふさわしく成育して いないのかもしれないが」 と付け加え, そこに注をほどこし, この一連の説明の仕方に対して, 「大脳生理 のこの点に関しては, 専門家のご教示を得たい」 とことわ っておいたことを諒とされたい. 19) 前掲 「函館英文学I X」 ,14 ,p , 2 0) スミルノフ主監, 柴田義松・島至・牧山啓訳, 「ソ ビエトの教科書, 心理学 (新版) 上J . , 明治図書, pp 61-2 .. 2 1) 同書, P .64 . 22) 同書, pp 9 .98- . なお 「第2の主要な要因」 とは 「労働は, 人間が形成され, 人間の意識が発生する第1 のそしてもっとも主要な要因であった」(p .95 .) を受けている. ・トパの主要な特質は, 区切りのは っきりしていること (有節性) にある. コトバは, 個々に d) 「人間のコ 区別される要素--音, 文字, 形態素一一に分けられ, それら要素はまた, さま ざまに組合されて, 複雑 な合成物--単語--に統合され, 単語はまた相互にさまざまに結びあわされる, 限られた数のさまざま の複雑性をもった要素 (音, 音節, 単語, 文) から, どんどんと新しい組合せがつくられ, それは無限に つづく. コトバのこのような複雑な多段階的有節性が, 人間の思想・意志・感情を表現するきわめて広い 可能性を開いているのである. 」(スミルノフ主監 「心理学下」 ,p .8 ,) 23 ) 同書, p .297 . 4) 同 書, p.351. 2 2 5) 必然, 26) 同 書, pp .353‐4 .. 2 7) 吉富一縞, 「改訂中学校学習指導要領の展開, 外国語 (英語) 科編」 , 明治図書, p .10 . 28) 同書, p .22 . 0 29) 同書, p .1 . ) 改訂中学校学習指導要領 「外国語 (英語) 科」 第2 「各学年の目標および内容」 英語 〔第3学年〕 3 「内 30 容の取り扱い」 に, 1 2 ( } 内容{ )のイおよびェのうち, ※印を付した事項は, 生徒によっては, 軽く取り扱ってもよい. (なお, イ文型の{ ゥ )国防)㈲に, エ文法事項の” ) )に, それぞれ※印がついている, [ ) ウ防翼力 2 2 ( )のウにより別表1に示す語および別表2に示す連語のうちから選択したもの以外のものは, 生 ) 内容の( 徒によっては, 軽く取り扱ってもよい. (表に指示した語と連語の第3学年に配当したもの以外はどの生徒にも無理じいするということはいらない ) という趣旨. また第3 「指導計画の作成と各学年にわたる内容の取り扱い」 に, 3 各学年の内容を取り扱うに当たっては, 地域や学校の実態および生徒の能力・適性等に応じて, その程 度や進度を考慮し, 適切に指導することが必要である. 1 4 第2の英語の第3学年の3の( 2 }および( )の 「生徒によっては」 とは, 学習の遅れがちな生徒を意味して おり, 生徒の実態に応じて適切に指導するように配慮する必要がある. などと見えている. 31) OP .3 . メム,p .. 32) 前掲書, 「改訂中学校学習指導要領の展開, 外国語 (英語) 科編」 10 参照. , pp .9- 33) ルビソシュテイ ン著, 石田幸平訳, 「思考心理学--その研究方法÷÷」 .17‐8 , 明治図書, pp .. -1 55-.
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