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知識コミュニケーション技術による

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知的資産創造/2003年 11月号

知識コミュニケーション技術による

ナレッジマネジメントの新展開

亀津 敦

Ⅰ 転換期を迎えたナレッジマネジメント     Ⅳ 知識の流通と活用を加速するセマンティック Ⅱ 知識の移転を支援する知識コミュニケーショ    ウェブ ン技術       Ⅴ 知識コミュニケーション技術のインパクトと Ⅲ コミュニティ構築技術と映像コミュニケーシ    課題 ョン技術

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ナレッジマネジメントは、概念としては定着したものの、実現手段が見えにく かった。特に、暗黙知をどう扱うかが明確ではなく、その大きな原因の1つが 旧来のコミュニケーション技術による限界であった。

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知識を伝達するための知識コミュニケーション技術には、コミュニティ構築技 術、映像コミュニケーション技術、セマンティックウェブ技術の3つがある。 初期のナレッジマネジメント・ブーム以降、これらの技術が旧来の技術を超え る形で現れた。

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技術的にはすでに実用段階にあるコミュニティ構築技術と映像コミュニケーシ ョン技術は、ナレッジマネジメントに応用することで、コミュニケーションの 量の拡大と迅速化、およびコミュニケーションの質を深める「形態知」の移転 を促進し、暗黙知の移転に迫る。

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「セマンティックウェブ」は、人間しかできないとされていた、意味に基づい た情報の取捨選択を行うことができる技術であり、人任せであったコミュニケ ーションのあり方に変革を迫る可能性がある。ただし、技術的な課題も多く、 これからの技術である。

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コミュニティ構築技術と映像コミュニケーション技術が現実化してきたこと は、これら新しいコミュニケーション技術に基づくナレッジマネジメント施策 を、企業が再発見する可能性をもたらした。長期的には、ナレッジマネジメン トをより進化させる可能性があるセマンティックウェブの動向も見守る必要が ある。 要約

NAVIGATION & SOLUTION

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概念から実現手段の提示へと転換

を迫られるナレッジマネジメント

ナレッジマネジメント(Knowledge Man-agement)は、1990年代後半から日本でも急 速に認知され、今日では経営手法の概念とし て定着した感がある。しかし昨今では、一時 のブームのときのように頻繁に取りざたされ ることが少なくなった。 実際、メディアで取り上げられてきた経緯 を振り返ると興味深いことがわかる。「ナレ ッジマネジメント」をキーワードとして、雑 誌での記事検索を行うと、記事のヒット件数 は1998年から急激に上昇し、2000年をピーク に頭打ちとなり、ここ1、2年は漸減傾向に ある(図1)。ナレッジマネジメントは一時 のブームとして、流行が過ぎ去ってしまった ものなのだろうか。 結論を先に述べると、経営課題としてのナ レッジマネジメントについては、いまだに多 くの企業の経営層が懸案として抱いているも のの、実現するための手段が見えない、とい うのが実情である。 NRI 野村総合研究所では昨年、情報シス テムに関するアンケートを行った。そのな かで、今後の IT(情報技術)投資に関する 意向をテーマ別に回答してもらったところ、 2002年度に1位と2位であった「基幹系シス テムの構築・整備」と「ネットワーク、パソ コンなどのインフラの整備」の優先順位が下 がっているのに対し、「(ナレッジマネジメン トを含む)情報共有プラットフォームの整 備」に関する投資意向は、2002年度も2004年 度も3位の位置を保っている。 実行手段が明確に見える基幹系・インフラ 系の投資に比べて、課題としては高い優先度 を感じながらも、ナレッジマネジメントに関 しては、明確な手段が見えないために、投資 を伸ばそうとしない意向が垣間見える結果で ある。

Ⅰ 転換期を迎えたナレッジ

マネジメント

∼1994  95     96     97    98   99   2000    01     02年 1966年 「暗黙知」 1969年 「知識労働者」 1991年 Knowledge Creating Company 1996年『知識創造企業』 1998年 日本ナレッジ・ マネジメント学会設立 記 事 ヒ ッ ト 件 数 ︵ 件 ︶ 図1 ナレッジマネジメントの経緯とメディアでの言及 300 200 100 0 41 246 260 234 241

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ナレッジマネジメント具現化を阻

むコミュニケーション技術の課題

ナレッジマネジメントを実現する手段が見 えにくい大きな理由の1つとして、知識伝達 のベースとしてのコミュニケーション手段を 旧来の方策・技術に頼っていることがあげら れる。 ナレッジマネジメントの主要な理論として 認知されている、一橋大学大学院の野中郁次 郎教授の「SECI モデル」によれば、知識創 造のプロセスとは、形式知の移転と暗黙知 の移転を交互に繰り返す過程であるという (図2)。とりわけ、このプロセス全体におい て、個々の従業員の頭の中にある「暗黙知」 の移転が重要であるとされ、さらには暗黙知 の移転を促進するための対話が重要であると 指摘されている。 ナレッジマネジメントを推進するうえで重 要なこれら暗黙知の伝達の領域において、こ れまでのコミュニケーション技術が十分に機 能してきたとはいいがたい。電話やファクシ ミリ、電子メールを介したこれまでのコミュ ニケーションは、基本的にテキストや音声の みの伝達方法であり、言葉に完全に表すこと のできない暗黙知を伝達するには限界があっ たといえよう。 さらに、従来のコミュニケーションメディ アは、基本的に1対1のコミュニケーション を前提としたものである。そのため、メディ アを介してやりとりされた情報や、そのイン タラクション(相互作用)の結果などを、企 業組織全体のナレッジとして蓄積するために は、別途労力をかけて収集する必要があり、 ナレッジマネジメントの実現の大きな障壁と なっている。 たとえば、電子メールの同報やメーリング リストによって1対n(多)のコミュニケー ションを行ったとしても、コミュニケーショ ンの結果はすべて一人一人の参加者のパソコ ン環境へと分断され、知識の分散が発生して しまう。当然、そのままでは組織全体のナレ ッジとして蓄積することが難しい。企業組織 の集団を前提とした、知識の流通と蓄積のメ ディアが必要になってきている。 もう1つ、ナレッジマネジメントの具体的 施策を見えにくくしている大きな要因は、暗 黙知の領域では「人だのみ」になっていると いう現状である。暗黙知を保有し、対話によ り暗黙知の移転を行えるのは人だけであると いうことが強調されたため、暗黙知の領域で は典型的な施策が形作られてこなかった傾向 がある。 たとえば、知識をどのような形で形式知化 し、再利用を図るべきかという課題に関する ベストプラクティス(最先端の事例)や標準 化などについては、これまで本格的に語られ 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。 出所)野中郁次郎・竹内広高『知識創造企業』梅本勝博訳、東洋経済新報社、1996年よ    り作成 図2 知識創造のプロセス(SECIモデル) 暗黙知 暗黙知 暗黙知 暗黙知 形式知 形式知 形式知 形式知 共同化 (Socialization) 表出化 (Externalization) 内面化 (Internalization) 連結化 (Combination)

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てこなかった。あるいは、コミュニケーショ ンの結果をどのように理解し、知識をくみ 取れるかは受け手の従業員のスキルに任せる しかなく、本質的に暗黙知の移転を効率化す るためには、従業員の学習による知力の向上 しかない、というある種の「あきらめ」があ った。 また、対話による暗黙知の伝達を推進する 施策として、社内ワークショップやセミナー の開催などによる情報共有の活性化が提案さ れてきたが、企業ごとに、あるいは組織ごと に文化が異なるため、必ずしもうまくいくと は限らないと評されることが多い。フェー ス・ツー・フェース(対面)のコミュニケー ションにおいても、参加するか否かという情 報共有への積極性の点で、コミュニケーショ ンの質が個人任せになっている。 企業経営における知識の重要性が認識され ながらも、知識を表現して伝達するためのコ ミュニケーション技術については見直される ことなく、旧来のものが依然として使われて いる。旧来のコミュニケーション技術が提供 できる機能のレベルと、知識(とりわけ暗黙 知)を伝達するために求められる特性とのミ スマッチが、多くの企業に適用可能な“IT ソリューション”という形で、ナレッジマネ ジメントの具体的施策を提供することを阻ん でいたといえるだろう。 概念や理論としてのナレッジマネジメント は一通り普及した。今後、実際にどのように 実現するのかという面で、より具体的な施策 を求められるようになろう。その際、コミュ ニケーション技術のギャップをいかに埋めて いくかという点において、ITがナレッジマ ネジメントを新たに展開させる役割を担うこ とが期待できるのである。

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知識コミュニケーション技術の

提案

メディアにおいてナレッジマネジメントに 関する言及が減少傾向を見せたのは、2000年 から2001年にかけてのことである。この頃か ら2003年という現在に至るまでに、ナレッジ マネジメントを支えるコミュニケーション技 術は確実に進歩してきている。初期のナレッ ジマネジメント・ブームの際には応えられな かった期待に見合う技術が現れ始め、以前で は実現し得なかった施策がここにきて可能と なる予兆を感じさせる。 従来のコミュニケーションの限界を超え、 ①より豊かな情報・コンテクスト(文脈) を、②より多くの人々に伝達して直接的に共 有し、③知識の表現と処理の定式化を通じて 知識の普及・再利用を促進する――ための技 術群を「知識コミュニケーション技術」とし て整理したい。ナレッジ志向の次世代のコミ ュニケーションプラットフォームとして、こ れまでのコミュニケーションのあり方とは一 線を画するものとして、認知すべきだと思う からである。

Ⅱ 知識の移転を支援する知識

コミュニケーション技術

従来のコミュニーケションの課題 >テキストや音声など、暗黙知を伝達する には表現力が低い >n対nのコミュニケーションと知識の組 織的蓄積とを前提としたコミュニケーシ ョンの欠如 >知識の表現や理解の定式化の欠如

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知識コミュニケーション技術の

構成要素

知識コミュニケーション技術は、従来のコ ミュニケーション技術の課題を超越するもの である。知識コミュニケーション技術は、大 きく分類すると、次の3つの要素から構成さ れる(図3)。 ①n対nのコミュニケーションを前提とし た情報の共有と蓄積を実現する技術 ②映像技術を含むメディアリッチなコミュ ニケーションによって暗黙知の伝達に迫 る技術 ③知識表現と処理の定式化によって知識の 再利用と流通の効率を向上させる技術 1つ目の、「 n 対n のコミュニケーション を実現する技術」とは、コミュニティを構築 する技術である。CSCW(コンピュータに よる協調作業の支援)の研究者の間では、以 前から「コミュニティウェア」と呼ばれてい たタイプのアプリケーションである。多数の ユーザーの集まり(=コミュニティのメンバ ー)が共同で、情報の伝達と蓄積を行うこと を支援する環境である。ウェブプラットフォ ームの成熟とともに、コミュニティでの水平 的な共同執筆や情報の蓄積を通じて、より多 くの参加者が知識の交換や議論のコンテクス トの共有を容易に行えるようになってきた。 2つ目の、「メディアリッチなコミュニケ ーション技術」とは、映像を介した知識の伝 達のための技術である。具体的には、映像ス トリーミングの業務利用やビデオチャットな どがこれに相当し、言葉だけでは表現しきれ ない豊かな背景情報をも含めて伝達すること を可能にする技術である。 以上が、現在すでに利用可能になりつつあ る知識コミュニケーション技術の到達段階で ある。前者は、コミュニケーションの規模の 拡大と伝達の深化を担い、後者は、特にコミ ュニケーションの伝達の深化に貢献する。 最後の、「知識表現と知識処理の定式化の ための技術」とは、昨今、標準化活動が本格 化し始めた「セマンティックウェブ」の技術 である。セマンティックウェブによる知識の 記述のルール化と自動処理の実現は、知識の 流通と再利用を「人任せ」にしている限界を 打ち破る、技術上の大きなステップアップと 目されている。ただし、進歩の幅が大きい 分、現状ではチャレンジングな先端研究領域 にとどまっている。 以下、現状での発展段階に応じて、第Ⅲ章 でコミュニティ構築技術と映像コミュニケー ション技術、第Ⅳ章でセマンティックウェブ 技術について述べる。

1

コミュニティ構築技術の動向

コミュニティ構築技術は、コミュニティへ

Ⅲ コミュニティ構築技術と映像

コミュニケーション技術

コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の 拡 大 コミュニケーションの深化 _コミュニティウェア (n 対n コミュニケーション) `映像コミュニケーション (メディアリッチな形態知の移転) aセマンティックウェブ (知識の形式化、定式化による再利用) 知識の移転・蓄積・ 再利用の促進 図3 知識コミュニケーション技術の構成

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の参加者が、対等な立場で気軽に電子的な空 間を共有し、情報の追加や編集、加工を共同 で行うことを可能とする技術である。ウェブ ブラウザー(検索・閲覧ソフト)だけで、コ ミュニティの参加者であれば、誰でも以下の ようなことが行えることが特徴である。 >フォーマットやクライアント環境にとら われずに、気軽にウェブページやコメン トを追加する >ウェブブラウザーだけで、情報の編集や 編纂を行う この技術は、情報の追加や編集の自由度の 点で、ウェブベースのグループウェアとは根 本的に異なる。端的にいえば、「誰でもコン テンツを編集・追加可能なウェブ」であり、 コミュニティのメンバーの参加によって自在 に成長するウェブページである。 コミュニティ構築技術の具体的な実装とし て、最近注目されてきているのが、「ウィキ エンジン」と呼ばれるウェブアプリケーショ ン環境である。ウィキエンジンの実体は、ベ ースとなるウェブサーバーと、共同執筆機能 を実現するサーバーサイドのスクリプト(簡 易機械語変換プログラム)の集合とで構成さ れる。構成要素であるウェブサーバーとス クリプトには技術的に新しい部分はないが、 「誰もがウェブを介して、ウェブを書き換え られる」というスタイルが、コミュニティサ イト構築の手法として広まり始めた。 現在のところ、ウィキエンジンはインター ネット上のオープンなコミュニティで広く利 用されており、その多くがオープンソース・ ソフトウェアとしてコミュニティにより開発 されている(図4)。設計情報が公開されて いるオープンソース・ソフトウェアであるた め、ビジネスベースでのパッケージ化や企業 内での利用はまだ進んでいないが、ソフトウ ェア開発などの現場で、プロジェクトマネジ メントツールを補完する位置づけで使用する 例が、徐々に出始めている。 ウィキエンジンの「ウィキ(Wiki )」と は、「素早い、迅速な」という意味のハワイ 語に由来する。ウェブブラウザーだけで、ペ ージデザインやサーバーの管理権限などを気 にせずに、誰もがコンテンツを更新すること で、フラットな組織において迅速な情報共有 を可能にする。それぞれの作業が、そのまま ウィキに反映されるのである。また、基本的 な構文・記述ルールを覚えるだけで、誰もが ウェブブラウザーから参加できるため、コミ ュニケーションに参加するユーザーを格段に 増やすことも容易である。 このようなコミュニティ構築ツールによっ て、多くの人が参加し、気軽に情報や知恵を 持ち寄って即座に更新するという、ボトムア ップのコミュニティ活動を支援する環境が整 図4 ウィキ(Wiki)クローンの例 出所)プキウィキの公式ホームページ(http://pukiwiki.org)

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知的資産創造/2003年 11月号 いつつある。

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映像データベースの

ビジネス利用

映像によるコミュニケーションは、音声と 動画、場合によってはテキストを組み合わせ たクロスメディアでの情報の伝達を可能とす る。言葉だけではなかなか伝わらなかったこ とが、実際に共同作業をしながら手順を見せ たり、図を描いて示したりすることによって スムーズに伝えられるということは、実際に フェース・ツー・フェースでコミュニケーシ ョンを行っているとよくある。 一般に、暗黙知を直接、完全な形で移転す ることは難しいといわれている。しかし、形 や動作に現れた全体像を見せることで、言葉 を介する以上に共通の理解を得たり、意思疎 通を行ったりすることができる。このよう な、言語化されないまでも、物理的な形に表 された知識を「形態知」と呼ぶ。映像を用い たコミュニケーションは、形態知を非同期的 に転送することで、より深い知識の伝達を可 能にする。 ユビキタスネットワーク化の流れを受け て、ブロードバンドが普及し、またモバイル での広帯域通信が可能になったことで、映像 コミュニケーションを企業内のナレッジの伝 達に利用することが可能になりつつある。す でに先端的な事例として、製造業における製 造ノウハウの映像ストリーミングの事例が 徐々に現れ始めている。 愛知県の尾張繊維技術センターの映像デー タベース「織布技術の達人」は、その萌芽事 例の1つである(図5)。尾張繊維技術セン ターでは、織布技術を伝承することを目的と して、職人技を映像化し、データベースに蓄 図5 映像データベース「織布技術の達人」 出所)尾張繊維技術センターのホームページ(http://tech.owaritex.jp/index.htm)

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積している。織物を作る過程の技術を、場面 ごとに文書・画像・動画で説明し、さらに、 織物に関する用語の説明、センターで開発し た特殊な織物の作り方なども収録して、イン ターネット上で公開している。 従来、職人技の伝承には長年の「修行」が 必要だったが、このような映像情報を参照す ることで、暗黙のうちに蓄えられた知識を、 必要なときに容易に伝達していくことが可能 になる。他にも、部品の組み立て方法を電子 マニュアルに加えて映像として収録し、社内 の技術者に公開しているメーカーなども出始 めている。

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ビデオチャットによる

暗黙知へのアクセス

従業員の構成がホワイトカラー中心の企業 では、映像コミュニケーションを活用した形 態知の伝達が活躍する機会は少ないかもしれ ない。しかし、映像によるコミュニケーショ ンの深化の可能性は、それ以外にも多く存在 する。たとえば、離れたオフィスにいる従業 員同士の対話や、顧客とのインタラクション などにビデオチャットを利用する、よりリッ チなコミュニケーションチャネルの提供が、 その例としてあげられよう。 暗黙知は従業員の頭の中にのみ存在する。 暗黙知を完全な形で形式知化することができ ない以上、形式化された情報から読み取れな いことは、暗黙知を保有しているであろう人 と対話をして得るほかはない。しかし、ある 程度の規模以上の組織において、実際にミー ティングをセットし、オフラインで会いに行 くことには限界がある。 テキストや図表などを送受信できる簡易な 電子メールであるインスタントメッセージン グに、映像を組み合わせたビデオチャット は、フェース・ツー・フェースのコミュニケ ーションと同等のリッチなコミュニケーショ ンを、スピードを損なわずに可能にする。 ビジネスユースでビデオチャットが本格的 に利用され始めている分野は、ヘルプデスク やコンタクトセンターである。(株)日本ホテ ル予約センターのホテル予約代行サイト「旅 の素」は、コールセンターのオペレーターと のビデオチャットをウェブサイトに統合した マルチメディア・コンタクトセンターの事例 である(図6)。 このサイトでは、予約を依頼する消費者と の間でウェブ画面を共有しながら、リアルタ イムでフェース・ツー・フェースのコミュニ ケーションを行うことができる。テキストベ ースの情報と、音声・表情までをも含んだメ ディアリッチなコミュニケーションとによっ て、顧客に対して満足度の高い情報を迅速に 提供することが可能となっている。 企業内コミュニケーションにおいても、ビ 図6 マルチメディア・コンタクトセンター「旅の素」 出所)「旅の素」のホームページ(http://www.tabinomoto.com/)

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知的資産創造/2003年 11月号 デオチャットによる知識共有の深化は現実味 を帯びてきている。IP(インターネットプ ロトコル)ベースのマルチメディア呼制御プ ロトコルであるSIP(セッション・イニシエ ーション・プロトコル)が、インターネット 技術の標準化団体である IETF(インターネ ット・エンジニアリング・タスクフォース) により策定されたことで、IP電話や動画機 能を持つインスタントメッセージングが容易 に利用できるようになったからである。 身近なところでは、「ウィンドウズXP」に バンドルされたインスタントメッセンジャー で、手軽にビデオチャットができるようにな ったことが、よく知られている。企業内にお いても、自席にいながら社内の専門家を呼び 出し、ネットワークを介して情報交換を気軽 に行える条件がそろってきた。 また、コミュニケーションをとりたい相手 が席をはずしていたり、外出中であっても、 従来にない短い待ち時間でこのような深いコ ミュニケーションをとることも、技術的に は可能になっている。PDA(携帯情報端末) やノートパソコンでも、モバイルデバイス が無線LAN(ローカルエリア・ネットワー ク)や第3世代携帯電話などの広帯域無線ア クセス網に接続されていれば、社内にいるの と同様のビデオチャットを行うことも可能で ある。 IP電話と第3世代携帯電話のテレビ電話 とを橋渡しするゲートウェイサービスなども 現れ始めており、従来のコミュニケーション では不可能だった、「いつでも、どこでも」 深いコミュニケーションを実現することが可 能となってきている。

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セマンティックウェブの登場

前章で見てきたコミュニティ技術、映像コ ミュニケーション技術の動向は、最近の技術 進歩によって実現可能になったものではある が、基本的に従来のコミュニケーションの量 と質を、従来の技術の延長線上で発展させて きたものと位置づけられる。したがって、人 間がコミュニケーションの主体を担うことに は変わりがない。一方、知識の表現と処理の 定式化を図るセマンティックウェブ技術は、 従来のコミュニケーションを本質的に変革す る可能性を持っている。 セマンティックウェブは、ウェブ技術の主 要な標準化団体であるW3C(ワールドワイ ドウェブ・コンソーシアム)によって提唱さ れた、新しい知識の表現と利用のモデルであ る。セマンティックウェブへの取り組みを簡 単にいうと、「人間にしか理解できないウェ ブコンテンツを、コンピュータがその意味を 理解し、処理可能な形に拡張する」試みであ る。セマンティックウェブは、人間のための ウェブ(およびコンテンツ)というよりは、 コンピュータのためのウェブである、という ことができるだろう。 セマンティックウェブは、コンピュータが 人間に代わって、意味のレベルで本来必要な 情報を適切に選択し、与えられたルールに従 って、処理をするために必要な情報表現の拡 張を行う。コンテンツに対して、「これはど のような意味を含むデータなのか」を記述し た属性情報(=メタデータ)を追加するので ある。

Ⅳ 知識の流通と活用を加速する

セマンティックウェブ

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知識の流通と再利用という観点から見る と、セマンティックウェブは、これまで人間 しかできなかった非定型な情報の取捨選択を コンピュータが肩代わりしてくれるという点 で、実現すれば画期的なものとなる。 セマンティックウェブの稼働イメージは、 次のようなものになる。 Aさんが、土曜日の夜間に、急遽歯医者に 行かねばならなくなったとする。これまでの ウェブでは、自宅のある地域と診療時間をキ ーワードとして検索することになるが、これ では必ずしも条件を満たす歯医者が見つかる とは限らない。週末は診療していないとして も、同じウェブドキュメントに平日夜間の診 療時間が書いてあれば、ヒットしてしまうか らである。 セマンティックウェブでの情報検索はこう だ。Aさんは、「土曜日の診療時間が○○時 まで」という検索条件を与える。セマンティ ックウェブのアプリケーションは、ウェブか ら「歯医者」「診療時間」という概念を表す メタデータを含む情報をピックアップする。 さらに、指定した時間を診療時間に含む対象 に限って絞り込む。 ただし、セマンティックウェブはかつての 人工知能とは異なる。セマンティックウェブ 技術は、人間に代わる知能を提供するもので はなく、あくまでも人間が付加したメタデー タと、そこからの論理的な推論だけに基づい て動作する。したがって、実現にまでにはさ まざまな準備が必要になる。セマンティック ウェブは、2002年に基礎的な部分の標準化の 成果が現れ始めた段階であり、成熟にはまだ 時間がかかる技術である。

2

セマンティックウェブ

実現への道のり

企業内でのナレッジマネジメントにおいて も、セマンティックウェブの実現はとりわけ 情報の発見の自動化と再利用性の向上を促 し、知識の流通と活用に大きな効果を上げる と期待されている。しかし、そこに至るまで には技術的な課題も存在する。 セマンティックウェブの主要な構成技術 は、以下の3つに分けられる。 ①RDF(リソース・ディスクリプション・ フレームワーク)――データの意味の定 義と関係性を表記するXML(拡張可能 なマーク付け言語)ベースの記述言語・ 文法 ②オントロジー――意味と意味の関係を表 すための方法 ③ボキャブラリー――具体的な概念のセッ ト(関係性を持った辞書) 現在の標準化により、ベースとなる RDF の周辺までは仕様が固まりつつある。問題は それ以降の標準化動向である。 汎用的な意味の記述を目指すセマンティッ クウェブでは、ドキュメントの意味を定義す るためのボキャブラリーをどのように作って いくかが課題となる。前述の歯医者の事例で も、実際に意味に従った検索を実現するため には、必要な意味のセット(ボキャブラリ ー)が規定され、ウェブドキュメントにメタ データとして記述されている必要がある。 この部分に関しては、汎用的なボキャブラ リーのセットの標準化や、情報にメタデータ をセットするツールの開発が進んでいる。し かし、それらに加えて、セマンティックウェ ブを利用する側の人間が、企業内の情報をモ

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知的資産創造/2003年 11月号 デル化し、情報のマーク付けを行うという作 業が必要になる。 現在のセマンティックウェブの応用例は、 比較的限定された知識を対象としてボキャブ ラリーを構築できるバイオ関連の知識データ ベースや、深い意味を含まない RDFによる ニュースの見出しだけの抽出などにとどまっ ている。 非定型情報の多いオフィスにおいて、どの ように知識を体系化してマーク付けしていく のかが、今後の課題として残っている。セマ ンティックウェブの本格的な仕様が固まるの は、2005∼2006年以降になると見られてい る。それまでにビジネス利用に即したボキャ ブラリーを構築できるかどうかが、セマン ティックウェブによる知識コミュニケーショ ンの革新が実現するかどうかの分かれ目であ ろう。

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ナレッジマネジメントへの

インパクト

以上、知識コミュニケーション技術の新し いトレンドとして、3つの技術を取り上げて きた。そのうち、コミュニティ構築技術と映 像コミュニケーション技術に関しては、技術 的にはすでに利用可能になっているといえる だろう。これらの新しいコミュニケーション 技術の利用によって、コミュニケーションの 質と量の拡大を図ることが可能になってきて いる。 企業内ナレッジマネジメントへのこれらの 技術の適用を検討することによって、企業は 暗黙知の領域での施策を改めて発見すること が期待できる。技術の進化に合わせて、これ まであまり省みられることのなかった従業員 のコミュニケーションのスタイルを再点検す る時が来ている。 また、2001年の米国での同時多発テロ以 降、テレビ会議システム製品への注目が集ま ったことや、企業の不正会計事件が多発した 後に米国で成立した、法令順守のための監査 強化によるレコードマネジメント(ドキュメ ント管理)分野の見直しという動きは、コミ ュニティ構築技術や映像コミュニケーション への期待をより高める追い風となるのではな いだろうか。

2

実現へ向けた課題と関連ビジ

ネスへの波及の可能性

ただし、コミュニティ構築技術の企業内へ の浸透や、映像コミュニケーションの一般企 業への普及には、もうしばらく助走期間が必 要だと筆者は予測している。製品サポートや セキュリティポリシー、運用上の制約から、 ソリューションプロバイダーから安定してサ ービスが提供されるまでに、最低でも1年は かかると見ているからである。 たとえば、コミュニティ構築技術は、オー プンソース・ライセンス形態のものばかりで ある。無料であることから局所的に利用が進 むだろうが、全企業規模での導入となると、 技術サポートやカスタマイズへの対応はどう するのか、という問題が必ず起こってくる。 リナックス(Linux)ビジネスのように、製 品そのものではなく、技術サポートとコンサ ルティングをサービスとして提供する企業が 出現することも考えられるが、ビジネス環境 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法及び国際条約により保護されています。

Ⅴ 知識コミュニケーション技術の

インパクトと課題

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が整うまでには、ある程度の期間が必要であ ろう。 また、映像コミュニケーションにしても、 情報漏洩対策や本人認証の問題など、セキュ リティ上の課題がある。「いつでも、どこで も」を実現するためには、新しいコミュニケ ーションの形態に合わせたセキュリティサー ビスが必要になってくるだろう。モバイルで のビデオコミュニケーションに関しては、 2004年後半頃からと見られている定額モバイ ルブロードバンド化も実現すれば、大きなブ レークスルーとなるだろう。 知識の流通と活用を加速するセマンティッ クウェブの実現時期については、残りの標準 化の動向や、知識表現のモデル化という大き な課題の存在から見て、この1、2年で本格 的に使えるようになるというには遠いと思わ れる。ただし、コミュニティで蓄積された大 量の情報を整理したり、活用効率を上げたり していくうえでは、将来、関連する重要な基 盤技術として位置づけられる可能性は高い。 セマンティックウェブについては、ナレッ ジマネジメントのより大きな進化の可能性に つながることを考えると、ナレッジマネジメ ントにインパクトを及ぼす「次の次の主役」 として、忘れずに見守り続ける必要がある。

者―――――――――――――――――――――― 亀津 敦(かめつあつし) 情報技術調査室副主任研究員 専門はナレッジマネジメントおよび情報系システム の動向調査

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