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〈論文〉ペスタロッチ教育論における「時間」

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1.問題の所在:イヴェルドン学園の時間割

近代スイスを代表する教育家ペスタロッチ(Johann Heinrich Pestalozzi, 1746~1827)は、 晩年、ジュネーヴ近郊のイヴェルドンの古城に、寄宿制の初等教育学校を創設した。以下は、 イヴェルドン学園に通う生徒の書簡集に付記された学園の一日のスケジュールである1)

ペスタロッチ教育論における「時間」

田 尚

美*

“Sense of Time”in Pestalozzi’s Educational Thought

(MITSUDA Naomi)

*近畿大学教職教育部准教授 〔キーワード〕ペスタロッチ、学園の時間割、貧民教育論、制 度的な学習の時間リズム、個人的な経験の時間 リズム 内     容 見出し 時 間 冬でも夏でも同様に5:45に起床する。年少の児童は7:00に起床 する。身の回りを整えた後、宗教と倫理についての対話とともに一 日が始まる。この対話は、それぞれのクラスで、児童の年齢や認知 発達に応じて組織されている。 起床 5:45 週に2度、7:00に全員が集い、ペスタロッチと一緒に礼拝を行う。 (15分程度) 祈りの時間 (礼拝) 7:00 年少の児童のために洗濯をする。(それぞれの児童の番号がついた) 衣服にも気を配られ、清潔にすることが留意されている。 洗濯 7:15~7:45 スープ(大麦、エンドウ、米)とパン、果物からなる朝食をとる。 朝食 7:45~8:00 8:00に、三つのグループに分かれて講義が始まる。児童らはその いずれかに分けられる。各グループは、2か月間観察された後、年 齢ではなく能力に従ってクラスに分けられる。第一の講義:フラン ス語ないしドイツ語。数人の生徒に対しては、両親の希望に応じて、 ラテン語ないしギリシア語。 講義の開始 8:00 図形の教授、幾何学、図画。 授業 9:00~10:00 計算練習。テキストの課題に取り組み、その後さらに暗算をしたり 筆算をしたりしてもよい。石盤における練習、あるいは代数。 計算練習 10:00~11:00 児童らは教室の中で自由に好きなことをする。ただし、その際に他 の児童の邪魔をしてはいけない。 自由活動 11:00~12:00

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当時、スイス政府の最高機関であった代表者会議が、イヴェルドン学園の査察を行っている。 その報告においても、この学園の一日のスケジュールが取り上げられた。しかしその評価は、 必ずしも好意的なものではなかった。授業時間数が非常に多く設定されていること、すべての 子どもたちが年齢に関係なく授業時間を割り振られていたことなどが問題点として指摘され、 それは「実り豊かな果実が、自らをその力と耐久性でもって支えねばならない木の欠陥にもか かわらず栽培されている」2)ようなものであって、教育上の効果やペスタロッチ教育論との関 連性は疑わしいと言及されている。 授業時間数や選択科目は、それぞれの子どもの学習進度、能力や特性、両親の希望などを反 中庭の前や庭園の中、雨の日には通路で休憩する。羽遊び(「バド ミントン」のようなもの)、ボール遊び、弓、イヴェルドンで流行 していた「人取り遊び( Jeu a barres )」、かけっこ、木登り、ブラ ンコなどで遊んだり、あるいは、城の裏にある庭園の手入れをした りする。 戸外での活動 12:00~12:45 12:45、昼食の合図の鐘が鳴る。それぞれのグループで分かれた食 堂で食事をとる。というのも、年少の児童はゆっくりと食事をとる からである。料理は、スープ、煮込んだ肉、欲すればワインとパン。 何人かの児童は、栽培された野菜のサラダを自分で食べる。それぞ れの食事は、短い祈りでもって始まる。祈りは、一人の児童によっ て大きな声でなされる。教師は、児童と一緒に食事をとる。食事中 に読書をしてはいけない。というのも、精神は自由であるべきだか らである。14:00まで休憩をとる。 昼食と休憩 12:45~14:00 フランス語ないしドイツ語での習字。上級者:計算と数学。 授業 14:30~14:30 地理と歴史。 授業 14:30~15:30 遊戯の時間及び自由時間:クリの木の下で、あるいは湖での散歩。 そこでは、季節に応じて水浴びやスケートが行われる。 自由時間 15:30 パンと果物、あるいはバターとチーズ、乾燥果実とジャムからなる 軽食。それらを、児童はそれぞれにお気に入りの場所で食べる。 お茶の時間 16:00 フランス語での会話、読書、翻訳の練習。 授業 17:00 週に3度、自然史、鉱物学、植物学、昆虫学についての対話。他の 日には、随意の楽器伴奏による唱歌と音楽。 対話/音楽 18:00 体操練習、あるいは随意の活動。 体操 19:00~20:00 週に3度、ペスタロッチと、あるいは彼の主要な協力者であるニー デラーと一緒に礼拝が行われる。他の日は休憩。 共同礼拝 19:45 料理:米かミルクのスープ。その後、サラダが温野菜付のステーキ。 虚弱な児童や医師の勧めがある場合を除いて、ワインはなし。夕食 後は30分の休憩。可能な限り庭で過ごす。 夕食 20:15 就床。勤勉な児童は22:00まで、週に3度は23:00まで読書をした り作業をしたりしてもよい。 就寝 21:00

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映し、個々に設定されていたようである。しかし査察報告が問題視する堅苦しいまでに組織さ れたタイムスケジュールは、子どもの主体性や自己活動を重んじるペスタロッチの教育論にそ ぐわない印象を与えよう。ペスタロッチにとって、イヴェルドン学園は自らの教育論を実証す る舞台であったはずである。そうであるならば、イヴェルドン学園のこうした時間の管理を、 ペスタロッチはどのように意味づけていたのであろうか。

2.モレンハウアーの教育時間への注目

時間意識と教育の問題に関して、モレンハウアー(Klaus Mollenhauer, 1928~1998)が「教 育時間の近代的観念の成立について」と題する論考のなかで、興味深い考察を展開している3) モレンハウアーはそこで、16世紀に綴られたデューラー(Albrecht Durer, 1471~1528)の書 簡、エラースムス(Desiderius Erasmus Roterodamus, 1466~1536)の『対話集』、学校規程 や貧民規程などの史料をもとに、近代ヨーロッパにおける「時間」意識のあらわれを指摘して いるのである。 モレンハウアーによると、デューラーの書簡には、彼が自らの時間を、絵画制作にかける労 働時間や時計の時間ではなく、季節の時間や教会暦上の主要な出来事によって測っており、か つ、その二種類の時間図式を関係づける必要を感じていることをうかがわせる記述がある4) また、エラースムスの『対話集』では、対話相手のカスパーの、教育のためにわずかな時間も 利用しないままに終わらせないとする性急さに対して、エラースムスがやや距離をとる形で反 問するさまが描かれている。そこにも、人間の教育のために役立つよう計画され、利用される 時間と、そもそも予測不可能で、有用な仕方で過ごしたかどうかを決められないような時間と いう二種類の時間図式を読み取ることができるという5) これらの史料に示された人間の生活と時間との関わりの変化は、ルネサンスや宗教改革のも とで見られる教育制度改革の動き、すなわち「学校規程」にもあらわれる。16世紀、ルネサン スや宗教改革の流れのなかで、行政的な意図により、子どもたちの就学を統治者の義務として 意義づけようという声が高まる。それを受けて、ヨーロッパ各地で布告されたものが、この 「学校規程」である。 「学校規程」において顕著なのは、(これまで学校とは無縁だった)子どもたちに(こそ)、 「生活形式に深く食い込むような制度化された行動調整」6)を課すことであり、そのために時計 の時間に従った規制を設けたという点である。授業内容は、設定された時間的まとまりによっ

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て区分され、組織される。そして、その時間の積み重ねが学習時間となり、教育の過程はコン トロール可能な「リニアな進歩」として捉えられるようになる7)。続く「貧民規程」にも、無 産化した人々(貧民や物乞い)を市民的な生活へと統合するために、時間的次元で貧民の生活 を規制しようとしたという意図が読み取れる。その意味において、「学校規程」に共通する関 心と時間意識があらわれているというのである。 モレンハウアーが指摘するように、教育制度の改革が進行していく中で、「学校規程」に見 られる時間図式へのコンセンサスは、学校設立の母体や地域等とは無関係に、また数十年とい う驚くべき速さでもって形成されていった。しかし一方で、そこに内包される問題の困難さに も直面することとなった。モレンハウアーによれば、それは「個人的な経験の時間リズムと制 度的な学習の時間リズムを、どのように調停すればよいのか、しかも、個人的に表明された人 生の意味に関心をもつ個人がそのことによって苦しむことなく、共同体全体の生産性への関心 が損なわれることもないような仕方で、どのように調停すればよいのか」8)という問いとして 示される。 加えてモレンハウアーは、こうした時間図式が、近代の教育学の歴史において、いずれか一 方に加担するような形で顕著となった例を挙げる。たとえば、「個人的な経験の時間リズム」 を支持したものとしてはロマン派の教育思想やオールタナティブ・スクールなどが、「制度的 な学習の時間リズム」を支持するものとしては「学校規程」をはじめ、汎愛派の学校や産業学 校などが取り上げられている。さらに、この「あいだ」に存在する思想や実践もあるとして、 コメニウス( Johannes Amos Comenius, 1592~1670)やルソー( Jean-Jacques Rousseau, 1712~1778)に続き、ペスタロッチの名前を挙げている。そして彼らが、教育における二種類 の時間図式の対立や離反に対して疑わしさをもっていたこと、それゆえに、彼らの思想や実践 をめぐっては、しばしば対立する解釈が生み出されることなどに言及している9) ここでモレンハウアーにならい、「あいだ」に関心を寄せた思想家としてペスタロッチを評 価するのであれば、先のイヴェルドン学園の時間割には、ペスタロッチのどのような「時間」 意識があらわれているというのだろうか。ペスタロッチは、子どもたちの「個人的な経験の時 間リズム」と、学園に設けられた「制度的な学習の時間リズム」のあいだにどのような「調停」 を果たそうとしたのであろうか。次項、ペスタロッチの貧民教育論を手がかりに、考察してみ たい。

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3.ペスタロッチの貧民教育論

 社会階層としての貧民

ペスタロッチがその晩年に著した論考に、『貧民教育施設の目的と計画』( Zweck und Plan einer Armenerziehungsanstalt, 1805)がある。当時、資本主義的な産業社会の進展とともに 人々の生活様式が大きく様変わりしていく中で、多くの貧民が生み出されていく。ペスタロッ チの生涯の関心の一つは、この貧民と呼ばれた人々に対する教育であった。 スイス史家のイム・ホーフ(Ulrich Im Hof, 1917~2001)によれば、当時のスイス諸邦には 大きく、4 つの階層が存在したようである10)。第1層は「首都の自由市民」、第2層は「市民権 ないし国民権をもっていないが支配は受けず、かついくらかの土地を所有する農民」、第3層 は「正当な農家に雇われ、小さな世帯をもつことのできる労働者」である。そして第4層に位 置づけられているのが、「故郷をもたない放浪者や流浪の民、貧民」などである。 このような階層構造からもわかるように、当時のスイス諸邦における階層分化の基準には、 土地所有が大きく関与している。つまり、第4層に置かれている貧民とは、土地所有から引き 離され、伝統的な農業生産による生活を成り立たせられなくなった人々を意味したのであった。 加えて、産業革命の進展により、農村でも、工場での賃金労働を求めて土地を離れる人々もあ らわれはじめた。こうした人々が増加していくことによって、貧民は新たな社会階層として意 識されるようになったのである。  貧民福祉と貧民教育 貧民の救済や保護、あるいは矯正的な処遇は、産業が進展する近代ヨーロッパの社会的要求 でもあった。当時、スイスにおける貧民に対する福祉は、カントン政府が主体となり、市民か らの寄付を困窮者へと分配する保護給付が一般的であった11) 給付にあたっては、まず、受給資格の有無が問われた。「当該地域に住む(ortsansassig)」 困窮者であって、かつ、罪のない貧民、すなわち「働くことのできない高齢者や病人、虚弱な 者、低所得の子だくさんの家族、一時的な失業者、父親のいない子ども(夫を失った子をもつ 母親)、未婚の女性、孤児、捨て子」などが「受給にふさわしい( wurdig )」として選定され た。一方、働くことのできる能力をもち合わせているにもかかわらず、怠惰に走り、物乞いで 身を養っているような者や放浪者は、矯正施設や刑務所などに収容され、生産的な労働活動へ と強制されたのである。さらに、貧民教育施設や産業学校なども設置され、働く能力のある

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人々に対して、職人的な技巧や工場労働への熟練を企図した教育も行われた。 こうした労働にかかわる施策は、3 つの目的を有していた12)。1 つには、貧民を「従順な臣 民、訓練された労働者へと成長させること」であり、2 つには、「労働の強制や市民的・キリ スト教的な労働倫理を浸透させることによって貧困問題を解決すること」、そして3つには、 「事業主に最も安い労働力の自由な行使を可能にすること」である。そこには、教育的な関心 より以上に、社会政策的な、あるいは経済的な関心の強さが見て取れる。そしてその関心は、 怠惰や怠慢に支配されていた貧民の時間を、労働という生産的活動のための時間へと(しばし ば強制でもって)転換させることによって満たされると考えられたのである。  ペスタロッチの貧民教育構想 ペスタロッチもまた、貧民のための教育施設を構想していた。すでに存在していた貧民教育 施設や産業学校と同じく、その主眼は産業教育に置かれていた。とりわけ経済的に困窮してい る貧民やその子弟にとって、産業教育が必要であり、かつ有用であることを認めていたのであ る。しかしながら、ペスタロッチ自身が繰り返し主張するように、産業教育の捉え方において は、当時の既存の施設や学校と大きく立場を異にしている。『貧民教育施設の目的と計画』の 中で、ペスタロッチは次のように述べている。 「一面的な職人的技巧や工場的熟練は、よしんば田舎で無限の金儲けを可能にしてくれると しても、それは真実の民衆の産業教育の実際の存在の証拠でもなければ、結果でもない。それ どころか反対だ。…(中略)…産業教育とは工場的の技能をばらばらの形でみすぼらしく育む 教育のことではない」13) ペスタロッチはさらに、次のように続ける。 「児童が日々の糧を得なければならないことはもちろんだ。だからといってそれを得るだけ で事を終わってしまってはならない。むしろ彼らは視野という点でも、意欲という点でも、一 般的に確乎たる教養を身につけた人間として、日々の糧を得るのではければならない。精神の 活動力と心情の活動力とが、彼らの手や腕のうちに育まれる諸能力の根底に存していなければ ならないのだ」14) ここで産業教育の原則が、精神と心情、そして身体との調和的な発展という「基礎陶冶の理 念(Idee der Elementarbildung)」として示される。「基礎陶冶」とは、人間が普遍的に有する 根本的な諸力、すなわち「頭(精神)・心(心情)・手(身体・技能)」を、その発達の歩みに

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即してあますところなく陶冶することであり、それは階層身分や貧富の差にかかわらず、あら ゆる人々にとって必要不可欠の人間教育を意味する。つまりペスタロッチは、産業教育が、貧 民にとっての基礎的な人間教育となるべきことを説いているのである。 ところで、ペスタロッチの多くの論考では、「基礎陶冶」の出発点は、「居間(Wohnstube)」 の概念に象徴される親子の情緒的な関係に、その過程は、日々の労働や生活の中に見られるさ まざまな経験に求められている。それゆえに、生活の多様な活動や日々の労働と切り離されて しまっている富裕層の子どもたちこそ、「基礎陶冶の理念」に立ち返っての教育が意図されな ければならないとも述べられているのである。 しかしここでは、貧民にとっての「基礎陶冶」の重要性がことさらに強調されている。その 理由を、ペスタロッチは次のように述べている。 「真実の産業教育は精神的ならびに道徳的の教育を出発点にし、かつそれ自体われわれの身 体的諸力を、この内面的教育の外面的応用のために利用することに外ならない。だから農村の 児童たちがこうした教育を受けると、もはや必ずあのよくある危険を犯さなくてすむようにな る。だがこのよくある危険とは何か?それは児童が彼のうちに存する何らかの特殊な技術的な いし職業的の素質を過度に発達させ、逆に彼の道徳的ないし知的の発育をとどめてしまい、(技 術的な狂人)かそれとも(職業的な狂人)に耽溺してしまう危険なのだ。もし児童がこんな病 気にとりつかれたらどうだろう。幸福な場合にはなるほど彼は名声と富とをかち得るに違いな い。だが不幸に見舞われたときは、彼は悲惨と消し難い恥辱とを蒙り、ひどい場合には絞首台 に向かって歩まなくてはならない」15) 伝統的な農村社会の解体にともない、もはや貧民の生活に「基礎陶冶」の諸々の契機を見出 すことは難しくなっていた。生活の中で十分な能力を発達させられていない子どもたちにとっ て、産業学校が目指すところの技能教育は、ともすれば、その将来を崩壊させてしまう危険性 をもはらんでいる。現実にペスタロッチは、困窮する人々がわずかながらの日当と引き換えに、 代替可能な労働力として搾取され続けていくさまを目の当たりにもしていた。だからこそ彼は、 一方で、生活のもつ教育力を再生させる方途を探りながら、他方で、生活を代替する場として の施設や学校において、その利点をくまなく行き届かせるための環境をつくりだす必要を強く 感じていたのである。

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4.ペスタロッチ貧民教育論における時間

このように見てくると、産業学校の経済的関心や教育方針と相対するペスタロッチの教育論 の根底にはむしろ、「個人的な経験の時間リズム」が流れているように思われる。そうであれ ば、近代産業の要求に直接的に結びつく貧民教育施設において、時計の規制する制度的な時間 との「調停」はどのように構想されたのであろうか。また、そのような構想は後のイヴェルド ン学園の時間割にどう繋がっていくのであろうか。  自然の歩みと人為の術 引き続き『貧民教育施設の計画と目的』の中で、ペスタロッチは次のように述べている。 「人間教育をめざす貧民施設は、わが人類の不自然な無気力化を排除する無限に多くの手段 をもっている。肉体的な、知的な、そして道徳的な能力を開花させるような活動領域は、なる ほど貧困と欠乏とを相手に戦っている家庭の狭隘な範囲のうちにも幾ばくかは存していよう。 しかしそうした活動領域は、このような施設のうちに存する場合、はるかに自由で広範囲に及 ぶものであり、かつ人間としての全面的な存在や行為のうちにずっと深く浸透してゆくもの だ」16) 先にも指摘したように、ペスタロッチは、貧民の生活において、もはやその境遇を教育力と して機能させることが、現実には立ちゆかなくなっていることを実感していた。そのことによ り拍車をかけているのが、一面的な技巧や職業的な熟練に偏向した産業教育でもあった。とは いえ、子どもたちが日々の糧を得るためにも、技術の教育を退けるわけにはいかない。将来の 労働の要求に応じられるよう、子どもたちの身体や技術は力強く、また巧緻に富むよう、刺激 され鍛錬されなければならなかった。ゆえにペスタロッチは、貧民教育施設における産業教育 を、精神と心情の教育によって基礎づけようとしたのである。 ペスタロッチによれば、このような試みは、まずもって、子どもたちのうちに愛情や同情を 育むことから始められなければならない。そのためには、子どもたちが自らを、愛され配慮さ れる存在であると感受することが必要である。すなわち、家庭にあっての父母や兄弟姉妹に等 しく、施設にあっても、子どもたちに愛情を注ぎ、また子どもたちが愛情を注ぐことのできる 相手が見出せなければならない。ペスタロッチは、次のように述べている。 「家庭的の愛情というものをひとたび貧民教育施設の精神のうちに持ちこんでみ給え。この 愛情はそれ自身人間愛そのものに変身するに違いない」17)

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人間は他者を愛するがこそ、他者との一致協力に喜びを感じ、他者や自己自身のために努力 することができる。こうした人間愛こそ、鍛錬された技術を諸々の手段として、広範囲にわ たって生かしていくための源泉だと考えられたのである。 もう一つの源泉が、精神の力である。「洞察の能力、諸事物の直観の能力、それに対する判 断の際の確信」18)といった言葉でも表現されているが、事物を正しく認識することもまた、身 体的な技術の習得や応用には欠かせない能力である。しかし、この精神の力は身体や技術の力 と同じく、一面的に作用すれば、子どもたちの成長の全体にわたって不自然で破壊的に働くこ とにもなる。ペスタロッチは、次のようにいう。 「人間の自然な本性は、もろもろの関係の真実なもの、正しいものを直観し、それらの美し いもの、愛らしいものを感じとる発達した力を外面に表現しようと意図する。だから彼の技術 力とはまさに、これを許し、自己に満足を与える本性そのものに由来する手段だ」19) ペスタロッチによれば、技術の力を心情と精神の力でもって基礎づけることは、何も特別な ことではなく、「人間の自然な本性」の要求に過ぎない。それゆえに、日々の生活や境遇の中 にこそ、こうした諸力の発達を促し調和させうる刺激が存在しているのである。ただしその刺 激は、生活の中にあっては偶然的に作用していくものである。ペスタロッチの構想する貧民教 育施設は、この自然の教育を意図的な人為の術(方法)でもって、より影響の大きなものとし て実現しようというのである。ここでペスタロッチは、時間に言及する。 「さて自然の歩みは調和はとれているが、歩みはおそい。これに反して肉体の基礎教育は一 連の手段によりながら、もっと迅速にもっと高度に、人間の肉体を発育させる。しかしこの場 合肉体の基礎教育は道徳的ならびに知的の基礎教育が、人間の精神のもろもろの能力を迅速に かつ高度に発育させる際に手がかりとするあの一連の人為的技術手段と、本質的に手を携えな くてはならない」20) 自然の歩みは「おそい」が、それを模倣し、教育の過程を人為的に組織していけば、「もっ と迅速にもっと高度に」教育の効果を上げることができる。「迅速に」と表現されてはいるが、 ペスタロッチがここで強調するのは、時間の長短ではない。自然の偶発的な作用を待つよりも 確実な効果が見込めるという観点から、そこで費やされる時間の価値がはかられているのであ る。

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 子どもとのかかわり 有用な時間を意図的に選択しようとする態度様式は、「学校規程」や「貧民規程」において 示された時間意識に重なる。例えば、貧民に対する強制労働という処遇は、働く能力があるに もかかわらず、労苦を嫌い働こうとしない性向(怠惰、怠慢)や、あくまでも個人的な欲求を 満たすに過ぎず、しばしば自他に害をなすような行為(飲酒、遊興)などによって費やされて きた「無駄な時間」を、労働へと強制することによって「有価値の時間」に転換させる措置で あったとえいる。 このような意味において、ペスタロッチもまた、近代の時間意識を共有していたことは否め ない。しかしながら、貧民教育施設の計画にあらわれる時間図式、すなわち、「基礎陶冶」の 自然の歩みを人為の術でもって組織し、確実な教育上の効果を期待できる有用な過程へと転換 するという図式は、単純なように見えて、解消しがたい難しさをはらんでいた。というのも、 ペスタロッチが「真実の産業教育」として構想した教育は、その出発点において、意図的かつ 計画的に進行しえないからである。このようなペスタロッチの教育論を、ノール( Hermann Nohl, 1879~1960)は次のように評価している。 「あえて意識的に『非体系的』であろうとする彼の教育学は…(中略)…、生活を積極的に 築き、重要な体験を自主的に行う子どもの、独自でつねに新しい発達に帰ろうとするものであ る。彼の教育学がつねに新たに子どもの経験から発展しようとするように、その教育学では生 の本質は子どもの生そのものから発展する」21) ペスタロッチの「基礎陶冶の理念」やそれにもとづく貧民教育論に照らしていえば、ここで いう「子どもの経験」とは、子どもたちが世話を焼かれたり、気を配られたりすることを通し て要求を満たされるとともに、その満足が自らに注がれる愛情から生じるのだと実感すること にほかならない。ペスタロッチによれば、その実感が子どもたちの「こころを開き(Weither- zigmachen )」、自らを愛してくれる存在への愛を「目覚め( Erweckung )」させ、精神や心情 の力の発達を基礎づけていくのである。 子どもたちへの愛情が子どもたちの愛を目覚めさせるというリニアな図式を呈しているが、 世話や配慮のうちに愛情を実感するかどうか、それによって愛情が目覚めるかどうか、それら はあくまでも子どもたちに委ねられている。クラフキー(Wolfgang Klafki, 1927~2016)も指 摘しているように、ここで期待される「目覚め」は、秩序を強いたり規則を説き聞かせたりし て可能となるものではない22)。あらかじめ計画したり統制したりすることはできないのである。

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ノールは、「あえて意識的に『非体系的』であろうとする」と述べているが、その出発点を子 どもたちの「目覚め」に求める限りにおいて、ペスタロッチは自らの教育論を体系的に描き出 すことができなかったともいえる。

ペスタロッチの教育論には、このように、いわば無時間的なかかわりを前提としている。 孤児院での子どもたちとの生活を綴った『シュタンツだより』( Brief an einen Freund uber seinen Aufenthalt in Stans, 1799)において、ペスタロッチは次のように述べている。

「私は彼らとともに泣き、彼らとともに笑いました。彼らは世界も忘れ、シュタンツも忘れ て、私のもとにおり、私もまた彼らのもとにおりました。彼らのスープは私のスープであり、 彼らの飲み物は私の飲み物でした。私には何もなく、所帯もなく友人も召使も誰も私の身のま わりにはいませんでした。私にはただ、子供たちだけがおりました」23) 「世界も忘れ、シュタンツも忘れ…(中略)…おりました」という表現で、ペスタロッチは、 子どもたちとのかかわりが、時計によって区切られ、それが何のために費やされたかという価 値を問われるような時間的次元を超えたところにあることを暗示しているのである。  乖離した時間の調停 しかしペスタロッチは、このような密なかかわりが実現したところで、教育の過程が円滑に 進行したわけではないこともまた、赤裸々に報告している。 「このような原則と実践の最初の成果もまた、一般に決して満足できるものではありません でしたし、またそうなるはずもありませんでした。子供たちは、そう簡単には私の愛を信じて くれませんでした。怠けや気ままな生活やあらゆる粗野にとそのふしだらな享受に慣れきって しまし、修道院では、修道院らしく世話をしてもらえて、何もせずにおれるだろうという期待 が裏切られ、まもなく多くのものに苦情を言い出し、もうとどまろうとはしませんでした」24) シュタンツの孤児院に連れてこられる子どもたちは、将来は労働者として、社会的な生産性 の向上に貢献していかなければならない。そのように運命づけられた子どもたちには、いち早 く、自らの身体を職業技術のために鍛えることや、生産活動に直結する無駄のない時間の使用 に慣れさせるよう強制することが必要である。当時の産業学校や貧民教育施設の例に見るよう に、こうした理解が一般的であったところであり、確かに一定の成果もあげていた。それにも かかわらず、また、そう簡単にはうまくいくわけではないと語りながら、ペスタロッチは子ど もたちに訓練や規律を強いることなく、ひたすら献身するという姿勢を貫いたのである。

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ここにおいてふたたび、モレンハウアーの提起した問いが浮上する。「個人的な経験の時間 リズムと制度的な学習の時間リズムを、どのように調停すればよいのか、しかも、個人的に表 明された人生の意味に関心をもつ個人がそのことによって苦しむことなく、共同体全体の生産 性への関心が損なわれることもないような仕方で、どのように調停すればよいのか」25)。ペスタ ロッチと子どもたちのかかわりは、この「調停」の可能性に迫るものだったのではないか。 『シュタンツだより』の中で、ペスタロッチは次のように述べている。 「人間は好んで善を欲します。子供もまた、好んで善を欲します。だが、教師よ、それはあ なたのために欲するのでもなければ、教育者よ、あなたのために欲するのでもありません。子 供は自分自身のためにそれを欲するのです。あなたが子供を善へと導かねばなりませんが、… (中略)…それは事柄の本質上それ自体善であり、子供の眼に善として映らなければなりませ ん。子供が善を欲するまえに、子供はあなたの意志が必要であることを、自分のまわりの状況 や自分の必要から感じ取っていなければならないのです」26) ペスタロッチによれば、子どもは本質的に、教育者に恣意によらず「自分自身のためにそれ (善)を欲する」ものである。だからこそ、教育者が「子供を善へと導」こうとする場合にも、 そこで示されることがらそれ自体が「子供の眼に善として映らなければならない」のである。 しかしペスタロッチは、そのためには、「子供はあなた(教育者)の意志が必要であることを… (中略)…感じ取っていなければならない」と続ける。この、矛盾するかのような記述の真意 は、次の説明によって補完される。 「子供は自分が愛する一切のものを欲します。彼に名誉をもたらすもの、彼のこころのなか に大きな期待いだかせるものなら何でも欲します。彼のなかに力を生み出し、『ぼくにそれが できる』と言わせるものなら何でも欲します」27) ここでペスタロッチは、子どもが好んで善行を意欲していくようになる前提として、愛する ―愛されるという情緒的な関係の必要性を説いている。子どもに対する献身的な世話や無条件 に注がれる愛情というものは、子どもに、自らも愛情を注ぐことのできる存在を与えることに なる。子どもは、かいがいしく世話を焼かれる中で、その愛情や献身に応えようとする。それ は、子どもが幼いうちにはとりわけ、じっと見つめたり微笑みを返したりなど、ちょっとした 体の動きやしぐさといったささいな反応としてあらわれるにすぎないのだが、両親や教育者が それを喜び、満たされていると知ることで、子どもは自らが善をなしていると実感していくの である。このような「大人によって媒介される自己確認のモメント」28)が子どもたちへの献身

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を通して実現することを、ペスタロッチは感知していたといえる。 シュタンツの孤児院でも、施設に慣れてきた子どもたちには、職業訓練も見込んだ学習と労 働が課されていった。生活においても、ペスタロッチは子どもたちに規律を要求し、罰をもっ て厳しく対応したことが報告されている。ところが、逃げ出していた子どもたちが施設に留ま るようになったり、不平不満をこぼしていた子どもたちが進んで手伝いをするようになったり と、概して子どもたちは意欲的に取り組み、見違えるほどに成長していったという。 子どもたちにとっては、施設の規則や仕事は、外的に強制されることがらに外ならない。時 間的な次元でいえば、それらは子どもたちの「個人的な経験の時間リズム」を容赦なく区切り、 その身体を「制度的な学習の時間リズム」で動かせるよう強いるものである。しかしながら シュタンツの子どもたちは、このように乖離した二つの時間リズムを、「自らが善としてそれ を欲する」という形で架橋し、個々人の人生の意味や喜びを失うことなく、むしろ学習や労働 に対する「名誉」や「期待」、「それができるという見込み」によっても励まされて、大きな成 長を遂げていったのではないだろうか。このような意味において、モレンハウアーが評価した ように、ペスタロッチは近代的な教育時間の乖離を調停する、「あいだ」の思想家であったと いえる。

5.結びにかえて

このように見てくると、イヴェルドン学園の堅苦しいまでに組織された時間割もまた、それ だけで評価できるものではないことがわかってくる。学園が、ペスタロッチの教育論を実証す る舞台であり、ペスタロッチ自身もそう自負していたのであれば、学園の成果は、子どもたち が学園での管理された時間をどのように意味づけ、その中でどのように主体的な生き方を実現 していたのか、まさにこの点でもって評価されなければならないだろう。 実際にペスタロッチも、イヴェルドン学園の特筆すべき点として、学園の教師が子どもたち とともに生活し、子どもたちに一人ひとりに愛情をもって接していること、そして日々の授業 や活動も、こうした愛情によって活気づけられていることを挙げている。つまり、学園の日常 を形成している教育時間は、時計にもとづく時間割で刻まれていても、子どもの生活感情と しっかりと結びつけられて流れているのである。その意味において、査察報告によって危惧さ れていた教育時間の性急さや押しつけという点は、一面的な評価であったといえるかもしれない。 ペスタロッチの教育論には、「個人的な経験の時間リズム」と「制度的な学習の時間リズム」

(14)

という近代的な時間意識があらわれているとともに、教育時間における両者の乖離に対する一 つの「調停」の可能性が示されていた。しかしながら、それは子どもたちの内なる「目覚め」 に委ねられている。「調停」の方途は示されても、その内実は、教育時間を生きる子どもたち の自己意識によらなければならないのである。したがって、今後の課題として、イヴェルドン 学園に通う子どもたちが、学園生活をどのように感じ取っていたのか、さらに言えば、自らの 生活感情や自我時間と、自らを規制する学校時間とにどのような意味をもたせていたのかにつ いて、彼らの手記をもとに考察を進め、「調停」の内実を明らかにしていきたい。 6.注

1)Editions Centre de documentation et de rescherches Pestalozzi, Lettres des Enfants Jullien 18121816., E´le`ves ches Pestalozzi., Yverdon-les-Bains, pp.1415.

2)Girard, G., Merian, A., Trechsel, F., 1810, Bericht u¨ber die Pestalozzische Erziehungs-Anstalt

zu Yverdon, an Seine Excellenz den Herren Landammann und die Hohe Tagsatzung der Schweizerischen Eydgenossenschaft., Bern, S.128. 3)K. モレンハウアー、眞壁宏幹・今井康雄・野平慎二訳(2012)『回り道─文化と教育の陶 冶論的考察』玉川大学出版部、pp.95126. 4)同上、pp.95100. 5)同上、pp.100108. 6)同上、p.109. 7)同上、p.112. 8)同上、p.114. 9)同上、p.124.

10)Im Hof, U., 1996, Stand und Themen der sozialen, rechtlichen und politischen Auseinandersetzung

in der Schweiz um 1800. In:hrsg. Hager, F-P., Trhler, D., Pestalozzi ─ wirkungsgeschichtliche

Aspekte, Dokumentationsband zum Pestalozzi-Symposium 1996 ., Bern, Stuttugert, Wien, SS.2 36., S.47.

11)Crespo,M., 2001, Verwalten und Erziehen.  Die Entwicklung des Zu¨richer Waisenhauses 1627

1837., Zrich.

(15)

13)J. H. ペスタロッチー、長田新訳(1974:第二版)「貧民教育施設の目的と計画」『ペスタ ロッチー全集』第九巻、平凡社、pp.447~475.,p.454. 14)同上、p.455. 15)同上、p.458. 16)同上、pp.463464. 17)同上、p.464. 18)同上、p.472. 19)同上、p.471. 20)同上、p.460. 21)H. ノール、島田四郎訳(1990)『人物による西洋近代教育史』玉川大学出版部、p.38.「生 ( Leben )」という概念が用いられていることからもわかるように、ノールは、ディルタイ (Wilhelm Dilthey, 1833~1911)の「生の哲学」における解釈学的方法を継承している。「生」 とは、理論的な分析に先立って存在している、生きられた現実のありようそのものを指す。 ノールをはじめとするディルタイの弟子たちは、この「生」に内包された意味連関を、文献 学のテキスト解釈の方法論を援用して「理解」しようと試みたのである。ゆえにノールは、 ペスタロッチの教育論においても、人間の生の本質がどのように描き出されているかに注目 する。そしてそれは、子どもが生きている、まさにその現実の生の意味連関を「理解」する ことによって解明されると考えたのである。 22)W. クラフキー、森川直訳(2004)『【改訂版】ペスタロッチーのシュタンツだより クラ フキーの解釈付』東信堂、p.100. 23)同上、p.29. 24)同上、p.30.シュタンツの孤児院は、修道院をそのまま使用する形で運営された。ゆえに、 教会の施与的な慈善活動を求めてやってくる貧民らは、「期待を裏切られ」たと感じ、ペス タロッチの対応に反発したのである。 25)注8)を再掲した。 26)クラフキー、前掲著、p.26. 27)同上、p.27. 28)同上、p.95.

参照

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