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<書評・紹介> Nathmal Tatia (ed.) : Abhidharmasamuccaya-bhāṣyam

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Academic year: 2021

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本書は診言昼冨制日儲騨目p8騨冨︲9場胃︵以下溌目と略 す︶の梵文マニ﹃一スクリプトのN・タティァ博士による校訂版 である。序文にも述。へられているとおり、このマ’三スクリプ トは、一九三四年、ラーフラ・サンクリトャーャナ師が、チ。ヘ ットの、コル僧院において発見し、それを写真に撮って、他のテ キストの写真とともにインドにもたらしたものである。この写 真は現在もパトナの詞旨胃局①いの自呂讐凰①耳の図書館に保 管されている。 周知の如く、シ号彦は無著︵篇目畷︶のシご冒号胃日儲Pg︲ 月8菌︵以下Pmと略す︶の原文で現存する唯一の梵文註釈 書である。勝には漢訳︵大正z○.岳呂大乗阿毘達磨集論、 略して集論︶およびチベット訳︵影印北京版z○.別g︶が存 する。勝喜は漢訳として安慧に帰せられた大乗阿毘達磨雑集 論︵略して雑集論、大正z○.冨急︶に相当するが、漢訳では その中に本論︵集論︶の文をも併せ収めている。そのチベット

z呉言ご巴弓昌酎︵a,意

吟一︺三皇国目︺畠囲冒ごg四ぐ甲ご国のく曽三

吉元信行

訳は影印北京版zO留置に相当する。集論および雑集論は耐 職伽行派の代表的論書として、中国や日本において古くから研 究され、また、後の唯識・法相宗等の宗学においても特に依用 され、今日の佛教に大きな思想的影響を与えているものである。 シゅのマ’三スクリプトは、シ切目のそれと同時に発見され たものであるが、既に一九四七年に、V・V・ゴーカレー博士に よって校訂公表された︵○o唇己のぐ.ぐ.︽︹匂晶目①己諒吋○日 芸①醇匡︺昌︺胃目④閨9月8樹旦陦自習﹄︾.、。ミ蓋ミミ碁、 画ヘミ己へ亀切蚤さ息︾蜀呈員、一息a吾・鄙。爵曾︾z,切々ぐ○].麗﹄弓昌︶。 しかし、残念なことに、この儲の言豆スクリプトは全体の 三分の二に当る部分が散逸している。そこで、P。プラダン博 士は、その不完全な了一﹃一スクプトを再整理して、儒冒のマ ’三スクリ・フトおよび勝の漢・蔵訳を参照し、シ“全体の再校 訂と散逸部分の還元補筆を試みた︵勺国目四口︺勺.&・患ミ豊含︲ 黄言昌ミミミ。ミ皇具勝§噌.曾具旨涛の菌冒︾ぐぅ討騨冒騨国威︾ 岳g・︶。ここに、われわれは大乗阿毘達磨に関する重要な一原 典の全貌を伺い得ることとなったわけであるが、しかし、評者 もかって指摘した如く、このプラダン博士による儲の校訂や 梵文の還元には種々問題点がある︵拙稿﹁書評タ﹃四壱○旨河骨︲ 巳四“F①CO目の且旨日烏宮の層のH︲合。勵旨⑦曼陦自彊﹂佛教 学セミナー肥号・京都・昭妃・九二頁、ほか︶。ところで、シめ の現存する唯一の梵文註釈である勝gには帯からの引用やそ の説明が豊富に含まれているわけであり、その上、シめgのマ |豆スクリプトには一葉の欠落もなく、全文がほとんど完全な

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形で残されているとのことであったので、これは、勝散逸部 分の還元や正しい読解にとって不可欠のテキストとして、学界 から久しくその公表を切望されていた。発見後四十年にもなろ うとする今日、ようやくこの原典が陽の目を見ることになった ことは誠に喜ばしいことであり、本書が学界に資することは大 であろうと思う。 学界では、この巖gの公表が待ち切れず、既にハンブルグ 大学教授シ﹃一ミットハウゼン博士は、陦冒のマ’三スクリプ トのコピーを入手して、一九六九年に著わしたの9日岸冒扁呂、 Fロミ畠きぎa︲§い&言ミミ烏一、罰冨泳。亀員の含昌電屡冒冨号雲 尽筒。副息冨ミ尋.ぐのH民のロ臣。自侭の旨烏門悶○日目尉巴○昌曽H 、頁四目①旨ppq悶巳目H①ロ呂早ppq○の曾巴①ロの国①津鈩君后旨︾ 忌亀ゞにそれを引用して以来、何回かその諭稿に陦冒を資料 として用いている。また我国でも、滞印中タティア博士の少の︲ g校訂の仕事に協力した念.〆〆冒︶篠田正成氏が、一九七○年 に発表した論稿に勝冒を引用している︵篠田正成﹁シg昼冨H︲ 旨儲騨目poo昌四︲g場滿の成立年代﹂印佛研肥12︶。評者も、 かって何回か篠田氏の筆写された巖目本文を借覧させて頂い たことがある︵吉元・玉井﹁梵文阿毘達磨集諭における煩悩の 諸定義﹂佐女木現順編著﹃煩悩の研究﹄清水弘文堂・東京・昭 五○、ほか︶。いま、タティァ博士の校訂になる本書の刊行に よって、陦三及びシ“の研究、更に琉伽行派・唯識学派の思 想研究は大きく進展を見ることてあろう。 校訂者N・タティア博士は、本書のほかに、以前、本書と同 口 かつてラーフラサンクリトヤーヤナ師によって、頃旨胃巴己 ○鳥笛完の叩①肖呂gC肘q誌上に発表された目録によると、 このマ|一ユスクリフトについては次のように記されているとい ○ 気ノO zp函・ 弓岸﹂Cシ一︶]︺一色彦空ロ昌四印P胃ご巨○n秒︾ぷこ︶﹄︺劉映ぐ空 pr、 陛匡井戸○吋目.︵曙酔い○日]茸騨︶ じシリーズの中でA・タクル氏とともに中辺分別論の梵本の校 訂版を出している︵ミミミョ卓言︲詞ざ笥智︲里罰運急﹀8.9z, 弓胃旨四国Qシ目色貝巴巴目冒己EH﹄も四目凹皿炭.勺.﹃ゆく開急巴 とL 両の“①⑳Ho彦冒騨岸鼻①ゞごSゞ司号①冨冒⑳四口農吋拝舅さユ$、の国①、① z○.旨︶。ジャーヤスワール研究所と言えば、ラーフラサンク リトャーャナ師がチベットから将来した佛教マ’三スクリプト の多くを蔵することで知られている。そして弓旨の国目蟹国鳥︲ 艮弓○鳥切胖爲庸のとしてサンスクリット原典を次為に出版し てきているが、それは本書で第十七冊を出すこととなった。こ のシリーズに閉四日目︺騨乱昌冨g搦冒等佛教論理学に関する テキスト類のほか、先に述ぺた中辺分別諭梵本や、少g巨富局︲ 日酔目冒昌昏くぎ目の圃冒:園ご甘茸、および阿毘達磨倶舎論 梵本など、佛教研究に不可欠な諭書が多数含まれていることは よく知られているが、今回の本書の刊行は先行のそれらのテキ ストに劣らない重要な意味を持っている。 二 88

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⑳○吋]℃庁夛●﹄四mPQ﹄胃﹃ ひ目①旨]目、四1画﹄︸・含ロロ芦C宮C鉱︶、1J“

﹃、〆

鼬 F①ゆぐ①⑩胃吟の F旨①いつ この記述について、タティア博士は、少、gのマ’−1スクリ プトの書体は昌凋且冒文字でなくて、国○さ︲富農昏旨文字 てあると修正する。また、葉数は一四九葉に更に余分の一葉が 追加されているという含〆凶︶。 儲冒の著者について、このマ’三スクリプト自身は何も言 及していないが、チベット伝では詞賜巴gEm3のとなってお り、上掲のラーフラ師作成の目録ではこれを曙鼠○日拝国に当 るとしている。この点については既に$コーカレー博士が疑義を 呈しており︵①○戸彦巴①︺ぐ.ぐ.︽︽国H侭目①貝の叶○日昏のシウ亘︲ 号胃目鼠幽昌pooP憩旦陽留侭四︾︾前掲、や届︶、タティア博士 はこれを修正して、北京版大谷目録の如く]冒眉日日であると する。また、中国伝によると、獅子覚︵切目巳国ぃ目ぽP︶に炉、 の註釈の述作があり、それと無著の震を安慧が合牒して、大 乗阿毘達磨雑集諭を作ったとされている。先にプラダン博士は、 勝と安慧の唯識三十頌釈︵埠日鰹圃国冨曙どの相似性を指摘 して、勝目の著者は安慧であると推定している︵陣且宮口﹄ 句・も.①g堅守雪ミ吾騒鳶ご尋吻畠ミ誤§&畠o、望め§碕圏︾冒茸○Qこの武○ロロ ご︶が、タティア博士も、更にン“gと唯識三十頌釈の相似性 を指摘しているe・〆〆昌︶。 シ“gと唯識三十頌釈の相似性については、夙に高崎正芳氏 が両者のチベット訳を用いて指摘している︵高崎正芳﹁無著・ 阿毘達磨集論について﹂大谷学報妬12、京都・昭誕・四一’ 四二頁︶。本書の序論において、タティャ博士が表示している 少のgと三十頌釈との本文の相似点の対比は、はからずも高崎 氏の所論を裏づけることになったわけである。しかし、両論の 一部の文章が相似しているということだけで、その著者が同じ であると結論するのはあまりに早計ではなかろうか。チ、ヘット 伝の]旨:日日説と中国伝の獅子覚説も文献にはっきり記され ている以上、無視するわけにはいかないであろう。 こうして、衿のgの著者について、今日の学界では未だ決定 的結論に達していないが、篠田氏はこの巖目と唯識三十頌安 慧釈・龍・安慧の五瀧論釈・安慧の倶舎釈論などの互いに連関の ある部分を比較して、どうやら少のgの著者は安慧以前で無著 や世親に近い時代に書かれたと推定して、獅子覚の著とする中 国伝を採っている︵篠田正成﹁シg己冨H目沙め騨目口。8窟g搦冒 の成立年代﹂印佛研娼12、四三七’四四一頁参照︶。これに 対して、年代的に]旨名呉国とする説も可能であるとする高 崎正芳教授の所論もある︵高崎正芳﹁大乗阿毘達磨雑集論の漢. 蔵伝承について﹂印佛研珀12、昭妬、二七頁︶。 タティヤ博士は、また、儲冒の章分けについて言及してい る念.××ぐ︶。周知の如く、漢訳の集論・雑集論では、全体が 本事分と決択分に大別され、それらが更に四品づっに分かれて 計八品より成っている。これとシ鉱ご胃の章分けを対比すると次 の様になる。

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﹁諦品蟹尊騨︲ぐ旨爵凹冨 く

決択分一鯆購龍誰蕊員

。。、 暴祁議品留日冨昏樹︲ぐ旨泳8冒 このP3旨における草分けはチ零ヘット訳鈩如︵以下目巴のそ れとも一致している。そうすると、散逸部分が多いため確定で きなかった梵文勝の章分けも巖冒のとおりであったことが 推定されうるわけである。 さて、この序文では陦冒の言豆スクリプトについて興味 深い二、三の問題点について論及される。先ず、このマ’−1ス クリプトの筆写年代は比較的新しく、十三世紀頃であるという。 そのためか、このマ’三スクリプトにはかなりの修正や書きこ み、増補があるという。そして、それらは、筆写者が依用した テキスト以外のものによって為されていると指摘されている。 例えば、本校訂本の窪門つ割︶に相当するところで、原マニ ﹃一スクリプトではロ伊唱国吟①稗一弓四日強国目印︲目P固餌斧目鼻&︲ ︵司己く①昌薗昇昌圃昌罠とあるところを、マ’−1スクリプトの 欄外下には一]。。四国国昌二国租国︲野己“菩乱畠︲駕園二四日胃与国︲ 〆、鼻○媚国己国︲日己国茸騨晶昌︲、昏習]○日ヨロミというように書き

集論雑集論陦言

こみによって修正されているという言.鴎︶。これに相当する 部分はチ︾ヘット訳爵三具以下目國旨︶では哩c一目内耳。﹃頭首め哩印。 ご○]少い○ぬい﹄︺腰Q四.く函爲○コ︵一己○二]酔い○ぬい己四岸酔ず匡門計]ぬ宅虫・局 ご己ぢご︵ヨワ]園皇︺・閉l嗜︶となっており、また、漢訳では ﹁猶如世間已得城主等勝位已、於村主等下劣位生厭背心﹂︵大正・ 三一。七一○c︶と訳されている。これらを比較対照してみる と、月国彦は原マ|豆スクリプトとほぼ一致し、漢訳︵雑集論︶ は欄外修正部分にほぼ一致することが判明する。このようにマ ︸一﹃一スクリプトの欄外修正部分が漢訳と一致する例が、本校訂 本の脚註に多く記されている。また、本言−1スクリプトの第 五十九葉Aのあとに一葉の追加があり、その増補部分の文章は 日切声にはなく、漢訳にのみ相当部分があるという念.x桝裂目︶。 これらのことからタティア博士は、﹁︹筆写者︺崖目“38且国 によって用いられたマ’三スクリプトは、チベット訳の原本と なったテキストと同じであるが、欄外の修正はおそらく漢訳に ︹用いられた︺テキストに基いている﹂令.桝〆急︶と推定して いる。 しかし、校訂者自身も指摘している如く、欄外の修正箇所の 中には、シ吾宮のチベット訳・漢訳ともになく、チ、、ヘット訳 しgag時日秒閏目ロ○○昌凹ご司匡︺乱と関連のある場合もあり言. いざ○言○曾己、この言−1スクリプト、修正に用いたテキス ト、蔵・漢訳に用いたテキスト等の相互の関連については、今 後本テキストと諸訳とのなお厳密な対校を待って結論を出すべ きであろう。 90

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序文の最後に校訂者はこの篇冒の思想的位置について論及 する。そして、他の諸論書と対比した結果、次の諸点を指摘す るeやxxぐごIxx房︶。 日唯識三十頌釈における心所の解釈のいくつかは、シのや 陦冒からの引用らしい。 目阿頼耶識存在の証明のところは琉伽論とまったく一致する㈲ 白瀧・処・界についてのいくつかの設問に対する答えは、倶 舎論と同じ仕方で為されている。 ㈲陦言には大乗阿毘達磨経から五つの偶の引用があるが、 これはそのまま摂大乗論にも引用されている。 ㈲パーリ相応部から一偶が引用されているが、これは倶舎論 にも同じく引かれる。 尚マ’三スクリプトの増補部分には、倶舎論やアビダルマデ ィーパにも見られる箇所がある。 ㈲称友の倶舎論疏に見られる箇所もある。 仙波羅蜜の解釈では大乗荘厳経諭と類似する。 これらのことから、校訂者は、本論書は、唯識学派あるいは 琉伽行派のアビダルマを表明したものであり、唯識学派のテキ ストのみならず他の学派のアビダルマテキストとの一致や引用 があると結論する。 嚴言は、思想的には琉伽行派・唯識学派の代表的諭書の一 つであるのみならず、ここに指摘された様にアピダルマ諸論書 と重要な関連の見られることが大きな特色である。この欝言 の本論である爵は、当時部派佛教諸派においてアビダルマ論 本書の主要部分であるマ’−1スクリプトの校訂は、かなり厳 密で、おおむね正確になされている。そして、勝のプラダン 本の頁、言豆スクリプトの葉数、漢訳︵大正大蔵経︶・チベ ット訳︵北京版︶の頁が書きこまれており、それらの対照が容 易にできるようになっている。 また、校訂本文には、章分けがなされており、それが更に内 容によって節に分けられ、その節も細かく項に分けられている。 これによって、惇唖との対校がいよいよ容易にできるわけであ る。その章分け等の区分の内容は目次にもそのまま出ており、 目次を見るだけで、本書の佛教要語辞典的性格が伺われる。そ して脚註には、マ’三スクリプトにおける欄外修正の指摘、本 論。蔵・漢訳との異同、他の諸諭害との一致点の指摘等、かな り詳しい記述がある。 本文中、勝の引用に相当するところはゴチック体で表記さ れている。ところで、前にも一言した如く、篇の梵文には散 逸部分があり、本書が依用したプラダン本には不都合と思われ る還元が再三見られた。そこで、実際にはンめからの引用であ いう新らしい学問分野が大きく進展することになろう。 見るという意味で、本論書の出版によって、大乗アビダルマと 目的で作られたはずである。そこに大乗とアビダルマの接点を 相をもって説いたものである。その註釈である監三胃も同様の 書が作成されていったと同様に、大乗の教義をアビダルマ的説 三

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っても、もしプラダンによる缶印の還元がまちがっておれば、 本書においてそれが引用とはみなされなくなるという危険性が ある。事実、本書の中で、この勝散逸部分に対する註釈につ いては、そのどれだけの部分がシのの引用であるかについて、 いくぶん修正を要する点が散見される。このことは、HのとH︲ 出宮とを厳密に対照することによって、比較的容易に判明する のであるが、校訂の過程でそういう作業は十分になされなかっ たのであろうか。評者が試みに本書の七四頁のみについて調べ てみたところ、修正す。へきものとして、次の諸点を見出した。 ⑩−.己.$骨⑫圃風目冒さロ四国目算$鵲昌3昏○蕾昌凹冥この ト 部分は、Hいと日田ロあるいは集論と雑集論とも一致するとこ ろであるから、引用部分と見て良いであろう。ただ、プラダ ンの還元では*l*が弓胃閏冒冒となってはいる。 ②−.届,く馬.胃幽冒胃島宮口胃閉口昌昌胃昏①耳○口扉鼠 ■ ・旨ごc辱器P目胃鴨目口剴罵乱ロミ①ロP・巨噂①葺袈本書では 胃眉昌o島のみが引用であるとされている。この部分のプラ ダンの還元は閉目員ロ④芽胃昏①目色もP副88四茸仔口凹箇冒︲ ○﹄口金﹃倒口P旨目④Hmep鱒口凹胃目四日⑦ppp四戸口恥四冒餌1℃H四胃○mのp沙 9日薗旨.︵診、.やg︶となっている。しかし、これは漢訳 ﹁於此義中、若生戯諭、非正思議、非道、非如、亦非善巧方 便思故﹂︵大正・三一・六八一c︶の直訳と思われ、﹃いと 目国冒からすれば、このプラダンの還元は不当であり、チベ ット訳の文はむしろ勝巨︺と一致する。そこで、評者はこと に掲げた監冒の全文を爵からの引用と見たい。ただ、* l*の部分は弓印にはなく、目国匡の方にのみあるので、あ るいは註釈部分の混入とすべきかもしれない。 ③一・勗冒且倒︲く詩薗呂日は胃塁目︲a三邑肉国風目のミス プリントであろうが、この部分は全文引用である。 側−.弓︶鼠の秘︲冒璽園冒目も引用とすべきである。 ⑤、.届﹄冒す冒尉豚砺註昌のうち庁騨は引用ではない。日切彦 にのみ冨汁の相当訳あり、日切にはないことによる。 右と同様な問題点は、この頁ばかりでなく他にも随所に見出 されるので、勝の梵文現存部分に相当するところも含めて、 巖の引用かどうかを改めて検討しなおす必要があろう。この ことは、差印の梵文散逸部分の解読あるいは再還元にはどうし ても必要になってくる作業であるからである。 また、本書には、校訂部分に詳しい脚註があるが、校訂本文 を含めて、脚註の中にいくぶん修正や附加を要するところが見 受けられる。気のついたところのいくつかをあげると次の如く である。 仙己当息卜.搦恩冒胃且酋獣冒身騨︲烏程畠島これに相当 する訳が目嗣豈にはないので、その旨註記を要する。 ②や、﹄.扇ぐ房駕冒昌は目鴎彦に欠けているので註記を要 する。 ③弓巨︺旨OgC蔚昌では目.勢目9−.且︵一頁僅々葛息と 記されているが、漢訳︵︵旨・︶では更に﹁相続必仮衆縁和合﹂ なる句が附加されている。 ④や巨怠.畠.凰茸騨昌は引用ではない。勝は。岸冨薗日で 92

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一括しづ︵︶0 値己巨蔦屋.圏づ国︲は日韓ロに欠けている。j 価や巨︶君.扇.①冨望乳&QQ四口四︲ぬ凹昏いく脚自国面ではmpO目j 明黒めご鴨呂胃且冒となっているので註記を要す。 じゃ届蔦.届.︲買四ごp︲は︲官四qど亀︲と修正したい。尚、j 弓国ロでは甘いご騨望秒のかわりに茸Qpg﹃&︵笛骨幹腎四︶と なっている旨註記を要する。 DoqJL0J ぬいロ]鈩哺○○汁ロ○庁①回の盲四○QいぼのH①沙切色庁ご巴ゆく四ぐ]一国凹口①し巳1

Kに

L あるが、この註記を入れるとすると、この三行上にある炉、︲ gの餌の騨萄巴昌四ぐ]言四国。には、その文は。pにはないと DDI■、bl の註記を入れる必要があろう。 ■0日室l 同、ざ○首g①画。戸且号p3q昌四菌ぐ日四口①とあるが、 この文は勝冒の一行前査.届︶にあるので、この註記は不 要となろう。 j 伯固辰蔦.口のぐ四には目.鐸○戸爵秒己巳畠︲昇冒魚ご閉昏回国①の口 という註記が必要である。 ⑩勺誤墓.画く曽曾呉餘︲11←§員寧目言旦匡︲勝でも。首ご︲ ロ苔自陣︲であhソ、日切ロでは言迂号、ざ言・色卦鳥﹃①ご少、 雑集論では﹁内死生差別﹂となっている。 泊 同、︷・酌ご御冨騨ぐ色亀①言昌は’11←ず鼻冒︲閨叩冒言具餘︲ 、 勝圃耳④︲昌運。g胃は、自国戸嘗琶官さご唖口ggg、雑 集論﹁外穀生﹂。 同、一.P目ざ鼻Hい︲IIJ冒圏P占胃国︲、弓嗣言の冨媚農目。 ・侯 。︲F 目:目騨、雑集論﹁枝葉﹂。 これら三ヶ所は、おそらくミスプリントであろうと思われ づっ。 ⑪ご計息.﹃﹄酔冨且冒すpに対する註記甘○言○前い,目 面閉︽︽己ロ呂伊︾﹄はまちがいである一フ。日切茸ではロ胃閉ヴニ 苫・窟となっており、タティァ博士は、この中の与国印宮 を嘗巴秒と還元したのであろうが、普通与国ゆず二割且冒 は号騨ロロヴ望四のチ。ヘヅト訳であり︵Q5︺一身P々写.弓啓翼S含︲ 曽鳶等蚤建ロミきき亀曇.属思O8哩罰目めのロ︾gご︺石弓苫P︶、従 って、これは鈩号ぽにおける凹冨且冒す﹃Pの訳語と理解し て良いと思澆フ。 ⑫勺巴怠.瞳.着目目鼬昌昌冒︲昌算四目︾の中で声日口四日は 引用ではない。 評者には本書の全文に目を通す余裕はなかったが、本文中の 十頁くらいに目を通しても右のとおりである。従って先ず、 儲や勝冒の梵・蔵・漢の諸資料を駆使しての、本書の原典 的批判的研究が急務となるであろう。尚、序文中にも、時々ミ スプリントが見られるが念.×抵蔦.長月吾の冨口←目苛の国ご急 葛ゞ司国四国の耳l←蜀局侭日の目房︺勺×試算監葛.略﹀弓。l←重凸、それ にもまして、本文の校訂中に重要なミスプリントの散見される こと︵本稿において直前に指摘した諸点、あるいは壱引息.画 門戸]篭巴←円言司置巴等︶は残念である。 四 右に述べたような原典上の問題点があるとは言え、このこと兜

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は決して本書の刊行の意義を大きく低減するものではない。こ の重要な新資料の学界での初公表は何といっても大きな学術的 価値をもっている。本書の出版が予想外に遅延したということ は、本テキストの本論であるシmの不完全さに加えて、このマ ’−1スクリプトの判読の困難さや、また、このテキストの思想 的教義的難解さ等の事情があったからであろう。本書の脚註は、 完全とは言い得ないが、篇や蔵・漢訳の対照の上に、注目す べき点を註記しておりたいへん有益である。更に、本文中に記 入された勝・蔵・漢訳の頁数は本論害をひもとく者にとって 特に便利である。例えば、我套が漢訳の雑集論を読む場合、こ の校訂本の本文中に漢訳の相当頁が記入されているから、漢訳 に相当する梵文を容易に捜し出すことが出来るし、また同じ校 訂本によ・ってそこに相当するチベット訳を北京版に求めること が難なくできるわけである。ただ、註記の若干のところでは、 序文で指摘された如きアビダルマや大乗の関係諭書との連関に ついての言及もほしかった。 篇には︵したがって篇目にも︶重要な佛教語の定義的説 明が数多く見られる。その点で、アビダルマ諸論書の中の倶舎 論に近い資料的価値をもっているといえよう。既に倶舎論につ いては、平川彰博士等によって梵・蔵・漢語の総索引が作られ 学界を益しているが、本論書についても、房とあわせた総合 的索引のできることを期待したい。それができれば、琉伽唯識 を中心とした大乗佛教の思想的なあるいは文献学的な研究は更 に躍進を見ることであろう。 ともかく、この分野で研究せんとするいかなる学者も、校訂 者が広く提供してくれたこの基本的資料から恩恵を受けない者 はないであろう。少なくとも、本書はインド佛教を学ばんとす る学徒には是非とも座右においてほしいテキストの一つである と考える。 ︵円げの冨口留昌“胃昇君。烏“鼎己のぃzo員勺鼻冒︾屍厄.]画冒の急昌 閃陽①凹旨け目口、陣目蔚ゞら認.愚×漣。昌己やxx陦十﹂g︾罰、.息.︶ 94

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