漱石『行人』再考 ―二郎の一人称語りを中心に―
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(2) た。 そのいい方が少し冷やか過ぎたせいか、母は何 だ. か厭な顔をした。艘も変な顔をした。け れども二人と. いまも思う。. 用は同書より). 和歌山市行きとその前後を含めて二郎の艘お直への心 は日を見 るより明らかである。こ. も何ともいわなかった。( 「兄」五、 岩波文庫、 以下引. とまでは呼ぶまい. の傾斜 ー| これ を 私も 伊豆論への反 論者同様に「 恋愛」 れを疑うのはよほど男 女の関係に疎いか、さ もなくば眼. 二郎 がふと言ったことが、兄、艘、母にそれぞれの立. る。まず「兄は黙っていた」とは、黙る 必然 的理由があ. 場での形の違った波紋を引き起こしているのが読み取れ. るからだ。次の母の言築への兄の返答 「 一層 その方が好. *. 郎 の三 角 関係をめぐる伏 線は、 ま ず一郎__ 艘|| ―一. いかも知れないね」が、兄一郎 の心の中 を示 唆している。. *. カのない批 評家である。. 除けば、直接には「兄」(五)から始まるといってよい。. 母の言葉は (艘との関係も含めて)二郎 への牽制である. 「友 達」 篇 における「 性の争 い」という間接 的なものを. が、兄一郎 は、 逆に母の言槃を否 定する形で、 男も女も. 他 方 二郎 の 言 薬 を 聞 い て 艘 が 変 な 顔 を す る の は 当然. は、すでにこの時点で腹の中に持っていると思える。. い ね 」の 次に「二郎 、お直はどうかね」位のことを 一郎. よいというのだ。だから 「一層 その方が好いかも知れな. 勇気 を出して結 婚なんてものは自らの意志で行うほうが. 家人のお貞さんを佐野に嫁がせるべ く本人抜きで、 ニ. 1. 郎 や岡田が仲 介者となって、 事を進行させ決 定する下り で、二郎 は次のように言う. 「尤もこんな問題[結 婚問題]になる るまいからな」といった。兄は黙っていた。 艘は変な. と自分でどん どん進行させる勇気 は日本の婦 人にはあ. 「 女 だけ じゃ ない よ。 男だって自分勝 手にむ やみと. を送っているお直にとって、ではそれ を「私にやれとい. 告白するように、親の手で 「鉢 植え」にされた結 婚生活. だ。「勇気 」云 々 の問 題ではなく、の ち程 お直 が二郎 に. 進行されちゃ 困りますよ」と母は自分に注意した。す. うことなの?」位を含意する「変な顔」である。. 顔をして自分を見 た。. ると兄が「一層 その方が好いかも知れないね」といっ. - 42 -. 河村 漱石「行人」再考.
(3) 一郎 とお直夫婦がうまく行っていないことへの暗示であ. また兄一郎 の言薬 を聞いた母が「厭 な顔」をするのは、. たがって、. に対するお直の心の傾斜を疑う一郎 の皮肉であろう。し. 「兄」+ に)というが、これは二郎 そう解釈するんだ」(. るところが分かるからだ。つまりお直への当て付けであ. し( 「兄」六 )、そうした兄の像に対し、艘の方を「寂し. する方向へと動いてゆくのが一郎の言動である。やがて. このように続くのである。 そしてまさに妻お直を狂気 に. 兄はこういって苦しい溜 息を洩した 。( 「兄」十 二). 底解らないのかな」. 「ああああ女も気 狂 にして見 なく っちゃ 、 本体 は到. るし、再び 「艘も変な顔」をするのは、夫 一郎 の意図す る。まだここではお直は一郎が自分を二郎 の方へけしか けているとは思っていない。 一行が ま だ大阪にいる間に、 語り手二郎 は兄 一郎が長. い頬 に片 冊 を寄 せ て 見 せ 」る と か、「 寂 しい色 沢 の 頬 」. た言動からお直をまさに狂気 にせずにはおかない恐れを. 「帰ってから」(三 十 一)では、二郎 は兄がその狂気 じみ. 男ゆえ、 如何に我 侭に育 ったかを自らの意見 として記述. いう風に、艘の「寂しさ」を意図的に描き込む。 そして. 時計的時間の順序に 戻ろう。. 抱 くに 至る。 しか しこ れ はずっ と ま だ先 の こと であ る。. をして、「その真中に寂しい片需を有していた」( 六 )と 岡田にも「 あの時分から我 侭だっ たからね.... /奥. おいて歩く姿を取り上げている。母はこのとき艘の冷淡. 二郎は、母と自分より前を行く兄夫婦の一間程 の距離を. 和歌浦到 着後、兄・艘· 母と一緒 に散歩に出る語り手. さ ん の 方 でも 随 分 気 骨 が 折 れ る で し ょ う 。 あ れ じ ゃ 」 (九 )と 、 読者を艘の立 場に同 情を抱 かせ る よう、 語り つづいて三角 関係を暗示する肝 腎の箇所 を拾ってみる. 手は巧みに仕掛けているのが分かる。. 「•• •あれを御 覧 な、あれじゃ まるであかの 他 人. さを非難して次のようにいう1. がまず挙げられよう。周知のように一郎 は、狂気 になっ. が同じ方角 へ歩い て行く のと 違やしない ね 。 . . .」. 中で、二郎の 友 人 三沢 の 「娘」 さんをめぐる一郎 の解釈. と、 大阪から和歌の浦への列車の車中での兄弟の会話の. たその娘が三沢 に気 があったという風 に「何故でも己は. - 43 -. 1999.3 10 巻 2 号(通巻第 25 号) 文学・芸術・ 文化.
(4) ( + 三) 語り手は「 これには多少自分にも同感なところもあっ 母の見 解を修正 してみせるl. た 」(+ 三)と 前置き はするもの の 、すぐ にこの よう に. け れ ども我 肉親の子 を可愛がり過ぎるせいで、少し. 彼女 の 欠 点を 苛酷 に見 て いはしま いかと 疑 った。(+ 四). に艘との親しさをむしろ印 象づけるようなコメ ント を書. き加 えているー�. これは全く母のいう通りであった。自分は元来性急. な性分で、よく大きな声 を出したり、 怒鳴り付けたり. するが、不 思議にまだ媛 と喧嘩 をした例はなかったの 話をした。(+ 四). みならず、場合によると、兄よりもかえって心置なく. 「 その内 機会があったら、 姉さんにまた能 く 腹 の中 を僕. そうして一郎 夫婦の不 仲を心配する母に対 し、二郎 は これにすぐ続くのがよく 引用さ れる 一郎夫婦の同性質. さて私は目 下 二郎 という語り手が客観的ではなく 、兄. 客 観的な語り 手ではないのである。. 語 り 手二郎 は決 して、 批 評家の 多く が言うようには、. 情を傾けてゆく。. 我 侭をことさらに点描しながら、艘の「寂しさ」へと同. を距離を置きながら関わらせ、兄との意見 の相違や兄の. た関係を一 本の糸として巧みに描いては、 その中に自ら. このように語り手二郎 は兄夫婦のどこかぎくしゃ くし. なるのである。. から聞いて見 ましょ う。...」( + 四 )と い う こと に. 先 ほどお直を非難 してみせた母が、しかし、すぐさま. への語り手のコメ ント であるが、これは引用を控えよう。 次のようにお直を評価し直す下 りを語り手は記述してい る 「一体 直 は愛嬌 の ある質じゃ ないが、御 父さ ん や妾 には何時 だって同じ調 子だがね。二郎、お前にだって そうだろう」(+ 四) この母への返答の前に、語り手は読者に対 し次のよう. - 44 -. 河村 漱石「行人」再考.
(5) するのだが、 襖 ―つ隔てた隣座敷に寝ている兄夫婦のこ. た語り手二郎 は、 その晩母と 一 緒 の蚊 帳の中に寝ようと. との話で兄夫婦について読者にある程 度の知識 を供給し. ている跡 を辿っているわけだが、さて、 昼間の散歩で母. 述を (意図的に?でなければ無 意識 のうちに)おこなっ. よりもむしろ艘の方に同情の多くを傾斜させるような記. なのだろうか。 確かに「兄の有っている品格にあたいし. た い しなか った 。」(同 )と い う の だが 、 本当に 「突然 」. 言葉は突然 であった。かつ普通兄の有っている品格にあ. される言葉を聞くわけだが、それを語り手二郎 は「兄の. お前に惚 れてるんじゃ ないか」(+ 八 ) と い う よく 引用. その前に兄と二人きりの散歩のときに、兄から「直は. 二郎 が読者に語ってきた 彼自身の艘への同情の傾斜から. して、 全く寝耳に水というわけではあるま い。何時の日. な」い文句ではある。 だが、その内 容はこれまで語り手. 二郎 は隣室の 「森閑」 とした 静けさに「自分の耳を澄. ないか。. かこのようなことがおこり得ても不 思議ではないのでは. る。 まし」て様子を窺っているのである。これからして、 ニ. とが気 になって寝られない場面 (十 五)は意味深 長であ. 郎 の態度は少し変ではないか。そして母には「あんまり. のか。語り手はその考えていた内 容については何も読者. のか。その波音を聞きながら一体 何を二郎 は考えていた. 咋夜寝つかれずに耳にしたあの波の音は 一体 何だった. う二郎 は兄夫婦のしんとした静かさとは対照的に 、 月の. に報せてはいないのは何故か。 私はそこに語り手が意図. 寝苦しいから、 縁側へ出て少し涼 もうと思います」とい ない暗闇の中に波が砕けて白い泡が動揺するのを見 、 波. 的に省略した部分があるのを読む。するとこの兄の「突. 然 」の言葉も、それ ほど「突然 」ではなく聞こえるので. だが 、 波 の 砕け て 出 来 る「白い 泡 」と い い 、「 どどん ど. どん」という波音といい、これは語り手二郎 の心の動揺. の砕ける 「どどん どどん」という音をいつまでも聞くの. を示 唆するメ タフ ァーでしかない。. ではない。 だから、「 た だ聞きたいのは、 もっと奥 の奥. だが、兄はそうした 「形式上の答え」 を待っていたわけ. ある婦人、 こ と に現 在 の艘ですぜ 」(同 ) と反 論するの. ある。勿論うわべ は「だって艘さんですぜ相手は。夫の. へのプ. そしてこれがまさに 二郎とお直の和 歌山市での一泊の 場面 | |— 二人の関係を決 定的に暗示 する場面. レリ ュード をなしている点を見 過ご してはならない。. - 45 -. 1999.3 10 巻 2 号(通巻第 25 号) 文学・芸術・文化.
(6) んなものがあろうはずがないという答えしか与えられる. かしてく れ」(同 )と い う こ とに なるのであ る。 勿論 そ. の底にあるお前の感じ だ。その本当のところをどうぞ聞. 量を自由に発揮しているにすぎない。 己に不 都合なもの. する義務を怠 っている。否、語り手は語り手としての裁. ここでも語り手は何を考えていたかを読者に明らかに. 弟 に 艘の 「節 操を試 して もらい た い 」(二十 四)と 頼む. 先 ほど「 形式上の答え」では満 足しなかった兄一郎 が、. は語る必要 はない。. のは、 如何に「 途方もない物好き」ではあっても、兄の. と読者には知れる。. はずがない。しかしこれも「形式上 の答え」でしかない そこで周知のように、女の心の研 究云 々ということで. 心理上からは 必然 的に導きだされた依頼であるといって. よかろう。つま り「お前と直が― 一人で和歌山へ行って 一. でい ない とい う 一郎 の嘆 き (二十 一 )に 至 るわけ だが、. 晩泊ってくれればいいんだ」というわけ だが、 勿論二郎. いわれるが、その前にすでに二郎 は兄の弱点をちゃ んと. その晩も二郎は眠れない。 当然 であろう。 ...昨 夕よりもなお麻られなかった。自分 は どど. との関わり. j. 第九巻 第三号、 一九九. これはセルバ ンテ スの「ドン ・キ ホーテ. j. 八 .―二所 収「 漱石「行人 」のソースをめぐって」を参. 『 ドン ・ キ ホーテ 』 の挿話の 中 に 「 とて つもない 物好. 照されたい)。. 操試 しのソースの一っ としてこれを使っているフシがあ. きの話」というのがあって、 漱石はどうやら、お直の節. る。この挿話では、しかし、友人が友人に自分の妻に節. ん どどんと響く波の音の間に、兄夫婦の麻ている室に (二十 三). 耳を澄ました。け れ ども彼らの室は依然 として昨 夜の 如く静かであった。. - 46 -. メ レデ ィスの書簡集に言及し、お直のスピリ ット を掴ん. ると同時に軽蔑を起こしている。. このような子供じみた態度 を取る兄に弟は悲しみを感じ. で、すでにあるところで論じた通りである (近畿 大学文. は 「下らない」と「 名誉」を盾に断わる。 だが結 果とし. 芸 学部論集「文学 ・ 芸 術 ・文化. よく二郎 の兄に対する傲慢な態度 は艘との和歌山での. ばなるまい。. 見 抜いてそれなりの対処の仕方をしている点を銘記せね. てこれを実行に移す羽目 になるのは周知の通 りである。. 河村. 一泊ののち艘に感化されて生じたものであるかのように. 漱石「行人」再考.
(7) というのである。 一郎は二郎 にそのよう. 操を文字通 り試してくれi 言菓と贈 り物などによる誘. て 本 当 だと す る と どの 程 度の も の か を 見 る こ と に し よ. する紛れもない心の傾斜がはたして本当か偽りか、そ し. 検討してみよう。そして 私が最初に言った二郎 の艘に対. 惑によって なこ と をしてく れと 頼ん でいるの では ない。「二郎 、お. 二人が休憩する御 茶家で、 二郎はまずこんな所に来た. ニ つ. ことの言訳をいった上で、いよいよ兄から頼まれた仕事. れはそんな下等な行為をお前から向うへ仕掛けてくれと へ行って―つ宿へ泊ってくれというのだ。不 名誉でもな. 頼んでいるのじゃ ない。 単に艘としまた弟として―つ所. ' きの己の姿をまず 二郎は、このように描写するー|. ことしかできないーー! にかかろうとするのだが、そのと. といっても兄にもっと親切にしてやってくれという. ー. この よう に 一郎 の 依 頼は 、 確かに『ド ン・キ ホーテ 』. んでもないじゃ ないか」(二十 五) 。 の挿話とは違っている。 だが、結 果においては、三 好行. 自分はいよいよ改まって忠告がましい事をいうのが. 雄氏が (岩波文庫の解説に)言うように、 二郎 とお直の. か彼女から 一段 低く見 綸られているような気 がしてな. 間 に 何 が あ っ て も 、 な く て も 、 二 郎 の 一郎 へ の 報 告 は れば、まさかにありましたと報告する者はいないだろう。. らなかった。それだのに其処に 一種 の親しみを感じず. 厭になった。そうして彼女の前へ出た今の自分が何だ. だから答えのわかっている依頼をする一郎 は、 如何に切. にはまたいられなかった。(三十). 〈 何 も あ り ま せ ん で した 〉 と い う こ と に な ろ う 。 何 か あ. 羽詰まったとはいえ、やはり「とてつもない物好き」と. いう他はない。. すぐに続けて、兄に対してだけではなく「姉さんは自分. ある「親しみ」を感じて艘に心の接近を許す語り手は、. 如何なるものであれ罰として引き受けねばならない。当. の年にさえ冷淡なんですね」と皮 肉のつもりが、そこ に. しかもこのような愚かな依頼をした以上、その結 果は 然 の こ と な が ら 一郎 は 妻 へ の疑念 を深 め呻 吟 する 一方. を感じる小心者の態をさらすのである。そしてこ れもよ. 「 浮 気 な 心 」 が 働 く の を 意 識 し、 兄 に 対 し て 良 心 の 呵 責. 話を元に戻して、和歌山の二郎 とお直の二人を詳細 に. で、ついには妻を打榔するに及ぶ。. - 47 -. 1999.3 10巻2号(通巻第25号) 文学· 芸術・ 文化.
(8) めいたことをする役割は自分の性には合わないことを悟. のためにものを言っている己を発見 し、このような忠告. く引用さ れる箇所 であるが、兄のためというよりも自分. 来ないで、その脆法の網に次 第に絡めとられてゆく。い. だが、後悔をしても艘の閥力の前ではどうすることも出. 良心の呵 責に駆られ、己の 甘さを「後悔」するのである。. 忘 れて い る わ け で は な い 。 兄 の こ と が 意 識 に あ る か ら 、. 二郎 が艘に魅入られないためには 彼女のそばに居 ない. わば蛇に魅入られた蛙の態だ。. ったというのである 自分は、 自分 にもっと不 親切に して構 わないから、. し、艘の前から姿をくらますことで、かろうじて難を逃. れるのである。 だが、 身体 を遠ざけても、心は遠ざ ける. こ とだ。 東京に帰ってから、そのために二郎 は 一人下宿. ことが出来ない。それで 二郎 は次第に神経衰弱に陥って. 兄の方にはもう少し優しくしてくれろと、頼む つもり. た。 艘の前へ出て、こう差し向いに坐ったが最後、到. いくことになるのである。. で艘の眼を見 た時、また急に自分の甘いのに気 が付い. まで思った。自分は言菓には少しも窮しなかった。 ど. 底真底から誠実に兄のために計る事は出来ないのだと. これはまた先 走りすぎた。話を和歌山の二人の場面に. えって自分のために使うのと同じ結 果になりやすかっ. の仲を良くしようとする一一 郎は、しかし、艘の涙の前に. 棄的発言である。 何とかして言葉の上だけでも兄と艘と. これに続くのがお直 の 「魂の抜殻」云 々 という自己放. 戻そう。. た。自分は決 してこんな役割を引受べき人格でなかっ. れどもそれを使う自分の心は、兄のためでなくってか. んな言菓でも兄のために使おうとすれば使われた。け. た。自分は今更 のように後悔した。(― 二十 一). 「 妾 の よう な 魂 の 抜殻 は さ ぞ 兄 さ ん には 御 気 に入 ら. はなす術がない。 どかまっておられず、 己の艘に対する関心事が先 行せず. 山です。兄さんについて今まで何の不 足を誰にもいっ. ないでしょう。しかし私はこれで満 足です。これで沢. 艘の前に出て、二 人きりになると、もはや兄のことな. 自分を発見 し「後悔」するのである。さよう、兄の 事を. に は お れな い 。 そこ に語り手 は 「浮気 な心」 と「甘い」. - 48 -. 河村 漱石「行人j再考.
(9) た 事は ないつもりです。その位の事は二郎 さんも大抵. にす ぎない 。 美禰子を アンコン シ ャス ・ヒポ クリット と. 美補子は女としてあるがままに、自然 に振る舞っている. あくまでも長男をたてて、長 男を中心に家を構 成 する. るのだとする解釈には賛成 でき ない。. からお直はここで二郎 を翻弄するために媚態を弄してい. いうのは女たる者を知ら ない三四郎的無知 の 証拠だ。 だ. ( 見 ていて分かりそう なもんだのに...」 三 十 一). こ の 涙ながらの 訴えは、はたして 「鋭い力を持って自 分の頭に応えた」のである。語り 手は艘への同情を一段. ( 掲書「 漱石作品論集成 「行人 」)、長男の 嫁 う よう に 前. と強め、 心を傾斜させてゆく。 若輩 な自分は艘の涙を眼の前に見 て、何 と なく 可憐. として十 分にその任を果たしているといってよい。その. 家父長的家庭の長男の嫁としてのお直は、 山田晃氏もい に 堪え ないような気 がした。 外の場合 なら 彼女の 手を. 体 直 は愛嬌 よ う な評価は、すでに引用した母の言葉「 一. ( 四 ) が よ く 証明 して い る 。 あ る 質じ ゃない が云 々」 十. ( 十 二) 取って共に泣いて遣りたかった。 三. の呵 責が 作 用し て 、「彼女 の 手を 取 って 共 に 泣 い て 遣」. は い えない 所ーー 皆が彼女を「冷淡」と評するゆえんだ. ては、母の眼から見 ても、二郎 の眼から見 ても十分だと. ただ長 男の嫁としてはよくやっているが、 一郎 の妻とし. ることは出来ない。兄は気 難しいが潔白で 正直 で高尚な. ろかその実体 の掴め ない 、 彼を狂気 に駆り立 てずにはお. ーー がある。そして 一郎 自身にとっても妻は不 十分どこ. 「外の 場 合 」で は ない 今の 場合 に は 、 兄に対 する良 心. 男だと弁護する二郎 に、艘はまたし ゃくりあげて見せる。. だが そ も そ も そ の よ う な存 在 に 仕立 て た の は 誰 なの. か ない 存在と映る。. 見 せるというと何だかお直が意識 的にわざ と二郎 を虜に 思 わない。お直は批 評家の誰かがいうよう な里見 美禰子. すべく泣いているように聞こえるだろうが、 私はそうは. 「 塵 労」 妻 を 悪く し た か わか ら ない 旨を 告 白 して いる (. であり|| 後ほ ど 一郎 は友 人の Hさんに、自分がどの位. か。それは長男として人一 倍 「我 侭」に育った 一郎自身. つい でながら、美桶子自身も決 して アンコン シ ャス ・. 流の アンコ ン シ ャス ・ヒポ クリ ット ではない。 ヒボ クリ ット などで は ないと い うの が私の 見 方であ る。. - 49 -. 1999.3 10 巻 2 号 ( 通巻第 25 号) 文学 · 芸術・ 文化.
(10) 漱石 「 行人」再考 河村. ことになる。その言葉とは先 日兄一郎 が弟に言った 「 ニ. ―個の女性であり、 一個の妻である前に家. 五十一)ー. 郎 、直 は御 前に惚 れてるん じゃ な い か 」(+ 八) と同 じ. 「正直なところ姉さ. とは、の ちの 「 塵 労」(五) で下宿 を訪ね て 来 た 艘が帰. してほしい。「あたか も 磁石に 吸われ た 鉄の屑のように」. ことである。そしてそれを形容する語り手の比喩に注目. つまり 二郎 の「ええ」は自然に 口をついて出たという. なく釣り出された。(三 十 二). ように、自分の 口から少しの抵抗もなく、何ら自覚も. この簡単な答は、あたかも 磁石に 吸われた鉄の屑の. 「 ええ」. 「 二郎さん」. に見た。. ...艘は手吊と涙の間から、自分の顔を覗く よう. 弟に応えてい るI. ない。これに対し、勿論艘も言薬による愛撫をもって義. これは二郎の言葉による艘への愛撫以外の何ものでも. んは兄さんが好きなんですか、また嫌いなんですか 」 。. を捕まえてこう言ったのであるー. 程 大胆か つ向こう見ずである。 二郎 はこともあろうに艘. 父長的家庭による長男の嫁としての規定である。 第三者 と して 客観的に見ていて、 これがわかりそうな ものなのに、兄にもっと親切にしろとか何とかいう弟 ニ 郎 は、日頃か ら心 を 許 して い る「 親しい」間 柄 だけ に 、 そして艘にしゃ くり上げられると、 二郎 は「 益可哀そ. 余計にお直の涙線を刺激するに至ったと解釈出来る。. 緻だらけになって濡れていた。自分は乾いている自分の. うになった。見ると彼女の眼を拭っていた 小 型の 手吊が 、 で彼女の眼や頬 を撫でてやるために、 彼女の顔に手を出. したくて堪らなかった。けれども、何とも知れない力が. 石に は 〈 可哀. またその手をぐっと抑えて動けないように締め付けてい る感 じが 強く働 いた」(三十二)。 艘に出したくて 堪ら ぬ憐れみの手�. を、ぐ っと抑えているのが、「何とも知. そ う っ て こ と は 惚 れ た っ て こと さ 〉 と い う の が あ る (『 三四郎』). れない力」 だと語り手は告白しているが 、この力とはい うまでもなく 〈 禁忌〉 の力である。兄へ の恐れ、良心の 手を出すことが出来ないので、 手で涙を拭いてやる代. とがめ、不義へのおののきである。 わりに、「 自然 口の 方から出」 る言葉が、 艘を愛 撫する. - 50 -.
(11) これも批 評家 の誰 かが言 って いた と思 う が、 「あれ」. ごさ に、やはり読者 は注 目す べきだろう。並 の艘 と義 弟. と いうだ け でお直 と二郎 の間 で何 のこと かが通 じ合 うす. って のち 一人 そ の艘 の顔 を想像 して頭を狂わ せる こと に. る鉄片 云 々〉 と いう のである。. な る 、そ のとき の比 喩 がま さ に、 〈 磁 石 に吸 い寄 せられ. ではな い。. る。現実 に引 き戻 された 二郎 は、今 ま で忘れ ていた兄 や. ら二郎を 現実 へと引 き戻 す ことを や って のけ るからであ. さ てお直 から の言葉 によ る愛撫 のお返 しは こうであ る. 二郎 の語り はま ことに巧 みであ る。 それは ここで暴風 「 貴 方 何 の必要 があ ってそん な こと聞 く の。 兄 さん. 雨 に包 まれ た和歌 の浦 を出現さ せ、言 葉 の愛撫 の世 界 か が好き か嫌 いかなん て。妾 が兄 さん以外 に好 いている. 母 のことを 「 眉を焦 がす火の如く」(三十三)思 い出す。. 意識 の自然 とは対 照的 に、意識 的な自己打摘 である。. この比喩 は先 ほど の 〈 磁石 に吸わ れ た鉄 の屑〉 と いう無. 男 でも あると思 って いら っし ゃる の」 ( 同) 二郎 は先 日兄 から 「 二郎 、直 は御前 に惚 れ てるん じ ゃ に符合す るような艘 の言葉 ではな いか。勿論表向 き二郎. を 脱 して、 一個 の女 と男 になりうると いう意味 で の非 日. ではなく 、お直 と 二郎 が、嫁 と義 弟 と いう縛 られ た関係. 旅 先だ けが非 日常 非 日常〉—ー_ 艘 と 二人 きりと いう 〈. は艘 に兄以外 に好 きな人など いる ことを肖定 でき るわけ. 否、 漱 石は 二郎 に語 らせ てみせる。 はたして言葉だ け の. 常—| が ‘ ど のよう に二人 に作用す る かを 二郎 は語 って、. な いか」を聞 いたば かり である。あ たかも この兄 の言葉. が な い。だ から言葉 の愛撫 はさらさらと二人 の間を流 れ、. 宿屋 に 一泊す る こと にな る のは周知 の通り である。. むなく風雨を突 いて車 を走 らせ御茶 家 が周旋 してくれた. 台 風によ る停電 、電車 不通 、電話不通 と いう事態 でや. のか。語り手 の腕 の見 せ所 である。. 愛撫 で事 は済 む のか、はたまた手 によ る愛 撫 が実 現す る. お直 は二郎 にか つて刺 繍 してや った ク ッシ ョンのことを. 思 いだ さ せる。 「 あれ 、まだある でしょう綺 麗ね」と彼 女 は い った。. 同) (. 「え え 、大 事 に し て持 って いま す 」 と自 分 は答 え. た。. - 51 -. 1999.3 10 巻 2 号(通巻第 25 号) 文学・芸術 ・ 文化.
(12) 自分 は手 捜りに捜り寄 って見たい気 がした。け れ ども. それほどの度胸がな かった。. 電灯の 消えた暗 黒のうちに坐す 二郎 は「姉さん 怖 かあ りません か」と近くにいる はずの艘に声 を かけ ると 、艘 (同). 暗閤に 聴く女帯の擦れる音 は、小心者の二郎の気持を. (同). 薄暗い 光にどよめいて、自分の心を淋しく焦立 たせた。. け た 天井 は勿論 、 灯の 勢の 及 ぶ 限 り は、 穏 かな ら ぬ. 蝋燭の 焔がちらちら左右へ揺れるので、 黒い柱や煤. く。そのとき下女が 蝋燭を座敷の 机の上に立 てて行 く。. く音を聞くという、二郎 にとって は、 挑発的な場面が続. そして例の艘 による暗閤での 浴衣を着るための帯を解. は「怖いわ」 と はいうものの、二 郎 は「その声 のうちに. は怖ら しい何物をも含んでいな」い ことを悟る。お直 は これに続く彼女の言動 からして実際何も怖れるもの はな いのである。怖れてい るの は二郎 の良心なのである。. ・・・ 周囲一面 から出る一種 凄じい音響 は、暗閤に 伴って起る人間の抵抗しがたい不 可思議な威嚇であっ た。(三十 五 ). こ の 風音は良 心へ の「不 可思議な威嚇」の象徴でもあ る。 それに突き動 かされるようにして二郎 は暗 間の中に. なら ぬ薄暗い 光」 と はまさ に二郎 の 動 転し、「淋 しく 焦. 動転さ せるに は十 分な 演出効果である。 蝋燭の「穏や か. 立 」った心の 状態の 象徴である。気 持のおもくがままに. 艘の声 を捜す。. 「い るわ 貴方 。人間 です もの 。 帷 だと 思 う な ら此処へ. 「いるんです か」. 艘 に 近 づい て 手 を 出 せ な い こと へ の 「 穏や かな ら ぬ」. を 流 した」。 二郎が 流 し去ろうと 懸命 な の は背中の 汗と. この 場を立 って汗を 流 し に風呂へ 行き 、「ざ あざ あ背中. 「淋しく 焦立 」っ た心 の 象徴である。 だ から二 郎 は急に. 来て手で障って御覧 なさい」(三十五). 二郎 の良心 はま だ作用している。先 ほどの 言槃の 愛撫. は手の愛撫に は移 行 しない。. - 52 -. 河村 漱石「行人」 再考.
(13) 言うよりはむしろ心の汗の方である。. を共にした嬉しさ がどこからか湧いて出た。その 嬉し. 同 時に今日艘と 一所に出て、滅多にないこんな冒険. 配させはするが. とく見て取り、 下女を聞き手に艘との間で まさ に 「艶か. を 施した と い う 艶か しい 事実 」(三十六 )を二郎 が眼ざ. た。(三十 七). さが出た時、 自分は嵐も雨も海謝も母も兄も 悉く忘 れ. やがて風呂から出てきた艘が「何時の間にか薄く化粧. 空しく 響く 。「裸 蝋燭の 灯で 渦を 巻く よう に 動 揺 」(同 ). であ る 。. の声が 「嬉しさ」を 「恐ろしさ」に変貌させてし まう の. ら』 の代助の世界が出現 する。 だがそうはさせない良心. ここで自己を放摘して ブ リスに浸りきれれば「それか. しい」 冗談のやり取りをするのであるが、言莱ばかりは. する室の中は、 今や 二郎 の心だけではなく お直の心の象. 徴ともなる。 自 分 も 艘 も 眉を 扱 め て 燃え る 焔の先 を 見 詰 め て い 持を味わった。(同). た。そうして落付 きのない淋しさ とでも形容すべ き心. に 変化した。恐ろしさというよりも、む しろ恐ろしさ. するとその嬉しさが また 俄然として一種 の恐ろしさ こ の 描 写か らすれ ば、「 落付き の ない淋しさ 」 を 味わ. る 不安の徴候であった。そうしてその時は 外面を 狂い. 廻る 暴風 雨が 、 木を 根こ ぎに した り ‘塀を 倒した り 、. の前触であった。 どこかに潜伏 しているように思われ. 屋根瓦を 捲くったりするのみならず、 今薄暗い行燈の. うのは二 郎 だけ ではない。お直もそうだと読める 。その はいうまでもなく、それに呼応するが如く 彼の心の中で. 下で味のない 煙草 を 吸っているこの自分を、粉微塵に. お直の方に視点を移す前に二郎 にとって外に荒れ狂う嵐 今まさに 荒れ狂っている暴風 雨の実体 がどのように本人. 破壊す る予告の如く 思われた。(三 十 七). によって描写されているかを見ておこう。 便所に立 ったとき二郎 が窓から眺めた「正体 の解らな い 黒い 空」は、一 時は母や兄のいる宿のことを二郎 に心. - 53. 1999.3 10巻 2 号 (通巻第 25 号) 文学・芸術 ・ 文 化.
(14) 彼の 心 の 内に 吹き 荒 れ て い る 嵐は 、 今に も そ の 心 を. 「 冗談じゃ ない 」と 自分は 艘の 言 葉を 打 った 切るつ. 喉を突いたり、そんな小刀細 工を す るのは娩よ。 大水. 「あ ら本当よ二郎 さ ん 。妾 死 ぬな ら 首を 編っ た り 咽. もりでいった。すると艘は真面目に答えた。. であり「不 安の徴候」ではあるが、これまた 『 門 』に 於. 「破壊」し、艘に製いかからんとする 「恐ろしさの前触」 け る宗助と お米を製った大風とは違って、この嵐は恐ろ. お直のいっているのは 二郎 のいうような「 ロマ ン チッ. てこんな ロマ ン チックな言薬を聞いた ・・・ (同). 自分は小説などをそれほど愛読しない艘から、 始め. に対する二郎 の 反応は、 もはや茶番という他ない。. お直は 「真面目 に」こういっているのであるが、 これ. 死に方がしたいんですもの」(同). に捜われるとか、雷火に打たれるとか、 猛烈で一息な. さて、艘の反応の方であるが、その恐ろしさを実際に. しさの前触を意識させ、その前に二郎 を尻込みさ せる。 ― 一郎 の眼前に描いて見せ、 二郎の心の中で荒れ狂う嵐に 応えようとするのが艘の言葉である。和歌の浦の母と兄. の宿を心配する二郎 に、お直は、 「 も し本当に 海戦が 来 て あ す こ 界 隈を 悉皆捜っ て 行 くんなら、妾本当に惜しい事をしたと思うわ」. 「何故」 「 何 故 っ て 、 妾そ ん な 物 凄い と こ ろ が 見 た い ん で す. 「では一緒 に見 ま しょう」 と は 言 わない の が 臆病者 の. そう考えているのよ。 嘘だと思うならこれから 二人で. 「本に 出 る か 芝居で 遣るか 知 らない が 、妾、真 剣に. クな言莱」などではないはず だ。. 二郎 であ る。「恐ろしさ の前 触」 に心を 捕らわれ た二郎. に飛び 込んで御目 に懸けましょうか」. 和歌の浦へ行って波でも海繍でも構 わないから、 一緒. もの 」(三十 七). 誘いを、臆病の言葉で 「打った切る 」のである。. は、艘がせっかく二郎 の心の中の嵐に和すべく用意した. 「あ な た 今夜は 昴茄して い る 」と 自 分 は 慰撫め る 如. - 54 -. 河村 漱石 「行人」 再考.
(15) く い った 。 「 妾の 方 が貿 方よ り どの 位落ち付 いて い る か 知れ や しない。 大抵の男は意気 地なしね、いざ となると」と. 彼女は床の中で答えた。(三十 七) かくして二郎の心の中で荒れ狂 っていた嵐は、 艘の本 物の猛烈な嵐の前には ひとたまりもなく退散を余儀なく されてしまう。もはや二郎 の 心の 嵐も ひとまず去ったも. 同然 である。. この最後の感想は、やがて二郎 が艘に対して抱 く「青. 大将」の イメ ージ ヘと連なっていくことになるのである。. 「 だか ら嘘 だと 思 う なら、和 歌 の 浦ま で伴れ て 行っ. て 項戴 。きっと 波の中へ 飛込ん で 死ん で 見せ る か ら 」. 十 八) (三. 二郎は この「 物凄」い言葉に 圧倒されて、艘をかくま. で 興奮させることが何かあるのかと問うと、 お直は、. 「 あ な た 昴恋昴恋っ て 、よく 仰しゃ るけ れ ども妾ゃ. 自分はこの時始めて女というものを 語り手の二郎 は 「 まだ研 究していないことに気 が付いた 。 」(三十 八 )とい. 貨方よりいくら落付いているか解りゃ しないわ。 何時. でも覚悟が出 来ているんですもの」(同). って、 一瞬事件の 進 行を停止さ せた形で平生の艘を振り 返って 辻棲を合わせようとする。. お直のこの最後の言葉は、二郎 への最後通 告的な誘い. 平生の艘は 「 どことなく無気 味な惑じ」がしないでは. あ なた がその 気ならば、 私は 応じ る 覚 の 文句であ る。 「. だがすでにお直の物凄さを見 せつけられた二郎 の嵐は. 甚だ押れやすい感じ 」に 支配されて、 なかったのだが、 「. 去ったのであり、二郎 の 心に残されたのは 、女というの. ほどよく中和され、それほど意識 の全面に出てくること. は恐ろしいもの、「 無気 味」 なもの、 また自分は女 と い. 悟が出来ている」と解 釈出来る。. (三十 八 )と もいう 。 し か し 「 不 思 議 な こと に そ の 翻 弄. 「 始 終彼 女 か ら 翻 弄さ れ つ つ あ る よ う な 心 持 が し た 。」. うものの正体がわかっていなかったということである。. がなかったことを反挑する二郎 は、艘と話を している間. に、かえって愉快でならなかった」(同)。. される心持が、 自分に取って不 愉快であるべきはずだの. - 55 -. 1999.3 10巻 2 号(通巻第 25 号) 文学 ・ 芸術・ 文化.
(16) 漱石 「 行人」再考 河村. 結 局はお直のように 「死」と 引替えに二郎 は己の 「 ロ. 怯 」の なさ しむるところで ある 。 だが 臆病といい卑怯と. 眼に 茶 番 (と あえて呼 ぼう )にした の は、 臆病で あり、. いっても、その拠って来たる根本は 何 かというと、兄 ヘ. の ち ほ ど二郎 自身が反 省する言葉を 用い る ならば、「卑. したがって、そうした二郎 には嵐の 去った翌朝の 「明. 二郎 の場合には、代助、宗助ほ どに自然 の赴くままに動. の 怖れ 、 不義 への 怖れ、 家族そ の も の の 呪縛で あろう。. 諸氏のいうところの、 「 怖れる男」 である。 ら かな光」 の中で媛を見ても、彼女の眼に彼が期待して. マ ンチ ックな 」欲望を満 たす覚悟の ない 臆病者、批 評家. い た よう な 「浪漫的 な光は 射して い な 」(三十 九 )いの. 一 度は 確 かに去った。 だが、女というものは 「正体 の知. だが事は現 時点においての話で ある 。 二郎 の心の嵐は. け ない何 かが あったということ なの だろう。. 」 像であ. は 当然 の こと だと い わね ば なるまい。 二郎 に残るの は、 った。 心の嵐ー—_ これは 二郎 自身が 艘を前において結 局. れない 」ものと知覚しはじめた二郎 が、艘の魔力 から逃. まさに今はじめて気 づいた 「正体 の 知 れ ない 艘. れおお せ るといえるのだろう か。. に 徐々に と 二郎 を取り囲んでくるので ある。. 亡は依然 として続くので あり 、艘の的 確 な包囲網は 徐々. ここで終っては惜しい。 そして 二郎 の艘の脱力 からの逃. ば、立 派な短篇が成 り立つ。だがこれは長編小説である。. ここで終っても、二郎 と お直 の 関 係だけに限っていえ. が 去った あ. 」 女 の 姿で. (三十 九 )に なるの は 当然 で 、先 を 行く 「涼. のところ自己演出したということに なるI 」. とは、 語り手 自らがい う ように、「気 の 抜けた麦酒の よ う な心持. しそう」 な艘の姿はまさに 「正体 の知 れ ない. し かないので ある。 繰り返しいうが、二郎 さ え死をも覚悟で あり 得た なら、. 自己演出して見 せた嵐に身も心も翻弄さ れ、代助の 味わ. *. 和歌山の一夜に続 いて主として私が取り上げようとす. *. るのは、 例のもう―つの二人きりの場面|ーさよう、 彼. った であろうよう なブ リスを味わうことも 可能 であった れ、気 が付 いてみると二人と も砂だらけ であったという. で あろうし、また宗助のように大風にさ らわれ打ち倒さ. 岸過ぎの雨の夜に 二郎 の下 宿を訪れる艘. く 場面で ある 。 だがそれに至るまで に 必要 な 二人のその. とそれに続. こ と になった であろう 。 あわやというところで二郎 を怖れさせ彼の姿を読者の. - 56 -.
(17) 後の関係を語り手にしたがって点描しておかねばなるま ヽ. が大いに違ってくるというのが批 評家の一 致した意見 で. 少 し 前 に 艘 か ら 翻 弄さ れ る 二郎 は 自 分 の そ の 心 持 を. 心に話を進めたい。. あるー_ そこで少し二郎 の観察するお直の イ メー ジを中. さ て 艘 と の 一夜 が 明け て 和 歌 の 浦の 宿 に 戻っ た 二郎. *. は、それまでの二郎 とは少しばかり変化している。つま. して いるこ と に言及した が、 その と き の 「不愉快 」 「 愉. 「不愉快」であるべきはずが「愉快」(三十八 )だと表現. し。. り艘への「同 情」が加わった分だけこの回 想録を書いて. 快」を的確に定着させたのが 「青大将」の イ メー ジであ. 和歌の浦の宿に帰ったときに感じた兄 一郎 の 「針鼠の. る。. 艘の態度が「 乗り移っ」たと推測している。そして 「今. 十五分話しているうちに、 殆ん ど壁戒を要 しないほど穏. ように尖っている」感じを艘が夫の所 へ行って「十 分か. いる時点で後悔するように、「騎慢の発現」(四十 二)を. に な っ て、 取 り 返す 事も 依 う 事も 出 来 ない 」 (四十 二 ). 見 る。語り手は今の 時点で、こうした己の態度の変化を. と い た <懺悔す る わけ であ る が 、「取 り返す 事も償 う 事. 「霊妙な 手腕」を 思う 語 り 手は 、 それ を 「 柔らか い 青大. か に 」( 「帰 っ て か ら 」一 ) 治め て し ま っ た 、 その 媛 の. 単に深 い悔恨の意味なのか、あるいはもはや兄との間. 将」と イ メー ジしていくのである。その青大将が自由 自. も出来ない」と は 一体どういうことをさすのであろうか。. 例えば一郎. には話をすることも出 来ないような状態. 締. 在に兄の 「精神」を (身体ではない||I 語り 手は兄の身. 体ではなく 精神とわざ わざ 断わってい る点に注意I. が出来したというこ. が死ん だと か 狂人になったとかー. め上げたり緩めたりするところを東京に帰る夜行列車の. となのだろうか。いずれにしろ、和歌山市から帰った ニ. 郎 にはこのような変化が生じており、回 想時点の今とそ. 寝台の中で夢想する。. と い う 小説 は お直 を 如何に解 釈するか で読 み. 青大将が筋違 に頭か ら足の 先まで巻 き詰めている如く. •••その麻ている精神を、ぐにゃ ぐにゃ した例の. の 事件当時とが特 に繰り返し対 比され、懺悔の対 象とな. j. って いるこ と だけ はいって おき た い。(四十 二!四十 三. 参 照) 「 行人. - 57 -. 1999.3 10 巻 2 号(通巻第 25 号) 文学 ・ 芸術 ・ 文化.
(18) 度の変ずる度に、それからその絡みつく 強さの変ずる. り冷たく なったりした。それからその巻 きようが 緩く. 感じた。 自分の想像にはその青大将が時々熱くなった. である。. 想い描くのが、こ の 「柔らかい 青大将」の イメ ー ジなの. して も忘れ る事が出来 な」(同 一)い 二郎 が 艘に つい て. つまり 艘の上に二郎 がいて、下にいる艘のこ と を「どう. 兄の 「精神」対弟の「身体 」のコ ント ラス ト、寝 台の. なったり、緊く なったりした。 兄の顔色 は青大将の熱 度に、変った。( 「帰ってから」一). いわんやである。 途中で窓から雨がしけ込んで 艘の 窓を. こ こまでくれば、何をか. とにもかくにもあの「針鼠のよう に 」逆立っていた一. 魔に 入る場面は、もはや付 け足しにすぎない。. 閉めに降りた二郎 と 艘の 仲をわざわざ母が起き出して邪. 上と下 の二郎 と艘の重なりI. けているのである。 雨が窓から降り込む といって 艘、母. 艘と義弟の関係に絞られているので、 その他の人物は出. ったわけである。私のこの論での関心は繰り返しいうが、. 語り手のいうように、かくして 一行は東京 の自宅に 戻. 郎 の精神は今艘の柔らかい青大将に絡み付かれ、 眠り こ そして二郎 が起きて騒いでいても一郎 は「聖者 の 如く た さらにそれを回 想する二郎 はこの眠り を「今でも不 審. だすやすやと眠っていた」(同 二) 。. さて 艘に関 す る イメ ージで 、「柔か い 青大将」も さる. 来る限り切り捨てさせて頂く 。. ことながら、 これまでにも彼女の 「 淋しさ」に 関す る エ. の ―つに なっている」(同 一 ―)と い う が、 これについて. る と 艘と義弟とのテ ーマ からは脱線 するし、時間が長く. の 形容は 二郎の友人 三沢 の愛した 「 娘さん」にも、また. は私にもある ことが想像 出来る。 だが それについて述べ. 大阪の 病院に 三沢 と 同 時に 入院して き た芸 者の女に も、. ピ セ ット には幾度か言 及して き た。「淋しい色 沢 の頬 」 、. 将」に、 兄の よう に 精神ではなく 、「身体 」 を絡ま れ る. は たま た後ほ ど二郎 の 父が 語 る女 景清にも当て は ま る。. 「淋しい片 監」、「 淋しい 笑い 方 」と い う 風に 。そして こ. ような気 に なり、「不 愉快」 と 同 時 に 「愉快 」を感 じ た. 二郎 自身が、 兄の精神に 絡み付いている「柔らかい青大. 点に 注目して おき たい。 しか も寝 台は一室に 四つあ り、. これらは皆 「 淋しい」表情の女たちであり、 漱石の描く. かかるので、いずれ別の 機会に譲って、こ こでは 語り手. 艘の 上が 二郎 、 母の 上が 一郎 と い う 配 置になって い る。. - 58 -. 河村 漱石「行人」再考.
(19) そして漱石の男性たちはことごとくこの種 の女性の版. 女性に特徴的な性質である。. 艘は 平生 の 通 り 淋し い 秋草の よ う に 其 処ら を 動 い. であり、『 虞美人 草』の 小夜子 が そう であ る。そう した. の イメ ー ジに通い合う。 私はすぐに「真 葛 ヶ原に女郎 花. ことに 「 淋しい秋草」といえば『虞美人草』の 小夜子. た。そうして時々片梱を 見せて笑った。(同 三). 意味では三千代、小夜子は「行人 」のお直に繋がってい. を思い出す。小夜子も小野さんに長い間無 視されてきた. が咲いた...」という「虞美人草 」の 美しい パセ ッジ. に なる。『 行人』 以前に は「 それ か ら 』の 三千代が そう. るのであって、お直解釈の前提条件の一っ ともなってい. 「 可憐な」女、 忍耐の女である。. るのである。この条件を無 視して一方的にお直を悪女の 如く酷 評する (そうした評者もいる)のはやはり問題で. に 漱石の 「 行人」を扱った 際に、お直の性格付けとして. 山頂に向かう想像力 」の中で自然 観を中心 私は拙著 『. だからといって、 私がただちに 三千代と同じことをお. いものをお直も持っていりとして、 色々な側面を持つお. 『明暗 」の 清子が 体 現して い ると 思 われ る 則 天去 私に近. ある。. もなくはないと考えていることは確かであるが、 これは. も知れないので、少し説明を加えておくことにする。. この強調 が間違っているとは思わないが、誤解を生むや. 直 の性格の中で、特にこの部分を強調 してみせた。 今も. 直がすると考えているわけではない 。ただしその可能 性 またのちに 触れることにしよう。 今は 三千代、小夜子に続く 「淋しい」 表情の女、ある いは存在そのものが 「淋しさ」を本 質とする 女が お直だ. j. では十 分に 描き 出さ れ なかった お直 の 内. 批 評家の中には、このような系譜にお直を位置づけな いで、「 行人. と だけ言っておきたい。語り手の観察によれば、 東京に. 面に立 ち入って、お直 の 視点から描き出そうとしたのが j. 帰って か ら艘は、日 常生 活の 中 に 復帰して 、 「 何時 も の. 直 、お住、お延と い う 系 譜を見る人も多い。そしてこの. j. 「道草』のお住であり、「明暗 のお延であるとして 、お. 通 り淋しい笑い方をして「ええ直御 後から参ります と またこのようにも表現されているI. 答えた」(「帰ってから」三)。. 後者の考え方もそれなりの妥当性を持 って い ると 承認し. - 59 -. 1999.3 10 巻 2 号(通巻第 2 5 号). 文学・芸術・ 文化.
(20) らない。先 ほども触れたように、特 に 非日常的 状況に 置. を委ねてばかりではないという点も断わっておかねばな. そうではあるが、 三千代、 小夜子、お直そして 清子と. ないわけにはいかない。. 出 来 る人 で も あ る 。 『 それから』 の三 千代は 雨の 中に 自. 己を 放摘し、 人 工を 去っ て 自然 に つく ことを 選ん だし、. かれた場合、積極的にその状況に応じて行動することの. 触れた ように 、その活発な活動性にあるのではなく、む. 出した 運命にしたがって上京し、 積極的に 小野さんの妻. 「 虞 美人 草 』 の あ の お と な し い 小 夜子 で あ っ て も 、 動 き. いう風に続く一貫した系 譜の成立可能性を、やはり私は. し ろ 則 天去 私的 な そ の 受 動 性 に あ る 。そ れが 語 り 手に. 捨て去ることが出来ない。彼女たちの特質は、先 ほども. 「可憐な」女、「忍耐」の 女、 そして 「天真の発現 」の女. 旅にあって非日 常の中に ひと 時身 を置いたお直が、そ. れた二郎 との一泊という非日常に身を委ねようとしたで. お直の場合、 彼女は和歌山市での 暴風雨に 閉じ込め ら. となるではないか。. のときに限って日常の受 動性の枠を破って二郎 に対し活. 避したのは二郎の方であったことはすでに見た 通りであ. はないか。それを兄だの母だの名誉だのを持ち出して回. としての像を結 ばせているのである。. は、いつもの「淋しい笑い」 を浮かべ 、 「 秋草のように」. る。. 動的に働きかけたにしろ、再び日常の中に立ち戻った後 家事にいそしむ姿は、まさに二郎ならずとも、憐憫の 情. つまりこれが運命あるいは. に消極的、受 動的にばかりか、 梢極的. このように所与の状況I. にも身を任せるのを、私は 則天去私と 呼ぶのである。こ. 自然 であるがー. 彼女 らは「我」を捨て去って自分の運命に身を委ねた. 女 であ る 。. うした意味でお直はや は り則天去私的側面を強く 持った. ラ ップして 映るのである。. を禁じえまい。私には特に 小夜子の イメ ー ジと オー バー. 姿を呈して いる。私が特に彼女たちを 則天去私的と呼ぶ. に動くことはないが、艘の姿に注意を怠 らない。二郎 の. さて二郎 は傍観者としてそばにいながら自らは積極的. *. のはこうした意味においてである。 漱石の描く男 性主人 公たちが「我 」をはり通して苦悩するのとは対照的であ る。 ただし彼女 ら女 性 主人 公は一方的に受 身的に運命に身. - 60 -. 河村 漱石 「行人」再考.
(21) 目 を通して艘の姿を追ってみよう。 例えば 一人 娘を風呂に入れて いるときの艘は二郎の耳 には次のように聞こえるI 芳江の 笑 い声 の間には悔に、女としての深 さのあり. 体 どう いう. 一. 過ぎる艘の声 が聞こえた。( 「帰ってから」五) 「女 と しての 深 さ の あ り過 ぎる声 」と は. ( 中 央公論 、一九九三 :七)と いう小説の. 種 類の声 をさすのであろうか。余談ながら、中村真 一郎 J. 物の語り手二郎 であるのは言うまでもな い。そしてそれ. は二郎の側の艘の エロス ヘの関心の深 さ を示 唆するもの. 場面はつ いに家を出る決 意をした 二郎が最後に兄にそ. である点も言うまでもなかろう。. ス カ〉を聞かされてうんざ りして いると、下から艘が娘. の報告に行ったとき、 兄から例の 〈 パオ ロとフ ラン チ ェ. の 手を 引 いて階段を上がってくるのに出くわすところで ある。. 扉の敷居に姿を現 した彼女は、風呂か ら 上がりたて. 薄赤 い血を引き寄 せて、 肌理の細か い皮問に 手触を挑. と見 えて、 青味の さ した 常の頬 に、 心持の 好 いほ ど、. 『 時間の迷路. 中で、深 い声 の持ち主は西洋人の女の特徴で、 日本人の. で触れたが、お 直の エロスの自然の発現 のも う ―つ 別の. これは拙著 『 山項に向かう 想像力』所収の 『 行人 』論. させられた 二郎は、もはや後戻りすることは出来な い。. も関わらず、和歌山の 一夜で艘の エロスの世界に目 覚め. をする場合も少な いと語り手は記述して いるが、 それに. 東京に帰ってからは艘と二人きりになる 機会はなく、話. ここに ははっき りと あ の 「柔らか い青 大将」 が いる。. 八). むような柔らかさを見せて いた。( 「帰ってから」 二十. 女には少なく、声が深 いのは、性 的な強度、深 さのバ ロ 一 泊の場面で艘の エロスに―郎 が翻弄さ れ. 一. メー ターだと いう 旨の興味深 い指摘がなされて いる。 確 かに和 歌山の. たあげく、 東京への夜行の寝台の上では 「柔らか い青大. 将」に身 体を絡み付 かれるところを夢想する経緯は我々. 箇所 を引用して おこう 。勿論それを目 ざ とく観察するの. ここで少し捜を離 れて、語り手二郎 が家を出て下宿を. のすでに見たところである。. は、あの和 歌山での夜に捜の化粧を察知したのと同 一人. - 61 -. 1999.3 10巻 2 号 (通巻第 25号) 文学 · 芸術 ・ 文化.
(22) らない。先ずは 家人のお貞さんが近々結 婚ということで. することを決 意 した 理 由を簡単に振り返っておかねばな. 「二郎 たとい、お前が家を出たってね...」(同 二十四 ). る よ う 忠 告 す る 母 が 、 実 際二 郎 が 家 を 出 る と い う と 、. る。兄 の 機嫌をよくするために早く嫁をもらって家を出. さ らに 二郎 は友 人の 三沢からも、 家を出て早く結 婚 し. という。. たほうが、艘の為だということをはっきりときかされる。. 一郎 はお貞さんに忠告のつもりで、女は結 婚すれば「人 と言って、お貞さんを泣かすが、そのような言葉を使う. 間 の 品格 が 堕落する」 (同 六)か ら気 をつけた方 がいい のは 一郎 の頭に、結 婚によってス ポ イルされて しまった. 「君が お直 さ ん などの 傍に 長 く 喰付い て い るか ら悪い ん. 沢の上に注」ぐ。. うに思っているのを知った二郎は 「驚きと疑いの眼を 三. まさかと思っていた友人までが、 自分のことをこのよ. だ」(同 二十 三) 。. お直という 固定観念 があるからである。兄 は常にお貞さ. 取っている (「帰ってから」 七参 照)。. んとお直 を 比較 して考えているのを観察者の二郎 は見 て これは直接には二郎 に関係のない兄夫婦の問題のよう. 第に 二郎 が 我 家に 家 族の 一 員 と して 居 づら く な っ て く. 直の確執、母および友人 の 心配と 忠告等々が相まって次. か く してお貞さんの結 婚問題に端を発 して 、お重とお. お直と不 義を働 い た などと は 思っては い ない だろう が 、. るのを本人が知ら ぬわけではない。まさかに兄は二郎が. であって実は、二郎 がその夫婦不和 の遠因と目さ れてい. 兄が二郎 に立腹するのは 、二郎 が己の感情を「誠実」に. 因となったのが、父の話す女景清の逸話だ。 逸話の詳細. までもなく二郎 と兄一郎 との直接の衝突である。 その誘. る。そ して二郎 に家を出させるその最たる原因は 、い う. 勿論二郎にすれば艘への同情の深 化と同時に目 覚めさ. 語らないところに原因がある。 せられた艘の エロス ヘの関心を、兄の要請通り、率直に、. にわたってはここでは 省略する。要は父が友 人の使いで. とが、真実のみを徹底 して求めようとする一郎 を立腹さ. この女景清にいい加 減な出鱈目をいって女をなだめたこ. 艘との直接対決は日 常茶飯事である。母親も和 歌山以来. せた点にある。. 他 方妹のお重は 口に 出 して 二郎 の 艘びいきを云 々 し、. 誠実に語るわけにはいかない。. 特に二郎 と艘との間柄を疑ってい る フシが二郎 に は見 え. - 62 -. 河村 漱石 「 行人」再考.
(23) とすり抜けて来た二郎 の 不誠実に対 する 一郎の 掘痕玉の. 件を兄に報告すると約束しておきながら、のらりくらり. 二郎 を許容しえないのである。それがこれまで艘との一. 一郎 は虚偽と真実の間を適当にうまく生きている父や. て、そこに人 工の作 用で一緒 になった自分達夫婦よりも. い の 二人 の 日常 での 親 し い 言 葉の や り 取 り を 聞 い て い. ある疑いを抱 か せる結 果となった。一郎 は元から知り合. も、 そして 肝 腎の 兄にも、 不義と ま で は言わ なく と も、. 自然そのものが結 び付 けている二郎 とお直の関係を羨む. に、学 問 に没頭して 来 た おか げで、人 を 「綾成 す 技 巧 」. 爆発となる。 「お父 さ ん の よう な 虚偽 な 自白 を聞 い た 後、 何 で 貴. る。. ( 「 帰ってから 」五)を身につける暇がなかったと反 省す. ようになったので はないか。 一郎 自身 は、 自ら言うよう. 二」 ). ば、お直 は決して 幸 せに はなれまいし、彼自身もそう だ. よってス ポ イルさ れるという固定観念を持つ一郎 にすれ. とお直が結びついて 一緒 にいても、結 婚すれば女 は夫に. あるならば、そうするのが一番よいの で はないか、 自分. そこで 一郎 は、もし二郎とお直が結び つくのが自然 で. 様 の報告なんか宛にするものか」( 「 帰ってから」二十. この兄との間の決 定的な対 立が二郎 をして家を出る決. それにしても兄一郎 の和歌山旅行から今に至るまでの. 意を固めさ せた こ と は疑う余地 はなかろう。 言 動 はどう考えても 不自然 だ。和歌山で二郎 にお直の節. 発するが 如く「一人出るのかい」( 「帰ってから」二十 七). だからこそ、一郎 は二郎 が家を出ると言ったとき、 誘. と、思ったので はないか。. お前もその気 が本当にあるなら、二人 一 緒 になるの が 自. 操を 試 せといったとき、 ひょ っとして 一郎 はもしお直も. 然 で はないかということを、 本当 は言いたかったのでは. と聞くのである。. て兄の顔を打ち守ってい」ると、. 二郎 はこ れ を 「 奇異な質問 」と 思 い 、「小時茫然 と し. ないか。. 確かに二郎 が兄よりも前からお直を知っていたという こと は、 二郎 自身 が 述 べ て い る ( 「帰って か ら 」二十 参 照) 。 その こ と も遠因と なって 、母に も お 重に も 三沢 に. - 63 -. 1999.3 10 巻 2 号(通巻第 25 号) 文学 ・ 芸術 ・ 文化.
(24) 「 己はこ う 解 釈す る 。人間 の 作 った 夫婦 と い う関 係. それで時を経るに従って、 狭い社会の作 った窮屈な道. よりも、自然 が醗した 恋愛 の 方 が、 実 際神 聖だ から、. 兄 は自分の顔を見 て、えへ ヘと笑った。自分 はその 「無 論 一人で出 る 気 だろ う。誰 も連れ て 行く 必要 は. 徳を 脱ぎすてて、大きな自然 の法則を嘆 美する声 だけ. 笑いの 影にさ え歌欺的 里性の稲妻を認めた。 ないんだ から」(二十 七). 尤もその当 時 はみん な道徳に加 勢する。二人のような. が、我々の耳を刺激するように残るので はな かろう か。. このように二郎 は兄の言動に ヒステリ 性を読むのであ. 起った瞬間を収める為の道義に駆られた云わば通 り雨. 関係を不 義だと云 って咎める。然 しそれ はその事態 の. のようなもので、あとへ残るの はどうして も晴天と白. るが、これまで私が緩緩述べて 来た二郎 の和歌 山以来の. て、こ の 質問 は、 私に は、あ ながち「奇異 」に は響 かな. は思わん かね 。 」( 「帰って から」 二十 七). 日、すなわち パオ ロとフ ラン チ ェス カさ。 どうだそう. 艘への同情と エロス ヘの目 覚め と 用意周到 な観察 からし い。 そして二郎 がその ヒステリ 性を読む 兄の 「えへへ」. これに対し 二郎 が返事をしないでいると、兄 はさらに. 二十 八). 一. 時 の 敗北 者だけ れ ども 永久の 勝 利 者だ...」(同. に は違いないが、永久の 敗北者だ。自然 に従うもの は、. 「二郎 、 だ から 道徳に 加 勢す る も の は 一時の勝 利 者. ず、な かば頭にくるのを、兄 はさらに続けていう. こ れ を 聞 かさ れ た 二郎 は兄 の 主意 が ま っ た く わ から. という笑いと引用したそれに続く言葉に は、 ヒステリ 性 よりもむ しろ、勇気 があるなら、本当にそうしたいので. と取れる。. あれば、お直を連れて出て はど う か、という誘いがある. 郎がなぜ〈 パオ ロとフ. 一. そのように 一郎 の 一見 奇異と思え る言動を読み解いて いくと、この話にすぐ続けて、. ラン チ ェス カの恋〉 の逸話を語るの かがよくわ かる。な ぜ肝 腎な夫の名前が忘れられて、 不義の弟と妻の 名前だ けが後世に残る かということへのよく引用され る 一郎 の 解釈が続くのであるl. - 64 -. 河村 漱石 「 行人」 再考.
(25) もの、 社会、 社会 道徳といった、い わば「形式 」に拘泥. まさに二郎 は兄、 母、 妹、友 人、そして 家族制度その. 薬て 」るがよいという、 誠実な忠告と読める。. 「自然」に従って、「狭い 社会の作 った窮 屈な道徳を 脱ぎ. 「相撲の 手 を 習って も、 実 際力 の ない もの は 駄目 だ. して、 本能の赴くままに行動し得ていない。. 続 けて. ろう。そんな形式に拘泥しないでも、実力さ え悟に持. のこと、艘からはもっと 強烈な 肘鉄を食らうのは当然 で. とくれば、兄の 二 人 出るのかい」という誘発は無論. りにして一人で家を出るというのである。. 観者になりすましていて、あげくの果てが、 捜を置き去. じ何でもするという宣言であった。それをぐずぐずと傍. 二郎 さえその気 になれば、お直は何時だって、 それに応. 来ている」と 語ったこ と を 我々は思い出す必要があろう。. の一夜の場面で、 二郎 に対し自分はいつでも「覚悟が出. に 死にましょうというのである。 艘はすでにあの和歌山. につけというし、艘は艘で 「小刀細 工」はやめて、一緒. 兄は 兄で弟 に「 小 刀細 工」はやめてあるがままの自然. 七)と言ったのは、お直自身ではなかったか。. 「兄」三 十 喉を突いたり、 小刀細 工をするのは嫌いよ」(. 言ったが、和 歌山の 一夜に 「妾 死ぬなら首を括ったり咽. 兄は二郎 に先 ほど 「四十八 手は人間 の 小刀細 工だ」と. って い れ ばその 方 がき っと勝 つ。勝 つの は当り前さ 。. だ。 ...」(同 ). 四 十 八 手 は 人 間 の 小 刀 細 工 だ。 普力 は 自 然 の 賜物. このような兄の言葉を二郎 はどう受 け取っているかと いうと、「影を 踏んで力んでいるような哲学 」(同)と 思. うのである。 兄の最後の言 葉はこうである—|‘ 「二郎 、 お前は 現 在 も未来 も永久に、 勝 利者として 存在しようとするつもりだろう」(同) 自分が敗北者であることを認めた上で、弟二郎 の勝 利 二郎の反 応とは違って 、兄 一郎の言い分とその理由を、. ある。. 者としての宣言を、弟に代ってやっている訳だ。. なるつもりがあるのならば、それだけ「脩力」を出して、. 狂気 扱い しないで、 積極的 に認めるとすれば、勝 利者に. - 65 -. 1999.3 10巻 2 号(通巻第 2 5 号) 文学・芸術・ 文化.
(26) ええ少時 出 る事 にしま した」 と答 自 分 は何気 なく 「. そ の方が面倒 でなく って好 いでしょう」 「. えた。 彼女 は自 分が何 か言う かと思 って、凝 と自 分 の顔を 見 て いた。 しかし自 分 は何 とも いわな か った。 「 そう して早 く奥 さんを お貰 いな さ い」 と彼女 の方 「 早 いほ う が好 いわよ貴 方 。妾捜 し て上げ ま し ょう. からま た い った。自 分 はそれ でも黙 って いた。. か」 とまた聞 いた。. も す るよ う に、ち ょ. っと頭を下げ て自 分 に黙礼 を した。. い例 であ った」 ( 二十八)。. 自 分 が彼女 から こんな冷 淡 な挨 拶を受けた のも また珍 し. この引用 にも その前 の引 用にもあ るよ うに、なぜ捜 が. このような いつもと違 った反応を自分 に対 して見 せる の. か、二郎 はそ の理由 はわ か って いよ うが、書 いていな い。. ま さかにわ からぬ訳 ではあ るま い。だ が書 かな いで いる。. 書 かな いで いる からと い って艘 の態度 が何 の影響も そ の. 後 の二郎 に与 えな い訳 ではな い。. 否 、家 を出 て 一人下宿住 ま いを はじめる 二郎 は、賑 や. この媛 の二郎 に対 す る反動的 で冷淡 な態度 は、再び繰. 茶 の間 の方 へ去 った。 ( 「 帰 ってから」 二十五). の持主 であ るB先生 からは 「 今 日は君 いやに意気蛸沈 し. 心を痛ま せるが、事 は兄 に関す るば かり でな い。事 務所. 異常 な精神 に関す る咽 が二郎 の耳 に入 って来 、二郎 の良. ってゆく のは注 目す べき事実 である。. かな家庭 から急 に 一人きり にな った せ いも確 かにな いで. 「 どうぞ 願 います」 と自 分 は始 め て口を開 いた。. り返され る。それは先 ほど兄 と の最後 の話 の場面 で、風. て いるね」 ( 二十九) と指摘 され たりす る。 「 そう して心. 艘 は自分を見下げ たようなまた自分を調戯 うな薄 笑. 呂 上 がり の艘 が娘 の手を 引 いて兄 の書 斎 に来 て、例 の. の内 で、自 分 こそ近頃神経症 にかか って いる のではな か. は な いが 、設計会社 の仕事 に次第 に身 が入らぬよ う にな. 「 手触 りを 挑 むよ うな」柔 ら かく肌理 の細 か い皮 閲 を見. いを薄 い唇 の両端 に見 せ つつ、 わざ と足音 を高 く して、. せ つけ 、 兄 に は普 段 にな い 「 家庭 の夫 人 らしい愛 嬌 を見. ろうかと不愉快 な心配を」 ( 二十 九)す るようになる。. 私 が問 いた いのは、 二郎 の 「 意気 蛸 沈」 や 「 神 経 症」. そ の間 に友 人 の三沢 や事 務所 のB先生を媒 介に、兄 の. せ」 兄を籠絡 してお いて、片 や二郎 に対 しては、彼 が書. 艘は 一面 識 もな い眼 下 のも のに挨 拶 で 斎 を出 るとき 、 「. - 66 -. 河村 漱石「行人」再考.
(27) 言うまでもなく、 二郎 はわざ と気づか ぬ振りをして避け. 拙著「 山項に向 か う 想像力 』にも書いたが、 私見 では、. とした論文は、残念ながら、お目 に掛かったことがない。. れるが、こと 二郎 を神経症と看倣し、その 原因を探ろう. の知る限りでは、一郎の神経 症に関する研 究は多く見 ら. の原因は、はたして、何であるのかという点である。私. にはいら れ ぬ心境に追いやられていく。もし兄一郎 が媛. の表情に読み取る 二郎 は 、それを艘お直の上に応用せず. 己れの 懐で暖 め て 見 せ ると い う 強い 決 心」(同 )を 三 沢. い た ら、 彼女 の 親や 夫か ら「永久に 彼女 を奪 い取って、. 関係で見 据 えはじめている。その娘さんが今でも生きて. ないしは 「軽 薄な夫」と艘お直と夫一郎 と を パ ラ レルの. 二郎 は 三沢の 「娘さ ん 」を 狂わ せ た そ の 「愚劣 な 親」. を精神病に仕立て上げようとしているのであれば、これ. 二郎 は 確かに神経症に陥っているのであり、その 原因は てはいるが、艘お直から離れたことにある。艘のあの冷. そこで艘をそのような危険から救うという目 的で、 ニ. するとこのようになろう。. は 一体何か。 二郎の心の中をわかりやすく パ ラフ レイズ. は大変なこ と だ、そうさせないために自分のすべきこと. *. たい反 応はその 効果を 発揮しはじめたのである。 これと平行して三 沢から例の 精神病で死ん だ「娘さん」. 郎は兄一郎 の精神状態 に関する探索、否 、探偵を開始す. へ の 忠 誠 心 を 繰 り 返し 聞 か さ れ る と 、 二郎 の 想 像 は 、 「こ の 時その 美しい 眼の 女 よりも、か えっ て 自分 の 忘れ. ところが、 である。兄のことが気がかりで番町の家に. るのである。. の精神に祟った恐ろしい狂いが耳に響けば響く ほど、兄. ようとしていた兄の 上に逆戻りをした 。そうしてその女. と言っている場合ではないではないか。 二郎 は卑怯にも. うが、本当に兄のことが心配ならば、「会うのが厭云 々」. 階へはと う と う 上がらなかった ... 」(三十二 )と い. 神 病で心の 憚が 解 け た か らだと その 理 由 ま で説明した 。. こ っ そ り と 母 か ら 兄 の 様 子 を 間接 的 に 聞 い た り す る の. 出 かけ はするもの の 、「直 接兄に会うの が厭なの で、 ニ. 兄はことによると、艘をそういう精神病にかからして見. の頭が気 に掛って来た。兄は和歌山行の汽車の中で、そ. たい、本音を 吐かせて見たい、と思っているかも知れな. だ。. の女は個に 三沢を思っているに違いないと断言した。精. い」(「 帰ってから」三 十 一) 。. - 67 -. 1999.3 10 巻 2 号 (通巻第 25 号) 文学 · 芸術 ・ 文化.
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