主張過程における当事者の情報提供義務 : 「情報独占」の局面における規律について
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(2) 横浜国際経済法学第15巻第3号(2007年3月). きない状況にあるときに,主張責任による敗訴という不利益を課すことは,正 当化できないと考えられるからである3)。. 主張責任と弁論権の実質的保障との関係をめぐっては,とりわけ,次のよう な問題が重要であると考える。第一は,どのくらい具体的な主張をすれば,主 張責任を果たしたことになるのかという「主張の具体化」をめぐる問題である・〉。. 抽象的主張を相手方が争わない場合には,それ以上に主張を具体化する必要は ないと解されている5)。したがって,理論的には,相手方が抽象的主張を争う. 場合(典型的には,単純否認をする場合)に初めて,主張責任を負う当事者はし 主張を具体化しなければならなくなる。なお,要求される具体化の程度は,相 手方の防御の利益や審理の効率性などといった事情を考慮して,個別具体的に 判断されると解されている6)7)。. 主張を具体化することによって,事件に関する情報が,相手方(および,裁 判所)に対して提供されるという側面に着目すると8),主張責任を負う当事者 は,特定の法律要件を争点(となりうる問題)として呈示する役割だけでなく, 当該法律要件に関わる情報を提供する役割も担っているということができる9)。. 第二は,第一点とも密接に関連するが,主張責任を負う当事者が,要証命題 に関する情報を保有していない場合をめぐる問題である。主張の具体化につい て,「要求される程度の具体化がなされていない主張は,不適法として却下さ れる」という規律を前提とすると,主張責任を負う当事者が,情報を保有して いない場合には,主張を具体化することができず,その結果,最終的には敗訴 することになる。ここで問題となるのは,情報の不保有について当事者に二三. 性が認められない場合であっても,このような規律を適用することが,正当化 できるのかということである。このことは,とりわけ,主張責任法理によって. 利益を受ける当事者(主張責任を負わない当事者)が,要証命題に関する情報 を独占的に保有している場合に問題となる。. 本稿では,一方当事者が,要証主題に関する重要な情報すべてを独占的に保 有している場合を,「情報独占」がある場合として,これを検討の対象とする。 2.
(3) 主張過程における当事者の情報提供義務. このような場合には,当事者が弁論権行使の前提として行う,情報収集をめぐ る問題が,顕在化することになる。. 民事訴訟の審理における情報収集の手段としては,証拠調べを利用すること が考えられる。これは,いわゆる「模索的証明」と称される方法である10>。具. 体的には,抽象的な要証命題について,証拠調べを実施し,そこから得られた 情報に基づいて,主張を具体化することになる。もっとも,主張責任を負う当. 事者が,証拠方法の存否・内容に関する情報を保有していない場合には,模索 的証明ですら,実施することは期待できない。また,特に,証人尋問について は,証人の不利益やコストの大きさに鑑みると,安易に模索的証明を許容すべ きではないということができる。さらに,情報収集のみを目的とする証拠調べ の適法性および有効性それ自体が,問題となるであろう。. 証拠調べの前段階の主張過程における情報収集の手段としては,相手方に対 して情報提供を要求するという方法が考えられる。これは,いわゆる「解明義 務」をめぐる議論(以下,解明義務論とする)と関連する11)12)。すなわち,主. 張責任を負わない当事者が要証命題に関する情報を独占的に保有する場合に は,一定の要件のもとで,主張責任の所在とは関係なく,情報を保有する当事 者に対して,行為義務(以下,情報提供義務とする)を課すべきであるという. 議論である。解明義務論においては,主張責任を負わない当事者に情報提供義 務を課すことを正当化する根拠が,検討されるべき重要な問題となってくる。. 以上のような問題群のうち,本稿では,主張責任を負う当事者の弁論権を実 質的に保障する必要性が特に認められる情報独占の局面について,当事者に対 して,主張責任の所在とは関係なく,「情報」13)の提供を要請する規律の正当 化根拠を中心に,考察を加えることとする。. 本稿は,次のように構成される。まず,わが国における解明義務論の展開を. 簡単に整理し,従来の議論の問題点を抽出する(二)。次いで,実体法上の情 報請求権をめぐる議論状況を整理し(三),そこから得られる示唆を明らかに したうえで,主張過程における情報提供義務をめぐる規律について,検討を行 3.
(4) 横浜国際経済法学第15巻第3号(2007年3月). う(四)。そして,最後に,今後の議論の方向性について,若干の展望を示す こととする(五)。. 二 解明義務をめぐる議論 本章では,解明義務をめぐる議論状況を簡単に整理したうえで(1),従来 の議論の問題点を明らかにし,主張過程における情報提供義務の正当化根拠を 考察するために有益であると考えられる分析視角を示すこととする(2)。. 1.議論状況 主張責任を負わない当事者による情報独占が存する場合には,一般に,その 者は,相手方の情報の不保有,換言すれば,自己が情報を独占的に保有してい ることを認識しているため,相手方に対して,情報を提供するインセンチィヴ を有しない状況にあるといえる。なぜならば,通説的な主張責任法理を前提と すると,主張責任を負わない当事者にとって,自己が敗訴しないためには,相 手方の抽象的主張に対して単純否認をするだけで足りるからである。. このような主張責任を負わない当事者の消極的な行動選択は不当(ないし,. 違法)であるといった問題意識に基づいて,とりわけ,医療過誤訴訟や公害訴 訟などのいわゆる現代型訴訟を念頭において,主張責任を負わない当事者に対 して,一定の行為義務(解明義務)を課すべきであるという議論が展開されて いる。主張過程においては,「陳述義務(否認の理由付け・具体化義務)」(場. 合によっては,証拠提出義務)を課すべきであるか否かという形で問題となっ てくる。. わが国の解明義務論は,ドイツ法の議論14)の影響を強く受けたものである。. そこでは,主張責任を負わない当事者に対して,一定の要件のもとで,「事案 解明義務」(春日説)15)や,「具体的事実陳述=証拠提出義務」(松本説)16>な. どという情報提供義務を課すべきであるという見解が,主張されている17)18)。 4.
(5) 主張過程における当事者の情報提供義務. このような議論は,批判はあるものの19),その方向性については,概ね肯定的 に受け入れられているということができる20>・・)。. これらの見解は,情報の独占(情報への近接性〉という事実的な要件に加え,. 情報提供についての「期待可能性」という規範的な要件を設け,主張過程にお いて,主張責任を負わない当事者に対して,一定の情報提供義務を課すという 点で,共通しているということができる。ここで検討されるべきであるのは, そのような要件をみたす場合に,主張責任を負わない当事者に対して情報提供 義務が課されることの正当化根拠である。 、先行研究の分析22)によると,「事案解明義務」や「具体的事実陳述=証拠提 出義務」は,「当事者の権利保護i(の機会の実質的保障)」,「真実発見」,「当事. 者間の実質的対等性の確保」などという根拠に基づいて正当化することができ る。しかしながら,いずれの正当化根拠も内容が抽象的であり,また,各々の 関係も明らかであるとはいえないため,これらの実質的な内容を明らかにする 作業が,必要となると考えられる23)。. そこで,次男では,従来の解明義務論の問題点を指摘するとともに,解明義 務(とりわけ,情報提供義務)の正当化根拠について,検討を加えることとす る。. 2.解明義務論の問題点 前節で整理したわが国の解明義務論は,「主張責任の所在という訴訟上の地 位を基準として,主張責任を負わない当事者であっても,一定の要件をみたす ときには,例外として,情報提供義務を負う場合がある」どいう考え方による ものである。これは,換言すれば,丁主張責任を負わない当事者は,原則とし て,主張過程において,相手方に対して情報を提供しない自由(以下,情報秘 匿の自由とする)を有する」という考え方に基づく議論であるといえる。しか し,そもそも,主張責任を負わない当事者の情報秘匿の自由を前提とする考え 方それ自体について,検討の余地があるように思われる。. 5 コ.
(6) 横浜国際経済法学第15巻第3号(2007年3月). たしかに,弁論主義が適用される民事訴訟の審理では,当事者は,原則とし て,ある情報を提出するか否かを,自由に決定することができると解されてい る。しかしながら,このような決定権能は,相手方が,当該情報について,有 体物に対する所有権に相当する,一種の財産権を有しているような場合には, 認められないと考えるべきではなかろうか24)。たしかに,情報は,有体物とは. 異なり,特定可能性や排他的支配可能性が大きくなく,所有権の客体となりう るか否かは問題となる25>。しかし,三でみるように,一定の実体的法律関係に. ある当事者は,相手方に対して,情報提供義務を負う場合があり,この場合に は,実体法的な帰属ルールに基づく,当事者間における情報の分配が問題とさ れているということができる。すなわち,情報の保有者(以下,保有者とする) と情報が帰属すべき当事者(以下,帰属主体とする)との法律関係によっては, 一方当事者が清高を独占的に保有することは認められないのである26)。したが って,民事訴訟の主張過程において保有者が晴報を提:供しないこと27)は,一定. の場合には,帰属主体に保障されている弁論権行使を妨げる,許容されない行 動選択として評価されることになると考えられる。. 以上のように解することができるとすると,民事訴訟σ藩理における当事者 の情報秘匿の自由は,実体法上の情報提供義務が課される範囲で,制約された ものであるということができる。主張責任という訴訟上の地位を基準とする従 来の議論枠組みでは,情報の帰属をめぐる問題が,背後に退くことになる。主 張過程における情報提供義務の規律を明らかにするためには,主張責任の所在 とは切り離し,情報の帰属という視角から,当事者間の実体的法律関係(情報 の保有者と帰属主体との法律関係〉について,検討を行う必要があるように思 われる。. 従来の解明義務論においても,当事者間の実体的法律関係は,「期待可能性」 要件の一要素として考慮されていたといえるが28>,より直裁に,.情報の帰属・. 分配をめぐる当事者間の実体的法律関係が,検討の対象とされるべきであると 考える。これは,実体法上の情報請求権の根拠をめぐる問題と,密接に関連す 6.
(7) 主張過程における当事者の情報提供義務. る。そこで,三では,わが国における実体法上の情報請求権をめぐる議論につ いて,検討を行うこととする29)。. 三 実体法上の情報請求権をめぐる議論 本章では,わが国における実体法上の情報請求権をめぐる議論を整理する6 まず,訴訟法的観点からの議論についてみたのちに(1),実体法的観点から の議論についての紹介・検討を行うこととする(2)。. 1.訴訟法的観点からの議論 実体法上の情報請求権について,訴訟法的観点からの従来の議論は,訴訟に おける実行手続に重点を置いたものであったということができる。本稿では, その代表的な見解である春日説30)を採りあげる。春日説は,情報独占の場合に. おいて,事案解明を促進すべきであるという問題意識に基づいて,「段階訴訟 (Stufenklage)」31)の機能・許容範囲をめぐるドイツ法の議論を参照して,次の ように論じる。. すなわち,実体法上の情報請求権には,訴求しようとする請求権の「存在」 を明らかにする機能を有する「転用型」の情報請求権と,権利の存在を前提と して,その権利の「範囲」や「内容」を明らかにする機能を有する「本来型」 の情報請求権とがあるとする32)。そして,ドイツ法においては,段階訴訟は, 「本来型」の情報請求権を行使するために創設されたものであり,「転用型」に. 関しては,積極的に活用しようとする傾向は著しいものの,実行手続について は,満足的仮処分の方法が利用されている状況にあることを紹介する。そのう. えで,わが国において,段階訴訟に代替する情報請求権の実行手続として, 「順次的併合」という訴えの併合形態の導入(民訴法136条の類推適用)33)や, 「転用型」についての満足的仮処分の積極的活用34)を主張する。. 以上のような春日説は,実体法上の情報請求権が「審理の充実や紛争の和解 7.
(8) 横浜国際経済法学第15巻第3号(2007年3月). 的解決のためにも間接的に影響を及ぼしていること」35)を指摘し,情報請求権. の積極的活用を唱える点については,意義が認められる。しかしながら,春日 説は,もっぱら,情報請求権の実行手続に焦点を合わせた議論であり,また, 情報請求権(情報提供華務)は,損害賠償請求などの訴求請求権に対して,あ くまでも附属的なものにすぎないという考え方を前提とするものであるといえ る36)。そのため,実体法上の情報請求権(情報提供義務)の正当化根拠につい ては,若干の言及はあるものの37),本格的な検討はなされていない。. 実体法上の情報請求権(情報提供義務)の正当化根拠・内容については,検 討の必要性は指摘されてきたものの38),これまで十分な議論がなされてこなか ったということができる。. 2.実体法的観点からの議論 近年,情報提供をめぐる当事者間の法律関係や情報の帰属といった視点から, 実体法上の情報請求権(情報提供義務)に関する規律を検討する研究39)が公表 された。. この研究は,「将来のリスクについての情報提供義務」とは区別される,「法. 律関係(とりわけ,契約〉の一方当事者が他方当事者に対して,既に行った行 為に関して事後的に情報を提供する義務(報告義務・顛末報告義務)」40>につ. いて,わが国において,その根拠・内容・機能を明らかにすべきである,とい う問題意識の下で,ドイツ法における情報請求権(事後的情報提供義務=報告. 義務・顛末報告義務)をめぐる議論(立法過程・学説・裁判例)の詳細な紹 介・分析を行うものである。. ドイツ法においては,ドイツ民法典(BGB)成立以前から,「権利者が自己 の権利に関する情報を十分に有していないために,それを行使・実現すること が困難であり,義務者のみがそれに関して正確な情報を与え得ることを本質と する法律関係においては,義務者による権利者に対する(事後的な)情報の提 供を広く義務づけるべきである」という主張がなされていたことを指摘し,ド 8.
(9) 主張過程における当事者の情報提供義務. イツの学説・裁判例において,「個別の根拠規定がない場合についても,当事. 者間に,義務者による権利者に対する事後的な情報の提供が,その性質上要請 されるような法律関係があることによって,報告義務・顛末報告義務が基礎づ けられている」ということを明らかにする41)。そのうえで,情報請求権(事後. 的情報提供義務)が認められる当事者間の法律関係を,次のように,二つの類 型に分けて整理する。. すなわち,「事務の本人の利益擁護を要素とする他人の事務を処理する法律 関係」(以下,【利益擁護型】とする)という類型42)と,「その本質上,権利者. は,帰胃性なしに自己の権利の存在と鞄囲について知らず,これに対して,義 務者は,そのような情報を容易に与えることができるような法律関係」(以下, 【主請求準備型】とする)という類型43)である。. 【利益擁護型】においては,「事務の本人自身は,事務処理を行っていない ことから,必要は情報を有していないのに対して,他人の事務を処理する者は,. 自らが行った事務処理に関する情報を有しているという状況」にあり,このよ うな状況の下では,馳 u本人が,他人の事務を処理する者に対する請求権行使の. 準備(主請求準備)をしたり,事務処理をコントロールすることを可能にする ために,他人の事務を処理する者の事務の本人に対する,事務処理の評価(事. 務処理の正当性についての情報)をも内容とする事後的情報提供義務(報告義 務・顛末報告義務)が基礎づけられている」という44)。当事者間の実体的法律. 関係が【利益擁i轡型】に該当する場合には,義務者が権利者に対して提供すべ き情報の内容は,「単なる事実の報告」だけでなく,「事務処理の正当性につい ての情報」も含まれることになる。. 他方,【主請求準備型】における情報請求権(事後的情報提供義務)は,「主. 請求準備のために必要な情報は,原則として権利者が自力で入手すべきである という規律」(以下,自己収集原則とする)の例外として位置づけ,「情報を有. していないことについて権利者に帰理性がない限りで,主請求の発生を基礎づ ける事実があることによって当事者間の法律関係が構成される場合」に認めら’ 9.
(10) 横浜国際経済法学第15巻第3号(2007年3月). れるとする45)。具体的には,「その本質上,権利者は,帰責性なしに自己の権. 利の存在と範囲とについて知らず,これに対して,義務者は,そのような情報 を容易に与えることができるような法律関係」46)にある場合に,情報請求権 (事後的情報提供義務)が認められることになる。そして,ドイツの判例法理 の検討を通して,「情報提供の容易性」は,「情報入手の可否や必要となる情報. の多寡といった情報提供の事実的な難易」だけでなく,「義務者の秘密保護利. 益」に鑑みて,情報提供が「法的に期待可能であるか否か」といった事情も顧 慮して判断されるという47)。. 以上のような分析に基づき,実体法上の情報請求権(事後的情報提供義務) を,個別の根拠規定の有無にかかわらず,実質的な考慮によって,日本法でも. 積極的に基礎づけていくべきであると主張する。この見解によると,【利益擁 護型】と【主請求準備型】とのいずれの場合にも,情報提供義務は,当事者間 の実体的法律関係それ自体によって,基礎づけられることになる。なお,この 見解は,とりわけ,【利益擁護型】については,情報それ自体が有する財とし ての価値に着目し,実体法的な帰属ルールに則った情報の分配がなされるべき であるという問題意識に基づいて,当事者間の法律関係を分析するものとして 位置づけることができると考えられる48)49)。. 四 検討 本章では,以上の検討から得られる示唆を明らかにしたうえで(1),主張 過程における情報提供義務の規律内容について若干の検:討を加える(2)。. 1.示唆 三までの検討から,主張過程における情報提供義務を分析するうえで有益と 考えられる示唆を整理すると,以下のとおりである。. 第一に,実体法上の情報請求権についての明文規定(カタログ)が豊富であ 10.
(11) 主張過程における当事者の情報提供義務. るドイツ法であっても,情報請求権が認められるか否かは,当事者間の法律関 係の内容を実質的に評価して判断されている。したがって,情報請求権のカタ ログが豊富でない日本法においても,明文規定の有無とは関係なく,当事者間. の法律関係を実質的に評価することによって,実体法上の情報請求権(情報提 供義務)を積極的に認めることができると考えられる。このような理解による と,訴訟上の解明義務に対する批判の根拠の一つとして,情報請求権のカタロ グがないことを援用するわが国の議論50)は,必ずしも適切ではないことになる であろう。. 第二に,実体法上の情報請求権(情報提供義務)は,当事者間の実体的法律 関係それ自体から派生するものであって,当事者間に契約関係が存在するか否 か(または,契約が終了しているか否か),および,当事者間で訴訟が係属し ているか否か,といった事情とは関係なく,認められるべきものである。. このような理解を前提とすると,当事者が,実体法上の情報請求権そのもの を本案とする訴えや仮処分を提起することは当然に認められるであろうが,損. 害賠償請求権などを本案とする民事訴訟の主張過程において,実体法上の情報 請求権を行使することも認められてもよいように思われる。実体法上の情報請 求権を行使する局面が,公権的な判断が背後に控えている民事訴訟の審理の場 であるにすぎないと考えることができるからである51)。このような議論は,民 事訴訟の主張過程を当事者間の情報流通過程そのものとして捉える考え方52)に. 基づくものであり,主張過程に,「要証命題の画定」とは異なる機能・意義を 見いだす議論を展開するための端緒となりうるように思われる53)54)。. 第三に,第二点と関連するが,実体法上の情報請求権(情報提供義務)の正 当化根拠は,当事者間の実体的法律関係それ自体に求めることができる。当事 者間の実体的法律関係は,相手方への情報の提供が本来的に要請されている法 律関係(【利益擁護型】)と,主請求の発生を基礎づける事実から派生する法律 関係(【主請求準備型】)とに類型化して考えることができる。. 11.
(12) 横浜国際経済法学第15巻第3号(2007年3月). 2.規律内容 本節では,実体法上の情報請求権をめぐる議論からの示唆を手がかりとして, 当事者間の実体的法律関係を,【利益擁護型】と【主請求準備型】とに区別し,. 主張過程における情報提供義務をめぐる規律内容について,若干の検討を行 うQ. (1)【利益擁護型】. 当事者間の実体的法律関係が【利益擁i護型】に該当する場合には,損害賠償 請求などの本案とは独立して,当事者間の実体的法律関係それ自体に基づいて, 義務者(被告)は,権利者(原告)に対して,情報提供義務を負うことになる。. 典型的には,医師と患者との関係などが,【利益擁護型】に該当する法律関係 であるといえる。したがって,医師は患者に対して実体法上の情報提供義務を 負っている55)と同時に,損害賠償請求を本案とする医療過誤訴訟においても,. 被告である医師は,原告である患者に対して,情報提供義務を負うことになる のである56)。,【利益擁護型】の情報提供義務(情報請求権)の成立要件は,自. 己収集原則が適用される【主請求準備型】とは異なり,「当事者間の法律関係 が【利益擁i護型】に該当する」ということだけであり,それ以外の特別な要件 は要求されないと考えられる。【利益擁護i型】の場合には,情報の保有者(被. 告)と帰属主体(原告)とが異なっており,情報提供義務は,そのズレを調整 する機能を果たすることになる。. 【利益擁護型】に該当する法律関係の当事者間において,すでに,損害賠償 請求を本案とする訴訟が係属している場合には,四1.で指摘したように,その 訴訟内において,情報請求権を行使すること(情報提供義務を履行すること) が,当事者(および,裁判所)にとって,最もコスト(負担)を要しない効率 的な手続であるように思われる57)。具体的には,主張過程において,権利者で. ある原告が,「主張の具体化」の中で情報請求権を行使し,それに対して,義 務者である被告が,「否認の具体化・理由付け」の中で必要な情報を提供する 12.
(13) 主張過程における当事者の情報提供義務. といった手続が考えられる。これは,民事訴訟の主張過程における当事者間の 主張と否認というやりとりそのものを,実体法上の権利主張と義務履行のプロ セスとして捉えるという考え方に基づくものである。. 【利益擁護型】の場合には,義務者である被告が権利者である原告に提供す べき情報の内容として,「単なる事実の報告」だけでなく,「事務処理の正当性. についての情報」も含まれるという理解を前提とすると,否認する際に,相手 方の主張のどの点を争うのかという,要件事実的な意味において,要証命題の 画定に寄与する情報を提供するだけは足りず,自己の行為の正当性を積極的に (場合によっては,証拠を呈示しつつ)説明することが要求されているという ことができる。. 【利益擁i護型】における情報提供義務違反の効果については,証明妨害行為 に対するサンクションをめぐる議論58)が参考となるように思われる。主張過程. における情報不提供(情報提供義務の不履行)は,相手方の立証活動を直接に 妨害するものではないが,弁論権行使の前提としての情報収集を妨げる不当な. 行為と評価することができる。したがって,「実体法上の義務違反の効果とし て,訴訟法上の不利益を課す」という趣旨に基づく証明妨害行為に対するサン クションの規律59)を,この局面においても適用することができるように思われ る60)。具体的なサンクションとしては,さしあたり,要証命題である主張事実. についての擬制自白の成立や証明責任の転換などが考えられるが,さらに詰め て検討する必要がある。. (2)【主請求準備型】. 【主請求準備型】に該当するのは,本案である損害賠償請求を根拠づける事 実(典型的には,不法行為と評価される事実)によって,当事者間に法律関係 が成立している場合である。原告が要証命題に関する情報を保有してないとい う点では,【主請求準備型】と【利益擁護型】とは共通しているといえるが, 自己収集原則が適用される【主請求準備型】の被告が保有する情報は,【利益. 13.
(14) 横浜国際経済法学第15巻第3号(2007年3月). 擁護型】の場合とは異なり,原告に当然に帰属すべきものであるとはいえな い。. しかし,【主請求準備型】の場合には,被告(義務者)が,先行行為(権利 侵害行為)によって主請求を発生させ,原告(権利者)に,情報の必要性を発 生・増大させているという事情61)が認められる。したがって,情報不保有につ. いて,原告に沈丁性が認められないのに対して,情報提供について,被告に期. 待可能性が認められる場合には,被告が,原告の情報不保有を奇貨として勝訴 判決を受けること,すなわち,情報の独占的な保有によって利益を受けること は,当事者間の信義則に反するということができるように思われる62)。【主請 求準備型】における情報提供義務の正当化根拠は,最終的には,「(原告の)権. 利保護」という要請に帰着するであろうが,より実質的にみると,被告の先行 行為に基因する当事者間の法律関係に求めることができる。. 【主請求準備型】において,被告の情報請求義務が認められるためには,① 被告の先行行為の存在,②情報不保有についての二丁性の不存在(原告の事情),. ③情報提供についての期待可能性(被告の事情)という要件を充たしている必 要があると考えられる。もっとも,①については,本案の審理と重なるため, 主張過程における情報提供の場面においては,厳格な証明を要求すべきではな いように思われる。また,②と③については,原告の「情報取得利益」と被告 の「秘密保護i利益」との衡量が必要となるが,最終的には,具体的な局面での ケースバイケースの判断とならざるをえないであろう63)。. なお,主張過程における情報請求権の行使方法と義務違反のサンクションに ついては,前項で示した【利益擁護型】の規律が,【主請求準備型】について も適用できるのではないかと考える。. 五 おわりに 以上みてきたように,当事者間に,一定の実体的法律関係,具体的には, 14.
(15) 主張過程における当事者の情報提供義務. 【利益擁護型】または【主請求準備型】に該当する法律関係が認められる場合 には,そのような法律関係それ自体:によって,主張過程における情報提供義務. が基礎づけられることになると考えられる。本稿で示した主張過程における情. 報提供義務をめぐる規律内容は,結論的には,従来の解明義務論において主張 されてきたものと大差はないといえるが,当事者に弁論権が認められることの 裏返しである「情報秘匿の自由」に対する基本的な考え方が異なっているとい うことができる鋤。. すなわち,二2.で指摘したように,従来の解明義務論は,主張責任を負 わない当事者に情報秘匿の自由が認められていることを前提とするものであっ たのに対して,本稿の立場は,実体法上の情報請求権(情報提供義務)が認め られる範囲で,当事者間に訴訟が係属するか否か,および,当事者が主張責任 を負うか否かにかかわらず,情報提供義務を負う当事者が有する情報秘匿の自 由は,制約されたものであるという理解を前提とするものである。実体法上の. 情報請求権(情報提供義務)は,弁論権行使の前提としての当事者による情報 収集のレベル,換言すれば,主張責任法理では規律されない領域における問題 であり,とりわけ,情報の保有者と帰属主体とが異なる【利益擁護型】や,一 方当事者による情報の独占的な保有を認めるべきでない【主請求準備型】にお ける当事者間の情報提供は,主張責任の所在という訴訟上の当事者の属性とは 切り離して,規律されるべきであると考える。. このように,民事訴訟における当事者聞の情報提供をめぐる問題は,実体法 と訴訟法とが交錯する領域に属する問題ということができる65)。もっとも,本. 稿は,主張過程における当事者間の情報流通をめぐる規律を検討するための指 針となりう、る分析枠組みを抽象的に提示したにとどまる。また,情報を対象と する実体法的な帰属ルールそμ自体についての検討も行っていない。そのため,. 今後は,実体法的観点と訴訟法的観点の両方面から,【利益擁護型】および 【主請求準備型】の判断基準を明確化する作業や,とりわけ【主請求準備型】 については,権利者の「情報取得利益」と義務者の「秘密保護利益」との衡量. 15.
(16) 横浜国際経済法学第15巻第3号(2007年3月). 基準を精緻化する作業が,必要となると考えられる。また,各々の類型におけ る情報提供義務の不履行の効果をめぐる規律についても,当事者照会など他の 情報収集手続との関係を視野に入れて,分析がなされなければならない66)。. なお,当事者間の法律関係が,【利益擁護i型】と【主請求準備型】とのいず れにも該当しない場合については,別の視角からの検討が必要となると考えら. れる。このような場合には,当事者は,情報提供義務を負わないため,自己が 保有する情報を提供するか否かを決定する権能(情報秘匿の自由)を有してい るといえるからである67)。. もっとも,一方当事者が,要証命題に関する全ての情報を独占的に保有して いるのではない場合,すなわち,情報独占が存しない場合には,当事者間の法 律関係が,【利益擁護i型】または【主請求準備型】に該当するか否かにかかわ ちず,主張責任を負わない当事者も,情報提供について,一定のインセンチィ ヴを有しているということができる68)。したがって,このような場合には,当. 事者の自発的な情報提供のインセンチィヴをより高めるためには,法(法律) は,どのような規律を設定すべきであるのか,という観点からの議論を深める 必要があるように思われる69)。そのためには,(訴訟前の取引から訴訟係属中. の主張・立証までの局面における)当事者の意思決定に対する訴訟ルールの事 前効果をめぐるアメリカ法における近時の議論70)が参考となると考えられる が,これについては,今後の研究課題とする。. 1) 弁論主義の内容については,高橋宏志『重点講義民事訴訟法(上)』(有斐閣,2005年)362. 頁以下,畑瑞穂「弁論主義とその周辺に関する覚書」新堂幸司先生古稀『民事訴訟法理論の 新たな構築(下)』(有斐閣,2001)71頁,高田裕成「弁論主義」法教242号(2000)15頁な どを参照。. 2)弁論主義が適用される民事訴訟では,当事者は,証拠調べの対象となる事実(以下,要証命 題とする)の範囲を画定する権能,換言すれば,裁判の基礎となるべき資料の範囲を限定す る権能を有している。主張責任法理が適用されるのは,このような権能を,当事者に対して 認めたことの帰結である。主張責任をめぐる議論については,高橋・前掲注(1)470頁以下。. なお,本稿での検討は,さしあたり,「主張責任の分配は証明責任の分配に準じる」という 通説的な理解を前提とする。主張責任と証明責任との分離をめぐる議論については,高橋・ 16.
(17) 主張過程における当事者の情報提供義務. 前掲注(1)470頁以下,前田達明「主張責任と立証責任について」民商129巻6号(2004) 777回目どを参照。 3). 畑・前掲注(1)86頁,高田・前掲注(1)18頁。. 4). 畑瑞穂「民事訴訟における主張過程の規律(一)(二)」法協112巻4号(1995)488頁,114. 巻1号(1997)1頁,同「主張の具体化」法門242号(2000)23頁。現行民事訴訟規則は, 訴状や,答弁書などの準備書面について,事実を「具体的に」記載することを要求する(民 訴規則53条1項,80条1項,81条など)。 5). 畑瑞穂「主張・否認のありかたについて」民訴雑誌47号(2001)235頁。. 6). 畑・前掲注(5)236頁。. 7). 主張の具体化は,法律要件が不特定概念(例えば,「過失」や「正当事由」など)に該当す る場合に,特に問題となるが,その他の一般の法律要件(例えば,「弁済」など)の場合で あっても,同様に要求されるものである(畑・前掲注(4)「主張の具体化」23頁)。. 8). 訴状・答弁書・準備書面が有する相手方に対する情報提供(開示)という機能に着目するも のとして,田原睦夫「証拠(情報)の開示制度」鈴木正裕先生古稀『民事訴訟法の史的展開』 (有斐閣,2002)499頁,特に504頁以下を参照。. 9). 畑・前掲注(5)238頁は,「主張レベルで当事者に課される役割を,(a)最初に特定の法律 要件を問題とするきっかけとしての抽象的主張をする役割と,(b)具体的事実を提示して争 点を具体化する役割に細分化することが考えられる」という。. 10)模索的証丁丁の状況については,高橋宏志『重点講義民事訴訟法(下)〔補訂版〕』(有斐閣,. 2006)79頁以下,畑瑞穂「模索的証明・事案解明義務論」鈴木古稀・前掲注(8)607頁, 特に620頁以下を参照。また,佐上善和「民事訴訟における模索的証明について」民商78巻 臨時増刊3(1978)200頁,竹下守夫「模索的証明と文書提出命令違反の効果」吉川大二郎 博1士追悼『手続法の理論と実践(下)』(法律文化社,1981)163頁も参照。. 11)解明義務論の状況については,高橋・前掲注(1)509頁以下,畑・前掲注(10)624頁以下 を参照。. 12)提訴前の照会制度(民訴132条の2)や提訴後の当事者照会制度(民訴163条)をめぐる議論 とも密接に関連するが,直接の制裁手段が用意されていないこと等に鑑みて,本稿では,直 接の検討対象としない(当事者照会については,町村泰貴「民事手続における情報流通のあ. り方」民訴雑誌45号(1999)241頁を参照)。また,法律問題に関する情報の収集に関して は,裁判所の釈明義務(法的観点指摘義務)が問題となるが,本稿での検討は,当事者間の 関係に着目するものであるため,裁判所の責務に関する問題についても,検討対象から除外 する。. 13)本稿では,「情報」という用語を,主要事実,「補充的主要事実(主要事実をさらに具体化し た事実)」(山木戸克己『民事訴訟法論集』(有斐閣,1990)50丁目参照),間接事実,補助事. 実,証拠に関する情報などを含む広い意味で使用する。もっとも,証拠,とりわけ,書証に ついては,文書提出義務の有無を個別具体的に判断すべきであるといえるため,本稿では, さしあたり除外して考える。なお,民事訴訟における情報の概念については,日渡紀夫「証 拠その他の情報の収集」法教267号(2002)9頁が詳しい。 17.
(18) 横浜国際経済法学第15巻第3号(2007年3月) 14)ドイツ法における議論状況については,畑・前掲注(10)610頁以下を参照。. 15)春日偉知郎「民事裁判における事案解明(論)について」司研95号(1999)39頁。春日説 は,StUrnerの解明義務論(Rolf StUmer, Die Aufkl註rungsp丘icht㎞Zivilprozess,且abil.1976). の影響を強く受けたものである。StUrnerの解明義務論については,春日偉知郎『民事証拠 法研究』(有斐閣,1991年)240頁以下,畑・前掲注(10)616頁以下を参照。もっとも, StUrnerが情報独占の場合に限らず,一般的な場合を含めた解明義務論を展開しているのに 対して,春日説は情報独占の場面に限定されたものであるという点で,大きく異なる。なお,. 春日説の事案解明義務の要件は,①証明責任を負う当事者が自己の主張について手がかりを. 示すこと,②この者が事実関係の外にあって解明をなしえず,③その点について非難可能性 がないこと,④相手方には解明が容易かつ期待可能であること,である。 16)松本博之「民事訴訟における証明責任を負わない当事者の具体的事実陳述;証拠提出義務に. ついて」二時49巻7号(1997)1頁。なお,松本説の具体的事実陳述=証拠提出義務の要件 は,①証明責任を負う当事者が事象経過の外にあり,②事実を自ら解明する可能性を有しな いが,③相手方は容易に必要が解明が可能であり,④具体的な事情から解明を期待できるこ と,である。. 17)春日説,松本説の他に,中野貞一郎『過失の推認〔増補版〕』(弘文堂,1987)143頁以下, 森山「積極否認と訴訟への影響」三宅省三ほか編集代表』『新民事訴訟法大系第二巻』(青林 書院,1997)62頁なども参照。. 18)学説の状況を簡潔に整理したものとして,高田昌宏「主張・立証の方法」法話221号(1999) 31頁,畑・前掲注(10)624頁以下を参照。 19)佐藤彰一「文書提出命令」新堂幸司編集代表『講座民事訴訟⑤』(弘文堂,1983)271頁,特. に281頁以下。ペーター・アーレンス(松本博之訳)「民事訴訟における証明責任を負わな い当事者の解明義務について」民訴雑誌29号(1983)57頁,小林秀之『新証拠法[第2版]』 (弘文堂,2003)280頁も参照。. 20)高橋・前掲注(1)510頁は,「今後伸びていく理論と思われる」とする。. 21)解明義務を肯定したものとして位置づけられている最高裁判決もある。最判平成4年10月29 日民集46巻7号1174頁である。なお,本稿では,同判決の内容についての検討は行わない。 同判決を分析するものとして,竹下守夫「伊方原発訴訟最高裁判決と事案解明義務」木川統 一郎古稀『民事裁判の充実と促進(中)』(判例タイムズ社,1994)1頁,山本弘「民事訴訟 法学の見地からみた行政事件訴訟法改正」民商130巻6号(2004)1018頁,特に1031頁以下, 山本克己「事案解明義務」法教311号(2006)86頁などを参照。 22)畑・前掲注(10)633頁以下。. 23)畑・前掲注(10)635頁は,「権利保護という方向がさしあたり穏当なように思われるが,お そらくは民事訴訟の目的論に関する根本的な問題であり,なお検討を要するところである」 という。. 24)法律学における「財としての情報」という分析視点については,玉井克哉「情報と財産権」. ジュリ1043号(1994)74頁,松村良之「財としての情報とその保護」田村善之編『情報・ 秩序・ネットワーク』(北海道大学図書出版会,1999)3頁,吉田邦彦「情報の利用・流通の 18.
(19) 主張過程における当事者の情報提供義務 民事法的規制」同『民法解釈と揺れ動く所有論』(有斐閣,2000)465頁以下を参照。なお, 大村敦志『基本民法1総則・物権総論[第2版]』(有斐閣,2005)192頁も参照。. 25)松村・前掲注(24)5頁以下。なお,既存の私法体系は,情報について,十分な機能を果た しえないことを指摘するものとして,北川善太郎「契約の目的としての情報(現代契約法の. 話24)」NBL24号(1972)27頁以下がある。その他,主として,著作権を念頭においた議論 ではあるが,林紘一郎「「法と経済学」の方法論と著作権への応用」同感『著作権の法と経 済学』(詠草書房,2004)3頁,特に17頁以下も参照。. 26)本稿では,情報の「保有」(事実上占有している状況)と「帰属」とを区別する。情報の 「帰属」という視点は,とりわけ,「営業秘密」.の帰属主体(企業のものか,従業員のものか). について,不正競争防止法2条1項7号の解釈問題として論じられていた(議論の概要は, 小塚荘一郎「営業秘密をめぐる契約上の諸問題」日本工業所有権法学会年報28号(2004) 63頁,特に75頁注(27)を参照)。本稿では,「営業秘密」などの財産的価値を有する情報 に限らず,当事者が何らかの価値をみいだす全ての情報を含め,それが「誰のものか(誰に 帰属するか)」という視点から,検討を行う。. 27)「欠席」や「沈黙」も,主張過程における情報の不提供という行動選択に該当するといえる. が,これらの場合には,主張事実について,擬制自白が成立することになる。そのため,本 稿では,さしあたり,主張責任を負う当事者に対して,主張の具体化や証拠提出の負担を生 じさせる「単純否認」に,照準を合わせることとする。 28)松本・前掲注(16)34頁は,、期待可能性が認められるためには,当事者間に「特別の接触点」. が必要であると主張する。松本説では,この要件において,当事者間の実体的法律関係の内 容が考慮されることになる。.. 29)なお,「現行民事訴訟法下の審理において,そもそも,当事者は情報秘匿の自由を有してい るのか」という,より基礎的な問題について,ドイツ法との歴史的・制度的な背景の差異に 留意しつつ,再検討を行う必要があるように思われるが,本稿では,この問題については, 検討の必要性があることを指摘するにとどめることとする(主として,当事者照会を念頭に. 置いたものであるが,高橋・前掲注(10)64頁は,「これまでの民事裁判実務では,相手方 が一定の情報を知らないことによって勝訴することは違法不当なことではないと暗黙に意識 されていたと思われる」が,「平成八年の現行民事訴訟法制定を機に,ものの考え方(思想) の転換があったと考えなければならない。相手方が情報を欠くことを奇貨として勝訴するの は妥当でない(公正・公平でない)という思想,ものの考え方への転換である」という)。. 以上のような問題意識に基づいて,ドイツ法の制度的背景と主張規律との関係について,. 検討したものとして,伊東俊明「宣誓要求制度の意義と機能(1)∼(3・完)」商学討究51. 巻2/3号185頁,51巻4号347頁,52巻1号(2001)215頁を参照。これは,宣誓要求制度を 採用したドイツ法は,CPO制定当時から,主張責任(証明責任)を負わない当事者も一定 の範囲で事案解明に協力すべきであるという考え方に立っていたことを分析するものであ る。また,「敵に塩を送る義務はない」という原則が,「絶対的な公理として存在したのかは,. 疑問である」と指摘するものとして,八田卓也「論評」山本和彦編著『民事訴訟の過去・現 在・未来』(日本評論社,2005)176頁,特に180頁も参照。 19.
(20) 横浜国際経済法学第15巻第3号(2007年3月) 30)春日偉知郎『民事証拠法論集』(有斐閣,1995)71頁以下。その他,長谷部由起子「仮の救 済における審理の構造(3・完)」法協102巻9号(19呂5)1728頁,小林秀之「情報請求権と 占有訴権」小林秀之=角紀代恵『手続法からみた民法』(弘文堂,1993)128頁も参照。 31)Rosenberg/Schwab/Gottwald, Zivilprozessrecht,16.Aufl.,2004, S.632f丘. 32)春日・前掲注(30)80頁以下。本来型の典型例として,ドイツ民法を念頭において,「ある. 者に相続権があること,あるいは遺留分が認められること自体は確かであるが,こうした相 続人や遺留分権利者が自己に帰属するはずの権利の範囲を特定しなければならない場合のた めに,相続法が個別的に情報請求権を規定している場合」,転用型の典型例として,「医療過. 誤に基づく損害賠償請求権の要件事実を証明するために,医師に対して診療に関する情報請 求権を患者が行使しようとする」場合を挙げる。 33)「Jll頁次的併合」の具体的な規律内容については,春日・前掲注(30)95頁以下。. 34)春日・前掲注(30)101頁以下。 35)春日・前掲注(30)75頁。. 36)このことは,医師に対する診療に関する情報請求権を「転用型」と捉えているからも窺い知 ることができる(春日・前掲注(30)81頁以下,101頁以下)。. 37)春日・前掲注(30)マ9頁は,StUrnerの見解やドイツのコンメンタールを引用して,「民法. 645条に代表される受任者の報告義務は,他人の利益を図ることを目的とする法律関係又は 他人の利益に関与した結果として生ずる法律関係に基づいて発生するものであり,善管注意 義務の一回最たる事務処理の顛末報告義務という形で顕在化する」というが,当事者間の 法律関係の具体的な内容についての検討はなされていない。 38)山本弘発言「[対談]変容する民事訴訟実務と研究者の視座」山本和彦編著『民事訴訟の過 去・現在・未来』(日本評論社,2005)150頁,畑瑞穂「訴え提起前の情報収集・交換の拡充 と審理の充実等」ジュリ1317号(2006)70頁,特に77頁などを参照。. 39)岩藤美智子「ドイツ法における報告義務と顛末報告義務(1)∼(4・完)」彦根論叢327号 (2000)177頁,328号(2000)125頁,331号(2001)185頁,337号(2002)97頁。なお, 同論文に対する書評として,小池泰「民法学のあゆみ」法時76巻9号(2004)114頁がある。 40)岩藤・前掲注(39)「1」178頁以下。 41)岩藤・前掲注(39)「1」198頁以下,「2」142頁以下。. 42)患者と医師の関係や信託者と受託者の関係といった「他人の事務を処理する法律関係」が, ’【利益擁護型】に該当する典型的な法律関係ということができる。. 43)権利者による自力での情報収集ができない(ないし困難である)場合の典型的な法律関係と して,具体的には,製造物責任訴訟,消費者訴訟,公害・薬害訴訟などにおける当事者間の 法律関係が考えられる。 44)岩藤・前掲注(39)「4・完」114頁。. 45)岩藤・前掲注(39)「4・完」114頁。【主請求準備型】における情報請求権については,「補 根性の原則」が適用されるとする。. 46)岩藤・前掲注(39)「4・完」114頁。要件の立て方は異なるが,実質的にみると,松本説の 挙げる要件(前掲注(16)参照)と共通しているということができる。 20.
(21) 主張過程における当事者の情報提供義務.. 47)岩藤・前掲注(39)「4・完」104頁。ドイツの判例法理は,「具体的な局面における報告義 務・顛末報告義務の存否や内容は,信義則に基づいて,両当事者の利益(権利者の情報取得 利益と義務者の秘密保持利益)の衡量をとおして明らかにされる」という考え方に立ってい ると指摘する。. 48)その他,医療情報に特出した議論ではあるが,山下純司「医療情報の特質と保護のあり方」 年報医事法学18号(2003)39頁,特に41頁以下では,「診療契約という準委任契約は,医師 へ患者の身体を『預ける』という意味において,信託にも類似する信認関係を発生させ,医 師は患者の身体から得た情報について,受託者的な地位にたつと考えられる」として,「こ のような患者の個人情報を適切に取り扱う医師の義務」を,「情報適切取扱義務」として捉 えることができるとする。また,小池・前掲注(39)117頁は,「当事者の関係性だけでなく,. 情報と当事者との関係(帰属性)を考慮する観点を導入する必要がある」という。なお,信 用情報が有する「財産的価値」の重要性について指摘するものとして,神作裕之「個人信用 情報」クレジット研究11号(1994)131頁,特に134頁を参照。 49)このような議論は,「信認関係伍duciary relation)」をめぐるアメリカ法の議論と親和性を. 有しているように思われる。アメリカ法における受認者の情報提供義務については,さしあ たり,樋口範雄『アメリカ信託法ノートH』(弘文堂,2003)182頁以下を参照。アメリカ法 では,受益者への情報提供義務は,実質的に強行法規であると解されているようである。. 50)アーレンス・前掲注(19)論文に収録されている討論における鈴木正裕発言(109頁)を参 照。. 51)もっぱら医療過誤訴訟を念頭においた議論ではあるが,民事訴訟の審理を,当事者間の紛争 処理過程のプロセスの一コマにすぎないと捉えるものとして,佐藤彰一「医療記録の提出義 務」年報医事法学1号(1986)110頁がある。 52)別の文脈ではあるが,畑・前掲注(38)76頁は,「そもそも民事訴訟の審理自体が情報の収 集・交換過程そのものである」という。. 53)主張法(論)を独立した領域として論じることの意義については,山本克己「弁論主義論の ための予備的考察」民訴雑誌39号(1993)170頁,特に180頁,同「書評」法教95号(1988) 78頁を参照。. 54)主張過程(争点・証拠整理手続)における当事者間の情報共有の意義・必要性を強調するも. のとして,伊藤眞「開示手続の理念と意義(上)(下)」判タ786号6頁,787号(1992)11 頁を参照。なお,ドイツ法においても,民事訴訟の主張過程を,「当事者による事案探索 (die parteiseitige Sachverhaltsermittlung)」のための手続と捉えるべきであると主張する見. 解がある(Peter Morhard,Die Informationspflicht der Parteien bei Erklarung mit Nichitwissen, Diss.1993,132丘)。もっとも,主張過程における情報量の増加と当事者の行動. 選択との相関関係については,実証的な研究による基礎付けが必要となるように思われる。 55)樋口範雄「患者の自己決定権」.岩波講座『現代の法14自己決定権と法』(岩波書店,1998). 63頁,特に75頁以下は,医師と患者の関係を信認関係(信託モデル)として捉え,受認者 である医師は,委託者である患者に対して,忠実義務から派生する義務として,情報提供義 務を負うとする。 21.
(22) 横浜国際経済法学第15巻第3号(2007年3月) 56)行政過程における行政庁と住民との関係も,【利益擁護型】に該当する法律関係と捉えるこ. とができるように思われる。伊方原発訴訟判決(最判平成4年10月29日民集46巻7号1174 頁)に対する,「法律による行政の原則が妥当する領域においては,行政庁は処分の適法性 を説明する責任を負担していると理解するのが,行政法学の一般の理解であり,この行政過 程のおける説明責任を瞳子として,行政訴訟の被告たる国等に訴訟法上の事案解明義務を認 めることは,民事訴訟法学においても比較的異論なく受容可能なところであろう」という指 摘(山本弘・前掲注(21)1035頁以下)は,このような文脈で理解することができる。 57)「審理の効率」という観点を重視するものとして,畑・前掲注(5)239頁を参照。なお,実 体法上の情報請求権の実行手続として,仮処分やそれ自体を本案とする訴えなどを排除する 趣旨ではない。. 58)証明妨害をめぐる議i論状況については,高橋・前掲注(1)508頁を参照。. 59)学説の詳細については,本間義信「証明妨害」民商65巻2号(1971)181頁が詳しい。 60)別の文脈ではあるが,畑・前掲注(10)635頁は,「訴訟法的なアプローチからしても当事者 の実体的な地位に着目することはありうるからである」という。 61)岩藤・前掲注(39)「4・完」105頁を参照。. 62)松本説が挙げる当事者間の「特別の接触点」という要件(松本・前掲注(16)34頁)は,こ のような文脈で理解することができる。 63)ドイツ法の裁判例における利益衡量については,岩藤i・前掲注(39)「3」204頁以下,「4・. 完」97頁以下が詳しい。被告が保有する情報が,営業秘密などの知的財産に該当する場合に は,特別の考慮が必要となると考えられる(営業秘密などの保護手続については,高部眞規. 子「知的財産権訴訟における秘密保護手続の現状と課題」ジュリ1317号(2006)487頁を参 照)。. 64)民事訴訟における当事者の自己決定権の保障という観点から,情報秘匿の自由を検討するも のとして,坂田宏「民事訴訟における情報秘匿の自由と限界」同『民事訴訟における処分権 主義』(有斐閣,2001)327頁以下がある。もっとも,この見解は,当事者間の関係ではなく,. 当事者と裁判所との関係に着目するものである。情報秘匿の自由の根拠として,弁論主義を 援用することはできないことを指摘するものとして,山本和彦「弁論主義の根拠」同『民事 訴訟法の基本問題』(判例タイムズ社,2002)127頁も参照。 65)ドイツにおける判例理論では,「主張義務を負う当事者(Darlegungsp∬ichte)が事象経過の 外にいるのに対して,相手方は全ての本質的な事実(alle癖esenUichen Tatsachen)を知って. おり,かつ,詳細な陳述をすることが期待できる場合には,主張責任を負わない当事者に対. して,否認の具体化・理由付け義務(ないし「二次的主張責任(die sog. sekUndare Darlegungslast)」)を負わせる」という規律が採用されている。最近のドイツ連邦通常裁判 所2004年4月29日判決(BGH, NJW:一RR2004,989)は,主張責任を負う当事者が実体法上の 情報請求権を有する否かにかかわらず,上記の要件を充たす場合には,主張責任を負わない 当事者は,否認の具体化・理由付け義務を負うという判断を示した。この判決に対しては, ドイツ法内在的には,否認の具体化・理由付け義務について,実体法上の正当化根拠に対す る訴訟法上の正当化根拠の優先性を肯定した点に意義が認められるという評価がなされてい 22.
(23) 主張過程における当事者の情報提供義務 る(Daniel Waterstraat, Informationsp且ichten der nichit risikobelasteten Partei im Zivilprozess, ZZP118(2005),459f£なお,近時の独・英・仏法における解明義務論の議論状況 を整理したものとして,Johannes Lang, Die Auf【d㎞ngspf肢cht der Parteien des Ziviprozesses. vor dem Hintergrund der europ註ischen Rechtsvereinheitlichung, Diss.1999がある)。日本法. の立場から,同判決をみてみると,主張過程における当事者の行為規律について,実体法上 の正当化根拠と訴訟法上の正当化根拠との問に,一定の流動性(互換性)が認められること を示した点に意義を見いだすことができるように思われる。なお,否認の理由付け・具体化. 義務(二次的主張責任)をめぐるドイツ法における判例法理の展開については,松本博之 「ドイツ民事訴訟における証明責任を負わない当事者の具体的事実陳述=証拠提出義務(一). ∼(四)」‘法雑45巻3/4号566頁,46巻1号35頁,46巻2号(1999)208頁,46巻3号(2000) 363頁が詳しい。. 66)一如・前掲注(38)76頁は,「当事者間での情報交換・収集について,多少なりとも実効性を. 確保する方向に進むためには,諸外国に見られ,日本でも提案されているように,本案訴訟 の訴訟費用負担において不当な拒絶等を制裁的に考慮し得るという制度が一考に値しよう」 という。. 67)もっとも,前掲注(29)でも指摘したように,民事訴訟の審理において,情報秘匿の自由が 認められているか否かについては,・検討の余地がある。ドイツ法では,一般的な場合におけ る否認について,「具体化された主張に対しては,原則として,単純否認は認められない」 という規律が採用されている(畑・前掲注(10)612頁を参照)。それに対して,わが国の学 説・裁判実務では,主張が具体化されている場合であっても,単純否認をすることが,許容 されると解されてきた(兼子一『民事訴訟法体系』(酒井書店,1954)211頁,三ヶ月章『民 事訴訟法』(有斐閣,1959)272頁なξを参照)。また,準備書面の記載事項として否認の具. 体化・理由付けを要求する民訴規則79条3項目,制裁を伴わない訓示規定と捉えるのが,通 説的な理解である。否認の具体化・理由付けとして,どこまでの情報の提供が要求されるの. かは問題となるが,ドイツ法と日本法とで,否認の局面における情報秘匿の自由に関する基 本的な考え方が異なっているということができる(このような差異が生じた要因を検討する ものとして,伊東・前掲注(29)「3・完」235頁注(161)を参照)。. なお,一般的な場合における否認の具体的・理由付け義務の正当化根拠については,ドイ. ッ法においても議論がある。ドイツ民事訴訟法(ZPO)138条2項の解釈問題として捉える 見解が有力であるが,ZPO138条1項の真実義務・完全陳述義務を挙げるもの,一般的訴訟 促進義務を挙げるもの,訴訟上の信義則を挙げるものなどがあり,見解の一致がみられない のが現状のようである(伊東・前掲注(29)「3・完」232頁注(157)を参照)。いずれにし ても,一画的な場合において,主張責任を負わない当事者に対して,否認の具体的・理由付 け義務を課すこと自体を否定的に評価する見解はないようである。なお,ドイツ法の立法過 程における議論については,伊東・前掲注(29)「2」361頁注(112)を参照。. 68)裁判所の心証を自らに有利に形成するためには,自己が保有する情報によって,相手方の具. 体化された主張を反駁する必要があるといえるからである。また,相手方が具体的な主張 (情報提供)をしているにもかかわらず,単純否認(情報不提供)をすることは,相手方 23.
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