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シリコン結晶において準粒子が誕生する瞬間の観察に成功

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Academic year: 2021

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シリコン結晶において準粒子が誕生する瞬間の観察に成功

− 電子波と格子波の量子干渉ダイナミクスに新たな知見 − 平成15年11月6日 独立行政法人物質・材料研究機構 [概要] 独立行政法人物質・材料研究機構(理事長:岸 輝雄)材料研究所(所長:野田哲二)の 長谷宗明研究員と北島正弘ディレクターらのグループは、米国ピッツバーグ大学物理・天文 学科の Hrvoje Petek(ハルボエ・ペテク)教授グループと共同で、シリコン中の電子と結晶 格子の間の量子干渉1)をフェムト秒(1フェムト秒は 1000 兆分の1秒)の超高速時間領域で 観測することに世界で初めて成功した。 今回の成果では、フェムト秒パルス光を用いてポンプ−プローブ実験を行い、シリコンの 電子を光励起したあとに、電子と結晶格子が互いに力を及ぼし引きずり合いながら、新たな 準粒子2)が誕生する瞬間を観察した。この成果は、電子がいかにして結晶格子を動かし、ま た結晶格子がいかに電子に力を及ぼすかの起源を直接示すものである。 シリコンのような固体では、原子の集団が電子を介して結合し、規則正しく並んで結晶格 子を形成している。これらの電子と結晶格子の相互作用は10フェムト秒程度で起こる非常 に高速な現象であるが、将来、電子デバイスがナノメートル領域(1ナノメートルは10億 分の1メートル)まで極微小化した場合には、電子の応答に支配的な影響を与えることが予 測される。今回の研究では10フェムト秒の極短パルス光を用いて時間分解測定を行うこと により、この時間の壁を突破することに成功し、これまで観測できなかった超高速量子現象 を観測できた。この成果は、粒子間の超高速相互作用を対象として進展しつつある量子ダイ ナミクス3)という新研究領域に新たな知見を与えるばかりでなく、ナノ電子デバイスの評価 や開発の基礎となる原理を与えることが期待される。 なお、この研究成果は、11月6日付けの英国科学誌「ネイチャー」で発表される。また、 本論文の紹介記事が同誌の News & View として同時掲載される予定である。

1.研究の背景 コンピューターなどに今日使われる電子デバイスの基本素子のほとんどは、シリコンを基 礎として発展している。これらのデバイスは、数年後にはナノメートル以下、すなわちシリ コン結晶中の原子と原子の間の距離程度にまで微小化されることが期待される。このように 極微小な空間領域では、「(剛体球のような)伝導電子が原子に衝突して跳ね飛ばされる」と いう半古典的な電流の描像は成り立たず、かわりに量子力学的な輸送現象の理解が必要とな る。すなわち、今日までマイクロエレクトロニクスの技術者は、伝導電子は原子によって「瞬 間的に」散乱され、エネルギーや運動量の変化も衝突の一瞬のうちに突然起こると暗黙のう ちに考えてきた。このような取り扱いが破綻するところまでデバイスの微小化が進むとき、 電子と格子との「衝突の瞬間そのもの」に迫る量子現象の観測が切望される。

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しかし、電子が原子に散乱されるという事象にかかる時間はわずか10フェムト秒程度で あり、そのような現象を時間分解して計測するためには、僅か数フェムト秒の超短レーザー パルスを利用したきわめて高度な時間分解精度が要求される。 2.研究の成果 測定はシリコンの直接遷移を励起できる近紫外領域(波長 400 ナノメートル付近)の10 フェムト秒パルス光を用いて、ポンプ−プローブ測定を行った。これは同一のパルス光を二 つに分岐し、そのうちの一つのパルス光を用いてシリコン結晶中に電子を光励起(ポンプ) し、この光励起による反射率の変化を、時間遅延をおいたもう一つのパルス光で検出(プロ ーブ)する方法である(図1)。さらに、検出に電気光学サンプリングという特殊な技術を導 入し、格子波と電子波の位相の揃ったコヒーレントな応答4)成分のみを選択的に引き出し、 これまでよりも2桁以上高い精度の反射率の変化測定を行うことに成功した。その結果、シ リコンの超高速量子現象を明らかにした。 観測した信号は2つの部分よりなる(図2a、b)。一つは50フェムト秒より長い時間で 見られる周期的な振動成分であり、これはコヒーレントなシリコン結晶の格子振動によるも のである。もう一つは50フェムト秒より短い時間に現れる電子系からの非周期的応答と、 続く100フェムト秒までに現れる電子系と格子系との間の量子干渉である。 この量子干渉は、連続ウェーブレット変換という数学的処理を行って得られた時間−周波 数マップでさらに鮮明に見ることができる。時間ゼロ付近で縦方向に延びる成分は電子の応 答であり、周波数 15 THz(1テラヘルツ=1兆ヘルツ)付近で横方向に延びる成分は格子振 動である。この周波数はよく知られたシリコンの光学フォノンに対応する。ここで注目すべ きことは2つの成分が交差する点に穴がある、すなわち信号がほぼ消失していることである。 この点が、励起された電子が結晶格子に力を及ぼし、結晶格子を形成している原子が集団で 一斉に揺り動かされる瞬間を表す(図3)。これが電子波と格子波の干渉を世界で初めて具体 的にイメージ化したものであり、電子と格子の間のファノ干渉5)を超高速時間領域で直接的 に捉えたものである。以上のことから、シリコンにおいて、電子と格子が強い相互作用によ りもつれ合いながら、準粒子となる過程を直接観察することに成功した。 3.研究の意義と今後の展開 今回の研究では、10フェムト秒の極短パルス光を用いることによって、これまで直接測 定を困難にしていた時間の壁を突破することに成功した。この成果の大きな意義のひとつは、 量子ダイナミクスの研究に新たな可能性を切り拓いたことである。実験で観測された複雑な 現象を定量的に理解するための新しい量子理論の創成を刺激することになるであろう。応用 面では、ナノスケールの電子デバイスを開発するための基礎原理を与えることが期待できる。 用語説明 1)量子干渉 電子、中性子および光など量子は粒子であるとともに、波としての性質をあわせ持つ。従 って、波と波との重ね合わせにより、強めあったり打ち消し合ったりする「干渉現象」が起 きる。これが量子干渉である。

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2)準粒子 固体のように、凝縮系物質は多数の原子や電子などで構成される。これらの粒子間に強い 相互作用があるとき、量子力学では、このような集団運動は“あたかも独立の粒子”のよう に取り扱うことができる。実際は他の粒子を引きずり、あるいは押しのけ(もつれあい)な がら運動するもので、独立粒子といっても相互作用のない元の粒子像とは異なっている。そ の意味で、このような“粒子”は準粒子と呼ばれる。(この言葉はロシアの理論物理学者ラン ダウ(ノーベル物理学賞受賞者)により最初に命名された)。例えば、電子の集団振動である プラズマ振動のプラズモン、磁性体のスピン波のマグノン、およびここで取り扱う量子化さ れた格子振動のフォノンなどである。 3)量子ダイナミクス 物質中の電子と周りの格子との量子力学的な相互作用は格子振動(フォノン)の振動周期 より短いフェムト秒時間(フェムト秒=10−15秒)で起きる。このような時間領域で起き る動的な現象をいう。 4)コヒーレントな応答 物質波を表す周期波形における位置を示す量が位相 (いわば波の振動のタイミング)であ る。物質中の電子波や格子波の位相は通常バラバラであるが、波の時間周期よりも短い時間 幅をもつパルス光で励起した場合は、位相が揃った状態を取り得る。このような波の位相が 揃った状態の時間応答を特に「コヒーレント」応答と呼ぶ。 5)ファノ干渉 固体においては電子波と格子波との間の干渉効果をいい、一般にはシリコンなどの半導体 においては非対称的なスペクトル形状の変化として現れる。ファノにより、既に40年以上 も前に理論的に予想されていた。 (問い合わせ先) 〒305-0047 茨城県つくば市千現1−2−1 独立行政法人物質・材料研究機構 広報室 TEL:029-859-2026 (研究内容に関すること) 独立行政法人物質・材料研究機構 材料研究所 反応・励起のダイナミクスグループ ディレクター 北島正弘 TEL:029-859-2836 E-mail:[email protected] 研究員 長谷宗明 TEL:029-859-2837 E-mail:[email protected]

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図1 フェムト秒パルス光を用いたポンプ−プローブ測定および電気−光学サンプリングの模式図。 励起光によりシリコン結晶に誘起された光学的性質の変化を、時間遅延をおいて検出光で反射率変化 として検出する。試料から反射された検出光は偏光ビームスプリッターによって縦偏光成分と横偏光 成分に分離され、それぞれ光検出器で受光される。検出器1と検出器2の光電流の差から、電子波や 格子波による異方的な反射率変化を電気−光学サンプリング信号として捉える。励起光と検出光の間 の時間遅延を変化させることにより、励起後の電子・格子系の非平衡な時間変化が 10 フェムト秒以下 の時間精度で観測できる。

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図2 (a)シリコン(100)面からの異方的な反射率変化。横軸は励起光と検出光の間の時間遅延を表す。 (b) 連続ウェーブレット変換によって得られた時間-周波数マップ。遅延時間ゼロ付近で垂直に伸びる 成分は電子系の光応答であり、周波数 15 THz(1テラヘルツは1秒間に1兆回の振動に対応する周波 数の単位)付近に水平に広がる成分はシリコンのコヒーレントな格子振動である。これら2つの成分 が交わる点に見られる「穴」が、電子波と格子波の量子干渉を示す。この穴の時間位置は 20 フェムト 秒程度であり、これは格子振動の1周期のおよそ1/4に当たる。

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c

b

a

図3 光励起された電子と結晶格子との間の超高速相互作用の模式図。 (a)励起前の状態では結晶格子中の原子は実質的に静止している。(熱振動しているが、振幅は小さ く位相はバラバラである。) (b)高強度かつ極短パルスの励起光がシリコン結晶中に入射し、局在化した電子励起を引き起こす。 励起された電子が周囲の結晶格子と相互作用を始める。 (c)結晶格子は位相を揃えて一斉に振動を始める。時間遅延された検出光が試料から反射され、信号 として検出される。

参照

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